説明

中空ニードルシート及び中空ニードルシートの製造方法

【課題】簡単かつ高精度に中空ニードルを形成できる中空ニードルシートの製造方法と、当該製造方法により製造される中空ニードルシートとを提供する。
【解決手段】針状凹部12を有するモールド10に、ポリマーを含むポリマー溶解液20を注型した後、ポリマー溶解液20を乾燥させる。このとき、ポリマー溶解液20がモールド10の凹部壁面14に密着した状態を維持しながら、ポリマー溶解液20を乾燥収縮させる。これにより、中空針状凸部24が形成されたポリマーシート22が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高アスペクト比構造の中空ニードルを有する中空ニードルシート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高アスペクト比構造が表面に形成された機能性膜は、様々な分野で応用されている。例えば、医療技術分野では、高アスペクト比構造を有する機能性膜を用いることで、患者の皮膚表面又は皮膚角質層を介して、薬剤を患者に効率的に投与する経皮吸収システムが注目を集めている。
【0003】
経皮吸収システム用の高アスペクト比構造として、ニードル形状、先端ナイフ形状、矢じり形状などの様々な外形の中実構造及び中空構造が提案されている。中でも、内部が中空であるニードル形状を有する中空ニードル構造は、薬剤を中空部に内包させることで経皮吸収効率を向上させることができる点で有用とされている。
【0004】
例えば、特許文献1は、中空部と連通する貫通孔が先端に形成された中空ニードルを、薬剤を含む溶液に浸漬して、毛細管現象により、貫通孔を介して中空部に薬剤を充填する技術を開示している。
【0005】
また特許文献2は、針状凹形の鋳型を用いて、糖類材料を射出成形することにより、キャピラリー空洞部を有する中空ニードルを形成する技術を開示している。
【特許文献1】特表2004−504120号公報
【特許文献2】特開2003−238347号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1には、内部が空洞である中空ニードルを形成する具体的な方法が開示されていない。
【0007】
また特許文献2のように射出成形により中空ニードルを形成する場合は、モールドに溶融樹脂を射出した後、不活性ガスを注入し中空を形成するガスアシスト法が用いられる。しかし、中空ニードルの形状は鋭い先端を有する高アスペクト比構造であるため、ガスアシスト法により高中空率の中空ニードルを高精度に形成することは難しい。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、簡単かつ高精度に中空ニードルを形成できる中空ニードルシートの製造方法と、当該製造方法により製造される中空ニードルシートとに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、針状凹部を有するモールドにポリマー溶解液を付与する付与工程と、前記針状凹部の反転形状である中空凸部を有するポリマーシートが形成されるように、前記ポリマー溶解液が前記針状凹部に密着した状態を維持しながら前記ポリマー溶解液を乾燥収縮させる乾燥収縮工程と、前記乾燥収縮工程で形成された前記ポリマーシートを前記モールドから剥離する剥離工程とを含むことを特徴とする中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0010】
請求項1に係る製造方法によれば、乾燥収縮工程におけるポリマー溶解液の膜厚減少を利用して、針状凹部に沿った中空凸部を簡単かつ高精度に形成することができる。
【0011】
ここで、ポリマー溶解液が針状凹部に密着した状態とは、ポリマー溶解液が針状凹部から剥離していない状態、すなわち、ポリマー溶解液と針状凹部との間に空隙が生じていない状態又はこれに準ずる状態をいう。
【0012】
請求項2に記載された発明は、前記モールドはシリコーン樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0013】
請求項2に係る製造方法によれば、剥離性が良好なシリコーン樹脂の特性を利用することで、剥離工程において、損傷を与えずにポリマーシートをモールドから剥離することができる。
【0014】
請求項3に記載された発明は、前記ポリマーシートの膜厚は、前記針状凹部の形状に基づいて調節されることを特徴とする請求項1又は2に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0015】
請求項3に係る製造方法によれば、針状凹部の形状に応じてポリマーシートの膜厚を調節することにより、様々な形状の中空ニードルを形成することができる。
