説明

摺動部材

【課題】相手部材の材質によらずに、その相手部材の摩耗を抑制することができる摺動部材を提供すること。
【解決手段】摺動部材100は、鋼材などを用いて形成された基材200と、基材200の表面を被覆するFe−DLC膜300とを備えている。Fe−DLC膜300は、摺動部材100の摺動面101の少なくとも一部を形成し、相手部材400の表面と摺動する。Fe−DLC膜300は、Feが添加されたDLCからなる堆積膜である。この実施形態では、Fe−DLC膜300におけるFeの濃度はたとえば約3at.%である。相手部材400は、非鉄系の軟質材料(たとえばCu材料など)を用いて形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば、自動車の燃費を低減させるために、自動車に搭載される摺動部材の摺動抵抗の低減が求められている。そのため、摺動部材の摺動面を、耐摩耗性(高硬度性)および潤滑性を有するDLC(Diamond Like Carbon)膜で被覆する構成が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−25117号公報
【特許文献2】特開平06−212429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
DLC膜は対摩耗性に優れるが、その反面、高い相手攻撃性を有している。そのため、相手部材が軟質材料を用いて形成されていると、相手部材が過剰に摩耗されるおそれがある。したがって、鋼材など耐摩耗性に優れた材質のものを相手部材として採用する場合にしか、摺動部材にDLC膜を用いることができない。
そこで、この発明の目的は、相手部材の材質によらずに、その相手部材の摩耗を抑制することができる摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記の目的を達成するための請求項1記載の発明は、相手部材(400)と摺動する摺動面(101;101A)を有し、その摺動面の少なくとも一部がDLC膜(300;300A)によって形成された摺動部材(100;100A)であって、前記DLC膜には、Feおよび/またはCoが添加されている、摺動部材である。
なお、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、特許請求の範囲を実施形態に限定する趣旨ではない。以下、この項において同じ。
【0006】
この構成によれば、摺動部材の摺動面の少なくとも一部が、Fe(鉄)および/またはCo(コバルト)が添加されたDLC膜によって覆われている。かかるDLC膜と相手部材の表面とが摺動すると、相手部材の表面に移着膜が生成し、当該表面が移着膜で覆われるようになる。言い換えれば、当該表面が移着膜によって保護される。
DLC膜の相手攻撃性は比較的高いが、相手部材の表面が移着膜によって保護されるので、DLC膜と相手部材の表面とが摺動しても、相手部材の摩耗が抑制される。これにより、相手部材の材質によらずに、その相手部材の摩耗を抑制することができる。
【0007】
前記相手部材は、Cu(銅)材料、Al(アルミニウム)材料または黄銅材料を用いて形成されているか、あるいは高分子材料を用いて形成されていてもよい。これら非鉄系金属や高分子材料からなる相手部材と摺動しても、その相手部材の摩耗を抑制することができる。
請求項2に記載のように、前記DLC膜(300A)が、複数のDLC層(500,501)を積層した積層構造を有しており、少なくとも最表のDLC層(500)には、Feおよび/またはCoが添加されていてもよい。
【0008】
この構成によれば、DLC膜が積層構造を有しているので、DLC膜全体の基材に対する密着性は良好になる。また、最表のDLC層にFeおよび/またはCoが添加されているので、相手部材の摩耗を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施形態に係る摺動部材の表層部分の断面図である。
【図2】図1に示す摺動部材の摺動面をなすFe−DLC膜の作製に用いられるCVD装置の構成を模式的に示す図である。
【図3】摩擦摩耗試験を簡略して説明するための図である。
【図4】摩擦摩耗試験における平均摩擦係数を示すグラフである。
