説明

転がり摺動部材及び転動装置

【課題】大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部材及び転動装置を提供する。
【解決手段】スラスト玉軸受の内輪1,外輪2と玉3との接触面においては、内輪1,外輪2,玉3の母材にDLC層Dが被覆されている。DLC層Dは、炭素からなるカーボン層Cと、タングステン及び炭素からなる複合カーボン層FCと、タングステンからなる第一金属層M1と、タングステン及びクロムからなる複合金属層FMと、クロムからなる第二金属層M2と、で構成され、これら5層はDLC層Dの表面側から上記の順に配されている。母材のうちDLC層Dが被覆されている部分は、表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下とされている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑性に優れる転がり摺動部材及び該転がり摺動部材で構成された転動装置に係り、特に、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部材及び転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン(以降はDLCと記すこともある)は、その表面がダイヤモンドに準ずる硬さを有し、摺動抵抗も摩擦係数が0.2以下と二硫化モリブデンやフッ素樹脂と同様に小さいことから、従来から潤滑性材料として使用されている。
例えば、磁気ディスク装置においては、磁気素子又は磁気ディスクの表面に数十オングストロームのDLC膜を形成することにより、磁気素子と磁気ディスクとの間の潤滑性を高めて磁気ディスクの表面を保護している。
【0003】
一方、上記のような特異な表面の性質から、DLCは転がり摺動部材の新たな潤滑性材料として注目されており、近年、軸受への潤滑性の付与に利用されている。
例えば、特許文献1には、軌道輪の軌道面や転動体の表面に金属を含有するDLC膜を備えた転がり軸受が開示されている。この転がり軸受においては、前記DLC膜により接触応力が緩和される。
【0004】
また、CVD法,プラズマCVD法,イオンビーム形成法,イオン化蒸着法,非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリング法等によって、軌道輪の軌道面や転動体の表面にDLC膜を形成した転がり軸受等の転動装置が知られている(例えば、特許文献2〜7を参照)。
【特許文献1】国際公開WO99/14512号公報
【特許文献2】特開平9−144764号公報
【特許文献3】特開2000−136828号公報
【特許文献4】特開2000−205277号公報
【特許文献5】特開2000−205279号公報
【特許文献6】特開2000−205280号公報
【特許文献7】特開2003−56575号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献7に記載の技術によれば、繰り返し応力によるDLC膜の破損や母材からのDLC膜の剥離が生じにくいので、転がり軸受等の転動装置は、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても使用可能であるが、さらに大きな接触応力が作用するような条件下での使用を考えると、さらなる改良が望まれる。
上記のような破損が起きる原因としては、以下の2点が考えられる。
【0006】
まず、1点目は、鋼とDLC膜との密着性を向上させるために介在された金属中間層の脆性化の問題である。すなわち、金属中間層を構成する金属とDLC膜を構成する炭素とが結合して脆さを有する金属カーバイドが生成するため、金属中間層が脆性化して、DLC膜が破損しやすくなるのである。そして、金属中間層が1種の金属で構成されている場合は金属カーバイドの脆さが大きいため、破損の要因となりやすい。
【0007】
2点目は、DLC膜は、応力が作用しても非常に変形しにくい性質を有しているという問題である。DLCは硬く高弾性であるので、ステンレス鋼や軸受鋼等のような等価弾性定数の小さい金属材料に被覆されていると、両者の等価弾性定数の違いから、母材の変形にDLCが追従することができずに、DLC膜が破損する場合がある。
また、母材とDLC膜の界面における密着力が不十分であると、DLC膜全体が母材から剥離するおそれもある。
【0008】
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部材を提供することを課題とする。また、このような転がり摺動部材を備える、潤滑性に優れた転動装置を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転がり摺動部材は、相手部材との間で相対的な転がり接触又はすべり接触が生じる転がり摺動部材において、下記の4つの条件を満足することを特徴とする。
条件1:前記相手部材との接触面においては、鋼製の母材に潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている。
【0010】
条件2:前記母材のうち前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分は、表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下である。
