説明

結晶成長シミュレーター

【課題】次世代の光半導体デバイス開発の基礎になるものと期待されている、量子ドットの形成過程について、従来の静的な計算結果ではなく、動的過程を解明するための有効な計算方法を提供する。
【解決手段】対象を三領域に分割し、そのそれぞれで別系統の計算手法を適用することにより、マルチスケールかつハイブリッドな計算機シミュレーションの方法を実現している。それらのうち、最上部の表面層領域における原子拡散により引き起こされた歪みの効果を、中間部のサブメッシュ上の分離力学計算領域に伝え、この領域で緩和をおこなった結果を、下部領域にある有限要素法の計算部分に伝達することにより、隔たった領域間の歪みの相互作用の効果を、中間部を通じて表面領域にフィードバックさせるようなアルゴリズムが構成できる。また、そのアルゴリズムを実現するシステムを構築する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体のエピタキシャル成長法による結晶成長過程を対象とする、シミュレーターに関するものである。現実の固体結晶では、熱拡散をした原子が結晶基板上の一つのサイトに吸着すれば、以前に位置していたサイトと新たな吸着サイトとで、構造緩和を伴う。したがって、この構造緩和計算を迅速に処理できるか否かが、現実の結晶構造に即応した結晶成長過程のシミュレーションが可能かどうかの鍵になる。ここで述べる方法は、この問題に対して特に有効な高速演算処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
元素周期表上の同じ族に属する元素間の、ヘテロエピタキシャル成長による、量子ドットの作成技術が、今後の光半導体のデバイス開発の、鍵を握るものと考えられている。その背景には、現行のIII−V系の化合物半導体を用いた光半導体のデバイスには欠かせないインジウムが、希少金属であり、世界的な産出量が非常に限られている、という事実がある。こうした希少金属を使わないデバイスとして、特に有望視されているのが、シリコン基板上へのゲルマニウムの蒸着により作成される、量子ドットを用いた発光素子である。
【0003】
このような背景のもと、量子ドットの形成過程の詳細を解明するために、シリコンとゲルマニウムという異なる物質間の格子不整合を考慮に入れたシミュレーションが可能な、計算手法を考案することが必要となってきている。
【0004】
【非特許文献1】P.Harrison:″Quantum Wells,Wires and Dots″,(Wiley,2005).(P.ハリソン:「量子井戸、量子細線、および量子ドット」(ワイリィ、2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のエピタキシャル成長過程に対する計算機シミュレーション手法は、大別して以下のように分類できる。(1)格子構造にサブメッシュを導入して、運動学的モンテカルロ法(以下、KMC法と略す)による、格子不整合を考慮に入れた計算。ただし、格子構造には、単純立方格子を使用。(2)KMC法と分子動力学法(以下、MD法と略す)とのハイブリッド計算。MD法で構造緩和を行い、当該個所の原子構造が局所準安定構造に達したら、KMC法によりジャンプを行わせる。(3)第一原理密度汎関数法により、原子の準安定な吸着サイトを探す。絶対零度における計算なので、熱拡散は行わない。
【0006】
これらのうち、(3)は吸着サイトの探索計算であり、厳密にはエピタキシャル成長過程の計算機シミュレーションとは呼べないものである。また(2)は、MD法による計算が可能な時間スケールが、せいぜいでナノ秒程度と非常に短いために、多数の原子を扱うシミュレーションの実行は困難である。したがって、現実的なヘテロエピタキシャル成長過程のシミュレーションを行うには、(1)の方法を現実の物質の原子構造に適用できるように改良することと、それに対しても原子構造の緩和計算が実行可能なように、計算手法に改良を施す必要がある。この計算手法を提供することが、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明では、(1)と(2)の計算手法の合成を行い、さらにそれを有限要素法による計算部分と接合させることにする。すなわち、格子構造にサブメッシュを導入して、表面原子にはKMC法による熱拡散を行わせ、この原子を含めた周囲の原子の構造緩和には、領域により、サブメッシュ上での、メトロポリス法によるモンテカルロ計算か、MD法による離散的な緩和計算のどちらかを行わせることにする。その際、

