説明

転がり摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置

【課題】大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置を提供する。
【解決手段】相手部品の表面との間で相対的に転がり摺動する転がり摺動面を有する転がり摺動部品であって、該転がり摺動面上に形成された、緻密な表面構造を有する表面処理層と、該表面処理層の表面に形成された、潤滑性を有するDLC層を備え、該表面処理層が、パルス幅1〜5psの条件で短パルスレーザを該摺動面に照射することにより形成されたものであり、該DLC層が、Cr、W、Ti、Si、Ni及びFeからなる群から選択された2種以上の金属からなる金属層と、該金属及び炭素からなる複合層と、炭素からなるカーボン層と、から構成され、該表面処理層側から、該金属層、該複合層、該カーボン層、の順で配置された、転がり摺動部品により解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置に関し、詳細には、例えば転がり軸受の軌道輪のように相手部品との間で相対的に転がり接触若しくは滑り接触または両接触を含む接触(転がり摺動)をする転がり摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、使用時において相手部品と転がり接触若しくは滑り接触する、転がり摺動部品の表面の耐久性を向上させる為に、表面性状の改良に関する各種発明が知られている。
【0003】
例えば、軌道面及び玉の転動面に、潤滑性を有し且つ等価弾性定数が100〜240GPaであるダイヤモンドライクカーボン層(以下、「DLC層」と称することがある)を設け、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部品及び転動装置が開示されている(特許文献1)。
【0004】
また、転がり摺動面(軌道面)に、その中心線表面粗さ(Ra)が0.02〜0.2μmであって、短パルスレーザをパルス幅1〜5psで照射させることによって形成された凹条溝を備えた転がり摺動部品が、摩擦トルクを低減することができるとともに、金属損傷の発生を抑制することができる旨が開示されている(特許文献2)。
【特許文献1】特開2003−56575号公報
【特許文献2】特開2005−321048号公報
【非特許文献1】「表面周期構造によるDLC膜の密着強度向上」, P.99-100 日本トライボロジー学会トライボロジー会議予稿集(鳥取 2004-11)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、DLC層が形成された従来の転がり摺動部品は、DLC層と転がり摺動面との密着性がよくないという問題があった。そのため、転がり摺動面に形成されたDLC層が繰り返し応力によって破損してしまう場合があった。
【0006】
また、緻密な表面構造を摺動面の一面に形成するという従来技術については、耐荷重性に欠けるだけでなく、摺動面の摩耗に伴って、凹条溝を形成した効果が低減してしまうという問題があった。
【0007】
従って、本発明の主な目的は、DLC層と転がり摺動面との密着性を向上させて転がり摺動面に形成したDLC層が繰り返し応力によって破損してしまう問題を解決し、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置を提供することである。
【0008】
また、本発明の付随的な目的は、転がり摺動面に形成した凹条溝が摺動面の摩耗に伴って摩耗するのを防止し、耐荷重性に優れた摺動部品及び該転がり摺動部品を備えた転動装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ダイヤモンドライクカーボン層と転がり摺動面との密着性を向上させるとともに、転がり摺動面に形成された凹条溝の摩耗防止の双方を解決する摺動部品について種々の検討を行った結果、レーザ等による緻密な表面構造を摺動面に形成し、その表面にダイヤモンドライクカーボン層を形成することにより、ダイヤモンドライクカーボン層の密着性を向上させることができるとの知見を得た。
【0010】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、相手部品の表面との間で相対的に転がり摺動する転がり摺動面を有する転がり摺動部品であって、該転がり摺動面上に形成された、緻密な表面構造を有する表面処理層と、該表面処理層の表面に形成された、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン層を備え、該表面処理層が、パルス幅1〜5psの条件で短パルスレーザを該摺動面に照射することにより形成されたものであり、該ダイヤモンドライクカーボン層が、Cr、W、Ti、Si、Ni及びFeからなる群から選択された2種以上の金属からなる金属層と、該金属及び炭素からなる複合層と、炭素からなるカーボン層と、から構成され、該表面処理層側から、該金属層、該複合層、該カーボン層、の順で配置されてなる、転がり摺動部品を提供するものである。
