説明

車両の運動制御装置

【課題】 車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度に応じて適切に減速制御を行ない得る運動制御装置を提供する。
【解決手段】 グリップ度監視手段M2において、車輪に対する横方向のグリップの程度を表すグリップ度を監視し、開始判定手段M3にて、このグリップ度を制御開始しきい値と比較し、比較結果に基づき、減速制御手段M1による車両の減速制御の開始判定を行う。更に、切迫度推定手段M4にて、車両の運転者の操作状態及び車両の運転状態の少なくとも一方(例えばグリップ度の変化割合)に基づき、車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度を推定し、この切迫度に応じて、しきい値設定手段M5により制御開始しきい値を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤの横方向のグリップの程度に応じて車両の安定化制御を行う車両の運動制御装置に係る。
【背景技術】
【0002】
車両の運動制御装置に関し、後掲の特許文献1には、車輪に対する横方向のグリップの程度を表すグリップ度を精度よく推定し、グリップ度に基づき適切に車両の運動制御を行なうことを目的とし、操舵トルク又は操舵力に基づき前輪のセルフアライニングトルクを推定すると共に、車両状態量に基づき前輪のサイドフォース(又は、前輪スリップ角)を推定し、これに対するセルフアライニングトルクの変化に基づき、前輪のグリップ度を推定する装置、及びこの装置を備えた車両の運動制御装置が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、摩擦限界域に至る前の通常域から車両の安定性制御を行ない得る車両の運動制御装置を提供することを目的として、サイドフォース(又は前輪スリップ角)に対するセルフアライニングトルクの変化に基づき、前輪のグリップ度を推定し、このグリップ度に基づく閉ループ制御(グリップ度制御)を行なう第1の制御手段と、車両の状態量に基づき目標車両挙動を設定し、これと実際の車両挙動との偏差に基づく閉ループ制御(車両挙動制御)を行なう第2の制御手段を備え、摩擦限界前の通常域においては運転者の操作に応じたグリップ度制御を行ない車両の安定性を維持し、この制御が実行されたにも拘らず限界域に入った場合には、車両挙動制御を行ない車両の安定性を確保する装置が開示されている。
【0004】
そして、後掲の非特許文献2では、車輪のタイヤ(空気ゴムタイヤ)としての特性に着目した指標について説明されている。即ち、タイヤのコーナリングフォースが限界に至るまでのタイヤの余裕度、換言すると、タイヤが発生し得る最大の力に対してどの程度の力を発生しているのかを限界までの余裕度で表わすパラメータが「グリップ余裕度」と定義されている。これは、セルフアライニングトルクと基準セルフアライニングトルクに基づいて求められる旨説明され、夫々について、具体的な演算方法が説明されているので、ここでは説明を省略する。
【0005】
更に、非特許文献2においては、上記のグリップ余裕度を操舵系、制動系の制御に適用し、車両の安定化制御の性能向上を検討した結果が開示されている。即ち、グリップ余裕度を利用することによって、タイヤが限界領域に近づきつつあるが未だ余裕がある状態から車両の安定化制御を開始することを可能としている。操舵系への適用例としては、グリップ余裕度の推定結果をオーバーオールステアリングギヤ比の可変制御に用いた例が開示されている。また、制動系への適用例としては、グリップ余裕度に応じた減速制御が開示されている。そして、操舵系、制動系の制御を統合した制御が今後の検討課題と記載されている。
【0006】
尚、前述のように非特許文献2で採り上げられた車輪のタイヤとしての特性については、非特許文献1においても、車輪の種類として、空気ゴムタイヤ付き車輪、充実ゴムタイヤ付き車輪、鉄車輪を挙げ、各車輪に関し横すべり角とコーナリングフォースの関係を示し、空気ゴムタイヤ付き車輪が発生し得る力の最大値が大きいことが説明されている。そして、空気ゴムタイヤ付き車輪が「タイヤ」と呼ばれ、横すべりを伴うタイヤに働く力と、その性質について解説され、上記のセルフアライニングトルクについても説明されている。
【0007】
【特許文献1】特開2003−312465号公報
