説明

電動車両の制御装置

【課題】回生協調制御による制動時、従動輪の摩擦トルクがばらついても、総制動トルクのばらつきを低減。
【解決手段】ブレーキ操作に基づく総制動トルク指令Ftotal*に対し、左右前輪の回生ブレーキによる回生トルク指令Fm*と、左右前輪および左右後輪の各摩擦ブレーキによる摩擦トルク指令Fb*を演算する回生/摩擦トルク演算部B1と、左右前輪および左右後輪の各摩擦ブレーキで実行される摩擦トルク値である摩擦トルク実行値Fbを推定演算する摩擦トルク実行値演算部B2と、摩擦トルク指令Fb*と摩擦トルク実行値Fbの偏差を、左右前輪および左右後輪の各輪分について算出し、これらの偏差を足し合わせた摩擦トルク総偏差を、回生トルク指令Fm*に加える回生トルク補正値Fm_addとして出力する回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車やハイブリッド車、等の電動車両に適用され、回生トルクと摩擦トルクにより要求される総制動トルクを得る回生協調制御による制動を行う電動車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータを駆動源とする摩擦ブレーキを有する電動式ブレーキ装置において、車両走行中に、モータへの供給電流値Iとブレーキが車輪に付与する制動トルク値Tとの実際の関係を推定し、その推定された関係を利用して、ブレーキ操作力Fに対応する総制動トルク値T*を実現するための目標供給電流値I*を決定する。この制御によって、摩擦ブレーキの摩擦材の摩擦係数の変動にもかかわらず、ブレーキをブレーキ操作値との関係において精度よく制御するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−43041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の電動式ブレーキ装置にあっては、摩擦ブレーキの摩擦材の摩擦係数のばらつきによる摩擦制動力のばらつき分を、4輪それぞれに設けられたモータアクチュエータで独立に補うようにしている。このため、4輪それぞれ独立にモータアクチュエータを設ける必要があり、コスト増になる、という問題がある。
【0005】
一方、回生制動を行なう電動車両においては、モータの回生トルクによりばらつきを補償することが考えられる。このとき、従来の電動式ブレーキ装置のように、モータが4輪のそれぞれに連結されている場合には、モータが連結されている車輪の液圧ズレ分を、モータの回生トルクで補償することができる。しかし、前後輪のうち、一方の前輪または後輪だけをモータで駆動するような電動車両においては、前後輪のうちモータが連結されていない従動輪は、モータの回生トルクにより液圧ズレ分の補償を行なうことができない、という問題が発生する。
【0006】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、回生協調制御による制動時、従動輪の摩擦トルクにばらつきがあるにもかかわらず、総制動トルクのばらつき低減を達成することができる電動車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の電動車両の制御装置は、回生/摩擦トルク演算手段と、摩擦トルク実行値演算手段と、トルク補正値演算手段と、を備えた。
前記回生/摩擦トルク演算手段は、ブレーキ操作に基づく総制動トルク指令に対し、駆動輪の回生ブレーキによる回生トルク指令と、駆動輪および従動輪の各摩擦ブレーキによる摩擦トルク指令を演算する。
前記摩擦トルク実行値演算手段は、前記駆動輪および前記従動輪の各摩擦ブレーキで実行される摩擦トルク値である摩擦トルク実行値を推定演算する。
前記トルク補正値演算手段は、前記摩擦トルク指令と前記摩擦トルク実行値の偏差を、前記駆動輪および前記従動輪の各輪分について算出し、これらの偏差を足し合わせた摩擦トルク総偏差を、前記回生トルク指令に加える回生トルク補正値として出力する。
【発明の効果】
【0008】
よって、回生協調制御による制動時、摩擦トルク指令と摩擦トルク実行値の偏差が、駆動輪および従動輪の各輪分について算出され、これらの偏差を足し合わせた摩擦トルク総偏差が、回生トルク指令に加える回生トルク補正値とされる。
つまり、摩擦トルク指令と摩擦トルク実行値の偏差は、回生制動可能な駆動輪の摩擦トルクのばらつき分に、回生制動ができない従動輪の摩擦トルクのばらつき分を加えた全輪の摩擦トルクばらつき分に相当する。そして、全輪の摩擦トルクばらつき分を、駆動輪の回生トルクにより補償することにより、総制動トルクのばらつきが低減される。
したがって、回生協調制御による制動時、従動輪の摩擦トルクにばらつきがあるにもかかわらず、総制動トルクのばらつき低減を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1の制御装置が適用された電気自動車(電動車両の一例)の回生協調ブレーキ制御系を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の車両コントローラ9にて実行される回生協調制御の全体演算処理構成を示すブロック図である。
【図3】実施例1の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行される補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】回生トルク補正値が増加側であるとき、実施例1の回生トルク補正値によるトルク補償効果を説明するための棒グラフ図である。(a)は、駆動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示し、(b)は、従動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示す。
【図5】回生トルク補正値が減少側であるとき、実施例1の摩擦トルク補正値によるトルク補償効果を説明するための棒グラフ図である。(a)は、駆動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示し、(b)は、従動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示す。
【図6】実施例2の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行される補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】高G旋回で回生トルク補正値が増加側であるとき、実施例2の摩擦トルク補正値によるトルク補償効果を説明するための棒グラフ図である。(a)は、駆動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示し、(b)は、従動輪での非制御時(左)と制御時(右)の制動力変動パターンを示す。
【図8】実施例3の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行される補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。
【図9】図8のフローチャートのステップS12での詳細な再補正演算処理の流れを示すフローチャートである。
【図10】高G旋回シーンにおいて駆動輪の旋回外輪パットμが旋回内輪パットμより大きいとき、実施例3の回生トルク補正値によるトルク補償効果を説明するための駆動輪と従動輪のそれぞれの旋回内外輪での制動力変動パターンを示す棒グラフ図である。
【図11】高G旋回シーンにおいて駆動輪の旋回内輪パットμが旋回外輪パットμより大きいとき、実施例3の摩擦トルク補正値によるトルク補償効果を説明するための駆動輪と従動輪のそれぞれの旋回内外輪での制動力変動パターンを示す棒グラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の電動車両の制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1〜実施例3に基づいて説明する。
【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1の制御装置が適用された電気自動車(電動車両の一例)の回生協調ブレーキ制御系を示す全体システム図である。以下、図1に基づき全体システム構成を説明する。
【0012】
電気自動車の回生協調ブレーキ制御系は、図1に示すように、駆動モータ1と、駆動モータインバータ2と、二次バッテリ3と、バッテリコントローラ4と、アクセルペダル5と、アクセル開度センサ6と、ブレーキペダル7と、ブレーキストロークセンサ8と、車両コントローラ9と、ブレーキコントローラ10と、ブレーキアクチュエータ11と、マスタシリンダ12と、マスタシリンダ圧センサ13と、車輪14と、ブレーキ液圧系統15と、車速センサ16と、を備えている。
【0013】
