磁気抵抗多層膜製造方法及び製造装置
【課題】磁気抵抗多層膜の構造において層間結合を効果的に低減させることができる実用的な製造技術を提供する。
【解決手段】排気系31を接続した真空容器3と、真空容器3内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板1を保持するための基板ホルダー32と、基板ホルダー32を回転させるための回転機構321と、真空容器3内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソード33と、真空容器3内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系37と、を有する磁気抵抗多層膜製造装置を使用し、該アルゴンより原子番号の大きな元素のガスの流量を10%以上として磁気抵抗多層膜を製造する。
【解決手段】排気系31を接続した真空容器3と、真空容器3内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板1を保持するための基板ホルダー32と、基板ホルダー32を回転させるための回転機構321と、真空容器3内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソード33と、真空容器3内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系37と、を有する磁気抵抗多層膜製造装置を使用し、該アルゴンより原子番号の大きな元素のガスの流量を10%以上として磁気抵抗多層膜を製造する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願の発明は、巨大磁気抵抗効果素子等の磁気デバイスに用いられる磁気抵抗多層膜の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
磁性薄膜の重要な利用分野の一つに、磁気ヘッドや磁気メモリなどの磁気デバイスがある。例えば、コンピュータの外部記憶装置に用いられている磁気ディスク駆動装置には、情報の記録用や再生用に磁気ヘッドが搭載されている。また、記憶素子にトンネル型磁気抵抗膜を利用した不揮発性メモリであるMRAM(Magnetic Random Access Memory)が開発されており、書き込みや読み取りの高速性から将来が有望視されている。
【0003】
このような磁気デバイスでは、磁界を電気信号に変える手段として磁気抵抗効果が用いられることが多い。磁気抵抗効果とは、導体中の磁界の変化により電気抵抗が変化する現象である。特に、再生用の磁気ヘッドやMRAMには、異方性磁気抵抗膜に比べて磁界の変化に対する電気抵抗の変化率が非常に大きい巨大磁気抵抗(Giant Magneto Resistive,GMR)膜が使用されている。さらなる高密度記録により記憶容量の向上が求められている磁気記録の分野では、僅かな磁界の変化を捉えて信号を読みとることが必要で、このことからGMR膜は多くの磁気ヘッドに既に利用されており、主流の技術になりつつある。
【0004】
図10は、GMR膜の一種であるスピンバルブ型GMR膜(以下、SV−GMR膜)の構造の一例を示した概略図である。SV−GMR膜は、図10に示すように、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26が積層された基本構造を有する。SV−GMR膜では、磁化固定層24は反強磁性層23に隣接しているため、磁化固定層24の磁気モーメントは、反強磁性層23との交換結合により一方向に固定されている。一方、磁化自由層26は、非磁性スペーサ層(伝導層)25によって磁化固定層24から隔てられているため、磁化自由層26の磁気モーメントは、外部磁界に応じて自由な方向を取り得るようになっている。
【0005】
SV−GMR膜における巨大磁気抵抗効果は、界面における電子のスピン依存散乱に因っている。二つの磁化層の磁化の向きが揃っているとき、スピン電子(伝導電子)は磁化層の界面で散乱されにくい。しかし、二つの磁化層の磁化の向きが揃っていないと、スピン電子は散乱され易くなる。従って、図10に示すように、磁化自由層26の磁化の向きが、磁化固定層24における磁化の向きに近くなってくると電気抵抗は低くなり、磁化固定層24における磁化の向きとは反対の向きに近くなってくると電気抵抗は高くなる。水道の蛇口をひねるように、磁化固定層24に対して磁化自由層26の磁化の向きを回転させるので、“スピンバルブ”と呼ばれる。
【0006】
また、MRAM等に使用されているトンネル型磁気抵抗膜(TMR膜)は、GMR膜に比べても数倍のMR比を持つことから、次世代の磁気ヘッド用として期待が高まっている。TMR膜は、SV−GMR膜と同様、反強磁性層、磁化固定層、非磁性スペーサ層、磁化自由層が積層された構造となっている。但し、TMR膜では、非磁性スペーサ層は、極薄の絶縁層となっている。この絶縁層を通してトンネル電流が流れるが、その際の抵抗値が、磁化固定層に対する磁化自由層の磁気モーメントの向きによって変わるようになっている。
【0007】
【特許文献1】特開2003−86866号公報
【非特許文献1】J.Appl.Phys.,Vol.85,No.8,4466−4468,15 April 1999
【非特許文献2】J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような磁気抵抗多層膜は、スパッタリング等の方法により各層の薄膜を順次作製していくことで製造される。ここで、上記SV−GMR膜やTMR膜における巨大磁気抵抗効果は、上述したように、積層界面における電子のスピン依存散乱に起因する。従って、高MR比を得るためには、各層の界面の清浄性が重要である。ある層の薄膜を作製する際、界面に異物が混入したり汚損層が形成されたりすると、MR比の悪化等の障害がもたらされることがある。このようなことから、チャンバー内を一旦高真空に排気して清浄な雰囲気とした後に各層を形成するとともに、ある層を形成してから次の層を形成するまでの時間を短くし、かつ、高真空の清浄な雰囲気を維持することが重要である。
【0009】
また、デバイスの性能を高めるには、多層膜の界面の平坦性も重要なファクターである。界面の平坦性が悪いと、磁化固定層と磁化自由層との間に層間結合が生じて、デバイスの性能低下につながる問題がある。以下、この点について図11を使用して説明する。
図11は、界面の平坦性の悪化に起因した層間結合の発生メカニズムについて示した図である。例えば磁化固定層24が表面に大きな凹凸を持ったものとして形成され、その結果、図11に示すように、非磁性スペーサ層25及び磁化自由層26も大きな凹凸を持ったものとして形成された場合を想定する。
【0010】
各層24,25,26の界面が完全な平坦面であれば、理論的には界面には磁極が現れることはない。しかしながら、凹凸があると、磁極が現れ易い。例えば磁化固定層24の表面の凹凸のうち、山の部分にある磁力線240は、山の稜線の所で途切れるので、その両端に磁極を発生させる。磁化自由層26についても同様で、谷の部分にある磁力線260の両端に磁極が発生する。
【0011】
このように、非磁性スペーサ層25の両側の界面に磁極が現れると、非磁性スペーサ層25で隔絶されているにもかかわらず、磁化固定層24と磁化自由層26が層間結合してしまう。この結果、磁化自由層26の磁気モーメントが磁化固定層24に引っ張られ、自由に回転できなくなってしまう。これが生ずると、例えば再生用磁気ヘッドの場合には、外部磁界(記録媒体の磁界)の変化に対して読み取り信号が非対称になったりレスポンスの遅れを引き起こしたりして、読み取りエラーにつながる可能性もある。また、MRAMでは、情報の書き込みエラーや読み取りエラーとなる可能性がある。尚、磁化自由層26の磁気モーメントが自由に回転できなくなると、磁化固定層の磁化の向きに対する磁化自由層26の磁化の向きが、外部磁界が変化しても変わらないことがあり得る。従って、界面の凹凸が大きくなると、MR比も悪化し易い。
【0012】
尚、J.Appl.Phys.,Vol.85,No.8,4466−4468,15 April 1999は、界面の凹凸と層間結合の問題について議論している。この論文では、凹凸は、結晶が成長する際の構造によって生じるとしている。また、J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995では、成膜の際の圧力が高いと、表面の凹凸が大きくなるとしている。従って、界面凹凸を小さくして層間結合を低減させるには、成膜時の圧力を低くすれば良いことになる。しかしながら、同論文には、成膜時の圧力が低くなると、界面でミキシング(材料の混じり合い)が生じることも指摘されている。
【0013】
界面の凹凸に起因した層間結合の問題を解決する別の方法として、非磁性スペーサ層を厚くすることが考えられる。しかしながら、非磁性スペーサ層5を厚くすると、SV−GMR膜の場合には、巨大磁気抵抗効果に寄与しない伝導電子の流れ(シャント効果)が大きくなり、これが原因でMR比が低下してしまうという問題がある。また、TMR膜の場合には、絶縁性の非磁性スペーサ層5が厚くなるため、全体の抵抗が増し、最適なトンネル電流が得られなくなり、素子性能が低下する問題がある。
【0014】
さらに、界面の凹凸を低減させる別の方法として、特開2003−86866号公報に開示されているように、ある層の成膜を行った後、次の層の成膜を行う前に、表面をプラズマ処理する方法がある。しかしながら、この技術によると、製造装置上の問題として、プラズマ処理のための設備が必要になるため、装置が大がかりとなり、コストが上昇する問題がある。また、プラズマ処理という工程が加わるため、生産性が低下する問題もある。
【0015】
本願の発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、磁気抵抗多層膜の構造において層間結合を効果的に低減させることができる実用的な製造技術を提供する意義を有するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本願の請求項1記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上の流量で使用するという構成を有する。
【0017】
また、上記課題を解決するため、請求項2記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上の流量で使用するという構成を有する。
【0018】
また、上記課題を解決するため、請求項3記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを100%の流量で使用するという構成を有する。
【0019】
また、上記課題を解決するため、請求項4記載の発明は、前記請求項1〜3のいずれかの構成において、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであるという構成を有する。
【0020】
