説明

超伝導体薄膜の製造方法

【課題】正確に膜厚を制御した最小構成元素数の銅酸化物高温超伝導体RE2CuO4(REは希土類元素)の単結晶薄膜をより大きな面積に形成できるようにする。
【解決手段】形成対象の化合物RE2CuO4と、面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±1%の範囲で一致する単結晶から構成された単結晶基板101の上に、希土類元素REと銅と酸素とを含んで構成された前駆体薄膜102を、蒸着法により形成する。蒸着における希土類元素REおよび銅の供給量を制御することなどにより、形成される前駆体薄膜102における希土類元素REおよび銅の組成比を、化学式RE2CuO4の化学量論組成にする。この後、高温、低酸素分圧雰囲気下での固相エピタキシーと低温還元により酸素の組成も化学量論組成に合わせて超伝導化した単結晶薄膜を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅を含む金属酸化物からなる超伝導体薄膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Nd2CuO4と同じ構造(結晶構造)を有するRE2CuO4(REは希土類元素)は、最小の構成元素数で超伝導を示す銅酸化物高温超伝導体として知られている(非特許文献1参照)。この銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜を大きな面積に形成できれば、例えば、急峻な周波数特性を持つマイクロ波フィルタや限流器への応用が可能となる。また、長尺の金属テープ線材の上にこの銅酸化物高温超伝導体の高配向した薄膜が形成(成長)できれば、超伝導体線材への応用が可能となる。
【0003】
ところで、この銅酸化物高温超伝導体RE2CuO4の超伝導化には、合成するときに極めて精密な酸素量制御が要求される(特許文献1、非特許文献1参照)。このため、現状では、有機金属塗布熱分解法(MOD法)、および、蒸着により単結晶薄膜を形成した後に還元アニールを行う方法のいずれかの方法で、超伝導RE2CuO4は形成されている。
【0004】
MOD法は、構成元素の金属ナフテン酸などを混合した有機金属溶液を単結晶基板の上にスピンコート法などにより塗布し、形成した塗布膜を仮焼して形成した膜を、本焼成および還元アニールにより化学量論組成の結晶膜に形成する方法である(特許文献1参照)。この方法によれば、有機金属溶液の混合比を制御することで、金属元素組成を化学量論組成とし、本焼成および還元アニールにより酸素組成を化学量論組成とした、銅酸化物高温超伝導体が形成できる。
【0005】
また、蒸着後に還元アニールを行う方法では、例えば、分子線エピタキシー(MBE)法などの蒸着法で金属元素組成を化学量論組成に合わせた単結晶薄膜を成長した後、還元アニールにより酸素組成を化学量論組成にしている(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−107882号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】O.Matsumoto et al. ,"Synthesis and properties of superconducting T'-R2CuO4 (R=Pr, Nd, Sm, Eu, Gd)",PHYSICAL REVIEW B, vol.79, 100508(R), 2009.
