説明

磁気記録素子

【課題】磁化反転のバラツキを小さくすること、あるいは高速化すること、あるいは反転電流を低減させること、ができる磁気記録素子を提供する。
【解決手段】磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層10aと、磁化の方向が可変の第2の強磁性層30と、前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層20と、磁化の方向が可変の第3の強磁性層50と、前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に設けられた第2の非磁性層40aと、を積層し、各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、且つ前記スピン偏極した電子により前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録素子に関し、特に書き込み電流とともに高周波磁場を印加する磁気記録素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、磁性体の磁化方向を制御するために、磁界を印加する方法があった。例えば、ハードディスクドライブ(HDD:Hard Disk Drive)においては、記録ヘッドから発生する磁場によって媒体の磁化方向を反転させて書き込みを行っている。また、従来型の磁気ランダムアクセスメモリでは、磁気抵抗効果素子の近傍に設けられた配線に電流を流すことで生じる電流磁界をセルに印加することで、セルの磁化方向を制御している。これらの外部磁場による磁化方向制御方式(電流磁場書き込み方式)は古い歴史があり、確立された技術といえる。
【0003】
一方、昨今のナノテクノロジーの進歩によって磁性材料の顕著な微細化が可能となり、磁化制御をナノスケールで局所的に行う必要が出てきた。しかしながら、磁場は根本的には空間に広がる性質を有するため、局所化が難しい。特定のビットやセルを選択してその磁化方向を制御させる場合に、ビットやセルのサイズが微小化するのに伴い、隣のビットやセルにまで磁場が及んでしまう「クロストーク」の問題が顕著となる。また、磁場を局所化させるために磁場発生源を小さくすると、磁化方向を制御するのに十分な発生磁場が得られないという問題が生じる。
【0004】
これを解決する技術として、磁性体に電流を流すことにより磁化反転を起こす「スピン注入磁化反転現象」がある(例えば、非特許文献1)。
非特許文献1に記載された技術は、磁気抵抗効果素子に書き込み電流としてのスピン注入電流を流し、そこで発生するスピン偏極された電子を用いて磁化反転を実行するものである。具体的には、スピン偏極された電子の角運動量が、磁気記録層としての磁性材料内の電子に伝達されることにより磁気記録層の磁化が反転する。
【0005】
このような電流直接駆動による磁化反転技術(スピン注入磁化反転技術)を用いれば、磁化状態をナノスケールで局所的に制御し易くなり、さらに、磁性材料の微細化に応じてスピン注入電流の値も小さくすることができる。このことは、高記録密度のハードディスクドライブや磁気ランダムアクセスメモリなどのスピンエレクトロニクスデバイスの実現に向けての手助けとなる。
【0006】
また、ビット線もしくはワード線に交流電流を流し、交流磁場を発生させる磁気記録装置がある(例えば、特許文献1)。
特許文献1に記載された磁気記録装置は、行(ビット線)と列(ワード線)とにアドレス可能な記録セルのマトリックスを有する磁気記録装置である。各磁気セルは、強磁性ピンド層/バリア層/強磁性フリー層(記録層)を有し、電流の向きに応じて記録を行う。各磁気セルにおいては直列接続されたスイッチング素子(トランジスタ)が備えられている。各磁気セルは1つのビット線に接続されており、各スイッチング素子(トランジスタ)は1つのワード線に接続されている。さらに、記録時に直流電流を流すための直流電源と、交流磁場を発生させるための交流電源と、を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許出願公開第2007/0047294号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】F. J. Albert, et al., Appl. Phy. Lett. 77, 3809 (2000)
【非特許文献2】Shehzaad Kakaa, et al., Journal of Magnetism and Magnetic Materials Volume.286 (2005) p.375
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1に記載された技術は、書き込み電流のパルス幅が短くなると、磁化反転の有無、つまり磁化反転のバラツキ、が発生するという問題があった(例えば、特許文献2)。これを防ぐためには、書き込み電流をより大きくする必要がある。書き込み電流を大きくすると、磁気抵抗効果素子内で発生する熱の影響で、素子特性が劣化するなどの信頼性の問題が発生する。また、スピン注入磁化反転を用いた磁気メモリにおいては、書き込み電流が大きくなると選択トランジスタを小さく出来なくなり、大容量化が困難になるといった問題がある。当然ながら、磁気記録装置における消費電力が増大することは問題となる。
【0010】
また、特許文献1に記載された磁気記録装置においては、記録を行うときに必要となる数GHz以上の高周波電流をビット線もしくはワード線に供給しても、十分な高周波透過率で交流電流を流すことが容易ではないという問題があった。
【0011】
本発明は、係る課題の認識に基づいてなされたものであり、電流直接駆動による磁化反転の際に、磁化反転のバラツキを小さくすること、あるいは磁化反転を高速化することあるいは反転電流を低減させること、ができる磁気記録素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様によれば、磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に設けられた第2の非磁性層と、を積層した積層体を備え、前記第2の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、前記第1の非磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第1の強磁性層が設けられ、前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記第1の非磁性層および前記第2の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子が提供される。
【0013】
また、本発明の他の一態様によれば、磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、を積層した磁気記録部と、磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、磁化が第2の方向に実質的に固定された第4の強磁性層と、前記第3の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に設けられた第3の非磁性層と、を積層した磁化振動子と、前記磁気記録部と前記磁化振動子との間に設けられた第2の非磁性層と、を積層した積層体を備え、前記第1の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に前記第3の非磁性層が設けられ、前記第3の非磁性層と前記第1の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、前記第1の非磁性層と前記第3の非磁性層との間に前記第3の強磁性層が設けられ、前記第3の強磁性層と前記第1の非磁性層との間に前記第2の強磁性層が設けられ、前記第2の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、前記第1及び第2の方向の少なくともいずれかは、膜面に対して垂直であり、前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記電流が前記第4の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記第1の非磁性層および前記第3の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、前記電流が前記第1の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記電流が前記第4の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子が提供される。
【0014】
また、本発明の他の一態様によれば、磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、を積層した磁気記録部と、磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、磁化が第2の方向に実質的に固定された第4の強磁性層と、前記第3の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に設けられた第3の非磁性層と、を積層した磁化振動子と、前記磁気記録部と前記磁化振動子との間に設けられた第2の非磁性層と、を積層した積層体を備え、前記第4の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に前記第3の非磁性層が設けられ、前記第3の非磁性層と前記第2の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、前記第1の非磁性層と前記第3の非磁性層との間に前記第3の強磁性層が設けられ、前記第3の強磁性層と前記第1の非磁性層との間に前記第1の強磁性層が設けられ、前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、前記第1及び第2の方向の少なくともいずれかは、膜面に対して垂直であり、前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記電流が前記第4の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記第1の非磁性層および前記第3の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、前記電流が前記第1の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記電流が前記第4の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、電流直接駆動による磁化反転の際に、磁化反転のバラツキを小さくすること、あるいは磁化反転を高速化すること、あるいは反転電流を低減させること、ができる磁気記録素子が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る磁気記録素子の基本的な断面構造を例示する模式図である。
