説明

エンジンの制御方法およびその制御装置

【課題】圧縮自己着火可能な運転領域を拡大する。
【解決手段】低負荷域では、排気行程途中から吸気行程途中にかけて吸気弁および排気弁が共に閉じている負のオーバラップ期間が形成されるように、排気弁の閉弁時期と吸気弁の開弁時期とが設定される。吸気行程中に気筒内に燃料噴射を行ってピストンの圧縮作用により燃焼室内の混合気が自己着火で燃焼される。エンジン負荷が低いほど、吸気弁の閉弁時期が、そのときのエンジン回転数において空気充填量が最大となるタイミングからずれるように遅角または進角される。この遅角または進角による吸気弁閉弁時期のずらし量は、エンジン負荷が低いほど増加される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの制御方法及びその制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、火花点火による燃焼が実行されていたガソリンエンジン等のさらなる燃費改善や排気清浄化を図るために、気筒内の予混合気を圧縮して自己着火により燃焼させるという新しい燃焼形態が提案されており、一般には、予混合圧縮着火燃焼(以下、HCCI燃焼ともいう)という呼称で知られている。この新しい燃焼形態では、従来一般的な火花点火による燃焼(以下、SI燃焼ともいう)とは異なり、気筒内の多数の箇所で予混合気が一斉に自己着火して燃焼を始めることから、熱効率が極めて高くなる。
【0003】
また、従来のSI燃焼を実現できない超希薄な予混合気や多量のEGRによって希釈した予混合気であっても、ピストンにより圧縮された気筒内の温度が所定以上に高くなれば自己着火するようになり、燃焼期間そのものは短いものの激しい燃焼にはならないことから、窒素酸化物の生成も格段に少なくなる。
【0004】
但しエンジンが相対的に低負荷、低回転側の運転領域にあるときには、圧縮上死点(TDC)近傍においても予混合気の温度が自己着火温度まで上昇しない可能性がある。これに対し特許文献1に記載のガソリンエンジンでは、気筒の排気行程から吸気行程にかけて吸気弁及び排気弁の双方を閉じる負のオーバーラップ期間を設け、多量の既燃ガスを残留させること(以下、内部EGRともいう)で気筒内の温度を高めて、自己着火性を確保することが開示されている。また、特許文献1には、多量の残留既燃ガスでは十分に気筒内の温度を高められない低負荷時においては、吸気行程での燃料噴射に加えて、圧縮行程終期に気筒内に少量の燃料噴射を行って点火プラグ回りに成層化混合気を形成して、点火プラグによって予混合気の自己着火性を誘発することも開示されている。
【0005】
特許文献
【特許文献1】特開2008−184970号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1に記載のように、多量の残留既燃ガスによっても気筒内温度を自己着火可能な温度まで高められないときに、圧縮行程終期に燃料噴射を行うと共に点火プラグによって予混合気の自己着火を誘発するものにあっては、燃費改善の点では好ましくないものとなってしまう。
【0007】
本発明は、以上のような事情を勘案してなされたもので、その目的は、多量の残留既燃ガスの有する温度をより有効に利用して気筒内の温度をより上昇させて、低負荷域でも点火プラグを利用することなく自己着火できるようにしたエンジンの制御方法及びその制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明に係るエンジンの制御装置にあっては、次のような解決手法を採択してある。すなわち、特許請求の範囲における請求項1に記載のように、
所定の運転領域で排気行程途中から吸気行程途中にかけて吸気弁および排気弁が共に閉じている負のオーバラップ期間を形成するバルブタイミングを有し、吸気行程中に気筒内に燃料噴射を行ってピストンの圧縮作用により燃焼室内の混合気を自己着火で燃焼させる圧縮自己着火運転を行うエンジンの制御方法であって、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁の閉弁時期を、そのときのエンジン回転数において空気充填量が最大となるタイミングからのずれ量を増加させる、
ようにしてある。
【0009】
