説明

車両用ピニオン軸支持装置

【課題】 円錐ころ軸受を駆動するのに必要なトルクが小さくて、かつ、ピニオン軸と円錐ころとの間にガタや振動が発生しない車両用ピニオン軸支持装置を提供すること。
【解決手段】 ピニオン軸1を支持する円錐ころ軸受5,6を備える。内輪28,29は、円錐ころ30,31の大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有する。上記大径端面の表面粗さσ1[μmRa]は0.025以上である。また、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、(σ1+σ21/2は0.17以下である。上記大径端面の摺動部、および、上記大鍔面の摺動部は、浸炭鋼から成り、かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ピニオン軸支持装置に関し、例えば、ディファレンシャルギヤ装置やトランスアクスル装置等の車両用ピニオン軸支持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用ピニオン軸支持装置としては、特開平8−247260号公報(特許文献1)に記載されているものがある。
【0003】
上記車両用ピニオン軸支持装置は、ピニオン軸と、このピニオン軸上に所定間隔離間されて配置されている2つの円錐ころ軸受と、上記ピニオン軸のピニオンギヤと噛合しているリングギヤとを備える。
【0004】
上記2つの円錐ころ軸受の夫々は、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に配置された円錐ころとを有している。上記内輪は、上記円錐ころの大径端面と摺動する大鍔面を有している。上記2つの円錐ころ軸受の夫々には、ピニオン軸の支持剛性が所定以上の値になるように、車両用ピニオン軸支持装置のラジアル方向およびアキシアル方向に、所定の初期予圧が付与されている。
【0005】
しかしながら、上記従来の車両用ピニオン軸支持装置では、ピニオン軸の支持剛性を高めるために、初期予圧の値を高く設定すると、上記2つの円錐ころ軸受を駆動するのに必要なトルクが大きくなって、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストが大きくなるという問題がある。
【0006】
一方、上記初期予圧を、車両用ピニオン軸支持装置の始動時において適正な値またはその値よりも低く設定すると、主に上記円錐ころの上記大径端面と上記内輪の上記大鍔面との間で発生する摩耗によって、予圧の値が下がって、円錐ころによるピニオン軸の支持剛性が所定以下の値になって、ピニオン軸と円錐ころとの間に振動およびガタが発生するという問題がある。
【特許文献1】特開平8−247260号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の課題は、円錐ころ軸受を駆動するのに必要なトルクが小さくて、かつ、ピニオン軸と円錐ころとの間にガタや振動が発生しない車両用ピニオン軸支持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、この発明の車両用ピニオン軸支持装置は、
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
浸炭鋼から成り、
かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、
かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、
かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満であることを特徴としている。
【0009】
本発明によれば、上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、かつ、上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であるので、上記大径端面と上記大鍔部との間に、油膜が形成され易くなる。したがって、円錐ころ軸受を駆動するのに必要なトルクの値を大幅に低減することができて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを格段に低減することができる。
【0010】
また、本発明によれば、上記大径端面における上記大鍔面との摺動部および上記大鍔面における上記大径端面との摺動部は、浸炭鋼から成り、かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満であるので、上記大径端面の上記摺動部と上記大鍔面の上記摺動部の摩耗を格段に低減できる。
【0011】
したがって、本発明は、上記二つの摺動部の間に油膜を形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、上記二つの摺動部の間に発生する摩耗量を、従来よりも格段に少なくできる。そして、上記二つの効果の相乗効果によって、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%程度大幅に低減できる。