【図2】図1に表した磁気記録素子における「書き込み」のメカニズムを説明するための模式断面図であり、図2(a)は、磁性固着層から磁性記録層に向かって電子電流を流した場合、図2(b)は、磁性記録層から磁性固着層に向かって電子電流を流した場合、を表す模式断面図である。
【図3】図1に表した磁気記録素子における「読み出し」のメカニズムを説明するための模式断面図であり、図3(a)は、磁性固着層の磁化と磁性記録層の磁化とが同一の方向の場合、図3(b)は、磁性固着層の磁化と磁性記録層の磁化とが反平行の場合、を表す模式断面図である。
【図4】本実施形態に係る磁気記録層と磁化回転層との間に設けられた中間層を例示した模式図であり、(a)は、単層膜の中間層を例示した模式図であり、(b)は、片側に銅(Cu)層が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、(c)は、両側に銅(Cu)層が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、(d)は、片側に酸化物が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、(e)は、両側に酸化物が積層された積層膜の中間層を例示した模式図である。
【図5】本実施形態の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図6】本実施形態の他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図7】本実施形態のさらに他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図8】高周波磁場を磁性記録層に印加せずに書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示した模式図である。
【図9】高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示した模式図である。
【図10】異なる周波数を有する高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示した模式図であり、(a)は周波数が0.1GHz、(b)は周波数が2GHz、(c)は周波数が4GHz、(d)は周波数が10GHz、(e)は周波数が15GHz、の場合である。
【図11】周波数および高周波磁界の強さを変化させた高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合に磁化反転に要する時間を例示した模式図である。
【図12】本実施例の書き込み確率の結果を表す表である。
【図13】本発明の第2の実施の形態に係る磁気記録素子の基本的な断面構造を例示する模式図である。
【図14】本発明の第2の実施の形態に係る磁気記録素子の他の基本的な断面構造を例示する模式図である。
【図15】本実施形態の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図16】本実施形態の他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図17】本実施形態のさらに他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図18】本実施形態のさらに他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【図19】本発明の第3の実施の形態に係る磁気記録装置を例示した平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。なお、各図面中、同様の構成要素には同一の符号を付して詳細な説明は適宜省略する。
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る磁気記録素子の基本的な断面構造を例示する模式図である。
この磁気記録素子は、磁気記録部3と磁化振動子5とを備えている。磁気記録部3と磁化振動子5は、中間層40aを介して隣接して設けられている。
【0018】
磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略平行方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略平行方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられた非磁性のバリア層20と、を有する。この磁性固着層10aと、バリア層20と、磁性記録層30と、からなる積層構造は、MTJ(Magnetic Tunnel Junction)などと呼ばれている。
【0019】
磁化振動子5は、磁化容易軸54が膜面に対して略平行方向である磁性層を含む磁化回転層50と、磁化12bが膜面に対して略垂直方向に固定された磁性固着層10bと、磁化回転層50と磁性固着層10bとの間に設けられた中間層40bと、を有する。
【0020】
磁性固着層10bは、磁化12bが膜面に対して略平行方向に固定されていてもよい。磁化回転層50と磁性固着層10bとの材料は異なり、例えば、磁化回転層50はパーマロイ(Py)、中間層40bは銅(Cu)、磁性固着層10bはコバルト(Co)、からなっていてもよい。パーマロイ(Py)とは、NiFe系合金である。磁化回転層50の磁化容易軸54の方向は、磁性記録層30の磁化容易軸34の方向と直交していてもよい。磁気記録部3と磁化振動子5との間に設けられた中間層40aは、中間層40aの膜面に対して略垂直方向に流れる電子のスピン偏極度が中間層40aによって消失するような非磁性材料もしくは構造を有する、いわばスピン消失層である。
【0021】
本実施形態の磁気記録素子は、磁性固着層10bと、中間層40bと、磁化回転層50と、中間層40aと、磁性記録層30と、バリア層20と、磁性固着層10aと、がこの順に積層された構造を有する。この磁気記録素子には、磁性固着層10a、10bに接続された図示していない電極によって、電子電流60を流すことができる。磁性記録層30は、記録する役割をもった層であり、磁化容易軸34の方向へは比較的容易に磁化を反転させることが可能である。磁化回転層50は、記録時に高周波磁場を発生させる役割をもった層である。
【0022】
磁性固着層10a、10bと、磁性記録層30と、磁化回転層50と、は磁性材料からなる。磁性固着層10a、10bは、図示していない反強磁性層を隣接して設けることにより、磁化固着を強固にすることも可能となる。磁性固着層10a、10bと、磁性記録層30と、磁化回転層50と、はそれぞれ単層でもよいが、互いに強磁性結合または反強磁性結合した多層膜からなっていてもよい。バリア層20は、非磁性の抵抗が高い絶縁材料や半導体からなる。中間層40a、40bは、非磁性の導電性金属、半導体、または絶縁体からなる。
【0023】
本実施形態の磁気記録素子は、磁性材料からなる磁性記録層30と、磁化回転層50と、が隣接しているため、中間層40aはスピン消失の機能を持つ材料を用いる。通常の場合のように、中間層40aにてスピン情報が保たれてしまうと、磁性記録層30からのスピントランスファトルクの影響を磁化回転層50が受けて、磁化回転層50の磁化回転の制御性が低下し、電流が流れる向きによっても回転方向が変化してしまう。これを防ぐためにスピン消失の機能を設ける。さらに、中間層40aの層厚においては、磁性記録層30と磁化回転層50とが層間磁気結合しないような1.4nm以上の層厚とすることが望ましい。
【0024】
本実施形態における磁気記録素子は、電子電流60を上下の磁性固着層10a、10b間に流すことによって、磁性記録層30の磁化の方向を制御することができる。具体的には、電子電流60の流れる向き(極性)を変えることで磁性記録層30の磁化の向きを反転させることができる。情報を記録させる場合には、磁性記録層30の磁化の方向に応じて、「0」と「1」とをそれぞれ割り当てればよい。
【0025】
ここで、磁気記録素子における「書き込み」の基本的なメカニズムについて説明する。 図2は、図1に表した磁気記録素子における「書き込み」のメカニズムを説明するための模式断面図であり、図2(a)は、磁性固着層10aから磁性記録層30に向かって電子電流60を流した場合、図2(b)は、磁性記録層30から磁性固着層10aに向かって電子電流60を流した場合、を表す模式断面図である。便宜上、図1に表した磁気記録素子における磁化振動子5と、中間層40aと、は省略している。
【0026】
磁性固着層10aおよび磁性記録層30の膜面を横切るように電子電流60を流して、磁性記録層30に対する書き込みを行うメカニズムは、次のとおりに説明される。バリア層20を介した磁気抵抗効果が、ノーマルタイプである場合について説明する。ここで、「ノーマルタイプ」の磁気抵抗効果とは、バリア層の両側の磁性層の磁化が平行時よりも反平行時に電気抵抗が高くなる場合をいう。つまり、ノーマルタイプの場合、バリア層20を介した磁性固着層10aと磁性記録層30との間の電気抵抗は、磁性固着層10aと磁性記録層30の磁化が平行な時には反平行時よりも低くなる。
【0027】
まず、図2(a)において、膜面に対して略平行方向の磁化12aを有する磁性固着層10aを通過した電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになり、これが磁性記録層30へ流れると、このスピンのもつ角運動量が磁性記録層30へ伝達され、磁化32に作用する。いわゆるスピントランスファトルクが、働くことになる。これにより、磁性記録層30は磁化12aと同じ向き(同図において右向き)の磁化32をもつことになる。この向き(同図おいて右向き)の磁化32を有する磁性記録層30に、例えば「0」を割り当てる。
【0028】
また、図2(b)は、電子電流60の向きを反転させた場合を表す。バリア層20を通過した電子において、磁化12aと同じ向き(同図において右向き)のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆向き(同図において左向き)のスピンをもった電子は磁性固着層10aとバリア層20との界面において反射される。この反射された電子のスピンの角運動量が磁性記録層30へ伝達され、磁化32に作用する。これにより、磁性記録層30は磁化12aと逆向き(同図において左向き)の磁化32をもつことになる。いわゆるスピントランスファトルクが、働くことになる。この向き(同図おいて左向き)の磁化32を有する磁性記録層30に、例えば「1」を割り当てる。
【0029】
上述のような作用によって磁性記録層30に「0」と「1」とが適宜割り当てられて、磁気記録素子における「書き込み」が完了する。以上、バリア層20を介した磁性固着層10aと磁性記録層30との間の磁気抵抗効果が「ノーマルタイプ」の場合について説明した。
【0030】
磁気抵抗効果が「リバースタイプ」の場合は、バリア層の両側の磁性層の磁化が反平行時よりも平行時に電気抵抗が高くなる場合をいう。つまり、リバースタイプの場合、バリア層20を介した磁性固着層10aと磁性記録層30との間の電気抵抗は、磁性固着層10aと磁性記録層30の磁化が平行な時には反平行時よりも高くなる。これによって、磁性固着層10aを通過した電子は、磁化12aと逆向きのスピンをもつようになる。また、磁化12aと同じ向きのスピンをもった電子は反射され、磁化12aと逆向きのスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過することになる。以下の「書き込み」のメカニズムは、磁気抵抗効果が「ノーマルタイプ」の場合と同様であるため、詳細な説明は省略する。
