説明

制御装置

【課題】急激な外乱の発生時に引き起こされるハンチングを予防可能とする。
【解決手段】内燃機関またはこれに付帯する装置に係る制御出力を目標値r2に追従させる制御を実施するものにおいて、急激な外乱が発生する状況を察知した場合、サーボコントローラが参照する、制御対象となる制御出力の目標値r2またはその偏差をなまし処理し、目標値r2の変動に伴う制御入力の変動、換言すれば操作部の操作量を抑制するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関またはそれに付帯する装置を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1に開示されている排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)システムは、過給機を備えた内燃機関のEGR率(または、EGR量)を制御するものである。EGR率と過給圧との間には相互干渉が存在し、一入力一出力のコントローラでEGR率及び吸気管内圧力(または、吸気量)の両方を同時に制御することは難しい。しかも、内燃機関の運転領域によって応答性が異なる上、過給機にはターボラグ(むだ時間)がある。このような事情から、特許文献1に記載のシステムでは、非線形制御対象に対して有効な制御手法であるスライディングモード制御を採用し、相互作用を考慮した多入力多出力のコントローラを設計してEGR制御をしている。
【0003】
スライディングモードコントローラを設計する際には、ノミナルモデルと呼称する特定の状態空間モデルから一つの切換超平面を導き、この超平面に状態を留めることを考える。つまり、オフラインで設計した単一のコントローラを全運転領域に適用する。無論、現実の自動車では運転領域が刻々と変化するが、スライディングモードコントローラはその実際の運転領域とノミナルポイントとの間の誤差(摂動)を外乱として吸収することができる。
【0004】
とは言え、どのような外乱でも吸収できるわけではない。コントローラの演算周期は0よりも大きく、操作部となるEGRバルブ、可変ターボのノズルベーン等の開閉速度も有限である。所定の演算周期の間にバルブが開閉する幅で吸収することのできる外乱でなければ、抑圧制御できないのである。
【0005】
自動車の加速中はエンジン回転数及び要求燃料噴射量が増加し、排気ターボの仕事量が増す。故に、たとえ操作部を全く開閉操作しなかったとしても、吸気管内圧力が自然に増大する。エンジン回転数及び燃料噴射量を直接参照しないコントローラは、このような吸気管内圧力の変動を外乱として取り扱う。運転者がアクセルを緩め、加速が終了すると、エンジン回転数及び燃料噴射量が減少する。通常、吸気管内圧力の目標値はエンジン回転数及び燃料噴射量に依存しており、加速終了とともにこの目標値は下降する。その上、エンジン回転数及び燃料噴射量が減少すれば、排気ターボの仕事量が衰えるので、吸気管内圧力の急減少も発生する。
【0006】
結果、目標値下降に対応する操作部の開閉に起因した吸気管内圧力の低下に、エンジン回転数及び燃料噴射量の減少に起因した急激な外乱としての吸気管内圧力の低下が加わる。そして、吸気管内圧力が大きく落ち込むアンダーシュート、その後の反動で大きく跳ね上がるオーバーシュートが生じ、上下動を繰り返すハンチング状態に陥るおそれがあった。吸気管内圧力のハンチングは、協調制御しているEGR率のハンチング、並びに各バルブの開度のハンチングを引き起こし、ドライバビリティの低下や排気ガスの悪化等につながるため、決して好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−032462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の問題に初めて着目してなされた本発明は、急激な外乱の発生時に引き起こされるハンチングを予防可能とすることを所期の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明では、内燃機関またはこれに付帯する装置に係る制御出力を目標値に追従させる制御を実施するものであって、制御出力とその目標値との偏差に基づいて制御入力を反復的に演算するサーボコントローラと、前記制御出力に関連する(観測方程式(出力方程式)を介して制御出力と関連を持つ)プラントの状態量の実際の値と、前記制御入力をプラントのモデルに代入して算出される状態量の計算上の値との差分の単位時間当たり変化量が所定の閾値を越えるという条件を少なくとも含むハンチング条件が成立したときに、サーボコントローラが参照する制御出力の目標値または偏差をなまし処理する目標補正部とを具備することを特徴とする制御装置を構成した。
【0010】
即ち、急激な外乱が発生する状況を察知した場合に、制御対象となる制御出力の目標値またはその偏差をなまし処理し、目標値の変動に伴う制御入力の変動、換言すれば操作部の操作量を抑制するようにしたのである。これにより、急激な外乱の発生時に引き起こされるハンチングの予防が可能となる。
【0011】
特に、ターボ過給機を備えた内燃機関を制御するものであり、前記制御出力に吸気管内圧力または吸気量が含まれている制御系では、例えば加速終了後の一時期において、吸気管内圧力または吸気量の目標値をなまし処理する。つまり、加速終了後は外乱として過給圧が自然に低下するので、そのことを利用して、敢えて操作部を操作することなしに吸気管内圧力または吸気量を低減制御するのである。
【0012】
内燃機関またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記制御出力の目標値との関係を定めたマップを予め記憶し、前記指標値をキーとして当該マップを検索することを通じて前記制御出力の目標値を知得するものであれば、コントローラで吸収可能な程度の外乱は指標値に対応した目標値の設定によって制御できる。吸収不可能な急激な外乱に対してのみ、指標値に応じて上下する目標値になまし処理を施し、ハンチングを抑止する。
【0013】
前記指標値に、内燃機関の回転数及び燃料噴射量(または、要求負荷)が含まれており、前記ハンチング条件に、内燃機関の回転数及び燃料噴射量がともに減少傾向にあることが含まれているものであれば、加速終了後における吸気管内圧力または吸気量の制御を好適に実施し得る。
【0014】
前記ハンチング条件に、アクセル踏み込み量が減少傾向にあることを追加してもよい。アクセル踏み込み量の減少は、車速の低下、エンジン回転数の低下をもたらし、やはり外乱要因となるからである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、急激な外乱の発生時に引き起こされるハンチングを予防することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態におけるEGRシステムのハードウェア資源構成図。