上記解決手法によれば、負のオーバラップ期間を設けることにより、残留する多量の既燃ガスによって気筒内の温度を高めることにより、圧縮行程の終盤以降における予混合気の自己着火が促進されることになる。エンジン負荷の低下に応じて、吸気弁の閉弁時期が空気充填量が最大となるタイミングからのずらし量が増加されることによって、気筒内に導入される過剰な新規の空気量が低減されて、つまり気筒内に残留する高温の既燃ガスの割合が高められて、気筒内の温度がより一層十分に上昇されて、自己着火を行うことが可能になる。なお、気筒内温度の上昇は、次の燃焼サイクルにおいて排気弁の閉弁時期を遅角させることが可能になるので、内部EGR量を減少させることで着火に必要な温度を維持しつつポンプ損失を低減させることも可能となる。
【0010】
上記解決手法を前提とした好ましい態様は、特許請求の範囲における請求項2〜請求項10に記載のとおりである。すなわち、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、排気弁閉弁時期を進角させて前記負のオーバラップ期間を拡大させる、ようにしてある(請求項2対応)。この場合、負のオーバラップ期間をさらに拡大して、気筒内温度をさらに上昇させて、自己着火性をさらに向上させることができる。
【0011】
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁閉弁時期を吸気下死点後となる範囲において遅角させる、ようにしてある(請求項3対応)。この場合、遅角によるずらし量の増加を得ることができる。
【0012】
前記所定の運転領域のうちエンジン負荷が所定負荷以下のときは、排気弁閉弁時期の進角量の変化率を減少させる一方、吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率を増加させる、ようにしてある(請求項4対応)。この場合、吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率を増加させることによって過剰な新規の空気量をより低減して気筒内温度のさらなる上昇を図る一方、この分排気弁閉弁時期の進角量を抑制して、ポンピングロス低減の上で好ましいものとなる。
【0013】
吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率とを設定する、ようにしてある(請求項5対応)。この場合、新規の空気量の低減度合つまり気筒内温度の上昇度合に応じて、排気弁開弁時期と吸気弁開弁時期とをポンピングロス低減を考慮した適切なタイミングとすることができる。
【0014】
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁の閉弁時期を吸気下死点前となる範囲において進角させる、ようにしてある(請求項6対応)。この場合、吸気弁の閉弁時期を進角方向へずらすことによって、気筒内温度を上昇させることができる。
【0015】
前記所定の運転領域のうちエンジン負荷が所定負荷以下のときは、排気弁閉弁時期の進角量の変化率を減少させる一方、吸気弁閉弁時期の進角量の変化率を増加させる、ようにしてある(請求項7対応)。この場合、請求項4に対応した効果と同様の効果を得ることができる。
【0016】
吸気弁閉弁時期の進角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率とを設定する、ようにしてある(請求項8対応)。この場合、請求項5に対応した効果と同様の効果を得ることができる。
【0017】
前記所定の運転領域のうち所定負荷以下では、排気弁閉弁時期を固定する、ようにしてある(請求項9対応)。この場合、制御を極力簡単化する上で好ましいものとなる。
【0018】
前記所定の運転領域において、排気行程中でかつ前記負のオーバラップ期間において少量の予備燃料を噴射し、
エンジン負荷が低いほど、前記予備燃料を増量すると共に、所定負荷以下では該予備燃料の増量の変化率を減少させる、
ようにしてある(請求項10対応)。この場合、予備燃料によって活性化混合気を形成して、自己着火性をより高めることができる。また、過剰な新規の空気量を減少させることによる気筒内温度が十分に上昇される所定負荷以下のときは、予備燃料量の増加率を減少させて、予備燃料量を極力抑制する上でも好ましいものとなる。
【0019】
前記目的を達成するため、本発明によるエンジンの制御装置にあっては、次のような解決手法を採択してある。すなわち、特許請求の範囲における請求項11に記載のように、
所定の運転領域で排気行程途中から吸気行程途中にかけて吸気弁および排気弁が共に閉じている負のオーバラップ期間を形成するバルブタイミングを有し、吸気行程中に気筒内に燃料噴射を行ってピストンの圧縮作用により燃焼室内の混合気を自己着火で燃焼させる圧縮自己着火運転を行うエンジンの制御装置であって、
エンジン負荷を検出する負荷検出手段と、
