説明

磁性薄膜

【課題】 一般的な成膜方法であるスパッタリング法や蒸着法等の物理的気相成長法において、特殊な処理をしなくても、Pt−Fe二元系合金膜よりも低温で規則化することができる磁性薄膜を提供すること。
【解決手段】Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%およびP 0.05〜1.0at%ならびにさらに場合によりCuおよび/またはNi 0.4〜19.5at%より構成される磁性薄膜およびスパッタリングターゲットまたは蒸着材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスク等に代表される磁気記録媒体を形成するために使用することができる磁性薄膜ならびにその製造に用いることができるスパッタリングターゲット材および蒸着材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ハードディスク等に代表される磁気記録媒体には、水平面内(または長手方向)記録方式が採用されていたが、磁極の反発や、熱の揺らぎ等による影響で記録磁化が消失することがあり、高密度化が困難であった。
【0003】
これらの問題から、現在は垂直磁気記録方式が採用され、高密度化が図られている。垂直磁気記録方式の磁気記録媒体には、水平面内記録方式と同様に、Co−Cr−Pt−Ta等のCo−Cr系合金薄膜が使用されている場合が多く、その保磁力は通常3〜4kOeとされている。
【0004】
Co−Cr系合金薄膜は、熱的安定性に欠けるため、SiO等を添加してグラニュラー構造にすることにより、熱揺らぎ等による記録磁化の消失を抑制することが試みられている。
【0005】
一方、より高い熱揺らぎ等による記録磁化の消失を抑えるため、高い保磁力および磁気異方性を有するPt−Fe合金膜の開発が試みられている(例えば、特許第3305790号公報参照)。このPt−Fe合金膜は、通常スパッタリング法や蒸着法等により成膜されるが、得られる合金膜は面心立方構造(fcc)を呈した不規則状態にあり、十分な保磁力を有する合金膜を得るためには、面心正方構造(fct)である規則状態に変換しなければなられない。規則状態にするには、通常熱処理が加えられる。
【0006】
Pt−Fe合金膜を不規則状態から規則状態に変換する(以下、規則化という)ためには、該合金膜を600℃以上の温度で熱処理することが必要であり、アルミ基板やガラス基板等の600℃で変形する基板は使用することができず、MgO基板やSiウェハー、石英等の高価な600℃以上の温度でも変形しない基板を使用しなければならず、規則化温度の低減が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の主たる目的は、一般的な成膜方法であるスパッタリング法や蒸着法等の物理的気相成長法において、特殊な処理をしなくても、Pt−Fe二元系合金膜よりも低温で規則化することができる磁性薄膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、今回、PtとFeに、特定少量のPを添加して合金化すると、Pt−Fe二元系合金よりも低い温度で規則化することができる磁性薄膜が得られること、さらに、Cuおよび/またはNiを添加すると、P量が1at%より多くなると規則化温度が逆に高くなるという性質が改善され、より低い温度で規則化することができる磁性薄膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
かくして、本発明は、Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%およびP 0
.05〜1.0at%より構成される磁性薄膜およびスパッタリングターゲットまたは蒸着材料を提供するものである。
【0010】
本発明は、また、Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%、P 0.05〜2.0at%ならびにCuおよび/またはNi 0.4〜19.5at%より構成される磁性薄膜およびスパッタリングターゲットまたは蒸着材料を提供するものである。
【0011】
本発明により提供される磁性薄膜は、スパッタリング法や蒸着法等の物理的気相成長法により容易に形成することができる。
【0012】
以下、本発明の磁性薄膜およびその製造法についてさらに詳細に説明する。
【0013】
本発明の一態様によれば、Pt 40〜60at%、好ましくは40〜55at%およびFe 40〜60at%、好ましくは45〜60at%をベースとするPt−Fe二元系合金材料に、さらにPを添加して合金化し且つ薄膜化してなるPt−Fe−P三元系磁性薄膜が提供される。その際のPの添加量は、0.05〜1.0at%、好ましくは0.1〜0.8at%の範囲内とすることができる。Pt及びFeの使用量が上記の範囲を超えると、得られる薄膜は熱処理しても規則化しない可能性がある。また、Pの添加量が0.05at%未満では、規則化のための熱処理温度の低減化効果が得られず、反対に1at%を越えると、規則化のための熱処理温度が500℃より高くなり、Pの添加効果が失われる。
