説明

圧電体膜とその成膜方法、圧電素子、及び液体吐出装置

【課題】配向制御層や保護膜等の圧電素子として本来必要でない膜を必須とせず、複雑なプロセスを要することなく、圧電性能と耐電圧とがいずれも良好な圧電体膜を提供する。
【解決手段】圧電素子1は、基板10上に、下部電極20と圧電体膜30と上部電極40とが順次積層された素子であり、圧電体膜30は、膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下であり、圧電定数d31>150pc/Nであり、かつ、電流値が1μA以上となる印加電圧により定義される絶縁破壊電圧が80V以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体膜とその成膜方法、この圧電体膜を用いた圧電素子及び液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電アクチュエータ等の用途に使用されている。圧電材料としては、PZT(ジルコンチタン酸鉛)、及びPZTのAサイト及び/又はBサイトの一部を他元素で置換したPZTの置換系等が知られている。
【0003】
圧電素子の小型薄型化を考慮すれば、圧電体としては薄膜が好ましい。圧電体を薄膜化すると、膜厚の厚いバルク体を用いた場合に比べて耐電圧が低く、電圧を印加して駆動を繰り返すと絶縁破壊が起こり変位劣化が起こりやすい傾向にある。
【0004】
特許文献1には、基板上に第1の配向制御層と下部電極と第2の配向制御層と圧電体膜と上部電極とが順次形成された圧電素子が開示されている(請求項1)。特許文献1には、2つの配向制御層によって圧電体膜の配向を制御することにより、耐電圧等の特性が向上することが記載されている(段落0118)。
特許文献1の実施例1〜3では、スパッタ法により、圧電定数d31=120〜128pC/N、耐電圧114〜123VのPZT膜(2.6〜3.0μm厚)が成膜されている(0036〜0078)。
【0005】
特許文献2には、膜厚80Å以下のTi密着層上にPtを含む下部電極を形成した圧電素子が開示されている(請求項2)。特許文献2には、Ti密着層の膜厚が80Å以下において、下部電極表面の突起の生成が抑えられ、耐電圧が向上することが記載されている(段落0097−0098)。
特許文献2の実施例1,5には、スパッタ法によってPZT膜が成膜されている。実施例1には、d31=150pC/Nが達成されていることが記載されている。実施例5には、Ti密着層の膜厚と耐電圧との関係が評価されており、1μm厚のPZT膜において、耐電圧50〜80Vが報告されている(表4、段落0100)。
【0006】
特許文献3には、耐電圧が向上することを目的として、RIE加工等により圧電体膜の上層部に凹部を設け、その凹部内に上部電極を形成した圧電素子が開示されている(請求項1)。実施例1,2には、スパッタ法により4μm厚のPZT膜が成膜されており、その耐電圧が120〜150Vであったことが記載されている。
しかしながら、これらの実施例では上部電極サイズが75μm幅と実際の仕様よりも非常に小さいため、耐電圧が多めに見積もられていると考えられる。圧電定数のデータは記載されていないが、真性PZTでは大きな圧電定数が得られない。本発明者が特許文献3に記載の方法に従って、真性PZT膜をスパッタ成膜したところ、d31=130pC/N程度であった。
【0007】
特許文献1〜3には、スパッタ成膜によるPZT膜において、耐電圧50〜150Vが報告されている。しかしながら、いずれも真性PZT膜であり、圧電定数d31≦150pC/Nである。圧電体膜においては、圧電定数d31が小さい程、同一の膜厚・同一の印加電圧の条件における歪変位が小さく、耐電圧が高くなる傾向にある。特許文献1,3では、圧電定数d31が高くないために、高い耐電圧が得られている。
【0008】
特許文献1では下地として2つの配向制御層を設ける必要があり、特許文献3では圧電体膜の上層部に凹部を設ける必要があり、プロセスが容易ではない。
【0009】
特許文献4には、立方晶系又は正方晶系のペロブスカイト型酸化物からなる配向制御層を下地とし、厚み方向に延びかつ長さに対する平均断面径の比が1/50以上1/14以下である多数の柱状粒子からなる柱状構造のPZT系の圧電体膜が記載されている(請求項1)。特許文献4の表2等には、圧電定数d31≧200pc/Nであり、かつ、絶縁破壊電圧が100V以上のNb等をドープしたPZT置換系の圧電体膜が記載されている。しかしながら、特許文献4では配向制御層による配向制御が必須となっている。
【0010】
その他、耐電圧を向上する手段としては保護膜を設けることが提案されている。しかしながら、配向制御層や保護膜等の圧電素子として本来必要でない膜を必須とすることは、工程数が多くなるため、プロセスが複雑になり、製造コストも増加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003-188433号公報
【特許文献2】特開2002-370354号公報
【特許文献3】特開2008-055871号公報
【特許文献4】特開2005-333108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、配向制御層や保護膜等の圧電素子として本来必要でない膜を必須とせず、複雑なプロセスを要することなく、圧電性能と耐電圧とがいずれも良好な圧電体膜とその成膜方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の圧電体膜は、
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下であり、
圧電定数d31>150pc/Nであり、かつ、電流値が1μA以上となる印加電圧により定義される絶縁破壊電圧が80V以上であることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の圧電体膜の成膜方法は、
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下となる条件で成膜することを特徴とするものである。
【0015】
なお、本明細書において、圧電定数は電極面に沿った方向の伸縮を示すd31であり、全て絶対値で表記している。
