説明

車両用情報処理装置

【課題】簡易な構成で現在位置よりも先の車両位置における車両の旋回曲率を推定する。また、望ましくは推定された旋回曲率を車両挙動の安定化に利用する。
【解決手段】車両(1)に搭載される車両用情報処理装置(100)は、操舵入力に対応する操舵入力情報、旋回状態を規定する車両状態量及び車速に基づいて、前記車両の将来位置を算出する将来位置算出手段と、前記算出された将来位置を少なくとも一つ含み、且つ前記車両の現在位置に対応する車両位置を含む、前記車両に係る三以上の車両位置に基づいて、前記現在位置よりも先の暫定走行位置における前記車両の旋回曲率を推定する推定手段とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばEPS(Electronic controlled Power Steering:電子制御式パワーステアリング装置)やVGRS(Variable Gear Ratio Steering:可変ギア比ステアリング装置)等の各種操舵機構を備えた車両に好適に搭載され、所望の走行軌跡を実現するために用いることが可能な、車両用情報処理装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術分野において、特許文献1には、GPS(Global Positioning System)等の位置情報を集計して道路形状を算出するものが開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、道路ネットワークデータ、道路建設時期及び曲率法令テーブルを対応付けた道路法令情報に基づいてカーブの形状を推定するナビゲーション装置が開示されている。
【0004】
また、特許文献3には、道路形状情報に基づいて道路曲率を演算し、道路曲率に応じてレーン走行支援を中断する車両制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−272426号公報
【特許文献2】特開2010−151691号公報
【特許文献3】特開2006−031553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
GPSは総じて高精度な絶対的位置情報を提供し得るが、時に大きな誤差を含む場合があり、このような場合には算出される道路形状が実際の道路形状と大きく異なったものとなる可能性がある。また、車載カメラ等の撮像手段により車両周辺部を撮像し、車両の走行路の曲率を推定することは可能であるが、一般にこのようなシステムは高価であり、また処理が複雑であるため、コストを増大させる。
【0007】
更に、より大きな問題として、道路の曲率(端的には、道路の形状を意味する)は、必ずしも運転者が意図する車両の旋回曲率と一致しない。従って、例え、現在位置よりも先の位置での道路の曲率が実践上十分な精度で推定されたとしても、運転者の意思や感覚に即した車両の挙動制御を実現することは困難を伴う。特に、中高車速域においては、運転者は、車両の現在位置よりも先の走行路に視線を置いて、無意識下にこれから到達するであろう走行路を想定した操舵操作を行っている場合が多い。このため、現在位置における走行路の曲率や車両の旋回曲率に応じた操舵制御では、運転者に提供される操舵フィーリングが運転者の感覚と必ずしも一致しない。即ち、上述したものを含む従来の技術思想では、コストを増加させることなく好適な操舵フィーリングを提供することが、実践的にみて殆ど不可能であるという技術的問題点がある。
【0008】
本発明は、上述した技術的問題点に鑑みてなされたものであり、簡易な構成で現在位置よりも先の車両位置における車両の旋回曲率を推定可能な車両用情報処理装置を提供することを課題とする。また、望ましくは更に、この推定された旋回曲率を車両挙動の安定化に利用し得る車両用情報処理装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するため、本発明に係る車両用情報処理装置は、車両に搭載される車両用情報処理装置であって、操舵入力に対応する操舵入力情報、旋回状態を規定する車両状態量及び車速に基づいて、前記車両の将来位置を算出する将来位置算出手段と、前記算出された将来位置を少なくとも一つ含み、且つ前記車両の現在位置に対応する車両位置を含む、前記車両に係る三以上の車両位置に基づいて、前記現在位置よりも先の暫定走行位置における前記車両の旋回曲率を推定する推定手段とを具備することを特徴とする(請求項1)。
【0010】
本発明に係る車両用情報処理装置は、好適な一形態としてコンピュータ装置やプロセッサ等を含み、また必要に応じてメモリやセンサ等を適宜備えて構成される。
【0011】
将来位置算出手段は、例えば操舵角等の操舵入力に関する操舵入力情報、例えばヨーレート、横加速度及び車体スリップ角等を含む車両状態量及び車速(以下、これらを包括した文言として適宜「参照要素群」なる文言を使用する)に基づいて、現在時刻よりも未来の時点における車両の位置を意味する将来位置を算出する。尚、車両位置とは、概念上、緯度及び経度により規定される絶対位置も、任意に設定され得る基準位置に対する相対位置も含み得るが、車両の運動制御への展開を図る観点からすれば、少なくとも後者が把握されていればよく、好適には後者を意味する。
【0012】
運転者は、その時点における、操舵入力情報以外の他の参照要素(車速や車両状態量)と、自身が視覚上で認識した、現在位置よりも先の車両位置における道路形状(道路曲率)とに基づいて、操舵入力手段(例えば、ハンドル)を介した操舵入力を与えるものと考えられる。即ち、運転者から与えられる操舵入力には、近未来に車両が到達するであろう走行位置に関する情報が含まれると考えることができる。係る点に鑑みれば、例えば、参照要素群に基づいて基準位置(例えば、現在時刻に対応する現在位置や過去のある時点(過去時刻)に対応する過去位置)からの位置変位量として将来位置を予測する一種の計算モデルや演算則等を構築し、係る計算モデルや演算則に従った計算や演算を繰り返すことにより、時々刻々と変化する車両の将来位置を推定することが可能となる。尚、この将来位置は、未だ車両が到達していない近未来における予測的な車両位置であるから、必ずしも一つに限定されない。
【0013】
例えば、将来位置算出手段は、第1の過程として、車両の現在位置及び過去位置を求め、第2の過程として、この現在位置及び過去位置と参照要素群とに基づいた数学的且つ幾何学的解析手法により将来位置を求めてもよい。車両の過去位置及び現在位置は、例えば、過去から現在に至る一定又は不定の期間における上記参照要素群の履歴から求めることができる。この際、例えば、過去一定期間の参照要素群の値から車両の軌跡(例えば、重心の軌跡)が時間関数として求められると共に、所望の時間値がこの時間関数に代入されることによって所望の時刻における車両位置(この場合、二次元座標系で規定される基準位置(基準座標)に対する位置変化量(座標変化量)の積算値である)が求められてもよい。或いは、過去位置としては、過去から現在に至る期間において連綿と求められた現在位置の履歴が利用されてもよい。また、過去位置及び現在位置は、カーナビゲーション装置や各種路車間通信システム等を介して適宜取得されてもよい。
【0014】
本発明に係る車両用情報処理装置によれば、将来位置算出手段により将来位置が一定又は不定の時間周期で刻々と算出されていく過程において、推定手段により、現在位置よりも先の暫定走行位置(算出された将来位置の一つであってもよい)における車両の旋回曲率が推定される。
【0015】
ここで、道路の曲率と必ずしも一致しない車両の旋回曲率は、車両が、例えばその重心位置の軌跡として描く仮想円の半径の逆数であると考えることができる。この仮想円は、二次元座標系における中心位置(中心座標)及び半径の三要素によって規定され得るから、重心位置の軌跡を規定する重心位置が少なくとも三点あれば、円の軌跡を算出する方程式に基づいて仮想円を求めることができる。本発明に係る推定手段は、このことを利用して、将来位置算出手段により算出された将来位置を少なくとも一つ含み、且つ車両の現在位置に対応する車両位置を含む、三以上の車両位置に基づいて、暫定走行位置における車両の旋回曲率を推定することができる。
【0016】
尚、「現在位置に対応する車両位置」とは、現在位置に直接関連付けられた車両位置を意味し、例えば、上述した第1の過程において求められた現在位置そのもの、又は当該現在位置に基づいて算出された将来位置を意味する。このような、現在位置に対応する車両位置が旋回曲率推定に係る参照値として含まれることにより、車両位置の軌跡としての仮想円を高精度に確定することができる。尚、推定手段が参照する三以上の車両位置に「現在位置に基づいて算出された将来位置」が含まれる場合には、「算出された将来位置」と「車両の現在位置に対応する車両位置」とは、相互いに一致してもよい。
【0017】
推定手段が、暫定走行位置における旋回曲率を推定するにあたり、残余の一以上の車両位置として如何なる車両位置を参照するかについては、少なくとも概念上は比較的高い自由度が与えられる。但し、車両の過去位置については、参照される過去位置に係る過去時点と現時点(現在時刻)との時間軸上の偏差が大きくなるに連れて、参照される過去位置が現時点よりも未来の時点において到達する暫定走行位置における旋回曲率に与える影響は小さくなるから、旋回曲率の推定に実践上利用可能な過去位置は自ずと限定される。例えば、ある周期で車両重心位置が時々刻々と算出されていく過程を考えた場合、暫定走行位置における旋回曲率の推定に供し得る過去位置は、過去1〜2サンプル程度であり、理想的には、過去位置は参照されなくてもよい。
【0018】
同様に、車両の将来位置については、参照される将来位置に係る将来時点と現時点(現在時刻)との時間軸上の偏差が大きくなるに連れて、将来位置の推定精度は低下する(運転者の操舵入力に影響を与える将来位置は、例えば数秒〜十数秒先程度の近未来領域における車両位置であって、それよりも先の時点における車両位置を上記参照要素から推定することは実践上殆ど意味がない場合が多い)から、旋回曲率の推定に実践上利用可能な将来位置は自ずと限定される。
【0019】
これらの点に鑑みれば、推定手段は、好適な一形態として、現在位置に対応する将来位置と、一サンプリング時刻前の過去位置に対応する将来位置(即ち、過去のある時点で算出された将来位置)と、二サンプリング時刻前の過去位置に対応する将来位置(即ち、この場合、現在位置よりも先に三以上の将来位置が算出されている)の三つの車両位置に基づいて旋回曲率を推定してもよい。或いは、推定手段は、好適な一形態として、現在位置に対応する将来位置と、一〜数サンプリング時刻前の過去位置に対応する将来位置と、現在位置(即ち、この場合、現在位置よりも先に複数の将来位置が算出されている)の三つの車両位置に基づいて旋回曲率を推定してもよい。
【0020】
以上説明したように、本発明に係る車両用情報処理装置によれば、現在位置よりも先の暫定走行位置における、運転者の意思や感覚に即した車両自体の旋回曲率を、例えば車載カメラ等、コストの増加を招くシステムを利用することなく推定することができる。従って、車両に搭載され得る各種の操舵機構を制御する場合において、運転者に対し、運転者の意思や感覚に即した違和感のない操舵フィーリングを提供することが可能となるのである。
【0021】
本発明に係る車両用情報処理装置の一の態様では、前記将来位置算出手段は、前記車両の現在位置及び過去位置を取得すると共に、該取得された現在位置及び過去位置と、前記操舵入力に対応する操舵入力情報、旋回状態を規定する車両状態量及び車速とに基づいて前記将来位置を算出する(請求項2)。
【0022】
この態様によれば、将来位置算出手段は、先ず現在位置及び過去位置を取得し、この取得された現在位置及び過去位置と参照要素群とに基づいて将来位置を算出する。将来位置は、過去位置から現在位置へ続く車両の軌跡と、現在位置における参照要素群に影響されるから、このような過去から現在に至る車両の軌跡を反映する、複数の段階を経た将来位置の算出プロセスは、将来位置を高精度に推定し得る点において、合理的且つ実践上有意義である。
【0023】
尚、現在位置及び過去位置を取得するにあたっては、上述したように参照要素群に基づいた数値演算(例えば、重心位置の軌跡を求める演算、及び求められた軌跡から位置を算出する演算等)が行われてもよいし、ナビゲーション装置や路車間通信システム等を介して情報が取得されてもよい。また、過去位置に関しては、時間軸上で連綿と取得される現在位置が経過時間と対応付けられる形で記憶されている場合には、当該記憶された値を読み出すこと等によって取得されてもよい。
【0024】
本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記将来位置は、基準位置に対する相対的な位置変化量により規定される相対位置である(請求項3)。
【0025】
この態様によれば、将来位置は任意に設定される基準位置に対する相対的な位置変化量として規定されるので、算出或いは記憶に要する負荷が比較的軽くて済む。また、車両運動制御への展開を考える場合、実践的には、車両位置がこのような相対位置として規定されている方が、より好適である。
【0026】
本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記車両状態量を検出する検出手段を具備し、前記将来位置算出手段は、前記将来位置を算出するにあたって、前記検出された車両状態量を利用する(請求項4)。
【0027】
この態様によれば、各種センサ等の検出手段により検出された精度の高い車両状態量に基づいて将来位置が算出されるため、算出される将来位置の信頼性を向上させることができる。尚、この種の検出手段が備わるか否かに関係なく、本発明に係る将来位置算出手段は、その時点の車速及び操舵入力情報に基づいて車両状態量を推定することも可能である。
【0028】
本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記操舵入力情報は操舵角であり、前記車両状態量は、ヨーレート、横加速度及び車体スリップ角である(請求項5)。
【0029】
この態様によれば、操舵入力情報として操舵角が、また車両状態量としてヨーレート、横加速度及び車体スリップ角(車体の進行方向と操舵輪の中心線とがなす横滑り角)がそれぞれ採用される。操舵角は運転者が操舵入力を与えるにあたって操作する、ハンドル等の各種操舵入力手段の回転角であるから、運転者の意思を反映する操舵入力情報として最適である。また、ヨーレート、横加速度及び車体スリップ角は、車両の旋回挙動を規定する車両状態量として好適である。従って、この態様によれば、将来位置が比較的高精度に算出され得る。
【0030】
本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記三以上の車両位置は、算出時刻が時系列上で相互いに隣接する三つの車両位置を含む(請求項6)。
【0031】
暫定走行位置における車両の旋回曲率を推定するにあたって参照される車両位置として、算出時刻が時系列上で相互いに連続する三つの車両位置が含まれる場合、将来的な車両位置の軌跡としての仮想円を高精度に確定することができ、実践上有益である。
【0032】
本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記車両は、前記操舵入力と操舵輪の舵角との関係を変化させることが可能な舵角可変手段と、運転者の操舵トルクを補助するためのアシストトルクを供給可能なアシストトルク供給手段とのうち少なくとも一方を備えており、前記車両用情報処理装置は、前記推定された旋回曲率に基づいて前記少なくとも一方を制御する制御手段を更に具備する(請求項7)。
【0033】
この態様によれば、車両は、舵角可変手段とアシストトルク供給手段とのうち少なくとも一方を備えて構成される。
【0034】
舵角可変手段とは、操舵入力と操舵輪の舵角との関係を多義的に変化させ得る手段であって、好適には、VGRS等の前輪舵角可変装置やARS(Active Rear Steering:後輪舵角可変装置)等の後輪舵角可変装置、或いはSBW(Steer By Wire:電子制御式舵角可変装置)等のバイワイヤ装置を意味する。
【0035】
アシストトルク供給手段とは、運転者がハンドル等の操舵入力手段を介して与える操舵トルクを補助するためのアシストトルクを供給可能な手段であって、好適には、EPS(Electric Power Steering:電動パワーステアリング装置)等を意味する。
【0036】
