説明

強誘電体素子とその製造方法、強誘電体メモリ、及びインクジェット式記録ヘッド

【課題】強誘電体素子の製造方法において、高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜を成膜する。
【解決手段】Zrを含むシード層31と下部電極32とを順次成膜する工程(A)と、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させる工程(B)と、下部電極32上に強誘電体膜33を成膜する工程(C)とを順次実施する。この強誘電体素子を用いた強誘電体キャパシタ及び強誘電体メモリ、また強誘電体素子を圧電素子として用いたインクジェット式記録装置を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強誘電体素子とその製造方法、及びこれを用いた強誘電体メモリ(FRAM)とインクジェット式記録ヘッドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有する強誘電体素子は、次世代メモリとして期待されている強誘電体メモリ(FRAM(Ferroelectric Random Access Memory))や、インクジェット式記録ヘッド等に搭載されるアクチュエータ等に利用される素子である。強誘電体材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト型酸化物が知られている。
上記用途では、強誘電体膜の結晶配向性が高いことが好ましい。例えば、強誘電体メモリでは、残留分極値Prが大きくかつ抗電界Ecが低いことから、PZTの(111)配向膜が好ましい。
【0003】
特許文献1の段落[0003]等に記載されているように、従来、PZT(111)配向膜は、700℃以上の成膜温度で成膜する必要があるとされていた。
しかしながら、強誘電体メモリでは通常、強誘電体素子は駆動用トランジスタが作りこまれた基板上に形成されるため、トランジスタへの熱の影響を低減するために、強誘電体膜はなるべく低温で成膜できることが好ましい。成膜温度が高くなると、基板と強誘電体膜との熱膨張係数差に起因して、成膜中又は成膜後の降温過程等において強誘電体膜に応力がかかり、膜にクラック等が発生する恐れもある。PZT膜では成膜温度が高くなると、Pb抜けが起こりやすくなるという問題もある。
【0004】
特許文献1には、ゾルゲル法によりPZT(111)配向膜を得る方法が記載されている。この文献では、250〜350℃の第1熱処理(この温度はペロブスカイト結晶構造が成長する温度以下である。)と500〜600℃の第2熱処理との2段階の熱処理で行うことが提案されており、この方法によって比較的低温でPZT(111)配向膜が得られることが記載されている。
【0005】
特許文献2には、基板温度450℃以下(この温度はペロブスカイト結晶構造が成長する温度以下である。)にて非晶質もしくは結晶質の熱力学的準安定相酸化物膜を成膜し、この膜を還元雰囲気ガス中の熱処理によって熱力学的安定相結晶に相転移させる酸化物膜の製造方法が開示されている。この文献には、熱力学的準安定相酸化物膜として、RFスパッタ法により非結晶質構造又はパイロクロア構造のPZT膜を成膜し、その後還元雰囲気ガス中の熱処理を実施して、該膜をペロブスカイト結晶へ相転移させることで、比較的低温でペロブスカイト結晶構造のPZT膜を成膜できることが記載されている。先に成膜する熱力学的準安定相酸化物膜の結晶配向性を制御すれば、所望の結晶配向のPZT膜が得られることも記載されている。
【特許文献1】特開2000-243920号公報
【特許文献2】特開2001-139313号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2に記載の方法はいずれもプロセスが煩雑である。また、いずれの方法においても、はじめにペロブスカイト結晶構造が成長する温度以下で成膜を行い、その後膜の結晶性を高めるようにしているので、結晶性や結晶配向性の制御が難しい。そのため、高結晶配向の膜を得ることが難しく、高性能な強誘電体素子を得ることが難しい。
基板としてMgO単結晶基板を用いることで、結晶配向性に優れたPZT膜を成膜できることが知られているが、MgO単結晶基板は高価なため、製造コストが高くなり、好ましくない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜を成膜することが可能な強誘電体素子の製造方法、及び該製造方法に製造された強誘電体素子を提供することを目的とするものである。
本発明は特に、高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶配向性に優れた(111)配向の強誘電体膜を成膜することが可能な強誘電体素子の製造方法、及び該製造方法により製造された強誘電体素子を提供することを目的とするものである。
本発明はまた、上記強誘電体素子を備えた強誘電体メモリ、及び上記強誘電体素子を備えたインクジェット式記録ヘッドとインクジェット式記録装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の強誘電体素子の製造方法は、下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有し、前記下部電極と前記上部電極とにより前記強誘電体膜に対して電界が印加される強誘電体素子の製造方法において、
Zrを含むシード層と前記下部電極とを順次成膜する工程(A)と、
前記シード層に含まれるZrを拡散させて、該元素を前記下部電極の表面に析出させる工程(B)と、
前記下部電極上に前記強誘電体膜を成膜する工程(C)とを順次有することを特徴とするものである。
本発明の製造方法において、前記強誘電体膜の構成元素にZrが含まれていることが好ましい。
【0009】
工程(C)において、400℃以上600℃未満の成膜温度で、前記強誘電体膜の成膜を実施することが好ましい。
工程(A)において、前記シード層の厚みを5〜50nmとし、前記下部電極の厚みを50〜500nmとして、前記シード層及び前記下部電極の成膜を順次実施することが好ましい。
工程(B)において、400〜700℃の熱処理によってZrを熱拡散させることが好ましい。この場合、前記熱拡散を10分間〜2時間実施することが好ましい。
