説明

電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリとその製造方法

【課題】磁化反転に高い電流密度を必要とせず、磁化の熱安定性の低下を抑制して、高い記録密度が可能な磁気メモリを提供する。
【解決手段】磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。酸化物反強磁性体層を形成する方法として、Au(111)層の上に3回対称のCr(110)層をエピタキシャル成長させて形成するCr層形成ステップと、形成されたCr(110)層を酸化させて3回対称のCr(0001)層を形成するCr層形成ステップとを有している情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリとその製造方法に関し、特に磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層との2層構造の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気メモリは、上下の強磁性体の間に絶縁体を挟み込んだ構造の磁性素子を有し、上下の強磁性体の磁化の方向が平行(同じ)の場合と反平行(逆)の場合では、絶縁体のトンネル電流(トンネル抵抗)が相違することを利用したものであり、不揮発性、書換え耐性、高速応答性等に優れている。このため、様々な分野に広く用いられている。
【0003】
従来の磁気メモリへの書込み(情報の入力)は、例えば上方に横方向にビット線を、下方に縦方向に書込み用のワード線(以下、「ワード線」と略記する)を、いずれも等間隔で多数配置し、さらに上方から見てワード線とビット線が交差する箇所に磁性素子を配置し、ワード線とビット線に電気を流し、発生した磁場(誘導磁場)により、下方の強磁性体の磁化の方向を上方の強磁性体と平行にしたり、反平行にしたりすることによりなされている。
【0004】
このような従来の磁気メモリを用いたMRAM(Magnetic Random Access Memory:磁気ランダムアクセスメモリ)の場合、民生品としては、4Mb程度、記録密度で1kbit/inch程度を限度としていた。しかし、近年の磁気メモリの記憶容量の増大、小型化に対するユーザの要求は益々厳しくなってきており、1Tbit/inch以上の記録密度を有する磁気メモリを実現することを目指して様々な研究、開発がなされている。
【0005】
このような1Tbit/inch以上の記録密度を実現するためには、素子の大きさを10nm×10nm程度とする必要があり、これに伴ってビット線、ワード線も細くする必要がある。しかし、従来の磁気メモリにおいては、素子の大きさが小さくなると、磁化の方向を反転(磁化反転)させるために必要な誘導磁場を大きくする必要があり、大きな電流密度を必要とする。例えば、前記の10nm×10nm程度の大きさの素子においては、100Oeの書込み磁場を発生させるために、1.6×10A/cmもの電流密度が必要となる。
【0006】
しかし、このような大きな電流密度は、書込み時のビット線やワード線の許容限界を超えているため、前記した100Oeの書込み磁場を発生させることができず、現状では、1Tbit/inch以上の高い記録密度を得ることが困難であった。
【0007】
そこで、従来の誘導磁場による磁化反転に代わって、スピン注入磁化反転(特許文献1、非特許文献1)、マイクロ波誘導磁化反転(非特許文献2)等の技術を用いることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−186274号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.Hayakawa et al. IEEE Transaction on Magnetics44,1962(2008)
【非特許文献2】S.Okamoto et al. Applied Physics Letters93,10256(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、スピン注入磁化反転においても、スピン偏極電流による磁化反転のためには、ワード線やビット線に10A/cm以上の大きな密度の電流を流す必要があるため、高い記録密度を得ることは難しい。
【0011】
また、マイクロ波誘導磁化反転においても、マイクロ波による交流磁場を発生させるためには、従来と同様の誘導電流を必要とするため、やはり高い記録密度を得ることは難しい。
【0012】
また、たとえかかる高記録密度の磁気メモリを製造できたとしても、高記録密度化に伴う磁性素子の小寸法化のために磁化の熱安定性が低下することも指摘されている。
【0013】
このため、磁化反転に高い電流密度を必要とせず、磁化の熱安定性の低下を抑制して、高い記録密度が可能な磁気メモリの開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、以上の課題を解決することを目的として鋭意研究を行なった結果、磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、酸化物反強磁性体層の電圧誘起磁化反転を利用して入力を行ない、またナノ磁性体であるのにもかかわらず磁化の方向の熱安定性が優れた磁気メモリとその製造方法を発明したものである。以下、各請求項の発明を説明する。
