説明

磁性ガーネット単結晶膜形成用基板、その製造方法、光学素子およびその製造方法

磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板2を製造するための方法である。まず、液相エピタキシャル成長させるために用いるフラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板10を形成する。次に、ベース基板10の少なくとも結晶育成面に、フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層11を形成する。このベース基板10にバッファ層11を形成する際に、基板10を積極的に加熱せずに、スパッタリングなどの薄膜形成法によりベース基板10にバッファ層11を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえばビスマス置換希土類鉄ガーネット(Bi−RIG)単結晶などの磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法と、この製造方法を用いて製造される基板と、この基板を用いて結晶成長を行う単結晶膜の製造方法と、この製造方法により製造される単結晶膜および光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光アイソレータ、光サーキュレータ、光磁界センサ等に用いられるファラデー回転子などの光学素子の材料としては、一般に、単結晶基板上に磁性ガーネット単結晶膜をエピタキシャル成長させたものが用いられる。基板上に成長させる磁性ガーネット単結晶膜としては、所要のファラデー効果が得られるように大きなファラデー回転係数が望まれる。また、エピタキシャル成長によって良質の単結晶膜を成膜するためには、成膜温度から室温までの温度域において、基板単結晶と、成長する単結晶膜との間の格子定数差が極力小さいことが要求される。
【0003】
磁性ガーネット単結晶膜のファラデー回転係数は、希土類成分の一部をビスマスで置換することにより著しく増加することが知られている。ビスマス置換量の増加は、同時に磁性ガーネット単結晶膜の格子定数の増加をもたらすため、成膜に用いる基板材料にも、より大きな格子定数が要求され、たとえばCa、Zr、Mg等を添加して格子定数を大きくしたガドリニウム・ガリウムガーネット(GGG)が単結晶基板材料として用いられている(特許文献1、特公昭60−4583号公報参照)。
【0004】
しかしながら、このCa、Zr、Mg等を添加したGGG単結晶基板上にビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を厚膜状に(たとえば200μm以上の膜厚)に成長させようとした場合、成膜中および成膜後の基板や単結晶膜に反りや割れなどを生じやすく、成膜時および加工時の製造歩留り低下の原因となっている。
【0005】
この問題を解消すべく、本発明者等は、室温から850℃までの温度領域で、結晶方位<111>に直交する面内の熱膨張係数がビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶に極めて近い値を有する特定組成のガーネット単結晶基板を提案している(特許文献2、特開平10−139596号公報参照)。この単結晶基板を用いることにより、結晶欠陥や反り、割れなどが発生しない厚膜状のビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長により形成させることができる。
【0006】
しかしながら、この特定組成のガーネット単結晶基板は、ビスマス置換希土類鉄ガーネット(Bi−RIG)単結晶膜を液相エピタキシャル成長させる際に析出溶媒質として用いられる酸化鉛フラックスに対して不安定であり、良質なビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶を得る歩留まりが悪いということが本発明者等により見出された。特に、NbまたはTaを含む基板組成でこの傾向は大きいことが判明した。
【0007】
そこで、本発明者等は、フラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板の基板育成面に、フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層を形成した基板を開発し、先に出願している(特許文献3、PCT/JP02/06223参照)。
【0008】
ベース基板の結晶育成面にバッファ層を形成する手段としては、スパッタリング法などの種々の薄膜形成法を適用することができる。しかしながら、従来では、薄膜形成法によりバッファ層を形成する際には、バッファ層の結晶品質を良好にするために、成膜時の基板温度を600℃以上の高温にする必要があると考えられていた。そのために、基板の加熱および冷却に長時間(数時間〜十数時間)を必要とすると共に、基板加熱のためのヒータとして高性能のヒータを用いる必要があり、製造工程時間の増大および製造装置の高額化など、製造コストの増大が問題となる。
【0009】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、結晶欠陥や反り、割れ、剥離などが発生しない厚膜状の磁性ガーネット単結晶膜を、高品質で歩留まり良く、液相エピタキシャル成長により安定して、低コストで形成することができる磁性ガーネット単結晶膜形成用基板、光学素子およびその製造方法を提供することにある。
【発明の開示】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法は、
磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を製造するための方法であって、
液相エピタキシャル成長させるために用いるフラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板を形成する工程と、
前記ベース基板の少なくとも結晶育成面に、前記フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層を形成する工程とを有し、
前記ベース基板に前記バッファ層を形成する際に、前記基板を積極的に加熱せずに前記ベース基板に前記バッファ層を形成することを特徴とする。
【0011】
本発明の第2の観点に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法は、
磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を製造するための方法であって、
液相エピタキシャル成長させるために用いるフラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板を形成する工程と、
前記ベース基板の少なくとも結晶育成面に、前記フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層を形成する工程とを有し、
前記ベース基板に前記バッファ層を形成する際に、前記基板の温度を室温から600°C未満の温度に管理して、前記ベース基板に前記バッファ層を形成することを特徴とする。
【0012】