【0010】
本発明の強誘電体素子の製造方法では、正方晶系及び/又は菱面体晶系の結晶構造を有し、(111)面に結晶配向性を有する強誘電体膜を成膜することができる。
本明細書において、強誘電体膜が「結晶配向性を有する」とは、Lotgerling法により測定される配向度Fが、80%以上であることと定義する。
配向度Fは、下記式で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0011】
前記強誘電体膜としては、下記一般式で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる膜(不可避不純物を含んでいてもよい)が挙げられる。
一般式ABO
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pb,Ba,Nb,La,Li,Sr,Bi,Na,及びKからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Cd,Fe,Ti,Ta,Mg,Mo,Ni,Nb,Zr,Zn,W,及びYbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子、
Aサイト元素のモル数が1.0であり、かつBサイト元素のモル数が1.0である場合が標準であるが、Aサイト元素とBサイト元素のモル数はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【0012】
本発明の強誘電体素子は、上記の本発明の強誘電体素子の製造方法により製造されたものであることを特徴とするものである。
本発明によれば、下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有し、前記下部電極と前記上部電極とにより前記強誘電体膜に対して電界が印加される強誘電体素子において、前記下部電極は、該電極の表面にZrを含む析出物を有するものである強誘電体素子を提供することができる。
【0013】
本発明の強誘電体メモリは、上記の本発明の強誘電体素子を備えたことを特徴とするものである。
本発明のインクジェット式記録ヘッドは、上記の本発明の強誘電体素子と、
インクが貯留されるインク室及び該インク室から外部に前記インクが吐出されるインク吐出口を有するインク貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするものである。
本発明のインクジェット式記録装置は、上記の本発明のインクジェット式記録ヘッドを備えたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の強誘電体素子の製造方法は、Zrを含むシード層と下部電極とを順次成膜した後、シード層に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極の表面に析出させ、その後、下部電極上に強誘電体膜を成膜する構成を採用している。
かかる構成の本発明の製造方法によれば、MgO等の高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜を成膜することができる。本発明の製造方法によれば、結晶配向性に優れた(111)配向の強誘電体膜を高選択に自然に成長させることができる。
本発明によれば、良質な強誘電体膜を成膜することができるので、高性能な強誘電体素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
「強誘電体キャパシタ(強誘電体素子)、強誘電体メモリ」
図1及び図2を参照して、本発明に係る実施形態の強誘電体素子、及びこれを備えた強誘電体メモリ(FRAM)の構造について説明する。図1は強誘電体メモリの要部断面図であり、図2は回路構成例を示す図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0016】
強誘電体メモリ1は、半導体基板11上に、メモリセルをなす強誘電体キャパシタ(強誘電体容量素子)30と、強誘電体メモリ1の制御を行うトランジスタ20とが形成された記憶装置である。半導体基板11としては、シリコン基板等が好ましく用いられる。
【0017】
トランジスタ20としては、TFT(Thin Film Transistor)やMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor)等が挙げられる。本実施形態では、トランジスタ20がMOSFETからなる場合について説明する。
トランジスタ20は、一方がソース領域であり他方がドレイン領域である拡散層21,22、ゲート絶縁膜23、及びゲート電極24から構成されている。拡散層21,22のうち一方21に電極25が形成され、他方22にプラグ電極26が形成されている。プラグ電極26が強誘電体キャパシタ30の下部電極32に導通されている。
【0018】
半導体基板11には、各メモリセルを分離するための素子分離膜27が形成されている。また、トランジスタ20や素子分離膜27等が形成された半導体基板11上には、酸化シリコン等からなる層間絶縁膜28が形成されている。層間絶縁膜28は、第1層間絶縁膜28Aと第2層間絶縁膜28Bとから構成されている。
【0019】
拡散層21の層上に第1層間絶縁膜28Aを貫通するコンタクトホールが開孔されており、電極25はこのコンタクトホール内から第1層間絶縁膜28Aの表面に跨って形成されている。拡散層22の層上に第1層間絶縁膜28A及び第2層間絶縁膜28Bを貫通するコンタクトホールが開孔されており、プラグ電極26はこのコンタクトホール内に形成されている。
【0020】
半導体基板11に、トランジスタ20、プラグ電極26、及び層間絶縁膜28等が形成されたトランジスタ基板10上に、強誘電体キャパシタ30が形成されている。
本実施形態において、強誘電体キャパシタ30は、シード層31と下部電極32と強誘電体膜33と上部電極34との積層構造を有する素子であり、下部電極32と上部電極34とにより強誘電体膜33に対して電界が印加されるようになっている。
【0021】