実施例1の電気自動車は、FF車ベースであり、車輪14を構成する左前輪14FL、右前輪14FR、左後輪14RL、右後輪14RRのうち、左右前輪14FL,14FRを、回生ブレーキによる回生トルクと摩擦ブレーキによる摩擦トルクの双方が加えられる駆動輪とし、左右後輪14RL,14RRを、摩擦ブレーキによる摩擦トルクのみが加えられる従動輪とする。
【0014】
前記駆動モータ1は、電気自動車の走行用駆動源であり、駆動輪である左右前輪14FL,14FRに連結される。この駆動モータ1は、駆動モータインバータ2に対し正のトルク指令が出力されている時には、二次バッテリ3からの放電電力を使って駆動トルクを発生する駆動動作をし、左右前輪14FL,14FRを駆動する(力行)。一方、駆動モータインバータ2に対し負のトルク指令が出力されている時には、左右前輪14FL,14FRからの回転エネルギーを電気エネルギーに変換する発電動作をし、発電した電力を二次バッテリ3の充電電力とする(回生)。このモータ回生時、駆動モータ1からの発電負荷が、左右前輪14FL,14FRに与えられ、この発電負荷が、左右前輪14FL,14FRを制動させる回生ブレーキとなり、回生トルクを発生させる。
【0015】
前記バッテリコントローラ4は、二次バッテリ3の状態である電圧、充放電電流、充電量(=バッテリSOC)、内部温度(=IGBT等の温度)、劣化度(=バッテリ使用時間等)、等を検出する。また、二次バッテリ3の状態に基づいてバッテリ入出力可能電力を算出し、バッテリ状態情報やバッテリ入出力可能電力情報を車両コントローラ9に出力する。
【0016】
前記ブレーキコントローラ10は、ブレーキストロークセンサ8からのブレーキストローク情報を入力し、車両コントローラ9にブレーキストローク情報を出力する。車両コントローラ9からブレーキ液圧指令値を入力すると、マスタシリンダ圧センサ13からのマスタシリンダ圧情報に基づき、ブレーキ液圧指令値に応じた摩擦トルクを得る制御指令をブレーキアクチュエータ11に出力する。
【0017】
前記車両コントローラ9は、制駆動系の安定した作動を維持しつつ、高い電費性能を確保するというように、回生ブレーキシステムと摩擦ブレーキシステムを統括して管理するコントローラである。この車両コントローラ9で行われる回生協調制御の一例を説明すると、回生協調制御による制動時には、ブレーキストロークセンサ8からのブレーキストロークに基づき、総制動トルクを算出する。そして、ドライバ要求回生トルクとバッテリ回生可能トルクとモータ回生可能トルクに基づき、駆動モータ1の回生制御により発生させる回生トルク指令を決める。そして、総制動トルクに対して回生トルクだけでは不足する分を摩擦トルクで補うように、ブレーキコントローラ10に対し摩擦トルク指令を出力する(回生協調制御)。なお、車両コントローラ9には、横加速度Ayを検出する横加速度センサ17、車両減速度Axを検出する前後加速度センサ18、路面摩擦係数μrを推定する路面摩擦係数センサ19、パット垂直力Nを計算するための各輪へのブレーキ液圧を検出するブレーキ液圧センサ20、等からの情報が入力される。
【0018】
前記摩擦ブレーキは、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)を、ブレーキ液圧系統15から供給される液圧エネルギーを摩擦熱(摩擦トルク)に変換し、この摩擦トルクにより各車輪14を独立に制動するブレーキである。各車輪14は、それぞれホイールシリンダ14aと、ブレーキパッド14b,14bと、ブレーキディスク14cを有する。ブレーキ液圧系統15は、ブレーキアクチュエータ11と各ホイールシリンダ14aを、ブレーキ液圧管15a,15b,15c,15dにより連結することで構成される。そして、車両コントローラ9からブレーキコントローラ10に対し、摩擦トルクを得る制御指令が出力されると、ブレーキアクチュエータ11において、マスタシリンダ圧を元圧とする液圧制御により4系統の液圧が作り出される。この4系統の液圧は、ブレーキ液圧管15a,15b,15c,15dを経過して各ホイールシリンダ14aに供給され、ブレーキパッド14b,14bが、ブレーキディスク14cを挟み込むように摩擦圧接することで各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)に摩擦トルクを与える。
【0019】
図2は、実施例1の車両コントローラ9にて実行される回生協調制御の全体演算処理構成を示すブロック図である。
【0020】
実施例1の回生協調制御の演算ブロックとしては、図2に示すように、回生/摩擦トルク演算部B1(回生/摩擦トルク演算手段)と、摩擦トルク実行値演算部B2(摩擦トルク実行値演算手段)と、パット垂直力演算部B3(パット垂直力演算手段)と、パットμ演算部B4(パット摩擦係数演算手段)と、回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5(トルク補正値演算手段)と、を備えている。
【0021】
前記回生/摩擦トルク演算部B1は、ドライバによるブレーキ操作量に基づいて算出される総制動トルク指令Ftotal*に対して、前輪および後輪の各輪の回生/摩擦の両ブレーキシステムで発生する回生トルク指令Fm*と摩擦トルク指令Fb*を演算する。ここで、総制動トルク指令Ftotal*に対する回生トルク指令Fm*と摩擦トルク指令Fb*の演算方法としては、特定の演算方法を用いるという必要性はなく、例えば、車両の特性に合わせた演算方法の選択により、回生トルク指令Fm*と摩擦トルク指令Fb*を演算すればよい。
【0022】
前記摩擦トルク実行値演算部B2は、車両の動特性(ダイナミクス)をモデル化したオブザーバを用い、回生/摩擦トルク演算部B1で算出された回生トルク指令Fm*と、総制動トルク指令Ftotal*と、車両減速度Axに基づき、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)の摩擦ブレーキで実行される摩擦トルクである摩擦トルク実行値Fbを推定演算する。
【0023】
前記パット垂直力演算部B3は、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)の摩擦トルク指令Fb*に基づいて、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のブレーキパッド14b,14bに作用するパット垂直力Nを算出する。パット垂直力Nは、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)への摩擦トルク指令Fb*に対して、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)それぞれの値を決定する。
【0024】
前記パットμ演算部B4は、摩擦トルク実行値演算部B2からの各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)の摩擦トルク実行値Fbと、パット垂直力演算部B3からの各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット垂直力Nに基づき、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット摩擦係数μiを、μi=Fbi/Niの式により算出する。ここで、Fbiは車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)毎の摩擦トルク実行値Fbを意味し、Niは車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)毎のパット垂直力Nを意味する。
【0025】
前記回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5は、総制動トルク指令Ftoral*と路面摩擦係数μrと、演算処理により導き出した各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット摩擦係数μiと、摩擦トルク実行値Fbと、回生トルク指令Fm*と、に基づき、回生トルク補正値Fm_addおよび摩擦トルク補正値u_addを算出する。ここで、路面摩擦係数μrは、既知の路面摩擦係数推定手法を用いて路面の状況を推定する。そして、回生トルク補正値Fm_addと摩擦トルク補正値u_addは、それぞれ回生トルク指令Fm*と摩擦トルク指令Fb*に加算される。なお、この図2は、実施例1〜3に共通の全体演算処理構成を示すブロック図であり、実施例1では路面摩擦係数μrを用いず、実施例2,3において路面摩擦係数μrを用いる。
【0026】
図3は、実施例1の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行されるトルク補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。以下、図3の各ステップを説明する。
【0027】
ステップS1では、摩擦トルク実行値演算部B2により演算された摩擦トルク実行値Fbを読み込み、ステップS2へ進む。
【0028】