前記フラックスとしては、特に限定されないが、たとえば酸化鉛および/または酸化ビスマスを含有しているフラックスである。なお、本発明において、「フラックスに対して不安定」とは、フラックス中の溶質成分が、対象物(ベース基板またはバッファ層)を核として結晶化を開始する、いわゆる過飽和状態において、対象物を構成する材質の少なくとも一部がフラックスに対して溶出すること、および/またはフラックス成分の少なくとも一部が対象物に拡散することで、単結晶膜の液相エピタキシャル成長を阻害することを意味する。また、「フラックスに対して安定」とは、「フラックスに対して不安定」の逆の現象を意味する。
【0013】
本発明によれば、液相エピタキシャル成長により形成する対象となる磁性ガーネット単結晶、たとえばビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶、に極めて近い熱膨張係数を有する特定組成のガーネット単結晶基板を選択し、その基板がフラックスに対して不安定であるとしても、安定して液相エピタキシャル成長を行うことができる。なぜなら、ベース基板の上には、フラックスに対して安定なバッファ層が形成してあるからである。
【0014】
このため、本発明では、ファラデー回転子などの光学素子に用いられるビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を、結晶欠陥や反り、割れ、剥離などの発生を抑制して、高品質で高製造歩留まりで液相エピタキシャル成長させることができる。すなわち、本発明によれば、比較的に厚膜(たとえば200μm以上)で、大面積(たとえば直径3インチ以上)の磁性ガーネット単結晶膜を、液相エピタキシャル成長により得ることができる。
【0015】
特に本発明では、バッファ層を形成する際に、基板を積極的に加熱せずに、あるいは加熱したとしても室温から600°C未満、好ましくは室温〜300°C、特に好ましくは室温〜100°Cの温度に管理して、ベース基板にバッファ層を形成する。このため、本発明では、基板の加熱および冷却に要する時間を大幅に低減することができる。また、高性能なヒータを用いる必要がないので、新たな製造設備投資による製造コストの増大を低減することができる。
【0016】
なお、基板を積極的に加熱しなくとも、良質なバッファ層を形成することができることは、本発明者等により初めて見出されたものである。基板を積極的に加熱しなくとも、スパッタリングなどの薄膜形成方法では、基板の温度は上昇するが、本発明において、この場合、基板を積極的に加熱していることにはならない。
【0017】
好ましくは、前記ベース基板にバッファ層を形成した後、前記バッファ層を、600〜900°Cの温度でアニール処理する。アニール処理の温度が低すぎる場合には、バッファ層の結晶化が不十分になり、良質のバッファ層を得ることが困難になる傾向にあり、温度が高すぎると、バッファ層の結晶品質が悪くなる傾向にある。
【0018】
好ましくは、前記バッファ層は、スパッタリング法などの薄膜形成法により形成する。本発明者等は、ベース基板に対して、スパッタリング法などの薄膜形成法によりバッファ層を形成する際に、基板を積極的に加熱しなくても、後工程においてバッファ層をアニール処理することで、良質のバッファ層を形成することができることを見出した。
【0019】
好ましくは、前記バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の雰囲気ガス(Arなどの不活性ガス)中に、酸素(O)を35体積%以下、さらに好ましくは10〜30体積%で含ませる。酸素を全く含まない雰囲気ガスでは、バッファ層の結晶品質が悪くなる傾向にあり、酸素の量が多すぎると、異常放電などが発生し、良質なバッファ層を得ることが困難になる傾向にある。
【0020】
好ましくは、前記バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の入力電力を2〜10W/cm、さらに好ましくは3〜6W/cmに制御する。この範囲に入力電力を制御することで、良質なバッファ膜を形成することができる。入力電力が小さすぎると成膜速度が遅くなり生産性が低下する傾向にあり、大きすぎると、ベース基板にダメージを与えて結晶性が低下すると共に、ターゲットの割れなどが発生する傾向にある。
【0021】
好ましくは、前記ベース基板が、前記磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数とほぼ等しい熱膨張係数を有している。たとえば、0°C〜1000°Cの温度範囲において、前記ベース基板の熱膨張係数が、前記磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数に対して、±2×10−6/°C以下の範囲にある。
【0022】
ベース基板の熱膨張係数を磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数と略等しくすることで、エピタキシャル成長後の膜が基板に対して剥離することやクラックや欠けなど(以下、「クラックなど」とも称する)の品質低下を有効に防止することができる。なぜなら、磁性ガーネット単結晶膜をエピタキシャル成長により形成する際には、温度が1000°C近くまで上昇し、その後に室温に戻されるため、熱膨張係数が相違すると、エピタキシャル成長膜にクラックなどが発生しやすくなるからである。
【0023】
なお、バッファ層の熱膨張係数は、必ずしも、磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数と略等しくする必要はない。なぜなら、バッファ層の膜厚は、ベース基板の厚みに対して極端に薄く、エピタキシャル成長膜に対する熱膨張差による影響が小さいからである。
【0024】
好ましくは、前記ベース基板が、前記磁性ガーネット単結晶膜の格子定数とほぼ等しい格子定数を有している。たとえば前記ベース基板の格子定数が、前記磁性ガーネット単結晶膜の格子定数に対して、±0.02Å以下の範囲にある。
【0025】
ベース基板の格子定数を、磁性ガーネット単結晶膜の格子定数とほぼ等しくすることで、バッファ層の上に、磁性ガーネット単結晶膜を、液相エピタキシャル成長させやすくなる。
【0026】
好ましくは、前記ベース基板が、NbまたはTaを含む。前記ベース基板に、NbまたはTaを含ませることで、ベース基板の熱膨張係数および/または格子定数を、前記磁性ガーネット単結晶膜の格子定数とほぼ等しくさせることが容易になる。ただし、前記ベース基板にNbまたはTaを含ませると、フラックスに対する安定性が劣化する傾向にある。
【0027】
好ましくは、前記バッファ層が、NbおよびTaを実質的に含まないガーネット系単結晶薄膜である。NbおよびTaを実質的に含まないガーネット系単結晶薄膜は、フラックスに対して比較的に安定だからである。
【0028】
好ましくは、前記バッファ層は、
一般式R12(ただし、Rは希土類金属の少なくとも1種、MはGa,Feから選ばれた1種)で表されるものであり、
あるいは、
X置換ガドリニウム・ガリウムガーネット(ただし、Xは、Ca、Mg、Zrの少なくとも1種)である。
【0029】
このような材質から成るバッファ層は、フラックスに対して比較的に安定であり、しかも、磁性ガーネット単結晶膜の格子定数に近い格子定数を持つので好ましい。
【0030】
