説明

結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜の作製法

【課題】
光触媒膜として窒素酸化物等の有害ガスの分解、除去などの環境浄化への応用やガスセンサー素子への応用が図れる、厚さが数百nm(ナノメートル)程度の非常に薄い膜状で、結晶配向により結晶欠陥を低減させた硫黄添加二酸化チタン膜の形成方法。
【解決手段】
イオン注入法により二酸化チタン単結晶膜に硫黄を添加し、イオン注入に伴い発生する結晶乱れをイオン注入後の熱処理により回復させ、結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜を得る。又、二硫化チタンを焼成して作製したターゲット材を用いてパルスレーザー蒸着を行うことによっても結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄(S)を不純物として添加した二酸化チタン光触媒の結晶配向した薄膜の作製法に関するものである。さらに詳しくは、数百keV(キロエレクロトンボルト)に加速した硫黄を二酸化チタン単結晶膜にイオン注入した後、イオン注入に伴う結晶乱れを熱処理することにより回復させ、結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜を作製する。又、空気中で二硫化チタンを高温で焼成することによって得られるターゲット材を用いて、パルスレーザー蒸着法により結晶配向した硫黄添加二酸化チタン薄膜を作製する方法に関するものであり、厚さが数百nm(ナノメータ)で均一な膜厚に調整された二酸化チタン膜が得られ、光触媒膜として窒素酸化物等の有害ガスの分解、除去などの環境浄化への応用やガスセンサー素子への応用が図れる。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタンは、クリーンな光エネルギーを利用する光触媒材料として空気及び水の浄化、脱臭、殺菌、抗菌などに幅広く利用されている。一方で、光触媒反応のさらなる高効率化、また太陽光を利用できる可視光応答型光触媒材料の開発に向けた研究も盛んに行われている。二酸化チタンへの可視光応答性の付与に関しては、金属イオン添加による電子構造改質によって実現させようという試みが大半を占めてきた。しかしほとんどの場合、添加された不純物イオンがキャリアの再結合中心として働くため可視域において光触媒能は見られず、さらに紫外域における二酸化チタン本来の光触媒能さえも低下してしまう。
【0003】
これに対して、非金属イオンの窒素(N)やフッ素(F)を添加し二酸化チタンの酸素(O)サイトに置換した場合には光触媒能が向上することが知られている。この理由としては、N添加によっては可視光応答性が付与されるためであり、またFを添加した二酸化チタンでは紫外域における光応答性が向上するためだとされている。さらに、NとFよりも大きなイオン半径を持つSをOと置換した場合は、二酸化チタンの電子構造がより大幅に改質されることが報告されている(非特許文献1〜3)。
【0004】
硫黄添加により可視光応答性を有した二酸化チタンについては、結晶欠陥を多く含む多結晶構造の薄膜作製に関する報告がある(特許文献1)。また、パルスレーザー蒸着法による二酸化チタン単結晶膜の作製の報告があるが(特許文献2)、硫黄を添加し、結晶配向させた薄膜作製に関する報告は無い。
【非特許文献1】可視光応答型光触媒:硫黄添加二酸化チタン梅林励, 八巻徹也, 吉川正人, 浅井圭介工業材料 (日刊工業新聞社), 7月号 (2003) 34-36.
【非特許文献2】Sulfur-doping into rutile-titanium dioxide by ion implantation: photocurrent spectroscopy and first principles band calculation studiesT. Umebayashi, T. Yamaki, S. Yamamoto, A. Miyashita, S. Tanaka, T. Sumita, and K. AsaiJournal of Applied Physics 93 (2003) 5156-5160.
【非特許文献3】Visible light induced degradation of methylene blue on S-doped TiO2T. Umebayashi, T. Yamaki, S. Tanaka, and K. AsaiChemistry Letters 32 (2003) 330-331.
