説明

複列転がり軸受

【課題】軸受空間内に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている自動調心ころ軸受の、高速・高荷重の使用条件下での信頼性を向上させる。
【解決手段】軸受空間内に潤滑剤含有ポリマを充填・固化させる方法として、射出成形法を採用する。潤滑剤含有ポリマは、保持器4の環状部41と外輪2との間の空間8A、内輪1の脱落防止つば1bの内側面14ところ3の外端面との間の空間8B,8D、案内輪7ところ3の内端面との間の空間8C,8E、ころ3の内端面と保持器4の環状部41との間の空間8Fに充填・固化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の複列内輪と複列外輪との間に転動体が複列に配置されている複列転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
複列転がり軸受の一種である自動調心ころ軸受は、外輪軌道面が軸受中心を中心とする球状に形成されていることで取付け誤差に対して自動的に調心が行われる。このような自動調心ころ軸受内の空間に潤滑剤含有ポリマを充填して固化することは、例えば下記の特許文献1に記載されている。
この特許文献1に記載されている自動調心ころ軸受を図8に示す。この軸受は、内輪1に2列の軌道1aを有し、各軌道1aの外端部に脱落防止つば1bが、両軌道1aの間に案内つば1cがそれぞれ形成されている。ころ3は、各列毎に別体の保持器4によって保持され、ころ3の内端面は案内つば1cの側面に接触している。そして、この軸受のころ3の外端面より内側に存在する空間と、内輪1の脱落防止つば1bところ3の外端面との間に、潤滑剤含有ポリマ(プラスチックグリース)5が充填されて固化されている。
【0003】
この潤滑剤含有ポリマ5の充填は、図8に2点鎖線で示すような型板11を2枚用いて行われる。なお、図8において、左側の型板11は省略してある。この型板11は、外輪2の外周面に嵌合するつば12と、ころ3の外端面を押圧するつば13とを備えている。この型板11を軸受の一方の端面に取付け、他方の端面側から軸受内の空間に未焼成状態の潤滑剤含有ポリマを入れた後、もう1枚の型板11を他方の端面に取り付ける。この状態で、軸受全体を潤滑剤含有ポリマの融点以上の温度まで加熱した後冷却することにより、潤滑剤含有ポリマを固化する。
【特許文献1】特開平6−50330号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この軸受において、潤滑剤含有ポリマは全てのころ間に固体状態で存在しているため、全てのころと保持器は潤滑剤含有ポリマにより一体化されている。しかしながら、この保持器は各列毎にころを保持する分離型保持器であるため、ころが保持器とともに各列毎に異なる動きをするような使用条件(例えば高速高荷重)下では、ころの各列毎の異なる動きに伴って、潤滑剤含有ポリマの各ころ列の中間付近の位置に剪断応力が生じる。
【0005】
このとき、前述の方法で充填・固化されている潤滑剤含有ポリマは、内部組成が均一になり難いため機械的強度が低く、前記位置にボイドが生じて破損する恐れがある。また、潤滑剤含有ポリマが比較的薄く形成される部分、例えば、ころの周面と内輪および外輪との間に存在するエッジ部(図8の5a)、両保持器の間(図8の5b)、ころの内端面と保持器との間(図8の5c)等には、破損や亀裂が発生する恐れがある。
【0006】
また、前述の充填・固化方法では、軸受全体を潤滑剤含有ポリマの融点以上の温度まで加熱する必要があるため、軸受に変形が生じたり、表面硬度が低下したりする恐れがある。
本発明は、このような従来技術の問題点に着目してなされたものであり、一対の複列内輪および複列外輪と、複列配置されている転動体とを備え、軸受の内部空間(例えば、各転動体列間、各転動体列の転動体同士の間、保持器と内輪および外輪との間)に、潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている複列転がり軸受において、充填・固化されている潤滑剤含有ポリマの機械的強度を高くして、高速・高荷重の使用条件下での信頼性を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、一対の複列内輪および複列外輪と、複列配置されている転動体と、