吸気弁の閉弁時期を変更する吸気弁閉弁時期変更手段と、
前記所定の運転領域において、前記負荷検出手段で検出されるエンジン負荷が低いほど、前記吸気弁閉弁時期変更手段を制御して、吸気弁の閉弁時期をそのときのエンジン回転数において空気充填量が最大となるタイミングからのずれ量が増加するように制御する制御手段と、
を備えているようにしてある。上記解決手法によれば、請求項1に記載のエンジンの制御方法を実行するためのエンジンの制御装置が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、従来は自己着火による燃焼が不可能な低負荷域でも、残留既燃ガスの温度をより有効に利用して自己着火を実現することができ、燃費向上や排気ガス浄化の上で極めて好ましいものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態に係るエンジン制御装置の全体構成を示す図である。
【図2】制御の概略を示すブロック図である。
【図3】燃焼状態を切換える制御マップの一例を示す説明図である。
【図4】HCCI燃焼のイメージ図である。
【図5】2つのインジェクタによる燃料噴射の態様を示す説明図である。
【図6】吸排気弁のリフト特性の変化を示す説明図である。
【図7】エンジン負荷の変化に応じて吸・排気弁の開閉時期と燃料噴射量を変更する様子を示す図である。
【図8】本発明の制御例を示すフローチャートである。
【図9】本発明の制御例を示すフローチャートである。
【図10】本発明の第2の実施形態を示すもので、図6に対応した図。
【図11】本発明の第2の実施形態を示すもので、図7に対応した図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は本発明に係るエンジン制御装置Aの全体構成を示し、符号1は、車両に搭載された多気筒ガソリンエンジンである。このエンジン1の本体は、複数の気筒2,2,…(1つのみ図示する)が設けられたシリンダブロック3上にシリンダヘッド4が配置されてなり、各気筒2内にはピストン5が嵌挿されて、その頂面とシリンダヘッド4の底面との間に燃焼室6が形成されている。ピストン5はコネクティングロッドによってクランク軸7に連結されており、クランク軸7の一端側にはその回転角(クランク角)を検出するためのクランク角センサ8が配設されている。
【0023】
前記シリンダヘッド4には、各気筒2毎に燃焼室6の天井部に開口するように吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。吸気ポート9は燃焼室6の天井部から斜め上方に向かって延びて、シリンダヘッド4の一側面に開口しており、排気ポート10は反対側の他側面に開口している。吸気ポート9及び排気ポート10は、それぞれ吸気弁11及び排気弁12によって開閉されるようになっており、これら吸排気弁11,12は、シリンダヘッド4に配設された動弁機構13のカム軸(図示せず)によりクランク軸7の回転に同期して駆動されるようになっている。
【0024】
前記動弁機構13には、吸気側及び排気側にそれぞれ、弁リフト量を連続的に変更可能な公知のリフト可変機構14(以下、VVLと略称する)と、弁リフトのクランク回転に対する位相角を連続的に変更可能な公知の位相可変機構15(以下、VVTと略称する)と、が組み込まれており、それらの作動によって吸排気弁11,12のリフト特性を変更し、気筒2への吸気の充填量や残留既燃ガス(内部EGRガス)の量を調整することができる。尚、VVL14については例えば特開2006−329022号公報、2006−329023号公報等に記載されたものを使用すればよい。
【0025】
また、各気筒2の燃焼室6の天井部に電極を臨ませて点火プラグ16が配設され、点火回路17によって所定の点火タイミングにて通電されるようになっている。一方、燃焼室6の吸気側の周縁部に先端を臨ませて気筒2内に燃料直接、噴射する直噴インジェクタ18が配設されている。また、この実施形態では、吸気ポート9に臨んで燃料を噴射するようにポートインジェクタ19(別の燃料噴射弁)が配設されている。このポートインジェクタ19は、エンジン1の最大トルクに対応して多量の燃料を噴射可能な大容量のものであり、気筒2の圧縮行程から膨張、排気及び吸気行程にかけて燃料を噴射することで、高回転域でも十分な噴射時間を確保することができる。そうして噴射された燃料噴霧は吸気と共に気筒2内に流入し、ピストン5の下降に伴い容積の拡大する気筒2内に広く分散して、概ね均一な予混合気を形成する。
【0026】
