説明

路面摩擦係数演算装置

【課題】路面摩擦係数演算装置に関し、車両の走行状態に関わらず、路面状況に対応する路面摩擦係数を算出する。
【解決手段】車両に作用する前後加速度を検出する前後加速度検出手段1と、該車両に該前後加速度が検出されない状態での定常走行継続時間を計測する計時手段2と、計時手段2で計測された該定常走行継続時間が第一所定時間以上となったときに、該車両に微少制動力又は微少駆動力を第二所定時間だけ付与する制動駆動力付与手段3と、該微少制動力又は該微少駆動力が付与された後に、該車両が走行する路面の摩擦係数を算出する路面摩擦係数算出手段4とを備える。
計時手段2は、路面摩擦係数算出手段4で該摩擦係数が算出されたときに該走行経過時間をリセットして再び該定常走行継続時間の計測を開始する。これにより、所定時間毎に周期的に路面の摩擦係数が算出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の走行路面と車輪との間の摩擦係数を算出する路面摩擦係数演算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の自動制動装置では、車両が走行する路面の摩擦係数を算出するとともに、この路面摩擦係数の大きさに応じて制動力を加減する制御が実施されている。一般に、摩擦係数が小さい路面ほど摩擦力が減少して滑りやすくなり、車両を停止させるのに必要な制動距離も増大するため、自動制動の制御においては正確な路面摩擦係数の算出が要求される。
【0003】
特許文献1には、車輪のスリップ率と車両に作用する前後加速度とに基づいて路面摩擦係数μの大きさを推定する路面摩擦係数検出装置が記載されている。この技術では、車輪のスリップ率に対する前後加速度の一次の回帰係数を算出し、この回帰係数と路面摩擦係数との相関関係を利用して路面摩擦係数の大きさを推定している。
しかしこの技術では、路面摩擦係数の推定に際し、車両に作用する前後加速度が必要となるため、例えば平坦な路面を定速度で走行しているような走行状態には対応できない。つまり、時々刻々と変化する路面状況に対する応答性に乏しく、誤った路面摩擦係数の推定結果が実制御に用いられるおそれがある。
【0004】
このような課題に対し、特許文献2に記載の技術では、前方物体への衝突を防止するための車両衝突防止装置において、自動急ブレーキの作動前に車輪をロックさせない程度の緩ブレーキを作動させて車輪のスリップ率や車輪加速度等を複数回サンプリングし、これらのサンプリングデータから路面摩擦係数を算出する構成が開示されている。この技術では、前方物体との距離が第1の車間距離以下となったときに緩ブレーキを作動させて正確な路面摩擦係数を把握し、この路面摩擦係数を用いて第2の車間距離を算出し、前方物体との距離がさらに縮んで第2の車間距離未満となったときに自動急ブレーキを作動させている。これらの構成により、路面状態に応じた適正なタイミングで自動制動を行うことができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−132187号公報
【特許文献2】特開平7−17346号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2の技術では、前方物体との距離が緩ブレーキの作動条件とされているため、自動急ブレーキを作動させるべきタイミングに路面摩擦係数の把握が間に合わない可能性がある。例えば、緩ブレーキを作動させて把握した路面摩擦係数を用いて第2の車間距離を算出したときに、前方物体との距離が既に第2の車間距離よりも小さくなっている場合には、適正なタイミングで自動制動を行うことができない。このような課題は、車両の走行速度が高いほど顕著となる。
【0007】
また、特許文献2の技術では、自動急ブレーキの作動前に路面摩擦係数を把握する構成であるため、トラクションコントロールやクルーズコントロールといったアクセル系の制御を含むシステムへの適用が困難であるという課題もある。この点において、特許文献2の技術も時々刻々と変化する路面状況に対する応答性に乏しく、実制御において正確な路面摩擦係数を用いることができない場合が生じる。
