説明

車両の動力伝達制御装置

【課題】動力源として内燃機関と電動機とを備えた車両に適用される車両の動力伝達制御装置にて、加速要求があった場合における合計トルクの増大方向の応答を改善すること。
【解決手段】E/G側駆動トルクの指示値Tet及びM/G側駆動トルクの指示値Tmtは、通常、アクセル開度の現在値及び車速の現在値と定常マップとから得られる、E/G側駆動トルクの定常適合値及びM/G側駆動トルクの定常適合値にそれぞれ算出される。一方、加速要求時では、これに代えて、E/G側駆動トルク及びM/G側駆動トルクのうち増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大されることで合計トルク(=E/G側駆動トルク+M/G側駆動トルク)の指示値Tstが増大される。これにより、合計トルクTsの増大方向の応答が速い状態を安定して維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の動力伝達制御装置に関し、特に、動力源として内燃機関と電動機とを備えた車両に適用されるものに係わる。
【背景技術】
【0002】
近年、動力源として内燃機関と電動機(電動モータ、電動発電機)とを備えた所謂ハイブリッド車両が開発されてきている(例えば、特許文献1を参照)。ハイブリッド車両では、電動機が、内燃機関と協働又は単独で、車両を駆動する駆動トルクを発生する動力源として、或いは、内燃機関を始動するための動力源として使用される。加えて、電動機が、車両を制動する回生トルクを発生する発電機として、或いは、車両のバッテリに供給・貯留される電気エネルギを発生する発電機として使用される。このように電動機を使用することで、車両全体としての総合的なエネルギ効率(燃費)を良くすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−224710号公報
【発明の概要】
【0004】
ところで、ハイブリッド車両では、電動機の出力軸と変速機の入力軸との間で動力伝達系統が形成される接続状態(以下、「IN接続状態」と称呼する。)が採用される場合と、電動機の出力軸と変速機の出力軸(従って、駆動輪)との間で変速機を介することなく動力伝達系統が形成される接続状態(以下、「OUT接続状態」と称呼する。)が採用される場合と、がある。
【0005】
IN接続状態では、変速機の変速段を変更することで、車両速度に対する電動機の出力軸の回転速度を変更することができる。従って、変速機の変速段を調整することで、電動機の出力軸の回転速度をエネルギ変換効率(より具体的には、駆動トルク、回生トルク等の発生効率)が良好となる範囲内に維持し易いというメリットがある。
【0006】
一方、OUT接続状態では、動力伝達系統が複雑な機構を有する変速機を介さないことから、動力の伝達損失を小さくできるというメリットがある。また、変速機(特に、トルクコンバータを備えない形式の変速機)では、通常、変速作動中(変速段を切り替える作動中)において、変速機の入力軸から出力軸への動力の伝達が一時的に遮断される場合が多い。この結果、車両前後方向の加速度の急激な変化(所謂変速ショック)が発生し易い。このような変速作動中においても、OUT接続状態では、電動機の駆動トルクを変速機の出力軸(従って、駆動輪)へ連続して出力し続けることができ、変速ショックを低減できるというメリットもある。
【0007】
以上のことに鑑み、本出願人は、特願2007−271556号において、電動機の出力軸の接続状態(以下、単に「電動機接続状態」とも称呼する。)をIN接続状態とOUT接続状態とに切り替え可能な切替機構について既に提案している。この切替機構では、電動機の出力軸と変速機の入力軸との間も電動機の出力軸と変速機の出力軸との間も動力伝達系統が形成されない接続状態(以下、「非接続状態」と称呼する。)も選択され得る。以下、電動機の出力軸のトルクに基づいて変速機の出力軸に伝達されるトルクを「電動機側駆動トルク」と呼び、内燃機関の出力軸のトルクに基づいて変速機の出力軸に伝達されるトルクを「内燃機関側駆動トルク」と呼ぶ。また、電動機側駆動トルクと内燃機関側駆動トルクとの和を「合計トルク」と呼ぶ。
【0008】
ところで、ハイブリッド車両では、通常、内燃機関側駆動トルクの指示値と電動機側駆動トルクの指示値との和(合計トルクの指示値)が運転者によるアクセルペダルの操作に基づいて運転者が要求する駆動トルク(要求トルク)に一致するように、内燃機関側駆動トルクの指示値と電動機側駆動トルクの指示値とが車両の走行状態に応じて算出される。そして、内燃機関側駆動トルクの実際値及び前記電動機側駆動トルクの実際値が、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値にそれぞれ一致するように、内燃機関及び電動機が制御される。この結果、合計トルクの実際値が要求トルクと一致するように制御される。
【0009】
内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値の算出は、例えば、以下のようになされる。即ち、アクセルペダルの操作量及び車速と、アクセルペダル操作量及び車速が一定の場合において適合された内燃機関側駆動トルクの適合値及び電動機側駆動トルクの適合値と、の関係を規定するマップ(テーブル)が予め作製される。このマップは、アクセルペダル操作量及び車速が一定に維持された定常状態で車両全体としての総合的なエネルギ効率(燃費)を最適とする等の観点に基づいて内燃機関側駆動トルク及び電動機側駆動トルクを適合する(適合値を決定する)実験を、アクセルペダル操作量及び車速の組み合わせを種々変更しながら繰り返し行うことで得られる。
【0010】
そして、このマップと、アクセルペダル操作量の現在値及び車速の現在値とから得られる(即ち、マップ検索結果により得られる)内燃機関側駆動トルクの適合値及び電動機側駆動トルクの適合値がそれぞれ、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値として使用される。このように、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値が算出されることで、少なくとも車両が定常走行状態(アクセルペダル操作量及び車速が一定)にある場合において、内燃機関側駆動トルクの実際値及び電動機側駆動トルクの実際値が、車両全体としての総合的なエネルギ効率(燃費)を最適とする等の所望の目的が達成されるように、且つ合計トルクの実際値が要求トルクと一致するように、配分され得る。なお、定常走行状態とは、実際値が指示値に一致している状態を指す。
【0011】