転動体を保持する保持器を備え、内部空間に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている複列転がり軸受の製造方法において、潤滑剤含有ポリマとして、ポリオレフィン系樹脂と潤滑油とからなり、潤滑剤含有ポリマの全重量に対するポリオレフィン系樹脂の含有率は10〜50重量%であり、潤滑剤の含有率は90〜50重量%であるものを使用し、前記ポリオレフィン系樹脂は、低分子量ポリオレフィンを含まないか5重量%以下の割合で含有し、中分子量ポリオレフィンを8〜48重量%の割合で含有し、超高分子量ポリオレフィンを2〜15重量%の割合で含有し、金型として、軸受の幅方向中心で2分割され、内輪と外輪の間に外側から転動体列を支持するつば部を有し、一方の分割体のつば部の転動体間となる部分にゲートを設けたものを用い、この金型を軸受に外嵌させた状態で、射出成形機のスクリューで溶融された材料をゲートから軸受空間内に導入することで、潤滑剤含有ポリマを射出成形法により充填させて固化することを特徴とする複列転がり軸受の製造方法を提供する。
【0008】
本発明はまた、本発明の方法で製造され、一対の複列内輪および複列外輪と、複列配置されている転動体と、転動体を保持する保持器を備え、内部空間に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている複列転がり軸受を提供する。
充填する潤滑剤含有ポリマとしては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリメチルペンテン等のポリオレフィン系樹脂から選択されたポリマに、ポリα−オレフィン油等のα−オレフィンの重合油、ナフテン系油、鉱油、ジアルキルジフェニルエーテル油等のエーテル油、フタル酸エステル等のエステル油から選択された潤滑剤を単独でまたは2種類以上を組み合わせて混合したものが挙げられ、これらはポリマの融点以上の温度に加熱した後に冷却することによって固化する。この潤滑剤含有ポリマは、未焼成の場合は、例えばポリマに潤滑剤が均一に混合したペースト状である。この潤滑剤含有ポリマは、酸化防止剤、錆止め剤、摩耗防止剤、消泡剤、極圧剤等を含んでいてもよい。
【0009】
潤滑剤含有ポリマ中のポリオレフィン系樹脂の含有率は、全重量に対して10〜50重量%とし、潤滑剤の含有率は90〜50重量%とする。ポリオレフィン系樹脂の含有率が10重量%未満であると、固化後に必要な硬さおよび強度的強度が得られない。その結果、軸受の回転等によって負荷がかかった時に潤滑剤含有ポリマが初期形状を保持するのが困難となり、軸受内から脱落する等の不具合が生じる恐れがある。ポリオレフィン系樹脂の含有率が50重量%を超えると潤滑剤の含有率は50重量%未満となるため、軸受に対する潤滑剤の供給量が不十分となって軸受寿命が低下する。
【0010】
ポリオレフィン系樹脂の平均分子量は7×102 〜5×106 の範囲にあり、潤滑剤含有ポリマを構成するポリマとしてポリオレフィン系樹脂を使用する場合には、ポリオレフィン系樹脂を、平均分子量が7×102 〜1×104 と低いもの(以下、「低分子量ポリオレフィン」と称する)、平均分子量が1×106 〜5×106 と高いもの(従来より「超高分子量ポリオレフィン」と称されている)、平均分子量がこれらの間の1×104 〜1×106 であるもの(以下、「中分子量ポリオレフィン」と称する)の3種類に分類し、これらを適宜組み合わせることによって、潤滑剤含有ポリマとして必要な性能を発揮させる。
【0011】
潤滑剤含有ポリマを構成するポリマとして、超高分子量ポリオレフィンを多く含有するポリオレフィン系樹脂を使用すると、充填・固化後の潤滑剤含有ポリマの機械的強度は向上するが、潤滑剤との親和性が低いため潤滑剤含有ポリマによる潤滑作用が不十分となる。具体的には、潤滑剤含有ポリマから潤滑剤が滲み出す速度が速くなって潤滑効果が長続きしないため、軸受寿命が短くなる。
【0012】
低分子量ポリオレフィンを多く含有するポリオレフィン系樹脂を使用すると、反対に、潤滑剤との親和性が高いため潤滑剤含有ポリマによる潤滑作用が高くなるが、充填・固化後の潤滑剤含有ポリマの機械的強度は低下する。中分子量ポリオレフィンはこれらの中間の性質を有するとともに、成形性が良い。
なお、低分子量ポリオレフィンとしてはポリエチレンワックス等が用いられるが、融点が100〜130℃程度であるパラフィンワックスを用いてもよい。