【0012】
したがって、本発明によれば、従来と異なり、車両用ピニオン軸支持装置の初期設定において円錐ころ軸受に付与する予圧を初めから適切な支持剛性を実現する予圧に設定できるので、特に運転開始初期のトルクを低減できて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを低減できる。また、円錐ころ軸受によるピニオン軸の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、円錐ころ軸受とピニオン軸との間に振動およびガタが発生することを防止でき、車両用ピニオン軸支持装置の寿命を大幅に長くすることができる。
【0013】
また、本発明の車両用ピニオン軸支持装置は、
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
炭素0.15〜0.3重量%を含む鋼材に、浸炭処理を含む熱処理を施すことによって形成されており、
かつ、最表面を基準として0〜50μmの深さの部分において、炭素量が1.0〜1.5重量%、ロックウェルC硬さが64〜66、圧縮残留応力が150〜2000MPa、最大炭化物径が3μm以下、および、炭化物面積率が10〜25%であり、
かつ、有効硬化層深さをa[μm]としたとき、50〜a/5μmの深さの部分において、炭素量が0.75〜1.3重量%、圧縮残留応力が150〜1000MPa、残留オーステナイト量が25〜45%、最大炭化物径が1μm以下、および、炭化物面積率が15%以下であることを特徴としている。
【0014】
上記有効硬化層深さは、JIS G 0559に規定されている有効硬化層深さである。
【0015】
本発明によれば、最初の発明と同様に、上記二つの摺動部の間に油膜を形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%程度大幅に低減できる。
【0016】
したがって、本発明によれば、従来と異なり、車両用ピニオン軸支持装置の初期設定において円錐ころ軸受に付与する予圧を初めから適切な支持剛性を実現する予圧に設定できるので、特に運転開始初期のトルクを低減できて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを低減できる。また、円錐ころ軸受によるピニオン軸の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、円錐ころ軸受とピニオン軸との間に振動およびガタが発生することを防止でき、車両用ピニオン軸支持装置の寿命を大幅に長くすることができる。
【0017】
また、本発明の車両用ピニオン軸支持装置は、
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、200〜250℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されていることを特徴としている。
【0018】
本発明によれば、最初の発明と同様に、上記二つの摺動部の間に油膜を形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%程度大幅に低減できる。
【0019】
したがって、本発明によれば、従来と異なり、車両用ピニオン軸支持装置の初期設定において円錐ころ軸受に付与する予圧を初めから適切な支持剛性を実現する予圧に設定できるので、特に運転開始初期のトルクを低減できて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを低減できる。また、円錐ころ軸受によるピニオン軸の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、円錐ころ軸受とピニオン軸との間に振動およびガタが発生することを防止でき、車両用ピニオン軸支持装置の寿命を大幅に長くすることができる。
【0020】
また、本発明の車両用ピニオン軸支持装置は、
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、サブゼロ処理を行うと共に、150〜200℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されていることを特徴としている。
【0021】
尚、上記サブゼロ処理とは、ドライアイスまたは液体窒素による冷却を行うことにより、残留オーステナイトを強制的にマルテンサイト化する処理をいう。
【0022】
本発明によれば、最初の発明と同様に、上記二つの摺動部の間に油膜を形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%程度大幅に低減できる。
【0023】