【0031】
次に、磁気記録素子における「読み出し」のメカニズムについて説明する。
本発明の磁気記録素子において、磁性記録層30の磁化32の方向の検出は、各層の磁化の相対的な向きにより電気抵抗が変わる「磁気抵抗効果」を利用して行うことができる。すなわち、磁気抵抗効果を利用する場合、磁性固着層10aと磁性記録層30との間でセンス電流61を流し、磁気抵抗を測定すればよい。センス電流61の電流値は、記録時に流す電子電流60の電流値よりも小さい。
【0032】
図3は、図1に表した磁気記録素子における「読み出し」のメカニズムを説明するための模式断面図であり、図3(a)は、磁性固着層10aの磁化12aと磁性記録層30の磁化32とが同一の方向の場合、図3(b)は、磁性固着層10aの磁化12aと磁性記録層30の磁化32とが反平行の場合、を表す模式断面図である。便宜上、図1に表した磁気記録素子における磁化振動子5と、中間層40aと、は省略している。
【0033】
図3(a)に表した磁気記録素子においては、センス電流61を流して検出される磁気抵抗は、ノーマルタイプの磁気抵抗効果において相対的に小さな値となり、リバースタイプの磁気抵抗効果においては相対的に大きな値となる。
【0034】
図3(b)に表した磁気記録素子においては、センス電流61を流して検出される磁気抵抗は、ノーマルタイプの磁気抵抗効果において相対的に大きな値となり、リバースタイプの磁気抵抗効果においては相対的に小さな値となる。
これら抵抗が互いに異なる状態に、それぞれ「0」と「1」を対応づけることにより、2値データの記録読み出しが可能となる。なお、センス電流61の向きは、図3に表した矢印方向と逆向き(同図において下から上への向き)にしてもよい。
【0035】
次に、本実施形態における磁気記録素子の記録時の作用について説明する。
本実施形態の磁気記録素子においては、電子電流60が図1において磁性固着層10aから磁性記録層30へ(同図において上から下へ)流れる場合、上述の通り、磁性固着層10aを通過する電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになるため、磁性記録層30は磁化12aと同じ方向(同図において左方向)の磁化32をもつことになる。
【0036】
この書き込み作用と同時に、電子電流60は、磁化回転層50から磁性固着層10bへ(同図において上から下へ)流れる。そのため、磁性固着層10bの磁化12bと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bを通過するが、磁化12bと逆方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bと中間層40bとの界面において反射される。この反射された電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響(スピントランスファトルク)を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0037】
一方で、磁気記録部3の磁性記録層30を通った電子電流60は、磁化振動子5の磁化回転層50の磁化にも作用する。しかしながら、磁性記録層30と磁化回転層50との間においてはスピン消失層からなる中間層40aが介在するため、この層を横切る電子のスピン情報は大きく減衰する。その結果、磁性記録層30からの電子のスピンの影響(スピントランスファトルク)を受けることなく独立に磁化回転層50の磁化を制御することが可能となる。
【0038】
これに対して、電子電流60が図1において磁性記録層30から磁性固着層10aへ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10aの磁化12aと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆向きのスピンをもった電子は磁性固着層10aとバリア層20との界面において反射される。この反射された電子が磁性記録層30へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁性記録層30は磁化12aとは逆方向(同図において右方向)の磁化32をもつことになる。
【0039】
この書き込み作用と同時に、電子電流60は、磁性固着層10bから磁化回転層50へ(同図において下から上へ)流れる。磁性固着層10bを通過する電子は、磁化12bと同じ方向のスピンをもつようになる。この電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響(スピントランスファトルク)を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0040】
一方で、磁化振動子5の磁化回転層50から磁気記録部3の磁性記録層30へ流れた電子電流60の一部は、磁性記録層30の表面で反射され、磁化振動子5の磁化回転層50の磁化にも作用する。しかしながら、磁性記録層30と磁化回転層50との間においてはスピン消失層からなる中間層40aが介在するため、この層を横切る電子のスピン情報は大きく減衰する。このため、磁性記録層30からの電子のスピンの影響(スピントランスファトルク)を受けることなく独立に磁化回転層50の磁化を制御することが可能となる。
【0041】
高周波磁場の周波数は、例えば約1〜60GHz程度である。この高周波磁場の方向は、磁性記録層30の磁化容易軸に対して垂直方向、すなわち磁化困難軸の方向の成分を有する。したがって、磁化回転層50から発生した高周波磁場の少なくとも一部は、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加されると、磁性記録層30の磁化32は非常に反転し易くなる。
【0042】
磁性記録層30の磁化32が反転し易くなると、磁化反転速度の高速化を図ることが可能となる。また、磁化32の反転バラツキが低減される。これによって、書き込み電流の電流値を小さくすることが可能となる。
【0043】
以上説明したように、本実施形態によれば、高周波磁場を発生させる磁化回転層50と磁性記録層30とが隣接し、かつ互いにスピントランスファトルクの影響がないため、磁化32の反転効率と制御性がよい。これにより、熱揺らぎ耐性およびMR(Magneto Resistive effect)特性を劣化させることなく、反転速度の高速化、および磁化反転のバラツキを低減させることが可能となる。また、書き込み電流の電流値を低減させることも可能となる。
【0044】
次に、本実施形態の磁気記録素子を構成する各要素について詳述する。
磁性固着層10a、10bは、磁化が膜面に対して略平行方向に固定された磁性層と、磁化が膜面に対して略垂直方向に固定された磁性層と、を適宜特性要求に応じて使い分けることができる。磁気記録層30と、磁気回転層50と、は磁化容易軸が膜面に対して略平行方向である磁性層と、磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向である磁性層と、を適宜特性要求に応じて使い分けることができる。
【0045】
磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向である磁性層からなる磁性固着層10a、10b、磁性記録層30、または磁化回転層50は、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素と、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素と、の組み合わせによる合金を用いることができる。これらは、構成する磁性材料の組成や熱処理により特性を調整することができる。また、TbFeCo、GdFeCoなどの希土類−遷移金属のアモルファス合金、あるいはCo/PtもしくはCo/Pdの積層構造などからなっていてもよい。
【0046】
磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向である磁性層からなる磁性固着層10a、10b、磁性記録層30、または磁化回転層50は、これらの連続的な磁性体のみならず、磁性体からなる微粒子が非磁性体内にマトリクス状に析出した複合構造、もしくは非磁性体で覆われた構造(後述する微小磁性体)とすることもできる。このような複合構造としては、例えば、「グラニュラー磁性体」、「コアシェル構造」などと称されるものを挙げることができる。微粒子を含む複合構造は、素子の微細化に適しているため,高密度化に適している。磁性微粒子の形状は、円柱形や球形である。複合構造に関し、非磁性体をAl3−X、MgO1−X、SiO、ZnO、TiOなどの酸化物系の高抵抗材料とする場合には、書き込み電流としてのスピン注入電流は微粒子へ集中するため、低電流密度での磁化反転が可能となる。また、特に非磁性材料として非磁性バリア層20と同じ材料を用いると、微粒子の結晶制御および磁気異方性制御が容易となる。
【0047】
磁化容易軸が膜面に対して略平行方向である磁性層からなる磁性固着層10a、10b、磁性記録層30、または磁化回転層50は、例えば、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む磁性金属からなる。
【0048】
以上の磁性体を磁性層に用いる場合、磁化回転層50から発生する高周波磁場の周波数を磁気異方性と飽和磁化を調整することでチューニングすることができる。ただし、磁性記録層30の磁気異方性Kuは、KuV/kT>30の条件を満たすことが記録保持の観点で望ましい。
【0049】
磁性固着層10a、10b、磁性記録層30または磁化回転層50は、磁性層を積層フェリ層にしたものでもよい。これは、磁化回転層50の発振周波数を上げるため、または磁性固着層10a、10bの磁化を効率的に固着するためである。また、特性向上のために異なる磁性層と磁性層の積層構造とすることもできる。さらに、磁化容易軸が膜面に対して略平行方向である磁性層と略垂直方向である磁性層とを積層したものでもよい。
【0050】
磁性記録層30または磁化回転層50の厚さは、1nmから15nmの範囲(積層膜の場合には非磁性層の厚さを除く)であることが望ましい。これは、素子特性を損なうことなく磁性記録層30の磁化反転および磁化回転層50の歳差運動を起こすためである。
【0051】
バリア層20は,読み出し時にTMR(Tunneling Magneto Resistive effect)効果により大きな再生信号出力を得るためのトンネルバリア層として絶縁材料を用いることができる。具体的には、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、亜鉛(Zn)、ジルコニウム(Zr)、タンタル(Ta)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、シリコン(Si)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む酸化物、窒化物、フッ化物などを非磁性バリア層に用いることができる。
【0052】