ステップS2では、ステップS1での摩擦トルク実行値Fbの読み込みに続き、回生/摩擦トルク演算部B1により演算された回生トルク指令Fm*を読み込み、ステップS3へ進む。
【0029】
ステップS3では、ステップS2での回生トルク指令Fm*の読み込みに続き、回生/摩擦トルク演算部B1により演算された総制動トルク指令Ftotal*を読み込み、ステップS4へ進む。
【0030】
ステップS4では、ステップS3での総制動トルク指令Ftotal*の読み込みに続き、総制動トルク実行値Ftotalを算出し、ステップS5へ進む。
こここで、総制動トルク実行値Ftotalは、摩擦トルク実行値Fbに回生トルク指令Fm*を加えた、Ftotal=Fb+Fm*の関係によって算出する。
【0031】
ステップS5では、ステップS4での総制動トルク実行値Ftotalの算出に続き、回生トルク補正値Fm_addを、Fm_add=Ftotal*−Ftotalの関係に従い算出し、ステップS6へ進む。なお、実施例1では、総制動トルク実行値Ftotalの算出に、回生トルク指令Fm*を用いているため、Fm_add=Ftotal*−Ftotal=Fb*−Fb、つまり、回生トルク補正値Fm_addは、摩擦トルク指令Fb*と摩擦トルク実行値Fbの偏差となる。
【0032】
ステップS6では、ステップS5での回生トルク補正値Fm_addの算出に続き、パットμ演算部B4から各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット摩擦係数μiを読み込み、ステップS7へ進む。
【0033】
ステップS7では、ステップS6でのパット摩擦係数μiを読み込みに続き、回生トルク補正値Fm_addが、Fm_add>0であるか否かを判断する。YES(Fm_add>0:回生トルク増)と判断されるとステップS11へ進み、NO(Fm_add≦0:回生トルク減)と判断されるとステップS9へ進む。
【0034】
ステップS11では、ステップS7でのFm_add>0であるとの判断に続き、回生トルク補正値Fm_addとして、ステップS5にて算出した回生トルク補正値Fm_addを出力し、摩擦トルク補正値u_addとして、u_add=0を出力し、リターンへ進む。
【0035】
ステップS9では、ステップS7でのFm_add≦0であるとの判断に続き、総制動力トルク指令値Ftotal*と総制動力トルク実行値Ftotalの差に基づき、摩擦トルク補正値u_addを算出し、ステップS13へ進む。
ここで、摩擦トルク補正値u_addは、
u_add=(Ftotal*−Ftotal)/(μ1×k1+μ2×k2+μ3×k3+μ4×k4)…(1)
の式を用いて算出する。この(1)式で、μ1〜μ4は、推定した各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット摩擦係数である。k1〜k4は、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)の摩擦トルク補正値u_addに対する各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパット垂直力Nまでの伝達式である。
【0036】
ステップS13では、ステップS9での摩擦トルク補正値u_addの算出に続き、回生トルク補正値Fm_addとして、Fm_add=0を出力し、摩擦トルク補正値u_addとして、ステップS9にて算出した摩擦トルク補正値u_addを出力し、リターンへ進む。
【0037】
次に、作用を説明する。
実施例1の電気自動車の制御作用を、「回生トルク増加補正判断時の総制動トルク補償作用」、「回生トルク減少補正判断時の総制動トルク補償作用」に分けて説明する。
【0038】
[回生トルク増加補正判断時の総制動トルク補償作用]
回生協調による制動時であり、Fm_add>0であるときは、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS11→リターンへと進む流れが繰り返される。
【0039】
したがって、ステップS7でFm_add>0であるとの判断時は、ステップS4において、総制動トルク実行値Ftotal(=Fb+Fm*)が算出され、ステップS5において、回生トルク補正値Fm_addが算出される。そして、ステップS11において、回生トルク補正値Fm_addとして、ステップS5にて算出した回生トルク補正値Fm_addが出力され、摩擦トルク補正値u_addとして、u_add=0が出力される。
【0040】
すなわち、回生トルク補正値Fm_addは、Fm_add=Ftotal*−Ftotal=Fb*−Fbという関係から、摩擦トルク指令Fb*と摩擦トルク実行値Fbの偏差であり、この偏差が摩擦トルクのばらつき分に相当する。この摩擦トルクのばらつき分とは、回生制動可能な左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の摩擦トルクのばらつき分に、回生制動ができない左右後輪14RL,14RR(従動輪)の摩擦トルクのばらつき分を加えたものである。そして、摩擦トルクのばらつき分に相当する回生トルク補正値Fm_addを、回生トルク指令Fm*の補正量とすることで、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)での摩擦トルクを合計した全ばらつき分が左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の回生トルクにより補償されることになる。この結果、回生協調制御による制動時、回生トルクにより補償ができない左右後輪14RL,14RR(従動輪)の摩擦トルクにばらつきがあるにもかかわらず、総制動トルクのばらつき低減が達成される。この回生トルク補償による総制動トルクのばらつき低減作用を、図4に基づき説明する。
【0041】
駆動輪の油圧制動力と従動輪の油圧制動力が、いずれもノミナル値(設計値)に達していないときの例を図4(a)に示す。このとき、回生トルクによる補償を実施しなかった場合は、図4(a)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の油圧制動力がノミナル値に達しないばかりか、従動輪の油圧制動力もノミナル値に達しないものとなり、油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0042】
これに対し、実施例1の回生トルクによる補償を実施した場合は、図4(a)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪に加える回生トルク補正値Fm_addを、駆動輪がノミナル値になるまでの回生による補正分に、従動輪がノミナル値になるまでの回生による補正分を加えた値とする。この補償により、駆動輪の制動力(油圧制動力+回生制動力)がノミナル値を超えるが、このノミナル値を超えた分は、従動輪の油圧制動力の不足分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0043】
駆動輪の油圧制動力はノミナル値(設計値)に達していないが、従動輪の油圧制動力はノミナル値(設計値)に達しているときの例を図4(b)に示す(但し、油圧制動力不足分>油圧制動力過剰分)。このとき、回生トルクによる補償を実施しなかった場合は、図4(b)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の油圧制動力がノミナル値に達しないで、従動輪の油圧制動力がノミナル値に達するが、油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0044】
これに対し、実施例1の回生トルクによる補償を実施した場合は、図4(b)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪に加える回生トルク補正値Fm_addを、駆動輪の油圧制動力がノミナル値になるまでの回生による補正分から、従動輪の油圧制動力がノミナル値になるまでの回生による補正分を減じた値とする。この補償により、駆動輪の制動力(油圧制動力+回生制動力)がノミナル値より低くなるが、このノミナル値より低くなる分は、従動輪の油圧制動力の過剰分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0045】
このように、実施例1では、Fm_add>0である回生協調による制動時、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)での摩擦トルクを合計した全ばらつき分を、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の回生トルクにより補償するようにしたため、下記のメリットを併せて得ることができる。
(a) ドライバの入力に対する総制動トルクのばらつきが低減される。この結果、ドライバの入力が同じであれば、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)のパットμのばらつきにかかわらず、同じ総制動トルクを得ることができ、制動操作時にドライバに対し安心感を与えることができる。