好ましくは、前記バッファ層の厚みが1〜10000nm、さらに好ましくは5〜50nmであり、前記ベース基板の厚みが0.1〜5mm、さらに好ましくは0.2〜2.0mmである。バッファ層の厚みが薄すぎると、本発明の効果が小さく、厚すぎると、コスト高になると共に、熱膨張係数の違いなどからエピタキシャル成長膜に対してクラックなどの悪影響を与える傾向にある。また、ベース基板の厚みが薄すぎると、機械的強度が不足して取扱い作業性が悪くなる傾向にあり、厚すぎると、クラックなどの発生が増加する傾向にある。
【0031】
本発明に係る磁性ガーネット単結晶膜の製造方法は、
本発明の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を用いて、前記バッファ層の上に、液相エピタキシャル成長法によって磁性ガーネット単結晶膜を成長させる工程を有する。
【0032】
本発明に係る光学素子の製造方法は、
本発明の磁性ガーネット単結晶膜の製造方法を用いて、前記磁性ガーネット単結晶膜を形成した後、
前記ベース基板およびバッファ層を除去し、前記磁性ガーネット単結晶膜から成る光学素子を形成する工程を有する。
【0033】
好ましくは、前記ベース基板およびバッファ層を除去し、
前記ベース基板の結晶育成面に形成された磁性ガーネット単結晶膜のみを残し、
前記磁性ガーネット単結晶膜から成る光学素子を形成する。
【0034】
本発明では、ベース基板の結晶育成面のみでなく、その結晶育成面と交差する側面にも、バッファ層を形成しても良い。その場合には、ベース基板の側面にも、磁性ガーネット膜が形成されることになる。本発明において、ベース基板の側面に形成される磁性ガーネット膜は、ベース基板の結晶育成面に形成された磁性ガーネット単結晶膜に比較して、品質が劣るので、この部分を除去して光学素子として使用することが好ましい。
【0035】
本発明に係る光学素子は、本発明の光学素子の製造方法により得られる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
図1Aおよび図1Bは本発明の一実施形態に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造過程を示す概略断面図、図1Cは磁性ガーネット単結晶膜形成用基板に単結晶膜を形成する過程を示す概略断面図、
図2はスパッタリング装置の概略図、
図3は結晶成長を行うための装置の概略図、
図4は本発明の一実施例に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を用いて結晶成長させた場合の表面光学顕微鏡写真、
図5は本発明の他の実施形態に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板と、これを用いて成長した単結晶膜を示す断面図、
図6は図5に示す磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を用いて結晶成長させた場合の表面光学顕微鏡写真、
図7は本発明の比較例に係る磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の表面に単結晶膜を成膜した状態の表面SEM像である。
発明を実施するための最良の態様
【0037】
第1実施形態
図1Bに示すように、本実施形態における磁性ガーネット単結晶膜形成用基板2は、ベース基板10と、このベース基板10の結晶育成面に形成されたバッファ層11とを有する。ベース基板10は、図1Cに示すビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶からなる磁性ガーネット単結晶膜12に極めて近い値の格子定数および熱膨張係数を有するが、酸化鉛フラックスに対して不安定である。バッファ層11は、酸化鉛フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜で構成してある。
【0038】
この基板2におけるバッファ層11上に、図1Cに示すように、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜12が液相エピタキシャル成長される。ベース基板10は、バッファ層11を介して磁性ガーネット単結晶膜12を成長させるために、単結晶膜12との格子整合性が良く、かつ線熱膨張係数が単結晶膜12のそれに近い特性を有している。
【0039】
ベース基板10は、たとえば一般式M1M2M312で示される非磁性ガーネット系単結晶で構成してある。この一般式において、M1は、たとえばCa、Sr、CdおよびMnの中から選ばれる金属である。M1は、価数2+で安定に存在し、配位数8を取ることができ、この状態でのイオン半径が0.096〜0.126nmの範囲にあるものが好ましい。M2は、たとえばNb、TaおよびSbの中から選ばれる金属である。M2は、価数5+で安定に存在し、配位数6を取ることができ、この状態でのイオン半径が0.060〜0.064nmの範囲にあるものが好ましい。M3は、たとえばGa、Al、Fe、Ge、SiおよびVの中から選ばれる金属である。M3は、価数3+、4+または5+で安定に存在し、配位数4を取ることができ、この状態でのイオン半径が0.026〜0.049nmの範囲にあるものが好ましい。なお、これらのイオン半径は、シャノン(R.D.Shannon)により定められた有効イオン半径の値である。これらのM1、M2およびM3は、それぞれ単独の金属であってもよいし、また2種以上の金属の組み合せであってもよい。
【0040】
さらに、M1の金属は、価数および格子定数を調整するために、必要に応じ、50アトミック%未満の範囲内でその一部を、その組成においてCaまたはSrと置換可能な金属M4で置換しても良い。M4としては、たとえばCd、Mn、K、Na、Li、Pb、Ba、Mg、Fe、Co、希土類金属およびBiの中から選ばれた少なくとも1種、好ましくは配位数8を取り得るものであることが好ましい。
【0041】
また、M2は、M1の場合と同じように、50アトミック%未満の範囲で、その一部を、その組成において、Nb、TaまたはSbと置換可能な金属M5で置換しても良い。M5としては、たとえばZn、Mg、Mn、Ni、Cu、Cr、Co、Ga、Fe、Al、V、Sc、In、Ti、Zr、SiおよびSnの中から選ばれた少なくとも1種、好ましくは配位数6を取りうるものが例示される。
【0042】
このような組成の単結晶基板は、熱膨張係数が、成長されるビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶の熱膨張係数に近似し、また、この単結晶との格子整合性が良好である。特に、前記の一般式において、xが2.98〜3.02、yが1.67〜1.72およびzが3.15〜3.21の範囲の数であるものが好適である。
【0043】
このような組成のベース基板10の熱膨張係数は、室温〜850℃において、1.02×10−5/℃〜1.07×10−5/℃程度であり、ビスマス置換希士類鉄ガーネット単結晶膜の同じ温度範囲の線熱膨張係数1.09×10−5/℃〜1.16×10−5/℃に非常に近似している。
【0044】