非磁性バリア層は、特に、アルミナ(Al3−X)、酸化マグネシウム(MgO)、SiO2−X、Si−O−N、Ta−O、Al−Zr−O、ZnOx、TiOxなどの絶縁体、もしくは大きなエネルギーギャップを有する半導体(GaAlAsなど)からなるのが好ましい。また、非磁性バリア層に関しては、絶縁体に設けられたピンホール内に磁性材料が挿入されたナノコンタクトMR(Magneto Resistive effect)材料や、絶縁体に設けられたピンホール内に銅(Cu)が挿入されたCCP(Confined Current Pass)−CPP(Current Perpendicular to Plane)−MR材料などから構成することにより、大きな再生信号出力を得ることができる。
【0053】
非磁性バリア層がトンネルバリア層の場合、その厚さを例えば約0.2nm〜2.0nm程度の範囲内の値とすることが、大きな再生信号出力を得るに当たっては好ましい。同様に、非磁性バリア層がナノコンタクトMR材料の場合、その厚さを例えば約0.4nm〜40nm程度の範囲内の値とすることが、大きな再生信号出力を得るに当たっては好ましい。
【0054】
図4は、本実施形態に係る磁性記録層と磁化回転層との間に設けられた中間層を例示した模式図であり、図4(a)は、単層膜の中間層を例示した模式図であり、図4(b)は、片側に銅(Cu)層が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、図4(c)は、両側に銅(Cu)層が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、図4(d)は、片側に酸化物が積層された積層膜の中間層を例示した模式図であり、図4(e)は、両側に酸化物が積層された積層膜の中間層を例示した模式図である。
【0055】
図1に表した磁気記録素子のように、磁性記録層30と磁化回転層50とが中間層40aを介して隣接する場合においては、電子が通過することによって、この電子のスピン偏極度が減衰するような非磁性材料、もしくは構造、を有する層(スピン消失層)80を中間層40aに用いる。本発明者らは、CoFe/Ru/CoFeを含む層構造をもつ磁気記録素子についてのスピン注入磁化反転の研究において、ルテニウム(Ru)が数nmという極めて短い実効的なスピン拡散長をもち、ルテニウム(Ru)層を通過する電子のスピン偏極度が消失するという効果を見出した。
【0056】
このスピン消失効果は、ルテニウム(Ru)層の内部におけるスピンの消失、およびルテニウム(Ru)層と隣接した層との界面におけるスピンフリップ効果によるものである。このようなスピン消失効果が得られる中間層40aの材料としては、ルテニウム(Ru)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、モリブデン(Mo)、ニオブ(b)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、バナジウム(V)よりなる群から選択された金属、もしくは少なくともいずれかの元素を含む合金、を挙げることができる。
【0057】
中間層40aの層厚においては、1.4nm以上、20nm以下であることが好ましい。1.4nm以上であると、磁性記録層30と磁化回転層50とが層間結合せず、かつ、伝導電子が中間層40aの内部および界面を通過する際にスピン偏極度を消失させることができる。さらに、磁性記録層30の磁化の向きにより磁化回転層50の歳差運動が変化することを防ぐことができる。一方、20nm以上となると、多層膜のピラー形成が困難となり望ましくない。
【0058】
中間層40aにおいては、前記の単層膜80の他に、ルテニウム(Ru)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、バナジウム(V)よりなる群から選択された金属、もしくは少なくともいずれかの元素を含む合金、からなる層の片側もしくは両側に、銅(Cu)層90を積層してなる積層膜を用いることができる。
【0059】
さらに、中間層40aにおいては、前記単層膜80の他に、ルテニウム(Ru)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、バナジウム(V)よりなる群から選択された金属、もしくは少なくともいずれかの元素を含む合金、からなる層の片側もしくは両側に、アルミニウム(Al)、マグネシウム(Mg)、チタン(Ti)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)、タングステン(W)、ルテニウム(Ru)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む酸化物100を積層してなる積層膜を用いることができる。
【0060】
銅(Cu)層90を積層してなる積層膜を中間層40aに用いると、磁性記録層30もしくは磁化回転層50の磁化の動きを円滑にすることができる。また、前記酸化物100を積層してなる積層膜を中間層40aに用いると、スピン偏極電子の反射層として働く結果、スピン注入磁化反転の反転電流密度を下げることが期待される。
【0061】
銅(Cu)層90および前記酸化物100の層厚においては、磁性記録層30の磁化反転および磁化回転層50の歳差運動を妨げず、かつ、磁化回転層50の歳差運動で発生する交流磁場を磁性記録層30へ印加する上で、例えば約0.6nm〜10nm程度の層厚が望ましい。
【0062】
中間層40bは、非磁性材料からなる。中間層40bの材料としては、スピン伝導層として働く金属、絶縁体、半導体のいずれでもよく、低抵抗材料と高抵抗材料とのいずれも用いることができる。
【0063】
低抵抗材料としては、銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)、またはこれら銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む金属もしくは合金を挙げることができる。これら低抵抗の非磁性材料からなる中間層40bの厚さは、例えば約2nm〜60nm程度であれば、電子スピンの角運動量の伝達による磁化回転の効果を得ることができる。
【0064】
高抵抗材料としては、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、シリコン(Si)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む酸化物、窒化物、フッ化物などからなる絶縁体を挙げることができる。この絶縁体は、例えば、アルミナ(Al3−X)、酸化マグネシウム(MgO)、SiO、Si−O−N、Ta−O、Al−Zr−Oなどである。さらに、GaAlAsなどのエネルギーギャップが大きな半導体を挙げることもできる。
【0065】
中間層40bは、絶縁体にピンホールが形成され、このピンホールに磁性層が進入したナノコンタクトMR材料や、このピンホールにCuが侵入したCCP−CPP−MR(Magneto Resistance effect)材料を用いることによっても、磁化回転の効果を得ることができる。前者のトンネル磁気抵抗効果用の絶縁体の場合、中間層40bの厚さは例えば約0.2nm〜2nm程度とすることが、信号再生を行う上では望ましい。後者のナノコンタクトMRまたはCCP−CPP−MRの場合、中間層40bの厚さは例えば約0.4nm〜40nm程度の範囲内であることが望ましい。
【0066】
本実施形態に係る磁気記録素子の断面形状は、図1の磁気記録素子においては、各層の膜面に対して略平行方向の寸法(同図において略横方向の寸法)は全て同じであるが、これに限定されず、配線の接続のため、または磁化方向の制御のために各層の寸法が互いに異なるようにしてもよい。例えば、膜面に対して略平行方向の寸法(同図において略横方向の寸法)が上層に向かって連続的に小さくなっている台形であってもよいし、膜面に対して略平行方向の寸法(同図において略横方向の寸法)が各層ごとに非連続な形状(例えば凸形状)であってもよい。このような場合でも、本実施形態の効果に支障はない。ただし、磁化回転層50の膜面に対して略平行方向の寸法(同図において略横方向の寸法)は磁性記録層30のそれに比べて大きい方が、磁性記録層30の磁化困難軸方向に高周波磁場をより効果的に印加できる構造となるため望ましい。
【0067】
本実施形態に係る磁気記録素子の平面形状は、磁化容易軸が膜面に対して略平行方向である磁性記録層30の場合、縦横比が例えば約1:1.2〜1:5程度の範囲にあるような長方形、横長(縦長)の6角形、楕円形、菱形、平行四辺形などとすることが望ましい。つまり、縦横のアスペクト比で表示すると、例えば約1.2〜5程度の範囲となる。また、磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向である磁性記録層30の場合、縦横のアスペクト比は例えば約1〜10程度の範囲であることが望ましい。磁性層の平面形状における寸法は、短軸方向の一辺が例えば約5nm〜300nm程度の範囲内とすることが望ましい。
【0068】
以下、具体例を参照しつつ、本実施形態における変形例について説明する。
図5は、本実施形態の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。 本具体例の磁気記録素子は、磁性固着層10aの磁化12aが膜面に対して略垂直方向に固定された点と、磁性記録層30の磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向である点と、において図1の磁気記録素子とは異なっている。各層の積層順序は、本具体例と図1との磁気記録素子において同じである。図1の磁気記録素子と同様に、磁気記録部3と磁化振動子5の間に設けられた中間層40aは、スピン消失層からなり、前述した材料を用いることができる。図5に表した磁気記録素子には、磁性固着層10a、10bに接続された図示していない電極によって、電子電流60を流すことができる。
【0069】
本具体例の磁気記録素子においては、電子電流60が図5において磁性固着層10aから磁性記録層30へ(同図において上から下へ)流れる場合、磁性固着層10aを通過する電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになるため、磁性記録層30は磁化12aと同じ方向(同図において上方向)の磁化32をもつことになる。
【0070】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁化回転層50から磁性固着層10bへ(同図において上から下へ)流れる場合、磁性固着層10bの磁化12bと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bを通過するが、磁化12bと逆方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bと中間層40bとの界面において反射される。この反射された電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0071】
一方で、磁気記録部3の磁性記録層30を通った電子電流60は、磁化振動子5の磁化回転層50の磁化にも作用する。しかしながら、磁性記録層30と磁化回転層50の間に設けられた中間層40aはスピン消失層であるため、この層を横切る電子のスピン情報は失われ、磁性記録層30からのスピントランスファトルクの影響を受けることなく独立に磁化回転層50の磁化を制御することが可能となる。