【0016】
請求項4に記載された発明は、前記ポリマー溶解液は薬剤を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0017】
請求項4に係る製造方法によれば、薬剤を含有し、経皮吸収システムとして利用可能である中空ニードルシートを作製することができる。この中空ニードルシートを用いて患者に投薬すれば、中空凸部が中空構造を有するため、患者体内における中空凸部の溶解に必要な時間、すなわち投薬時間を短縮可能である。
【0018】
請求項5に記載された発明は、前記ポリマーシートの前記中空凸部の中空部分に薬剤を注入する薬剤注入工程をさらに含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0019】
請求項5に係る製造方法によれば、薬剤を内包し、経皮吸収システムとして利用可能である中空ニードルシートを作製することができる。
【0020】
請求項6に記載された発明は、前記ポリマーシートの前記中空凸部の中空率は、50%以上であって95%以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0021】
請求項7に記載された発明は、前記ポリマーシートの前記中空凸部の裏面が開放であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0022】
請求項8に記載された発明は、前記ポリマー溶解液が、生分解性材料のポリマーを含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0023】
請求項9に記載された発明は、前記ポリマー溶解液が、生体適合材料のポリマーを含むことを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法に関する。
【0024】
請求項10に記載された発明は、請求項1〜9のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法により製造される中空ニードルシートに関する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ポリマー溶解液がモールドの針状凹部に密着した状態を維持しながら、ポリマー溶解液を乾燥収縮させることにより、乾燥収縮によるポリマー溶解液の膜厚減少を利用して、簡単かつ高精度に中空ニードルを形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。まず本発明の一実施形態に係る中空ニードルシートの製造方法に説明し、次に当該方法により製造される中空ニードルシートの構造について説明する。
【0027】
図1(a)〜(d)は、本発明の一実施形態に係る中空ニードルシートが製造されるまでの様子を示す図である。
【0028】
まず、図1(a)に示すように、針状凹部12を有するモールド10を準備する。針状凹部12は、モールド10の平坦面16に比べてくぼんだ領域であり、凹部壁面14により画成される。
【0029】
モールド10の材質は特に限定されないが、中空ニードルシートの剥離時の損傷を防止する観点から、剥離性が良好な樹脂を用いたり、中空ニードルの形成を容易にする観点から、気体透過性が低い金属を用いたりすることができる。例えば、剥離性が良好な樹脂としてシリコーンゴムを挙げることができ、気体透過性の低い金属としてニッケルや銅などを挙げることができる。
【0030】
次に、図1(b)に示すように、モールド10にポリマー溶解液20を付与する。
【0031】
ポリマー溶解液20の付与方法として、バー塗布、スピン塗布、スプレー塗布、ディスペンサを用いた滴下などの方法が挙げられる。中でも、ディスペンサを用いてポリマー溶解液20を滴下する態様は、ポリマー溶解液20の粘度を問わず、高精度に滴下量を制御できるため好ましい。
【0032】
ポリマー溶解液20は、水・アルコール・メチルエチルケトン(MEK)などの溶媒にポリマーが分散した溶液である。ポリマー溶解液20は、溶媒及びポリマー以外にも、種々の添加剤を含んでいてもよく、例えば、患者に投与すべき薬剤をポリマー溶解液20に添加してもよい。
【0033】
ポリマー溶解液20のポリマーは、生体内で分解されやすい材料(生分解性材料)であるとともに、生体適合性を有する材料(生体適合材料)であることが好ましい。例えば、グルコース、マルトース、プルランなどの糖類や、ゼラチン、ポリ乳酸、乳酸・グリコール酸共重合体などの生分解性ポリマーを使用することができる。中でも、プルラン及びゼラチンは、低温でのキャスト成形が可能な材料であるから、ポリマー溶解液20に薬剤を添加する場合に、ポリマーシート成形時の薬剤の熱劣化を防止できる点で好ましい。
