説明

III族窒化物半導体発光素子及びその製造方法

【課題】窒化ガリウム等からなるクラッド層等の下地層上に、窒化ガリウムより格子定数が大きい窒化ガリウム・インジウムからなる発光層を設けるのに際し、発光層中へのインジウムの取り込みを促進させた窒化物半導体発光素子を提供する。
【解決手段】n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、接して配置され且つn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層よりも大きな格子定数の結晶を含む窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層と、発光層上に設けられたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層とを備え、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度を、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の内部よりもn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と発光層との界面において低く、且つ、上記界面よりも発光層とp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面において高くする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化ガリウム・インジウムからなる発光層を備えたIII族窒化物半導体発光素子等に係り、特に、紫外帯域及び近紫外帯域の短波長光を出射するIII族窒化物半導体発光ダイオード(英略称:LED)等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、窒化アルミニウム(AlN)、窒化ガリウム(GaN)あるいは窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)等の、アルミニウム(元素記号:Al)、ガリウム(元素記号:Ga)またはインジウム(元素記号:In)等のIII族元素を構成元素として含むIII族窒化物半導体は、発光ダイオード(LED)やレーザーダイオード(英略称:LD)等のIII族窒化物半導体発光素子を構成するために利用されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
例えば、LEDには、窒化ガリウム・インジウム層は、深緑色や青色等の可視光を出射するための発光層として利用されている(特許文献1参照)。また、例えば、亜鉛(元素記号:Zn)を添加(ドーピング)したインジウム組成が大きいGa0.4In0.6N層は、赤色発光用の材料として有用であることが示されている(特許文献1参照)。また、インジウム組成が小さい窒化ガリウム・インジウム層は、紫外光を出射するための発光層として利用されている(特許文献2参照)。
【0004】
従来の可視LED或いは紫外LEDを積層構造的にみると、例えば、窒化ガリウムからなるn形クラッド層上にn形の窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層を配置し、さらにその上に、例えば、窒化アルミニウム・ガリウム(組成式AlδGaεN:0≦δ≦1、0≦ε≦1、δ+ε=1)層からなるp形クラッド層を積層させたpn接合型のダブルヘテロ(double hetero:英略称DH)構造が一般的である(非特許文献1参照)。
【0005】
その様な構造を有するLEDの発光層に用いられる窒化ガリウム・インジウム層では、LEDを駆動する電流の通流抵抗を調整するために、不純物を故意に添加、所謂、ドーピング(doping)を施す場合がある。III族窒化物半導体のn形不純物としては、珪素(元素記号:Si)、ゲルマニウム(元素記号:Ge)、テルル(元素記号:Te)、セレン(元素記号:Se)が例示されている(特許文献3の段落(0008)参照)。ゲルマニウムは、原子濃度を異にするIII族窒化物半導体からなる層状物を製造する際のドーパント(dopant)としても利用されている(特許文献4参照)。ゲルマニウムに加えて、特許文献5には、硫黄(元素記号:S)がn形不純物として記載されている(特許文献5の段落(0022)参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭55−3834号公報
【特許文献2】特開2003−249664号公報
【特許文献3】特許第2576819号公報
【特許文献4】特許第3874779号公報
【特許文献5】特許第3500762号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】高橋清監修、長谷川文夫、吉川明彦編著、「ワイドギャップ半導体光・電子デバイス」(2006年3月31日、森北出版発行、第1版第1刷)、133〜139頁。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ここで、前述したダブルヘテロ(DH)構造を構成するIII族窒化物半導体材料の格子定数を比較する。六方晶(hexagonal)ウルツ鉱型(wurtzite)の窒化ガリウムのa軸は0.318ナノメートル(長さの単位:nm)である(赤崎勇編著、「III−V族化合物半導体」(1994年5月20日培風館発行初版、148頁参照)。一方、六方晶窒化インジウムのa軸は、窒化ガリウムのそれより0.035nm大きく0.353nmである。窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)のa軸は、窒化ガリウムと窒化インジウムとの中間の値となり、窒化アルミニウム(a軸=0.311nm)とのa軸の差は、最小でも0.007nmを超え、最大で0.042nmに達する。
【0009】
このように、III族窒化物半導体材料の格子定数に大きな差異があると、それらを積層させてpn接合型DH構造を構成する場合に次のような問題が発生する。例えば、n形窒化ガリウム層上に、より格子定数の大きな結晶を有する窒化ガリウム・インジウム層を積層すると、両層の接合面から窒化ガリウム・インジウム層の内部へ向かう所定の厚さの領域では、インジウムの取り込みが促進されない。このため、予め設定した数値よりもインジウム組成が小さい窒化ガリウム・インジウム層が形成されるという問題が生じる。インジウム組成が小さい程、窒化ガリウム・インジウムの禁止帯幅は大きくなり、従って、発せられる発光の波長は短くなる(上記の特許文献1参照)。
【0010】
上述した現象は、「窒化ガリウム・インジウム層の成長の初期段階に於いて、下地層の格子定数を受け継ぎつつ成長する。」とされるプシュードモーフィズム(pseuudomorphism)の現象(橋口隆吉、近角聡信編集、「薄膜・表面現象」(昭和47年12月15日、朝倉書店発行、4版、第11頁〜第14頁参照)にも一因があると推考される。この様なインジウムの取り込みや混入が阻害される現象は、インジウム組成が小さいことにより、発光波長が短い紫外光や近紫外光を発する窒化ガリウム・インジウム層を、例えば、窒化ガリウム下地層上に成長させる際に顕著に認められる。
【0011】
窒化ガリウム・インジウム層の成長が進行して層厚が増加するに伴い、プシュードモーフィズムの影響は薄れ、層内のインジウム組成は次第に増加する。しかし、このことは、n形窒化ガリウムからなるクラッド層との接合面近傍において、発光層の深部の禁止帯幅が大きい領域上に、より禁止帯幅が小さい領域が形成されることを意味する。
n形窒化ガリウムからなるクラッド層との接合面近傍の発光層の深部から発生される紫外光や近紫外光等の短波長光は、より上方に形成され且つインジウム組成が高く、禁止帯幅が小さい発光層に吸収される事態を生ずる。つまり、発光を効率的に外部へ取り出すのに適さない発光層の積層構成となることを意味している。
【0012】
本発明の目的は、III族窒化物半導体材料のなかでも、相対的に結晶格子の格子定数が小さい窒化ガリウム等からなるクラッド層等の下地層上に、窒化ガリウムより結晶格子の格子定数が大きい窒化ガリウム・インジウムからなる発光層を設けるのに際し、各層を各々構成するIII族窒化物半導体材料の格子定数の大小に起因して、発光層中へのインジウムの取り込みが促進されず、予め設定した数値のインジウム組成を有する発光層が得難いという問題を解決することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の従来技術に伴う問題を解決するためになされた創意であって、例えば窒化ガリウム層上に、窒化ガリウム層との接合面の近傍においてインジウムの取り込みを促進させた窒化ガリウム・インジウム層を発光層として含むIII族窒化物半導体発光素子、特に、紫外光等の短波長発光を効率的に外部へ取り出せる構成からなる発光層を提供するための技術を開示するものである。
【0014】
かくして、下記[1]〜[11]に係る発明が提供される。
[1]請求項に係る発明は、pn接合型ヘテロ構造のIII族窒化物半導体発光素子であって、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に接して配置され且つ当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層よりも大きな格子定数の結晶を含む窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層と、前記発光層上に設けられたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、を備え、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層内のインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度が、当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の内部よりも当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と前記発光層との界面において低く、且つ、前記発光層内の前記ドナー不純物の原子濃度が、当該発光層と前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面よりも当該発光層とp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面において高い、ことを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子である。