【0072】
これに対して、電子電流60が図5において磁性記録層30から磁性固着層10aへ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10aの磁化12aと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆向きのスピンをもった電子は磁性固着層10aとバリア層20との界面において反射される。この反射された電子が磁性記録層30へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁性記録層30は磁化12aとは逆方向(同図において下方向)の磁化32をもつことになる。
【0073】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁性固着層10bから磁化回転層50へ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10bを通過する電子は、磁化12bと同じ方向のスピンをもつようになる。この電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0074】
一方で、磁化振動子5の磁化回転層50から磁気記録部3の磁性記録層30へ流れた電子電流60の一部は、磁性記録層30の表面で反射され、磁化振動子5の磁化回転層50の磁化にも作用する。しかしながら、磁性記録層30と磁化回転層50の間に設けられた中間層40aは、この中間層40aを横切る電子のスピン偏極度が消失するような材料もしくは構造を有するため、スピン情報は失われ、磁性記録層30からのスピントランスファトルクの影響を受けることなく独立に磁化回転層50の磁化を制御することが可能となる。
【0075】
高周波磁場の周波数は、上述と同様に、例えば約1〜60GHz程度である。この高周波磁場の方向は、磁性記録層30の磁化容易軸に対して垂直方向、すなわち磁化困難軸の方向の成分を有する。したがって、磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加されると、磁性記録層30の磁化32は非常に反転し易くなる。
【0076】
本具体例の磁気記録素子においては、磁性記録層30の磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向であるため、磁化回転層50から発生した高周波磁場が、常に磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。したがって、図1の磁気記録素子よりも効率よく磁性記録層30の磁化32を反転させることが可能となる。
【0077】
図6は、本実施形態の他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
本具体例の磁気記録素子は、磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向である磁性記録層30と、磁化12aが膜面に対して略垂直方向に固定された磁性固着層10aと、磁性記録層30と磁性固着層10aとの間に設けられたバリア層20と、磁化容易軸54が膜面に対して略平行方向である磁化回転層50と、磁性固着層10aと磁化回転層50との間に設けられた中間層40aと、を有する。本具体例の磁気記録素子は、磁化回転層50と、中間層40aと、磁性固着層10aと、バリア層20と、磁性記録層30と、がこの順に積層されている。本具体例の中間層40aにおいては、図1および図5に表した磁気記録素子とは異なり、スピン情報の伝達可能な後述する材料を有する、いわゆるスピン伝達層を用いる。図6に表した磁気記録素子においては、磁性記録層30、磁化回転層50に接続された図示していない電極によって、電子電流60を流すことができる。
【0078】
磁性固着層10aは、磁性記録層30の磁化32の向きを決定する役割と、磁化回転層50の磁化54を歳差運動させる役割と、の両方の役割を兼ねている。すなわち、磁性固着層10aは、磁気記録部3と磁化振動子5との両方の磁性固着層を兼ねている。このような構造にすることで、磁気記録素子の構造が簡易化され、全体としての膜厚を薄くすることができ、磁気記録素子の小型化を図ることが可能となる。また、製造上の歩留まりが向上する。
【0079】
図6に表した磁気記録素子においては、スピン情報の伝達可能な材料を有する、いわゆるスピン伝達層を中間層40aに用いる。中間層40aの具体的な材料としては、銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)、アルミニウム(Al)よりなる群から選択された金属、もしくは少なくともいずれかの元素を含む合金、またはアルミニウム(Al)、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、シリコン(Si)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素を含む酸化物もしくは窒化物もしくはフッ化物などからなる絶縁体、を有することが望ましい。
【0080】
前記の非磁性金属の場合においては、中間層40bの層厚が、例えば約2nm〜60nm程度であれば、電子のスピンの角運動量による磁化回転の効果を得ることができる。また、前記絶縁体の例としては、アルミナ(Al3−X)、酸化マグネシウム(MgO)、SiO、Si−O−N、Ta−O、Al−Zr−Oなどを挙げることができる。さらに、GaAlAsなどのエネルギーギャップが大きな半導体を挙げることもできる。これらの場合における中間層40aの層厚においては、例えば2nm〜0.6nm程度の範囲であることが伝導性を得るために望ましい。
【0081】
電子電流60が図6において磁性記録層30から磁性固着層10aへ(同図において上から下へ)流れる場合、磁性固着層10aの磁化12aと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆向きのスピンをもった電子は磁性固着層10aとバリア層20との界面において反射される。この反射された電子が磁性記録層30へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁性記録層30は磁化12aとは逆方向(同図において下方向)の磁化32をもつことになる。
【0082】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁性固着層10aから磁化回転層50へ(同図において上から下へ)流れるので、磁性固着層10aを通過する電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになる。この電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0083】
これに対して、電子電流60が図6において磁性固着層10aから磁性記録層30へ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10aを通過する電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになるため、磁性記録層30は磁化12aと同じ方向(同図において上方向)の磁化32をもつことになる。
【0084】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁化回転層50から磁性固着層10aへ(同図において下から上へ)流れるので、磁性固着層10aの磁化12aと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aと中間層40bとの界面において反射される。この反射された電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0085】
高周波磁場の周波数は、上述と同様に、例えば約1〜60GHz程度である。この高周波磁場の方向は、磁性記録層30の磁化容易軸に対して垂直方向、すなわち磁化困難軸の方向の成分を有する。したがって、磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加されると、磁性記録層30の磁化32は非常に反転し易くなる。
【0086】
本具体例の磁気記録素子においては、図5の磁気記録素子と同様に、磁性記録層30の磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向であるため、磁化回転層50から発生した高周波磁場が、常に磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。したがって、図1の磁気記録素子よりも効率よく磁性記録層30の磁化32を反転させることが可能となる。
なお、磁性記録層30においては、図6に表した磁気記録素子のように磁性固着層が一層からなる場合のみならず、図6に表した磁性記録層30の上にもう一層の中間層を介してさらに磁性固着層が形成された構造(デュアルピン構造)とすると、スピン注入磁化反転の臨界反転電流を下げることができる。
【0087】
図7は、本実施形態のさらに他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
本具体例の磁気記録素子においては、磁気記録部3の積層順序が図1の磁気記録素子におけるそれとは異なっている。本具体例の磁気記録素子における磁気記録部3においては、磁性固着層10aと、バリア層20と、磁性記録層30と、がこの順に積層されている。これに対して、図1の磁気記録素子における磁気記録部3においては、磁性記録層30と、バリア層20と、磁性固着層10aと、がこの順に積層されている。磁性固着層10aと中間層40aとの間においては、図示しない反強磁性層を設けることにより、磁性固着層10aの磁化固着を強固のものにすることができる。本具体例の磁気記録素子においては、磁性記録層30、磁性固着層10bに接続された図示していない電極によって、電子電流60を流すことができる。この構造においては、中間層40aはスピン消失層もしくはスピン伝達層のいずれも選択することができる。
【0088】
本具体例の磁気記録素子においては、電子電流60が図7において磁性記録層30から磁性固着層10aへ(同図において上から下へ)流れる場合、磁性固着層10aの磁化12aと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10aを通過するが、磁化12aと逆向きのスピンをもった電子は磁性固着層10aとバリア層20との界面において反射される。この反射された電子が磁性記録層30へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁性記録層30は磁化12aとは逆方向(同図において右方向)の磁化32をもつことになる。
【0089】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁化回転層50から磁性固着層10bへ(同図において上から下へ)流れる場合、磁性固着層10bの磁化12bと同じ方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bを通過するが、磁化12bと逆方向のスピンをもった電子は磁性固着層10bと中間層40bとの界面において反射される。この反射された電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0090】