また、上記課題を解決するため、請求項5記載の発明は、前記請求項1〜4のいずれかの構成において、前記磁化固定層は反強磁性層との結合により磁化の向きが固定されている層であり、前記磁化自由層は磁化の向きが自由である層であるという構成を有する。
【0021】
また、上記課題を解決するため、請求項6記載の発明は、排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有するという構成を有する。
【0022】
また、上記課題を解決するため、請求項7記載の発明は、排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記基板ホルダーを回転させるための回転機構と、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有するという構成を有する。
【0023】
また、上記課題を解決するため、請求項8記載の発明は、前記請求項6又は7の構成において、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであるという構成を有する。
【0024】
また、上記課題を解決するため、請求項9記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上に流量調整するための流量調整器を有するという構成を有する。
【0025】
また、上記課題を解決するため、請求項10記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上に流量調整するための流量調整器を有するという構成を有する。
【0026】
また、上記課題を解決するため、請求項11記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、前記ガス導入系は、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスが100%であるという構成を有する。
【発明の効果】
【0027】
以下に説明する通り、本願の各請求項記載の発明によれば、磁化固定層と磁化自由層の層間結合が低減した磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることが少なく、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適なものとなる。また、プラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストの大きな上昇や生産性の低下の問題もない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本願発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態)について説明する。
【0029】
まず、各実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造について説明する。図1は、本願発明各の実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造を示した断面概略図である。
【0030】
図1に示す磁気抵抗多層膜は、前述したものと同様、磁気ヘッドやMRAMなどに用いられるものであり、SV−GMR膜又はTMR膜として機能するようになっている。この磁気抵抗多層膜は、基板1上に、シード層21、下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26、キャップ層27とが順に積層された構造を有している。
【0031】
上記多層膜の構造において、巨大磁気抵抗効果を奏する部分は、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25及び磁化自由層26の部分であるので、この部分をまとめて機能層ということがある。
【0032】
尚、本明細書で説明される磁気抵抗多層膜における「上下」の概念は、製品が実際に使用される状態における上下を意味するものではなく、各層を形成する際の順序に関連して使用された用語である。つまり、先に形成されるものを「下」、後に形成されるもの「上」としている。従って、基板1が磁気抵抗多層膜を形成する側を下側に向けた状態で保持されて順次薄膜が積層される場合、下地層22が反強磁性層23の上側に位置することになる。
【0033】
上述したような磁気抵抗多層膜は、各層の薄膜をスパッタリングにより作製することにより製造される。従って、装置は、各層の薄膜を作製する成膜チャンバーを備える。図2は、実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
図2に示す成膜チャンバー3は、内部を排気する排気系31と、成膜チャンバー3内の所定位置に基板1を配置するための基板ホルダー32と、スパッタ放電を生じさせるための複数のカソード33,34と、各カソード33,34に電圧を印加する不図示のスパッタ電源等を備えている。
【0034】
成膜チャンバー3は、気密な真空容器であり、基板1の出し入れを行うための開口を備えており、この開口はゲートバルブ30によって開閉される。尚、排気系31は、ターボ分子ポンプのような真空ポンプを備えており、チャンバー3に隣接した排気室を通して排気するようになっている。
【0035】
成膜チャンバー3には、内部にガスを導入するガス導入系37が設けられている。ガス導入系37は、前述したように、スパッタ率の高いスパッタ用ガスに、酸素ガスを添加して導入するようになっている。具体的には、スパッタ用ガスとしてはアルゴンを採用しており、アルゴンガスの配管371と、酸素ガスの配管372とを備えている。各配管371,372には、バルブの他、流量調整器373が設けられており、所定の流量で導入できるようになっている。尚、図2の実施形態では、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスを成膜チャンバー3に導入しているが、別々に導入しても良い。
【0036】
各カソード33,34は、マグネトロンスパッタリングを実現するためのカソード、即ちマグネトロンカソードである。各カソード33,34は、ターゲット331,341と、ターゲット331、341の背後に設けられた磁石ユニット332,342とから主に構成されている。磁石ユニット332,342の詳細は図示されていないが、電界と磁界の直交関係を成立させて電子のマグネトロン運動を実現するためのものであり、中心磁石と、中心磁石を取り囲む周辺磁石等から構成されている。また、静止したターゲット331,341に対して磁石ユニット332,342を回転させてエロージョンを均一化させる回転機構が設けられることもある。また、ターゲット331,342の前方には、シャッタ333、343が設けられている。シャッタ333,343は、そのカソード33,34が使用されないとき、ターゲット331,341を被ってターゲット331,341の汚損等を防止するためのものである。
【0037】
尚、図2では、二つのカソード33,34が図示されているが、実際には三つ又はそれ以上の数のカソードが設けられることがある。これらの構造については、特開2002−43159号公報が参照できる。
【0038】
不図示のスパッタ電源は、各カソード33,34に負の直流電圧又は高周波電圧を印加するものであり、各カソード33,34毎に設けられる。尚、各カソード33,34への投入電力を独立して制御する不図示の制御部が設けられている。
【0039】
本実施形態では、シード層21としてタンタル膜を作製するようになっており、一つのカソード33に設けられたターゲット331はタンタル製である。この他、銅、金等の材料がシード層21に採用されることがあり、この場合は、ターゲット331は銅製又は金製とされる。尚、シード層21は、薄膜を積層していく際に、上の層の結晶の配向を制御する目的で設けられるものである。
【0040】
製造方法について説明すると、酸素ガスが添加されたアルゴンガスをガス導入系37によって導入しながら、不図示のスパッタ電源によってターゲット331に電圧(通常は、負の直流電圧)が印加されると、ターゲット331を臨む空間にスパッタ放電が生じ、ターゲット331がスパッタされる。この結果、基板1の表面に、シード層21としてタンタル膜が作成される。基板ホルダー32は、回転機構321を備えており、静止したターゲット331に対して基板1を回転させる。これにより、基板1上に作成されるタンタル膜は均一な膜となる。この際、別のカソード34が備えるシャッタ343は閉じられており、ターゲット341の汚損が防止される。
【0041】
また、別のカソード34を使用して別の薄膜を作成する場合、シャッタ343を開き、シャッタ333を閉じる。そして、不図示のスパッタ電源を動作させて同様にスパッタリングを行う。尚、この実施形態では、シード層21以外の層の薄膜を作製する場合、酸素ガスの添加は行わず、アルゴンガスのみを使用する。
【0042】
図1に示す磁気抵抗多層膜は、基板1の上に、シード層21、下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26、キャップ層29の各薄膜を順次スパッタリングにより作成していくことで製造されるが、各薄膜は図2に示す成膜チャンバー3内で作製される場合もあるし、複数の成膜チャンバーにおいて作製される場合もある。同一の成膜チャンバー3内で作製される場合、成膜チャンバー1はそれぞれの薄膜用のカソード及びターゲットを備える。この場合、酸素ガスを添加した成膜を行った後、成膜チャンバー3内は一旦高真空に排気して酸素ガスの残留を極力少なくした後、次の成膜を行うことが好ましい。また、複数の成膜チャンバー内で作製される場合、基板1は各成膜チャンバー間を搬送されるが、基板1は大気には取り出されず真空中で搬送される。
【0043】
上記シード層21の成膜の際、スパッタ用ガスに酸素ガスを少量添加する点は、前述した層間結合の問題を解決すべく行った発明者の研究に基づいている。
【0044】
問題となる層間結合を生じさせる界面の凹凸は、それより下側の層の界面にできた凹凸に原因することが多い。つまり、ある層の薄膜の作製の際に表面に凹凸ができると、その層の上に薄膜を積層した場合、その薄膜の下層表面の凹凸をなぞるよう堆積するため、やはり表面に凹凸ができる。従って、ある界面における凹凸の発生を防止するには、それより下側の層の薄膜の作製の際に凹凸ができないようにすることが重要である。
【0045】
発明者は、磁化固定層24よりも下側の層において成膜方法を最適化することによりその層を平坦化させ、それにより上側の磁化固定層24と磁化自由層26との界面を平坦化させて層間結合を低減できるのではないかと考えた。この考えに基づき、鋭意研究を重ねたところ、磁化固定層24より下側の層の薄膜の作成の際、スパッタ用ガスに酸素ガスを少量添加すると、層間結合が減少することが判明した。この点について、以下に詳しく説明する。
【0046】
