説明

光学素子の製造方法

【課題】ダイシングによりコーティング層が剥離することを防止できる光学素子の製造方法を提供する。
【解決手段】基材11上にコーティング層16が形成された光学素子の製造方法において、親基材1の裏面にダイシングシート2を貼着し、前記親基材1の表面側をダイシングして複数の前記基材11に分割するダイシング工程と、前記ダイシング工程を行なった後、前記ダイシングシート2に貼着された複数の前記基材11の表面に前記コーティング層15を成膜する成膜工程と、前記コーティング層15が成膜された複数の前記基材11を、前記ダイシングシート2から剥離するピックアップ工程とを備えること構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上にコーティング層が形成された光学素子の製造方法に関し、特に、光学装置に用いられる小型ミラーやプリズム、赤外カットフィルタ等の小型の光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、基材上にコーティング層を形成した光学素子が、各種光学装置又は光学デバイスに幅広く用いられている。代表的な光学素子としては、CCD撮像素子に使用される赤外カットフィルタ、光学読み取り装置に使用される小型ミラー、又は映像表示装置に使用されるプリズム等がある。
【0003】
このような光学素子は、真空蒸着やスパッタ等によりコーティング層が成膜される。例えば、真空蒸着を用いて製造されるミラーが、特許文献1(特開2003−114313号公報)に開示されている。特許文献1に記載されるミラーは、ガラス板等からなる基材の表面に銀の反射層を形成した構成を備える。また、銀は大気中の亜硫酸ガス等の腐食性ガスと容易に反応して黒色化(腐食)するので、腐食を防止するために反射層の表面に保護層を施している。
【0004】
近年、光学読み取り装置、プロジェクター又はプロジェクションテレビ等に用いられる光学デバイスに装備されるミラーとして、一辺の長さが1〜20mm程度の小型ミラーの需要が増大してきている。小型ミラーは、例えば光学MEMS(Micro-Electro-Mechanical-Systems)デバイスに装備される。光学MEMSデバイスは、ミラー面を有する可動板を電磁駆動又は静電駆動により軸周りに回動させ、ミラー面に入射する光を所望の方向に変向するようにしたものである。ミラー面は、基材上に反射層が形成された小型ミラーを可動板の一面に貼り付けて形成される。
【0005】
このように、上記した小型ミラーに限らず、光学素子は小型化されつつある。小型の光学素子を製造する際には、コーティング層を大判の親基材に成膜した後、指定寸法となるように親基材をダイシングして製造される。図12は、一例として従来の小型ミラーを示す図であり、(a)は反射面側から見た平面図、(b)は側断面図である。小型ミラー101は、基材102の平坦面103に、基材102側から順に反射層106と保護層107とを含むコーティング層105が形成された構成となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−114313号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の光学素子は、コーティング層を成膜した後に親基材をダイシングしていたため、切断目にチッピングが生じ、微細な膜剥がれが生じるという問題があった。特に、小型ミラーのようにコーティング層が、銀等の金属性材料を含む場合には、この膜剥がれから水や酸素、腐食性ガスが侵入して、膜剥がれを起点としてコーティング層が腐食してしまう場合があった。
そのため本発明においては、ダイシングによりコーティング層が剥離することを防止できる光学素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は、基材上にコーティング層が形成された光学素子の製造方法において、親基材の裏面にダイシングシートを貼着し、前記親基材の表面側をダイシングして複数の前記基材に分割するダイシング工程と、前記ダイシング工程を行なった後、前記ダイシングシートに貼着された複数の前記基材の表面に前記コーティング層を成膜する成膜工程と、前記コーティング層が成膜された複数の前記基材を、前記ダイシングシートから取り外すピックアップ工程とを備える。
【0009】
本発明の製造方法によれば、親基材をダイシングした後にコーティング層を成膜しているため、ダイシングブレードによりコーティング層の周縁部が剥がれたり、チッピングにより膜剥がれが生じたりすることを防止できる。
また、ダイシングシートに複数の基材を貼着した状態のまま基材表面にコーティング層を成膜しているため、複数の基材を一度に成膜可能である。
なお、光学素子とは、平面板、プリズム、又はレンズ等の基材上に、赤外カット層に代表される波長選択フィルタ層、反射層(高反射膜を含む)、又は反射防止層等のコーティング層が成膜されたものをいう。
【0010】
さらに、ダイシングシートに貼着した複数の基材はダイシングラインに微小な間隙が存在し、コーティング層の成膜工程でこの間隙から成膜材料が侵入して、コーティング層がチッピング面の少なくとも一部を覆うように基材の平坦面からチッピング面側まで延在することとなる。これにより光学素子を膜剥がれし難い構造とすることができ、膜剥がれから水や酸素、腐食性ガス等が侵入することも防げる。したがって、耐腐食性の高い光学素子を製造することが可能となる。
【0011】
これは、本発明者らが実施した信頼性試験の結果からも明らかであるが、以下の理由によることが考えられる。
チッピング面は、ダイシングにより基材の一部が欠けて露出した面であり、その大部分がへき開面からなっている。へき開面は、主に結晶粒界で形成され、切断や研磨により創成された基材の平坦面よりもコーティング層との密着性が高い。したがって、基材の平坦面よりもチッピング面の方が密着性が高くなると考えられる。
本発明で製造された光学素子は、上記構成によりコーティング層がチッピング面の少なくとも一部を覆っているため、密着性の高いチッピング面上にコーティング層の端部が位置することとなり、コーティング層が膜剥がれしにくい構造とすることができる。
【0012】
また、前記光学素子が小型ミラーであり、前記成膜工程で、前記コーティング層として金属性の反射膜と耐腐食性を有する保護層とを順に成膜することが好ましい。
これにより、酸素や水、腐食性ガスが基材とコーティング層との間に侵入して、金属性の反射膜が腐食することを防止でき、耐腐食性の高い小型ミラーを製造することが可能となる。