【特許文献2】特開2003−312319号公報
【非特許文献1】安部正人著、「自動車の運動と制御」、株式会社山海堂、第2刷、 平成6年5月31日
【非特許文献2】村岸裕治他7名、「SATにもとづくグリップ状態推定とその応用」 社団法人自動車技術会、春季学術講演会、2003年5月22日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の非特許文献2に記載のグリップ余裕度は、前掲の特許文献1に記載された、車輪に対する横方向のグリップの程度を表すグリップ度に対応し、以下においてはこれらをまとめてグリップ度という。特に、特許文献1に開示されたグリップ度による制御に関し、車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度に応じた減速制御という点で、更に検討の余地がある。これに関連して、特許文献2においては車両挙動制御との組み合わせが提案されているが、上記の切迫度に応じた減速制御に言及されているものではない。尚、この場合の減速制御とは、運転者の制動操作とは無関係に車両を減速させる制御を意味し、その手段としては、ブレーキ液圧制御装置のほか、エンジンのスロットル制御装置あるいは燃料噴射制御装置、変速制御装置等がある。
【0009】
上記のようにタイヤのグリップ度に応じた減速制御によって減速させて車両の安定化制御を行う場合には、安定化の効果は大きいが、車両運転者の操作によっては違和感を生ずる場合があり得ることは否めない。例えば、減速制御時におけるグリップ度に基づく制御介入は、その後何もしなければタイヤ又は車両が限界に至ると予想される場合に限られるべきであり、車両運転者の操作状態に依拠した制御が望ましい。特に、前述の切迫度に応じた減速制御が望まれ、これによって違和感の少ない効果的な安定化制御を実現し得る。
【0010】
そこで、本発明は、タイヤのグリップ度に基づき車両の安定化制御を行う車両の運動制御装置において、車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度に応じて適切に減速制御を行ない得る運動制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明は、請求項1に記載のように、走行路面に対するタイヤの横方向余裕度を表すグリップ度に基づき車両の安定化制御を行う車両の運動制御装置において、前記車両を減速制御する減速制御手段と、前記グリップ度を監視するグリップ度監視手段と、該グリップ度監視手段が検出したグリップ度を制御開始しきい値と比較し、比較結果に基づき、前記減速制御手段による前記車両の減速制御の開始判定を行う開始判定手段と、前記車両の運転者の操作状態及び前記車両の運転状態の少なくとも一方に基づき、前記車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度を推定する切迫度推定手段と、該切迫度推定手段が推定した切迫度に応じて前記制御開始しきい値を設定するしきい値設定手段とを備えることとしたものである。
【0012】
前記切迫度推定手段は、請求項2に記載のように、前記グリップ度監視手段が検出したグリップ度の変化割合に基づき前記切迫度を推定するように構成するとよい。
【0013】
また、前記請求項1に記載の運動制御装置において、請求項3に記載のように、前記車両の運転者のステアリング操作角を検出するステアリング操作角検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記ステアリング操作角検出手段が検出したステアリング操作角及びその変化割合たる操作角速度の少なくとも何れか一方に基づき前記切迫度を推定するように構成するとよい。
【0014】
あるいは、前記請求項1に記載の運動制御装置において、請求項4に記載のように、前記車両の運転者のブレーキ操作量を検出するブレーキ操作量検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記ブレーキ操作量検出手段が検出したブレーキ操作量及びその変化割合たるブレーキ操作速度の少なくとも何れか一方に基づき前記切迫度を推定するように構成してもよい。
【0015】