【0013】
このような機械的強度、潤滑効果、成形性のバランスを考慮すると、潤滑剤含有ポリマを構成するポリオレフィン系樹脂としては、低分子量ポリオレフィンは含まないか5重量%以下の割合で含有し、中分子量ポリオレフィンは8〜48重量%の割合で含有し、超高分子量ポリオレフィンは2〜15重量%の割合で含有するものを用いることが好ましい。
潤滑剤含有ポリマの充填・固化後の硬さは、HDA (スケールAを用いたデュロメータ硬さ)65〜90の範囲であることが好ましい。HDA 65未満では機械的強度が不十分であり、軸受の回転によって破損する恐れがある。HDA 90を超えると、転動体を拘束する力が大きすぎて、軸受に生じるトルクが大きくなったり、軸受の回転に伴う発熱量が多くなって軸受温度が上昇したりする恐れがある。より好ましい硬さの範囲はHDA 70〜85である。
【0014】
潤滑剤含有ポリマの充填・固化後の硬さを高くして機械的強度を向上させるために、潤滑剤含有ポリマを構成するポリマとして、ポリオレフィン系樹脂に以下のような熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を添加したもの使用してもよい。
ポリオレフィン系樹脂に添加する熱可塑性樹脂としては、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアミドイミド、ポリスチレン、ABS樹脂等が挙げられる。熱硬化性樹脂としては、不飽和ポリエステル樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は単独で添加しても良いし、2種類以上を添加しても良い。
【0015】
ポリオレフィン系樹脂にこのような熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂を添加する場合には、添加する樹脂をポリオレフィン系樹脂により均一な状態で分散させるために、必要に応じて適当な相溶化剤を加えてもよい。
また、潤滑剤含有ポリマの充填・固化後の機械的強度を向上させるために、以下に示すような充填剤を添加しても良い。このような充填剤としては、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、無機ウィスカー類(チタン酸カリウムウィスカーやホウ酸アルミニウムウィスカー)、あるいは無機繊維類(ガラス繊維や金属繊維)およびこれらを布状に編組したもの、カーボンブラック、黒鉛粉末、カーボン繊維、アラミド繊維、ポリエステル繊維等が挙げられる。
【0016】
潤滑剤含有ポリマに対しては、さらに、ポリオレフィン系樹脂の熱による劣化を防止する目的で、N,N’−ジフェニル−P−フェニルジアミン、2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)等の老化防止剤を、光による劣化を防止する目的で、潤滑剤含有ポリマに2−ヒドロキシ−4−n−オクトキシベンゾフェノン、2−(2’−ヒドロキシ−3’−t−ブチルメチルフェニル)−5−クロロベントリアゾール等の紫外線吸収剤などの各種添加剤を添加しても良い。
【0017】
なお、潤滑剤含有ポリマに含まれるポリオレフィン系樹脂と潤滑剤以外の成分の添加量は、合計で潤滑剤含有ポリマに対して20重量%以下の割合となるようにすることが好ましい。この添加量が20重量%を超えると、潤滑剤の滲み出しによる潤滑能力が維持され難くなる。
本発明の方法において、射出成形は以下のようにして行う。金型として、軸受の幅方向中心で2分割され、内輪と外輪の間に外側から転動体列を支持するつば部を有し、つば部の転動体間となる部分にゲートを設けたものを用い、この金型を軸受に外嵌させた状態で、射出成形機のスクリューで溶融された材料をゲートから軸受空間内に導入する。
【0018】
ゲートは分割された金型の片方のみに設ける。両方に設けると転動体列間にウエルドが生じて転動体列間の潤滑剤含有ポリマの機械的強度が低下するため、片方のみに設けてある方が好ましい。特に、分離型保持器の場合は両方のゲートから充填するのではなく、片方のゲートから充填する必要がある。
