説明

無段変速機及びその制御方法

【課題】協調変速に要する時間の設計自由度を高め、運転状態によって異なる変速応答要求に答えられるようにする。
【解決手段】変速機コントローラ12は、車両の運転状態に基づき、該運転状態で達成すべき到達スルー変速比を設定し、実スルー変速比が、到達スルー変速比に所定の過渡応答で追従するようにバリエータ20の変速比及び副変速機構30の変速段の少なくとも一方を制御する。変速機コントローラ12は、実スルー変速比が所定のモード切換変速比を跨いで変化したときに副変速機構30の変速段を変更するとともにバリエータ20の変速比を副変速機構30の変速比が変化する方向と逆の方向に変更し、実スルー変速比がモード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときは到達スルー変速比をHigh側に変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無段変速機及びその制御方法に関し、特に、無段変速機がベルト式無段変速機構と副変速機構を備えるものに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、ベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ」という。)に対して前進2段の副変速機構を直列に設け、車両の運転状態に応じてこの副変速機構の変速段を変更するように構成することで、バリエータを大型化させることなく、とりうる変速比範囲を拡大した無段変速機を開示している。
【0003】
特許文献2は、このような副変速機構付き無段変速機において、副変速機構の変速段を変更する際、これに合わせてバリエータの変速比を変更する協調変速を行い、無段変速機全体の変速比(以下、「スルー変速比」という。)を一定に保つ技術を開示している。協調変速前後でスルー変速比を一定に保つことにより、副変速機構を変速させる際のエンジン及びトルクコンバータの速度変化が抑制され、これらの慣性トルクによる変速ショックが防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭60−37455号公報
【特許文献2】特開平5−79554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
バリエータの変速速度は副変速機構の変速速度に比べて遅く、協調変速に要する時間はバリエータの変速速度によって支配される。このため、協調変速時にスルー変速比が一定に維持されるようにバリエータを変速させていると協調変速に要する時間の設計自由度が低く、運転状態によって異なる変速応答要求に応えること難しい。
【0006】
本発明は、このような技術的課題に鑑みてなされたもので、協調変速に要する時間の設計自由度を高め、運転状態によって異なる変速応答要求に答えられるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様によれば、車両に搭載され、エンジンの出力回転を変速して駆動輪に伝達する無段変速機であって、変速比を無段階に変更することができるベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ」という。)と、前記バリエータに対して直列に設けられ、前進用変速段として第1変速段と該第1変速段よりも変速比の小さな第2変速段とを有する副変速機構と、前記車両の運転状態に基づき、該運転状態で達成すべき前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比(以下、「スルー変速比」という。)を到達スルー変速比として設定する到達スルー変速比設定手段と、前記スルー変速比の実際値(以下、「実スルー変速比」という。)が、前記到達スルー変速比に所定の過渡応答で追従するように前記バリエータの変速比及び前記副変速機構の変速段の少なくとも一方を制御する変速制御手段と、前記実スルー変速比が所定のモード切換変速比を跨いで変化したときに前記副変速機構の変速段を変更するとともに前記バリエータの変速比を前記副変速機構の変速比が変化する方向と逆の方向に変更する協調変速手段と、前記実スルー変速比が前記モード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときに前記到達スルー変速比をHigh側に変更する変速時間短縮手段と、を備えたことを特徴とする無段変速機が提供される。
【0008】