[2]請求項に係る発明は、前記発光層は、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層から前記p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に向けて、前記ドナー不純物の原子濃度を増加させた前記窒化ガリウム・インジウムから構成されていることを特徴とする請求項1に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
[3]請求項に係る発明は、前記発光層のインジウム組成は、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と当該発光層との界面よりも前記p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と当該発光層との界面の方において低いことを特徴とする請求項1又は2に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
[4]請求項に係る発明は、前記発光層の内部であって前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との接合領域が、前記ドナー不純物が添加されていないアンドープの領域であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
[5]請求項に係る発明は、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層は、窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムとは格子整合しない基板上に成膜された緩衝層上に設けられており、前記緩衝層は、アルミニウム(Al)薄膜層と、当該薄膜層上に設けられ且つアルミニウム組成に勾配を付した窒化アルミニウム・ガリウム層との重層構造を有することを特徴とする請求項4に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
[6]請求項に係る発明は、前記発光層は、10nm以上の幅を有する連続した波長の光を出射する窒化ガリウム・インジウム層から構成されていることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
[7]請求項に係る発明は、前記発光層は、波長360nm以上波長420nm以下の範囲で、連続した波長の光を出射する前記窒化ガリウム・インジウム層から構成されていることを特徴とする請求項6に記載のIII族窒化物半導体発光素子である。
【0015】
[8]請求項に係る発明は、pn接合型ヘテロ構造のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法であって、前記III族窒化物半導体発光素子は、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に接して配置され且つ当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層よりも大きな格子定数の結晶を含む窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層と、前記発光層上に設けられたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、を備え、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層内のインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度が、当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の内部よりも当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と前記発光層との界面において低く、且つ、前記発光層内の前記ドナー不純物の原子濃度が、当該発光層と前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面よりも当該発光層とp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面において高く、前記発光層を形成する際に、当該発光層の内部に添加する前記ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させることを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子の製造方法である。
[9]請求項に係る発明は、前記発光層は、形成環境内へのガリウム(Ga)及びインジウム(In)の供給量を一定に保ちつつ、前記ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させて形成されることを特徴とする請求項8に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法である。
[10]請求項に係る発明は、前記発光層は、形成環境内へのガリウム(Ga)の供給量を一定に保ちつつ、インジウム(In)の供給量を経時的に減少させて形成されることを特徴とする請求項8に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法である。
[11]請求項に係る発明は、前記発光層は、当該発光層の前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と接合する領域を、前記ドナー不純物を添加しないアンドープ(undope)の領域として形成した後、当該発光層の内部に添加する当該ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させつつ形成されることを特徴とする請求項8乃至10の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、窒化ガリウム層上に、窒化ガリウム層との接合面の近傍においてインジウムの取り込みを促進させた窒化ガリウム・インジウム層を発光層として含むIII族窒化物半導体発光素子が得られる。
【0017】
すなわち、インジウムより原子半径が小さい元素からなる不純物は、結晶格子の大きさを縮める作用を有する。このため、窒化ガリウム・インジウム層に含まれるインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の濃度を減少させると、結晶格子の縮みが抑制される。そして、インジウムの結晶中への取り込みが促進され、インジウム組成が大きい窒化ガリウム・インジウム層が得られる。
【0018】
従って、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(組成式AlαGaβInγN:0≦α≦1、0≦β≦1、0≦γ<1、α+β+γ=1)層上に、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層を構成するIII族窒化物半導体材料の格子定数より大きい格子定数を有し、且つ、インジウム組成が層の厚さ方向に減少する窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層を設けるに際し、インジウムより原子半径が小さいドナー不純物の原子濃度が発光層の厚さ方向に増加するように濃度勾配を付すことにより、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層上にインジウム組成が大きい窒化ガリウム・インジウム層を積層できる利点がある。
【0019】
また、窒化ガリウム・インジウム層を設けるn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の表面において、インジウムより原子半径を小とするドナー不純物の原子濃度を層の内部より低くしておけば、同層の表面領域において、結晶格子の縮小を抑制する効果が得られる。
【0020】
加えて、その層の上に窒化ガリウム・インジウム層を積層するに際し、そのドナー不純物の窒化ガリウム・インジウム層内への拡散により、インジウムの取り込み率の減少を抑制する効果が得られる。このため、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層上にインジウム組成が大きい窒化ガリウム・インジウム層を安定して配置することが可能となる。その結果、発光を効率的に外部へ取り出せるIII族窒化物半導体発光素子が得られる。
【0021】
特に、本発明によれば、インジウムより原子半径が小さいドナー不純物の濃度をp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(組成式AlδGaεInζN:0≦δ≦1、0≦ε≦1、0≦ζ<1、δ+ε+ζ=1)層に向けて連続的に増加させることにより、その濃度変化に対応して、インジウム組成がp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に向けて減少する窒化ガリウム・インジウム層が得られる。
このため、pサイドアップ型のLEDの場合、発光の取り出し方向に禁止帯幅が順次大きくなり、例えば、紫外帯域で連続的なスペクトルを出射するIII族窒化物半導体発光素子が得られる。
【0022】