【0016】
本発明の圧電素子は、上記の本発明の圧電体膜と、該圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の圧電素子と、該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体膜に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、配向制御層や保護膜等の圧電素子として本来必要でない膜を必須とせず、複雑なプロセスを要することなく、圧電性能と耐電圧とがいずれも良好な圧電体膜とその成膜方法を提供することができる。
本発明の圧電体膜は耐電圧が高いため、最大印加電圧を高く設定することができる。液体吐出装置等の用途において、最大印加電圧を高く設定して圧電体膜を大きく変位させることができ、好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す断面図
【図2】図1のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図3】図2のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図4】実施例1の圧電体膜のTEM断面像
【図5】実施例1の圧電体膜のAFM表面像
【図6】比較例1の圧電体膜のAFM表面像
【図7A】実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた圧電体膜の表面粗さP−V値と耐電圧との関係を示す図
【図7B】実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた圧電体膜の表面粗さRa値と耐電圧との関係を示す図
【図8】実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた圧電体膜の膜厚と耐電界との関係、及び最弱リンクモデルによるフィッティングを示す図
【図9】実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた圧電体膜の表面粗さP−V値とEとの関係を示す図
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者は、成膜条件を好適化することにより、圧電定数d31>150pc/Nである高圧電性能の組成の膜において、耐電圧を向上することに成功した。さらに、本発明者は耐電圧が良好な圧電体膜の膜特性について検討を行い、耐電圧が良好な圧電体膜の持つ特徴を見出した。そして、そのような特徴を有する膜を成膜することで、耐電圧が良好な圧電体膜を安定的に提供できることを見出した。
【0020】
具体的には、本発明者は、耐電圧が良好な圧電体膜は、成膜終了後において全体的に緻密で膜表面付近の微細間隙が少なく、表面粗さが小さい構造を有していることを見出した。また、最弱リンクモデルによる評価を行ったところ、耐電圧が良好な圧電体膜は、単位空間当たりの100%破壊電界値Eが特定の数値以上であることを見出した。
【0021】
本発明の圧電体膜は、
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下であり、
圧電定数d31>150pc/Nであり、かつ、電流値が1μA以上となる印加電圧により定義される絶縁破壊電圧が80V以上であることを特徴とするものである。
【0022】
本発明によれば、圧電定数d31≧160pc/Nであり、かつ、絶縁破壊電圧が80V以上である圧電体膜を提供することができる。
本発明者は、圧電定数d31≧200pc/Nであり、かつ、絶縁破壊電圧が80V以上である圧電体膜を実現している。
【0023】
本発明者は、圧電定数d31≧200pc/Nであり、かつ、絶縁破壊電圧が80〜200V以上である圧電体膜を実現している(後記実施例1〜8、表2を参照)。
【0024】
本発明によれば、下記式で表される最弱リンクモデルにおける単位空間当たりの100%破壊電界値Eが250kV/cm超である圧電体膜を提供することができる。
本発明者は、単位空間当たりの100%破壊電界値Eが347kV/cm以上である圧電体膜を実現している(後記実施例1〜8、図8、表2を参照)。
単位空間当たりの100%破壊電界値Eの上限は特に制限なく、本発明者が実際に成膜した範囲では、単位空間当たりの100%破壊電界値Eの上限は850kV/cmとなっている。
【0025】
本発明者は、圧電定数d31>150pc/Nであり、単位空間当たりの100%破壊電界値Eが250kV/cm超である圧電体膜を実現している。
本発明者は、圧電定数d31≧200pc/Nであり、単位空間当たりの100%破壊電界値Eが250kV/cm超である圧電体膜を実現している(後記実施例1〜8、表2を参照)。
【0026】
【数1】

【0027】
(式中、Eは確率Pで破壊が起こる破壊電圧、P=0.9、mはシェープパラメータ、dは膜厚を各々示す。)
【0028】
最弱リンクモデルにおけるm及びEは以下のようにして求めることができる(図8を参照)。膜厚以外は同条件で成膜された膜厚の異なる2以上の圧電体膜を用意し、各々の膜について耐電圧(電流値が1μA以上となる印加電圧により定義される絶縁破壊電圧)を測定し、膜厚と耐電圧との関係をプロットする。最弱リンクモデルの上記式でmとEを変化させ、プロットがフィッティング曲線上にのるmとEを求める。
【0029】
本発明者は、絶縁破壊電圧が80V以上の圧電体膜は、成膜終了時の表面粗さの小さい膜であり、膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値は170.0nm以下であることを見出した。
【0030】
通常は成膜後に特段の表面処理を行わないので、成膜終了時の表面粗さが成膜終了後も維持される。
すなわち、本発明の圧電体膜において、膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下である。
【0031】
本発明の圧電体膜は、成膜後に表面粗さを小さくする表面処理を施されていない条件において、上記表面粗さP−V値を充足することが好ましい。
【0032】