【図2】同実施形態の制御装置の構成説明図。
【図3】同実施形態の適応スライディングモードコントローラのブロック線図。
【図4】同実施形態の目標補正部のブロック線図。
【図5】自動車の車速と吸気管内圧力及びその外乱との相関を示すチャート。
【図6】外乱によって引き起こされるハンチングの模様を示すチャート。
【図7】吸気管内圧力の目標値のなまし処理を例示するチャート。
【図8】同実施形態の制御装置が実行する処理の手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。図1に示すものは、本発明の適用対象の一であるEGRシステムである。内燃機関2に付帯するこのEGRシステムは、吸排気系3、4における複数の流体圧または流量に関する値を検出するための計測器11、12と、それらの値に目標値を設定し、各値を目標値に追従させるべく複数の操作部45、42、33を操作する制御装置たるECU(Electronic Control Unit)5とを具備してなる。
【0018】
内燃機関2は、例えば過給機を備えたディーゼルエンジンである。内燃機関2の吸気系3には、可変ターボのコンプレッサ31を配設するとともに、その下流に吸気冷却用のインタークーラ32、及び新気量を調節するDスロットルバルブ33を設ける。また、新気量を計測する流量計11、吸気管内圧力を計測する圧力計12をそれぞれ設置する。
【0019】
内燃機関2の排気系4には、コンプレッサ31を駆動するタービン41を配設し、タービン41の入口には過給機のA/R比を増減させるためのノズルベーン42を設ける。そして、内燃機関2の燃焼室より排出される排気ガスの一部を吸気系3に還流させるEGR通路43を形成する。EGR通路43は、吸気系3におけるスロットルバルブ33よりも下流に接続する。EGR通路43には、排気冷却用のEGRクーラ44と、通過する排気ガス(EGRガス)量を調節する外部EGRバルブ45とを設ける。
【0020】
本実施形態では、EGR率(または、EGR量)と、吸気管内圧力(または、吸気量)とについて各々目標値を設定し、双方の制御量を一括に目標値に向かわせるべく複数の操作部、即ちEGRバルブ45、可変ターボのノズル42及びスロットルバルブ33を操作する制御を実施する。
【0021】
EGRバルブ45、ノズルベーン42、スロットルバルブ33は、ECU5により統御されてその開度をリニアに変化させる。各操作部45、42、33は、駆動信号のデューティ比を増減させることで開度を変える電気式のバルブや、あるいはバキュームコントロールバルブ等と組み合わされ弁体のリフト量を制御して開度を変える機械式のバルブ等を用いてなる。
【0022】
ECU5は、プロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)またはフラッシュメモリ、A/D変換回路、D/A変換回路等を包有するマイクロコンピュータである。ECU5は、EGR率及び吸気管内圧力を検出するための計測器11、12の他、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温等を検出する各種計測器(図示せず)と電気的に接続し、これら計測器から出力される信号を受け取って各値を知得することができる。
【0023】
因みに、本実施形態では、EGR率を直接計測していない。内燃機関2のシリンダに入る空気量は、可変ターボのノズル開度を基に予測することが可能である。その空気量の予測値をgcylとおき、流量計11で計測される新気量をgaとおくと、推定EGR率eegrについて、eegr=1−ga/gcylなる関係が成立する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、可変ターボのノズル開度とシリンダに入る空気量との関係を定めたマップデータが記憶されている。ECU5は、可変ターボのノズル開度をキーとしてマップを検索し、シリンダに入る空気量の予測値を得、これと新気量とを上記式に代入してEGR率を算出する。
【0024】
並びに、ECU5は、EGRバルブ45、可変ターボのノズル42、スロットルバルブ33や、燃料噴射を司るインジェクタ及び燃料ポンプ等(図示せず)と電気的に接続しており、これらを駆動するための信号を入力することができる。
【0025】
ECU5で実行するべきプログラムはROMまたはフラッシュメモリに予め記憶されており、その実行の際にRAMへ読み込まれ、プロセッサによって解読される。ECU5は、プログラムに従い内燃機関2を制御する。例えば、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温等の諸条件に基づき要求される燃料噴射量(いわば、エンジン負荷)を決定し、その要求噴射量に対応する駆動信号をインジェクタ等に入力して燃料噴射を制御する。その上で、ECU5は、プログラムに従い、図2ないし図4に示すサーボコントローラ51及び目標補正部52としての機能を発揮する。
【0026】
サーボコントローラ51は、スライディングモードコントローラであって、EGR率及び吸気管内圧力のスライディングモード制御を担う。フィードバック制御時、ECU5は、各種計測器(図示せず)が出力する信号を受け取ってエンジン回転数、アクセル踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温及び気圧等を知得し、要求噴射量を決定する。続いて、少なくともエンジン回転数及び要求噴射量に基づき、目標EGR率及び目標吸気管内圧力を設定する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、エンジン回転数及び要求噴射量に応じて設定するべき各目標値を示すマップデータが記憶されている。ECU5は、エンジン回転数及び要求噴射量をキーとしてマップを検索し、EGR率及び吸気管内圧力の目標値を得る。さらに、マップを参照して得た目標値を基本値とし、これを冷却水温、吸気温、外部の気温や気圧等に応じて補正して最終的な目標値とする。
【0027】
そして、ECU5は、計測器11、12が出力する信号を受け取ってEGR率及び吸気管内圧力の現在値を知得し、各制御量の現在値と目標値との偏差からEGRバルブ45の開度、可変ターボのノズル42の開度及びスロットルバルブ33の開度を演算して、各々の操作量に対応する駆動信号をそれら操作部45、42、33に入力、開度を操作する。
【0028】
EGR率の適応スライディングモード制御に関して補記する。状態方程式及び出力方程式は、下式(数1)の通りである。
【0029】
【数1】