【0013】
また、前記成膜工程では、前記基材の温度を前記ダイシングシートの耐熱温度未満に維持しながら真空蒸着により前記基材に前記コーティング層を成膜することが好ましい。
これは、成膜工程で真空蒸着によりコーティング層を成膜しているため、コーティング材料の選択自由度が広がり、また薄膜形成の精度を高くすることができる。
さらに、真空蒸着時に、基材の温度をダイシングシートの耐熱温度未満に維持しているため、ダイシングシートが熱により変形したり、ダイシングシートに塗膜された粘着剤の粘着性が低下したり、あるいは粘着剤が変性したりすることを防止できる。
なお、真空蒸着は、イオンプレーティングを含む。
【0014】
また、前記成膜工程は、真空に維持されたチャンバ内に、前記ダイシングシートに貼着された複数の前記基材を配置し、複数の前記基材と前記コーティング層の蒸発材料を収納したボートとの間に高周波電力を供給するとともに直流電圧を印加しながら前記コーティング層を蒸着することが好ましい。
蒸発材料が蒸発した蒸発粒子は、基材とボートとの間に高周波電力を供給しているため基材近傍でイオン化する。イオン化された粒子を含む蒸発粒子は、基材とボート間に印加された直流電圧により基材表面へ引き寄せられ付着する。
一方、解離した電子は、基材と反対側の蒸発源側に引き寄せられ、ボート上の蒸発材料に集中して衝突するため、低温度で蒸発材料を蒸発させることが可能となる。したがって、基材温度をダイシングシートの耐熱温度以下に維持することが容易となる。
【0015】
また、前記ダイシング工程で、前記親基材をレーザー光によりダイシングしてもよく、これにより、ブレードダイシングでは切断困難な基材も切断可能であるため、基材材料の選択自由度が広がる。さらに、高速ダイシングが可能である。
特に、ミラーのようにコーティング層に反射層を含む場合、従来はコーティング層を形成した親基材の切断にレーザー光を用いることはできなかったが、本発明ではコーティング層を成膜する前にダイシングするため、レーザー光を用いたダイシングが可能となる。
【0016】
さらにまた、前記成膜工程の前に、前記ダイシングシートに複数の前記基材が貼着された状態で、前記基材を洗浄する洗浄工程を備えているとよい。
洗浄工程は、主にダイシングにより発生した飛散物を除去する目的で行なわれるが、従来は、コーティング層が形成された基材を洗浄していたため、コーティング層が剥離しないような洗浄方法を選択する必要があり、洗浄に高度な技術が必要とされていた。
本発明では、成膜工程の前に、ダイシングした基材を洗浄するため、簡単に洗浄を行なうことができる。また、従来用いることができなかった超音波洗浄等を用いることができるようになり、洗浄方法の自由度が広がる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の製造方法によれば、親基材をダイシングした後にコーティング層を成膜しているため、ダイシングブレードによりコーティング層の周縁部が剥がれたり、チッピングにより膜剥がれが生じたりすることを防止できる。
また、ダイシングシートに複数の基材を貼着した状態のまま基材表面にコーティング層を成膜しているため、複数の基材を一度に成膜可能である。
さらに、本発明の製造方法で製造される光学素子は、コーティング層がチッピング面の少なくとも一部を覆っているため、密着性の高いチッピング面上にコーティング層の端部が位置することとなり、コーティング層が膜剥がれしにくい構造とすることができる。
したがって、耐久性の高い光学素子を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態の製造方法を説明する図である。
【図2】ダイシングした親基材を示す図であり、(a)は親基材を反射面側から見た平面図、(b)は親基材の側断面図、(c)は実際の親基材を反射面側から撮影した写真である。
【図3】真空蒸着装置の構成図である。
【図4】イオンプレーティング装置の構成図である。
【図5】本実施形態の製造方法で製造された小型ミラーを示す図であり、(a)は反射面側から見た平面図、(b)は側断面図である。
【図6】樹脂材料の耐熱特性を示す表である。
【図7】コーティング層の構成例を示す模式図である。
【図8】成膜プロセスにおける基材の温度変化を示すグラフである。
【図9】実施例の方法で製造された小型ミラーのコーティング層を撮影した写真である。
【図10】小型ミラーの信頼性試験の結果を示す表である。
【図11】信頼性試験後の小型ミラーを撮影した写真であり、(a)はコーティング層が変色および腐食した状態、(b)はコーティング層が腐食して膜浮きした状態を示す。
【図12】従来の小型ミラーを示す図であり、(a)は反射面側から見た平面図、(b)は側断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態を例示的に詳しく説明する。但しこの実例に記載されている構成部品の形状等は、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
本発明の実施形態で製造される光学素子は、平面板、プリズム、又はレンズ等の基材上に、赤外カット層に代表される波長選択フィルタ層、反射層(高反射膜を含む)、又は反射防止層等のコーティング層が成膜されたものをいう。例えば、小型ミラー、赤外線カットフィルター、プリズム等の光学デバイスや光学装置に用いられるものが挙げられる。
【0020】
本発明の実施形態における光学素子の製造方法を以下に説明する。
図1(a)に示すような大判の親基材1を準備し、(b)に示すように親基材1の裏面1bにダイシングシート2を貼着し、(c)に示すように親基材1の表面側をダイシングして複数の基材11に分割するダイシング工程と、
図1(d)、(e)に示すように、ダイシングシート2に貼着した状態のまま、複数の基材11の表面にコーティング層15を成膜する成膜工程と、
図1(f)に示すように、コーティング層15が成膜された複数の基材11をダイシングシート2から取り外すピックアップ工程とを備える。
【0021】
各工程の具体的な手順を以下に示す。
図1(a)に示す基材1は、表面1aが平坦面となっている。親基材1は、小型ミラーや赤外線カットフィルター等のように平板状の素子を製造する場合には、大判の平板状の親基材1を用いる。プリズム等の柱状の素子を製造する場合には、長尺な柱状の親基材1を用いる。
【0022】