【図5】実施例に対して行った試験1の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図6】比較例に対して行った試験1の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図7】実施例に対して行った試験2の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図8】比較例に対して行った試験2の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図9】実施例に対して行った試験3の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図10】比較例に対して行った試験3の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図11】実施例に対して行った試験3の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図12】比較例に対して行った試験3の摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。
【図13】本発明の他の実施形態に係る摺動部材の表層部分の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部材100の表層部分の断面図である。摺動部材100は、基材200と、基材200の表面を被覆するFe−DLC膜300とを備えている。基材200は、工具鋼、炭素鋼、ステンレス鋼、クロムモリブデン鋼などの鋼材を用いて形成されている。Fe−DLC膜300は、摺動部材100の摺動面101(言い換えれば最表面)の少なくとも一部を形成し、相手部材400の表面(図1に示す下面)と摺動する。
【0011】
相手部材400は、非鉄系の軟質材料(たとえばCu材料、Al材料、黄銅材料など)を用いて形成されている。また、相手部材400が、非鉄系の軟質材料ではなく、高分子材料(たとえばPOM(ポリアセタール))を用いて形成されていてもよい。
摺動部材100の一例として、ステアリング装置の歯車(ウォームなど。歯面にFe−DLC膜を形成)、摩擦クラッチのクラッチプレート、軸受の内外面(軌道面にFe−DLC膜を形成)もしく保持器の内周面、プロペラシャフト(駆動軸、雄スプライン部および雌スプライン部の少なくとも1つにFe−DLC膜を形成)などを例示することができる。
【0012】
Fe−DLC膜300は、Feが添加されたDLCからなる。この実施形態では、Fe−DLC膜300におけるFeの濃度はたとえば約3at.%である。Fe−DLC膜300は、たとえば、直流パルスプラズマCVD(Direct Current Plasma Chemical Vapor Deposition)法を用いて作製されている。直流パルスプラズマCVD法では、基材200に対して電圧が断続的に印加される。
【0013】
図2は、Fe−DLC膜300の作製に用いられるCVD装置1の構成を模式的に示す図である。CVD装置1は、隔壁2で取り囲まれた処理室3と、処理室3内で基材200を保持する基台5と、処理室3内に原料ガスを導入するための原料ガス導入管6と、処理室3内を真空排気するための排気系7と、処理室3内に導入されたガスをプラズマ化させるための直流パルス電圧を発生させる電源8とを備えている。
【0014】
基台5は、水平姿勢をなす支持プレート9と、鉛直方向に延び、支持プレート9を支持する支持軸10とを備えている。この実施形態では、基台5として、支持プレート9が上下方向に3つ並んで配置された3段式のものが採用されている。基台5は、全体が銅などの導電材料を用いて形成されている。基台5には電源8の負極が接続されている。基材200は、支持プレート9上に載置される。
【0015】
また、処理室3の隔壁2は、ステンレス鋼等の導電材料を用いて形成されている。隔壁2には、電源8の正極が接続されている。また隔壁2はアース接続されている。隔壁2と基台5とは絶縁部材11によって絶縁されている。そのため隔壁2はアース電位に保たれている。電源8がオンされて直流パルス電圧が発生されると、隔壁2と基台5との間に電位差が生じる。
【0016】
また、原料ガス導入管6は、処理室3内における基台5の上方を水平方向に延びている。原料ガス導入管6の基台5に対向する部分には、原料ガス導入管6の長手方向に沿って配列された多数の原料ガス吐出孔12が形成されている。原料ガス吐出孔12から原料ガスが吐出されることにより、処理室3内に原料ガスが導入される。
原料ガス導入管6には、たとえば、成分ガスとして少なくとも炭素系化合物を含む原料ガスが供給される。原料ガスとしては、メタン(CH)、アセチレン(C)、ベンゼン(C)、トルエン(C)などの炭酸水素系ガスや、フェロセン(C1010Fe)などが用いられる。原料ガス導入管6には、各成分ガスの供給源(ガスボンベや液体を収容する容器等)からそれぞれの成分ガスを処理室3に導くための複数の分岐導入管(図示せず)が接続されている。各分岐導入管には、各供給源からの成分ガスの流量を調節するための流量調節バルブ(図示せず)等が設けられている。また供給源のうち液体を収容する容器には、必要に応じて、液体を加熱するための加熱手段(図示せず)が設けられている。
【0017】
排気系7は、処理室3に連通する第1排気管13および第2排気管14と、第1開閉バルブ15、第2開閉バルブ16、および第3開閉バルブ19と、第1ポンプ17および第2ポンプ18とを備えている。