したがって、本発明によれば、従来と異なり、車両用ピニオン軸支持装置の初期設定において円錐ころ軸受に付与する予圧を初めから適切な支持剛性を実現する予圧に設定できるので、特に運転開始初期のトルクを低減できて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを低減できる。また、円錐ころ軸受によるピニオン軸の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、円錐ころ軸受とピニオン軸との間に振動およびガタが発生することを防止でき、車両用ピニオン軸支持装置の寿命を大幅に長くすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の車両用ピニオン軸支持装置によれば、円錐ころの大径端面における内輪の大鍔面との摺動部、および、内輪の大鍔面における円錐ころの大径端面との摺動部に油膜を形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%程度大幅に低減できる。
【0025】
したがって、車両用ピニオン軸支持装置の初期設定において、円錐ころ軸受に付与する予圧を従来よりも低く設定できて、初めから適切な支持剛性を実現する予圧に設定できるので、円錐ころ軸受のトルクを低減できて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを低減できる。また、円錐ころ軸受によるピニオン軸の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、円錐ころ軸受とピニオン軸との間にガタが発生することを防止でき、車両用ピニオン軸支持装置の寿命を格段に長くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明を図示の形態により詳細に説明する。
【0027】
図1は、この発明の車両用ピニオン軸支持装置の一実施形態のデファレンシャルギヤ装置の断面図である。
【0028】
このデファレンシャルギヤ装置は、ピニオン軸1と、差動機構3と、ピニオン軸1の差動機構3側の外周に配置されている第1の円錐ころ軸受5と、ピニオン軸1の差動機構3側と反対側の外周に配置されている第2の円錐ころ軸受6と、ピニオン軸1、差動機構3、第1の円錐ころ軸受5および第2の円錐ころ軸受6を収容しているケース8とを備える。
【0029】
上記ピニオン軸1の差動機構3側の一端部には、ピニオンギヤ2が形成されており、このピニオン軸1のピニオンギヤ2は、差動機構3のリングギヤ11と噛合している。一方、上記ピニオン軸1の他端部には、フランジ継手12が配置され、図示しないドライブシャフトを連結できるようになっている。
【0030】
上記ケース8は、デファレンシャルギヤ装置の内部領域を画定する本体部26と、本体部26の内周面に連なると共に、本体部26の内部空間に配置される内側部としての略筒状の環状部27とを備える。
【0031】
上記第1の円錐ころ軸受5は、内輪28、外輪24および複数の円錐ころ30を備え、第2の円錐ころ軸受6は、内輪29、外輪25および複数の円錐ころ31を備える。上記第1の円錐ころ軸受5の内輪28の内周面および第2の円錐ころ軸受6の内輪29の内周面は、ピニオン軸1の外周面に固定されている一方、第1の円錐ころ軸受5の外輪24の外周面および第2の円錐ころ軸受6の外輪25の外周面は、ケース8の本体部26の内周面および環状部27の内周面に固定されている。上記第1および第2の円錐ころ軸受5,6は、ピニオン軸1を、所定位置に回転自在に支持している。
【0032】
尚、図1において、20は、シール部材である。このシール部材20は、デファレンシャルギヤ装置内の油が外部に流れるのを防止している。
【0033】
上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置は、上記ドライブシャフトの動力を、ピニオン軸1を介して差動機構3に伝達して、差動機構3を駆動させるようになっている。そして、上記差動機構3の側方に配置される継手21および22の夫々に連結されている2つの車輪軸(図示せず)の回転数差を適宜調整するようになっている。
【0034】
図2は、上記第1の円錐ころ軸受5の軸方向の断面図である。
【0035】
以下に、図2を用いて上記第1の円錐ころ軸受5の細部について説明する。尚、上記第2の円錐ころ軸受6については、詳細な説明は行わないが、第1の円錐ころ軸受5が有する特徴点と同じ特徴点を有するものとする。
【0036】
上記第1の円錐ころ軸受5は、上述したように、外輪24と、内輪28と、円錐ころ30とを備える。上記外輪24は、内周側に円錐軌道面42を有している。
【0037】
上記内輪28は、外周に円錐軌道面44を有している。上記内輪28は、円錐軌道面44の大径側の端部に、円錐ころ30の大径端面49が摺動する大鍔面47を有している。
【0038】
また、上記円錐ころ30は、外輪24の円錐軌道面42と、内輪28の円錐軌道面44との間に、保持器40によって保持された状態で、周方向に一定の間隔を隔てられて複数配置されている。
【0039】
上記円錐ころ30の大径端面49の算術平均粗さRaをσ1[μm]とすると共に、大鍔面47の算術表面粗さRaをσ2[μm]としたとき、σ1は0.025以上に設定されており、かつ、(σ1+σ21/2は0.17以下に設定されている。この大鍔面47は、凹面形状になっている。
