説明

レーザー蒸着装置

【課題】本発明は、レーザー蒸着する場合のターゲットの無駄を少なくして成膜コストの低減を図るとともに、成膜領域の熱分布を均等にして安定した膜質の薄膜を成膜することができるレーザー蒸着装置の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、レーザー光をターゲットの表面に照射し、該ターゲットから叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子をヒーターボックス内において巻回部材に支持された長尺基材表面に堆積させるレーザー蒸着装置であって、巻回部材間に複数列に分けて支持される長尺基材の幅方向の設置範囲に対応する幅のターゲットが設置され、該ターゲットの裏面側に該ターゲットよりも幅広のバッキングプレートが設置され、該ターゲットの幅方向両側に耐熱金属製のダミープレートが設置され、ダミープレートのバッキングプレート側に酸化物膜が形成されてなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光をターゲットに照射して、このターゲットの蒸着粒子を叩き出し若しくは蒸発させ、この蒸着粒子を基材上に堆積させることにより、酸化物超電導層等の薄膜を形成する際に好適に用いられ、特に、長尺基材を用いた酸化物超電導線材の生産性の効率化を図ることが可能なレーザー蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導体を導体として使用するためには、テープ状の長尺基材上に、結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を形成する必要があるが、一般には、金属テープ自体が多結晶体でその結晶構造も酸化物超電導体と大きく異なるために、金属テープ上に直接、結晶配向性の良好な酸化物超電導体の薄膜を形成させることは難しい。そこで、ハステロイテープなどの金属テープからなる長尺基材の上に、結晶配向性に優れたイットリア安定化ジルコニア(YSZ)などの中間層を形成し、この中間層上に、YBaCu系などの希土類系酸化物超電導体の薄膜を成膜する試みが行なわれており、この酸化物超電導体の薄膜を成膜する場合、レーザー蒸着法による薄膜の形成方法が採用されている。
【0003】
従来のレーザー蒸着法による薄膜の形成方法では、レーザー光をターゲットの表面上の経路に沿って往復移動させることにより走査するため、長時間成膜を行うと、レーザー光に偏心が生じることとなり、その結果、ターゲットから叩き出された蒸着粒子の飛行する方向が偏ってしまい、蒸着粒子を中間層上に均一に堆積させることができず、得られる薄膜の厚みや膜質や結晶配向性にバラツキが生じてしまい、臨界電流密度等の超電導特性が低下してしまう等の問題があった。
そこで、本出願人は、テープ状の基材表面に蒸着粒子を均一に堆積させることができるレーザー蒸着法による薄膜の形成方法として、テープ状の基材を蒸着粒子の堆積領域内を複数回通過させて、堆積領域を通過する度にテープ状の基材上に蒸着粒子を堆積させ、基材上に複数層からなる薄膜を成膜するための装置を提案している(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
前述の特許文献1に記載された装置では、テープ状の基材を蒸着粒子の堆積領域内を複数回通過させるための手段として、テープ状の基材を巻回するリール状の巻回部材を複数個同軸的に配列してなる一対の巻回部材群を処理容器内に対向配置し、これら一対の巻回部材群に巻回された基材を周回させて蒸着粒子の堆積領域内に複数列揃える構成として薄膜形成を行っている。この装置によれば、基材表面に複数層からなる薄膜を効率良く成膜することができるが、基材を周回させる際に基材から輻射熱が逃げやすく、基材の温度が不均一になり易いという問題があった。
そこで本出願人は、周回するテープ状の基材を保温用のヒーターボックスで囲み、ヒーターボックスの一部に開口を設け、この開口の下方にターゲットを配置し、このターゲットにレーザー光を照射し、ヒーターボックスの開口を介して蒸着粒子を基材側に飛来させて堆積することができる成膜装置を提案している。(特許文献2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−263227号公報