【0030】
本実施形態では、状態量ベクトルXを出力ベクトルYから直接知得できる構造とする、換言すれば計測器11、12を介して検出可能な値を直接の制御対象とすることにより、状態推定オブザーバを排して推定誤差に伴う制御性能の低下を予防している。出力行列Cは既知、本実施形態では単位行列とする。
【0031】
プラントのモデル化、即ち状態方程式(数1)における係数行列A及び入力行列Bの同定にあたっては、各操作部45、42、33に様々な周波数からなるM系列信号を入力して開度を操作し、EGR率及び吸気管内圧力の値を観測して、その入出力データから行列A、Bを同定する。各操作部45、42、33に入力するM系列信号は、互いに無相関なものとする。これにより、各値の相互干渉を考慮したモデルを作成することができる。
【0032】
図3に、本実施形態の適応スライディングモード制御系のブロック線図を示す。スライディングモードコントローラ51の設計手順には、切換超平面の設計と、状態量を切換超平面に拘束するための非線形切換入力の設計とが含まれる。1形のサーボ系を構成するべく、当初の状態量ベクトルXに、目標値ベクトルRと出力ベクトルYとの偏差の積分値ベクトルZを付加した新たな状態量ベクトルXeを定義すると、下式(数2)に示す拡大系の状態方程式を得る。
【0033】
【数2】