尚、アシストトルクは、運転者の操舵トルク(適宜「ドライバ操舵トルク」と表現する)と同一方向にも、反対方向にも作用させ得るトルクである。ドライバ操舵トルクと同一の方向に作用した場合には、アシストトルクは運転者の操舵負担を軽減することができ(狭義のアシストである)、ドライバ操舵トルクと反対の方向の作用した場合には、アシストトルクは運転者の操舵負担を重くする或いは運転者の操舵方向と逆方向にハンドルを操作することができる(広義にはこれもアシストの範疇である)。また、アシストトルクの制御目標は、操舵機構の慣性特性に対応した慣性制御項や操舵機構の粘性特性に対応したダンピング制御項等、複数の制御項の積算値として設定されてもよく、この場合、各制御項の制御態様、例えば、各種ゲインの設定態様等に応じて、多様な操舵フィーリングを実現することができる。更に、アシストトルクは、操舵輪から操舵入力手段(端的には、ハンドル)へ伝達される操舵反力(端的には、操舵輪のキングピン軸回りに作用するセルフアライニングトルクに起因する反力である)を打ち消す向きに作用させれば、当該操舵反力を軽減又は相殺することもできる。
【0037】
この態様によれば、このような舵角可変手段又はアシストトルク供給手段或いはその両方を制御可能な手段としての制御手段が備わっており、推定手段により推定された暫定走行位置における車両の旋回曲率に基づいて、これらの少なくとも一方が制御される構成となっている。従って、運転者が視覚を通じて現時点の操舵入力に潜在的に反映させている、現在位置よりも先の暫定走行位置における道路情報を、現時点での車両の操舵制御に反映させることができ、運転者の感覚に即した違和感の少ない操舵フィーリングを実現することができる。
【0038】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の一の態様では、前記車両の現在位置及び複数の過去位置を取得する取得手段を具備し、前記推定手段は、前記取得された現在位置及び複数の過去位置に基づいて、前記現在位置における前記車両の旋回曲率を推定し、前記制御手段は、前記運転者による操舵入力手段の切り戻し操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率と前記推定された現在位置の旋回曲率とに基づいて前記アシストトルクを制御する(請求項8)。
【0039】
この態様によれば、取得手段により取得される現在位置及び複数の過去位置(即ち、三以上の車両位置)に基づいて、暫定走行位置における旋回曲率と同様に現在位置における車両の旋回曲率が推定される。また、制御手段は、この推定された現在位置における旋回曲率と暫定走行位置の旋回曲率とに基づいて、運転者による操舵入力手段(例えば、ハンドル)の切り戻し操作時におけるアシストトルクを制御する。
【0040】
従って、この態様によれば、運転者の切り戻し操作時において、違和感の少ない自然な操舵フィーリングが実現される。尚、このアシストトルクの制御は、例えば、切り戻し時のアシストトルクの通常値に対してこれら旋回曲率に基づいた補正が加えられる形で実行されてもよい。また、このような制御手段の制御は、好適な一形態として、操舵フィーリングが運転者の感覚から乖離し易い中高速域(基準は適宜定められ得る)において実行されてもよい。
【0041】
尚、本態様における「取得手段」とは、先述したように、将来位置算出手段が、将来位置を算出する過程で現在位置及び過去位置を適宜取得する構成を採る場合には、将来位置算出手段により代替され得る概念である。また、取得手段と将来位置算出手段とが別体として構成される場合であっても、取得手段が現在位置及び過去位置を取得するにあたっての実践的態様は、上述した各種の態様と同様のものであってよい。
【0042】
尚、この態様では、前記制御手段は、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率の先回値と、前記推定された現在位置の旋回曲率の現在値との差分が大きい程、前記アシストトルクを増大させてもよい(請求項9)。
【0043】
推定された旋回曲率の先回値とは、実質的には、運転者が視覚を通じて事前に期待した、現時点での旋回曲率であり、このように切り戻し操作時のアシストトルクを制御すれば、操舵入力手段の戻り特性を概ね運転者の感覚に即した自然なものとすることができる。尚、先回値とは、好適には前回値を意味するが、運転者に自然な操舵フィーリングを提供し得る限りにおいて、或いは前回値が異常値と判断される場合等においては、必ずしも前回値に限定されない趣旨である。
【0044】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記制御手段は、前記運転者の切り込み操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率が大きい程、前記アシストトルクのダンピング制御項又は摩擦トルク制御項を増大させる(請求項10)。
【0045】
この態様によれば、暫定走行位置における旋回曲率が大きい程、切り込み操作時におけるダンピング制御項又は摩擦トルク制御項が増大するので、運転者の操舵操作が舵角変化に反映され難くなる。従って、実際の切り込み操作時に外乱が生じた場合において車両のふらつきを抑制することができ、突発的な外乱に対するロバスト性を確保することができる。
【0046】
尚、ダンピング制御項は、操舵入力の一つとしての操舵角速度に基づいて演算され、摩擦トルク制御項は、操舵入力の一つとしての操舵角に基づいて決定される。即ち、両者は、切り込み操作時における操舵フィーリングに影響する点については同様であっても、対象とする運転者の操作が異なっている。この点に鑑みれば、ダンピング制御項と摩擦トルク制御項とのうち常にいずれか一方のみが実行される必要はなく、両者は適宜協調的に制御されてもよい。
【0047】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記車両の現在位置及び複数の過去位置を取得する取得手段を具備し、前記推定手段は、前記取得された現在位置及び複数の過去位置に基づいて、前記現在位置における前記車両の旋回曲率を推定し、前記制御手段は、前記運転者の切り込み操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率と前記推定された現在位置の旋回曲率との偏差が大きい程、前記アシストトルクのダンピング制御項又は摩擦トルク制御項を増大させる(請求項11)。
【0048】
この態様によれば、暫定走行位置における旋回曲率と、上述した態様と同様にして推定される現在位置における旋回曲率との偏差が大きい程、切り込み操作時におけるダンピング制御項又は摩擦トルク制御項が増大するので、運転者の操舵操作が舵角変化に反映され難くなる。従って、実際の切り込み操作時に外乱が生じた場合において車両のふらつきを抑制することができ、突発的な外乱に対するロバスト性を確保することができる。
【0049】
尚、本態様においても、ダンピング制御項と摩擦トルク制御項とは相互に協調して増大側に制御され得る。
【0050】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記車両は、前記操舵入力と操舵輪の舵角との関係を変化させることが可能な舵角可変手段と、運転者の操舵トルクを補助するためのアシストトルクを供給可能なアシストトルク供給手段とのうち少なくとも一方を備えており、前記車両用情報処理装置は、前記推定された旋回曲率の時間変化量に基づいて前記少なくとも一方を制御する制御手段を更に具備する(請求項12)。
【0051】
この態様によれば、推定された旋回曲率の時間変化量に基づいて舵角可変手段またはアシストトルク供給手段の制御を行うため、現在位置よりも先の暫定走行位置における道路情報を、現時点での車両の操舵制御に反映させることができ、運転者(ドライバ)の意図にあった操舵特性が得られ、運転者の感覚に合う制御を行うことができる。
【0052】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記制御手段は、路面摩擦係数が所定値以上である場合に、前記アシストトルクを制御する(請求項13)。
【0053】
この態様によれば、アシストトルク供給手段を制御する際に、路面摩擦係数についての許可条件を設けることにより、適切なアシストができる状況に絞ってアシストトルク制御を実行することができ、この結果、より一層ドライバの感覚に合う制御を行うことができる。
【0054】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記制御手段は、前記車両の加速度が所定範囲内である場合に、前記アシストトルクを制御する(請求項14)。
【0055】
この態様によれば、アシストトルク供給手段を制御する際に、加減速についての許可条件を設けることにより、適切なアシストができる状況に絞ってアシストトルク制御を実行することができ、この結果、より一層ドライバの感覚に合う制御を行うことができる。
【0056】
制御手段を備えた本発明に係る車両用情報処理装置の他の態様では、前記制御手段は、操舵角速度が小さいほど、前記アシストトルクを増大させる(請求項15)。
【0057】
この態様によれば、アシストトルク供給手段を制御する際に、ドライバの意図を抽出しにくい操舵角速度が高い領域では、アシストトルクを減少させるよう制御することにより、操舵角速度が低くドライバの意図を抽出できる状況に絞って、適切なアシスト制御を行うことができる。
【0058】
本発明の作用及び他の利得は次に説明する実施するための形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】第1実施形態に係る車両の構成を概念的に示す概略構成図である。
【図2】案内棒モデルの基本モデル図である。
【図3】先読み位置の概念図である。
【図4】先読み曲率推定処理のフローチャートである。
【図5】先読み位置算出プロセスの概念図である。
【図6】先読み曲率算出プロセスの概念図である。
【図7】曲率の一時間推移を例示する図である。
【図8】ハンドル制御処理のフローチャートである。
【図9】ハンドル戻し制御の制御ブロック図である。
【図10】ハンドル戻し制御の実行過程における重心位置の曲率ρ及び先読み曲率ρ’の時間推移を例示する図である。
【図11】本発明の第2実施形態に係るハンドル制御処理のフローチャートである。
【図12】図11のハンドル制御処理において実行されるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図13】アシストトルク制御の実行過程におけるダンピング制御量CAdmpの一時間推移を例示する図である。
【図14】アシストトルク制御の効果を例示する模式的な車両走行状態図である。
【図15】アシストトルク制御の実行過程における操舵角速度MA’の一時間推移を例示する図である。
【図16】本発明の第3実施形態に係る摩擦模擬トルク制御の制御ブロック図である。
【図17】摩擦模擬トルク制御の実行過程における摩擦模擬トルクTAfricの一時間推移を例示する図である。
【図18】本発明の第4実施形態に係るハンドル制御処理のフローチャートである。
【図19】旋回方向判定の概念図である。
【図20】旋回方向判定において先読み軌跡に応じた先読み曲率への符号の付加を例示する図である。
【図21】アシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図22】アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図23】図22に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図24】トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図25】図24に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図26】δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図27】図26に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図28】本発明の第5実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図29】アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図30】図29に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図31】トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図32】図31に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図33】δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図34】図33に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図35】本発明の第6実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図36】アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図37】図36に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図38】トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図39】図38に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図40】δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図である。
【図41】図40に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【図42】本発明の第7実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図43】本発明の第8実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【図44】本発明の第9実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
<発明の実施形態>
以下、本発明の実施形態について、適宜図面を参照して説明する。
<第1実施形態>
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照し、本発明の第1実施形態に係る車両1の構成について説明する。ここに、図1は、車両1の構成を概念的に示す概略構成図である。
【0061】
図1において、車両1は、操舵輪として左右一対の前輪FL及びFRを備え、これら前輪が転舵することにより所望の方向に進行可能に構成されている。車両1は、ECU(Electronic Control Unit:電子制御装置)100、VGRSアクチュエータ200及びE
PSアクチュエータ300を備える。
【0062】
ECU100は、夫々不図示のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備え、車両1の動作全体を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「車両用情報処理装置」の一例である。ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述する先読み曲率推定処理及びハンドル制御処理並びにこれらに付随する各種の制御を実行可能に構成されている。
【0063】
車両1では、ハンドル11を介して運転者より与えられる操舵入力が、ハンドル11と同軸回転可能に連結され、ハンドル11と同一方向に回転可能な軸体たるアッパーステアリングシャフト12に伝達される。アッパーステアリングシャフト12は、運転者がハンドルを介して操舵入力を与える操舵入力軸として機能する。アッパーステアリングシャフト12は、その下流側の端部においてVGRSアクチュエータ200に連結されている。
【0064】
VGRSアクチュエータ200は、本発明に係る「舵角可変手段」の一例たる操舵伝達比可変装置である。VGRSアクチュエータ200は、アッパーステアリングシャフト12の下流側の端部が固定されたハウジング内に、同じくハウジング内に固定されたステータを有するVGRSモータが収容された構成を有する。また、このVGRSモータのロータは、ハウジング内で回転可能であり、ハウジング内において減速機構を介して、操舵出力軸としてのロアステアリングシャフト13に連結されている。