【特許文献2】特開2006−233266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図4に特許文献2に記載されている成膜装置の要部構成を示すが、水平に配置された銅製のバッキングプレート100の上面側にターゲット101が接着されるとともに、ターゲット101の上方にテープ状の基材102が複数配列された状態で往復走向されるようにレーン状に配列されていて、これらの基材102の全体をヒーターボックス103が覆うように配置されている。なお、実際の装置ではリール状の巻回部材を同軸位置に複数配置して巻回部材群を構成し、この巻回部材群を2つ対向配置してこれらの間に基材102を往復走向できるように架け渡すが、図4では往復走向できるように配列されている基材102のターゲット上の位置関係のみを示し、基材102を支持している巻回部材は記載を略している。
【0007】
図4に示すレーザー蒸着装置では、複数配列されて往復移動している基材102のそれぞれに蒸着粒子を堆積させるために、レーザー光を走査している。例えば、図4に示す如く複数配置されて往復移動している複数の基材102の端から端まで全域にターゲット粒子を飛ばすために、基材102に対向しているターゲット101の表面に対して矢印aに示す範囲に(往復移動している複数の基材102が構成する複数のレーンの端から端まで)レーザー光を走査しながらレーザー蒸着を行っている。レーザー光をターゲット101に照射するとターゲットから構成粒子が噴流となって叩き出されるか蒸発してプルームと称される噴流が生じるが、図4にレーザー光の照射位置に応じて炎型のプルームPが発生している状況を概念的に示す。
【0008】
しかしながら、図4に示すレーザー蒸着装置では、広い面積のターゲット101に対して基材102と対向する狭い領域のみにレーザー光を照射するので、基材102のレーン幅に相当するターゲットの中央部分(図4の矢印aに相当する幅の領域)しか使用しないことになり、ターゲットの大部分が無駄になり、酸化物超電導導体を製造する場合のコストアップの一因となっている。
そこで本発明者は、図5に示す如くレーザー光を照射するべき領域aのみに合わせた横幅のターゲット104を用い、このターゲット104をバッキングプレート100の中央部のみに取り付けてレーザー蒸着を行う試験を行い、酸化物超電導導体を製造したところ、得られた酸化物超電導導体の臨界電流密度が低下するなどの問題を生じた。
【0009】
これは、レーザー光をターゲットに集光照射してターゲットの構成粒子を叩き出すか蒸発させる際、レーザー光を照射していない領域にターゲットが存在していると、その位置のターゲットから輻射熱が発生して成膜雰囲気に熱を与え、温度分布を整えるが、レーザー光を照射していない領域にターゲットではなく、バッキングプレート100が存在していると、バッキングプレート100は水冷されていて温度が低いのでターゲットが存在している場合と比べて輻射熱の発生状況が大きく異なることになるので、熱分布のばらつきが大きくなり、これが原因となってテープ状の基材102の表面温度が中央のレーン側と端のレーン側で大きく異なる結果、酸化物超電導層の生成に影響を及ぼしたものと思われる。
【0010】
本発明は、レーザー蒸着する場合のターゲットの無駄を少なくして成膜コストの低減を図るとともに、成膜領域の熱分布を均等にして安定した膜質の薄膜を成膜することができるレーザー蒸着装置の提供を目的とする。
本発明は、レーザー蒸着により酸化物超電導層を長尺の基材上に成膜する場合、高価なターゲットの無駄を少なくして酸化物超電導層の成膜コストの低減を図るとともに、成膜領域の熱分布を均等にして安定した膜質の超電導層を成膜することができるレーザー蒸着装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために以下の構成を有する。