また、本発明のある態様によれば、車両に搭載され、エンジンの出力回転を変速して駆動輪に伝達する無段変速機であって、変速比を無段階に変更することができるベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ」という。)と、前記バリエータに対して直列に設けられ、前進用変速段として第1変速段と該第1変速段よりも変速比の小さな第2変速段とを有する副変速機構とを備えた無段変速機の制御方法であって、前記車両の運転状態に基づき、該運転状態で達成すべき前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比(以下、「スルー変速比」という。)を到達スルー変速比として設定する到達スルー変速比設定ステップと、前記スルー変速比の実際値(以下、「実スルー変速比」という。)が、前記到達スルー変速比に所定の過渡応答で追従するように前記バリエータの変速比及び前記副変速機構の変速段の少なくとも一方を制御する変速制御ステップと、前記実スルー変速比が所定のモード切換変速比を跨いで変化したときに前記副変速機構の変速段を変更するとともに前記バリエータの変速比を前記副変速機構の変速比が変化する方向と逆の方向に変更する協調変速ステップと、前記実スルー変速比が前記モード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときに前記到達スルー変速比をHigh側に変更する変速時間短縮ステップと、を含むことを特徴とする無段変速機の制御方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
これらの態様によれば、実スルー変速比がモード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときは到達スルー変速比がHigh側に変更される。これにより、協調変速時のバリエータの変速比変化量が縮小されるので、協調変速に要する時間を短縮し、アップシフト時の変速応答性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施形態に係る無段変速機を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】変速機コントローラの内部構成を示した図である。
【図3】変速マップの一例を示した図である。
【図4A】変速機コントローラによって実行される変速制御プログラムの内容を示したフローチャートである。
【図4B】変速機コントローラによって実行される変速制御プログラムの内容を示したフローチャートである。
【図5】本発明の実施形態による変速動作を説明するための図である。
【図6】本発明の作用効果を説明するためのタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。なお、以下の説明において、ある変速機構の「変速比」は、当該変速機構の入力回転速度を当該変速機構の出力回転速度で割って得られる値である。また、「最Low変速比」は当該変速機構の最大変速比、「最High変速比」は当該変速機構の最小変速比である。
【0012】
図1は本発明の実施形態に係る無段変速機を搭載した車両の概略構成図である。この車両は動力源としてエンジン1を備える。エンジン1の出力回転は、ロックアップクラッチ付きトルクコンバータ2、第1ギヤ列3、無段変速機(以下、単に「変速機4」という。)、第2ギヤ列5、終減速装置6を介して駆動輪7へと伝達される。第2ギヤ列5には駐車時に変速機4の出力軸を機械的に回転不能にロックするパーキング機構8が設けられている。
【0013】
また、車両には、エンジン1の動力の一部を利用して駆動されるオイルポンプ10と、オイルポンプ10からの油圧を調圧して変速機4の各部位に供給する油圧制御回路11と、油圧制御回路11を制御する変速機コントローラ12とが設けられている。
【0014】
変速機4は、ベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ20」という。)と、バリエータ20に直列に設けられる副変速機構30とを備える。「直列に設けられる」とはエンジン1から駆動輪7に至るまでの動力伝達経路においてバリエータ20と副変速機構30が直列に設けられるという意味である。副変速機構30は、この例のようにバリエータ20の出力軸に直接接続されていてもよいし、その他の変速ないし動力伝達機構(例えば、ギヤ列)を介して接続されていてもよい。あるいは、副変速機構30はバリエータ20の前段(入力軸側)に接続されていてもよい。