(b) 特に、摩擦ブレーキのパット摩擦係数μが、ノミナル値よりも低い場合は、回生トルクを増やすことができ、回生量アップとなる。
(c) 各摩擦ブレーキのパットμばらつき吸収作用に着目すると、パットμのばらつきがある安価なブレーキパットにすることも可能である。この結果、原価低減を図ることができる。
(d) 回生トルク補正値Fm_addによるトルク補償制御分は、回生量アップ分として回生量を増加させることで、回生によるバッテリ充電容量が増し、電費を向上させることができる。例えば、ブレーキパット14b,14bのパットμばらつきのうち、最大20%分のばらつきを、全て回生することができる。
【0046】
[回生トルク減少補正判断時の総制動トルク補償作用]
回生協調による制動時、Fm_add≦0であるときは、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS9→ステップS13→リターンへと進む流れが繰り返される。
【0047】
したがって、ステップS7でFm_add≦0であるとの判断時は、ステップS4において、総制動トルク実行値Ftotal(=Fb+Fm*)が算出され、ステップS9において、摩擦トルク補正値u_addが算出される。そして、ステップS13において、回生トルク補正値Fm_addとして、Fm_add=0が出力され、摩擦トルク補正値u_addとして、ステップS9にて算出した摩擦トルク補正値u_addが出力される。
【0048】
すなわち、摩擦トルク補正値u_addは、u_add=(Ftotal*−Ftotal)/(μ1×k1+μ2×k2+μ3×k3+μ4×k4)という関係とFtotal*−Ftotal=Fb*−Fbという関係から、摩擦トルク指令Fb*と摩擦トルク実行値Fbの偏差であり、この偏差が摩擦トルクのばらつき分に相当する。この摩擦トルクのばらつき分とは、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の摩擦トルクのばらつき分に、左右後輪14RL,14RR(従動輪)の摩擦トルクのばらつき分を加えたものである。そして、摩擦トルクのばらつき分に相当する摩擦トルク補正値u_addを、摩擦トルク指令Fb*の補正量とすることで、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)での摩擦トルクを合計した全ばらつき分が左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の摩擦トルクにより補償されることになる。この結果、回生協調制御による制動時、総制動トルクのばらつき低減が達成される。この摩擦トルク補償による総制動トルクのばらつき低減作用を、図5に基づき説明する。
【0049】
駆動輪の油圧制動力はノミナル値(設計値)に達しているが、従動輪の油圧制動力がノミナル値に達していないときの例を図5(a)に示す(但し、油圧制動力過剰分>油圧制動力不足分)。このとき、摩擦トルクによる補償を実施しなかった場合は、図5(a)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の油圧制動力はノミナル値を超えるが、従動輪の油圧制動力がノミナル値に達しないものとなり、油圧制動力の総和がノミナル値より高い値となる。
【0050】
これに対し、実施例1の摩擦トルクによる補償を実施した場合は、図5(a)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪と従動輪からそれぞれ摩擦トルク補正値u_addを減じ、駆動輪でのノミナル値を超える分と従動輪でのノミナル値から不足する分を一致させる。この補償により、駆動輪の油圧制動力はノミナル値を超えるが、このノミナル値を超えた分は、従動輪の油圧制動力の不足分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0051】
駆動輪と従動輪の油圧制動力がいずれもノミナル値(設計値)を超えるときの例を図5(b)に示す。このとき、摩擦トルクによる補償を実施しなかった場合は、図5(b)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪と従動輪の油圧制動力がノミナル値を超え、油圧制動力の総和がノミナル値より高い値となる。
これに対し、実施例1の摩擦トルクによる補償を実施した場合は、図5(b)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪から減じる摩擦トルク補正値u_addを、駆動輪の油圧制動力がノミナル値になるまでの補正分より少し上回るようにし、従動輪から減じる摩擦トルク補正値u_addを、駆動輪の制動力がノミナル値より少し下回る補正分とし、補正による油圧力の上回り分と下回り分を一致させる。この補償により、駆動輪の油圧制動力がノミナル値より少し高くなるが、このノミナル値より少し高くなる分は、従動輪の油圧制動力の不足分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0052】
このように、実施例1では、Fm_add≦0である回生協調による制動時、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)での摩擦トルクを合計した全ばらつき分を、各車輪14(14FL,14FR,14RL,14RR)の摩擦トルクにより減少補償をするようにした。例えば、Fm_add≦0である回生協調による制動時、回生トルクにより補償するようにした場合には、回生トルクを低減させる制御を行うことになり、電費の低下を招く。これに対し、総制動トルクのばらつき低減させるために回生トルクを低減させる必要があるときは、回生トルクによる補償に代え、摩擦トルクにより補償することで、電費の低下を抑制することができる。特に、摩擦ブレーキのパット摩擦係数μが、一時的にノミナル値よりも高くなったような場合、回生トルクを減らしてしまうことを抑制することができる。
また、回生トルク補正値Fm_addによるトルク補償制御を行った場合には、駆動輪である左右前輪14FL,14FRのみの制動力を低くする。これに対し、摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御を行った場合には、駆動輪14FL,14FRと従動輪14RL,14RRの全輪について制動力を低くする。このため、駆動輪14FL,14FRと従動輪14RL,14RRの制動バランスが保たれ、制動挙動の安定性が確保される。
【0053】
次に、効果を説明する。
実施例1の電気自動車の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0054】
(1) ブレーキ操作に基づく総制動トルク指令Ftotal*に対し、駆動輪(左右前輪14FL,14FR)の回生ブレーキによる回生トルク指令Fm*と、駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各摩擦ブレーキによる摩擦トルク指令Fb*を演算する回生/摩擦トルク演算手段(回生/摩擦トルク演算部B1)と、前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各摩擦ブレーキで実行される摩擦トルク値である摩擦トルク実行値Fbを推定演算する摩擦トルク実行値演算手段(摩擦トルク実行値演算部B2)と、前記摩擦トルク指令Fb*と前記摩擦トルク実行値Fbの偏差を、前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各輪分について算出し、これらの偏差を足し合わせた摩擦トルク総偏差を、前記回生トルク指令Fm*に加える回生トルク補正値Fm_addとして出力するトルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5)と、を備えた。
このため、回生協調制御による制動時、従動輪(左右後輪14RL,14RR)の摩擦トルクにばらつきがあるにもかかわらず、総制動トルクのばらつき低減を達成することができる。
【0055】
(2) 前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各摩擦ブレーキのブレーキパット14b,14bに作用するパット垂直力Nを推定演算するパット垂直力演算手段(パット垂直力演算部B3)と、前記摩擦トルク実行値Fbと前記パット垂直力Nに基づき、前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各摩擦ブレーキのパット摩擦係数μを推定演算するパット摩擦係数演算手段(パットμ演算部B4)と、を備え、前記トルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5、図3)は、前記回生トルク補正値Fm_addが回生トルクを減少させる側であると判断されたとき(ステップS7でNO)、各摩擦ブレーキで減少させるべき摩擦トルク総偏差を、前記総制動トルク指令Ftotal*から前記総制動トルク実行値Ftotalを差し引いた値と前記パット摩擦係数μに基づいて演算し、前記摩擦トルク総偏差を、前記摩擦トルク指令Fb*に加える摩擦トルク補正値u_addとし(ステップS9)、前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)と前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)へ分けて出力する(ステップS13)。