ダイシング工程では、まず、図1(b)に示すように親基材1の裏面1bにダイシングシート2を貼着する。ダイシングシート2は、樹脂シートの一面に粘着面が形成されている。粘着面に塗膜されている粘着剤は、紫外線又は熱により物性が変化する樹脂であることが好ましい。例えば、紫外線を照射することによって粘着剤が硬化して粘着力が低下する樹脂、又は熱を与えることによって発泡して粘着力が低下する樹脂などが挙げられる。熱により物性が変化する樹脂を用いる場合には、蒸着温度より高い温度で物性が変化するものを選択する。
次いで、図1(c)に示すように、親基材1の表面側をダイサーによりダイシングする。ダイシングは、ダイシングブレードを利用したブレードダイシングであっても、レーザー光を利用したレーザーダイシングであってもよい。レーザーダイシングは、アブレーション加工、ステルスダイシングのいずれを用いることもできる。
【0023】
図2は、ダイシングブレードによりダイシングした親基材を示す図であり、(a)は親基材を反射面側から見た平面図、(b)は親基材の側断面図、(c)は実際の親基材を反射面側から撮影した写真である。図2(a)に示すように、ダイシングにより小片化した基材11がダイシングシート2に複数配列して貼り付けられた状態となっている。図2(b)、(c)に示すように、ダイシングにより基材11の周縁部12にチッピング面13が生じている。図2(c)の写真で、ダイシングによる切断目5の間隙幅(横)Hは約170μmである。写真上で縦と横の間隙幅が異なるのは、基材11に応力がかかるためである。
【0024】
成膜工程では、図1(d)に示すように、ダイシングシート2に貼着した状態のまま、複数の基材11上にコーティング層15を成膜する。成膜方法は、真空蒸着やスパッタ等が用いられる。好適には真空蒸着を用いて成膜するとよい。なお、真空蒸着にはイオンプレーティングを含む。コーティング層15を真空蒸着を用いて成膜することにより、材料の選択自由度が広がり、また薄膜形成の精度を高くすることができ、高品質の光学素子を提供することが可能である。
【0025】
真空蒸着には、例えば図3に示す電子ビーム真空蒸着装置50が用いられる。
真空に維持されたチャンバ51内に、ダイシングシート2に貼り付けた状態の親基材11を配置する。チャンバ51内には、反射層16の材料である蒸発材料52を収納したるつぼ53が設置されている。
そして、加熱ヒータ55により基材11を加熱した状態で、電子銃54により電子ビームを蒸発材料52に照射して蒸発させる。蒸発材料52は、基材11の表面11aに蒸着するとともに、ダイシングシート2に貼り付けられた基材11と基材11の間の切断目5に間隙が存在するため、基材11のチッピング面13の少なくとも一部を覆うように蒸着する。このように蒸発材料が基材11に蒸着して反射層16が形成される。なお、蒸着時は、親基材1の温度がダイシングシートの耐熱温度未満となるように、電子銃54を制御する。
反射層16を形成した後、反射層16の材料である蒸発材料52が収納されたるつぼ53を、保護層17の材料である蒸発材料52が収納されたるつぼ53と入れ替えて、上記と同様にして真空蒸着して保護層17を形成する。
【0026】
なお、ここでは電子ビーム真空蒸着装置50を使用した場合について説明したが、これに限定されるものではなく、抵抗加熱装置、イオンプレーティング装置等の他の真空蒸着装置を使用してもよい。抵抗加熱装置は、抵抗加熱によって蒸発源を加熱して気化させ、真空中で基材表面に付着させる装置である。
【0027】
イオンプレーティング装置は、減圧下で、加熱された蒸発源から蒸発した原子をグロー放電又は高周波アンテナによるプラズマで部分的にイオン化し、負バイアス電圧をかけた基材に蒸発材料を蒸着させる装置である。特に、本実施形態の製造方法では、図4に示すイオンプレーティング装置60を用いて成膜を行なうことが好ましい。イオンプレーティング装置60では、真空に維持されたチャンバ71内に、ダイシングシート2に貼着された複数の基材11を配置し、複数の基材11に高周波電力を供給するとともに、基材11とコーティング層15の蒸発材料69を収納したボート61との間に直流電圧を印加しながらコーティング層15を蒸着する。
【0028】
蒸発材料69が蒸発した蒸発粒子は、基材11に高周波電力を供給しているため基材11近傍でイオン化する。イオン化された粒子を含む蒸発粒子は、基材11とボート61間に印加された直流電圧により基材11表面へ引き寄せられ付着する。
一方、解離した電子は、基材11と反対側の蒸発源69側に引き寄せられ、ボート61上の蒸発材料69に集中して衝突するため、低温度で蒸発材料69を蒸発させることが可能となる。したがって、基材温度をダイシングシート2の耐熱温度以下に維持することが容易となる。
このイオンプレーティング装置60の詳細な構成、及びこれを用いた具体的な成膜方法については、後述する。
【0029】
このように、コーティング層3を真空蒸着により成膜する場合、基材11の温度をダイシングシート2の耐熱温度未満に維持しながらコーティング層15を成膜することが好ましい。
これにより、真空蒸着時に、ダイシングシート2が熱により変形して、基材11がダイシングシート2から剥がれたり傾いたりして成膜精度が低下することを防止できる。また、ダイシングシート2に塗膜された粘着剤は、耐熱温度以上の熱により粘着性が低下したり劣化又は変性したりすることが考えられる。耐熱温度以上でダイシングシート2から剥がれたり傾いたり、あるいは紫外線剥離型樹脂の場合には紫外線を照射しても取り外せなくなる可能性がある。したがって、基材3をダイシングシート2の耐熱温度未満とすることで、これらの不具合が引き起こされることなく成膜を行なうことが可能となる。一般に、ダイシングシート2に用いられる樹脂シートは、耐熱性が75℃程度であるものが多い(図6参照)。したがって、基材11の温度を75℃未満、好適には70℃未満に維持することが好ましい。
【0030】
また、成膜工程では、図1(e)に示すようにコーティング層15を多層構造としてもよい。この場合、基材11側から順に一層ずつ成膜を行なう。
小型ミラーを製造する時は、基材11上に、少なくとも金属性の反射層16と耐腐食性を有する保護層17とを順に成膜する。小型ミラーを製造する時のコーティング層15の詳細な説明は後述する。
【0031】
ピックアップ工程では、図1(f)に示すように、コーティング層15が形成された基材11を吸引コレット等によりダイシングシート2からピックアップする。紫外線剥離型粘着剤が塗膜されたダイシングシート2の場合は、ダイシングシート2に紫外線を照射して紫外線剥離型粘着剤の物性を変化させ粘着力を低下させて、コーティング層15が形成された基材11をピックアップする。