【特許文献1】特願2004-29331号
【特許文献2】特開2002-020199号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、厚さが数百nm(ナノメートル)程度の非常に薄い膜状で、結晶配向により結晶欠陥を低減させた硫黄添加二酸化チタン膜の形成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するものとして、イオン注入より硫黄を添加して結晶配向させた硫黄添加二酸化チタン膜を形成する方法であり、又二硫化チタン粉末を圧縮成形及び焼成することによりターゲット材を形成し、レーザー蒸着法により結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜を形成する方法により上記の課題を解決する。
【発明を実施するための最良の課題】
【0007】
本発明に係わる薄膜は、上記のとおり、イオン注入法により二酸化チタン単結晶膜に硫黄を添加し、イオン注入に伴い発生する結晶乱れをイオン注入後の熱処理により回復させ、結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜を得るものである。この作製条件としては、イオン注入後の熱処理温度が重要な項目である。
【0008】
又、二硫化チタンを焼成して作製したターゲット材を用いてパルスレーザー蒸着を行うことによっても結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜の作製が可能である。この作製条件としては、二硫化チタン粉末を圧縮成形及び焼成したターゲット材を用いることとパルスレーザー蒸着における基板温度が重要な項目である。
【0009】
硫黄のイオン注入は、イオン注入装置で発生させた硫黄イオンを真空中で二酸化チタン膜に照射して行う。硫黄イオンを数百keV(キロエレクロトンボルト)に加速できれば、イオン注入装置には特別な制限はない。イオン注入に使用する二酸化チタンは、単結晶の板状または単結晶の薄膜状の単結晶を用いる。イオン注入した薄膜試料の加熱の方法には特に制限はなく、一般的には、電圧電源、温度コントローラが取り付けられた電気炉を用いて空気中で行うが、酸素を含む不活性ガス中の焼成でもかまわない。通常、加熱の温度は600 ℃〜800 ℃(好ましくは700 ℃前後)、時間は2時間〜10時間(好ましくは5時間前後)である。
【0010】
パルスレーザー蒸着を行うには、ターゲット材は二硫化チタン粉末を圧縮成形し、空気中で焼成して作製する。二硫化チタン粉末の合成法には特別な制限はなく、粉末であれば高純度のものが市販されている。ターゲット材に成形する方法には特に制限はなく、一般的には、20 MPa(メガパスカル)程度の圧力で圧縮成形を行いターゲット材とする。ターゲット材の焼成の方法には特に制限はなく、一般的には、電圧電源、温度コントローラが取り付けられた電気炉を用いて空気中で行うが、酸素を含む不活性ガス中の焼成でもかまわない。通常、焼成の温度は100 ℃〜300 ℃(好ましくは200 ℃前後)、時間は2時間〜10時間(好ましくは5時間前後)である。
【0011】
パルスレーザー蒸着法により結晶配向させた硫黄添加二酸化チタン膜を形成させるためには、サファイア(a-Al2O3)単結晶基板を用い、基板温度は350 ℃〜450 ℃(好ましくは400 ℃前後)に制御し、真空中で蒸着を行う。パルスレーザー蒸着法において用いるレーザーは、ターゲット物質を蒸発させることができるものであればいずれでもよいが、好ましくはエキシマレーザー(波長248nm)である。
【0012】
以下、実施例を示して、さらに詳しく本発明について説明する。
【実施例】
【0013】
(実施例1)
ルチル型二酸化チタン単結晶膜は、KrFエキシマレーザーを用いて両面研磨されたa-Al2O3(0001)単結晶基板(10 mm ×10 mm)上に基板温度500℃で成膜を行った。作製したルチル型二酸化チタン単結晶膜の膜厚は約300 nmであった。作製したルチル型二酸化チタン単結晶膜に加速エネルギー150 keVで硫黄のイオン注入を行い、二酸化チタン単結晶膜中に硫黄の添加を行った。その後、加熱温度650℃、6時間、空気中で熱処理を行い、二酸化チタン膜中に添加した硫黄濃度分布および膜の結晶性の変化をラザフォード後方散乱(RBS)測定により評価した。RBS測定結果を図1に示す。図1(a)は、150 keV 硫黄をイオン注入したルチル型二酸化チタン単結晶膜, 図1(b)は、注入後に650℃ 6h 空気中で熱処理した後の試料のRBS測定結果を示している。
【0014】
図1(a)に示すように、横軸の後方散乱エネルギーの高い側から、二酸化チタン膜に含まれるTi原子からの後方散乱ピーク、続いてイオン注入された硫黄原子からの後方散乱ピークが観測できる。このことから、二酸化チタン単結晶膜中に硫黄が添加されていることがわかる。二酸化チタン膜中に含まれる硫黄濃度は、評価の結果、5 at.%(原子数濃度)程度であることがわかった。
【0015】
二酸化チタン膜に含まれるTi原子からの後方散乱ピークに注目すると、解析ビーム(2.7 MeV 4He+)をTiO2<100>軸方向に平行に入射させた場合と非平行に入射させた場合(ランダム入射)の後方散乱ピークがほぼ同じであることから、硫黄のイオン注入によって二酸化チタン膜の結晶が乱れたことが確認できる。
【0016】
図1(b)に示すように、650℃で熱処理を行うと、二酸化チタン膜に含まれるチタンからの後方散乱ピークが、TiO2<100>軸方向に平行に入射させると、その後方散乱収量が低下することから、二酸化チタン膜の結晶の乱れが回復しているが確認できる。以上より、硫黄をイオン注入した二酸化チタン膜を熱処理することにより結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜が得られたことがわかる。
(比較例1)