【0015】
バリエータ20は、プライマリプーリ21と、セカンダリプーリ22と、プーリ21、22の間に掛け回されるVベルト23とを備える。プーリ21、22は、それぞれ固定円錐板と、この固定円錐板に対してシーブ面を対向させた状態で配置され固定円錐板との間にV溝を形成する可動円錐板と、この可動円錐板の背面に設けられて可動円錐板を軸方向に変位させる油圧シリンダ23a、23bとを備える。油圧シリンダ23a、23bに供給される油圧を調整すると、V溝の幅が変化してVベルト23と各プーリ21、22との接触半径が変化し、バリエータ20の変速比が無段階に変化する。
【0016】
副変速機構30は前進2段・後進1段の変速機構である。副変速機構30は、2つの遊星歯車のキャリアを連結したラビニョウ型遊星歯車機構31と、ラビニョウ型遊星歯車機構31を構成する複数の回転要素に接続され、それらの連係状態を変更する複数の摩擦締結要素(Lowブレーキ32、Highクラッチ33、Revブレーキ34)とを備える。各摩擦締結要素32〜34への供給油圧を調整し、各摩擦締結要素32〜34の締結・解放状態を変更すると、副変速機構30の変速段が変更される。
【0017】
例えば、Lowブレーキ32を締結し、Highクラッチ33とRevブレーキ34を解放すれば副変速機構30の変速段は1速となる。Highクラッチ33を締結し、Lowブレーキ32とRevブレーキ34を解放すれば副変速機構30の変速段は1速よりも変速比が小さな2速となる。また、Revブレーキ34を締結し、Lowブレーキ32とHighクラッチ33を解放すれば副変速機構30の変速段は後進となる。なお、以下の説明では、副変速機構30の変速段が1速であるとき「変速機4が低速モードである」と表現し、2速であるとき「変速機4が高速モードである」と表現する。
【0018】
変速機コントローラ12は、図2に示すように、CPU121と、RAM・ROMからなる記憶装置122と、入力インターフェース123と、出力インターフェース124と、これらを相互に接続するバス125とから構成される。
【0019】
入力インターフェース123には、アクセルペダルの操作量であるアクセル開度APOを検出するアクセル開度センサ41の出力信号、変速機4の入力回転速度(=プライマリプーリ21の回転速度、以下、「プライマリ回転速度Npri」という。)を検出する回転速度センサ42の出力信号、車速VSPを検出する車速センサ43の出力信号、変速機4の油温TMPを検出する油温センサ44の出力信号、セレクトレバーの位置を検出するインヒビタスイッチ45の出力信号、車両が現在走行中の路面の勾配を検出する勾配センサ46の出力信号などが入力される。
【0020】
記憶装置122には、変速機4の変速制御プログラム(図4A、図4B)、この変速制御プログラムで用いる変速マップ(図3)が格納されている。CPU121は、記憶装置122に格納されている変速制御プログラムを読み出して実行し、入力インターフェース123を介して入力される各種信号に対して各種演算処理を施して変速制御信号を生成し、生成した変速制御信号を出力インターフェース124を介して油圧制御回路11に出力する。CPU121が演算処理で使用する各種値、その演算結果は記憶装置122に適宜格納される。
【0021】
油圧制御回路11は複数の流路、複数の油圧制御弁で構成される。油圧制御回路11は、変速機コントローラ12からの変速制御信号に基づき、複数の油圧制御弁を制御して油圧の供給経路を切り換えるとともにオイルポンプ10で発生した油圧から必要な油圧を調製し、これを変速機4の各部位に供給する。これにより、バリエータ20の変速比、副変速機構30の変速段が変更され、変速機4の変速が行われる。
【0022】
図3は記憶装置122に格納される変速マップの一例を示している。変速機コントローラ12は、この変速マップに基づき、車両の運転状態(この実施形態では車速VSP、プライマリ回転速度Npri、アクセル開度APO)に応じて、バリエータ20、副変速機構30を制御する。
【0023】
この変速マップでは、変速機4の動作点が車速VSPとプライマリ回転速度Npriとにより定義される。変速機4の動作点と変速マップ左下隅の零点を結ぶ線の傾きが変速機4の変速比(バリエータ20の変速比に副変速機構30の変速比を掛けて得られる全体の変速比、以下、「スルー変速比」という。)に対応する。この変速マップには、従来のベルト式無段変速機の変速マップと同様に、アクセル開度APO毎に変速線が設定されており、変速機4の変速はアクセル開度APOに応じて選択される変速線に従って行われる。なお、図3には簡単のため、全負荷線(アクセル開度APO=8/8のときの変速線)、パーシャル線(アクセル開度APO=4/8のときの変速線)、コースト線(アクセル開度APO=0/8のときの変速線)のみが示されている。