これにより、図5(a)、(b)に示すように、基材11の表面11a全面を被覆するとともに、基材11の表面11aからチッピング面13の少なくとも一部を被覆するように延在したコーティング層15が形成された小型ミラー10が製造できる。
【0032】
このように、上記した製造方法によれば、親基材1をダイシングした後にコーティング層15を成膜しているため、ダイシングブレードによりコーティング層15の周縁部が剥がれたり、チッピングにより膜剥がれが生じたりすることを防止できる。
また、ダイシングシート2に複数の基材を貼着した状態のまま基材表面11aにコーティング層15を成膜しているため、複数の基材11を一度に成膜可能である。
さらに、本発明の製造方法で製造される光学素子は、コーティング層15がチッピング面13の少なくとも一部を覆っているため、密着性の高いチッピング面13上にコーティング層15の端部が位置することとなり、コーティング層15が膜剥がれしにくい構造とすることができる。
したがって、耐久性の高い光学素子を製造することが可能となる。
【0033】
また、上記した製造方法において、ダイシング工程の後で、ダイシングシート2に貼着した複数の基材11を洗浄する洗浄工程を行なうことが好ましい。洗浄工程は、純水等を用いて、ダイシングにより基材11に付着した飛散物を除去する。洗浄は超音波を用いることもできる。
このように、成膜工程の前に、ダイシングした基材を洗浄することにより、簡単に洗浄を行なうことができる。また、従来用いることができなかった超音波洗浄等を用いることができるようになり、洗浄方法の自由度が広がる。
【0034】
ここで、図7を参照して、小型ミラーを製造する場合のコーティング層15の構成例を示す。
コーティング層15は、基材11側から順に密着性向上層18、反射層16、中間層19、保護層17、撥水層(図示略)のうち少なくとも反射層16と保護層17とを含み、その他の層を選択的に有する。
【0035】
図7(A)に示す小型ミラーは、基材11の平坦面11aに、基材11側から順に密着性向上層18、反射層16、保護層17が積層されてコーティング層15が形成されている。
図7(B)に示す小型ミラーは、基材11の平坦面11aに、基材11側から順に密着性向上層18a、密着性向上層18b、反射層16、保護層17が積層されてコーティング層15が形成されている。
図7(C)に示す小型ミラーは、基材11の平坦面11aに、基材11側から順に密着性向上層18a、密着性向上層18b、反射層16、中間層19、保護層17が積層されてコーティング層15が形成されている。
【0036】
基材11は、コーティング層15の各層を形成できればその材質は特に限定されないが、例えば、ガラス、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、赤外線透過金属、アルミニウム、又は炭素鋼若しくは合金鋼等の超鋼材を挙げることができる。これらの合金鋼としては、クロム鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼等のステンレス鋼、及びマンガンモリブデン鋼などを挙げることができる。又これらの鋳鋼を挙げることもできる。コーティング層15との密着性を高くする上で、基材11の表面は平滑であることが好ましく、例えばガラス材であれば、その表面研磨品が好適である。もちろん、未研磨品であっても平坦面を有するガラス材であれば用いることができる。赤外線透過金属としては、シリコン、ゲルマニウム、及びカルコゲナイトガラス等が表面平滑度及び各層との密着性の点で好適である。
【0037】
熱可塑性樹脂としては、シクロオレフィンポリマー等のオレフィン系樹脂、ポリアクリル酸エステル若しくはポリメタクリル酸エステル等のアクリル樹脂、ABS樹脂、又はポリカーボネート若しくはナイロン、あるいはポリフェニレンスルファイドなどを使用することができる。
【0038】
熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、又はポリウレタン等を使用することができる。あるいは、熱硬化性樹脂は、これらの熱硬化性樹脂と、不飽和ポリエステル樹脂及び該樹脂を硬化させる硬化剤、熱可塑性樹脂、無機充填剤、並びに強化繊維から選択される少なくとも一種以上とを含む、樹脂組成物であってもよい。
【0039】
密着性向上層18は、主に基材11の表面11aと反射層16の密着性を高めるとともに、水分が基材11を透過して反射層16に浸透することを有効に防止する機能を有する。密着性向上層18は、金属又は誘電体材料で形成されているとよく、例えば、Cu、Cr、CrO、Cr、ZrO、Y、LaTi、SiO、TiO、Al、及びこれらのうち何れか2以上の混合物からなる群より選ばれる少なくとも1種からなる材料を用いる。その膜厚は、密着性を考慮して30〜80nmが好ましい。密着性向上層18の膜厚が30nm未満では、密着性が劣化しやすくなる。また、密着性向上層18は密着性が良好である限りできるだけ薄い方が望ましいことから、その膜厚は80nm以下がよい。なお、密着性向上層18は、2層以上の多層構造としてもよい。
【0040】
反射層16は、金属性材料で形成され、例えば銀を含む金属性材料で形成される。銀合金としては、ビスマス(Bi)、金、銅、パラジウム、又はプラチナからなる群より選ばれる少なくとも1種又は2種以上を含有する合金が好ましい。反射層16は、基材11とは反対側の面(反射面)での反射率が92%以上のものを用いるとよい。好ましくは、後述する多層の誘電体層からなる保護層17と組み合わせることにより、基材11がガラス材料の場合には反射率97%以上、樹脂材料の場合には反射率96%以上となるものを用いるとよい。反射層16の膜厚は、例えば70〜130nmである。反射層16の膜厚が70nm未満では光が透過しやすくなり反射率が低くなり、130nmを超えても反射率は向上せずコストがかさむためである。さらに、反射層16には、保護層17側の表面の算術平均粗さが3nm以下のものを用いるとよい。反射層16の表面粗さは、例えば原子間力顕微鏡(AFM)による観測により測定でき、表面粗さ3nm以下であるということは、実質的に平坦面であることを意味する。これにより、反射率低下の大きな原因となる層表面での光の散乱が抑制される。また、反射層16の保護層17側の表面は、X線回折によるピーク強度がその他のピーク強度の合計の20倍以上であることが好ましい。これは、結晶の配向性が高くかつ結晶密度が高く緻密であり、さらに膜の性質が均質であることを意味している。これにより、光の散乱や吸収を抑制して、高い反射率を実現していると考えられる。