【0040】
また、上記外輪24、内輪28および円錐ころ30の表面は、浸炭鋼から成り、かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満に設定されている。
【0041】
図3は、円錐ころ軸受の摩耗評価試験における試験結果を示す図である。
【0042】
図3において、縦軸は、経過時間を示し、縦軸は、組み幅変化量を示している。縦軸において、0の点は、所定の組み幅が維持されている状態を示している。
【0043】
また、図3において、61は、車両用ピニオン軸支持装置に使用されている標準品の円錐ころ軸受の試験結果を示している。詳細には、標準品の円錐ころ軸受とは、内輪が、円錐ころの大径端面が摺動する凸面形状の大鍔面を有し、かつ、内輪、外輪および円錐ころの材質が、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)である円錐ころ軸受である。
【0044】
また、62は、車両用ピニオン軸支持装置に使用されている比較品の円錐ころ軸受の試験結果を示している。詳細には、比較品の円錐ころ軸受とは、内輪が、円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、円錐ころの大径端面の算術平均粗さRaをσ1[μm]とすると共に、大鍔面の算術表面粗さRaをσ2[μm]としたとき、σ1は0.025以上に設定されており、かつ、(σ1+σ21/2は0.17以下に設定されている円錐ころ軸受である。また、内輪、外輪および円錐ころの材質が、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)である円錐ころ軸受である。
【0045】
また、63は、本発明の車両用ピニオン軸支持装置が備える円錐ころ軸受の試験結果を示している。詳細には、本発明の車両用ピニオン軸支持装置が備える円錐ころ軸受とは、図2を用いて説明した上記円錐ころ軸受である。
【0046】
また、3つの円錐ころ軸受に共通の試験条件として次に示す条件を採用している。すなわち、円錐ころ軸受の軸方向の寸法が35mmで、外輪の外周面の外径が80mmで、内輪の内周面の内径が32.75mmの円錐ころ軸受を用いている。また、700kgfのラジアル荷重、900kgfのラジアル荷重、および、600kgfの予圧を付加している。また、円錐ころ軸受の回転速度を、4000rpmに設定すると共に、ギヤオイルとしてアメリカ自動車規格のSAE90を使用している。また、コンタミネーション(contamination)として、0.05gr/lの条件を採用している。
【0047】
図3に示すように、三つの全ての場合において、組み幅の減少量は、時間の経過と共に増大している。そして、組み幅の減少量の増大率、すなわち、曲線の傾きに相当する変化量は、時間の経過と共に小さくなっている。
【0048】
61に試験結果を示す標準品は、試験開始から20時間後に、組み幅の減少量が35μmに達している。このことから、車両用ピニオン軸支持装置に標準品を組み込むときに設定される予圧としては、組み幅の減少量をみこして高めに設定する必要があり、このことにより、特に運転開始初期において、トルクの増大を招いて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストが大きくなる。
【0049】
また、62に試験結果を示す比較品は、標準品と比較して試験開始から20時間後の組み幅の減少量を、略27.5まで抑制できる。すなわち、20時間後の組み幅の減少量を標準品の組み幅の減少量の0.8程度まで抑制できることがわかる。つまり、標準品よりも予圧抜けが少なく初期予圧設定を小さくできるからトルクを低減できる。また、予圧抜けが小さいから、ピニオン軸の支持剛性も高いことがわかる。
【0050】
一方、63に試験結果を示す本発明が備える円錐ころ軸受は、試験開始から20時間後の組み幅の減少量が、略16.5まで格段に低減されている。そして、標準品の円錐ころ軸受と比較して、20時間後の組み幅の減少量を50%以上も大幅に低減できる。このことから、本発明が備える円錐ころ軸受は、耐予圧抜け性能に優れ、ピニオン軸の支持剛性を所定の値に保持する能力に優れることがわかる。
【0051】
このことから、図2に示す円錐ころ軸受を、車両用ピニオン軸支持装置に設定すれば、円錐ころ軸受に付与する予圧を初めから低く設定できる。そして、車両用ピニオン軸支持装置の使用開始時からトルクを低く抑えることができると共に、ピニオン軸の支持剛性が低下することも確実に防止できる。
【0052】
上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置によれば、第1の円錐ころ軸受5および第2の円錐ころ軸受6の内輪28,29の夫々は、円錐ころ30,31の大径端面49が摺動する凹面形状の大鍔面47を有し、かつ、大径端面49の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、大鍔面47の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であるので、大径端面47と大鍔部47との間に、油膜が形成され易くなる。したがって、第1および第2の円錐ころ軸受5,6を駆動するのに必要なトルクの値を大幅に低減することができて、車両用ピニオン軸支持装置の運転コストを格段に低減することができる。