尚、前記各気筒2毎のインジェクタ18,19には、図示しないが、それぞれ高圧及び低圧燃料供給ラインが接続されている。低圧の供給ラインには低圧燃料ポンプにより燃料タンクから吸い上げられた燃料が供給され、この低圧の供給ラインから分岐した高圧の供給ラインには、燃料を昇圧させて送り出す高圧燃料ポンプが介設されている。
【0027】
図1においてエンジン1の右側に位置するシリンダヘッド4の一側には吸気系が配設され、各気筒2の吸気ポート9には吸気通路20が連通している。この吸気通路20は、エンジン1の各気筒2の燃焼室6に対して図外のエアクリーナにより濾過した空気を供給するためのものであり、サージタンク21の上流の共通通路には電気式スロットル弁22とが配設されている。サージタンク21の下流で吸気通路20は各気筒2毎に分岐して、それぞれ吸気ポート9に連通している。
【0028】
一方、シリンダヘッド4の他側には排気系が配設され、各気筒2の排気ポート10にはそれぞれ、各気筒2毎に分岐した排気通路25(排気マニホルド)が接続されている。この排気マニホルドの集合部には排気中の酸素濃度を検出するセンサ26が配設されている。また、排気マニホルドよりも下流側の排気通路25には、排気中の有害成分を浄化するための触媒27が配設されている。
【0029】
上述の如く構成されたエンジン1の運転制御を行うために、パワートレインコントロールモジュール30(以下、PCMという)が設けられている。これは、周知の如くCPU、メモリ、I/Oインターフェース回路等を備えており、図2にも示すように、クランク角センサ8、酸素濃度センサ26等からの信号が入力されるとともに、吸気通路20における空気の流量を計測するエアフローセンサ31からの信号と、図示しないアクセルペダルの操作量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ32からの信号と、車両の走行速度を検出する車速センサ33からの信号とが少なくとも入力される。
【0030】
そして、PCM30は、前記各種センサからの信号等に基づいて、エンジン1の運転状態(例えば負荷状態及びエンジン回転速度)を判定し、これに応じてVVL14、VVT15、点火回路17、直噴インジェクタ18、ポートインジェクタ19、電気式スロットル弁22等を制御する。すなわち、PCM30は、主にVVL14の作動によって吸排気弁11,12のリフト量を調整し、気筒2への吸気(空気)の充填量を制御するとともに、主にVVT15の作動によって吸排気弁11,12のオーバーラップ期間を調整し、内部EGRガス量を制御する。
【0031】
それらVVL14及びVVT15の制御によって吸排気弁11,12のリフトカーブLin,Lexは、図6に模式的に示すようにそれぞれ最小リフトから最大リフトまでの間で連続的に変化する。吸排気弁11,12のリフト量は、エンジン1の負荷(目標トルク)や回転速度が高いほど大きくなり、これに伴いオーバーラップ期間(正のオーバーラップ期間)が生じるようになる。一方、相対的に低負荷、低回転側では吸排気弁11,12の双方が閉じる負のオーバーラップ期間が生じ、内部EGRガス量がかなり多くなる。
【0032】
そうして主にVVL14の制御によって気筒2への吸気の充填量を広い範囲で変更することができるので、この実施形態のエンジン1ではスロットル弁22の制御によらず出力を制御することができる。よって、吸気通路20に設けられたスロットル弁22は、主にフェールセーフのためのものであり、通常はエンジン1の部分負荷域においても全開とされて、ポンピングロスの低減が図られている。
【0033】
また、PCM30は、2つのインジェクタ18,19のそれぞれを、後述の如き所定のタイミングで作動させることにより、気筒2内の空燃比や混合気の形成状態を切換えるとともに、前記のように主にVVT15の作動によって気筒2内の内部EGRガス量を制御し、さらに点火プラグ16の作動状態を切換えることで、エンジン1の燃焼状態を以下に述べるHCCI燃焼とSI燃焼とに切換えるようになっている。
【0034】
図3は制御マップの一例を示すものであり、相対的に低負荷且つ低回転側の運転領域(X)および(Y)においては、気筒2内に形成した予混合気に直接点火することなく、これをピストン5の上昇により圧縮して自己着火させるようにしている。このときには基本的に、気筒2の吸気行程においてポートインジェクタ19により燃料を吸気ポート9内に噴射させ、吸気と混合させながら気筒2内へ供給して、概ね均一な予混合気を形成する。
【0035】
