説明

車両の姿勢制御装置

【課題】 ノーズダイブ抑制時における車両姿勢の乱れや不自然な減速感を防止する車両の姿勢制御装置を提供する。
【解決手段】 VSA−ECU21は、ステップS1でダンパECU22によってノーズダイブ抑制制御が行われているか否かを判定し、この判定がYesであれば、ステップS2で左右後輪3rl,3rr側の制動力配分を小さくする。具体的には、EBD作動時割合より大きいノーズダイブ抑制時割合(例えば、6%)だけ、左右後輪3rl,3rr側の車輪速wrが左右前輪3fl,3fr側の車輪速wfよりも高くなるように、油圧ユニット24を駆動制御する。これにより、ノーズダイブ抑制制御によって減衰力可変ダンパの目標減衰力が高められて後輪の接地荷重が減少しても、左右後輪3rl,3rr側に過剰な制動力が作用しなくなり、旋回中の制動時において車両姿勢に乱れが生じたり、運転者が不自然な減速感を覚えたりすることがなくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減衰力可変ダンパとEBDとが併設された車両の姿勢制御装置に係り、詳しくは、ノーズダイブ抑制時における車両姿勢の乱れや不自然な減速感を防止する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のサスペンションに用いられる筒型ダンパとして、乗り心地や操縦安定性の向上を図るべく、減衰力を段階的あるいは無段階に可変制御できる減衰力可変型のものが種々開発されている(特許文献1参照)。減衰力可変ダンパ(以下、単にダンパと記す)を装着した車両では、車両の走行状態に応じてダンパの減衰力を可変制御することにより、乗り心地や操縦安定性の向上等を図ることができる。例えば、車両の旋回走行時には横方向運動に伴う慣性力(横加速度)によって車体が左右方向にロールするが、横加速度の微分値に応じてダンパの目標減衰力を高くすることにより、車体の過大なロールを抑制できる。また、制動時においては、前後加速度(減速度)や車速に応じてダンパの目標減衰力を高めることによって車体のノーズダイブを抑制できる。
【0003】
一方、自動車では、乗員数や荷物の増減によって前後の荷重配分が大きく変化することから、重積載時等における後輪制動力の確保や軽積載時等における後輪の空転(ロック)防止を図るため、後輪荷重に応じて前後制動力配分を可変制御するEBD(Electronic Brake force Distribution system:電子制御制動力配分システム)を備えたものが増加している(特許文献2参照)。EBDでは、例えば、制動時における減速度が所定値を超えた時点で、後輪側の車輪速と前輪側の車輪速との比が所定の値となるように(後輪側の車輪速を前輪側の車輪速より若干高くするように)、制動力配分装置(ABSのモジュレータユニット等)を駆動制御することにより、後輪の空転を防止しつつ短時間での減速や停止を可能とする。
【特許文献1】特開2007−290461号公報
【特許文献2】特開平9−136627号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、減衰力可変ダンパとEBDとが併設された自動車では、減衰力可変ダンパによるノーズダイブ抑制制御が行われた際に、前後制動力配分が適切に行われなくなることがある。通常、制動時には重心に作用する慣性力によって車体に前回りのピッチモーメントが作用することから、ノーズダイブ抑制制御によって減衰力可変ダンパの目標減衰力が高められた場合、後輪には車体側に引き上げる力(すなわち、後輪の接地荷重を減少させる力)が作用する。そのため、ノーズダイブ抑制時には、EBDによる通常の前後制動力配分を行うと、接地荷重が減少しているにも拘わらず後輪側に過剰な制動力が作用してしまい、旋回中の制動時において車両姿勢に乱れが生じたり、運転者が不自然な減速感を覚えたりする虞があった。
【0005】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、ノーズダイブ抑制時における車両姿勢の乱れや不自然な減速感を防止する車両の姿勢制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明は、車体と各車輪との間に介装された減衰力可変ダンパと、前後制動力配分に供される制動力配分手段とを備えた車両の姿勢制御装置であって、車体のノーズダイブを予測するノーズダイブ予測手段と、前記ノーズダイブ予測手段の予測結果に基づき、前記減衰力可変ダンパに対してノーズダイブ抑制制御を行うノーズダイブ抑制手段と、前記ノーズダイブ抑制制御が実行されたと判定した場合、前記制動力配分手段に対して後輪側への制動力配分を減少させる制動力配分制御手段とを備えたことを特徴とする。