【0041】
保護層17は、光透過性を有する耐腐食性材料で形成される。保護層17は、例えば、ZrO、Y、MgF、LaTiO、LaTiO、SiO、TiO、Al、SiN、LaTixOy、及びこれらのうち何れか2以上の混合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の材料を用いる。保護層17は2層以上で構成されていることが好ましい。また、保護層17は、主として反射層16の腐食を防止する目的で設けられるが、その材料と膜厚、及び2層以上の多層構造とする場合には層の組合せを選定し、反射率の増加作用を有するように構成することがより好ましい。この場合、保護層17は屈折率の異なる2層以上の誘電体層を積層し、多層干渉により高反射層(反射増加層)を構成する。複数の誘電体層のそれぞれの膜厚は、その屈折率及び光の波長によって適宜選択されるが、一層当たりの膜厚は10nm以上20nm以下が好ましく、18nm以下がより好ましい。さらに、保護層17は、反射層16に接しない側(反射面側)の表面の算術平均粗さが5nm以下であることが好ましい。これにより、保護層5の表面も実質的に平坦面となり、反射層16とともに光の散乱や吸収を抑制して高い反射率の実現に寄与する。
【0042】
中間層19は、主に反射層16と保護層17の両者に対する密着性が高く、水分の浸透をより高度に防止する機能を有する。中間層19は、例えば、Y、MgF、Al又はSiOからなる群より選ばれる少なくとも1種からなる材料を用いる。その膜厚は、20nm以上、好ましくは50nm以上、より好ましくは65nm以上である。また、それ以上であっても性能向上が認められないので100nm以下であることが好ましい。
撥水層は、主に水分の浸透を効果的に防止し、小型ミラーの耐腐食性及び耐久性をより向上させる機能を有する。撥水層は、例えば、フッ素化合物、あるいはフッ素及びケイ素を含有する化合物によって形成させることが好ましい。その膜厚は、15〜40nmであることが好ましく、これにより上記機能を効果的に発揮する。
【0043】
また、成膜工程において、図4に示すイオンプレーティング装置60を用いることもできる。なお、図4のチャンバ71については、その断面図によりその内部を概略的に示している。以下の成膜方法は、蒸発材料69及び必要であれば成膜条件を変えることにより、一つの装置60で連続的に基材11上に成膜を行なえるようにしたものである。
【0044】
まず、基材11の表面に密着性向上層を形成する場合について説明する。
図4に示すイオンプレーティング装置60におけるチャンバ71内の下部には、蒸発材料69を収容保持して加熱蒸発させるためのボート61が配置されている。また、ボート61による加熱の代わりに電子銃79により電子ビームを照射して蒸発材料69を蒸発させる、るつぼ78も配置されている。この蒸発材料69を保持したボート61又は蒸発材料69を保持したるつぼ78を蒸発源と称する。この蒸発源に対向するように、チャンバ71内の上部には、基材11を保持するための基材保持部62が設けられている。密着性向上層を形成するための蒸発材料69としては、Cu、Cr、CrO、Cr、Y、LaTi、SiO、TiO、又はAlを用いることができる。基材保持部62は、ダイシングシート2に貼着された状態の複数の基材11を保持するようになっている。密着性向上層を成分の異なる多層にする場合は、これらの金属又は金属酸化物の層(薄膜)を以下に述べる方法により基材11の上に順次形成する。
【0045】
基材保持部62は導電性材料からなり、基材11を保持するとともに電極の働きも有する。基材保持部62には、高周波電力供給電源(RF)65からの高周波電力が、マッチング装置(MN)64、直流遮蔽フィルタとしてのコンデンサ67を介して印加されるようになっている。なお、コンデンサ67は、可変コンデンサを用いてマッチング回路の一部として機能させてもよい。さらに、基材保持部62には、直流電圧印加電源(DC)66の陰極側が、高周波遮蔽フィルタとしてのコイル68を介して接続されている。高周波電力供給電源65の基材保持部62とは反対側の端子は、直流電圧印加電源66の陽極側と接続されていて、これらは接地されている。
【0046】
ボート61は、例えば、それ自身が電気抵抗の高い材料からなっていて、例えば交流電源からなる加熱電源63からの電力供給を受けて、蒸発材料69を蒸発させるための熱を発生する。ボート61には、さらに、直流電圧印加電源66の陽極側が接続されている。また、別の方法として、上記したように、電子銃79から電子ビームをるつぼ78に収容保持した蒸発材料69に照射して蒸発材料69を蒸発させることもできる。図4において、電子銃79から、るつぼ78に保持された蒸発材料69への矢印は、電子ビームの照射の様子を表している。
【0047】
チャンバ71内の空間は、排気ダクト72及び排気バルブ73を介して真空ポンプ74によって排気され、成膜期間中において、所定の真空状態とされる。チャンバ71内に不活性ガス(例えばアルゴンガス等)及び反応性ガス(例えば酸素ガス)を供給するために、チャンバ71内には、流量制御装置(MFC)76及びガス供給配管77を介して、不活性ガス供給源81及び反応性ガス供給源83が接続されている。不活性ガス供給源81からの供給/停止は、弁81aを開閉することによって行なわれる。反応性ガス供給源83からの供給/停止は、弁83aを開閉することによって行なわれる。なお、反応性ガスは、Y、SiO、TiO、及びAl等の金属酸化物の密着性向上層を形成するときのみ供給し、Cu及びCrの密着性向上層を形成するときは、反応性ガスは供給せず、不活性ガスのみ供給する。
【0048】
チャンバ71内の真空度は、真空度計75によって計測され、この真空度計75の出力に基づき、流量制御装置76は、マイクロコンピュータ等からなる制御装置80によって制御されるようになっている。これにより、不活性ガス供給源81及び反応性ガス供給源83からのガス供給量は、チャンバ71内の真空度が所定値に保持されるように制御される。緻密な密着性向上層を得るためには、チャンバ71内の層形成時の真空度は、1.0×10−3〜5.0×10−2Pa、好ましくは5.0×10−3〜3.0×10−2Paであるのがよい。また、酸素ガス濃度は約1.0×10−2×3.0×10−2Paの範囲内で調整される。