更に、前記請求項1に記載の運動制御装置において、請求項5に記載のように、前記車両の運転状態を表す指標たる横加速度、ヨーレイト、横すべり角及びロール角の少なくとも何れか一つの指標を検出する車両状態検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記車両状態検出手段が検出した前記車両の運転状態を表す指標の少なくとも何れか一つの指標又はその変化割合に基づき前記切迫度を推定するように構成してもよい。
【0016】
そして、前記請求項1乃至5の何れかに記載の運動制御装置において、請求項6に記載のように、前記減速制御手段は、前記グリップ度監視手段が検出したグリップ度と前記しきい値設定手段が設定した制御開始しきい値との偏差に応じて目標減速度及び減速制御量の少なくとも一方を設定するように構成することができる。
【発明の効果】
【0017】
而して、請求項1に記載の運動制御装置によれば、車両の運転者の操作状態及び車両の運転状態の少なくとも一方に基づいて推定された切迫度に応じて、適切に制御開始しきい値を設定することができるので、近い将来車両が不安定な状態に至る可能性が高いと予想される状態、即ち、車両運転者にとって切迫した状態にあるか否かの指標となる切迫度に応じて、制御開始しきい値を設定することができる。例えば、車両が不安定な状態に至る可能性が高く車両運転者にとって切迫した状態である程、切迫度が大と推定され、減速制御が開始し易い方向に制御開始しきい値が設定される。逆に、車両運転者がある程度余裕をもって走行していると判断される場合には、切迫度が小と推定され、減速制御が開始され難い方向に制御開始しきい値が設定される。この結果、車両運転者の感覚に即した制御が行われる。
【0018】
そして、前記切迫度推定手段を請求項2乃至4に記載のように構成すれば、切迫度を容易且つ適切に推定することができる。例えば、請求項2に記載の切迫度推定手段によれば、グリップ度の変化割合が大となるほど、タイヤのグリップが急速に失われて不安定化傾向となるので、切迫度を大と推定することができる。これに対し、請求項3に記載の切迫度推定手段によれば、ステアリング操作角又はその速度が大となるほど、車両は不安定となる傾向が高いので、切迫度を大と推定することができる。請求項4に記載の切迫度推定手段によれば、車両運転者の減速操作によりブレーキ操作量又はその速度が大となるほど、十分減速されて車両が安定化傾向となるので、切迫度を小と推定することができる。
【0019】
更に、前記切迫度推定手段を請求項5に記載のように構成すれば、種々の検出信号を利用して切迫度を推定することができるので、他の制御装置に供される検出信号を転用することができる。
【0020】
上記請求項1乃至5に記載の運動制御装置において、前記減速制御手段は請求項6に記載のように、グリップ度と制御開始しきい値との偏差に応じて目標減速度及び減速制御量の少なくとも一方を設定することができ、例えば偏差に応じて目標減速度又は減速制御量を増大させるように設定すれば、制御開始直後には減速制御量を小さくすることができ、車両運転者に対する減速時の違和感を低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の望ましい実施形態を説明する。本発明の一実施形態に係る運動制御装置の概要を図1に示し、この運動制御装置を備えた車両の全体構成を図2に示している。先ず、図1において、車両を減速制御する減速制御手段M1を備えている。そして、グリップ度を監視するグリップ度監視手段M2と、このグリップ度監視手段M2が検出したグリップ度を制御開始しきい値と比較し、比較結果に基づき、減速制御手段M1による車両の減速制御の開始判定を行う開始判定手段M3と、車両の運転者の操作状態及び車両の運転状態の少なくとも一方に基づき、車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度を推定する切迫度推定手段M4と、この切迫度推定手段M4が推定した切迫度に応じて制御開始しきい値を設定するしきい値設定手段M5を備えている。
【0022】
上記減速制御手段M1による減速制御は、運転者の制動操作とは無関係に車両を減速させる制御を意味しており、減速制御手段M1としては例えばブレーキ液圧制御装置BCがあるが、図1に破線で示すように、エンジンEGのスロットル開度あるいは燃料噴射を制御し、あるいは変速制御装置GSを制御(シフトダウン)することによって減速させることとしてもよい。
【0023】