本発明は、長尺基材を収容する処理容器と、該処理容器内に配置され前記長尺基材を囲んで保温する開口付きヒーターボックスと、該ヒーターボックスの開口に隣接して設けられたターゲットホルダと、該ターゲットホルダに保持されるターゲットにレーザー光を照射するレーザー光発光手段と、前記処理容器内に設けられて前記長尺基材をレーン状に複数列に分けて巻回支持する複数の巻回部材とを備え、前記レーザー光を前記ターゲットの表面に照射し、該ターゲットから叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子を前記ヒーターボックス内において前記巻回部材に支持された長尺基材表面に堆積させるレーザー蒸着装置であって、前記巻回部材間に複数列に分けて支持される長尺基材の幅方向の設置範囲に対応する幅のターゲットが設置され、該ターゲットの裏面側に該ターゲットよりも幅広のバッキングプレートが設置され、該ターゲットの幅方向両側に前記バッキングプレートに支持された耐熱金属製のダミープレートが設置されるとともに、前記ダミープレートの前記バッキングプレート側に酸化物膜が形成されてなることを特徴とする。
【0012】
本発明は、前記ダミープレートが光反射性の耐熱金属製のダミープレートであることを特徴とする。
本発明は、前記ターゲットが酸化物超電導体用材料であり、前記薄膜が酸化物超電導薄膜であることを特徴とする。
本発明は、前記巻回部材が複数個同軸的に配列されて巻回部材群とされ、この巻回部材群が少なくとも一対前記ヒーターボックス内に対向配置され、前記長尺基材がこれらの巻回部材群を複数周回することにより複数のレーン状に配列されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明装置によれば、ヒーターボックス内の巻回部材間に複数列に分けて支持される長尺基材の幅方向の設置範囲に対応する幅のターゲットを設置してレーザー蒸着するので、従来よりも幅の狭い小型のターゲットを用いることができ、ターゲットの単価を下げることができるので、成膜コストを削減できる。特に生成するものが酸化物超電導層などのようにターゲットが高価な膜を製造する場合、ターゲットコストの削減は超電導導体の製造時のコストダウンに寄与する。
また、ターゲットの幅方向両側に耐熱金属製のダミープレートを設置するので、ターゲットからの輻射熱とダミープレートからの輻射熱を両方利用し熱バランスを図った上で基材にレーザー蒸着することができるので、複数列に分けて支持した基材のいずれの列においても温度を均等化して温度差の無い状態で均質な膜質で成膜することができる。例えば、レーザー蒸着により成膜するものが酸化物超電導層の場合、臨界電流密度などの超電導特性が劣化していない高特性の酸化物超電導導体の製造を低コストで実現できる。
【0014】
また、ダミープレートのバッキングプレート側に酸化物膜を形成しておくことでバッキングプレートを冷却して使用する場合、酸化物膜が熱伝導を抑制し、バッキングプレートによってダミープレートの温度が必要以上に下がることを抑制できるので、ダミープレートが基材側に与える輻射熱をターゲットが基材側に与える輻射熱とバランスさせることができる結果、長尺基材側の熱分布の乱れを抑制することができ、これにより特性を均一化した膜を成膜できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は本発明に係る第1実施形態のレーザー蒸着装置の要部を示す構成図。
【図2】図2は同レーザー蒸着装置の全体構成を示す構成図。
【図3】図3は同レーザー蒸着装置の全体構成を示す斜視図。
【図4】図4は従来のレーザー蒸着装置の要部を示す構成図。
【図5】図5は従来のレーザー蒸着装置の一部を改良した状態を示す構成図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態について、以下説明する。
図1〜図3は、本発明のレーザー蒸着装置の第1実施形態を示す図であり、図1(A)はレーザー蒸着装置の要部構成図、図2はこのレーザー蒸着装置10の側面図、図3はこのレーザー蒸着装置10の斜視図である。
なお、本実施形態では、図1(B)に示すように、テープ形状の金属基材2上に中間層3とキャップ層4を形成してなる長尺基材12に対し、本発明に係るレーザー蒸着装置10により酸化物超電導層6を形成してなる酸化物超電導導体Aを製造する場合を例にして説明する。