これに対して、電子電流60が図7において、磁性固着層10aから磁性記録層30へ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10aを通過する電子は、磁化12aと同じ方向のスピンをもつようになるため、磁性記録層30は磁化12aと同じ方向(同図において左方向)の磁化32をもつことになる。
【0091】
この書き込み作用と同時に、電子電流60が、磁性固着層10bから磁化回転層50へ(同図において下から上へ)流れる場合、磁性固着層10bを通過する電子は、磁化12bと同じ方向のスピンをもつようになる。この電子が磁化回転層50へ流れると、電子のスピンの影響を受けて、磁化回転層50の磁化が歳差運動をする。その結果、磁化回転層50から高周波磁場が発生する。
【0092】
高周波磁場の周波数は、上述と同様に、例えば約1〜60GHz程度である。この高周波磁場の方向は、磁性記録層30の磁化容易軸に対して垂直方向、すなわち磁化困難軸の方向の成分を有する。したがって、磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加される。磁化回転層50から発生した高周波磁場が、磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加されると、磁性記録層30の磁化32は非常に反転し易くなる。
【0093】
本具体例の磁気記録素子における磁性記録層30と磁化回転層50との位置関係は、図1の磁気記録素子におけるそれと比較すると離れたものとなっているが、本具体例の磁気記録素子においても、磁化回転層50から発生した高周波磁場が磁性記録層30の磁化困難軸の方向に印加され、磁性記録層30の磁化32が非常に反転し易くなる効果は得られる。
【0094】
次に、本実施形態の磁気記録素子について行った磁性記録層の磁化反転のシミュレーションについて説明する。
図8は、高周波磁場を磁性記録層に印加せずに書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示したグラフ図である。
図9は、高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示したグラフ図である。
図10は、異なる周波数を有する高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合の磁化反転の時間変化を例示したグラフ図であり、図10(a)は周波数が0.1GHz、図10(b)は周波数が2GHz、図10(c)は周波数が4GHz、図10(d)は周波数が10GHz、図10(e)は周波数が15GHz、の場合を表している。
【0095】
図8〜図10の横軸は、書き込み電流を流してから磁化反転するまでに要する時間を表している。図8〜図10の縦軸は、磁性記録層の磁化の向きを表している。すなわち、縦軸の値が1.0から−1.0へと変化した時に、磁化反転が起きたことを表している。
【0096】
本シミュレーションは、次式に示すスピントランスファトルクを組み込んだLandau-Liffshit-Gilbert方程式に基づいている。次式において、Mは磁性記録層30の磁化32のベクトルを表しており、m、mpinは磁性記録層30の磁化32および磁性固着層10aの磁化12aの単位ベクトルをそれぞれ表している。Heffは磁性記録層30にかかる有効磁場であり、ここに高周波磁場の効果を追加した。
【0097】
【数1】

【0098】
本シミュレーションにおける磁気記録部3の基本構造は、磁性記録層30/バリア層20/磁性固着層10aとする。磁性記録層30は、材料をコバルト(Co)、膜厚を2.5nmとし、磁性固着層10aは材料をコバルト(Co)、膜厚を40nmとする。磁性記録層30は約120nm×90nmの楕円形とする。磁性記録層30の磁化容易軸方向は膜面に対して略平行方向であり、特に略楕円長軸方向である。異方性磁界は、典型的な150Oe(エルステッド)を想定した。なお、これらのパラメータは事前の実験結果に基づいて選定を行った。
【0099】
この磁気記録素子における臨界反転電流密度(Jc)は、2×10A/cmと算出される。ただし、この臨界反転電流密度(Jc)は、準静的な電流を流した場合に必要な電流値であり、パルス幅が短くなると前述のように臨界反転電流密度(Jc)の数倍以上の反転電流密度が必要となる。
【0100】
図8に表したシミュレーションにおいては、高周波磁場を磁性記録層30に印加することなく、臨界反転電流密度(Jc)の2.86倍の電流によって磁化反転(書き込み)を行った。図8において、複数の曲線が存在するが、これは磁性記録層30の磁化32の初期角度が異なる結果を重ねて示したためである。磁性記録層30の磁化32の初期角度は、磁化容易軸方向に対して最大0.57度まで分布している。臨界反転電流密度(Jc)の2.86倍の電流を磁気記録素子に垂直に流しているにもかかわらず、磁性記録層30の磁化32の初期角度によって反転時間に差異が生じていることが分かる。このため、書き込み電流のパルス幅が例えば約5ns程度の場合には、反転確率が約1/2程度となる。パルス幅が例えば約5ns程度において、高周波磁場を磁気記録層30に印加せずに反転確率を1にするためには、より大きな書き込み電流が必要であることが、このシミュレーション結果から分かる。
【0101】
図9に表したシミュレーションにおいては、振幅3Oe、周波数4.75GHzの高周波磁場を磁性記録層30の磁化困難軸方向に印加しつつ、図8に表したシミュレーションと同様に、臨界反転電流密度(Jc)の2.86倍の電流によって磁化反転(書き込み)を行っている。磁性記録層30の磁化32の初期角度は、図8に表したシミュレーションと同様に、磁化容易軸方向に対して最大0.57度まで分布させた。ここでも、初期角度が異なる結果を重ねて示している。図8に表したシミュレーション結果に対して、高周波磁場を磁性記録層30に印加したことによって、磁性記録層30の磁化32の初期角度に依らず、約1.3nsの時間で磁化が反転していることが分かる。これは、高速かつ低バラツキの磁化反転が可能になったこと表しており、実質的に記録電流密度を低減できることが可能になったことを表している。
【0102】
図10に表したシミュレーションにおいては、振幅7.5Oeの高周波磁場を磁性記録層30の磁化困難軸方向に印加しつつ、図8に表したシミュレーションと同様に、臨界反転電流密度(Jc)の2.86倍の電流によって磁化反転(書き込み)を行っている。本シミュレーションの結果から、高周波磁場の周波数が、0.1GHz、2GHz、10GHz、15GHz、のいずれの場合においても、磁性記録層30の磁化32の初期角度によって反転時間に差異が生じていることが分かる。これに対して、高周波磁場の周波数が4GHzの場合においては、磁性記録層30の磁化32の初期角度に依らず、約0.9nsの時間で磁化が反転していることが分かる。すなわち、高速かつ低バラツキの磁化反転を実現するための条件として、磁性記録層30が磁気共鳴を起こすような例えば約4GHz程度の周波数が好ましいことが分かる。なお、磁気記録素子における磁気共鳴の周波数は、磁気記録素子をネットワークアナライザーに繋いで、高周波に対する磁気記録素子のレスポンス(透過率もしくは反射率)を評価することで確認することができる。
【0103】
図11は、磁化容易軸が膜面に対して略垂直の磁性記録層30について、高周波磁場を磁性記録層に印加しつつ書き込みを行った場合の、磁化反転に要する時間の周波数依存および高周波磁場強度依存を例示した模式図である。
磁気記録素子の特性として、垂直磁気異方性(Ku)は6.2×10erg/cc、磁化(Ms)は970emu/cc、を想定した。この場合の異方性磁界(Hk)は12.8kOe、直流電流による臨界反転電流密度(Jc)は1.69×10A/cmとなる。
【0104】
本シミュレーションにおける磁気記録部3の基本構造は、図8〜図10に表したシミュレーションと同様に、磁性記録層30/バリア層20/磁性固着層10aとする。具体的には、FeXY/MgO/FeXYを想定している。Xはクロム(Cr)、銅(Cu)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)よりなる群から選択された少なくともいずれかの元素である。Yは白金(Pt)もしくはパラジウム(Pd)である。なお、FeXYとMgOとの界面に、FeXからなる界面層を挿入するとTMR(Tunneling Magneto Resistive effect)を大きくすることができる。
【0105】
この磁気記録素子に対して、磁化困難軸方向となる膜面に対して平行方向へ1GHz〜7GHzの高周波磁場を印加して磁化反転の挙動を調べた。高周波磁場の強度は、26Oe、520Oe、128Oeと変化させた。電流は、臨界反転電流密度(Jc)の1.64倍の電流によって磁化反転(書き込み)を行っている。図8〜図10に表したシミュレーションと同様に、磁性記録層30の磁化32の初期角度によって反転時間に差異が生じるが、これらの中で最長となる反転時間を高周波磁場の周波数に対してプロットした結果が図11の如くである。
【0106】
なお、図11において高周波磁場の周波数がゼロの近傍には、高周波磁場を印加していない場合の反転時間を示した。これにより、高周波磁場を印加していない場合には、反転に要する時間は約20ns程度にも達することが分かる。この結果から、例えば約8ns程度のパルス幅を持ち、電流密度が2.77×10A/cmとなる電流パルスを用いて磁化反転(書き込み)を行う場合、高周波磁場を印加しない状態では磁化反転は起こらないが、例えば約2.2GHz程度の周波数で異方性磁界(Hk)の0.2%〜1%程度の強さの高周波磁場を印加することで、反転確率が1の磁化反転が可能となることが分かる。また、高周波磁場の強度が強くても、周波数が共鳴条件から外れると不利になることが分かる。
【0107】
以上説明したように、磁性記録層30の磁化34が膜面に対して平行方向の場合でも、垂直方向の場合でも、磁性記録層30が磁気共鳴を起こす周波数と同様の周波数をもつ高周波磁場を磁性記録層30の磁化困難軸方向に印加することにより、高速かつ低バラツキの磁化反転が可能となり、実質的に記録電流密度を低減できることが可能となる。
【0108】
次に、実施例を参照しつつ、本実施形態についてさらに詳細に説明する。
図12は、本実施例の書き込み確率の結果を表す表である。
本実施例においては、図1と同様の構造をもつ磁気記録素子を試作した(サンプル番号S1)。この磁気記録素子の各層の材料と板厚は、反強磁性層(IrMn)/磁性固着層10a(CoFeB:4nm/Ru:1nm/CoFe:4nm)/バリア層20(MgO:1nm)/磁性記録層30(CoFe:1nm/CoFeB:1nm)/中間層40a(Ru:6nm)/磁化回転層50(CoFe:2nm)/中間層40b(Cu:6nm)/磁性固着層10b(FePt:10nm)、である。さらに、比較例としてR1〜R3までの層構造をもつ磁気記録素子を試作した。したがって、サンプル数は合計4種類である。磁性固着層10bの磁化12bおよび/または磁化回転層50の磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向の場合は、共通して磁性固着層10bにはFePt規則合金を用いた。