【0034】
ポリマー溶解液20のポリマー濃度は、中空率が十分に高い中空ニードルを形成する観点から、5〜50重量%であることが好ましい。またポリマー溶解液20の粘度は、ポリマー溶解液20の凹部12への充填を容易にする観点から、5Pa・sec以下であることが好ましく、2Pa・sec以下であることがさらに好ましい。
【0035】
ポリマー溶解液20の付与量(膜厚)は、所望の膜厚の中空ニードルシートが得られるように、ポリマー溶解液20のポリマー濃度を考慮して、適宜調節されることが好ましい。
【0036】
次に、図1(c)に示すように、ポリマー溶解液20がモールド10の凹部壁面14に密着した状態を維持しながら、ポリマー溶解液20を乾燥収縮させる。ポリマー溶解液20を乾燥収縮させる方法として、加熱、送風、減圧などにより、ポリマー溶解液20の溶媒を揮発させる方法が挙げられる。
【0037】
ここで、ポリマー溶解液20が凹部壁面14に密着した状態とは、ポリマー溶解液20が凹部壁面14から剥離していない状態、すなわち、ポリマー溶解液20と凹部壁面14との間に空隙が生じていない状態、又はこれに準ずる状態をいう。ポリマー溶解液20と凹部壁面14との間の空隙発生を防止するためには、気体透過性が低い材質のモールド10を用いることが好ましい。気体がモールド10を透過して、ポリマー溶解液20と凹部壁面14との間に侵入して、空隙を形成することを抑制することができるからである。
【0038】
ポリマー溶解液20の乾燥収縮の過程において、ポリマー溶解液20は、ポリマー濃度に応じた一定の収縮率で膜厚減少するため、乾燥収縮したポリマーシート22はモールド10の表面に沿った形状を有する。すなわち、モールド10の針状凹部12には、中空部26を有する中空針状凸部24が凹部壁面14に沿って形成される。
【0039】
中空針状凸部24に中空部26を形成するには、モールド10の針状凹部12の形状(例えば、直径(幅)や深さ)に応じて、ポリマーシート22の膜厚tを適切な値に設定することが好ましい。例えば、直径(幅)が400μmであり、深さが2000μmの針状凹部12の場合は、ポリマーシート22の膜厚tは、200μm以下であることが好ましく、150μm以下であることがさらに好ましい。なお、ポリマーシート22の膜厚tは、モールド10の表面の平坦面16上のポリマーシート22の厚さ(図2に示す基底部28の膜厚)を意味する。このように、針状凹部12の直径(幅)や深さに応じてポリマーシート22の膜厚を調節することにより、中空針状凸部24を高精度に形成することができる。
【0040】
そして、モールド10から剥離することで、図1(d)に示すような、中空針状凸部24を有するポリマーシート22が得られる。
【0041】
ポリマーシート22の剥離の態様として、例えば、片面に接着層を有するシートをポリマーシート22の裏面に付着させて当該シートごと剥離する方法や、ポリマーシート22の裏面に吸盤を吸着させて剥離する方法などが挙げられる。
【0042】
次に、上述の工程により製造されるポリマーシート22の構造について説明する。
【0043】
図2は本実施形態に係る方法により製造されるポリマーシートの構造例を示す断面図である。
【0044】
図2に示すように、ポリマーシート22は、中空部26が形成された中空針状凸部24を有する。図2には一本の中空針状凸部24のみを示しているが、複数本の中空針状凸部24を二次元又は三次元配列してもよい(図1(d)に図示)。
【0045】
中空針状凸部24の形状は、高さが10〜2000μm、アスペクト比が1以上である高アスペクト比構造であることが好ましく、例えば、円柱や角柱などの柱形状や、円錐または角錐などの錐形状や、柱形状と錐形状とを組み合わせた形状(「錐柱形状」と呼ぶ。「鉛筆形状」ともいう。)や、これらに準ずる形状であってもよい。錐柱形状として、例えば、三角柱と三角錐を組み合わせた三角錐柱形状や、四角柱と四角錐を組み合わせた四角錐柱形状に代表される多角錐柱形状、円柱と円錐を組み合わせた円錐柱形状等が挙げられる。図2には、錐形状の先端部と、柱形状の根元部とを有する錐柱形状の中空針状凸部24を例示している。
【0046】
ここで、中空針状凸部24の高さは基底部28の表面からの突起長さHを意味し、中空針状凸部24のアスペクト比Aは、中空針状凸部24の高さ(突起長さ)Hと幅(直径)Dを用いて、A=H/Dにより定義される。
【0047】
中空針状凸部24の先端厚さHは、中空針状凸部24のニードル強度を決定する重要な因子の一つであり、ポリマー溶解液20のポリマー濃度及びポリマーシート22の膜厚により調節可能である。また、中空針状凸部24の先端部(錐状部)の長さHも、中空針状凸部24のニードル強度を決定する重要な因子の一つであり、針状凹部12の形状を適宜変更することで調節可能である。