このため、上記(1)の効果に加え、制動トルクを減少させるトルク補償制御時、摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御を行うことにより、駆動輪(左右前輪14FL,14FR)と従動輪(左右後輪14RL,14RR)の制動バランスを保ちながら、回生量の低減抑制により電費の向上を図ることができる。
【実施例2】
【0056】
実施例2は、実施例1の回生トルク/摩擦トルクの補正制御に、路面摩擦係数条件と旋回制動条件を追加した例である。
【0057】
まず、構成を説明する。
実施例2の電気自動車の制御装置において、全体システム構成と全体演算処理構成は、実施例1の図1,2と同じであるので、図示並びに説明を省略する。
【0058】
図6は、実施例2の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行されるトルク補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。以下、図6の各ステップを説明する。なお、ステップS1〜ステップS7の各ステップと、ステップS11およびステップS13は、実施例1の図3の対応する各ステップと同様であるので、説明を省略する。
【0059】
ステップS101では、既知の路面摩擦係数推定手法を用いて推定した実路面摩擦係数μrを読み込み、ステップS102へ進む。
【0060】
ステップS102では、ステップS101での実路面摩擦係数μrの読み込みに続き、実路面摩擦係数μrが基準路面摩擦係数μr_ref未満か否かを判断する。YES(μr<μr_ref)の場合はステップS1へ進み、NO(μr≧μr_ref)の場合はステップS14へ進む。
【0061】
ステップS8では、ステップS7でのFm_add>0であるとの判断に続き、横加速度Ayを読み込み、ステップS10へ進む。
【0062】
ステップS10では、ステップS8での横加速度Ayを読み込みに続き、横加速度Ayが第1基準横加速度Ay_ref1未満か否かを判断する。YES(Ay<Ay_ref1)の場合はステップS11へ進み、NO(Ay≧Ay_ref1)の場合はステップS9へ進む。
【0063】
ステップS9では、ステップS7でのFm_add≦0であるとの判断、あるいは、ステップS10でのAy≧Ay_ref1であるとの判断に続き、図3のステップS9と同様に、総制動力トルク指令値Ftotal*と総制動力トルク実行値Ftotalの差に基づき、摩擦トルク補正値u_addを算出し、ステップS13へ進む。
但し、このステップS9では、ステップS7でのFm_add≦0であると判断されると、減少させる値として摩擦トルク補正値u_addを算出するが、ステップS10でのAy≧Ay_ref1であると判断されると、増加させる値として摩擦トルク補正値u_addを算出する。
【0064】
ステップS14では、ステップS102でのμr≧μr_refであるとの判断に続き、回生トルク補正値Fm_addとして、Fm_add=0を出力し、摩擦トルク補正値u_addとして、u_add=0を出力し、リターンへ進む。
【0065】
次に、作用を説明する。
実施例1の場合、回生協調による制動時、Fm_add>0であるときは、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)に回生トルク補正値Fm_addを加える。一方、回生協調による制動時、Fm_add≦0であるときは、回生トルク補正値Fm_addを減じるのではなく、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)と左右後輪14RL,14RR(従動輪)から摩擦トルク補正値u_addの分を減じる。すなわち、摩擦ブレーキのパット摩擦係数μのばらつきを補償するに際し、回生量アップ(摩擦ブレーキばらつきの20%分は回生できる)というという考え方に基づき、回生優先のトルク補償制御を採用している。
【0066】
この回生優先のトルク補償制御の基本的な考え方は、実施例2も同様であり、図6のステップS11へ進む流れにより、図4に示すように、回生トルク補正値Fm_addを加えられる。また、図6のステップS13へ進む流れにより、図5に示すように、摩擦トルク補正値u_addを減じられるようにしている。
【0067】
これに加え、実施例2の場合、Fm_add>0であるとき、さらに、旋回Gの高低条件を加え、旋回Gが低い低横加速度旋回制動時には、回生優先のトルク補償制御をそのまま維持するものの、旋回Gが高い高横加速度旋回制動時に限り旋回優先のトルク補償制御を行うようにしている。以下、実施例2の電気自動車の制御作用を、「高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用」、「制動路面摩擦係数の高低による総制動トルク補償作用」に分けて説明する。
【0068】
[高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用]
回生協調による制動時であり、μr<μr_ref、かつ、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であるときは、図6のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS8→ステップS10→ステップS9→ステップS13→リターンへと進む流れが繰り返される。
【0069】
したがって、ステップS10で高横加速度旋回制動(Ay≧Ay_ref1)であると判断された時は、ステップS9において、増加させる値の摩擦トルク補正値u_addが算出される。そして、ステップS13において、回生トルク補正値Fm_addとしてFm_add=0が出力され、摩擦トルク補正値u_addとしてステップS9にて算出した摩擦トルク補正値u_addが出力される。このときの摩擦トルク補正値u_addは、前後輪の制動バランスを考慮し、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)へ加える摩擦トルク補正分を多くし、左右後輪14RL,14RR(従動輪)へ加える摩擦トルク補正分を少なくする。以下、摩擦トルク補償による総制動トルクのばらつき低減作用を、図7に基づき説明する。
【0070】
駆動輪の油圧制動力と従動輪の油圧制動力が、いずれもノミナル値(設計値)に達していないときの例を図7(a)に示す。このとき、摩擦トルクによる補償を実施しなかった場合は、図7(a)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の油圧制動力がノミナル値に達しないばかりか、従動輪の油圧制動力もノミナル値に達しないものとなり、油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0071】
これに対し、実施例2の摩擦トルクによる補償を実施した場合は、図7(a)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪に加える摩擦トルク補正値u_addを、駆動輪がノミナル値になるまでの回生による補正分に、従動輪がノミナル値になるまでの回生による補正分を加えた値とする。この補償により、駆動輪の制動力(油圧制動力+油圧補正分)がノミナル値を超えるが、このノミナル値を超えた分は、従動輪の油圧制動力の不足分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0072】
駆動輪の油圧制動力はノミナル値(設計値)に達していないが、従動輪の油圧制動力はノミナル値(設計値)に達しているときの例を図7(b)に示す(但し、油圧制動力不足分>油圧制動力過剰分)。このとき、摩擦トルクによる補償を実施しなかった場合は、図7(b)の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の油圧制動力がノミナル値に達しないで、従動輪の油圧制動力がノミナル値に達するが、油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0073】