本発明の圧電体膜は、成膜終了時に、膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下となる条件で成膜されたものであることが好ましい。
【0033】
本明細書において、「表面粗さP−V値」の測定方法は以下の通りである。
圧電体膜の表面モフォロジをAFMによって測定し、2μm角面積内における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)とを各々求め、これらの差をP−V値として求める。
【0034】
本発明の圧電体膜の成膜方法は特に制限されず、気相法でも液相法でもよい。
本発明の圧電体膜の成膜方法としてはプラズマを用いる気相成長法が好ましい。
本発明者は、プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.1Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が80mm以上の条件で成膜を行うことにより、上記特性の膜を安定的に成膜できることを見出した。
【0035】
本発明者はまた、プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.0Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が60mm以上の条件、好ましくは成膜圧力が0.7Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が60mm以上の条件で成膜を行うことにより、上記特性の膜を安定的に成膜できることを見出した。
【0036】
プラズマを用いる気相成長法としては、スパッタ法及びPLD法等が挙げられる。従来のプラズマを用いる気相成膜において、1.1Pa以下の成膜圧力は放電が安定しないため、通常は敬遠され、積極的にかかる成膜圧力に設定することはなされていない。本発明者は、従来は通常行われていない低いレベルの成膜圧力が有効であることを見出した。さらに、成膜圧力と基板―ターゲット間距離とを調整することが有効であることを見出した。
【0037】
基板に対してプラズマイオンが強く衝突する条件では、プラズマによるダメージが大きく、膜全体の緻密さが低く表面の粗い膜構造がなりやすいと考えられる。成膜圧力を下げて基板―ターゲット間距離を離すことで、基板に対して衝突するプラズマイオンのエネルギーを下げることで、表面粗さの小さい緻密な膜を成膜できると考えられる。
【0038】
基板―ターゲット間距離が大きければプラズマダメージは小さくなるので、基板―ターゲット間距離≧80mmの条件では、基板―ターゲット間距離≧60mmの条件よりも成膜圧力の上限は高く許容される。
【0039】
なお、膜表面のP−V値は膜の緻密さの1つの指標であり、表面特性のみが耐電圧に効いているのではない。したがって、膜表面のP−V値の大きい膜を成膜した後、膜表面のP−V値を小さくする表面処理を行っても、本発明のレベルの高耐電圧の膜は得られない。逆に、膜表面のP−V値の小さい膜を成膜した後、膜表面のP−V値を大きくする表面処理を行った場合には、耐電圧の高い膜構造は維持される。
【0040】
必ずしも明らかではないが、本発明者は、緻密な膜構造では、膜中における破壊開始部位の密度が減少する効果と、膜表面付近の微細間隙の量が減少することによってアーキングが抑えられる効果とが発現し、これらの相乗効果で耐電圧が向上すると考えている。
【0041】
「背景技術」の項で挙げた特許文献4には、立方晶系又は正方晶系のペロブスカイト型酸化物からなる配向制御層を下地とし、厚み方向に延びかつ長さに対する平均断面径の比が1/50以上1/14以下である多数の柱状粒子からなる柱状構造のPZT系の圧電体膜が記載されている(請求項1)。特許文献4の表2等には、圧電定数d31≧200pc/Nであり、かつ、絶縁破壊電圧が100V以上のNb等をドープしたPZT置換系の圧電体膜が記載されている。特許文献4には、本願発明で規定しているP−V値は記載されていない。また、特許文献4では下地として配向制御層が必須となっているが、本願発明では下地として配向制御層は必須としない。
すなわち、本発明では、配向制御層を下地としない条件で、上記特性を有する圧電体膜を提供することができる。
【0042】
本発明の圧電体膜の断面構造は特に制限なく、膜表面に対して非平行方向に延びる多数の柱状体からなる柱状構造膜が挙げられる。
【0043】
圧電体膜の表面粗さの規定に関しては、下記の従来技術がある。
下記特許文献5には、厚さが1〜10μm、結晶粒径が0.05〜1μm、表面粗さRmax1μm以下である圧電体膜が開示されている(請求項1)。その製造方法として、ゾルゲル法やスパッタ法等により種結晶を成長させ、その後に水熱合成法によって結晶を成長させる方法が開示されている(請求項10,13等)。特許文献5には、表面粗さRmaxを1μm以下とすることにより、圧電体膜を上部電極で充分覆うことができることが記載されている。
【0044】
下記特許文献6には、表面粗さRmaxが20nm以下である圧電体膜が開示されている(請求項2)。水熱合成の条件を工夫することで、かかる表面粗さ特性の膜を実現している(請求項6等)。
【0045】
特許文献5の段落0005及び特許文献6の段落0005に記載されているように、いずれの文献も、従来の水熱合成法では圧電体膜の表面が粗くなるという課題を解決しようとしたものである。特許文献5,6には表面粗さの指標として一般的に使用されるRmaxは記載されているが、本願発明で規定しているP−V値は記載されていない。いずれの文献にも耐電圧に関する記載はない。これらは水熱合成法による成膜であるので、柱状構造膜にはならない。また、前駆体の塗布工程及び結晶化加熱工程等の複数の工程が必要であり、プロセスが複雑であり、所望の特性の膜を再現よく成膜することは難しい。
【0046】
特許文献7には、圧電体または表面電極のうちの少なくともいずれかの表面粗さがRmax1μm以下であり、かつ圧電体または駆動部材のうちの少なくともいずれかの厚さの最大と最小との差が2μm以下であることを特徴とする圧電素子が開示されている(請求項1)。特許文献7では、研磨により上記表面粗さが実現されている(段落0013)。
【0047】