【0008】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたもので、簡素な構成で、車両の走行状態に関わらず、路面状況に対応する路面摩擦係数を算出することができるようにした、路面摩擦係数演算装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記目的を達成するため、本発明の路面摩擦係数演算装置は、車両に前後加速度が作用しない定常走行状態を検出する定常走行状態検出手段と、該定常走行状態検出手段で検出される該定常走行状態の継続時間を計測する計時手段と、該計時手段で計測された該継続時間が第一所定時間以上となったときに、該車両に微少制動力又は微少駆動力を第二所定時間だけ付与する制動駆動力付与手段と、該制動駆動力付与手段によって該微少制動力又は該微少駆動力が付与された後に、該車両が走行する路面の摩擦係数を算出する路面摩擦係数算出手段とを備え、該計時手段が、該路面摩擦係数算出手段で該摩擦係数が算出されたときに該継続時間をリセットするとともに、再び該継続時間の計測を開始することを特徴としている。
【0010】
この場合、該定常走行状態では、該計時手段において周期的に該走行経過時間が計時される。また、該制動駆動力付与手段では、該車両の車輪に対して周期的に該微少制動力又は該微少駆動力が付与される。したがって、該路面摩擦係数算出手段では、周期的に該摩擦係数が算出される。
なお、該微少制動力とは、該車両の運転者に感知されない程度の小さな制動力であり、警報,報知の範疇に入る程度の弱いブレーキ(例えば、0.8秒以内で0.25G以下の減速度を生じさせるブレーキであって、制動制御であるとはみなされないブレーキ)とすることが考えられる。
【0011】
また、該微少駆動力とは、該車両の運転者に感知されない程度の小さな制動力であり、警報,報知の範疇に入る程度の弱いアクセル(例えば、0.8秒以内で0.25G以下の加速度を生じさせるアクセル)とすることが考えられる。
【0012】
(2)また、車速を検出する車速検出手段と、該車両の駆動輪の車輪速を検出する車輪速検出手段とをさらに備え、該路面摩擦係数算出手段が、該車速検出手段で検出された該車速と該車輪速検出手段で検出された該車輪速とに基づいて該摩擦係数を算出することが好ましい。
【0013】
(3)また、該路面摩擦係数算出手段が、該定常走行状態検出手段で該定常走行状態が検出されたときに、該摩擦係数を算出することが好ましい。
つまり、該前後加速度が検出されない走行状態では、周期的に該微少制動力又は該微少駆動力が付与されて該摩擦係数が算出される一方、該前後加速度が検出される走行状態では、その該前後加速度を利用して該摩擦係数が算出される。
【0014】
(4)また、該車両に搭載されたワイパー装置の作動又は非作動状態を検出するワイパーセンサをさらに備え、該制動駆動力付与手段が、該ワイパーセンサで該ワイパーの作動状態の変化が検出されたときに、該微少制動力又は該微少駆動力を付与することが好ましい。
【0015】
(5)また、該車両の周囲の環境照度を検出する照度センサをさらに備え、該制動駆動力付与手段が、該照度センサで検出された該環境照度の変化量が所定量以上であるときに、該微少制動力又は該微少駆動力を付与することが好ましい。
【0016】
(6)また、該車両の外気温を検出する外気温センサをさらに備え、該制動駆動力付与手段が、該外気温センサで検出された該外気温に係る条件に基づいて、該微少制動力又は該微少駆動力を付与することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の路面摩擦係数演算装置によれば、車両に前後加速度が作用しない定常走行状態においても、所定時間毎に周期的に路面の摩擦係数を算出することができ、時々刻々と変化する路面状況に対応する路面摩擦係数を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る路面摩擦係数演算装置が適用された車両の構成を示すブロック構成図である。
【図2】本路面摩擦係数演算装置の制御手順を示すフローチャートである。
【図3】本路面摩擦係数演算装置の制御内容を示すタイムチャートであり、(a)は定常又は非定常の走行状態、(b)は定常走行継続時間の変動、(c)は自動制動力の付与条件成立の正否、(d)は自動制動力の付与の有無、(e)は路面摩擦係数の算出状態、を示す。
【図4】本路面摩擦係数演算装置を備えた車両の走行状態を示す模式的な側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面により、本発明の実施の形態について説明する。
[1.全体構成]
図1に、本発明の路面摩擦係数演算装置として機能するECU10を備えた車両20を例示する。このECU10は、制御プログラムや制御マップ等の記憶に供される記憶装置(ROM,RAM等)と中央処理装置(CPU)とを備えた電子制御ユニットである。図1中に示されたブロック構成は、ECU10内で演算処理されるプログラムの諸機能を視覚化して示したものである。
【0020】