また、本発明によれば、インジウムよりも原子半径が小さいドナー不純物の濃度をp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に向けて連続的に増加させることにより、窒化ガリウム・インジウム層よりも格子定数が小さいp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の格子とのミスマッチが緩和される。
このため、ドナー不純物の濃度がp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に向けて連続的に増加する様に分布した窒化ガリウム・インジウム層を発光層として用いることにより、その窒化ガリウム・インジウム層上に、格子ミスマッチに因る格子歪が少なく且つ結晶性が良好なp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層からなる、例えばp形クラッド層を形成することができる。その結果、素子動作電流の漏洩(leak)が少なく且つ逆方向電圧が高い高耐圧のIII族窒化物半導体紫外LEDが得られる。
【0023】
本発明のIII族窒化物半導体発光素子は、発光層として、発光の外部への取り出し方向に向けてインジウム組成が順次減少する窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層を用いることにより、発光層を、バンドギャップ(禁止帯幅)が順次大きくなる窒化ガリウム・インジウム層を層厚の増加方向に順次積層した構成とすることができる。
この結果、窒化ガリウム・インジウム層の層厚の増加方向に相当する発光の取り出し方向に効率的に発光を取り出せるIII族窒化物半導体LEDを作製できる。
【0024】
本発明によれば、例えば、紫外帯域で波長的に連続した帯状スペクトル状の発光を呈するIII族窒化物半導体LEDを作製できる。この様な連続スペクトルを発するLEDは、紫外線の光エネルギーを受けて固化する、例えば、インク材料、とりわけ、吸収帯を相違するインク材料を固化するためのインク乾燥機等に応用できる。
【0025】
本発明によれば、窒化ガリウム・インジウム層により構成される発光層から発せられる連続スペクトルの幅を、波長にして10nm以上としたので、例えば、吸収帯が相違するインク材料を全般的に固化するためのインク乾燥機等に利用可能なIII族窒化物半導体紫外LEDを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例1に用いたLEDチップの垂直断面構造を示す模式図である。
【図2】実施例1に用いたLEDチップの下部クラッド層及び発光層内部の深さ方向におけるインジウム及び珪素の原子濃度分布を示すSIMS分析図である。
【図3】実施例1に用いたLEDからの発光のスペルトルである。
【図4】実施例2に用いたLEDチップの垂直断面構造を示す模式図である。
【図5】実施例2に用いたLEDチップのインジウム及び珪素の深さ方向の原子濃度の分布を示すSIMS分析図である。
【図6】実施例2に用いたLEDからの発光の帯状スペルトルである。
【図7】比較例1に用いたLEDチップのインジウム原子の深さ方向の濃度分布を示すSIMS分析図である。
【図8】比較例2に用いたLEDチップのインジウム原子の深さ方向の濃度分布を示すSIMS分析図である。
【図9】比較例2に用いたLEDチップの発光層のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。尚、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することが出来る。また、使用する図面は本実施の形態を説明するためのものであり、実際の大きさを表すものではない。
【0028】
本実施の形態が適用されるIII族窒化物半導体発光素子は、基板上に形成したIII族窒化物半導体からなる積層体を用いて作製する。
基板として、ガラス基板、極性又は無極性の結晶面を表面とするサファイア(α−Al単結晶)や酸化亜鉛(ZnO)等の金属酸化物結晶基板、六方晶6H型又は4H型又は立方晶3C型炭化珪素(SiC)、シリコン(Si)、窒化ガリウム(GaN)等の半導体結晶からなる基板を例示列挙できる。
また、バルク(bulk)結晶基板に限定されず、例えば、GaN等のIII族窒化物半導体層やリン化硼素(BP)層等のIII―V族化合物半導体からなるエピタキシャル(epitaxial)成長層を基板として用いることができる。
【0029】
本実施の形態では、基板上には、pn接合型DH(ダブルヘテロ)構造の発光素子を構成するための窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(組成式AlαGaβInγN:0≦α≦1、0≦β≦1、0≦γ<1、α+β+γ=1)層を下部クラッド層として形成する。
例えば、p形半導体層側から発光を外部に取り出すpサイドアップ型のLEDの場合、下部クラッド層はn形の伝導性を示す窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層から構成する。
例えば、珪素(原子半径=0.132nm)やゲルマニウム(原子半径=0.137nm)等のインジウム(原子半径=0.166nm)よりも原子半径が小さい元素からなるドナー不純物が添加されたn形の窒化ガリウム(GaN)から構成する。原子半径が小さいことは、共有半径も小さいことを意味する。
【0030】
本実施の形態では、下部クラッド層の層厚は、数μmから十数μmであることが好ましい。基板と下部クラッド層の構成材料との格子ミスマッチングが大きい場合、基板との不整合性により発生する転位(dislocation)等の結晶欠陥の発光層への伝播を抑制するために下部クラッド層を厚くするのが望ましい。
一方、昇華性の高い窒化インジウム(InN)を含む窒化アルミニウム・インジウム(組成式AlαInγN:0<α≦1、0≦γ<1、α+γ=1)混晶等により下部クラッド層を構成する場合、下部クラッド層の厚さが過度に大きいと、高温における成膜中に窒化インジウムが昇華することにより、平坦な表面の下部クラッド層が得られ難くい傾向がある。
【0031】
本実施の形態では、下部クラッド層を、窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムとは格子定数が異なる材料からなる異種基板上に設ける場合、その基板と下部クラッド層との上下方向の中間に、両層間の整合性を増すための緩衝(buffer)層を挿入する。
例えば、基板としてシリコン単結晶を用いる場合、同基板とAlαGaβInγN(0≦α≦1、0≦β≦1、0≦γ<1、α+β+γ=1)からなる下部クラッド層との中間に、双方間の格子ミスマッチを緩和するためのアルミニウム組成(α)(或いはガリウム組成(β))に層厚方向に勾配を付したAlαGaβN(0≦α≦1、0≦β≦1、α+β=1)層からなる緩衝層を挿入する。
さらに、シリコン単結晶基板とAlαGaβN(0≦α≦1、0≦β≦1、α+β=1)層からなる緩衝層との間に金属アルミニウム薄膜層を挿入してもよい。
【0032】
格子整合の観点から、緩衝層の下部クラッド層と接する側の表面は、下部クラッド層を構成する半導体材料と同一の格子定数を有する材料から構成することが好ましい。
例えば、下部クラッド層を窒化ガリウム層により構成する場合、金属アルミニウム薄膜層とその上のAlαGaβN(0≦α≦1、0≦β≦1、α+β=1)組成勾配層からなる重層構造層を緩衝層とし、AlαGaβN(0≦α≦1、0≦β≦1、α+β=1)組成勾配層の表面を窒化ガリウムにより構成することが好ましい。
【0033】
一般に、下部クラッド層内部のドナー不純物の原子濃度は略一定とされているが、本実施の形態では、インジウムより原子半径が小さい珪素等の原子濃度が、層内部より表面において低くなるように形成されたIII族窒化物半導体層を下部クラッド層として用いることが好ましい。この場合、下部クラッド層の表面を構成する結晶の格子の縮みが抑制され、下部クラッド層上に設ける窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層へのインジウムの取り込みが促進される。
【0034】
ここで、下部クラッド層の内部とは、同層の表面からの深さが、同層の表面を構成するIII族窒化物半導体の結晶の面間隔(lattice spacing)の約120倍を超えた領域である。
換言すれば、表面からの深さが、その表面を形成する結晶の面間隔の約120倍以内が下部クラッド層の表面領域である。本発明者の検討によれば、少なくともこの表面領域においてドナー不純物の原子濃度を低下させることにより、下部クラッド層の表面上にインジウムが取り込まれ易い窒化ガリウム・インジウム層が形成されることを見出している。
【0035】
下部クラッド層がミラー指数(Miller indecies)で{hkl}により表記される格子定数をaとする立方晶の結晶面から構成される場合、下部クラッド層の表面をなす結晶面の面間隔(d)は、下記式(1)に基づき求められる(C.W.バン著、笹田義夫訳、「化学結晶学」(昭和45年6月15日、培風館発行、初版、115頁参照)。
=a/(h+k+l1/2・・・・式(1)
【0036】
また、下部クラッド層の表面が、a軸とc軸の長さを、それぞれaとcとする六方晶の結晶面から構成されている場合、面間隔(d)は下記式(2)からを求められる(上記の「化学結晶学」、118頁参照)。
=a/{(4/3)(h+hk+l)+(a/c)1/2・・・式(2)
【0037】
例えば、(0001)結晶面を表面とするウルツ鉱結晶型の窒化ガリウムからなる下部クラッド層の場合、その表面をなすC面(=(0001)結晶面)の面間隔は、0.26nmである。従って、この場合、面間隔(=0.26nm)の120倍の深さは、31.2nmとなる。
【0038】
本実施の形態では、上述した下部クラッド層の表面領域に含まれ、且つインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度は、下部クラッド層内部の領域の1/5以下とするのが望ましい。具体的には、例えば、下部クラッド層の内部において珪素の原子濃度が4×1018cm−3である場合、下部クラッド層の表面における珪素の原子濃度が6×1017cm−3であることが好ましい。