ところで、運転者がアクセルペダル操作量を増大させて要求トルクが増大する過渡走行状態(加速要求時)を考える。過渡走行状態とは、実際値が指示値に一致していない状態を指す。加速要求時(過渡走行状態)では、合計トルクの増大方向の応答が速い(応答速度が大きい)ことが好ましい。ここで、応答速度とは、例えば、実際値が指示値(=一定)に一致している状態にて指示値がステップ的に所定値だけ増大した場合において、指示値の増大から、実際値の増大量が前記所定値の所定割合に達するまでの時間で指標され得る。「応答が速い(遅い)」とは、この時間が短い(長い)ことを意味する。
【0012】
要求トルクが増大する場合(即ち、加速要求時)、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値がそれぞれ、アクセルペダル操作量の現在値(即ち、増大後のアクセルペダル操作量)に対応する適合値に決定されて、内燃機関側駆動トルクの指示値と電動機側駆動トルクの指示値との和(=合計トルクの指示値)が増大する。このとき、マップ検索結果によって、内燃機関側駆動トルクの指示値(のみ)が増大する場合と、電動機側駆動トルクの指示値(のみ)が増大する場合とが存在する。
【0013】
ここで、一般に、内燃機関側駆動トルクと電動機側駆動トルクとで、増大方向の応答(応答速度)が異なる。内燃機関側駆動トルク及び電動機側駆動トルクの増大方向の応答速度はそれぞれ、予め取得され得る。以下、内燃機関側駆動トルク及び電動機側駆動トルクのうち、増大方向の応答が速い方の駆動トルクを「第1トルク」と呼び、増大方向の応答が遅い方の駆動トルクを「第2トルク」と呼ぶ。
【0014】
要求トルクが増大する場合(即ち、加速要求時)において第1トルクの指示値(のみ)が増大する場合、合計トルクの実際値が第1トルクの応答速度をもって増大する。即ち、合計トルクの増大方向の応答が速い。しかしながら、要求トルクが増大する場合において第2トルクの指示値(のみ)が増大する場合、合計トルクの実際値が第2トルクの応答速度をもって増大する。即ち、合計トルクの増大方向の応答が遅い。このように、マップ検索結果によって合計トルクの増大方向の応答が遅くなる場合が発生し得る。従って、合計トルクの増大方向の応答に関して改善の余地がある。
【0015】
本発明の目的は、動力源として内燃機関と電動機とを備えた車両に適用される車両の動力伝達制御装置であって、要求トルクが増大する場合(即ち、加速要求があった場合)における合計トルクの増大方向の応答を改善できるものを提供することにある。
【0016】
本発明による車両の動力伝達制御装置は、動力源として内燃機関と電動機とを備えた車両に適用される。この動力伝達制御装置は、取得手段と、算出手段と、制御手段とを備える。以下、順に説明していく。
【0017】
前記取得手段は、前記運転者が要求する駆動トルクである要求トルクを取得する。前記要求トルクは、前記車両の運転者による加速操作部材の操作に基づいて取得される。
【0018】
前記算出手段は、前記内燃機関のトルクに基づいて前記車両の駆動系統に伝達される駆動トルク(内燃機関側駆動トルク)の指示値、及び、前記電動機のトルクに基づいて前記車両の駆動系統に伝達される駆動トルク(電動機側駆動トルク)の指示値を算出する。前記内燃機関側駆動トルクの指示値、及び前記電動機側駆動トルクの指示値は、両者の和(=合計トルクの指示値)が前記要求トルクに基づいて調整されるように(例えば、前記要求トルクに一致するように)算出される。
【0019】
前記制御手段は、前記内燃機関及び前記電動機を制御する。前記内燃機関及び前記電動機は、前記内燃機関側駆動トルクの実際値及び前記電動機側駆動トルクの実際値が、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値にそれぞれ一致するように制御される。
【0020】
本発明による動力伝達制御装置の特徴は、前記算出手段が、前記要求トルクが増大する(過渡走行状態の)場合、前記内燃機関側駆動トルク及び前記電動機側駆動トルクのうち増大方向の応答が速い方の駆動トルク(第1駆動トルク)の指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成されたことにある。
【0021】
これによれば、要求トルクが増大する(過渡走行状態の)場合(即ち、加速要求時)、合計トルクの実際値が応答の速い第1トルクの応答速度をもって増大する。従って、合計トルクの増大方向の応答が速い状態を安定して維持することができる。
【0022】
より具体的には、前記算出手段は、前記加速操作部材の操作量及び前記車両の速度と、前記加速操作部材の操作量及び前記車両の速度が一定の場合において適合された前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値と、の関係を予め記憶する記憶手段(マップ等)を備え、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を、前記加速操作部材の操作量の現在値及び前記車両の速度の現在値と前記記憶された関係とから得られる(即ち、マップ検索結果から得られる)、前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出するように構成され得る。この場合、前記算出手段は、前記要求トルクが増大する(過渡走行状態の)場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出することに代えて、前記内燃機関側駆動トルク及び前記電動機側駆動トルクのうち増大方向の応答が遅い方の駆動トルク(第2駆動トルク)の指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成され得る。
【0023】
これによれば、要求トルクが増大する(過渡走行状態の)場合(即ち、加速要求時)、マップ検索結果にかかわらず、合計トルクの実際値が応答の速い第1トルクの応答速度をもって増大する。即ち、要求トルクが増大することで第1トルクに対応する適合値が一定に維持され且つ第2トルクに対応する適合値が増大する場合においても、合計トルクの実際値が応答の速い第1トルクの応答速度をもって増大する。
【0024】
上記本発明による動力伝達制御装置においては、前記算出手段は、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大した後、前記第1、第2駆動トルクの指示値をそれぞれ対応する適合値に向けて徐々に戻すように構成され得る。これにより、合計トルクの指示値(従って、合計トルクの実際値)を要求トルクに(略)一致させながら、内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を、内燃機関側駆動トルクの適合値及び電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ戻すことができる。
【0025】
