説明

複層皮膜被覆金属板及びその製造方法

【課題】耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性に優れる薄膜被覆金属板の提供。
【解決手段】金属表面に接する最下層の皮膜が、水性の加熱成膜型樹脂塗料を金属表面に塗布した皮膜であり、水性樹脂を金属表面に塗布した樹脂と、更にその誘導体で一般式(I)の樹脂を規定量含有し、最表層の皮膜が、水性樹脂塗料を塗装皮膜表面に塗布後、紫外線照射や加熱等で硬化した皮膜であり、高硬質樹脂とシリカ微粒子を規定量含有する、複層被覆金属板。


(式中、Z−は、炭化水素鎖で、「A1〜Z」は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。−X基はC1〜3の加水分解性アルコキシ基、加水分解性ハロゲノ基又は加水分解性アセトキシ基であり、a+b+c+d=3である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性樹脂塗料の金属板への塗布、加熱乾燥により生成する耐食性、高加工密着性の最下層皮膜と、水性樹脂塗料の塗布、乾燥後、紫外線照射、電子線照射、高温加熱等で硬化することにより得られる高硬質樹脂を主体とする耐擦傷性、耐摩耗性の最表層皮膜とを含む複層皮膜で表面の少なくとも一部が被覆された、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性のすべてに優れる複層皮膜被覆金属板、及び、その複層皮膜被覆金属板の複層皮膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
以下、本発明の背景技術について説明する。
最初に本明細書で使用する「紫外線硬化型樹脂」、「紫外線硬化型樹脂塗料」、「紫外線硬化済み皮膜」、「電子線硬化型樹脂」、「電子線硬化型樹脂塗料」、「電子線硬化済み皮膜」、「加熱成膜型樹脂」、「加熱成膜型樹脂塗料」、「加熱成膜済み皮膜」、「不揮発分」、「高硬質樹脂」について説明する。「紫外線硬化型樹脂」とは、電磁波である紫外線の照射により重合や架橋が始まる紫外線硬化型の樹脂や重合性炭化水素を構成主成分とする、紫外線硬化前の樹脂組成物を意味し、「紫外線硬化型樹脂塗料」とは、前記「紫外線硬化型樹脂」で不揮発分の主体が構成される塗料を意味し、「紫外線硬化済み皮膜」とは、前記「紫外線硬化型樹脂塗料」を被塗面に塗布、乾燥後、紫外線を照射して得られる、紫外線硬化後の皮膜のことを意味する。また、本明細書において、「加熱成膜型樹脂」とは、加熱による重合や架橋反応で高分子化が促進され皮膜を形成する熱硬化型樹脂、熱可塑性樹脂、または重合性炭化水素を構成主成分とする樹脂組成物を意味し、「加熱成膜型樹脂塗料」とは、前記「加熱成膜型樹脂」で不揮発分の主体が構成される塗料を意味し、「加熱成膜済み皮膜」とは、前記「加熱成膜型樹脂塗料」を被塗面に塗布、加熱乾燥して得られる皮膜のことを意味する。また、本明細書において、「電子線硬化型樹脂」とは、粒子線である電子線の吸収により重合や架橋が始まる電子線硬化型の樹脂や重合性炭化水素を構成主成分とする、電子線硬化前の樹脂組成物を意味し、「電子線硬化型樹脂塗料」とは、前記「電子線硬化型樹脂」で不揮発分の主体が構成される塗料を意味し、「電子線硬化済み皮膜」とは、前記「電子線硬化型樹脂塗料」を被塗面に塗布、乾燥後、電子線を照射して得られる、電子線硬化後の皮膜のことを意味する。前記の「不揮発分」とは、本明細書では、塗料や組成物に溶媒として配合されている低分子量化合物(水や溶剤類など)を揮発させた後に残る成分のことを意味する。前記の「高硬質樹脂」とは、前記の「紫外線硬化型樹脂」に紫外線を照射して高度に架橋、硬質化させた樹脂、前記の「電子線硬化型樹脂」に電子線を照射して高度に架橋、硬質化させた樹脂、前記の「加熱成膜型樹脂」を200℃以上に高温加熱して高度に架橋、硬質化させた樹脂、または、前記以外の架橋方法で高度に架橋、硬質化させた樹脂を意味する。 紫外線硬化型樹脂塗料による金属板の表面被覆処理は、秒単位あるいはそれ以下の短時間の紫外線照射により高分子量、高架橋構造の紫外線硬化済み皮膜の形成が可能であり、得られた皮膜は多くの場合加熱成膜型樹脂塗料による表面被覆処理より硬質の表面が得られるため、種々の産業分野で金属表面の擦傷防止や耐摩耗処理に用いられている。この紫外線硬化型樹脂塗料の中で、溶剤系塗料や、高粘度の反応性ポリマーを低粘度の反応性モノマーで希釈して塗工性を付与する無溶剤系塗料は、塗装時に溶剤や希釈モノマーが大気中に放散し作業者や環境に悪影響を及ぼすため、最近では、溶剤やモノマーを殆ど含まない水性や粉体性の紫外線硬化型樹脂塗料の開発が進み、幾つか上市もされている。
【0003】
これら無溶剤系塗料のうち粉体の紫外線硬化型樹脂塗料による金属被覆処理の場合は、単一層の皮膜形成に少なくとも、(1)金属板への静電塗装、(2)高温での粉体溶融と連続皮膜化、及び、(3)紫外線照射による硬化、の3工程が必要で、製造工程が煩雑でトータル設備コストが高く、かつ、膜厚20μm以下の薄膜被覆処理が困難であった。
【0004】
また、水性の紫外線硬化型樹脂塗料による金属被覆処理の場合も、塗装、乾燥、紫外線照射の3工程が必須であるが、液状塗料の塗装は粉体塗料の場合より簡便で、かつ、水乾燥工程では粉体塗料のような高温ベーキングが要らないため、設備費やランニングコストは粉体塗装の場合よりかなり安価である。更に、水性の紫外線硬化型樹脂塗料による金属被覆処理では、粉体塗装では不可能なミクロンレベル、サブミクロンレベルの膜厚、あるいはそれ以下の薄膜被覆処理も工業的に可能なため、最近では、低環境負荷性で安価な金属板の硬質薄膜処理方法として注目されている。
【0005】
しかし、溶剤系、或いは無溶剤系の水性、粉体性いずれの紫外線硬化型樹脂塗料を用いた被覆処理でも、紫外線を照射した塗膜全域に光重合開始剤起源のラジカルが瞬時に多数発生し、高速の連鎖反応でたちまち高架橋、高分子化するため、硬化後の体積収縮や皮膜の残留歪みが大きく、また、金属板への密着性や皮膜バルクの繊密性は加熱成膜型樹脂塗料を用いた場合に比較し不十分であった。そのため、金属板上に生成した紫外線硬化済み皮膜は、加熱成膜済み皮膜に比べ、酸素や塩化物イオン等の金属腐食因子の遮蔽性に劣り、耐食性に問題があった。
【0006】
この様な課題に対し、例えば、水性の紫外線硬化型樹脂塗料での、硬化時の収縮を抑え金属面との密着性を改善する方法として、数平均分子量1000〜15000の比較的高分子量の重合体をベースとした反応性樹脂の水分散体を用い、金属との密着性に優れる紫外線硬化済み皮膜を形成する方法が提案されている(特許文献1参照)。また、重量平均分子量が500〜2000とやや高めで水分散性の光重合開始剤を用い、金属や木材などに優れた密着性を持つ紫外線硬化済み皮膜を形成する方法も提案されている(特許文献2参照)。
【0007】
一方、単一層の紫外線硬化済み皮膜を被覆した金属板でなく、本発明の皮膜構成のように、最表層を紫外線硬化済み皮膜とし、下層皮膜が紫外線硬化済み皮膜以外の皮膜である複層被覆金属板に関する技術がいくつか提案されている。例えば、金属板あるいは表面処理金属板に水性ウレタン系樹脂下地を塗装してからその上層に紫外線硬化型塗料を塗装することにより、紫外線硬化済み皮膜の密着性を改善する技術が開示されている(特許文献3参照)。また、表層から順に、紫外線硬化済み樹脂層、アクリル樹脂層、塩化ビニル樹脂層からなる3層被覆金属板(特許文献4参照)が提案されている。他の例として、表層から順に、紫外線照射と加熱の併用による成膜樹脂層、下塗り皮膜層、化成処理皮膜層からなる3層被覆亜鉛めっき鋼板(特許文献5参照)も提案されている。
【0008】
電子線硬化型樹脂塗料による金属板の表面被覆処理は、紫外線硬化の場合と同様の短時間架橋が可能なだけでなく、紫外線硬化の場合より遥かに強烈な電子エネルギーで樹脂鎖を切断してラジカルを発生させることができるため、紫外線硬化の場合には必須の重合開始剤が要らない、ガラス状態にある樹脂(分子鎖の移動度が非常に低い状態にある樹脂)でも架橋可能なため加熱不要、等の優れた特徴を持つ。そのため、金属表面の擦傷防止や耐摩耗処理に用いられている。しかし、電子線を吸収した塗膜全域にラジカルが瞬時に多数発生し、高速の連鎖反応でたちまち高架橋、高分子化するため、硬化後の体積収縮や皮膜の残留歪みが大きく、また、金属板への密着性や皮膜バルクの繊密性は加熱成膜型樹脂塗料を用いた場合に比較し不十分であった。そのため、金属板上に生成した電子線硬化済み皮膜は、加熱成膜済み皮膜に比べ、酸素や塩化物イオン等の金属腐食因子の遮蔽性に劣り、耐食性に問題があった。
【0009】
このような課題に対し、例えば、硬質の電子線硬化済み皮膜と金属板の間に、電子線硬化済み皮膜より軟質の層としてガラス転移温度が30℃以下で塗膜伸びが50%以上(またはガラス転移温度が65℃以下で塗膜伸びが30%以上、またはガラス転移温度が100℃以下)の熱硬化塗膜を設け、単一層の電子線硬化済み皮膜で被覆しただけでは抑止できない腐食誘発要因(寒暖の差による塗膜収縮割れ、振動による塗膜割れ、飛来物による塗膜割れ等)を抑止し、耐食性を改善する方法が提案されている(それぞれ特許文献6、7、8参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平10-195372号公報
【特許文献2】特開2007-138134号公報
【特許文献3】特開平10-157007号公報
【特許文献4】特開平8-58021号公報
【特許文献5】特開2006-334485号公報
【特許文献6】特開平7-251125号公報
【特許文献7】特開平7-289987号公報
【特許文献8】特開平8-39726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記特許文献1では、高分子量の反応性樹脂を水性の紫外線硬化型樹脂塗料の主成分に用いており、反応性モノマーや低分子量の反応性樹脂を多く含む塗料の場合よりラジカル反応点が少ないため、急激な紫外線硬化反応が生じても、ある程度の硬化収縮を抑制できる。しかし、硬化前の皮膜中で、高分子量の反応性樹脂の移動度が低いため、紫外線照射で生成するラジカルと反応性樹脂の反応効率が低くなり、架橋度や繊密性が不十分で金属腐食因子の遮蔽性に劣る皮膜が生成し、耐食性は加熱成膜済み皮膜に及ばなかった。また、前記特許文献2の方法では、水性の紫外線硬化型樹脂塗料中の開始剤が嵩高く、紫外線照射で低移動度のラジカルしか生成しないため、共存する反応性樹脂との反応効率が低く皮膜の架橋度や繊密性が不十分となる。そのため、金属腐食因子の遮蔽性に劣る皮膜となり、耐食性は加熱成膜済み皮膜に及ばなかった。
【0012】
前記特許文献3の技術は、金属表面との密着性に劣る紫外線硬化済み皮膜の密着性を改善する技術であり、不足する耐食性を改善するものでなかった。また、この技術で用いる紫外線硬化型塗料は水性でないため、水性ウレタン系樹脂下地の乾燥を行わない状態でその上に紫外線硬化型塗料をウェット・オン・ウェット塗装や多層同時塗装できず、煩雑でコストがかかる塗装工程であった。即ち、水性ウレタン系樹脂を下地塗装後、一旦加熱して水分乾燥と熱硬化を行い、冷却後、その上に溶剤系または無溶剤系の紫外線硬化型樹脂塗装を行い、溶剤系の場合は再度加熱して溶剤を揮発させ、最後に紫外線照射を行う、という多くの工程を経る必要があり、実用的でなかった。
【0013】
前記特許文献4の実施例で用いられている紫外線硬化型樹脂塗料は水性ではないが、特許文献4では水性、溶剤系、無溶剤系等の液性の特定はなく、水性の紫外線硬化型塗料も使用できると考えられる。ところが、この技術の目的は、塩化ビニル樹脂を被覆した金属化粧板の表面硬度と耐熱変色性の改善であり、アクリル樹脂層は、当該金属板を照明器具等の熱源付近で用いた場合の塩化ビニル樹脂層の加熱変色を防止するため、また塩化ビニル樹脂層は、意匠性を付与するために用い、いずれの層も、紫外線硬化済み樹脂層に不足する耐食性を改善するものでなかった。また、特許文献5の技術で用いる紫外線硬化型樹脂塗料は、水性、溶剤系のいずれでもよいとあるので水性の紫外線硬化型塗料も使用できるが、この技術にて最表層に紫外線硬化成分を添加する理由は、ウェット・オン・ウェット塗装等による複層塗膜のタレ防止であり、紫外線硬化成分による最表層皮膜の硬質化ではなかった。
【0014】
前記特許文献6〜8では、最表層の電子線硬化済み皮膜により十分な耐擦傷性が得られ、かつ、主として最下層の熱硬化塗膜の働きにより塗膜割れ(寒暖の差による塗膜収縮割れ、振動による塗膜割れ、飛来物による塗膜割れ等)は抑止できる。ところが、最下層の熱硬化塗膜には、皮膜の架橋度や繊密性を大きく改善する工夫や、皮膜と好適な防錆剤を複合化する工夫が見られないため、金属腐食因子の遮蔽性や防錆性に劣る皮膜となり、結果として、このような複層被覆金属板の耐食性が不十分だった。
【0015】
このように、従来の技術では、水性の紫外線硬化型樹脂を紫外線硬化して得られる皮膜を被覆した金属板は得られているが、単一層で十分な耐擦傷性と耐食性を兼ね備えた被覆皮膜は得られていない。また、最表層が紫外線硬化済み皮膜で、下層皮膜が紫外線硬化済み皮膜以外の皮膜である複層被覆金属板においても、十分な耐擦傷性と耐食性を兼ね備えたものは見当たらなかった。そのため、種々の産業分野で、水性のため塗料塗工時の環境負荷が低く、かつ耐擦傷性や耐摩耗性に優れる紫外線硬化済み皮膜の特性を活かした用途が拡がるに従い、この皮膜に対し、十分な耐食性がほしいとの要望が強まってきた。
【0016】
また、電子線硬化済み皮膜被覆に関する従来技術では、最表層が電子線硬化済み皮膜で、下層皮膜が電子線硬化済み皮膜以外の皮膜である複層被覆金属板において、十分な耐擦傷性と耐食性を兼ね備えたものは見当たらなかった。水性の電子線硬化型塗料を電子線硬化した皮膜を最表層に持つ被覆金属板はまだ工業化されていないが、紫外線線硬化型塗料の場合と異なり重合開始剤を添加する必要がないこと、水性のため塗料塗工時の環境負荷性に優れること、紫外線硬化型樹脂の場合と異なり室温での硬化性に優れること、紫外線硬化済み皮膜の場合より更に耐擦傷性や耐摩耗性に優れる皮膜の被覆が可能なこと、等の特徴を活かし、将来、種々の産業分野で用いられると考えられる。このような用途拡大に伴い、紫外線硬化済み皮膜の場合と同様に、耐擦傷性や耐摩耗性だけでなく十分な耐食性、加工密着性もほしいとのニーズが高まるのは必至である。
【0017】
水性の加熱成膜型樹脂を200℃以上に高温加熱して高度に架橋、硬質化させた皮膜、または、水性の樹脂を紫外線硬化、電子線硬化、200℃以上の高温加熱以外の方法で高度に架橋、硬質化させた皮膜を最表層に持ち、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性のすべてに優れる被覆金属板に関わる従来技術は見当たらなかった。
【0018】
本発明は、以上のような課題に鑑みてなされたものであり、水性樹脂塗料の塗布後、紫外線照射、電子線照射、200℃以上の高温加熱等により得られる耐擦傷性、耐摩耗性に優れる高硬質樹脂皮膜を最表層とし、水性樹脂塗料の塗布、乾燥により得られる耐食性、加工密着性に優れる樹脂からなる最下層皮膜を組み合わせた複層皮膜被覆金属板、及び、その複層皮膜被覆金属板の複層皮膜形成方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、前記のような目的を達成するため鋭意研究を行った結果、乾式でのスチールウール摺動試験、湿式でのクレンザー摺動試験のいずれによっても樹脂表面の擦傷が皆無か、軽微な浅い擦傷しか付かない高い硬度を有する高硬質樹脂を構成主成分とする皮膜を最表層に配し、かつ、耐食性、加工密着性に優れる特定の樹脂を最下層に配する複層構造を金属表面に形成すれば、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性の全てに優れる被覆金属板が得られることを見出した。
【0020】
本発明は、以上の知見をもとに完成されたものであって、具体的には、以下の通りである。
【0021】
(1)2層以上が積層した複層皮膜で表面の少なくとも一部が被覆された金属板であって、前記複層皮膜のうち金属表面に接する最下層の皮膜が、水性の加熱成膜型樹脂塗料(a)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる皮膜であり、かつ該皮膜中に水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂(A1)と、更にその誘導体で下記一般式(I)に示す樹脂(A2)のいずれか1種以上を合計で皮膜の50〜100質量%含有し、かつ、前記複層皮膜のうち最表層の皮膜が、水性樹脂塗料(j)を塗装皮膜表面に塗布、乾燥後、紫外線照射、電子線照射や200℃以上の高温加熱等で硬化することにより得られる皮膜であり、かつ、高硬質樹脂(J)を該皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(C1)を皮膜の5〜35質量%含有することを特徴とする、複層被覆金属板。
【化1】