【0007】
また、第2の発明は、第1の発明に係る車両の姿勢制御装置において、前記制動力配分制御手段は、車体の減速度と、前記減衰力可変ダンパのストローク情報とに基づき、前記ノーズダイブ抑制制御の実行を判定することを特徴とする。
【0008】
また、第3の発明は、第1の発明に係る車両の姿勢制御装置において、前記制動力配分制御手段は、前記ノーズダイブ抑制手段の制御情報に基づき、前記ノーズダイブ抑制制御の実行を判定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
第1の発明によれば、制動時に減衰力可変ダンパの目標減衰力が高められて後輪の接地荷重が減少しても、後輪側の制動力配分が減少させられることにより、旋回中の車両姿勢に乱れが生じたり、運転者が不自然な減速感を覚えたりすることがなくなる。また、第2の発明によれば、制動力配分制御手段がノーズダイブ抑制手段と独立してノーズダイブ抑制制御の実行を判定するため、両手段間での信号の授受が不要となる。また、第3の発明によれば、制動力配分制御手段がノーズダイブ抑制制御の実行をノーズダイブ抑制手段からの制御情報に基づき判定するため、センサからの出力信号の処理等が不要となり、制御プログラムの簡素化や制御レスポンスの向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を4輪自動車に適用した実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。図1は実施形態に係る自動車の装置構成を模式的に示す平面図であり、図2は実施形態に係る制御装置の要部構成を示すブロック図である。
【0011】
≪実施形態の構成≫
<自動車の装置構成>
先ず、図1を参照して、実施形態に係る自動車の概略構成について説明する。説明にあたり、4つの車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやサスペンション等については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付して、例えば左前輪3fl、右前輪3fr、左後輪3rl、右後輪3rrと記すとともに、総称する場合には、例えば車輪3と記す。
【0012】
図1に示す自動車1では、車体2の前後左右に4つの車輪3がそれぞれ設置されており、これら各車輪3がサスペンションアームやスプリング、減衰力可変ダンパ(以下、単にダンパと記す)4等からなるサスペンション5を介して車体2を支持している。各車輪3には、その外周にタイヤ6が装着されるとともに、内周側にブレーキ(ディスクブレーキキャリパ)7が設置されている。また、自動車1には、その前部にエンジン8が搭載されている。また、自動車1は、操舵角を検出する操舵角センサ11、車体2のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ12、車体2の前後加速度を検出する前後Gセンサ13、車体2の横加速度を検出する横Gセンサ14等を車室内に備える他、車輪速を検出する車輪速センサ15とダンパ4のストロークを検出するストロークセンサ16とを各車輪3ごとに備えている。
【0013】
自動車1には、車室内にVSA(Vehicle Stability Assist system:車両挙動安定化制御システム)−ECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)21の他、ダンパ4を駆動制御するダンパECU22、エンジン8を統括制御するエンジンECU23と、各ブレーキ7に圧油を供給する油圧ユニット24とが設置されている。各ECU21〜23は、それぞれ、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、通信回線(本実施形態では、CAN(Controller Area Network))を介して互いに接続されている。また、油圧ユニット24は、PWM制御される電磁バルブや油圧回路等を4系統備えており、運転者のブレーキ操作に応じて各車輪3のブレーキ7に圧油を送給する他、VSA−ECU21からの作動指令に基づいて各車輪3のブレーキ7にそれぞれ異なった圧力の圧油を送給する。