特許文献8には、圧電板の表面粗さRmaxが0.1μm以上2.3μm以下である圧電素子が開示されている(請求項1)。特許文献8では、研磨とエッチングにより上記表面粗さが実現されている(段落0016)。
【0048】
特許文献7,8には表面粗さの指標として一般的に使用されるRmaxは記載されているが、本願発明で規定しているP−V値は記載されていない。また、特許文献7,8はいずれも単に研磨等により表面粗さを小さくしたものであるが、本願発明では、基本的には研磨等の表面処理をしない成膜後のP−V値を規定している。
【0049】
特許文献5:特開平09-298324号公報、
特許文献6:特開2000-052559号公報、
特許文献7:特開平6-181344号公報、
特許文献8:特開平8-125245号公報。
【0050】
本発明の圧電体膜の膜厚は特に制限なく、例えば500nm〜10μmである。膜厚が1.0μm以上において、最弱リンクモデルにおけるフィッティングが実施できる。本発明者は、少なくとも膜厚2.0〜4.0μmの範囲において、最弱リンクモデルにおけるフィッティングが良好に実施できることを示している(図8を参照)。
【0051】
本発明の圧電体膜の組成は特に制限なく、下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(P)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことが好ましい。
一般式ABO・・・(P)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素。
O:酸素元素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0052】
高圧電定数が得られることから、本発明の圧電体膜は、下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(PX)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことが好ましい。
A(Zr,Ti,M)O・・・(PX)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
Mは1種又は2種以上の金属元素を示す。
0<x、0<y、0<z。
Aサイト元素(A)とBサイト元素(Zr,Ti,M)と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0053】
ペロブスカイト型酸化物(PX)のMとしては特に制限されず、ドナイオンが好ましく、具体的にはV,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素が好ましい。
Aサイトに含まれてもよいPb以外の元素としては特に制限されず、ドナイオンが好ましく、具体的にはBi,及びLa等の各種ランタノイド等の少なくとも1種の元素が好ましい。
【0054】
本発明の圧電体膜の成膜方法は、
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下となる条件で成膜することを特徴とするものである。
本発明者は、上記条件で成膜を実施することで、耐電圧が良好な圧電体膜を安定的に提供できることを見出した。
【0055】
本発明において、下記式で表される最弱リンクモデルにおける単位空間当たりの100%破壊電界値Eが250kV/cm超となる条件で成膜することが好ましい。
【0056】
【数2】

【0057】
(式中、Eは確率Pで破壊が起こる破壊電圧、P=0.9、mはシェープパラメータ、dは膜厚を各々示す。)
【0058】
本発明の圧電体膜の成膜方法において、単位空間当たりの100%破壊電界値Eが347kV/cm以上となる条件で成膜することが好ましい。
【0059】
単位空間当たりの100%破壊電界値Eの上限は特に制限なく、本発明者が実際に成膜した範囲では、単位空間当たりの100%破壊電界値Eの上限は850kV/cmとなっている。
【0060】
本発明の圧電体膜の成膜方法は特に制限されず、気相法でも液相法でもよい。
【0061】
本発明の圧電体膜の成膜方法において、プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.0Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が80mm以上の条件で成膜することが好ましい。
本発明の圧電体膜の成膜方法において、プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.0Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が60mm以上の条件、好ましくは成膜圧力が0.7Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が60mm以上の条件で成膜することが好ましい。
【0062】
「背景技術」の項に挙げた特許文献1,4では配向制御層を設ける必要があり、特許文献3では圧電体膜の上層部に凹部を設ける必要があり、いずれもプロセスが容易ではない。本発明者はかかる複雑なプロセスを要することなく、上記のように気相成膜の成膜条件を好適化することで、耐電圧を向上することに成功した。
【0063】
以上説明したように、本発明によれば、配向制御層や保護膜等の圧電素子として本来必要でない膜を必須とせず、複雑なプロセスを要することなく、圧電性能と耐電圧とがいずれも良好な圧電体膜とその成膜方法を提供することができる。
本発明の圧電体膜は耐電圧が高いため、最大印加電圧を高く設定することができる。液体吐出装置等の用途において、最大印加電圧を高く設定して圧電体膜を大きく変位させることができ、好ましい。
【0064】
「圧電素子及びインクジェット式記録ヘッド」
図1を参照して、本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図1はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0065】