また、このベース基板10の厚さについては特に制限はないが、膜厚が200μm以上の厚膜のビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を成膜する場合には、成膜時における基板および単結晶膜の割れや反りなどの発生が抑制され、品質の良好な単結晶膜が得られる点で、厚さ1.5mm以下にするのが良い。ベース基板の厚さが1.5mmを超えると、厚さの増加に伴い、基板と単結晶膜の界面近傍でクラックの発生が増加する傾向がみられる。また、単結晶基板10の厚さがあまり薄すぎると機械的強度が小さくなり取扱い性が悪くなるので、厚さ0.1mm以上のものが好ましい。
【0045】
単結晶基板10上に形成されるバッファ層11は、ガーネット系単結晶薄膜で構成してある。このガーネット系単結晶薄膜としては、
一般式R12(ただし、Rは希土類金属の少なくとも1種、MはGa,Feから選ばれた1種)で表されるものであり、
あるいは、
X置換ガドリニウム・ガリウムガーネット(ただし、Xは、Ca、Mg、Zrの少なくとも1種)などが例示される。
【0046】
これらの中でも、ネオジウム・ガリウムガーネット、サマリウム・ガリウムガーネット、ガドリニウム・ガリウムガーネット、およびX置換ガドリニウム・ガリウムガーネット(ただし、Xは、Ca、Mg、Zrの少なくとも1種)から選ばれた1種を用いることが好ましいが、酸化鉛フラックスに対して安定なガーネット系材料であれば、これに限定されることはない。
【0047】
本発明の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板におけるベース基板10の製造方法については特に制限はなく、従来のGGG単結晶基板などの製造において慣用されている方法を採用することができる。
【0048】
たとえば、まず、前述の一般式におけるM1で示される金属、M2で示される金属、およびM3で示される金属の中から、それぞれ1種または2種以上選ばれた金属と、場合により用いられるM4で示される金属およびM5で示される金属の中から、それぞれ1種または2種以上選ばれた金属とを、それぞれ所定の割合で含有する均質な溶融混合物を調製する。次いで、この溶融混合物中に、たとえば長軸方向が<111>であるGGG種子結晶などを液面に対して垂直に浸漬し、ゆっくり回転させながら引き上げることにより、多結晶体を形成させる。
【0049】
この多結晶体にはクラックが多数存在するので、その中からクラックのない単結晶部分を選択し、結晶方位を確認したのち、種子結晶として、再度、上記溶融混合物中に、結晶方位<111>が液面に対して垂直になるように浸漬し、ゆっくり回転させながら引き上げることにより、クラックの存在しない単結晶を形成させる。次に、この単結晶を成長方向と垂直に所定の厚さに切断し、両面を鏡面研磨したのち、たとえば熱リン酸などでエッチング処理し、図1Aに示すベース基板10が得られる。
【0050】
このようにして得られたベース基板10上に、本実施形態では、スパッタリング法、CVD法、パルスレーザ蒸着法、またはその他の薄膜成膜技術により、図1Bに示すように、前述した組成のガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層11を成膜する。なお、ベース基板10の結晶育成面は、バッファ層11の形成前に研磨処理などにより平坦化することが好ましい。
【0051】
バッファ層11をスパッタリング法により成膜する場合には、たとえば図2に示すスパッタリング装置30が用いられる。このスパッタリング装置30は、チャンバ32と、チャンバ32の内部に保持されるターゲット34と、ターゲット34に対向してチャンバ内に配置されるベース基板10を保持する保持機構35とを有する。ターゲット34には、電源36から高周波高電圧が印加されるようになっている。チャンバ32内には、パイプ38を通してスパッタガスが導入され、チャンバ32の内部は、排気口40に接続してある真空ポンプなどにより所定の真空度に保たれるようになっている。
【0052】
本実施形態では、スパッタリング時には、チャンバ32の内部は、0.1〜10Pa、好ましくは0.5〜3Paに保たれ、ターゲット34には、電源36より、2〜10W/cm、さらに好ましくは3〜6W/cmの入力電力が印加される。この範囲に入力電力を制御することで、良質なバッファ膜を形成することができる。
【0053】
また、チャンバ32の内部には、パイプ38を通して、Arなどの不活性ガス中に、酸素(O)を35体積%以下、さらに好ましくは10〜30体積%で含ませたスパッタガスが導入される。酸素を全く含まないスパッタガス(雰囲気ガス)では、バッファ層11の結晶品質が悪くなる傾向にあり、酸素の量が多すぎると、異常放電などが発生し、良質なバッファ層11を得ることが困難になる傾向にある。
【0054】
本実施形態では、スパッタリングに際して、保持機構35によりベース基板10を積極的に加熱しない。なお、スパッタリング処理の影響で基板10の温度が、時間と共に上昇するが、結果として、基板10の温度は、室温から600°C未満、好ましくは室温〜300°C、特に好ましくは室温〜100°Cの温度に管理される。
【0055】
このようなスパッタリング処理によりベース基板10の上に形成されるバッファ層11の厚みは、好ましくは1〜10000nm、さらに好ましくは5〜50nmの範囲にある。これらのバッファ層11の厚みが薄すぎると、本発明の効果が小さく、厚すぎると、コスト高になると共に、熱膨張係数の違いなどからエピタキシャル成長膜に対してクラックなどの悪影響を与える傾向にある。
【0056】
このように構成してある磁性ガーネット単結晶膜形成用基板2を用い、液相エピタキシャル成長法によって、図1Cに示すように、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜から成る磁性ガーネット単結晶膜12が形成される。
【0057】
この磁性ガーネット単結晶膜12を構成するビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の組成は、たとえば、一般式Bi3−mFe5−nMnO12(式中のRは、希土類金属の少なくとも1種、MはGa、Al、In、Sc、Si、Ti、GeおよびMgの中から選ばれた少なくとも1種の金属であり、mおよびnは、0<m<3.0、0≦n≦1.5の範囲である)で表わされる。
【0058】
この一般式において、Rで示される希土類金属としては、たとえばY、La、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luなどが挙げられ、これらは1種含まれていてもよいし、2種以上含まれていてもよい。
【0059】
この単結晶においては、Rで示される希土類金属の一部はビスマスで置換されており、このビスマスによる置換の割合はmで表わされ、このmの値は、0<m<3.0の範囲であるが、特に0.5〜1.5の範囲にある場合、単結晶の熱膨張係数と単結晶基板の線熱膨張係数とが極めて近似したものになるので、有利である。また、MはFeと置換可能な非磁性金属元素で、Ga、Al、In、Sc、Si、Ti、Ge、Mgであり、これらは1種含まれていてもよく、2種以上含まれていてもよい。この非磁性金属元素のFeとの置換の割合nは0〜1.5の範囲で選ばれる。
【0060】