ECU10は、その出力側に接続されたブレーキECU6に対して制動指令を発する機能と、路面摩擦係数μを算出する機能とを備える。ここで算出される路面摩擦係数μは、ブレーキECU6における制動制御に用いられるほか、トラクションコントロールやクルーズコントロールといったアクセル系の制御にも用いられる。なお、アクセル系の制御に係る電子制御ユニットについては図示を省略する。
【0021】
ブレーキECU6は、車両20に設けられた車輪21に制動力を付与する制御を実施する電子制御ユニットである。ここでいう車輪21には駆動輪及び従動輪が含まれる。ブレーキECU6では、被害軽減ブレーキ制御,自動制動制御,ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)制御,VSC(ビークル・スタビリティ・コントロール)制御といったブレーキ系の制御が実施される。
【0022】
被害軽減ブレーキ制御とは、車両前方の障害物との衝突による被害を軽減するための制動制御である。本実施形態に係る被害軽減ブレーキ制御では、前方障害物までの距離及び相対速度を検出し、距離を相対速度で除した値をTTC(衝突余裕時間,Time to collision)として算出する。このTTCが第一閾値未満となったときに障害物との衝突の可能性があると判断し、弱い制動力や音声,画面表示により運転者へ警報,報知を行う。また、TTCがさらに小さい第二閾値未満となったときには衝突が避けられないものと判断し、衝突時の速度を低下させるための強い制動力を付与する。
【0023】
本ECU10によって出力されるブレーキECU6への制動指令は、上記の被害軽減ブレーキ制御における「弱い制動力」よりもさらに弱く、短時間かつ減速度の小さい微少制動力を付与させる指令である。すなわち、車両20を減速させるための制動制御ではなく、路面摩擦係数μを算出するのに必要な減速度(前後加速度)を瞬間的に生じさせるための制動である。したがって、車輪21に付与されるべき微少制動力の大きさは、路面摩擦係数μの算出に係るパラメータのセンシング精度に依存する。本実施形態の構成においては、車速センサ11,前後加速度センサ12及び駆動輪速センサ18のセンシング精度が高ければ高いほど、微少制動力を小さく設定することが可能である。
【0024】
ECU10の入力側には、車速センサ11,前後加速度センサ12,ブレーキストロークセンサ13及びアクセルスロットルセンサ14が接続されている。
車速センサ11は、車両20の車速に対応する従動輪の回転角速度ωBを検出するセンサである。ここで検出された従動輪の回転角速度ωBは、ECU10へ入力されている。また、前後加速度センサ12は、車両20に作用する前後方向の加減速度(前後加速度G)を検出するセンサである。ECU10には、ここで検出された前後加速度Gが入力されている。これらの車速センサ11及び前後加速度センサ12での検出情報は、ECU10内において路面勾配を算出するのに用いられる。
【0025】
ブレーキストロークセンサ13は、運転者によるブレーキペダルの踏み込み量Bを検出するセンサである。また、アクセルスロットルセンサ14は、運転者によるアクセルペダルの踏み込み量Aを検出するセンサである。本実施形態では、これらのセンサ13,14で検出された各踏み込み量A,BがECU10に入力されている。
上記の車速センサ11,前後加速度センサ12,ブレーキストロークセンサ13及びアクセルスロットルセンサ14での検出情報は、車両20に前後加速度Gが作用しているか否かをECU10が判断するために用いられる情報である。つまりここでは、駆動輪がスリップ傾向又はロック傾向となる条件判定にこれらの情報が使用されている。本実施形態では、車両20に前後加速度Gが作用していない走行状態(すなわち、前後加速度Gが0を含む所定の範囲内の加減速度である状態)のことを定常走行状態と呼び、それ以外の走行状態のことを非定常走行状態と呼ぶ。非定常走行状態としては、例えば登坂路の走行時や降坂路の走行時,ブレーキ踏み込み時,アクセル踏み込み時等が挙げられる。
【0026】
さらに、ECU10の入力側には、ワイパーセンサ15,照度センサ16,外気温センサ17,駆動輪速センサ18及びミリ波レーダ19が接続されている。ワイパーセンサ15は、車両20のフロントガラス面又はリアガラス面に設けられたワイパーの作動状態を検出するセンサである。ここでは、ワイパーが作動しているか否かの情報がECU10に入力されている。
【0027】
照度センサ16は車両20の周囲の環境照度(例えば、車両20の車体表面の照度や走行路面の照度等)を検出するセンサであり、外気温センサ17は車両20の外気温を検出するセンサである。上記のワイパーセンサ15,照度センサ16及び外気温センサ17での検出情報は、ブレーキECU6へ制動指令を出力するか否かを判断するために用いられる情報である。
【0028】
