説明

摩擦/回生制動手段を備え制動力配分制御を行う車輌

【課題】自動車等の車輌に於いては、制動力を前輪と後輪の間に可変に分配するため従来より前輪に対する油圧系統と後輪に対する油圧系統とが分離して構成され、それぞれに油圧制御弁が設けられているが、車輌の制動油圧回路には従来より各車輪のホイールシリンダに対し個別に制動油圧の給排を行う油圧給排弁が設けられていることに着目し、制動力前後分配構造を簡略化し、また制動力左右分配も可能にする。
【解決手段】各車輪に対する制動力の前後配分制御または左右配分制御を各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御により行うようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦制動手段と回生制動手段とを備え、制動力配分制御により制動力を前輪と後輪の間または左輪と右輪の間に可変に配分する車輌に係る。
【背景技術】
【0002】
摩擦制動手段と回生制動手段とを備え、制動力の配分が制御される車輌については、常時は前後に配分された前輪および後輪の各制動力分担値に対し、前輪および後輪のそれぞれに於いて、回生制動力が最大となるよう摩擦制動手段と回生制動手段による制動力の分担を定め、アンチスキッド制御が開始されるとき、或は運転者が急制動を掛けた時には、回生制動力の上限値を下げて摩擦制動力の割合を高めるようにすることが、それぞれ下記の特許文献1および2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-95107
【特許文献2】特開2002-356151
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
自動車等の車輌に於いて制動時に制動力を前輪と後輪の間または左輪と右輪の間に可変に分配することは、車輌をスピンやドリフトアウトに対し抑制する車輌安定制御に於いて重要である。従来一般に、車輌の摩擦制動手段を構成する油圧回路は、前輪に対する油圧系統と後輪に対する油圧系統とが分離して構成され、それぞれの油圧系統に制動力の前後配分を制御するための油圧制御弁が設けられている。
【0005】
一方、車輌用摩擦制動手段を構成するこの種の油圧回路に於いては、従来より前輪および後輪の各々に対し摩擦制動力を及ぼすホイールシリンダに対し個別に制動油圧の給排を行う油圧給排弁が設けられている。そこで、これらの各ホイールシリンダに対し個別に設けられている油圧給排弁の開度を相対的に制御すれば、左輪と右輪の間に制動力を分配することができるだけでなく、前輪に対する油圧系統と後輪に対する油圧系統とを分離してそれぞれの油圧系統に制動力前後配分制御のための油圧制御弁を設けることを省略し、それだけ制動用油圧回路の構成を簡単化し、それに要するコストを削減できることが考えられる。
【0006】
本発明は、上記の事情に着目し、摩擦制動手段の簡略化を図ることを第一の課題としている。
【0007】
しかし、現今の車輌用制動手段には多くの場合、回生制動手段が含まれており、回生制動手段では格別の装置を追加しなければ制動力の配分制御はできず、また実際の配分は予測しにくいので、そのままでは回生制動手段により制動力の前後または左右の配分が乱され、制動力配分制御が予定通り行われなくなる恐れがある。
【0008】
そこで、本発明は、車輌用制動手段が摩擦制動手段と回生制動手段を含む場合にも、制動力配分制御の精度を損なうことなく、上記の事情に着目して摩擦制動手段の簡略化を図り、車輌用制動手段の合理化を図ることを第二の課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の第一の課題を解決するものとして、本発明は、前輪および後輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌にして、前輪と後輪に対する制動力の前後配分制御が各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御によりなされるようになっていることを特徴とする車輌、および左輪および右輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌にして、左輪と右輪に対する制動力の左右配分制御が各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御によりなされるようになっていることを特徴とする車輌を提案するものである。
【0010】
また、上記の第二の課題を解決するものとして、本発明は、上記の第一の課題を解決する車輌をさらに、各車輪がそれぞれ前記摩擦制動手段に加えて回生制動手段によっても制動され得るようになっているときには、制動力前後配分制御中または制動力左右配分制御中は前記回生制動手段の作動を禁止し、各車輪に於いてそれぞれの制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段のみを作動させるようにすること、或は、前輪または後輪のいずれか一方が摩擦制動手段および回生制動手段により制動され他方が摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっているときには、制動力前後配分制御中は、前記摩擦制動手段および前記回生制動手段により制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段と前記回生制動手段とを協調作動させ、前記摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対して前記摩擦制動手段を作動させるようにすることを提案するものである。