液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成させるには、たとえば、まず、(1)酸化ビスマスと、(2)少なくとも1種の希土類金属酸化物と、(3)酸化鉄と、(4)場合により用いられるGa、Al、In、Sc、Si、Ti、GeおよびMgの中から選ばれた少なくとも1種の金属の酸化物とを、それぞれ所定の割合で含有する均質な溶融混合物を調製する。析出用溶質としては、通常、主要構成成分として酸化鉛が用いられるが、酸化ビスマスなどのその他の析出用媒質であっても良い。また、所望に応じ、結晶成長向上剤として、酸化ホウ素などを含有させてもよい。
【0061】
次に、この溶融混合物(図3に示す坩堝20内の溶質フラックス22)中に、本発明の基板2を浸漬することにより、基板2におけるバッファ層11の表面に、溶融混合物から単結晶をエピタキシャル成長させて、磁性ガーネット単結晶膜12を成膜する。この際の溶融混合物の温度は、原料混合物の組成などにより異なるが、通常は600〜1000℃の範囲で選ばれる。また、基板2は、溶融混合物中に静置してエピタキシャル成長させてもよいし、図2に示す回転軸24により適当に回転させながらエピタキシャル成長させてもよい。基板2を回転させる場合、その回転数は10〜200rpm程度が有利である。また、成膜速度は、通常0.08〜0.8μm/分程度である。浸漬時間は、成膜速度および所望の膜厚などにより異なり、一概に定めることはできないが、通常は、10〜100時間程度である。
【0062】
エピタキシャル成長終了後、基板2を溶融混合物から引き上げ、付着している溶融混合物を十分に振り切ったのち、室温まで冷却する。次いで、希硝酸などの鉱酸水溶液中に浸漬して、形成した単結晶膜表面に付着している溶融混合物の固化物を取り除いたのち、水洗、乾燥する。このようにして、基板2上に形成されるビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶から成る磁性ガーネット単結晶膜12の厚さは、通常100〜1000μmの範囲である。また、その熱膨張係数は、室温〜850℃において、1.0×10−5/℃〜1.2×10−5/℃程度である。
【0063】
このようにして、基板2上に形成されたビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜の結晶構造および組成は、それぞれX線回折および蛍光X線による組成分析などにより同定することができる。また、この単結晶膜12の性能は、単結晶膜12から基板2(ベース基板10+バッファ層11)を研磨加工などで除去し、その後、単結晶膜12の両面を研磨加工処理したのち、その両面に無反射膜を設け、ファラデー回転係数、透過損失および温度特性などを求めることにより、評価することができる。
【0064】
第2実施形態
図5に示すように、本実施形態では、ベース基板10の底面(結晶育成面)10aのみでなく、その側面10bの全周にも、バッファ層11を連続して形成する。その他の構成および作用は、第1実施形態と同様なので、その詳細な説明は省略する。
【0065】
本実施形態では、バッファ層11は、ベース基板10の底面10aに形成される底面バッファ層11aと、ベース基板10の側面10bに形成される側面バッファ層(側面保護膜)11bとから構成される。
【0066】
本実施形態では、バッファ層11は、ベース基板10の底面10aのみでなく、ベース基板10の側面10bにも形成する。そのため、本実施形態では、ベース基板10の底面10aのみならず、側面10bも研磨し、側面10bにもバッファ層11が形成される条件で成膜を行う。たとえばスパッタリング法を採用する場合には、成膜圧力を0.1〜10Pa、好ましくは1〜3Paにすることで、ベース基板10の底面10aのみならず、側面10bにも側面保護膜11bが形成される。あるいはMOCVD法を採用すれば、一般的な成膜条件で、ベース基板10の底面10aのみならず、側面10bにも側面バッファ層11bが形成される。
【0067】
本実施形態では、ベース基板10の底面10aに形成される底面バッファ層11aの材質と、ベース基板10の側面10bに形成される側面バッファ層11bの材質とは、異なっていても良いが、同じでも良い。ただし、これらのバッファ層11aおよび11bは、同時に形成することが好ましい。その方が、バッファ層11の形成工程を削減することができる。
【0068】
なお、側面バッファ層11bは、底面バッファ層11aに比較して、その膜質が悪くても良い。側面バッファ層11bの表面に形成されることになる側面育成膜12bは、後工程により除去されても良い部分だからである。たとえば、底面バッファ層10aのみは、第1実施形態に示すスパッタリング法により成膜し、側面バッファ層11bは、ゾルゲル法などの化学溶液法を採用して形成しても良い。または、筆やスプレーなどを用いて、側面バッファ層(側面保護膜)11bの形成のための溶液を塗布しても良い。
【0069】
この実施形態では、底面バッファ層11aの厚みと、側面バッファ層11bの厚みとは、同じでも異なっていても良い。ただし、これらのバッファ層11aおよび11bの厚みは、好ましくは1〜10000nm、さらに好ましくは5〜50nmの範囲にある。これらのバッファ層11aおよび11bの厚みが薄すぎると、本発明の効果が小さく、厚すぎると、コスト高になると共に、熱膨張係数の違いなどからエピタキシャル成長膜に対してクラックなどの悪影響を与える傾向にある。
【0070】
このように構成してある磁性ガーネット単結晶膜形成用基板2を用い、液相エピタキシャル成長法によって、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜から成る磁性ガーネット単結晶膜12が形成される。本実施形態では、磁性ガーネット単結晶膜形成用基板2の底面に単結晶膜が形成されるのみでなく、側面にも、側面育成膜(単結晶膜であるとは限らない)12bが形成される。ただし、基板2の側面に形成される側面育成膜12bは、底面に形成される底面単結晶膜12aよりも一般的に膜質が悪く、後で除去される。
【0071】
本実施形態において、単結晶膜12を光学素子として用いる場合には、基板2の側面に形成された側面育成膜12bは研磨加工などにより除去し、基板2の底面に形成された単結晶膜12aのみで光学素子を形成することが好ましい。
【0072】
特に本実施形態では、バッファ層11が、ベース基板10における結晶育成面の他に、結晶育成面と交差するベース基板の側面にも形成してあるので、ベース基板10の側面がフラックスと反応せず、磁性ガーネット単結晶膜12の品質が向上し、製造歩留まりも向上する。
【0073】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されず、本発明の範囲内で種々に改変することができる。たとえば、図5に示す実施形態では、ベース基板10の底面10aおよび側面10bにのみバッファ層11を形成したが、本発明では、ベース基板10の上面10cを含めて、ベース基板10の全周面にバッファ層11を形成しても良い。
【0074】
【実施例】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0075】
【実施例1】
溶融液の組成がCaNb1.7Ga3.212となるように、CaCO、NbおよびGaを秤量して、大気中1350°Cで焼成し、ガーネット単相を確認した後、イリジウムルツボ中に仕込み、窒素ガス98容量%と酸素ガス2容量%との混合ガス雰囲気中で、高周波誘導により約1450℃に加熱して溶融させた。その後、この溶融液に長軸方向が<111>である5mm角柱状の上記組成の種子結晶を液面に対し垂直に浸漬し、これを20rpmの回転下に3mm/時の速度で引き上げたところ、全体にクラックの全く存在しない透明な単結晶が得られた。