【0015】
請求項1に記載の発明は、
磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、
情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いることを特徴とする電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0016】
本請求項の発明においては、従来技術である電流を用いた情報の入力とは異なり、可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造である磁性素子を用い、電圧をかけて酸化物反強磁性体層にスピンの反転を生じさせ(電圧誘起磁化反転)、さらに、酸化物反強磁性体層と強磁性体層との界面の磁気結合(交換磁気異方性)により、強磁性体層の磁界をも反転させて可動層の磁界の反転、即ち情報の入力を行なう。
【0017】
このように、本請求項の発明においては、情報の入力に際して、従来技術のように、ビット線、ワード線等に大きな電流密度の電気を流す必要がないため、消費電力を大幅に低減することが可能となると共に、10nm×10nm程度の大きさの素子であっても充分情報の入力が可能となり、1Tbit/inch以上の高い記録密度の磁気メモリを提供することができる。
【0018】
また、酸化物反強磁性体層と強磁性体層との界面での磁気結合を用いることにより、熱安定性の低下を抑制することができ、ナノサイズの磁性体であっても記録の保持性が優れた磁気メモリを提供することができる。また、高速応答性に優れた(約10ns)磁気メモリを提供することができる。
【0019】
さらに、本請求項の発明においては、磁化反転に必要な電圧は電界強度(V/m)で決まるため、素子サイズの低下に伴い必要電圧も小さくなるため、より省エネルギーが可能となる。具体的には、従来技術においては数百Vの電圧が必要であったが、本発明においては数mVの電圧で充分である。
【0020】
以上のような大きな効果は、1Tbit/inch以上の高い記録密度の磁気メモリだけでなく、1Gbit/inch以上の記録密度であれば充分に発揮することができる。
【0021】
そして、本発明の磁気メモリをMRAMに搭載した場合、上記した各効果に加えて、MRAMが本質的に有する高耐久性により、民生市場へのMRAMの普及を図ることが可能となる。具体的には、例えば、携帯電話の搭載メモリとしてFeRAMとの代替が期待できる。また、高速応答性の面から、自動車などに搭載した場合、衝突安全性などの向上により寄与することが期待できる。また、本発明の磁気メモリは、ハードディスク装置(HDD)等にも好適に用いることができ、小サイズでありながら高記憶容量のハードディスク装置を提供することができる。
【0022】
請求項2に記載の発明は、
前記酸化物反強磁性体層は、
α−Crまたはコランダム構造のYMnOであることを特徴とする請求項1に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0023】
本請求項の発明においては、酸化物反強磁性体層として、α−Cr(コランダム構造のCr)やコランダム構造のYMnOを用いているため、小さな電界で電圧誘起磁化反転を生じさせることができ好ましい。
【0024】
即ち、コランダム構造とすることにより、電気磁気効果を利用することが可能となるため、小さな電界で電場誘起磁化反転を生じさせることができる。これらの内でも、α−Crが好ましい。
【0025】
請求項3に記載の発明は、
前記α−Crは、
Au層の上に形成されていることを特徴とする請求項2に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0026】
前記したように、小さな電界で電場誘起磁化反転を生じさせるためには、コランダム構造の酸化物反強磁性体層が好ましい。Au層の上に形成されたCrは、コランダム構造のCr(α−Cr)として容易にかつ安定して形成されているため、小さな電界で電場誘起磁化反転を生じる磁気メモリを容易に提供することができる。また、Auを用いているため、化学的に安定なだけでなく、データの読出し時の電気抵抗も小さくなり好ましい。
【0027】
なお、Au層は、原則としてエピタキシャル成長により細密に形成されたAu(111)層であることが好ましく、この場合には、隣接する3個のAu原子に接してCr原子が位置することとなる。
【0028】
また、磁気メモリの記録密度、サイズにもよるが、ナノ磁性素子の場合には、Au層の厚さはおよそ20nm程度であることが好ましい。
【0029】
請求項4に記載の発明は、
前記Au層は、
Ag層の上に形成されていることを特徴とする請求項3に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0030】