この場合、前記算出手段は、前記第2駆動トルクの指示値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングを、前記第1駆動トルクの指示値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングよりも前の時点に設定するように構成されることが好適である。これによれば、第2駆動トルクの実際値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングと、第1駆動トルクの実際値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングとを略一致させることができる。この結果、合計トルクの指示値(従って、合計トルクの実際値)をより一層精密に要求トルクに一致させながら、内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を、内燃機関側駆動トルクの適合値及び電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ戻すことができる。
【0026】
以上、前記算出手段は、前記要求トルクが増大する場合において、常に、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値にそれぞれ算出することに代えて、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大するように構成されてもよい。
【0027】
他方、前記算出手段は、前記要求トルクが増大する場合において、前記要求トルクの増大速度が所定値以下の場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値にそれぞれ算出するとともに、前記要求トルクの増大速度が前記所定値を超えた場合、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大するように構成されてもよい。
【0028】
要求トルクが増大する場合であっても、要求トルクの増大速度が小さい場合、合計トルクの増大方向の応答遅れが運転者に比較的感知され難い。従って、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値と異なる値に算出する必要性が低い。上記構成は、係る観点に基づく。
【0029】
また、前記算出手段は、前記要求トルクが増大する場合において、前記第2駆動トルクに対応する適合値が一定に維持されるとともに前記第1駆動トルクに対応する適合値が増大する場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値にそれぞれ算出し、前記第1駆動トルクに対応する適合値が一定に維持されるとともに前記第2駆動トルクに対応する適合値が増大する場合、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大するように構成され得る。
【0030】
要求トルクが増大する場合において、第2駆動トルクに対応する適合値が一定に維持されるとともに第1駆動トルクに対応する適合値が増大する場合、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値にそれぞれ算出しても、合計トルクの実際値が応答の速い第1トルクの応答速度をもって増大する。即ち、内燃機関側駆動トルクの指示値及び電動機側駆動トルクの指示値をマップ検索結果に対応する適合値と異なる値に算出する必要がない。上記構成は、係る観点に基づく。
【0031】
以上、説明した本発明による動力伝達制御装置では、前記内燃機関の出力軸との間で動力伝達系統が形成される入力軸と、前記車両の駆動輪との間で動力伝達系統が形成される出力軸とを備え、前記出力軸の回転速度に対する前記入力軸の回転速度の割合である変速機減速比を調整可能な変速機と、前記電動機の出力軸の接続状態を、前記電動機の出力軸と前記変速機の入力軸との間で動力伝達系統が形成されるIN接続状態と、前記電動機の出力軸と前記変速機の出力軸との間で前記変速機を介することなく動力伝達系統が形成されるOUT接続状態と、前記電動機の出力軸と前記変速機の入力軸との間も前記電動機の出力軸と前記変速機の出力軸との間も動力伝達系統が形成されない非接続状態と、に切り替え可能な切替機構とを備えることができる。
【0032】
この場合、前記制御手段は、前記切替機構を制御して前記電動機の出力軸の接続状態をIN接続状態又はOUT接続状態に調整することで、前記電動機のトルクを前記車両の駆動系統に伝達するように構成され得る。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施形態に係る車両の動力伝達制御装置を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】図1に示した切替機構において切り替え可能な3状態を示した図である。
【図3】M/G側駆動トルクがE/G側駆動トルクに比して増大方向の応答が速い場合において要求トルクが増大する場合における作動の一例を、従来と本発明とで比較しながら示したフローチャートである。
【図4】M/G側駆動トルクがE/G側駆動トルクに比して増大方向の応答が速い場合において要求トルクが増大する場合における作動の変形例を、従来と本発明とで比較しながら示した図3に対応するフローチャートである。
【図5】E/G側駆動トルクがM/G側駆動トルクに比して増大方向の応答が速い場合において要求トルクが増大する場合における作動の一例を、従来と本発明とで比較しながら示した図3に対応するフローチャートである。
【図6】E/G側駆動トルクがM/G側駆動トルクに比して増大方向の応答が速い場合において要求トルクが増大する場合における作動の変形例を、従来と本発明とで比較しながら示した図5に対応するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明による車両の動力伝達制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0035】
(構成)
図1は、本発明の実施形態に係る動力伝達制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。この車両は、動力源として内燃機関とモータジェネレータとを備え、且つ、トルクコンバータを備えない多段変速機を使用した所謂オートメイティッド・マニュアル・トランスミッションを備えた車両に適用されている。
【0036】
この車両は、エンジン(E/G)10と、変速機(T/M)20と、クラッチ(C/T)30と、モータジェネレータ(M/G)40と、切替機構50とを備えている。E/G10は、周知の内燃機関の1つであり、例えば、ガソリンを燃料として使用するガソリンエンジン、軽油を燃料として使用するディーゼルエンジンである。E/G10の出力軸A1は、C/T30を介してT/M20の入力軸A2と接続されている。
【0037】