図3は、シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加の効果について調べた実験において製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。図3中の( )内の数字は膜厚を意味する。図3に示すように、この実験では、表面が熱酸化されたシリコン基板の上にシード層21としてタンタル膜を200Åの厚さで作製し、その上に下地層22としてNiCr膜(Ni60Cr40at%)を40Å作製した。そして、下地層22の上に反強磁性層23としてPtMn膜(Pt50Mn50at%)を150Å作製した。その上に、磁化固定層24として、9ÅのRu膜を挟んで上下に15ÅのCoFe膜(Co90Fe10at%)を配した多層膜を製作した。さらに、その上に非磁性スペーサ層25としてアルミナを11Å作製し、その上に磁化自由層26としてNiFe膜(Ni83Fe17at%)を40Åの厚さで作製した。また、磁化自由層26の上に、キャップ層27としてタンタル膜を50Åの厚さで作製した。尚、「at%」は原子数比の意味であり、原子量で換算した重量比のことである。また、NiCrと表記した場合、ニッケルとクロムから成る材料であることを意味し、合金化されている場合が多いが、かならずしも合金に限定される訳ではない。他の元素による表記も同様である。
【0047】
上記構成において、シード層21用タンタル膜作製時の酸素分圧を色々と変えながらTMR膜を製造し、それぞれのTMR膜における磁化固定層4と磁化自由層6との間の層間結合の大きさを測定した。尚、スパッタ用ガスはアルゴンであり、その分圧は3.2×10-2Paで一定とされた。
【0048】
まず、酸素ガスの添加量がゼロの場合、層間結合は9.7Oe程度であった。そして、酸素ガスを添加していくと、図4に示すように、層間結合が減少した。図4は、シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。図4の横軸は酸素分圧の大きさ、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表1に、図4に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。
【0049】
【表1】
【0050】
図4及び表1に示すように、酸素分圧が1.2×10-6Paの低い場合には、層間結合は9.5Oeという高い値のままであるが、酸素分圧を1.0×10-5Paにまで上昇させると、層間結合は8.4Oeという低い値を取る。酸素分圧を2.5×10-5に上昇させても層間結合は同様の低い値で、5.0×10Pa-5にまで上昇させても、8.7Oeという低い値に終始している。この結果から、酸素分圧は1.0×10-5Pa以上とすることが好適であることが解る。
【0051】
何故、酸素ガスを添加すると層間結合が低下するかについては、必ずしも明確ではないが、一つの推測として、酸素ガスの添加により薄膜の平坦性が向上していることによると考えられる。この点について、図5を使用して説明する。図5は、酸素ガス添加により層間結合が低減する理由として推測される点について示した図である。
【0052】
J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995に説明されているように、作製された薄膜の表面に凹凸が形成される原因は、結晶の成長過程によると考えられる。薄膜はアモルファス状態で堆積することもあるが、本実施形態のような磁性膜の場合、ある程度の大きさの結晶を形成しながら堆積する。この際、図5(1)(2)に示すように、各結晶が柱状に成長していく。作製された薄膜の表面に出来る凹凸は、柱状の各結晶の端面によって形成されている。
【0053】
ここで、図5(1)に示すように、各結晶が大きい場合には凹凸も大きくなり易いが、図5(2)に示すように、各結晶が小さい場合には凹凸も小さくなり易い。一方、結晶が成長する状況を考えてみると、図5(3)に示すように、面Sに微粒子(原子、分子等)Pが到達し、微粒子Pの到達が重なって次第に結晶が成長する。この結晶成長の際、表面Sに到達した微粒子Pは、表面S上を移動(泳動(migration)ともいう)し、既に形成されている結晶粒(grain)Gに取り込まれ、結晶粒Gは次第に大きくなる。この際、雰囲気に酸素ガスが存在すると、微量の酸素ガスがスパッタ原子が結晶化する際のクラスター化を阻害するため、結晶粒Gは大きくなれずに微結晶化すると推定される。尚、クラスター化とは、ここでは、微粒子Pを取り込むことにより結晶粒Gが大きくなることを意味している。
【0054】
具体的なメカニズムは不明であるが、結晶粒Gの表面が酸化すると、表面に存在するタンタル原子が酸素とイオン結合するため、本来なら他のタンタル原子と金属結合に寄与する筈の自由電子が、酸素の軌道に取り込まれてしまう。この結果、別のタンタル原子が接近してきても結合することがなくなってしまう。このようなことから、図5(2)に示すように結晶粒が小さいまま結晶成長し、微結晶の薄膜となるものと考えられる。
【0055】
このように薄膜が微結晶で成長すると、シード層21の表面が平坦になり、その上に積層される下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26も表面が平坦になる。この結果、機能層における各界面も平坦になり、層間結合が低減する。このようなことが、前述した層間結合低減の理由であると考えられる。
【0056】
いずれにしても、本実施形態の製造方法又は製造装置によれば、シード層21の薄膜の作製時に酸素ガスを少量添加するので、磁化固定層24と磁化自由層26の層間結合が減少する。従って、磁化自由層26の磁気モーメントが磁化固定層24の磁気モーメントに捉えられて規制されることが少なくなる。このため、再生用磁気ヘッドの場合には読み取りエラーとレスポンス遅延の低減が、MRAMの場合には書き込みエラー及び読み込みエラーの低減の効果が得られる。
【0057】
また、プラズマ処理のような別の処理を追加するものではないので、追加処理用のチャンバーが必要になって装置コストが上昇することはない。また、追加処理のためにリードタイムが長くなって生産性が低下することもない。
【0058】
次に、本願発明の第二の実施形態について説明する。
【0059】
この実施形態では、シード層21ではなく、反強磁性層23の薄膜を作製する際、酸素ガスを添加することが特徴になっている。具体的には、反強磁性層23の薄膜を作製する成膜チャンバーは、スパッタ用ガスに酸素ガスを添加して導入するガス導入系を備えている。成膜チャンバーの構成は、図2に示すものと同様でよく、いずれかのカソードは反強磁性層23の材料から成るターゲットを備える。例えば、PtMn又はIrMn等である。
【0060】
反強磁性層23の薄膜作製の際に酸素ガスを添加する点も、発明者が行った実験の結果に基づいている。
【0061】
図6は、反強磁性層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。同様に図6の横軸は酸素分圧の大きさ、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表2に、図6に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。
【0062】
【表2】
【0063】
図6及び表2に結果を示す実験では、図1に示す構成と同様のTMR膜が製造された。この場合、反強磁性層23用の薄膜はPtMn膜(厚さ150Å)である。成膜時のスパッタ用ガスはアルゴンであり、その分圧は0.165Paで一定とされた。
【0064】
同様に酸素ガスの添加量がゼロの場合の層間結合は9.7Oe程度であったが、酸素ガスを添加していくと、図6に示すように層間結合が減少した。即ち、酸素分圧が1.2×10-6Paの低い場合には、層間結合は9.5Oeという高い値のままであるが、酸素分圧を1.0×10-5Paにまで上昇させると、層間結合は7.2Oeという低い値を取った。酸素分圧を2.0×10-5Pa〜3.0×10-5Paに上昇させても層間結合は7.6Oe〜8.0Oeという低い値で、4.0×10-5Paに上昇させても、8.2Oeという低い値にであった。この結果から、酸素分圧は1.0×10-5Pa〜4.0×10-5Paの範囲内とすることが好適であることが解った。
【0065】
反強磁性層23用の薄膜作製時に酸素ガスを添加することによる層間結合の低減も、同様に、薄膜が成長する過程で各結晶粒の表面が僅かに酸化される結果、薄膜が微結晶化することによるものと推測される。尚、以上の結果から、シード層21用の薄膜作製時と反強磁性層23用の薄膜作製時との双方において酸素ガスを添加しても良く、その方がさらに好適な結果が得られることが推測される。
【0066】
いずれにしても、本実施形態によっても、層間結合を低減させることができるので、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることの少ない優れた磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適である。また、同様にプラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストが大きく上昇することはなく、生産性も低下しない。
【0067】
尚、上述した成膜時の少量の酸素ガス添加による薄膜の平坦化は、基本的には、シード層21や反強磁性層23以外の薄膜作製においても同様であると考えられる。従って、場合によって、他の層(下地層22,磁化固定層24,スペーサ層25,磁化自由層26)用の薄膜作製において酸素ガス添加を行うことも考えられる。しかしながら、機能層である固定磁化層24等の薄膜作製時に酸素ガスを添加することは、たとえ少量であっても素子特性に大きく影響を与えるおそれがあるので、注意を要する。
【0068】
また、少量の酸素ガスの添加による薄膜の平坦化が、結晶粒表面の原子とのイオン結合により自由電子が取り込まれることによるとすると、酸素以外のガスを使っても同様の結果が得られると予想される。具体的には、窒素やフッ素、塩素等である。しかしながら、これらのガスを使用すると、反応性が高く、腐食や特性劣化のおそれもあるので、注意を要する。
【0069】
次に、本願発明の第三の実施形態について説明する。
【0070】
この実施形態は、反強磁性層23用の薄膜作製時に、スパッタ用ガスとしてアルゴンとクリプトンの混合ガス(以下、ArKrガスと記す)を用いることを特徴点としている。図7は、第三の実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。図7に示す成膜チャンバー3は、反強磁性層23用の薄膜を作製するものであって、同様にいずれかのターゲットは反強磁性層23用の材料(PtMn又はIrMn等)から成る。図7に示すように、成膜チャンバー3が備えるガス導入系37は、アルゴンの配管371とクリプトンの配管374とを有する。それぞれの配管371,374には流量調整器373が設けられており、アルゴンとクリプトンとの所定の比率で混合して成膜チャンバー3内に導入できるようになっている。尚、アルゴンとクリプトンとを別々に成膜チャンバー3内に導入して成膜チャンバー3で混合するようにしても良い。