時間スケールの問題を回避して、構造緩和計算を高速化させる。
【0008】
サブメッシュ上における原子間相互作用;原子間相互作用の計算には原子間ポテンシャルを使用し、これを、サブメッシュ上での計算に応じた形に離散化する。
【0009】
領域分割;計算対象とする系全体を、(1)表面部分、(2)バルク構造部分、(3)連続体近似部分の3つの領域に分割する。これらのうち、領域(1)では原子の拡散後の構造緩和をMC法で、領域(2)では構造緩和をサブメッシュ上のMD計算で行う。また、領域(3)は、有限要素法(FEM法)により、領域(2)から伝達された歪み場を遠方まで伝達させる役割を受け持つ。FEM法による計算を行うには、原子の変位と応力の双方が、力学変数として必要になる。ところが、MC法による計算では応力は扱えないので、これらの間に領域(2)のバルク構造部分を挟み、ここでMD計算を行う。したがって、領域(1)の原子拡散で引き起こされた歪みが領域(2)に伝えられ、さらに領域(3)に、領域(2)で生じた応力が伝達されると、それに応じた連続体の変形がFEM法により計算され、その結果が領域(2)にフィードバックされる。これにより、領域(1)がさらなる変形を受ける。この後に、原子拡散のステップに戻る。
【発明の効果】
【0010】
通常の連続変数を使ったMD法による構造緩和では、時間スケールが時間ステップ毎

返してやっと1ナノ秒に到達できるのであるから、この方法とKMC法とを直接組み合わせたのでは、KMC法の長所を殺してしまう。そこで、表面部分の数層程度までは、すべての計算をMC法で行い、その下にある基板部分の計算に、離散化したMD法を用いる。

時間を使う以外に、より大きな値を代入することにより、基板内部での構造緩和を加速することが可能になる。実効速度としては、単にKMC法とMD法とを組み合わせた方法に比べて、その100倍程度の計算効率を有する構造緩和計算が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1は本発明のデータ処理の実施手順を示したものである。
【0012】
まず、シミュレーションに必要な数値データを入力ファイルから読み込み、それらの値に応じて、計算に必要な各事象の発生頻度等の表の作成に必要な記憶領域を確保し、各表を作成する。さらに、表面原子層領域と中間領域を並列処理に対応するように分割する。
【0013】
KMC法により表面原子を拡散させる。
【0014】
拡散した原子とその周囲の原子からなる原子構造を、MC法により局所的に緩和させる。その後、表面原子層領域を並列処理により構造緩和させる。
【0015】
離散化されたMD法を用いて、並列処理により、中間領域における構造緩和を行う。
【0016】
FEM法により、基板部分の構造緩和を行う。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のマルチスケール・ハイブリッド法のフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
格子不整合をもつヘテロエピタキシャル成長による、量子ドットの形成過程の計算機シミュレーションを可能にする、モンテカルロ法、サブメッシュ上の離散的分子力学法、および、有限要素法の3つの計算法の組み合わせによる、ハイブリッドかつマルチスケールな結晶成長シミュレーションの計算機プログラム。
【請求項2】
格子不整合をもつヘテロエピタキシャル成長による、量子ドットの形成過程の計算機シミュレーションを可能にする、モンテカルロ法、サブメッシュ上の離散的分子力学法、および、有限要素法の3つの計算法の組み合わせによる、ハイブリッドかつマルチスケールな結晶成長シミュレーションの計算機プログラムを記録したコンピューター読み取り可能な記録媒体。
【請求項3】
格子不整合をもつヘテロエピタキシャル成長を対象とした結晶成長シミュレーションにおいて、モンテカルロ法とサブメッシュ上の離散的分子力学法による原子構造緩和の並列計算プログラムを実行するための装置。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−194347(P2009−194347A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−63315(P2008−63315)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(505019172)アドバンスソフト株式会社 (13)
【Fターム(参考)】