(式中、A1は水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂、また、Z−は炭素原子数1〜9、窒素原子数0〜2、酸素原子数0〜2の炭化水素鎖で、「A1〜Z」の表記は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。また、−O−はエーテル結合であり、−OH基は水酸基であり、−X基は炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基、加水分解性ハロゲノ基又は加水分解性アセトキシ基であり、−R基は炭素原子数1〜3のアルキル基であり、置換基の数を示すa、b、c、dはいずれも0〜3の整数で、かつa+b+c+d=3である。)
(2) 前記水性樹脂塗料(j)が水性の紫外線硬化型樹脂塗料(b)であり、かつ、前記高硬質樹脂(J)が下記一般式(II)に示す紫外線硬化済み樹脂(B1)であることを特徴とする、複層被覆金属板。
【化2】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−X1基は水素原子又はメチル基であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
(3)前記水性塗料(a)の樹脂成分が、水性エポキシ系樹脂、水性フェノール系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂及び水性ポリオレフィン系樹脂からなる群から選ばれることを特徴とする1種又は2種以上である前記(1)、(2)のいずれかに記載の複層被覆金属板。
(4)前記樹脂(A2)中の−C−Si−O−結合を形成するSi原子が、前記複層皮膜のうち金属表面に接する最下層の皮膜中に、前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対し0.1〜30質量部含まれることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の金属板。
(5)前記最下層皮膜の付着量が0.01〜3g/m2である前記(1)〜(4)のいずれかに記載の金属板。
(6)前記最下層皮膜が、ポリフェノール化合物(D)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して1〜100質量部含有する前記(1)〜(5)のいずれかに記載の金属板。
(7)前記最下層皮膜が、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸からなる群より選択される1種又は2種以上の酸成分(E)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して0.1〜100質量部含有する前記(1)〜(6)のいずれかに記載の金属板。
(8)前記へキサフルオロ金属酸が、Ti、Si、Zr、Nbからなる群より選択される1種又は2種以上の元素を含む前記(7)に記載の金属板。
(9)前記最下層皮膜が、りん酸塩化合物(F)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質璽部に対して0.1〜100質量部含有する前記(1)〜(8)のいずれかに記載の金属板。
(10)前記りん酸塩化合物(F)が、カチオン成分としてMg、Mn、Al、Ca、Niからなる群より選択される1種又は2種以上の元素を含む前記(9)に記載の金属板。
(11)前記最下層皮膜が、Si、Ti、Al、Zrからなる群より選択される1種又は2種以上の金属の酸化物からなる金属酸化物微粒子(G)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して1〜100質量部含有する前記(1)〜(10)のいずれかに記載の金属板。
(12)前記紫外線硬化済み樹脂(B1)末端のラジカル付加物Radが、下記式(Rad1)〜(Rad13)のいずれかで示される構造を持つ末端基である、前記(1)、(2)のいずれかに記載の金属板。
【化3】

(13)前記紫外線硬化済み樹脂(B1)の−Z1基が、水性エポキシ系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂、水性アミノ系樹脂、及び水性シリコーン系樹脂からなる群から選ばれる1種又は2種以上である前記(1)、(2)、(12)のいずれかに記載の金属板。
(14)前記紫外線硬化済み樹脂(B1)の−X1基が水素原子で、該樹脂(B1)が下記一般式(III)に示す構造である(1)、(2)、(12)、(13)のいずれかに記載の金属板。
【化4】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
(15)前記複層皮膜の最表層皮膜の付着量が0.2〜3g/m2である前記(1)、(2)、(12)〜(14)のいずれかに記載の金属板。
(16)前記複層被覆金属板の表面に対し乾式スチールウール摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、前記表面の別部位に対し湿式クレンザー摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、エリクセン加工後の剥離試験による皮膜剥離面積が頂部面積の10%未満であることを特徴とする(1)〜(15)のいずれかに記載の複層被覆金属板。
(17)前記(1)〜(16)のいずれかに記載の複層皮膜で片面または表裏両面の少なくとも一部が被覆された金属板の製造方法であって、金属板表面に接する最下層から最表層までの各層の皮膜を、含水(ウェット)状態で、順次、または同時に複層被覆する工程(水性塗料のウェット・オン・ウェット塗装または多層同時塗装工程)と、含水状態の複層皮膜の水分や揮発分を同時に加熱乾燥させる乾燥工程と、乾燥後の複層皮膜の最表層皮膜を紫外線または電子線でラジカル重合し成膜する紫外線または電子線照射工程を、列記した順序で含む、複層被覆金属板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、硬い異物により強い摺動を受けても表面に擦傷がつきにくく、摩耗しにくく、かつ、耐食性、加工密着性に優れる複層皮膜被覆金属板を提供することができる。本発明の複層皮膜を得るための塗料は全て水性のため、低環境負荷性で、かつ、溶剤系塗料を用いる場合には必要不可欠な溶剤回収設備や、防爆化への設備投資が不要である。更に、複層皮膜被覆金属板の製造に際し、金属表面に接する最下層から最表層までの各層の皮膜を、含水状態で順次または同時に複層被覆する方法(ウェット・オン・ウェット塗装法または多層同時塗装法)を用いることにより、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性の全てに優れる複層被覆金属板を簡便に製造する方法を提供することができる。なお、前記複層皮膜の構成層のうち最下層皮膜は、水性の加熱成膜型樹脂を構成主成分とする含水皮膜を加熱乾燥、架橋して得られる加熱成膜済み樹脂を主成分とし、また、最表層皮膜は、水性の高硬質樹脂を構成主成分とする含水皮膜を乾燥後、紫外線照射、電子線照射、200℃以上の高温加熱、またはそれら以外の方法で高度に架橋、硬質化させた樹脂を主成分とする。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】3層スライド式カーテンコーターの模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本願において、「(メタ)アクリル系樹脂」とはアクリル系樹脂とメタクリル系樹脂を意味し、「(メタ)アクリル酸」とはアクリル酸とメタクリル酸を意味し、「(メタ)アクリレート」とはアクリレートとメタクリレートを意味する。
【0025】
<金属板>
本発明の金属板は、2層以上が積層した特定の複層皮膜で表面の少なくとも一部が被覆された金属板で、用途に応じ、金属板の両面が複層皮膜で被覆されていても、片面のみが被覆されていてもよく、また、表面の一部が被覆されていても、全面が被覆されていてもよい。金属板の複層皮膜で被覆された部位の耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性が優れるものである。
【0026】
金属板の構成金属としては、例えば、アルミニウム、チタン、亜鉛、銅、ニッケル、そして鋼等が適用可能である。これらの金属の成分は特に限定せず、例えば、鋼を使用する場合には、普通鋼であっても、クロム等の添加元素含有鋼であってもよい。ただし、本発明の金属板を強しごき加工や深絞り加工用途に用いる場合は、いずれの金属の場合も、強しごき加工や深絞り加工に適するように、添加元素の種類と添加量、及び金属組織を適正に制御したものが好ましい。また、金属板として鋼板を使用する場合、その表面には被覆めっき層があってもよいが、その種類は特に限定されず、適用可能なめっき層としては、例えば、亜鉛、アルミニウム、コバルト、錫、ニッケルのうちのいずれか1種からなるめっき、及び、これらの金属元素やさらに他の金属元素、非金属元素を含む合金めっき等が挙げられる。特に、亜鉛系めっき層としては、例えば、亜鉛からなるめっき、亜鉛と、アルミニウム、コバルト、錫、ニッケルの少なくとも1種との合金めっき、又は、さらに他の金属元素、非金属元素を含む種々の亜鉛系合金めっきが挙げられるが、亜鉛以外の合金成分を特に限定しない。めっき層の形成方法も特に限定せず、例えば、電気めっき、無電解めっき、溶融めっき、気相めっき等を用いることができる。めっき処理方法は、連続式、バッチ式のいずれでもよい。また、鋼板を使用する場合、めっき後の処理として、溶融めっき後の外観均一処理であるゼロスパングル処理、めっき層の改質処理である焼鈍処理、表面状態や材質調整のための調質圧延等があり得るが、本発明においては特にこれらを限定せず、いずれを適用することも可能である。
【0027】
<複層皮膜>
本発明において金属板を被覆する複層皮膜は、各層で異なる機能を分担してなる多機能皮膜であり、前記複層皮膜のうち金属表面に接する最下層の皮膜は、加熱成膜済み樹脂を構成主成分とし、かつ、前記複層皮膜のうち最表層の皮膜は、紫外線照射、電子線照射、200℃以上の高温加熱、またはそれら以外の方法で高度に架橋、硬質化させた樹脂を構成主成分とするが、水性塗料の塗装により工業的に製造できる2層以上の積層構造であれば、最表層と最下層の両皮膜が挟む中間層の皮膜の有無、中間層の皮膜を設ける場合はその層数、組成、及び、複層皮膜の金属表面への形成方法を特に限定しない。ただし、簡便にかつ効率的に複層皮膜を金属表面に形成する方法として、金属表面に接する最下層から最表層までの各層の皮膜を、含水(ウェット)状態で、順次または同時に複層被覆する工程(水性塗料のウェット・オン・ウェット塗装または多層同時塗装工程)と、含水状態の各層皮膜の水分や揮発分を同時に乾燥させる乾燥工程と、前記複層皮膜の最表層皮膜を紫外線硬化、電子線硬化、200℃以上の高温加熱等で重合し硬化する成膜工程を、列記した順序で含む積層方法で成膜することが好ましい。ここで、ウェット・オン・ウェット塗装法とは、金属板上に塗液を塗布後、この塗液が乾燥する前の含溶媒(ウェット)状態のうちに、その上に他の塗液を塗布し、得られる積層塗液の溶媒を同時に乾燥、硬化させ、成膜する方法である。また、多層同時塗装法とは、多層スライド式カーテンコーダーやスロットダイコーター等により、複数層の塗液を積層状態で同時に金属板上に塗布後、積層塗液の溶媒を同時に乾燥、硬化させ成膜する方法である。
【0028】
本発明の前記複層皮膜のうち、金属表面に接する最下層の皮膜は、水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂(A1)と、その誘導体で下記一般式(I)に示す樹脂(A2)のいずれか1種又は2種以上を、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計で皮膜の50〜100質量%含有する。
【化5】

(式中、A1は水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂、また、Z−は炭素原子数1〜7,窒素原子数0〜2,酸素原子数0〜2の炭化水素鎖で、A1〜Zの表記は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。また、−0−はエーテル結合であり、−OH基は水酸基であり、−X基は炭素数1〜3の加水分解性アルコキシ基又は加水分解性ハロゲノ基であり、−R基は炭素数1〜3のアルキル基であり、置換基の数を示すa、b、c、dはいずれも0〜3の整数で、かつa+b+c+d=3である。)
【0029】
本発明に用いる樹脂(A1)は、水性樹脂(a1)を不揮発分の50〜100質量%含む水性塗料(a)を調合し、金属板表面に塗布後、乾燥して得られる樹脂である。
【0030】
水性塗料(a)に含まれる水性樹脂(a1)以外の不揮発成分は、後に詳述するような、架橋剤、シランカップリング剤(s)、ポリフェノール化合物(D)、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)、金属酸化物微粒子(G)などである。成膜後の最下層皮膜におけるこれらの化合物の含有量には、後述するように、前記樹脂(A1)と(A2)の合計質量に対し好ましい範囲があるため、これらの化合物を含む水性塗料(a)を調合する際、成膜後の皮膜中でこれらが好ましい含有量範囲に収まるように配合量を調節する。
【0031】
水性樹脂(a1)には特に制限はないが、金属表面の水性化成処理に広く用いられている水性エポキシ樹脂、水性フェノール系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂及び水性ポリオレフィン系樹脂からなる群から選ばれる1種又は2種以上が好ましい。なお、本発明において、水性樹脂とは、水に完全溶解する水溶性樹脂、及び、エマルションやサスペンジョン等の形態で水中に均一に微分散している樹脂(水分散性樹脂)を含める。 前記水性樹脂(a1)のうち、水性エポキシ樹脂としては特に限定されず、例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、レゾルシン型エポキシ樹脂、水素添加ビスフェノールA型エポキシ樹脂、水素添加ビスフェノールF型エポキシ樹脂、レゾルシン型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂等のエポキシ樹脂をジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン等のアミン化合物と反応させ、有機酸又は無機酸で中和、水性化したものや、前記エポキシ樹脂の存在下で、高酸価アクリル樹脂をラジカル重合した後、アンモニアやアミン化合物等で中和し水性化したもの等を挙げることができる。
【0032】
前記水性樹脂(a1)のうち、水性フェノール系樹脂としては特に限定されず、例えば、フェノール、レゾルシン、クレゾール、ビスフェノールA、パラキシリレンジメチルエーテル等の芳香族化合物とホルムアルデヒドとを反応触媒の存在下で付加反応させたメチロール化フェノール樹脂等のフェノール樹脂を、ジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン等のアミン化合物類と反応させ、有機酸又は無機酸で中和し水性化したもの等を挙げることができる。
【0033】
前記水性樹脂(a1)のうち、水性ポリエステル系樹脂としては特に限定されず、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、1,6−へキサンジオール、ネオペンチルグリコール、トリエチレングリコール、ビスフェノールヒドロキシプロピルエーテル、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン等のポリオールと、無水フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、無水コハク酸、アジピン酸、セバシン酸、無水マレイン酸、イタコン酸、フマル酸、無水ハイミック酸等の多価カルボン酸とを脱水重縮合させ、アンモニアやアミン化合物等で中和し、水性化したもの等を挙げることができる。
【0034】
前記水性樹脂(a1)のうち、水性ポリウレタン系樹脂としては特に限定されず、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、1,6−へキサンジオール、ネオペンチルグリコール、トリエチレングリコール、ビスフェノールヒドロキシプロピルエーテル、グリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン等のポリオールと、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、トリレンジイソシアネート(TDI)等のジイソシアネートとを重付加反応させ、さらにジアミン等で鎖延長し、水性化したもの等を挙げることができる。
【0035】
前記水性樹脂(a1)のうち、水性(メタ)アクリル系樹脂としては特に限定されず、例えば、エチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、アルコキシシラン(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステルを、(メタ)アクリル酸と共に水中でラジカル重合することにより得られるものを挙げることができる。
【0036】
前記水性樹脂(a1)のうち、水性ポリオレフィン樹脂としては特に限定されず、例えば、エチレンとメタクリル酸、アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、クロトン酸等の不飽和カルボン酸類とを高温高圧下でラジカル重合したのち、アンモニアやアミン化合物、KOH、NaOH、LiOH等の塩基性金属化合物あるいは前記金属化合物を含有するアンモニアやアミン化合物等で中和し、水性化したもの等を挙げることができる。
【0037】
前記樹脂(A1)を形成するための水性樹脂(a1)は、1種又は2種以上を混合して用いてもよい。また、前記水性塗料の主成分として、少なくとも1種の水性樹脂存在下で、少なくとも1種のその他の水性樹脂を変性することによって得られる水性複合樹脂の1種又は2種以上を水性樹脂(a1)として用いてもよい。
【0038】
更に、必要に応じ、前記水性樹脂(a1)を含む水性塗料を調合する際、前記水性樹脂(a1)の架橋剤を添加しても良いし、樹脂骨格中に架橋剤を導入してもよい。前記架橋剤としては特に限定されず、例えば、アミノ樹脂、ポリイソシアネート化合物、ブロック化ポリイソシアネート、エポキシ化合物、カルボジイミド基含有化合物等からなる群から選択される少なくとも1種の架橋剤が挙げられる。これらの架橋剤を配合することで、皮膜の架橋密度や金属表面への密着性を高めることができ、耐食性や加工密着性が向上する。これらの架橋剤は単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0039】
前記アミノ樹脂としては特に限定されず、例えば、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン樹脂、尿素樹脂、グリコールウリル樹脂等を挙げることができる。
【0040】
前記ポリイソシアネート化合物としては特に限定されず、例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート等を挙げることができる。また、ブロック化ポリイソシアネートは、前記ポリイソシアネート化合物のブロック化物である。
【0041】
前記エポキシ化合物は、3員環の環状エーテル基であるエポキシ基(オキシラン環)を複数有する化合物であれば特に限定されず、例えば、アジピン酸ジグリシジルエステル、フタル酸ジグリシジルエステル、テレフタル酸ジグリシジルエステル、ソルビタンポリグルシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、グリセリンポリグリシジルエーテル、トリメチルプロパンポリグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールポリグリシジルエーテル、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、2,2−ビス−(4’−グリシジルオキシフェニル)プロパン、トリス(2,3−エポキシプロピル)イソシアヌレート、ビスフェノールAジグリシジルエーテル、水素添加ビスフェノールAジグリシジルエーテル等を挙げることができる。これらのエポキシ化合物の多くは、エポキシ基に1基の−CH2−が付加したグリシジル基を持つため、化合物名の中に「グリシジル」という語を含む。
【0042】
前記カルボジイミド基含有化合物としては、例えば、芳香族ジイソシアネート、脂肪族ジイソシアネート、脂環族ジイソシアネート等のジイソシアネート化合物の脱二酸化炭素を伴う縮合反応によりイソシアネート末端ポリカルボジイミドを合成した後、更にイソシアネート基との反応性を有する官能基を持つ親水性セグメントを付加した化合物等を挙げることができる。
【0043】
これらの架橋剤の量は、最下層皮膜を形成するための水性樹脂100質量部に対して1〜40質量部が好ましい。1質量部未満の場合、量が不十分で添加効果が得られない場合があり、40質量部を超える量では過剰硬化で皮膜が脆くなり、耐食性や加工密着性が低下する。
【0044】
本発明にて最下層皮膜に含まれる樹脂(A2)は、例えば、樹脂(A1)を形成するための前記水性樹脂(a1)と、シランカップリング剤(s)とを主成分とする水性塗料を、本発明で用いる金属板に塗布、乾燥することにより得られる。一般に、シランカップリング剤は、水酸基などの官能基を持つ金属表面や、多くの官能性有機樹脂に化学結合できるため、金属表面、官能性有機樹脂、シランカップリング剤の共存下で、金属表面と官能性有機樹脂とをシランカップリング剤で架橋できる。本発明においては、前記水性樹脂(a1)とシランカップリング剤(s)を主成分とする水性塗料を、複層皮膜の最下層として金属板に塗布、乾燥することにより、前記水性樹脂の官能基の少なくとも一部と、金属表面の官能基の少なくとも一部がそれぞれシランカップリング剤(s)と反応し、樹脂(A2)が生成する。前記一般式(I)に示す樹脂(A2)の−O−(エーテル結合)または−OH(水酸基)の少なくとも一部は、金属表面と結合している。エーテル結合と金属表面との結合は共有結合であり、水酸基と金属表面との結合は水素結合または配位結合である。このような、最下層と金属表面の化学結合により、両者の加工密着性が高まり、ひいては加工部の耐食性が向上する。
【0045】
本発明の複層皮膜の形成にウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法を用いる場合、最下層から最表層までの積層状態を含水(ウェット)状態で金属板上に一旦形成してから加熱乾燥する。含水状態では、最下層に含まれるシランカップリング剤(s)の移動度が高いため、シランカップリング剤(s)の少なくとも一部が、金属表面だけでなく、1つ上の層に含まれる官能性化合物とも効率的に反応する。最下層と1つ上の層との化学結合により、両層の加工密着性が高まり、ひいては加工部の耐食性が向上する。ここで、ウェット・オン・ウェット塗装法とは、既に述べたように、金属板上に塗液を塗布後、この塗液の溶媒が乾燥する前の含溶媒(ウェット)状態のうちに、その上に他の塗液を塗布し、積層塗液の溶媒を同時に乾燥、硬化させ成膜する方法である。また、多層同時塗装法とは、スライドカーテンコーターやスロットダイコーター等により、複数層の塗液を積層状態で同時に金属表面に塗布後、積層塗液の溶媒を同時に乾燥、硬化させ成膜する方法である。
【0046】
本発明にて、樹脂(A2)を形成するために用いるシランカップリング剤(s)は、一般式Y−Z−SiX3−mで示される分子構造を持つシランカップリング剤から選ばれる1種又は2種以上である。前記分子構造中の各官能基のうち、主として金属表面や他のシランカップリング剤との反応点となる−X基は、炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基、又は、加水分解性ハロゲノ基(フルオロ基(−F)、クロロ基(−Cl)、ブロモ基(−Br)など)、又は、加水分解性アセトキシ基(−O−CO−CH)である。これらのうち、炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基が、アルコキシ基の炭素原子数を変えることにより加水分解性を調整しやすいため好ましく、メトキシ基(−OCH)又はエトキシ基(−OCHCH)が特に好ましい。−X基が前記以外の官能基であるシランカップリング剤は、−X基の加水分解性が低いか、または加水分解性が高すぎるため、本発明では望ましくない。
【0047】
前記分子構造中の−R基は、炭素原子数1〜3のアルキル基である。−R基がメチル基又はエチル基の場合、嵩高いn-プロピル基やイソプロピル基に比べ、水性塗料中で前記−X基への水分子の接近を妨げず、−X基が比較的容易に加水分解するため好ましく、中でもメチル基が特に好ましい。−R基が前記以外の官能基であるシランカップリング剤は、−X基の加水分解性が極端に低いか、または反応性が高すぎるため、本発明では望ましくない。
【0048】
前記分子構造にて、置換基の数を示すmは1〜3の整数である。加水分解性の−X基が多いほど金属表面との反応点が多いため、置換基の数を示すmは、2又は3が好ましい。
【0049】
前記シランカップリング剤(s)の分子構造中の−Z−は、炭素原子数1〜9、窒素原子数0〜2,酸素原子数0〜2の炭化水素鎖である。これらのうち、炭素原子数2〜5,窒素原子数0又は1,酸素原子数0又は1の炭化水素鎖が、シランカップリング剤の水分散性と反応性のバランスが良いため、好ましい。−Z−の炭素原子数が10以上、窒素原子数が3以上、または酸素原子数が3以上の場合、シランカップリング剤の水分散性と反応性のバランスが不良のため、本発明では望ましくない。
【0050】
前記シランカップリング剤(s)の分子構造にて、水性樹脂(a1)、樹脂(A1)や他の共存樹脂の官能基との反応点となる−Y基は、水性樹脂(a1)、樹脂(A1)や他の共存樹脂と反応するものであれば特に制限がないが、反応性の高さから、エポキシ基、アミノ基、メルカプト基、又はメチリデン基(H2C=)が好ましく、エポキシ基又はアミノ基が特に好ましい。
【0051】
本発明の複層皮膜被覆金属板の最下層形成時に、前記分子構造 Y−Z−SiX3−mで示されるシランカップリング剤(s)分子の−SiX基が金属表面等と、また、−Y基が水性樹脂(a1)、樹脂(A1)等と反応すると、前記一般式(I)に示す樹脂(A2)となる。即ち、前記シランカップリング剤(s)分子末端の−Si−Xの少なくとも一部が加水分解して一Si−OH(シラノール基)を生成し、その少なくとも一部が金属表面や他のシランカップリング剤(s)分子の水酸基と脱水縮合し、エーテル結合を介した共有結合一Si−O−Me(Meは金属原子)や−Si−O−Si*−(Si*は他のシランカップリング剤分子由来のSi原子)を生成する。一方、前記シランカップリング剤(s)分子の他端にある−Y基が水性樹脂(a1)や樹脂(A1)の官能基と反応し、A1〜Zの結合を生成し、その結果、下記一般式(I)に示す構造を持つ樹脂(A2)となる。これらの反応が終わり、樹脂(A2)が生成した後に(A2)中のSi原子に結合している−O−,−OH、−X、−R基数をそれぞれa、b、c、dとすると、a+b+c=m、また、前記シランカップリング剤(s)の−R基は前記反応に関与せず樹脂(A2)に残るため、−R基数d=3−m=3−(a+b+c)、a+b+c+d=3である。なお、一般式(I)の「A1〜Z」の表記は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。
【化6】