【0011】
このような構成により、ダイヤモンドライクカーボン層と転がり摺動面との密着性が向上して転がり摺動面に形成したダイヤモンドライクカーボン層が繰り返し応力によって破損するのを防止し、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部品を提供することが可能となる。
【0012】
本発明の好ましい態様は次のとおりである。前記緻密な表面構造は、凹部及び/又は凸部が形成されたものであることが好ましい。このような構成により、ダイヤモンドライクカーボン層との密着性を高めることができる。
【0013】
また、前記緻密な表面構造は、転がり方向に直交する方向に延びる凹条溝が周期的に形成されてなるものであることが好ましい。このような構成により、ダイヤモンドライクカーボン層との密着性をより高めることができる。
【0014】
また、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることが好ましい。このような構成により、等価弾性定数及び塑性変形硬さ等を独立に制御することが容易となる。
【0015】
本発明はまた、相手部品の表面との間で相対的に転がり摺動する転がり摺動面を有する転がり摺動部品の製造方法であって、該転がり摺動面に、レーザ波長700〜900nm、パルス幅1〜5ps、フルーエンス28J/cm2以下の照射条件で短パルスレーザを照射して緻密な表面構造を有する表面処理層を形成する工程と、該表面処理層の表面に、Cr、W、Ti、Si、Ni及びFeからなる群から選択された2種以上の金属からなる金属層を形成する工程と、該金属層の表面に、上記金属及び炭素からなる複合層を形成する工程と、該複合層の表面に、炭素からなるカーボン層を形成する工程と、を有する、転がり摺動部品の製造方法を提供するものである。
【0016】
このような構成により、ダイヤモンドライクカーボン層と表面処理層が形成された転がり摺動面との密着性が向上して転がり摺動面に形成したダイヤモンドライクカーボン層が繰り返し応力によって破損するのを防止し、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部品を製造することが可能となる。
【0017】
更に、本発明は、外面に軌道面を有する内方部品と、該内方部品の軌道面に対向する軌道面を内面に有して前記内方部品の外側に配置された外方部品と、前記両軌道面間に転動自在に配置された転動体と、を備える転動装置において、該内方部品、該外方部品、及び該転動体のうち少なくとも1つを、上記転がり摺動部品としたことを特徴とする転動装置を提供するものである。
【0018】
このような構成により、転動装置を構成する転がり摺動部品のダイヤモンドライクカーボン層は大きな接触応力が作用しても破損しにくいので、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下において使用されても長寿命である。しかも、ダイヤモンドライクカーボン層は表面処理層の表面に高い密着性をもって形成されているため、信頼性の高い転動装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の転がり摺動部品は、転がり摺動面上に、緻密な表面構造を有する表面処理層を形成し、さらにその表面にダイヤモンドライクカーボン層を形成したため、ダイヤモンドライクカーボン層と転がり摺動面との密着性を向上させることができる。従って、転がり摺動面に形成されたダイヤモンドライクカーボン層が繰り返し応力によって破損するのを未然に防止することができる。その結果、摩擦トルクの減少を抑制し、転がり摺動部品の寿命を長期間にわたり維持することができる。
【0020】
さらに、本発明の転動装置は、上記の転がり摺動部品を備えていることから、耐摩耗性に優れ、長期間にわたり寿命を維持することが可能な転動装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
次に、本発明の好ましい実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0022】
[転がり摺動部品]
図1は、本実施形態の転がり摺動部品を深溝玉軸受に適用した際の断面図であり、図2は、図1に示すA部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
【0023】
図1に示すスラスト玉軸受は、軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配設された複数の玉3と、両軌道面1a,2a間に複数の玉3を軸受の円周方向にわたって等配に保持する保持器4と、を備えている。
【0024】