また、気筒2の排気行程ないし吸気行程において排気弁11が閉じてから吸気弁12が開くまでの期間(吸排気弁11,12の双方が閉じる負のオーバーラップ期間)を設け、多量の内部EGRガスによって気筒2内の温度を高めることにより、予混合気の自己着火を促進する。負のオーバーラップ期間が相対的に長くなれば内部EGRガス量も増大し、自己着火のタイミングが進角される。
【0036】
そのような予混合気の圧縮による自己着火については従来よりHCCI(Homogenious Charge Compression Ignition)と呼ばれている。このHCCIによる燃焼は、図4に模式的に示すように、気筒2内の燃焼室6における多数の箇所で予混合気が略一斉に自己着火して燃焼を開始するものと考えられており、従来一般的な火炎伝播による燃焼(Spark Ignition:SI燃焼)に比べて燃焼期間が短くなって、熱効率が高くなる。
【0037】
また、そうして予混合気が自己着火するHCCI燃焼は、SI燃焼の実現が困難な超希薄な予混合気や多量の内部EGRガスによって希釈した予混合気であっても実現可能であり、前記のように燃焼期間は短くても燃焼温度は低いことから、窒素酸化物の生成は非常に少ない。言い換えると、あまり希薄でない予混合気や希釈度合いの低い予混合気では自己着火のタイミングが早くなり過ぎて、所謂ノッキングを起こしてしまう。
【0038】
つまり、HCCI燃焼はかなり希薄な予混合気か、或いは多量のEGRによって希釈した予混合気によって実現されるものであり、あまり高い出力は得られないので、前記の制御マップ(図3)に示すように、相対的に高負荷側乃至高回転側の運転領域(Z)においては従来一般的なSI燃焼が行われる(以下、運転領域(X)および(Y)をHCCI領域と呼び、運転領域(Z)をSI領域と呼ぶ)。
【0039】
運転領域(X)および(Y)では、前述のように、点火プラグ16による着火を利用することなく、圧縮自己着火を行うようになっている。この自己着火を行うために、図7に示すように、特に吸気弁11の閉弁時期IVCを、エンジン負荷が低くなるほど遅角させるようにしてある。すなわち、図7は、運転領域(X)および(Y)についての吸気弁11の開閉時期と排気弁12の開閉時期との好ましい設定例が示される。
【0040】
図7において、吸気弁11の閉弁時期は、エンジン負荷が低くなるほど遅角される。この吸気弁11の閉弁時期は、エンジン負荷が相対的に大きいときは吸気下死点よりも前とされるが、エンジン負荷が低くなるにつれて徐々に吸気下死点に近づくように遅角され、エンジン負荷が所定負荷αとなった時点でほぼ吸気下死点とされる。そして、所定負荷以下の領域では、吸気弁11の閉弁時期は、その遅角量の変化率が、エンジン負荷が所定負荷αよりも大きいときの遅角量の変化率に比して増大される。
【0041】
吸気弁11の閉弁時期の遅角は、そのときのエンジン回転数(同一エンジン回転)において最大吸気充填量となるときの閉弁時期からずれたものとされる。そして、このずれ量が、エンジン負荷が低くなるほど低くされ、特に所定負荷α以下のときは、エンジン負荷の低下に応じたずれ量(遅角量)の変化率が増加されることになる。これにより、新規の吸気量が減少されて、残留既燃ガスによる筒内温度の上昇がより促進されて、自己着火性が向上されることになる。
【0042】
運転領域(X)および(Y)において、燃料(主燃料)は、ポートインジェクタ19から噴射され、このポートインジェクタ19からの燃料噴射は、図5において第2噴射として示される。この第2噴射は、吸気行程において実行されるが、実施形態では、負のオーバラップ期間の終期から吸気弁11が開弁された後の期間に渡って行うようにしてある。
【0043】
相対的にエンジン負荷が大きい運転領域(Y)では、上記第2噴射のみが実行される。自己着火性が悪化する特に低負荷域となる運転領域(X)では、上記第2噴射に加えて、あらかじめ少量の第1噴射が実行される(図5参照)。この第1噴射は、排気行程中でかつ負のオーバラップ期間において実行される。すなわち、ポートインジェクタ19から気筒内に少量の燃料を直接噴射させる(第1噴射を実行する)ことにより、着火性の高い活性化混合気が形成される。こうすることにより、予混合気中に活性化混合気が含まれることによって、その圧縮による自己着火が促進されることになる。この第1噴射の燃料は、エンジン負荷が低くなるほど増量されるが、所定負荷α以下では、第1噴射の燃料量の変化率を減少させるようにしてある。すなわち、吸気弁11の閉弁時期が大きく遅角されて筒内温度の上昇が十分に確保されることから、第1噴射量を極力低減させて、燃費向上が図られることになる。
【0044】