(式中、A1は水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂、また、Z−は炭素原子数1〜9、窒素原子数0〜2、酸素原子数0〜2の炭化水素鎖で、「A1〜Z」の表記は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。また、−0−はエーテル結合であり、−0H基は水酸基であり、−X基は炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基、加水分解性ハロゲノ基又は加水分解性アセトキシ基であり、−R基は炭素原子数1〜3のアルキル基であり、置換基の数を示すa、b、c、dはいずれも0〜3の整数で、かつa+b+c+d=3である。)
【0052】
前記シランカップリング剤(s)の具体例としては、前記一般式Y−Z−SiX3−m(−X基は炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基、加水分解性ハロゲノ基、又は加水分解性アセトキシ基、−R基は炭素原子数1〜3のアルキル基、置換基の数を示すmは1〜3の整数、−Z−は炭素原子数1〜9、窒素原子数0〜2,酸素原子数0〜2の炭化水素鎖、−Y基は水性樹脂(a1)や樹脂(A1)と反応する官能基)の分子構造を持つものとして、例えば、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニルー3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン等を挙げることができる。
【0053】
本発明にて、樹脂(A1)と樹脂(A2)を主成分とする最下層皮膜を金属表面に形成する時、用いる水性塗料は、水性樹脂(a1)100質量部に対し、シランカップリング剤(s)を1〜100質量部含有するのが好ましい。1質量部未満ではシランカップリング剤(s)の量が少なく、シランカップリング剤による架橋構造があまり発達しないため、十分に繊密な皮膜が得られず耐食性が不十分になる可能性や、金属表面等との加工密着性が不十分になる可能性がある。一方、100質量部を超えると、密着性向上効果が飽和し、高価なシランカップリング剤を必要以上に用いるため不経済であったり、塗料の安定性を低下させることがある。
【0054】
本発明における最下層皮膜は、前記樹脂(A1)と前記樹脂(A2)のいずれか1種又は2種以上を合計で皮膜の50〜100質量%含有する必要があり、好ましくは、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計で皮膜の75〜100質量%含有するのがよい。樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計が最下層皮膜の50質量%未満の場合、皮膜の繊密性や金属表面との密着性が不足し、所望の耐食性や加工密着性が得られない。
【0055】
本発明にて、樹脂(A1)と樹脂(A2)を主成分とする最下層皮膜は、前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対し、前記樹脂(A2)中の−C−Si−O−結合を形成するSi原子を0.1〜30質量部含むのが好ましい。0.1質量部未満では、皮膜の繊密性や金属表面等との加工密着性を左右する−C−Si−O−結合の量が少なく、十分な耐食性と加工密着性が得られない可能性がある。また、30質量部を超えると、金属表面等との密着性向上効果が飽和し、皮膜形成のために高価なシランカップリング剤を必要以上に用いるため、不経済であったり、塗料の安定性を低下させることがある。なお、前記一C−Si−O−結合を形成するSi原子の同定や定量は、金属板上の皮膜のFT−IRスペクトルや、29Si−NMR等の分析方法を利用して行うことができる。
【0056】
本発明において、前記樹脂(A1)と前記樹脂(A2)のいずれか1種又は2種以上を構成主成分とする 最下層皮膜の乾燥後の付着量は、0.01〜3g/m2が好ましく、0.05〜2g/m2が特に好ましい。0.01g/m2未満では、皮膜が薄すぎて、所望の耐食性、加工密着性が得られない可能性がある。また、3g/m2を超えると、皮膜が厚すぎて塗料コストが高くなるばかりか、加工密着性が低下し、そのため加工部耐食性も低下する可能性がある。
【0057】
本発明で用いる複層皮膜の最下層皮膜には、更に、ポリフェノール化合物(D)を含有することが好ましい。ポリフェノール化合物は、ベンゼン環に結合したフェノール性水酸基を2基以上有する化合物又 その縮合物であって、金属表面にキレート作用で配位結合でき、また、共存する水性樹脂の親水基と水素結合することができる。このようなポリフェノール化合物を配合することにより、金属表面と最下層皮膜との加工密着性、及び、最下層皮膜と1つ上の皮膜との加工密着性を飛躍的に向上させ、ひいては加工部耐食性も向上させる。
【0058】
本発明にて用いるポリフェノール化合物(D)は、最下層皮膜形成に用いる水性塗料に均一に溶解又は微細分散できるものであれば、特に制限はない。水溶性または水分散性でなくても、水性塗料中に共存する水性樹脂(a1)の疎水鎖間に浸入し、均一に微細分散できるものであれば用いることができる。
【0059】
前記ベンゼン環に結合したフェノール性水酸基を2基以上有する化合物としては、例えば、没食子酸、ピロガロール、カテコール等を挙げることができる。ベンゼン環に結合したフェノール性水酸基を2基以上有する化合物の縮合物としては特に限定されず、例えば、通常タンニン酸と呼ばれる植物界に広く分布するポリフェノール化合物等を挙げることができる。タンニン酸は、広く植物界に分布する多数のフェノール性水酸基を有する複雑な構造の芳香族化合物の総称である。前記タンニン酸は、加水分解性タンニン酸でも縮合型タンニン酸でもよい。前記タンニン酸としては特に限定されず、例えば、ハマメリタンニン、カキタンニン、チャタンニン、五倍子タンニン、没食子タンニン、ミロバランタンニン、ジビジビタンニ ン、アルガロビラタンニン、バロニアタンニン、カテキンタンニン等を挙げることができる。前記ポリフェノー ル化合物は1種で使用しても良く、2種以上を併用してもよい。
【0060】
ポリフェノール化合物(D)は、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計100質量部に対し、1〜100質量部含有することが好ましい。1質量部未満ではポリフェノール化合物(D)の量が不十分であるため、十分な加工密着性が得られなかったり、その結果、加工部耐食性が不十分となる可能性がある。100質量部を超えると皮膜中のポリフェノール化合物(D)の量が多すぎて、加工密着性や耐食性が低下したり、塗料の安定性を低下させることがある。
【0061】
前記最下層皮膜には、更に、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸からなる群より選択される1種又は2種以上(E)を含有することが好ましい。このりん酸とヘキサフルオロ金属酸は、それぞれ単独で用いてもよいし、併用してもよい。これらの酸は、金属表面をエッチングにより活性化し、前記シランカップリング剤(s)やポリフェノール化合物(D)の金属面への作用を促進させる。また、りん酸は、前記作用のほかに、金属表面にりん酸塩層を形成して不働態化する作用を持つため、耐食性を向上させる。また、ヘキサフルオロ金属酸は、前記作用のほかに、最下層皮膜を形成する金属表面に、ヘキサフルオロ金属酸から供給される金属の酸化物を含む安定な薄膜を形成でき、その結果、耐食性を向上させる。本発明で用いることができるりん酸には特に制限はなく、例えば、オルトりん酸、ポリりん酸(オルトりん酸の重合度6までの直鎖状重合体の単体、又はこれらの2種以上の混合物)、メタりん酸(オルトりん酸の重合度3〜6までの環状重合体の単体、又はこれらの2種以上の混合物)を挙げることができる。前記りん酸は1種で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。重合度が2より大きなポリりん酸は、幾つかの重合度のポリりん酸の混合物として工業的に容易に得られるため、本発明では、このような混合物を用いるのがよい。
【0062】
本発明で用いることができるヘキサフルオロ金属酸にも特に制限はなく、例えば、ヘキサフルオロりん酸、ヘキサフルオロチタン酸、ヘキサフルオロジルコン酸、ヘキサフルオロけい酸、へキサフルオロニオブ酸、ヘキサフルオロアンチモン酸やそれらのアンモニウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等が挙げられる。ヘキサフルオロ金属酸は、前記のように、最下層皮膜を形成する金属表面に金属酸化物を含む安定な薄膜を形成するが、そのような効果をもたらすには、金属としてTi、Si、Zr、Nbの中からなる群より選択される1種又は2種以上の元素を含むものが好ましい。前記へキサフルオロ金属酸は、1種で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0063】
りん酸及びヘキサフルオロ金属酸からなる群より選択される1種又は2種以上(E)は、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計100質量部に対し、0.1〜100質量部含有することが好ましい。0.1質量部未満ではこれらの酸による作用が不十分であるため、耐食性が低下することがある。100質量部を超えると皮膜が脆くなり、皮膜凝集破壊により加エ密着性が低下することがある。
【0064】
前記最下層皮膜には、更に、りん酸塩化合物(F)を含有することが好ましい。このりん酸塩化合物を配合することにより、最下層皮膜形成時に、金属表面に難溶性のりん酸塩薄膜を形成できる。即ち、りん酸塩のりん酸イオンにより金属が溶解すると、金属表面でpHが上昇し、その結果、りん酸塩の沈殿薄膜が形成され、耐食性が向上する。
【0065】
本発明で用いることができるりん酸塩化合物(F)には、特に制限はなく、例えば、オルトりん酸、ポリりん酸(オルトりん酸の重合度6までの直鎖状重合体の単体、又はこれらの2種以上の混合物)、メタりん酸(オルトりん酸の重合度3〜6までの環状重合体の単体、又はこれらの2種以上の混合物)などの金属塩、フィチン酸、ホスホン酸(亜りん酸)、ホスフィン酸(次亜りん酸)などの有機金属塩が挙げられる。カチオン種としては特に制限はなく、例えば、Cu、Co、Fe、Mn、Sn、V、Mg、Ba、Al、Ca、Sr、Nb、Y、Ni及びZn等が挙げられるが、Mg、Mn、Al、Ca、Niを用いるのが好ましい。前記りん酸塩化合物は、1種で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0066】
りん酸塩化合物(F)は、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計100質量部に対し、0.1〜100質量部含有することが好ましい。0.1質量部未満ではりん酸塩化合物の作用が不十分なため、耐食性が低下することがある。100質量部を超えると最下層皮膜が脆くなり、皮膜凝集破壊により加工密着性が低下することがある。
【0067】
前記最下層皮膜には、更に、Si、Ti、Al、Zrからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素からなる金属酸化物微粒子(G)を含有することが好ましい。この金属酸化物微粒子を配合することにより、耐食性をより高めることができる。
【0068】
本発明で用いることができる前記金属酸化物微粒子(G)としては、例えば、シリカ微粒子、アルミナ微粒子、チタニア微粒子、ジルコニア微粒子等を挙げることができ、平均粒子径が1〜300nm程度のものが好適である。これらは単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらのうち、シリカ微粒子は、皮膜の耐食性向上及び強靭化の両方が必要な場合に添加する。シリカ微粒子としては特に制限なく、皮膜が薄膜であることから、一次粒子径が3〜50nmのコロイダルシリカ、ヒユームドシリ力等のシリカ微粒子であることが好ましい。
【0069】
前記金属酸化物微粒子(G)は、樹脂(A1)と樹脂(A2)の合計100質量部に対し、1〜100質量部含有することが好ましい。1質量部未満では金属酸化物微粒子の量が不十分であるため、耐食性を高める効果が得られないことがある。100質量部を超えると最下層皮膜が脆くなり、皮膜凝集破壊により加工密着性が低下することがある。
【0070】
<最表層の皮膜>
本発明の最表層の皮膜は、水性樹脂塗料(j)を塗装皮膜表面に塗布、乾燥後、紫外線照射、電子線照射や200℃以上の高温加熱等で硬化すること等により得られる高硬質樹脂(J)を該皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(C1)を皮膜の5〜35質量%含有する。最表層皮膜に含まれる高硬質樹脂(J)は、紫外線硬化型樹脂に紫外線を照射して高度に架橋、硬質化させた樹脂、電子線硬化型樹脂に電子線を照射して高度に架橋、硬質化させた樹脂、加熱成膜型樹脂を200℃以上に高温加熱して高度に架橋、硬質化させた樹脂、または、前記以外の架橋方法で高度に架橋、硬質化させた樹脂であって、以下に示す乾式でのスチールウール摺動試験、湿式でのクレンザー摺動試験のいずれによっても樹脂表面の擦傷が皆無か、軽微な浅い擦傷しか付かない高い硬度を有する樹脂である。
【0071】
乾式でのスチールウール摺動試験:#0000スチールウールを50mm角に切出し、ラビングテスター(理研工学(株)製 DIC式ラビングテスター1型)のヘッドに取付けたゴム栓(20mm径)に貼付し、1.56N/cm2の荷重で樹脂表面に押付け、乾式で、摺動距離60mm、60往復/分、100往復の摺動試験を行った後、樹脂表面を染色して摺動を受けた面の擦傷を肉眼観察する。
【0072】
湿式でのクレンザー摺動試験:フェルト(ユザワヤ商事(株)取扱ワンタッチフェルトRN-01)を40mm角に切出し、ラビングテスター(理研工学(株)製 DIC式ラビングテスタ−1型)のヘッドに取付けたゴム栓(20mm径)に貼付し、輪ゴムで固定後、フェルト部分に蒸留水を十分に含ませ、垂れる水を軽く拭き取る。次に、樹脂表面に、シリカ系鉱物研磨剤5%液(花王(株)製ホーミングクレンザーを蒸留水で10倍に薄めたもの)を0.5cc滴下し、1.56N/cm2の荷重で前記試験片に押付け、湿式で、摺動距離60mm、60往復/分、100往復の摺動試験を行う。樹脂表面を洗浄後、染色して摺動を受けた面の擦傷を肉眼観察する。
【0073】
本発明では、水性樹脂塗料(j)が、水性の紫外線硬化型樹脂塗料または電子線硬化型樹脂塗料であり、かつ、対応する高硬質樹脂(J)が、それぞれ、紫外線硬化済み樹脂、電子線硬化済み樹脂であることが好ましい。いずれも、架橋時間が1秒あるいはそれ以下と短く、連続的なインライン塗工ができるからである。
【0074】
紫外線硬化方式で成膜する場合、水性樹脂塗料(j)は水性の紫外線硬化型樹脂塗料(b)、高硬質樹脂(J)は、下記一般式(II)に示す紫外線硬化済み樹脂(B1)である。この場合、最表層の皮膜は、前記紫外線硬化済み樹脂(B1)を皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(Cl)を5〜35質量%含有する。最表層の皮膜構成成分のうち、前記紫外線硬化済み樹脂(B1)、シリカ微粒子(Cl)以外の成分は、紫外線照射で樹脂(B1)が生成する時の出発化合物である未反応の水性重合性炭化水素(b1)、未反応の光開裂型重合開始剤(P)などである。
【化7】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−X基は水素原子又はメチル基であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0075】
前記の紫外線硬化済み樹脂(B1)は、前記の水性重合性炭化水素(b1)と光開裂型重合開始剤(P)を含む水性塗料(b)を金属板表面に塗布、乾燥後、紫外線照射して得られる樹脂である。本発明で用いる水性塗料(b)は、水性重合性炭化水素(b1)と光開裂型重合開始剤(P)の合計を不揮発分の50〜95質量%、シリカ微粒子(Cl)を不揮発分の5〜35質量%含むが、その他に、後に詳述する硬質セラミックス微粒子、固体潤滑剤、架橋剤、ポリフェノール化合物(D)、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)などを含んでいてもよい。
【0076】
シリカ微粒子(Cl)が水性塗料(b)の不揮発分の5質量%未満の場合、成膜後、最表層皮膜の耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性のいずれも不十分になる。シリカ微粒子(Cl)が不揮発分の35質量%を超える場合、成膜後の最表層皮膜中で、樹脂(B1)に比べ微粒子の量が多すぎて、皮膜の織密性、靭性や強度が低下し、耐食性や加工密着性が不十分になる。
【0077】
硬質セラミックス微粒子には高価なものが多く、また、シリカ微粒子より比重が高く皮膜を形成するための水性塗料への均一分散が困難であり、更に、シリカ微粒子ほど成膜後の皮膜の耐食性改善効果が高くないため、最上層皮膜への添加は最少限にすべきである。
【0078】
また、固体潤滑剤は、水性塗料(b)の不揮発分100質量部に対し1〜40質量部含有することが好ましい。1質量部未満の場合、成膜後の皮膜の加工性向上効果が小さく、一方、40質量部を超えると皮膜中の潤滑剤量が多すぎて、皮膜の繊密性や密着性が損なわれ、耐食性や加工密着性などが低下する場合がある。
【0079】
架橋剤の添加は、最表層皮膜に求められる耐擦傷性、耐摩耗性、その他の必要機能を保持する範囲に限られる。
【0080】
工業化されている紫外線重合機構にはラジカル重合型とカチオン重合型があるが、本発明では、水性塗料の水分を乾燥して得られる未反応皮膜中の水性重合性炭化水素(b1)を重合させるため、少々の水分が残っていても反応が速やかに進むラジカル重合型で重合皮膜を形成する。カチオン重合型は、残存水分や共存する塩基性化合物により硬化阻害を受けるだけでなく、重合速度がラジカル重合型に比べ遅いため、工業的実用性がラジカル重合型より劣り、本発明では望ましくない。また、光ラジカル重合の主要な開始機構には、開始剤分子が紫外線を受けて分子内開裂し、開始剤分子単独でラジカルを発生できる光開裂型と、開始剤分子と水素供与化合物との2分子反応でラジカルを発生する水素引抜き型があるが、本発明では、水素供与化合物が不要な光開裂型を用いる。水素引抜き型では水素供与化合物を共存させる必要があり、水性塗料の処方が複雑になるため、本発明では望ましくない。
【0081】
本発明において、一般式(II)に示す紫外線硬化済み樹脂(B1)は、メチリデン基(H2C=)からなる炭素-炭素二重結合基を末端に持ち、下記一般式(IV)の構造を有する水性重合性炭化水素(b1)と、光開裂型重合開始剤(P)とを主成分とする水性塗料(b)の水分を乾燥、成膜後、紫外線を照射し、ラジカル重合することにより得られる。
【化8】