【0065】
即ち、VGRSアクチュエータ200においては、ロアステアリングシャフト13とアッパーステアリングシャフト12とはハウジング内において相対回転可能であって、ECU100及び不図示の駆動装置を介したVGRSモータの駆動制御により、アッパーステアリングシャフト12の回転量たる操舵角MAと、ロアステアリングシャフト13の回転量に応じて一義的に定まる(後述するラックアンドピニオン機構のギア比も関係する)操舵輪たる前輪の舵角との比たる操舵伝達比を、予め定められた範囲で連続的に可変とすることができる。
【0066】
ロアステアリングシャフト13の回転は、ラックアンドピニオン機構に伝達される。ラックアンドピニオン機構は、ロアステアリングシャフト13の下流側端部に接続されたピニオンギア14及び当該ピニオンギアのギア歯と噛合するギア歯が形成されたラックバー15を含む操舵力伝達機構であり、ピニオンギア14の回転がラックバー15の図中左右方向の運動に変換されることにより、ラックバー15の両端部に連結されたタイロッド及びナックル(符号省略)を介して操舵力が各操舵輪に伝達される構成となっている。即ち、車両1では所謂ラックアンドピニオン式の操舵方式が実現されている。
【0067】
EPSアクチュエータ300は、永久磁石が付設されてなる回転子たる不図示のロータと、当該ロータを取り囲む固定子であるステータとを含むDCブラシレスモータとしてのEPSモータを備えた、本発明に係る「アシストトルク供給手段」の一例たる電動パワーステアリング装置である。このEPSモータは、不図示のEPS駆動装置を介した当該ステータへの通電によりEPSモータ内に形成される回転磁界の作用によってロータが回転することにより、その回転方向にアシストトルクTAを発生可能に構成されている。
【0068】
一方、EPSモータの回転軸たるモータ軸には、不図示の減速ギアが固定されており、この減速ギアはまた、ピニオンギア14と噛合している。このため、EPSモータから発せられるアシストトルクTAは、ピニオンギア14の回転をアシストするアシストトルクとして機能する。ピニオンギア14は、先に述べたようにロアステアリングシャフト13に連結されており、ロアステアリングシャフト13は、VGRSアクチュエータ200を介してアッパーステアリングシャフト12に連結されている。従って、アッパーステアリングシャフト12に加えられるドライバ操舵トルクMTは、アシストトルクTAにより適宜アシストされた形でラックバー15に伝達され、運転者の操舵負担が軽減される構成となっている。尚、アシストトルクTAの作用方向がドライバ操舵トルクMTと反対方向であれば、当然ながらアシストトルクTAは運転者の操舵操作を阻害する方向に作用する。
【0069】
車両1には、操舵トルクセンサ16、操舵角センサ17、VGRS相対角センサ18、車速センサ19、ヨーレートセンサ20及び横加速度センサ21を含む各種センサが備わっている。
【0070】
操舵トルクセンサ16は、運転者からハンドル11を介して与えられる運転者操舵トルクMTを検出可能に構成されたセンサである。
【0071】
より具体的に説明すると、アッパーステアリングシャフト12は、上流部と下流部とに分割されており、図示せぬトーションバーにより相互に連結された構成を有している。係るトーションバーの上流側及び下流側の両端部には、回転位相差検出用のリングが固定されている。このトーションバーは、車両1の運転者がハンドル11を操作した際にアッパーステアリングシャフト12の上流部を介して伝達される操舵トルク(即ち、運転者操舵トルクMT)に応じてその回転方向に捩れる構成となっており、係る捩れを生じさせつつ下流部に操舵トルクを伝達可能に構成されている。従って、操舵トルクの伝達に際して、先に述べた回転位相差検出用のリング相互間には回転位相差が発生する。操舵トルクセンサ16は、係る回転位相差を検出すると共に、係る回転位相差を操舵トルクに換算して操舵トルクMTに対応する電気信号として出力可能に構成されている。また、操舵トルクセンサ16は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵トルクMTは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0072】
操舵角センサ17は、アッパーステアリングシャフト12の回転量を表す操舵角MAを検出可能に構成された角度センサである。操舵角センサ17は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵角MAは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。尚、ECU100は、この検出された操舵角MAに対し時間微分処理を施すことによって、操舵角速度MA’を算出する構成となっている。これら操舵角MA及び操舵角速度MA’は、本発明に係る「操舵入力情報」の一例である。
【0073】
VGRS相対角センサ18は、VGRSアクチュエータ200における、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13との回転位相差たるVGRS相対回転角δVGRSを検出可能に構成されたロータリーエンコーダである。VGRS相対角センサ18は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたVGRS相対回転角δVGRSは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0074】
車速センサ19は、車両1の速度たる車速Vを検出可能に構成されたセンサである。車速センサ19は、ECU100と電気的に接続されており、検出された車速Vは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0075】
ヨーレートセンサ20は、車両1のヨーレートYrを検出可能に構成されたセンサである。ヨーレートセンサ20は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたヨーレートYrは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0076】
横加速度センサ21は、車両1の速度たる横加速度Gyを検出可能に構成されたセンサである。横加速度センサ21は、ECU100と電気的に接続されており、検出された横加速度Gyは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0077】
<実施形態の動作>
以下、本実施形態の動作として、先読み曲率推定処理及びハンドル制御処理の詳細について説明する。
【0078】
<案内棒モデルの概要>
始めに、図2を参照し、先読み曲率推定処理に使用される計算モデルである案内棒モデルの概要について説明する。ここに、図2は、案内棒モデルの基本モデル図である。尚、同図において、図1と重複する箇所については同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。尚、案内棒モデルとは、(1)運転者の操舵入力が、車両の現在の進行方向を基準に見て車両の現在位置から目標到達位置までの方向及び目標到達位置に到達する際の目標進行方向を示し、(2)車速が車両の現在位置から目標到達位置までの距離を示すものであるとの見地から、過去から現時点に至る操舵入力情報、車両状態量及び車速に基づいて車両の将来位置を予測するために構築された計算モデルである。
【0079】
図2において、車両1が、重心Gを前後方向に貫通する中心線上に前輪Fと後輪Rとを備えるものとし、この重心Gから延伸し、その先端部分(白丸参照)が重心Gの将来位置を表す、長さaを有する案内棒(太線参照)を設定する。案内棒の先端部分の位置が先読み位置A(xa,ya)である。尚、(xa,ya)は、便宜上構築された二次元座標系における先読み位置Aの相対座標である。
【0080】
次に、図3を参照し、案内棒による車両位置の先読みを概念的に説明する。ここに、図3は、先読み位置の概念図である。
【0081】
図3において、車両1が図示G1の位置で走行しているとすると、案内棒モデルに基づいた後述する演算処理により得られる、図示G1の車両位置に対する先読み位置は、図示先読み位置A1(xa1,ya1)として表される。同様に、図示G2、G3、G4及びG5の車両位置に対して、夫々先読み位置A2(xa2,ya2)、A3(xa3,ya3)、A4(xa4,ya4)及びA5(xa5,ya5)が設定される。
【0082】
一方、例えばこれら先読み位置のうち、先読み位置A1、A2及びA3を繋げて得られる図示CRB123(破線参照)は、車両1の現在位置に対して時間軸上で先行する、暫定走行位置の軌跡としての先読み軌跡の一つとなる。この先読み軌跡の半径Rの逆数が先読み曲率ρ’であり、運転者に与えるべき操舵フィーリングを決定する際の大きな要素となる。
【0083】
補足すると、車速が上昇するに連れて、運転者は、より遠方に視点を置いて操舵操作を行う(即ち、案内棒長さaが長くなる)。従って、直進走行時や定常円旋回時等一部の状況を除けば、現在位置における旋回曲率に基づいた操舵制御(例えば、EPSによるアシストトルクTAの制御)では、車速が上昇するに連れて、操舵フィーリングが運転者の予期する期待値から乖離することがあるのである。尚、このような問題は、現在位置よりも先の道路曲率が分かっていても回避できない場合が多い。道路曲率と運転者の操舵操作に応じた車両の旋回曲率とは、少なからず一致しないからである。
【0084】
そこで、ECU100は、先読み曲率推定処理により、現在位置よりも先の(即ち、将来的に到達すると思われる)暫定走行位置における、車両1の旋回曲率を推定し、この推定された旋回曲率に基づいてEPSアクチュエータ300を制御する構成となっている。
【0085】
<先読み曲率推定処理の詳細>
ここで、図4を参照し、先読み曲率推定処理の詳細について説明する。ここに、図4は、先読み曲率推定処理のフローチャートである。
【0086】
図4において、ECU100は、各変数の初期化を実行する(ステップS101)。尚、変数の初期化は、初回のみ実行される。
【0087】
変数の初期化がなされると、先読み曲率ρ’の推定に必要となる各種入力信号(即ち、上述した参照要素群である)が取得される。具体的には、現時点から所定時間過去までの操舵角MA、車速V、ヨーレートYr及び横加速度Gyが取得される(ステップS102)。尚、本実施形態では、これらは全て対応するセンサにより検出されるが、例えば、ヨーレートYrや横加速度Gyは、車速Vと操舵角MAとから推定されてもよい。このような推定手法については、既に公知のものが存在する。
【0088】
続いて、取得された入力信号を時系列に従って配列した時刻暦データが、RAMに一時的に保存される(ステップS103)。
【0089】
時刻暦データが保存されると、ECU100は、車両1の重心位置を算出する(ステップS104)。尚、重心位置を算出するとは、重心位置の座標を確定することを意味する。但し、この座標は、例えば緯度及び経度等による絶対的な座標ではなく、ある基準位置に対する相対的な位置座標(即ち、基準位置からの変化量としてもよい)である。
【0090】
ここで、ステップS104に係る重心位置の算出過程について説明する。
【0091】
ステップS104では、先ず、下記(1)式に示す関係から導かれる下記(2)式に基づいて、車体スリップ角βが求められる。尚、dβは、車体スリップ角βの時間微分値を意味する。
【0092】
Gy=V×(dβ+YR)・・・(1)
β=∫{(Gy−YR×V)/V}dt・・・(2)
一方、車両1のヨー角YAは、下記(3)式により求められる。
【0093】
YA=∫(YR)dt・・・(3)
重心位置の軌跡(時間軌跡)は、これらから下記(4)式及び(5)式として表される。尚、Xは重心位置のx座標が描く軌跡であり、Yは同じくy座標が描く軌跡である。重心位置の現在値は、この軌跡の現在時刻相当値であり、現在時刻をtと表せば、即ち、(x(t),y(t))となる。
【0094】
X=−∫{sin(β+YA)*V}dt・・・(4)
Y=∫{cos(β+YA*V)}dt・・・(5)
重心位置が求まると、ECU100は、先読み位置を算出する(ステップS105)。ここで、図5を参照し、先読み位置の算出過程について説明する。ここに、図5は、先読み位置算出プロセスの概念図である。尚、同図において、既出の各図と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0095】
図5において、重心位置の軌跡の現在値、即ち、現時点の重心位置B(x(t),y(t))と、一サンプリング時刻前(即ち、現在時刻tから先回値参照時間tbだけ過去の時刻)の車両重心位置C(x(t−1),y(t−1))に基づいて、直線L1が設定される。この設定された直線L1を基準として、操舵角MAと車体スリップ角βとから、先に述べた案内棒の先端位置が先読み位置として算出される。
【0096】
ここで、先読み位置の具体的算出プロセスについて説明する。
【0097】
具体的には、先ず、公知の外分の考え方に基づいて、重心位置Bと重心位置Cとから、下記(6)、(7)及び(8)式に従って図示外分点A’(x(a’),y(a’))が算出される。尚、式中のnは、重心位置Bと外分点A’との距離であり、mは、重心位置Bと重心位置Cとの距離である。また、δは、操舵輪である前輪の舵角である。舵角δは、操舵角MAをステアリングギア比で除した値であり、数値演算により求められる。
【0098】
n=a×cos(δ+β)・・・(6)
m=√{(x(t)−x(t−1))+(y(t)-y(t−1))}・・・(7)
A’(x(a’),y(a’))={((x(t)×(m+n)−n×x(t−1))/m),((y(t)×(m+n)−n×y(t−1))/m)}・・・(8)
次に、重心位置B(x(t),y(t))及び重心位置C(x(t−1),y(t−1))から、下記(9)〜(13)式に従って、直線L1の方程式が求められる。
【0099】
y(t)=a1×x(t)+b1・・・(9)
y(t−1)=a1×x(t−1)+b1・・・(10)
y(t)−y(t−1)=a1×{x(t)−x(t−1)}・・・(11)
a1={y(t)−y(t−1)}/{x(t)−x(t−1)}・・・(12)
b1=y(t)−a1×x(t)・・・(13)
次に、重心位置Bを通る直線L1が回転角(δ+β)だけ回転した直線の方程式が、下記(14)式及び(15)式により求められる。
【0100】
y(t)={a1+sin(δ+β)}×x(t)+b2・・・(14)
b2=y(t)−a1×x(t)−x(t)×sin(δ+β)・・・(15)
ここで、先読み位置のy座標y(a)は、下記(16)式により表される。
【0101】
y(a)={a1+sin(δ+β)}×x(a)+b2・・・(16)
また、三平方の定理より、下記(17)式が成立する。
【0102】
√{(x(a)−x(a’))+(y(a)-y(a’))+√{(x(a’)−x(t))+(y(a’)-y(t))=[√{(x(a)−x(t))+(y(a)-y(t))}]・・・(17)
上記(16)式及び(17)式からなる連立方程式を解けば、下記(18)式の如くに先読み位置のx座標x(a)が求まる。
【0103】
x(a)={−y(a’)×y(t)+x(a’)+y(a’)−x(a’)×x(t)−b2×y(a’)+b2×y(t)}/{x(a’)−x(t)+y(a’)×a1+y(a’)×sin(δ+β)−y(t)×a1−y(t)×sin(δ+β)}・・・(18)
上記(16)式へ上記(18)式を代入すれば、先読み位置のy座標y(a)も下記(19)式の如くに求まる。
【0104】
y(a)={a1+sin(δ+β)}×x(a)+b2・・・(19)
このようにして、先読み位置A(x(a),y(a))が推定される。実際には、先読み位置Aを推定するために必要な上記各算出式は、予めROM等の記憶装置に固定値として与えられており、ECU100は、適宜これらを参照し、取得された入力信号に基づいて先読み位置を算出する構成となっている。
【0105】
図4に戻り、先読み位置が算出されると、ECU100は、先読み曲率ρ’を算出し(ステップS106)、算出された先読み曲率ρ’を現在時刻に対応する先読み曲率ρ’(t)として保存する(ステップS107)、先読み曲率ρ’(t)が保存されると、処理はステップS102に戻され、一連の処理が繰り返される。先読み曲率推定処理は以上の如くに進行する。尚、先読み曲率ρ’(t)が算出される毎に、一サンプリング時刻前のサンプル値はρ’(t−1)のように、付帯する時間情報が一サンプル時刻分繰り下がる形で保存される。
【0106】