【0034】
安定余裕を考慮し、切換超平面の設計にはシステムの零点を用いた設計手法を用いる。即ち、上式(数2)の拡大系がスライディングモードを生じているときの等価制御系が安定となるように超平面を設計する。切換関数σを式(数3)で定義すると、状態が超平面に拘束されている場合にσ=0かつ式(数4)が成立する。
【0035】
【数3】

【0036】
【数4】

【0037】
故に、スライディングモードが生じているときの線形入力(等価制御入力)は、下式(数5)となる。
【0038】
【数5】

【0039】
上式(数5)の線形入力を拡大系の状態方程式(数2)に代入すると、下式(数6)の等価制御系となる。
【0040】
【数6】

【0041】
この等価制御系が安定になるように超平面を設計することと、目標値Rを無視した系に対して設計することとは等価であるので、下式(数7)が成立する。
【0042】
【数7】

【0043】
上式(数7)の系に対して安定度εを考慮し、最適制御理論を用いてフィードバックゲインを求め、それを超平面とすると、下式(数8)となる。
【0044】
【数8】

【0045】
行列Psは、リカッチ方程式(数9)の正定解である。
【0046】
【数9】

【0047】
リカッチ方程式(数9)におけるQsは制御目的の重み行列で、非負定な対称行列である。q1、q2は偏差の積分Zに対する重みであり、制御系の周波数応答の速さの違いにより決定する。q3、q4は出力Yに対する重みであり、ゲインの大きさの違いにより決定する。また、リカッチ方程式(数9)におけるRsは制御入力の重み行列で、正定対称行列である。εは安定余裕係数で、ε≧0となるように指定する。
【0048】
なお、上記式(数8)、(数9)に替えて、以下に示す離散系の超平面構築式(数10)及び代数リカッチ方程式(数11)を用いてもよい。
【0049】
【数10】

【0050】
【数11】

【0051】
超平面に拘束するための入力の設計には、最終スライディングモード法を用いる。ここでは、制御入力Uを、線形入力Ueqと新たな入力即ち非線形入力(非線形制御入力)Unlとの和として、下式(数12)で表す。
【0052】
【数12】

【0053】
切換関数σを安定させたいので、σについてのリアプノフ関数を下式(数13)のように選び、これを微分すると式(数14)となる。
【0054】
【数13】

【0055】
【数14】

【0056】
式(数12)を式(数14)に代入すると、下式(数15)となる。
【0057】
【数15】

【0058】
非線形入力Unlを下式(数16)とすると、リアプノフ関数の微分は式(数17)となる。
【0059】
【数16】

【0060】
【数17】

【0061】
従って、切換ゲインkを正とすれば、リアプノフ関数の微分値を負とすることができ、スライディングモードが保証される。このときの制御入力Uは、下式(数18)である。
【0062】
【数18】