駆動輪速センサ18は、駆動輪の回転角速度ωAを検出するセンサである。ここで検出された駆動輪の回転角速度ωAは、ECU10へ入力されている。また、ミリ波レーダ19は、ミリ波帯の電波の反射波におけるドップラ変調特性から、車両20の前方の障害物までの距離D及び相対速度VRを検出するレーダーセンサである。なお、相対速度VRは、距離Dに時間微分処理を施すことによって算出してもよい。ここで検出された障害物までの距離D及び相対速度VRは、被害軽減ブレーキ制御におけるTTCの算出に用いられる。
【0029】
[2.ECUの構成]
ECU10は、定常走行状態検出部1,計時部2,TTC算出部3,自動制動力付与部4及び路面摩擦係数算出部5を備えて構成される。
定常走行状態検出部1(定常走行状態検出手段)は、車両20が定常走行状態であるか、それとも非定常走行状態であるかを検出するものである。定常走行状態とは、車両20に前後加速度Gが作用しない走行状態である。定常走行状態検出部1は、路面勾配検出部1a,ブレーキ操作検出部1b及びアクセル操作検出部1cを備えて構成される。
【0030】
路面勾配検出部1aは、後述する路面摩擦係数算出部5で算出される車速VB及び前後加速度センサ12で検出された前後加速度Gに基づき、路面勾配を検出するものである。前後加速度Gには、路面勾配によって生じる加速度と、車両20の加速,減速によって生じる加速度とが含まれる。そこで、路面勾配検出部1aは、車速VBを微分処理して車両加速度を求め、前後加速度Gからこの車両加速度を減算する。これにより、路面勾配によって生じた加速度のみを算出し、路面勾配を把握する。
【0031】
ブレーキ操作検出部1bは、ブレーキストロークセンサ13から入力されたブレーキペダルの踏み込み量Bに基づき、ブレーキペダルの踏み込みの有無を検出するものである。ここでは、踏み込み量Bが所定踏み込み量B0以上である場合に、前後加速度Gを減少させる程度のブレーキペダルの踏み込みがなされているものと判断される。
同様に、アクセル操作検出部1cは、アクセルスロットルセンサ14から入力されたアクセルペダルの踏み込み量Aに基づき、アクセルペダルの踏み込みの有無を検出するものである。ここでは、踏み込み量Aが所定踏み込み量A0以上である場合に、前後加速度Gを増大させる程度のアクセルペダルの踏み込みがなされているものと判断される。
【0032】
また、定常走行状態検出部1は、路面勾配検出部1a,ブレーキ操作検出部1b及びアクセル操作検出部1cでの判断結果に基づき、以下に示す条件(1)〜(3)の全てが成立する場合に、車両20の走行状態が定常走行状態であると判定する。なお、条件(1)〜(3)の少なくとも何れか一つが不成立の場合には、車両20の走行状態が非定常走行状態であると判定する。
(1)前後加速度Gを減少させる程度のブレーキペダルの踏み込みがない
(2)前後加速度Gを増大させる程度のアクセルペダルの踏み込みがない
(3)路面勾配が平坦である(0°を含む所定の範囲内の勾配である)
【0033】
計時部2(計時手段)は、定常走行状態検出部1で判定された定常走行状態の継続時間を計測するタイマカウンタであり、上記の条件(1)〜(3)の全てが成立した時点からカウントを開始する。ここでカウントされる時間のことを以下、定常走行継続時間T(定常走行状態の継続時間)と呼ぶ。
【0034】
また、計時部2は、定常走行継続時間Tが第一所定時間T1に達した場合、あるいは、後述する路面摩擦係数算出部5で路面摩擦係数μが算出された場合には、定常走行継続時間Tをリセットして、再び0から定常走行継続時間Tのカウントを開始するように構成されている。つまり、定常走行状態では、計時部2によって定常走行継続時間Tのカウントが周期的に繰り返される。
【0035】
TTC算出部3は、ミリ波レーダ19で検出された前方障害物までの距離D及び相対速度VRに基づき、TTCを算出するものである。TTCは以下の式1に従って算出される。
TTC=D/VR ・・・(式1)
自動制動力付与部4(制動駆動力付与手段)は、計時部2でカウントされる定常走行継続時間Tが第一所定時間T1に達したときに、ブレーキECU6へ制動指令を出力するものである。ここでは、車両20の微少制動力を第二所定時間T2だけ付与させる制動指令が出力される。この制動指令は、例えば、改正「前方障害物衝突軽減制動装置の技術指針」(平成17年11月15日,国自技第181号)に規定された、警報,報知の範疇に入る程度の弱いブレーキ(0.8秒以内で0.25G未満の制動)の指令である。
【0036】
また、自動制動力付与部4は、定常走行継続時間Tの値に関わらず、TTC算出部3での算出結果と、ワイパーセンサ15,照度センサ16及び外気温センサ17での検出結果とに基づき、ブレーキECU6へ制動指令を出力する。制動指令の出力条件は、以下に示す条件(4)〜(7)の何れか一つが成立する場合である。これらの条件(4)〜(7)を自動制動力の付与条件と呼ぶ。