ここで、ステップS106に係る先読み曲率ρ’の算出プロセスについて、図6を参照して説明する。ここに、図6は、先読み曲率算出プロセスの概念図である。
【0107】
図6において、先に求められた先読み位置を繋げて得られる先読み軌跡のうち、最新の先読み位置(即ち、現在位置に対応する先読み位置)である先読み位置A0(x(0),y(0))と、一サンプリング時刻前の先読み位置(即ち、過去位置に対応する先読み位置)である過去一先読み位置A1(x(−1),y(−1))と、二サンプリング時刻前の先読み位置(即ち、過去位置に対応する先読み位置)である過去二先読み位置A2(x(−2),y(−2))を考える。これら三点の先読み位置から、先読み軌跡が描く仮想円の中心座標(p,q)とその半径Rとが求められる。尚、過去一先読み位置A1及び過去二先読み位置A2も、先読み位置A0と同様に、現在位置よりも先の(即ち、車両が未だ到達していない)車両位置である。
【0108】
先ず、円の公式から下記(20)式が成立する。
【0109】
(x―p)+(y−q)=R・・・(20)
この(20)式に、上記各先読み位置の座標を代入すると、下記(21)、(22)及び(23)式が成立する。なお、説明の便宜上、以下の数式(21)〜(30)では、過去一先読み位置A1及び過去二先読み位置A2の座標の表現から負符号を省略している。
【0110】
(x(0)―p)+(y(0)−q)=R・・・(21)
(x(1)―p)+(y(1)−q)=R・・・(22)
(x(2)―p)+(y(2)−q)=R・・・(23)
また、上記式を展開すると、下記(24)、(25)及び(26)式が成立する。
【0111】
−2×x(0)×p+x(0)+q+2×y(0)q+y(0)=R・・・(24)
−2×x(1)×p+x(1)+q+2×y(1)q+y(1)=R・・・(25)
−2×x(2)×p+x(2)+q+2×y(2)q+y(2)=R・・・(26)
上記(24)、(25)及び(26)式からなる連立方程式を解くと、先読み軌跡が作る仮想円の中心座標p及びqと、その半径Rとが、下記(27)、(28)及び(29)式により算出される。
【0112】
p=[1/{2×(y(1)×x(0)−x(0)×y(2)−x(1)×y(1)−x(1)×y(0)+x(2)×y(0)+y(2)×x(1))}]×(−y(0)×x(1)+y(2)×x(1)+x(2)×y(0)+y(1)×y(2)−y(1)×y(0)−y(2)×x(0)−y(1)×y(2)+x(0)×y(1)+y(0)×y(1)+y(2)×y(0)−x(2)×y(1)−y(2)×y(0))・・・(27)
q=−[1/{2×(y(1)×x(0)−x(0)×y(2)−x(2)×y(1)−x(1)×y(0)+x(2)×y(0)+y(2)×x(1))}]×(x(0)×x(1)−x(0)×x(2)−x(1)×x(0)−y(1)×x(0)+x(0)×x(2)+x(0)×y(2)+y(0)×x(1)−x(2)×y(0)−x(2)×x(1)+x(2)×x(1)+x(2)×y(1)−y(2)×x(1))・・・(28)
R=√(x(0)−2×x(0)×p+p+y(0)−2×y(0)×q+q)・・・(29)
従って、先読み曲率ρ’は、最終的に下記(30)式により表される。
【0113】
ρ’=1/R=1/√{(x(0)−p)+(y(0)−q)}・・・(30)
尚、ある先読み位置における車両1の先読み曲率ρ’を求める場合、上記(30)式のx(0)及びy(0)に所望の先読み位置に係る座標(x(a),y(a))を代入すればよい。同様に、現在位置における車両1の旋回曲率ρは、上記(30)式のx(0)及びy(0)に現時点の重心位置に係る座標(x(t),y(t))を代入すればよい。
【0114】
尚、ここでは、いずれも先読み位置である、先読み位置A0(x(0),y(0))、過去一先読み位置A1(x(−1),y(−1))及び過去二先読み位置A2(x(−2),y(−2))を考えたが、先読み曲率ρ’は、一の先読み位置と、現在位置又は現在位置に基づいて推定される先読み位置(ここでは、先読み位置A0)とを含む(即ち、先読み位置A0は、両条件を満たす車両位置である)三以上の車両位置に基づいて、同様に推定することができる。
【0115】
ここで、先読み曲率ρ’の推定に供される車両位置の組み合わせを下記(ア)〜(オ)に例示する(最低三点あればよいので、ここでは全部で三点である組み合わせの例示に留める)。尚、下記例においても、先読み位置として現在位置に対応する先読み位置を含む場合と含まない場合とが考えられる(上記例は、含む場合であり、且つ時系列上で相互いに連続する三点が選択された場合である。また、現在位置に対応する先読み位置が含まれない場合には、参照要素として現在位置が含まれる)。いずれも先読み曲率推定に係るプロセスは同様であるが、現在位置又は現在位置に対応する先読み位置は、実現象としての現在位置に相関することから、少なくともこれらが含まれた三以上の車両位置が参照されることにより、先読み曲率ρ’は高精度に推定される。
(ア)先読み位置×3(上記例)
(イ)先読み位置×2+現在位置
(ウ)先読み位置×2+過去位置×1
(エ)先読み位置×1+現在位置+過去位置×1
(オ)先読み位置×1+過去位置×2
ここで、図7を参照し、先読み曲率ρ’と重心位置での曲率ρとの違いを視覚的に説明する。ここに、図7は、曲率の一時間推移を例示する図である。
【0116】
図7において、実線が先読み曲率ρ’の時間推移を表しており、破線が重心位置での曲率ρを表している。
【0117】
図示時刻T1以前の時間領域(図示ハッチング部分)において、車両1は直進走行状態にあり、時刻T1において車両1が曲路に差し掛かると、上述したように先読み位置Aの推定が開始される。時刻T2を便宜的に現在時刻(現時点)とし、先読み時間ta(ta=V/a)を定義すると、時刻T2において、既に運転者は時刻T3(T3=T2+ta)において車両1が到達するであろう走行位置(本発明に係る「暫定走行位置」の一例)を予期した操舵操作を行っている。
【0118】
時刻T3において道路の曲率が一定となり、車両1が定常円旋回状態に収束すると、先読み曲率ρ’と重心位置での曲率ρとは再び一致する(ハッチング領域参照)。
【0119】
曲路が直線路に戻り始めると、再び両者は乖離し始め、例えば時刻T4において、運転者は既に時刻T5(T5=T4+ta)において車両1が到達するであろう走行位置(本発明に係る「暫定走行位置」の一例)を予期した操舵操作が行うことになる。このような、先読み曲率ρ’と重心位置での曲率ρとが乖離する過渡的領域においては、重心位置での曲率ρに応じた操舵制御を行ってしまうと、提供される操舵フィーリングが運転者の感覚から乖離して違和感の原因となる。そこで、本実施形態では、ECU100により、ハンドル制御処理が実行される。ハンドル制御処理は、ハンドル切り戻し時の切り戻しトルクTArev(アシストトルクの一部である)が、推定された先読み曲率ρ’に基づいて制御される。
【0120】
ここで、図8を参照し、ハンドル制御処理の詳細について説明する。ここに、図8は、ハンドル制御処理のフローチャートである。
【0121】
図8において、ECU100は、先読み曲率推定処理において推定された先読み曲率ρ’を取得する(ステップS201)。先読み曲率ρ’が取得されると、ハンドル戻し制御が実行される(ステップS202)。ハンドル戻し制御が実行されると、処理はステップS201に戻され、一連の処理が繰り返される。ハンドル制御処理は以上のように進行する。
【0122】
ここで、図9を参照し、ステップS202に係るハンドル戻し制御の詳細について説明する。ここに、図9は、ハンドル戻し制御の制御ブロック図である。尚、同図において、既出の各図と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0123】
図9において、ハンドル戻し制御を実行する場合、ECU100は、演算器101、102及び103並びに制御マップMP1、MP2及びMP3を利用してアシストトルクTAの目標値を算出する。目標値が算出されると、既に述べたようにEPSアクチュエータ300がこの目標値に応じて制御される。より具体的には、アシストトルクTAの目標値TAtagは、乗算器である演算器102及び演算器103の作用により、下記(31)式として表される。
【0124】
TAtag=TAbase×GNρ’×GNv・・・(31)
上記(31)式において、TAbaseは、アシストトルクに基準を与える基本アシストトルクであり、制御マップMP1により設定される。また、ゲインGNρ及びGNvは、夫々曲率ゲイン及び車速ゲインであり、夫々制御マップMP2及びMP3により設定される。
【0125】
制御マップMP1は、第1曲率偏差Δρ(t)と基本アシストトルクTAbaseとを対応付けてなるマップである。ECU100は、演算器101を介して第1曲率偏差Δρ(t)を算出し、算出された第1曲率偏差Δρ(t)に基づいて制御マップMP1から該当値を選択する。尚、第1曲率偏差Δρ(t)とは、現在位置での曲率ρ(t)と先読み曲率の先回値ρ’(t−ta)との差分であり、下記(32)式により表される。第1曲率偏差Δρ(t)は、時刻tが先読み時刻であった一サンプル分過去の時点の先読み曲率(ρ’(t−ta))と、時刻tにおける重心位置の曲率ρ(t)との偏差であり、図7を参照すれば、例えば、時刻T2における実線相当値と破線相当値との偏差である。
【0126】
Δρ(t)=ρ’(t−ta)−ρ(t)・・・(32)
制御マップMP1において、原点よりも下側の領域は切り戻し方向に作用するハンドル戻しトルクの領域を意味し、原点よりも上側の領域は切り込み方向に作用するアシストトルクの領域を意味する。即ち、第1曲率偏差Δρ(t)が負値を採る、先読み曲率の先回値ρ’(t−ta)が現在位置における曲率ρ(t)よりも小さい場合、言い換えれば、曲路から直進路へ進入する場合等においては、ハンドル切り戻し方向へ作用する基本アシストトルクTAbaseが設定される。一方で、制御マップMP1では、第1曲率偏差Δρ(t)が正値を採る、先読み曲率の先回値ρ’(t−ta)が現在位置における曲率ρ(t)よりも大きい場合、言い換えれば、直進路から曲路へ進入する場合等においても、ハンドル切り込み方向へ作用する基本アシストトルクTAbaseが設定される。
【0127】
制御マップMP2は、先読み曲率ρ’(t)と曲率ゲインGNρ’とを対応付けてなるマップである。ECU100は、先読み曲率ρ’(t)に応じて制御マップMP2から該当値を選択する構成となっている。ここで、制御マップMP2は、基準値以上の先読み曲率ρ’(t)に対しては、曲率ゲインGNρ’がゼロとなるように構成されている。従って、制御マップMP1により基本アシストトルクTAbaseが切り込み方向に設定されたとしても、この制御マップMP2を併用することにより、曲率ゲインGNρ’が「1」を採る、先読み曲率ρ’(t)が基準値未満の極小値を採る場合以外は、基本アシストトルクTAbaseはアシストトルクTAtagの設定に寄与しない。即ち、先読み曲率ρ’(t)を、切り戻し時に限定してアシストトルクTAに反映させることができ、運転者の操舵操作に大きく介入することなく、自然な操舵フィーリングが実現される。
【0128】
一方、制御マップMP3は、車速Vと車速ゲインGNvとを対応付けてなるマップである。ECU100は、車速Vに応じて制御マップMP3から該当値を選択する構成となっている。ここで、制御マップMP3は、中高速の車速領域に限って車速ゲインGNvが「1」となるように構成されており、主として中高車速域において、先読み曲率ρ’(t)に応じたアシストトルクTAの制御が発効するようになっている。低車速域では、案内棒長さaが短くなり、運転者がハンドル操作に反映させる曲率と、現在位置の曲率との間に大きな差が生じなくなる。このため、操舵フィーリングを改善する必要性が元より生じ難いのである。
【0129】
このような、ハンドル戻し制御の効果について、図10を参照して説明する。ここに、図10は、ハンドル戻し制御の実行過程における重心位置の曲率ρ及び先読み曲率ρ’の時間推移を例示する図である。
【0130】
図10において、先読み曲率ρ’の軌跡が図示破線にて示される。一方、実際の車両1の重心位置の曲率ρの軌跡が図示Lρ(実線)にて示される。
【0131】
図示するように、時刻T10でハンドル戻し制御が開始されると、時刻T10の車両位置における曲率ρ(t)と先読み曲率ρ’の先回値ρ’(t−ta)との偏差が大きいために、上述した制御マップMP1の作用により切り戻し方向に比較的大きいアシストトルクTAが作用し、車両1の曲率ρ(t)は比較的急峻に減少する。切り戻し方向へのアシストトルクTAの付与は、第1曲率偏差Δρ(t)をゼロに収束させるべくフィードバック制御的に実行され、重心位置の曲率ρ(t)と先読み曲率の先回値ρ’(t―ta)との偏差は円滑に減少する。
【0132】
一方、本実施形態との比較に供すべき比較例として、図示鎖線の軌跡Lcmp1が表される。Lcmp1は、常時、現在位置の曲率ρ(t)のみに基づいたアシストトルクTAの制御がなされる場合に対応しており、先読み曲率ρ’(t)は、一切制御に反映されない。このため、時刻T11において走行路が直線路に復帰するまでの間、重心位置の曲率ρ(t)は常に先読み曲率の先回値ρ’(t―ta)と乖離する。そのため、運転者の感覚と、ハンドル11の戻り速度或いはハンドル11を戻し操作する場合の手応えとが整合せず、操舵フィーリングが、運転者にとって違和感のあるものとなってしまうのである。
【0133】
このように、本実施形態に係るハンドル戻し制御によれば、車両1の将来位置における先読み曲率が減少する切り戻し操作時において、先読み曲率ρ’(t)に応じたアシストトルクTAが切り戻し方向に発生する。このため、運転者の感覚と、ハンドル11の戻り速度或いはハンドル11を戻し操作する場合の手応えとが整合し、運転者にとって自然な操舵フィーリングが実現されるのである。
<第2実施形態>
第1実施形態では、先読み曲率ρ’(t)がハンドル切り戻し時のアシストトルクTAの制御に反映されたが、第2実施形態では、切り込み時のアシストトルクTAが先読み曲率ρ’(t)に基づいて制御される。先ず、図11を参照し、第2実施形態に係るハンドル制御処理について説明する。ここに、図11は、ハンドル制御処理のフローチャートである。
【0134】
図11において、先ず車速Vが中高速域に該当するか否かが判別される(ステップS301)。尚、「中高速域」とは、第1実施形態と同様に、現時点の重心位置における曲率ρ(t)に基づいた制御では運転者に快適な操舵フィーリングが提供され難くなる車速領域である。中高速の車速領域に該当しない場合(ステップS301:NO)、処理はステップS301で実質的に待機状態となる。
【0135】
車両1の車速Vが中高速の車速領域に該当する場合(ステップS301:YES)、ECU100は、先読み曲率ρ’を取得し(ステップS302)、取得した先読み曲率ρ’に基づいてアシストトルク制御を実行する(ステップS303)。アシストトルク制御が実行されると、処理はステップS301に戻され、一連の処理が繰り返される。
【0136】
ここで、図12を参照し、アシストトルク制御の詳細について説明する。ここに、図12は、アシストトルク制御の制御ブロック図である。尚、同図において、図9と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0137】
図12において、アシストトルク制御を実行する場合、ECU100は、演算器110、111及び112並びに制御マップMP3、MP4、MP5及びMP6を利用してアシストトルクTAのダンピング制御項CAdmpを算出する。算出されたダンピング制御項CAdmpは、アシストトルクTAの一成分であり、基本アシストトルクTAbaseや、他の制御項、例えば慣性制御項、摩擦トルク制御項或いは軸力補正項等と共に加算され、最終的にアシストトルクTAとしてEPSアクチュエータ300から出力される構成となっている。
【0138】
ダンピング制御項CAdmpは、乗算器である演算器110、111及び112の作用により、下記(33)式として表される。
【0139】
CAdmp=CAdmpbase×GNv×GNρ’×GNΔρ・・・(33)
上記(33)式において、CAdmpbaseは、基本ダンピング制御項であり、制御マップMP4により設定される。また、GNvは、第1実施形態と同様に、実質的に中高車速域において制御を発効させるための車速ゲインであり、先述した制御マップMP3により設定される。
【0140】
一方、ゲインGNρ’及びGNΔρは、夫々先読み曲率ゲイン及び曲率偏差ゲインであり、夫々制御マップMP5及びMP6により設定される。
【0141】
制御マップMP4は、操舵角速度MA’と基本ダンピング制御項CAdmpbaseとを対応付けてなるマップである。