【0071】
反強磁性層23用の薄膜作製時にArKrガスをスパッタ用ガスとして使用する点も、層間結合を低減させるべく発明者が行った実験の結果に基づいている。発明者は、反強磁性層23の薄膜作製時のスパッタ用ガスの種類と流量を最適化することで薄膜を平坦化させ、それによって層間結合を低減できるのではないかと考え、鋭意研究を試みた。その結果、スパッタ用ガスとしてArKrガスを用い、クリプトンの混合比を10%以上とすると、顕著な層間結合の低減が見られることが確認された。
【0072】
図8は、ArKrガスを使用して反強磁性層23用の薄膜を作製した実験の結果を示した図である。図8の横軸はクリプトンガスの流量(SCCM)、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表3に、図8に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。尚、SCCMは、Standard Cubic Centimeter per Mimuteの略であり、0℃、一気圧で換算した気体の毎分の流量である。
【0073】
図8に結果を示す実験では同様にTMR膜が製造されたが、若干構成が異なるので、図9に示す。同様に( )内は膜厚を意味する。図9に示すTMR膜の製造の際、反強磁性層23用のPtMn膜の作製の際、ArKrガスを用いた。ArKrガスの全流量は20SCCMで一定になるように制御しながら、クリプトンの流量を変化させた。そして、クリプトンの流量の違いにより層間結合の大きさがどのように異なるかを調べた。尚、成膜時の圧力(全圧)は、6.0×10-2Paであった。
【0074】
図8に示すように、クリプトンの流量が0〜1.5SCCMの範囲では、層間結合は8.4Oe〜8.1Oeと大きいが、2SCCMになると7.7Oeに急減する。クリプトンの流量をさらに増加させていくと、層間結合は7.7Oe〜7.5Oeという低い範囲にとどまっている。以上の結果から、クリプトンの流量は2SCCM以上、混合比で言うと10%以上とすることが好ましいことが解った。尚、図8に示す結果からは、クリプトンの混合比をさらに高くする(例えば50%〜100%)ことが好ましいとも言えるが、クリプトンは高価なガスであるので、コスト上の問題を生ずる。
【0075】
一般に、ターゲットに電力を印加してターゲットをスパッタすると、スパッタ用ガスのイオンによって衝撃されたターゲットからは、ターゲットを構成する原子が放出される(以下、この放出原子をスパッタ原子と呼ぶ)他、2次電子が放出される。また、ターゲットを衝撃したガスイオンが、電荷を失わずに反射又は散乱(以下、反射散乱と略す)する。さらに、ターゲットを衝撃したガスイオンのうち、電荷を失って反射散乱して高速で飛び出してくるスパッタ用ガスの原子がある。以下、これを、反跳原子と呼ぶ。
【0076】
反跳原子は高いエネルギーを持っているので、基板上の堆積膜に打ち込まれて膜の応力等の原因となる面があるが、膜表面への衝突により結晶のクラスター化を阻害する面もある。つまり、下地表面又はある程度堆積した膜の表面に達したスパッタ原子は、表面上を泳動するが、その表面への反跳原子の衝突により泳動が阻害される面もある。
【0077】
反跳原子の衝突によるスパッタ原子の泳動阻害は、スパッタ原子に対する反跳原子の原子番号の大きさの違いに依存する。反跳原子の原子番号がスパッタ原子より大きい場合、表面への反跳原子の衝突によりスパッタ原子の泳動を阻害する効果が大きい。しかし、反跳原子の原子番号がスパッタ原子より小さい場合、この効果が小さい。
【0078】
また、反跳原子は、堆積した膜に衝突することでその膜を再スパッタする作用も有している。再スパッタの度合いは、ターゲットをスパッタする際のスパッタ率と同様、反跳原子の種類に依存する。つまり、反跳原子の原子番号が、膜を構成する原子(即ち、スパッタ原子)よりも大きい場合、再スパッタの度合いが高い。
【0079】
このような反跳原子によるスパッタ原子泳動阻害作用と堆積膜の再スパッタ作用をうまくバランスすることで、結晶が微細で表面が平坦な膜が作成できるのではないかと推測される。特に、ターゲットの材料が、白金(原子番号78)とマンガン(原子番号25)のように、原子番号に大きな差のある元素から成るものであって、このような材料から成る薄膜を作成しようとした場合に、原子番号の大きな不活性ガスを多く用いると、堆積した膜中の原子番号の小さな原子が、原子番号の大きな反跳原子により再スパッタされて抜け出てしまう度合いが高くなる。このため、所望の組成比の薄膜を作成することができない問題がある。
【0080】
従って、作成する薄膜の材料及び必要な組成比と、使用するスパッタ用ガスの原子番号の関係から、スパッタ用ガスの流量比の最適範囲が決まってくる。PtMnの場合には、アルゴンに対してクリプトンを10%〜50%の流量比にすると、所望の50Pt50Mn(at%)の組成の反強磁性相を得ることができることが分かった。組成比は、磁気特性に大きく影響を与えるので、最適な流量比を求めることが必要である。IrMnの場合にも同様で、高品質な磁気特性を得るためには所望の組成比の薄膜を得る必要があり、そのためにはスパッタ用ガスの混合比を最適範囲に制御する必要がある。尚、作成する薄膜の材料が、もっと大きな原子番号の金属を含む場合には、前述の観点からクリプトンより原子番号の大きなキセノンの方が良いと考えられる。
【0081】
いずれにしても、本実施形態においても、層間結合を低減させることができるので、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることの少ない優れた磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適である。また、同様にプラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストが大きく上昇することはなく、生産性も低下しない。
【0082】
また、前述した第一又は第二の実施形態と、この第三の実施形態とを組み合わせると、さらに望ましい結果が得られるものと考えられる。即ち、図2に示す成膜チャンバー3のガス導入系37がスパッタ用ガスとしてArKrガスを導入し、それに酸素ガスを添加するよう構成する。シード層21用のタンタル膜又は反強磁性層23用のPtMn膜の作製の際、酸素ガス添加の効果に加え、クリプトンガス混合の効果も併せて得られるため、さらに薄膜が平坦化し、層間結合が低減するものと考えられる。
【0083】
尚、本願発明の方法又は装置で製造される磁気抵抗多層膜は、前述したSV−GMR膜やTMR膜に限定されるものではないことは、勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本願発明各の実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造を示した断面概略図である。
【図2】実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
【図3】シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加の効果について調べた実験において製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。
【図4】シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。
【図5】酸素ガス添加により層間結合が低減する理由として推測される点について示した図である。
【図6】反強磁性層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。
【図7】第三の実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
【図8】ArKrガスを使用して反強磁性層23用の薄膜を作製した実験の結果を示した図である。
【図9】図8及び表3に結果を示す実験で製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。
【図10】GMR膜の一種であるスピンバルブ型GMR膜(以下、SV−GMR膜)の構造の一例を示した概略図である。
【図11】界面の平坦性の悪化に起因した層間結合の発生メカニズムについて示した図である。
【符号の説明】
【0085】
1 基板
21 シード層
22 下地層
23 半強磁性層
24 磁化固定層
25 非磁性スペーサ層
26 磁化自由層
3 成膜チャンバー
37 ガス導入系
【技術分野】
【0001】
本願の発明は、巨大磁気抵抗効果素子等の磁気デバイスに用いられる磁気抵抗多層膜の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
磁性薄膜の重要な利用分野の一つに、磁気ヘッドや磁気メモリなどの磁気デバイスがある。例えば、コンピュータの外部記憶装置に用いられている磁気ディスク駆動装置には、情報の記録用や再生用に磁気ヘッドが搭載されている。また、記憶素子にトンネル型磁気抵抗膜を利用した不揮発性メモリであるMRAM(Magnetic Random Access Memory)が開発されており、書き込みや読み取りの高速性から将来が有望視されている。
【0003】
このような磁気デバイスでは、磁界を電気信号に変える手段として磁気抵抗効果が用いられることが多い。磁気抵抗効果とは、導体中の磁界の変化により電気抵抗が変化する現象である。特に、再生用の磁気ヘッドやMRAMには、異方性磁気抵抗膜に比べて磁界の変化に対する電気抵抗の変化率が非常に大きい巨大磁気抵抗(Giant Magneto Resistive,GMR)膜が使用されている。さらなる高密度記録により記憶容量の向上が求められている磁気記録の分野では、僅かな磁界の変化を捉えて信号を読みとることが必要で、このことからGMR膜は多くの磁気ヘッドに既に利用されており、主流の技術になりつつある。
【0004】
図10は、GMR膜の一種であるスピンバルブ型GMR膜(以下、SV−GMR膜)の構造の一例を示した概略図である。SV−GMR膜は、図10に示すように、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26が積層された基本構造を有する。SV−GMR膜では、磁化固定層24は反強磁性層23に隣接しているため、磁化固定層24の磁気モーメントは、反強磁性層23との交換結合により一方向に固定されている。一方、磁化自由層26は、非磁性スペーサ層(伝導層)25によって磁化固定層24から隔てられているため、磁化自由層26の磁気モーメントは、外部磁界に応じて自由な方向を取り得るようになっている。
【0005】