【0024】
変速機4が低速モードのときは、変速機4はバリエータ20の変速比を最Low変速比にして得られる低速モード最Low線とバリエータ20の変速比を最High変速比にして得られる低速モード最High線の間で変速することができる。このとき、変速機4の動作点はA領域とB領域内を移動する。一方、変速機4が高速モードのときは、変速機4はバリエータ20の変速比を最Low変速比にして得られる高速モード最Low線とバリエータ20の変速比を最High変速比にして得られる高速モード最High線の間で変速することができる。このとき、変速機4の動作点はB領域とC領域内を移動する。
【0025】
副変速機構30の各変速段の変速比は、低速モード最High線に対応する変速比(低速モード最High変速比)が高速モード最Low線に対応する変速比(高速モード最Low変速比)よりも小さくなるように設定される。これにより、低速モードでとりうる変速機4のスルー変速比の範囲(図中、「低速モードレシオ範囲」)と高速モードでとりうる変速機4のスルー変速比の範囲(図中、「高速モードレシオ範囲」)とが部分的に重複し、変速機4の動作点が高速モード最Low線と低速モード最High線で挟まれるB領域にあるときは、変速機4は低速モード、高速モードのいずれのモードも選択可能になっている。
【0026】
また、この変速マップ上には副変速機構30の変速を行うモード切換変速線が低速モード最High線上に重なるように設定されている。モード切換変速線に対応するスルー変速比(以下、「モード切換変速比mRatio」という。)は低速モード最High変速比と等しい値に設定される。モード切換変速線をこのように設定するのは、バリエータ20の変速比が小さいほど副変速機構30への入力トルクが小さくなり、副変速機構30を変速させる際の変速ショックを抑えられるからである。
【0027】
そして、変速機4の動作点がモード切換変速線を横切った場合、すなわち、スルー変速比の実際値(以下、「実スルー変速比Ratio」という。)がモード切換変速比mRatioを跨いで変化した場合は、変速機コントローラ12は以下に説明する協調変速を行い、高速モード−低速モード間の切換えを行う。
【0028】
協調変速では、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速を行うとともに、バリエータ20の変速比を副変速機構30の変速比が変化する方向と逆の方向に変更する。このとき、副変速機構30の変速比が実際に変化するイナーシャフェーズとバリエータ20の変速比が変化する期間を同期させる。バリエータ20の変速比を副変速機構30の変速比変化と逆の方向に変化させるのは、実スルー変速比Ratioに段差が生じることによる入力回転の変化が運転者に違和感を与えないようにするためである。
【0029】
具体的には、変速機4の実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioをLow側からHigh側に跨いで変化したときは、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速段を1速から2速に変更(1−2変速)するとともに、バリエータ20の変速比をLow側に変更する。
【0030】
逆に、変速機4の実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioをHigh側からLow側に跨いで変化したときは、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速段を2速から1速に変更(2−1変速)するとともに、バリエータ20の変速比をHigh側に変更する。
【0031】
ところで、バリエータ20の変速速度は副変速機構30に比べて遅いため、協調変速に要する時間はバリエータ20の変速速度によって支配される。このため、協調変速時に実スルー変速比Ratioが一定に維持されるようにバリエータ20を変速させていると協調変速に要する時間の設計自由度が低く、運転状態によって異なる変速応答要求に応えることが難しい。
【0032】