【0142】
制御マップMP4から明らかなように、基本ダンピング制御項CAdmpbaseは、操舵角速度MA’に応じて変化し、操舵角速度MA’が基準値未満となる緩操舵時にはゼロである。これは、緩操舵時は、ハンドル操作が車両の安定性を損ねる懸念が少ないからであり、元よりダンピング制御が必要とされないことを意味している。操舵角速度MA’が基準値以上になると、基本ダンピング制御項CAdmpbaseは、操舵角速度MA’に対してリニアに増加する。
【0143】
制御マップMP5は、先読み曲率ρ’(t)と曲率ゲインGNρ’とを対応付けてなるマップであり、マップの性質としては、第1実施形態に係る制御マップMP3と同様であるが、曲率ゲインGNρ’の設定態様が第1実施形態と異なる構成となっている。
【0144】
即ち、制御マップMP5によれば、基準値未満の領域において、曲率ゲインGNρ’が先読み曲率ρ’(t)に対しリニアに増加し、基準値以上の領域において最大値で一定となる。また、先読み曲率ρ’が極小値を採る極小領域を除いて曲率ゲインGNρ’が1より大きい。即ち、基本ダンピング制御項CAdmpbaseは、実質的に、先読み曲率ρ’(t)により増幅され、特に、先読み曲率ρ’(t)が基準値未満となる領域においては、先読み曲率ρ’(t)が大きい程大きくなる。
【0145】
制御マップMP6は、第2曲率偏差Δρ(t)と曲率偏差ゲインGNΔρとを対応付けてなるマップである。尚、第2曲率偏差Δρ(t)とは、現在位置での曲率ρ(t)と先読み曲率の最新値ρ’(t)との差分であり、下記(34)式により表される。第2曲率偏差Δρ(t)は、将来的に発生する操舵入力の大きさを事前に予期するための指標として利用される。
【0146】
Δρ(t)=ρ’(t)−ρ(t)・・・(34)
制御マップMP6によれば、基準値未満の領域において、曲率偏差ゲインΔGNρが第2曲率偏差Δρ(t)に対しリニアに増加し、基準値以上の領域において最大値で一定となる。また、第2曲率偏差Δρが極小値を採る極小領域を除いて曲率偏差ゲインGNΔρが1より大きい。即ち、基本ダンピング制御項CAdmpbaseは、実質的に、第2曲率偏差Δρ(t)に応じて増幅され、特に、第2曲率偏差Δρ(t)が基準値未満となる領域においては、第2曲率偏差Δρ(t)が大きい程大きくなる。
【0147】
これら各制御マップによる特性付与の結果、アシストトルクTAのダンピング制御量CAdmpは、例えば、図13に例示される如き時間推移を示す。ここに、図13は、アシストトルク制御の実行過程におけるダンピング制御量CAdmpの一時間推移を例示する図である。
【0148】
図13において、細い実線で示されるLma’は、操舵角速度MA’の一時間推移である。係る操舵角速度MA’の時間推移に対して、本実施形態に係るアシストトルク制御が施されない場合、ダンピング制御量CAdmpは、図示破線Lcmp2の如き変化特性を示す。これに対して、本実施形態に係るアシストトルク制御が実行された場合、ダンピング制御量CAdmpは、図示実線Lcadmpの如くに変化する。即ち、本実施形態に係るアシストトルク制御が実行されると、総じてダンピング制御量CAdmpが増大する。
【0149】
このように、アシストトルク制御によれば、主として中高車速域において、基本的に先読み曲率ρ’(t)が大きい程、また、第2曲率偏差Δρ(t)が大きい程、アシストトルクTAのダンピング制御項CAdmpが大きくなる。ダンピング制御項は、ハンドルの粘性を規定する制御項であり、大きい程、ハンドル操作時の粘性が増加することを意味する。ハンドル操作時の粘性が増加すると、運転者が操舵入力を与えるに際しての抵抗が大きくなるため、操舵入力に対する舵角の感度が鈍くなる。また、運転者は、ハンドルが重くなったように感じ、所謂「手応え」が増加した感覚を覚える。
【0150】
即ち、このアシストトルク制御によれば、将来的に車両1が到達するであろう暫定走行位置における重心位置の曲率、即ち、先読み曲率ρ’が大きい場合や、現在位置での曲率ρ(t)と先読み曲率ρ’(t)との差が大きい場合等、総じて将来的に運転者から大きな操舵入力が与えられると予期される場合において、予め操舵入力に対する舵角の感度を低下させておくことができる。また、ハンドルを重くしておくことができる。従って、実際に車両1が曲路に差し掛かる、或いは、曲路から直線路に差し掛かる場合等において予期せぬ外乱が生じ、運転者の操舵入力が乱された場合であっても、係る操舵入力の乱れが車両1をふらつかせることがなく、安定した走行状態を維持させることが可能となる。或いは、運転者が将来的な曲率を予測し潜在的にハンドルに手応えを期待した段階で、ハンドルの手応え感を増幅させることができる。
【0151】
このようなアシストトルク制御の効果について、図14を参照して説明する。ここに、図14は、アシストトルク制御の効果を例示する模式的な車両走行状態図である。
【0152】
図14において、図14(a)は、アシストトルク制御が実行されない場合の車両の走行状態を例示した図である。この場合、車両1が曲路に差し掛かった段階で図示矢線に相当する外乱が生じると、運転者は、この外乱により操舵入力を乱され、乱された操舵入力が曲路に対応するハンドル操作と干渉することによって、図示破線に示すように曲路の軌跡がふらつき易い。
【0153】
一方、アシストトルク制御が実行される場合、予め曲路に差し掛かる以前に、先読み曲率ρ’(t)に基づいてアシストトルクTAのダンピング制御項CAdmpが増大されているため、図14(b)に例示されるように、図示矢線の外乱入力に起因した車両挙動の乱れは生じない。即ち、アシストトルク制御により、外乱に対して車両挙動がよりロバストとなるのである。
【0154】
また、図14(a)に例示される車両挙動のふらつきは、外乱が入力されない場合であっても生じ得る。例えば、運転者は、自身が将来的な曲率を予測した段階で、潜在的にハンドルの手応えを期待している。ところが、実際の曲率に基づいた制御しかなされない場合、ダンピング制御項がハンドルの手応えを変化させ始めるのは、車両が曲路に差し掛かった後であり、運転者はハンドルが軽いと感じたまま曲路に差し掛かることになる。ところが、ハンドルが軽いと感じた直後にダンピング制御の効果が発揮され始めると、今度はハンドルが重くなったように感じることになる。即ち、操舵フィーリングに大きな違和感を覚えることになる。その結果、所謂修正操舵と言われるような、冗長なハンドル操作が生じ易い。このような冗長なハンドル操作は、結局、図14(a)に例示されるように車両挙動を乱すことに繋がるのである。本実施形態によれば、運転者の感覚に即した操舵フィーリングが提供されるため、車両挙動をより安定ならしめることが可能となるのである。
【0155】
次に、図15を参照し、アシストトルク制御の効果を別の観点から説明する。ここに、図15は、アシストトルク制御の実行過程における操舵角速度MA’の一時間推移を例示する図である。
【0156】
図15において、本実施形態に係るアシストトルク制御が実行された場合の操舵角速度MA’の時間推移が図示Lma’(実線)として示される。これに対して、当該アシストトルク制御が実行されない場合の操舵角速度MA’の時間推移が図示Lcmp3(破線)として示される。尚、鎖線は外乱が無い場合の特性を例示するものである。
【0157】
図15に例示されるように、アシストトルク制御が適用された場合、先読み曲率ρ’(t)に基づいてダンピング制御項が制御される(実質的には、殆どの場合において増大する)ため、ある操舵トルクを与えたときの操舵角MAの変化が小さくなることから、操舵角速度MA’の変化幅が、アシストトルク制御がなされない場合と較べて大きく抑制される。操舵角速度MA’の変化幅が小さい或いは変化速度が低い方が車両挙動をより安定ならしめ得ることは明白であろう。
<第3実施形態>
第2実施形態では、アシストトルクの制御態様として、アシストトルクTAの一成分であるダンピング制御項CAdmpを増大させ、運転者の感覚に即した操舵フィーリングの提供を実現し、或いは外乱に対する車両挙動のロバスト性を向上させたが、第3実施形態では、ダンピング制御項に替えて、アシストトルクTAの一部である摩擦模擬トルクTAfricが増大される。摩擦模擬トルクTAfricは、ハンドル11の操作時に生じる物理的摩擦力を模擬したトルクである。実際の制御時には、例えば、図11のハンドル制御処理におけるステップS303が、摩擦模擬トルク制御に置換される。
【0158】
ここで、図16を参照し、この摩擦模擬トルク制御の詳細について説明する。ここに、図16は、摩擦模擬トルク制御の制御ブロック図である。尚、同図において、図12と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0159】
図16において、摩擦模擬トルク制御を実行する場合、ECU100は、演算器111及び112並びに制御マップMP5、MP6及びMP7を利用して摩擦模擬トルクTAfricを算出する。ECU100は、この算出された摩擦模擬トルクTAfricを、アシストトルクTAの他の成分の目標値と加算して、最終的なアシストトルクTAの目標値TAtagを決定すると共に、この目標値TAtagが得られるようにEPSアクチュエータを制御する構成となっている。
【0160】
摩擦模擬トルクTAfricは、乗算器である演算器111及び112の作用により、下記(35)式として表される。
【0161】
TAfric=TAfricbase×GNρ’×GNΔρ・・・(35)
上記(35)式において、TAfricbaseは、基本摩擦模擬トルクであり、制御マップMP7により設定される。制御マップMP7は、操舵角MA及び車速Vをパラメータとして、これらと基本摩擦模擬トルクとを対応付けてなる制御マップである。基本摩擦模擬トルクTAfricbaseは、基本的に、操舵角MAが大きい程、また車速Vが高い程、大きくなるように設定される。尚、このように基本摩擦模擬トルクは、上述したダンピング制御量と異なり、操舵角速度MA’ではなく操舵角MAに反応する。従って、ハンドル非操作時或いは緩操作時においても、ハンドルに所謂手応えとなる反力を付与することができる。
【0162】
一方、ゲインGNρ’及びGNΔρは、夫々先読み曲率ゲイン及び曲率偏差ゲインであり、夫々図12に例示された制御マップMP5及びMP6と同様のものである。従って、基本摩擦模擬トルクTAfricbaseは、第2実施形態における基本ダンピング制御項と同様に、殆どの場合において増幅される。
【0163】
ここで、図17を参照し、摩擦模擬トルク制御の効果について説明する。ここに、図17は、摩擦模擬トルク制御の実行過程における摩擦模擬トルクTAfricの一時間推移を例示する図である。
【0164】
図17において、図示Lcmp4(破線)は、比較例として摩擦模擬トルク制御が実行されない場合の摩擦模擬トルクTAfricの時間推移を例示するものであり、図示LTAfric(実線)は、摩擦模擬トルク制御が実行された場合の摩擦模擬トルクTAfricの時間推移を例示するものである。尚、図示Lma(細い実線)は、操舵角MAの時間推移を例示するものである。
【0165】
図示するように、摩擦模擬トルク制御が実行された場合、摩擦模擬トルクTAfricは比較例に比して増大される。また、特に、摩擦模擬トルクTAfricは、図示するように、操舵角MAが安定した状態(即ち、操舵角速度MA’=0)においても、操舵角MAに応じたゼロでない一定値を採る。第2実施形態に係るダンピング制御項が、ハンドル操作が生じない限り発生しない(即ち、操舵角速度MA’=0では発生しない)トルク成分であるのに対し、このようにハンドル保舵時においても相応の摩擦力が維持されることから、本実施形態に係る摩擦模擬トルク制御は、保舵時のハンドル振動の収斂性が良好であり、ハンドル操作をより安定ならしめることが可能となる。
【0166】
また、摩擦模擬トルクTAfricは、定性的には、その増加がハンドル操作をより重くさせる作用を有するトルクであるから、先読み曲率ρ’(t)に基づいて車両1が直線路から曲路に差し掛かる前に、或いは曲路から直線路に差し掛かる前に増大させておくことにより、第2実施形態と同様に、外乱入力時のロバスト性を向上させることができる。また、運転者の感覚に即した操舵フィーリングを提供することができる。
【0167】
尚、ここでは、アシストトルクTAの一部である摩擦模擬トルクTAfricを例に挙げたが、このような操舵角MAに応じた摩擦力の付与は、上述したダンピング制御項と同様アシストトルクTAの一成分である摩擦制御項の制御によっても実現可能である。
【0168】
<第4実施形態>
次に、図18〜図27を参照して、本発明の第4実施形態について説明する。
【0169】
上記の第1〜第3実施形態では、ECU100(制御手段)によるハンドル制御処理において先読み曲率ρ’(t)(推定された旋回曲率)に基づいてアシストトルクTAを制御していたが、第4実施形態では、先読み曲率ρ’(t)の時間変化量(微分値)に基づいてアシストトルクTAを制御する。また、本実施形態は、ハンドル制御処理において、アシストトルクTAに基準を与える基本アシストトルクTAbaseを、操舵トルクMTに基づいて決定する点において、上記実施形態と異なるものである。
【0170】
まず、図18を参照して、第4実施形態に係るハンドル制御処理について説明する。図18は、本発明の第4実施形態に係るハンドル制御処理のフローチャートである。
【0171】
図18に示すように、ECU100は、先読み曲率ρ’を取得し(ステップS401)、取得した先読み曲率ρ’に基づいて車両1の旋回方向を判定して(ステップS402)、この旋回方向を符号で表した符号付先読み曲率ρsを算出する。そして、この符号付先読み曲率ρsに基づいてアシストトルク制御を実行する(ステップS403)。アシストトルク制御が実行されると、処理はステップS401に戻され、一連の処理が繰り返される。
【0172】
ここで、図19,20を参照し、ステップS402における旋回方向判定の詳細について説明する。図19は、旋回方向判定の概念図であり、図20は、旋回方向判定において先読み軌跡に応じた先読み曲率ρ’への符号の付加を例示する図である。
【0173】
上記第1〜第3実施形態では、先読み曲率ρ’の大きさの変化に着目して制御していたため絶対値を用いればよかったが、本実施形態では、先読み曲率ρ’の時間変化量に着目して制御を実行するため、先読み曲率ρ’が左旋回中なのか右旋回中なのかを判定する必要がある。そこで、本実施形態では、先読み曲率ρ’を符号付先読み曲率ρsに拡張する。
【0174】
具体的には、図4のステップS106にて先読み曲率ρ’を求める際に使用した「三以上の車両位置の情報」を用いて、車両1の旋回方向を判定し、旋回方向に応じた符合を先読み曲率ρ’に付与して、符号付先読み曲率ρsを算出する。ここでは、ステップS106の説明と同様に、図19に示すように、先読み位置A0(x(0),y(0))、過去一先読み位置A1(x(−1),y(−1))、過去二先読み位置A2(x(−2),y(−2))の場合について説明する。
【0175】
図19に示すように、過去一先読み位置A1と過去二先読み位置A2とを結ぶ直線Laは次式で表される。
y=a1×x+b1・・・(36)
ただし、
a1=(y(−1)−y(−2))/(x(−1)−x(−2))・・・(37)
b1=y(−1)−a1×x(−1)・・・(38)
である。
【0176】
また、図19に示すように、先読み位置A0と過去一先読み位置A1とを結ぶ直線Lbは次式で表される。
y=a2×x+b2・・・(39)
ただし、
a2=(y(0)−y(−1))/(x(0)−x(−1))・・・(40)
b2=y(0)−a2×x(0)・・・(41)
である。
【0177】
このように定義される三点A0,A1,A2について、本実施形態では、図19,20に示すように上方向に時間遷移を表す場合、すなわち過去二先読み位置A2、過去一先読み位置A1、先読み位置A0の順で下方から上方へプロットする場合に、過去一先読み位置A1と過去二先読み位置A2とを結ぶ直線Laに対して、先読み位置A0が左側にある場合に左旋回と判定し、右側にある場合に右旋回と判定する。そして、左旋回を正、右旋回を負となるように、符号付先読み曲率ρsを定義する。
【0178】
例えば、図20に示すように複数の先読み軌跡を考えると、過去一先読み位置A1と過去二先読み位置A2とを結ぶ直線Laに対して、先読み位置A0が左側にある先読み軌跡t1,t2の場合、左旋回と判定され、先読み曲率ρ’に正符号を付与されて符号付先読み曲率ρsが定義される。すなわちρs=ρ’となる。
【0179】
また、過去一先読み位置A1と過去二先読み位置A2とを結ぶ直線Laに対して、先読み位置A0が右側にある先読み軌跡t3,t4の場合、右旋回と判定され、先読み曲率ρ’に負符号を付与されて符号付先読み曲率ρsが定義される。すなわちρs=−ρ’となる。