前記したように、小さな電界で電場誘起磁化反転を生じさせるためには、コランダム構造のα−Crが好ましく、Au層の上であれば、α−Crを容易にかつ安定して形成させることができる。そして、このようなAu層は、Ag層の上に容易に形成することができ、その結果、コランダム構造のCr(α−Cr)を容易にかつ安定して形成させることが可能となる。また、Agを用いているため、化学的に比較的安定であり、データの読出し時の電気抵抗も小さくなり好ましい。
【0031】
磁気メモリの記録密度、サイズにもよるが、ナノ磁性素子の場合には、Ag層の厚さはAgの格子歪を緩和させ、表面の平坦性を確保する面からおよそ100nm程度であることが好ましい。
【0032】
請求項5に記載の発明は、
前記Ag層は、
シリコン層の上に形成されていることを特徴とする請求項4に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0033】
本請求項の発明においては、シリコン層の上にAg層を形成させているため、Ag層の形成が容易となり、これによりAu層の形成が容易となり、さらに、コランダム構造のCr(α−Cr)を容易にかつ安定して形成させることが可能となる。また、シリコンを用いているため、化学的に比較的安定であり好ましい。
【0034】
なお、Ag層が形成されるシリコン層の表面は、原則として7×7−Si(111)(ウッドの記法による標記)表面であることが好ましい。
【0035】
請求項6に記載の発明は、
前記強磁性体層は、
Co層であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリである。
【0036】
本請求項の発明においては、強磁性を有するCoを強磁性体層として用いるため、薄くてもトンネル接合素子に充分な作用を及ぼし、またコランダム構造のCrとエピタキシャル成長し、さらに反強磁性体層のCrとの界面での磁気結合が良好であるためCrのスピンの変化を受けて自身の磁化の方向を変化させ易く、メモリ機能を発揮させる為の磁化の方向も安定する。
【0037】
なお、Co層は、原則としてエピタキシャル成長により形成された、そして双晶を有するCo(111)層であることが好ましい。
【0038】
請求項7に記載の発明は、
磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法であって、
前記酸化物反強磁性体層を形成する方法として、
Au(111)層の上に3回対称のCr(110)層をエピタキシャル成長させて形成するCr層形成ステップと、
前記形成されたCr(110)層を酸化させて3回対称のCr(0001)層を形成するCr層形成ステップと
を有していることを特徴とする電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法である。
【0039】
本請求項の発明においては、Au(111)層の上に3回対称のCr(110)層をエピタキシャル成長させて形成し、さらに形成されたCr(110)層を酸化させて3回対称のCr(0001)層を形成するため、請求項1に記載のナノサイズの磁性素子を、ひいては電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリを確実に製造することが可能となる。
【0040】
これは、Au(111)層の上に3回対称のCr(110)層をエピタキシャル成長させて形成し、さらに形成されたCr(110)層を酸化させて3回対称のCr(0001)層を形成することにより、コランダム構造のCr(0001)(α−Cr(0001))を確実に形成させることが可能となるためである。
【0041】
なお、Cr(110)をエピタキシャル成長させる具体的手段としては、真空中、100℃でCrを分子線エピタキシー法等を用いて物理蒸着させる等の方法を採用することができる。
【0042】
請求項8に記載の発明は、
前記Au(111)層を形成する方法として、
Ag(111)層の上にAu(111)層をエピタキシャル成長させて形成するAu(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項7に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法である。
【0043】
本請求項の発明においては、Ag(111)層の上にAu(111)層をエピタキシャル成長させて形成するため、請求項7に記載のAu(111)層を、ひいては請求項1や請求項3に記載のナノサイズの磁性素子を、さらには電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリを確実にまた容易に製造することが可能となる。
【0044】
なお、Au(111)層の作成方法としては、分子線エピタキシー法等があり、具体的には「100nm−thick Ag(111)/7×7−Si(111)上でのエピタキシャル成長」 T.Kingetsu et al.,J.Appl.Phys.90、5104(2001).に記載されている。