本実施形態の圧電素子1は、基板10上に、下部電極20と圧電体膜30と上部電極40とが順次積層された素子であり、圧電体膜30に対して下部電極20と上部電極40とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0066】
下部電極20は基板10の略全面に形成されており、この上にライン状の凸部31がストライプ状に配列したパターンの圧電体膜30が形成され、各凸部31の上に上部電極40が形成されている。
圧電体膜30のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、圧電体膜30は連続膜でも構わない。但し、圧電体膜30は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部31からなるパターンで形成することで、個々の凸部31の伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0067】
基板10としては特に制限なく、シリコン,酸化シリコン,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),アルミナ,サファイヤ,SiC,及びSrTiO等の基板が挙げられる。基材10としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0068】
下部電極20の組成は特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。上部電極40の組成は特に制限なく、下部電極20で例示した材料,Al,Ta,Cr,Cu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極20と上部電極40の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0069】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板10の裏面に、圧電体膜30の伸縮により振動する振動板50が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1の駆動を制御する駆動回路等の制御手段(図示略)も備えられている。
【0070】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)61及びインク室61から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)62を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)60が取り付けられたものである。インク室61は、圧電体膜30の凸部31の数及びパターンに対応して、複数設けられている。インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室61からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0071】
基板10とは独立した部材の振動板50及びインクノズル60を取り付ける代わりに、基板10の一部を振動板50及びインクノズル60に加工してもよい。例えば、基板10がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板10を裏面側からエッチングしてインク室61を形成し、基板自体の加工により振動板50とインクノズル60とを形成することができる。
【0072】
本実施形態の圧電素子1及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。本実施形態によれば、圧電性能と耐電圧とがいずれも良好な圧電素子を提供することができる。
【0073】
「インクジェット式記録装置」
図2及び図3を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図2は装置全体図であり、図3は部分上面図である。
【0074】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0075】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図2のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0076】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0077】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0078】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図2上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図2の左から右へと搬送される。
【0079】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0080】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図3を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0081】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
【0082】
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0083】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0084】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0085】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0086】
(実施例1)
SOI基板上にスパッタ法により、基板温度350℃で、下部電極として30nm厚のTi膜と150nm厚のIr膜とを順次成膜した。この下部電極上に、4μm厚のNbドープPZT圧電体膜を成膜した。成膜条件は以下の通りとした。
