説明

III族窒化物系化合物半導体素子の製造方法

【課題】サファイア基板へスパッタ法によりバッファ層を形成し、その後MOCVD法によりIII族窒化物系化合物半導体層を形成するIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法において、III族窒化物系化合物半導体層に異常成長部が発生することを抑制する。
【解決手段】バッファ層の形成されたサファイア基板をスパッタ装置から取り出してバッファ層表面の電荷を中和し、その後そのサファイア基板をMOCVD装置にセットしてIII族窒化物系化合物半導体層を形成する。バッファ層表面の電荷を中和するのにはイオナイザーを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
青色LEDなどのIII族窒化物系化合物半導体素子は基板となるサファイアと機能層となるIII族窒化物系化合物半導体層との格子整合を得るためにサファイア基板上にAlN等のバッファ層を設けることが好ましい。
III族窒化物系化合物半導体からなる機能層は一般的にはMOCVD法で形成されるため、このバッファ層も同様にMOCVD法で形成することが製造工程を共通化する観点から好ましい。
その一方で、機能層であるIII族窒化物系化合物半導体層の結晶性を向上させる見地から、バッファ層をスパッタ法で形成する技術が提案されている(特許文献1)。
本件発明に関連する技術を開示する文献として、特許文献2及び特許文献3を参照されたい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−094150号公報
【特許文献2】特開平05−175180号公報
【特許文献3】特開平07−161598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
サファイア基板の上にスパッタ法によりバッファ層を形成するプロセスを採用した場合、スパッタ装置へサファイア基板をセットし、その上にバッファ層を形成した後、スパッタ装置からサファイア基板を一旦取り出し、III族窒化物系化合物半導体層を形成するMOCVD装置へセットすることとなる。
本発明者らの検討によれば、MOCVD装置においてバッファ層を形成して、そのままMOCVD装置でIII族窒化物系化合物半導体層を成長させた場合に比べて、上記のプロセス(スパッタ装置 → 取り出し → MOCVD装置)を採用したときにはIII族窒化物系化合物半導体層により多くの異常成長部が観察された。
【0005】
本発明者らはその原因を究明するため鋭意検討を重ねてきた。その結果、異常成長部が発生する原因は、バッファ層を備えた基板をスパッタ装置から取り出し、通常は大気中(クリーンルーム内であるが)に放置し、その後MOCVD装置にセットするとき、装置の取出し/導入ポート内や大気中に存在する微細な粉塵がバッファ層に吸着するためと考えられる。粉塵の中でもイオン化したもの(正若しくは負に帯電した粉塵)の影響が大きい。MOCVD装置へ導入するまえには汎用的な洗浄工程(水洗等)が行なわれるため、単に付着(ファンデルワールス力による結合)したものであれば、この洗浄工程でバッファ層の表面から除去されると考えられるからである。他方、マグネトロンスパッタ等を実行してバッファ層を形成したときには本質的に(スパッタ蒸発源におけるプラズマにより)バッファ層が帯電し、粉塵が帯電しているとバッファ層の電荷と強く結合し、汎用的な洗浄工程では除去されないおそれがある。
スパッタ装置からMOCVD装置までを真空に維持した状態でバッファ層の形成されたサファイア基板をトランスファーすることも考えられるが、装置が大掛かりになり、III族窒化物系化合物半導体素子の製造コストを押し上げることになるので現実的ではない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その第1の局面は次のように規定される。即ち、
サファイア基板をスパッタ装置にセットして、スパッタ法により前記サファイア基板にバッファ層を形成するステップと、
前記バッファ層の形成されたサファイア基板を前記スパッタ装置から取り出して前記バッファ層表面の電荷を中和するステップと、
前記電荷の中和されたサファイア基板をMOCVD装置にセットし、前記バッファ層上にIII族窒化物系化合物半導体層を成長させるステップと、
を含むIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法。
【0007】
このように規定される第1の局面のIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法によれば、スパッタ装置から取り出されたサファイア基板においてそのバッファ層表面の電荷が中和される。これにより、バッファ層の表面が電気的に中性になり、当該バッファ層に帯電した粉塵が接触してもこれがバッファ層の電荷と結合することがない。 これにより、MOCVD装置においてIII族窒化物系化合物半導体層を成長する直前のバッファ層の表面に付着する粉塵(パーティクル)の数が抑制される。よって、III族窒化物系化合物半導体層の異常成長部分も抑制される。