【0045】
請求項9に記載の発明は、
前記Ag(111)層を形成する方法として、
7×7−Si(111)層の上にAg層を成膜した後、熱処理をするAg(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項8に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法である。
【0046】
本請求項の発明においては、7×7−Si(111)層の上にAg層を成膜した後、熱処理をしてAg(111)層を形成するため、請求項8に記載のAg(111)層を、ひいては請求項1、請求項3、請求項4に記載のナノサイズの磁性素子を、さらには電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリを確実に製造することが可能となる。
【0047】
なお、Ag層の具体的な成膜方法としては、分子線エピタキシー法等を採用することができる。また、具体的な熱処理方法としては、真空中、400℃の雰囲気に30分ほど晒す等の処理を採用することができる。
【0048】
請求項10に記載の発明は、
前記7×7−Si(111)層を形成する方法として、
シリコン基板を真空中で高温に晒して、その表面に7×7−Si(111)を出すシリコン熱処理ステップを有していることを特徴とする請求項9に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法である。
【0049】
本請求項の発明においては、シリコン基板を真空中で高温に晒す熱処理により、その表面に7×7−Si(111)を出すため、請求項9に記載の7×7−Si(111)層を、ひいては請求項1、請求項3、請求項4、請求項5に記載のナノサイズの磁性素子を、さらには電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリを確実に製造することが可能となる。
【0050】
なお、高温の熱処理温度としては、1100〜1250℃が好ましく、1200℃程度であると特に好ましい。また、シリコン基板としてはSi(111)基板が好ましい。
【0051】
請求項11に記載の発明は、
前記強磁性体層を形成する方法として、
前記3回対称のCr(0001)層の上にCo(111)層をエピタキシャル成長させて形成するCo(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項7ないし請求項10のいずれか1項に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法である。
【0052】
本請求項の発明は、3回対称のCr(0001)層の上にCo(111)層を、分子線エピタキシー法等でエピタキシャル成長させて形成するため、請求項1、請求項3、請求項4、請求項5、請求項6に記載のナノサイズの磁性素子を、さらには電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリを確実に製造することが可能となる。また、両方の層の界面の結合が良好となる。
【0053】
なお、CoをCo(111)とするのは、コランダム構造のCr(0001)とエピタキシャル成長させることによる。
【発明の効果】
【0054】
本発明においては、電圧誘起磁化反転をする物質層を形成し、この現象により磁気メモリに入力を行なうので、低消費電力、高耐久性、高速応答性かつ高記録密度を有し、しかも記録の保持性が優れた磁気メモリを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の第1の実施の形態の磁性素子における断面構造と作動の原理を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態の磁性素子における酸化物反強磁性体層の原子の配列を示す斜視図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態の磁性素子において酸化物反強磁性体層をc軸方向から見たときの原子の配列を示す平面図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態の磁性素子において酸化物反強磁性体層を形成する際の主要な工程と、その工程の進捗に伴って磁性素子の要部が形成されていく様子を示す図である。
【図5】Au(111)の表面にCr(0001)中のCrが配列している様子を示す図である。
【図6】3回対称の回転の様子を示す図である。
【図7】X線回折装置によるCrとAgの格子の配列の検査結果を示す図である。
【図8】本発明の第2の実施の形態に示す方法で製造されたCrの表面に形成された1.0nmの厚さのCo層の磁化特性とその温度依存性を示す図である。
【図9】図8と同じCr表面に形成された2.3nmの厚さのCo層の磁化の温度依存性を示す図である。
【図10】図9と同じCo層の、5Kにおける磁界が反強磁性体層のスピンの方向と平行の場合の交換バイアスの測定結果を示す図である。