【0076】
次に、この結晶の上部と下部から各約1gの試料を切出し、蛍光X線分析装置で各成分金属元素について定量分析を行ったところ、結晶上部および結晶下部共に、CaNb1.7Ga3.212(CNGG)の組成を有することが確認された。
【0077】
得られた単結晶を、成長方向と垂直に所定の厚さに切断し、両面を鏡面研磨したのち、熱リン酸でエッチング処理して、CNGG単結晶基板(ベース基板10)を作製した。この単結晶基板の室温〜850℃における熱膨張係数(α)は1.07×10−5/℃であった。このCNGG単結晶基板の厚みは、0.6mmであった。
【0078】
このCNGG単結晶基板の結晶育成面に、スパッタリング法で、NdGa12(NGG)薄膜(バッファ層11)を形成した。具体的には、NGG焼結体をターゲットとして用い、下記の成膜条件でスパッタリング成膜を行い、その後にアニール処理を行った。
【0079】
(スパッタリング成膜条件)
基板温度:20°C(加熱せずに室温)、
入力電力:3.7W/cm
雰囲気:Ar+O(10容積%)、1Pa、
成膜時間:30分、
バッファ層11の膜厚:50nm。
【0080】
(アニール処理)
雰囲気:O、1atm、
温度:800°C
時間:30分。
【0081】
このようにして得られたNGG膜の蛍光X腺による組成分析を行ったところ、ほぼ化学量論組成のNdGa12(NGG)薄膜が得られていることが確認できた。また、NGG膜の結晶性を調べるために、X線逆格子空間マッピング法により、CNGG基板のピーク位置と、NGG膜のピーク位置とを調べたところ、これらのピーク位置が近接しており、しかも、NGG膜のピーク幅(ロッキングカーブ半価幅)も0.03°と小さく、非常に良質な結晶品質であることが確認できた。
【0082】
このようにして得られたNGG膜付きCNGG基板(基板2)を用いて、液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。具体的には、白金製ルツボに、Hoを5.747g、Gdを6.724g、Bを43.21g、Feを126.84g、PbOを989.6g、Biを826.4g入れ、約1000℃で溶融し、かきまぜて均質化したのち、120℃/hrの速度で降温して、832℃の過飽和状態を保持した。次いで、この溶融液中に、上述の方法で得られた基板2を浸漬し、100rpmで基板を回転させながら、単結晶膜を40時間液相エピタキシャル成長させ、基板2の底面(結晶育成面)に膜厚約450μmのビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜12を形成させた。
【0083】
この基板2の底面に形成された単結晶膜12の組成を、蛍光X線法により分析したところ、Bi1.1Gd1.1Ho0.8Fe5.012(Bi−RIG)であることが確認できた。この単結晶膜12の表面を光学顕微鏡写真で撮影した結果を図4に示す。
【0084】
これらの結果から、表面が平滑で緻密な良質の、ほぼ化学量論組成のBi−RIG単結晶膜を、クラックや剥離などを発生させることなくエピタキシャル成長させることができることが確認できた。また、図4に示す写真から、表面欠陥(エッチピット/図4に示す黒点)密度を、面積比で調べたところ、0.16%であり、欠陥が少ないことが確認できた。
【0085】
また、この単結晶膜の格子定数と、ベース基板であるCNGG基板との格子定数の差異を測定したところ、0.009Åであり、±0.02Å以内であることが確認できた。なお、この単結晶膜の格子定数と、バッファ層であるNGG薄膜との格子定数の差異を測定したところ、0.007Åであった。格子定数の測定は、X腺回折法により行った。
【0086】
また、この単結晶膜12から、基板2(ベース基板10とバッファ層11)を研磨加工により除去し、単結晶膜12の両面を研磨加工し、その両面にSiOまたはTaから成る無反射膜を付けて、波長1.55μmのファラデー回転角、ファラデー回転角45degでの透過損失および温度特性を評価したところ、ファラデー回転係数は0.125deg/μm、透過損失は0.05dB、温度特性は−0.065deg/℃であった。いずれも、光アイソレータの光学特性として満足できるレベルであった。
【0087】
なお、ファラデー回転角は波長1.55μmの偏光したレーザー光を単結晶膜に入射させ、出射した光の偏光面の角度を測定し求めた。透過損失は単結晶膜を透過した波長1.55μmのレーザー光強度と単結晶膜のない状態の光強度の差より求めた。温度特性は試料の温度を−40℃から85℃まで変化させて回転角を測定し、その測定値より算出した。
【0088】
さらに、この単結晶膜の室温〜850℃における熱膨張係数(α)は、1.10×10−5/℃であった。ベース基板と単結晶膜との熱膨張係数の差異は、0.03×10−5/℃であった。また、得られた単結晶膜にはクラックの発生は認められなかった。
【0089】
【実施例2】
ベース基板にバッファ層を形成した後、バッファ層を、600°Cおよび900°Cの温度でアニール処理した以外は、実施例1と同様にして、ベース基板としてのCNGG基板の表面に、バッファ層としてのNGG膜を形成した。
【0090】
実施例1と同様にしてNGG膜のピーク幅(ロッキングカーブ半価幅)を調べたところ、600°Cのアニール条件では、ピークが検出できず、900°Cのアニール条件では、0.1〜0.2°となった。アニール処理の温度が低すぎる場合には、バッファ層の結晶化が不十分になり、良質のバッファ層を得ることが困難になる傾向にあり、温度が高すぎると、バッファ層の結晶品質が悪くなる傾向にあることが確認された。
【0091】
【実施例3】
バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の雰囲気ガス(Arなどの不活性ガス)中の酸素(O)の体積%を、0体積%、20体積%、30体積%、35体積%と変化させた以外は、実施例1と同様にして、ベース基板としてのCNGG基板の表面に、バッファ層としてのNGG膜を形成した。
【0092】
実施例1と同様にしてNGG膜のピーク幅(ロッキングカーブ半価幅)を調べたところ、0体積%の条件では、0.2°となり、20体積%の条件では、0.03°となり、30体積%の条件では、0.03°となり、35体積%の条件では、0.1°となった。
【0093】
これらの結果から、酸素を全く含まない雰囲気ガスでは、バッファ層の結晶品質が悪くなる傾向にあり、酸素の量が多すぎると、異常放電などが発生し、良質なバッファ層を得ることが困難になる傾向にあることが確認できた。
【0094】
【実施例4】
バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の入力電力を2、6、8、10W/cmと変化させた以外は、実施例1と同様にして、ベース基板としてのCNGG基板の表面に、バッファ層としてのNGG膜を形成した。
【0095】
実施例1と同様にしてNGG膜のピーク幅(ロッキングカーブ半価幅)を調べたところ、2W/cmの条件では、0.03°となり、6W/cmの条件では、0.15°となり、8W/cmの条件では、0.3°となり、10W/cmの条件では、0.4°となった。