T/M20は、前進用の複数(例えば、5つ)の変速段、後進用の1つの変速段、及びニュートラル段を有するトルクコンバータを備えない周知の多段変速機の1つである。以下、前進用の変速段及び後進用の変速段を「走行用変速段」と称呼する。走行用変速段では、T/M20の入出力軸A2,A3の間で動力伝達系統が形成される。ニュートラル段では、T/M20の入出力軸A2,A3の間で動力伝達系統が形成されない。走行用変速段において、T/M20は、出力軸A3の回転速度に対する入力軸A2の回転速度の割合である変速機減速比Gtmを複数の段階の何れかに任意に設定可能となっている。T/M20では、変速段の切り替えは、T/Mアクチュエータ21を制御することでのみ実行される。
【0038】
C/T30は、周知の構成の1つを備えていて、E/G10の出力軸A1とT/M20の入力軸A2との間で動力が伝達されない遮断状態、及び動力が伝達される接合状態に調整可能となっている。以下、説明の便宜上、接合状態において、T/M20の入力軸A2と出力軸A3との回転が一致している状態を「完全接合状態」と呼び、一致していない状態を「半接合状態」と呼ぶ。この車両では、クラッチペダルは設けられていない。C/T30の状態は、C/Tアクチュエータ31によりクラッチストロークを調整することで制御されるようになっている。
【0039】
M/G40は、周知の構成(例えば、交流同期モータ)の1つを有していて、例えば、ロータ(図示せず)が出力軸A4と一体回転するようになっている。M/G40は、動力源としても発電機としても機能する。
【0040】
切替機構50は、M/G40の出力軸A4の接続状態を切り替える機構である。切替機構50は、M/G40の出力軸A4と一体回転する連結ピース51と、ギヤg1と一体回転する連結ピース52と、ギヤg3と一体回転する連結ピース53と、スリーブ54と、切替アクチュエータ55とを備える。ギヤg1は、T/M20の入力軸A2と一体回転するギヤg2と常時歯合し、ギヤg3は、T/M20の出力軸A3と一体回転するギヤg4と常時歯合している。
【0041】
スリーブ54は、M/G40の出力軸A4の軸線方向に同軸的に移動可能に配設されていて、切替アクチュエータ55によりその軸線方向の位置が制御されるようになっている。スリーブ54は、連結ピース51,52,53とスプライン嵌合可能となっている。
【0042】
スリーブ54が図2(a)に示すIN接続位置に制御される場合、スリーブ54は、連結ピース51,52とスプライン嵌合する。これにより、ギヤg1,g2を介してT/M20の入力軸A2とM/G40の出力軸A4との間で動力伝達系統が形成される。この状態を「IN接続状態」と呼ぶ。
【0043】
IN接続状態において、T/M20の入力軸A2の回転速度に対するM/G40の出力軸A4の回転速度の割合を「第1減速比G1」と呼び、第1減速比G1と変速機減速比Gtmとの積(G1・Gtm)を「IN接続減速比Gin」と呼ぶ。本例では、G1=(g2の歯数)/(g1の歯数)であるから、Gin=(g2の歯数)/(g1の歯数)・Gtmとなる。即ち、Ginは、T/M20の変速段の変化に応じて変化する。
【0044】
また、スリーブ54が図2(b)に示すOUT接続位置に制御される場合、スリーブ54は、連結ピース51,53とスプライン嵌合する。これにより、ギヤg3、g4を介してT/M20の出力軸A3とM/G40の出力軸A4との間でT/M20を介することなく動力伝達系統が形成される。この状態を「OUT接続状態」と呼ぶ。
【0045】
OUT接続状態において、T/M20の出力軸A3の回転速度に対するM/G40の出力軸A4の回転速度の割合を「OUT接続減速比Gout」と呼ぶ。本例では、Goutは、(g4の歯数)/(g3の歯数)で一定となる。即ち、Goutは、T/M20の変速段の変化に応じて変化しない。
【0046】
また、スリーブ54が図2(c)に示す非接続位置に制御される場合、スリーブ54は、連結ピース51のみとスプライン嵌合する。これにより、T/M20の出力軸A3とM/G40の出力軸A4との間でもT/M20の入力軸A2とM/G40の出力軸A4との間でも動力伝達系統が形成されない。この状態を「ニュートラル状態」と呼ぶ。
【0047】
以上、切替機構50では、切替アクチュエータ55を制御する(従って、スリーブ54の位置を制御する)ことで、M/G40の出力軸A4の接続状態(以下、「M/G接続状態」とも称呼する。)を、「IN接続状態」、「OUT接続状態」、「ニュートラル状態」の何れかに選択的に切り替え可能となっている。
【0048】
T/M20の出力軸A3は、作動機構D/Fと連結されていて、作動機構D/Fは、左右一対の駆動輪と連結されている。なお、T/M20の出力軸A3と作動機構D/Fとの間に、所謂最終減速機構が介装されていてもよい。
【0049】
また、本装置は、駆動輪の車輪速度を検出する車輪速度センサ61と、アクセルペダルAPの操作量を検出するアクセル開度センサ62と、シフトレバーSFの位置を検出するシフト位置センサ63と、ブレーキペダルBPの操作の有無を検出するブレーキセンサ64と、を備えている。
【0050】
更に、本装置は、電子制御ユニットECU70を備えている。ECU70は、上述のセンサ61〜64、並びにその他のセンサ等からの情報等に基づいて、上述のアクチュエータ21,31,55を制御することで、T/M20の変速段、C/T30の状態、及び切替機構50の状態を制御する。加えて、ECU70は、E/G10、及びM/G40のそれぞれの出力(駆動トルク)を制御するようになっている。
【0051】
T/M20の変速段は、車輪速度センサ61から得られる車速Vと、アクセル開度センサ62から得られる運転者によるアクセルペダルAPの操作量に基づいて算出される要求トルクTr(T/M20の出力軸A3についてのトルク)と、シフト位置センサ63から得られるシフトレバーSFの位置に基づいて制御される。シフトレバーSFの位置が「手動モード」に対応する位置にある場合、T/M20の変速段が、シフトレバーSFの操作により運転者により選択された変速段に原則的に設定される。一方、シフトレバーSFの位置が「自動モード」に対応する位置にある場合、T/M20の変速段が、車速Vと要求トルクTrとの組み合わせ等に基づいて、シフトレバーSFが操作されることなく自動的に制御される。以下、T/M20の変速段が変更される際の作動を「変速作動」と称呼する。変速作動の開始は、変速段の変更に関連して移動する部材の移動の開始に対応し、変速作動の終了は、その部材の移動の終了に対応する。
【0052】
C/T30は、通常、接合状態(特に、完全接合状態)に維持され、T/M20の変速作動中、シフトレバーSFの位置が「ニュートラル」位置にある場合、M/G40のみを動力源として車両が走行する場合において、遮断状態に維持される。また、C/T30は、接合状態(特に、半接合状態)において、C/Tアクチュエータ31により調整されるクラッチストロークに応じて、伝達し得るトルクの最大値(以下、「クラッチトルク」と称呼する。)を調整可能となっている。
【0053】
