説明

内燃機関の燃料噴射制御装置

【課題】筒内噴射式エンジンにおいて、アルコール燃料(アルコール100%又はアルコールを含む混合燃料)を使用した場合の低温始動性を向上させる。
【解決手段】燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の場合には、噴射燃料が気化し難いと判断して、始動時目標燃圧を燃料のアルコール濃度と冷却水温に応じた適正値に設定し、エンジン11を始動する際に高圧ポンプ31により実燃圧を始動時目標燃圧付近に上昇させてから燃料噴射弁21の燃料噴射を開始する。燃料噴射開始後は、燃料噴射弁21で高圧の燃料を筒内に直接噴射するが、エンジン始動中及びエンジン始動後の所定期間に、圧縮行程で燃料を噴射する圧縮行程噴射を実行することで、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くして、多くの噴射燃料が筒内壁面やピストン等に付着する前に燃焼を開始して噴射燃料の気化を促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筒内噴射用の燃料噴射弁を備えた内燃機関の燃料噴射制御装置に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
近年、CO2 排出量削減、石油代替燃料の活用等の社会的要請から、燃料として、ガソリン、アルコール(エタノールやメタノール等)、ガソリンにアルコールを混合したアルコール混合燃料をいずれも使用可能な内燃機関を搭載した自動車の需要が増加してきている。しかし、アルコールは、ガソリンに比べて、気化潜熱が大きく、低温時に気化し難くなるため、アルコール燃料(アルコール100%又はアルコールを含む混合燃料)を使用した場合に、内燃機関の低温始動性が悪化するという問題がある。
【0003】
この対策として、特許文献1(特開2006−214415号公報)に記載されているように、吸気通路噴射用の燃料噴射弁と筒内噴射用の燃料噴射弁の両方を備えたデュアル噴射式の内燃機関において、燃料のアルコール濃度が所定値以上で且つ内燃機関の温度(例えば冷却水温)が所定値以下のときに、吸気通路噴射用の燃料噴射弁の燃料噴射を停止して、筒内噴射用の燃料噴射弁で高圧の燃料を筒内に直接噴射することで、噴射燃料を微粒化して気化し易くするようにしたものがある。
【0004】
また、特許文献2(特開平4−214965号公報)に記載されているように、吸気通路噴射式の内燃機関において、燃料の温度と内燃機関の温度のうちの低い方の温度を、燃料のアルコール濃度に基づいて設定した始動可能判定温度と比較して、始動可能か否かを判定し、始動困難と判定された場合に、吸気通路に配置したヒータで噴射燃料を加熱して気化し易くするようにしたものもある。
【0005】
一般に、筒内噴射式の内燃機関は、カム軸で駆動される高圧ポンプにより燃料を高圧にして燃料噴射弁に供給するため、内燃機関の始動時に燃圧(燃料圧力)が始動に適した高燃圧領域に上昇するまでには暫く時間がかかる。そこで、特許文献3(特開2003−328816号公報)に記載されているように、内燃機関を始動する際に高圧ポンプにより燃圧を始動に適した設定燃圧に上昇させてから燃料噴射を開始する昇圧始動制御を行うようにしたものがある。
【特許文献1】特開2006−214415号公報
【特許文献2】特開平4−214965号公報
【特許文献3】特開2003−328816号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、アルコールの理論空燃比は、ガソリンの理論空燃比よりも小さいため、アルコール燃料を使用した場合には、燃料噴射量を増加させる必要がある。上記特許文献1の技術では、燃料のアルコール濃度が所定値以上で且つ内燃機関の温度が所定値以下のときに、筒内噴射用の燃料噴射弁で燃料を筒内に直接噴射するようにしているが、アルコール燃料を使用した場合には、燃料噴射量を増加させる必要があるため、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間が長いと、多くの噴射燃料が筒内壁面やピストン等に付着した後に燃焼が開始される可能性がある。このため、筒内壁面やピストン等に付着するウエット燃料が増加して、低温始動性が悪化する可能性があると共に、ウエット燃料が筒内壁面とピストンの隙間からオイルパンに流れ落ちる量が増加してエンジンオイルがアルコール燃料で稀釈されて劣化する可能性がある。