【発明の効果】
【0011】
上記の如く、前輪および後輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌または左輪および右輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌に於いて、前輪と後輪に対する制動力の前後配分制御または左輪と右輪に対する制動力の左右配分制御が各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御によりなされるようになっていれば、車輌用摩擦制動手段を構成する油圧回路に於いては、通常、ハードウェアとしては、既に各車輪に対し摩擦制動力を及ぼすホイールシリンダに対し個別に制動油圧の給排を行う油圧給排弁が設けられているので、これらの油圧給排弁の開度の制御に制動力の前後配分または左右配分のための相対性を加味すれば、これらの油圧制御弁を制御する車輌の電気式制御装置に制御プログラムを追加するだけで、各車輪に対する制動力の大きさを制御すると同時に前後輪間または左右輪間の制動力の配分を制御することができる。
【0012】
また、各車輪がそれぞれ摩擦制動手段に加えて回生制動手段によっても制動され得るようになっているときには、制動力前後配分制御中または制動力左右配分制御中は回生制動手段の作動を禁止し、各車輪に於いてそれぞれの制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段のみを作動させるようにすれば、各車輪の回生制動手段に対し回生制動力の発生を配分するための格別の装置を追加するようなことを行わなくても、回生制動手段による回生制動力の前後輪間または左右車輪間の配分が制御不能であることにより制動力の前後配分または左右配分が乱されるような不都合を回避することができる。
【0013】
また、前輪または後輪のいずれか一方が摩擦制動手段および回生制動手段により制動され他方が摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっているときには、制動力前後配分制御中は、摩擦制動手段および回生制動手段により制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対し摩擦制動手段と回生制動手段とを協調作動させ、摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対して摩擦制動手段を作動させるようにすれば、前輪または後輪のいずれか一方に回生制動手段が含まれていても、回生制動手段により制動力の前後配分が乱されるような不都合を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】各車輪がそれぞれ摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっている車輌の制動構造を4輪車の場合について示す概略図。
【図2】各車輪に摩擦制動手段に加えて回生制動手段が設けられている場合の、本発明による車輌の制動制御を、一つの実施の形態について示すフローチャート。
【図3】前輪は摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっているが、後輪は摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている車輌の制動構造を4輪車の場合について示す概略図。
【図4】前輪は摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっているが、後輪は摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている場合の、本発明による車輌の制動制御を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、前後左右の各車輪がそれぞれ摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっている車輌の制動構造を4輪車の場合について示す概略図である。図に於いて、10FLおよび10FRはそれぞれ図には示されていない左前輪および右前輪の摩擦制動手段に於けるブレーキディスクであり、10RLおよび10RRはそれぞれ図には示されていない左後輪および右後輪の摩擦制動手段に於けるブレーキディスクである。また12FL、12FR、12RL、12RRはそれぞれ左前輪、右前輪、左後輪、右後輪の摩擦制動手段に於けるホイールシリンダである。これらのホイールシリンダはそれぞれ油圧を供給されることによりその油圧に応じた強さでブレーキシューまたはパッドを締め付け、その締め付け力に応じた制動力にて車輪を制動するようになっている。
【0016】