【0008】
上記において、電荷を中和するステップはバッファ層の表面へイオン化された気体を供給することにより行なえる(第2の局面)。かかる気体として空気を用いることができ、空気中で放電を起こすことによりイオンを発生させる。このイオンがバッファ層の電荷へ結合しこれを電気的に中和する。
なお、バッファ層表面の電荷の状態(正電荷の分布及び負電荷の分布)を正確に把握することは困難なため、気体は正及び負にイオン化された両者を用いることが好ましい。特に、III族窒化物系化合物半導体素子に用いられるサファイア基板は絶縁性のため、サファイア基板を介してその表面(即ちバッファ層)へ電位を印加する(アースも含めて)ことが困難であり、バッファ層表面を電気的に中和するには正及び負にイオン化された両者を用いることが好ましい。
バッファ層に対して最初に正又は負にイオン化された気体を供給し、その後他の極性にイオン化された気体を供給することができる。
また、バッファ層へ正及び負にイオン化された気体を同時に供給することもできる(第3の局面)。交流電源を用いて空気で放電を行なった場合、空気中に正及び負のイオンが同時に生成され、かかるイオン化された空気を用いれば中和ステップが一度の工程で済み、スループットが向上する。
その他、電極をバッファ層へ物理的に接触することによりバッファ層の電荷を中和することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】この発明の実施形態の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】この発明の実験例のウエハの表面を示す。
【図3】除電処理を省略したときのウエハの表面を示す。
【図4】除電処理の代わりに洗浄処理をしたときのウエハの表面を示す。
【図5】バッファ層からIII族窒化物系化合物半導体層をMOCVD法により形成したときのウエハの表面を示す。
【図6】図2〜5のウエハにおいて単位面積当たりの異常成長部分(パーティクル数)を示すグラフである。
【図7】図2〜5のウエハにおいて良品率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を具体化した各実施形態について説明する。
図1はこの発明の実施例のIII族窒化物系化合物半導体素子の製造工程を示すフローチャートである。
マグネトロンスパッタ装置を用いてサファイア基板(厚さ:530μm)上にAlNバッファ層(膜厚:15nm)を堆積した(ステップ1)。
ここに、バッファ層の材質はAlNに限られるものではなく、GaNその他のIII族窒化物系化合物半導体を用いることができる。スパッタの方法もマグネトロンスパッタ法に限定されるものでなく、その他汎用的なスパッタ法を用いることができる。
マグネトロンスパッタ装置を用いる場合、スパッタ蒸発源においてプラズマが形成されるので、帯電したスパッタ粒子の発生は本質的に避けられず、正又は負に帯電したスパッタ粒子がサファイア基板に供給される。サファイア基板が絶縁性であるため、当該サファイア基板に電位を印加して(アースも含む)、帯電した粒子を電気的に中和することも困難である。
【0011】
ステップ3において、バッファ層の形成されたサファイア基板をスパッタ装置から取り出す。これにより、サファイア基板は、クリーンルーム内においてではあるが、大気に開放される。
大気に開放する時間は出来る限り短くすることが好ましい。
【0012】
ステップ5では、一旦大気開放されたサファイア基板のバッファ層を除電処理する。
この除電処理は、バッファ層を構成する粒子を電気的に中和する処理である。
除電処理として、イオナイザーを用いた。このイオナイザーは空気中でコロナ放電を起こし、空気中の粒子をイオン化させる。この実施例では交流電源を用いるため、コロナ放電によりプラスイオンとマイナスイオンが生じる。バッファ層の負電荷に対してこのプラスイオンが結合し、またバッファ層の正電荷に対してマイナスイオンが結合し、それぞれを電気的に中和させる。当該除電処理以降には、帯電した粉塵(パーティクル)がバッファ層に接触しても静電気的に結合することはない。従って、MOCVD装置にセットされる前に実行される汎用的な洗浄工程において、かかる帯電した粉塵も除去されることとなる。
この実施例では、AC100V、1A以下の投入電力でコロナ放電を生じさせ、送風量を3.3m/分として、クリーンルーム内で1分間、イオン化された空気をサファイア基板のバッファ層へ斜め(約30度傾斜)に吹き付けた。
【0013】
ステップ7では、上記の除電処理の終了したサファイア基板をMOCVD装置にセットし、定法によりバッファ層の上にIII族窒化物系化合物半導体層を成長させる。例えば、発光素子の場合は、n型III族窒化物系化合物半導体層、活性層、p型III族窒化物系化合物半導体層を順次積層する。