成膜装置:Rfスパッタ装置、
ターゲット:Pb1.3((Zr0.52Ti0.480.88Nb0.12)O焼結体(Bサイト中のNb量:12モル%)、
基板温度:450℃、
基板―ターゲット間距離:60mm、
成膜圧力:0.29Pa、
成膜ガス:Ar/O=97.5/2.5(モル比)。
【0087】
成膜終了後の圧電体膜のTEM断面観察を実施したところ、柱状構造膜であった。図4にTEM断面像を示す。
成膜終了後の圧電体膜をAFMによって表面観察した。図5に、AFM表面像を示す。後記比較例のような大きなグレインは見られず、緻密な膜構造であった。圧電体膜の表面モフォロジをAFMによって測定したところ、表面粗さP−V値は50.15nmであり、表面粗さRa値は7.08nmであった。
【0088】
次に、上記圧電体膜上にPt/Ti上部電極(Pt:150nm厚/Ti:30nm厚)を蒸着し(Tiは密着層として機能し、Ptが主に電極として機能する。)、400μmφの円形状にパターニングして、圧電素子を得た。
【0089】
下部電極―上部電極間にDC電圧を印加し、電流値が1μmA以上になるポイントを絶縁破壊電圧として耐電圧を測定したところ、得られた圧電体膜の耐電圧は200Vであった。
最後に基板の裏面側を加工してオープンプール構造を形成して、インクジェット式記録ヘッドを得た。圧電定数d31を測定したところ、d31=250pC/Nであった。
温度40℃/相対湿度80%雰囲気下、100kHz・25Vの条件で駆動したところ、1×1011dot駆動しても、圧電体膜の絶縁破壊及び変位劣化はなく、耐久性が良好であった。
成膜条件及び評価結果を表1,表2に示す。
【0090】
(実施例2〜8)
圧電体膜の成膜条件を表1,表2に示す条件とした以外は実施例1と同様にして、圧電素子及びインクジェット式記録ヘッドを得た。
実施例5〜7では、ターゲット組成をPb1.05((Zr0.52Ti0.480.88Nb0.12)Oとした。
実施例8では、ターゲットとしては実施例1と同じターゲットを用い、このターゲット上にBiチップを置くことにより、Bi,NbドープPZT膜を成膜した。Bi量は、Aサイト中4モル%とした。
【0091】
いずれの例においても、TEM断面像及びAFM表面像は実施例1と同様であった。その他の評価結果を表2に示す。
いずれの膜も、表面粗さP−V値170.0nm以下、表面粗さRa値16.0nm以下、圧電定数d31≧200pC/N以上、耐電圧80V以上であった。耐電圧80.7Vの実施例4の膜について、実施例1と同様に、温度40℃/相対湿度80%雰囲気下、100kHz・25Vの条件で駆動したところ、5.0×1010dot駆動しても、圧電体膜の絶縁破壊及び変位劣化はなく、耐久性が良好であった。耐電圧80V以上の実施例1〜8の膜は、耐電圧61Vの後記比較例1の膜に対して、2桁以上駆動耐久性に優れることが明らかとなった。インクジェット式記録ヘッドとしての用途では、耐電圧80V以上の耐久性が好ましい。
【0092】
(比較例1)
圧電体膜の成膜条件を表1,表2に示す条件とし、成膜ガス組成をAr/O=99.0/1.0(モル比)とした以外は実施例1と同様にして、圧電素子及びインクジェット式記録ヘッドを得た。
成膜終了後の圧電体膜のTEM断面観察を実施したところ、実施例1と同様の柱状構造膜であった。
成膜終了後の圧電体膜をAFMによって表面観察した。図6に、AFM表面像を示す。実施例1の膜とは異なり、多数の大きなグレインが見られ、グレイン間の間隙が多い膜構造であった。
圧電体膜の表面モフォロジをAFMによって測定したところ、表面粗さP−V値は198.6nmであり、表面粗さRa値は25.5nmであった。
【0093】
下部電極―上部電極間にDC電圧を付加し、電流値が1μmA以上になるポイントを絶縁破壊電圧として耐電圧を測定したところ、得られた圧電体膜の耐電圧は61Vであった。
圧電定数d31を測定したところ、d31=190pC/Nであった。100kHz・25Vの条件で駆動したところ、1×10dot駆動させたときに絶縁破壊が起こり、変位しなくなった。評価結果を表1,表2に示す。
【0094】
(比較例2〜4)
圧電体膜の成膜条件を表1,表2に示す条件とした以外は比較例1と同様にして、圧電素子及びインクジェット式記録ヘッドを得た。
いずれの例においても、TEM断面像及びAFM表面像は比較例1と同様であった。その他の評価結果を表2に示す。
【0095】
(実施例1〜8及び比較例1〜4の結果のまとめ)
実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた膜について、表面粗さP−V値と耐電圧との関係、及び表面粗さRa値と耐電圧との関係を各々図7A,図7Bに示す。
図7A,図7Bに示すように、表面粗さP−V値と耐電圧との間、表面粗さRa値と耐電圧との間には相関関係があり、表面粗さP−V値が170.0nm以下、表面粗さRa値が16.0nm以下のときに耐電圧80V以上となった。
【0096】
換言すれば、成膜終了時の表面粗さP−V値あるいは表面粗さRa値が上記を充足するように成膜を行えば、耐電圧80V以上の膜が安定的に得られることが明らかとなった。なお、成膜後に表面粗さの変わる表面処理を行わなければ、最終的な膜の表面粗さは成膜終了時と同じである。
【0097】
特に表面粗さP−V値と耐電圧との関係では、表面粗さRa値と耐電圧との関係よりもデータのばらつきが少なく、表面粗さP−V値でもって成膜条件を制御することがより好ましい。
【0098】
実施例1〜8及び比較例1〜4で得られた膜、及び同様の成膜条件で膜厚のみを変えた膜について、膜厚と耐電圧から求めた耐電界(kV/cm)との関係を図8にプロットした。
電圧を印加したときの破壊モードは、下記式で表される最弱リンクモデルで近似することができる。本発明者は、P=0.9に設定し、最弱リンクモデルの上記式でmとEを変化させ、プロットがフィッティング曲線上にのるmとEを求めた。
得られた膜では、シェープパラメータm=1として結果を近似すると、プロットがフィッティング曲線上にきれいにのることが明らかとなった。フィッティング曲線及びEの値を図8に示す。Eの値を表2に示す。
表面粗さP−V値とEとの関係を図9に示す。
【0099】
