説明

多板摩擦係合装置

【課題】多板摩擦係合装置において、新たな工程を追加もせず、ライニングの耐磨耗性を悪化させもせずに、熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させること。
【解決手段】多板摩擦係合装置1を構成する3枚の外歯湿式摩擦材は外歯プレート2の全周片面にライニング5を接着してなり、3枚の内歯湿式摩擦材は内歯プレート3の全周片面にライニング5を接着してなる。内歯プレート3は放熱性に関して外歯プレート2よりも有利であるため内歯プレート3を薄くして、その分外歯プレート2を厚くすることによってパック量を増大させることなく外歯プレート2の熱容量を増加させることができ、多板摩擦係合装置1の全体としての放熱性を大きく向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機(Automatic Transmission、以下「AT」とも略する。)内の湿式クラッチ、ブレーキ摩擦材、ロックアップ摩擦材等、油中に浸した状態で対向面に高圧力をかけることによってトルクを得る多板摩擦係合装置において、パック量(軸方向長さ)を増加させることなく耐熱性を向上させることができる多板摩擦係合装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、AT等に使用される湿式クラッチ、湿式ブレーキ等の多板摩擦係合装置において、耐熱性の更なる向上が求められている。ここで、摩擦表面に湿式摩擦材が貼り付けられる金属プレートの厚さを大きくすれば、金属プレートによる吸熱によって摩擦表面の温度は低下して耐熱性は向上するが、その分多板摩擦係合装置の占めるスペース(パック量)は増大し、AT等の省スペース化という要請に反することになる。
【0003】
そこで、特許文献1に記載の発明においては、多板摩擦係合装置において、ピストンに最も近い側の外歯プレートには断熱材である湿式摩擦材を取り付けず、ピストンに最も近い側の内歯プレートを両面に湿式摩擦材を取り付けたものとすることによって、ピストンに最も近い側の外歯プレートの背面から熱を逃がすことにより、多板摩擦係合装置の熱容量を増加させて耐熱性を向上させる技術について開示している。
【0004】
また、特許文献2に記載の発明においては、全ての外歯プレート及び内歯プレートの片面にのみ湿式摩擦材を貼り付けた片貼り式摩擦係合装置において、内当たりや外当たりの偏った摩擦係合によって外歯プレート及び内歯プレートの一部分の温度が急激に上昇して外歯プレート及び内歯プレートが熱歪みを起こすのを防ぐため、外歯プレートの内周及び内歯プレートの外周に全周に亘って切欠きを設けて熱歪みを緩和するという技術について開示している。
【特許文献1】特開平8−326776号公報
【特許文献2】特開平10−78051号公報
【特許文献3】特開平10−169681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に開示された発明においては、ピストンに最も近い側の外歯プレートの背面のみから熱を逃がす方式のため、放熱量が未だ不足しており、耐熱性の向上に限界がある。また、上記特許文献2に開示された発明においては、外歯プレートの内周及び内歯プレートの外周に全周に亘って切欠きを設ける必要があるため、加工工程の複雑化に伴うコストアップと、切欠きによってライニングが削られるためライニングの耐磨耗性が悪化するという弊害が発生するという問題点があった。
【0006】
そこで、本発明は、新たな工程を追加する必要がなく、ライニングの耐磨耗性を悪化させることもなく、多板摩擦係合装置の熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させることができる多板摩擦係合装置を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1の発明にかかる多板摩擦係合装置は、片面に湿式摩擦材基材から切り出したライニングを貼り付けた複数枚の金属製の外歯プレート及び複数枚の金属製の内歯プレートを交互に配置してなり、前記内歯プレートが非係合時においても回転している多板摩擦係合装置であって、前記内歯プレートの厚さが前記外歯プレートの厚さよりも薄いものである。
【0008】
請求項2の発明にかかる多板摩擦係合装置は、請求項1の構成において、前記内歯プレートの厚さは前記外歯プレートの厚さの50%〜90%の範囲内であるものである。
【0009】
請求項3の発明にかかる多板摩擦係合装置は、請求項1または請求項2の構成において、前記内歯プレートの厚さは0.8mm〜2.0mmの範囲内であり、前記外歯プレートの厚さは1.0mm〜2.4mmの範囲内であるものである。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明にかかる多板摩擦係合装置は、片面に湿式摩擦材基材から切り出したライニングを貼り付けた複数枚の金属製の外歯プレート及び複数枚の金属製の内歯プレートを交互に配置してなり、内歯プレートが非係合時においても回転している多板摩擦係合装置であって、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さよりも薄いものである。