【0014】
本発明の別の態様によれば、Pt 40〜60at%、好ましくは40〜55at%およびFe 40〜60at%、好ましくは45〜60at%をベースとするPt−Fe二元系合金材料に、さらにPとCuおよび/またはNiを添加し合金化し且つ薄膜化してなるPt−Fe−P−(Cuおよび/またはNi)四または五元系磁性薄膜が提供される。その際のPの添加量は、0.05〜2.0at%、好ましくは0.1〜1.5at%の範囲内とすることができ、また、Cuおよび/またはNiの添加量は、合計で、0.4〜19.5at%、好ましくは1.0〜10at%の範囲内とすることができる。Pt及びFeの使用量が上記の範囲を超えると、得られる薄膜は熱処理しても規則化しない可能性がある。また、Pの添加量が0.05at%未満では、規則化のための熱処理温度の低減効果が得られず、反対に2at%を越えると、規則化のための熱処理温度が500℃より高くなり、Pの添加効果が失われる。さらに、Cuおよび/またはNiの添加量0.4at%未満では、規則化のための熱処理温度の低減の補助効果が得られず、反対に19.5at%を越えると、得られる薄膜は熱処理しても規則化しない可能性がある。
【0015】
本発明の磁性薄膜は、上記組成の三、四または五元系合金をスパッタリングターゲットまたは蒸着材料として用い、スパッタリング法や蒸着法やイオンプレーティング等の物理的気相成長法により薄膜状に形成することにより製造することができる。
【0016】
スパッタリング法による合金薄膜の製造は、例えば、高周波(RF)スパッタリング法、直流(DC)スパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、RFマグネトロンスパッタリング法等により行うことができ、具体的には、例えば、スパッタリング装置に、所定のスパッタリングターゲットと薄膜を析出させるための基板とをセットし、基板を加熱することなくまたは約400℃までの温度に加熱して行うことができる。
【0017】
その際に使用されるスパッタリングターゲットは、上記の組成割合のPt−Fe−P三元系あるいはPt−Fe−P−(Cuおよび/またはNi)四または五元系合金からなる単一のターゲットであってもよく、あるいは例えばPtターゲット上にFe−P合金チップ、Fe−Cu合金チップ、Fe−Ni合金チップ、Fe−Cu−P合金チップ、Fe−
Ni−P合金チップ等の合金チップの少なくとも1種を前記の組成割合となるようにして載せた複合ターゲットであってもよい。また、Fe、Cu及びNiを単体で複合ターゲットの一部として使用することもできる。
【0018】
また、蒸着法による合金薄膜の製造は、例えば、電子ビーム蒸着法に従い、Pt、Fe、P、Cu、Niを所定の割合で含んでなる蒸着源に電子ビームを照射して加熱蒸発させ、基板上に、Pt−Fe−P三元系あるいはPt−Fe−P−(Cuおよび/またはNi)四または五元系合金の薄膜として堆積させることにより行うことができる。
【0019】
上記のスパッタリングまたは蒸着に使用される合金ターゲットもしくは合金チップまたは蒸着源は、Pt、Fe、P、CuおよびNiを適宜所定の割合で組み合わせ、ガス炉、高周波溶解炉などの適当な金属溶解炉内で溶融し、必要に応じて、型に鋳造し、切削することにより仕上げることにより製造することができる。溶融時の雰囲気は空気で充分であるが、必要に応じて、不活性ガス雰囲気または真空を用いてもよい。原料と使用されるPt、Fe、P、CuおよびNiは、粒状、板状、塊状等の形態で市販されているものを使用することができるが、通常、純度が99.9%以上、特に99.95%以上のものが好適である。
【0020】
一方、薄膜を析出させるための基板としては、例えば、石英ガラス板、結晶化ガラス板、MgO板、Si板等が挙げられる。
【0021】
かくして基板上に形成される薄膜は、一般に5〜200nmの範囲内の膜厚を有することができる。
【0022】
得られる薄膜は、約300〜約600℃、好ましくは約350〜約500℃の温度で熱処理することにより規則化することができ、それにより高い保磁力を有する磁性薄膜を得ることができる。
【0023】
本発明の磁性薄膜は、特に粒子状にする等の特殊な処理を行わなくても高い保磁力を有しているが、SiO等の無機物と組み合わせるによりグラニュラー構造を形成させた薄膜とすることもできる。
【0024】
しかして、本発明の磁性薄膜は、高い保磁力が要求されるハードディスク等の磁気記録媒体用として有利に使用することができる。上記の如くして形成された磁性薄膜からの磁気記録媒体の製造は、例えば、非磁性基板上に軟磁性層を設けた基板を用い、その上に本発明の磁性薄膜を上記の如くして成膜し、さらにその上に、必要に応じて、保護層、潤滑層などを積層することにより行うことができる。
【0025】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0026】
実施例1〜6および比較例1〜2