【0063】
ηはチャタリング低減のために導入した平滑化係数であって、η>0である。
【0064】
スライディングモード制御では、状態量を超平面に拘束するために非線形ゲインを大きくする必要がある。だが、非線形ゲインを大きくすると、制御入力にチャタリングが発生する。そこで、モデルの不確かさを、構造が既知でパラメータが未知な確定部分と、構造が未知だがその上界値が既知な不確定部分とに分ける。状態方程式(数1)に不確かさ(f+Δf)を加え、下式(数19)で表す。
【0065】
【数19】

【0066】
不確かさの確定部分fは、未知パラメータθを同定することで補償される。さすれば、切換ゲインは不確かさの不確定部分Δfのみにかかることとなり、切換ゲインが不確実成分全体(f+Δf)にかかる場合と比べて制御入力のチャタリングを大幅に低減できる。
【0067】
制御入力Uは、式(数18)に適応項Uadを追加した下式(数20)となる。
【0068】
【数20】

【0069】
制御入力(数20)におけるΓ1は、適応ゲイン行列である。関数hは、一般には状態量x及び/または未知パラメータθの関数とするが、本実施形態ではhをx及びθに無関係な単純式、定数とすることにより、xを速やかに収束させ、θの適応速度を高めるようにしている。特に、h=1とした場合、推定パラメータを下式(数21)に則って同定することができる。
【0070】
【数21】

【0071】
本実施形態では、EGR率y1及び吸気管内圧力y2を制御出力変数とし、EGRバルブ45の開度u1、可変ターボのノズル42の開度u2及びスロットルバルブ33の開度u3を制御入力変数とした3入力2出力のフィードバック制御を行う。状態変数の個数(システムの次数)は、当初の系(数1)では出力変数の個数と同じく2、拡大系(数2)では4となる。制御出力及び状態量をこのように特定することで、排気ガスに直接触れる箇所に流量計等の計測器を設置する必要がなくなる。
【0072】
尤も、本実施形態のような3入力2出力のシステムでは、det(SBe)=0が成立し、行列(SBe)は正則とはならない。そこで、逆行列(SBe-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列(SBeを用いる。
【0073】
既に述べた通り、スライディングモードコントローラ51を設計する際には、ある特定の運転領域、即ちある特定のエンジン回転数及び要求燃料噴射量(要求負荷)の下における内燃機関2のモデル(行列A、B)を同定し、そのノミナルモデルから状態方程式(数2)を得て切換超平面Sを導く。現実の自動車では運転領域が刻々と変化するが、スライディングモードコントローラは実際の運転領域とノミナルポイントとの間の摂動を外乱として吸収することができる。
【0074】
外乱の存在する系を下式(数22)のように定義する。
【0075】
【数22】

【0076】
h(x,t)は、システムの不確かさと非線形性とを含む関数であるとする。
【0077】
超平面に拘束される場合、下式(数23)が成立する。
【0078】
【数23】

【0079】
上式(数23)から等価制御入力Ueqを求めると、下式(数24)となる。
【0080】
【数24】

【0081】
スライディングモードが生じているならば、等価制御入力(数24)を式(数22)に代入した下式(数25)が成立する。
【0082】
【数25】

【0083】
そして、外乱hが入力行列Beのレンジスペースに存在する(h(x,t)⊂Range(Be))ならば、下式(数26)のマッチング条件に表現できる。
【0084】
【数26】