【0048】
中空針状凸部24の裏面は密閉されているのではなく、開放されている。中空針状凸部24の中空部26は、ニードル外表面30の形状に追従するように陥没した形状を有するニードル内表面32により画成される。
【0049】
また、中空部26の中空率は、中空針状凸部24の強度を維持しつつ十分な中空体積を確保する観点から、50〜95%であることが好ましい。ここで、中空針状凸部24の中空率は、基底部28を無視して、中空針状凸部24のみに着目して算出した中空率を意味する。
【0050】
以上説明したように、中空針状凸部24に中空部26を設けることにより、患者の体内における中空針状凸部24の溶解に必要な時間、すなわち投薬時間を短縮することができるため、より効率的な薬剤投与が可能となる。
【0051】
さらに、中空部26に薬剤を充填することもできる。図3は、中空部に薬剤を充填したポリマーシートの構造例を示す断面図である。
【0052】
図3に示すポリマーシート22の裏面には、中空針状凸部24の中空部26に充填された薬剤の漏出を防ぐ目的で、接着剤シート34が設けられている。中空部26に充填する薬剤は、中空針状凸部24が生分解された後、患者体内に吸収される。中空部26に充填する薬剤は、乾燥した粉末状であってもよいし、液状であってもよい。
【0053】
中空部26への薬剤充填は、ポリマー溶解液20への薬剤添加の有無にかかわらず行うことができ、ポリマー溶解液20への薬剤添加と、中空部26への薬剤充填とを併用することも可能である。ポリマー溶解液20への薬剤添加と、中空部26への薬剤充填とを併用する場合は、ポリマー溶解液20に添加する薬剤と、中空部26に充填する薬剤との種類を自由に組み合わせてもよい。
【0054】
特に、先に投与すべき一次薬剤をポリマー溶解液20に添加し、後で投与すべき二次薬剤を中空部26に充填することにより、時間差をおいて、異なる効能を有する二つの薬剤を患者に投与することが可能となる。この場合は、中空針状凸部24の膜厚により、一次薬剤と二次薬剤の投与間隔(時間差)を調節することができる。
【0055】
次に、ポリマーシート22の製造に用いられるモールド10の作製方法について説明する。モールド10の作製方法として、ドリルを用いた機械加工により金属板に針状凹部12を穿孔する方法や、原版を樹脂で型取りする方法や、電鋳により原版の反転形状を形成する方法が挙げられる。
【0056】
図4は樹脂型取りによるモールド作製方法を示す図である。原版40に樹脂溶液を注型して固化した後に、原版40から剥離して、モールド10を作製する。モールド10の作製に用いる原版40は、金属材料を機械加工することで作製してもよいし、電子ビームリソグラフィ及びエッチングにより、石英、ガラス、シリコン等の無機材料を微細加工することで作製してもよい。耐久性の高い材料を用いて原版40を作製すれば、一個の原版40を繰り返し使用して、モールド10の作製を反復することも可能である。
【0057】
上述の方法で作製されるモールド10は単独で使用してもよいし、複数のモールド10を並べて使用してもよい。図5は複数のモールドを含む大面積モールドを示す図である。
【0058】
図5に示す大面積モールド100は、複数のモールド10が接着剤層42を介して基板44に固定された構成を有する。大面積モールド100を用いてポリマーシート22を製造すれば、生産効率が大幅に向上する。
【0059】
以上説明したように、本実施形態によれば、ポリマー溶解液20がモールド10の凹部壁面14に密着した状態を維持しながら、ポリマー溶解液20を乾燥収縮させることにより、中空針状凸部24を有するポリマーシート22を容易に作製することができる。
【0060】
また、モールド10の材質として、剥離性に優れるシリコーン樹脂を選択することにより、ポリマーシート22に損傷を与えずに、ポリマーシート22をモールド10から剥離することができる。
【0061】
さらに、針状凹部12の形状(例えば、針状凹部の幅や深さ)に基づいて、ポリマーシート22の膜厚tを調節することで、中空針状凸部24を高精度に形成することができる。
【0062】
以上、本発明の一例について詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変形を行ってもよいのはもちろんである。
【0063】
例えば、上述の実施形態では、モールド10にポリマー溶解液20を付与した後、続けて、ポリマー溶解液20を乾燥収縮させる例について説明したが、ポリマー溶解液20を乾燥収縮させる前に、ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進してもよい。ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進する方法として、ポリマー溶解液20をモールド10に注型した後にポリマー溶解液20を加圧する方法や、ポリマー溶解液20を減圧下でモールド10に注型した後に大気圧に戻す方法などが挙げられる。