【0011】
片面にライニングを貼り付けた複数枚の外歯プレート及び複数枚の内歯プレートを交互に配置してなる多板摩擦係合装置においては、係合時の摩擦面が必ず金属製の外歯プレートまたは内歯プレートの表面とライニングの表面とから形成されるため、摩擦熱は外歯プレートまたは内歯プレートに伝達されて放熱される。
【0012】
ここで、内歯プレートは常時回転しているため潤滑油による放熱性が良く、またピストン作動時またはスナップリング開口部による局部高面圧が発生した場合、局部高面圧発生位置を回転することにより分散させ、局部が高温になり摩擦材損傷が起こるのを抑制することができる。
【0013】
したがって、内歯プレートは放熱性に関して外歯プレートよりも有利である。このように放熱性に関して有利な内歯プレートを薄くして、その分外歯プレートを厚くすることによってパック量を増大させることなく外歯プレートの熱容量を増加させることができ、多板摩擦係合装置全体としての放熱性を大きく向上させることができる。
【0014】
このようにして、新たな工程を追加する必要がなく、ライニングの耐磨耗性を悪化させることもなく、多板摩擦係合装置の熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させることができる多板摩擦係合装置となる。
【0015】
請求項2の発明にかかる多板摩擦係合装置においては、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの50%〜90%の範囲内、より好ましくは60%〜80%の範囲内である。本発明者らは、鋭意実験研究の結果、耐熱性を大きく向上させるためには、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの50%〜90%の範囲内、より好ましくは60%〜80%の範囲内であることが必要であることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0016】
即ち、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの50%未満であると、内歯プレートの強度が低下してピストンから荷重が掛かった際に歪みを生ずる恐れがあり、一方、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの90%を超えると、外歯プレートの厚みによって外歯プレートの熱容量を増加させて耐熱性を向上させる効果が殆ど得られなくなる。したがって、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの50%〜90%の範囲内であることが適切である。更に、同様の理由から、内歯プレートの厚さが外歯プレートの厚さの60%〜80%の範囲内であることが、より好ましい。
【0017】
このようにして、新たな工程を追加する必要がなく、ライニングの耐磨耗性を悪化させることもなく、多板摩擦係合装置の熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させることができる多板摩擦係合装置となる。
【0018】
請求項3の発明にかかる多板摩擦係合装置においては、内歯プレートの厚さが0.8mm〜2.0mmの範囲内であり、外歯プレートの厚さが1.0mm〜2.4mmの範囲内である。本発明者らは、鋭意実験研究の結果、耐熱性を大きく向上させるためには、内歯プレートの厚さが0.8mm〜2.0mmの範囲内であり、外歯プレートの厚さが1.0mm〜2.4mmの範囲内であることが必要であることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成させたものである。
【0019】
即ち、内歯プレートの厚さが0.8mm未満であると内歯プレートの強度が低下してピストンから荷重が掛かった際に歪みを生ずる恐れがあり、一方内歯プレートの厚さが2.0mmを超えると、外歯プレートの厚さをそれ以上に厚くした場合にパック量が大きくなり、省スペースの要請に反することになる。また、外歯プレートの厚さが1.0mm未満であると外歯プレートの厚みによって外歯プレートの熱容量を増加させて耐熱性を向上させる効果が殆ど得られなくなり、一方外歯プレートの厚さが2.4mmを超えると、パック量が大きくなる。したがって、内歯プレートの厚さが0.8mm〜2.0mmの範囲内で、外歯プレートの厚さが1.0mm〜2.4mmの範囲内であることが好ましい。
【0020】