【0017】
<金属基材>
上述の酸化物超電導導体Aの一部を構成する長尺のテープ状の金属基材2を構成する材料としては、強度及び耐熱性に優れた、Cu、Ni、Ti、Mo、Nb、Ta、W、Mn、Fe、Ag等の金属又はこれらの合金を用いることができる。特に、好ましいのは、耐食性及び耐熱性の点で優れているステンレス、ハステロイ、その他のニッケル系合金である。あるいは、これらに加えてセラミック製の基材、非晶質合金の基材などを用いても良い。
<中間層>
中間層3は、IBAD法などによって形成された蒸着膜であり、金属基材2と酸化物超電導層6との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能するとともに、この上に形成されるキャップ層4の配向性を制御する配向制御膜として機能する。このような中間層3の材料としては、例えば、イットリア安定化ジルコニウム(YSZ)、MgO、SrTiO、GdZr等を単層あるいは複層化して適用する例を挙げることができる。
【0018】
<キャップ層>
キャップ層4は、その上に設けられる酸化物超電導層6の配向性を制御する機能を有し、中間層3の表面に対してエピタキシャル成長し、横方向(面方向)に粒成長(オーバーグロース)して、結晶粒が面内方向に選択成長するという過程を経て成膜されたものであるものが好ましく、例えば、CeO、Y、Al等を用いることができる。
<酸化物超電導層>
酸化物超電導層6の材料としては、RE−123系酸化物超電導体(REBaCu7−X:REはY、La、Nd、Sm、Eu、Gd等の希土類元素)を用いることができる。RE−123系酸化物として好ましいのは、Y123(YBaCu7−X)又はGd123(GdBaCu7−X)等であるが、その他の酸化物超電導体を用いることができるのは勿論である。
【0019】
<レーザー蒸着装置>
本実施形態のレーザー蒸着装置10は、長尺基材12を収容する処理容器11と、該処理容器11内に配置され長尺基材12を囲んで保温する開口付きのヒーターボックス13と、該ヒーターボックス13の開口14に隣接して設けられたターゲットホルダ16と、該ターゲットホルダ16に保持されるターゲット15にレーザー光18を照射するレーザー光発光手段17とを備えて構成され、レーザー光18をターゲット15の表面に照射し、該ターゲット15から叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子の噴流(以下、プルーム19と記す。)をヒーターボックス13内の長尺基材12の表面に向けて蒸着粒子を堆積させることができる。
【0020】
前記処理容器11内には、長尺基材12が巻回された送出リール20と、酸化物超電導層6の成膜を終えた酸化物超電導導体28を収納する巻取リール21が設けられている。これらの送出リール20と巻取リール21との間に設けられたヒーターボックス13内には、長尺基材12を巻回するリールなどの巻回部材を複数個同軸的に配列してなる一対の巻回部材群22、23が離間して対向配置され、これら一対の巻回部材群22、23に巻回された長尺基材12が、これらの巻回部材群22、23を周回することにより、蒸着粒子の堆積領域内にて複数列レーンを構成するように配置されている。
【0021】
これらの巻回部材群22、23を収容しているヒーターボックス13は、内壁面に複数個のヒータ(図示略)が設けられ、これらのヒータに通電することで、長尺基材12を均一に加熱し保温できるようになっている。また、ヒーターボックス13の底面部中央には、ターゲット15の表面で生じたプルーム19をヒーターボックス13内に導入するための開口14が穿設されている。
【0022】
この開口14の近傍(下方)には、ターゲット15を固定したバッキングプレート16が、ヒーターボックス13の開口14に対し平行な面に沿って往復移動可能に設けられている。なお、バッキングプレート16には水冷のための水路やその他の配管等が付設されてターゲットホルダとして構成されているが、本明細書の図2、図3ではこれらを略記してバッキングプレート16のみを描いている。