条件3:前記ダイヤモンドライクカーボン層は、炭素からなるカーボン層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及び炭素からなる複合カーボン層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属からなる第一金属層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及びクロムからなる複合金属層と、クロムからなる第二金属層と、の5層で構成されている。
【0011】
条件4:前記5層は、前記ダイヤモンドライクカーボン層の表面側から前記カーボン層,前記複合カーボン層,前記第一金属層,前記複合金属層,前記第二金属層の順に配されている。
このような転がり摺動部材は、鋼製の母材と前記カーボン層との間に前記複合カーボン層,前記第一金属層,前記複合金属層,及び前記第二金属層が介在しているので、潤滑性に優れた前記ダイヤモンドライクカーボン層(以降においてはDLC層と記すこともある)と鋼製の母材との密着性が優れている。また、DLC層を構成する前記5層同士の密着性も優れている。
【0012】
また、複合金属層が2種の金属(シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及びクロム)で構成されているので、該金属と炭素とが結合して金属カーバイドが生成されたとしても、金属カーバイドの脆さが小さい。よって、繰り返し応力やせん断力が負荷されてもDLC層が破損しにくい。
【0013】
さらに、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下であると、鋼製の母材と第二金属層とが十分な面積で接触できるので、DLC層の剥離が生じにくくなる。表面粗さRaが0.03μm未満であると、母材と第二金属層との接触面積が小さくなるため、十分な密着力が確保できなくなるおそれがある。一方、表面粗さRaが0.2μm超過であると、DLC層の最表面の粗さが悪くなり相手部材との接触時にDLC層の表面に油膜が形成されにくくなるため、DLC層の剥離や音響の増大が生じるおそれがある。このような不都合がより生じにくくするためには、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaは0.05μm以上0.2μm以下であることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る請求項2の転がり摺動部材は、請求項1に記載の転がり摺動部材において、前記複合カーボン層中の炭素の割合が、前記第一金属層側から前記カーボン層側に向かって徐々に増加していることを特徴とする。
このような構成であれば、DLC層と鋼製の母材との密着性がより優れているので、DLC層の剥離がより生じにくい。
【0015】
さらに、本発明に係る請求項3の転がり摺動部材は、請求項1又は請求項2に記載の転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100GPa以上240GPa以下であることを特徴とする。
このような構成であれば、母材である鋼よりもDLCの方が小さい等価弾性定数を有することとなるので、繰り返し応力が作用した際にDLC層が変形することが可能となる。その結果、母材の変形にDLC層が追従することが可能となるので、DLC層の破損が生じにくい。
【0016】
DLC層の等価弾性定数が240GPa超過であると、鋼よりもDLC層の方が大きい等価弾性定数を有することとなるので、繰り返し応力が作用した際の母材の変形にDLC層が追従することが困難となって、DLC層の破損が生じやすくなる。一方、100GPa未満であると、DLC層の硬さが低くなって、摩耗が生じやすくなる。
なお、DLC層のような薄膜については、通常の方法では弾性定数を測定することはできないため、本発明においては以下の方法により測定された、弾性定数に準拠する等価弾性定数を用いる。すなわち、押し込み深さを少なくともDLC層の厚さ内として微小硬度計による測定を行い、得られた荷重−除荷曲線により等価弾性定数を求める。
【0017】
例えば、DLC層の厚さが2μm以下である場合は、押し込み荷重を0.4〜50mNの間で適宜設定して測定を行う。本発明においては、エリオニクス社製の微小硬度計を使用し、押し込み荷重を50mNとして測定した等価弾性定数を用いる。
この他の等価弾性定数の測定方法としては、フィッシャー社製の微小硬度測定装置を用いる方法がある。この方法においては、(マイクロ)ビッカース硬度計は使用せず、静電容量で制御できる微小硬度計又はナノインデンテータを用いることが望ましい。なおかつ、押し込み深さはDLC層の厚さ内とする必要がある。そして、前記微小硬度計又はナノインデンテータにより得られた荷重−除荷曲線の弾性変形量から、等価弾性定数を求める。
【0018】
なお、HRC60の高炭素クロム鋼(SUJ2)の表面の等価弾性定数を上記の方法により求めると250GPaとなり、通常カタログ等に記載されている210GPaよりも大きい結果となる。これは、上記の方法が微小な押し込み領域における測定であることから、SUJ2の表面の加工硬化層の影響を受けるためである。
さらに、本発明に係る請求項4の転がり摺動部材は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン層の表面粗さRaが0.1μm以下であることを特徴とする。
【0019】
このような構成であれば、DLC層の最表面の粗さが良好であるため、DLC層の潤滑性及び音響性能が良好となる。DLC層の表面粗さRaが0.1μm超過であると、相手部材との接触時にDLC層の表面に油膜が形成されにくくなるため、転がり摺動部材の耐久性が不十分となるおそれがある。