このようにして、新たな工程を追加する必要がなく、ライニングの耐磨耗性を悪化させることもなく、多板摩擦係合装置の熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させることができる多板摩擦係合装置となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について、図1乃至図3を参照して説明する。図1は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の全体構成の概略を示す模式図である。図2は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の係合時における全体構成の概略を示す模式図である。図3は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の耐熱性を従来の多板摩擦係合装置と比較して示すグラフである。
【0022】
図1に示されるように、本実施の形態にかかる多板摩擦係合装置1は、平板リング状の芯金である外歯プレート2の全周片面に湿式摩擦材基材から切り出したライニング5を接着してなる外歯湿式摩擦材と、平板リング状の芯金である内歯プレート3の全周片面に湿式摩擦材基材から切り出したライニング5を接着してなる内歯湿式摩擦材と、図示しないピストンの圧力(太い矢印で示される)を受け止めるためのフランジ部材4とを備え、自動車のATに用いられる多板摩擦係合装置としての湿式クラッチである。
【0023】
本実施の形態にかかる多板摩擦係合装置1においては、外歯プレート2よりも内歯プレート3が薄くなっており、内歯プレート3は常時回転しているため潤滑油による放熱性が良く、また図示しないピストン作動時のピストンの切欠き形状等または図示しないスナップリング開口部による局部高面圧が発生した場合、局部高面圧発生位置を回転することにより分散させ、局所が高温になりヒートマーク等の摩擦材損傷が起こるのを抑制することができる。
【0024】
したがって、内歯プレート3は放熱性に関して外歯プレート2よりも有利であるため内歯プレート3を薄くして、その分外歯プレート2を厚くすることによってパック量を増大させることなく外歯プレート2の熱容量を増加させることができ、多板摩擦係合装置1の全体としての放熱性を大きく向上させることができる。
【0025】
係合状態における摩擦熱の放熱経路について、図2を参照して説明する。図2に示されるように、片面にライニング5を貼り付けた3枚の外歯プレート2及び3枚の内歯プレート3を交互に配置してなる多板摩擦係合装置1においては、係合時の摩擦面が必ず金属製の外歯プレート2または内歯プレート3の表面とライニング5の表面とから形成されるため、摩擦熱は矢印に示されるように、外歯プレート2または内歯プレート3に伝達されて放熱される。
【0026】
ここで、上述の如く、内歯プレート3は放熱性に関して外歯プレート2よりも有利であるため、薄くても効率的に摩擦熱を放熱することができる。一方、外歯プレート2は内歯プレート3よりも厚いため熱容量が大きく、摩擦熱の吸熱性に優れており、摩擦面の温度を低下させて耐熱性を向上させることができる。
【0027】
このような耐熱性の向上の効果について、従来の外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの多板摩擦係合装置と比較して、摩擦耐熱性試験を実施した。外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの従来例として3種類、本実施の形態にかかる外歯プレート2が内歯プレート3よりも厚い多板摩擦係合装置1の実施例として3種類について、試験を行った。各評価仕様について、表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1に示されるように、従来例1は外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの1.2mmであり、従来例2は外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの1.4mmであり、従来例3は外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの1.6mmである。一方、実施例1〜実施例3は内歯プレート3が全て同じ厚さの1.2mmであり、実施例1は外歯プレート2が厚さ1.4mm、実施例2は外歯プレート2が厚さ1.6mm、実施例3は外歯プレート2が厚さ1.8mmといずれも内歯プレート3よりも厚くなっている。
【0030】
また、ライニング5の厚さは、従来例1〜従来例3及び実施例1〜実施例3の外歯プレート、内歯プレート全てについて0.5mmと統一している。更に、フランジ部材4の厚さは、従来例1〜従来例3及び実施例1〜実施例3の全てについて外歯プレートと同じ厚さとしており、これらの全ての厚さを合計した値がパック量となっている。
【0031】
試験条件としては、相対回転数=7500rpm、自動変速機潤滑油(Automatic Transmission Fluid、以下「ATF」とも略する。)の油温=100℃、ATF潤滑油量=600mL/min、ディスク面圧=0.8MPa、イナーシャ=0.12kg・m2 、ディスクサイズ=φ165(外径)−φ140(内径)、そして摩擦面数=6面で行い、ヒートスポットが発生するまでのサイクル数を、耐久サイクルとして評価した。評価結果を、表1の右端欄に示す。