【0064】
図6はポリマー溶解液の針状凹部への充填を促進する加圧充填装置を示す図である。
【0065】
図6に示す加圧充填装置50は、流入口58及び排出口60を備える耐圧容器52と、耐圧容器52の内部に設けられた台座54と、耐圧容器52に加圧流体を送り込むコンプレッサー56とを含む。以下で、加圧充填装置50の動作について説明する。
【0066】
ポリマー溶解液20を注型したモールド10が台座54に載置された状態で、コンプレッサー56により、流入口58を介して耐圧容器52に加圧流体を送り込む。コンプレッサー56による加圧は、例えば、圧力が0.01〜5MPaの範囲で、加圧時間が5sec〜5000secの条件で行われる。なお、ポリマー溶解液20の注型は、耐圧容器52の中で行ってもよい。
【0067】
加圧流体は、気体又は液体を用いることができる。加圧流体として使用可能な気体には、空気を挙げることができるが、ポリマー溶解液20への加圧流体の溶解を防止する観点から、ポリマー溶解液20に対する溶解率が低い気体を選択することが好ましい。例えば、ポリマー溶解液20の溶媒が水の場合は、加圧流体として窒素ガスを用いることが好ましい。
【0068】
ポリマー溶解液20の揮発による粘度上昇を防止する観点から、ポリマー溶解液20の溶媒と同種の液体を耐圧容器52の内部に予め溜めておき、耐圧容器52の内部が当該液体の蒸気で飽和した状態にすることが好ましい。
【0069】
このようにして、ポリマー溶解液20の針状凹部12への充填を促進することによって、ポリマー溶解液20が凹部壁面14に密着した状態を積極的に作り出すことができ、中空針状凸部24の形成が容易になる。
【0070】
なお、上述の実施形態では、中空針状凸部24を有する中空ニードルシートを作製する例について説明したが、本発明はこれに限定されず、中空マイクロピラーなど、種々の高アスペクト比の中空構造が形成されたシートを作製する場合にも適用可能である。
【実施例】
【0071】
上述の実施形態に係る方法により、以下に示すように中空ニードルシートを作製して、中空ニードルの中空状態を評価した。
【0072】
[実施例1]
<モールドの作製>
まず、40mm×40mmの平滑な銅板の中央部10mm×10mmの領域に、ダイヤモンドバイトを用いた切削加工により、先端部が底面直径400μm、高さ1000μmの円錐であり、根元部が直径400μm、高さ1000μmの円柱である円錐柱状(鉛筆形状)の凹部を、ピッチ460μmで形成して、原版を作製した。この原版を用いて、シリコーンゴム(信越化学工業株式会社製、信越シリコーン型取り用RTVゴム)の転写品を作製し、厚さが5mmであって、サイズが40mm×40mmのモールドを得た。モールドの中央部10mm×10mmには、先端部が底面直径400μm、高さ1000μmの円錐であり、根元部が直径400μm、高さ1000μmの円柱である円錐柱状の凹部が形成された。
【0073】
<ポリマー溶解液の調製>
ゼラチン(新田ゼラチン株式会社製、新田ゼラチン732)を水で溶解し、ゼラチン濃度が20重量%の水溶液を調製した。このゼラチン水溶液を、40℃で攪拌し、40℃で保温した。ゼラチン水溶液の40℃における粘度は、約300mPa・secだった。
【0074】
<ポリマー溶解液の注型>
サイズが40mm×40mm、厚さが3mmのシリコーンシート(信越ファインテック株式会社製、シンエツシリコシートBAグレード)の中央部分に、30mm×30mmの開口部を設けた。モールドの円錐柱状孔パターン部がシリコーンシートの開口部から露出するように位置合わせした状態で、シリコーンシートをモールドに積層・接着した。この後、ディスペンサを用いて、シリコーンシートが接着されたモールド(シリコーンシートの開口部)に、ポリマー溶解液を0.5ml滴下した。
【0075】
<加圧充填装置>
内径150mm、長さ150mm、肉厚10mmのアクリルパイプに、肉厚1mmのアクリル底板を溶接して、上部の開口部にはO-リング用の溝が刻まれたアクリルフランジを取り付けた。この後、フランジにボルトで固定可能な蓋を取り付けて、耐圧容器を作製した。
【0076】
蓋に2つの貫通口(流入口及び排出口)を設けて、流入口をコンプレッサーと接続し、排出口に弁を設けた。流入口とコンプレッサーとの間には、圧力計を配置した。
【0077】
高さ50mmの脚に支持される、直径が100mmのアクリル製ステージを、耐圧容器の内部に設置した。さらに、耐圧容器全体を加熱ジャケットで覆った。