【図11】図9と同じCo層の、5Kにおける磁界が反強磁性体層10のスピンの方向と直交する場合の交換バイアスの測定結果を示す。
【図12】本発明の第3の実施の形態の磁性素子の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0057】
(第1の実施の形態)
本実施の形態は、物としての磁気メモリの磁性素子、特にその原理と要部の構造に関する。以下、図面を参照しつつこれらについて説明する。
【0058】
図1は、本発明の第1の実施の形態の磁性素子の要部の断面構造と作動の原理を示す図であり、図1の(1)は電圧が上方から下方にかかった場合であり、図1の(2)は電圧が下方から上方にかかった場合である。図1において、10は酸化物反強磁性体層であり、50は強磁性体層であり、80は上部電極であり、81は上部電線であり、90は下部電極であり、91は下部電線である。また、酸化物反強磁性体層10内の細い矢印はスピンの向きを示し、強磁性体層50内の太い矢印は磁化方向を示している。そして、酸化物反強磁性体層10と強磁性体層50が可動層を構成している。
【0059】
なお、実際の磁性素子においては、前記上部電極80はビット線(図示せず)に接続された固定層(図示せず)が兼ねたりもするが、これについては後の実施の形態で説明する。また、前記上部電極80の上方にさらに非磁性層、固定層が形成されており、ビット線、読出し用ワード線等に接続されたりしているが、これらは本発明の趣旨に直接の関係がなく、かつ自明であるため図示していない。
【0060】
図1に示す様に、上部電極80、下部電極90の正負を逆転させることにより酸化物反強磁性体層10のスピンを反転させる。これに伴い、この酸化物反強磁性体層10と界面で磁気結合している強磁性体層50のスピンも反転し、可動層の磁気の向きが反転することとなる。
【0061】
酸化物反強磁性体層:
酸化物反強磁性体層10の材料、構造、磁気的性質について、図を参照しつつ説明する。酸化物反強磁性体層は、α−Cr(コランダム構造のCr)からなり、その酸化物反強磁性体のコランダム構造、原子の配列は、図2、図3に示す様になっている。図2は、コランダム構造において原子が上下方向に位置をずらして配列している様子を示す斜視図であり、図3は図2に示すコランダム構造のc軸方向から見た平面図である。図2と図3において、○で示す10cはクロム原子であり、◎で示す10oは酸素原子である。そして、2種類の黒い矢印の内、太い矢印はCrイオンの移動であり、細い矢印はCrのスピンの方向である。また、2種類の白抜きの矢印の内、太く短い矢印はOイオンの移動であり、太く長いい矢印は電界の方向を示している。また、一部の白丸内の×印はスピンの向きが紙面に対して上向きであることを示す
【0062】
このα−Crの結晶構造においては、a=b=4.954Å、c=13.584Åとなり、Crのスピンの方向はc軸に平行である。図2では図の上下方向となり、図3では紙面に垂直方向となる。そして、電界が反転すれば、Crのスピンの方向も反転することとなる。
【0063】
(第2の実施の形態)
本実施の形態は、製造方法に関する。特に、前記図1に示す磁性素子の酸化物反強磁性体層10の形成に関する。以下、図面を参照しつつこれについて説明する。
【0064】
図4に、前記第1の実施の形態の磁性素子の酸化物反強磁性体層10を形成する際の主要な工程と、その工程の進捗に伴って磁性素子の要部が形成されていく様子を示す。図4において、99はシリコン基板であり、98は物理蒸着により形成したAg層であり、97はAg(111)層であり、96はAu層であり、11は物理蒸着により形成したCr層であり、10はα−Cr即ち酸化物反強磁性体層であり、またAg(111)層97とAu層96が下部電極90となる。
【0065】
磁性素子形成の工程について、以下に具体的に記載する。なお、以下の番号は図4の番号に対応している。
(1)シリコン基板99を、真空中、1200℃の雰囲気に1分晒す熱処理をして、その表面に内部と異なる7×7−Si(111)を生成させる。
【0066】
(2)熱処理が終了したシリコンの表面に、真空中、0℃の雰囲気で、物理蒸着により厚さ100nmのAg層98を形成させる。
【0067】
(3)真空中、400℃の雰囲気に30分晒し、表面をAg(111)層97とする。
【0068】
(4)真空中、100℃の雰囲気で、分子線エピタキシー法等の物理蒸着によりAu(111)層96を20nmの厚さにエピタキシャル成長させる。
【0069】
(5)真空中、50℃の雰囲気で、分子線エピタキシー法等の物理蒸着によりCr(110)層11を20nmの厚さにエピタキシャル成長させる。
【0070】
(6)800℃、3×10−5Torrの酸素の雰囲気に30分晒し、Crを酸化させてα−Crとする。
【0071】
(7)100℃、ベース圧力5×10−11Torr以下、堆積中は5×10−10Torr以下の雰囲気中で、分子線エピタキシー法によりα−Crの表面に2.3nmの双晶を有するCo(111)薄膜層50をエピタキシャル成長させる。
【0072】