このバッキングプレート16は巻回部材群22、23に複数回巻回されてターゲット15上に複数列のレーン(図1(A)では5レーンの場合を例示した)を構成するように配置された長尺基材12に対し、長尺基材12が構成する全レーンの幅bの3倍程度の幅に形成されている。そして、このバッキングプレート16の中央部に、長尺基材12が構成する全レーンの幅bと同程度の幅のターゲット15が装着されるとともに、ターゲット15の幅方向両側のバッキングプレート16上にターゲット15と同程度の幅のダミープレート30が装着されている。
【0023】
このダミープレート30は、光反射性を有し、紫外線吸収率が低く、レーザー光18の吸収率が低く、レーザー光18によって熱を受け難い耐熱性、耐酸化性の金属材料から構成されている。このような条件を満足する金属材料としてダミープレート30は、例えば、ステンレス鋼、Ni合金のハステロイ、インコネル、銀、金、白金などからなることが好ましい。ダミープレート30はヒーターボックス13側からの加熱を受けるとともに、バッキングプレート16側からの冷却を受けるので、これらから温度差を受けても割れ難い前述の材料からなることが好ましい。
ダミープレート30の厚さはターゲット30と同程度であることが好ましく、例えばターゲット15が5mm厚程度であれば、5mm程度の厚さとすることができる。前述の材料からなり、この程度の厚さがあれば、前述の如く加熱と冷却を受けても割れることがなく、仮にレーザー光が当たっても殆ど紫外線の吸収が無く、表面から粒子が蒸発することもないので、ダミープレート30を構成する粒子が長尺基材12側に飛び出すこともなく、生成しようとする酸化物超電導層側に不要元素の混入を起こすこともない。
【0024】
また、ダミープレート30の裏面側には、酸化物膜31が形成されている。この酸化物膜31は断熱性を有するものが好ましく、Al層、SiO、ZrOなどからなることが好ましい。この酸化物層31は、バッキングプレート16とダミープレート30との間に介在されて熱伝導を抑制する作用を奏する材料からなることが好ましく、前述の材料からなり、厚さ100μm〜10000μm程度であることが好ましい。
【0025】
バッキングプレート16上に設置されたターゲット15は、形成しようとする超電導層6と同等または近似した組成、あるいは、成膜中に逃避しやすい成分を多く含有させた複合酸化物の焼結体あるいは酸化物超電導体などの板材からなっている。従って、酸化物超電導体のターゲット15は、GdBaCu、YBaCuなる組成などに代表される目的の酸化物超電導体と同一の組成か近似した組成のものを用いることが好ましい。
【0026】
このターゲット15にレーザー光18を照射するレーザー光発光手段17としては、ターゲット15から蒸着粒子を叩き出すことができるレーザー光18を発生するものであれば、Ar−F(193nm)、Kr−F(248nm)などのエキシマレーザ、YAGレーザー、CO2レーザーなどのいずれのものを用いても良い。レーザー光発光手段17から照射されるレーザー光18は、処理容器11の適当な位置に設けられている図示していない透明窓から該容器内に入り、ターゲット15の表面に照射される。レーザー光発光手段17と前記透明窓の間には、必要に応じて図示していない反射ミラーや集光レンズ等の光学系が設けられる。
レーザーの照射出力の調整は、レーザー光発光手段17に電力を供給する増幅装置(図示略)の出力を調整することにより行うことができる。また、レーザーの照射周波数は、1秒間当たりに間欠的に発振されるレーザーのパルスの数を示すものであり、この調整は、レーザー光発光手段17に電力を一定の周波数をもって間欠的に供給するか、レーザー光18が通過する経路のどこかに、回転セクタ等の機械的シャッタを設け、この機械的シャッタを一定の周波数をもって作動させることにより、調整することができる。
【0027】
図1〜図3に示す構成のレーザー蒸着装置10を用いて長尺基材12の上に酸化物超電導層6を成膜するには、送出リール20に巻回されている長尺基材12を引き出しながら、ヒーターボックス13内に導入し、その内部に収容されている一対の巻回部材群22、23に順次巻回し、その後先端側をヒーターボックス13から導出し、巻取リール21に巻き取り可能に取り付ける。