【非特許文献2】H. Yamamoto et al. , "Preparation of superconducting parent compounds T'-RE2CuO4 by molecular beam epitaxy", Physica C, in press, doi:10.1016/j.physc. , 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した形成方法では、正確に膜厚を制御した状態で大きな面積に銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜を形成することが容易ではない。まず、MOD法では、回転塗布などにより膜を形成しているため、銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜を、任意の膜厚に制御して形成することが容易ではないという問題がある。これに対し、蒸着により単結晶膜を形成した後に還元アニールする方法では、蒸着により膜を形成しているため、よく知られているように、高い精度で膜厚制御が可能である。
【0009】
しかしながら、超高真空中で膜の形成を行う蒸着では、膜の形成時に、大面積に対しては、正確に温度を制御し、また、正確に活性酸素の分布を制御することが容易ではないため、大面積化が容易ではない。このように、従来では、正確に膜厚を制御した銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜を、大面積に形成することが容易ではないという問題があった。
【0010】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、正確に膜厚を制御した銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜をより大きな面積に形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る超伝導体薄膜の製造方法は、希土類元素REと銅と酸素とからなる化学式RE2CuO4で示される化合物と面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±1%の範囲で一致する単結晶基板の上に、蒸着により希土類元素REと銅と酸素とを含んで構成された前駆体薄膜を、希土類元素REおよび銅の組成比を化学式RE2CuO4の化学量論組成に形成する第1工程と、前駆体薄膜を加熱することで、単結晶基板の上に化学式RE2CuO4の単結晶からなる超伝導体薄膜をエピタキシャルに形成する第2工程とを少なくとも備える。
【0012】
上記超伝導体薄膜の製造方法において、第1工程では、蒸着における希土類元素REおよび銅の供給量を制御することで、希土類元素REおよび銅の組成比が化学式RE2CuO4の化学量論組成とした前駆体薄膜を形成すればよい。また、単結晶基板は、ペロブスカイト構造、GdFeO3構造,Nd2CuO4構造(T'構造)、およびK2NiF4構造(T構造)を持つ化合物より選択された単結晶の基板であればよい。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したことにより、本発明によれば、正確に膜厚を制御した銅酸化物高温超伝導体の単結晶薄膜をより大きな面積に形成できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における超伝導体薄膜の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】図2は、結晶基板の上に形成したPr2CuO4薄膜のX線回折パターンを示す特性図である。
【図3】図3は、DyScO3基板上のPr2CuO4エピタキシャル薄膜の抵抗−温度特性を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における超伝導体薄膜の製造方法を説明するためのフローチャートである。まず、ステップS101で、単結晶基板101を用意する。単結晶基板101は、形成対象の化合物RE2CuO4に、面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±1%の範囲で一致する単結晶から構成されたものである。
【0016】
次に、ステップS102で、単結晶基板101の上に、希土類元素REと銅と酸素とを含んで構成された前駆体薄膜102を、蒸着法により形成する。ここで、蒸着における希土類元素REおよび銅の供給量を制御することなどにより、形成される前駆体薄膜102における希土類元素REおよび銅の組成比を、化学式RE2CuO4の化学量論組成にすればよい。
【0017】
例えば、REおよび銅の分子線源を用いた真空蒸着装置により、酸素ガスを導入して各々の分子線源を制御した状態で真空蒸着することで、前駆体薄膜102を形成すればよい。また、REおよび銅の組成比を化学式RE2CuO4の化学量論組成としたターゲット(例えば焼結体ターゲット)および酸素ガスを用いた反応性スパッタ法により、前駆体薄膜102を形成してもよい。焼結体ターゲットであれば、ターゲットにおけるREおよび銅の組成比を制御することが容易である。また、分子線源を用いた蒸着法によれば、よく知られているように、0.1nmオーダで膜厚の制御が可能である。