シード層31は、Zrを含む層である。強誘電体キャパシタ30は、シード層31に含まれるZrを拡散(好ましくは熱拡散)させて、該元素を下部電極32の表面に析出させた後、強誘電体膜33を成膜して、製造されたものである。シード層31は、トランジスタ基板10と下部電極32とを良好に密着させる密着層としても機能することができる。
【0022】
下部電極32の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。例示した組成の下部電極32であればいずれも、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させることができる。
上部電極34の主成分としては特に制限なく、下部電極32で例示した材料、Al、Ta、Cr、Cu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。
本明細書において、「主成分」は含量90質量%以上の成分と定義する。
【0023】
強誘電体膜33の組成は特に制限なく、ペロブスカイト型酸化物からなる膜(不可避不純物を含んでいてもよい)が好ましい。
強誘電体膜33としては、下記一般式で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる膜(不可避不純物を含んでいてもよい)が挙げられる。
一般式ABO
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pb,Ba,Nb,La,Li,Sr,Bi,Na,及びKからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Cd,Fe,Ti,Ta,Mg,Mo,Ni,Nb,Zr,Zn,W,及びYbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子、
Aサイト元素のモル数が1.0であり、かつBサイト元素のモル数が1.0である場合が標準であるが、Aサイト元素とBサイト元素のモル数はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【0024】
上記一般式で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、チタン酸鉛ランタン、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン、マグネシウムニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛、ニッケルニオブ酸ジルコニウムチタン酸鉛等の鉛含有化合物、及びこれらの混晶系;
チタン酸バリウム、チタン酸ビスマスナトリウム、チタン酸ビスマスカリウム、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム等の非鉛含有化合物、及びこれらの混晶系が挙げられる。
強誘電体膜33の膜厚は特に制限なく、通常50nm以上であり、例えば100〜300nmである。
【0025】
シード層31及び下部電極32の厚みは、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させることができればよく、特に制限されない。シード層31の厚みは5〜50nmであり、下部電極32の厚みは50〜500nmであることが好ましい。シード層31及び下部電極32の厚みが過小ではこれらの膜の成膜が難しくなり、過大では成膜時間や成膜コストが不必要にかかってしまう。また、シード層31の厚みが過小では、下部電極32側への元素の安定的な供給が難しくなる恐れがある。下部電極32の厚みが過大では、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に到達させるのが難しくなる。
【0026】
本実施形態では、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させた後、強誘電体膜33を成膜する構成としている。かかる方法では、下部電極32の表面に析出した析出物が核となって、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜することができる。この効果は基板11の種類によらず、得られる。
特に、強誘電体膜33の構成元素にZrが含まれることが好ましい。例えば、強誘電体膜33としてはPZT膜等が好ましい。かかる場合、析出物と強誘電体膜33との相性が良く、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜することができる。
【0027】
PZT等では、立方晶系と正方晶系と菱面体晶系との3種の結晶系があり、チタン酸バリウム等では、立方晶系と正方晶系と斜方晶系と菱面体晶系との4種の結晶系がある。立方晶系は常誘電体であり強誘電性を示さないので、強誘電体膜33は、正方晶系、斜方晶系、及び菱面体晶系のうちいずれかの結晶構造を有する必要がある。
強誘電体膜33は、正方晶系及び/又は菱面体晶系の結晶構造を有し、(111)面に結晶配向性を有する膜であることが好ましい。この場合、電界−分極曲線が良好なヒステリシス性を示し、残留分極値Prが大きくかつ抗電界Ecが低く、高性能な強誘電体メモリ1が得られる。
【0028】
本発明者は、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させた後、強誘電体膜33を成膜することで、(111)配向膜が選択的に得られることを見出している。
【0029】
図2(a),(b)を参照して、本実施形態の強誘電体メモリ1の回路構成例について説明する。
図2(a)は、1つのトランジスタ20と1つの強誘電体キャパシタ30との組み合わせにより1つのメモリセルが構成された、いわゆる1T1Cセル方式の回路構成例である。1T1Cセル方式では、メモリセルはワード線WLとビット線BLとの交点に位置し、強誘電体キャパシタ30の一端がトランジスタ20を介してビット線BLに接続され、強誘電体キャパシタ30の他端がプレート線PLに接続される。また、トランジスタ20のゲート電極24がワード線WLに接続される。ビット線BLは、信号電荷を増幅するセンスアンプAに接続される。
【0030】
以下に、1T1Cセルにおける動作例を簡単に説明する。