更に、ドナー不純物の原子濃度は、下部クラッド層内部の領域の1/10以下であることが望ましい。具体的には、例えば、珪素を添加したウルツ鉱結晶型のn形窒化ガリウムからなる下部クラッド層の場合、同層の内部の領域の珪素の原子濃度が3×1019cm−3であれば、例えば、深さ30nmから同層の表面に至る表面領域での珪素の原子濃度は6×1018cm−3以下であり、更に3×1018cm−3以下とすることが望ましい。ドナー不純物の原子濃度は、2次イオン質量分析(英略称:SIMS)等の分析手法に依り定量できる。
【0039】
下部クラッド層の表面領域におけるドナー不純物の原子濃度が過度に低いと、表面領域の電気的抵抗が増大する傾向がある。このため、発光素子に通流する順方向電流に対して大きな電気的抵抗とならないように、下部クラッド層の表面領域におけるドナー不純物の原子濃度は、通常8×1016cm−3以上とすることが好ましい。
キャリア濃度はショットキー(Schottky)接合電極を利用する一般的な容量−電圧(C−V)法等により測定できる。
【0040】
上述したように、表面領域においてドナー不純物の濃度を減少させた下部クラッド層上に、ドナー不純物を含むn形窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層からなる発光層を形成する。これにより、珪素等のドナー不純物を含むn形窒化ガリウム・インジウム層から高強度の発光が得られる。
【0041】
発光層を形成する窒化ガリウム・インジウム層のインジウム組成(=1−X)は、適宜、所望する発光波長により選択する。例えば、既述した特許文献1(特公昭55−3834号公報)に記載されているように、インジウム組成と禁止帯幅(band gap)の関係に基づき決定する。インジウム組成が過度に小さいと、窒化ガリウム・インジウムの禁止帯幅がより大きくなり、そのため、より短波長の発光が得られる。窒化ガリウム・インジウム層の実際のインジウム組成は、例えば、エレクトロンプローブマイクロアナリシス(英略称:EPMA)等の組成分析手法を利用して調査できる。
【0042】
本実施の形態では、発光層を、紫外光や近紫外光等の短波長光を発するインジウム組成が小さい窒化ガリウム・インジウム層により構成する場合、発光層の層厚は、50nm以上300nm以下が最適である。発光層の層厚が上記の範囲の場合、発光層と下部クラッド層との結晶の格子の大小に起因するプシュードモーフィズム様の影響を排除することができる。
【0043】
本実施の形態では、特に、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムからなる下部クラッド層の表面において、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度を減少させ、その下部クラッド層上に窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層からなる発光層を設けることにより、発光層の下部クラッド層との接合界面近傍領域において、所望のインジウム組成の窒化ガリウム・インジウム層を得ることができる。
ここで、接合界面近傍領域(「接合領域」と称することがある。)とは、発光層における、下部クラッド層との接合界面から約30nm程度の内部領域である。従来、この接合界面近傍領域は、インジウムの取り込みの不良が顕著に生ずる領域である。
【0044】
上記の効果は、例えば、Ga0.98In0.02N層のように、紫外帯域の発光が得られるガリウムに比べインジウムの量が相対的に少ない化合物により発光層を形成する際、特に顕著に現れる。
従来、このようなインジウム組成が小さい窒化ガリウム・インジウム層の場合、通常、プシュードモーフィズム様の現象に起因する結晶格子の縮みにより、インジウムが“掃き出される”ため、接合界面近傍の領域は、略窒化ガリウム(GaN)から構成される。
これに対し、本実施の形態では、下部クラッド層に結晶格子の縮みを抑制する技術手段を施し、その下部クラッド層上に窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層を形成することにより、発光層の下部クラッド層との接合界面近傍領域において、所定のインジウム組成を有する窒化ガリウム・インジウム層が得られる。
【0045】
即ち、下部クラッド層を、例えば、窒化ガリウムのように、発光層を構成する窒化ガリウム・インジウム層に含まれる結晶より格子定数が小さい化合物により形成し、その下部クラッド層上に形成した発光層において、発光層と下部クラッド層との接合界面から発光層の表面に向けて、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度を増加させている。
【0046】
本実施の形態では、発光層の下部クラッド層との接合領域を、例えば珪素等のようにインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物を添加しない、所謂アンドープ(undope)の領域とすることもできる。
特に、他のドナー不純物が残留し、発光層の接合界面近傍領域の導電性が確保され、且つ順方向電圧が増加しない場合、発光層の下部クラッド層との接合領域をアンドープの領域とすることが好ましい。
【0047】
本実施の形態では、下部クラッド層上に形成した発光層において、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の濃度の増減に対応してインジウムの取り込み量は増減する。
従って、発光層を構成する窒化ガリウム・インジウム(組成式GaIn1−XN:0≦X<1)層の層厚が増加する方向に、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の濃度が順次増加するように濃度勾配を付すことにより、発光層を、窒化ガリウム・インジウム層の表面に向けてインジウム組成が順次小さくなるように形成することができる。この場合、発光層は、発光層の層厚が増加する方向に禁止帯幅が順次大きくなる層として形成できる。
【0048】
発光層におけるドナー不純物の濃度勾配は特に限定されず、例えば、直線状、曲線状、階段状、またはこれらを組み合わせた勾配様式が挙げられる。
具体的には、例えば、インジウム組成が一定の窒化ガリウム・インジウム層を得るために、成膜反応系へのガリウムとインジウムの供給比率を一定に維持しつつ成膜させる場合、窒化ガリウム・インジウム層の成膜時間の経過とともに、成長反応系へのドナー不純物の供給量を単純に増加させることにより、層の表面に向けてインジウム組成が順次小さくなる窒化ガリウム・インジウム層を簡便に成膜できる利点がある。
このように、発光層を、層の表面に向けて禁止帯幅が順次大きくなるように形成し、下部クラッド層側より禁止帯幅が大きい層を表面側に配置することにより、発光を外部に効率良く取り出すことができる。
【0049】
本実施の形態では、発光層において、上記のようにドナー不純物の濃度に濃度勾配を設けると共に、インジウム組成が発光層の表面に向けて減少するように変化させることにより、発光を外部に取り出すのに優位であると共に、発光層を構成する結晶より格子定数が小さい窒化アルミニウム・ガリウム等からなるp形の上部クラッド層を発光層上に形成するのに好都合となる。すなわち、インジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物を増加させ、且つインジウム組成を減少させることにより、発光層の表面の領域に、発光層を構成する結晶より格子定数が小さいp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム(組成式AlδGaεInζN:0≦δ≦1、0≦ε≦1、0≦ζ<1、δ+ε+ζ=1)との格子ミスマッチが小さい結晶層を形成することができる。
【0050】
発光層において、p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層(組成式AlδGaεInζN:0≦δ≦1、0≦ε≦1、0≦ζ<1、δ+ε+ζ=1)に向けて、層厚の増加方向にインジウム組成を減少させるには、発光層の形成環境内に供給するガリウム及びインジウムの原料供給量を経時的に変化させることにより成膜する。例えば、形成環境内へのガリウムの供給量を一定に保ちつつ、インジウムの供給量を経時的に減少させる方法が挙げられる。
【0051】
発光層において、ドナー不純物及びインジウム組成を、窒化ガリウム・インジウムからなる発光層の表面に向けて、例えば、指数関数的又は直線的に変化させると、発光層から所定の波長の帯域で帯状の連続スペクトル的な発光が得られる。
ドナー不純物の原子濃度の濃度勾配を大きくすることにより、帯状スペクトルが得られる波長の範囲が拡大する。また、インジウム組成の変化量を増大させることにより、帯状スペクトルが発生する波長の範囲が拡大する。また、ドナー不純物の濃度勾配及びインジウム組成の変化量の双方を変化させることにより、ドナー不純物またはインジウム組成の一方を変化させた場合と比較して、より広い波長範囲で帯状の発光を得ることができる。
本実施の形態では、連続した波長の光として帯状スペクトルが得られる波長の帯域範囲は、10nm以上である。ここで、「連続した波長の光」とは、発光の波長が互いに近接しているため、それらの発光が合成されて、あたかも間隔無く波長的に連続した帯状スペクトルを呈する光のことである。具体的には、最大ピークの80%以上の強度の光が連続する範囲として定義される。
【0052】
窒化ガリウム・インジウム層の成膜方法としては、例えば、n形又はp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と同様に、化学的気相堆積(英略称:CVD)法;物理的気相堆積(英略称:PVD)法;例えばガリウム源としてのトリメチルガリウム(分子式:(CHGa)とインジウム源としてのトリメチルインジウム(分子式:(CHIn)を各々使用する有機金属熱分解気相成長法(英略称:MOCVD又はMOVPE等)等の成膜手法が挙げられる。MOCVD法では、アンモニア(分子式:NH)等の含窒素化合物を窒素(元素記号:N)源として利用できる。
【0053】