SV−GMR膜における巨大磁気抵抗効果は、界面における電子のスピン依存散乱に因っている。二つの磁化層の磁化の向きが揃っているとき、スピン電子(伝導電子)は磁化層の界面で散乱されにくい。しかし、二つの磁化層の磁化の向きが揃っていないと、スピン電子は散乱され易くなる。従って、図10に示すように、磁化自由層26の磁化の向きが、磁化固定層24における磁化の向きに近くなってくると電気抵抗は低くなり、磁化固定層24における磁化の向きとは反対の向きに近くなってくると電気抵抗は高くなる。水道の蛇口をひねるように、磁化固定層24に対して磁化自由層26の磁化の向きを回転させるので、“スピンバルブ”と呼ばれる。
【0006】
また、MRAM等に使用されているトンネル型磁気抵抗膜(TMR膜)は、GMR膜に比べても数倍のMR比を持つことから、次世代の磁気ヘッド用として期待が高まっている。TMR膜は、SV−GMR膜と同様、反強磁性層、磁化固定層、非磁性スペーサ層、磁化自由層が積層された構造となっている。但し、TMR膜では、非磁性スペーサ層は、極薄の絶縁層となっている。この絶縁層を通してトンネル電流が流れるが、その際の抵抗値が、磁化固定層に対する磁化自由層の磁気モーメントの向きによって変わるようになっている。
【0007】
【特許文献1】特開2003−86866号公報
【非特許文献1】J.Appl.Phys.,Vol.85,No.8,4466−4468,15 April 1999
【非特許文献2】J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような磁気抵抗多層膜は、スパッタリング等の方法により各層の薄膜を順次作製していくことで製造される。ここで、上記SV−GMR膜やTMR膜における巨大磁気抵抗効果は、上述したように、積層界面における電子のスピン依存散乱に起因する。従って、高MR比を得るためには、各層の界面の清浄性が重要である。ある層の薄膜を作製する際、界面に異物が混入したり汚損層が形成されたりすると、MR比の悪化等の障害がもたらされることがある。このようなことから、チャンバー内を一旦高真空に排気して清浄な雰囲気とした後に各層を形成するとともに、ある層を形成してから次の層を形成するまでの時間を短くし、かつ、高真空の清浄な雰囲気を維持することが重要である。
【0009】
また、デバイスの性能を高めるには、多層膜の界面の平坦性も重要なファクターである。界面の平坦性が悪いと、磁化固定層と磁化自由層との間に層間結合が生じて、デバイスの性能低下につながる問題がある。以下、この点について図11を使用して説明する。
図11は、界面の平坦性の悪化に起因した層間結合の発生メカニズムについて示した図である。例えば磁化固定層24が表面に大きな凹凸を持ったものとして形成され、その結果、図11に示すように、非磁性スペーサ層25及び磁化自由層26も大きな凹凸を持ったものとして形成された場合を想定する。
【0010】
各層24,25,26の界面が完全な平坦面であれば、理論的には界面には磁極が現れることはない。しかしながら、凹凸があると、磁極が現れ易い。例えば磁化固定層24の表面の凹凸のうち、山の部分にある磁力線240は、山の稜線の所で途切れるので、その両端に磁極を発生させる。磁化自由層26についても同様で、谷の部分にある磁力線260の両端に磁極が発生する。
【0011】
このように、非磁性スペーサ層25の両側の界面に磁極が現れると、非磁性スペーサ層25で隔絶されているにもかかわらず、磁化固定層24と磁化自由層26が層間結合してしまう。この結果、磁化自由層26の磁気モーメントが磁化固定層24に引っ張られ、自由に回転できなくなってしまう。これが生ずると、例えば再生用磁気ヘッドの場合には、外部磁界(記録媒体の磁界)の変化に対して読み取り信号が非対称になったりレスポンスの遅れを引き起こしたりして、読み取りエラーにつながる可能性もある。また、MRAMでは、情報の書き込みエラーや読み取りエラーとなる可能性がある。尚、磁化自由層26の磁気モーメントが自由に回転できなくなると、磁化固定層の磁化の向きに対する磁化自由層26の磁化の向きが、外部磁界が変化しても変わらないことがあり得る。従って、界面の凹凸が大きくなると、MR比も悪化し易い。
【0012】
尚、J.Appl.Phys.,Vol.85,No.8,4466−4468,15 April 1999は、界面の凹凸と層間結合の問題について議論している。この論文では、凹凸は、結晶が成長する際の構造によって生じるとしている。また、J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995では、成膜の際の圧力が高いと、表面の凹凸が大きくなるとしている。従って、界面凹凸を小さくして層間結合を低減させるには、成膜時の圧力を低くすれば良いことになる。しかしながら、同論文には、成膜時の圧力が低くなると、界面でミキシング(材料の混じり合い)が生じることも指摘されている。
【0013】
界面の凹凸に起因した層間結合の問題を解決する別の方法として、非磁性スペーサ層を厚くすることが考えられる。しかしながら、非磁性スペーサ層5を厚くすると、SV−GMR膜の場合には、巨大磁気抵抗効果に寄与しない伝導電子の流れ(シャント効果)が大きくなり、これが原因でMR比が低下してしまうという問題がある。また、TMR膜の場合には、絶縁性の非磁性スペーサ層5が厚くなるため、全体の抵抗が増し、最適なトンネル電流が得られなくなり、素子性能が低下する問題がある。
【0014】
さらに、界面の凹凸を低減させる別の方法として、特開2003−86866号公報に開示されているように、ある層の成膜を行った後、次の層の成膜を行う前に、表面をプラズマ処理する方法がある。しかしながら、この技術によると、製造装置上の問題として、プラズマ処理のための設備が必要になるため、装置が大がかりとなり、コストが上昇する問題がある。また、プラズマ処理という工程が加わるため、生産性が低下する問題もある。
【0015】
本願の発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、磁気抵抗多層膜の構造において層間結合を効果的に低減させることができる実用的な製造技術を提供する意義を有するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本願の請求項1記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上の流量で使用するという構成を有する。
【0017】
また、上記課題を解決するため、請求項2記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上の流量で使用するという構成を有する。
【0018】
また、上記課題を解決するため、請求項3記載の発明は、基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを100%の流量で使用するという構成を有する。
【0019】
また、上記課題を解決するため、請求項4記載の発明は、前記請求項1〜3のいずれかの構成において、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであるという構成を有する。
【0020】
また、上記課題を解決するため、請求項5記載の発明は、前記請求項1〜4のいずれかの構成において、前記磁化固定層は反強磁性層との結合により磁化の向きが固定されている層であり、前記磁化自由層は磁化の向きが自由である層であるという構成を有する。
【0021】
また、上記課題を解決するため、請求項6記載の発明は、排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有するという構成を有する。
【0022】
また、上記課題を解決するため、請求項7記載の発明は、排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記基板ホルダーを回転させるための回転機構と、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有するという構成を有する。
【0023】
また、上記課題を解決するため、請求項8記載の発明は、前記請求項6又は7の構成において、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであるという構成を有する。
【0024】
また、上記課題を解決するため、請求項9記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上に流量調整するための流量調整器を有するという構成を有する。
【0025】
また、上記課題を解決するため、請求項10記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上に流量調整するための流量調整器を有するという構成を有する。
【0026】
また、上記課題を解決するため、請求項11記載の発明は、前記請求項6〜8のいずれかの構成において、前記ガス導入系は、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスが100%であるという構成を有する。
【発明の効果】
【0027】
以下に説明する通り、本願の各請求項記載の発明によれば、磁化固定層と磁化自由層の層間結合が低減した磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることが少なく、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適なものとなる。また、プラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストの大きな上昇や生産性の低下の問題もない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本願発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態)について説明する。
【0029】
まず、各実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造について説明する。図1は、本願発明各の実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造を示した断面概略図である。
【0030】
図1に示す磁気抵抗多層膜は、前述したものと同様、磁気ヘッドやMRAMなどに用いられるものであり、SV−GMR膜又はTMR膜として機能するようになっている。この磁気抵抗多層膜は、基板1上に、シード層21、下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26、キャップ層27とが順に積層された構造を有している。
【0031】
上記多層膜の構造において、巨大磁気抵抗効果を奏する部分は、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25及び磁化自由層26の部分であるので、この部分をまとめて機能層ということがある。
【0032】
