説明

車両用運動制御装置

【課題】発生ヨーモーメントの低下を補うためのヨー発生装置の制御手段が、他の転舵制御手段と協調して作動する制御装置を提供する。
【解決手段】本発明に係る車両用運動制御装置は、操舵車輪の転舵角を変更可能な操舵アクチュエータ22を備えた車両に搭載されている。目標転舵角設定手段12,41と、実転舵角検出手段18と、実転舵角を目標転舵角に一致させるように操舵アクチュエータ22を駆動制御する第1の転舵制御手段41と、第1の転舵手段41の介入度に応じてヨー発生装置24を駆動制御する第2の転舵制御手段42,50とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される運動制御装置に係り、詳しくは、転舵制御手段に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のステアリングシステムとしてAFS(アクティブ・フロント・ステアリング)システムが知られている。AFSシステムでは、ステアリングレシオを可変制御し、運転者のステアリング操作に対する車両運動量(ヨーレート等)を最適化することができる。しかし、AFSシステムを搭載した自動車では、低車速領域等でステアリングレシオをクイックにした場合、EPS(電動パワーステアリング)の出力不足のために転舵性能が低下する問題があった。
【0003】
この問題を解決する方法として、高出力のEPSモータを使用する方法や、駆動電流昇圧によって出力を上げる方法があるが、装置コストが高くなる等の問題があった。また、制御システムによって操舵方向と転舵方向が逆転した際に生じる車両挙動の悪化を補正する方法が提案されている(特許文献1参照)が、その効果は操舵方向と転舵方向が逆転した場合に限られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−69259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような問題に対して、発明者らは、ダイナミックレシオ制御という手法を検討した。ところが、この方法を用いた場合、EPSモータの出力不足は解消されるが、ステアリングレシオがスロー化され、本来実現したいヨーレートを発生させることができなくなることがあった。この問題を解決するために、DYC(ダイレクトヨーモーメント制御)やRTC(後輪トー角制御)のようなヨーモーメントを発生させる装置を搭載することが考えられる。DYCは駆動輪毎に異なる制動駆動力を配分することによりヨーモーメントを発生させ、RTCは後輪のトー角を制御してヨーモーメントを発生させるものである。しかし、単純に複数の装置を搭載しただけでは、AFS制御に合わせて他の装置のセッティングを行う必要が生じるため、AFSのセッティングを変更する度に、他の全てのヨーモーメント発生装置を再セッティングする必要があるなど、開発工数の増大、コストの上昇がもたらされる。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたもので、発生ヨーモーメントの低下を補うためのヨー発生装置の制御手段が他の転舵制御手段と協調して作動する制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明に係る車両用運動制御装置は、操舵車輪の転舵角を変更可能な操舵アクチュエータ(22)を備える車両に搭載された車両用運動制御装置であって、運転者の操舵量に応じて目標転舵角を設定する目標転舵角設定手段(12,41)と、操舵車輪の実転舵角を検出する実転舵角検出手段(18)と、前記実転舵角を前記目標転舵角に一致させるように前記操舵アクチュエータ(22)を駆動制御する第1の転舵制御手段(41)と、前記第1の転舵制御手段(41)の介入度に応じてヨー発生装置(24,25,26)を駆動制御する第2の転舵制御手段(42,50,60)とを備えたことを特徴とする。ここで、介入度とは、第1の転舵制御手段(41)の制御量の大きさをいう。ここで、操舵アクチュエータとは、ステアリングギヤ(21)を駆動するアクチュエータであっても良いし、可変ギヤ比ステアリング装置の可変ギヤ比用モータであっても良い。
【0008】
第2の発明に係る車両用運動制御装置は、前記目標転舵角と前記実転舵角との差に基づき前記介入度を設定することを特徴とする。第3の発明に係る車両用運動制御装置は、運転者の操舵速度を検出する操舵速度検出手段(14)をさらに備え、前記操舵速度検出手段(14)の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする。第4の発明に係る車両用運動制御装置は、運転者の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段(13)をさらに備え、前記操舵トルク検出手段(13)の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする。第5の発明に係る車両用運動制御装置は、前記操舵アクチュエータ(22)の出力を検出するアクチュエータ出力検出手段(19)をさらに備え、前記アクチュエータ出力検出手段(19)の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、第1の転舵制御手段では、十分なヨーモーメントを得ることができない場合に、第2の転舵制御手段がヨー発生装置を作動させて不足したヨーモーメントを補う。また、本発明の制御装置は、第1の転舵制御手段の介入度に応じて第2の転舵制御手段が作動するように協調している。そのため、アクチュエータ等の制御とヨー発生装置の制御とを個別にセッティングする場合に比べて、セッティングの変更が容易で、開発工数を減らすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】第1実施形態に係る自動車の概略構成図である。
【図2】第1実施形態に係る車両運動制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【図3】第1実施形態に係る車両運動制御の手順を示すフローチャートである。
【図4】目標転舵角(目標前輪舵角)および実転舵角(実前輪舵角)の時間変化を示す図である。
【図5】第1の制御システムの介入度と調整ゲインとの関係を示す図である。
【図6】第2実施形態に係る自動車の概略構成図である。
【図7】第2実施形態に係る車両運動制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪実施形態の構成≫
<自動車の概略構成>
第1実施形態について説明する。まず、自動車(車両)の概略構成図である図1を参照して、第1実施形態に係る自動車の概略構成を説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやサスペンション等については、個々の部材を指す場合にはそれぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付し(例えば、左前輪3fl、右前輪3fr、左後輪3rl、右後輪3rr)、総称する場合には数字の符号のみ付する(例えば、車輪3)。
【0012】
自動車Vの車体1にはタイヤ2が装着された車輪3が前後左右に設置されており、これら各車輪3がサスペンションアームやスプリング、ダンパ等からなるサスペンション4によって車体1に懸架されている。自動車Vには、左右前輪3fl,3frの転舵に供される前輪転舵機構5と、左右後輪3rl,3rrの転舵にそれぞれ供される左右の後輪転舵機構6l,6rと、前輪転舵機構5および左右の後輪転舵機構6l,6rを駆動制御するECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)7とが設置されている。
【0013】
自動車Vの運転席側には、その後端にステアリングホイール10が取り付けられたステアリングシャフト11が設置されている。ステアリングシャフト11には、運転者によるステアリングホイール10の操作に関連して、操舵角を検出する操舵角センサ12、操舵トルクを検出する操舵トルクセンサ13および操舵速度を検出する操舵速度センサ14が設置されている。なお、ECU7等において操舵角を微分することで操舵速度を求めることにより、操舵速度センサ14を代替することができる。また、自動車Vには、車速を検出する車速センサ15、横加速度を検出する横Gセンサ16、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ17および実際の転舵角(実転舵角)を検出する実転舵角センサ18等のセンサが車体1の適所に設置されている。
【0014】
前輪転舵機構5は、その両端に前輪側ナックル20fl,20frが連結されたステアリングギヤ21や、ステアリングギヤ21を駆動する前輪操舵アクチュエータ22等から構成されている。なお、前輪操舵アクチュエータ22には、発生している力を検出するアクチュエータ発生力センサ19が設置されている。また、左右の後輪転舵機構6l,6rは、車体1と後輪側ナックル20rl,20rrとの間に介装された後輪トー角アクチュエータ24l,24rや、図示しないポジションセンサ等から構成されている。
【0015】
<ECU>
ECU7は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インターフェース、各種ドライバ等から構成されており、通信回線を介して各センサ12〜19、前輪転舵機構5および左右の後輪転舵機構6l,6r等と接続されている。図2のブロック図に示すように、ECU7は、入力インターフェース31と、AFS(アクティブ・フロント・ステアリング)制御部40と、RTC(後輪トー角制御)制御部50と、出力インターフェース32とを収容している。
【0016】
入力インターフェース31は、上述した各センサ12〜19等が接続されており、各センサ12〜19から送られてきたデータをAFS制御部40およびRTC制御部50に送る。