これによって、一対の巻回部材群22、23に巻回された長尺基材12がこれらの巻回部材群22、23を周回し、開口14に望む位置において複数列並んで移動するようになる。また、この開口14に隣接したバッキングプレート16上にターゲット15とダミープレート30を設置する。その後、排気装置24を駆動し、処理容器11内を減圧する。この際、必要に応じて処理容器11内に酸素ガスを導入して容器内を酸素雰囲気としても良い。
【0028】
長尺基材12を前述したようにセットした後、ターゲット15にレーザー光18を照射して成膜を開始するよりも前の適当な時に、ヒーターボックス13の内壁に設けられたヒータに通電してヒーターボックス13内の長尺基板12と一対の巻回部材群22、23を全体的に加熱し、一定温度に保温しておくことが好ましい。ヒーターボックス13内の長尺基材12の温度制御は、ヒーターボックス13内の適所に複数の温度センサを設置しておき、ヒーターボックス13内の長尺基材12の温度が均一になるように複数のヒータを個別にON/OFF制御することなどによって行うことが好ましい。
【0029】
次に、送出リール20から長尺基材12を送り出しつつ、レーザー光発光手段17からレーザー光18を発生させ、透明窓を通してレーザー光18を処理容器11内に導入し、ターゲット15に照射する。この時、レーザー光18の照射位置をターゲット15の表面上で移動させる走査を後述の如く行いながらレーザー光18をターゲット15に照射する。また、ターゲット15は、図示していないターゲット移動機構によって、開口4に対して平行な面に沿って往復移動させる。これにより、異なる場所のターゲット15の蒸着粒子が叩き出されるか蒸発する。
ターゲット15から叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子は、その放射方向の断面積が拡大したプルーム19となり、ヒーターボックス13に穿設された開口14からヒーターボックス13内に導入される。この開口14近傍には、長尺基材12が複数列並んで移動している。ヒーターボックス13内にプルーム19を導入することで、開口14近傍を複数列並んで移動している長尺基材12の表面に、蒸着粒子を堆積させることができ、長尺基材12がこれらの巻回部材群22、23を周回する間に、酸化物超電導層6が繰り返し成膜され、必要な厚さに積層される。酸化物超電導層6の成膜後、得られた酸化物超電導導体Aは、ヒーターボックス13から導出され、巻取リール21に巻き取られる。
【0030】
前述の如くレーザー光18をターゲット30に照射してプルーム19を発生させる際、レーン状に複数配列した長尺基材12の個々に可能な限り均一の酸化物超電導層6を長尺基材12の全長にわたり成膜するために、図1(A)に示す如くレーザー光18をターゲット15の幅方向に全幅にわたり順次走査し、ターゲット15の全幅の複数の部分から順次プルーム19を発生させて成膜し、長尺基材12の全長に対応できるように長時間の成膜を行う。また、ターゲット30をバッキングプレート16とともに図2の矢印方向に往復移動することにより、ターゲット30の幅方向に対し直角方向の全域にもレーザー光18を照射することで、結果的にターゲット30の表面全域から順次プルーム19を発生させてターゲットの粒子を叩き出すか蒸発させることができる。
このレーザー光18の走査とターゲット移動を行っている間、レーザー光18はターゲット15の両端部側においてダミープレート30の近傍側にも照射され、場合によっては走査されたレーザー光18がダミープレート30の端部に到達することもあるが、ダミープレート30は光反射性かつレーザー光18の吸収率が低い金属材料から構成されているので、ダミープレート30の構成粒子が叩き出されることが無く、蒸発されることもない。従って、ダミープレート30の構成元素が酸化物超電導層6に混入することがない。具体例としてステンレス鋼製のダミープレート30であるならばレーザー光の吸収性が低く、レーザー光を照射しても表面から粒子発生などは生じ難い。
【0031】