Ptターゲット上にFe−P合金チップ、Fe−Cu−P合金チップおよび/またはFe−Ni−P合金チップを載せることにより複合ターゲットを準備した。この複合ターゲットをRFマグネトロンスパッタ装置にセットし、ソーダガラス基板上に成膜し、下記表1に示す実施例1〜6および比較例2の試料を作製した。なお、実施例1および比較例2では、Ptターゲット上にFe−P合金チップを載せ、基板を200℃に加熱した。また、実施例2〜6では、Ptターゲット上にFe−Cu−P合金チップもしくはFe−Ni−P合金チップを載せ、基板は加熱しなかった。
【0027】
一方、比較例1では、基板として石英ガラスを使用し、さらにPt−Fe合金ターゲットを使用して、Pt−Fe二元合金膜を作製した。
【0028】
作製した試料の一部を王水で溶液化し、ICP発光分光分析装置にて分析した。その結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
また、約60〜約200nmの膜厚に成膜した表1に示す薄膜を、真空中で下記表2に示す温度で熱処理し、その結晶構造をX線回折で分析し、fctのピークの有無および規則化温度を調査した。その結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
表2から明らかなとおり、実施例1〜6の薄膜は400℃未満の熱処理温度で規則化したのに対し、比較例1〜2の薄膜は熱処理温度が400℃未満では規則化しなかった。P量が1.0at%より多い比較例2の場合、(111)面のピークが不明瞭になり、500℃以下での熱処理では規則化しなかった。これに対し、同様にP量が1.0at%より多い実施例5の薄膜では、400℃未満の熱処理温度で規則化した。Pの量が1.0at%より多くなっても、Cuを追加添加することにより、400℃未満の熱処理温度でも規則化することが確認された。
【0033】
さらに、結晶状態がfctである実施例および比較例の薄膜の磁気特性(面内保磁力Hc//および垂直保磁力Hc)を、振動試料型磁力計(VSM)を用いて測定した。そ
の結果を下記表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
実施例1〜6の薄膜は、表3から明らかなとおり、400℃未満で3kOe以上の保磁力を有しており、熱処理温度を下げても高い保磁力を保持していることが確認された。
【0036】
このことは、高い保磁力を得るためには600℃以上の温度での熱処理を必要とする比較例1の磁性薄膜に比べ、400℃未満の温度での熱処理が可能な実施例1〜6の薄膜では、600℃では熱変形を伴う基板の使用が可能となり、基板の適用範囲が拡大するという優れた効果がえられることを示す。
【0037】
表3の結果から、低温度での熱処理で保磁力が高かった実施例2および3のスパッタリングターゲットの組成に近い目標組成でPt、Fe、PおよびCuの粒状原料を混合し、その混合物を高周波溶解炉内で溶融し、溶解後、カーボン型に鋳造し、切削により仕上げて、3インチのスパッタリングターゲットを作製した。得られたスパッタリングターゲットの分析結果を下記表4に示す。
【0038】
【表4】

【0039】
表4から、ほぼ目標組成に近いスパッタリングターゲットが作製できたことがわかる。得られたスパッタリングターゲットの数箇所について分析をおこなったが、組成に変動は認められず、均一であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%およびP 0.05〜1.0at%より構成される磁性薄膜。
【請求項2】
Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%、P 0.05〜2.0at%ならびにCuおよび/またはNi 0.4〜19.5at%より構成される磁性薄膜。
【請求項3】
物理的気相成長法により形成された請求項1または2に記載の磁性薄膜。
【請求項4】
スパッタリング法により形成された請求項1または2に記載の磁性薄膜。
【請求項5】
蒸着法により形成された請求項1または2に記載の磁性薄膜。
【請求項6】
請求項1または2に記載の磁性薄膜を用いて形成された磁気記録媒体。
【請求項7】
Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%およびP 0.05〜1.0at%より構成されるスパッタリングターゲットまたは蒸着材料。
【請求項8】
Pt 40〜60at%、Fe 40〜60at%、P 0.05〜2.0at%ならびにCuおよび/またはNi 0.4〜19.5at%より構成されるスパッタリングターゲットまたは蒸着材料。

【公開番号】特開2008−60347(P2008−60347A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−235810(P2006−235810)
【出願日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(000198709)石福金属興業株式会社 (55)
【Fターム(参考)】