そこで、変速機コントローラ12は、高い変速応答が要求される状況では、協調変速におけるバリエータ20の変速比変化量を縮小することにより、協調変速に要する時間を短縮し、変速応答性を向上させる。
【0033】
図4A、図4Bは変速機コントローラ12の記憶装置122に格納される変速制御プログラムの一例を示している。これを参照しながら、変速機コントローラ12が実行する変速制御の具体的内容について説明する。
【0034】
S11では、変速機コントローラ12は、車両の運転状態に基づき、副変速機構30の変速段が1速、かつ、変速機4の変速応答向上が要求されているか判定する。変速機コントローラ12は、以下に示す条件(1)〜(3)のうち、少なくとも一つが成立した場合に、変速機4の変速応答向上が要求されていると判定する。
【0035】
(1)アクセル開度APOが所定の高開度(例えば、APO=6/8)よりも大きく、車両が加速中である。
【0036】
(2)現在走行中の路面の勾配が所定の高勾配(例えば、5%)よりも大きく、車両が登坂走行中である。
【0037】
(3)変速機4の油温TMPが所定の高温度(例えば、80℃)よりも高く、あるいは、副変速機構30を構成する摩擦締結要素32〜34の温度が許容上限温度(例えば、焼損温度に対して余裕を持たせた所定の高温度)よりも高く、摩擦締結要素32〜34の発熱量を抑える必要がある。
【0038】
なお、変速機4の変速応答向上が要求されていると判定する条件は、ここに示した条件に限定されず、必要に応じて、他の条件(例えば、車両がスポーツモード、マニュアルモードで走行中)を追加してもよい。
【0039】
副変速機構30の変速段が1速、かつ、変速機4の変速応答向上が要求されていると判定された場合は処理が図4BのS22に進み、そうでない場合は処理がS12に進む。
【0040】
S12では、変速機コントローラ12は、図3に示した変速マップから、現在の車速VSP及びアクセル開度APOに対応する値を検索し、これを到達プライマリ回転速度DsrREVとして設定する。到達プライマリ回転速度DsrREVは、現在の車速VSP及びアクセル開度APOにおいて達成すべきプライマリ回転速度であり、プライマリ回転速度の定常的な目標値である。
【0041】
S13では、変速機コントローラ12は、到達プライマリ回転速度DsrREVを車速VSP、終減速装置6の終減速比fRatioで割って、到達スルー変速比DRatioを演算する。到達スルー変速比DRatioは、現在の車速VSP及びアクセル開度APOで達成すべきスルー変速比であり、スルー変速比の定常的な目標値である。
【0042】
S14では、変速機コントローラ12は、実スルー変速比Ratioを、変速開始時の値から到達スルー変速比DRatioまで所定の過渡応答で変化させるための目標スルー変速比Ratio0を設定する。目標スルー変速比Ratio0は、スルー変速比の過渡的な目標値である。所定の過渡応答は、例えば、一次遅れ応答であり、目標スルー変速比Ratio0は到達スルー変速比DRatioに漸近するように設定される。なお、実スルー変速比Ratioは、現在の車速VSPとプライマリ回転速度Npriに基づき、必要に応じてその都度演算される(以下、同じ)。
【0043】
S15では、変速機コントローラ12は、実スルー変速比Ratioを目標スルー変速比Ratio0に制御する。具体的には、変速機コントローラ12は、目標スルー変速比Ratio0を副変速機構30の変速比で割ってバリエータ20の目標変速比vRatio0を演算し、バリエータ20の実変速比vRatioが目標変速比vRatio0になるようバリエータ20を制御する。これにより、実スルー変速比Ratioは所定の過渡応答で到達スルー変速比DRatioに追従する。
【0044】
S16では、変速機コントローラ12は、変速機4の動作点がモード切換変速線を横切ったか、すなわち、実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioを跨いで変化したか判定する。肯定的な判定がなされたときは処理がS17に進み、そうでない場合は処理がS18に進む。
【0045】
S17では、変速機コントローラ12は、協調変速を実行する。協調変速では、変速機コントローラ12は、副変速機構30の変速(現在の変速段が1速であれば1−2変速、2速であれば2−1変速)を行うとともに、バリエータ20の実変速比vRatioを副変速機構30の変速比が変化する方向と逆の方向に変更し、協調変速の前後で実スルー変速比Ratioに段差が生じないようにする。
【0046】