さらに、本発明に係る請求項5の転がり摺動部材は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることを特徴とする。
【0020】
このような物理的成膜法は、CVD法,プラズマCVD法,イオンビーム形成法,イオン化蒸着法等と比較して、好適な等価弾性定数及び強度を有するDLC層が得られやすいので、転動装置のような大きな接触応力が作用する装置を構成する部品に対して好適である。
以上のように、本発明の転がり摺動部材は、大きな接触応力が作用しても破損しにくい潤滑膜(DLC層)を備えているので、大きな接触応力が作用する装置(例えば、転がり軸受等のような転動装置)を構成する部材等に好適に適用することが可能である。また、優れた潤滑性を有しているので、無潤滑下においても好適に使用することが可能である。そして、摩耗や発熱が少ない上、繰り返し応力に対して強く長寿命である。
【0021】
さらに、本発明に係る請求項6の転動装置は、外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を内面に有して前記内方部材の外側に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも1つを、請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がり摺動部材としたことを特徴とする。
【0022】
このような構成であれば、転動装置を構成する転がり摺動部材のDLC層は大きな接触応力が作用しても破損しにくいので、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下において使用されても長寿命である。
なお、本発明の転動装置としては、転がり軸受,直動案内軸受(リニアガイド装置),ボールねじ,直動ベアリング等があげられる。
【0023】
そして、前記内方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合は内輪、同じく直動案内軸受の場合は案内レール、同じくボールねじの場合はねじ軸、同じく直動ベアリングの場合は軸を、それぞれ意味する。また、前記外方部材とは、転動装置が転がり軸受の場合は外輪、同じく直動案内軸受の場合はスライダ、同じくボールねじの場合はナット、同じく直動ベアリングの場合は外筒を、それぞれ意味する。
【発明の効果】
【0024】
本発明の転がり摺動部材及び転動装置は、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明に係る転がり摺動部材及び転動装置の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明に係る転動装置の一実施形態であるスラスト玉軸受の構成を示す縦断面図であり、図2は、図1のA部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
図1のスラスト玉軸受は、軌道面1aを有する内輪1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の玉3と、両軌道面1a,2a間に複数の玉3を軸受の円周方向にわたって等配に保持する保持器4と、を備えている。内輪1,外輪2,及び玉3は、SUJ2等の鋼製である。
【0026】
また、内輪1,外輪2と玉3とは相互に転がり接触又はすべり接触し、内輪1の軌道面1a,外輪2の軌道面2a,及び玉3の転動面3aがその接触面に相当する。これらの接触面においては、内輪1,外輪2,玉3の母材に、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン(DLC)層Dが被覆されている。そして、母材のうちDLC層Dが被覆されている部分の表面粗さRaは、0.03μm以上0.2μm以下とされている。
【0027】
さらに、このDLC層Dは、図2に示すように、炭素からなるカーボン層Cと、シリコン(Si),チタン(Ti),タングステン(W),モリブデン(Mo)のうちの1種の金属及び炭素からなる複合カーボン層FCと、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属からなる第一金属層M1と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及びクロムからなる複合金属層FMと、クロムからなる第二金属層M2と、の5層で構成されていて、該5層はDLC層Dの表面側からカーボン層C,複合カーボン層FC,第一金属層M1,複合金属層FM,第二金属層M2の順に配されている。
【0028】
なお、DLC層Dの等価弾性定数は、100GPa以上240GPa以下であることが好ましい。また、DLC層Dの表面粗さRa(すなわちカーボン層Cの表面粗さRa)は、0.1μm以下であることが好ましい。
ここで、DLC層Dを形成する方法について、外輪2を例に説明する。なお、DLC層Dは、外輪2のみならず、内輪1,玉3や保持器4に形成しても差し支えない。
【0029】
まず、外輪2の表面のうち軌道面2aとなる部分の表面粗さRaを、ショットブラスト処理により調整した。使用した装置は、株式会社不二製作所製のFD−4LD−501型であり、投射材は粒径20〜30μmのスチール製ビーズである。また、ショット条件は、投射圧力が0.4MPa、投射距離が150mmである。そして、処理時間を適宜設定することによって、表面粗さRaの調整を行った。