【0014】
<制御装置の要部構成>
図2に示すように、ダンパECU22には、自動車1の運動状態に応じて各ダンパ4の目標減衰力を設定する公知の減衰力制御部(図示せず)の他、ノーズダイブ予測部31とノーズダイブ抑制部32とが内装されている。ノーズダイブ予測部31は、前後加速度Gxと車速Vとに基づき、自動車1のノーズダイブ(ノーズダイブ量)を予測する。また、ノーズダイブ抑制部32は、ノーズダイブ予測部31の予測結果に基づきノーズダイブ抑制制御が必要であるか否かを判定し、ノーズダイブ抑制制御を行う場合には、各ダンパ4に所定の目標電流を出力すると同時に、VSA−ECU21にノーズダイブ抑制信号Sndを出力する。
【0015】
また、VSA−ECU21には、目標制動量を設定する制動制御部41や目標エンジン出力を設定するエンジン制御部(図示せず)の他、ノーズダイブ抑制判定部42とEBD作動割合設定部43とが内装されている。ノーズダイブ抑制判定部42は、ダンパECU22のノーズダイブ抑制部32から入力したノーズダイブ抑制信号Sndに基づき、ノーズダイブ抑制制御が実行されているか否かを判定する。EBD作動割合設定部43は、ノーズダイブ抑制判定部42の判定結果に基づき、EBD作動割合を設定して制動制御部41に出力する。制動制御部41は、ブレーキペダル(図示せず)の操作量、操舵角、ヨーレイト、横加速度等の他、EBD作動割合設定部43から入力したEBD作動割合に基づき、各ブレーキ7に対する制動制御信号を油圧ユニット24に出力する。
【0016】
≪実施形態の作用≫
自動車1の運転時において、VSA−ECU21は、上述した各センサ11〜15等からの検出信号に基づいて、所定の制御インターバル(例えば、10ms)で車両挙動制御を繰り返し実行する。車両挙動制御を開始すると、VSA−ECU21は、車輪速に基づいて車速を推定した後、車速と操舵角とに基づいて規範ヨーレイトを算出する。次に、VSA−ECU21は、ヨーレイトセンサ12からの入力信号と規範ヨーレイトとの差等に基づき、制動制御量と出力制御量とをそれぞれ設定した後、油圧ユニット24やエンジンECU23に対して制御信号を出力する。これにより、旋回走行時や雨中走行時等においても、車体2の好ましくない挙動が抑制され、自動車1の操縦安定性の向上が実現される。また、VSA−ECU21は、制動時に減速Gが所定値(例えば、0.4G程度)を超えた時点で、所定のEBD作動時割合(例えば、3%)だけ、左右後輪3rl,3rr側の車輪速wrが左右前輪3fl,3fr側の車輪速wfよりも高くなるように、油圧ユニット24(制動力配分手段)を駆動制御する。これにより、前後の荷重配分の変化に拘わらず、左右後輪3rl,3rr側における制動力の確保や空転防止が実現され、円滑な減速あるいは停止が実現される。
【0017】
一方、自動車1の運転時においては、ダンパECU22は、VSA−ECU21を介して入力した各センサ11〜15やストロークセンサ16からの検出信号に基づいて、所定の制御インターバル(例えば、10ms)で減衰力制御を繰り返し実行する。減衰力制御を開始すると、ダンパECU22は、前後Gセンサ13、横Gセンサ14、上下Gセンサ(図示せず)から得られた車体2の各加速度や、車速、操舵角等に基づき自動車1の運動状態を判定し、その判定結果に応じて各ダンパ4のロール制御目標値とピッチ制御目標値とスカイフック制御目標値とをそれぞれ算出する。しかる後、ダンパECU22は、これら各制御目標値のうちで、ダンパ4のストローク方向と同一方向で絶対値が最も大きいものを目標減衰力として選択し(ハイセレクトし)、各ダンパ4に目標減衰力を発生させるべく制御電流を出力する。これにより、車体2の過大なロール動やピッチ動、上下動等が抑制され、操縦安定性や乗り心地の向上が実現される。また、急制動時等においては、前後加速度(減速度)や車速に基づきノーズダイブを予測し、各ダンパ4の目標減衰力を一時的に高めることにより、車体2のノーズダイブを抑制する。
【0018】
<ノーズダイブ抑制時処理>