なお、実際に微細な磁気メモリの磁性素子を基板上に格子上に配列して形成するためには、必要箇所にレジストを形成したり、除去したりする等の他の工程が必要である。また同じく、磁性素子とするためにはエピタキシャル成長させたCo(111)薄膜層50の上に上部電極層、絶縁体層、上部の強磁性体層等を形成したりすることが必要である。また同じく、磁気メモリとして完成させるためにはビット線やワード線等の形成も必要である。しかし、これらの事項は何れも周知技術である。このため、それらを形成するための方法、工程についての説明は省略する。
【0073】
また、性能検査や物性の研究、確認を行う為、Coの厚さが1.0nm等の磁性メモリや磁性素子等も作製した。
【0074】
α−Cr層における積層の説明:
前記(1)から(4)の工程により、Au(111)が形成され、前記(5)の工程でCr(110)が3回対称の回転で形成され、さらに前記(6)の工程でCr(0001)が3回対称の回転で形成される。
【0075】
図5に、Au(111)の表面にCr(0001)中のCrが配列している様子を、図6にAu(111)の表面におけるCr(110)中のCr原子の3回対称の回転の様子(西山−ワッサマンの方位関係)を示す。図5において、大きな白丸で示す97aは金の原子であり、小さな白丸で示す10cはCr(0001)中の着目している層のCr原子である。また、図6において、内部に1を記した小さな白丸10cはCr(0001)中の着目している層のCr原子であり、内部に2を記した小さな白丸10cはAu(111)表面上に配列したCr原子である。
【0076】
図5において、1辺が5.767Åの正三角形は、Au(111)の単位格子を示す。また、菱形はCr(0001)の単位格子を示し、その格子の不整合は、−0.8%であることが分かる。
【0077】
図6において、着目している層のCrが頂点を占める斜線で示す長方形(注、この長方形はCr(110)の単位格子を示す)が、120°ずつ回転しており、Cr(0001)中のCr原子位置と整合していることが分かる。
【0078】
図7に、X線回折装置によるCr(1−104)とAg(200)との格子の配列の検査結果を示す。上の図がCrであり、下の図がAgであり、縦軸が強度であり、横軸が回折角であるが、何れも原子が綺麗に配列していることが分かる。
【0079】
Co層の磁気特性:
図8に、前記の方法で製造されたCr(0001)/Au(111)/Ag(111)/Si(111)の上面の表面に形成された2.3nmの厚さのCo層の磁化特性を示す。図8は室温(RT)での磁化特性(M)と磁界(H)の関係を示し、縦軸が単位体積(1cc)当たりの磁化(emu)であり、横軸が磁界である。また、実線は図でHで示す磁界がCo層に平行の場合であり、破線は垂直の場合である。
【0080】
図8より、室温では約500emu/ccの残留磁化、約50Oeの保磁力が観測され、磁場の方向により磁化曲線に相違があることが分かる。
【0081】
図9に、図8と同じ方法で製造されたCo層の磁化の温度依存性を示す。図9の左側の図は磁界が反強磁性体層10のスピンの方向と直交する場合であり、右の図は平行な場合であり、縦軸は磁化(emu)であり、横軸は温度(K)であり、実線は磁界有り(FC)であり、点線は磁界無し(ZFC)である。
【0082】
図9より、磁界の方向に関わらず、FC、ZFCの磁化の温度依存性が異なること、磁界がCo層に平行な場合,295Kにピークが観測されること、磁界がCo層に垂直な場合、295K以上でFC磁化が消失すること,295KでZFC磁化にピークがあることが分かる。このことから、Cr(0001)とCo(111)が,界面で磁気結合しており、磁気結合の方向が、Cr(0001)内のCrスピンの方向と平行な、膜面垂直方向であることが分かる。
【0083】
図10に、図9と同じCo層の5Kにおける磁界が反強磁性体層10のスピンの方向と平行の場合の交換バイアスの測定結果を示す。図10の縦軸は磁化(emu)であり、横軸は磁界(kOe)であり、実線は磁界有り(FC)であり、点線は磁界無し(ZFC)の場合である。Cr層の面に垂直な方向に約500Oeの交換バイアスを確認した。
【0084】
図11に、図9と同じCo層の5Kにおける磁界が反強磁性体層10のスピンの方向と直交する場合の交換バイアスの測定結果を示す。図10の縦軸は磁気力/CGS電磁単位(emu)であり、横軸は磁界(kOe)であり、実線は磁界有り(FC)であり、点線は磁界無し(ZFC)の場合である。Cr層の面に平行な方向では、交換バイアスがほぼ0であることを確認した。
【0085】
(第3の実施の形態)
本実施の形態は、磁性素子に関する。図12の(1)と(2)に、本第3の実施の形態の磁性素子の構成を示す。図12において、30は書込み用ワード線であり、31はアイソレーショントランジスタであり、32は読出し用ワード線であり、40はビット線であり、60はトンネル接合素子であり、70は固定層(上部側の強磁性体層)である。図12の(1)は下部側の強磁性体層50とトンネル接合素子60の間に上部電極80を設けた場合であり、図12の(2)は下部側の強磁性体層50とトンネル接合素子60の間に上部電極80を設けず、上部側の強磁性体層70が上部電極80を兼用する場合である。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の磁性メモリは、低消費電力、高耐久性、高速応答性かつ高記録密度を有し、しかも記録の保持性が優れているため、消費電力の制限が厳しい携帯電話、振動や熱等の環境面が厳しい自動車、特にその衝突防止装置等への利用が期待される。