【0053】
また、上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置によれば、第1および第2の円錐ころ軸受5,6の円錐ころ30,31の大径端面49における内輪28,29の大鍔面47との摺動部、および、内輪28,29の大鍔面47における円錐ころ30,31の大径端面との摺動部は、浸炭鋼から成り、かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満であるので、円錐ころ30,31の大径端面49の摺動部と、内輪28,29の大鍔面47の摺動部の摩耗を格段に低減できる。
【0054】
したがって、上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置は、第1および第2の円錐ころ軸受5,6の夫々において、二つの摺動部の間に油膜が形成できると同時に、上記二つの摺動部の摩耗を格段に低減できて、上記二つの摺動部の間に発生する摩耗量を、従来よりも格段に少なくできる。そして、上記二つの効果の相乗効果によって、従来と比較して車両用ピニオン軸支持装置の組み幅の減少量を50%以上も大幅に低減できる。
【0055】
したがって、上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置によれば、デファレンシャルギヤ装置の初期設定において、第1および第2の円錐ころ軸受5,6に付与する予圧を従来よりも低く設定できて、初めから適切なピニオン軸1の支持剛性を実現する予圧に設定できるので、第1および第2の円錐ころ軸受5,6のトルクを低減できて、デファレンシャルギヤ装置の運転コストを低減できる。また、第1および第2の円錐ころ軸受5,6によるピニオン軸1の支持剛性も所望の値を長時間に亘って維持できて、第1および第2の円錐ころ軸受5,6とピニオン軸1との間にガタや振動が発生することを防止できる。
【0056】
上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置では、第1および第2の円錐ころ軸受5,6の夫々において、内輪28,29の大鍔面49における円錐ころ30,31の大径端面49が摺動する摺動部と、円錐ころ30,31の大径端面49における内輪28,29の大鍔面47との摺動部の材質として、浸炭鋼から成り、かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満に設定されている材質を採用した。
【0057】
しかしながら、本発明者は、第1および第2の円錐ころ軸受の夫々において、内輪の大鍔面における円錐ころの大径端面が摺動する摺動部と、円錐ころの大径端面における内輪の大鍔面との摺動部の材質が、上記記載の材質の替わりに、以下の(1)〜(3)(全てをみたす)の特徴を有する材質である場合においても、上記実施形態の作用効果とほとんど同一の作用効果を獲得できることを確認した。
【0058】
(1)炭素0.15〜0.3重量%を含む鋼材に、浸炭処理を含む熱処理を施すことによって形成されている。(2)最表面を基準として0〜50μmの深さの部分において、炭素量が1.0〜1.5重量%、ロックウェルC硬さが64〜66、圧縮残留応力が150〜2000MPa、最大炭化物径が3μm以下、および、炭化物面積率が10〜25%である。(3)有効硬化層深さをa[μm]としたとき、50〜a/5μmの深さの部分において、炭素量が0.75〜1.3重量%、圧縮残留応力が150〜1000MPa、残留オーステナイト量が25〜45%、最大炭化物径が1μm以下、および、炭化物面積率が15%以下である。
【0059】
また、第1および第2の円錐ころ軸受の夫々において、内輪の大鍔面における円錐ころの大径端面が摺動する摺動部と、円錐ころの大径端面における内輪の大鍔面との摺動部の材質が、以下の(4)の特徴を有する材質である場合においても、上記実施形態の作用効果とほとんど同一の作用効果を獲得できることを確認した。
【0060】
(4)高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、200〜250℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されている。
【0061】
また、第1および第2の円錐ころ軸受の夫々において、内輪の大鍔面における円錐ころの大径端面が摺動する摺動部と、円錐ころの大径端面における内輪の大鍔面との摺動部の材質が、以下の(5)の特徴を有する材質である場合においても、上記実施形態の作用効果とほとんど同一の作用効果を獲得できることを確認した。
【0062】
(5)高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、サブゼロ処理を行うと共に、150〜200℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されている。