【0030】
なお、投射材の種類,粒径やショット条件は、表面粗さRaを0.03μm以上0.2μm以下に調整可能であれば前述のものに限定されるものではない。また、表面粗さRaを0.03μm以上0.2μm以下に調整可能であれば、ショットブラスト処理に限らず、バレル処理等の他の方法を採用することも可能である。
次に、油分を脱脂した外輪2を株式会社神戸製鋼所製のアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置504(以降はUBMS装置と記す)に設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリングを用いて、軌道面2aにボンバード処理を15分間施した。
【0031】
そして、クロムをターゲットとして、母材の表面のうち軌道面2aとなる部分にクロムをスパッタリングして成膜し、クロムからなる第二金属層M2を形成した。次に、クロムのスパッタリングを続けながら、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属(以降は、タングステンを使用した場合を例にして説明する)をターゲットとしたスパッタリングを開始した。
【0032】
このようなスパッタリングによって、タングステン及びクロムからなる複合金属層FMを第二金属層M2の上に形成した。このスパッタリングの際には、クロムのスパッタ効率を徐々に減少させながら、タングステンのスパッタ効率を徐々に増加させた。そして、クロムのスパッタリングを終了し、タングステンのスパッタリングのみとして、複合金属層FMの上にタングステンからなる第一金属層M1を形成した。
【0033】
次に、タングステンのスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを開始した。このようなスパッタリングによって、タングステンと炭素とが結合した金属カーバイドからなる複合カーボン層FCを、第一金属層M1の上に形成した。さらに、タングステンのスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させた。そして、タングステンのスパッタリングを終了し、炭素のスパッタリングのみとして、複合カーボン層FCの上にカーボン層Cを形成した(DLC層D全体の厚さは2.2μmとした)。
【0034】
なお、上記の説明においては、複合金属層FM,第一金属層M1,複合カーボン層FCを構成する金属としてタングステンを使用した例を示したが、シリコン,チタン,又はモリブデンを使用してもよいことは勿論である。また、複合金属層FM,第一金属層M1,複合カーボン層FCに全て同種の金属を使用する必要はなく、これらの層のうち1層に別の金属を使用してもよいし、3層にそれぞれ異なる金属を使用してもよい。
【0035】
このようなスパッタリングにより成膜を行えば、第二金属層M2からカーボン層Cに向かって、層の組成が連続的に徐々に変化していくDLC層Dを形成することができる。このような構成のDLC層Dは、各層(第二金属層M2,複合金属層FM,第一金属層M1,複合カーボン層FC,及びカーボン層C)の間の密着性が非常に優れているとともに、潤滑性に優れたカーボン層Cと母材である鋼との密着性が非常に優れている。
【0036】
UBMS装置は、スパッタリングに用いるターゲットを複数装着でき、各ターゲットのスパッタ電源を独立に制御することにより、各成分のスパッタ効率を任意に制御することができるので、上記のような成膜に好適である。例えば、上記の場合の複合カーボン層FC及びカーボン層Cを成膜する工程においては、金属ターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を低減させながら、同時にカーボンターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を増加させればよい(このとき、外輪2には負のバイアス電圧を印加する)。
【0037】
DLC層Dの等価弾性定数は、外輪2に印加するバイアス電圧を制御するか、又は導入するガスの分圧を制御することにより、変化させることができる。この導入するガス(アルゴン,水素,メタン等の炭化水素系ガス)の種類や分圧比を制御すれば、DLC層Dの等価弾性定数とともに表面の摺動抵抗を自在にコントロールすることが可能であるので、前記ガスを単独又は混合して導入することにより、目的にあった所望のDLC層を形成することができる。さらに、DLC層D及び各層(第二金属層M2,複合金属層FM,第一金属層M1,複合カーボン層FC,及びカーボン層C)の厚さは、スパッタ時間により精度よく制御することができる。
【0038】
ここで、グロー放電発光分析装置(島津製作所株式会社製のGDLS−9950)を使用して、DLC層Dを形成する元素を分析した結果を、図3の測定チャートに示す。図3のチャートは、複合金属層FM,第一金属層M1を構成する金属としてタングステンを使用し、複合カーボン層FCを構成する金属としてシリコンを使用したDLC層Dのチャートである。チャートの横軸は表面からの深さを示し、0μmがDLC層の表面を意味している。また、縦軸は、その深さ位置における各元素の含有量を示している。
【0039】
なお、アルゴンガスを使用した放電によって深さ方向の情報を得ているため、母材である鋼とDLC層Dとの界面において、各元素の含有量を示す曲線がブロードとなっている。また、鋼とDLC層Dとの界面が8000nm付近に位置していることから、このチャートからはDLC層Dの厚さは約8μmであることが読み取れるが、この分析法は直径2mmの円形部分について放電発光により分析するため、深さ方向の精度上約8μmとなって現れるものであって、実際のDLC層Dの厚さは2.2μmである。