図1及び図2に示す転がり摺動部品としての内輪1,外輪2,及び玉3は、SUJ2等の鋼製である。また、内輪1及び外輪2の寸法は、内径30mm、外径62mm、厚さ7mmであり、軌道面1a,2aの横断面形状は、玉3の直径の52%の曲率半径を有する円弧状となっている。
【0025】
図1及び図2に示すように、内輪1の軌道面1a、外輪2の軌道面2a及び玉3の転動面3aには、短パルスレーザを照射することにより形成された、緻密な表面構造を有する表面処理層Bが形成されている。さらに、その表面処理層Bの表面に、潤滑性を有し且つ等価弾性定数が100〜240GPaであるダイヤモンドライクカーボン(DLC)層Dが形成されている。
【0026】
ここで、本実施形態において「短パルスレーザ」とは、フェムト秒レーザのようにパルス幅が非常に小さいレーザの総称であり、レーザ波長と略同じがそれよりも短いピッチで周期構造を形成することができるものをいう。
【0027】
また、「緻密な表面構造」とは、通常の機械的な表面加工処理では形成できない微小な凹部及び/又は凸部を有し、その微小な凹部及び/又は凸部がナノメートルオーダーで高度に制御されて形成された構造をいう。例えば、凹状溝がナノメートルオーダーのピッチで周期的に形成された表面構造や、微小な凹部や凸部がナノメートルオーダー間隔で適度に分散した表面構造をいう。
【0028】
図3は、表面処理された内輪1の軌道面1aの一部を拡大して示した部分拡大図である。なお、表面処理された内輪1の軌道面1aは、その表面粗さ(Ra)が0.02〜0.2μmの範囲内に設定されている。0.02μm未満であると、凹凸が少なすぎるためにDLC層と良好な密着性が確保されず、長期にわたり安定して使用することができないからである。逆に、0.2μmを超えると、凸部に応力が集中しやすく、長期にわたり安定して使用することができないからである。
【0029】
図3に示すように、内輪1の軌道面1aは、表面処理により、転がり方向と直交する方向に延びる細長い凹条溝10が一定の間隔で形成されている。この凹条溝10は、軸方向の断面から見たときに、内輪1の軌道面1aの底面から上方に向かって広がった凹部が細長く延びて内輪1の軌道面1aに凹凸を形成している。
【0030】
この凹条溝10は、隣り合う凹条溝との間の距離L1が、平均で、レーザ波長800nmよりも若干短いか同程度である400〜800nmの範囲内で形成されていることが好ましい。凹条溝が近接しすぎたり離れすぎると、DLC層との密着性が不充分となるおそれがあるからである。なお、距離L1はレーザ波長により適宜に調節することができる。
【0031】
凹条溝10は、例えば次のようにして製造することができる。すなわち、先ず、高炭素クロム軸受鋼(JIS SUJ2)からなる環状素材に旋削加工を施し、軌道面等を所定形状に加工する。次いで、得られた所定形状に形成された中間素材に対し、公知の方法に従い、焼入れ処理、焼戻し処理といった熱処理を施す。続いて、熱処理が完了した中間素材の軌道面等を、研削、研磨等によって所定精度に仕上げる。
【0032】
ここで、得られた中間素材の軌道面の表面粗さ(Ra)は、0.3μm以下に設定されているのが好ましい。レーザ照射前の表面が粗すぎると、緻密な表面構造を形成できないおそれがあるからである。
【0033】
その後、この中間素材の軌道面に対し、短パルスレーザを照射する。詳細には、レーザ波長700〜900nm、パルス幅1〜5ps(ピコ秒)、フルーエンス28J/cm2以下の照射条件で短パルスレーザを軌道面に対して照射する。これにより、照射された部分がアブレーションされて、加工跡である凹部を形成することができる。この凹部は、非熱的過程で形成されているので、アブレーションによる熱影響が小さく、高精度である。
【0034】
なお、本実施形態では、転がり方向に直交する方向に延びる凹条溝を周期的に形成するので、一定波長の直線偏光が用いられる。また、凸条と凸条との間の凹条溝を所望の深さにして特定の表面粗さ(Ra)に設定するために、短パルスレーザを複数回にわたり走査させてもよい。
【0035】
このようにして、緻密な表面構造が形成された軌道面1aを有する内輪1を製造することができる。
【0036】
DLC層Dは、図2に示すように、表面処理層Bの表面に形成されている。このDLC層Dは、特定の金属からなる金属層Mと、特性の金属及び炭素からなる複合層Fと、炭素からなるカーボン層Cと、の3層で構成されている。そして、該3層は表面処理層B側から、金属層M、複合層F、カーボン層Cの順に形成されている。
【0037】
ここで、金属層M及び複合層Fを構成する金属は、Cr,W,Ti,Si,Ni,及びFeのうちの2種以上の金属からなる。金属をCr,W,Ti,Si,Ni,及びFeのうちの2種以上の金属と炭素とで構成したので、1種の金属と炭素とで構成した場合と比べて、金属と炭素との結合により生成した金属カーバイドの脆さが小さい。よって、複合層の脆さが小さいので、繰り返し応力やせん断力が負荷されてもDLC層が破損しにくい。
【0038】