【0007】
また、上記特許文献2の技術では、噴射燃料を加熱するヒータを設ける必要があるため、近年の重要な技術的課題である低コスト化の要求を満たすことができないという欠点がある。
【0008】
また、上記特許文献3の技術では、筒内噴射式の内燃機関において、内燃機関を始動する際に高圧ポンプにより燃圧を始動に適した設定燃圧に上昇させてから燃料噴射を開始する昇圧始動制御を行うようにしているが、アルコール燃料の使用を想定しておらず、燃料のアルコール濃度や内燃機関の温度によって燃料の気化特性が変化して始動に適した燃圧が変化することが全く考慮されていないため、アルコール燃料を使用するシステムに適用した場合に、噴射燃料を十分に微粒化することができず、低温始動性が悪化する可能性がある。
【0009】
本発明は、これらの事情を考慮してなされたものであり、従って本発明の目的は、低コスト化の要求を満たしながら、アルコール燃料を使用した場合の低温始動性を向上させることができる内燃機関の燃料噴射制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、筒内噴射用の燃料噴射弁を備えた内燃機関の燃料噴射制御装置において、燃料噴射弁に供給される燃料のアルコール濃度をアルコール濃度判定手段により検出又は推定すると共に、内燃機関の温度又はこれに関連性のある情報(以下これらを「機関温度等」という)を機関温度判定手段により検出又は推定し、始動噴射制御手段によって、燃料のアルコール濃度が所定値以上で且つ機関温度等が所定値以下の場合に内燃機関の始動中及び/又は始動後の所定期間に燃料噴射弁の燃料噴射終了時期を圧縮行程に設定するようにしたものである。
【0011】
この構成では、筒内噴射用の燃料噴射弁で高圧の燃料を筒内に直接噴射することで、噴射燃料を微粒化して気化し易くすることができるが、燃料のアルコール濃度が所定値以上で且つ機関温度等(例えば冷却水温)が所定値以下の場合には、噴射燃料が気化し難いと判断して、内燃機関の始動中や始動後の所定期間に、燃料噴射終了時期を圧縮行程に設定して、主に圧縮行程で燃料を噴射することができるため、吸気行程で燃料を噴射する場合に比べて、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くして、多くの噴射燃料が筒内壁面やピストン等に付着する前に燃焼を開始して噴射燃料の気化を促進させることができる。これにより、アルコール燃料(アルコール100%又はアルコールを含む混合燃料)を使用した場合でも、筒内壁面やピストン等に付着するウエット燃料を減少させることができ、低温始動性を向上させることができると共に、ウエット燃料が筒内壁面とピストンの隙間からオイルパンに流れ落ちる量を減少させることができて、エンジンオイルの稀釈化を少なくすることができる。しかも、噴射燃料を加熱するヒータ等を設ける必要がないため、近年の重要な技術的課題である低コスト化の要求を満たすことができる。
【0012】
一般に、燃料のアルコール濃度が高くなるほど燃料が気化し難くなると共に、内燃機関の温度が低くなるほど燃料が気化し難くなるため、請求項2のように、燃料のアルコール濃度が高くなるほど及び/又は機関温度等が低くなるほど燃料噴射弁の燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けるようにすると良い。このようにすれば、燃料が気化し難くなる条件になるほど、燃料噴射時期を圧縮上死点(つまり点火時期付近)に近付けて、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くすることができ、ウエット燃料の低減効果を高めることができる。