なお、III族窒化物系化合物半導体とは、とは、一般式としてAlGaIn1−X−YN(0≦X≦1、0≦Y≦1、0≦X+Y≦1)の四元系で表され、AlN、GaN及びInNのいわゆる2元系、AlGa1−xN、AlIn1−xN及びGaIn1−xN(以上において0<x<1)のいわゆる3元系を包含する。III族元素の少なくとも一部をボロン(B)、タリウム(Tl)等で置換しても良く、また、窒素(N)の少なくとも一部もリン(P)、ヒ素(As)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)等で置換できる。III族窒化物系化合物半導体層は任意のドーパントを含むものであっても良い。n型不純物として、Si、Ge、Se、Te、C等を用いることができる。p型不純物として、Mg、Zn、Be、Ca、Sr、Ba等を用いることができる。
【0014】
ステップ9では、ステップ7で得られたIII族窒化物系化合物半導体層に対して汎用的なチップ化処理を行なう。例えば、p型層の上に透明電極層を積層し、エッチングしてn型層を表出させ、電極パッドを積層し、ダイシングを行ない、III族窒化物系化合物半導体発光素子を得る。
【0015】
次にこの発明の効果を確認するための実験例について説明する。
上で説明した条件でバッファ層を除電処理し、その上にIII族窒化物系化合物半導体層をMOCVD装置により積層した発光素子構造とした。その後、III族窒化物系化合物半導体層を洗浄した。そのときのウエハにおけるIII族窒化物系化合物半導体層表面の写真を図2に示す。III族窒化物系化合物半導体層表面において、外観検査装置により直径が2μm以上の異常成長部(欠陥)をカウントした。
図2において黒点は異常成長部を示し、この異常成長点の殆どはバッファ層に付着したパーティクル(微細な粉塵)に起因するものと考えられる。図2の例では異常成長部の数(=パーティクル数)は73個/cmであった。また、このウエハから得られる半導体素子の良品率は97%であった。ここに、良品率とは、ウエハから得ることのできる最大半導体素子数に対する、実際に得られた正常動作可能な素子の比率を指す。
上記実験例において、除電処理を省略したときのウエハにおけるIII族窒化物系化合物半導体層表面の写真を図3に示す。このときの異常成長部の数は199個/cmであった。また、このウエハから得られる半導体素子の良品率は94%であった。
図4は、上記実験例において、除電処理の代わりに水洗処理を行なったときのIII族窒化物系化合物半導体層表面の写真である。このときの異常成長部の数は217個/cmであった。また、このウエハから得られる半導体素子の良品率は93%であった。
図5は、MOCVD装置においてバッファ層を形成し、そのままIII族窒化物系化合物半導体層を成長させたときの当該III族窒化物系化合物半導体層表面の写真である。このときの異常成長部の数は80個/cmであった。また、このウエハから得られる半導体素子の良品率は96%であった。
【0016】
図6には、図2〜図5の例の単位面積当たりの異常成長部数(=パーティクル数)を示し、図7には同じく得られる半導体素子の良品率を示す。
図6、図7の結果から、この発明によれば、サファイア基板上にバッファ層をスパッタ法により形成し、このサファイア基板をスパッタ装置から取り出して一旦大気開放し、その後MOCVD装置にセットしてIII族窒化物系化合物半導体層を成長させた場合においても、MOCVD装置においてバッファ層からIII族窒化物系化合物半導体層までを一貫して作製した場合と同様の良品率を得られることがわかる。
【0017】
本発明は、前記各局面および前記各実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様も本発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サファイア基板をスパッタ装置にセットして、スパッタ法により前記サファイア基板にバッファ層を形成するステップと、
前記バッファ層の形成されたサファイア基板を前記スパッタ装置から取り出して前記バッファ層表面の電荷を中和するステップと、
前記電荷の中和されたサファイア基板をMOCVD装置にセットし、前記バッファ層上にIII族窒化物系化合物半導体層を成長させるステップと、
を含むIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法。
【請求項2】
前記電荷を中和するステップは、前記バッファ層の表面へイオン化された気体を供給することによる、ことを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記バッファ層の表面に供給される気体はプラスイオンとマイナスイオンを共に含む、ことを特徴とする請求項2に記載の製造方法。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−74484(P2012−74484A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−217352(P2010−217352)
【出願日】平成22年9月28日(2010.9.28)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【Fターム(参考)】