S18では、変速機コントローラ12は、変速機4の変速が完了したか判定する。具体的には、変速機コントローラ12は、実スルー変速比Ratioと到達スルー変速比DRatioの偏差が所定値よりも小さくなったら変速完了と判定する。変速が完了したと判定されたら処理が終了し、そうでない場合は変速が完了したと判定されるまでS14〜S18の処理が繰り返される。
【0047】
一方、処理がS11から図4BのS21に進んだ場合(副変速機構30の変速段=1速、かつ、高変速応答要求あり)は、変速機コントローラ12は、低速モード用仮想変速線と高速モード用仮想変速線を設定する。低速モード用仮想変速線、高速モード用仮想変速線は、図5に示すように、それぞれ現在のアクセル開度APOに対応する変速線(元となる変速線)のLow側とHigh側に設定される。元となる変速線に対する低速モード用仮想変速線、高速モード用仮想変速線のずれ量は、後述する変速時間を短縮した協調変速を行った場合に生じる実スルー変速比Ratioの段差によるエンジン1の回転速度変化が許容レベルに収まる範囲で設定される。
【0048】
S22では、変速機コントローラ12は、変速線として低速モード用仮想変速線を選択する。
【0049】
S23では、変速機コントローラ12は、低速用モード仮想変速線と現在の車速VSPに基づき、到達プライマリ回転速度DsrREVを設定する。
【0050】
S24〜S28では、S13〜S18と同様に、変速機コントローラ12は、到達スルー変速比DRatio、目標スルー変速比Ratio0を設定し、実スルー変速比Ratioを目標スルー変速比Ratio0に制御する処理を繰り返す。そして、この間に、変速機4の動作点がモード切換変速線を横切った、すなわち、実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioを跨いで変化したと判定されると、処理がS31に進む。
【0051】
S31では、変速機コントローラ12は、変速線として高速モード用仮想変速線を選択する(変速線の切換え)。
【0052】
S32〜S34では、変速機コントローラ12は、高速用モード仮想変速線と現在の車速VSPに基づき、到達プライマリ回転速度DsrREVを再設定し、これに基づき到達スルー変速比DRatioの再演算、目標スルー変速比Ratio0の再設定を行う。
【0053】
S35では、変速機コントローラ12は変速時間を短縮した協調変速を実行する。S35で実行される協調変速では、変速機コントローラ12は、副変速機構30の1−2変速を行うとともに、実スルー変速比RatioがS34で再設定された目標スルー変速比Ratio0となるように、バリエータ20の実変速比vRatioを副変速機構30の変速比が変化する方向と逆の方向に変更させる。
【0054】
S31で変速線が低速モード用仮想変速線から高速モード用過仮想変速線に変更されたことで、到達スルー変速比DRatio、及び、これに基づき演算される目標スルー変速比Ratio0がHigh側に変更されている。これにより、S35で実行される協調変速におけるバリエータ20の変速比変化量は縮小され、協調変速に要する時間はS17で実行される協調変速に比べて短縮される。
【0055】
協調変速が完了したら処理がS28に進み、変速機コントローラ12は、変速機4の変速完了を判定し、変速が完了していれば処理が終了する。処理が完了していなければ処理がS25に戻り、変速機4の変速が完了するまでS25〜S28の処理が繰り返される。
【0056】
続いて、上記変速制御を行うことによる作用効果について説明する。
【0057】
上記変速制御によれば、実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioを跨いで変化すると、副変速機構30の変速段が変更されるとともにバリエータ20の変速比が副変速機構30の変速比が変化する方向と逆の方向に変更される協調変速が実行される。このとき、実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioをLow側からHigh側に跨いで変化したときは、到達スルー変速比DRatioがHigh側に変更される。
【0058】
図5は、変速線が低速モード用仮想変速線から高速モード用仮想変速線に切り換えられることにより、変速線に沿って設定される到達スルー変速比DRatioがHigh側に変更される様子を矢印で示している。変速線の変更により到達スルー変速比DRatioがHigh側に変更されると、協調変速後にバリエータ20が到達すべき変速比がHigh側に変更され、協調変速におけるバリエータ20の変速比変化量は縮小される(∵この協調変速においてバリエータ20はLow側に変速)。バリエータ20の変速比変化量が縮小されると、バリエータ20の変速に要する時間が短縮され、協調変速に要する時間も短縮される。