読み出し動作においては、ビット線BLを0Vに固定した後、ワード線WLに電圧を印加し、トランジスタ20をオンする。その後、プレート線PLを0Vから電源電圧Vcc程度まで印加することにより、強誘電体キャパシタ30に記憶した情報に対応した分極電荷量がビット線BLに伝達される。この分極電荷量によって生じた微少電位変化を差動式センスアンプAで増幅することにより、記憶情報をVcc又は0Vの2つの情報として読み出すことができる。
書き込み動作においては、ワード線WLに電圧を印加し、トランジスタ20をオン状態にした後、ビット線BL−プレート線PL間に電圧を印加し、強誘電体キャパシタ30の分極状態を変更し決定することができる。
【0031】
図2(b)は、2つのトランジスタ20と2つの強誘電体キャパシタ30との組み合わせにより1つのメモリセルが構成された、いわゆる2T2Cセル方式の回路構成例である。
2T2Cセル方式では、メモリセルは上記1T1Cセルを2個組み合わせた構造を有し、相補型の情報を保持する構造を有する。すなわち、2T2Cセル方式では、センスアンプAへの2つの差動入力として、相補型にデータを書き込んだ2つのメモリセルから相補信号を入力し、データを検出することができる。
【0032】
「強誘電体メモリの製造方法」
図3を参照して、上記の強誘電体キャパシタ30の製造方法について説明する。図3は工程図であり、図1に対応した断面図である。
【0033】
<工程(A)>
はじめに、図3(a)に示す如く、上記構成のトランジスタ基板10を製造し、該基板上の略全面にZrを含むシード層31と下部電極32とを順次成膜する。図3(a)中の拡大図面に示すように、この時点の下部電極32の表面は略平坦であり、平均表面粗さRaは例えば0.5nm未満である。
【0034】
シード層31と下部電極32の成膜方法は特に制限なく、スパッタリング法等が挙げられる。シード層31と下部電極32の成膜は、同一の装置を用いて実施してもよいし、異なる装置を用いて実施してもよい。この工程においては、シード層31の厚みを5〜50nmとし、下部電極32の厚みを50〜500nmとして、成膜を行うことが好ましい。
【0035】
<工程(B)>
次に、図3(b)に示す如く、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させる。下部電極32の表面に析出された析出物に符号31aを付してある。シード層31に含まれるZrの拡散は、加熱による熱拡散により実施することができる。加熱は、ヒータ等を用いた通常の熱処理の他、光照射等による加熱でもよい。
【0036】
以下、熱拡散の条件例について説明する。
熱拡散温度及び熱拡散の実施時間は特に制限なく、シード層31に含まれるZrを良好に熱拡散させることができ、トランジスタ基板10の劣化等の問題のない範囲内で設定すればよい。
熱拡散温度は400〜700℃が好ましく、450〜650℃が特に好ましい。熱拡散温度を強誘電体膜33の成膜温度と等しく設定すれば、強誘電体膜33の成膜開始時に設定温度を変更する必要がないので、成膜効率が良く好ましい。
熱拡散の実施時間は、熱拡散温度と下部電極32の厚み等の条件によるが、10分間〜2時間が好ましい。
【0037】
本発明者は、図3(b)中の拡大図面に示すように、工程(B)終了後には、下部電極32の表面に微細な凹凸が生じることを見出している。工程(B)終了後の下部電極32は、例えば、なだらかな山が多数連なったような表面形状になり、なだらかな山と山との谷の部分に島状の析出物31aが析出した構造となる。
本発明者は、工程(B)終了後の下部電極32の平均表面粗さRaが例えば0.5〜30.0nmとなる条件で、Zrの拡散を実施することにより、後工程において結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜できることを見出している。
本明細書における「平均表面粗さRa」は、JIS B0601−1994に基づいて求められる算術平均粗さRaである。
【0038】
<工程(C)>
次に、図3(c)に示す如く、表面に析出物31aを有する下部電極32を形成したトランジスタ基板10上の略全面に、強誘電体膜33と上部電極34とを順次成膜する。強誘電体膜33の成膜方法としては特に制限なく、スパッタリング法、MOCVD法、及びパルスレーザデポジッション法等の気相成長法が好ましい。強誘電体膜33の成膜方法としては、ゾルゲル法及び有機金属分解法等の化学溶液堆積法(CSD)、あるいはエアロゾルデポジション法等の方法でもよい。上部電極34の成膜方法としては、スパッタリング法等が挙げられる。
【0039】
最後に、図3(d)に示す如く、ドライエッチング等の公知方法によりシード層31〜上部電極34の積層体をパターニングして複数のメモリセルに分離する。以上のようにして、強誘電体キャパシタ30及び強誘電体メモリ1が製造される。
【0040】
本実施形態では、シード層31に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極32の表面に析出させ、この上に強誘電体膜33を成膜する構成としている。かかる構成では、下部電極32の表面に点在する析出物31aが結晶成長の核となって、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜することができる。
【0041】
本実施形態では、Zr拡散後の下部電極32は、表面にZrを含む析出物31aが点在し、かつ下部電極32の表面全体が適度な表面凹凸を有するものとなる。Zr拡散後の下部電極32は、例えば、なだらかな山が多数連なったような表面形状を有し、なだらかな山と山との谷の部分に島状の析出物31aが析出したような表面構造となる。かかる表面構造の下部電極32では、全体的に適度な表面凹凸を有し、その窪んだ部分に析出物31aが形成された表面構造となるので、窪んだ部分に形成された析出物31aが核となって強誘電体膜33が成長する。かかる表面構造の下部電極32は、表面が略平坦な下部電極よりも強誘電体膜33の成長の下地として適していると考えられる。
【0042】