【0013】
また、請求項3のように、高圧ポンプで燃料を高圧にして筒内噴射用の燃料噴射弁に供給する内燃機関の燃料噴射制御装置において、燃料噴射弁に供給される燃料のアルコール濃度をアルコール濃度判定手段により検出又は推定すると共に、内燃機関の温度又はこれに関連性のある情報(以下これらを「機関温度等」という)を機関温度判定手段により検出又は推定して、燃料噴射弁に供給される燃料の圧力(以下「燃圧」という)を燃圧検出手段により検出し、燃料のアルコール濃度と機関温度等に応じて始動時目標燃圧を始動時目標燃圧設定手段により設定して、内燃機関を始動する際に始動時目標燃圧と燃圧検出手段で検出した燃圧との差が所定値以下になるまで燃料噴射弁の燃料噴射を噴射禁止手段により禁止するようにしても良い。
【0014】
この構成では、内燃機関を始動する際に高圧ポンプにより燃圧を始動時目標燃圧に上昇させてから燃料噴射を開始することができる。その際、本発明では、燃料のアルコール濃度と機関温度等に応じて始動時目標燃圧を設定することができるため、燃料のアルコール濃度や内燃機関の温度によって燃料の気化特性が変化して始動に適した燃圧が変化するのに対応して、始動時目標燃圧を適正な燃圧に設定することができる。これにより、アルコール燃料を使用した場合でも、噴射燃料を十分に微粒化して気化を促進することができ、低温始動性を向上させることができる。
【0015】
この場合、請求項4のように、燃料のアルコール濃度が高くなるほど及び/又は機関温度等が低くなるほど始動時目標燃圧を高くするようにすると良い。このようにすれば、燃料が気化し難くなる条件になるほど、始動時目標燃圧を高くして、噴射燃料を更に微粒化することができ、噴射燃料の気化促進効果を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための最良の形態を具体化した一実施例を説明する。
まず、図1に基づいてエンジン制御システム全体の概略構成を説明する。
筒内噴射式の内燃機関である筒内噴射式エンジン11の吸気管12の最上流部には、エアクリーナ13が設けられ、このエアクリーナ13の下流側に、モータ14によって開度調節されるスロットルバルブ15と、このスロットルバルブ15の開度(スロットル開度)を検出するスロットル開度センサ16とが設けられている。
【0017】
更に、スロットルバルブ15の下流側には、サージタンク17が設けられ、このサージタンク17に、エンジン11の各気筒に空気を導入する吸気マニホールド18が設けられている。また、スロットルバルブ15の上流側に、吸気温を検出する吸気温センサ19が設けられ、スロットルバルブ15の下流側に、吸気管圧力を検出する吸気管圧力センサ20が設けられている。
【0018】
エンジン11の各気筒には、それぞれ燃料を筒内に直接噴射する燃料噴射弁21が取り付けられている。また、エンジン11のシリンダヘッドには、各気筒毎に点火プラグ22が取り付けられ、各点火プラグ22の火花放電によって筒内の混合気に着火される。一方、エンジン11の排気管23には、排出ガスを浄化する三元触媒等の触媒24が設けられている。
【0019】
また、エンジン11のシリンダブロックには、冷却水温(エンジン温度の情報)を検出する冷却水温センサ25(機関温度判定手段)や、クランク軸が所定クランク角回転する毎にパルス信号を出力するクランク角センサ26が取り付けられ、このクランク角センサ26の出力信号に基づいてクランク角やエンジン回転速度が検出される。更に、アクセルセンサ27によってアクセル操作量(アクセルペダルの踏込量)が検出される。
【0020】