本実施の形態では、窒化ガリウム・インジウム層内部のインジウム組成は、例えば、成膜反応系に供給するガリウムとインジウムの総量に対するインジウムの供給量の比率を変化させることにより調整する。ガリウムとインジウムの供給量の合計量に対する窒素源の供給量の比率(所謂V/III比率)は、インジウム組成が大きい窒化ガリウム・インジウム層を成膜する程大きく設定することが好ましい。
【0054】
本実施の形態では、ドーピング源として、例えば以下の化合物が挙げられる。珪素のドーピング源としては、例えば、シラン(分子式:SiH)、ジシラン(分子式:Si)等の無機珪素化合物;メチルシラン(分子式:CHSiH)等の有機珪素化合物等が挙げられる。
ゲルマニウムのドーピング源としては、例えば、ゲルマン(分子式:GeH)等が挙げられる。窒化ガリウム・インジウム層やn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層において、ドナー不純物の原子濃度に濃度勾配を設ける場合は、例えば、成膜反応系に供給するドーピング源の量を増減することが好ましい。
【0055】
本実施の形態では、発光層に珪素とゲルマニウムを併せて添加し、n形窒化ガリウム・インジウム層を形成することができる。ゲルマニウムの原子半径(=0.137nm)は、珪素の原子半径(=0.132nm)より大きく、また、価数が4価のゲルマニウムイオン(Ge4+)の半径(=0.053nm)は珪素イオン(Si4+)の半径(=0.042nm)より大きいため、インジウムの取り込みにはより効果を奏する。
具体的には、例えば、発光層においてゲルマニウムと珪素を共に含み、表面領域で珪素よりゲルマニウムの原子濃度を高くしたn形窒化ガリウム層は、接合領域でインジウム組成が高い窒化ガリウム・インジウム層を得るのに貢献できる。
【0056】
本実施の形態では、窒化ガリウム・インジウム層、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層、p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の成膜方法としては、例えば、一般的な高周波プラズマ分子線エピタキシャル(英略称:MBE)法、ECR(エレクトロンサイクロトロンレゾナンス)方式高周波プラズマMBE法等のPVD法が挙げられる。
さらに、III族元素源と窒素源とを用いる固体ソース(source)MBE法が挙げられる。III族元素源としては、例えば、アルミニウムやガリウムやインジウム等の単体金属が挙げられる。窒素源としては、窒素プラズマ等の窒素原子を含有するプラズマ(plasma)が挙げられる。ドーピング源には、高純度の珪素やゲルマニウムの単体金属を用いる。
【0057】
窒素プラズマを用いるMBE法の場合、窒素分子の第二正帯(second positive molecular series)に由来する発光を殆ど生じない(発生しない場合を含む。)窒素プラズマが、窒素源として最適である。窒素プラズマは窒素イオンを生じないため、真空成長反応部を構成するタンタル(元素記号:Ta)、モリブデン(元素記号:Mo)やタングステン(元素記号:W)を含む部材のスパッタリングを抑制でき、これらの遷移金属の混入量が少ない成長層が得られる。
【0058】
本実施の形態では、MBE法により下部クラッド層を形成する場合、III族元素の原料を供給しつつ、例えば、珪素のフラックス(flux)量を経時的に減少させることにより、表面領域でインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度が低いn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層を形成することが好ましい。
具体的には、フラックス量を減少させる場合、ドナー不純物を収納するセル(坩堝)の温度を降下させ、ドーピング源の蒸発量を低下させることにより行う。セルの温度を素早く降下させ、ドーピング源の蒸発量を急激に低下させる程、下部クラッド層の層厚が増加する方向に向けてドナー不純物の原子濃度が急激に減少する。
尚、MOCVD法において、n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の表面領域の形成中に、成膜反応系に添加するドーピング源の量を経時的に変化させることもできる。
【0059】
本実施の形態では、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層において、発光層の表面に向けてドナー不純物の原子濃度が高くなるように濃度勾配を設ける場合、前述した下部クラッド層の成膜方法とは逆に、ドナー不純物を収納するセルの温度を経時的に昇温し、且つドーピング源の蒸発量を増加させる。
この場合、セルの温度を間断なく滑らかに昇温することにより、ドナー不純物の原子濃度が連続的に変化させられ、その結果、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層から帯状の連続スペクトルが発する。ドナー不純物のフラックスの変化量を大きくすると、インジウム組成の変化幅を大きくなり、帯状スペクトルの波長幅を広げることができる。
【0060】
本実施の形態では、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層の成膜において、成膜反応系に供給するガリウムとインジウムの合計量に対するインジウムの供給量の比率を、同層の成膜を開始した時点から経時的に減少させる。これにより、インジウム組成の濃度が発光層の表面に向けて小さくなるように濃度勾配が設けられる。インジウムの供給比率が経時的に減少する割合が大きいほど、窒化ガリウム・インジウム層から発する帯状スペクトルの波長範囲が広がる。
また、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層の成膜において、成膜反応系に供給するガリウムとインジウムの量的比率を一定に保持しつつ、基板の温度を経時的に上昇させることにより、インジウム組成の濃度が発光層の表面に向けて小さくなるように濃度勾配を設けることができる。MOCVD法やMBE法による成膜では、共通して、基板の温度上昇率が大きいほど、インジウム組成を急激に変化させることができる。
【0061】
本実施の形態では、III族元素の供給比率を変化させる場合、または基板の温度を変化させる場合、発光層の下部クラッド層との接合領域において、インジウム組成が最も高い窒化ガリウム・インジウム層が得られる比率又は温度を、変化のための始点とする。
また、発光層の表面領域において、インジウム組成が最も低い窒化ガリウム・インジウム層が得られる比率又は温度を、変化のための終点とする。
本実施の形態では、III族元素の供給比率又は基板温度の変化の始点が、窒化ガリウム・インジウム層の成膜を開始する時点と一致する必要は必ずしもない。また、III族元素の供給比率又は基板温度の変化の終点も、成膜を終了する時点と一致する必要は必ずしもない。例えば、窒化ガリウム・インジウム層の成膜を開始してから暫時経過後、基板の温度を上昇させ、成膜の終了前に基板温度の昇温を終了させることも許容される。
【0062】
本実施の形態が適用される窒化ガリウム・インジウム層を発光層とするIII族窒化物半導体発光素子を用い、pサイドアップ型LEDが構成される。
pサイドアップ型LEDを構成する場合、例えば、発光層上に設けたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムからなる上部クラッド層に電気的に接して陽極(+)オーミック(Ohmic)電極を設ける。また、発光層下のn形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムからなる下部クラッド層に電気的に接触する陰極(−)オーミック電極を設ける。この場合、陰極電極を設ける領域に在るp形上部クラッド層及び発光層をドライエッチング法等により除去する。
【0063】
尚、本実施の形態では、発光の外部への取り出しに支障を来たさない範囲において、上部クラッド層上に透明な導電性酸化物膜等を配置し、それらの膜を介して陽極電極を設けても構わない。導電性酸化物膜等としては、例えば、インジウム・錫複合酸化物(英略称:ITO)膜、インジウム・亜鉛(元素記号:Zn)・錫複合酸化物(英略称:IZTO)膜等が挙げられる。
【実施例】
【0064】
次に、本発明を、実施例および比較例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例にのみ限定されるものではない。
【0065】
(実施例1)
以下、図1乃至図3を用い、本実施の形態が適用されるIII族窒化物半導体発光素子を説明する。ここでは、ドナー不純物としてインジウムより原子半径が小さい珪素が添加されたn形窒化ガリウム層を下部クラッド層とし、その下部クラッド層上に設けられ、且つ珪素原子濃度に濃度勾配を設けた窒化ガリウム・インジウム層を発光層として備えた、pn接合型DH構造を有するLEDの場合について説明する。
【0066】
図1は、LEDチップの垂直断面構造を示す模式図である。図2は、下部クラッド層及び発光層内部の深さ方向におけるインジウム及び珪素の原子濃度分布を示すSIMS分析図である。本実施例では、図2のSIMS分析図に示すように、下部クラッド層の表面に向けて減少する珪素(Si)の原子濃度が増加に転ずる場所が、下部クラッド層と発光層との接合界面である。図3は、LEDからの発光のスペクトルである。
【0067】
(111)結晶面を表面とするアンチモン(元素記号:Sb)ドープn形(111)−シリコン(Si)基板101の表面上に、分子線エピタキシャル(MBE)法により、LED10を構成するIII族窒化物半導体各層を成長させた。窒素源には、窒素ガスを高周波(13.56MHz)で励起した(励起電力=350ワット(単位:W))窒素プラズマを用いた。250nm以上で370nm以下の波長領域の窒素分子の第二正帯に因る発光ピークの強度は、波長を745nmとする原子状窒素の発光ピークの強度の1/10以下であった。窒素ガスの流量は毎分1.5cc〜3.0ccの範囲で各層毎に適宜、調整した。
【0068】