(4)TTCが第一閾値未満である
(5)ワイパーの作動状態がオフからオンへと変化した
(6)環境照度の変化量が所定量以上である
(7)外気温が所定温度閾値を超えて昇温又は降温した
【0037】
条件(4)は、被害軽減ブレーキ制御において障害物との衝突の可能性があると判断されるTTCの条件と同一である。つまり、被害軽減ブレーキ制御における運転者へ警報,報知のための制動制御条件が路面摩擦係数μの算出のための制動制御条件として流用されている。また、条件(5)は、降雨や降雪により運転者がワイパーを作動させ始めたときに成立する条件である。ここでは、ワイパーの作動状態が天候の指標として判断されている。
【0038】
条件(6)は、車両20がトンネル内へ進入したときやトンネルから外へ進出したときに成立する条件である。ここでは、車両20の周囲の環境照度が路面環境の指標として判断されている。また、条件(7)は、例えば外気温が氷点下となり降雨が降雪に変化したときや、気温が上昇して降雪が降雨に変化したような場合に成立する条件である。ここでは、外気温が路面環境の指標として判断されている。
【0039】
路面摩擦係数算出部5(路面摩擦係数算出手段)は、駆動輪速センサ18で検出された駆動輪の回転角速度ωAと車速センサ11で検出された従動輪の回転角速度ωBとに基づき、車両20が走行する路面の摩擦係数μを算出するものである。路面摩擦係数算出部5は、車速検出部5a及び車輪速検出部5bを備えて構成される。
車速検出部5aは、従動輪の回転角速度ωBから車速VBを算出する。また、車輪速検出部5bは、駆動輪の回転角速度ωAから駆動輪速VAを算出する。これらの駆動輪速VA及び車速VBを用いて、路面摩擦係数算出部5では路面摩擦係数μが算出される。なお、具体的な路面摩擦係数μの算定手法については任意であり、例えば前述の特許文献1に記載されたように、駆動輪速VA及び車速VBからスリップ率を推定するとともに、前後加速度センサ12で検出された前後加速度Gのスリップ率に対する一次の回帰係数Kを算出し、回帰係数Kの大きさに応じて路面摩擦係数μの大きさを定める構成としてもよい。
【0040】
路面摩擦係数算出部5における路面摩擦係数μの算出条件は以下の通りである。
(A)微少制動力が付与された直後である
(B)車両20の走行状態が非定常走行状態である
ここで算出された路面摩擦係数μは、図示しない記憶装置(メモリ)に記憶され、ブレーキECU6やアクセル系の制御に係る電子制御ユニットへ出力される。なお、路面摩擦係数算出部5は、新たな路面摩擦係数μを算出する毎にその値を更新して記憶装置に記憶する。
【0041】
[3.フローチャート]
ECU10では、図2に示すフローチャートに従って制御が実施される。このフローは、予め設定された所定周期で繰り返し実行されている。なお、定常走行継続時間Tの初期値はT=0であるとする。
ステップA10では、定常走行継続時間Tの値に依存しない自動制動力の付与条件が判断される。すなわち、自動制動力付与部4において、上記の条件(4)〜(7)がそれぞれ成立するか否かが判定される。これらの条件(4)〜(7)の全てが不成立である場合にはステップA20へ進み、少なくとも何れか一つが成立する場合には、ステップA50へ進む。
【0042】
ステップA20では、計時部2において定常走行継続時間Tのカウントが継続(例えば、変数TにT+1の値を代入)される。続くステップA30では、定常走行継続時間Tが第一所定時間T1未満であるか否かが判定される。ここで。T<T1である場合にはステップA40へ進み、T≧T1である場合にはステップA50へ進む。
ステップA40では、定常走行状態検出部1において、車両20が定常走行状態であるか否かが判定される。つまり、車両20に前後加速度Gが作用していない状態であるか否かが判定され、換言すれば、路面摩擦係数μの算出が可能な走行状態であるか否かが判定される。ここで、定常走行状態である場合にはそのままフローを終了し、定常走行状態でない場合にはステップA60へ進む。
【0043】
したがって、車両20が定常走行状態であるときには、上記の条件(4)〜(7)の何れかが成立しない限り、ステップA10〜A40の制御内容が繰り返されて、定常走行継続時間Tのカウントが継続される。その後、定常走行継続時間Tが第一所定時間T1以上になると、ステップA50が実施される。
ステップA50では、自動制動力付与部4において、微少制動力の付与指令がブレーキECU6へ出力される。これを受けてブレーキECU6では、車輪21に制動力を付与する制御が実施される。ここで付与される微少制動力の大きさは警報,報知の範疇に入る程度の弱さであり、その継続時間は第二所定時間T2である。その後、ステップA60では、路面摩擦係数算出部5において、路面摩擦係数μが算出される。また、続くステップA70では、定常走行継続時間TがT=0にリセットされ、本フローが終了する。