E/G10の出力軸A1のトルクそのものよりもクラッチトルクの方がより緻密に調整され得る。従って、E/G10の出力軸A1の駆動トルクがクラッチトルクよりも大きい状態を維持しつつクラッチトルクを制御することで、E/G10の出力軸A1のトルクに基づくT/M20の入力軸A2に伝達されるトルクをクラッチトルクと一致するように緻密に調整できる。
【0054】
M/G40は、E/G10と協働又は単独で、車両を駆動する駆動トルクを発生する動力源として、或いは、E/G10を始動するための動力源として使用される。また、M/G40は、車両を制動する回生トルクを発生する発電機として、或いは、車両のバッテリ(図示せず)に供給・貯留される電気エネルギを発生する発電機としても使用される。
【0055】
切替機構50では、スリーブ54が移動することで、M/G接続状態が切り替えられる。以下、このスリーブ54の移動を「切り替え作動」と称呼する。切り替え作動の開始は、スリーブ54の移動の開始に対応し、切り替え作動の終了は、スリーブ54の移動の終了に対応する。M/G接続状態の切り替えは、例えば、車速Vと要求トルクTrとの組み合わせに基づいてなされ得る。
【0056】
以下、E/G10の出力軸A1のトルクを「E/Gトルク」と、M/G40の出力軸A4のトルクを「M/Gトルク」と称呼する。E/G10の出力軸A1の回転速度を「E/G回転速度」と、M/G40の出力軸A4の回転速度を「M/G回転速度」と称呼する。また、E/Gトルクに基づくT/M20の出力軸A3に伝達される車両加速方向のトルクを「E/G側駆動トルクTe」と称呼し、M/Gトルクに基づくT/M20の出力軸A3に伝達される車両加速方向のトルクを「M/G側駆動トルクTm」と称呼する。E/G側駆動トルクTeは、(C/T30が完全接合状態にある場合において)E/Gトルクに変速機減速比Gtmを乗じた値である。M/G側駆動トルクTmは、IN接続状態では、M/GトルクにIN接続減速比Ginを乗じた値であり、OUT接続状態では、M/GトルクにOUT接続減速比Goutを乗じた値である。M/G側駆動トルクTmは、M/Gトルクの調整により調整され得、E/G側駆動トルクTeは、E/Gトルク、或いはクラッチトルクの調整により調整され得る。また、TmとTeとの和を「合計トルクTs」と呼ぶ。
【0057】
また、以下、E/G側駆動トルクTeの指示値及び実際値をそれぞれ「Tet」、「Tea」と表記し、M/G側駆動トルクTmの指示値及び実際値をそれぞれ「Tmt」、「Tma」と表記し、合計トルクTsの指示値及び実際値をそれぞれ「Tst」、「Tsa」と表記する。
【0058】
(E/G側駆動トルクTe及びM/G側駆動トルクTmの調整)
本装置では、E/G側駆動トルクの指示値TetとM/G側駆動トルクの指示値Tmtとの和(=合計トルクの指示値Tst)が要求トルクTrに一致するように、Tet及びTmtが車両の走行状態に応じて算出される。以下、Tet及びTmtの算出について具体的に説明する。
【0059】
本装置では、予め作製された定常マップに基づいてTet及びTmtが原則的に算出される。定常マップとは、アクセルペダルAPの操作量及び車速(及び後述するバッテリ残量)(の組み合わせ)と、アクセルペダル操作量及び車速(及びバッテリ残量)が(その組み合わせで)一定の場合において適合されたE/G側駆動トルクの定常適合値及びM/G側駆動トルクの定常適合値と、の関係を規定するマップ(テーブル)である。この定常マップは、アクセルペダル操作量及び車速(の組み合わせ)が一定に維持された定常状態で車両全体としての総合的なエネルギ効率(燃費)を最適とする等の観点に基づいてE/G側駆動トルクTe及びM/G側駆動トルクTmを適合する(定常適合値を決定する)実験を、アクセルペダル操作量及び車速の組み合わせを種々変更しながら繰り返し行うことで得られる。
【0060】
この定常マップと、アクセルペダル操作量の現在値及び車速の現在値とから(即ち、定常マップの検索結果から)、現在の走行状態(即ち、アクセルペダル操作量の現在値及び車速の現在値)に対応するE/G側駆動トルクの定常適合値、及びM/G側駆動トルクの定常適合値が得られる。以下、現在の走行状態に対応するE/G側駆動トルクの定常適合値、及びM/G側駆動トルクの定常適合値をそれぞれ、「E/G側駆動トルクの定常適合値Test」、「M/G側駆動トルクの定常適合値Tmst」とも呼ぶ。E/G側駆動トルクの指示値Tet、及びM/G側駆動トルクの指示値Tmtはそれぞれ、E/G側駆動トルクの定常適合値Test、及びM/G側駆動トルクの定常適合値Tmstと等しい値に原則的に算出される。
【0061】
そして、E/G側駆動トルクの実際値Tea及びM/G側駆動トルクの実際値Tmaが、E/G側駆動トルクの指示値Tet及びM/G側駆動トルクの指示値Tmtにそれぞれ一致するように、E/Gトルク及びM/Gトルクが制御される。この結果、少なくとも車両が定常走行状態(アクセルペダル操作量及び車速が一定)にある場合において、E/G側駆動トルクの実際値Tea及びM/G側駆動トルクの実際値Tmaが、車両全体としての総合的なエネルギ効率(燃費)を最適とする等の所望の目的が達成されるように、且つ合計トルクの実際値Tsaが要求トルクTrと一致するように、調整・配分される。なお、定常走行状態とは、実際値が指示値と一致している状態を指す。
【0062】
ところで、運転者がアクセルペダル操作量を増大させて要求トルクTrが増大する過渡走行状態(以下、「加速要求時」と呼ぶ。)を考える。過渡走行状態とは、実際値が指示値と一致していない状態を指す。加速要求時では、E/G側駆動トルクTe及び/又はM/G側駆動トルクTmの増大方向の応答遅れに起因して、合計トルクTsの増大方向の応答遅れが不可避的に発生し得る。「応答遅れ」とは、指示値の変化に対する、指示値に追従する実際値の変化の遅れを指す。
【0063】
加速要求時では、合計トルクTsの増大方向の応答が速いこと、即ち、応答速度が大きいことが好ましい。ここで、本例では、「応答速度」とは、実際値が指示値(=一定)に一致している状態にて指示値がステップ的に所定値だけ増大した場合において、指示値が増大した時点から、実際値の増大量が前記所定値の所定割合(例えば、100%)に達する時点までの時間で指標され得る。「応答が速い(遅い)」とは、この時間が短い(長い)ことを意味する。
【0064】
加速要求時では、アクセルペダル操作量の増大に起因して、E/G側駆動トルクの定常適合値TestとM/G側駆動トルクの定常適合値Tmstとの和が増大する。このとき、E/G側駆動トルクの定常適合値Test(のみ)が増大する場合と、M/G側駆動トルクの定常適合値Tmst(のみ)が増大する場合とが存在する。従って、E/G側駆動トルクの指示値Tet及びM/G側駆動トルクの指示値Tmtがそれぞれ、Test及びTmstと等しい値に設定される場合、Tet(のみ)が増大する場合と、Tmt(のみ)が増大する場合とが存在する。
【0065】