前輪のホイールシリンダ12FL、12FRには、運転者により操作されるブレーキペダル14の踏込みに応じて加圧されるマスターシリンダ16の前室16aより油路18F、18FL、18FR、油圧供給弁20FL、20FRを経て油圧が供給されるようになっている。同様に後輪のホイールシリンダ12RL、12RRには、マスターシリンダ16の後室16bより油路18R、18RL、18RR、油圧供給弁20RL、20RFRを経て油圧が供給されるようになっている。油圧供給弁20FL、20FR、20RL、20RRは常開型の弁であり、後述の油圧排出弁36FL、36FR、36RL、36RRが常閉型の弁であることから、ホイールシリンダに対するマスターシリンダ16による油圧の供給はブレーキペダルの踏込みに応じてなされるようになっている。
【0017】
ホイールシリンダ12FL、12FR、12FL、12FRにはまた、油圧ポンプ22からの油圧が、油圧制御弁24を含む供給側油路26、油圧制御弁28を含む排出側油路30、これらの油路と上記の油路18RR、18RL、18FR、18FLとを接続する油路32,34を経て、上記の常開型油圧供給弁20FL、20FR、20RL、20RRの選択的開閉と常閉型油圧排出弁36FL、36FR、36RL、36RRの選択的開閉により制御される圧力にて、供給されようになっている。油圧排出弁36FL、36FR、36RL、36RRを経て逃がされる油は、戻り油路38を経て油溜40へ戻され、油圧ポンプ22の油源となる。尚、42は油圧アキュムレータであり、44は一方向弁である。
【0018】
左右の前輪および左右の後輪はまた、それぞれ発電機(または電動発電機)46FL、46FR、46RL、46RRによる回生制動手段によっても制動され得るようになっている。尚、当然のことながら、図には示されていないが、これらの発電機にはインバータを介してバッテリが接続されており、回生制動により生じた電力はインバータを介してバッテリを充電するようになっている。
【0019】
油圧供給弁20FL、20FR、20RL、20RR、油圧ポンプ22、油圧制御弁24、28、油圧排出弁36FL、36FR、36RL、36RR、発電機46FL、46FR、46RL、46RRの作動は、マイクロコンピュータを備えた電気式制御装置(ECU)48により制御されるようになっている。図には示されていないが、電子式制御装置48には車輌の運転状態に関する種々の情報が各種のセンサ等から供給されるようになっており、電子式制御装置48はそれらの情報に基づき、予めそこに組み込まれた制御プログラム従って種々の制御演算行い、運転者の運転操作を助けて車輌の走行性能を高める作用を行うが、図示の構成に関しては、上記の弁やポンプの作動を制動し、車輌の制動に係る性能を高める作用を行う。
【0020】
図2は、図1に示す如く前後左右の車輪のいずれにも摩擦制動手段に加えて回生制動手段が設けられている場合の、本発明による車輌の制動制御の一つの実施の形態を示すフローチャートである。
【0021】
制御が開始されると、ステップ10に於いて、制動要求がなされているか否かが判断される。車輌の制動要求は通常運転者がブレーキペダルを踏み込むことに応じて出されるが、運転者による制動要求とは別に車輌の運行状況に応じて電気式制御装置48が行う制御判断によるものであってもよい。答がイエス(Y)である時には制御はステップ20へ進む。答はノー(N)であれば、この制御はこれにて終了する。
【0022】
ステップ20に於いては、制動を実行するに当たって前後輪間に制動力を配分する制動力前後配分制御が要求されているか否かが判断される。答がイエスであれば、制御はステップ30へ進み、回生制動手段を作動させることなく制動力の前後配分を摩擦制動手段によってのみ行う制動力の前後配分比を決定した後、制御はステップ40へ進み、制動力の前後輪間の配分を制御する配分制動が実行される。ステップ20の答がノーであるとき、即ち制動力前後配分制御が要求されない制動要求時には、制御はステップ50へ進み、制動力の前後配分に関する制御を行わない通常制動が実行される。尚、他の一つの実施の形態として、ステップ20に於いては、制動を実行するに当たって左右輪間に制動力を配分する制動力左右配分制御が要求されているか否かが判断され、ステップ20の答がイエスであるとき、ステップ30にて回生制動手段を作動させることなく制動力の左右配分を摩擦制動手段によってのみ行う制動力の左右配分比を決定した後、ステップ40にて、制動力の左右輪間の配分を制御する配分制動が実行されてもよい。
【0023】
図3は、前輪は摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっているが、後輪は摩擦制動手のみにより制動され得るようになっている車輌の制動構造を4輪車の場合について示す概略図である。図3に於いて、図1に示す部分に対応する部分は図1に於けると同じ符号により示されている。図1に示す構成と比較して図3に示す構成は左右後輪に対する回生制動手段に欠けるのみである。
【0024】
図4は、図3に示す如く前輪は摩擦制動手段と回生制動手段により制動され得るようになっているが、後輪は摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている場合の、本発明による車輌の制動制御を示すフローチャートである。図4のフローチャートに於いても、図2のフローチャートに於けるステップに対応するステップは図2に於けるステップ番号と同じステップ番号により示されている。