【0044】
なお、ステップA40において車両20が非定常走行状態であると判定されるのは、登坂時や降坂時,加速時,減速時であるから、微少制動力の付与に係るステップA50がスキップされ、ステップA60で路面摩擦係数μが算出される。
本路面摩擦係数演算装置で実施される制御条件と制御内容とをまとめると、以下の通りである。
【0045】
【表1】

【0046】
[4.作用,効果]
[4−1.走行状態に応じた制御]
本路面摩擦係数演算装置による制御内容を示すタイムチャートを図3(a)〜(e)に例示する。図3(a)に示すように、時刻t0から時刻t1までの間、車両20は登坂路を走行している。このとき車両20は非定常走行状態にあり、車両20に前後加速度Gが作用しているため、路面摩擦係数μの算出が可能である。したがって、図3(e)に示すように、時刻t1までの間は、路面摩擦係数算出部5において路面摩擦係数μが随時算出され、その値が更新される。
【0047】
時刻t1に路面が平坦になり、車両20に前後加速度Gが生じない走行状態になると、定常走行状態検出部1において、車両20が定常走行状態であると判定される。このとき、計時部2において定常走行継続時間Tのカウントが開始される。図3(b)に示すように、定常走行継続時間Tは時間の経過とともに増大する。
その後、時刻t1から第一所定時間T1が経過した時刻t2になると、自動制動力付与部4から微少制動力の制動指令がブレーキECU6へ出力される。これにより、図3(d)に示すように、時刻t2から第二所定時間T2が経過する時刻t3までの間、車輪21に微少制動力が付与される。微少制動力は警報,報知の範疇に入る程度の弱いブレーキであるから、車両20の運転者に違和感を与えない。
【0048】
微少制動力の付与がなされた時刻t3には、図3(e)に示すように、路面摩擦係数算出部5において路面摩擦係数μの算出がなされ、その値が更新されて記憶される。路面摩擦係数算出部5では、車速検出部5aで検出された車速VBと車輪速検出部5bで検出された駆動輪速VAとを用いて路面摩擦係数μを算出するため、簡素な演算構成で正確な路面摩擦係数μを算出することができる。また、計時部2では定常走行継続時間TがT=0にリセットされ、カウントが再開される。
【0049】
時刻t3から第一所定時間T1が経過した時刻t4になると、再び自動制動力付与部4から微少制動力の制動指令がブレーキECU6へ出力される。これにより、図3(d)に示すように、時刻t4から第二所定時間T2が経過する時刻t5までの間、車輪21に微少制動力が付与される。そして時刻t5には、路面摩擦係数μの算出がなされ、その値が更新されて記憶される。
【0050】
このように、登坂路や降坂路,加減速時など、車両20に前後加速度Gが作用する非定常走行状態下だけでなく、車両20に前後加速度Gが作用しない定常走行状態において、第一所定時間T1毎の間隔で路面摩擦係数μを繰り返し算出することができる。また、算出された路面摩擦係数μはその都度、路面摩擦係数算出部5において更新して記憶されるため、時々刻々と変化する路面状況に対応する路面摩擦係数μを常に把握しておくことができる。
【0051】
さらに、ここで算出された路面摩擦係数μは、被害軽減ブレーキ制御,自動制動制御,ABS制御,VSC制御といったブレーキ系の制御だけでなく、トラクションコントロールやクルーズコントロールといったアクセル系の制御にも使用されるため、車両20の挙動を従来よりも正確に制御することが可能となる。特に、本路面摩擦係数演算装置では路面摩擦係数μの値が常時更新されるため、路面摩擦係数μが必要となるタイミングの予測が困難な制御に対して有効であり、制御精度を格段に向上させることができる。
【0052】
なお、時刻t0から時刻t1の間では、車両20に作用する前後加速度Gが検出されるため、この前後加速度Gを利用して路面摩擦係数μが算出される。このように、前後加速度Gが車両20に作用している非定常走行状態では、その前後加速度Gを最大限利用して、車両に微少制動力を与えることなく路面摩擦係数μを算出することができる。これにより、微少制動力を付与する頻度が減少し、ブレーキ寿命への影響を減少させることができる。
【0053】
一方、車両20とその前方車両との距離が接近し、時刻t5から第一所定時間T1が経過する前の時刻t6にTTC算出部3で算出されたTTCが第一閾値未満になると、自動制動力付与部4において自動制動力の付与条件の一つである条件(4)が成立する。これにより、定常走行継続時間Tの値に関わらず、自動制動力付与部4からブレーキECU6へと微少制動力の制動指令が出力される。