ここで、一般に、E/G側駆動トルクTeとM/G側駆動トルクTmとで、増大方向の応答速度が異なる。Tetのみが増大する場合、合計トルクの実際値TsaはTeの応答速度をもって増大する。一方、Tmtのみが増大する場合、合計トルクの実際値TsaはTmの応答速度をもって増大する。即ち、Tetのみが増大する場合と、Tmtのみが増大する場合とで、合計トルクTsの応答速度が異なる。このことに起因して、本装置では、加速要求時では、合計トルクTsの増大方向の応答が速い状態を安定して維持するため、Tet及びTmtがそれぞれ、Test及びTmstとは異なる値に設定される。以下、この点について、図3を参照しながら説明する。
【0066】
図3は、時刻t1以前にてアクセルペダル操作量(アクセル開度)が値A1に維持され、時刻t1からの極短期間にてアクセル開度が値A1から値A2まで急激に増大され、それ以降、アクセル開度が値A2に維持された場合(即ち、加速要求時、図3(a)を参照)における作動の一例を示す。この例では、時刻t1からのアクセル開度の増大により、E/G側駆動トルクの定常適合値Testのみが値Te1から値Te2に増大し、M/G側駆動トルクの定常適合値Tmstが値Tm1で一定に維持される場合が想定されている。即ち、アクセル開度=A1に対応する定常適合値Test,TmstはそれぞれTe1,Tm1であり、アクセル開度=A2に対応する定常適合値Test,TmstはそれぞれTe2,Tm1である。
【0067】
また、M/G側駆動トルクTm及びE/G側駆動トルクTeの増大方向の応答速度はそれぞれ予め取得されている。この例では、TmがTeに比して増大方向の応答が速い場合が想定されている。
【0068】
先ず、図3(b)に示す比較例について説明する。この比較例では、E/G側駆動トルクの指示値Tet及びM/G側駆動トルクの指示値Tmtがそれぞれ、常に、Test及びTmstと等しい値に設定される。従って、図3(b)に示すように、時刻t1からのアクセル開度の増大により、E/G側駆動トルクの指示値Tetのみが値Te1から値Te2に増大し、M/G側駆動トルクの指示値Tmtは値Tm1で一定に維持されている。この結果、合計トルクの指示値Tstは、値Ts1から値Ts2に増大している。なお、時刻t1以前の定常状態では、E/G側駆動トルクの実際値Tea及びM/G側駆動トルクの実際値Tmaがそれぞれ指示値Tet(=Te1),Tmt(=Tm1)に一致しているものとする。
【0069】
時刻t1以降、Tetのみが値Te1から値Te2に増大することで、E/G側駆動トルクの実際値Teaのみが値Te1から値Te2に向けてTeの応答速度をもって増大し、時刻t2にてTeaが値Te2に達する。一方、M/G側駆動トルクの実際値Tmaは値Tm1で一定に維持される。この結果、時刻t1以降、合計トルクの実際値Tsaが、応答の遅いTeの応答速度をもって値Ts1から増大し、時刻t2にてTsaがTs2に達する。即ち、合計トルクTsの増大方向の応答が遅い。
【0070】
これに対し、本例(本発明)では、加速要求時においてのみ、上記の比較例と異なり、E/G側駆動トルクTeとM/G側駆動トルクTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大される。この例では、TmがTeに比して増大方向の応答が速いことで、図3(c)に示すように、時刻t1以降にて、Tetが値Te1で一定に維持されるとともに、Tmtが値Tm1から値Tm2に増大されている。ここで、(Tm2−Tm1)=(Te2−Te1)の関係が成立している。この結果、図3(b)と同様、合計トルクの指示値Tstは、時刻t1以降、値Ts1から値Ts2に増大している。
【0071】
このように、本例では、時刻t1以降、Tmtのみが値Tm1から値Tm2に増大することで、M/G側駆動トルクの実際値Tmaのみが値Tm1から値Tm2に向けてTmの応答速度をもって増大し、時刻t2よりも前の時刻t3にてTmaが値Tm2に達する。一方、E/G側駆動トルクの実際値Teaは値Te1で一定に維持される。この結果、時刻t1以降、合計トルクの実際値Tsaが、応答の速いTmの応答速度をもって値Ts1から増大し、時刻t2よりも前の時刻t3にてTsaがTs2に達する。即ち、合計トルクTsの増大方向の応答が速い。
【0072】
このように、本例では、加速要求時(=過渡走行状態)にて、TeとTmのうちで何れの定常適合値が増大する場合であっても、Tet及びTmtをTest及びTmstと等しい値にそれぞれ設定することに代えて、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大される。従って、図3に示すように、TeとTmのうちで増大方向の応答が速い方の駆動トルクに対応する定常適合値が一定に維持され且つ増大方向の応答が遅い方の駆動トルクに対応する定常適合値が増大する場合においても、合計トルクの実際値Tsaが応答の速い方の駆動トルクの応答速度をもって増大し得る。この結果、定常マップ検索結果にかかわらず、合計トルクの実際値Tsaが応答の速い方の駆動トルクの応答速度をもって増大し得る。即ち、合計トルクTsの増大方向の応答が速い状態を安定して維持することができる。
【0073】
図3(c)に示すように、本例では、TsaがTs2に達する時刻t3以降、Tet及びTmtがそれぞれ、定常適合値Test(=Te2),Tmst(=Tm1)に向けて徐々に戻される。ここで、本例では、時刻t3にて、応答が遅いTeの指示値TetがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)される一方、応答が速いTmの指示値Tmtは、時刻t3よりも後の時刻t4にて、Tmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されている。これにより、Teの実際値TeaがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)されるタイミングと、Tmの実際値TmaがTmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されるタイミングが一致している(時刻t5を参照)。
【0074】
加えて、Tetの増加勾配とTmtの減少勾配(>0)とが一致している。この結果、時刻t3以降、Tsの実際値Tsaが要求トルクTr(=Ts2)に一致しながら、Tet及びTmtがそれぞれ、定常適合値Test(=Te2),Tmst(=Tm1)に向けて徐々に戻される。
【0075】