これに対し、実施例2の摩擦トルクによる補償を実施した場合は、図7(b)の各棒グラフの右に示すように、駆動輪に加える摩擦トルク補正値u_addを、駆動輪の油圧制動力がノミナル値になるまでの油圧による補正分から、従動輪の油圧制動力がノミナル値になるまでの油圧による補正分を減じた値とする。この補償により、駆動輪の制動力(油圧制動力+油圧補正分)がノミナル値より低くなるが、このノミナル値より低くなる分は、従動輪の油圧制動力の過剰分に相当し、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0074】
しかも、実施例2では、図7(a),(b)に示すように、前後輪の制動バランスを考慮し、摩擦トルク補正値u_addを、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)へ加える摩擦トルク補正分を多くし、左右後輪14RL,14RR(従動輪)へ加える摩擦トルク補正分を少なくするように分けている。このため、高横加速度旋回制動時、車両重心が車両前方へ移動し、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の輪荷重が増加し、左右後輪14RL,14RR(従動輪)の輪荷重が減少するのに対応したトルク補償制御となり、旋回挙動の安定性を向上させることができる。
【0075】
[制動路面摩擦係数の高低による総制動トルク補償作用]
回生協調制御による制動時であり、μr<μr_refの場合は、図6のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→ステップS1〜ステップS13へ進み、回生トルク補正値Fm_addまたは摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御が実行される。
【0076】
一方、回生協調制御による制動時、μr≧μr_refの場合は、図6のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→ステップS14→リターンへと進む流れが繰り返される。そして、ステップS14では、回生トルク補正値Fm_addとして、Fm_add=0が出力され、摩擦トルク補正値u_addとして、u_add=0が出力されるというように、トルク補償制御が禁止される。
【0077】
すなわち、路面摩擦係数μrが基準路面摩擦係数μr_ref未満の低μ路制動時には、減速Gが緩やかに低下していくことで、制動操作時点から車両停止時点までの制動所要距離や制動所要時間が長くなる。したがって、回生トルク補正値Fm_addによるトルク補償制御が有効に作用し、回生量アップを期待できる。また、車両の制動挙動の安定性が低下する低μ路制動時は、摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御が有効に作用し、車両の制動挙動の安定性向上に寄与する。
【0078】
これに対し、路面摩擦係数μrが基準路面摩擦係数μr_ref以上の高μ路制動時には、減速Gが急激に低下していくことで、制動操作時点から車両停止時点までの制動所要距離や制動所要時間が短い。したがって、回生トルク補正値Fm_addによる回生量アップが期待できない。また、高μ路制動時は、パット摩擦係数μに多少のばらつきがあっても制動挙動の安定性が確保される。
【0079】
したがって、高μ路制動時にトルク補償制御を禁止することで、トルク補償制御の制御頻度を抑えることができる。また、低μ路制動時にトルク補償制御を実行することで、車両の制動挙動の安定性が低下する低μ路制動時に回生量アップと制動挙動の安定性を確保することができる。なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0080】
次に、効果を説明する。
実施例2の電気自動車の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0081】
(3) 前記トルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5、図6)は、前記回生トルク補正値Fm_addが回生トルクを増加させる側であり(ステップS7でYES)、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき(ステップS10でNO)、前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)および前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)の各摩擦ブレーキにより増加させるべき摩擦トルク総偏差を、前記総制動トルク指令Ftotal*から前記総制動トルク実行値Ftotalを差し引いた値と前記パット摩擦係数μに基づいて演算し、前記摩擦トルク総偏差を、前記摩擦トルク指令Fb*に加える摩擦トルク補正値u_addとし(ステップS9)、前後輪の制動バランスを考慮して前記駆動輪(左右前輪14FL,14FR)と前記従動輪(左右後輪14RL,14RR)へ分けて出力する(ステップS13)。
このため、実施例1の(2)の効果に加え、高横加速度旋回制動時、前後輪の制動バランスを考慮した摩擦トルク補正値u_addによる旋回優先のトルク補償制御とすることで、旋回挙動の安定性を向上させることができる。
【0082】
(4) 前記トルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5、図6)は、高摩擦係数路制動時(ステップS102でNO)、前記回生トルク補正値Fm_addと前記摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御を禁止し(ステップS14)、低摩擦係数路制動時(ステップS102でYES)、前記回生トルク補正値Fm_addと前記摩擦トルク補正値u_addによるトルク補償制御を実行する(ステップS1〜ステップS13)。
このため、実施例1の(1),(2)の効果、実施例2の(3)の効果に加え、トルク補償制御の制御頻度を抑えながら、低摩擦係数路制動時、回生量アップと制動挙動の安定性を確保することができる。
【実施例3】
【0083】
実施例3は、実施例2の高横加速度旋回制動時におけるトルク補償制御を、旋回内外輪パット摩擦係数の大小関係により再補正するようにした例である。
【0084】
まず、構成を説明する。
実施例3の電気自動車の制御装置において、全体システム構成と全体演算処理構成は、実施例1の図1,2と同じであるので、図示並びに説明を省略する。
【0085】
図8は、実施例3の回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5にて実行されるトルク補正値演算処理の流れを示すフローチャートである。以下、図8の各ステップを説明する。なお、下記のステップS9'およびステップS12を除き、実施例2の図6の対応する各ステップと同様の各ステップについては、説明を省略する。
【0086】
ステップS9'では、ステップS10でのAy≧Ay_ref1であるとの判断に続き、総制動力トルク指令値Ftotal*と総制動力トルク実行値Ftotalの差に基づき、増加させる値として摩擦トルク補正値u_addを算出し、ステップS12へ進む。
【0087】
ステップS12では、ステップS9'での摩擦トルク補正値u_addの算出に続き、回生トルク補正値Fm_addと摩擦トルク補正値u_addの再補正計算と出力を、図9に示すフローチャートにより行い、リターンへ進む。
【0088】
図9は、図8のフローチャートのステップS12での詳細な再補正演算処理の流れを示すフローチャートである。以下、図9の各ステップを説明する。
【0089】
ステップS21では、横加速度Ayが、第2基準横加速度Ay_ref2(>Ay_ref1)未満か否かを判断し、YES(Ay<Ay_ref2)の場合はステップS22へ進み、NO(Ay≧Ay_ref2)の場合はステップS26へ進む。
【0090】
ステップS22では、ステップS21でのAy<Ay_ref2であるとの判断に続き、横加速度Ayの符号によって旋回方向を判断し、右および左の各車輪が旋回内側であるか旋回外側であるかを決定し、ステップS23へ進む。
【0091】
ステップS23では、ステップS22での旋回内輪/外輪の判断に続き、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の旋回内輪パット摩擦係数μをμd_in、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の旋回外輪パットμをμd_outと定義したとき、μd_in<μd_outであるか否かを判断する。YES(μd_in<μd_out)の場合はステップS24へ進み、NO(μd_in≧μd_out)の場合はステップS25へ進む。
【0092】
ステップS24では、ステップS23でのμd_in<μd_outであるとの判断に続き、図8のステップS5にて算出した回生トルク補正値Fm_addを出力し、摩擦トルク補正値u_add(=0)を出力し、エンドへ進む。
【0093】