上述した吸気弁11の閉弁時期の遅角に応じて、排気弁12の閉弁時期を進角させるのが好ましい。すなわち、図7に示すように、排気弁19の閉弁時期は、エンジン負荷が低くなるほど進角されるが、所定負荷α以下では、この進角量の変化率が減少される。排気弁19の閉弁時期を進角させることにより、負のオーバラップ期間が増加されることとなって、その分残留既燃ガス量が増加して、自己着火がより促進されることになる。ただし、所定負荷α以下では、吸気弁11の閉弁時期の遅角量の変化率が増加されて筒内温度の上昇が十分に促進されることから次サイクルでの自己着火性が向上しており、その分負のオーバラップ期間を短くし内部EGR量を減らしても自己着火性が確保されているため、排気弁12の閉弁時期の進角量の変化率は減少させて、ポンピングロスを低減するようにしてある。
【0045】
なお、実施形態においては、運転領域(X)および(Y)における吸気弁11の開弁時期は、エンジン負荷の低下に応じて遅角されるが、遅角量の変化率は、所定負荷α以下では小さくされる。また、運転領域(X)および(Y)における排気弁12の開弁時期は、エンジン負荷の変化にかかわらず一定(ほぼ一定)としてある。
【0046】
次に、エンジン制御の具体的な手順を図8のフローチャートに基づいて説明する。なお、以下の説明でS1はステップを示す。まず、スタート後のS1では、クランク角センサ8、エアフローセンサ31、アクセル開度センサ32、車速センサ33等からの信号が入力される。S2では、現在の運転領域が、HCCI領域であるか否か、つまり圧縮自己着火を行う運転領域(X)あるいは(Y)であるか否かが判別される。このS2の判別に際しては、エンジン1への要求トルク(負荷)とエンジン回転速度とから、図3に示すマップに照合することにより行われる。なお、エンジン回転速度はクランク角センサ8からの信号によりダイレクトに演算すればよく、要求トルクは例えば車速及びアクセル開度に基づいて、或いはエアフローセンサ31からの信号とエンジン回転速度とに基づき内部EGR量を加味して、演算すればよい。
【0047】
上記S2の判別でYESのときは、S3において、吸・排気弁11,12のリフト量とバルブタイミング(位相)とが演算される。このS3においては、VVL14及びVVT15の制御によって負のオーバーラップ期間が生じるように吸排気弁11,12の作動タイミングを演算する。すなわち、例えば、目標トルク及びエンジン回転速度に基づき、予め実験的に設定してあるマップを参照して、所要の内部EGR量となるような吸排気弁11,12のオーバーラップ量を決定し、そうなるように主にVVT15を制御する。その際、目標トルク及びエンジン回転速度に基づき、予め実験的に設定してあるマップを参照して、所要の吸気充填量となるような吸排気弁11,12のリフト量も決定し、そうなるように主にVVL14を制御する。この吸気充填量は、気筒2への燃料供給量に対応して適切な空燃比となるように予め実験等により求めて、前記マップに設定したものである。
【0048】
S3の後、S4において、インジェクタ18,19のそれぞれの燃料噴射量、即ち活性化混合気を形成するための直噴インジェクタ18による第1噴射量と、予混合気を形成するためのポートインジェクタ19による第2噴射量と、をそれぞれ予め実験的に設定してある噴射量マップから読み込んで、決定する。なお、第1噴射量は、運転領域(Y)のときには0として決定される(第1噴射なし)。この噴射量マップも、目標トルク及びエンジン回転速度に対応して第1、第2及び第3の各噴射量の最適値を予め実験等により設定してある。
【0049】
S4の後、S5において、現在の運転状態が、所定負荷α以下であるか否かが判別される。このS5の判別でYESのときは、S6において、エンジン負荷とエンジン回転数とから、そのときのエンジン回転数において吸気弁11の閉弁時期IVCの基準値(吸気充填量が最大となるときの値)が演算される。次いで、S7において、エンジン負荷に応じて、上記基準値からのずらし量が演算されるが、このずらし量は、実施形態では遅角方向へのずらし量とされる。この後、S8において、S7で演算されたずらし量分だけ吸気弁11の閉弁時期が遅角される(吸気充填量の低減となって、その分筒内温度の上昇となる)。
【0050】
上記S8の後は、S9において、排気弁12の閉弁時期EVCが、吸気弁11の閉弁時期の前回のずらし量に応じて進角される。次いで、S10において、第1噴射量が、吸気弁11の閉弁時期の前回のずらし量に応じて減量される。
【0051】
上記S10の後、および前記S5の判別でNOのときは、それぞれS11において、VVL14及びVVT15の制御が実行される。このS11の処理において、S5の判別でYESのときは、吸・排気弁のリフト量および位相が、S3で設定された基準値のままとされる。また、S6〜S10を経たときは、S11の処理によって、吸・排気弁11,12の閉弁時期が、基準値から所定のずらし量分だけずれたものとされる。