【0049】
基材11の表面における層の形成速度を計測するために、基材保持部62に関連して膜厚モニタ84が設けられている。この膜厚モニタ84の出力信号は、制御装置80に入力されていて、この制御装置80は、膜厚モニタ84の出力に基づいて加熱電源63の出力を制御するようになっている。こうして、層の形成速度が所望の値となるように、ボート61への通電量の制御、又は電子銃79の電流値を調整することによる電子ビーム量の制御により、蒸発材料69の蒸発量が調整される。緻密な密着性向上層を得るためには、層の形成速度は1〜20Å/秒、好ましくは2〜15Å/秒であるのがよい。以下に、ボート61の加熱による蒸発材料69の蒸発を例として、層形成の手順及びそのときのチャンバ71内の様子をさらに詳しく説明する。
【0050】
高周波電力供給電源65は、例えば周波数10〜50MHzの高周波電源でよいが、例えば13.56MHzに設定すればよく、放電電極としての基材保持部62の単位面積(cm)当たり、出力20〜200mW、好ましくは25〜150mWの高周波電力を基材保持部62に印加する。好ましい出力範囲は、蒸発材料69の種類及び基材保持部62の大きさによって変化するため、前記範囲内で適切に設定する。これに応じた高周波電界がチャンバ71内で形成されることによって、チャンバ71内ではガス供給配管77から供給されるガス及び蒸発材料69から蒸発した蒸発物からなるプラズマが生成することになる。このプラズマ中のイオン化された粒子のうち、正に帯電したものは、直流電圧印加電源66から基材保持部62に印加された直流バイアスによって、基材11の表面へと引き寄せられる。直流電圧印加電源66からの印加電圧は100V〜400V、好ましくは180〜230Vであるのがよい。
【0051】
一方、プラズマ中の解離した電子は、直流電圧印加電源66の陽極側に接続されたボート61へと引き寄せられることになる。このとき、蒸発源からは蒸発材料69が継続的に蒸発しているので、蒸発粒子と電子との衝突により、プラズマの足が蒸発源に下りたような形状の発光体が蒸発源の近傍に見られる。そして、蒸発源の近傍に集まった電子は、接地され陽極側に接続されているボート61に吸い込まれ、ボート61上の蒸発材料69に衝突する。これによって、蒸発材料69は、ボート61による加熱と、電子の衝突とによってその蒸発が促進されることになる。すなわち、蒸発材料69への集中的な電子衝突によって低温で蒸発を促進させる効果(デポジションアシスト効果)が得られる。
【0052】
図4に示されるように、チャンバ71は、直流電圧印加電源66及び高周波電力供給源65のいずれにも接続されておらず、また接地もされていない。すなわち、チャンバ71は、電気的に浮遊状態となっている。このため、基材保持部62とチャンバ71との間での高周波放電が起こることもなく、チャンバ71内のプラズマ中の荷電粒子がチャンバ71の内壁に引き寄せられることもない。したがって、プラズマ中の陽イオン化した粒子又はプラスに荷電した粒子は、基材11の表面へと効率的に導かれ、プラズマ中の負の荷電粒子である電子は、ボート61上の蒸発材料69へと集中的に導かれることになる。これにより、良好な薄膜形成を実現できるとともに、電子ビームによる蒸発材料69の蒸発促進を効率的に行なえる。
【0053】
チャンバ71内においてプラズマが安定すると、蒸発材料69へのプラズマから電子ビームの照射によって、蒸発材料69はプラズマに吸い上げられるように蒸発する。そこで、基材11に付着する蒸発材料69の付着速度を一定に保持するために、膜厚モニタ84の出力に基づき、制御装置80は、加熱電源63の出力を下げる。すなわち、ボート61への通電電流又は通電電圧を下げる。これにより、蒸発速度が調節される。
【0054】
プラズマから供給される電子ビームにより蒸発材料69の蒸発が促進されるので、ボート61の加熱電流値は低く抑えることができるため、比較的低い加熱温度で蒸発材料69の蒸発を継続して維持することができ、プラズマの作用を利用した蒸着による薄膜形成を行なうことができる。
すなわち、蒸発速度=(加熱による蒸発速度)+(デポジションアシスト効果による蒸発速度)が保たれ、デポジションアシスト効果が大きくなると、蒸発源からの輻射熱は抑えられ、基材11への影響が小さくなるので、基材11の温度を上昇させないで薄膜の形成ができ、本実施形態の場合70℃以下の温度を保持しながらコーティングを持続できる。したがって、蒸着時にダイシングシート2の耐熱温度以下となるように基材11温度を維持できる。
【0055】
密着性向上層の形成後、蒸発源のボート61又はるつぼ78に蒸発材料69として銀合金材料を収容保持させ、密着性向上層の形成と同様にして、基材11上の密着性向上層の表面に銀合金膜を形成させ、反射層を得る。このとき、不活性ガスは供給するが、酸素ガス等の反応性ガスは供給しない。緻密な銀合金の反射層を得る場合、チャンバ71内の真空度は、1.0×10−3〜5.0×10−2Pa、好ましくは5.0×10−3〜3.0×10−2Paであるのがよく、反射層の形成速度は3〜20Å/秒、好ましくは5〜15Åであるのがよい。
【0056】
銀合金の反射層を形成した後、密着性向上層の形成と同様にして、反射層の表面に保護層(反射増加層)を形成する。保護層を形成するための蒸発材料69としては、ZrO、Y、MgF、LaTiO、LaTi、SiO、TiO、Al、SiN、LaTixOy又はこれらのうち何れか2以上の混合物を用いることができる。保護層を成分の異なる多層にする場合は、これらの化合物の薄膜を銀合金の反射層の上に順次形成する。
【0057】
必要に応じて、中間層、撥水層、又はその両者を形成する場合は、蒸発源のボート61又はるつぼ78に蒸発材料69として上記した化合物を収容保持させ、上記密着性向上層の形成に準拠した操作によって層形成を行なう。これらの層が金属酸化物でない場合は、反応性ガスである酸素ガスは供給しない。
【0058】
ボート61又はるつぼ78への前記各蒸発材料69の供給には、例えばコート材料供給器(図示せず)からボート61に密着性向上層、反射層、保護層の各材料をこの順に供給し、それぞれ所定の成膜条件にて順次蒸発を行なわせ、基材11の表面に連続的に層形成を行わせてもよい。なお、中間層、撥水層、又はこの両者も形成するときは、同様にその形成順に連続的に膜形成を行わせてもよい。
【0059】