【0078】
<ポリマー溶解液の加圧充填>
ポリマー溶解液の溶媒である水の揮発を防止するため、耐圧容器内の底部に、高さ40mmまで温水を溜めた。ポリマー溶解液を注型したモールドを、耐圧容器内のステージ上に載置して、フランジと蓋の間にO-リングを挟み、耐圧容器をボルトで密封した。加熱ジャケットにより耐圧容器の内部を40℃まで加熱した後、コンプレッサーから耐圧容器内に圧縮空気を注入した。これにより、耐圧容器内の圧力を、0.5MPaで、5分間保持した。
【0079】
<乾燥工程>
モールドを耐圧容器から取り出し、オーブンに投入して、50℃、12時間の乾燥処理を行った。乾燥処理により、ポリマー溶解液が固化して、ポリマーシートが得られた。
【0080】
<剥離工程>
モールドに積層・接着したシリコーンシートを取り外した後、ポリマーシートの裏面に粘着テープを貼りつけて、当該粘着テープごとモールドから剥離した。
【0081】
<成形品>
モールドから剥離したポリマーシートは、円錐柱状のニードルが表面に形成され、基底部の膜厚は100±20μmであった。ポリマーシートの円錐柱状ニードルを測長して、円錐柱状ニードルの中空度を算出したところ、中空度は80%であった。
【0082】
[実施例2]
実施例1の方法で、ゼラチン濃度が5重量%のポリマー溶解液を、ディスペンサで0.5ml滴下した。最終的に得られたポリマーシートは、基底部膜厚が30±10μm、中空度が95%であった。
【0083】
[実施例3]
実施例1の方法で、ゼラチン濃度が5重量%のポリマー溶解液を、ディスペンサで3ml滴下した。最終的に得られたポリマーシートは、基底部膜厚が150±20μm、中空度が95%であった。
【0084】
[比較例1]
円錐柱状凹部の幅が200μmのモールドを用いて、実施例1と同様に、ゼラチン濃度が20重量%のポリマー溶解液を、ディスペンサで0.5ml滴下した。最終的に得られたポリマーシートは、基底部膜厚が100±20μmであった。ポリマーシートの円錐柱状ニードルは、中空部を持たない中実構造であった。
【0085】
[比較例2]
実施例1の方法で、ゼラチン濃度が20重量%のポリマー溶解液を、ディスペンサで3ml滴下した。最終的に得られたポリマーシートは、基底部膜厚が650±20μmであった。ポリマーシートの円錐柱状ニードルは、中空部を持たない中実構造であった。
【0086】
[実施例及び比較例の比較検討]
上述の実施例1〜3と比較例1及び2とにおける、ポリマーシートの膜厚及び中空度の測定結果を下記の表に示す。
【0087】
【表1】

【0088】
この表から、ゼラチン濃度及びポリマー溶解液の滴下量に応じて、ポリマーシートの膜厚が変化することが分かる。ポリマーシートの膜厚が100±20μm(実施例1)、30±10μm(実施例2)および150±20μm(実施例3)の場合には、中空ニードルを形成可能であった。一方、円錐柱状凹部の幅が200μm(比較例1)の場合やポリマーシートの膜厚が650±20μm(比較例2)の場合には、中空ニードルを形成することができなかった(中空率が0%)。
【0089】
[中空ニードルの形成条件]
ニードルが中空の場合は、モールド10の凹部壁面14に沿ってニードルが形成されるので、ニードル幅は針状凹部12の幅と略同じになる一方で、ニードルが中実の場合は、ポリマー溶解液20の凹部壁面14からの剥離を伴うため、ニードル幅は針状凹部12の幅よりも小さくなる。この性質を利用して、モールドの円錐柱状凹部の幅と、ニードル幅とを比較することにより、ニードルが中実であるか、中空であるかを判断することができる。
【0090】
ポリマーシートの膜厚と、ポリマー濃度を変化させて、中空ニードル形成条件についての検討実験を行った。
【0091】
実施例1の方法で、ゼラチン濃度が、それぞれ、5重量%、10重量%、15重量%及び20重量%の4種類のポリマー溶解液を調製して、種々の滴下量でモールドに注型した。モールドは、実施例1と同様に、先端部が底面直径400μm、高さ1000μの円錐であり、根元部が直径400μm、高さ1000μmの円柱である円錐柱状凹部パターンが形成されたものを用いた。
【0092】
作製されたポリマーシートの膜厚(基底膜厚)と、当該ポリマーシートの針状凸部の幅(ニードル幅)とを測定した。さらに、ポリマーシートに中空ニードルが形成された場合には、中空ニードルの先端厚さも測定した。
【0093】
図7はポリマーシートの膜厚(基底膜厚)及び針状凸部の幅(ニードル幅)の関係を示すグラフである。
【0094】
図7から分かるように、基底膜厚が所定値(約170μm)より小さい場合は、ニードル幅が円錐柱状凹部の幅(400μm)と略同一であることから、中空ニードルが形成されていることが分かる。一方で、基底膜厚が所定値(約170μm)より大きい場合は、ニードル幅が円錐柱状凹部の幅よりも小さいことから、中実ニードルが形成されていることが分かる。なお、基底膜厚が170μm近傍の場合は、中空ニードルと中実ニードルが混在した。