(式中、−X1基は水素原子又はメチル基、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0082】
前記(IV)において、分子末端のメチリデン基(H2C=)からなる炭素-炭素二重結合基が、紫外線照射により生じたラジカルの攻撃を受け、重合の起点となる。紫外線照射により、光開裂型重合開始剤(P)と水性重合性炭化水素(b1)から樹脂(B1)が生成する機構の例を、下記の反応式1〜反応式4に示す。
【0083】
紫外線照射により、光開裂型重合開始剤(P)が開裂してラジカルRad・とRad・が生成する(反応式1,光開裂)。水性重合性炭化水素(b1)に作用するラジカルはRad1・、Rad・のいずれでもよいので、これらを包括的にRad・と表す。Rad・が、前記(b1)末端のメチリデン基(H2C=)からなる二重結合基に作用し、Rad・が(b1)に付加した新しいラジカルが発生する(反応式2、連鎖開始)。このラジカルが他の(b1)に付加し、更に分子量の大きなラジカルが生成する(反応式3、連鎖成長)。この過程を次々に繰り返し、反応中間体のラジカルが高分子化し、ラジカルどうしの結合などによる停止反応を経て、樹脂(A1)が生成する(反応式4,高分子化)。
【0084】
反応式1では、1種類の光開裂型重合開始剤(P)を用いた場合を例示しているが、紫外線硬化済み樹脂(B1)からなる最表層皮膜を形成する際、1種類の開始剤(P)を単独で用いても、分子構造が異なる2種以上の開始剤(P)の混合物を用いてもよい。光開始剤は紫外線に対してそれぞれ異なる吸収を示すため、2種以上の開始剤の混合物を用いることにより、光感応応答性の幅(紫外線吸収波長範囲)を広げることができる。そのため、本発明では、紫外線硬化済み樹脂(B1)からなる最表層皮膜を形成する際に架橋度、分子量、性能などを制御するため、2種以上の光開裂型重合開始剤(P)を併用することがある。
【0085】
反応式2〜4では、1種類の水性重合性炭化水素(b1)を用いた場合を例示しているが、紫外線硬化済み樹脂(B1)からなる最表層皮膜を形成する際、1種類の(b1)を単独で用いても、−X1基または−Z1基の少なくとも一方が異なる2種以上の(b1)の混合物を用いてもよい。ただし、混合物の場合、−Z1基 中の親水基がアニオン型のものとカチオン型のものを混ぜると不安定化する場合があるため、これらを併用してはならない。許容される親水基の組合せは、アニオン型のものとノニオン型のもの、あるいは、カチオン型のものとノニオン型のものである。
【化9】

【化10】

【化11】

【化12】

前記の水性重合性炭化水素(b1)は、前記一般式(IV)に示したように、メチリデン基(H2C=)を有する炭素-炭素二重結合基を少なくとも1つ待つ必要がある。このような末端二重結合基は、一般式(IV)に示した二重結合基のほかに、更に、前記(IV)の−Z1基の末端にあっても、−Z1基の鎖の末端でない中途部位にぶら下がっていてもよい。いずれの場合でも、開始ラジカル(Rad・)や反応中間体ラジカルが二重結合基に付加するためには、その二重結合基が、メチリデン基(H2C=)を有する炭素-炭素二重結合基でなければならない。この理由について、以下に述べる。
【0086】
炭化水素が、炭素-炭素二重結合基(>C=C<)そのものを持たない飽和炭化水素である場合、ラジカルが飽和炭化水素と共存していてもラジカル重合できず、高分子化が非常に困難である。ハロゲノラジカルなどの非常に反応性の高いラジカルが飽和炭化水素と共存すれば、飽和炭化水素から水素原子を引抜いてアルキルラジカルを生成できる。しかし、これらのラジカルから周囲の他の飽和炭化水素へのラジカル移動反応(ラジカルの攻撃を受けた飽和炭化水素が励起し、攻撃したアルキルラジカルが失活する反応)や、ラジカルどうしが結合して消滅する可能性はあるが、ラジカルが次々に飽和炭化水素に付加し、高分子化することはない。従って、炭化水素がラジカル重合性であるためには、分子鎖に炭素-炭素二重結合基が必要である。
【0087】
一般に、炭化水素が炭素-炭素二重結合基(>C=C<)を持つ場合、そのような不飽和炭化水素の構造式は、A12C=CB12と表記される。ここで、置換基A1、A2、B1、B2は、水素原子又は炭化水素基、又は、水素原子と炭素原子以外のヘテロ原子(例えば−F、−Cl、−Br、−I等)、又は、中心原子が炭素原子でないヘテロ置換基(例えば−N(CH3)2、−O−CH2CH3、−SO3Na等)である。前記不飽和炭化水素A12C=CB12において、左側の二重結合炭素に付いているA1またはA2のうち少なくとも1つ、及び、右側の二重結合炭素に付いているB1またはB2のうち少なくとも1つが、炭素原子数1以上の炭化水素基、又は、水素原子と炭素原子以外のヘテロ原子、又は、中心原子が炭素原子でないヘテロ置換基のいずれかである場合、両方の二重結合炭素に水素原子より嵩高い原子または置換基が結合しているため、二重結合部位が非常に強く遮蔽され、ラジカルが炭素-炭素二重結合部位に近づけない。そのため、該二重結合部位へのラジカルの付加が事実上不可能で、本発明の水性重合性炭化水素(b1)として用いることはできない。一方、前記不飽和炭化水素A12C=CB12において、右側の二重結合炭素原子に付いているB1またはB2)のうち少なくとも1つが水素原子より嵩高い置換基であっても、左側の二重結合炭素に付いている置換基A1、A2の両方が水素原子であれば、前記A12C=CB12は遮蔽力の小さなメチリデン基(H2C=)を持つ構造(H2C=CB12)となるため、置換基A1、A2のいずれかと置換基B1、B2のいずれかが共に水素原子より嵩高い置換基である場合と異なり、ラジカルが炭素-炭素二重結合部位に近づけるようになる。従って、ラジカルが不飽和炭化水素の炭素一炭素二重結合部位に逐次付加重合するためには、本発明における水性重合性炭化水素(b1)は、メチリデン基(H2C=)を有する炭素-炭素二重結合基を少なくとも1つ待つ前記H2C=CB12のような構造でなければならない。
【0088】
更に、前記の不飽和炭化水素H2C=CB12を水性塗料中で安定化し、ウェット塗装、水分乾燥後に効率よくラジカル重合するためには、置換基B1がアニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基であり、かつ、残る置換基B2が小さな水素原子又はメチル基でなければならない。B1が前記の親水性置換基であれば、不飽和炭化水素H2C=CB12は水性塗料に安定に溶解または微細分散する。しかし、このような親水性置換基は非常に嵩高いため、不飽和炭化水素H2C=CB12の二重結合部位にラジカルが近づきにくく、反応速度が遅くなる。更に、残る置換基B2も、嵩高い炭素数2以上のアルキル基、水素原子と炭素原子以外のヘテロ原子、又は、中心原子が炭素原子でないヘテロ置換基であれば、嵩高い置換基B1とB2の共存によるラジカル遮蔽効果が非常に大きく、ラジカル重合は実質的に生じない。ところが、不飽和炭化水素H2C=CB12において、B1が嵩高い親水性置換基でも、B2が小さな水素原子又はメチル基であれば、実用レベルの反応速度でラジカル重合する。そのため、紫外線受光で樹脂(B1)が生成する時の出発化合物である水性重合性炭化水素(b1)は、前記一般式(IV)に示す構造でなければならない。
【化13】

(式中、−X1基は水素原子又はメチル基、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0089】
本発明で用いる樹脂(B1)は、前記反応式2〜4に示したように、前記の水性重合性炭化水素(b1)のラジカル重合で生成する。そのため、樹脂(B1)の―X1基と−Z1基は、(IV)のそれらと同じである。また、樹脂(B1)の−Y1基は、反応式4に示したように、多数の水性重合性炭化水素(b1)の付加重合体であり、(b1)分子の構造上の特徴(例えば、1分子中にあるメチリデン基(H2C=)を有する炭素-炭素二重結合基の数、分子中に他の反応性基があれば、その種類と数)や、塗装時の含水(ウェット)皮膜中で(b1)分子と共存する重合開始剤や架橋剤の種類などにより、生成する−Y1基の構造は多岐に亘り、特定の構造式を当てはめることはできない。従って、樹脂(B1)の構造を示す一般式(II)では、下記のように、−Y1基を単に「炭化水素基」と記す。
【0090】
本発明で用いる紫外線硬化済み樹脂(B1)は、下記一般式(II)に示す構造である。
【化14】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−X1基は水素原子又はメチル基であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0091】
本発明において、樹脂(B1)、及び紫外線受光で樹脂(B1)が生成する時の出発化合物である水性重合性炭化水素(b1)の−X1基は、メチル基より水素原子の方が好ましい。即ち、樹脂(B1)は下記一般式(III)、また、水性重合性炭化水素(b1)は、末端二重結合基がビニル基(H2C=CH−)である下記一般式(V)の構造の水性重合性炭化水素(b2)を用いるのが好ましい。その理由として、第一に、水素原子はメチル基よりかなり小さくラジカル遮蔽効果が僅少なため、水性重合性炭化水素(b2)へのラジカルの付加反応が非常に速く生じるからである。第二に、水性重合性炭化水素(b1)の−X1基基が水素原子の場合、ラジカル付加により生じるアクリレートラジカル(例えば、Rad−CH2−CHZ1・)は2級ラジカルで、−X1基がメチル基の場合に生じる3級のメタクリレートラジカル(例えば、Rad−CH2−C(CH3)Z1・))より不安定なため、このようなアクリレートラジカルは、近傍の水性重合性炭化水素(b2)に速やかに付加するからである。
【化15】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【化16】