上記切迫度推定手段M4は、グリップ度監視手段M2が検出したグリップ度の変化割合に基づき切迫度を推定するように構成することができる。あるいは、図1に破線で示すように、車両の運転者のステアリング操作角を検出するステアリング操作角検出手段M6を備えたものであれば、切迫度推定手段M4は、ステアリング操作角検出手段M6が検出したステアリング操作角及びその変化割合たる操作角速度の少なくとも何れか一方に基づき切迫度を推定するように構成することができる。また、車両の運転者のブレーキ操作量を検出するブレーキ操作量検出手段M7を備えたものであれば、切迫度推定手段M4は、ブレーキ操作量検出手段M7が検出したブレーキ操作量及びその変化割合たるブレーキ操作速度の少なくとも何れか一方に基づき切迫度を推定するように構成することができる。
【0024】
更に、図1に破線で示すように、車両の運転状態を表す指標たる横加速度、ヨーレイト、横すべり角及びロール角の少なくとも何れか一つの指標を検出する車両状態検出手段M8を備えたものであれば、切迫度推定手段M4は、車両状態検出手段M8が検出した車両の運転状態を表す指標の少なくとも何れか一つの指標の変化割合に基づき切迫度を推定するように構成することができる。
【0025】
特に、本実施形態では、走行路面に対するタイヤの横方向余裕度を表す指標としてグリップ度が用いられているので、タイヤが限界に達する前に車両挙動の動向を推定することができる。即ち、グリップ度はタイヤが発生し得る最大の力に対してどの程度の力を発生しているかを限界までの余裕度で表わすパラメータであり、前掲の非特許文献2に記載のように演算されるので、グリップ度を用いれば、摩擦限界域に至る前の通常域から適切に車両の安定化制御を行なうことができる。
【0026】
尚、グリップ度に関して、前掲の非特許文献2では、車輪スリップ角に対するセルフアライニングトルクについて基準セルフアライニングトルクを設定してグリップ度を求めているが、車輪スリップ角に代えて横力を用いることとしてもよい。この場合には、車輪スリップ角の場合と同様に、横力ゼロ近傍付近における横力に対するセルフアライニングトルクの傾きが求められ、横力に対する基準セルフアライニングトルクが設定される。そして、この基準セルフアライニングトルクと、実際のセルフアライニングトルクとの比に基づきグリップ度を求めることが可能である。更に、車輪スリップ角との関係において求められるグリップ度εSA、及び横力との関係において求められるグリップ度εCFの双方を考慮してグリップ度を求めることとしてもよい。この場合、例えば、グリップ度εは、重み付け係数K1及びK2を用いて、ε=K1・εSA+K2・εCFとして求めてもよい。
【0027】
図2は、上記の運動制御装置の一実施形態を含む車両の全体構成を示すもので、本実施形態の操舵系は、電動パワーステアリングシステム(EPS)を備えている。電動パワーステアリングシステムは既に市販されており、運転者によるステアリングホイールSWの操作によってステアリングシャフト2に作用する操舵トルクTstr を、操舵トルクセンサTSによって検出し、この検出操舵トルクTstr の値に応じてEPSモータ(電動モータ)MTを制御し、減速ギヤ及びラックアンドピニオンを介して車両前方の車輪FL,FRを操舵し、運転者のステアリング操作力を軽減するものである。
【0028】
図2に示すように、本実施形態のエンジンEGはスロットル制御装置TH及び燃料噴射装置FIを備えた内燃機関で、スロットル制御装置THにおいてはアクセルペダルAPの操作に応じてスロットル開度が制御される。また、電子制御装置ECUの出力に応じて、スロットル制御装置THが駆動されスロットル開度が制御されると共に、燃料噴射装置FIが駆動され燃料噴射量が制御されるように構成されている。本実施形態のエンジンEGは変速制御装置GS及びディファレンシャルギヤDFを介して車両後方の車輪RL,RRに連結されており、所謂後輪駆動方式が構成されているが、本発明における駆動方式はこれに限定するものではない。
【0029】
次に、本実施形態の制動系については、車輪FL,FR,RL,RRに夫々ホイールシリンダWfl,Wfr,Wrl,Wrrが装着されており、これらのホイールシリンダWfl等にブレーキ液圧制御装置BCが接続されている。このブレーキ液圧制御装置BCは複数の電磁弁及び自動液圧発生源(液圧ポンプ)等から成り、自動加圧可能な液圧回路構成とされている。これは従前の一般的な装置と同様であり、また、本実施形態は特に液圧制御を特徴とするものではないので、図示は省略する。尚、車輪FLは運転席からみて前方左側の車輪を示し、以下車輪FRは前方右側、車輪RLは後方左側、車輪RRは後方右側の車輪を示している。