【0040】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
例えば、本実施形態においては、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングによりDLC層を成膜したが、パルスレーザーアーク蒸着法やプラズマCVD法等を用いることもできる。ただし、等価弾性定数及び塑性変形硬さ等を独立に制御することが容易な非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングが最も好適である。
【0041】
また、本実施形態においては、スラスト玉軸受を例示して説明したが、本発明の転動装置は様々な転がり軸受に対して適用することができる。例えば、深みぞ玉軸受,アンギュラ玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
さらに、本実施形態においては、転動装置として転がり軸受を例示して説明したが、本発明の転動装置は、他の様々な種類の転動装置に対して適用することができる。例えば、直動案内軸受,ボールねじ,直動ベアリング等の他の転動装置にも、好適に適用可能である。
【0042】
〔実施例〕
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
まず、母材の表面粗さと母材に対するDLC層の密着性との関係を調査した。鋼製の平板状部材に、前述と同様のショットブラスト処理を施した。そして、処理時間を0〜90secの間で種々変更することにより、種々の表面粗さRaを有する平板状部材を製造した。この平板状部材に、UBMS装置を用いて前述と同様にしてDLC層を形成し、図4に示すようなスクラッチ試験によりDLC層の密着性を評価した。
【0043】
スクラッチ試験は、等速度で水平方向に移動する試験片に、垂直荷重を連続負荷したロックウェルC型ダイヤモンド圧子を押し込む試験である。スクラッチ試験によりDLC層全体の剥離が生じたときの垂直荷重を臨界荷重Lc値とし、このLc値によりDLC層の密着性を評価した。なお、本試験においては、DLC層の剥離時に生じる摩擦力の変動により、DLC層の剥離を検出した。
【0044】
スクラッチ試験の結果を、表1及び図5のグラフに示す。このグラフから分かるように、平板状部材の表面粗さRaが0.05μm以上0.2μm以下であると、DLC層の密着力が大きく、0.05μm以上0.15μm以下であると、DLC層の密着力がさらに大きかった。
【0045】
【表1】

【0046】
次に、軌道溝を有していない平板状部材を外輪の代わりに用いたことを除いては、図1のスラスト玉軸受とほぼ同様の構成の軸受(内輪の寸法は内径30mm、外径62mm、厚さ7mmで、軌道面の横断面形状は、玉の直径の52%の曲率半径を有する円弧状である)において、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaを種々変更したものを用意して、回転試験により表面粗さRaとDLC層の耐久性との関係を調査した。なお、この試験においては、DLC層は平板状部材の軌道部分(玉と接触する部分)のみに形成し、内輪及び玉には形成しなかった。また、内外輪間に配した玉の数は11個とした。さらに、回転試験は鉱油中で行い、回転試験の条件は、アキシアル荷重が600kN、回転速度が4000rpmである。
【0047】
そして、軸受の支持部に装着したエンデブコ社製の加速度センサーにより振動を測定し、この振動値の増加によりDLC層の破損を検知した。DLC層に破損が生じるまでの軸受の総回転数によって、DLC層の耐久性を評価した。
回転試験の結果を、表1及び図6のグラフに示す。なお、表1及び図6のグラフの耐久性の数値は、比較例1の耐久性を1とした場合の相対値で示してある。このグラフから分かるように、表面粗さRaが0.05μm以上0.2μm以下であると、DLC層の耐久性が優れていた。
【0048】
次に、図1のスラスト玉軸受とほぼ同様の構成の軸受(内輪及び外輪の寸法は内径25mm、外径52mm、厚さ18mmで、軌道面の横断面形状は、玉の直径の54%の曲率半径を有する円弧状である)において、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRa及びDLC層の等価弾性定数を種々変更したものを用意して(表2を参照)、回転試験により表面粗さRaとDLC層の耐久性(寿命)との関係を調査した。なお、この試験においては、DLC層は内輪及び外輪の軌道面のみに形成し、玉の転動面には形成しなかった。
【0049】
【表2】

【0050】
24時間毎に回転試験を中断してDLC層を観察し、DLC層に剥離が生じていないか確認した。剥離が生じていない場合は回転試験を継続し、剥離が生じていた場合は寿命とした。なお、回転試験は、ISO粘度グレードがISO VG68であるタービン油中で行い、回転試験の条件は、アキシアル荷重が8820N、回転速度が1500rpmである。
【0051】
結果を表2及び図7のグラフに示す。なお、表2及び図7のグラフの寿命の数値は、比較例11の寿命を1とした場合の相対値で示してある。このグラフから、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下であると、DLC層が長寿命であることが分かる。
【0052】