【0180】
先読み位置A0が直線La上にある場合は、車両1が直進しており先読み曲率ρ’が0なので、符号付先読み曲率ρsも0と定義される。すなわちρs=0となる。
【0181】
ここで、各直線La,Lbの傾きa1,a2に着目すると、図20の先読み軌跡t1,t2のような左旋回の場合、過去一先読み位置A1と過去二先読み位置A2とを結ぶ直線Laの傾きa1は、先読み位置A0と過去一先読み位置A1とを結ぶ直線Lbの傾きa2より小さくなる。
【0182】
また、図20の先読み軌跡t3,t4のような右旋回の場合、直線Laの傾きa1は、直線Lbの傾きa2より大きくなり、先読み位置A0が直線La上にある場合は、直線Laの傾きa1と直線Lbの傾きa2とは等しくなる。
【0183】
したがって、左旋回のとき正、右旋回のとき負となるように、各直線La,Lbの傾きa1,a2に着目した以下の条件によって、符号付先読み曲率ρsを定義することができる。
・a1>a2の場合、右旋回のため、ρs=−ρ’
・a1<a2の場合、左旋回のため、ρs=ρ’
・a1=a2の場合、直進のため、ρs=0
【0184】
次に、図21を参照し、ステップS403におけるアシストトルク制御の詳細について説明する。図21は、アシストトルク制御の制御ブロック図である。なお、図21において、図9や図12と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0185】
図21において、アシストトルク制御を実行する場合、ECU100は、加算器121、乗算器122、微分器123、ゲイン乗算器124、ディレイ(遅延器)125や制御マップMP8,MP3を利用して、アシストトルクTAの目標値TAtagを算出する。そして、この算出した目標値TAtagに応じて、EPSアクチュエータ300を制御し、所望のアシストトルクTAを発生させる。
【0186】
より具体的には、アシストトルクTAの目標値TAtagは、加算器121の作用により、下記(42)式として表される。
TAtag=TAbase+dρV2・・・(42)
【0187】
上記(42)式において、TAbaseは、アシストトルクTAに基準を与える基本アシストトルクであり、制御マップMP8により設定される。
【0188】
制御マップMP8は、操舵トルクMTと基本アシストトルクTAbaseとを対応付けてなるマップである。図21に例示される制御マップMP8から明らかなように、基本アシストトルクTAbaseは、操舵トルクMTに応じて変化し、基本的に、操舵トルクMTが大きい程、大きくなるように設定されている。
【0189】
また、上記(42)式において、dρV2は、符号付先読み曲率ρsの微分値に基づき導出されるアシストトルクTAの補正量である。アシストトルク制御の目標値を基本アシストトルクTAbaseとした場合、目標アシスト特性に対して初期の応答遅れが大きい。そこで、アシストトルク制御の応答性を向上させるべく、上記(42)式のように、アシストトルク補正量dρV2を加算する。以下にその導出方法の詳細について説明する。
【0190】
アシストトルク補正量dρV2は、乗算器122の作用により、下記(43)式として表される。
dρV2=GNv×dρ2・K2・・・(43)
ここで、dρ2は、符号付先読み曲率ρsの微分値であり、後述するように微分器123により算出される。また、K2は、所定のゲインであり、ゲイン乗算器124においてdρ2に乗算される。
【0191】
なお、(43)式のGNvは、上記第1,第2実施形態と同様に、車速Vに基づき制御マップMP3により設定される車速ゲインであり、乗算器122によって、ゲイン乗算器124からの出力dρ2・K2に乗算される。車速ゲインGNvは、先読み曲率ρ’が主に中高速で効果的に抽出できるため、図21に例示される制御マップMP3のように、中高速で大きくなる設定とされている。制御マップMP3に示す車速Vと車速ゲインGNvとの対応関係は、例えば実験的に適合させることができる。
【0192】
ゲインK2は、符号付先読み曲率ρsの微分値dρ2に対して、これをK2ゲイン倍したdρ2・K2によって、基本アシストトルクTAbaseのみを用いたアシストトルク制御で発生しうる応答遅れを補償できる量が設定されている。ゲインK2は、設計的または実験的に決定することができる。
【0193】
符号付先読み曲率ρsの微分値dρ2は、微分器123により、下記(44)式として表される。
dρ2=(ρd2(t)−ρd2(t−sampling_time))/sampling_time・・・(44)
ここで、ρd2は、符号付先読み曲率ρsにディレイtdを入れる遅延演算を行った「ディレイ後の先読み曲率」であり、後述するようにディレイ(遅延器)125により算出される。また、sampling_timeは、サンプリング間隔である。つまり、符号付先読み曲率ρsの微分値dρ2は、ディレイ後の先読み曲率の今回値ρd2(t)と前回値ρd2(t−sampling_time)との差分をサンプリング間隔sampling_timeで除して算出される先読み曲率ρsの時間変化量である。
【0194】
ディレイ後の先読み曲率ρd2は、ディレイ(遅延器)125において、符号付先読み曲率ρsにディレイtd2を入れるディレイ処理を行って算出され、例えば下記(45)式として表せる。
ρd2(t)=ρs(t−td2)・・・(45)
ここで、td2は、ディレイの大きさを調整するパラメータであり、td=0〜a2/Vの範囲で設定され(a2は定数)、車速Vによって可変である。
【0195】
つまり、ステップS403におけるアシストトルク制御の入力情報である符号付先読み曲率ρsは、まずディレイ125において、(45)式のディレイ処理が行われ、次に微分器123において、(44)式により微分値dρ2が算出され、(43)式に示すように、ゲイン乗算器124によりゲインK2が乗算され、乗算器122により車速Vに応じた車速ゲインGNvが乗算された結果、アシストトルク補正量dρV2として出力される。
【0196】
このような、本実施形態のアシストトルク制御の効果について、図22,23を参照して説明する。図22は、アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図23は、図22に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0197】
図22,23において、細い実線で示されるグラフL01は、操舵トルクMTに応じて定められるアシストトルク制御の目標値の時間推移を示す目標アシスト特性を表している。この目標アシスト特性L01は、具体的には、図21に示すアシストトルク制御の制御ブロック図において、操舵トルクMTに基づき制御マップMP8を用いて導出される基本アシストトルクTAbaseである。図22,23に示す例では、目標アシスト特性L01は、0から所定値まで連続的に増加されている。
【0198】
図22,23において、一点鎖線で示されるグラフL02は、本実施形態で先読み曲率ρ’(符号付先読み曲率ρs)の微分値に基づき算出されるアシストトルク補正量dρV2の時間推移を表している。また、太い実線で示されるグラフL03は、本実施形態のアシストトルク補正量dρV2をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理(以下、先読み曲率微分補正という)を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。また、破線で示されるグラフL04は、比較例として、本実施形態の先読み曲率微分補正を実施しない場合(基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合)に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。
【0199】
図22,23のグラフL04に示すように、アシストトルク目標値TAtagを、図21の制御マップMP8により導出される基本アシストトルクTAbaseのみとした比較例の場合、EPSアクチュエータ300により出力されたアシストトルクTAの時間推移は、目標アシスト特性L01に対して立ち上がり時の応答遅れが大きくなり、また、目標アシスト特性L01に追従するものの定常偏差が残ってしまう。このように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合には、特に操舵初期のアシストトルクTAの応答遅れのため、操舵トルクMTに応じた充分なアシストトルクTAを実現することができず、ドライバの意図にあった操舵特性が得られない虞がある。
【0200】
これに対し、本実施形態では、運転者の操舵トルクMTを補助するためのアシストトルクTAを好適に供給すべく、先読み曲率ρ’の微分値に基づいてアシストトルクTAを制御する。より詳細には、本実施形態では、先読み曲率ρ’の微分値に基づき図22,23のグラフL02に示すアシストトルク補正量dρV2を算出し、これをアシストトルク目標値TAtagに加算するよう構成されている。特に、グラフL02に示すように、目標アシスト特性L01が大きく変化し比較例(グラフL04)において応答遅れが発生した操舵初期に、アシストトルク補正量dρV2を大きくとり、アシストトルクTAの応答遅れを補償できるよう構成されている。
【0201】
このような構成により、本実施形態では、現在位置よりも先の暫定走行位置における道路情報である先読み曲率ρ’の変化量を現時点での車両1の操舵制御に反映させて、アシストトルクTAをフィードフォワード的に制御することが可能となり、図22,23のグラフL03に示すように、比較例(グラフL04)と比べてアシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に近づけることが可能となる。このため、操舵初期におけるアシストトルクの応答遅れによる操舵トルクの増加がなくなり、ドライバの意図にあった操舵特性が得られ、ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0202】
次に、本実施形態の先読み曲率微分補正と、従来の補償手法とを比較して、本実施形態の効果についてさらに説明する。まず、図24,25を参照して、周知のトルク微分補償との比較について説明する。図24は、トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図25は、図24に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0203】
トルク微分補償とは、操舵トルクMTに応じたアシストトルク目標値TAtagを設定する主制御に、操舵トルクMTの微分値に応じた微分補正値にゲインを乗じたトルク微分補償量を加算することにより、アシストトルク制御の応答性を改善するものである。
【0204】
図24,25において、一点鎖線で示されるグラフL05は、アシストトルク制御にこのトルク微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L03,L04は、図22,23のものと同一である。
【0205】
トルク微分補償では、上述のゲインを大きくしてトルク微分補償量を増大させるほどアシストトルク制御の応答性を改善することができるが、このゲインを大きくしすぎると、目標アシスト特性L01が単調増加から一定値に遷移する際(図24に示す領域A)にアシストトルクTAがオーバーシュートしてしまうので、このようなオーバーシュートの発生を避けるためにゲイン値の増加に限界があり、したがってアシストトルク制御の応答性を高めるにも限界がある。このため、図25のグラフL05に示すように、トルク微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0206】
これに対して、本実施形態の先読み曲率微分補正では、図24,25のグラフL03に示すとおり、トルク微分補償(グラフL05)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0207】
次に、図26,27を参照して、周知のδ微分補償との比較について説明する。図26は、δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図27は、図26に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0208】
図26,27において、一点鎖線で示されるグラフL06は、アシストトルク制御にδ微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L03,L04は、図24,25のものと同一である。
【0209】
δ微分補償では、δ微分補償量を増大させるほどアシストトルク制御の応答性を改善することができるが、δ微分補償量を大きくしすぎると、目標アシスト特性L01が単調増加から一定値に遷移する際(図26に示す領域A)にアシストトルクTAがオーバーシュートしてしまうので、このようなオーバーシュートの発生を避けるためにδ微分補償量の増加に限界があり、したがってアシストトルク制御の応答性を高めるにも限界がある。このため、図27のグラフL06に示すように、δ微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0210】
これに対して、本実施形態の先読み曲率微分補正では、図26,27のグラフL03に示すとおり、δ微分補償(グラフL06)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0211】
このように、本実施形態の先読み曲率微分補正(グラフL03)は、トルク微分補償(グラフL05)やδ微分補償(グラフL06)など従来の補償手法と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に好適に近づけることが可能となる。このため、より一層ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0212】
<第5実施形態>
次に、図28〜図34を参照して、本発明の第5実施形態について説明する。
【0213】
第4実施形態では、先読み曲率ρ’(t)の時間変化量(微分値)に基づいてアシストトルク制御の補正量を制御していたが、第5実施形態は、先読み曲率ρ’(t)に基づいてアシストトルク制御の補正量を算出する点において、第4実施形態と異なるものである。つまり、本実施形態は、図18のフローチャートを参照して説明して説明した第4実施形態のハンドル制御処理のうち、ステップS403におけるアシストトルク制御の内容が相違する。
【0214】
図28を参照し、第4実施形態との相違点である、図18のフローチャートのステップS403におけるアシストトルク制御の詳細について説明する。図28は、本実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。
【0215】
図28において、アシストトルク制御を実行する場合、ECU100は、加算器131、乗算器132、ローパスフィルタ(LPF)133、ゲイン乗算器134、ディレイ(遅延器)135や制御マップMP8,MP3を利用して、アシストトルクTAの目標値TAtagを算出する。目標値が算出されると、EPSアクチュエータ300がこの目標値に応じて制御される。より具体的には、アシストトルクTAの目標値TAtagは、加算器131の作用により、下記(46)式として表される。
TAtag=TAbase+dρV1・・・(46)
【0216】
上記(46)式において、TAbaseは、アシストトルクに基準を与える基本アシストトルクであり、第4実施形態と同様に、制御マップMP8により設定される。
【0217】
また、上記(46)式において、dρV1は、符号付先読み曲率ρsに基づき導出されるアシストトルクの補正量である。アシストトルク制御の目標値を基本アシストトルクTAbaseとした場合、目標アシスト特性に対して初期の応答遅れが大きい。そこで、アシストトルク制御の応答性を向上させるべく、上記(46)式のように、符号付先読み曲率ρsに基づく補正量dρV1を加算する。以下にその導出方法の詳細について説明する。
【0218】
まず、ディレイ(遅延器)135において、符号付先読み曲率ρsにディレイtd1を入れる遅延演算が行われ、「ディレイ後の先読み曲率」ρd1が算出される。ディレイ後の先読み曲率ρd1は、例えば下記(47)式として表せる。
ρd1(t)=ρs(t−td1)・・・(47)
ここで、td1は、ディレイの大きさを調整するパラメータであり、td1=0〜a1/Vの範囲で設定され(a1は定数)、車速Vによって可変である。なお、ディレイ量td1の車速Vによる特性は、第4実施形態のtd2のものと同一とすることができる。