(式中、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0092】
本発明において、紫外線硬化済み樹脂(B1)や水性重合性炭化水素(b1)の一部を構成する−Z1基は、その親水効果により(b1)が水溶性または水分散性であれば、モノマー、オリゴマー、それらより高分子量のポリマーのいずれでもよい。モノマーやオリゴマーの場合、−Z1基は低分子量であるが、ポリマーの場合、−Z1基は、高分子量の長鎖基、二次元架橋基、または三次元架橋基である。
【0093】
本発明において、前記−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基を持つ炭化水素基である。ここでいうアニオン型またはカチオン型の親水基は、反対電荷を持つイオンと水溶性塩を形成することにより、水性重合性炭化水素(b1)を水中に溶解あるいは分散できる基、または、それらの水溶性塩からなる基であれば特に制限はない。アニオン型では、カルボキシル基(−COOH)、硫酸基(-SO3H)硫酸エステル基(-OSO3H)、りん酸基(-P=O(OH)2)などの酸基と、これらにNaOH、KOH、NH3、各種アミンなどの塩基を作用させて得られる一COONa、−COOK、−COONH4、−SO3Na、−SO3K−SO3NH4、−OSO3Na、−P=O(ONa)2などの中和基が好ましく、水性重合性炭化水素(b1)とそれより得られる樹脂(B1)の−Z1基には、通常、これらの酸基を持つものと中和基を持つものが混在する。また、カチオン型では、Cl-やBr-などのアニオンと中和した4級アンモニウム塩やピリジニウム塩が好ましい。また、ノニオン型では、ポリオキシエチレン基 (−(CH2−CH2−O)x−基、繰返し単位の数xは概ね5〜20の整数)や、ポリオキシプロピレン基(−(CH2−CH(CH3)−O)y−基、繰返し単位の数yは概ね5〜20の整数)が好ましい。
【0094】
既に述べたように、本発明で用いる紫外線硬化済み樹脂(B1)からなる最表層皮膜を形成する際、1種類の水性重合性炭化水素(b1)を単独で用いても、−X1基または−Z1基の少なくとも一方が異なる2種以上の(b1)の混合物を用いてもよい。ただし、混合物の場合、−Z1基中の親水基がアニオン型のものとカチオン型のものを混ぜると不安定化する場合があるため、これらを併用してはならない。許容される親水基の組合せは、アニオン型のものとノニオン型のもの、あるいは、カチオン型のものとノニオン型のものである。
【0095】
本発明において、紫外線硬化済み樹脂(B1)や水性重合性炭化水素(b1)の一部を構成する−Z1基は、水性エポキシ系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂、水性アミノ系樹脂及び水性シリコーン系樹脂からなる群から選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。
【0096】
前記の水性エポキシ系樹脂としては、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。まず、ビスフェノールA、ビスフェノールFまたは水添ビスフェノールA、または、ビスフェノールA、ビスフェノールF及び水添ビスフェノールAから選ばれる2種以上の混合物とエピクロルヒドリンとの重縮合により両末端エポキシ基のビスフェノール型エポキシ樹脂を合成する。次に、一方の二重結合炭素に2個の水素原子が付いた炭素-炭素二重結合含有モノカルボン酸((メタ)アクリル酸等)と多くのカルボキシル基が樹脂鎖に付いた高酸価樹脂とを適宜添加し、エポキシ基とカルボキシル基との間の反応により、これらを前記エポキシ樹脂にそれぞれ付加する。この操作は、前記エポキシ樹脂鎖の末端にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を付与し、且つ、高酸価樹脂により前記エポキシ樹脂の酸価を高める操作である。最後に、付加した高酸価樹脂に残る未反応のカルボキシル基を塩基で中和し、水性化する。前記の高酸価樹脂は1本の樹脂鎖に多くのカルボキシル基が付いているため、1本の高酸価樹脂鎖が複数のエポキシ樹脂鎖と結合可能であり、この高酸価樹脂を介して、メチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を樹脂鎖末端に多数有する水性エポキシ系樹脂を得ることもできる。
【0097】
前記の、メチリデン基(H2C=)を持つ炭素~炭素二重結合基を樹脂鎖末端に有するビスフェノール型水性エポキシ系樹脂の中でも、ビスフェノールAとアクリル酸と前記高酸価樹脂を用いて得られるビスフェノールA型水性エポキシ系樹脂が、工業的な製造性に優れ、かつ、アクリル酸に由来するメチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合がラジカルにより攻撃され易く、紫外線硬化反応速度が速いため、好適に用いられる。
【0098】
メチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を末端に少なくとも1つ有する水性ポリエステル系樹脂としては、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。まず、脂肪族ジカルボン酸(例えば、マロン酸、コハク酸、アジピン酸等の飽和脂肪族ジカルボン酸、及び、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、無水マレイン酸、無水フマル酸等の不飽和脂肪族ジカルボン酸)、芳香族ジカルボン酸(例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、無水フタル酸等)の少なくとも1種以上と1分子に3基以上のカルボキシル基を持つ多価カルボン酸(例えば、無水トリメリット酸、クエン酸、前記の高酸価樹脂等)との混合物と、グリコール(例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,6−へキサンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ネオペンチルグリコール、水添ビスフェノールA等)とを脱水重縮合して樹脂鎖に多数の未反応カルボキシル基が付いた高酸価ポリエステル樹脂を合成し、次に、このポリエステル樹脂末端の水酸基と、一方の二重結合炭素に2個の水素原子が付いた炭素−炭素二重結合含有モノカルボン酸((メタ)アクリル酸等)とを反応させるか、または、このポリエステル樹脂末端のカルボキシル基とグリシジル(メタ)アクリレートとを反応させて、このポリエステル樹脂鎖末端にメチリデン基(HC=)を持つ炭素~炭素二重結合基を付与する。最後に、樹脂鎖に残る未反応のカルボキシル基の酸性を中和し、水性化する。
【0099】
メチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を末端に少なくとも1つ有する水性ポリウレタン系樹脂としては、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。まず、2基以上のイソシアネート基を持つポリイソシアネートと2基以上の水酸基を持つポリオールとの重付加反応により末端がイソシアネート基のポリウレタン樹脂を合成し、次に、この樹脂のイソシアネート基と、1分子中に2基以上の水酸基と1基以上のカルボキシル基を持つヒドロキシ酸(例えば、ジメチロールプロピオン酸、グリセリン酸、酒石酸等)の水酸基とを反応させて、樹脂鎖に多数のカルボキシル基が付いた高酸価ウレタン樹脂を合成する。この高酸価ウレタン樹脂末端の水酸基と、一方の二重結合炭素に2個の水素原子が付いた炭素-炭素二重結合含有モノカルボン酸((メタ)アクリル酸等)とを反応させるか、または、この高酸価ウレタン樹脂末端のカルボキシル基とグリシジル(メタ)アクリレートとを反応させてこのウレタン樹脂鎖末端にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を付与する。最後に、樹脂鎖に残る未反応のカルボキシル基の酸性を中和し、水性化する。
【0100】
前記のポリイソシアネートとしては、芳香族、脂環式及び脂肪族ポリイソシアネートが挙げられる。芳香族ポリイソシアネートとしては、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)(2,4−または2,6−TDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)(4,4’−または2,4’−MDI)、ポリメリックMDI、キシリレンジイソシアネート(XDI)、ナフチレンジイソシアネート(NDI)(通常1,5−NDI)、パラフェニレンジイソシアネート(PPDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)、トリジンジイソシアネート(TODI)、3,3’−ジメトキシ−4,4’−ビフェニレンジイソシアネート等が、脂環式ポリイソシアネートとしては、例えば、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(HMDI)(4,4’−または2,4’−HMDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、イソプロピリデンビス−(4−シクロヘキシルイソシアネート)(IPC)、水添キシリレンジイソシアネート(水添XDI)、シクロヘキシレンジイソシアネート(CHPI)(通常1,4−CHPI)、1,5−テトラヒドロナフタレンジイソシアネート等が、また、脂肪族ポリイソシアネートとしては、例えば、へキサメチレンジイソシアネート(HDI)、リジンジイソシアネート(LDI)、テトラメチレンジイソシアネート等が挙げられる。
【0101】
前記のポリオールとしては、例えば、(ポリ)アルキレングリコール、ポリエステルポリオール、C−C結合を主鎖とするポリオール、及びその他のポリオールが挙げられる。
【0102】
ここで(ポリ)アルキレングリコールとしては、例えば、(ポリ)エチレングリコール(エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等)、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、ポリエチレン/プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−ブチレングリコール、1,3−ブチレングリコール、1,4−ブチレングリコール、3−メチル−1,5−ペンタンジオール、へキサメチレングリコール等が挙げられる。
【0103】
また、ポリエステルポリオールとしては、例えば、低分子量のポリオール(例えば、比較的低分子量の(ポリ)アルキレングリコール、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、グリセリン等)と、多価カルボン酸(例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、セバチン酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、無水トリメリット酸、テトラヒドロフタル酸、エンドメチレンテトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸等)との重縮合によって得られる末端に水酸基を持つポリエステルポリオールが挙げられる。
【0104】
C−C結合を主鎖とするポリオールとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート−ビニルアルコール共重合体、両末端に水酸基を持つポリオレフィン(両末端に水酸基を持つポリエチレン、ポリプロピレン等)、エチレン−酢酸ビニル共重合体の部分もしくは完全加水分解物等が挙げられる。
【0105】
その他のポリオールとしては、例えば、ビスフェノールA、水添ビスフェノールA、トリメチロールプロパン、グリセリン等が挙げられる。
【0106】
メチリデン基(H2C=)を持つ炭素-炭素二重結合基を末端に少なくとも1つ有する水性(メタ)アクリル系樹脂としては、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。まず、(メタ)アクリル酸を重合して末端カルボキシル基を持つオリゴマーを作り、このオリゴマーに(メタ)アクリル酸エステル(例えば、エチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート等)と(メタ)アクリル酸の混合物を共重合して末端カルボキシル基を持つ高酸価(メタ)アクリル系樹脂を合成する。次に、この樹脂の末端カルボキシル基とグリシジル(メタ)アクリレートを反応させてこの樹脂鎖末端にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合基を付与する。最後に、樹脂鎖に残る未反応のカルボキシル基の酸性を中和し、水性化する。また、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。(メタ)アクリル酸グリシジルを重合して末端グリシジル基を持つオリゴマーを作り、このオリゴマーに前記(メタ)アクリル酸エステルと(メタ)アクリル酸の混合物を共重合して末端グリシジル基を持つ高酸価(メタ)アクリル系樹脂を合成する。次に、この樹脂の末端グリシジル基と(メタ)アクリル酸を反応させてこの樹脂鎖末端にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合基を付与する。最後に、樹脂鎖に残る未反応のカルボキシル基の酸性を中和し、水性化する。
【0107】
メチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合基を末端に少なくとも1つ有する水性アミノ系樹脂としては、例えば、以下のような手順で合成する樹脂が挙げられる。まず、2基以上のアミノ基を持つ化合物(例えば、尿素、メラミン、ベンゾグアナミン等)とホルムアルデヒドを縮合させ、アミノ樹脂を合成する。生成樹脂の水分散性を失わない範囲で、必要に応じ、このアミノ樹脂末端のメチロール基の少なくとも一部を低級アルコール(例えばメチルアルコール、エチルアルコール、ブチルアルコール等)でエーテル化してアルコキシメチル基とする。次に、1分子中にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合と水酸基を持つ化合物を、水酸基を介して前記樹脂のメチロール基やアルコキシメチル基と反応させ、メチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合基を有する水性アミノ系樹脂とする。
【0108】
ここで、1分子中にメチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合と水酸基を持つ化合物としては、例えば、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、2−ヒドロキシエチル−o−キシリレン(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル−o−キシリレン(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0109】
メチリデン基(H2C=)を持つ炭素−炭素二重結合基を末端に少なくとも1つ有する水性シリコーン系樹脂としては、例えば、シラノール基やアルキルシラノール基を持つ反応性ポリシロキサンと、前記の水性エポキシ系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂、水性アミノ系樹脂のエポキシ基、水酸基、アミノ基等と反応させて得られる樹脂が挙げられる。
【0110】
一般に、ラジカル重合性炭化水素を主成分とする紫外線硬化型樹脂塗料が光重合開始剤を含まない場合、成膜後に紫外線を照射しても重合性炭化水素の重合に有効なラジカルが発生しないため、このような塗料には、必ず、光重合開始剤を配合する。本発明にて最表層皮膜を形成するための水性塗料には、必ず、光開裂型重合開始剤(P)を配合する。
【0111】
本発明で用いる光開裂型重合開始剤(P)に特に制限はないが、波長200〜400nmの紫外光領域に吸収波長帯を持ち、特定波長の紫外線を吸収し、分子内開裂してラジカルを生成する化合物が好ましい。その中でも、下記式(P1)〜(P10)から選ばれる1種、または2種以上の混合物が特に好ましい。何故なら、これらは、水性重合性炭化水素(b1)と共に水性塗料化する際、(b1)と相溶性がよいため(b1)と共に水性塗料中に均一分散でき、かつ、紫外線受光によるラジカル生成能力が高く、更に、生成ラジカルの反応性が高いからである。(P1)〜(P10)の化合物名は、それぞれ、ベンゾイン(P1)、ベンゾインメチルエーテル(P2)、ベンゾインエチルエーテル(P3)、ベンゾインイソプロピルエーテル(P4)、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン(P5)、2,2−ジメチル−2−ヒドロキシアセトフェノン(P6)、2,2−ジエトキシアセトフェノン(P7)、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン(P8)、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−(4−モルフォリニル)−1−プロパノン(P9)、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフインオキサイド(P10)である。
【化17】

【0112】
本発明で用いる光開裂型重合開始剤(P)は、最表層皮膜を形成するために用いる水性塗料の不揮発分100質量部に対し、0.2〜20質量部の範囲で水性塗料に配合するのが好ましく、0.5〜10質量部の範囲で配合するのがより好ましい。光開裂型重合開始剤(P)が0.2質量部未満の微量しか含まれていない場合、紫外線の受光で十分な量の開始剤ラジカルが発生せず、水性重合性炭化水素(b1)の多くが未反応のまま皮膜に残存するため、最表層皮膜の耐擦傷性や耐摩耗性が不十分になる可能性が高い。光開裂型重合開始剤(P)が20質量部を超える場合、紫外線受光で非常に多くの開始剤ラジカル(Rad・)が一斉に発生し、水性重合性炭化水素(b1)の消費速度が非常に速くなるため、各連鎖成長鎖が十分に高分子化する前に水性重合性炭化水素(b1)が消費し尽くされてしまう可能性が高い。そのため、最表層皮膜の耐擦傷性や耐摩耗性が不十分になる可能性が高い。
【0113】
本発明において、紫外線硬化済み樹脂(B1)の一部を構成するRadは、前記の光開裂型重合開始剤(P)の受光開裂で生成するラジカル(Rad・)が、既述の反応式2に示すように、水性重合性炭化水素(b1)に付加したものである。本発明では、Radの構造には特に制限はないが、下記式(Rad1)〜(Rad13)で示される構造を持つ末端基の1種または2種以上が好ましい。何故なら、本発明において特に好ましい光開裂型重合開始剤(P)は、前記式(P1)〜(P10)から選ばれる1種または2種以上であり、これらの受光開裂により、下記式(Rad1)〜(Rad13)の構造に対応するラジカル(Rad1・)〜(Rad13・)が生じるからである。
【化18】

【0114】
本発明にて、シリカ微粒子(C1)は、前記紫外線硬化済み樹脂(B1)の耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性のすべてを更に向上させるために添加する。シリカ微粒子としては特に制限はなく、皮膜が薄膜であることから、一次粒子径が3〜50nmのコロイダルシリ力、ヒュームドシリ力等のシリカ微粒子であることが好ましい。
【0115】
本発明の水性樹脂塗料(j)が水性の電子線硬化型樹脂塗料であり、かつ、高硬質樹脂(J)が電子線硬化済み樹脂である場合、最表層の皮膜は、前記電子線硬化済み樹脂を皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(Cl)を5〜35質量%含有する。最表層の皮膜構成成分のうち、前記電子線硬化済み樹脂、シリカ微粒子(Cl)以外の成分は、未反応の樹脂、未反応の水性重合性炭化水素などである。
【0116】
前記の水性の電子線硬化型樹脂塗料に含まれる電子線硬化型樹脂は、本発明の複層皮膜の最下層皮膜形成の際に用いられる前記水性樹脂(a1)、または更に、紫外線硬化により最表層皮膜を形成する場合に用いられる前記水性重合性炭化水素(b1)からなる群から選ばれる1種又は2種以上である。樹脂の架橋反応に用いられる電子線のエネルギーは紫外線に比べ非常に高いため、前記水性樹脂(a1)や水性重合性炭化水素(b1)に電子線を照射すると、樹脂鎖や炭化水素鎖の結合が随所で切れ、その部位にラジカルが発生する。このようなラジカルによる重合反応には幾つかのケースがあり、例えば、異なる樹脂鎖や炭化水素鎖の随所に発生したラジカルどうしが結合すれば、樹脂鎖や炭化水素鎖が互いに結合した架橋高分子が生成する。多くのラジカルが一斉に分子間結合に与るため、生成した高分子は、もとの樹脂や炭化水素に比べ、非常に高い分子量を持つ。また、例えば、前記の水性重合性炭化水素(b1)の末端メチリデン基(H2C=)からなる二重結合基がこのようなラジカルの近傍にあれば、前記反応式2〜4と同様な連鎖反応によりラジカル重合し、高分子化する。この場合、樹脂鎖や炭化水素鎖のラジカル発生部位を起点とし、樹脂鎖や炭化水素鎖の側方に成長するグラフト重合鎖となる。以上のようなケースでは、共存する水性樹脂(a1)や水性重合性炭化水素(b1)の種類や存在比率等により、単一反応であったり、複雑に絡み合った複合反応であったりする。反応の終期には、樹脂鎖や炭化水素鎖の架橋、網目構造が発達し、電子線硬化済み樹脂となる。
【0117】
前記の電子線硬化済み樹脂は、前記水性樹脂(a1)、または更に、前記の水性重合性炭化水素(b1)を含む水性の電子線硬化型樹脂塗料を金属板表面に塗布、乾燥後、電子線照射して得られる樹脂である。本発明で用いる水性の電子線硬化型樹脂塗料は、前記水性樹脂(a1)と水性重合性炭化水素(b1)の合計を不揮発分の50〜95質量%、シリカ微粒子(Cl)を不揮発分の5〜35質量%含むが、その他に、紫外線硬化型樹脂塗料の説明の際に言及した硬質セラミックス微粒子、固体潤滑剤、架橋剤、ポリフェノール化合物(D)、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)などを含んでいてもよい。
【0118】
電子線硬化型樹脂塗料へのシリカ微粒子(Cl)の添加理由、好適粒子径、塗料中のシリカ微粒子(Cl)の含有量を不揮発分の5〜35質量%とするのが好ましい理由、硬質セラミックス微粒子の最上層皮膜への添加を最少限にすべき理由、固体潤滑剤の含有量の好適範囲、架橋剤の添加目的は、いずれも、紫外線硬化型樹脂塗料の説明の際に言及した内容と同じである。
【0119】
本発明において、電子線硬化により最表層皮膜を形成する場合に用いられる前記水性重合性炭化水素(b1)は、紫外線硬化時に用いられる(b1)の場合と同じ理由で、以下の一般式(IV)に示す構造でなければならない。
【化19】

(式中、−X1基は水素原子又はメチル基、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0120】
また、電子線硬化により最表層皮膜を形成する場合に用いられる前記水性重合性炭化水素(b1)は、紫外線硬化時に用いられる(b1)の場合と同様の理由で、以下の一般式(V)に示す構造が好ましい。
【化20】