【0018】
前駆体薄膜102の形成では、まず、前駆体薄膜102における希土類元素REと銅との組成比が、化学式RE2CuO4の化学量論組成となっていることが重要である。また、完全に化学式RE2CuO4の化学量論組成になっている必要はないが、形成される前駆体薄膜102が、酸素を含んでいることが重要である。
【0019】
言い換えると、まず、前駆体薄膜102の形成では、形成する薄膜が配向しているなど結晶状態である必要はない。このため、前駆体薄膜102の形成では、結晶化のための高温条件にする必要はない。このため、正確な温度制御が不要である。ただし、上述したように、形成している薄膜に酸素が取り込まれる範囲の温度条件とする。例えば、基板温度条件は、300℃程度とすればよい。また、前駆体薄膜102においては、酸素が含まれていればよく、化学式RE2CuO4の化学量論組成となっている必要がない。このため、酸素ガス(活性酸素)の分布を正確に制御する必要がない。
【0020】
次に、ステップS103で、前駆体薄膜102を加熱することで、単結晶基板101の上に化学式RE2CuO4の単結晶からなる超伝導体薄膜103をエピタキシャルに形成する。例えば、適宜に分圧を制御した酸素の雰囲気で、前駆体薄膜102を800〜850℃に加熱すればよい。この加熱処理は、前駆体薄膜102を形成した蒸着装置とは異なる装置で行う。超伝導体薄膜103の形成では、低酸素分圧雰囲気下での加熱を行えばよいので、ガス圧の制御が可能な加熱炉を用いればよく、大面積の処理が容易である。
【0021】
上述した実施の形態によれば、まず、蒸着により前駆体薄膜102を形成している段階では、結晶化などを行う必要がないので、正確な温度制御や正確なガスの分圧制御などを行う必要がないため、大面積薄膜の形成が容易となる。また、結晶化を行う必要がないので、酸素(O)が取り込まれる範囲の温度条件であればよく、300℃以下の低温条件とすることができる。また、単結晶基板101に対してエピタキシャルに超伝導体薄膜103を形成する段階では、前駆体薄膜102が形成されており、既に正確に膜厚制御がされている。従って、本実施の形態によれば、正確に膜厚を制御した最小構成元素数の銅酸化物高温超伝導体RE2CuO4の単結晶薄膜をより大きな面積に形成できるようになる。
【0022】
次に、実際に単結晶基板の上にRE2CuO4の膜を形成した実験の結果について説明する。以下では、Pr2CuO4の結晶膜の形成を例に説明する。Pr2CuO4の結晶は、面内の格子定数は、a=0.396nmであり、面間の格子定数はc=1.22nmである。
【0023】
まず、単結晶基板として、YAlO3基板,LaAlO3基板,SrTiO3基板,DyScO3基板,GdScO3基板を用いる。YAlO3基板は、膜を形成する平面の面内の格子定数は、a=0.3715nmである。LaAlO3基板は、膜を形成する平面の面内の格子定数は、a=0.3793nmである。SrTiO3基板は、膜を形成する平面の面内の格子定数は、a=0.3905nmである。DyScO3基板は、膜を形成する平面の面内の格子定数は、a=0.3952nmである。GdScO3基板は、膜を形成する平面の面内の格子定数は、a=0.3970nmである。但し、YAlO3基板、DyScO3基板、およびGdScO3基板の格子定数は、疑正方晶としての格子定数である。
【0024】
次に、上述した各結晶基板の上に、MBE装置を用い、希土類であるプラセオジム(Pr)と銅(Cu)と酸素とを含んで構成された前駆体薄膜を形成する。ここで、形成条件として、MBE装置において、成膜室中を活性酸素の雰囲気とし、基板温度条件を300℃とし、Pr2CuO4の化学量論組成比でPrおよびCuを蒸着した。
【0025】
次に、管状の加熱炉を用い、酸素分圧PO2=202.650Paとし、温度を850℃として、上記前駆体薄膜を形成した各結晶基板を1時間、加熱(アニール)した。
【0026】
上述した各結晶基板の上に形成された薄膜のX線回折を測定すると、図2の(a),(b),および(c)に示すように、YAlO3基板、LaAlO3基板、およびSrTiO3基板では、弱いピークしか観測されない。
【0027】
これらに対し、図2の(d)および(e)に示すように、DyScO3基板およびGdScO3基板の上では、基板平面の法線方向をc軸としたPr2CuO4の結晶薄膜が、エピタキシャル成長していることを示す回折パターンが得られている。このときのPr2CuO4の結晶薄膜は、膜厚が約100nmである。これらの場合と同様に、NdCaAlO4の単結晶基板の場合においても、Pr2CuO4薄膜がエピタキシャルに形成できる。NdCaAlO4の単結晶は、面間の格子定数がc=1.215nmである。なお、図2において、灰色としている領域の回折ピークは、結晶基板からのものである。
【0028】