VSA−ECU21では、通常の車両挙動制御と並行して、所定の制御インターバル(例えば、10ms)をもって、図3のフローチャートにその手順を示すノーズダイブ抑制時処理を繰り返し実行する。ノーズダイブ抑制時処理を開始すると、VSA−ECU21は、図3のステップS1でダンパECU22によってノーズダイブ抑制制御が行われているか否か(ダンパECU22からノーズダイブ抑制制御を実行していることを伝える信号(ノーズダイブ抑制信号Snd)が入力したか否か)を判定し、この判定がNoであれば、何ら処理を行わずにスタートに戻る。なお、ノーズダイブ抑制制御が行われているか否かの判定は、制動に伴う前後加速度(車体2の減速度)とストロークセンサ16から入力したダンパ4のストローク信号とを比較することによって行われてもよい。
【0019】
ダンパECU22からノーズダイブ抑制信号Sndが入力してステップS1の判定がYesになると、VSA−ECU21は、ステップS2で左右後輪3rl,3rr側の制動力配分を小さくする。具体的には、EBD作動時割合より大きいノーズダイブ抑制時割合(例えば、6%)だけ、左右後輪3rl,3rr側の車輪速wrが左右前輪3fl,3fr側の車輪速wfよりも高くなるように、油圧ユニット24を駆動制御する。これにより、ノーズダイブ抑制制御によって減衰力可変ダンパの目標減衰力が高められて後輪の接地荷重が減少しても、左右後輪3rl,3rr側に過剰な制動力が作用しなくなり、旋回中の制動時において車両姿勢に乱れが生じたり、運転者が不自然な減速感を覚えたりすることがなくなる。
【0020】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様は上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では、ノーズダイブの予測や抑制をダンパECUが行うようにしたが、ノーズダイブの予測からEBD作動時割合までをVSA−ECUが行うようにしてもよい。その他、車両の具体的構成や制御の具体的手順等についても、本発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施形態に係る車両の装置構成を示す平面図である。
【図2】実施形態に係る制御装置の要部構成を示すブロック図である。
【図3】実施形態に係るノーズダイブ抑制時処理の手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0022】
1 自動車
2 車体
3 車輪
4 ダンパ(減衰力可変ダンパ)
7 ブレーキ(ディスクブレーキキャリパ)
11 操舵角センサ
16 ストロークセンサ
21 VSA−ECU(制動力配分制御手段)
22 ダンパECU
24 油圧ユニット(制動力配分手段)
31 ノーズダイブ予測部(ノーズダイブ予測手段)
32 ノーズダイブ抑制部(ノーズダイブ抑制手段)
41 制動制御部
42 ノーズダイブ抑制判定部
43 EBD作動割合設定部(制動力配分制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と各車輪との間に介装された減衰力可変ダンパと、前後制動力配分に供される制動力配分手段とを備えた車両の姿勢制御装置であって、
車体のノーズダイブを予測するノーズダイブ予測手段と、
前記ノーズダイブ予測手段の予測結果に基づき、前記減衰力可変ダンパに対してノーズダイブ抑制制御を行うノーズダイブ抑制手段と、
前記ノーズダイブ抑制制御が実行されたと判定した場合、前記制動力配分手段に対して後輪側への制動力配分を減少させる制動力配分制御手段と
を備えたことを特徴とする車両の姿勢制御装置。
【請求項2】
前記制動力配分制御手段は、車体の減速度と、前記減衰力可変ダンパのストローク情報とに基づき、前記ノーズダイブ抑制制御の実行を判定することを特徴とする、請求項1に記載された車両の姿勢制御装置。
【請求項3】
前記制動力配分制御手段は、前記ノーズダイブ抑制手段の制御情報に基づき、前記ノーズダイブ抑制制御の実行を判定することを特徴とする、請求項1に記載された車両の姿勢制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−58768(P2010−58768A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−229220(P2008−229220)
【出願日】平成20年9月8日(2008.9.8)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】