また、射出成形機としては、自重式ホッパーが付いた通常のインラインスクリュー式の射出成形機では、ペースト状の未焼成潤滑剤含有ポリマがスクリュー部に噛み込み難いため、特開平8−309793号公報に記載されているような、ホッパー部を圧送式にした射出成形機を用いることが好ましい。この射出成形機を用いると、ペースト状の潤滑剤含有ポリマをスクリュー部に安定的に送ることができるため、射出成形が容易に行われる。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明の複列転がり軸受によれば、軸受空間内に充填・固化された潤滑剤含有ポリマの機械的強度が高いため、高速・高荷重の使用条件下での信頼性が高くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。
[成形法の違いによる機械的強度の比較]
以下のようにして、同じ組成の潤滑剤含有ポリマを用い、射出成形と圧縮成形により同じ大きさのダンベル形試験片を成形し、これらの試験片を用いて引っ張り強度と硬さの測定を行った。
【0021】
潤滑剤含有ポリマ用のポリマとしては、市販の高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、ポリエチレンワックスを用意した。潤滑剤としては市販の鉱油を用意した。
これらを先ず、高密度ポリエチレンが10重量%、超高分子量ポリエチレンが12.5重量%、ポリエチレンワックスが2.5重量%、鉱油が75重量%となるように混合した。次に、この混合物を150℃で1時間加熱した後、室温まで冷却して固化させた。これをさらに粉砕機で粉砕することにより、ペースト状の潤滑剤含有ポリマを得た。
【0022】
射出成形は、ホッパーを圧送式にした型締め力47トンのインラインスクリュー式成形機を用い、樹脂温度175℃、金型温度50℃、射出圧力30MPa、射出時間1秒、冷却時間30秒の条件で行った。圧縮成形は、試験片用金型内に材料を充填後、圧力5kg/cm2 、温度170℃、加熱圧縮時間15分の条件で行った。
引っ張り強度は、万能型強度試験機を用い、引っ張り速度10mm/分の条件で行い、破断点までの最大負荷荷重を測定した。この測定値を試験片の最小断面積で除した値を引っ張り強度として算出した(1Pa=1N/m2 )。硬さは、デュロメータスケールA硬度計を用いて測定した。これらの結果を下記の表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
この表に示すように、射出成形体(射出成形で成形されたもの)の引っ張り強度は圧縮成形体(圧縮成形で成形されたもの)の7倍程度の値になっている。また、硬さ(HDA )も射出成形体の方が高い。このように、射出成形体の機械的強度は圧縮成形体より非常に高いことが分かる。
【0025】
[実施形態1]
先ず、図1および2に示す構造の自動調心ころ軸受を作製した。図1は図2のB−B線断面図に相当する。なお、図1の右側のころは断面であるがハッチングを省略してある。
この軸受は、内輪1に2列の軌道1aを有し、各軌道1aの外端部に脱落防止つば1bが形成されている。外輪軌道2aは、軸受中心を中心とする球状に形成されている。全てのころ3は一つの保持器4によって保持されている。この保持器4は、環状の環状部41と、環状部41から左右両側に櫛状に延びる保持部42とで構成されている。左右の保持部42は環状部41の異なる位置から交互に延びている。この保持器4により、軸受の軸方向において、一方の列のころ3は他方の列のころ3同士の間に配置される。
【0026】
また、保持器4の環状部41の内側であって、内輪1の2つの軌道1aの間となる位置に、各列のころ3を案内する案内輪7が配置されている。
なお、図2において、ライン7aは案内輪7の幅方向(軸受の軸方向)中心線を、ライン4aは保持器の環状部41の幅方向中心線を、ライン3aはころ3の外端面の中心点を結ぶ線を示す。
【0027】
次に、この軸受を脱脂洗浄した後、フッ素系離型剤(ダイキン工業(株)社製「ダイフリーGF6030(商品名)」)の溶液中に5秒間浸漬した後、これを取り出して30分間放置することにより溶剤を乾燥させた。これにより、この軸受の外輪2の内周面側(軌道2aを含む)と、内輪1の外周面側(軌道1a、軌道1a間の面1d、脱落防止つば1bの内側面14)と、ころ3の周面および両端面と、保持器4の表面と、案内輪7の表面にフッ素系離型剤の被膜を形成させた。
【0028】
次に、上述の試験片作製の際に用いた潤滑剤含有ポリマを、この軸受内に射出成形法により充填した。射出成形機は前記と同じものを用い、成形条件は、樹脂温度175℃、金型温度50℃、射出圧力30MPa、射出時間2〜3秒、冷却時間60秒とした。