本実施形態では、下部電極32の表面構造が強誘電体膜33の成長の下地として適しているので、比較的低温で、強誘電体膜33を成膜することができる。具体的には、400℃以上600℃未満の比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜することができる。「強誘電体膜33の結晶性が良好である」とは、強誘電体膜33がペロブスカイト型酸化物からなる場合には、パイロクロア相のないペロブスカイト結晶であることを意味する。
【0043】
強誘電体膜33がPZT等のPb含有材料からなる場合、強誘電体膜33の成膜温度は450〜580℃とすることがより好ましく、500〜580℃とすることが特に好ましい。強誘電体膜33がPZT等のPb含有材料からなる場合、かかる条件で成膜を行うことで、結晶性及び結晶配向性が良好な強誘電体膜33を安定的に成膜することができ、しかもPb成分の抜けを抑制して良質な強誘電体膜33を成膜することができる。
【0044】
比較的低温で強誘電体膜33を成膜できることは、トランジスタ20等への熱の影響を小さくすることができ、好ましい。比較的低温で強誘電体膜33を成膜できるので、基板11と強誘電体膜33との熱膨張係数差に起因して、成膜中又は成膜後の降温過程等において強誘電体膜33に応力がかかり、膜にクラック等が発生することも抑制することができる。
【0045】
以上説明したように、本実施形態では、下部電極32が強誘電体膜33の成長の下地として適した表面構造となること、及び比較的低温で強誘電体膜33の成膜を実施できることの効果が相俟って、結晶性及び結晶配向性に優れた良質な強誘電体膜33を成膜できると考えられる。
【0046】
本発明者は、Tiを含むシード層を形成し、シード層中のTiを拡散させて下部電極の表面に析出させる場合には、(100)配向の強誘電体膜が選択的に得られるのに対して、Zrを含むシード層31を形成し、シード層31中のZrを拡散させて下部電極32の表面に析出させる本実施形態の方法では、(111)配向の強誘電体膜33が選択的に得られることを見出している(後記実施例1〜3及び比較例2を参照)。
【0047】
上記したように、強誘電体メモリ1では(111)配向の強誘電体膜33が好ましいため、このように、シード層31としてZrを含む層を形成し、シード層31中のZrを拡散させて下部電極32の表面に析出させるだけで、(111)配向の強誘電体膜33を高選択に自然に成長できることは、非常に有用である。
【0048】
なお、シード層31の有無に関係なく、下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有する強誘電体素子において、下部電極が、該電極の表面にZrを含む析出物を有する強誘電体素子自体が新規である。
【0049】
以上説明したように、本実施形態によれば、MgO等の高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた強誘電体膜33を成膜することができる。本発明の製造方法によれば、結晶配向性に優れた(111)配向の強誘電体膜33を高選択に自然に成長させることができる。本発明者はまた、本実施形態ではリーク電流の小さい強誘電体膜33が得られることを見出している(後記実施例1〜3を参照)。
【0050】
本実施形態によれば、良質な強誘電体膜33を成膜することができるので、電界−分極曲線が良好なヒステリシス性を示し、残留分極値Prが大きくかつ抗電界Ecが低く、高性能な強誘電体キャパシタ30及び強誘電体メモリ1を提供することができる。
【0051】
「圧電素子(強誘電体素子)及びインクジェット式記録ヘッド」
本発明では、(111)配向の強誘電体膜を選択的に成膜することができるので、本発明の強誘電体素子は強誘電体メモリの用途に好ましく利用できる。ただし、本発明の強誘電体素子はインクジェット式記録ヘッド等に搭載される圧電素子として利用することもできる。
【0052】
図4を参照して、本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッドの構造について説明する。図4はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0053】
本実施形態の圧電素子50は、基板51上に、Zrを含むシード層52と下部電極53と圧電膜(強誘電体膜)54と上部電極55とが順次積層された素子であり、下部電極53と上部電極55とにより圧電膜54に対して厚み方向に電界が印加されるようになっている。本実施形態の圧電素子50は、シード層52に含まれるZrを拡散(好ましくは熱拡散)させて、該元素を下部電極53の表面に析出させた後、圧電膜54を成膜して、製造されたものである。シード層52は、基板51と下部電極53とを良好に密着させる密着層としても機能することができる。
【0054】
本実施形態では、基板51上の略全面にシード層52と下部電極53とが順次積層され、この下部電極53上に図示手前側から奥側に延びるライン状の凸部54aがストライプ状に配列したパターンの圧電膜54が形成され、各凸部54aの上に上部電極55が形成されている。
圧電膜54のパターンは図示するものに限定されず、適宜設計される。また、圧電膜54は連続膜でも構わない。但し、圧電膜54は、連続膜ではなく、互いに分離した複数の凸部54aからなるパターンで形成することで、個々の凸部54aの伸縮がスムーズに起こるので、より大きな変位量が得られ、好ましい。
【0055】
基板51としては特に制限なく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニア(YSZ)、アルミナ、サファイヤ、シリコンカーバイド等の基板が挙げられる。基板51としては、シリコン基板の表面にSiO酸化膜が形成されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0056】
シード層52、下部電極53、及び上部電極55の組成や膜厚は、上記実施形態の強誘電体キャパシタ30と同様である。圧電膜54の膜厚は、強誘電体キャパシタ30の強誘電体膜33より厚く、通常1μm以上であり、例えば1〜5μmである。
【0057】
インクジェット式記録ヘッド2は、概略、上記構成の圧電素子50の基板51の下面に、振動板60を介して、インクが貯留されるインク室71及びインク室71から外部にインクが吐出されるインク吐出口72を有するインクノズル(インク貯留吐出部材)70が取り付けられたものである。インク室71は、圧電膜54の凸部54aの数及びパターンに対応して、複数設けられている。