(式中、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【0121】
電子線硬化により最表層皮膜を形成する場合に用いられる前記水性重合性炭化水素(b1)について、前記以外の構造上の特徴は、紫外線硬化時に用いられる(b1)の場合と同じである。
【0122】
既に述べたように、前記水性樹脂(a1)や水性重合性炭化水素(b1)に電子線を照射すると、樹脂鎖や炭化水素鎖の結合が随所で切れてラジカルが発生するため、紫外線硬化の場合にラジカル発生源として必要な重合開始剤は、電子線硬化の場合では不要である。
【0123】
本発明では、既に述べたように、樹脂の架橋時間が短くインライン塗工が容易であることから、水性樹脂塗料(j)が、水性の紫外線硬化型樹脂塗料または電子線硬化型樹脂塗料であることが好ましいが、水性樹脂塗料(j)として、水性の加熱成膜型樹脂塗料を用いることもできる。この場合、対応する高硬質樹脂(J)は、前記の加熱成膜型樹脂を200℃以上の温度で数十秒〜数十分間加熱して高度に架橋、硬質化させた樹脂であり、最表層の皮膜は、この樹脂を皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(Cl)を5〜35質量%含有する。最表層の皮膜構成成分のうち、前記の加熱成膜済み樹脂、シリカ微粒子(Cl)以外の成分は、未反応の加熱成膜型樹脂などである。
【0124】
ここで用いられる水性の加熱成膜型樹脂塗料は、本発明の複層皮膜の最下層皮膜形成の際に用いられる水性の加熱成膜型樹脂塗料(a)から選ばれる1種又は2種以上、及び、塗料に含まれる加熱成膜型樹脂は、本発明の複層皮膜の最下層皮膜形成の際に用いられる前記水性樹脂(a1)から選ばれる1種又は2種以上である。ただし、最下層と最表層への要求性能が異なるため(最下層に必要な性能は耐食性と加工密着性、最表層では耐擦傷性と耐摩耗性)、双方に同じ組成の塗料、同じ構造の加熱成膜型樹脂が用いられることは無い。
【0125】
樹脂の種類や構造、官能基の種類や含有量、反応触媒の有無や種類等にもよるが、加熱成膜型樹脂を高度に架橋、硬質化するためには、200℃以上の温度に数十秒〜数十分間保持し、加熱することが望ましい。ただし、そのような過酷な加熱条件下では、最表層皮膜だけでなく、最下層皮膜の形成に用いる水性樹脂(a1)の少なくとも一部も、過度に架橋したり、高熱に耐えられない樹脂構造の場合には熱分解、樹脂鎖切断、加熱酸化、緻密性低下や塑性流動変形等が生じる。そのため、最下層皮膜の耐食性や加工密着性等の性能が低下する恐れがあり、水性の加熱成膜型樹脂を本発明の複層皮膜の最表層形成に用いる場合には、最下層形成に用いる加熱成膜型樹脂の選択に特に留意する必要がある。
【0126】
紫外線照射、電子線照射、200℃以上の高温加熱等のいずれの方法で最表層皮膜を形成する場合でも、シリカ微粒子(Cl)が皮膜の5質量%未満の場合、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性のいずれも不十分になる。シリカ微粒子(Cl)が35質量%を超える場合、樹脂(B1)に比べ微粒子の量が多すぎて、皮膜の織密性、靭性や強度が低下し、耐食性や加工密着性が不十分になる。
【0127】
本発明の最表層皮膜には、シリカ微粒子(Cl)のほかに、シリカと同程度の硬さを持つZrO(ジルコニア)やTiO(チタニア)、及び、シリカより硬く、皮膜の耐擦傷性、耐摩耗性の向上に寄与する可能性が高いアルミナ、コランダム、サファイヤ、ルビー等のAl23(アルミナ)系鉱物、BeO(ベリリア)、SiC(炭化けい素、カーボランダム)、TiC(チタンカーバイド)、WC(タングステンカーバイド)、Si34(窒化けい素)等の硬質セラミックスの微粒子を添加してもよい。ただし、既に述べたように、後者の硬質セラミックス微粒子は高価なものが多く、また、シリカ微粒子より比重が高く皮膜を形成するための水性塗料への均一分散が困難であり、更に、シリカ微粒子ほど皮膜の耐食性改善効果が高くないため、最上層皮膜への添加は最少限にすべきである。
【0128】
本発明の最表層皮膜には、更に、摺動性向上のため、固体潤滑剤を含有することが好ましい。固体潤滑剤を含有することで最表層皮膜の潤滑性が向上し、本発明の複層皮膜被覆金属板をプレス成形する際の加工性向上や疵付き防止、また、成形品やコイル輸送時の摩耗傷防止に効果がある。
【0129】
前記固体潤滑剤としては特に制限はなく、公知のふっ素系、炭化水素系、脂肪酸アミド系、エステル系、アルコール系、金属石鹸系及び無機系等の固体潤滑剤が挙げられる。加工性向上のための潤滑添加物の選択基準としては、成膜した最表層皮膜に分散して存在するよりも皮膜表面に存在するような潤滑剤を選択することが重要で、そのような潤滑剤であれば、プレス成形時に金属板表面と金型の摩擦を低減させ、潤滑効果を最大限に発揮させることができる。即ち、潤滑剤が最表層皮膜中に分散して存在する場合、表面摩擦係数が高くなるため皮膜が破壊され易く、粉状物質が剥離堆積してパウダリング現象と言われる外観不良、及び加工性低下を生じる。皮膜表面に存在するような潤滑剤としては、最表層皮膜の主体を構成する樹脂に相溶せず、かつ表面エネルギーの小さいものを選べばよい。
【0130】
このような観点から、ポリエチレンや酸化ポリエチレン等からなるポリオレフィンワックスは、皮膜表面の動摩擦係数を下げて加工性を高め、皮膜の破壊や剥離を抑えて加工後の耐食性も良好にするため、好適に用いられる。加工時には、素材の変形熱と摩擦熱によって皮膜温度が上昇するため、ワックスの融点は70〜160℃がより好ましい。融点が70℃未満では加工時に軟化溶融して固体潤滑剤としての優れた加工性向上効果が得られない場合がある。また、160℃を超える融点を持つワックス粒子は加工時に塑性変形しにくく、十分な加工性向上効果が得られない場合がある。
【0131】
これらのワックスの粒子径は、0.1〜5μmが好ましい。直径が0.1μm未満の場合は、十分な加工性向上効果が得られない可能性がある。5μmを超えるものは本発明の好ましい皮膜厚に対し大きすぎるため、皮膜表面付近でのワックス粒子の分布が不均一となったり、皮膜からの脱落が生じたりする可能性がある。
【0132】
前記固体潤滑剤は、最表層皮膜100質量部に対し、1〜40質量部含有することが好ましい。1質量部未満の場合、加工性向上効果が小さく、一方、40質量部を超えると皮膜中の潤滑剤量が多すぎて、皮膜の繊密性や密着性が損なわれ、耐食性や加工密着性などが低下する場合がある。
【0133】
本発明の最表層皮膜の耐食性や加工密着性を改善するため、前記<最下層の皮膜>の項で説明した種々の架橋剤を、最表層皮膜を形成するための水性塗料に添加してもよい。ただし、添加量は、最表層皮膜に求められる耐擦傷性、耐摩耗性、その他の必要機能を保持する範囲に限られる。また、最表層皮膜の耐食性や加工密着性を底上げするため、前記<最下層の皮膜>の項で説明したポリフェノール化合物(D)、りん酸やヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)、またはこれら種々の化合物の2種以上を含んでいてもよい。なお、最表層皮膜中の前記高硬質樹脂(J)や、最下層皮膜中の樹脂(A1)、(A2)等、水性塗料中や塗布後の含水(ウェット)皮膜中では水性であるが、紫外線照射、電子線照射、加熱等により架橋、高分子化し、溶媒にも水にも溶けにくくなった樹脂の構造解析は、皮膜のFT-IRスペクトル(高感度反射法)や、皮膜の熱分解GC-MSなどを活用して行うことができる。これらのうち熱分解GC−MSは、皮膜中の有機化合物(樹脂や有機添加剤等)を熱分解することにより生じるフラグメントイオンをガスクロマトグラフで各分子量成分に分離し、これらのフラグメントイオンの質量分析による同定と定量を行う手法である。
【0134】
分解生成ガスに含まれるフラグメントイオンは、樹脂などの有機化合物中の弱い部分の結合が選択的に切断、または更に開裂して生じ、それらの構造や相対質量はもとの有機化合物の骨格を反映するため、これらを手がかりに解析し、樹脂や有機添加剤等の同定や定量ができる。
【0135】
本発明において、前記高硬質樹脂(J)を構成主成分とする最表層皮膜の付着量は、0.2〜3g/m2が好ましく、0.4〜2g/m2が特に好ましい。0.2g/m2未満では、皮膜が薄すぎて、所望の耐擦傷性、耐摩耗性が得られない可能性がある。また、3g/m2を超えると、硬質の最表層皮膜が厚すぎ、加工時に亀裂が生じ加工部耐食性が不足したり、コスト高となる可能性がある。
【0136】
本発明における複層被覆金属板は、その表面に対し乾式スチールウール摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、前記表面の別部位に対し湿式クレンザー摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、エリクセン加工後の剥離試験による皮膜剥離面積が頂部面積の10%未満であることが好ましい。ここに記した乾式スチールウール摺動試験、湿式クレンザー摺動試験は、いずれも前記<最表層の皮膜>の項に記載の試験方法と同じものである。また、エリクセン加工後の剥離試験は、以下に示す方法で行う。
【0137】
前記金属板から50x100mmサイズの試験片を切り出し、エリクセン試験機で複層皮膜被覆面の裏側から7mm高さの張出し加工を行い、変形の激しい頂部にセロハン(登録商標)粘着テープ(ニチバン(株)製セロテープ(登録商標))を圧着して急激に剥離した。剥離後のテープを黒ケント紙に貼付して粘着面に付着した皮膜の有無を肉眼観察し、頂部面積に対する皮膜剥離面積を求める。
【0138】
<中間層の皮膜>
本発明において、高硬質樹脂(J)を構成主成分とする最表層皮膜が優れた耐擦傷性や耐摩耗性をもたらし、加熱成膜樹脂を主成分とする最下層皮膜が優れた耐食性、加工密着性を発現するが、これらの2層のみで必要な機能を分担しきれない場合、これらに挟まれる中間層の皮膜を設けてもよい。このような中間層の皮膜は、上下層の隣接皮膜と密着し、かつ、所望の機能を発現するものであれば、中間層皮膜の構成主成分の種類や組成、中間層の層数、中間層を含む複層皮膜の金属表面への形成方法を特に限定しない。ただし、中間層を含む複層皮膜を金属表面に形成する方法として、逐次塗装法ではなく、ウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法を用いる場合、中間層形成用の水性塗料として、紫外線硬化型樹脂を含むものは本発明では望ましくない。何故なら、紫外線硬化型の中間層を含む場合、逐次塗装法では十分に紫外線硬化できるが、ウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法では、以下に述べるように十分に紫外線硬化できない可能性があるためである。逐次塗装法では、最下層から中間層を経て最表層まで、一層塗布する毎に加熱乾燥または更に紫外線照射を行って塗膜を塗り重ねていくため、紫外線硬化型の中間層に紫外線を直接当てることができ、十分な紫外線硬化が可能である。ところが、ウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法では、最下層から最表層までの積層状態を含水(ウェット)状態で金属板上に形成してから全層を一括して加熱乾燥するため、紫外線硬化型の層を含む場合は、乾燥後の最表層の上から紫外線を照射しなければならない。そのため、特に、紫外線硬化型の中間層を含む場合、最表面に照射した紫外線が中間層に到達するまでに一部が吸収されて紫外線エネルギーが減衰し、中間層の紫外線硬化が不十分になる可能性がある。ただし、電子線硬化では、工業的な電子線照射で用いる電子線のエネルギーは紫外線照射の場合の数千〜数万倍で、電子線が樹脂皮膜を浸透する深さが数十〜数百g/m2もあるため、本発明の複層被覆金属板にて電子線硬化型の中間層を含む場合でも、最表面からの電子線照射で中間層は十分に硬化する。ここで、多層同時塗装法とは、既に述べたように、スライドカーテンコーターやスロットダイコーター等により、複数層の塗液を積層状態で同時に金属表面に塗布後、積層塗液中の溶媒を同時に乾燥、成膜する方法である。また、ウェット・オン・ウェット塗装法とは、金属板上に塗液を塗布後、この塗液が乾燥する前のウェット状態のうちに、その上に他の塗液を塗布し、積層塗液中の溶媒を同時に乾燥、成膜する方法である。
【0139】
本発明において中間層を設ける場合、中間層皮膜の耐食性や加工密着性を底上げするため、<最下層の皮膜>の項で説明した種々の架橋剤を、中間層を形成するための水性塗料に添加してもよい。ただし、添加量は、中間層に求められる皮膜機能を保持する範囲に限られる。また、耐食性や加工密着性を底上げするため、中間層皮膜は、<最下層の皮膜>の項で説明したポリフェノール化合物(D)、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)や、Si、Ti、Al、Zrの1種または2種以上からなる金属酸化物微粒子(G)、またはこれら種々の化合物の2種以上を含んでいてもよい。
【0140】
本発明において、中間層皮膜の付着量は、中間層全体の総付着量として0〜3g/m2が好ましく、0.05〜2g/m2が特に好ましい。3g/m2を超えると、皮膜が厚すぎてコスト高となる可能性がある。
【0141】
<水性塗料の調製>
本発明の複層皮膜の各層を形成するのに用いる水性樹脂を含有する水性塗料には、必要に応じ、塗料の水性や塗工性を損なわない範囲で種々の添加剤を添加してもよい。例えば、有機溶剤、及び、消泡剤、沈降防止剤、レベリング剤、濡れ剤などの界面活性剤、及び、増粘剤等などを添加してもよい。また、溶接性向上のために導電性顔料など、意匠性向上のために着色顔料や染料などを添加してもよい。
【0142】
本発明の複層皮膜を形成するために用いる塗料は、水性塗料であるため、溶剤系塗料に比較して表面張力が高く被塗表面への濡れ性に劣り、被塗表面に所定量の塗布を行う場合、均一な塗装性が得られないことがある。しかし、高度の加工密着性及び耐食性等の性能を確保するためには、被塗表面に均一な塗布が行われることが不可欠である。このため、前記添加剤の中で、濡れ剤または増粘剤を添加するのが好ましい。濡れ剤としては、表面張力を低下させるふっ素系、シリコン系等の公知の表面張力を低下させる界面活性剤が挙げられる。これらの化合物の中で、付加エチレンオキサイドのモル数が0〜20のアセチレングリコール−アルコール型界面活性剤を、水性塗料100質量部に対し、0.05〜0.5質量部添加するのが特に好ましい。なお、アセチレングリコール−アルコール型界面活性剤は、濡れ速度が大きく、かつ、消泡効果を同時に有することが特徴である。一方、ふっ素系及びシリコン系の界面活性剤は,表面張力低下能力は優れているが、濡れ速度は小さく消泡性に劣り、更には、上塗り塗装密着性も低下させるため、本発明の皮膜形成に用いる水性塗料には適切でない。
【0143】
増粘剤は、被塗表面のはじき箇所に対して濡れ剤だけでは十分な表面被覆性が得られない場合、または、水性塗料の粘度が低すぎて必要な塗膜厚が確保されない場合の対策として添加することがある。本発明の皮膜形成に用いる水性塗料は、通常、高速で被塗物に塗装されるため、セルロース系に代表されるチクソトロピックな(揺変性の)増粘剤では、高速剪断応力を受ける塗装条件では効果が小さい。このような塗装条件では、ニュートン粘性を示す増粘剤が適切であることは公知である。本発明の皮膜形成に用いる水性塗料に増粘剤を添加する場合、分子量が1000〜20000のエーテル−ウレタン骨格を有する増粘剤が特に好ましい。通常、塗料に添加剤を配合する場合、本来の性能を低下させることが多いが、この増粘剤は加水分解しにくいため、成膜後の皮膜に残存した場合の影響が非常に小さい。添加量は塗装条件により決まり、通常、水性塗料の樹脂100質量部に対し0.01〜0.2質量部である。0.01質量部未満では増粘効果が小さく、一方、0.2質量部を超える量では塗料粘度が高くなりすぎ、塗工性に支障が生じるだけでなく、その結果、皮膜の加工密着性と耐食性が低下する可能性が高くなる。
【0144】
本発明の複層皮膜形成に用いる水性塗料の性状は、最下層、中間層、最表層それぞれの塗装条件によって異なるが、不揮発分濃度は15〜30質量%、粘度は10〜50cps、表面張力は80dyne/cm以下に調整することが望ましい。何故なら、狙いの皮膜付着量に制御しやすく、外観むらや塗料はじきのない均一な膜厚を得やすいためである。
【0145】
<複層皮膜の形成方法>
本発明では、金属板への複層皮膜の形成方法を特に限定しないが、推奨すべき方法がある。複層皮膜の具体的な形成方法や塗装条件、それらのうち好ましいものについて、水性塗料の塗装、乾燥工程と、乾燥後の複層皮膜の最表層を紫外線または電子線でラジカル重合し硬化する紫外線または電子線照射工程に分けて説明する。
【0146】
(水性塗料の塗装、乾燥)
本発明において、水性塗料の塗装、乾燥方法として、例えば、ロールコート、グルーブロールコート、カーテンフローコート、ローラーカーテンコート、浸漬(ディップ)、エアナイフ絞り等の公知の塗装方法で金属板上に最下層を塗布し、含水(ウェット)皮膜の水分を乾燥後、同様の方法で、(中間層を設ける場合は中間層の塗布と乾燥を経て、)最表層まで1層ずつ塗り重ねと乾燥を繰返すことにより複層皮膜を形成してもよいが、好ましい方法は、最下層から最表層まですべて含水(ウェット)状態の複層皮膜(必要な場合は含水中間層も含む)を形成後、これらを同時に乾燥するウェット・オン・ウェット塗装法または多層同時塗装法である。何故なら、複層被覆金属板の性能面では、ウェット・オン・ウェット塗装法または多層同時塗装法で成膜すると、含水(ウェット)状態の各層の界面にて、層内の樹脂鎖の一部が互いに隣接する層内に拡散し絡み合うため、乾燥成膜後の層間密着力が強大になる。そのため、本発明の複層被覆金属板に厳しい加工変形を与えても、硬くて伸びにくい高硬質樹脂(J)を主体とする最表層が、(最表層と最下層の間に中間層がある場合は、互いに密着したそれらを介し、)金属への加工密着性に優れる最下層の変形によく追従し、結果として、複層皮膜全体が優れた加工変形性を発現する。また、ウェット・オン・ウェット塗装法または多層同時塗装法では、複層皮膜の層数に関わらず、全ての層に対し同じ加熱条件、入熱履歴で成膜できる。そのため、加熱乾燥を繰返す逐次塗装法ではしばしば見られる入熱過多による性能低下(熱分解、樹脂鎖切断、加熱酸化等の熱劣化による強度低下、皮膜の緻密性低下による耐食性低下、皮膜の黄変など)が僅少で、逐次塗装法の場合より高性能の複層被覆金属板が得られる。
【0147】
また、製造プロセス面では、ウェット・オン・ウェット塗装法または多層同時塗装法で成膜すると、複層皮膜の層数に関わらず1回の乾燥工程で成膜できるため、1層の形成毎に塗装と乾燥が必要な逐次塗装法に比べ、製造工程を大幅に短縮、簡略化でき、設備費やランニングコストを大幅に節減できる。
【0148】
本発明にて用いることができるウェット・オン・ウェット塗装法として、例えば、前記ロールコート、グルーブロールコート、カーテンフローコート、ローラーカーテンコート、浸漬(デイップ)、エアナイフ絞り等の公知の塗装方法で金属板上に最下層を塗布し、この含水(ウェット)層を乾燥せずに、その上に、被塗面に接触せずに塗布できるカーテンフローコート、ローラーカーテンコート、スライド式カーテンコート、スロットダイコート等の公知の塗装方法で次々に塗り重ね、得られた含水積層皮膜を同時に加熱乾燥、成膜する方法を用いることができる。また、多層同時塗装法として、例えば多層スライド式カーテンコートのように、コーダーのスライド(滑り台)面上に、複数の水性塗料薄膜をスロット(細長い溝)から順次押出して含水状態のまま安定な複層流を形成し、これを金属表面に塗布後、全層を同時に加熱乾燥、硬化させ成膜する方法を用いることができる。本発明の複層被覆金属板の製造に適用できる多層スライド式カーテンコーダーの例として、3層スライド式カーテンコーダーの模式図を図1に示す。3種の水性塗料1をギアポンプ2により定量送液し、スライド面3の流下方向に沿って一定間隔で設けられたスロット4から順次押出し、スライド面上で安定な3層流5を形成し、スライド部先端の唇部6からカーテン7として走行する金属板8上に落下させる。従って、本発明の複層皮膜を金属表面に形成する方法としては、金属表面に接する最下層から最表層までの各層の皮膜を、含水(ウェット)状態で、順次、または同時に複層被覆する工程(水性塗料のウェット・オン・ウェット塗装または多層同時塗装工程)と、含水状態の複層皮膜の水分や揮発分を同時に加熱乾燥させる乾燥工程と、乾燥後の複層皮膜の最表層皮膜を紫外線または電子線でラジカル重合し成膜する紫外線または電子線照射工程を、列記した順序で含む方法で形成することが好ましい。
【0149】
本発明では、乾燥後の複層皮膜の総付着量が0.3〜6g/m2の範囲となるように、水性塗料を塗布するのが好ましい。総付着量が0.3g/m2未満では、加工部耐食性が不十分となる可能性が高い。6g/m2を超えると耐擦傷性、耐摩耗性、加工密着性が飽和し、水性塗料の使用量が多く不経済である。また、本発明の複層被覆金属板を重ねて保管している間にブロッキングし易くなる。
【0150】
本発明では、水性塗料を塗布後、直ちに、熱風炉、近赤外線炉、遠赤外線炉、電気炉、燃焼炉、誘導加熱炉等で加熱乾燥するのが好ましい。
【0151】
ウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法で塗布する場合、各層に含まれる前記水性樹脂や架橋剤、シランカップリング剤等を反応させて所望の性能を持つ複層皮膜にするため、加熱時の金属表面到達温度(Peak Metal Temperature)は80〜200℃の範囲に調整すべきで、120〜160℃とするのが好ましい。到達板温が80℃を下回る場合、最下層皮膜の形成に用いる水性樹脂(a1)の融解、リフローと架橋反応が不十分となり、所望の皮膜性能が得られない可能性がある。また、200℃を超えると、最下層皮膜の形成に用いる水性樹脂(a1)や、最表層皮膜の形成に用いる水性重合性炭化水素(b1)の多くが熱分解したり、加熱酸化したりするため、皮膜の性能が低下する。金属表面到達温度が120〜160℃の範囲では、多くの樹脂にて融解と架橋反応が好適に進み、所望の皮膜性能が得られる。本発明の複層皮膜をウェット・オン・ウェット塗装法や多層同時塗装法で塗布した場合は、通常、皮膜を加熱乾燥後、最表層皮膜に紫外線または電子線を照射して硬化し、水冷、空冷等の方法により冷却する。
【0152】
ロールコート、グルーブロールコート、カーテンフローコート、ローラーカーテンコート、浸漬(ディップ)、エアナイフ絞り等の塗装方法で1層ずつ塗布する場合、各層塗布後の乾燥成膜工程では、最下層、中間層、最表層の乾燥成膜に適した金属表面到達温度にそれぞれ設定可能である。最下層皮膜は、主に加熱成膜型樹脂の架橋反応により成膜するため、乾燥成膜工程にて金属表面到達温度を120〜160℃として十分に架橋反応させるのが好ましい。一方、最表層皮膜は、主に紫外線または電子線照射で生成するラジカルを起点に硬化成膜するため、加熱成膜型樹脂の場合より低い乾燥温度でよい。最表層皮膜の乾燥成膜工程にて、80〜120℃程度の比較的低い金属表面到達温度で水分や揮発分の多くを蒸発させてから紫外線または電子線照射するのが好ましい。また、最下層と最表層皮膜の間に中間層皮膜を介在させる場合、中間層の構成主成分が加熱成膜型樹脂であれば、最下層皮膜の場合と同様に、120〜160℃として十分に架橋反応させるのが好ましい。
【0153】
(紫外線照射による最表層の硬化)
紫外線硬化型樹脂を紫外線でラジカル重合し硬化する紫外線照射は、通常、大気雰囲気中、不活性ガス雰囲気中、大気と不活性ガスの混合雰囲気中等で行うが、本発明の最表層皮膜の紫外線硬化では、酸素濃度を10体積%以下に調整した大気と不活性ガスの混合雰囲気や、不活性ガス雰囲気中で紫外線照射するのが好ましい。何故なら、酸素はラジカル重合の禁止剤となるため、紫外線照射時の雰囲気酸素濃度が低い場合、生成ラジカルへの酸素付加による失活や架橋反応阻害が少なく、本発明に用いる水性重合性炭化水素(b1)がラジカル重合や架橋を経て十分に高分子化し、樹脂(B1)の生成が促進され、結果として、大気雰囲気中での紫外線硬化の場合より最表層皮膜の耐擦傷性、耐摩耗性が向上するからである。
【0154】
ここで用いる不活性ガスとしては、窒素ガス、炭酸ガス、アルゴンガス、及びこれらの混合ガス等を例示できる。
【0155】
紫外光源としては、例えば、金属蒸気放電方式の高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ等、希ガス放電方式のキセノンランプ等、マイクロ波を用いた無電極ランプ等を用いることにより、紫外線を照射できる。本発明の複層皮膜の最表層を十分に硬化でき、所望の耐擦傷性、耐摩耗性が得られるものであれば、どのようなランプを用いてもよい。また、一般に、皮膜が受光する紫外線のピーク照度や積算光量は皮膜の硬化性を左右するが、本発明の複層皮膜の最表層を十分に硬化でき、所望の耐擦傷性、耐摩耗性が得られるものであれば、紫外線の照射条件を特に限定しない。
【0156】
(電子線照射による最表層、中間層の硬化)
本発明の最表層皮膜の電子線硬化、または最表層皮膜と中間層皮膜の電子線同時硬化には、印刷、塗装、フィルムコーティング、包装、滅菌等の分野で用いられている通常の電子線照射装置を用いることができる。これらは、高真空中で熱フィラメントから発生した熱電子に高電圧をかけて加速し、得られた電子流を不活性ガス雰囲気中に取り出し、重合性物質に照射するものである。本発明の複層皮膜被覆金属板において、電子線硬化型の最表層、または更に電子線硬化型の中間層を十分に硬化でき、所望の耐擦傷性、耐摩耗性が得られるものであれば、どのような装置を用いてもよい。また、一般に、樹脂皮膜が吸収する電子線の加速電圧は、電子線が樹脂皮膜を浸透する深さを左右し、吸収線量は重合速度(皮膜の硬化性)を左右するが、本発明の複層皮膜の最表層を十分に硬化でき、所望の耐擦傷性、耐摩耗性が得られるものであれば、電子線の照射条件を特に限定しない。ただし、電子線によるラジカル重合の場合、微量の酸素が存在しても、生成ラジカルへの酸素付加による失活や架橋反応阻害が生じ、硬化が不十分になるため、酸素濃度が500ppm以下の不活性ガス雰囲気中で電子線照射するのが好ましい。ここで用いる不活性ガスとしては、窒素ガス、炭酸ガス、アルゴンガス、及びこれらの混合ガス等を例示できる。
【実施例】
【0157】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
[被覆用金属板]
以下の亜鉛系めっき鋼板M1〜M4を準備し、水性脱脂剤(日本パーカライジング(株)製FC-4480)の水溶液に浸漬して表面を脱脂した後、水洗、乾燥して複層皮膜被覆用の金属板とした。
【0158】
M1:電気亜鉛めっき鋼板
(新日本製鐵(株)製ジンコート、板厚0.8mm、めっき厚約2.8μm)
M2:電気Zn-Ni合金めっき鋼板
(新日本製鐵(株)製 ジンクライト、板厚0.8mm、めっき厚約2.8μm)
M3:溶融亜鉛めっき鋼板