【数3】

【0100】
(式中、Eはある確率Pで破壊が起こる破壊電圧、mはシェープパラメータ、dは膜厚(正確には、単位膜厚1μmの倍数。無次数)を各々示す。)
【0101】
図8,図9に示すように、表面粗さP−V値によって、Eが異なることが分かった。すなわち、スパッタ膜の耐電圧には、一般的な最弱リンクモデルに含まれるファクターに加えて、膜の表面状態を表す表面粗さP−V値が大きく影響することが分かった。
また、E>250kV/cmのとき、好ましくはE≧347kV以上のときに、表面粗さP−V値が170.0nm以下となり、耐電圧が80V以上となることが明らかとなった。すなわち、E>250kV/cm、好ましくはE≧347kV以上となる条件で成膜を行えば、耐電圧80V以上の膜が安定的に得られることが明らかとなった。
上記式を破壊電圧に直し、P−V値hを式に組み込むと、以下のようになる。下記式から、VはP−V値hに反比例することが明らかとなった。これは、図7Aの結果と対応している。
【0102】
【数4】

【0103】
【表1】

【0104】
【表2】

【0105】
(実施例9)
SOI基板上にスパッタ法により、基板温度350℃で、下部電極として30nm厚のTi膜と150nm厚のIr膜とを順次成膜した。この下部電極上に、ゾルゲル法により圧電体膜を成膜した。
具体的には、上記下部電極上に、スピンコート法により、Pb1.05(Zr0.46Ti0.42Nb0.12)Oのコーティング液(濃度0.5mol/l)を、毎分500回転で5秒、さらに毎分2000回転で15秒塗布して、ほぼ一定の厚みで塗布を行った。塗布後、250℃にて5分程度乾燥させた。この乾燥後、さらに大気雰囲気下において400℃で10分間脱脂を行った。以上の塗布→乾燥→脱脂の各工程を計5回繰り返して5層の圧電体層を積層した。5層重ね塗りの後、さらに圧電体の結晶化を促進して圧電体としての特性を向上させるために、RTAによって800℃で10分間加熱を行った。得られた薄膜をXRDにて分析したところ、ペロブスカイト結晶構造が得られていることが確認された。5層積層構造の圧電体膜の総膜厚は1.2μmであった。この圧電体膜の表面モフォロジをAFMによって測定したところ、表面粗さP−V値は120.5nmであった。
【0106】
次に、上記圧電体膜上にPt/Ti上部電極(Pt:150nm厚/Ti:30nm厚)を蒸着し(Tiは密着層として機能し、Ptが主に電極として機能する。)、400μmφの円形状にパターニングして、圧電素子を得た。
【0107】
下部電極―上部電極間にDC電圧を印加し、電流値が1μmA以上になるポイントを絶縁破壊電圧として耐電圧を測定したところ、得られた圧電体膜の耐電圧は100Vであった。最後に基板の裏面側を加工してオープンプール構造を形成して、インクジェット式記録ヘッドを得た。圧電定数d31を測定したところ、d31=165pC/Nであった。
【0108】
(比較例5)
SOI基板上にスパッタ法により、基板温度350℃で、下部電極として30nm厚のTi膜と150nm厚のIr膜とを順次成膜した。この下部電極上に、ゾルゲル法により圧電体膜を成膜した。
具体的には、上記下部電極上に、スピンコート法により、Pb1.05(Zr0.46Ti0.42Nb0.06)Oのコーティング液(濃度0.7mol/l)を、毎分500回転で5秒、さらに毎分2000回転で15秒塗布して、ほぼ一定の厚みで塗布を行った。塗布後、250℃にて5分程度乾燥させた。この乾燥後、さらに大気雰囲気下において400℃で10分間脱脂を行った。以上の塗布→乾燥→脱脂の各工程を計5回繰り返して5層の圧電体層を積層した。5層重ね塗りの後、さらに圧電体層の結晶化を促進して圧電体としての特性を向上させるために、RTAによって700℃で10分間加熱を行った。得られた薄膜をXRDにて分析したところ、ペロブスカイト結晶構造が得られていることが確認された。5層積層構造の圧電体膜の総膜厚は1.0μmであった。この圧電体膜の表面モフォロジをAFMによって測定したところ、表面粗さP−V値は220nmであった。
【0109】
次に、上記圧電体膜上にPt/Ti上部電極(Pt:150nm厚/Ti:30nm厚)を蒸着し(Tiは密着層として機能し、Ptが主に電極として機能する。)、400μmφの円形状にパターニングして、圧電素子を得た。
【0110】
下部電極―上部電極間にDC電圧を印加し、電流値が1μmA以上になるポイントを絶縁破壊電圧として耐電圧を測定したところ、得られた圧電体膜の耐電圧は40Vであった。最後に基板の裏面側を加工してオープンプール構造を形成して、インクジェット式記録ヘッドを得た。圧電定数d31を測定したところ、d31=120pC/Nであった。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明の圧電体膜は、インクジェット式記録ヘッド,磁気記録再生ヘッド,MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス,マイクロポンプ,超音波探触子,及び超音波モータ等に搭載される圧電アクチュエータ、及び強誘電体メモリ等の強誘電体素子に好ましく適用できる。
【符号の説明】
【0112】
1 圧電素子
3、3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
10 基板
20、40 電極
30 圧電体膜
60 インクノズル(液体貯留吐出部材)
61 インク室(液体貯留室)
62 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下であり、
圧電定数d31>150pc/Nであり、かつ、電流値が1μA以上となる印加電圧により定義される絶縁破壊電圧が80V以上であることを特徴とする圧電体膜。
【請求項2】
圧電定数d31≧200pc/Nであることを特徴とする請求項1に記載の圧電体膜。
【請求項3】
絶縁破壊電圧が80〜200Vであることを特徴とする請求項1又は2に記載の圧電体膜。
【請求項4】
成膜後に表面粗さを小さくする表面処理が施されていない膜であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の圧電体膜。
【請求項5】