次に、DLC層Dを形成する方法について、内輪1を例に説明する。まず、凹条溝10,11,12…が形成された内輪1をアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置504(神戸製鋼所社製。以下、「UBMS装置」と記す)に設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリングを用いて、凹条溝10上にボンバード処理を15分間行う。
【0039】
そして、軌道面1aに、Cr,W,Ti,Si,Ni,及びFeのうちの2種以上の金属をスパッタリングして成膜し、金属層Mを形成する。次に、上記金属のスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを開始する。このようなスパッタリングによって、前記金属と炭素とが結合した金属カーバイドからなる複合層Fを、金属層Mの上に形成する。さらに、前記金属のスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させる。そして、前記金属のスパッタリングを終了し、炭素のスパッタリングのみとして、複合層Fの上にカーボン層Cを形成する(DLC層D全体の厚さは約2.2μm)。
【0040】
このようなスパッタリングにより成膜を行えば、少なくとも2種類の金属で構成された層(金属層M)から炭素で構成された層(カーボン層C)に向かって、層の組成が連続的に徐々に変化していくDLC層Dを形成することができる。
【0041】
このような構成のDLC層Dは、各層(金属層M,複合層F,及びカーボン層C)の間の密着性が非常に優れているとともに、上述した凹条溝10が形成された表面処理層Bとの密着性が非常に優れている。
【0042】
UBMS装置は、スパッタリングに用いるターゲットを複数装着でき、各ターゲットのスパッタ電源を独立に制御することにより、各成分のスパッタ効率を任意に制御することができるので、上記のような成膜に好適である。例えば、上記の場合の複合層F及びカーボン層Cを成膜する工程においては、金属ターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を低減させながら、同時にカーボンターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を増加させればよい(このとき、内輪1には負のバイアス電圧を印加する)。
【0043】
なお、本実施形態においては、軌道面の表面に形成される緻密な表面構造について、転がり方向と直交する方向に延びる凹条溝を例に説明したが、これに限定されず、レーザ照射のスポット径やシャッター速度を変えることにより、簡単に制御することができる。その他の表面構造の例を図4〜図6に示す。
【0044】
図4は、凸条部5が形成された軌道面21aを部分的に拡大した部分拡大図である。図4に示す緻密な表面構造は、軌道面21aに凸条部5を形成した点が図3における凹条溝10とは異なる。ここで、凸条部5は、隣り合う凸条部間の距離L2が、レーザ波長800nmよりも若干短いか同程度である400〜800nmの範囲内で形成されることが好ましい。このような凸条部5を軌道面21aに形成することにより、DLC層と軌道面21aとの密着性を良好に維持することができる。
【0045】
図5は、微細な四角形の凹部6が軌道面31aの表面上に形成された例を示す部分拡大図である。この表面構造は、軌道面31aが、図3に示すような転がり方向と直交する方向に延びる凹条溝ではなく、複数の微小な独立した凹部6が適度に分散した緻密な表面構造に形成されている点で異なる。この凹部6は、最大径が10〜12μmのスポット状(くぼみ状)を有し、軌道面31aの表面に分散した状態で形成されている。上記の軌道面31aは、例えば短パルスレーザを所望の部分に照射して、凹部6となる部分をアブレーション加工することにより、簡単に形成することができる。ここで、凹部6は、隣り合う凹部間の距離L3が、レーザ波長800nmよりも若干短いか同程度である400〜800nmの範囲内で形成されることが好ましい。このような凹部を軌道面31aに形成することにより、DLC層と軌道面31aとの密着性を良好に維持することができる。
【0046】
図6は、微細な円形の凹部7が軌道面41aの表面上に形成された例を示す部分拡大図である。この内輪は、その軌道面41aが、図3に示すような転がり方向と直交する方向に延びる凹条ではなく、直径が10〜12μmの微小な独立した凹部7が適度に分散した緻密な表面構造に形成されている点で異なる。上記の軌道面41aは、例えばパルスレーザを照射する光を円偏光や楕円偏光にするなどして、凹部7となる部分の周りをアブレーション加工することにより、容易に形成することができる。このような凹部7を軌道面41aに形成することにより、DLC層と軌道面31aとの密着性を良好に維持することができる。
【0047】