(新日本製鐵(株)製 シルバージンク、板厚0.8mm、めっき厚約7μm)
M4:溶融Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Si合金めっき鋼板
(新日本製鐵(株)製スーパーダイマ、板厚0.8mm、めっき厚約6μm)
[最下層皮膜形成用の水性塗料]
【0159】
最下層皮膜形成用の水性塗料として、以下に示す水性樹脂(a1)、シランカップリング剤(s)、ポリフェノール化合物(D)、りん酸またはヘキサフルオロ金属酸(E)、りん酸塩化合物(F)、金属酸化物微粒子(G)を組合せ、最下層皮膜形成用の水性塗料を調合した。
【0160】
(水性樹脂(a1))
a11:水性エポキシ樹脂((株)ADEKA製アデカレジンEM-0436)
a12:水性ポリエステル樹脂(DIC(株)製ファインテックスES-850)
a13:水性ポリウレタン樹脂((株)ADEKA製アデカボンタイターHUX680)
a14:水性アクリル樹脂(DIC(株)製 ボンコートSFC-65)
(シランカップリング剤(s))
sl:3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)製KBM-403)
s2:3−アミノプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)製KBM-903)
s3:3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)製KBM-803)
(ポリフェノール化合物(D))
D1:タンニン酸(富士化学工業(株)製タンニン酸AD
D2:没食子酸(関東化学(株)鹿1級試薬 没食子酸一水和物)
(りん酸またはヘキサフルオロ金属酸(E))
E1:オルトりん酸
(関東化学(株)特級試薬 純度85%りん酸)
E2:ヘキサフルオロチタン酸
(和光純薬工業(株)試薬 へキサフルオロチタン酸60%水溶液)
E3:ヘキサフルオロジルコン酸
(和光純薬工業(株)試薬 へキサフルオロジルコン酸20%水溶液)
(りん酸塩化合物(F))
F1:りん酸二水素アルミニウム(米山化学工業(株)製 重りん酸アルミニウム)
F2:りん酸二水素マグネシウム(米山化学工業(株)製 重りん酸マグネシウム)
F3:りん酸二水素マンガン(米山化学工業(株)製 重りん酸マンガン)
(金属酸化物微粒子(G))
G1:シリカ微粒子(日産化学工業(株)製スノーテックスーO)
G2:ジルコニア微粒子(第一稀元素化学工業(株)製ZSL-10T)
G3:アルミナ微粒子(日産化学工業(株)製アルミナゾル−100)
表1に、最下層皮膜形成用の水性塗料(a)に含まれる各薬剤の種類と含有量を示す。薬剤の含有量は、水性樹脂(a1)の不揮発分100質量部に対し、他薬剤の不揮発分がどれだけ含まれるかを質量部単位で示した。最下層皮膜形成用の水性塗料(a)に含まれる不揮発分濃度は、皮膜乾燥後に狙い通りの最下層皮膜付着量としたり、多層同時塗装時に含水(ウェット)最下層の流れを安定にするため、適宜調整した。なお、本明細書における「不揮発分」とは、〔背景技術〕の項で述べたように、塗料や組成物に溶媒として配合されている低分子量化合物(水や溶剤類など)を揮発させた後に残る成分のことを意味する。
【0161】
表1に示した塗料のうち、5b、20b、21b、26bは、水性樹脂(a1)とシランカップリング剤(s)の含有量の合計が塗料不揮発分全体の50質量%未満である。そのため、これらの塗料を金属板に塗布して得られる皮膜では、生成する樹脂(A1)、(A2)の合計が皮膜の50質量%未満となるため、本発明の最下層皮膜にならない。
【0162】
[紫外線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料]
紫外線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料として、以下に示す水性重合性炭化水素(b1)、光開裂型重合開始剤(P)、または更にシリカ微粒子(Cl)、固体潤滑剤(H)を組合せ、最表層皮膜形成用の水性塗料を調合した。
【0163】
(水性重合性炭化水素(b1))
b11:メチリデン基を持つ炭素-炭素二重結合基を有する水性アクリル系樹脂
(BASF社製Laromer LR8765、脂肪族エポキシアクリレート)
b12:メチリデン基を持つ炭素−炭素二重結合基を有する水性ポリウレタン系樹脂
(BASF社製Laromer LR8949、脂肪族ウレタンデイスパージヨン)
(光開裂型重合開始剤(P))
P5:1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン
(Ciba Specialty Chemicals社製Irgacurel84)
P6:2,2−ジメチル−2−ヒドロキシアセトフェノン
(Ciba Specialty Chemicals社製Darocur1173)
P9:2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−(4−モルフォリニル)−1−プロパノン
【0164】
(Ciba Specialty Chemicals社製Irgacure907)
Pl0:ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルフォスフィンオキサイド(Ciba Specialty Chemicals社製Irgacure819)
【0165】
なお、上記P5、P6、P9、P10は、前記<最表層の皮膜>の項に記載の構造式(P5)、(P6)、(P9)、(P10)の構造を持つ光開裂型重合開始剤にそれぞれ対応する。これらは、本発明で用いる光開裂型重合開始剤(P)のうち、使用が特に好ましいものの−部である。
【0166】
(シリカ微粒子(Cl))
C11:シリカ微粒子(日産化学工業(株)製スノーテックス-N)
(固体潤滑剤(H))
H1:ポリエチレンワックス(三井化学(株)製ケミパールW500、粒径約2.5μm)
H2:ポリエチレンワックス(三井化学(株)製ケミパールWF640、粒径約1.0μm)
表2に、紫外線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料に含まれる各薬剤の種類と含有量を示す。薬剤の含有量は、水性樹脂(b1)の不揮発分100質量部に対し、他薬剤の不揮発分がどれだけ含まれるかを質量部単位で示した。最表層皮膜形成用の水性塗料に含まれる不揮発分濃度は、皮膜乾燥後に狙い通りの皮膜付着量としたり、多層同時塗装時に含水(ウェット)最表層の流れを安定にするため、適宜調整した。
【0167】
表2に示した塗料のうち、14t、16t、30t、32tではシリカ微粒子(Cl)が塗料に含まれず、また、15t、31tではシリカ微粒子(C1)が塗料不揮発分の35質量%を超える。そのため、これらの塗料を塗布して得られる最表層皮膜では、シリカ微粒子(Cl)の含有量が皮膜の5〜35質量%の範囲から外れ、本発明にて規定する最表層皮膜にならない。
【0168】
[電子線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料]
電子線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料として、前記の[紫外線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料]の項で用いた水性重合性炭化水素(b1)、または更にシリカ微粒子(Cl)、固体潤滑剤(H)を組合せ、最表層皮膜形成用の水性塗料を調合した。
【0169】
表7に、電子線硬化による最表層皮膜形成用の水性塗料に含まれる各薬剤の種類と含有量を示す。薬剤の含有量は、水性樹脂(b1)の不揮発分100質量部に対し、他薬剤の不揮発分がどれだけ含まれるかを質量部単位で示した。最表層皮膜形成用の水性塗料に含まれる不揮発分濃度は、皮膜乾燥後に狙い通りの皮膜付着量としたり、多層同時塗装時に含水(ウェット)最表層の流れを安定にするため、適宜調整した。
【0170】
表7に示した塗料のうち、40t、42t、50t、52tではシリカ微粒子(Cl)が塗料に含まれず、また、41t、51tではシリカ微粒子(C1)が塗料不揮発分の35質量%を超える。そのため、これらの塗料を塗布して得られる最表層皮膜では、シリカ微粒子(Cl)の含有量が皮膜の5〜35質量%の範囲から外れ、本発明にて規定する最表層皮膜にならない。
【0171】
[中間層皮膜形成用の水性塗料]
本発明の複層皮膜の加工部耐食性を更に良くするため、前記表1に示した最下層皮膜形成用の水性塗料のうち、水性ポリウレタン樹脂a13を構成主成分とする水性塗料34bを、中間層皮膜形成用の水性塗料としても用いた。
【0172】
[複層皮膜の形成方法]
(A法:形成プロセス概要は、多層同時塗装→乾燥→紫外線または電子線硬化の順)
最下層及び中間層形成用塗料(表1)、最表層形成用塗料(表2、表7)の不揮発分濃度を多層同時塗装向けに適宜調整後、前記金属板に、多層スライドカーテンコーター用いて最下層と最表層の2層、あるいは、最下層、中間層1層、最表層の計3層を同時塗布し、熱風炉にて、金属表面到達温度150℃で乾燥し、複層皮膜を成膜した。多層スライドカーテンコーターのスライド面上の複層流とカーテン形成後の複層流の両方が安定となり、かつ、乾燥後の各層の付着量が概ね狙い通りになるように、水性塗料の不揮発分濃度、塗料に添加する界面活性剤や増粘剤の種類と量、コーダーの送液速度、カーテンガイド材質等を選んだ。
【0173】
紫外線硬化の場合は、上記の成膜後、窒素ガスパージが可能な無電極マイクロ波方式の紫外線照射装置にて、紫外線照射ランプ直下の通板コンベヤ上の酸素濃度を約5体積%に調整後、ランプ出力240W/c m、金属板の通板速度を20m/分として、前記複層皮膜被覆金属板をコンベヤに載せて通板し、複層皮膜の最表層を紫外線硬化した。この時、金属板上の紫外線受光部位が受ける積算光量は約200mJ/c m2であった。電子線硬化の場合は、上記の成膜後、電子線照射室内の窒素ガスパージが可能なカーテンビーム型電子線照射装置にて、電子線照射室内の酸素濃度を約200ppmに調整後、照射線量40kGy、金属板の搬送速度を20m/分として、前記複層皮膜被覆金属板をトレイに載せて通板し、複層皮膜の最表層を電子線硬化した。
【0174】
最下層の皮膜付着量(g/m2単位)は、前記A法の多層同時塗装に用いた多層スライドカーテンコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件にて最下層のみを塗布し、塗布前と乾燥成膜後の金属板の質量差から計算した。中間層の皮膜付着量(g/m2単位)は、前記と同様にして最下層のみを塗布成膜した金属板と、同一塗装条件で最下層と中間層の2層を同時塗布、成膜した金属板の質量差から計算した。最表層の皮膜付着量も同様にして計算した。
【0175】
表3〜5、表8、表9に、A法による塗装に用いた金属板、最下層、中間層、最表層形成用の各塗料の組合せ、成膜後の各層の皮膜付着量(g/m2単位)を示す。
【0176】
(B法:形成プロセス概要は、ウェット・オン・ウェット塗装→乾燥→紫外線または電子線硬化の順)
最下層及び中間層形成用塗料(表1)、最表層形成用塗料(表2、表7)の不揮発分濃度をウェット・オン・ウェット塗装向けに適宜調整し、前記金属板に、ロールコーターを用いて最下層皮膜形成用の水性塗料を塗布し、これを乾燥せずに、カーテンコーターを用いて最表層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布後、熱風炉にて、金属表面到達温度150℃で乾燥し、2層皮膜を成膜した。最下層と最表層皮膜の間に中間層皮膜(1層)を介在させる場合は、ロールコーターを用いて最下層皮膜形成用の水性塗料を塗布し、これを乾燥せずに、カーテンコーターを用いて中間層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布した。これを乾燥せずに、別のカーテンコーターを用いて最表層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布後、熱風炉にて、金属表面到達温度150℃で乾燥し、3層皮膜を成膜した。
【0177】
次に、A法の場合と同じ紫外線または電子線の照射条件で、複層皮膜の最表層を硬化した。
最下層の皮膜付着量(g/m2単位)は、前記B法のウェット・オン・ウェット塗装に用いたロールコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件にて最下層のみを塗布し、塗布前と乾燥成膜後の金属板の質量差から計算した。中間層の皮膜付着量(g/m2単位)は、前記のウェット・オン・ウェット塗装に用いたロールコーター、カーテンコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件にて最下層のみを塗布成膜して秤量後、中間層を上塗りし、中間層塗布前と中間層成膜後の金属板の質量差から計算した。最表層の皮膜付着量も同様にして計算した。
【0178】
表6、表10に、B法による塗装に用いた金属板、最下層、中間層、最表層形成用の各塗料の組合せ、成膜後の各層の皮膜付着量(g/m2単位)を示す。
【0179】
(C法:形成プロセス概要は、最下層塗布→乾燥(→中間層塗布→乾燥)→最表層塗布→乾燥→紫外線または電子線硬化の順)
最下層及び中間層形成用塗料(表1)、最表層形成用塗料(表2)の不揮発分濃度を逐次塗装向けに適宜調整し、まず、前記金属板に、ロールコーターを用いて最下層皮膜形成用の水性塗料を塗布し、これを熱風炉にて金属表面到達温度150℃で乾燥し、水冷、風乾した。次に、この単層被覆金属板に、別のロールコーターを用いて最表層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布後、金属表面到達温度80℃で乾燥し、2層皮膜を成膜した。最下層と最表層皮膜の間に中間層皮膜(1層)を介在させる場合は、まず、ロールコーターを用いて最下層皮膜形成用の水性塗料を塗布し、金属表面到達温度120℃で乾燥し、水冷、風乾後、別のロールコーターを用いて中間層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布し、再度金属表面到達温度150℃で乾燥し、水冷、風乾した。次に、この2層被覆金属板に、別のロールコーターを用いて最表層皮膜形成用の水性塗料を上塗り塗布後、金属表面到達温度80℃で乾燥し、3層皮膜を成膜した。
【0180】
次に、A法の場合と同じ紫外線または電子線の照射条件で、複層皮膜の最表層を硬化した。
各層の皮膜付着量(g/m2単位)は、前記C法の逐次塗装に用いたロールコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件にて1層ずつ塗布、乾燥成膜し、各皮膜の塗布前と乾燥成膜後の金属板の質量差から計算した。
【0181】
表6、表10に、C法による塗装に用いた金属板、最下層、中間層、最表層形成用の各塗料の組合せ、成膜後の各層の皮膜付着量(g/m2単位)を示す。
【0182】
[樹脂(A2)中の−C−Si−O−結合を形成するSi原子の定量]]
金属板上に、本発明例、比較例の最下層皮膜の塗装、成膜に用いたコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件にて最下層皮膜のみを成膜し、高感度反射法にて得られた皮膜のFT-IR吸収スペクトルの−C−Si−O−結合の吸光度(Absorbance)から、−C−Si−O−結合中のSi原子を定量した。−C−Si−O−結合を形成するSi量は、最下層皮膜に含まれる樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対する相対質量(質量部単位)で表した。これらの結果を表3〜6、表8〜10に示す。
【0183】
[高硬質樹脂(J)の定量]
金属板上に、本発明例の複層塗装に用いたコーター、塗料、塗装条件、加熱乾燥条件、硬化条件にて最下層、(中間層、)最表層皮膜からなる複層皮膜を成膜した。複層皮膜をMEK(メチルエチルケトン)で1時間リフラックスし、最下層皮膜に残る未反応の水性樹脂(a1)、最表層皮膜に残る未反応の水性重合性炭化水素(b1)、最表層皮膜に残る未反応の光開裂型重合開始剤(P)の一部など、皮膜中のMEK可溶成分を除いた。残渣を更にn-ヘキサンで1時間リフラックスし、MEKで抽出されなかった光開裂型重合開始剤(P)の残りなど、n−へキサン可溶成分を除いた。リフラックス後の残渣の熱分解GC-MSにより、最表層皮膜中の高硬質樹脂(J)を定量した。最表層皮膜を紫外線硬化で得ている場合は、光開始剤ラジカル(Rad・)の紫外線硬化済み樹脂(B1)末端のRadや、(B1)樹脂鎖を構成する繰り返し単位((B1)樹脂鎖の架橋構造に組込まれている水性重合性炭化水素(b1))を定量し、最表層皮膜中の紫外線硬化済み樹脂(B1)を定量した。最表層皮膜を電子線硬化で得ている場合も同様の方法で最表層皮膜中の電子線硬化済み樹脂を定量した。これらの結果を表3〜6、表8〜10に示す。
【0184】
熱分解GC-MSは、既に述べたように、皮膜中の有機化合物(樹脂や有機添加剤等)を熱分解することにより生じるフラグメントイオンをガスクロマトグラフで各分子量成分に分離し、これらのフラグメントイオンの同定と定量を行う手法である。分解生成ガスに含まれるフラグメントイオンは、樹脂などの有機化合物中の弱い部分の結合が選択的に切断、または更に開裂して生じ、それらの構造や相対質量はもとの有機化合物の骨格を反映するため、これらを手がかりに解析し、樹脂や有機添加剤等の同定や定量ができる。
【0185】
[性能評価]
前記の方法で作成した複層皮膜被覆金属板を用い、耐擦傷性、耐摩耗性評価のため、乾式でのスチールウール摺動試験と湿式でのクレンザー摺動試験を行った。また、加工密着性評価、耐食性評価のため、それぞれ、エリクセン加工試験、平板部とエリクセン加工部の塩水噴霧試験を行った。以下に、各試験と評価の方法を示す。また、表3〜6、表8〜10に評価結果を示す。
【0186】
(耐擦傷性、耐摩耗性評価1:乾式でのスチールウール摺動試験)
前記金属板から、32×100mmサイズの試験片を切り出した。#0000スチールウールを50mm角に切出し、ラビングテスター(理研工学(株)製 DIC式ラビングテスター1型)のヘッドに取付けたゴム栓(20mm径)に貼付し、1.56N/cm2の荷重で前記試験片に押付け、乾式で、摺動距離60mm、60往復/分、100往復の摺動試験を行った。皮膜樹脂を染色して摺動を受けた面の擦傷を肉眼観察し、以下の評価基準にて3以上を合格とした。
【0187】
5:擦傷が皆無
4:皮膜樹脂を染色しないと確認しにくい非常に浅い擦傷がある
3:金属表面に達しない浅い擦傷があるが、金属表面に達する深い擦傷は皆無
2:浅い擦傷と金属表面に達する深い擦傷が混在
1:摺動を受けた面全体に金属板表面に達する深い擦傷がある
【0188】
(耐擦傷性、耐摩耗性評価2:湿式でのクレンザー摺動試験)
前記金属板から、32×100mmサイズの試験片を切り出した。フェルト(ユザワヤ商事(株)取扱ワンタッチフェルトRN-01)を40mm角に切出し、ラビングテスター(理研工学(株)製DIC式ラビングテスター1型)のヘッドに取付けたゴム栓(20mm径)に貼付し、輪ゴムで固定後、フェルト部分に蒸留水を十分に含ませ、垂れる水を軽く拭き取った。前記試験片に、シリカ系鉱物研磨剤5%液(花王(株)製ホーミングクレンザーを蒸留水で10倍に薄めたもの)を0.5cc滴下し、1.56N/cm2の荷重で前記試験片に押付け、湿式で、摺動距離60mm、60往復/分、100往復の摺動試験を行った。試験片を洗浄後、皮膜樹脂を染色して摺動を受けた面の擦傷を肉眼観察し、以下の評価基準にて3以上を合格とした。
【0189】
5:擦傷が皆無
4:皮膜樹脂を染色しないと確認しにくい非常に浅い擦傷がある
3:金属表面に達しない浅い擦傷があるが、金属表面に達する深い擦傷は皆無
2:浅い擦傷と金属表面に達する深い擦傷が混在
1:摺動を受けた面全体に金属板表面に達する深い擦傷がある
【0190】
(加工密着性評価:エリクセン加工試験)
前記金属板から50×100mmサイズの試験片を切り出し、エリクセン試験機で複層皮膜被覆面の裏側から7mm高さの張出し加工を行い、変形の激しい頂部にセロハン(登録商標)粘着テープ(ニチバン(株)製セロテープ(登録商標))を圧着して急激に剥離した。剥離後のテープを黒ケント紙に貼付して粘着面に付着した皮膜の有無を肉眼観察し、頂部の皮膜の剥離面積が頂部面積の10%未満のものを合格、10%以上剥離したものを不合格とした。
【0191】
(耐食性評価1:平板部SST)
前記金属板から50×100mmサイズの試験片を切り出し、板の端部をシール後、JIS-Z2371に準拠した塩水噴霧試験を行い、以下の評価基準にて72時間後の白錆発生面積率を測定し、3以上を合格とした。
【0192】
6:白錆発生なし
5:白錆発生面積率3%未満
4:白錆発生面積率3%以上5%未満
3:白錆発生面積率5%以上10%未満
2:白錆発生面積率10%以上20%未満
1:白錆発生面積率20%以上
【0193】
(耐食性評価1:加工部SST)
前記金属板から50×100mmサイズの試験片を切り出し、エリクセン試験機で複層皮膜被覆面の裏側から7mm高さの張出し加工を行い、板の端部をシール後、JIS-Z2371に準拠した塩水噴霧試験を行った。以下の評価基準にて、72時間後の凸部の白錆発生面積率を測定し、3以上を合格とした。
【0194】
6:白錆発生なし
5:白錆発生面積率5%未満
4:白錆発生面積率5%以上10%未満
3:白錆発生面積率10%以上20%未満
2:白錆発生面積率20%以上30%未満
1:白錆発生面積率30%以上
【0195】
表3〜6、表8〜10に記載の本発明例の被覆金属板では、金属板種類、各層の皮膜種類、複層皮膜の形成方法に関わらず、優れた耐擦傷性、耐摩耗性が得られ、かつ、優れた加工密着性と耐食性が得られることがわかる。これは、硬質の最表層皮膜、繊密な最下層皮膜がうまく機能分担し、それぞれ、耐擦傷性と耐摩耗性の向上、加工密着性と耐食性の向上に貢献しているためと考えられる。
【0196】
一方、最表層皮膜そのものが形成されていない場合(比較例No.10,47,79,119,137)は、耐擦傷性、耐摩耗性が不良であり、また、最下層皮膜そのものが形成されていない場合(比較例No.6、43、77、115、133、151、201、215)は、加工密着性と耐食性がいずれも不良である。
【0197】
最表層皮膜、最下層皮膜の両方が形成されている場合でも、いずれかが本発明が特定する皮膜でなければ、性能評価が不合格となる。例えば、最表層皮膜にシリカ微粒子(Cl)が全く含まれない場合(比較例No.91、93、107、109、186、188、196、198)では、耐擦傷性、耐摩耗性が不足して不合格となる。シリカ微粒子(Cl)含量が皮膜の35質量%を上回る場合(比較例No.92、108、187、197)では、加工密着性が不足する。また、表1に示した塗料のうち、5b、20b、21b、26bは、水性樹脂(a1)の含有量が塗料不揮発分全体の50質量%未満のため、これらの塗料を金属板に塗布して得られる最下層皮膜(比較例No.21、36、37、58、171、172)は、成膜時に生成する樹脂(A1)、(A2)の合計が皮膜の50質量%未満となるため、結果として複層皮膜の耐食性が不十分で、不合格となる。
【0198】
本発明例にて、最下層、最表層皮膜の間に中間層を持つ3層皮膜の場合、中間層を持たない場合に比べ、耐食性が更に良くなる場合があった(例えば、発明例 No.42と55の比較、発明例No.76と82の比較、発明例No.112と125、No.113と126、No.114と127の比較、発明例No.147と158、No.150と159の比較、No.200と209、No.214と223の比較など)。これは、中間層形成に用いた塗料34bに含まれていたシランカップリング剤が、共存樹脂(a1)との高架橋構造形成や、上下皮膜層との界面接着強化に大いに貢献し、結果として、複層皮膜全体の耐食性を底上げしたためと考えられる。
【0199】
最下層皮膜の付着量が好ましい範囲の0.01〜3g/m2を超えても、加工部耐食性は依然として合格レベルであるが、好ましい範囲にある場合に比べ、やや低下する傾向があった(例えば、発明例No.9(付着量3.5g/m2)とNo.2やNo.8との比較、発明例No.46(付着量3.7g/m2)とNo.39やNo.45との比較、発明例 No.118(付着量3.5g/m2)とNo.111やNo.117との比較、発明例No.154(付着量3.5g/m2)とNo.147やNo.153との比較、No.204(付着量3.5g/m2)とNo.200やNo.203との比較など)。これは、皮膜付着量が3g/m2を超えると、加工時に母材金属板の変形に皮膜が追従できず、金属表面から一部が剥離したり亀裂が生じたりし、それに伴い加工部耐食性もやや低下するため、と考えられる。なお、付着量がやや厚い場合でも、前記No.9、46、118、154、204などの性能評価結果に示したように、加工密着性は依然として本発明の合格レベルである。
【0200】
同様に、最表層皮膜の付着量が好ましい範囲の0.2〜3g/m2を超えても、加工部耐食性は依然として合格レベルであるが、好ましい範囲にある場合に比べ、やや低下する傾向があった(例えば、発明例No.14(付着量3.6g/m2)とNo.2、12、13との比較、発明例No.51(付着量3.8g/m2)とNo.39、49、50との比較、発明例No.123(付着量3.5g/m2)とNo.111、121、122との比較、No.157(付着量3.5g/m2)とNo.147との比較など)。これは、皮膜付着量が3g/m2を超えると、加工時、高硬質の最表層皮膜に亀裂が生じやすくなり、それに伴い加工部耐食性もやや低下するため、と考えられる。なお、付着量が前記のようにやや厚い場合でも、前記No.14、51、123、157などの性能評価結果に示したように、加工密着性は依然として本発明の合格レベルである。
【0201】
最表層皮膜の付着量が好ましい範囲の0.2〜3g/m2を下回る場合、耐擦傷性、耐摩耗性は依然として合格レベルであるが、好ましい範囲にある場合に比べ、やや低下する傾向があった(例えば、発明例No.11(付着量0.15g/m2)とNo.2,12,13との比較、発明例No.48(付着量0.15g/m2)とNo.39、49、50との比較、発明例No.120(付着量0.15g/m2)とNo.111、121、122との比較、No.155(付着量0.15g/m2)とNo.147の比較など)。これは、最表層皮膜の付着量が0.2g/m2を下回ると、皮膜が薄く、高いレベルの耐擦傷性、耐摩耗性を保つのが困難となるためと考えられる。なお、付着量が前記のようにやや薄い場合でも、前記No.11、48、120、155などの性能評価結果に示したように、耐擦傷性、耐摩耗性は依然として本発明の合格レベルである。
【0202】
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】