【符号の説明】
【0087】
10 酸化物反強磁性体層
10c Cr原子
10o 酸素原子
11 Cr(110)層
30 書込み用ワード線
31 アイソレーショントランジスタ
32 読出し用ワード線
40 ビット線
50 強磁性体層
60 トンネル接合素子
70 固定層(上部側の強磁性体層)
80 上部電極
81 上部電線
90 下部電極
91 下部電線
96 Au層
97 Ag(111)層
98 Ag層
99 シリコン基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、
情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いることを特徴とする電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項2】
前記酸化物反強磁性体層は、
α−Crまたはコランダム構造のYMnOであることを特徴とする請求項1に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項3】
前記α−Crは、
Au層の上に形成されていることを特徴とする請求項2に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項4】
前記Au層は、
Ag層の上に形成されていることを特徴とする請求項3に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項5】
前記Ag層は、
シリコン層の上に形成されていることを特徴とする請求項4に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項6】
前記強磁性体層は、
Co層であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリ。
【請求項7】
磁性素子の可動層が強磁性体層と電気磁気効果を有する酸化物反強磁性体層の2層構造であり、情報入力方式として電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法であって、
前記酸化物反強磁性体層を形成する方法として、
Au(111)層の上に3回対称のCr(110)層をエピタキシャル成長させて形成するCr層形成ステップと、
前記形成されたCr(110)層を酸化させて3回対称のCr(0001)層を形成するCr層形成ステップと
を有していることを特徴とする電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。
【請求項8】
前記Au(111)層を形成する方法として、
Ag(111)層の上にAu(111)層をエピタキシャル成長させて形成するAu(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項7に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。
【請求項9】
前記Ag(111)層を形成する方法として、
7×7−Si(111)層の上にAg層を成膜した後、熱処理をするAg(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項8に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。
【請求項10】
前記7×7−Si(111)層を形成する方法として、
シリコン基板を真空中で高温に晒して、その表面に7×7−Si(111)を出すシリコン熱処理ステップを有していることを特徴とする請求項9に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。
【請求項11】
前記強磁性体層を形成する方法として、
前記3回対称のCr(0001)層の上にCo(111)層をエピタキシャル成長させて形成するCo(111)層形成ステップを有していることを特徴とする請求項7ないし請求項10のいずれか1項に記載の電圧誘起磁化反転を用いた磁気メモリの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2010−212342(P2010−212342A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−54827(P2009−54827)
【出願日】平成21年3月9日(2009.3.9)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】