尚、本明細書で説明される磁気抵抗多層膜における「上下」の概念は、製品が実際に使用される状態における上下を意味するものではなく、各層を形成する際の順序に関連して使用された用語である。つまり、先に形成されるものを「下」、後に形成されるもの「上」としている。従って、基板1が磁気抵抗多層膜を形成する側を下側に向けた状態で保持されて順次薄膜が積層される場合、下地層22が反強磁性層23の上側に位置することになる。
【0033】
上述したような磁気抵抗多層膜は、各層の薄膜をスパッタリングにより作製することにより製造される。従って、装置は、各層の薄膜を作製する成膜チャンバーを備える。図2は、実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
図2に示す成膜チャンバー3は、内部を排気する排気系31と、成膜チャンバー3内の所定位置に基板1を配置するための基板ホルダー32と、スパッタ放電を生じさせるための複数のカソード33,34と、各カソード33,34に電圧を印加する不図示のスパッタ電源等を備えている。
【0034】
成膜チャンバー3は、気密な真空容器であり、基板1の出し入れを行うための開口を備えており、この開口はゲートバルブ30によって開閉される。尚、排気系31は、ターボ分子ポンプのような真空ポンプを備えており、チャンバー3に隣接した排気室を通して排気するようになっている。
【0035】
成膜チャンバー3には、内部にガスを導入するガス導入系37が設けられている。ガス導入系37は、前述したように、スパッタ率の高いスパッタ用ガスに、酸素ガスを添加して導入するようになっている。具体的には、スパッタ用ガスとしてはアルゴンを採用しており、アルゴンガスの配管371と、酸素ガスの配管372とを備えている。各配管371,372には、バルブの他、流量調整器373が設けられており、所定の流量で導入できるようになっている。尚、図2の実施形態では、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスを成膜チャンバー3に導入しているが、別々に導入しても良い。
【0036】
各カソード33,34は、マグネトロンスパッタリングを実現するためのカソード、即ちマグネトロンカソードである。各カソード33,34は、ターゲット331,341と、ターゲット331、341の背後に設けられた磁石ユニット332,342とから主に構成されている。磁石ユニット332,342の詳細は図示されていないが、電界と磁界の直交関係を成立させて電子のマグネトロン運動を実現するためのものであり、中心磁石と、中心磁石を取り囲む周辺磁石等から構成されている。また、静止したターゲット331,341に対して磁石ユニット332,342を回転させてエロージョンを均一化させる回転機構が設けられることもある。また、ターゲット331,342の前方には、シャッタ333、343が設けられている。シャッタ333,343は、そのカソード33,34が使用されないとき、ターゲット331,341を被ってターゲット331,341の汚損等を防止するためのものである。
【0037】
尚、図2では、二つのカソード33,34が図示されているが、実際には三つ又はそれ以上の数のカソードが設けられることがある。これらの構造については、特開2002−43159号公報が参照できる。
【0038】
不図示のスパッタ電源は、各カソード33,34に負の直流電圧又は高周波電圧を印加するものであり、各カソード33,34毎に設けられる。尚、各カソード33,34への投入電力を独立して制御する不図示の制御部が設けられている。
【0039】
本実施形態では、シード層21としてタンタル膜を作製するようになっており、一つのカソード33に設けられたターゲット331はタンタル製である。この他、銅、金等の材料がシード層21に採用されることがあり、この場合は、ターゲット331は銅製又は金製とされる。尚、シード層21は、薄膜を積層していく際に、上の層の結晶の配向を制御する目的で設けられるものである。
【0040】
製造方法について説明すると、酸素ガスが添加されたアルゴンガスをガス導入系37によって導入しながら、不図示のスパッタ電源によってターゲット331に電圧(通常は、負の直流電圧)が印加されると、ターゲット331を臨む空間にスパッタ放電が生じ、ターゲット331がスパッタされる。この結果、基板1の表面に、シード層21としてタンタル膜が作成される。基板ホルダー32は、回転機構321を備えており、静止したターゲット331に対して基板1を回転させる。これにより、基板1上に作成されるタンタル膜は均一な膜となる。この際、別のカソード34が備えるシャッタ343は閉じられており、ターゲット341の汚損が防止される。
【0041】
また、別のカソード34を使用して別の薄膜を作成する場合、シャッタ343を開き、シャッタ333を閉じる。そして、不図示のスパッタ電源を動作させて同様にスパッタリングを行う。尚、この実施形態では、シード層21以外の層の薄膜を作製する場合、酸素ガスの添加は行わず、アルゴンガスのみを使用する。
【0042】
図1に示す磁気抵抗多層膜は、基板1の上に、シード層21、下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26、キャップ層29の各薄膜を順次スパッタリングにより作成していくことで製造されるが、各薄膜は図2に示す成膜チャンバー3内で作製される場合もあるし、複数の成膜チャンバーにおいて作製される場合もある。同一の成膜チャンバー3内で作製される場合、成膜チャンバー1はそれぞれの薄膜用のカソード及びターゲットを備える。この場合、酸素ガスを添加した成膜を行った後、成膜チャンバー3内は一旦高真空に排気して酸素ガスの残留を極力少なくした後、次の成膜を行うことが好ましい。また、複数の成膜チャンバー内で作製される場合、基板1は各成膜チャンバー間を搬送されるが、基板1は大気には取り出されず真空中で搬送される。
【0043】
上記シード層21の成膜の際、スパッタ用ガスに酸素ガスを少量添加する点は、前述した層間結合の問題を解決すべく行った発明者の研究に基づいている。
【0044】
問題となる層間結合を生じさせる界面の凹凸は、それより下側の層の界面にできた凹凸に原因することが多い。つまり、ある層の薄膜の作製の際に表面に凹凸ができると、その層の上に薄膜を積層した場合、その薄膜の下層表面の凹凸をなぞるよう堆積するため、やはり表面に凹凸ができる。従って、ある界面における凹凸の発生を防止するには、それより下側の層の薄膜の作製の際に凹凸ができないようにすることが重要である。
【0045】
発明者は、磁化固定層24よりも下側の層において成膜方法を最適化することによりその層を平坦化させ、それにより上側の磁化固定層24と磁化自由層26との界面を平坦化させて層間結合を低減できるのではないかと考えた。この考えに基づき、鋭意研究を重ねたところ、磁化固定層24より下側の層の薄膜の作成の際、スパッタ用ガスに酸素ガスを少量添加すると、層間結合が減少することが判明した。この点について、以下に詳しく説明する。
【0046】
図3は、シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加の効果について調べた実験において製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。図3中の( )内の数字は膜厚を意味する。図3に示すように、この実験では、表面が熱酸化されたシリコン基板の上にシード層21としてタンタル膜を200Åの厚さで作製し、その上に下地層22としてNiCr膜(Ni60Cr40at%)を40Å作製した。そして、下地層22の上に反強磁性層23としてPtMn膜(Pt50Mn50at%)を150Å作製した。その上に、磁化固定層24として、9ÅのRu膜を挟んで上下に15ÅのCoFe膜(Co90Fe10at%)を配した多層膜を製作した。さらに、その上に非磁性スペーサ層25としてアルミナを11Å作製し、その上に磁化自由層26としてNiFe膜(Ni83Fe17at%)を40Åの厚さで作製した。また、磁化自由層26の上に、キャップ層27としてタンタル膜を50Åの厚さで作製した。尚、「at%」は原子数比の意味であり、原子量で換算した重量比のことである。また、NiCrと表記した場合、ニッケルとクロムから成る材料であることを意味し、合金化されている場合が多いが、かならずしも合金に限定される訳ではない。他の元素による表記も同様である。
【0047】
上記構成において、シード層21用タンタル膜作製時の酸素分圧を色々と変えながらTMR膜を製造し、それぞれのTMR膜における磁化固定層4と磁化自由層6との間の層間結合の大きさを測定した。尚、スパッタ用ガスはアルゴンであり、その分圧は3.2×10-2Paで一定とされた。
【0048】
まず、酸素ガスの添加量がゼロの場合、層間結合は9.7Oe程度であった。そして、酸素ガスを添加していくと、図4に示すように、層間結合が減少した。図4は、シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。図4の横軸は酸素分圧の大きさ、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表1に、図4に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。
【0049】
【表1】
【0050】
図4及び表1に示すように、酸素分圧が1.2×10-6Paの低い場合には、層間結合は9.5Oeという高い値のままであるが、酸素分圧を1.0×10-5Paにまで上昇させると、層間結合は8.4Oeという低い値を取る。酸素分圧を2.5×10-5に上昇させても層間結合は同様の低い値で、5.0×10Pa-5にまで上昇させても、8.7Oeという低い値に終始している。この結果から、酸素分圧は1.0×10-5Pa以上とすることが好適であることが解る。
【0051】
何故、酸素ガスを添加すると層間結合が低下するかについては、必ずしも明確ではないが、一つの推測として、酸素ガスの添加により薄膜の平坦性が向上していることによると考えられる。この点について、図5を使用して説明する。図5は、酸素ガス添加により層間結合が低減する理由として推測される点について示した図である。
【0052】
J.Appl.Phys.,77(7),2993−2998,1 April 1995に説明されているように、作製された薄膜の表面に凹凸が形成される原因は、結晶の成長過程によると考えられる。薄膜はアモルファス状態で堆積することもあるが、本実施形態のような磁性膜の場合、ある程度の大きさの結晶を形成しながら堆積する。この際、図5(1)(2)に示すように、各結晶が柱状に成長していく。作製された薄膜の表面に出来る凹凸は、柱状の各結晶の端面によって形成されている。
【0053】