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態では、加速要求時(=過渡走行状態)にて、TeとTmのうちで何れの定常適合値が増大する場合であっても、Tet及びTmtをTest及びTmstにそれぞれ設定することに代えて、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大される。これに代えて、加速要求時(=過渡走行状態)にて、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクに対応する定常適合値が一定に維持されるとともに増大方向の応答が速い方の駆動トルクに対応する定常適合値が増大する場合、前記比較例と同様にTet及びTmtがTest及びTmstにそれぞれ設定され、TeとTmのうちで増大方向の応答が速い方の駆動トルクに対応する定常適合値が一定に維持されるとともに増大方向の応答が遅い方の駆動トルクに対応する定常適合値が増大する場合にのみ、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大されてもよい。これによっても、本例と全く同じ作用・効果が得られる。
【0076】
また、上記実施形態では、加速要求時(=過渡走行状態)にて、アクセル開度の増加速度(従って、要求トルクTrの増加速度)の大小にかかわらず、Tet及びTmtをTest及びTmstにそれぞれ設定することに代えて、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大される。これに代えて、加速要求時(=過渡走行状態)にて、要求トルクTrの増大速度が所定値以下の場合、前記比較例と同様にTet及びTmtがTest及びTmstにそれぞれ設定され、要求トルクTrの増大速度が前記所定値を超えた場合にのみ、TeとTmのうちで増大方向の応答が遅い方の駆動トルクの指示値が一定に維持されるとともに、増大方向の応答が速い方の駆動トルクの指示値が増大されてもよい。
【0077】
要求トルクTrが増大する場合であっても、その増大速度が小さい場合、運転者は、合計トルクTsの増大方向の応答遅れを比較的感知し難い。従って、Tet及びTmtを敢えてTest及びTmstとは異なる値に算出する必要性が低い。上記構成は、係る観点に基づく。
【0078】
また、上記実施形態(図3に示す例)では、時刻t3にて応答が遅いTeの指示値TetがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)される場合において、Teの実際値TeaがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)されるタイミングとTmの実際値TmaがTmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されるタイミングが一致するように(時刻t5を参照)、応答が速いTmの指示値Tmtは、時刻t3よりも後の時刻t4にてTmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されている。
【0079】
これに対し、図4に示すように、時刻t3にて応答が遅いTeの指示値TetがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)される場合において、Teの実際値TeaがTest(=Te2)に向けて戻し開始(増大開始)されるタイミング(時刻t5)と同じタイミングにて、応答が速いTmの指示値TmtがTmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されてもよい。図3に示す場合と同様、Tetの増加勾配とTmtの減少勾配(>0)とは一致している。
【0080】
この場合、Tmの実際値TmaがTmst(=Tm1)に向けて戻し開始(減少開始)されるタイミングが、図3に示す場合に比して若干遅れることで、時刻t5以降、合計トルクの実際値Tsaが要求トルクTr(=Ts2)に対して若干大きい値に維持される期間が発生し得る。しかしながら、この場合も、時刻t3以降、Tsの実際値Tsaが要求トルクTr(=Ts2)に略一致しながら、Tet及びTmtがそれぞれ、定常適合値Test(=Te2),Tmst(=Tm1)に向けて徐々に戻され得る。
【0081】
以上、図3、及び図4を参照しながら、TmがTeに比して増大方向の応答が速い場合であって、且つ、アクセル開度の値A1から値A2への急激な増大により、応答が遅いTeの定常適合値Testのみが値Te1から値Te2に増大し、応答が速いTmの定常適合値Tmstが値Tm1で一定に維持される場合について説明した。
【0082】
これに対し、図5、及び図6は、TeがTmに比して増大方向の応答が速い場合であって、且つ、アクセル開度の値A1から値A2への急激な増大により、応答が遅いTmの定常適合値Tmstのみが値Tm1から値Tm2に増大し、応答が速いTeの定常適合値Testが値Te1で一定に維持される場合についての、図3、及び図4にそれぞれ対応する図である。
【0083】
図5、及び図6に示す場合の作動は、図3、及び図4に示す場合と同様であるから、それらの詳細についての説明を省略する。図5、及び図6に示す場合も、図3、及び図4に示す場合と同じ作用により、合計トルクTsの増大方向の応答が速い状態を安定して維持することができる。
【0084】
また、上記実施形態では、切替機構50として、IN接続状態、OUT接続状態、及びニュートラル状態の何れにも切り替え可能なものが使用されているが、切替機構50として、IN接続状態、及びニュートラル状態のみに切り替え可能なものが使用されてもよい。また、切替機構50そのものが省略されて、IN接続状態(即ち、T/M20の入力軸A2とM/G40の出力軸A4との間で動力伝達系統が形成された状態)が常時達成されていてもよい。
【0085】
同様に、切替機構50として、OUT接続状態、及びニュートラル状態のみに切り替え可能なものが使用されてもよい。また、切替機構50そのものが省略されて、OUT接続状態(即ち、T/M20の出力軸A3とM/G40の出力軸A4との間で動力伝達系統が形成された状態)が常時達成されていてもよい。
【0086】
また、上記実施形態では、定常適合値を算出するための定常マップが、アクセルペダル操作量及び車速の組み合わせに基づいて構成されていたが、アクセルペダル操作量、車速、及び、M/G40に電気エネルギを供給するバッテリの残量(バッテリ内に蓄積されているエネルギの量)の組み合わせに基づいて定常マップが構成されてもよい。
【0087】
また、上記実施形態では、TsaがTs2に達する時刻t3にて、Tet及びTmtをそれぞれ定常適合値に向けて戻すための処理が開始されているが、TsaがTs2に達する時刻t3よりも後の所定の時点(例えば、時刻t3から所定時間が経過した時点)にて、Tet及びTmtをそれぞれ定常適合値に向けて戻すための処理が開始されてもよい。
【0088】
また、上記実施形態では、加速要求時にて、増大方向の応答が速い方の駆動トルクが合計トルクの指示値Tstの増大量(=要求トルクTrの増大量)と等しい分だけ増大し得ない状況にある場合、原則どおりにTet及びTmtがTest及びTmstにそれぞれ設定されてもよい。
【0089】