ここで、Pr2CuO4結晶の面内の格子定数に対し、YAlO3結晶の面内の格子定数は93.8131%(=0.3715÷0.396),LaAlO3結晶の面内の格子定数は95.7828%(=0.3793÷0.396),SrTiO3結晶の面内の格子定数は98.6111%(=0.3905÷0.396),DyScO3結晶の面内の格子定数は99.7980%(=0.3952÷0.396),GdScO3結晶の面内の格子定数は100.2525%(=0.397÷0.396)である。また、Pr2CuO4結晶の面間の格子定数に対し、NdCaAlO4結晶の面間の格子定数は99.5902%(=1.215÷1.22)である。
【0029】
従って、上述したエピタキシャルな成長形成が可能な条件は、化合物RE2CuO4と面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±1%の範囲で一致する単結晶基板であればよいものと考えられる。よりよくは、面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±0.5%の範囲となっていればよいものと考えられる。
【0030】
次に、DyScO3基板を用いて形成したPr2CuO4のエピタキシャル薄膜の特性について説明する。上述したようにDyScO3基板の上に形成したPr2CuO4のエピタキシャル薄膜を、適切な還元処理として、処理雰囲気の圧力0.013Pa以下の真空中で、650℃・20分の条件で加熱処理を施すと、図3に示すような、抵抗−温度特性を示す状態となる。図3より、適切な還元処理をしたDyScO3基板上のPr2CuO4エピタキシャル薄膜は、転移温度約27Kの超伝導を示していることがわかる。
【0031】
以上に説明したように、本発明では、まず、希土類元素REと銅と酸素とからなる化学式RE2CuO4のエピタキシャル薄膜を、格子定数の差が小さい適切な結晶基板を選択することにより、結晶基板の上に蒸着した前駆体薄膜を用いて形成するところに特徴がある。また、前駆体薄膜を形成するときは、蒸着における原料(RE,Cu)供給量を調節することで、これらの組成比をRE2CuO4の化学量論組成とした上で、所望とする任意の膜厚の前駆体薄膜が形成できるところに特徴がある。このため、大きな結晶基板を用い、また、RE2CuO4の単結晶薄膜をエピタキシャルに形成するときに大型な加熱炉を用いれば、より大きな面積に高い精度で膜厚を制御したRE2CuO4の結晶からなる超伝導体薄膜が形成できる。
【0032】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの組み合わせおよび変形が実施可能であることは明白である。例えば、前駆体薄膜は、ある程度、エピタキシャルに結晶化していてもよいことはいうまでもない。また、希土類元素REは、Prに限るものではなく、イットリウム(Y)、ランタン(La)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)などの希土類元素であっても同様である。さらに、適切な格子定数を有する大面積の単結晶基板を得ることが難しい場合には、入手可能な大面積の単結晶基板上に、バッファー層としてDyScO3などを成長したものを基板として用いても良いことは、容易に類推される。
【0033】
また、結晶基板は、ペロブスカイト構造、GdFeO3構造、Nd2CuO4構造(T’構造)、あるいはK2NiF4構造(T構造)の結晶からなる基板を用いればよい。
【符号の説明】
【0034】
101…単結晶基板、102…前駆体薄膜、103…超伝導体薄膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素REと銅と酸素とからなる化学式RE2CuO4で示される化合物と面内および面間の少なくとも1つの格子定数が±1%の範囲で一致する単結晶基板の上に、蒸着により希土類元素REと銅と酸素とを含んで構成された前駆体薄膜を、希土類元素REおよび銅の組成比を化学式RE2CuO4の化学量論組成に形成する第1工程と、
前記前駆体薄膜を加熱することで、前記単結晶基板の上に化学式RE2CuO4の結晶からなる超伝導体薄膜をエピタキシャルに形成する第2工程と
を少なくとも備えることを特徴とする超伝導体薄膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の超伝導体薄膜の製造方法において、
前記第1工程では、蒸着における前記希土類元素REおよび銅の供給量を制御することで、希土類元素REおよび銅の組成比が化学式RE2CuO4の化学量論組成とした前駆体薄膜を形成する
ことを特徴とする超伝導体薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1また2記載の超伝導体薄膜の製造方法において、
前記単結晶基板は、ペロブスカイト構造、GdFeO3構造,Nd2CuO4構造(T'構造)、およびK2NiF4構造(T構造)を持つ化合物より選択された単結晶の基板である
ことを特徴とする超伝導体薄膜の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−31468(P2012−31468A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171840(P2010−171840)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】