また、本実施形態においては、表面処理層Bの表面にDLC層を形成する際、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより成膜する例を説明したが、これに限定されず、パルスレーザーアーク蒸着法やプラズマCVD法等を用いることもできる。ただし、等価弾性定数及び塑性変形硬さ等を独立に制御することが容易な非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングが最も好適である。
【0048】
[転動装置]
また、本発明は、外面に軌道面を有する内方部品と、該内方部品の軌道面に対向する軌道面を内面に有して前記内方部品の外側に配置された外方部品と、前記両軌道面間に転動自在に配置された転動体と、を備える転動装置において、該内方部品、該外方部品、及び該転動体のうち少なくとも1つを、上述した転がり摺動部品とした転動装置を提供するものである。
【0049】
上述した転がり摺動部品とした転動装置の例としては、例えば、上述した転がり摺動部品を備えた転がり軸受、直動軸受、すべり軸受のほか、ボールネジ等の転動面や軌道面(転がり接触面)を備えた転動装置や、カムフォロアローラ端面、一方向クラッチカム面(滑り接触面)を備えた転動装置などを挙げることができる。また、カムフォロアローラ転動面、ころ軸受のころ端面(転がり接触と滑り接触の両接触をする面)を備えた転動装置にも適用可能である。
【実施例】
【0050】
先ず、高炭素クロム軸受鋼(JIS SUJ2)からなる環状素材に旋削加工を施して、所定形状の中間素材を得た。次いで、得られた中間素材に対し、公知の方法に従い、焼入れ処理、焼戻し処理といった熱処理を施した。続いて、熱処理が完了した中間素材の転がり摺動面となる端面を、研削、研磨等によって所定精度に仕上げた。なお、中間素材の端面の表面粗さ(Ra)は、0.25μmであった。
【0051】
その後、端面に対して、レーザ波長800nm、パルス幅3ps、フルーエンス28J/cm2の条件で短パルスレーザを直線偏光で照射し、環状試片の端面に緻密な表面構造を形成した。
【0052】
なお、表面構造の形状の種類(下記表1において、「形状」と示す)を適宜変更し、以下の環状試片を作製した。即ち、レーザ照射の際のスポット径を制御することにより、図3に示すような凹条溝を形成したもの(実施例1〜6);レーザ照射の際のスポット径とシャッター速度を制御することにより、図5に示すような四角形(長方形)の凹部を形成したもの(実施例7〜11);短パルスレーザのアブレーション加工により、図6に示すような直径数μmの円形の凹部を形成したもの(実施例12〜16)を作製した。
【0053】
そして、それぞれのグループにつき、端面に対し、短パルスレーザで照射した領域が占める割合(下記表1において、「面積率(%)」と示す)を20〜80%の範囲で適宜変更した。但し、実施例1のみ面積率を100%とした。
【0054】
図7に、一例として、実施例1の端面の表面構造を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果を示す。図7に示すように、実施例1の端面は、周期的な凹条溝が平均600nmの間隔で形成された緻密な表面構造であった。
【0055】
次に、この緻密な表面構造の表面に、UBMS装置を用いてタングステン及びクロムをターゲットとして、2種類の金属をスパッタリングして成膜し、金属層Mを形成した。次に、この2種類の金属のスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを開始し、前記2種類の金属と炭素とが結合した金属カーバイドからなる複合層Fを、金属層Mの上に形成した。さらに、前記2種類の金属のスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させ、前記金属のスパッタリングを終了し、炭素のスパッタリングのみとして、カーボン層Cを複合層Fの上に形成した。
【0056】
以上の操作により、緻密な表面構造と厚さ2.2μmのDLC層が端面に積層された環状試片を得た(実施例1〜16)。
【0057】
なお、表面処理やDLC層の形成を行っていない未処理の環状試片を比較例1とした。また、表面処理を行わず、DLC層のみを表面に成膜した環状試片を比較例2とした。さらに、摺動面の全面に実施例1と同様の緻密な表面構造を形成し、DLC層を形成しなかった環状試片を比較例3とした。
【0058】
[試験例1]
上記のようにして得られた実施例および比較例の環状試片を用い、以下の要領で耐摩耗性試験を行った。環状試片の端面に対し、鋼製の相手部品(SCM415平面材を普通焼入れして表面粗さRa0.02μmに仕上げたもの)を摺動させ、経時的に摩擦係数を測定した。その後、摩擦係数が0.2を上回った時を寿命とし、その時点で相手部品の摺動を停止した。そして、比較例1の寿命時間を基準(1.0)として、実施例1〜16および比較例2,3との寿命時間の比を求めた。さらに、得られた寿命比に基づき、以下の評価基準により耐摩耗性の評価を行った。結果を表1に示す。なお、環状試片以外の条件、例えば潤滑油はエンジンオイルを使用して油浴条件下とし、測定条件は同じとした。
【0059】
AA:寿命比が30以上
A:寿命比が12以上30未満