【0017】
AFS制御部40は、AFS制御量算出部41と、調整ゲイン設定部42とを含む。AFS制御量算出部41は、従来のAFS制御システムと同様に目標転舵角や制御量等を設定して出力インターフェース32に送るとともに、目標転舵角を調整ゲイン設定部42に送る。調整ゲイン設定部42は、他のヨーモーメント発生手段であるRTC制御の制御量の調整ゲインを算出し、その結果をRTC制御部50のRTC補正制御量算出部52に送る。
【0018】
RTC制御部50は、RTC制御量算出部51と、RTC補正制御量算出部52とを含む。RTC制御量算出部51は、従来のRTC制御システムと同様にRTC制御量を算出し、算出結果をRTC補正制御量算出部52に送る。RTC補正制御量算出部52は、RTC制御量に調整ゲインを乗じてRTC補正制御量を算出し、出力インターフェース32に送る。
【0019】
出力インターフェース32は、左右の後輪トー角アクチュエータ24l,24rにそれぞれ対応するRTC補正制御量を、前輪操舵アクチュエータ22にAFS制御量を、それぞれ出力する。
【0020】
≪実施形態の作用≫
自動車Vの運転時において、ECU7内では、図3のフローチャートに示した操舵制御手順が所定の処理間隔で繰り返し実行されている。
各センサ12〜19から入力されたデータに基づき、RTC制御量算出部51が左右の後輪3rl,3rrにそれぞれ対応するRTC制御量の算出を行い(ステップS1)、AFS制御量算出部41が目標転舵角の算出を行う(ステップS2)。
【0021】
次に、調整ゲイン設定部42が介入度を算出する(ステップS3)。調整ゲインの算出にあたって、まず、制御システムの介入度を求める。ここで、制御システムの介入度とは、AFS制御によって他のヨー発生装置の補助が必要となる度合いであり、例えば、ステアリングレシオのスロー化作用を有するダイナミック制御が介入する度合いである。このような制御状態に入ったことは、AFS制御の目標転舵角(目標前輪舵角)と実転舵角(実前輪舵角)とが一致しなくなってくることでわかる(図4参照)。従って、介入度は、目標転舵角と実転舵角との差(転舵角の偏差、図4のΔ)の絶対値によって定めることができる。
また、AFSアシストモータの指示電流値を調整するゲイン値は、AFS制御の状態を反映するため、介入度とみなすことができる。このゲイン値は、操舵速度センサ14によって検出される操舵速度、操舵トルクセンサ13によって検出される操舵トルクまたはアクチュエータ発生力センサ19によって検出されるアクチュエータ発生力から算出することができる。従って、操舵速度、操舵トルクまたはアクチュエータ発生力に基づき介入度を設定することもできる。
さらに、調整ゲイン設定部42は、調整ゲインを設定する(ステップS4)。ECU7には、あらかじめ、図5に示すような調整ゲインと介入度との対応がマッピングされており、この対応から調整ゲインが設定される。
【0022】
次に、RTC補正制御量算出部52は、RTC補正制御量を算出する(ステップS5)。RTC補正制御量は、ステップS1で算出したRTC制御量にステップS4で算出した調整ゲインを乗じることによって算出される。図5によると、介入度が所定の値以下のときは、調整ゲインが1であるためRTC制御量は変わらず、介入度が所定の値を超えると調整ゲインが1より大きくなってRTC制御量はその絶対値が大きくなる方向に補正される。すなわち、転舵角の偏差の絶対値、操舵トルクの絶対値、操舵速度の絶対値またはアクチュエータ発生力の絶対値が大きいときに、RTC制御量が補正される。
【0023】
次に、RTC補正制御量が出力される(ステップS6)。左右の後輪トー角アクチュエータ24l,24rが、それぞれ対応するRTC補正制御量に基づき、左右の後輪3rl,3rrのトー角を変更させるように作動する。
【0024】
≪実施形態の効果≫
ヨーモーメントが不足している場合に、後輪トー角の制御量を増大させて所望のヨーモーメントを得ることができる。例えば、AFS制御において、EPSモータのアシスト力不足を解消するための制御方法が、ステアリングレシオをスロー化する作用を含んでいる場合等に有利である。また、RTC制御はAFS制御と協調しているので、AFSのセッティングを変更しても、RTCの再セッティングを行う必要がなく、開発工数の低減や、製造コストの削減が実現される。
【0025】
≪第2実施形態≫
本発明の第2実施形態について、図6および図7を参照して説明する。第2実施形態は、ヨー発生手段としてDYCを使用するものである。なお、第1実施形態と同様の構成、機能を有する部材については同一の符号を使用して説明を省略し、第1実施形態と異なる点についてのみ説明する。
【0026】
図6は第2実施形態に係る自動車の概略構成図である。車体1に設置された油圧ユニット25は、PWM制御される電磁バルブや油圧回路等を4系統備えており、図示しないブレーキペダル(ブレーキマスターシリンダ)からの油圧を各車輪3のブレーキ26にそのまま送給するほか、ECU7からの駆動信号に基づいて、前後左右の各ブレーキ26fl,26fr,26rl,26rrにそれぞれ異なった圧力の圧油を送給する。