また、ダミープレート30はバッキングプレート16側から冷却されるとともに、ヒーターボックス13側から加熱されるが、ダミープレート30は耐熱金属製であるので、割れるおそれはない。更に、バッキングプレート16側からの冷却があっても、ダミープレート30の裏面側に酸化物層31が形成されていて、熱伝達が抑制されているので、ダミープレート30が過剰に冷却されることが無く、ヒーターボックス13側のヒータから加熱されているダミープレート30からの輻射熱はターゲット30と同程度発生するので、開口14近傍において複数列並んで移動している長尺基材12に均等に輻射熱を与える結果、並列移動中の長尺基材12のいずれの部分に対しても輻射熱を均等化できる。これにより、ダミープレート30が無く、バッキングプレート16が露出されている場合よりも長尺基材12に均等に輻射熱を与えることができる結果、均一加熱状態で酸化物超電導層6を成膜できるので、特性の良好な均質な酸化物超電導層6を成膜することができる。
【実施例】
【0032】
幅10mm、厚さ0.1mm、長さ10mのハステロイ製の金属基材の表面にイオンビームアシストスパッタ法とイオンビームスパッタ法により厚さ500μmのMgO中間層を形成後、レーザー蒸着法によりCeOのキャップ層を成膜したものを長尺基材として用いた。
次に、図1〜図3に示す構成のレーザー蒸着装置により、長尺基材の表面にGdBaCuからなる厚さ1μmの酸化物超電導層を成膜した。
【0033】
ターゲットはGdBaCuの組成の板状(縦横:150mm×100mm:厚さ5mm)の酸化物ターゲットを用い、この酸化物ターゲットの両脇のバッキングプレート上に同一サイズのステンレス鋼製の厚さ5mmのダミープレートを設置し、レーザー蒸着に供した。ダミープレートの裏面側には、厚さ1μmのAl層を溶着法により被覆したものを用いた。
次に、中央の酸化物ターゲットと両側のダミープレートを配置する構造において、ダミープレートの裏面側に形成するAl層の膜厚を10μm、100μm、1000μm、10000μmとしたダミープレートをそれぞれ作製し、それぞれを使用した場合のレーザー蒸着も行い、酸化物超電導導体を製造した。
【0034】
また、比較のために、酸化物ターゲットとその両側のダミープレートを含む大きさのGdBaCu組成の板状ターゲットを用いて同様にレーザー蒸着を行った。同様に比較のために、ダミープレートの代わりに同一サイズのGdBaCu組成の板状ターゲットを用いて同様にレーザー蒸着を行い、ダミープレートを略して酸化物ターゲットのみをバッキングプレート中央部に設置してレーザー蒸着を行った。
【0035】
以上のレーザー蒸着により成膜時、ヒーターボックス内の長尺基材の表面温度を測定し、温度分布差を測定し、使用限界時間を計測した。また、得られた酸化物超電導導体の臨界電流密度(Jc)を測定した。
【0036】
【表1】

【0037】
表1において全部Gd123とは、酸化物ターゲットとその両側のダミープレートを含む大きさのGdBaCu組成の板状ターゲットを用いた場合を示し、両側Gd123とは、ダミープレートの代わりに同一サイズのGdBaCu組成の板状ターゲットをバッキングプレートに接合することなく単に設置した場合を示している。また、各試験においてステンレス鋼製のダミープレートはバッキングプレート上に単に載せているのみである。
表1に示す結果から、バッキングプレート全体にGdBaCu組成の板状ターゲットを接合した場合は、ターゲット割れは問題にならず、使用限界の40時間の成膜が可能となる。また、この場合は温度分布差は少なく高特性の酸化物超電導層を生成することはできるが、コスト高になってしまう。即ち、成膜するものが希土類系酸化物超電導層であり、ターゲットは元々高価であり、この高価なターゲットの中央部分しか消費しないので製造コスト面では不利となる。
これに対して、バッキングプレートの中央部に接合したターゲットの両脇にGdBaCu組成の板状ターゲットを単に設置した場合、ヒートショックにより短時間でダミープレートが割れてしまい、ダミープレートとしての役割を果たさなくなった。更に、バッキングプレートの中央部のみにターゲットを配置し、その両側にバッキングプレートを露出させた場合は、輻射率の違いによりレーン毎の長尺基材の温度分布差が大きくなり、結果的に得られた酸化物超電導導体の臨界電流密度(Jc値)が低くなった。