【0096】
これらの結果から、スパッタリング時の入力電力は、2〜10W/cm、さらに好ましくは3〜6W/cmに制御することで、良質なバッファ膜を形成することができることが確認できた。入力電力が小さすぎると成膜速度が遅くなり生産性が低下する傾向にあり、大きすぎると、ベース基板にダメージを与えて結晶性が低下すると共に、ターゲットの割れなどが発生する傾向にあることも確認できた。
【0097】
【実施例5】
前記実施例1と同様な手法で、CNGG単結晶基板を作製した。
このCNGG単結晶基板(ベース基板10)の底面に、パルスレーザ蒸着法で、Gd2.65Ca0.35Ga4.05Mg0.3Zr0.6512(GCGMZG)薄膜(バッファ層11)を形成した。具体的には、GCGMZG単結晶ターゲットにKrFエキシマレーザを照射レーザ密度2.0J/cmで照射し、基板温度20℃に保持されたCNGG基板の底面に、酸素分圧1Pa、照射時間5分の条件で、膜厚が約10nmのGCGMZG薄膜を形成した。その後に、実施例1と同じ条件でアニール処理を行った。このGCGMZG薄膜の蛍光X線分析を行ったところ、ターゲットと同組成のGCGMZGであることが確認された。
【0098】
このようにして得られたGCGMZG薄膜付きCNGG単結晶基板を用い、実施例1と同様な液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。得られた単結晶膜にはクラックの発生は認められなかった。
【0099】
【実施例6】
前記実施例1と同様な手法で、NGG薄膜付きCNGG単結晶基板を作製した。このNGG薄膜付きCNGG単結晶基板を用いて、液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。
【0100】
具体的には、白金製ルツボに、Tbを12.431g、Ybを1.464g、Bを43.21g、Feを121.56g、PbOを989.6g、Biを826.4g入れ、約1000℃で溶解し、かきまぜて均質化したのち、120℃/hrの速度で降温して、840℃の過飽和状態を保持した。次いで、この溶液中に、基板厚0.6mmのCNGG基板の底面に250nmのNGG薄膜を形成してなる単結晶基板材料を浸漬し、100rpmで基板を回転させながら、単結晶膜を43時間液相エピタキシャル成長させ、基板の底面に膜厚560μmのビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成させた。
【0101】
得られた単結晶膜および単結晶基板の両方とも、クラックの発生は認められなかった。この単結晶膜の組成を蛍光X線法により分析したところ、Bi1.0Tb1.Yb0.1Fe5.012であることが確認できた。
【0102】
また、この単結晶膜の格子定数と、ベース基板であるCNGG基板との格子定数の差異を測定したところ、0.005Åであり、±0.02Å以内であることが確認できた。なお、この単結晶膜の格子定数と、バッファ層であるNGG薄膜との格子定数の差異を測定したところ、0.004Åであった。
【0103】
また、この単結晶膜について、実施例1と同様にして、波長1.55μmのファラデー回転角、ファラデー回転角45度での透過損失および温度特性を評価したところ、ファラデー回転係数は0.090deg/μm、透過損失は0.15dB、温度特性は−0.045deg/℃であった。さらに、この単結晶膜の熱膨張係数は1.09×10−5/℃であった。ベース基板と単結晶膜との熱膨張係数の差異は、0.02×10−5/℃であった。また、得られた単結晶膜にはクラックの発生は認められなかった。
【0104】
【実施例7】
前記実施例1と同様な手法で、NGG薄膜付きCNGG単結晶基板を作製した。このNGG薄膜付きCNGG単結晶基板を用いて、液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。
【0105】
具体的には、白金製ルツボに、Gdを7.653g、Ybを6.778g、Bを43.21g、Feを113.2g、Gaを19.02g、Alを3.35g、PbOを869.7g、Biを946.3g入れ、約1000℃で溶解し、かきまぜて均質化したのち、120℃/hrの速度で降温して、829℃の過飽和状態を保持した。次いで、この溶液中に、基板厚0.6mmのCNGG基板の底面に250nmのNGG薄膜を形成してなる単結晶基板材料を浸漬し、100rpmで基板を回転させながら、単結晶膜を43時間液相エピタキシャル成長させ、基板の底面に膜厚520μmのビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成させた。
【0106】
得られた単結晶膜および単結晶基板の両方とも、クラックの発生は認められなかった。この単結晶膜の組成を蛍光X線法により分析したところ、Bi1.3Gd1.Yb0.5Fe4.2Ga0.6Al0.212であった。
【0107】
また、この単結晶膜の格子定数と、ベース基板であるCNGG基板との格子定数の差異を測定したところ、0.014Åであり、±0.02Å以内であることが確認できた。なお、この単結晶膜の格子定数と、バッファ層であるNGG薄膜との格子定数の差異を測定したところ、0.013Åであった。
【0108】
また、この単結晶膜を、実施例1と同様にして、波長1.55μmのファラデー回転角、ファラデー回転角45度での透過損失および温度特性を評価したところ、ファラデー回転係数は0.113deg/μm、透過損失は0.05dB、温度特性は−0.095deg/℃であった。さらにこの単結晶膜の熱膨張係数は1.05×10−5/℃であった。ベース基板と単結晶膜との熱膨張係数の差異は、0.02×10−5/℃であった。また、得られた単結晶膜にはクラックの発生は認められなかった。
【0109】
【実施例8】
ベース基板としてのCNGG基板に対してバッファ層としてのNGG膜をスパッタリング法により形成する際に、チャンバ内の圧力を3Paと変化させ、図5に示すように、ベース基板としてのCNGG基板の側面にもバッファ層を形成した以外は、実施例1と同様にしてNGG薄膜付きCNGG単結晶基板を作製した。このNGG薄膜付きCNGG単結晶基板を用いて、実施例1と同様にして、液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。
【0110】
その単結晶膜の表面を光学顕微鏡で撮影した結果を図6に示す。図6に示す結果から、表面欠陥(エッチピット/図6に示す黒点)密度を、面積比で調べたところ、0.04%であった。図6に示す結果は、図4に示す結果より、欠陥密度が低下することが確認できた。
【0111】
比較例1
実施例1と同様な手法で、CNGG単結晶基板を作製し、その上に酸化鉛に対して安定な単結晶薄膜から成るバッファ層を全く形成することなく、実施例1と同様な液相エピタキシャル成長法により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜を形成した。
【0112】
図7は、実験後の基板の表面SEM画像であり、表面がかなりエッチングされていることが確認された。また、蛍光X線分析により、ビスマス置換希土類鉄ガーネット単結晶膜が形成されていないことが分かった。
【0113】