【0095】
このように、ポリマーシートの膜厚tが200μm以下の場合は、中空ニードルが形成された。
【0096】
図8はポリマーシートの膜厚(基底膜厚)及び中空ニードルの先端厚さの関係を示すグラフである。
【0097】
図8から分かるように、ポリマー濃度が10重量%以上の場合は、基底膜厚が薄くなるほど、中空ニードルの先端厚さが薄くなる傾向があった。一方で、ポリマー濃度が5重量%の場合は、基底膜厚と中空ニードルの先端厚さとの間に明確な相関はみられなかった。
【0098】
このように、ポリマーシートの膜厚及びポリマー濃度により、中空ニードルの先端厚さを調節可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】本発明の一実施形態に係る針状アレイシートが製造されるまでの様子を示す図である。
【図2】本実施形態に係る方法により製造されるポリマーシートの構造例を示す断面図である。
【図3】中空部に薬剤を充填したポリマーシートの構造例を示す断面図である。
【図4】樹脂型取りによるモールド作製方法を示す図である。
【図5】複数のモールドを含む大面積モールドを示す図である。
【図6】ポリマー溶解液を針状凹部に加圧充填する加圧充填装置を示す図である。
【図7】基底膜厚とニードル幅との関係を示すグラフである。
【図8】基底膜厚と中空ニードルの先端厚さとの関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0100】
10…モールド、12…針状凹部、14…凹部壁面、16…平坦面、20…ポリマー溶解液、22…ポリマーシート、24…中空針状凸部、26…中空部、28…基底部、30…ニードル外表面、32…ニードル内表面、34…接着剤シート、40…原版、42…接着剤層、44…基板、100…大面積モールド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
針状凹部を有するモールドにポリマー溶解液を付与する付与工程と、
前記針状凹部の反転形状である中空凸部を有するポリマーシートが形成されるように、前記ポリマー溶解液が前記針状凹部に密着した状態を維持しながら前記ポリマー溶解液を乾燥収縮させる乾燥収縮工程と、
前記乾燥収縮工程で形成された前記ポリマーシートを前記モールドから剥離する剥離工程とを含むことを特徴とする中空ニードルシートの製造方法。
【請求項2】
前記モールドはシリコーン樹脂を含むことを特徴とする請求項1に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項3】
前記ポリマーシートの膜厚は、前記針状凹部の形状に基づいて調節されることを特徴とする請求項1又は2に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項4】
前記ポリマー溶解液は薬剤を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項5】
前記ポリマーシートの前記中空凸部の中空部分に薬剤を注入する薬剤注入工程をさらに含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項6】
前記ポリマーシートの前記中空凸部の中空率は、50%以上であって95%以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項7】
前記ポリマーシートの前記中空凸部の裏面が開放であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項8】
前記ポリマー溶解液は、生分解性材料のポリマーを含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項9】
前記ポリマー溶解液は、生体適合材料のポリマーを含むことを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の中空ニードルシートの製造方法により製造される中空ニードルシート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−233808(P2009−233808A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−84487(P2008−84487)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】