【0085】
式(数26)を式(数25)に代入すると、下式(数27)が成立して、λの項が消滅する。
【0086】
【数27】

【0087】
つまり、スライディングモードが生じている限り、外乱の影響はなくなる。
【0088】
しかして、目標補正部52は、所定のハンチング条件が成立したときに、スライディングモードコントローラ51が参照する吸気管内圧力の目標値r2をなまし処理する。
【0089】
ハンチング条件とは、急激な外乱が発生して制御入力X及び制御出力Yのハンチングを引き起こすおそれのある状況を察知するための基準である。本実施形態では、以下の四つの条件をハンチング条件に定めており、これら四つの条件が全て成立したと判定したときに目標値のなまし処理を実行開始する。
1)h(または、Beλ)の絶対値が所定閾値を上回っている
2)エンジン回転数が低下傾向にある
3)要求燃料噴射量が低下傾向にある
4)アクセルペダルの踏み込み量が低下傾向にある
式(数22)からも明らかなように、hは、実際のプラントの状態量Xeと、コントローラ51が算出した制御入力Uをプラントのモデルに代入して算出される計算上の状態量Xeとの差分を時間微分したもの(即ち、当該差分の単位時間当たり変化量)である。状態量Xe=[xe1,xe2,xe3,xe4Tにおいて、xe1はEGR率の偏差(r1−y1)の時間積分z1、xe2は吸気管内圧力の偏差(r2−y2)の時間積分z2、xe3はEGR率y1、xe4は吸気管内圧力y2である。同様に、外乱h=[h1,h2,h3,h4Tにおいて、h4は吸気管内圧力y2に係る外乱である。このh4は、吸気管内圧力y2の実測値から、コントローラ51が算出した制御入力Uをプラントのモデルに代入して算出される吸気管内圧力y2の計算値を減じたものに等しくなる。
【0090】
図5に、内燃機関2を搭載した自動車の車速の変化と吸気管内圧力の変動との相関を実験的に確認した結果を示す。図5に表示している期間では、操作部45、42、33を一切操作していない。にもかかわらず、吸気管内圧力y2は増減している。特に、加速終了時に、吸気管内圧力y2は急激な落ち込みを見せる。外乱h4もまた、この加速終了時に顕著に増大している。吸気管内圧力y2の急激な落ち込みは、排気ターボの仕事量の衰えが主因であると考えられる。
【0091】
図6に、加速終了時に生起するハンチングの模様を示す。加速が終了すると、エンジン回転数及び燃料噴射量が減少し、それに伴い吸気管内圧力の目標値r2も下降する。コントローラ51は、下降する目標値r2に吸気管内圧力y2を追従させるべく操作部45、42、33を操作する。しかしながら、同時に発生する急激な外乱が加わることにより、吸気管内圧力y2は目標値r2を遙かに下回ってアンダーシュートし、さらに、反動で大きく跳ね上がるオーバーシュートに転じて、その後上下動を繰り返すハンチング状態に陥る。そして、吸気管内圧力y2のハンチングが契機となって、協調制御しているEGR率y1のハンチング、並びに各操作部45、42、33の開度u1、u2、u3のハンチングが勃発してしまうのである。
【0092】
上述の如きハンチングを予防するべく、目標補正部52は、目標値r2になまし処理を加えて、目標値r2の下降を実効的に遅らせる。なまし処理は、例えば目標値r2の移動平均をとることによって行う。エンジン回転数及び燃料噴射量等を基にして設定される本来の目標値をr2i(添字iはECU5の演算サイクルを表す)とおくと、直近の過去n回の演算サイクルにおける本来の目標値r2iから、コントローラ51に与える目標値r2’を下式(数28)に則って算定することができる。
【0093】
【数28】