【0038】
次に、本発明に従い、ステンレスプレートをダミープレートとして設置した試料は、Al層が100μm以上であれば、温度分布差が小さく、Jc値が高く、使用時間も長くなることが判明した。なお、Al層が10μm以下の試料はバッキングプレート間の熱伝導を抑制できず、輻射率が下がり、温度分布が良くならないので、Jc値が低下したものと思われる。
なお、Al層の膜厚については、ヒートショックの影響を受けやすくなり、剥離によってダミープレートとしての役割を果たさなくなるが、10000μm厚の試料であっても全部Gd123の試料よりは使用限界が向上した。なお、Al層が剥離すると、生成する酸化物超電導層側への不要元素の拡散が問題となるおそれがある。
以上の結果から、長尺基材の成膜領域に対応した幅のターゲットを用い、そのターゲットの両側に、酸化物層を裏打ちしたダミープレートを設けた場合の方が、ターゲット単価を安くすることができ、しかも蒸着時間も長くすることができる。また、ダミープレート裏面に設ける酸化物層の厚さを最適化することにより、成膜コストを下げ、レーザー蒸着時間を長くできる上に、超電導特性の低下も生じない超電導導体の製造が可能なレーザー蒸着装置を提供できることが判明した。
【符号の説明】
【0039】
A…酸化物超電導導体、2…金属基材、3…中間層、4…キャップ層、6…酸化物超電導層、11…処理容器、12…長尺基材、10…レーザー蒸着装置、13…ヒーターボックス、14…開口、15…ターゲット、16…バッキングプレート、17…レーザー発光手段、18…レーザー光、19…プルーム、22、23…巻回部材群、30…ダミープレート、31…酸化物層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長尺基材を収容する処理容器と、該処理容器内に配置され前記長尺基材を囲んで保温する開口付きヒーターボックスと、該ヒーターボックスの開口に隣接して設けられたターゲットホルダと、該ターゲットホルダに保持されるターゲットにレーザー光を照射するレーザー光発光手段と、前記処理容器内に設けられて前記長尺基材をレーン状に複数列に分けて巻回支持する複数の巻回部材とを備え、
前記レーザー光を前記ターゲットの表面に照射し、該ターゲットから叩き出され若しくは蒸発した蒸着粒子を前記ヒーターボックス内において前記巻回部材に支持された長尺基材表面に堆積させるレーザー蒸着装置であって、
前記巻回部材間に複数列に分けて支持される長尺基材の幅方向の設置範囲に対応する幅のターゲットが設置され、該ターゲットの裏面側に該ターゲットよりも幅広のバッキングプレートが設置され、該ターゲットの幅方向両側のバッキングプレート上に耐熱金属製のダミープレートが設置されるとともに、前記ダミープレートの前記バッキングプレート側に酸化物膜が形成されてなることを特徴とするレーザー蒸着装置。
【請求項2】
前記ダミープレートが光反射性の耐熱金属製のダミープレートであることを特徴とする請求項1に記載のレーザー蒸着装置。
【請求項3】
前記ターゲットが酸化物超電導体用材料であり、前記薄膜が酸化物超電導薄膜であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のレーザー蒸着装置。
【請求項4】
前記巻回部材が複数個同軸的に配列されて巻回部材群とされ、この巻回部材群が少なくとも一対前記ヒーターボックス内に対向配置され、前記長尺基材がこれらの巻回部材群を複数周回することにより複数のレーン状に配列されてなることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載のレーザー蒸着装置。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−1616(P2011−1616A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−146992(P2009−146992)
【出願日】平成21年6月19日(2009.6.19)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】