【0219】
次に、ローパスフィルタ(LPF)133において、このディレイ後の先読み曲率ρd1がフィルタ処理され、位相を調整された「フィルタ処理後の符号付先読み曲率」dρ1として算出される。
【0220】
次に、ゲイン乗算器134において、フィルタ処理後の符号付先読み曲率dρ1に所定ゲインK1が乗算される。ゲインK1は、フィルタ処理後の符号付先読み曲率dρ1に対して、これをK1ゲイン倍したdρ1・K1によって、基本アシストトルクTAbaseのみを用いたアシストトルク制御で発生しうる応答遅れを補償できる量が設定されている。ゲインK1は、設計的または実験的に決定することができる。
【0221】
次に、ゲイン乗算器134により算出されたdρ1・K1に、乗算器132の作用により、さらに車速ゲインGNvが乗算され、アシストトルク補正量dρV1が算出される。アシストトルク補正量dρV1は、下記(48)式として表される。
dρV1=GNv×dρ1・K1・・・(48)
なお、(48)式の車速ゲインGNvは、第4実施形態と同様に、車速Vに基づき制御マップMP3により設定される。
【0222】
このような、本実施形態のアシストトルク制御の効果について、図29,30を参照して説明する。図29は、アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図30は、図29に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0223】
図29,30において、太い実線で示されるグラフL07は、本実施形態のアシストトルク補正量dρV1をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理(以下、先読み曲率補正という)を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。また、二点鎖線で示されるグラフL08は、符号付先読み曲率ρsの時間推移を、アシストトルクのスケールに合わせて表したものである。なお、図22と同様に、グラフL01は、目標アシスト特性を表し、グラフL04は、比較例として本実施形態の先読み曲率補正を実施しない場合(基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合)に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移とを表している。
【0224】
図29,30のグラフL04に示すように、アシストトルク目標値TAtagを、図28の制御マップMP8により導出される基本アシストトルクTAbaseのみとした比較例の場合、EPSアクチュエータ300により出力されたアシストトルクTAの時間推移は、目標アシスト特性L01に対して立ち上がり時の応答遅れが大きくなり、また、目標アシスト特性L01に追従するものの定常偏差が残ってしまう。このように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合には、特に操舵初期のアシストトルクTAの応答遅れのため、操舵トルクMTに応じた充分なアシストトルクTAを実現することができず、ドライバの意図にあった操舵特性が得られない虞がある。
【0225】
これに対し、本実施形態では、運転者の操舵トルクMTを補助するためのアシストトルクTAを好適に供給すべく、先読み曲率ρ’に基づいてアシストトルクTAを制御する。先読み曲率ρ’とは、現在位置よりも先の暫定走行位置における道路情報であるので、図29,30のグラフL08に示すように、目標アシスト特性L01と同様の時間遷移をなし、かつ目標アシスト特性L01よりも時間遷移のタイミングが早くなる特性をもつ。そこで、本実施形態では、この先読み曲率ρ’に基づいてアシストトルク補正量dρV1を算出し、これをアシストトルク目標値TAtagに加算することで、ドライバの所望のアシストトルクTAを実現できるよう構成されている。
【0226】
このような構成により、本実施形態では、現在位置よりも先の暫定走行位置における道路情報である先読み曲率ρ’を現時点での車両1の操舵制御に反映させて、アシストトルクTAをフィードフォワード的に制御することが可能となり、図29,30のグラフL07に示すように、比較例(グラフL04)と比べてアシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に近づけることが可能となる。このため、操舵初期におけるアシストトルクの応答遅れによる操舵トルクの増加がなくなり、ドライバの意図にあった操舵特性が得られ、ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0227】
次に、本実施形態の先読み曲率補正と、従来の補償手法とを比較して、本実施形態の効果についてさらに説明する。まず、図31,32を参照して、周知のトルク微分補償との比較について説明する。図31は、トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図32は、図31に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0228】
図31,32において、一点鎖線で示されるグラフL05は、図24,25と同様に、アシストトルク制御にこのトルク微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L04,L07は、図29,30のものと同一である。
【0229】
図32のグラフL05に示すように、トルク微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、図24,25を参照して説明したように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0230】
これに対して、本実施形態の先読み曲率補正では、図31,32のグラフL07に示すとおり、トルク微分補償(グラフL05)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0231】
次に、図33,34を参照して、周知のδ微分補償との比較について説明する。図33は、δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図34は、図33に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0232】
図33,34において、一点鎖線で示されるグラフL06は、図26,27と同様に、アシストトルク制御にδ微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L04,L07は、図29,30のものと同一である。
【0233】
図34のグラフL06に示すように、δ微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、図26,27を参照して説明したように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0234】
これに対して、本実施形態の先読み曲率補正では、図33,34のグラフL07に示すとおり、δ微分補償(グラフL06)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0235】
このように、本実施形態の先読み曲率補正(グラフL07)は、トルク微分補償(グラフL05)やδ微分補償(グラフL06)など従来の補償手法と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に好適に近づけることが可能となる。このため、より一層ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0236】
<第6実施形態>
次に、図35〜図41を参照して、本発明の第6実施形態について説明する。
【0237】
第6実施形態は、上記の第4実施形態の先読み曲率微分補正と第5実施形態の先読み曲率補正とを組み合わせたものである。つまり、第6実施形態では、先読み曲率ρ’(t)の時間変化量(微分値)に基づき算出されるアシストトルク制御の補正量と、先読み曲率ρ’(t)に基づき算出されるアシストトルク制御の補正量とを併用して、アシストトルクを制御する。
【0238】
図35は、本実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。図35に示すように、アシストトルクTAの目標値TAtagは、加算器121,131の作用により、下記(49)式として表される。
TAtag=TAbase+dρV1+dρV2・・・(49)
【0239】
上記(49)式において、TAbaseは、アシストトルクに基準を与える基本アシストトルクであり、第4,5実施形態と同様に、制御マップMP8により設定される。
【0240】
また、上記(49)式において、dρV1は、符号付先読み曲率ρsに基づき導出されるアシストトルクの補正量であり、第5実施形態と同様に乗算器132、ローパスフィルタ(LPF)133、ゲイン乗算器134、ディレイ(遅延器)135、制御マップMP3を利用して算出される。
【0241】
また、dρV2は、符号付先読み曲率ρsの微分値に基づき導出されるアシストトルクの補正量であり、第4実施形態と同様に乗算器122、微分器123、ゲイン乗算器124、ディレイ(遅延器)125、制御マップMP3を利用して算出される。
【0242】
このような、本実施形態のアシストトルク制御の効果について、図36,37を参照して説明する。図36は、アシストトルク制御の実行過程におけるアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図37は、図36に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0243】
図36,37において、太い実線で示されるグラフL09は、本実施形態のアシストトルク補正量dρV1をアシストトルク目標値TAtagに加算する先読み曲率補正と、アシストトルク補正量dρV2をアシストトルク目標値TAtagに加算する先読み曲率微分補正とを適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、図29と同様に、グラフL01は、目標アシスト特性を表し、グラフL04は、比較例として本実施形態の先読み曲率補正及び先読み曲率微分補正を実施しない場合(基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合)に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移とを表し、グラフL08は、符号付先読み曲率ρsの時間推移を、アシストトルクのスケールに合わせて表したものである。
【0244】
図36,37のグラフL04に示すように、アシストトルク目標値TAtagを、図35の制御マップMP8により導出される基本アシストトルクTAbaseのみとした比較例の場合、EPSアクチュエータ300により出力されたアシストトルクTAの時間推移は、目標アシスト特性L01に対して立ち上がり時の応答遅れが大きくなり、また、目標アシスト特性L01に追従するものの定常偏差が残ってしまう。このように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合には、特に操舵初期のアシストトルクTAの応答遅れのため、操舵トルクMTに応じた充分なアシストトルクTAを実現することができず、ドライバの意図にあった操舵特性が得られない虞がある。
【0245】
これに対し、本実施形態では、運転者の操舵トルクMTを補助するためのアシストトルクTAを好適に供給すべく、先読み曲率ρ’とその微分値に基づいてアシストトルクTAを制御する。より詳細には、本実施形態では、図36,37のグラフL09に示すように、目標アシスト特性L01と同様の時間遷移をなし、かつ目標アシスト特性L01よりも時間遷移のタイミングが早い先読み曲率ρ’に基づいて、アシストトルク補正量dρV1を算出し、また、この先読み曲率ρ’の微分値に基づいてアシストトルク補正量dρV2を算出し、これらをアシストトルク目標値TAtagに加算するよう構成されている。
【0246】
このような構成により、本実施形態では、先読み曲率ρ’とその微分値に基づいてアシストトルク目標値TAtagをフィードフォワード的に制御することが可能となり、図36,37のグラフL09に示すように、比較例(グラフL04)と比べて、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に近づけることが可能となる。さらには第4実施形態の先読み曲率微分補正(図22,23のグラフL03)や第5実施形態の先読み曲率補正(図29,30のグラフL07)を個別に適用する場合と比べても、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に近づけることが可能となる。このため、操舵初期におけるアシストトルクの応答遅れによる操舵トルクの増加がなくなり、ドライバの意図にあった操舵特性が得られ、ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0247】
次に、本実施形態と、従来の補償手法とを比較して、本実施形態の効果についてさらに説明する。まず、図38,39を参照して、周知のトルク微分補償との比較について説明する。図38は、トルク微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図39は、図38に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0248】
図38,39において、一点鎖線で示されるグラフL05は、図24,25と同様に、アシストトルク制御にこのトルク微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L04,L09は、図36,37のものと同一である。
【0249】
図39のグラフL05に示すように、トルク微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、図24,25を参照して説明したように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0250】
これに対して、本実施形態では、図38,39のグラフL09に示すとおり、トルク微分補償(グラフL05)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0251】
次に、図40,41を参照して、周知のδ微分補償との比較について説明する。図40は、δ微分補償を比較例としたアシストトルクの時間推移を例示する図であり、図41は、図40に示すアシストトルクの時間推移のうちアシストトルク制御の初期の部分を拡大視した図である。
【0252】
図40,41において、一点鎖線で示されるグラフL06は、図26,27と同様に、アシストトルク制御にδ微分補償を適用した場合に、EPSアクチュエータ300から出力されたアシストトルクTAの時間推移を表している。なお、グラフL01,L04,L09は、図36,37のものと同一である。
【0253】
図41のグラフL06に示すように、δ微分補償をアシストトルク制御に適用した場合、図26,27を参照して説明したように、基本アシストトルクTAbaseのみをアシストトルク目標値TAtagとした場合(グラフL04)よりはアシストトルクの応答性を向上させることができるものの、依然として立ち上がり時の応答遅れがあり、偏差も残ってしまう。
【0254】
これに対して、本実施形態の先読み曲率補正及び先読み曲率微分補正では、図40,41のグラフL09に示すとおり、δ微分補償(グラフL06)と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01により一層近づけることが可能となる。
【0255】
このように、本実施形態の先読み曲率補正と先読み曲率微分補正を組み合わせた補正手法(グラフL09)は、トルク微分補償(グラフL05)やδ微分補償(グラフL06)など従来の補償手法と比較して、アシストトルクTAを操舵初期から目標アシスト特性L01に好適に近づけることが可能となる。このため、より一層ドライバの感覚に合うアシストトルク制御を行うことができる。
【0256】
<第7実施形態>