【0059】
図6は、通常の協調変速(比較例)と変速時間を短縮した協調変速(本発明適用例)を比較した図である。いずれも協調変速により副変速機構30のイナーシャフェーズに同期させてバリエータ20の変速比が変更されるが、本発明適用例では、バリエータ20の変速比変化量の縮小される分、協調変速に要する時間が比較例に比べて短縮されている。
【0060】
したがって、上記変速制御によれば、実スルー変速比Ratioがモード切換変速比mRatioをLow側からHigh側に跨いで変化したときは、協調変速に要する時間が短縮され、ダウンシフトに比べ高い変速応答性が要求されるアップシフトにおける変速応答性を高めることができる(請求項1、6に対応する作用効果)。
【0061】
加えて、モード切換時に、実スルー変速比Ratioに段差が生じるので、運転者に対し、副変速機構30の変速が行われたことを意識させることができる。また、協調変速に要する時間を短縮が短縮されると、協調変速における副変速機構30の摩擦締結要素32〜34の滑りが少なくなるので、摩擦締結要素32〜34の寿命を向上させることもできる。
【0062】
なお、上記協調変速に要する時間の短縮は、変速機4の変速応答向上が要求されているときにのみ行うようにする。これにより、協調変速前後で実スルー変速比Ratioに段差が生じることによるエンジン1の回転速度変化が運転者に違和感を与える頻度を減らすことができる(請求項2に対応する作用効果)。
【0063】
変速機4の変速応答向上が要求される運転状態としては、例えば、加速時、登坂走行時、変速機4の油温TMPあるいは摩擦締結要素32〜34の温度が高いときである。
【0064】
加速時、登坂走行時に協調変速に要する時間を短縮し、変速機4の変速時間を短縮すれば、所望の加速性能、登坂性能を実現することができる(請求項3、4に対応する作用効果)。
【0065】
また、変速機4の油温TMPあるいは摩擦締結要素32〜34の温度が高いときに協調変速に要する時間を短縮し、変速機4の変速時間を短縮すれば、副変速機構30を構成する摩擦締結要素32〜34の滑りによる発熱量が抑えられ、油温TMPあるいは摩擦締結要素32〜34の温度を下げることができる(請求項5に対応する作用効果)。なお、摩擦締結要素32〜34の温度は締結・解放の履歴に基づき推定することができる。
【0066】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0067】
例えば、上記実施形態では、モード切換変速線が低速モード最High線上に重なるように設定されているが、モード切換変速線は、高速モード最Low線上に重なるように、あるいは、高速モード最Low線と低速モード最High線の間に設定されていてもよい。
【0068】
また、上記実施形態では、副変速機構30は前進用の変速段として1速と2速の2段を有する変速機構としたが、副変速機構30を前進用の変速段として3段以上の変速段を有する変速機構としても構わない。
【0069】
また、副変速機構30をラビニョウ型遊星歯車機構を用いて構成したが、このような構成に限定されない。例えば、副変速機構30は、通常の遊星歯車機構と摩擦締結要素を組み合わせて構成してもよいし、あるいは、ギヤ比の異なる複数の歯車列で構成される複数の動力伝達経路と、これら動力伝達経路を切り換える摩擦締結要素とによって構成してもよい。
【0070】
また、プーリ21、22の可動円錐板を軸方向に変位させるアクチュエータとして油圧シリンダ23a、23bを備えているが、アクチュエータは油圧で駆動されるものに限らず電気的に駆動されるものあってもよい。
【符号の説明】
【0071】
4…無段変速機
11…油圧制御回路
12…変速機コントローラ
20…バリエータ
21…プライマリプーリ
22…セカンダリプーリ
23…Vベルト
30…副変速機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載され、エンジンの出力回転を変速して駆動輪に伝達する無段変速機であって、
変速比を無段階に変更することができるベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ」という。)と、