上記のSi基板101の(111)結晶面表面上には、アルミニウム単体金属をアルミニウム源として、基体温度を780℃としてアンドープ(undope)の高抵抗の窒化アルミニウム(AlN)層(層厚=25nm)102を成長した。成長時のMBE成長用チャンバー内の圧力は4×10−3Paとした。
【0069】
次に、窒化アルミニウム層102上に、珪素(Si)単体をドーピング源として、Si基板101の温度を750℃として、珪素(Si)ドープn形窒化ガリウム(GaN)層からなる下部クラッド層103を成長させた。ガリウムのフラックス(flux)量は1.1×10−4Paとした。層厚が3μmの下部クラッド層を成長させる窒素プラズマを発生させるため、窒素ガスの流量は毎分3ccに設定した。成長時の成長用チャンバー内の圧力は5×10−3Paとした。
【0070】
下部クラッド層103を成長する際に、珪素を収納するセル(坩堝)(珪素セル)の温度を変化させ、下部クラッド層103の内部の珪素の原子濃度が発光層104との接合界面に向けて減少するように濃度勾配を付した。窒化アルミニウム層102上への下部クラッド層の成長を開始した時点から約170分を経過する迄、珪素セルの温度を1150℃と一定の温度に保持した。下部クラッド層103の層厚が2.8μmに到達した時点からは、珪素セルの温度を毎分20℃の割合で950℃に低下させた。これにより、下部クラッド層103の表面103aから0.2μmの深さに至る領域に於いて、珪素の原子濃度を徐々に減少させた表面領域103bを形成した。
下部クラッド層の表面103aでの珪素の原子濃度は2×1017cm−3であり、深部の原子濃度より約2桁程度低かった。珪素セルの温度を1150℃に設定して成長させた下部クラッド層の深部の珪素の原子濃度は2×1019cm−3であった。尚、珪素の原子濃度は、図2に示す珪素のイオン強度値より換算して求めた。
【0071】
一般的なC−V法で測定した下部クラッド層103の深部のキャリア濃度は4×1018cm−3とほぼ一定であった。珪素セルの温度の下降に対応して、キャリア濃度は表面領域103bで滑らかに徐々に減少しており、下部クラッド層103の表面103aでのキャリア濃度は1×1017cm−3であった。
【0072】
下部クラッド層103の表面103aの原子配列構造を高速電子回折(RHEED)に依り調査した。表面103aからのRHEEDパターンは、表面103aが2次元的に平滑であることを示すストリーク(streak)状の回折パターンが得られた。また、その線状の回折パターンは、ガリウムが窒素より多く存在することを示す(2×2)再配列構造を示すものであった。
【0073】
次に、下部クラッド層103上には、窒化ガリウム・インジウム層(層厚=200nm)を発光層104として成長させた。成長時の成長チャンバー内の圧力は5×10−3Paとした。ガリウムのフラックス量は1.1×10−4Paとし、インジウムのフラックス量は2.4×10−6Paとした。これらのフラックス量は発光層104の成長中、一定に保った。このフラックス量では、珪素の原子濃度が2×1017cm−3と一定とした場合に、インジウム組成を0.04とする窒化ガリウム・インジウム層(組成式:Ga0.96In0.04N)が得られた。
【0074】
発光層104の成長の開始時には、珪素セルの温度を950℃とし、発光層104をなす窒化ガリウム・インジウム層の層厚が増加するに伴い、珪素セルの温度を1150℃に上昇させた。窒化ガリウム・インジウム層の層厚が30nmに達する迄の接合領域104bの形成過程(成長時間:10分間)に於いては、珪素セルの温度は毎分2.0℃の一定の割合で上昇させた。以後、層厚が200nmに達する迄(成長時間:50分間)は、毎分3.6℃の一定の割合で珪素セルの温度を上昇させた。
【0075】
下部クラッド層103との接合界面104aで珪素の原子濃度は2×1017cm−3であり、発光層104の表面104cでの珪素の原子濃度は2×1019cm−3となった(図2参照)。また、珪素の添加量の増大と共に、インジウム組成は低下した。接合界面104aでは0.04であったが、表面104cでは、結晶格子の縮みに因るインジウムの掃き出し効果に依り、0.01であった。
【0076】
発光層104上には、Si基板101の温度を520℃として、マグネシウムをドープしたp形GaN層(層厚=90nm)を上部クラッド層105として設け、図1に示すLED10用途のpn接合型ダブルヘテロ構造の積層体を形成した。このp形GaN層からなる上部クラッド層105を成長させる際に、窒素分子の第2正帯に因る発光を生じない窒素プラズマを窒素源としたMBE法を利用した。p形GaN層の内部のマグネシウムの原子濃度は1×1019cm−3となるように設定した。
【0077】
その後、一般的なドライエッチング法により、n形オーミック電極106を形成する部分に在るマグネシウムドープp形GaNからなる上部クラッド層105及び発光層(Ga0.96In0.04N)104を除去した。
これらの層を除去して露出させたn形窒化ガリウムからなる下部クラッド層103の表面には、n形オーミック電極106を形成した。一方、エッチング後に残置したp形GaN層からなる上部クラッド層105の表面の一部には、インジウム・亜鉛・錫複合酸化物(IZTO)膜からなるp形オーミック電極107とそれに電気的に導通する台座(pad)電極108を形成した。その後、個別の素子(chip)とするために裁断し、一辺の長さを約350μmとする正方形の平面形状のLED10とした。
【0078】
順方向電流を20ミリアンペア(電流の単位:mA)とした際の順方向電圧は3.6ボルト(電圧のの単位:V)となった。図3に示すように、LED10からは、波長365nmから377nmの紫外帯域で帯状のスペクトルを呈する発光が出射された。波長を互いに僅かながら異にしながらも略同等の強度の発光が集合してなる帯状スペクトルを呈する波長幅は12nmとなった。
【0079】
(実施例2)
本実施例では、接合領域に於けるインジウムの取り込みを促進させるために、発光層の内部の接合領域をインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物を添加(ドーピング)しないアンドープの領域とし、且つインジウム組成に濃度勾配を付した窒化ガリウム・インジウム層を発光層として有するLEDについて説明する。
【0080】
図4は、本実施例で用いるLEDチップの垂直断面構造を示す模式図である。図5は、下部クラッド層及び発光層内部の深さ方向におけるインジウム及び珪素の原子濃度分布を示すSIMS分析図である。図6は、LEDからの発光の帯状スペルトルである。
【0081】
LED用途の積層体は、表面の結晶面方位を(111)とする硼素(元素記号:B)ドープp形シリコン(Si)を基板201上に形成した。基板201の表面は、弗化水素酸(化学式:HF)等の無機酸を使用して洗浄後、MBE成長装置の成長チャンバー内に搬送した。搬送後、成長チャンバーの内部を7×10−5Paの超高真空に排気した。その後、成長チャンバーの内部を、その真空度に維持しつつ、基板201の温度を780℃に昇温して、基板201の表面に(7×7)構造の再配列構造が形成される迄、継続して加熱した。
【0082】
(7×7)構造の再配列構造が形成されるように清浄化された((111)−シリコン)基板201の表面上には、高周波(=13.56MHz)を印加してプラズマ化させた窒素プラズマを用いたMBE法に依り、アルミニウム(Al)膜(層厚=5nm)202を760℃で形成した。アルミニウムのフラックス量は7.2×10−6Paとした。アルミニウム膜202上には、アルミニウム膜202と重層構造の緩衝層210を構成するアンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203を堆積した。
【0083】
アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203(層厚=300nm)は、上記の高周波窒素プラズマMBE法に依り760℃で堆積した。AlGa1−XN組成勾配層203のアルミニウム(Al)組成比(X)は、アルミニウム膜202との接合面から組成勾配層203の表面に向けて、0.30から0(零)へと、組成勾配層203の層厚の増加に比例してアルミニウム組成を直線的に連続的に減少させた。組成勾配層203の成長時には、窒素ガスの流量は毎分0.4ccと一定とし、また、ガリウムのフラックス量も1.3×10−4Paと一定とした。
一方で、アルミニウムのフラックス量は、アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203の成長開始時には7.2×10−6Paとし、それより成長時間の経過と共に直線的に減少させた。アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203の成長は、ガリウム及びアルミニウムのフラックスを遮断して終了させた。アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203と直下にあるアルミニウム膜202とから重層構造の緩衝層を構成した。ガリウム及びアルミニウムのフラックスを遮断した間に於いても、成長を終了した組成勾配層203への窒素プラズマの照射を継続した。
【0084】
次に、ガリウムのフラックスの供給を再開して、アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203(X=0.3→0)上への珪素ドープn形窒化ガリウム(GaN)からなる下部クラッド層204の堆積を開始した。窒化ガリウム層の層厚は1500nmとした。この窒化ガリウム層の成長時に限り、一つのMBE成長チャンバーに取り付けた2機の高周波窒素プラズマ発生装置から窒素プラズマを発生させた。窒素ガスの流量は各々の発生装置につき毎分1.5ccに設定した。ガリウムのフラックス量を、120分間に亘り一定の1.3×10−4Paとし、GaN層の成長を終了した。GaN層の成長の途中時及び終了時での表面再配列構造は、表面にガリウムが窒素よりも多く存在することを示す(2×2)構造であった。
【0085】