次に、図42を参照して、本発明の第7実施形態について説明する。本実施形態は、上記の第4〜6実施形態に、路面摩擦係数μに基づいて、先読み曲率微分補正(第4,6実施形態のアシストトルク補正量dρV2をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)または先読み曲率補正(第5,6実施形態のアシストトルク補正量dρV1をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)の実施可否を判断する機能を追加したものである。
【0257】
図42は、本実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。図42に示すように、本実施形態では、アシストトルク補正制御の実施可否判断機能として、路面摩擦係数μに基づきアシストトルク補正制御を実施するか否かを判定する制御実施判定部141と、制御実施判定部141からの出力値の切替時に、出力値を漸増または漸減処理する漸増減処理部142と、漸増減処理部142からの出力されるゲイン値を、乗算器132から出力される先読み曲率補正によるアシストトルク補正量dρV1と、乗算器122から出力される先読み曲率微分補正によるアシストトルク補正量dρV2とに乗算する乗算器143,144とをさらに備えて構成されている。
【0258】
制御実施判定部141は、路面摩擦係数μの推定値(μ推定値)に基づき、アシストトルク補正制御を実施するか否かを判定する。より詳細には、制御実施判定部141は、μ推定値が所定値以上である場合に、アシストトルク補正制御を実施するよう判定し、出力値として1を出力する。また、μ推定値が所定値未満であり、路面摩擦係数μが小さい状態(低μ状態)では、過剰なアシストを防止すべくアシストトルク補正制御を実施しないよう判定し、出力値として0を出力する。すなわち、制御実施判定部141は、μ推定値が所定値未満から所定値以上に遷移した場合に出力値を0から1に切り替え、また、μ推定値が所定値以上から所定値未満に遷移した場合に出力値を1から0に切り替える。
【0259】
なお、制御実施判定部141の入力情報である路面摩擦係数μの推定値(μ推定値)は、車両1の各種センサ情報に基づいて、周知の推定手法を用いて算出することができる。μ推定値の算出に用いられるセンサ情報とは、例えば、上述の操舵角センサ17、車速センサ19、ヨーレートセンサ20、及び横加速度センサ21や、その他、各車輪FL,FRの車輪速度を検出する車輪速度センサ、車両1の前後加速度を検出する前後加速度センサ、車両1の上下加速度(鉛直方向の加速度)を検出する上下加速度センサ、マスタシリンダの圧力を検出するマスタ圧センサなどが含まれる。
【0260】
漸増減処理部142は、制御実施判定部141の出力値に基づき、アシストトルク補正量dρV1,dρV2に乗算するゲイン値を出力する。具体的には、漸増減処理部142は、制御実施判定部141の出力値が0または1で一定の場合には、この出力値をそのままゲイン値として出力し、特に、制御実施判定部141からの出力値が0から1、または1から0に切り替わった場合に、出力値を所定時間で徐々に変化させるよう漸増または漸減処理を行い、ゲイン値が急激に切り替わることを防止するよう構成される。例えば制御実施判定部141において制御実施可能との判定から不可との判定に切り替わったとき、出力値が1から0へ切り替わるが、瞬時に切り替えることなく、段階的に1から0へ変化させることで、アシストトルクの急激な変動を防止できる。なお、制御実施判定部141において制御実施不可との判定(出力値0)から可能との判定(出力値1)に切り替わったときも同様に段階的に変化させる。
【0261】
本実施形態の効果について説明する。一般に、路面摩擦係数μが低いとき(低μ時)は、高い場合に比べてセルフアライニングトルクが小さくなるため、必要となるアシスト力が小さくてよい。これに対して、先読み曲率補正及び先読み曲率微分補正で導出されるアシストトルク補正量dρV1,dρV2は、ゲインK1,K2が一定であるため、低μ時には過剰なアシストとなる場合がある。そこで、本実施形態では、アシストトルク制御において、路面摩擦係数μについての許可条件を設けることにより、適切なアシストができる状況に絞ってアシストトルク制御を実行することができ、この結果、より一層ドライバの感覚に合う制御を行うことができる。
【0262】
なお、図42では、先読み曲率微分補正及び先読み曲率補正を両方備える第6実施形態の構成を例示したが、図21に示す先読み曲率微分補正のみを備える第4実施形態の構成や、図28に示す先読み曲率補正のみを備える第5実施形態の構成にも適用することができる。
【0263】
<第8実施形態>
次に、図43を参照して、本発明の第8実施形態について説明する。本実施形態は、上記の第4〜6実施形態に、車両1の加速度に基づいて、先読み曲率微分補正(第4,6実施形態のアシストトルク補正量dρV2をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)または先読み曲率補正(第5,6実施形態のアシストトルク補正量dρV1をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)の実施可否を判断する機能を追加したものである。
【0264】
図43は、本実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。図43に示すように、本実施形態では、車速Vを微分する微分器151と、微分器151により算出された車両1の加速度に基づきアシストトルク補正制御を実施するか否かを判定する制御実施判定部152と、漸増減処理部153と、乗算器154,155とをさらに備えて構成されている。なお、漸増減処理部153と、乗算器154,155は、第7実施形態の漸増減処理部142及び乗算器143,144と同様の機能である。
【0265】
微分器151は、入力される車両1の速度Vを微分演算して、加速度を算出する。
【0266】
制御実施判定部152は、微分器151により算出された車両1の加速度の値に基づき、アシストトルク補正制御を実施するか否かを判定する。より詳細には、制御実施判定部152は、車両1の前後加速度(車速微分)が所定範囲内である場合に、アシストトルク補正制御を実施するよう判定し、出力値として1を出力する。また、車両1の加速度が所定範囲外である場合には、過剰なアシストを防止すべくアシストトルク補正制御を実施しないよう判定し、出力値として0を出力する。
【0267】
本実施形態の効果について説明する。一般に、車両1の加速時または減速時は、定速走行時に比べてセルフアライニングトルクが小さくなる場合があり、その場合必要となるアシスト力が小さくてよい。これに対して、先読み曲率補正及び先読み曲率微分補正で導出されるアシストトルク補正量dρV1,dρV2は、ゲインK1,K2が一定であるため、加減速時に過剰なアシストとなる場合がある。そこで、本実施形態では、加減速についての許可条件を設けることにより、適切なアシストができる状況に絞ってアシストトルク制御を実行することができ、この結果、より一層ドライバの感覚に合う制御を行うことができる。
【0268】
なお、図43では、先読み曲率微分補正及び先読み曲率補正を両方備える第6実施形態の構成を例示したが、図21に示す先読み曲率微分補正のみを備える第4実施形態の構成や、図28に示す先読み曲率補正のみを備える第5実施形態の構成にも適用することができる。
【0269】
<第9実施形態>
次に、図44を参照して、本発明の第9実施形態について説明する。本実施形態は、上記の第4〜6実施形態に、操舵角速度MA’に基づいて、先読み曲率微分補正(第4,6実施形態のアシストトルク補正量dρV2をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)または先読み曲率補正(第5,6実施形態のアシストトルク補正量dρV1をアシストトルク目標値TAtagに加算する処理)の付加割合を調節する機能を追加したものである。
【0270】
図44は、本実施形態におけるアシストトルク制御の制御ブロック図である。図44に示すように、本実施形態では、操舵角速度MA’に基づきアシストトルク補正制御の付加割合を調整する制御調整部161と、制御調整部161から出力されるゲイン値を、乗算器132から出力される先読み曲率補正によるアシストトルク補正量dρV1と、乗算器122から出力される先読み曲率微分補正によるアシストトルク補正量dρV2とに乗算する乗算器162,163とをさらに備えて構成されている。
【0271】
制御調整部161は、図44に示すように、操舵角速度MA’とアシストゲインGNma’とを対応付けて成る制御マップMP9を備えている。制御調整部161は、入力された操舵角速度MA’に基づいて制御マップMP9を用いてこの操舵角速度MA’に対応するアシストゲインGNma’を選択して出力する。図44に例示される制御マップMP9から明らかなように、アシストゲインGNma’は、操舵角速度MA’が低い領域では1に設定され、所定の操舵角速度MA’を超えると速度増加に応じて0まで減少するよう設定される。つまり、操舵角速度MA’が大きい領域(例えば緊急回避など操作者が急ハンドルを切った状態など)では、アシストトルク補正量が付加されにくくなるよう制御される。一方、操舵角速度MA’が小さいほど、アシストゲインGNma’が増えるため、アシストトルク補正量の付加割合が増え、アシストトルクを増大できる。
【0272】
本実施形態の効果について説明する。一般に、操舵角速度MA’が高い場合は、先読み曲率ρ’情報の精度が低く、ドライバの意図を抽出しにくいと考えられる。本実施形態では、操舵角速度MA’が高い領域では、アシストトルク補正量を減少させるべく、アシストゲインGNma’を下げることにより、操舵角速度MA’が低くドライバの意図を抽出できる状況に絞って、適切なアシスト制御を行うことができる。
【0273】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両用情報処理装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0274】
例えば、上記実施形態では、先読み曲率(推定された旋回曲率)ρ’またはこの先読み曲率ρ’(符号付先読み曲率ρs)の微分値(時間変化量)dρ2に基づいて、EPSアクチュエータ300(アシストトルク供給手段)を制御してアシストトルクTAを生成していたが、この代わりに、VGRSアクチュエータ200(舵角可変手段)を制御して、操舵角MA(操舵入力)と操舵輪たる前輪の舵角との関係(操舵伝達比)を変化させる構成としてもよい。
【符号の説明】
【0275】
1…車両、11…ハンドル、12…アッパーステアリングシャフト、100…ECU、200…VGRSアクチュエータ、300…EPSアクチュエータ。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載される車両用情報処理装置であって、
操舵入力に対応する操舵入力情報、旋回状態を規定する車両状態量及び車速に基づいて、前記車両の将来位置を算出する将来位置算出手段と、
前記算出された将来位置を少なくとも一つ含み、且つ前記車両の現在位置に対応する車両位置を含む、前記車両に係る三以上の車両位置に基づいて、前記現在位置よりも先の暫定走行位置における前記車両の旋回曲率を推定する推定手段と
を具備することを特徴とする車両用情報処理装置。
【請求項2】
前記将来位置算出手段は、前記車両の現在位置及び過去位置を取得すると共に、該取得された現在位置及び過去位置と、前記操舵入力に対応する操舵入力情報、旋回状態を規定する車両状態量及び車速とに基づいて前記将来位置を算出する
ことを特徴とする請求項1に記載の車両用情報処理装置。
【請求項3】
前記将来位置は、基準位置に対する相対的な位置変化量により規定される相対位置である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の車両用情報処理装置。
【請求項4】
前記車両状態量を検出する検出手段を具備し、
前記将来位置算出手段は、前記将来位置を算出するにあたって、前記検出された車両状態量を利用する
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項5】
前記操舵入力情報は操舵角であり、前記車両状態量は、ヨーレート、横加速度及び車体スリップ角である
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項6】
前記三以上の車両位置は、算出時刻が時系列上で相互いに隣接する三つの車両位置を含む
ことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項7】
前記車両は、前記操舵入力と操舵輪の舵角との関係を変化させることが可能な舵角可変手段と、運転者の操舵トルクを補助するためのアシストトルクを供給可能なアシストトルク供給手段とのうち少なくとも一方を備えており、
前記車両用情報処理装置は、
前記推定された旋回曲率に基づいて前記少なくとも一方を制御する制御手段を更に具備する
ことを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項8】
前記車両の現在位置及び複数の過去位置を取得する取得手段を具備し、
前記推定手段は、前記取得された現在位置及び複数の過去位置に基づいて、前記現在位置における前記車両の旋回曲率を推定し、
前記制御手段は、前記運転者による操舵入力手段の切り戻し操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率と前記推定された現在位置の旋回曲率とに基づいて前記アシストトルクを制御する
ことを特徴とする請求項7に記載の車両用情報処理装置。
【請求項9】
前記制御手段は、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率の先回値と、前記推定された現在位置の旋回曲率の現在値との差分が大きい程、前記アシストトルクを増大させる
ことを特徴とする請求項8に記載の車両用情報処理装置。
【請求項10】
前記制御手段は、前記運転者の切り込み操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率が大きい程、前記アシストトルクのダンピング制御項又は摩擦トルク制御項を増大させる
ことを特徴とする請求項7から9のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項11】
前記車両の現在位置及び複数の過去位置を取得する取得手段を具備し、
前記推定手段は、前記取得された現在位置及び複数の過去位置に基づいて、前記現在位置における前記車両の旋回曲率を推定し、
前記制御手段は、前記運転者の切り込み操作時において、前記推定された暫定走行位置の旋回曲率と前記推定された現在位置の旋回曲率との偏差が大きい程、前記アシストトルクのダンピング制御項又は摩擦トルク制御項を増大させる
ことを特徴とする請求項7から10のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項12】
前記車両は、前記操舵入力と操舵輪の舵角との関係を変化させることが可能な舵角可変手段と、運転者の操舵トルクを補助するためのアシストトルクを供給可能なアシストトルク供給手段とのうち少なくとも一方を備えており、
前記車両用情報処理装置は、
前記推定された旋回曲率の時間変化量に基づいて前記少なくとも一方を制御する制御手段を更に具備する
ことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載の車両用情報処理装置。
【請求項13】
前記制御手段は、路面摩擦係数が所定値以上である場合に、前記アシストトルクを制御する
ことを特徴とする請求項7または12に記載の車両用情報処理装置。
【請求項14】
前記制御手段は、前記車両の加速度が所定範囲内である場合に、前記アシストトルクを制御する
ことを特徴とする請求項7または12に記載の車両用情報処理装置。
【請求項15】
前記制御手段は、操舵角速度が小さいほど、前記アシストトルクを増大させる
ことを特徴とする請求項7または12に記載の車両用情報処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【公開番号】特開2012−210917(P2012−210917A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149570(P2011−149570)
【出願日】平成23年7月5日(2011.7.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】