金型は図3および4に示す構造のものを用いた。図3および4は、この軸受に金型を装着した状態を示す断面図であって、図3は図2のB−B線断面に対応する断面図であり、図4は図2のA−A線断面に対応する断面図である。
【0029】
これらの図に示すように、この金型は、軸受の幅方向中心で左右に2分割される2つの分割体61,62で構成され、両分割体61,62には、外輪2を嵌め入れる凹部6aと、内輪1を嵌め入れる凹部6bと、内輪1と外輪2との間に外側から嵌まるつば部6cが形成されている。つば部6cは、ころ3の外端面に沿った面と、内輪1の脱落防止つば1bの周面に沿った面と、外輪2の内周面の軌道2aより外側となる面に沿った面を有する。
【0030】
したがって、軸受の側面から各分割体61,62のつば部6cを、内輪1と外輪2との間に、先端面がころ3の外端面に接触するまで嵌め入れることにより、つば部6cの各面が軸受の対応する前記各面に当接し、凹部6aに外輪2の外周面と側面が嵌め入れられ、凹部6bに内輪1の内周面と側面が嵌め入れられるようになっている。
また、一方の分割体61のつば部6cにはゲート6dが設けてある。このゲート6dはピンポイントゲートであり、図2に示すように、保持器4の環状部41の外周ラインに沿って、ころ列内のころ3の設置間隔に対応させた間隔で、ころ列内のころ3の数と同じ数だけ設けてある。そして、この分割体61を軸受に取り付ける際には、ゲート6dが、この分割体61を取り付ける側のころ列(ここでは図3および4の左側のころ列)で隣合うころ3の間となる位置に配置されるようにする。
【0031】
各ゲート6dの基端は円板状のランナ6eに接続してあり、金型のパーティングライン(P.L.)より外側の部分(省略)には、軸受の軸中心点となる位置にスプルが設けてある。したがって、射出成形機から金型のスプルに導入された溶融樹脂はランナ6e内に入って円板状に拡げられた後、全てのゲート6dから軸受内に導入される。軸受内の溶融樹脂は、図3および4に矢印で示すように移動する。
【0032】
すなわち、溶融樹脂は、先ず、図3に示すように、ゲート6dの先端から左側の列のころ3L同士の間に入り、その一部は保持器の左側の保持部42と外輪2との間を移動して、保持器の環状部41と外輪2との間の空間8Aに達する。また、一部は保持器の保持部42の外端面と金型のつば部6cとの間を移動し、その一部は、内輪1の脱落防止つば1bの内側面14ところ3Lの外端面との間の空間8Bに入り、それ以外は、保持部42と内輪の軌道1aとの間を移動して、案内輪7ところ3Lの内端面との間の空間8Cに入る。
【0033】
空間8Aに達した溶融樹脂は、次に、図4に示すように、右側の列のころ3R同士の間に入り、保持器の右側の保持部42と外輪2との間を移動する。その一部は、保持部42の外端面と金型のつば部6cとの間を移動して、内輪1の脱落防止つば1bの内側面14ところ3Rの外端面との間の空間8Dに入る。それ以外は、保持部42と内輪の軌道1aとの間を移動して、案内輪7ところ3Rの内端面との間の空間8Eに入る。なお、空間8Aに達した溶融樹脂は、ころ3L,3Rの内端面と保持器の環状部41との間の空間8Fにも入る。
【0034】
このようにして射出成形を行った後に金型を外すことにより、図1の軸受の内部空間、すなわち前記各空間8A〜8Fと各列の隣り合うころ3同士の空間に、潤滑剤含有ポリマが充填されて固化された自動調心ころ軸受が得られる。この軸受の図2のA−A線断面に対応する断面図を図5に示す。図5の符号5は、射出成形法により充填・固化された潤滑剤含有ポリマを示す。
【0035】
この自動調心ころ軸受は、潤滑剤含有ポリマ5が射出成形法により充填・固化されているため、圧縮成形法により潤滑剤含有ポリマが充填・固化されている自動調心ころ軸受と比較して機械的強度が高い。
また、この軸受は、保持器4が複列の全てのころ3を保持する一体型保持器であるため、高速・高荷重の使用条件下であってもころが各列毎に異なる動きをすることはない。そのため、分離型保持器の場合と比較して、高速・高荷重の使用条件下での信頼性が高いものとなる。
【0036】