本発明では、硫黄をイオン注入した二酸化チタン単結晶膜の熱処理温度が重要である。実施例1の比較例として、硫黄のイオン注入した二酸化チタン膜試料を500℃ 6時間 空気中で熱処理し、実施例1と同様にRBS法により評価した結果、硫黄のイオン注入に伴う二酸化チタン単結晶膜の結晶の乱れは回復しなかった。即ち、実施例1に記載した熱処理により、結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜が得られることがわかる。
(実施例2)
二硫化チタン粉末(99.9 %)を20 MPa(メガパスカル)の圧力で圧縮成形し、厚さ3 mm、 直径20 mmの円板状のターゲット材を作製した。さらに作製した円板状ターゲット材を空気中にて電気炉で焼成した。焼成温度は200℃とし、焼成時間は5時間とした。作製したターゲット材の硫黄(S)とチタン(Ti)の組成比は、0.6 (S/Ti)程度であった。パルスレーザー蒸着は、1パルス当たり150 mJ、繰り返し周波数10 Hzのエキシマレーザー(波長 248 nm)を約1×2 mm2の面積に集光させて作製した円板状のターゲット材に真空中(〜10-5Torr)で照射した。ターゲット材より7 cmの距離に蒸着用基板を設置し、基板温度400℃で薄膜を作製した。蒸着した膜の厚さは、約52 nmであった。作製した膜の結晶構造をX線回折法により評価した結果を図2に示す。このX線回折測定の結果からルチル構造のTiO2(100)がa-Al2O3(0001)基板上に成長していることが確認できる。即ち、図2は、サファイア単結晶基板上にパルスレーザー蒸着した硫黄添加二酸化チタン膜のX線回折図である。各ピークはルチル型の二酸化チタンおよびサファイア単結晶基板ピークであり、(100)結晶面に結晶配向した二酸化チタン膜がa-Al2O3(0001)基板上に成長していることが確認できる。
【0017】
膜中に添加した硫黄濃度分布および膜の結晶性の変化をラザフォード後方散乱(RBS)測定により評価した。RBS測定結果を図3に示す。図3に示すように、横軸の後方散乱エネルギーの高い方から、二酸化チタン膜に含まれるTi原子からの後方散乱ピーク、添加した硫黄原子からの後方散乱ビークが確認できることから、二酸化チタン単結晶膜中に硫黄が添加されていることが確認できる。RBSにより膜中に硫黄濃度を評価した結果、2 at.%(原子数濃度)程度の硫黄が添加されていることが分かった。二酸化チタン膜に含まれるTi原子からの後方散乱ピークに注目すると、解析ビーム(2.0 MeV 4He+)をTiO2<100>軸方向に平行に入射したときの後方散乱収量が、結晶軸方向と非平行入射した場合(ランダム入射)の後方散乱ピーク収量の半分以下に低下していることから、二酸化チタン膜が(100)面に結晶配向していることが確認できる。
(比較例2)
本発明では、パルスレーザー蒸着における基板温度が重要である。実施例2の比較例として、実施例2と同様な条件でパルスレーザー蒸着における基板温度を変えて薄膜試料の作製を行い、膜の結晶構造をX線回折法およびRBS法により評価した。基板温度300℃で作製した膜では、硫黄の添加は確認できたが、結晶配向が確認できなかった。基板温度500℃で作製した膜では、結晶配向は確認できたが、膜中の硫黄の存在が確認できなかった。即ち、実施例2に記載した蒸着中の基板温度により、結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜が得られることがわかる。
[発明の効果]
【0018】
以上詳しく説明したとおり、本発明により、結晶欠陥を低減させ光触媒反応の高効率化が期待できる結晶配向した硫黄添加二酸化チタン薄膜の作製が可能となる。可視光応答性を持った新規光触媒薄膜の形成方法として極めて有効である。
【産業上の利用可能性】
【0019】
二酸化チタンは、クリーンな光エネルギーを利用する光触媒材料として空気及び水の浄化、脱臭、殺菌、抗菌などに幅広く利用されているが、本発明のイオン注入法又はパルスレーザー蒸着法により得られた硫黄を添加した結晶配向二酸化チタンは、特に、光触媒膜として窒素酸化物等の有害ガスの分解、除去などの環境浄化への応用やガスセンサー素子への応用が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1に示した薄膜試料のラザフォード後方散乱(RBS)測定結果であり、図1(a)は、150 keV 硫黄をイオン注入したルチル型二酸化チタン単結晶膜, 図1(b)は、イオン注入後に650℃ 6h 空気中で熱処理した後の試料のRBS測定結果を示している。
【図2】実施例2に示した、サファイア単結晶基板上にパルスレーザー蒸着した硫黄添加二酸化チタン膜のX線回折図である。
【図3】実施例2に示した薄膜試料のラザフォード後方散乱(RBS)測定結果を示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン注入法により二酸化チタン単結晶膜に硫黄を添加して作製する結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜の作製方法。
【請求項2】
イオン注入法により硫黄を添加した二酸化チタン膜を温度600 ℃〜800 ℃の空気中で熱処理することを特徴とする請求項1に記載の薄膜の作製方法。
【請求項3】
二硫化チタンを焼成して作製したターゲット材を用いるパルスレーザー蒸着法により作製する結晶配向した硫黄添加二酸化チタン膜の作製方法。
【請求項4】
ターゲット材の作製を、圧縮成形した二硫化チタンを温度100 ℃〜300 ℃の空気中で焼成することを特徴とする請求項3に記載の薄膜の作製方法。
【請求項5】
結晶配向させた硫黄添加二酸化チタン薄膜を形成する基板温度は、350 ℃〜450 ℃に制御され、真空中で蒸着を行う請求項3に記載の薄膜の作製方法。






















【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−213583(P2006−213583A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−30642(P2005−30642)
【出願日】平成17年2月7日(2005.2.7)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】