ステップS25では、ステップS23でのμd_in≧μd_outであるとの判断に続き、回生トルク補正値Fm_add(=0)を出力し、図8のステップS9'にて算出した摩擦トルク補正値u_addを出力し、エンドへ進む。
【0094】
ステップS26では、ステップS21でのAy≧Ay_ref2であるとの判断に続き、回生トルク補正値Fm_add(=0)を出力し、摩擦トルク補正値u_add(=0)を出力し、エンドへ進む。
【0095】
次に、作用を説明する。
実施例2の場合、Fm_add>0であるとき、旋回Gの高低条件を加え、旋回Gが低いときは回生優先のトルク補償制御を維持するものの、旋回Gが高いときは旋回優先のトルク補償制御を行うようにしている。
【0096】
これに対し、実施例3の場合、旋回Gが高いとき、さらに、旋回内輪パットμと旋回外輪パットμの大小判断を加え、回生優先のトルク補償制御を行うか、旋回優先のトルク補償制御を行うか、の切り分けをしている。さらに、実施例3では、トルク補正により挙動安定性の向上を望めない限界域の高横加速度旋回制動時においては、トルク補償制御自体を禁止する制御も加えている(図9のステップS21→ステップS26)。以下、実施例3の電気自動車の制御作用を、「外輪パットμ大の高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用」、「内輪パットμ大の高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用」に分けて説明する。
【0097】
[外輪パットμ大の高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用]
回生協調による制動時であり、μr<μr_ref、かつ、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であるときは、図8のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS8→ステップS10→ステップS9'→ステップS12→リターンへと進む流れが繰り返される。
【0098】
そして、ステップS12では、Ay<Ay_ref1、かつ、μd_in<μd_outであるときは、図9のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS22→ステップS23→ステップS24→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS24では、図8のステップS5にて算出した回生トルク補正値Fm_addが出力され、摩擦トルク補正値u_add(=0)が出力される。
【0099】
したがって、実施例2では、高横加速度旋回制動時、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であると判断されたとき、増加させる値として摩擦トルク補正値u_addが算出され、この摩擦トルク補正値u_addが出力される。これに対し、実施例3では、高横加速度旋回制動時、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であると判断されても、μd_in<μd_outであると判断されたときには、回生トルク補正値Fm_addが出力されることになり、その分、回生量アップとなる。以下、回生トルク補償による総制動トルクのばらつき低減作用を、図10に基づき説明する。
【0100】
駆動輪の旋回内輪と旋回外輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達していなく、従動輪の旋回外輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達し、従動輪の旋回内輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達していないときの例を図10に示す。このとき、回生トルクによる補償を実施しなかった場合は、図10の駆動輪側の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の旋回内輪と旋回外輪の油圧制動力がノミナル値に達しないばかりか、駆動輪と従動輪の油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0101】
これに対し、実施例3の回生トルクによる補償を実施した場合は、図10の駆動輪側の各棒グラフの右に示すように、駆動輪の旋回内輪と旋回外輪のそれぞれに分けて回生トルク補正値Fm_addが加えられ、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0102】
したがって、外輪パットμ大の高横加速度旋回制動時には、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)の旋回内輪と旋回外輪のそれぞれに分けて回生トルク補正値Fm_addが加えられ、回生トルク補正値Fm_addによって総制動トルクを所望に制御すべく回生トルクを発生するばかりでなく、回生エネルギーを得ることができる。すなわち、高横加速度旋回のシーンにおいても、挙動安定性が確保される条件(μd_in<μd_out)が成立しているときは、積極的に回生トルクを発生することで、回生量をアップすることが可能となる。
【0103】
[内輪パットμ大の高横加速度旋回制動時の総制動トルク補償作用]
回生協調による制動時であり、μr<μr_ref、かつ、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であるときは、図8のフローチャートにおいて、ステップS101→ステップS102→ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4→ステップS5→ステップS6→ステップS7→ステップS8→ステップS10→ステップS9'→ステップS12→リターンへと進む流れが繰り返される。
【0104】
そして、ステップS12では、Ay<Ay_ref1、かつ、μd_in≧μd_outであるときは、図9のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS22→ステップS23→ステップS25→エンドへと進む流れとなる。そして、ステップS25では、回生トルク補正値Fm_add(=0)が出力され、図8のステップS9'にて算出した摩擦トルク補正値u_addが出力される。
【0105】
したがって、実施例3では、実施例2と同様に、高横加速度旋回制動時、Fm_add>0、かつ、Ay≧Ay_ref1であると判断され、かつ、μd_in≧μd_outであると判断されたときには、摩擦トルク補正値u_addが出力されることになり、この摩擦トルク補正値u_addが、左右前輪14FL,14FR(駆動輪の左右輪)と左右後輪14RL,14RR(従動輪の左右輪)へ分けて加えられる。以下、回生トルク補償による総制動トルクのばらつき低減作用を、図11に基づき説明する。
【0106】
駆動輪の旋回内輪と旋回外輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達していなく、従動輪の旋回外輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達し、従動輪の旋回内輪の油圧制動力がノミナル値(設計値)に達していないときの例を図11に示す。このとき、回生トルクによる補償を実施しなかった場合は、図11の駆動輪側の各棒グラフの左に示すように、駆動輪の旋回内輪と旋回外輪の油圧制動力がノミナル値に達しないばかりか、駆動輪と従動輪の油圧制動力の総和がノミナル値より低い値となる。
【0107】
これに対し、実施例3の摩擦トルクによる補償を実施した場合は、図11の駆動輪側と従動輪側の各棒グラフの右に示すように、摩擦トルク補正値u_addが、駆動輪の旋回内輪と旋回外輪と従動輪の旋回内輪と旋回外輪のそれぞれに分けて加えられ、駆動輪と従動輪の発生する制動トルクの総和(=総制動トルク)は、ノミナル値による総制動トルクと一致する。
【0108】
したがって、内輪パットμ大の高横加速度旋回制動時には、摩擦トルク補正値u_addが、左右前輪14FL,14FR(駆動輪)と左右後輪14RL,14RR(従動輪)の旋回内輪と旋回外輪のそれぞれに分けて加えられ、総制動トルクを所望に制御するばかりでなく、旋回挙動の安定性を確保することができる。すなわち、旋回内輪パット摩擦係数μd_inが旋回外輪パット摩擦係数μd_outに比べて大きい時は、摩擦ブレーキによって総制動トルクを所望の値にすることで、旋回制動時にタイヤ発生力が飽和しやすい旋回内輪の負荷を減らすことになり、この結果、車両の安定性を確保することができる。言い換えると、車両挙動が不安定になりやすい条件(μd_in≧μd_out)においては、車両の挙動にウエイトをおくことで、旋回挙動の安定性が向上する。なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0109】
次に、効果を説明する。