下部クラッド層204をなすGaN層を成長する際に、珪素セルの温度を変化させて、下部クラッド層204の内部の珪素の原子濃度を、発光層205との接合界面近傍の表面領域204bで減少させた。アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203上への窒化ガリウム層の成長を開始した時点から、同層の層厚が1400nmに到達する迄は、珪素セルの温度を1150℃の一定温度に保持した。以後、珪素セルの温度が950℃に低下する迄、珪素及びガリウムのフラックスの供給を中断した。珪素セルの温度が950℃に安定したのを認めた後、珪素及びガリウムのフラックスの供給を再開し、窒化ガリウムが合計の層厚が所定の1500nmに達する迄、窒化ガリウム層の表面領域204bを形成した。
【0086】
これにより、表面から深さ100nm程度の表面領域204bの珪素の原子濃度を、アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層203により近い深部より低濃度とする下部クラッド層204を形成した。SIMS分析の結果、下部クラッド層204の表面204aでの珪素の原子濃度は3×1017cm−3であった。珪素セルの温度を1150℃に設定して成長させた下部クラッド層204の深部の珪素の原子濃度は1×1019cm−3であった。また、電解C−V法による測定では、窒化ガリウム層の深部のキャリア濃度は4×1018cm−3であり、表面領域204bのキャリア濃度は1×1017cm−3であった。
【0087】
(2×2)再配列構造を有するn形GaNからなる下部クラッド層204の表面204a上には、上記の高周波窒素プラズマMBE法により、発光層205を構成する窒化ガリウム・インジウム層を形成した。発光層205の層厚は200nmに設定した。発光層205の層厚が20nmに達する迄は、珪素は添加しなかった。即ち、下部クラッド層204との接合界面205aの近傍の接合領域205bはアンドープの窒化ガリウム・インジウム層として構成した。接合領域205bの形成を終えた直後から、珪素のドーピングを開始した。珪素セルの温度は、珪素のドーピングを開始した時点では950℃とし、発光層205の形成を終了する時点で1150℃となる様に直線的に上昇させた。これにより、珪素の原子濃度を、接合領域205bで3×1017cm−3とし、表面205cで2×1019cm−3となる濃度勾配が付された発光層205を形成した。
【0088】
発光層205内の珪素の原子濃度に勾配を付すのに加えて、発光層205をなす窒化ガリウム・インジウムのインジウム組成も変化させた。n形GaN層からなる下部クラッド層204との接合界面205aから厚さ20nm程度の接合領域205bは、インジウム組成を0.06とするn形窒化ガリウム・インジウム(Ga0.94In0.06N)から構成した。接合領域205bから表面205cに至る間に、より小さなインジウム組成の層が連続的に形成される様に、ガリウムのフラックス量を一定に保ちつつ、インジウムのフラックス量を相対的に減少させた。これにより、図5に示す様に、インジウム組成を接合領域205bから表面205cに向けて直線的に減少させた。インジウム組成は接合領域205bで0.06と一定であり、表面205cでは0.01であった。
【0089】
インジウム組成(1−X)に減少勾配を付し(1−X=0.06→0.01)、及びドナー不純物としての珪素の原子濃度に増加勾配を配付した(3×1017cm−3→2×1019cm−3)GaIn1−XN層からなる発光層205上には、基板温度を550℃として、マグネシウムをドープしたp形GaN層(層厚=100nm)を上部クラッド層206として設け、LED用途のpn接合型ダブルヘテロ構造の積層体を形成した。このp形GaN層上部クラッド層206を成長させる際にも、窒素分子の第2正帯に因る発光を生じない窒素プラズマを窒素源としたMBE法を利用した。p形GaN層の内部のマグネシウムの原子濃度は9×1018cm−3であった。
【0090】
その後、一般的なドライエッチング法により、n形オーミック電極207を形成する部分に在るマグネシウムドープp形GaNからなる上部クラッド層206及びGaIn1−XNからなる発光層205を除去した。更に、下部クラッド層204の深部より珪素の原子濃度の低い表面領域204bを除去して、珪素の原子濃度が高く、合わせてキャリア濃度の高い下部クラッド層204の深部を露出させた。その後、露出させたn形窒化ガリウム下部クラッド層204の深部の表面に、n形オーミック電極207を形成した。一方、エッチング後に残置したp形GaN層からなる上部クラッド層206の表面の一部には、インジウム・錫複合酸化物(ITO)膜からなるp形オーミック電極208とそれに電気的に導通する台座(pad)電極209を形成した。台座電極209の底部の一部(台座電極209の底面積の約1/2の平面積に相当する部分)は、上部クラッド層206の表面に接触させて設けた。その後、個別の素子(chip)とするために裁断し、一辺の長さを約350μmとする正方形の平面形状のLED20とした。
【0091】
順方向に3.5Vの電圧を印加し、20mAの順方向流を通流した際のLED20から、図6に示すように、波長365nmから380nmの紫外帯域で帯状のスペクトルを呈する発光が出射された。波長を互いに僅かながら異にしながらも略同等の強度の発光が集合してなる帯状スペクトルを生ずる波長の幅は15nmとなった。また、この発光の強度も実施例1の場合と相対して3倍の高さとなった(図3及び図6参照)。この発光スペクトル幅の拡幅と発光強度の増加は、接合領域205bをインジウムより原子半径が小さい珪素からなるドナー不純物を添加しないアンドープ領域として、接合領域205bでのインジウムの取り込みを増大させられたことに依るものと考えられる。
【0092】
(比較例1)
ここでは、従来技術の如く、深さ方向に珪素の原子濃度が一定である窒化ガリウム(GaN)からなる下部クラッド層に、窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層を設ける場合を例にして説明する。
【0093】
珪素の原子濃度が深さ方向に2×1019cm−3と一定であるn形窒化ガリウム層を下部クラッド層として用い、その下部クラッド層上に窒素プラズマMBE法に依り窒化ガリウム・インジウム層を成長させた。窒化ガリウム・インジウム層の成長中には、継続して珪素を添加(ドーピング)した。ドーピング時の珪素セルの温度は、一定の温度(1150℃)に保持した。
【0094】
また、インジウム組成を0.04とする窒化ガリウム・インジウム(Ga0.96In0.04N)層を形成することを意図して、ガリウム及びインジウムのフラックス量は、上記の実施例1と同様に1.1×10−4Pa及び2.4×10−6Paとした。発光層とした窒化ガリウム・インジウム層の層厚は200nmとした。
【0095】
図7は、下部クラッド層及び発光層内部の深さ方向におけるインジウム及び珪素の原子濃度分布を示すSIMS分析図である。
図7に示すように、窒化ガリウム・インジウム層の深さ方向の珪素の原子濃度は、2×1019cm−3と一定であった。一方、インジウム原子濃度は、下部クラッド層との接合界面近傍の領域ではインジウムの原子濃度は低く、インジウムの原子濃度が増加し始めるのは下部クラッド層との接合界面から遠方となっていた。
インジウムの原子濃度が略一定である領域に達するのに必要な濃度的な遷移距離は、窒化ガリウム・インジウム層の層厚の約2/3に相当する130nmに及んでいた。尚、図7に示すように、窒化ガリウム・インジウム層の表面から約20nmの深さに至る領域では、計測されるインジウムの原子濃度のカウント数が急激に増加している。しかし、これは実際にインジウム原子の濃度が増加しているのではなく、窒化ガリウム・インジウム層の表面に吸着した酸素等に因る分析上の干渉に因るものと判断された。
【0096】
また、窒化ガリウム・インジウム層の層厚の増加方向に向けてインジウム組成が単調に減少する場合は、表面側から発光を外部へ取り出すのに優位となるが、そのようなインジウム組成に勾配を有する窒化ガリウム・インジウム層を形成するに至らなかった。
【0097】
(比較例2)
ここでは、結晶格子の縮みによるインジウムの取り込み量の減少を予想し、所望するよりもインジウム組成が高い窒化ガリウム・インジウム層を、下部クラッド層上に積層する場合について説明する。
【0098】
珪素の原子濃度が深さ方向に1×1019cm−3と一定であるn形窒化ガリウム層を下部クラッド層として用い、その下部クラッド層上にMBE法により窒化ガリウム・インジウム層を成長させた。下部クラッド層との接合領域でインジウム組成が高い窒化ガリウム・インジウム層を形成するため、ガリウムに対するインジウムの供給量(フラックス量)を増加させた。ここでは、ガリウムのフラックス量を実施例1と同様に1.1×10−4Paと同じくしつつ、インジウムのフラックス量を2倍の4.8×10−6Paとした。
【0099】
インジウムのフラックス量を一定に保持し、層厚を200nmとする窒化ガリム・インジウム層の成長を終了した。尚、接合領域にインジウム組成が高い窒化ガリウム・インジウム層を形成したことに因る影響を知るために、窒化ガリム・インジウム層を形成する間は珪素のドーピングを行わなかった。
【0100】
図8は、下部クラッド層及び発光層内部の深さ方向におけるインジウム及び珪素の原子濃度分布を示すSIMS分析図である。図8に示すように、下部クラッド層との接合界面の近傍には、ガリウムの原子濃度が低く、逆にインジウムの原子濃度が高い、即ち、インジウム組成が高い領域が形成されていることが分かる。尤も、インジウム組成は増加しているが、実施例1の場合と比較して、インジウムのフラックス量を2倍に増量したにも拘わらず、実施例1のインジウム組成の約1/3程度にとどまっていた。
【0101】
図8に示すように、接合界面から表面に向けて遠ざかるに伴い、インジウム組成は一旦減少するものの、その後、増加に転じており、層厚の増加方向にインジウム組成が連続的に減少する窒化ガリウム・インジウム層が得られないことが分かる。即ち、発光の取り出し方向にインジウム組成が高いため、従って、禁止帯幅の狭い窒化ガリウム・インジウムを配置することになり、外部への発光の取り出しに優れるLEDは得られないことが分かる。尚、図8に示すように、窒化ガリウム・インジウム層の表面から約10nmの深さに至る領域で、計測されるインジウムの原子濃度のカウント数が急激に増加しているが、これは実際にインジウム原子の濃度が増加しているのではなく、窒化ガリウム・インジウム層の表面に吸着した酸素等に因る分析上の干渉に因るものと判断された。