【0054】
したがって、図3(d)に示すように、時刻t6から第二所定時間T2が経過する時刻t7までの間、車輪21に微少制動力が付与される。時刻t7には、路面摩擦係数μの算出がなされてその値が更新されるとともに、定常走行継続時間Tがリセットされる。
【0055】
[4−2.天候に応じた制御]
図3(d)に示された時刻t7において、自動制動力の付与条件が成立するその他の状況を図4に例示する。日中の降雨時に屋外を走行する車両20に関して、その車両20が図4中に符号Xで示された位置にあるとき、ワイパーセンサ15ではワイパーの作動状態(オン)が検出され、照度センサ16ではやや明るめの環境照度が検出される。このとき、屋外路面R1は雨で濡れた状態であり、路面摩擦係数μが比較的小さい値である。
【0056】
一方、車両20がトンネル22内に進入し、車両20が図4中に符号Yで示された位置にあるとき、運転者がワイパーを停止させたとすると、ワイパーセンサ15においてワイパーの作動状態の変化(すなわち、オフ)が検出される。このとき、自動制動力の付与条件の一つである条件(5)が成立する。これにより、定常走行継続時間Tの値に関わらず、自動制動力付与部4から微少制動力の制動指令が出力される。車輪21に微少制動力が付与されると路面摩擦係数算出部5において路面摩擦係数μが算出され、その値が更新記憶される。ここで更新される路面摩擦係数μは、トンネル22の内部路面R2の路面摩擦係数μであり、屋外路面R1の路面摩擦係数μよりも大きい値である。
【0057】
このように、ワイパーセンサ15の検出情報を利用して微少制動力の付与及び路面摩擦係数μの算出を行うことにより、天候や路面状態の変化に即座に対応して路面摩擦係数μを算出することができる。特に、降雨によって低下する路面摩擦係数μを素早く把握することができる。
【0058】
[4−3.走行環境に応じた制御]
また、トンネル22の内部は外部よりも暗いため、車両20がトンネル22内に進入したときには照度センサ16において環境照度の減少が検出される。このとき、自動制動力の付与条件の一つである条件(6)が成立すると、定常走行継続時間Tの値に関わらず、自動制動力付与部4から微少制動力の制動指令が出力される。そして微少制動力の付与後、路面摩擦係数μが算出され、その値が更新記憶される。
【0059】
このように、照度センサ16の検出情報を利用して微少制動力の付与及び路面摩擦係数μの算出を行うことにより、走行環境の変化に即座に対応して路面摩擦係数μを算出することができる。特に、トンネル22の内外で路面の状態が異なる場合であっても、屋外路面R1及び内部路面R2のそれぞれの路面摩擦係数μを素早く把握することができる。
【0060】
[5.その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
例えば、上述の実施形態におけるECU10の入力側に接続されるセンサ類の具体的な種類は任意である。すなわち、従動輪の回転角速度ωBに基づいて車速VBを検出する車速センサ11の代わりに、レーダーセンサや超音波センサ,ジャイロセンサ等を用いて車両20の路面に対する相対速度を検出する構成としてもよい。あるいは、駆動輪の回転角速度ωAに基づいて駆動輪速VAを検出する駆動輪速センサ18の代わりに、トランスミッションやディファレンシャルギヤの回転角速度に基づいて駆動輪速VAを検出するようなセンサを用いてもよい。
【0061】
また、上述の実施形態では、車両20の走行状態が定常走行状態であると判定するための三つの条件が記載されているが、この条件は適宜変更することができる。定常走行状態検出部1は、少なくとも車両20に前後加速度Gが作用しない走行状態であることを検出するものであればよい。
また、上述の実施形態では、四つの自動制動力の付与条件が記載されているが、これらの条件も適宜変更である。条件(7)に関して、車両20の外気温に関する条件設定は種々考えられる。上述の条件(7)では、外気温が所定温度閾値を超えて昇温又は降温した場合に微少制動力の付与及び路面摩擦係数μの算出がなされるため、外気温の変化に即座に対応して摩擦係数を算出することができる。特に、所定温度閾値を0℃に設定すると、水にぬれた路面と凍結路面との識別が可能であり、外気温に応じて変動する路面摩擦係数μを素早く把握することができる。
【0062】
なお、路面摩擦係数μは路面の表面温度との相関が認められるため、路面の表面温度に関する自動制動力の付与条件を設けてもよい。