【0094】
目標値r2をなまし処理した例を、図7に示す。但し、このような単純移動平均フィルタではなく、加重平均フィルタやローパスフィルタ等を用いて目標値r2のなまし処理を実行してもよい。また、目標値r2ではなく、コントローラ51に与える吸気管内圧力の偏差(r2−y2)をなまし処理するようにしても、所期の目的を達成することが可能である。
【0095】
図8に、本実施形態の制御装置が実行する処理の手順例を示す。制御装置は、コントローラ51が算出した制御入力Uをプラントのモデルに代入して得られる吸気管内圧力y2の計算上の値を算出し(ステップS1)、この値を吸気管内圧力y2の実測値から減算して外乱h4を知得する(ステップS2)。そして、外乱h4の絶対値が所定閾値を上回っているか否かを判定する(ステップS3)。
【0096】
外乱h4の絶対値が閾値を上回っていれば、次に、エンジン回転数が低下傾向にあるか否かを判定する(ステップS4)。ステップS4では、現在のエンジン回転数Neiと、過去の演算サイクルにおけるエンジン回転数Nei-1との関係において、Nei-1−Nei<0が成立する場合に、エンジン回転数が低下傾向にあると判定する。
【0097】
エンジン回転数が低下傾向にあるならば、さらに、要求燃料噴射量が低下傾向にあるか否かを判定する(ステップS5)。ステップS5では、現在の燃料噴射量Qiと、過去の演算サイクルにおける燃料噴射量Qi-1との関係において、Qi-1−Qi<0が成立する場合に、燃料噴射量が低下傾向にあると判定する。
【0098】
燃料噴射量も低下傾向にあるならば、最後に、アクセルペダルの踏み込み量が低下傾向にあるか否かを判定する(ステップS6)。ステップS6では、現在のアクセル踏み込み量accpfiと、過去の演算サイクルにおけるアクセル踏み込み量accpfi-1との関係において、accpfi-1−accpfi<0が成立する場合に、アクセル踏み込み量が低下傾向にあると判定する。
【0099】
ステップS1ないしS6を通じて、ハンチング条件の全てが成立した暁には、吸気管内圧力の目標値r2のなまし処理を実行開始する。なまし処理では、本来あるべき目標値r2iの移動平均r2’を算出し(ステップS7)、このr2’を吸気管内圧力の目標値としてコントローラ51に与え、制御入力Uの演算を実施させる(ステップS8)。なまし処理を実行開始してから所定期間が経過したら(ステップS9)、なまし処理を終了して本来の目標値r2をコントローラ51に与える。
【0100】
ステップS1ないしS6を通じて、ハンチング条件のうちの何れかが成立していないのであれば、吸気管内圧力の目標値r2のなまし処理を実行しない、即ち本来の目標値r2をコントローラ51に与え続ける(ステップS10)ことは言うまでもない。
【0101】
本実施形態によれば、内燃機関2またはこれに付帯する装置に係る制御出力y1、y2を目標値r1、r2に追従させる制御を実施するものであって、各制御出力y1、y2とその目標値r1、r2との偏差(r1−y1)、(r2−y2)に基づいて制御入力u1、u2、u3を反復的に演算するサーボコントローラ51と、前記制御出力r2に関連するプラントの状態量xe4の実際の値と、前記制御入力u1、u2、u3をプラントのモデルに代入して算出される状態量xe4の計算上の値との差分の単位時間当たり変化量h4が所定の閾値を越えるという条件を少なくとも含むハンチング条件が成立したときに、サーボコントローラ51が参照する制御出力の目標値r2または偏差(r2−y2)をなまし処理する目標補正部とを具備することを特徴とする制御装置を構成したため、急激な外乱を察知した際のなまし処理により、目標値r2の変動に追随する制御入力u1、u2、u3の変動を抑制することができる。そして、この結果、急激な外乱の発生時に引き起こされるハンチングを予防することが可能になる。
【0102】
特に、ターボ過給機を備えた内燃機関2を制御するものであり、吸気管内圧力(または、吸気量)が制御出力y2として含まれている制御系において、加速終了後の一時期に吸気管内圧力の目標値r2をなまし処理するようにしている。つまり、加速終了後は外乱として過給圧が自然に低下することを利用して、敢えて操作部45、42、33を操作することなしに吸気管内圧力を好適に低減制御することができる。
【0103】
内燃機関2またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記制御出力y2の目標値r2との関係を定めたマップを予め記憶し、前記指標値をキーとして当該マップを検索することを通じて前記制御出力y2の目標値r2を知得するものであるため、コントローラ51で吸収可能な程度の外乱は指標値に対応した目標値r2の設定によって制御できる。吸収不可能な急激な外乱に対してのみ、指標値に応じて設定される目標値r2になまし処理を施し、以てハンチングを抑止することが可能である。