【0032】
表1に示されるように、実施例1と比較例1とを対比すると、パック量は余り変わらないのに耐久サイクルは実施例1が比較例1の2倍以上になっている。また、実施例2と比較例2とを対比すると、パック量はほぼ同じであるのに耐久サイクルは実施例2が比較例2の2倍近くに達している。更に、実施例3と比較例3とを対比すると、パック量は実施例3の方が小さいのにも関わらず、耐久サイクルは実施例3が比較例3の1.5倍以上に達している。
【0033】
即ち、実施例1〜実施例3と従来例1〜従来例3とをそれぞれ比較すると、パック量はほぼ同じであるのにも関わらず、耐久サイクルは実施例1〜実施例3の方が従来例1〜従来例3の1.5倍〜2倍と大きく上回っており、ヒートスポットが発生し難くなっていて、耐熱性が大きく向上していることが分かる。また、耐熱性がほぼ同じと考えられる耐久サイクルがほぼ同じである比較例2と実施例1とを対比すると、パック量が実施例1では小さくなっている。
【0034】
このように、本実施の形態にかかる多板摩擦係合装置1においては、従来例と比較してパック量が同じであれば耐熱性が大きく向上し、同じ耐熱性を得るのであればパック量を大きく減少させることができる。
【0035】
このような摩擦耐熱性試験を実施した結果をグラフにまとめたのが、図3である。図3に示されるように、破線で示される従来の外歯プレートと内歯プレートとが同じ厚さの場合に比較して、実線で示される本実施の形態にかかる外歯プレート2が内歯プレート3よりも厚い多板摩擦係合装置1の場合には、パック量の増加に伴う耐久サイクルの向上の程度が飛躍的に改善されていることが分かる。
【0036】
このようにして、本実施の形態にかかる外歯プレート2が内歯プレート3よりも厚い多板摩擦係合装置1においては、新たな工程を追加する必要もなく、ライニングの耐磨耗性を悪化させることもなく、熱容量を十分に増加させて耐熱性を大きく向上させることができる。
【0037】
本実施の形態においては、多板摩擦係合装置として自動車のATに用いられる湿式クラッチ1を例として説明したが、多板摩擦係合装置としては自動車のATに用いられる湿式ブレーキやロックアップ機構でも良く、更には産業機械や建設機械のトランスミッションに用いられる多板摩擦係合装置にも本発明を適用することができる。
【0038】
また、本実施の形態においては、外歯プレート2及び内歯プレート3がそれぞれ3枚の多板摩擦係合装置1を例として説明したが、外歯プレート2及び内歯プレート3の枚数はこれに限られるものではなく、必要に応じて何枚でも構わない。
【0039】
本発明を実施するに際しては、多板摩擦係合装置のその他の部分の構成、形状、数量、材質、大きさ、接続関係等についても、本実施の形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】図1は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の全体構成の概略を示す模式図である。
【図2】図2は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の係合時における全体構成の概略を示す模式図である。
【図3】図3は本発明の実施の形態にかかる多板摩擦係合装置の耐熱性を従来の多板摩擦係合装置と比較して示すグラフである。
【符号の説明】
【0041】
1 多板摩擦係合装置
2 外歯プレート
3 内歯プレート
5 ライニング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
片面に湿式摩擦材基材から切り出したライニングを貼り付けた複数枚の金属製の外歯プレート及び複数枚の金属製の内歯プレートを交互に配置してなり、前記内歯プレートが非係合時においても回転している多板摩擦係合装置であって、
前記内歯プレートの厚さが前記外歯プレートの厚さよりも薄いことを特徴とする多板摩擦係合装置。
【請求項2】
前記内歯プレートの厚さは前記外歯プレートの厚さの50%〜90%の範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の多板摩擦係合装置。
【請求項3】
前記内歯プレートの厚さは0.8mm〜2.0mmの範囲内であり、前記外歯プレートの厚さは1.0mm〜2.4mmの範囲内であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の多板摩擦係合装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−138821(P2008−138821A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−327816(P2006−327816)
【出願日】平成18年12月5日(2006.12.5)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】