第1排気管13の途中部には、第1開閉バルブ15および第1ポンプ17が、処理室3側からこの順で介装されている。第1ポンプ17としては、たとえば油回転真空ポンプ(ロータリポンプ)やダイヤフラム真空ポンプなどの低真空ポンプが採用される。油回転真空ポンプは、油によってロータ、ステータおよび摺動翼板などの部品の間の気密空間および無効空間の減少を図る容積移送式真空ポンプである。第1ポンプ17として採用される油回転真空ポンプとしては、回転翼型油回転真空ポンプや揺動ピストン型真空ポンプが挙げられる。
【0018】
また第2排気管14の先端は、第1排気管13における第1開閉バルブ15と第1ポンプ17との間に接続されている。第2排気管14の途中部には、第2開閉バルブ16、第2ポンプ18、および第3開閉バルブ19が、処理室3側からこの順で介装されている。第2ポンプ18としては、たとえばターボ分子ポンプ、油拡散ポンプなどの高真空ポンプが採用される。
【0019】
処理室3内の気体は、第1ポンプ17および第2ポンプ18によって処理室3から排出される。Fe−DLC膜300を作製するときには、基材200が支持プレート9上に載置された状態で処理室3内を排気し、かつ原料ガスを処理室3内に継続的に導入して処理室3内を所定の低圧(たとえば100Pa〜400Pa程度)に維持しながら、電源8をオンし、隔壁2と基台5との間に電位差を生じさせることにより、処理室3内にプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内において原料ガスからイオンやラジカルが生成されるとともに、このイオンやラジカルが電位差に基づいて基台5側、すなわち基材200の表面に引き付けられる。そして、基材200の表面にFe成分を含むDLCが堆積し、これによりFe−DLC膜300が形成される。
【0020】
また、Fe−DLC膜300は、たとえば、直流パルスプラズマCVD法ではなく、他のプラズマCVD法(直流プラズマCVD法や高周波プラズマCVD法)を用いて作製することもできる。
さらに、イオンビームスパッタ法を用いて、Fe−DLC膜300を形成することもできる。この場合、ターゲットとして、グラファイトおよび鉄粉を混合したものを用いる。イオン銃(イオン発生器で発生したイオンを加速し放出する装置)から、ターゲットに向けて放出された窒素イオンは、ターゲットを照射し、ターゲットに含まれるグラファイトの粒子および鉄の粒子を弾き飛ばす。弾き飛ばされたグラファイトの粒子および鉄の粒子が基材200の表面に衝突して付着し、膜が形成される。
【0021】
また、イオンビームスパッタ法に代えて、DC(直流)スパッタ法や、RF(高周波)スパッタ法、マグネトロンスパッタ法を採用することもできる。
次に、実施例および比較例について説明する。
イオンビームスパッタ法を用いて、基板201の表面に、Fe−DLC膜300およびDLC膜を作製した。基板201は、クロムモリブデン鋼(SCM415)製のもの(30mm×30mm×5mm、触針式の表面粗さ測定に基づく算術平均粗さRaが0.01μm)を用いた。加速電圧1kV、マイクロ波0.4kWの窒素イオンビームを用いてイオンビームスパッタ法により0.5μmの膜厚を有するDLC膜が、基板201上に作製された。基板201の表面にFe−DLC膜300を設けたものを実施例とし、基板201の表面に、Feが添加されていないDLC膜を設けたものを比較例とする。
【実施例】
【0022】
実施例のFe−DLC膜300にはFeが3.09(at.%)添加されている。より詳しくは、Fe−DLC膜300の膜組成比は、C:O:Fe:Ar=92.67:3.19:3.09:1.05である。Fe−DLC膜300の作製には、ターゲットとして、グラファイトおよび鉄粉を混合したものを用いた。なお、そのため、膜中の鉄の状態は、金属鉄(Fe)および酸化鉄(FeO,Fe)が混在した状態であると考えることができる。
【比較例】
【0023】
比較例のDLC膜におけるFeの添加量はほぼ零である。より詳しくは、DLC膜の膜組成比は、C:O:Fe:Ar=96.97:0.64:0.01:2.39である。DLC膜の作製には、ターゲットとしてグラファイトを用いた。
なお、実施例および比較例のDLC膜にそれぞれ含まれる若干量のAr(アルゴン)は、測定前において実施された、Arを用いたクリーニングの際に混入したと考えられる。次に、摩擦摩耗試験について説明する。
【0024】
図3は、摩擦摩耗試験を簡略して説明するための図である。試験装置としてボールオンプレート往復動摩擦係数試験機を用いた。この摩擦摩耗試験では、各基板201(Fe−DLC膜300が設けられた実施例の基板201、およびDLC膜が形成された比較例の基板201)が試験片として用いられる。また、直径5mmの試験球601,602,603,604が、実施例の基板201または比較例の基板201と摩擦係合(摺動)する相手部材として用いられる。実施例の基板201または比較例の基板201をセットした後、速度1Hz、ストローク10mmおよび荷重1Nの試験条件で、無潤滑下で60分間の摩擦摩耗試験を行った。摩擦摩耗試験中は、1秒間に1000プロットの割合で摩擦係数の測定を行った。