配向制御層を下地としない膜であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の圧電体膜。
【請求項6】
膜表面に対して非平行方向に延びる多数の柱状体からなる柱状構造膜であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の圧電体膜。
【請求項7】
膜厚が1.0μm以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の圧電体膜。
【請求項8】
膜厚が2.0〜4.0μmであることを特徴とする請求項7に記載の圧電体膜。
【請求項9】
下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(P)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の圧電体膜。
一般式ABO・・・(P)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素。
O:酸素元素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項10】
下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(PX)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことを特徴とする請求項9に記載の圧電体膜。
A(Zr,Ti,M)O・・・(PX)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
Mは1種又は2種以上の金属元素を示す。
0<x、0<y、0<z。
Aサイト元素(A)とBサイト元素(Zr,Ti,M)と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項11】
ペロブスカイト型酸化物(PX)のMが、V,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素であることを特徴とする請求項10に記載の圧電体膜。
【請求項12】
膜表面における最大高さ(ピーク値P)と最小高さ(バレー値V)との差で規定される表面粗さP−V値が170.0nm以下となる条件で成膜することを特徴とする圧電体膜の成膜方法。
【請求項13】
プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.1Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が80mm以上の条件で成膜することを特徴とする請求項12に記載の圧電体膜の成膜方法。
【請求項14】
プラズマを用いる気相成長法により、成膜圧力が1.0Pa以下であり、かつ、基板―ターゲット間距離が60mm以上の条件で成膜することを特徴とする請求項12又は13に記載の圧電体膜の成膜方法。
【請求項15】
前記気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする請求項13又は14に記載の圧電体膜の成膜方法。
【請求項16】
前記圧電体膜は、下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(P)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことを特徴とする請求項12〜15のいずれかに記載の圧電体膜の成膜方法。
一般式ABO・・・(P)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
B:Bサイトの元素であり、Ti,Zr,V,Nb,Ta,Cr,Mo,W,Mn,Sc,Co,Cu,In,Sn,Ga,Zn,Cd,Fe,及びNiからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素。
O:酸素元素。
Aサイト元素とBサイト元素と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項17】
前記圧電体膜は、下記式で表される1種又は2種以上のペロブスカイト型酸化物(PX)からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことを特徴とする請求項16に記載の圧電体膜の成膜方法。
A(Zr,Ti,M)O・・・(PX)
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pbを含む少なくとも1種の元素。
Mは1種又は2種以上の金属元素を示す。
0<x、0<y、0<z。
Aサイト元素(A)とBサイト元素(Zr,Ti,M)と酸素元素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【請求項18】
ペロブスカイト型酸化物(PX)のMが、V,Nb,Ta,及びSbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素であることを特徴とする請求項17に記載の圧電体膜の成膜方法。
【請求項19】
請求項1〜11のいずれかに記載の圧電体膜と、該圧電体膜に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項20】
請求項19に記載の圧電素子と、該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、該液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体膜に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【図9】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−219493(P2010−219493A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287227(P2009−287227)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】