【0027】
図7は第2実施形態に係る車両運動制御装置の概略構成を示すブロック図である。第1実施形態(図2参照)と異なる点は、RTC制御部50がDYC制御部60に変更されている点、およびDYC補正制御量の出力先が油圧ユニット25である点である。DYC制御部60は、DYC制御量算出部61と、DYC補正制御量算出部62とを含む。DYC制御量算出部61は、従来のDYC制御システムと同様にDYC制御量を算出し、算出結果をDYC補正制御量算出部62に送る。DYC補正制御量算出部62は、DYC制御量に調整ゲインを乗じてDYC補正制御量を算出し、出力インターフェース32に送る。
【0028】
第2実施形態の作用および効果については、上述の第1実施形態の作用および効果の説明、並びに図3におけるRTCをDYCに読み替えることによって説明される。ただし、DYC制御量およびDYC補正制御量は、前後左右のブレーキ26に対応して4つずつあり、DYC補正制御量は、出力インターフェース32を介して油圧ユニット25に出力され、前後左右のブレーキ26fl,26fr,26rl,26rrをそれぞれ異なる力で制動して所望のヨーモーメントを発生させる。
【0029】
以上で、具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記の実施形態に限定されることなく、幅広く変形実施が可能である。例えば、上記実施形態の自動車は、AFS制御を採用しているが、これをARS(アクティブ・リア・ステアリング)制御に変更してもよい。また、上記実施形態では、AFS制御部とRTCまたはDYC制御部とを1つのECUに組み込んだが、これらを別個のECUに組み込みんで通信回線で連結してもよい。また、補正係数算出部をAFS制御部ではなくRTCまたはDYC制御部に組み込んでもよい。また、操舵機構をステアバイワイヤ形式にしてもよい。ただし、この場合、操舵トルクによって調整ゲインを得ることはできない。また、DYCにおける制駆動輪の制御が、ブレーキ力ではなく、駆動力を左右に配分する量を制御するものであってもよいし、LSD(Limited Slip Differential Gear)によって行われてもよい。その他、自動車や制御装置の具体的構成をはじめ、制御の具体的手順等についても本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0030】
3 車輪
7 ECU
12 操舵角センサ
13 操舵トルクセンサ
14 操舵速度センサ
15 車速センサ
16 横Gセンサ
17 ヨーレートセンサ
18 実転舵角センサ
19 アクチュエータ発生力センサ
22 前輪操舵アクチュエータ
24 後輪トー角アクチュエータ
25 油圧ユニット
26 ブレーキ
40 AFS制御部
50 RTC制御部
60 DYC制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵車輪の転舵角を変更可能な操舵アクチュエータを備える車両に搭載された車両用運動制御装置であって、
運転者の操舵量に応じて目標転舵角を設定する目標転舵角設定手段と、
操舵車輪の実転舵角を検出する実転舵角検出手段と、
前記実転舵角を前記目標転舵角に一致させるように前記操舵アクチュエータを駆動制御する第1の転舵制御手段と、
前記第1の転舵制御手段の介入度に応じてヨー発生装置を駆動制御する第2の転舵制御手段と
を備えたことを特徴とする車両用運動制御装置。
【請求項2】
前記目標転舵角と前記実転舵角との差に基づき前記介入度を設定することを特徴とする、請求項1に記載の車両運動用制御装置。
【請求項3】
運転者の操舵速度を検出する操舵速度検出手段をさらに備え、
前記操舵速度検出手段の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする、請求項1に記載の車両運動用制御装置。
【請求項4】
運転者の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段をさらに備え、
前記操舵トルク検出手段の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする、請求項1に記載の車両運動用制御装置。
【請求項5】
前記操舵アクチュエータの出力を検出するアクチュエータ出力検出手段をさらに備え、
前記アクチュエータ出力検出手段の検出結果に基づき前記介入度を設定することを特徴とする、請求項1に記載の車両運動用制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−179709(P2010−179709A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22844(P2009−22844)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】