ここで、図5(1)に示すように、各結晶が大きい場合には凹凸も大きくなり易いが、図5(2)に示すように、各結晶が小さい場合には凹凸も小さくなり易い。一方、結晶が成長する状況を考えてみると、図5(3)に示すように、面Sに微粒子(原子、分子等)Pが到達し、微粒子Pの到達が重なって次第に結晶が成長する。この結晶成長の際、表面Sに到達した微粒子Pは、表面S上を移動(泳動(migration)ともいう)し、既に形成されている結晶粒(grain)Gに取り込まれ、結晶粒Gは次第に大きくなる。この際、雰囲気に酸素ガスが存在すると、微量の酸素ガスがスパッタ原子が結晶化する際のクラスター化を阻害するため、結晶粒Gは大きくなれずに微結晶化すると推定される。尚、クラスター化とは、ここでは、微粒子Pを取り込むことにより結晶粒Gが大きくなることを意味している。
【0054】
具体的なメカニズムは不明であるが、結晶粒Gの表面が酸化すると、表面に存在するタンタル原子が酸素とイオン結合するため、本来なら他のタンタル原子と金属結合に寄与する筈の自由電子が、酸素の軌道に取り込まれてしまう。この結果、別のタンタル原子が接近してきても結合することがなくなってしまう。このようなことから、図5(2)に示すように結晶粒が小さいまま結晶成長し、微結晶の薄膜となるものと考えられる。
【0055】
このように薄膜が微結晶で成長すると、シード層21の表面が平坦になり、その上に積層される下地層22、反強磁性層23、磁化固定層24、非磁性スペーサ層25、磁化自由層26も表面が平坦になる。この結果、機能層における各界面も平坦になり、層間結合が低減する。このようなことが、前述した層間結合低減の理由であると考えられる。
【0056】
いずれにしても、本実施形態の製造方法又は製造装置によれば、シード層21の薄膜の作製時に酸素ガスを少量添加するので、磁化固定層24と磁化自由層26の層間結合が減少する。従って、磁化自由層26の磁気モーメントが磁化固定層24の磁気モーメントに捉えられて規制されることが少なくなる。このため、再生用磁気ヘッドの場合には読み取りエラーとレスポンス遅延の低減が、MRAMの場合には書き込みエラー及び読み込みエラーの低減の効果が得られる。
【0057】
また、プラズマ処理のような別の処理を追加するものではないので、追加処理用のチャンバーが必要になって装置コストが上昇することはない。また、追加処理のためにリードタイムが長くなって生産性が低下することもない。
【0058】
次に、本願発明の第二の実施形態について説明する。
【0059】
この実施形態では、シード層21ではなく、反強磁性層23の薄膜を作製する際、酸素ガスを添加することが特徴になっている。具体的には、反強磁性層23の薄膜を作製する成膜チャンバーは、スパッタ用ガスに酸素ガスを添加して導入するガス導入系を備えている。成膜チャンバーの構成は、図2に示すものと同様でよく、いずれかのカソードは反強磁性層23の材料から成るターゲットを備える。例えば、PtMn又はIrMn等である。
【0060】
反強磁性層23の薄膜作製の際に酸素ガスを添加する点も、発明者が行った実験の結果に基づいている。
【0061】
図6は、反強磁性層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。同様に図6の横軸は酸素分圧の大きさ、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表2に、図6に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。
【0062】
【表2】
【0063】
図6及び表2に結果を示す実験では、図1に示す構成と同様のTMR膜が製造された。この場合、反強磁性層23用の薄膜はPtMn膜(厚さ150Å)である。成膜時のスパッタ用ガスはアルゴンであり、その分圧は0.165Paで一定とされた。
【0064】
同様に酸素ガスの添加量がゼロの場合の層間結合は9.7Oe程度であったが、酸素ガスを添加していくと、図6に示すように層間結合が減少した。即ち、酸素分圧が1.2×10-6Paの低い場合には、層間結合は9.5Oeという高い値のままであるが、酸素分圧を1.0×10-5Paにまで上昇させると、層間結合は7.2Oeという低い値を取った。酸素分圧を2.0×10-5Pa〜3.0×10-5Paに上昇させても層間結合は7.6Oe〜8.0Oeという低い値で、4.0×10-5Paに上昇させても、8.2Oeという低い値にであった。この結果から、酸素分圧は1.0×10-5Pa〜4.0×10-5Paの範囲内とすることが好適であることが解った。
【0065】
反強磁性層23用の薄膜作製時に酸素ガスを添加することによる層間結合の低減も、同様に、薄膜が成長する過程で各結晶粒の表面が僅かに酸化される結果、薄膜が微結晶化することによるものと推測される。尚、以上の結果から、シード層21用の薄膜作製時と反強磁性層23用の薄膜作製時との双方において酸素ガスを添加しても良く、その方がさらに好適な結果が得られることが推測される。
【0066】
いずれにしても、本実施形態によっても、層間結合を低減させることができるので、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることの少ない優れた磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適である。また、同様にプラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストが大きく上昇することはなく、生産性も低下しない。
【0067】
尚、上述した成膜時の少量の酸素ガス添加による薄膜の平坦化は、基本的には、シード層21や反強磁性層23以外の薄膜作製においても同様であると考えられる。従って、場合によって、他の層(下地層22,磁化固定層24,スペーサ層25,磁化自由層26)用の薄膜作製において酸素ガス添加を行うことも考えられる。しかしながら、機能層である固定磁化層24等の薄膜作製時に酸素ガスを添加することは、たとえ少量であっても素子特性に大きく影響を与えるおそれがあるので、注意を要する。
【0068】
また、少量の酸素ガスの添加による薄膜の平坦化が、結晶粒表面の原子とのイオン結合により自由電子が取り込まれることによるとすると、酸素以外のガスを使っても同様の結果が得られると予想される。具体的には、窒素やフッ素、塩素等である。しかしながら、これらのガスを使用すると、反応性が高く、腐食や特性劣化のおそれもあるので、注意を要する。
【0069】
次に、本願発明の第三の実施形態について説明する。
【0070】
この実施形態は、反強磁性層23用の薄膜作製時に、スパッタ用ガスとしてアルゴンとクリプトンの混合ガス(以下、ArKrガスと記す)を用いることを特徴点としている。図7は、第三の実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。図7に示す成膜チャンバー3は、反強磁性層23用の薄膜を作製するものであって、同様にいずれかのターゲットは反強磁性層23用の材料(PtMn又はIrMn等)から成る。図7に示すように、成膜チャンバー3が備えるガス導入系37は、アルゴンの配管371とクリプトンの配管374とを有する。それぞれの配管371,374には流量調整器373が設けられており、アルゴンとクリプトンとの所定の比率で混合して成膜チャンバー3内に導入できるようになっている。尚、アルゴンとクリプトンとを別々に成膜チャンバー3内に導入して成膜チャンバー3で混合するようにしても良い。
【0071】
反強磁性層23用の薄膜作製時にArKrガスをスパッタ用ガスとして使用する点も、層間結合を低減させるべく発明者が行った実験の結果に基づいている。発明者は、反強磁性層23の薄膜作製時のスパッタ用ガスの種類と流量を最適化することで薄膜を平坦化させ、それによって層間結合を低減できるのではないかと考え、鋭意研究を試みた。その結果、スパッタ用ガスとしてArKrガスを用い、クリプトンの混合比を10%以上とすると、顕著な層間結合の低減が見られることが確認された。
【0072】
図8は、ArKrガスを使用して反強磁性層23用の薄膜を作製した実験の結果を示した図である。図8の横軸はクリプトンガスの流量(SCCM)、縦軸は磁化固定層24と磁化自由層26との間の層間結合の大きさ(層間結合磁界Hin)(Oe)である。また、表3に、図8に示す結果の実際のデータ(数値)を示す。尚、SCCMは、Standard Cubic Centimeter per Mimuteの略であり、0℃、一気圧で換算した気体の毎分の流量である。
【0073】
図8に結果を示す実験では同様にTMR膜が製造されたが、若干構成が異なるので、図9に示す。同様に( )内は膜厚を意味する。図9に示すTMR膜の製造の際、反強磁性層23用のPtMn膜の作製の際、ArKrガスを用いた。ArKrガスの全流量は20SCCMで一定になるように制御しながら、クリプトンの流量を変化させた。そして、クリプトンの流量の違いにより層間結合の大きさがどのように異なるかを調べた。尚、成膜時の圧力(全圧)は、6.0×10-2Paであった。
【0074】
図8に示すように、クリプトンの流量が0〜1.5SCCMの範囲では、層間結合は8.4Oe〜8.1Oeと大きいが、2SCCMになると7.7Oeに急減する。クリプトンの流量をさらに増加させていくと、層間結合は7.7Oe〜7.5Oeという低い範囲にとどまっている。以上の結果から、クリプトンの流量は2SCCM以上、混合比で言うと10%以上とすることが好ましいことが解った。尚、図8に示す結果からは、クリプトンの混合比をさらに高くする(例えば50%〜100%)ことが好ましいとも言えるが、クリプトンは高価なガスであるので、コスト上の問題を生ずる。
【0075】
一般に、ターゲットに電力を印加してターゲットをスパッタすると、スパッタ用ガスのイオンによって衝撃されたターゲットからは、ターゲットを構成する原子が放出される(以下、この放出原子をスパッタ原子と呼ぶ)他、2次電子が放出される。また、ターゲットを衝撃したガスイオンが、電荷を失わずに反射又は散乱(以下、反射散乱と略す)する。さらに、ターゲットを衝撃したガスイオンのうち、電荷を失って反射散乱して高速で飛び出してくるスパッタ用ガスの原子がある。以下、これを、反跳原子と呼ぶ。
【0076】
反跳原子は高いエネルギーを持っているので、基板上の堆積膜に打ち込まれて膜の応力等の原因となる面があるが、膜表面への衝突により結晶のクラスター化を阻害する面もある。つまり、下地表面又はある程度堆積した膜の表面に達したスパッタ原子は、表面上を泳動するが、その表面への反跳原子の衝突により泳動が阻害される面もある。
【0077】
反跳原子の衝突によるスパッタ原子の泳動阻害は、スパッタ原子に対する反跳原子の原子番号の大きさの違いに依存する。反跳原子の原子番号がスパッタ原子より大きい場合、表面への反跳原子の衝突によりスパッタ原子の泳動を阻害する効果が大きい。しかし、反跳原子の原子番号がスパッタ原子より小さい場合、この効果が小さい。
【0078】
また、反跳原子は、堆積した膜に衝突することでその膜を再スパッタする作用も有している。再スパッタの度合いは、ターゲットをスパッタする際のスパッタ率と同様、反跳原子の種類に依存する。つまり、反跳原子の原子番号が、膜を構成する原子(即ち、スパッタ原子)よりも大きい場合、再スパッタの度合いが高い。
【0079】