さらに、この軸受は、ころ3の内端面と案内輪7との間の空間8C,8E、およびころ3の外端面と内輪1の脱落防止つば1bの内側面14との間の空間8B,8Dに潤滑剤含有ポリマが充填されているため、ころ3の内端面と案内輪7との間およびころ3の外端面と内輪の脱落防止つば1bとの間における潤滑状態が良好となる。これにより、軸受回転時のトルクが小さくなるとともに、これらの位置での温度上昇が抑制されるため、潤滑剤含有ポリマ5の軟化が生じて機械的強度が低下したり、潤滑剤の放出速度が速くなったりすることが防止される。
【0037】
また、この軸受は、潤滑剤含有ポリマ5を充填する前に軸受に離型剤の被覆が行われているため、潤滑剤含有ポリマ5の固化後に、内輪1、外輪2、およびころ3と潤滑剤含有ポリマ5との間が接着されない。したがって、潤滑剤含有ポリマと内外輪との間に生じる摩擦が少なく、潤滑剤含有ポリマの存在によって軸受の回転に支障が生じることが防止される。
この自動調心ころ軸受(実施例1)と、全く同じ構成の図1の軸受に対して同じ潤滑剤含有ポリマを同じ空間に圧縮成形法により充填・固化させた軸受(比較例1)とを用いて、回転試験を行った。圧縮成形条件は上述の試験片作製の際と同じにした。
【0038】
回転試験は、自動調心ころ軸受(型番22311:外径120×内径55×幅43)を用い、ラジアル荷重280kgfを負荷して行い、一定回転数で24時間連続して回転させた後に、潤滑剤含有ポリマに亀裂等の破損が発生するかどうかを調べた。回転数は600rpmから100rpmずつ上げていき、破損が発生した回転数を破損回転数として調べた。その結果、破損回転数は実施例1で1800rpm、比較例1で1200rpmであった。
この結果から分かるように、実施例1の軸受は比較例1の軸受よりも著しく高い回転速度での使用が可能となる。
【0039】
[実施形態2]
分離型の保持器を有する自動調心ころ軸受として、図6に示す構造のものを作製した。この保持器4は、ころ3を各列毎に保持するポケット43aを有する主部43と、これと一体に形成された内向きフランジ44および外向きフランジ45とで主に構成される。この保持器の詳細な構造に関しては特開平8−296653号公報に開示されている。また、この軸受の外輪2には油穴21が設けてある。
【0040】
この軸受に実施形態1と同様にして同じ組成の潤滑剤含有ポリマを充填・固化させるが、金型としては図7に示すように、内向きフランジ44を嵌め入れるための凹部6fを設けるとともに、油穴21を塞ぐための栓63も設けた。これ以外の点は前記実施形態1と同様の構造である金型を用いた。そして、前記実施形態1と同じ条件で射出成形を行った。
【0041】
その結果、この軸受の内部空間のうち、保持器4の外向きフランジ部45と外輪2との間の空間8G、ころ3の内端面と外向きフランジ部45との間の空間8H、内向きフランジ44ところ3の外端面との間の空間8J、各列内の隣り合うころ3同士の間の空間に潤滑剤含有ポリマが充填・固化された。保持器4と内輪1の外周面との間の空間8Kには、潤滑剤含有ポリマが充填されなかった。
【0042】
この自動調心ころ軸受(実施例2)と、全く同じ構成の図6の軸受に対して同じ潤滑剤含有ポリマを同じ空間に圧縮成形法により充填・固化させた軸受(比較例2)とを用いて、回転試験を行った。圧縮成形条件は上述の試験片作製の際と同じにした。
回転試験は、自動調心ころ軸受(型番22310:外径110×内径50×幅40)を用い、ラジアル荷重280kgfを負荷して行い、一定回転数で24時間連続して回転させた後に、潤滑剤含有ポリマに亀裂等の破損が発生するかどうかを調べた。回転数は600rpmから100rpmずつ上げていき、破損が発生した回転数を破損回転数として調べた。その結果、破損回転数は実施例2で1000rpm、比較例2で600rpmであった。
【0043】
この結果から分かるように、実施例2の軸受は比較例2の軸受よりも著しく高い回転速度での使用が可能となる。
また、この実施形態2の軸受は、保持器4が各列毎にころ3を保持する分離型保持器であるため、実施例1と実施例2の結果の比較から分かるように、実施形態1の軸受と比較して使用可能な回転速度は低くなるが、保持器が分離型保持器であっても潤滑剤含有ポリマを射出成形法により充填・固化することによって、1000rpmでの使用が可能となる。
【0044】
また、本発明のように潤滑剤含有ポリマを射出成形法により充填・固化するとにより、軸受全体を潤滑剤含有ポリマの融点以上の温度まで加熱する必要がないため、軸受に変形が生じたり、表面硬度が低下したりする恐れがない。