インクジェット式記録ヘッド2では、圧電素子50の凸部54aに印加する電界強度を凸部54aごとに増減させてこれを伸縮させ、これによってインク室71からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0058】
本実施形態の圧電素子50及びインクジェット式記録ヘッド2は、以上のように構成されている。
【0059】
本実施形態では、上記実施形態の強誘電体キャパシタ30と同様、Zrを含むシード層52と下部電極53とを順次成膜した後、シード層52に含まれるZrを拡散させて、該元素を下部電極53の表面に析出させ、その後、下部電極53上に強誘電体膜である圧電膜54を成膜する構成を採用している。Zrの拡散条件、圧電膜54の成膜条件等は、上記実施形態の強誘電体キャパシタ30と同様である。
【0060】
本実施形態では、上記実施形態の強誘電体キャパシタ30と同様、MgO等の高価な基板を用いることなく、また複雑なプロセスを経ることなく、比較的低温で、結晶性及び結晶配向性に優れた圧電膜54を成膜することができる。本実施形態では、(111)配向の圧電膜54を選択的に成長させることができる。
【0061】
強誘電体メモリ(FRAM)の用途では、強誘電体膜を(111)配向とすることで、残留分極値Prが大きくかつ抗電界Ecが低く、高性能な強誘電体メモリが得られることを述べた。(111)配向の圧電膜54は抗電界Ecが低いために、比較的低い電界で分極処理を行うことができる。特に駆動回路等を形成した後に高い電界を印加して圧電膜54の分極処理を行うと、回路等に影響を与える恐れがあるので、抗電界Ecが低い(111)配向の圧電膜54は好ましい。
【0062】
「インクジェット式記録装置」
図5及び図6を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド2を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図5は装置全体図であり、図6は部分上面図である。
【0063】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)2K,2C,2M,2Yを有する印字部102と、各ヘッド2K,2C,2M,2Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
【0064】
印字部102をなすヘッド2K,2C,2M,2Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド2である。
【0065】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
【0066】
ロール紙を使用する装置では、図5のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0067】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0068】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0069】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図5上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図5の左から右へと搬送される。
【0070】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
【0071】
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0072】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図6を参照)。各印字ヘッド2K,2C,2M,2Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0073】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド2K,2C,2M,2Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド2K,2C,2M,2Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0074】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0075】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0076】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【0077】
(設計変更)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、適宜設計変更可能である。
【実施例】
【0078】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0079】
(実施例1)
スパッタ装置を用い、基板温度200℃、真空度0.5PaのAr雰囲気の条件で、Si基板上の略全面に、20nm厚のZrシード層と100nm厚のIr下部電極とを順次成膜した。
Zrシード層中のZrを熱拡散させるために、下部電極の成膜終了後、基板を真空雰囲気のスパッタ装置内に載置したまま、基板温度を520℃に昇温してこの状態を1時間保持した。
その後、同じ装置を用いて、下部電極を形成した基板上の略全面に、基板温度520℃、真空度0.5PaのAr/O混合雰囲気(O体積分率3.0%)の条件で、Pb1.3Zr0.52Ti0.48ターゲットを用いて、200nm厚のPZT膜を成膜した。
同じ装置を用いて、上記PZT膜上に100nm厚のPt上部電極を成膜して、本発明の強誘電体素子を得た。
【0080】
(実施例2)
Zrの熱拡散温度を600℃に変更した以外は実施例1と同様にして、本発明の強誘電体素子を得た。
(実施例3)