このような反跳原子によるスパッタ原子泳動阻害作用と堆積膜の再スパッタ作用をうまくバランスすることで、結晶が微細で表面が平坦な膜が作成できるのではないかと推測される。特に、ターゲットの材料が、白金(原子番号78)とマンガン(原子番号25)のように、原子番号に大きな差のある元素から成るものであって、このような材料から成る薄膜を作成しようとした場合に、原子番号の大きな不活性ガスを多く用いると、堆積した膜中の原子番号の小さな原子が、原子番号の大きな反跳原子により再スパッタされて抜け出てしまう度合いが高くなる。このため、所望の組成比の薄膜を作成することができない問題がある。
【0080】
従って、作成する薄膜の材料及び必要な組成比と、使用するスパッタ用ガスの原子番号の関係から、スパッタ用ガスの流量比の最適範囲が決まってくる。PtMnの場合には、アルゴンに対してクリプトンを10%〜50%の流量比にすると、所望の50Pt50Mn(at%)の組成の反強磁性相を得ることができることが分かった。組成比は、磁気特性に大きく影響を与えるので、最適な流量比を求めることが必要である。IrMnの場合にも同様で、高品質な磁気特性を得るためには所望の組成比の薄膜を得る必要があり、そのためにはスパッタ用ガスの混合比を最適範囲に制御する必要がある。尚、作成する薄膜の材料が、もっと大きな原子番号の金属を含む場合には、前述の観点からクリプトンより原子番号の大きなキセノンの方が良いと考えられる。
【0081】
いずれにしても、本実施形態においても、層間結合を低減させることができるので、磁化自由層の磁気モーメントが磁化固定層の磁気モーメントに捉えられて規制されることの少ない優れた磁気抵抗多層膜を製造することができる。このため、再生用磁気ヘッド用やMRAM用として好適である。また、同様にプラズマ処理のように別の処理を追加するものではないので、装置コストが大きく上昇することはなく、生産性も低下しない。
【0082】
また、前述した第一又は第二の実施形態と、この第三の実施形態とを組み合わせると、さらに望ましい結果が得られるものと考えられる。即ち、図2に示す成膜チャンバー3のガス導入系37がスパッタ用ガスとしてArKrガスを導入し、それに酸素ガスを添加するよう構成する。シード層21用のタンタル膜又は反強磁性層23用のPtMn膜の作製の際、酸素ガス添加の効果に加え、クリプトンガス混合の効果も併せて得られるため、さらに薄膜が平坦化し、層間結合が低減するものと考えられる。
【0083】
尚、本願発明の方法又は装置で製造される磁気抵抗多層膜は、前述したSV−GMR膜やTMR膜に限定されるものではないことは、勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本願発明各の実施形態の方法及び装置により製造される磁気抵抗多層膜の構造を示した断面概略図である。
【図2】実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
【図3】シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加の効果について調べた実験において製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。
【図4】シード層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。
【図5】酸素ガス添加により層間結合が低減する理由として推測される点について示した図である。
【図6】反強磁性層用薄膜作製時の酸素ガス添加量と層間結合の大きさとの関係についての実験結果を示した図である。
【図7】第三の実施形態の磁気抵抗多層膜製造装置における成膜チャンバーの正面断面概略図である。
【図8】ArKrガスを使用して反強磁性層23用の薄膜を作製した実験の結果を示した図である。
【図9】図8及び表3に結果を示す実験で製造されたTMR膜の概略構造を示した図である。
【図10】GMR膜の一種であるスピンバルブ型GMR膜(以下、SV−GMR膜)の構造の一例を示した概略図である。
【図11】界面の平坦性の悪化に起因した層間結合の発生メカニズムについて示した図である。
【符号の説明】
【0085】
1 基板
21 シード層
22 下地層
23 半強磁性層
24 磁化固定層
25 非磁性スペーサ層
26 磁化自由層
3 成膜チャンバー
37 ガス導入系
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項2】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項3】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを100%の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項4】
前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項5】
前記磁化固定層は反強磁性層との結合により磁化の向きが固定されている層であり、前記磁化自由層は磁化の向きが自由である層であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項6】
排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項7】
排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記基板ホルダーを回転させるための回転機構と、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項8】
前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであることを特徴とする、請求項6又は7記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項9】
さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上に流量調整するための流量調整器を有することを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項10】
さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上に流量調整するための流量調整器を有することを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項11】
前記ガス導入系は、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスが100%であることを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項1】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項2】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項3】
基板上に、反強磁性層と、磁化固定層と、非磁性スペーサ層と、磁化自由層とを順に積層することで磁気抵抗多層膜を製造する方法であって、
反強磁性層の薄膜をスパッタリングにより作製する工程において、スパッタ用ガスとして、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを100%の流量で使用することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項4】
前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項5】
前記磁化固定層は反強磁性層との結合により磁化の向きが固定されている層であり、前記磁化自由層は磁化の向きが自由である層であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造方法。
【請求項6】
排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項7】
排気系を接続した真空容器と、
前記真空容器内に設置した、反強磁性層からなる薄膜を堆積させるための基板を保持するための基板ホルダーと、
前記基板ホルダーを回転させるための回転機構と、
前記真空容器内に設置した、放電を生じさせるためのカソードであって、該カソード面を前記基板ホルダー面に対して傾斜させて配置したカソードと、
前記真空容器内にアルゴンより原子番号の大きな元素のガスを導入するためのガス導入系と、を有することを特徴とする磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項8】
前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスは、クリプトンガス又はキセノンガスであることを特徴とする、請求項6又は7記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項9】
さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを10%以上に流量調整するための流量調整器を有することを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項10】
さらに、前記アルゴンより原子番号の大きな元素のガスを50%以上に流量調整するための流量調整器を有することを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【請求項11】
前記ガス導入系は、アルゴンより原子番号の大きな元素のガスが100%であることを特徴とする、請求項6〜8のいずれか一項記載の磁気抵抗多層膜製造装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−124486(P2008−124486A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−322755(P2007−322755)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【分割の表示】特願2003−357108(P2003−357108)の分割
【原出願日】平成15年10月16日(2003.10.16)
【出願人】(000227294)キヤノンアネルバ株式会社 (564)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【分割の表示】特願2003−357108(P2003−357108)の分割
【原出願日】平成15年10月16日(2003.10.16)
【出願人】(000227294)キヤノンアネルバ株式会社 (564)
【Fターム(参考)】
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