【0025】
<試験1>
試験球として、Cu(銅)を用いて形成された試験球601を用いた。
<試験2>
試験球として、Al(アルミニウム)を用いて形成された試験球602を用いた。
<試験3>
試験球として、黄銅(Brass)を用いて形成された試験球603を用いた。
【0026】
<試験4>
試験球として、POM(ポリアセタール)を用いて形成された試験球604を用いた。
次に、実施例のFe−DLC膜300の摩擦磨耗特性、および比較例のDLC膜の摩擦磨耗特性について説明する。図4は、摩擦摩耗試験における平均摩擦係数(測定した摩擦係数の平均値)を示すグラフである。
【0027】
試験1、試験2および試験4において、実施例の平均摩擦係数と比較例の平均摩擦係数とは、それぞれ近似していた。また、試験1、試験2および試験4における平均摩擦係数の値も、0.10〜0.21の範囲内であり、良好であると言える。すなわち、試験1、試験2および試験4では、実施例のFe−DLC膜300と比較例のDLC膜との間で、摩擦係数にほとんど差が生じていない。したがって、鉄添加の有無によってDLC膜の摩擦係数にほとんど差が認められないことがわかる。
【0028】
一方、試験3では、実施例の平均摩擦係数と、比較例の平均摩擦係数とは若干乖離している(実施例の平均摩擦係数が比較例の平均摩擦係数よりも高い)が、両者の差はそれほど大きくはないので、特段の問題はないと言える。また、試験3における実施例の平均摩擦係数が、約0.29と、他の実施例や他の比較例の平均摩擦係数と比べて高いが、許容値(0.3)以内であるので、特段の問題はないと言える。
【0029】
また、摩擦摩耗試験後の各試験球600表面には摩擦痕が形成されている。この摩擦痕を、光学顕微鏡を用いて観察し、摩擦評価を行った。
図5〜図12は、実施例および比較例に対してそれぞれ行った摩擦摩耗試験後における試験球表面の光学顕微鏡写真の図である。図5および図6では、摩擦摩耗試験として試験1が採用され、図7および図8では、摩擦摩耗試験として試験2が採用されている。図9および図10では、摩擦摩耗試験として試験3が採用され、図11および図12では、摩擦摩耗試験として試験4が採用されている。また、図5、図7、図9および図11にはそれぞれ実施例のFe−DLC膜300の光学顕微鏡写真の図および比較例のDLC膜の光学顕微鏡写真の図を示し、図6、図8、図10および図12にはそれぞれ比較例の光学顕微鏡写真の図を示す。図5〜図12では、摩擦摩耗試験による摩耗痕を、それぞれ白抜きの破線で囲って示している。
【0030】
図5と図6とを比較すると、図5に示す試験球601表面の摩耗痕は、図6に示す試験球601表面の摩耗痕よりも著しく小さい。これにより、実施例に対して摩擦摩耗試験を行ったときは、比較例に対して摩擦摩耗試験を行ったときと比べて、Cuを材質とする試験球601表面の摩耗量が大幅に少なかったことがわかる。
また、図7と図8とを比較すると、図7に示す試験球602表面の摩耗痕が、図8に示す試験球602表面の摩耗痕よりも小さい。これにより、実施例に対して摩擦摩耗試験を行ったときは、比較例に対して摩擦摩耗試験を行ったときと比べて、Alを材質とする試験球602表面の摩耗量が少なかったことがわかる。
【0031】
さらに、図9と図10とを比較すると、図9に示す試験球603表面の摩耗痕が、図10に示す試験球603表面の摩耗痕よりも著しく小さい。これにより、実施例に対して摩擦摩耗試験を行ったときは、比較例に対して摩擦摩耗試験を行ったときと比べて、黄銅を材質とする試験球603表面の摩耗量が大幅に少なかったことがわかる。
さらにまた、図11と図12とを比較すると、図11に示す試験球604表面の摩耗痕(図中破線で囲まれた領域)が、図12に示す試験球604表面の摩耗痕よりもやや小さい。これにより、実施例に対して摩擦摩耗試験を行ったときは、比較例に対して摩擦摩耗試験を行ったときと比べて、POMを材質とする試験球604表面の摩耗量がやや少なかったことがわかる。
【0032】
また、実施例に対して摩擦摩耗試験を行った場合には、各試験球601〜604表面(図5、図7、図9および図11参照)におけるFe−DLC膜300との接触部分に、いずれも移着膜の付着が確認された。この移着膜は、Fe−DLC膜300に含まれる鉄成分が触媒として機能し、これにより生成されたものと推察することができる。そして、この移着膜によって試験球601〜604表面が保護され、試験球601〜604表面の摩耗が抑制されたと考えることができる。
【0033】