【0030】
更に、図2に示すように車輪FL,FR,RL,RRには車輪速度センサWS1乃至WS4が配設され、これらが電子制御装置ECUに接続されており、各車輪の回転速度、即ち車輪速度に比例するパルス数のパルス信号が電子制御装置ECUに入力されるように構成されている。更に、ブレーキペダルBPが踏み込まれたときオンとなるストップスイッチST、車両前方の車輪FL,FRの操舵角θhを検出する操舵角センサSS、車両の前後加速度Gxを検出する前後加速度センサXG、車両の横加速度Gyを検出する横加速度センサYG、車両のヨーレイトγを検出するヨーレイトセンサYS、操舵トルクセンサTS、及びEPSモータMTの回転角を検出する回転角センサRS等が電子制御装置ECUに接続されている。
【0031】
図3は本発明のシステム構成を示すもので、操舵制御システム(EPS)、ブレーキ制御システム(ABS,TRC,VSC)及びスロットル制御(SLT)システムが通信バスを介して接続されており、各システム間で互いのシステム情報を共有することができるように構成されている。このうち、操舵制御システム(EPS)は、電動ステアリング制御用のCPU、ROM及びRAMを備えた操舵制御ユニットECU1に、操舵トルクセンサTS及び回転角センサRSが接続されると共に、モータ駆動回路AC1を介してEPSモータMTが接続されている。
【0032】
また、ブレーキ制御システムは、アンチスキッド制御(ABS)、トラクション制御(TRC)、車両の安定性維持制御(VSC)を行なうもので、これらのブレーキ制御用のCPU、ROM及びRAMを備えたブレーキ制御ユニットECU2に、車輪速度センサ(代表してWSで表す)、液圧センサ(代表してPSで表す)、ストップスイッチST、ヨーレイトセンサYS、前後加速度センサXG、横加速度センサYG及び操舵角センサSSが接続されると共に、ソレノイド駆動回路AC2を介してソレノイドバルブ(代表してSLで表す)が接続されている。
【0033】
そして、スロットル制御(SLT)システムは、スロットル制御用のCPU、ROM及びRAMを備えたスロットル制御ユニットECU3に、スロットル制御用のアクチュエータAC3が接続されている。尚、これらの制御ユニットECU1乃至3は夫々、通信用のCPU、ROM及びRAMを備えた通信ユニットを介して通信バスに接続されている。而して、各制御システムに必要な情報を他の制御システムから送信することができる。
【0034】
上記のように構成された車両の運動制御装置において、車両を減速制御するときの処理に関し、図4に示すフローチャートを参照して説明する。先ず、ステップ101においてイニシャル処理が行われた後、ステップ102にて入力処理として、各種センサ信号が入力され車輪舵角、車両速度、前後加速度、横加速度、ヨーレイト等が読み込まれると共に、ブレーキ制御ユニットECU2で演算された各種情報も通信信号によって読み込まれる。次に、必要に応じて適宜、ステップ103及び104にて夫々アンチスキッド制御(ABS)及びトラクション制御(TRC)のパラメータが設定されるが、これらの制御は一般的に行われるものと同様であるので、ここでの説明は省略する。続いて、ステップ105において、切迫度に応じた減速制御、即ち切迫度感応減速制御が行われるが、これについては図5を参照して後述する。そして、ステップ106に進み、必要に応じて適宜、車両安定化制御のパラメータが設定され、ステップ107にて出力処理されて、ステップ102に戻る。
【0035】
次に、上記ステップ105にて行なわれる切迫度感応減速制御に関し、図5に示すフローチャートを参照して説明する。先ず、ステップ201においてタイヤの横方向余裕度を表すグリップ度が演算されるが、前掲の非特許文献1で説明されているのでここでは省略する。続いて、ステップ202にて切迫度が後述するように推定され、推定結果に基づきステップ203にて制御開始しきい値が設定される。例えば、グリップ度に応じて減速制御が行われる場合には、その開始しきい値となるグリップ度が切迫度に応じて図6のマップに示すように設定される。更に、ステップ204にて目標減速度が演算されるが、これについては図12を参照して後述する。そして、ステップ205に進み、目標減速度となるように各車輪に対する制動力(制御量)が演算され、切迫度に応じた減速制御が行われる。