【0102】
図9は、発光層のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルである。図9に示すように、短波長のヘリウム(元素記号:He)・カドミウム(元素記号:Cd)レーザー光(波長=325nm)により励起されたルミネッセンス光の強度は、実施例1の場合に比べ総じて小さいことが分かる。また、図9に示すように、層厚方向のインジウム原子の変曲的な濃度分布のため、広い波長範囲で強度的に略同等な発光により帰結される帯状スペクトルは得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0103】
インジウム組成又はインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度に濃度勾配を設け、この濃度勾配を利用した異なる波長の光を同時に発し、帯状の発光スペクトルをもたらす機能を発揮する窒化ガリウム・インジウム層は、波長を相違する複数の光を吸収する機能層としても利用できる。従って、本発明に係るIII族窒化物半導体発光素子が備える窒化ガリウム・インジウム層は、単一の波長の光のみでなく、波長を相違する複数の光を効率的に吸収する光電変換のための光吸収層(受光層)として利用でき、例えば、受光素子や太陽電池を構成するのにも優位となる。
【符号の説明】
【0104】
10,20…LED、101…シリコン(Si)基板、102…窒化アルミニウム層、103,204…下部クラッド層、103a,204a…表面、103b,204b…表面領域、104,205…発光層、104a,205a…接合界面、104b,205b…接合領域、104c,205c…表面、105,206…上部クラッド層、106,207…n形オーミック電極、107,208…p形オーミック電極、108,209…台座電極、201…基板、202…アルミニウム膜、203…アンドープの窒化アルミニウム・ガリウム(AlGa1−XN)組成勾配層、210…緩衝層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pn接合型ヘテロ構造のIII族窒化物半導体発光素子であって、
n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、
前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に接して配置され且つ当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層よりも大きな格子定数の結晶を含む窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層と、
前記発光層上に設けられたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、
を備え、
前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層内のインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度が、当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の内部よりも当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と前記発光層との界面において低く、且つ、
前記発光層内の前記ドナー不純物の原子濃度が、当該発光層と前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面よりも当該発光層とp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面において高い、
ことを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項2】
前記発光層は、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層から前記p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に向けて、前記ドナー不純物の原子濃度を増加させた前記窒化ガリウム・インジウムから構成されていることを特徴とする請求項1に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項3】
前記発光層のインジウム組成は、前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と当該発光層との界面よりも前記p形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と当該発光層との界面の方において低いことを特徴とする請求項1又は2に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項4】
前記発光層の内部であって前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との接合領域が、前記ドナー不純物が添加されていないアンドープの領域であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項5】
前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層は、窒化アルミニウム・ガリウム・インジウムとは格子整合しない基板上に成膜された緩衝層上に設けられており、
前記緩衝層は、アルミニウム(Al)薄膜層と、当該薄膜層上に設けられ且つアルミニウム組成に勾配を付した窒化アルミニウム・ガリウム層との重層構造を有することを特徴とする請求項4に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項6】
前記発光層は、10nm以上の幅を有する連続した波長の光を出射する窒化ガリウム・インジウム層から構成されていることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項7】
前記発光層は、波長360nm以上波長420nm以下の範囲で、連続した波長の光を出射する前記窒化ガリウム・インジウム層から構成されていることを特徴とする請求項6に記載のIII族窒化物半導体発光素子。
【請求項8】
pn接合型ヘテロ構造のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法であって、
前記III族窒化物半導体発光素子は、
n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、
前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層に接して配置され且つ当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層よりも大きな格子定数の結晶を含む窒化ガリウム・インジウム層からなる発光層と、
前記発光層上に設けられたp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と、
を備え、
前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層内のインジウムより原子半径が小さい元素からなるドナー不純物の原子濃度が、当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層の内部よりも当該n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と前記発光層との界面において低く、且つ、前記発光層内の前記ドナー不純物の原子濃度が、当該発光層と前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面よりも当該発光層とp形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層との界面において高く、
前記発光層を形成する際に、当該発光層の内部に添加する前記ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させることを特徴とするIII族窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項9】
前記発光層は、形成環境内へのガリウム(Ga)及びインジウム(In)の供給量を一定に保ちつつ、前記ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させて形成されることを特徴とする請求項8に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項10】
前記発光層は、形成環境内へのガリウム(Ga)の供給量を一定に保ちつつ、インジウム(In)の供給量を経時的に減少させて形成されることを特徴とする請求項8に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項11】
前記発光層は、当該発光層の前記n形窒化アルミニウム・ガリウム・インジウム層と接合する領域を、前記ドナー不純物を添加しないアンドープ(undope)の領域として形成した後、当該発光層の内部に添加する当該ドナー不純物の原子濃度を経時的に増加させつつ形成されることを特徴とする請求項8乃至10の何れか1項に記載のIII族窒化物半導体発光素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−243934(P2012−243934A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112295(P2011−112295)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】