加えて、上記実施形態では、変速機としてトルクコンバータを備えない多段変速機を使用した所謂オートメイティッド・マニュアル・トランスミッションが使用されているが、変速機として、トルクコンバータを備えるとともに車両の走行状態に応じて変速作動が自動的に実行される多段変速機又は無段変速機(所謂オートマチックトランスミッション(AT))が使用されてもよい。
【符号の説明】
【0090】
10…エンジン、20…変速機、30…クラッチ、40…モータジェネレータ、50…切替機構、61…車輪速度センサ、62…アクセル開度センサ、63…シフト位置センサ、64…ブレーキセンサ、70…ECU、AP…アクセルペダル、BP…アクセルペダル、SF…シフトレバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源として内燃機関と電動機とを備えた車両に適用される車両の動力伝達制御装置であって、
前記車両の運転者による加速操作部材の操作に基づいて前記運転者が要求する駆動トルクである要求トルクを取得する取得手段と、
前記内燃機関のトルクに基づいて前記車両の駆動系統に伝達される駆動トルクである内燃機関側駆動トルクの指示値と、前記電動機のトルクに基づいて前記車両の駆動系統に伝達される駆動トルクである電動機側駆動トルクの指示値との和である合計トルクの指示値が前記要求トルクに基づいて調整されるように、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を算出する算出手段と、
前記内燃機関側駆動トルクの実際値及び前記電動機側駆動トルクの実際値が、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値にそれぞれ一致するように、前記内燃機関及び前記電動機を制御する制御手段と、
を備え、
前記算出手段は、
前記要求トルクが増大する場合、前記内燃機関側駆動トルク及び前記電動機側駆動トルクのうち増大方向の応答が速い方の駆動トルクである第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記算出手段は、
前記加速操作部材の操作量及び前記車両の速度と、前記加速操作部材の操作量及び前記車両の速度が一定の場合において適合された前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値と、の関係を予め記憶する記憶手段を備え、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を、前記加速操作部材の操作量の現在値及び前記車両の速度の現在値と前記記憶された関係とから得られる、前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出するように構成されていて、
前記算出手段は、
前記要求トルクが増大する場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出することに代えて、前記内燃機関側駆動トルク及び前記電動機側駆動トルクのうち増大方向の応答が遅い方の駆動トルクである第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記算出手段は、
前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大した後、前記第1、第2駆動トルクの指示値をそれぞれ対応する適合値に向けて徐々に戻すように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記算出手段は、
前記第2駆動トルクの指示値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングを、前記第1駆動トルクの指示値が対応する適合値に向けて戻し開始されるタイミングよりも前の時点に設定するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項5】
請求項2乃至請求項4の何れか一項に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記算出手段は、
前記要求トルクが増大する場合において、前記要求トルクの増大速度が所定値以下の場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出することで前記合計トルクの指示値を増大するとともに、前記要求トルクの増大速度が前記所定値を超えた場合、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項6】
請求項2乃至請求項4の何れか一項に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記算出手段は、
前記要求トルクが増大する場合において、前記第2駆動トルクに対応する適合値が一定に維持されるとともに前記第1駆動トルクに対応する適合値が増大する場合、前記内燃機関側駆動トルクの指示値及び前記電動機側駆動トルクの指示値を前記内燃機関側駆動トルクの適合値及び前記電動機側駆動トルクの適合値にそれぞれ算出することで前記合計トルクの指示値を増大するとともに、前記第1駆動トルクに対応する適合値が一定に維持されるとともに前記第2駆動トルクに対応する適合値が増大する場合、前記第2駆動トルクの指示値を一定に維持するとともに前記第1駆動トルクの指示値を増大することで前記合計トルクの指示値を増大するように構成された車両の動力伝達制御装置。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6の何れか一項に記載の車両の動力伝達制御装置であって、
前記内燃機関の出力軸との間で動力伝達系統が形成される入力軸と、前記車両の駆動輪との間で動力伝達系統が形成される出力軸とを備え、前記出力軸の回転速度に対する前記入力軸の回転速度の割合である変速機減速比を調整可能な変速機と、
前記電動機の出力軸の接続状態を、前記電動機の出力軸と前記変速機の入力軸との間で動力伝達系統が形成される入力側接続状態と、前記電動機の出力軸と前記変速機の出力軸との間で前記変速機を介することなく動力伝達系統が形成される出力側接続状態と、前記電動機の出力軸と前記変速機の入力軸との間も前記電動機の出力軸と前記変速機の出力軸との間も動力伝達系統が形成されない非接続状態と、に切り替え可能な切替機構と、
を備え、
前記制御手段は、
前記切替機構を制御して前記電動機の出力軸の接続状態を前記入力側接続状態又は前記出力側接続状態に調整することで、前記電動機のトルクを前記車両の駆動系統に伝達するように構成された車両の動力伝達制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−247690(P2010−247690A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99922(P2009−99922)
【出願日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】