【0036】
上記のステップ202における切迫度の推定は種々の方法で行うことができるが、このうちの一例を、図7乃至図10を参照して説明する。先ず、図7に示すようにステアリング操作角速度に応じて切迫度S1が設定されると共に、図8に示すようにステアリング操作角に応じて切迫度S2が設定される。即ち、ステアリング操作角速度あるいはステアリング操作角が大となるほど、車両は不安定となる傾向が高いので、切迫度S1あるいはS2が大となるよう設定される。また、図9に示すように車体速度(車速)に応じて切迫度S3が設定されると共に、図10に示すように路面摩擦係数に応じて切迫度S4が設定される。即ち、車速が大となるほど車両は不安定となる傾向が高いので、切迫度S3が大となるよう設定される。また、路面摩擦係数(μ)が小となるほど車両は不安定となる傾向が高いので、切迫度S4が大となるよう設定される。そして、このように設定された切迫度S1乃至S4に対し、以下のように重み付けが行われて切迫度Sが求められる。
【0037】
S=(A*S1+B*S2+C*S3+D*S4)/(A+B+C+D)
ここで、A乃至Dは重み付け係数である。
【0038】
上記の切迫度Sにおいては、(A*S1)が基本成分とされ、(B*S2+C*S3+D*S4)は補助成分とされており、後者の補助成分は削除することとしてもよい。尚、切迫度S2を設定するに際し、ステアリング操作角に代えてヨーレイト、横加速度、横すべり角を用い、切迫度S1を設定するに際し、ステアリング操作角速度に代えて、それらの勾配、即ち、ヨーレイト変化量、横加速度変化量、横すべり角速度を用いることとしてもよい。
【0039】
また、切迫度の推定に関し、図7のステアリング操作角速度に代えて、図11に示すようにグリップ度の変化割合(グリップ度変化勾配)に基づき切迫度S5を推定することができる。この場合には、更に、例えば図9に示す切迫度S3を併用し、次のように重み付け係数E及びFによって重み付けを行ない、切迫度Sを求めることとしてもよい。
S=(E*S5+F*S3)/(E+F)
【0040】
次に、ステップ204にて行われる目標減速度の演算処理について、図12を参照して説明する。先ず、ステップ301において切迫度感応減速制御が現在実行中か否かが判定される。切迫度感応減速制御が現在実行されておらず非制御状態と判定されると、ステップ302に進み制御開始可否判定が行われる。即ち、そのときのグリップ度が制御開始しきい値と比較され、制御開始しきい値を下回っている場合には、減速制御の開始条件を充足すると判定され、ステップ303に進み目標減速度が設定される。
【0041】
例えば、図13に示すマップに基づき、現在のグリップ度と前述の切迫度Sに応じて特定される位置(図13の黒点)の、開始しきい値を表す実線に対する距離(即ち、偏差)に比例するように目標減速度が設定される。あるいは、図14に示すマップに基づき、現在のグリップ度と切迫度Sに応じて特定される位置(図14の黒点)の、開始しきい値を表す実線に対する角度(即ち、角度偏差)に比例するように目標減速度を設定することしてもよい。このように、偏差に応じて目標減速度が増大するように設定されていると、制御開始直後には減速制御量が小さく、車両運転者に対する減速時の違和感が低減される。尚、ステップ302において、そのときのグリップ度が制御開始しきい値以上と判定された場合には、ステップ304に進み目標減速度が初期化される(零とされる)。
【0042】
更には、上記のように設定された目標減速度を、路面摩擦係数や車体重量に応じて補正することとしてもよい。この場合において、路面摩擦係数が低下してもタイヤがロックしないように設定することが望ましい。例えば、図15に示すように上記の偏差(距離又は角度)に応じて設定された目標減速度TG1に対し、図16に示すように路面摩擦係数に応じて設定された目標減速度TG2と、図17に示すように車体重量に応じて設定された目標減速度TG3が加重演算され、新たな目標減速度TGが次のように設定される(*は加重演算を表す)。TG=TG1*TG2*TG3
【0043】