【0052】
前記S11の後は、図9のS21〜S24の処理によって、第1噴射と第2噴射の制御が実行される。まずS21において第1噴射を実行するタイミングとなるのを待って、第1噴射のタイミングとなったことが確認されると、S22において第1噴射が実行される。ただし、運転領域が図3の領域(Y)であるときは、第1噴射が実行されないことになる(S4の処理によって、第1噴射量が0に設定されているため)。上記S22の後は、S23において第2噴射のタイミングとなるのを待って、第2噴射のタイミングとなったことが確認されると、S24において第2噴射が実行される。
【0053】
図8のS2の判別でNOのとき(図3の領域(Z)のとき)は、S12に移行して、点火プラグ16による着火が行われる燃焼態様とされる(ガソリンエンジンとして従来一般的な燃焼制御が実行される)。この場合、圧縮自己着火のときよりも相対的にリッチな空燃比でもって燃焼が行われる。
【0054】
図10,図11は、本発明の第2の実施形態を示すものである。図10は図6に対応して、図11は図7に対応している。この第2実施形態では、所定負荷α以下での吸気弁11の閉弁時期のずらし方向を、前記実施形態の場合とは逆に、進角方向としてある。すなわち、吸気弁11の閉弁時期は、エンジン負荷が大きい状態から低下していくのに応じて、徐々に遅角されて、所定負荷αとなった時点で吸気下死点から一旦急激に進角され、その後は、エンジン負荷の低下に応じて吸気弁11の閉弁時期の進角量が増大される。進角量の増大の変化率は、所定負荷αよりも大きいときの遅角量の変化率よりも大きいものとされる。また、排気弁12の閉弁時期は、前記実施形態と同様に、エンジン負荷の低下に応じて進角されると共に、所定負荷α以下となったときは、進角量の変化率が小さくされる(ただし、進角量の変化率は、前記実施形態の場合よりも大きいものとされる)。
【0055】
以上実施形態について説明したが、本発明は実施形態のものに限定されることなく、特許請求の範囲に記載された範囲で種々の変更が可能である。例えば、第1噴射を全運転領域において行わないようにすることもできる。吸気弁の閉弁時期を調整することによって気筒内温度が上昇されるのに伴って、次の燃焼サイクルにおいて排気弁の閉弁時期を遅角させるようにして(負のオーバラップ期間の減少)、内部EGR量を減少させることで着火に必要な温度を維持しつつポンプ損失を低減させるようにしてもよい。所定負荷α以下では、制御の簡単化等のために、排気弁12の閉弁時期を固定するようにしてもよい。
【0056】
図6、図7の実施形態において、吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率を設定するようにしてもよい。また、図10,図11の実施形態において、吸気弁閉弁時期の進角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率を設定するようにしてもよい。
【0057】
吸排気弁11,12のリフト特性をVVL14及びVVT15の作動によって連続的に変更するようにしているが、これに限らず、リフト量及び位相角のいずれか一方は段階的に切換わるような構造としてもよい。また、吸排気弁11,12を個別に電磁アクチュエータによって開閉するような動弁機構を用いてもよいことは言うまでもない。燃料としては、ガソリンに限らず、メタノール、ガソリンとメタノールとの混合燃料、プロパン等、いわゆるに火花点火式エンジン(オットー式エンジン)において用いられている燃料ならば適宜のものを使用できる。スロットル弁22の開度を制御することによって負荷制御(吸入空気量制御)を行うものであってもよい。フローチャートに示す各ステップあるいはステップ群は、その機能を示す名称に手段の名称を付して表現することができる。勿論、本発明の目的は、明記されたものに限らず、利点あるいは好ましいとして表現されたものを提供することをも暗黙的に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、低負荷低回転側でHCCI燃焼を行うようにした例えばガソリンエンジンにおいて、予混合気の圧縮による自己着火の安定性を高め、且つ着火タイミングを最適化して、HCCI燃焼の領域を拡大することができる。
【符号の説明】
【0059】
A:エンジン制御装置
1 :エンジン
2:気筒
9:吸気ポート
11:吸気弁
12:排気弁
16:点火プラグ