これらの成膜の間、基材11は70℃以下に保持されている。したがって、樹脂性の基材であっても、熱による基材の変形等の影響を受けることなく、樹脂性基材の表面に前記した各層を良好に形成できる。さらに、ダイシングシート2も同様に、熱による変形等の影響を受けることがないため、良好に成膜することが可能となる。
【0060】
本発明の小型ミラーを用いて耐腐食性を評価する信頼性試験を行なった。
(実施例)
ダイシング工程では、親基材1として、表面1aが76mm×76mm、厚さ0.1mmのガラス研磨品を用い、親基材1の表面1aにダイシングシート2を貼着して、ブレードダイシングにより親基材1をダイシングし、表面11aが3mm×3mmの基材11に分割した。ダイシングシート2は、ポリエチレンテレフタレート(PET)からなる樹脂シートにアクリル系の紫外線剥離型粘着剤が塗膜されたものを用いた。このダイシングシート2は、樹脂シートの耐熱温度120℃、粘着剤の耐熱温度80℃である。
ダイシング工程の後、洗浄工程を行なった。洗浄工程では、ダイシングシート2に貼着した状態のまま基材11を純水により洗浄した。
【0061】
洗浄工程の後、成膜工程を行なった。
成膜工程では、ダイシングシート2に貼着された複数の基材11を、図4に示すイオンプレーティング装置60を用いて、基材11上に下記(1)〜(4)の順に各層を積層し、小型ミラーを製造した。
(1)密着性向上層18:クロム(Cr)(厚さ20nm)及び銅(Cu)(厚さ60nm)の2層を、この順に積層した。
(2)反射層16:銀−ビスマス(Ag−Bi)合金(株式会社コベルコ科研製「Ag−1.0at%Bi合金(ビスマス:1.9wt%)」)(厚さ120nm)
(3)保護層17:フッ化マグネシウム(MgF)(厚さ54.1nm)、酸化イットリウム(Y)(厚さ20nm)、MERCK社製Substance H5 Patinal(商標)(LaTixOy)(厚さ49.5nm)の3層を、この順にAg−Bi層上に積層した。
(4)撥水層:MERCK社製Substance WR1 Patinal(商標)(フッ化ケイ素化合物)(厚さ20nm)をLaTixOy層上に積層した。
【0062】
(1)密着性向上層18
蒸発材料69:Cr、Cu(まずCr膜を下記操作により形成後、Cu膜を同操作によってCr膜上に形成した)
チャンバ71内への導入ガス:アルゴンガス
高周波電力供給電源65からの基材保持部62への印加電力:周波数13.56MHzで31.6mW/cm(基材保持部62の単位面積当たりの印加電力)
直流印加電源66:陰極側を基材保持部62に接続し、陽極側をボート61に接続
直流印加電源66から基材保持部62への印加電圧:200V
チャンバ71:接地されていない電気的に浮遊状態
チャンバ71内の真空度:1.5×10−3Pa以下
密着性向上層の形成速度:3Å/秒(Cr)、6Å/秒(Cu)
蒸発源の加熱:加熱電源63により抵抗加熱
このようにして、厚さ20nmのCr膜及び厚さ60nmのCu膜からなる2層の密着性向上層18を、基材11上に形成した。
【0063】
(2)反射層16
蒸発材料69:Ag−Bi
チャンバ71内への導入ガス:アルゴンガス
高周波電力供給電源65からの基材保持部62への印加電力:周波数13.56MHzで31.6mW/cm(基材保持部62の単位面積当たりの印加電力)
直流印加電源66:陰極側を基材保持部62に接続し、陽極側をボート61に接続
直流印加電源66から基材保持部62への印加電圧:200V
チャンバ71:接地されていない電気的に浮遊状態
チャンバ71内の真空度:1.5×10−3Pa以下
反射層の形成速度:10Å/秒
蒸発源の加熱:加熱電源63により抵抗加熱
このようにして、厚さ120nmのAg−Bi膜からなる反射層16をCu膜上に形成した。
【0064】
(3)保護層17
蒸発材料69:MgF、Y、LaTixOy(この順で形成)
チャンバ71内への導入ガス:アルゴンガス(MgF)、酸素ガス(Y、LaTixOy)
高周波電力供給電源65からの基材保持部62への印加電力:周波数13.56MHzで52.6(MgF成膜時)、又は100(Y成膜時)、又は80(LaTixOy成膜時)mW/cm(基材保持部62の単位面積当たりの印加電力)
直流印加電源66:陰極側を基材保持部62に接続し、陽極側をボート61に接続
直流印加電源66から基材保持部62への印加電圧:250V(MgF)、400(Y)、300(LaTixOy)
チャンバ71:接地されていない電気的に浮遊状態
チャンバ71内の真空度:1.5×10−3Pa以下
保護層の形成速度:8Å/秒(MgF)、2Å/秒(Y、LaTixOy)
蒸発源の加熱:加熱電源63により抵抗加熱又は電子ビーム加熱
このようにして、膜(MgF)、膜(Y)及び膜(LaTixOy)からなる3層の保護層17を、基材11上に形成した。
【0065】
(4)撥水層
蒸発材料69:MERCK社製Substance WR1 Patinal(商標)
チャンバ71内への導入ガス:無
撥水層の形成速度:7Å/秒
撥水層の形成時には導入ガスを使用していないので、ガス供給量は0であり、チャンバ内の真空度は5.0×10−2Pa以下である。
【0066】
図4の装置を用いて、上記条件により成膜を行う時に、基材11に熱伝対を取り付けて成膜プロセス中の温度変化を測定した。図8は、基材11の温度変化を示すグラフである。L1はCr膜の成膜期間、L2はCu膜の成膜期間、L3はAg−Bi膜の成膜期間、L4はMgF膜の成膜期間、L5はYの成膜期間、L6はLaTixOyの成膜期間である。L1では、蒸発材料が高融点のCrであるため輻射熱により温度上昇し、L2では輻射熱が低いため温度低下し、L3以降では温度維持又は徐々に温度上昇するが、何れの期間においても基材11は75℃以下を維持している。
【0067】
成膜工程の後、ピックアップ工程を行なった。ピックアップ工程では、ダイシングシート2に紫外線を照射して粘着剤の物性を変化させ剥離しやすくして、吸引コレットにより上記各層からなるコーティング層15が形成された基材11をピックアップした。本実施例で製造された小型ミラーの写真を図9に示す。同図に示されるように、チッピング面までコーティング層15が形成されていることがわかる。
【0068】
(比較例)
最初に成膜工程を行なった。成膜工程では、図4に示すイオンプレーティング装置60を用いて、親基材1上に、実施例と同様に上記(1)〜(4)の順に各層を積層してコーティング層15を形成した。親基材1は、表面1aが76mm×76mm、厚さ0.1mmのガラス研磨品を用いた。コーティング層15の構成は実施例と同様である。