前記バリエータに対して直列に設けられ、前進用変速段として第1変速段と該第1変速段よりも変速比の小さな第2変速段とを有する副変速機構と、
前記車両の運転状態に基づき、該運転状態で達成すべき前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比(以下、「スルー変速比」という。)を到達スルー変速比として設定する到達スルー変速比設定手段と、
前記スルー変速比の実際値(以下、「実スルー変速比」という。)が、前記到達スルー変速比に所定の過渡応答で追従するように前記バリエータの変速比及び前記副変速機構の変速段の少なくとも一方を制御する変速制御手段と、
前記実スルー変速比が所定のモード切換変速比を跨いで変化したときに前記副変速機構の変速段を変更するとともに前記バリエータの変速比を前記副変速機構の変速比が変化する方向と逆の方向に変更する協調変速手段と、
前記実スルー変速比が前記モード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときに前記到達スルー変速比をHigh側に変更する変速時間短縮手段と、
を備えたことを特徴とする無段変速機。
【請求項2】
請求項1に記載の無段変速機であって、
前記車両の運転状態に基づき前記無段変速機の変速応答向上が要求されているか判定する変速応答向上要求判定手段を備え、
前記変速時間短縮手段は、前記無段変速機の変速応答向上が要求されていると判定され、かつ、前記実スルー変速比が前記モード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときに前記到達スルー変速比をHigh側に変更する、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項3】
請求項2に記載の無段変速機であって、
前記変速応答向上要求判定手段は、前記エンジンのアクセルペダルの開度が所定開度よりも大きいときに前記無段変速機の変速応答向上が要求されていると判定する、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項4】
請求項2または3に記載の無段変速機であって、
前記変速応答向上要求判定手段は、前記車両が登坂走行しているときに前記無段変速機の変速応答向上が要求されていると判定する、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項5】
請求項2から4のいずれか一つに記載の無段変速機であって、
前記変速応答向上要求判定手段は、前記無段変速機の油温あるいは前記副変速機構を構成する摩擦締結要素の温度が所定温度よりも高いときに前記無段変速機の変速応答向上が要求されていると判定する、
ことを特徴とする無段変速機。
【請求項6】
車両に搭載され、エンジンの出力回転を変速して駆動輪に伝達する無段変速機であって、変速比を無段階に変更することができるベルト式無段変速機構(以下、「バリエータ」という。)と、前記バリエータに対して直列に設けられ、前進用変速段として第1変速段と該第1変速段よりも変速比の小さな第2変速段とを有する副変速機構とを備えた無段変速機の制御方法であって、
前記車両の運転状態に基づき、該運転状態で達成すべき前記バリエータ及び前記副変速機構の全体の変速比(以下、「スルー変速比」という。)を到達スルー変速比として設定する到達スルー変速比設定ステップと、
前記スルー変速比の実際値(以下、「実スルー変速比」という。)が、前記到達スルー変速比に所定の過渡応答で追従するように前記バリエータの変速比及び前記副変速機構の変速段の少なくとも一方を制御する変速制御ステップと、
前記実スルー変速比が所定のモード切換変速比を跨いで変化したときに前記副変速機構の変速段を変更するとともに前記バリエータの変速比を前記副変速機構の変速比が変化する方向と逆の方向に変更する協調変速ステップと、
前記実スルー変速比が前記モード切換変速比をLow側からHigh側に跨いで変化したときに前記到達スルー変速比をHigh側に変更する変速時間短縮ステップと、
を含むことを特徴とする無段変速機の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−230116(P2010−230116A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−79676(P2009−79676)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】