尚、上記の路面摩擦係数に代えて、これと関連付けが可能な指標を用いることとしてもよく、例えば、制御開始時のセルフアライニングトルクの大きさから、路面摩擦係数と相関のある指標を用いることとしてもよい。また、制御開始しきい値と制御終了しきい値との間のヒステリシス領域に在るときには、制御開始時に設定される値を保持するか、あるいは、制御終了時には制御開始時の値より小の値となるように漸減する設定とされる。
【0044】
図12のフローチャートに戻り、ステップ301において切迫度感応減速制御が現在実行中と判定されると、ステップ305に進み制御終了可否判定が行われる。即ち、そのときのグリップ度が制御終了しきい値と比較され、制御終了しきい値を上回っている場合には、減速制御の終了条件を充足すると判定されて、ステップ306に進み目標減速度が初期化される(零とされる)。ステップ305におけるグリップ度が制御終了しきい値以下である場合には、ステップ303に進み減速制御が継続される。終了条件としては、例えば、図18に示すマップに基づき、現在のグリップ度が所定レベルまで回復したときに終了する設定とすることができる。あるいは、図19に示すマップに基づき、現在のグリップ度と切迫度Sとが所定の関係になったときに終了する設定としてもよく、更に、図20に示すマップに基づき、現在のグリップ度が制御開始しきい値に対し所定量回復したときに終了する設定としてもよい。
【0045】
上記の減速制御は、ブレーキ制御による減速制御のほか、シフトダウンといった変速制御による減速制御としてもよく、スロットル制御あるいはフューエルカットといったエンジン制御による減速制御としてもよい。例えば、変速制御装置の詳細は省略するが、変速制御による減速制御を行う場合にも、制御開始しきい値の設定、目標減速度の演算は前述と同様である。但、使用するアクチュエータの応答性に応じて制御開始しきい値を調整する必要があり、ブレーキ制御による減速制御に比べ、設定可能な減速範囲が狭い点に留意する必要がある。例えば、CVTのような無段変速機が用いられている場合には、目標減速度となるギヤ比にシフトされ、自動変速機(AT)のような多段変速機が用いられている場合には、目標減速度に最も近似した減速度となる変速段にシフトされる。
【0046】
而して、何れの態様においても、タイヤの横方向余裕度を表すグリップ度に基づき、運転者の感覚に即した減速制御が適切に行われる。即ち、車両が不安定な状態に至る可能性が高く車両運転者にとって切迫した状態である程、減速制御が早期に開始し、車両が不安定な状態に至る可能性が低く車両運転者に余裕があると判断される場合には、減速制御は遅く開始することになる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の車両の運動制御装置の一実施形態の概要を示す構成図である。
【図2】本発明の車両の運動制御装置の一実施形態の全体構成を示す構成図である。
【図3】本発明の運動制御装置の一実施形態に係るシステム構成を示すブロック図である。
【図4】本発明の一実施形態における減速制御の処理を示すフローチャートである。
【図5】本発明の一実施形態における切迫度感応減速制御の処理を示すフローチャートである。
【図6】本発明の一実施形態における減速制御の開始しきい値となるグリップ度と切迫度との関係を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施形態においてステアリング操作角速度に応じて切迫度S1を設定するマップを示すグラフである。
【図8】本発明の一実施形態においてステアリング操作角に応じて切迫度S2を設定するマップを示すグラフである。
【図9】本発明の一実施形態において車速に応じて切迫度S3を設定するマップを示すグラフである。
【図10】本発明の一実施形態において路面摩擦係数に応じて切迫度S4を設定するマップを示すグラフである。
【図11】本発明の一実施形態においてグリップ度変化勾配に応じて切迫度S5を設定するマップを示すグラフである。
【図12】本発明の一実施形態における目標減速度演算の処理を示すフローチャートである。
【図13】本発明の一実施形態において現在のグリップ度と切迫度に応じて目標減速度を設定するマップの一例を示すグラフである。
【図14】本発明の一実施形態において現在のグリップ度と切迫度に応じて目標減速度を設定するマップの他の例を示すグラフである。
【図15】本発明の一実施形態において偏差(距離又は角度)に応じて目標減速度TG1を設定するマップを示すグラフである。