【0109】
これらのサンプルは、次の手順により製造する。
まず、ウェーハ上に下部電極を形成した後、そのウェーハを超高真空スパッタ装置内に配置する。次に、下部電極上に、磁性固着層10b、中間層40b、磁化回転層50、中間層40a、磁性記録層30、バリア層20、磁性固着層10a、図示しないキャップ層、をこの順に積層させる。下部電極には、例えばAu(001)またはPt(001)バッファ層を用いることができる。
【0110】
FePt規則合金からなる磁性固着層10bは,例えば基板加熱された図示しないバッファ層上に成長させることができる。その後,基板温度を室温まで下げて中間層40b層以降を形成したのち、図示しないキャップ層を成長させる。ただし、バリア層20を形成したのちは300℃にてポストアニールを行った。この基板を磁場中熱処理炉に入れて、270℃で2時間の磁場中熱処理を行うことで、反強磁性層に交換バイアス機能を付加した。
【0111】
次に、EB(electron beam:電子線)レジストを塗布してEB露光を行い、マスクを形成する。マスクの形状は、例えば、70nm×140nmの楕円とし、その長辺に沿った長手方向が磁性記録層30の磁気異方性の方向に平行となる。そして、イオンミリング装置を用いて、マスクにより被覆されない領域に存在する磁性記録層30、磁性固着層10a、10b、非磁性バリア層20及び図示しないキャップ層をエッチングする。ここで、エッチング量については、スパッタされた粒子を差動排気による四重極分析器に導入して質量分析を行うことで正確に把握できる。
【0112】
この後、マスクを剥離し、さらに、磁気記録素子を完全に覆うSiOを形成したのち、SiO表面をイオンミリングにより平坦化し、図示しないキャップ層の上面をSiOから露出させる。そして最後に、図示しないキャップ層上に上部電極を形成する。
【0113】
このようにして作製したサンプルに対して、2nsecのパルス幅をもつ電流にて書き込みテストを50回行った。その際の書き込み確率の結果は、図12の如くである。サンプルS1の反転確率は1であったが、サンプルR1の反転確率は0.1で反転バラツキが発生した。また、サンプルR2、R3においては反転が起こらなかった。この結果から明らかなように、本実施形態によれば、磁化反転バラツキがなくなり、高速の磁化反転が可能となり、磁化反転電流を低減化できることが確認された。また、非磁性バリア層をAl3−X、SiO2−X、TiO、ZnOとした場合も同様の傾向が得られた。
【0114】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。
図13は、本発明の第2の実施の形態に係る磁気記録素子の基本的な断面構造を例示する模式図である。
図14は、本発明の第2の実施の形態に係る磁気記録素子の他の基本的な断面構造を例示する模式図である。
【0115】
本実施形態の磁気記録素子は、磁気記録部3と、中間層40aと、磁化回転層50と、を備えている。図13の磁気記録素子において、磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略垂直方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられたバリア層20と、を有する。図14の磁気記録素子において、磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略平行方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略平行方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられたバリア層20と、を有する。この磁性固着層10aと、バリア層20と、磁性記録層30と、からなる積層構造は、第1の実施の形態の場合と同様に、MTJ(Magnetic Tunnel Junction)と呼ばれている。
【0116】
本実施形態の磁気記録素子においては、前述の図1、図5、図6、図7に表した磁気記録素子のような磁性固着層からのスピントランスファトルクを用いずに、熱励起されたスピン波により磁化回転層50の磁化を振動させる。微小磁性体において熱励起されたスピン波の発生により、磁化が共鳴周波数で振動する。その結果、磁性体外部に高周波磁場を発生させることができる。微小磁性体の磁気異方性をKu、体積をV、ボルツマン定数をk、温度をTとすると、熱励起のためにはKuV/kTが3未満であることが好ましい。これ以上では熱による振動が起こりにくい。さらに、Kuは400(J/m)以上であることが好ましい。これ以下では高周波磁場の周波数はGHz未満となり、磁性記録層30の共振周波数以下となるので振動子としての特性を満たさない。以上より、本実施形態における磁化回転層50の磁気異方性の条件として次式を満たすことが望ましい。

400(J/m)<Ku<3kT/V

これは、前述した磁性記録層の条件とは大きく異なっていることが分かる。
【0117】
この磁気記録素子に記録を行うには、最小限、磁性固着層10aと磁性記録層30の間に電流を流す必要がある。もし、磁性固着層10a、磁化回転層50に接続された図示していない電極によって電子電流を流す場合には、中間層40aおよび磁化回転層50は電流経路上に存在することになる。この場合、中間層40aはスピン消失層から構成される。中間層40aにおいてスピン情報が保たれてしまうと、磁性記録層30を通過、または反射するスピン偏極電子のスピン情報の影響(スピントランファトルク)を磁化回転層50が受けて、磁化回転層50の磁化が磁性記録層30に連動するので振動子として機能しない。これを防ぐためにスピン消失層は欠かせない。
【0118】
磁化回転層50には、通常の強磁性体を用いることができるが、コバルト(Co)またはコバルト(Co)合金を用いた場合においては、磁化回転層50層の磁化容易軸は膜面に対して略垂直方向となる。磁化容易軸が膜面に対して略垂直方向をもつ磁化回転層50が揺らぐ場合においては、膜面に対して略平行方向の成分をもつ高周波磁場を生じさせることができる。そのため、磁性記録層30の磁化容易軸方向は、図13および図14に表したように、膜面に対して略垂直方向でも略平行方向でも同様に、磁化回転層50による高周波磁場の効果を得ることができる。
【0119】
このように、本実施形態の磁気記録素子は、磁性固着層10a/バリア層20/磁性記録層30/中間層40a/磁化回転層50を基本構造とすることで、磁化回転層50からの漏れ磁場を高周波磁場として磁性記録層30に印加することができる。
【0120】
なお、本実施形態の磁気記録素子において、磁性固着層10aは、図示しない反強磁性層を付設すると固着効果が増す。また、同図において、磁気記録素子が上下反転していても効果は同じである。さらに、磁気記録素子を上下反転させた構造において、多層膜ミリング時のエンドポイントが磁性固着層10aの直上、または磁性固着層10aの中間位置であってもよい。エンドポイントが中間層40aの直上、または中間でも効果は同じである。
【0121】
以下、具体例を参照しつつ、本実施形態についてさらに詳細に説明する。
図15は、本実施形態の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
図16は、本実施形態の他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【0122】
図15および図16に表した磁気記録素子は、磁気記録部3と、中間層40aと、磁化回転層50と、バッファ層70と、を備えている。図15に表した磁気記録素子は、磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略垂直方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられたバリア層20と、を有する。図16に表した磁気記録素子は、磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略平行方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略平行方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられたバリア層20と、を有する。
【0123】
本具体例の磁気記録素子はいずれも、バッファ層70と、磁化回転層50と、中間層40aと、磁性記録層30と、バリア層20と、磁性固着層10aと、がこの順に積層されている。各層の材料は、磁性固着層10a:CoFePt、バリア層20:MgO、磁性記録層30:CoFePt、中間層40a:ルテニウム(Ru)、磁化回転層50:コバルト(Co)、バッファ層70:ルテニウム(Ru)、である。この磁気記録素子においては、磁性固着層10a、10bに接続された図示していない電極によって、電子電流60を流すことができる。
【0124】
本具体例の磁気記録素子においては、磁化回転層50を介して中間層40aの反対側(同図において下側)にもルテニウム(Ru)からなるバッファ層70を設けることで、コバルト(Co)結晶の細密充填面が界面に平行に成長する結果、垂直磁気異方性を強くでき、歳差運動の回転軸を明確に規定できる。このため、特性のばらつきを小さくできる利点をもつ。なお、コバルト(Co)からなる磁化回転層50の膜厚は10nm以下であることが、振動特性上望ましい。
【0125】
図17、図18は、本実施形態のさらに他の具体例に係る磁気記録素子の断面構造を例示する模式図である。
【0126】
図17および図18に表した磁気記録素子は、磁気記録部3と、中間層40a1、40a2と、磁化回転層501、502と、を備えている。磁気記録部3は、磁化12aが膜面に対して略垂直方向に固定された磁性固着層10aと、磁化容易軸34が膜面に対して略垂直方向である磁性記録層30と、磁性固着層10aと磁性記録層30との間に設けられたバリア層20と、を有する。
【0127】
図17に表した磁気記録素子においては、磁性記録層30と、バリア層20と、磁性固着層10aと、がこの順に積層され、磁性固着層10aの上面には、中間層40a1、40a2を介して磁化回転層501、502がさらに積層されている。磁化回転層501、502と、中間層40a1、40a2と、は磁気記録部3の電流経路上にはなく、電子電流60から絶縁されている、もしくは電流が流れない構造である。中間層40a1、40a2は電流経路上にないため、中間層40a1、40a2はスピン消失層の材料に限定されず、スピン伝達層の材料、もしくは絶縁体を用いることもできる。
【0128】
図18に表した磁気記録素子においては、磁性記録層30と、バリア層20と、磁性固着層10aと、がこの順に積層され、磁性固着層10aの右側面には、中間層40a1を介して磁化回転層501がさらに積層され、磁性固着層10aの左側面には、中間層40a2を介して磁化回転層502がさらに積層されている。磁化回転層501、502は、図17の磁気記録素子と同様に、電子電流60から絶縁されている、もしくは電流が流れない構造である。中間層40a1、40a2は電流経路上にないため、中間層40a1、40a2はスピン消失層の材料に限定されず、スピン伝達層の材料、もしくは絶縁体を用いることもできる。
【0129】