【0025】
この場合、ステップ20に於いて配分制御が要求されていると判断されると、制御はステップ35へ進み、前輪の制動に於いてはその配分された制動量を摩擦制動と回生制動とを組み合わせた協調制動により行い、後輪に於いてはその配分された制動量を摩擦制動により行うように各制動手段の制動力分担比が決定される。その上で制御はステップ40へ進み、配分制動が実行される。
【0026】
尚、図3および図4に示した実施の形態に対し前後が逆であり、前輪は摩擦制動手段によってのみ制動され、後輪は摩擦制動手段と回生制動手段により制動されるような実施の形態も同様に可能であることは明らかであろう。
【0027】
また、上に示した如く回生制動に対しては制動力の配分制御を行わないようにすれば、摩擦制動力についての配分制御は、各車輪に対し設けられている油圧供給弁20FL、20FR、20RL、20RRおよび油圧排出弁36FL、36FR、36RL、36RRの相対制御によってかなりの精度にて行えるので、各車輪に於けるホイールシリンダに対し油圧センサを設けることによるフィードバック制御によらなくても制動力配分制御を行うことができ、その分油圧センサを減らして車輌のコスト低減を図ることができる。
【0028】
以上に於いては本発明をいくつかの実施の形態について詳細に説明したが、これらの実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【符号の説明】
【0029】
10FL,10FR,10RL,10RR…ブレーキディス、12FL,12FR,12RL,12RR…ホイールシリンダ、14…ブレーキペダル、16…マスターシリンダ、16a、16b…油室、18F,18FL,18FR…油路、20FL,20FR,20RL,20RR…油圧供給弁、22…油圧ポンプ、24…油圧制御弁,26…供給側油路、28…油圧制御弁、30…排出側油路、32,34…油路、36FL,36FR,36RL,36RR…油圧排出弁、38…戻り油路、40…油溜、42…油圧アキュムレータ、44…一方向弁、46FL、46FR、46RL、46RR…発電機(または電動発電機)、48…電気式制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪および後輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌にして、前輪と後輪に対する制動力の前後配分制御が各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御によりなされるようになっていることを特徴とする車輌。
【請求項2】
左輪および右輪がそれぞれ摩擦制動手段により制動され得るようになっている車輌にして、左輪と右輪に対する制動力の左右配分制御が各車輪に対する摩擦制動手段への制動油圧の給排の制御によりなされるようになっていることを特徴とする車輌。
【請求項3】
前輪および後輪がそれぞれ前記摩擦制動手段に加えて回生制動手段によっても制動され得るようになっており、制動力前後配分制御中は前記回生制動手段の作動を禁止し、前輪および後輪に於いてそれぞれの制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段のみを作動させるようになっていることを特徴とする請求項1に記載の車輌。
【請求項4】
左輪および右輪がそれぞれ前記摩擦制動手段に加えて回生制動手段によっても制動され得るようになっており、制動力左右配分制御中は前記回生制動手段の作動を禁止し、左輪および右輪に於いてそれぞれの制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段のみを作動させるようになっていることを特徴とする請求項2に記載の車輌。
【請求項5】
前輪または後輪のいずれか一方が摩擦制動手段および回生制動手段により制動され他方が摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっており、制動力前後配分制御中は、前記摩擦制動手段および前記回生制動手段により制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対し前記摩擦制動手段と前記回生制動手段とを協調作動させ、前記摩擦制動手段のみにより制動され得るようになっている車輪に於いては制動力の分担分に対して前記摩擦制動手段を作動させるようになっていることを特徴とする車輌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−6372(P2010−6372A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184964(P2009−184964)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【分割の表示】特願2005−75332(P2005−75332)の分割
【原出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】