B:寿命比が5以上12未満
C:寿命比が5未満
【0060】
[試験例2]
上記のようにして得られた実施例および比較例の環状試片を用い、摩擦トルクの減少率を測定した。結果を表1及び図8に示す。図8は、実施例および比較例の試験片を用いて摩擦トルク減少率を検討した結果を示すグラフである。
【0061】
さらに、得られた摩擦トルク減少率に基づき、以下の評価基準により耐摩耗性の評価を行った。
【0062】
AA:摩擦トルク減少率が25%以上
A:摩擦トルク減少率が15%以上25%未満
B:摩擦トルク減少率が5%以上15%未満
C:寿命比が5%未満
【0063】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本実施形態の転がり摺動部品を深溝玉軸受に適用した際の断面図である。
【図2】図1に示すA部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
【図3】表面処理された内輪1の軌道面1aの一部を拡大して示した部分拡大図である。
【図4】凸条部5が軌道面21aの表面上に形成された例を示す部分拡大図である。
【図5】微細な四角形の凹部6が軌道面31aの表面上に形成された例を示す部分拡大図である。
【図6】微細な円形の凹部7が軌道面41aの表面上に形成された例を示す部分拡大図である。
【図7】実施例1の試験片の端面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したときの顕微鏡像である。
【図8】実施例および比較例の試験片を用いて摩擦トルク減少率を検討した結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0065】
1:内輪、1a:内輪の軌道面、2:外輪、2a:外輪の軌道面、3:玉、3a:玉の軌道面、4:保持器、5:凸条部、6:凹部、7:凹部、10:凹条溝、21a、31a及び41a:軌道面、B:表面処理層、M:金属層、F:複合層、C:カーボン層、D:ダイヤモンドライクカーボン(DLC)層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部品の表面との間で相対的に転がり摺動する転がり摺動面を有する転がり摺動部品であって、
該転がり摺動面上に形成された、緻密な表面構造を有する表面処理層と、
該表面処理層の表面に形成された、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン層を備え、
該表面処理層が、パルス幅1〜5psの条件で短パルスレーザを該摺動面に照射することにより形成されたものであり、
該ダイヤモンドライクカーボン層が、Cr、W、Ti、Si、Ni及びFeからなる群から選択された2種以上の金属からなる金属層と、該金属及び炭素からなる複合層と、炭素からなるカーボン層と、から構成され、該表面処理層側から、該金属層、該複合層、該カーボン層、の順で配置されたものである、
転がり摺動部品。
【請求項2】
前記緻密な表面構造が、凹部及び/又は凸部が形成されたものである請求項1に記載の転がり摺動部品。
【請求項3】
前記緻密な表面構造が、転がり方向に直交する方向に延びる凹条溝が周期的に形成されてなるものである請求項1に記載の転がり摺動部品。
【請求項4】
前記ダイヤモンドライクカーボン層が、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の転がり摺動部品。
【請求項5】
相手部品の表面との間で相対的に転がり摺動する転がり摺動面を有する転がり摺動部品の製造方法であって、
該転がり摺動面に、レーザ波長700〜900nm、パルス幅1〜5ps、フルーエンス28J/cm2以下の照射条件で短パルスレーザを照射して緻密な表面構造を有する表面処理層を形成する工程と、
該表面処理層の表面に、Cr、W、Ti、Si、Ni及びFeからなる群から選択された2種以上の金属からなる金属層を形成する工程と、
該金属層の表面に、上記金属及び炭素からなる複合層を形成する工程と、
該複合層の表面に、炭素からなるカーボン層を形成する工程と、
を有する、転がり摺動部品の製造方法。
【請求項6】
外面に軌道面を有する内方部品と、該内方部品の軌道面に対向する軌道面を内面に有して前記内方部品の外側に配置された外方部品と、前記両軌道面間に転動自在に配置された転動体と、を備える転動装置において、
該内方部品、該外方部品、及び該転動体のうち少なくとも1つを、請求項1〜4のいずれか1項に記載の転がり摺動部品としたことを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−321806(P2007−321806A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−150019(P2006−150019)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】