Si基板の代わりにステンレス基板(SUS430)を用いた以外は実施例1と同様にして、本発明の強誘電体素子を得た。
【0081】
(比較例1)
下部電極の成膜後に直ちに(具体的には基板温度が520℃になってから5分以内に)PZT膜の成膜を行い、Zrの熱拡散を実施しなかった以外は実施例1と同様にして、比較用の強誘電体素子を得た。
(比較例2)
Zrシード層の代わりにTiシード層を形成した以外は実施例1と同様にして、比較用の強誘電体素子を得た。
【0082】
(比較例3)
シード層の成膜を実施せず、実施例1と同じスパッタ装置を用い、同じ装置雰囲気の条件で、成膜温度のみを300℃に変更してPZT膜を成膜し、さらにPZT膜を600℃で1時間アニールした以外は実施例1と同様にして、比較用の強誘電体素子を得た。
(比較例4)
シード層の成膜を実施せず、ゾルゲル法(焼成温度は700℃とした。)によりPZT膜を成膜した以外は実施例1と同様にして、比較用の強誘電体素子を得た。
【0083】
(評価項目、評価方法)
<下部電極のAFM表面観察>
実施例1と比較例1において、PZT膜の成膜開始時(実施例1ではZrの熱拡散後、比較例1では下部電極の成膜直後)の下部電極の表面を、AFM(原子間力顕微鏡)にて観察した。
<下部電極とPZT膜とのTEM断面観察>
実施例1と比較例1において、PZT膜の成膜後に、下部電極とPZT膜との界面及びその近傍の断面を、TEM(透過型電子顕微鏡)にて観察した。
<XRD測定>
実施例1〜3及び比較例1〜4において、PZT膜の成膜後に該膜のXRD(X線回折)測定を実施し、PZT膜の結晶性と結晶配向性について評価を行った。結晶性は下記基準に基づいて、評価した。
結晶性の判定基準
○:パイロクロア相のない、ペロブスカイト構造の単相が得られた。さらに、(111)面に強く優先配向しており、その配向度は98%以上であった。
△:パイロクロア相のない、ペロブスカイト構造の単相が得られた。さらに、(111)方向に優先配向しており、その配向度は80%以上98%未満であった。
× パイロクロア相が見られた。
【0084】
<電界−分極曲線と残留分極値Prの測定>
実施例1〜3及び比較例1〜4において、得られた強誘電体素子の電界−分極曲線を測定し、電界強度=0のときの残留分極値Prを測定した。Prには±があるので、2Prでもって比較評価した。
【0085】
<リーク電流>
実施例1〜3及び比較例1〜4において、得られた強誘電体素子のリーク電流を測定した。Agilent社製半導体パラメータ測定装置4155Cを用い、100μm角の上部電極と下部電極との間に電圧を印加し、リーク電流を測定した。電界印加強度は、±150kV/cm程度とした。
【0086】
(結果)
各例の主な素子製造条件と評価結果を表1に示す。
Zrシード層を形成したがZrの熱拡散を実施しなかった比較例1では、PZT膜の成膜開始時の下部電極のAFM観察表面は略平坦であった。下部電極とPZT膜との界面及びその近傍のTEM断面観察を行ったところ、下部電極の表面には、Zrの析出物は見られなかった。比較例1において得られたPZT膜にはパイロクロア相が見られ、ペロブスカイトの結晶性が低いものであった。比較例1において得られた強誘電体素子は、電界−分極曲線のヒステリシス性が小さく、2Prの値が小さく、強誘電体メモリとして好適なものではなかった。
【0087】
これに対して、Zrシード層を形成し、シード層中のZrの熱拡散を実施した実施例1〜3では、PZT膜の成膜開始時(Zrの熱拡散後)の下部電極のAFM観察表面はいずれも、なだらかな山が多数連なったような表面形状であった。下部電極とPZT膜との界面及びその近傍のTEM断面観察を行ったところ、下部電極の表面には、なだらかな山と山との谷の部分に島状のZrの析出物が析出していることが観察された。
【0088】
実施例1〜3で得られたPZT膜についてXRD測定を行ったところ、PZT膜はいずれもパイロクロア相のない良質なペロブスカイト結晶であった。得られたPZT膜はいずれも(111)面に強く配向しており、配向度は99.0%以上であった。代表として、実施例1のXRDパターンを図7に示しておく。なお、作製したPZT膜は、正方晶系と菱面体晶系との相転移近傍の組成である。
【0089】
実施例1〜3において得られた強誘電体素子はいずれも、電界−分極曲線のヒステリシス性が良好であり、2Prの値が大きく、強誘電体メモリとして好適なものであった。実施例1〜3の2Prの値は、比較例1のほぼ2倍であった。実施例1〜3において得られた強誘電体素子はリーク電流も小さく、良好であった。実施例1〜3では、基板によらず、同様の結果が得られた。
【0090】
Tiシード層を形成し、シード層中のTiの熱拡散を実施した比較例2では、(100)配向のPZT膜が得られた。実施例1〜3では、この比較例2よりも2Prの値が大きく、強誘電体メモリとして好適であった。
【0091】
PZT膜を300℃で成膜し、その後600℃でアニールを行った比較例3では、得られたPZT膜は(111)配向を示したものの、結晶性が不良であった。比較例3において得られた強誘電体素子は、電界−分極曲線のヒステリシス性が小さく、2Prの値が小さく、強誘電体メモリとして好適なものではなかった。得られた強誘電体素子は、PZT膜の膜質が良くなかったため、リーク電流も大きかった。
【0092】
ゾルゲル法によりPZT膜を成膜した比較例4では、高温焼成を行ったので、得られたPZT膜はパイロクロア相のない良質なペロブスカイト結晶であった。しかしながら、PZT膜を顕微鏡(倍率100倍)で観察したところ、多数の微小なクラックが見られた。比較例4では高温焼成を行ったので、基板とPZT膜との熱膨張係数差に起因して、焼成中又は焼成後の降温過程においてPZT膜に応力がかかり、クラックが発生したと考えられる。
【0093】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の強誘電体素子は、強誘電体メモリ(FRAM)、インクジェット式記録ヘッド、及び圧力センサ等に好ましく利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】本発明に係る実施形態の強誘電体素子及びこれを備えた強誘電体メモリの構造を示す要部断面図
【図2】(a),(b)は図1の強誘電体メモリの回路構成例