成膜工程の後、ダイシング工程を行なった。ダイシング工程では、イオンプレーティング装置60からコーティング層15が形成された親基材1を取り出し、ダイシングブレードにより親基材1をダイシングし、表面1aが3mm×3mmの基材11に分割した。
【0069】
ダイシング工程の後、洗浄工程を行なった。洗浄工程では、コーティング層15が形成された親基材1を純水により洗浄した。
洗浄工程の後、ピックアップ工程を行なった。ピックアップ工程では、ダイシングシート2に紫外線を照射して粘着剤を剥離させ、吸引コレットにより上記各層からなるコーティング層15が形成された基材11をピックアップした。
【0070】
上記のように製造した実施例と比較例の反射ミラーを用いて、環境条件を変化させて(1)〜(6)までの条件で試験を行なった。
(1)高温高湿条件は、実施例と比較例の小型ミラーを、温度48.9℃、湿度95%の空間に入れて24時間放置した。
(2)高温高湿条件は、実施例と比較例の小型ミラーを、温度60℃、湿度90%の空間に入れて100時間放置した。
(3)高温条件は、実施例と比較例の小型ミラーを、温度140℃の空間に入れて72時間放置した。
(4)低温条件は、実施例と比較例の小型ミラーを、温度−25℃の空間に入れて72時間放置した。
(5)温度サイクル条件は、実施例と比較例の小型ミラーを、温度60℃の空間に入れて3時間放置した後に1時間冷却し、さらに温度25℃の空間に入れて3時間放置した後に1時間冷却する8時間の温度サイクルを6回繰り返した。
(6)塩水噴霧条件は、実施例と比較例の小型ミラーに、塩分濃度5%の水を噴霧した後、温度35℃の空間に入れて24時間放置した。
【0071】
これらの条件において試験を行なった後、目視で小型ミラーを観察し、コーティング層の状態を評価した。
図10は、小型ミラーの信頼性試験の結果を示す表である。この表の中で、Aは変化なしの場合、Bは膜の変色および腐食ありの場合、Cは膜の欠落、膜浮きありの場合を示している。
図11は、信頼性試験後の小型ミラーを撮影した写真であり、(a)はコーティング層が変色および腐食した状態、(b)はコーティング層が腐食して膜浮きした状態を示す。
【0072】
(1)高温高湿条件では、実施例の小型ミラーには変化がなかったが、比較例の小型ミラーはコーティング層の変色と腐食が見られた。(2)高温高湿条件では、実施例の小型ミラーには変化がなかったが、比較例の小型ミラーはコーティング層の欠落や膜浮きが見られた(図11(a)の写真)。この結果から、実施例の小型ミラーは高温高湿条件下で、比較例の小型ミラーよりも極めて高い耐腐食性を有することが明らかである。
【0073】
(3)高温条件、(4)低温条件、及び(5)温度サイクル条件ではいずれの小型ミラーも変化が見られなかった。
(6)塩水噴霧条件では、実施例の小型ミラーはコーティング層の変色と腐食が見られ、実施例の小型ミラーは欠落や膜浮きが見られた。この結果から、塩水噴霧条件では実施例の小型ミラーでも一部変色と腐食が発生したが、比較例の小型ミラーは同条件でコーティング層の欠落や膜浮きが発生している(図11(b)の写真)ため、塩水噴霧条件においても実施例の小型ミラーの方が比較例の小型ミラーより耐腐食性が優れていることがわかる。
このように、信頼性試験の結果からも本発明の小型ミラーは従来の小型ミラーに比べて高い耐腐食性を有していることが明らかである。
【符号の説明】
【0074】
1 親基材
2 ダイシングシート
11 基材
15 コーティング層
16 反射層
17 保護層
18、18a、18b 密着性向上層
19 中間層
50 真空蒸着装置
51 チャンバ
52 蒸発材料
53 るつぼ
54 電子銃
55 加熱ヒータ
60 イオンプレーティング装置
61 ボート
62 基材保持部
65 高周波電力供給電源
66 直流電圧印加電源(DC)
69 蒸発材料
71 チャンバ
74 真空ポンプ
78 るつぼ
79 電子銃
80 制御装置



【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にコーティング層が形成された光学素子の製造方法において、
親基材の裏面にダイシングシートを貼着し、前記親基材の表面側をダイシングして複数の前記基材に分割するダイシング工程と、
前記ダイシング工程を行なった後、前記ダイシングシートに貼着された複数の前記基材の表面に前記コーティング層を成膜する成膜工程と、
前記コーティング層が成膜された複数の前記基材を、前記ダイシングシートから取り外すピックアップ工程とを備えることを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記光学素子が小型ミラーであり、
前記成膜工程で、前記コーティング層として金属性の反射膜と耐腐食性を有する保護層とを順に成膜することを特徴とする請求項1に記載の光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記成膜工程では、前記基材の温度を前記ダイシングシートの耐熱温度未満に維持しながら真空蒸着により前記基材に前記コーティング層を成膜することを特徴とする請求項1又は2に記載の光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記成膜工程は、真空に維持されたチャンバ内に、前記ダイシングシートに貼着された複数の前記基材を配置し、複数の前記基材と前記コーティング層の蒸発材料を収納したボートとの間に高周波電力を供給するとともに直流電圧を印加しながら前記コーティング層を蒸着することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の光学素子の製造方法。
【請求項5】
前記ダイシング工程で、前記親基材をレーザー光によりダイシングすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光学素子の製造方法。
【請求項6】
前記成膜工程の前に、前記ダイシングシートに複数の前記基材が貼着された状態で、前記基材を洗浄する洗浄工程を備えることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−68542(P2011−68542A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−223509(P2009−223509)
【出願日】平成21年9月28日(2009.9.28)
【出願人】(390022459)京セラオプテック株式会社 (26)
【Fターム(参考)】