【表6】

【表7】

【表8】

【表9】

【表10】

【産業上の利用可能性】
【0203】
以上述べてきたように、本発明によれば、硬い異物により強い摺動を受けても表面に擦傷がつきにくく、摩耗しにくく、かつ、耐食性、加工密着性に優れる複層皮膜被覆金属板を提供することができる。これまで、耐擦傷性、耐摩耗性、耐食性、加工密着性のすべてに優れる薄膜被覆金属板は製造困難であったため、例えば、耐擦傷性や耐摩耗性に優れていても、すぐに錆びて表面外観や構造部材としての強度を損なうため適用できなかった用途や、反対に、耐食性や加工密着性に優れていても、表面がすぐに傷付いたり摩耗して意匠性を損なうため適用できなかった用途に広く活用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2層以上が積層した複層皮膜で表面の少なくとも一部が被覆された金属板であって、前記複層皮膜のうち金属表面に接する最下層の皮膜が、水性の加熱成膜型樹脂塗料(a)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる皮膜であり、かつ該皮膜中に水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂(A1)と、更にその誘導体で下記一般式(I)に示す樹脂(A2)のいずれか1種以上を合計で皮膜の50〜100質量%含有し、かつ、前記複層皮膜のうち最表層の皮膜が、水性樹脂塗料(j)を塗装皮膜表面に塗布、乾燥後、紫外線照射、電子線照射や200℃以上の高温加熱等で硬化することにより得られる皮膜であり、かつ、高硬質樹脂(J)を該皮膜の50〜95質量%、シリカ微粒子(C1)を皮膜の5〜35質量%含有することを特徴とする、複層被覆金属板。
【化1】

(式中、A1は水性樹脂(a1)を金属表面に塗布、加熱乾燥することにより得られる樹脂、また、Z−は炭素原子数1〜9、窒素原子数0〜2、酸素原子数0〜2の炭化水素鎖で、「A1〜Z」の表記は、A1とZが両者の官能基を介して共有結合していることを示す。また、−O−はエーテル結合であり、−OH基は水酸基であり、−X基は炭素原子数1〜3の加水分解性アルコキシ基、加水分解性ハロゲノ基又は加水分解性アセトキシ基であり、−R基は炭素原子数1〜3のアルキル基であり、置換基の数を示すa、b、c、dはいずれも0〜3の整数で、かつa+b+c+d=3である。)
【請求項2】
前記水性樹脂塗料(j)が水性の紫外線硬化型樹脂塗料(b)であり、かつ、前記高硬質樹脂(J)が下記一般式(II)に示す紫外線硬化済み樹脂(B1)であることを特徴とする、複層被覆金属板。
【化2】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−X1基は水素原子又はメチル基であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【請求項3】
前記水性塗料(a)の樹脂成分が、水性エポキシ系樹脂、水性フェノール系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂及び水性ポリオレフィン系樹脂から選ばれる1種又は2種以上である請求項1、2のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項4】
前記樹脂(A2)中の−C−Si−O−結合を形成するSi原子が、前記複層皮膜のうち金属表面に接する最下層の皮膜中に、前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対し0.1〜30質量部含まれることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項5】
前記最下層皮膜の付着量が0.01〜3g/m2である請求項1〜4のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項6】
前記最下層皮膜が、ポリフェノール化合物(D)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して1〜100質量部含有する請求項1〜5のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項7】
前記最下層皮膜が、りん酸及びヘキサフルオロ金属酸からなる群より選択される1種又は2種以上の酸成分(E)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して0.1〜100重量部含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項8】
前記ヘキサフルオロ金属酸が、Ti,Si,Zr,Nbからなる群より選択される1種又は2種以上の元素を含むことを特徴とする請求項7に記載の金属板。
【請求項9】
前記最下層皮膜が、りん酸塩化合物(F)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して0.1〜100質量部含有することを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項10】
前記りん酸塩化合物(F)がカチオン成分としてMg,Mn,Al,Ca,Niからなる群より選択される1種又は2種以上の元素を含むことを特徴とする請求項9に記載の複層被覆金属板。
【請求項11】
前記最下層皮膜が、Si,Ti,Al,Zrからなる群より選択される1種又は2種以上の金属の酸化物からなる金属酸化物微粒子(G)を前記樹脂(A1)と(A2)の合計100質量部に対して0.1〜100重量部含有することを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項12】
前記紫外線硬化済み樹脂(B1)末端のラジカル付加化合物Radが、下記式(Rad1)〜(Rad13)のいずれかで示される構造を持つ末端基であることを特徴とする、請求項2に記載の複層被覆金属板。
【化3】

【請求項13】
前記紫外線硬化済み樹脂(B1)の−Z1基が、水性エポキシ系樹脂、水性ポリエステル系樹脂、水性ポリウレタン系樹脂、水性(メタ)アクリル系樹脂、水性アミノ系樹脂、及び水性シリコーン系樹脂からなる群から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする、請求項2、12いずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項14】
前記紫外線硬化済み樹脂(B1)の−X1基が水素原子で、該樹脂(B1)が下記一般式(III)に示す構造であることを特徴とする請求項2、12、13のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【化4】

(式中、Radは光開裂型重合開始剤の紫外線受光開裂で生成するラジカル(Rad・)の付加物であり、−Y1基は炭化水素基であり、−Z1基は、アニオン型、カチオン型またはノニオン型の親水基または該親水基を持つ炭化水素基である。)
【請求項15】
前記複層皮膜の最表層皮膜の付着量が0.2〜3g/m2である請求項1、2、12〜14のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項16】
前記複層被覆金属板の表面に対し乾式スチールウール摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、前記表面の別部位に対し湿式クレンザー摺動試験を行った後、金属表面に達する深い擦傷が皆無であり、かつ、エリクセン加工後の剥離試験による皮膜剥離面積が頂部面積の10%未満であることを特徴とする請求項1〜15のいずれかに記載の複層被覆金属板。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれかに記載の複層皮膜で片面または表裏両面の少なくとも一部が被覆された金属板の製造方法であって、金属板表面に接する最下層から最表層までの各層の皮膜を、含水(ウェット)状態で、順次、または同時に複層被覆する工程(水性塗料のウェット・オン・ウェット塗装または多層同時塗装工程)と、含水状態の複層皮膜の水分や揮発分を同時に加熱乾燥させる乾燥工程と、乾燥後の複層皮膜の最表層皮膜を紫外線または電子線でラジカル重合し成膜する紫外線または電子線照射工程を、列記した順序で含む、複層被覆金属板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−253942(P2010−253942A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−79147(P2010−79147)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】