このように磁化回転層501、502が電子電流60から絶縁されている構造であっても、本具体例の回転磁性層501、502は熱によってスピン波が励起されて高周波磁場が発生するため、図13〜図16に関して前述したものと同様の効果が得られる。なお、磁化12aと磁化容易軸34とは、膜面に対して略平行方向であってもよい。
【0130】
以上説明したように、本実施形態によれば、磁化回転層50、501、502は熱によりスピン波が励起されるため、高周波磁場が発生する。これにより、磁化回転層50、501、502が磁気記録部3の電流経路上にあっても、なくても、磁性記録層30の磁化32の反転効率がよくなる。これにより、熱揺らぎ耐性およびMR(Magneto Resistive effect)特性を劣化させることなく、磁化反転のバラツキを低減させることが可能となる。また、磁化反転の高速化が可能である。さらに、書き込み電流の電流値を低減させることも可能となる。
【0131】
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。
図19は、本発明の第3の実施の形態に係る磁気記録装置を例示した平面図である。
本実施形態の磁気記録装置は、第1の実施の形態の磁気記録素子、または第2の実施の形態の磁気記録素子を磁気セルに有している。この磁気セルにはスイッチング素子(例えば、トランジスタ)が直列に接続されている。各磁気セルは1つのアドレッシング行(ビット線)に接続されており、各スイッチング素子は1つのアドレッシング列(ワード線)に接続されている。また、本実施形態の磁気記録装置は、記録時にパルス幅18ナノ秒以下、50ピコ秒以上、のパルス幅をもつ電流を発生させるための電源を備えている。
【0132】
磁気セルの選択は、磁気セルに接続されたワード線とビット線とを指定することで可能となる。すなわち、ビット線を指定することでスイッチング素子をオン(ON)にし、ワード線と電極とに挟まれた磁気セルへ電流を流す。このとき、磁気セルのサイズ、構造、組成等により決定される臨界磁化反転電流よりも大きな書き込み電流を磁気セルに流すことで記録が可能となる。なお、スイッチング素子は、ダイオードを用いてもよい。このスイッチング素子は、できればオン(ON)時の抵抗が低抵抗のものが好ましい。
【0133】
本実施形態の磁気記録装置によれば、第1の実施の形態の磁気記録素子、または第2の実施の形態の磁気記録素子を磁気セルに有しているため、記録電流の幅が18ns以下の場合に、特に10ns以下の場合に、顕著に磁化反転のバラツキを低減させることが可能となる。さらに、書き込み電流の電流値を低減させることも可能となる。図11に表したシミュレーションの結果より、18〜20ナノ秒よりもパルス幅が大きい場合においては、高周波磁場の効果はないことがわかる。バラツキ低減の効果を得るにためは、これ以下のパルス幅、特に顕著に効果を得るにためは、10ナノ秒以下の書込みパルス幅、であることが望ましい。一方、パルス幅が50ピコ秒を切ると、反転に必要な時間を稼ぐことができなくなる。
【0134】
以上、本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明はこれらの記述に限定されるものではない。前述の実施の形態に関して、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本発明の特徴を備えている限り、本発明の範囲に包含される。例えば、磁気記録部の磁性固着層は、反強磁性層であってもよい。また、シンセティック反強磁性層であってもよい。さらに、デュアルピン構造であってもよい。また、本発明の磁気記録素子に係る図は上下逆転してもよい。
また、前述した各実施の形態が備える各要素は、技術的に可能な限りにおいて組み合わせることができ、これらを組み合わせたものも本発明の特徴を含む限り本発明の範囲に包含される。
【符号の説明】
【0135】
3 磁性記録部、 5 磁化振動子、 10a、10b 磁性固着層、 12a、12b 磁化、 20 バリア層、 30 磁性記録層、 32 磁化、 34 磁化容易軸、 40a、40b、40a1、40a2 中間層、 50、501、502 磁化回転層、 54 磁化容易軸、 60 電子電流、 61 センス電流、 70 バッファ層、 80 スピン消失層(単層膜)、 90 銅(Cu)層、100 酸化物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、
磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、
前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、
磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、
前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に設けられた第2の非磁性層と、
を積層した積層体を備え、
前記第2の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、
前記第1の非磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第1の強磁性層が設けられ、
前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、
前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、
前記第1の非磁性層および前記第2の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、
前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子。
【請求項2】
磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、
磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、
前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、
を積層した磁気記録部と、
磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、
磁化が第2の方向に実質的に固定された第4の強磁性層と、
前記第3の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に設けられた第3の非磁性層と、
を積層した磁化振動子と、
前記磁気記録部と前記磁化振動子との間に設けられた第2の非磁性層と、
を積層した積層体を備え、
前記第1の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に前記第3の非磁性層が設けられ、
前記第3の非磁性層と前記第1の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、
前記第1の非磁性層と前記第3の非磁性層との間に前記第3の強磁性層が設けられ、
前記第3の強磁性層と前記第1の非磁性層との間に前記第2の強磁性層が設けられ、
前記第2の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、
前記第1及び第2の方向の少なくともいずれかは、膜面に対して垂直であり、
前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記電流が前記第4の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、
前記第1の非磁性層および前記第3の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、
前記電流が前記第1の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記電流が前記第4の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子。
【請求項3】
前記第2の非磁性層は、前記電子のスピン情報を消失させるスピン消失層であることを特徴とする請求項2記載の磁気記録素子。
【請求項4】
磁化が第1の方向に実質的に固定された第1の強磁性層と、
磁化の方向が可変の第2の強磁性層と、
前記第1の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に設けられた第1の非磁性層と、
を積層した磁気記録部と、
磁化の方向が可変の第3の強磁性層と、
磁化が第2の方向に実質的に固定された第4の強磁性層と、
前記第3の強磁性層と前記第4の強磁性層との間に設けられた第3の非磁性層と、
を積層した磁化振動子と、
前記磁気記録部と前記磁化振動子との間に設けられた第2の非磁性層と、
を積層した積層体を備え、
前記第4の強磁性層と前記第2の強磁性層との間に前記第3の非磁性層が設けられ、
前記第3の非磁性層と前記第2の強磁性層との間に前記第1の非磁性層が設けられ、
前記第1の非磁性層と前記第3の非磁性層との間に前記第3の強磁性層が設けられ、
前記第3の強磁性層と前記第1の非磁性層との間に前記第1の強磁性層が設けられ、
前記第1の強磁性層と前記第3の強磁性層との間に前記第2の非磁性層が設けられ、
前記第1及び第2の方向の少なくともいずれかは、膜面に対して垂直であり、
前記積層体の各層の膜面に対して垂直な方向に流れる電流が前記第1の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、前記電流が前記第4の強磁性層を流れることによりスピン偏極した電子が生じ、
前記第1の非磁性層および前記第3の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であり、
前記電流が前記第1の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子を前記第2の強磁性層に作用させ、且つ前記電流が前記第4の強磁性層を流れることにより前記スピン偏極した電子が前記第3の強磁性層を流れることにより前記第3の強磁性層の磁化が歳差運動し、前記歳差運動により発生する磁場を前記第2の強磁性層に作用させることにより、前記第2の強磁性層の磁化の方向を前記電流の向きに応じた方向に決定可能としたことを特徴とする磁気記録素子。
【請求項5】
前記第2の非磁性層は、前記電子のスピン情報を消失させるスピン消失層であることを特徴とする請求項4記載の磁気記録素子。
【請求項6】
前記第2の非磁性層は、前記電子のスピン情報を伝達可能なスピン伝達層であることを特徴とする請求項4記載の磁気記録素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−69958(P2012−69958A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226721(P2011−226721)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【分割の表示】特願2007−182286(P2007−182286)の分割
【原出願日】平成19年7月11日(2007.7.11)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】