以上述べた実施形態および実施例は全て本発明を例示的に示すものであって限定的に示すものではなく、本発明は他の種々の変形態様および変更態様で実施することができる。
【発明の効果】
【0114】
以上説明してきたように、本発明によれば、結晶欠陥や反り、割れ、剥離などが発生しない厚膜状の磁性ガーネット単結晶膜を、高品質で歩留まり良く、液相エピタキシャル成長により安定して、低コストで形成することができる磁性ガーネット単結晶膜形成用基板、光学素子およびその製造方法を提供することができる。

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を製造するための方法であって、
液相エピタキシャル成長させるために用いるフラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板を形成する工程と、
前記ベース基板の少なくとも結晶育成面に、前記フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層を形成する工程とを有し、
前記ベース基板に前記バッファ層を形成する際に、前記基板を積極的に加熱せずに前記ベース基板に前記バッファ層を形成することを特徴とする磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項2】
磁性ガーネット単結晶膜を液相エピタキシャル成長させるための磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を製造するための方法であって、
液相エピタキシャル成長させるために用いるフラックスに対して不安定なガーネット系単結晶から成るベース基板を形成する工程と、
前記ベース基板の少なくとも結晶育成面に、前記フラックスに対して安定なガーネット系単結晶薄膜から成るバッファ層を形成する工程とを有し、
前記ベース基板に前記バッファ層を形成する際に、前記基板の温度を室温から600°C未満の温度に管理して、前記ベース基板に前記バッファ層を形成することを特徴とする磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項3】
前記ベース基板にバッファ層を形成した後、前記バッファ層を、600〜900°Cの温度でアニール処理することを特徴とする請求項1または2に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項4】
前記バッファ層を薄膜形成法により形成することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項5】
前記バッファ層をスパッタリング法により形成することを特徴とする請求項4に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項6】
前記バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の雰囲気ガス中に、酸素を30体積%以下で含ませることを特徴とする請求項5に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項7】
前記バッファ層をスパッタリング法により形成する際に、スパッタリング時の入力電力を2〜10W/cmに制御することを特徴とする請求項5または6に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項8】
前記フラックスの主成分として酸化鉛および/または酸化ビスマスを含有しているフラックスを用いることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項9】
前記ベース基板が、前記磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数とほぼ等しい熱膨張係数を有していることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項10】
0°C〜1000°Cの温度範囲において、前記ベース基板の熱膨張係数が、前記磁性ガーネット単結晶膜の熱膨張係数に対して、±2×10−6/°C以下の範囲にあることを特徴とする請求項9に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項11】
前記ベース基板が、前記磁性ガーネット単結晶膜の格子定数とほぼ等しい格子定数を有していることを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項12】
前記ベース基板の格子定数が、前記磁性ガーネット単結晶膜の格子定数に対して、±0.02Å以下の範囲にあることを特徴とする請求項11に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項13】
前記ベース基板が、NbまたはTaを含むことを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項14】
前記バッファ層が、NbおよびTaを実質的に含まないガーネット系単結晶薄膜であることを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項15】
前記バッファ層は、
一般式R12(ただし、Rは希土類金属の少なくとも1種、MはGa,Feから選ばれた1種)で表されるものであり、
あるいは、
X置換ガドリニウム・ガリウムガーネット(ただし、Xは、Ca、Mg、Zrの少なくとも1種)であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項16】
前記バッファ層の厚みが1〜10000nmであり、前記ベース基板の厚みが0.1〜5mmである請求項1〜15のいずれかに記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板の製造方法。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれかに記載の製造方法を用いて製造される磁性ガーネット単結晶膜形成用基板。
【請求項18】
請求項17に記載の磁性ガーネット単結晶膜形成用基板を用いて、前記バッファ層の上に、液相エピタキシャル成長法によって磁性ガーネット単結晶膜を成長させる工程を有する磁性ガーネット単結晶膜の製造方法。
【請求項19】
請求項18に記載の磁性ガーネット単結晶膜の製造方法を用いて、前記磁性ガーネット単結晶膜を形成した後、
前記ベース基板およびバッファ層を除去し、前記磁性ガーネット単結晶膜から成る光学素子を形成する工程を有する、
光学素子の製造方法。
【請求項20】
請求項19に記載の光学素子の製造方法により得られた光学素子。

【国際公開番号】WO2004/070091
【国際公開日】平成16年8月19日(2004.8.19)
【発行日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504796(P2005−504796)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000760
【国際出願日】平成16年1月28日(2004.1.28)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】