【0104】
前記指標値に、内燃機関2の回転数及び燃料噴射量(または、要求負荷)が含まれており、前記ハンチング条件に、内燃機関2の回転数及び燃料噴射量がともに減少傾向にあることが含まれているものであるため、加速終了後における吸気管内圧力y2の制御を好適に実施し得る。
【0105】
前記ハンチング条件に、アクセル踏み込み量が減少傾向にあることが含まれているため、アクセル踏み込み量の減少に伴う車速の低下、エンジン回転数の低下に有効に対処できる。
【0106】
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。まず、サーボコントローラ51が実現する多入力フィードバック制御の手法は、スライディングモード制御には限定されない。スライディングモード制御以外の手法、例えば最適制御、H∞制御、バックステッピング制御等を採用することを妨げない。
【0107】
内燃機関または付帯装置の現在状況に関する指標値は、エンジン回転数及び燃料噴射量には限られない。外部の気圧や冷却水温等を指標値として参照した上で、目標値r2を設定することも当然に可能である。
【0108】
ハンチング条件の内容も、上記実施形態におけるものには限定されない。ハンチング条件によっては、EGR率の目標値r1(または、EGR率の偏差(r1−y1))になまし処理を施してハンチングを抑止することも想定される。
【0109】
また、EGR制御における制御入力変数は、EGRバルブ開度、可変ノズルターボ開度及びスロットルバルブ開度には限定されない。制御出力変数も、EGR率(または、EGR量)及び吸気管内圧力(または、吸気量)には限定されない。新たな入力変数、出力変数を付加して、4入力3出力の3次システムを構築するようなことも可能である。例えば、吸気系に過給機(のコンプレッサ)をバイパスする通路が存在している場合、その通路上に設けられたバルブをも操作することがある。このとき、当該バイパス通路内の圧力または流量等を制御出力変数に含め、当該バイパス通路上のバルブの開度を制御入力変数に含めることができる。
【0110】
その他各部の具体的構成は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明は、例えば、過給機及びEGR装置が付帯した内燃機関のEGR率を制御するための制御コントローラとして利用することができる。
【符号の説明】
【0112】
5…ECU(制御装置)
51…適応スライディングモードコントローラ(サーボコントローラ)
52…目標補正部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関またはこれに付帯する装置に係る制御出力を目標値に追従させる制御を実施するものであって、
制御出力とその目標値との偏差に基づいて制御入力を反復的に演算するサーボコントローラと、
前記制御出力に関連するプラントの状態量の実際の値と、前記制御入力をプラントのモデルに代入して算出される状態量の計算上の値との差分の単位時間当たり変化量が所定の閾値を越えるという条件を少なくとも含むハンチング条件が成立したときに、サーボコントローラが参照する制御出力の目標値または偏差をなまし処理する目標補正部と
を具備することを特徴とする制御装置。
【請求項2】
ターボ過給機を備えた内燃機関を制御するものであり、
前記制御出力に、吸気管内圧力または吸気量が含まれている請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
内燃機関またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記制御出力の目標値との関係を定めたマップを予め記憶し、前記指標値をキーとして当該マップを検索することを通じて前記制御出力の目標値を知得する請求項2記載の制御装置。
【請求項4】
前記指標値に、内燃機関の回転数及び燃料噴射量が含まれており、
前記ハンチング条件に、内燃機関の回転数及び燃料噴射量がともに減少傾向にあることが含まれている請求項3記載の制御装置。
【請求項5】
前記ハンチング条件に、アクセル踏み込み量が減少傾向にあることが含まれている請求項2、3または4記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−1871(P2011−1871A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−145123(P2009−145123)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】