【0063】
尚、上記実施形態では、内輪28,29が、円錐ころ30,31の大径端面49が摺動する凹面形状の大鍔面47を有し、かつ、大径端面49の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、大鍔面47の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1が0.025以上である共に、(σ1+σ21/2が0.17以下である等の特徴点を有する第1の円錐ころ軸受5および第2の円錐ころ軸受6を、デファレンシャルギヤ装置に設置した。しかしながら、内輪が、円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、かつ、大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1が0.025以上である共に、(σ1+σ21/2が0.17以下である等の、この発明の特徴点を有する第1の円錐ころ軸受および第2の円錐ころ軸受を、トランスアクスル装置に設置しても良いことは勿論である。そして、この場合、トランスアクスル装置が上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置と同一の作用効果を有することは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】この発明の車両用ピニオン軸支持装置の一実施形態のデファレンシャルギヤ装置の断面図である。
【図2】上記実施形態のデファレンシャルギヤ装置が有する第1の円錐ころ軸受の軸方向の断面図である。
【図3】円錐ころ軸受の摩耗評価試験における試験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
1 ピニオン軸
2 ピニオンギヤ
3 差動機構
5,6 円錐ころ軸受
8 ケース
11 リングギヤ
24,25 外輪
26 本体部
28,29 内輪
30,31 円錐ころ
47 内輪の大鍔面
49 円錐ころの大径端面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
浸炭鋼から成り、
かつ、表面から50μmまでの深さの表層部のマトリックス相中の炭素量が0.8重量%以上であり、
かつ、表面硬さがロックウェルC硬さで63〜67であり、
かつ、表面残留オーステナイト量が20%以上25%未満であることを特徴とする車両用ピニオン軸支持装置。
【請求項2】
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
炭素0.15〜0.3重量%を含む鋼材に、浸炭処理を含む熱処理を施すことによって形成されており、
かつ、最表面を基準として0〜50μmの深さの部分において、炭素量が1.0〜1.5重量%、ロックウェルC硬さが64〜66、圧縮残留応力が150〜2000MPa、最大炭化物径が3μm以下、および、炭化物面積率が10〜25%であり、
かつ、有効硬化層深さをa[μm]としたとき、50〜a/5μmの深さの部分において、炭素量が0.75〜1.3重量%、圧縮残留応力が150〜1000MPa、残留オーステナイト量が25〜45%、最大炭化物径が1μm以下、および、炭化物面積率が15%以下であることを特徴とする車両用ピニオン軸支持装置。
【請求項3】
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、200〜250℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されていることを特徴とする車両用ピニオン軸支持装置。
【請求項4】
ピニオン軸と、
このピニオン軸を支持すると共に、内輪と外輪と円錐ころとを有する円錐ころ軸受と
を備え、
上記内輪は、上記円錐ころの大径端面が摺動する凹面形状の大鍔面を有し、
上記大径端面の表面粗さをσ1[μmRa]とすると共に、上記大鍔面の表面粗さをσ2[μmRa]としたとき、σ1は0.025以上である共に、(σ1+σ21/2は0.17以下であり、
かつ、上記円錐ころの上記大径端面における上記内輪の上記大鍔面との摺動部、および、上記内輪の大鍔面における上記円錐ころの上記大径端面との摺動部は、
高炭素鋼系材料に浸炭窒化または窒化を施して表面部に浸炭窒化物または窒化物を形成すると共に、表面部基質を内部より高炭素、高窒素として焼入れした後、サブゼロ処理を行うと共に、150〜200℃の範囲の温度で焼き戻しして形成されていることを特徴とする車両用ピニオン軸支持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−177441(P2006−177441A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−371275(P2004−371275)
【出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】