一方、比較例に対して摩擦摩耗試験を行った場合、試験球601〜604表面におけるDLC膜との接触部分は平滑になっているものの、移着膜はほとんど認められなかった。
以上によりこの実施形態では、摺動部材100の摺動面101の少なくとも一部が、Fe−DLC膜300によって覆われている。このとき、摺動面101が相手部材400の表面と摺動すると、当該表面が移着膜で覆われるようになる。相手部材400の表面が移着膜によって保護されているので、Fe−DLC膜300と相手部材400の表面とが摺動しても、相手部材400の摩耗が抑制される。これにより、相手部材400の材質によらずに、その相手部材400の摩耗を抑制することができる。
【0034】
図13は、本発明の他の実施形態に係る摺動部材100Aの表層部分の断面図である。図13に示す摺動部材100Aが、図1に示す摺動部材100と相違する点は、DLC膜300Aが複数の層(Fe−DLC層(DLC層)500)およびDLC層501を積層した積層構造を有する点である。すなわち、Fe−DLC膜300Aは、摺動部材100Aの摺動面101A(言い換えれば最表面)の少なくとも一部を形成し、相手部材400の表面(図13に示す下面)と摺動する。そして、少なくとも最表層にはFe−DLC層500が配置されている。Fe−DLC層500には、図1に示すDLC膜300と同様、Feがたとえば約3at.%の濃度で添加されている。下層であるDLC層501には、Feは添加されていない。なお、
この図13に示す実施形態では、原料となるFeの使用量を抑制しつつ、その相手部材400の摩耗を抑制することができる。図13では、一例として2層構造のDLC膜300Aを示しているが、3層以上の積層構造(多層構造)を有するDLC膜であってもよい。
【0035】
以上、この発明の2つの実施形態について説明したが、本発明はさらに他の形態を用いて実施することもできる。
たとえば、Fe−DLC膜300およびFe−DLC層500のFe濃度を、約3at.%であるとして説明したが、Fe−DLC層500のFe濃度は、0at.%を超え〜50at.%の範囲内であればよい。
【0036】
また、図13に示す実施形態において、Fe−DLC層500の下層であるDLC層501に、Feが所定の濃度で添加されていてもよい。この場合、DLC層501のFe濃度がFe−DLC層500のFe濃度よりも低濃度であることが望ましい。さらに、DLC層501には、Feに代えて/Feとともに、Si(ケイ素)が添加されていてもよい。
【0037】
前述の各実施形態では、Fe−DLC膜300やFe−DLC層500を例に挙げて説明したが、これらに代えて、Coが添加されたDLCからなるCo−DLC膜またはCo−DLC層を配置してもよい。また、Fe−DLC膜300やFe−DLC層500に代えて、FeとCoとの双方が添加されたFe−Co−DLC膜またはFe−Co−DLC層を配置してもよい。この場合にも、摺動相手の相手部材400の表面に移着膜が形成される。
【0038】
また、Fe−DLC膜300と基材200との間に中間層が介在されていてもよい。この中間層として、TiN、CrN、TiCrN、TiAlNなどの金属窒化物、TiCなどの金属炭化物、およびTiCNなどの金属炭窒化物を例示することができる。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0039】
100…摺動部材、100A…摺動部材、101…摺動面、101A…摺動面、300…DLC膜、300A…DLC膜、400…相手部材、500…Fe−DLC層(DLC層)、501…Fe−DLC層(DLC層)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部材と摺動する摺動面を有し、その摺動面の少なくとも一部がDLC膜によって形成された摺動部材であって、
前記DLC膜には、Feおよび/またはCoが添加されている、摺動部材。
【請求項2】
前記DLC膜が、複数のDLC層を積層した積層構造を有しており、
少なくとも最表のDLC層には、Feおよび/またはCoが添加されている、請求項1記載の摺動部材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図13】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−62534(P2012−62534A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208185(P2010−208185)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名: 社団法人 日本トライボロジー学会 刊行物名: トライボロジー会議予稿集 福井 2010−9 発行日 : 2010年9月1日
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】