【図16】本発明の一実施形態において路面摩擦係数に応じて目標減速度TG2を設定するマップを示すグラフである。
【図17】本発明の一実施形態において車体重量に応じて目標減速度TG3を設定するマップを示すグラフである。
【図18】本発明の一実施形態において終了条件を設定するマップの一例を示すグラフである。
【図19】本発明の一実施形態において終了条件を設定するマップの他の例を示すグラフである。
【図20】本発明の一実施形態において終了条件を設定するマップの更に他の例を示すグラフである。
【符号の説明】
【0048】
SW ステアリングホイール
SS 操舵角センサ
MT EPSモータ
TS 操舵トルクセンサ
EG エンジン
GS 変速制御装置
BC ブレーキ液圧制御装置
FL,FR,RL,RR 車輪
WS1〜WS4 車輪速度センサ
YS ヨーレイトセンサ
XG 前後加速度センサ
YG 横加速度センサ
ECU 電子制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行路面に対するタイヤの横方向余裕度を表すグリップ度に基づき車両の安定化制御を行う車両の運動制御装置において、前記車両を減速制御する減速制御手段と、前記グリップ度を監視するグリップ度監視手段と、該グリップ度監視手段が検出したグリップ度を制御開始しきい値と比較し、比較結果に基づき、前記減速制御手段による前記車両の減速制御の開始判定を行う開始判定手段と、前記車両の運転者の操作状態及び前記車両の運転状態の少なくとも一方に基づき、前記車両が不安定となる可能性の程度を表す切迫度を推定する切迫度推定手段と、該切迫度推定手段が推定した切迫度に応じて前記制御開始しきい値を設定するしきい値設定手段とを備えたことを特徴とする車両の運動制御装置。
【請求項2】
前記切迫度推定手段は、前記グリップ度監視手段が検出したグリップ度の変化割合に基づき前記切迫度を推定するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両の運動制御装置。
【請求項3】
前記車両の運転者のステアリング操作角を検出するステアリング操作角検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記ステアリング操作角検出手段が検出したステアリング操作角及びその変化割合たる操作角速度の少なくとも何れか一方に基づき前記切迫度を推定するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両の運動制御装置。
【請求項4】
前記車両の運転者のブレーキ操作量を検出するブレーキ操作量検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記ブレーキ操作量検出手段が検出したブレーキ操作量及びその変化割合たるブレーキ操作速度の少なくとも何れか一方に基づき前記切迫度を推定するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両の運動制御装置。
【請求項5】
前記車両の運転状態を表す指標たる横加速度、ヨーレイト、横すべり角及びロール角の少なくとも何れか一つの指標を検出する車両状態検出手段を備え、前記切迫度推定手段は、前記車両状態検出手段が検出した前記車両の運転状態を表す指標の少なくとも何れか一つの指標又はその変化割合に基づき前記切迫度を推定するように構成したことを特徴とする請求項1記載の車両の運動制御装置。
【請求項6】
前記減速制御手段は、前記グリップ度監視手段が検出したグリップ度と前記しきい値設定手段が設定した制御開始しきい値との偏差に応じて目標減速度及び減速制御量の少なくとも一方を設定するように構成したことを特徴とする請求項1乃至5の何れかに記載の車両の運動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−117154(P2006−117154A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−308423(P2004−308423)
【出願日】平成16年10月22日(2004.10.22)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【出願人】(000003470)豊田工機株式会社 (198)
【Fターム(参考)】