次に、図1のスラスト玉軸受とほぼ同様の構成の軸受(内輪及び外輪の寸法は内径25mm、外径52mm、厚さ18mmで、軌道面の横断面形状は、玉の直径の54%の曲率半径を有する円弧状である)において、被覆されたDLC層の表面粗さRa及びDLC層の等価弾性定数を種々変更したものを用意して(表3を参照)、回転試験により表面粗さRaと軸受の耐久性(寿命)との関係を調査した。なお、この試験においては、DLC層は内輪及び外輪の軌道面のみに形成し、玉の転動面には形成しなかった。
【0053】
【表3】

【0054】
回転試験においては軸受の振動値を測定し、この振動値が回転初期の5倍以上となった時点で寿命とした。なお、回転試験は、ISO粘度グレードがISO VG68であるタービン油中で行い、回転試験の条件は、アキシアル荷重が10000N、回転速度が1000rpmである。
【0055】
結果を表3及び図8のグラフに示す。なお、表3及び図8のグラフの寿命の数値は、比較例21の寿命を1とした場合の相対値で示してある。このグラフから、DLC層の表面粗さRaが0.1μm以下であると軸受が長寿命であり、DLC層の表面粗さRaが小さいほどより長寿命であることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係る転動装置の一実施形態であるスラスト玉軸受の構成を示す縦断面図である。
【図2】図1のA部分を拡大して示した部分拡大断面図である。
【図3】DLC層を形成する元素を分析した測定チャートである。
【図4】スクラッチ試験の方法を説明する図である。
【図5】表面粗さRaと臨界荷重Lc値との関係を示すグラフである。
【図6】表面粗さRaとDLC層の耐久性との関係を示すグラフである。
【図7】母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaとDLC層の寿命との関係を示すグラフである。
【図8】DLC層の表面粗さRaと軸受の寿命との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0057】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 玉
3a 転動面
C カーボン層
D ダイヤモンドライクカーボン層
FC 複合カーボン層
FM 複合金属層
M1 第一金属層
M2 第二金属層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部材との間で相対的な転がり接触又はすべり接触が生じる転がり摺動部材において、下記の4つの条件を満足することを特徴とする転がり摺動部材。
条件1:前記相手部材との接触面においては、鋼製の母材に潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている。
条件2:前記母材のうち前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分は、表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下である。
条件3:前記ダイヤモンドライクカーボン層は、炭素からなるカーボン層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及び炭素からなる複合カーボン層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属からなる第一金属層と、シリコン,チタン,タングステン,モリブデンのうちの1種の金属及びクロムからなる複合金属層と、クロムからなる第二金属層と、の5層で構成されている。
条件4:前記5層は、前記ダイヤモンドライクカーボン層の表面側から前記カーボン層,前記複合カーボン層,前記第一金属層,前記複合金属層,前記第二金属層の順に配されている。
【請求項2】
前記複合カーボン層中の炭素の割合が、前記第一金属層側から前記カーボン層側に向かって徐々に増加していることを特徴とする請求項1に記載の転がり摺動部材。
【請求項3】
前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100GPa以上240GPa以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転がり摺動部材。
【請求項4】
前記ダイヤモンドライクカーボン層の表面粗さRaが0.1μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり摺動部材。
【請求項5】
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり摺動部材。
【請求項6】
外面に軌道面を有する内方部材と、該内方部材の軌道面に対向する軌道面を内面に有して前記内方部材の外側に配置された外方部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された転動体と、を備える転動装置において、前記内方部材,前記外方部材,及び前記転動体のうち少なくとも1つを、請求項1〜5のいずれか一項に記載の転がり摺動部材としたことを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−82427(P2008−82427A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−262574(P2006−262574)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】