また、上述の実施形態では、車両に付与する微少制動力として0.8秒以内かつ0.25G以下の減速度を生じさせる制動力を例示したが、制動力の大きさはこれに限定されない。なお、ECU10による制御では必ずしも車両20を減速させる必要がない。微少制動力の大きさは、少なくとも路面摩擦係数μの算出に支障のない範囲で小さいほど好ましい。
【0063】
また、上述の実施形態では、路面摩擦係数μの算出に際し、車輪21に微少制動力を付与するものを例示したが、微少制動力の代わりに微少駆動力を付与してもよい。この場合、微少駆動力とは車両の運転者に感知されない程度の小さな駆動力であって、短時間かつ加速度の小さい駆動力(例えば、0.8秒以内で0.25G以下の加速度を生じさせるアクセル)とすることが考えられる。このような構成においても、車両21に生じる僅かな前後加速度を利用して路面摩擦係数μを算出することができる。
【符号の説明】
【0064】
1 定常走行状態検出部(定常走行状態検出手段)
1a 路面勾配検出部
1b ブレーキ操作検出部
1c アクセル操作検出部
2 計時部(計時手段)
3 TTC算出部
4 自動制動力付与部(制動駆動力付与手段)
5 路面摩擦係数算出部(路面摩擦係数算出手段)
5a 車速検出部(車速検出手段)
5b 車輪速検出部(車輪速検出手段)
6 ブレーキECU
10 ECU(路面摩擦係数演算装置)
11 車速センサ
12 前後加速度センサ
13 ブレーキストロークセンサ
14 アクセルスロットルセンサ
15 ワイパーセンサ
16 照度センサ
17 外気温センサ
18 駆動輪速センサ
19 ミリ波レーダ
20 車両
21 車輪
22 トンネル
R1 屋外路面
R2 内部路面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に前後加速度が作用しない定常走行状態を検出する定常走行状態検出手段と、
該定常走行状態検出手段で検出される該定常走行状態の継続時間を計測する計時手段と、
該計時手段で計測された該継続時間が第一所定時間以上となったときに、該車両に微少制動力又は微少駆動力を第二所定時間だけ付与する制動駆動力付与手段と、
該制動駆動力付与手段によって該微少制動力又は該微少駆動力が付与された後に、該車両が走行する路面の摩擦係数を算出する路面摩擦係数算出手段とを備え、
該計時手段が、該路面摩擦係数算出手段で該摩擦係数が算出されたときに該継続時間をリセットするとともに、再び該継続時間の計測を開始する
ことを特徴とする、路面摩擦係数演算装置。
【請求項2】
該車両の車速を検出する車速検出手段と、
該車両の駆動輪の車輪速を検出する車輪速検出手段とをさらに備え、
該路面摩擦係数算出手段が、該車速検出手段で検出された該車速と該車輪速検出手段で検出された該車輪速とに基づいて該摩擦係数を算出する
ことを特徴とする、請求項1記載の路面摩擦係数演算装置。
【請求項3】
該路面摩擦係数算出手段が、該定常走行状態検出手段で該定常走行状態が検出されたときに、該摩擦係数を算出する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載の路面摩擦係数演算装置。
【請求項4】
該車両に搭載されたワイパー装置の作動又は非作動状態を検出するワイパーセンサをさらに備え、
該制動駆動力付与手段が、該ワイパーセンサで該ワイパーの作動状態の変化が検出されたときに、該微少制動力又は該微少駆動力を付与する
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の路面摩擦係数演算装置。
【請求項5】
該車両の周囲の環境照度を検出する照度センサをさらに備え、
該制動駆動力付与手段が、該照度センサで検出された該環境照度の変化量が所定量以上であるときに、該微少制動力又は該微少駆動力を付与する
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載の路面摩擦係数演算装置。
【請求項6】
該車両の外気温を検出する外気温センサをさらに備え、
該制動駆動力付与手段が、該外気温センサで検出された該外気温に係る条件に基づいて、該微少制動力又は該微少駆動力を付与する
ことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載の路面摩擦係数演算装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−51519(P2011−51519A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203643(P2009−203643)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(303002158)三菱ふそうトラック・バス株式会社 (1,037)
【Fターム(参考)】