18:噴インジェクタ(燃料噴射弁)
19:ポートインジェクタ(別のインジェクタ)
30:PCM

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の運転領域で排気行程途中から吸気行程途中にかけて吸気弁および排気弁が共に閉じている負のオーバラップ期間を形成するバルブタイミングを有し、吸気行程中に気筒内に燃料噴射を行ってピストンの圧縮作用により燃焼室内の混合気を自己着火で燃焼させる圧縮自己着火運転を行うエンジンの制御方法であって、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁の閉弁時期を、そのときのエンジン回転数において空気充填量が最大となるタイミングからのずれ量を増加させる、
ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、排気弁閉弁時期を進角させて前記負のオーバラップ期間を拡大させる、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁閉弁時期を吸気下死点後となる範囲において遅角させる、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記所定の運転領域のうちエンジン負荷が所定負荷以下のときは、排気弁閉弁時期の進角量の変化率を減少させる一方、吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率を増加させる、ことを特徴とする制御状態の制御方法。
【請求項5】
請求項4において、
吸気弁閉弁時期の遅角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率とを設定する、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項6】
請求項1または請求項2において、
前記所定の運転領域において、エンジン負荷が低いほど、吸気弁の閉弁時期を吸気下死点前となる範囲において進角させる、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項7】
請求項6において、
前記所定の運転領域のうちエンジン負荷が所定負荷以下のときは、排気弁閉弁時期の進角量の変化率を減少させる一方、吸気弁閉弁時期の進角量の変化率を増加させる、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項8】
請求項7において、
吸気弁閉弁時期の進角量の変化率の増加に応じて、排気弁開弁時期の進角量と吸気弁開弁時期の遅角量の減少率とを設定する、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、
前記所定の運転領域のうち所定負荷以下では、排気弁閉弁時期を固定する、ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項10】
請求項4ないし請求項9のいずれか1項において、
前記所定の運転領域において、排気行程中でかつ前記負のオーバラップ期間において少量の予備燃料を噴射し、
エンジン負荷が低いほど、前記予備燃料を増量すると共に、所定負荷以下では該予備燃料の増量の変化率を減少させる、
ことを特徴とするエンジンの制御方法。
【請求項11】
所定の運転領域で排気行程途中から吸気行程途中にかけて吸気弁および排気弁が共に閉じている負のオーバラップ期間を形成するバルブタイミングを有し、吸気行程中に気筒内に燃料噴射を行ってピストンの圧縮作用により燃焼室内の混合気を自己着火で燃焼させる圧縮自己着火運転を行うエンジンの制御装置であって、
エンジン負荷を検出する負荷検出手段と、
吸気弁の閉弁時期を変更する吸気弁閉弁時期変更手段と、
前記所定の運転領域において、前記負荷検出手段で検出されるエンジン負荷が低いほど、前記吸気弁閉弁時期変更手段を制御して、吸気弁の閉弁時期をそのときのエンジン回転数において空気充填量が最大となるタイミングからのずれ量が増加するように制御する制御手段と、
を備えていることを特徴とするエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−58372(P2011−58372A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205722(P2009−205722)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】