実施例3の電気自動車の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0110】
(5) 前記トルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5、図8,図9)は、前記回生トルク補正値Fm_addが回生トルク増加側の値であり(ステップS7でYES)、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき(ステップS10でNO)、旋回外輪側パット摩擦係数μd_outが旋回内輪側パット摩擦係数μd_inより大きいと(ステップS23でYES)、前記回生トルク指令Fm*に加える前記回生トルク補正値Fm_addを、前記駆動輪の左右輪(左右前輪14FL,14FR)へ出力する(ステップS24)。
このため、実施例1の(2)の効果に加え、挙動安定性が確保される条件(μd_in<μd_out)の高横加速度旋回のシーンにおいて、積極的に回生トルクを発生することで、回生量をアップすることができる。
【0111】
(6) 前記トルク補正値演算手段(回生トルク補正値/摩擦トルク補正値演算部B5、図8,図9)は、前記回生トルク補正値Fm_addが回生トルク増加側の値であり(ステップS7でYES)、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき(ステップS10でNO)、旋回内輪側パット摩擦係数μd_inが旋回外輪側パット摩擦係数μd_out以上であると(ステップS23でNO)、前記摩擦トルク指令Fb*に加える前記摩擦トルク補正値u_addを、前記駆動輪の左右輪(左右前輪14FL,14FR)と前記従動輪の左右輪(左右後輪14RL,14RR)へ分けて出力する(ステップS25)。
このため、実施例3の(5)の効果に加え、車両挙動が不安定になりやすい条件(μd_in≧μd_out)の高横加速度旋回のシーンにおいて、車両の挙動にウエイトをおくことで、旋回挙動の安定性を向上させることができる。
【0112】
以上、本発明の電動車両の制御装置を実施例1〜3に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例1〜3に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0113】
実施例1〜3では、トルク補償制御を行うにあたって、様々な条件によって回生トルク補正値Fm_addと摩擦トルク補正値u_addを使い分ける例を示した。しかし、摩擦ブレーキのパット摩擦係数μは、新品交換時等ではノミナル値、場合によってはノミナル値より高い値であるが、一般的に使用によりパット摩擦係数μは低下し、総制動トルク指令Ftotal*に対し総制動トルク実行値Ftotalが低くなる傾向にある。したがって、条件にかかわらず総制動トルク指令Ftotal*と総制動トルク実行値Ftotalの偏差を、回生トルク補正値Fm_addのみによって補償するような例としても良い。
【0114】
実施例1〜3では、摩擦トルク実行値Fbを、車両の動特性をモデル化したオブザーバを用い、総制動トルク指令Ftotal*と回生トルク指令Fm*と車両減速度Axに基づき推定演算する例を示した。しかし、摩擦トルク実行値Fbを、各輪のパット摩擦係数μiを推定演算し、パット垂直力Niとパット摩擦係数μiを用いて推定演算するような例としても良い。
【0115】
実施例1〜3のステップS4では、総制動トルク実行値Ftotalを、摩擦トルク実行値Fbと回生トルク指令Fm*を用いたFtotal=Fb+Fm*の関係式によって算出する例を示した。しかし、回生トルク指令Fm*に代え、例えば、駆動モータ1の詳細なモデルやオブザーバ等を用いて駆動モータ1が発生する回生トルクを算出することができれば、その回生トルク算出値を用いても良い。
【0116】
実施例1では、電動車両として、前輪駆動の電気自動車(EV車)の例を示した。しかし、回生ブレーキと摩擦ブレーキを搭載し、かつ、前輪または後輪を駆動する車両であれば、ハイブリッド車(HEV車)や燃料電池車(FCV車)、等の他の電動車両に適用することができる。
【符号の説明】
【0117】
1 駆動モータ
2 駆動モータインバータ
3 二次バッテリ
4 バッテリコントローラ
5 アクセルペダル
6 アクセル開度センサ
7 ブレーキペダル
8 ブレーキストロークセンサ
9 車両コントローラ
10 ブレーキコントローラ
11 ブレーキアクチュエータ
12 マスタシリンダ
13 マスタシリンダ圧センサ
14 車輪
15 ブレーキ液圧系統
16 車速センサ
17 横加速度センサ
18 前後加速度センサ
19 路面摩擦係数センサ
20 ブレーキ液圧センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキ操作に基づく総制動トルク指令に対し、駆動輪の回生ブレーキによる回生トルク指令と、駆動輪および従動輪の各摩擦ブレーキによる摩擦トルク指令を演算する回生/摩擦トルク演算手段と、
前記駆動輪および前記従動輪の各摩擦ブレーキで実行される摩擦トルク値である摩擦トルク実行値を推定演算する摩擦トルク実行値演算手段と、
前記摩擦トルク指令と前記摩擦トルク実行値の偏差を、前記駆動輪および前記従動輪の各輪分について算出し、これらの偏差を足し合わせた摩擦トルク総偏差を、前記回生トルク指令に加える回生トルク補正値として出力するトルク補正値演算手段と、
を備えたことを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動車両の制御装置において、
前記駆動輪および前記従動輪の各摩擦ブレーキのブレーキパットに作用するパット垂直力を推定演算するパット垂直力演算手段と、
前記摩擦トルク実行値と前記パット垂直力に基づき、前記駆動輪および前記従動輪の各摩擦ブレーキのパット摩擦係数を推定演算するパット摩擦係数演算手段と、を備え、
前記トルク補正値演算手段は、前記回生トルク補正値が回生トルクを減少させる側であると判断されたとき、各摩擦ブレーキで減少させるべき摩擦トルク総偏差を、前記総制動トルク指令から前記総制動トルク実行値を差し引いた値と前記パット摩擦係数に基づいて演算し、前記摩擦トルク総偏差を、前記摩擦トルク指令に加える摩擦トルク補正値とし、前記駆動輪と前記従動輪へ分けて出力することを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載された電動車両の制御装置において、
前記トルク補正値演算手段は、前記回生トルク補正値が回生トルクを増加させる側であり、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき、前記駆動輪および前記従動輪の各摩擦ブレーキにより増加させるべき摩擦トルク総偏差を、前記総制動トルク指令から前記総制動トルク実行値を差し引いた値と前記パット摩擦係数に基づいて演算し、前記摩擦トルク総偏差を、前記摩擦トルク指令に加える摩擦トルク補正値とし、前後輪の制動バランスを考慮して前記駆動輪と前記従動輪へ分けて出力することを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項4】
請求項2に記載された電動車両の制御装置において、
前記トルク補正値演算手段は、前記回生トルク補正値が回生トルク増加側の値であり、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき、旋回外輪側パット摩擦係数が旋回内輪側パット摩擦係数より大きいと、前記回生トルク指令に加える前記回生トルク補正値を、前記駆動輪の左右輪へ出力することを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項5】
請求項4に記載された電動車両の制御装置において、
前記トルク補正値演算手段は、前記回生トルク補正値が回生トルク増加側の値であり、かつ、高横加速度旋回制動であると判断されたとき、旋回内輪側パット摩擦係数が旋回外輪側パット摩擦係数以上であると、前記摩擦トルク指令に加える前記摩擦トルク補正値を、前記駆動輪の左右輪と前記従動輪の左右輪へ分けて出力することを特徴とする電動車両の制御装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5の何れか1項に記載された電動車両の制御装置において、
前記トルク補正値演算手段は、高摩擦係数路制動時、前記回生トルク補正値と前記摩擦トルク補正値によるトルク補償制御を禁止し、低摩擦係数路制動時、前記回生トルク補正値と前記摩擦トルク補正値によるトルク補償制御を実行することを特徴とする電動車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−223795(P2011−223795A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92161(P2010−92161)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】