なお、前記各実施形態では自動調心ころ軸受について述べてあるが、本発明はこれに限定されず、一対の複列内輪と複列外輪との間に転動体が複列に配置されている複列転がり軸受であればいずれのものにも適用される。これらの例としては、自動調心機能のない複列ころ軸受、複列玉軸受等が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施形態1で作製した、潤滑剤含有ポリマを充填する前の自動調心ころ軸受を示す断面図であり、図2のB−B線断面図に相当する。
【図2】実施形態1で作製した、潤滑剤含有ポリマを充填する前の自動調心ころ軸受を示す正面図である。
【図3】実施形態1で使用した金型の構造を説明するための、軸受に金型を装着した状態を示す断面図であって、図2のB−B線断面に対応する断面図である。
【図4】実施形態1で使用した金型の構造を説明するための、軸受に金型を装着した状態を示す断面図であって、図2のA−A線断面に対応する断面図である。
【図5】実施形態1で作製した、潤滑剤含有ポリマを充填・固化した後の自動調心ころ軸受を示す断面図であって、図2のB−B線断面に対応する断面図である。
【図6】実施形態2で作製した、潤滑剤含有ポリマを充填する前の自動調心ころ軸受を示す断面図である。
【図7】実施形態2で使用した金型の構造を説明するための、軸受に金型を装着した状態を示す断面図である。
【図8】潤滑剤含有ポリマが充填・固化された自動調心ころ軸受の従来例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0046】
1 内輪
2 外輪
3 ころ(転動体)
4 保持器
5 潤滑剤含有ポリマ
6a 金型のゲート
6e 金型のランナ
7 案内輪
61 金型の分割体
62 金型の分割体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の複列内輪および複列外輪と、複列配置されている転動体と、転動体を保持する保持器を備え、内部空間に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている複列転がり軸受の製造方法において、
潤滑剤含有ポリマとして、ポリオレフィン系樹脂と潤滑油とからなり、潤滑剤含有ポリマの全重量に対するポリオレフィン系樹脂の含有率は10〜50重量%であり、潤滑剤の含有率は90〜50重量%であるものを使用し、前記ポリオレフィン系樹脂は、低分子量ポリオレフィンを含まないか5重量%以下の割合で含有し、中分子量ポリオレフィンを8〜48重量%の割合で含有し、超高分子量ポリオレフィンを2〜15重量%の割合で含有し、
金型として、軸受の幅方向中心で2分割され、内輪と外輪の間に外側から転動体列を支持するつば部を有し、一方の分割体のつば部の転動体間となる部分にゲートを設けたものを用い、この金型を軸受に外嵌させた状態で、射出成形機のスクリューで溶融された材料をゲートから軸受空間内に導入することで、潤滑剤含有ポリマを射出成形法により充填させて固化することを特徴とする複列転がり軸受の製造方法。
【請求項2】
請求項1の方法で製造され、一対の複列内輪および複列外輪と、複列配置されている転動体と、転動体を保持する保持器を備え、内部空間に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されている複列転がり軸受。
【請求項3】
前記潤滑剤含有ポリマの充填・固化後の硬さは、HDA (スケールAを用いたデュロメータ硬さ)65〜90の範囲である請求項2記載の複列転がり軸受。
【請求項4】
請求項1の方法で製造され、転動体を保持する保持器を備え、内部空間に潤滑剤含有ポリマが充填されて固化されていることを特徴とする自動調心ころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−250359(P2006−250359A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−95524(P2006−95524)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【分割の表示】特願平10−168683の分割
【原出願日】平成10年6月16日(1998.6.16)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】