【図3】(a)〜(d)は、図1の強誘電体素子の製造方法を示す工程図
【図4】本発明に係る実施形態の圧電素子(強誘電体素子)及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッドの構造を示す要部断面図
【図5】図4のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図6】図5のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図7】実施例1のPZT膜のXRDパターン
【図8】実施例1の強誘電体素子の電界−分極曲線
【符号の説明】
【0096】
1 強誘電体メモリ
11 基板
30 強誘電体キャパシタ(強誘電体素子)
31 シード層
31a 析出物
32 下部電極
33 強誘電体膜
34 上部電極
2 インクジェット式記録ヘッド
50 圧電素子(強誘電体素子)
51 基板
52 シード層
53 下部電極
54 圧電膜(強誘電体膜)
55 上部電極
100 インクジェット式記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有し、前記下部電極と前記上部電極とにより前記強誘電体膜に対して電界が印加される強誘電体素子の製造方法において、
Zrを含むシード層と前記下部電極とを順次成膜する工程(A)と、
前記シード層に含まれるZrを拡散させて、該元素を前記下部電極の表面に析出させる工程(B)と、
前記下部電極上に前記強誘電体膜を成膜する工程(C)とを順次有することを特徴とする強誘電体素子の製造方法。
【請求項2】
前記強誘電体膜の構成元素にZrが含まれることを特徴とする請求項1に記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項3】
工程(C)において、400℃以上600℃未満の成膜温度で、前記強誘電体膜の成膜を実施することを特徴とする請求項1又は2に記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項4】
工程(A)において、前記シード層の厚みを5〜50nmとし、前記下部電極の厚みを50〜500nmとして、前記シード層及び前記下部電極の成膜を順次実施することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項5】
工程(B)において、400〜700℃の熱処理によってZrを熱拡散させることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項6】
工程(B)において、前記熱拡散を10分間〜2時間実施することを特徴とする請求項5に記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項7】
前記強誘電体膜は、正方晶系及び/又は菱面体晶系の結晶構造を有し、(111)面に結晶配向性を有する膜であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項8】
前記強誘電体膜は、下記一般式で表される1種又は複数種のペロブスカイト型酸化物からなる膜(不可避不純物を含んでいてもよい)であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の強誘電体素子。
一般式ABO
(式中、A:Aサイトの元素であり、Pb,Ba,Nb,La,Li,Sr,Bi,Na,及びKからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
B:Bサイトの元素であり、Cd,Fe,Ti,Ta,Mg,Mo,Ni,Nb,Zr,Zn,W,及びYbからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素原子、
Aサイト元素のモル数が1.0であり、かつBサイト元素のモル数が1.0である場合が標準であるが、Aサイト元素とBサイト元素のモル数はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1.0からずれてもよい。)
【請求項9】
前記下部電極は、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuOからなる群より選ばれる少なくとも1種を主成分とすることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項10】
前記強誘電体素子は、シリコン基板、ステンレス基板、及びガラス基板のうちいずれかの基板に形成されたものであることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の強誘電体素子の製造方法により製造されたものであることを特徴とする強誘電体素子。
【請求項12】
下部電極と強誘電体膜と上部電極との積層構造を有し、前記下部電極と前記上部電極とにより前記強誘電体膜に対して電界が印加される強誘電体素子において、
前記下部電極は、該電極の表面にZrを含む析出物を有するものであることを特徴とする強誘電体素子。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の強誘電体素子を備えたことを特徴とする強誘電体メモリ。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれかに記載の強誘電体素子と、
インクが貯留されるインク室及び該インク室から外部に前記インクが吐出されるインク吐出口を有するインク貯留吐出部材とを備えたことを特徴とするインクジェット式記録ヘッド。
【請求項15】
請求項14に記載のインクジェット式記録ヘッドを備えたことを特徴とするインクジェット式記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−4782(P2008−4782A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−173308(P2006−173308)
【出願日】平成18年6月23日(2006.6.23)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】