エンジン11は、燃料として、ガソリン、アルコール(エタノールやメタノール等)、ガソリンにアルコールを混合したアルコール混合燃料をいずれも使用可能であり、これらのガソリン、アルコール、アルコール混合燃料のいずれかを給油してエンジン11に供給するようになっている。燃料を貯溜する燃料タンク28には、燃料を汲み上げる低圧ポンプ29が設置されている。この低圧ポンプ29は、バッテリ(図示せず)を電源とする電動モータ(図示せず)によって駆動される。この低圧ポンプ29から吐出される燃料は、燃料配管30を通して高圧ポンプ31に供給される。この高圧ポンプ31は、エンジン11のカム軸によって駆動される。高圧ポンプ31から吐出される燃料は、デリバリパイプ32に送られ、このデリバリパイプ32から各気筒の燃料噴射弁21に高圧の燃料が分配される。デリバリパイプ32には、デリバリパイプ32内の燃圧(燃料圧力)を検出する燃圧センサ33(燃圧検出手段)が設けられている。
【0021】
また、デリバリパイプ32には、リリーフ弁34が設けられ、このリリーフ弁34の排出ポートがリターン配管35を介して燃料タンク28に接続されている。リリーフ弁34は、開閉状態を制御可能な電磁駆動式であり、リリーフ弁34の閉弁時には、デリバリパイプ32内の燃圧が保持される。そして、リリーフ弁34が開弁されると、デリバリパイプ32内の燃料の一部がリターン配管35を通して燃料タンク28に戻されて、デリバリパイプ32内の燃圧が低下する。
【0022】
また、燃料タンク28から燃料噴射弁21までの燃料供給系の適宜の箇所に、燃料のアルコール濃度を検出するアルコール濃度センサ36(アルコール濃度判定手段)が設けられている。本実施例では、低圧ポンプ29と高圧ポンプ31とを接続する燃料配管30に、アルコール濃度センサ36が設けられている。このアルコール濃度センサ36は、どのような方式のアルコール濃度センサを用いても良く、例えば、燃料の誘電率に応じた静電容量を測定してアルコール濃度を検出する静電容量式のアルコール濃度センサ、或は、燃料の透過光量(透過率)を測定してアルコール濃度を検出する光学式(透過式)のアルコール濃度センサを用いても良い。
【0023】
これら各種センサの出力は、エンジン制御回路(以下「ECU」と表記する)37に入力される。このECU37は、マイクロコンピュータを主体として構成され、内蔵されたROM(記憶媒体)に記憶された各種のエンジン制御プログラムを実行することで、エンジン運転状態に応じて燃料噴射弁21の燃料噴射量や点火プラグ22の点火時期を制御する。
【0024】
また、ECU37は、後述する図2の始動噴射制御ルーチンを実行することで、始動噴射制御を次のようにして行う。
燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温(エンジン温度の情報)が所定温度以下の場合には、噴射燃料が気化し難いと判断して、エンジン11を始動する際に始動時目標燃圧と実燃圧(燃圧センサ33で検出した燃圧)との差が所定値以下になるまで燃料噴射弁21の燃料噴射を禁止して、高圧ポンプ31により燃圧を始動時目標燃圧付近に上昇させてから燃料噴射を開始する。その際、燃料のアルコール濃度と冷却水温に応じて始動時目標燃圧を設定することで、燃料のアルコール濃度やエンジン温度によって燃料の気化特性が変化して始動に適した燃圧が変化するのに対応して、始動時目標燃圧を適正値に設定する。
【0025】
燃料噴射開始後は、燃料噴射弁21で高圧の燃料を筒内に直接噴射することで、噴射燃料を微粒化して気化し易くすることができるが、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の場合には、噴射燃料が気化し難いと判断して、エンジン始動中及びエンジン始動後の所定期間に、圧縮行程で燃料を噴射する圧縮行程噴射を実行することで、吸気行程で燃料を噴射する場合に比べて、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くして、多くの噴射燃料が筒内壁面やピストン等に付着する前に燃焼を開始して噴射燃料の気化を促進させる。
【0026】
以下、ECU37が実行する図2の始動噴射制御ルーチンの処理内容を説明する。
図2に示す始動噴射制御ルーチンは、ECU37の電源オン中に所定周期で実行され、特許請求の範囲でいう始動噴射制御手段としての役割を果たす。本ルーチンが起動されると、まず、ステップ101で、アルコール濃度センサ36で検出した燃料のアルコール濃度を読み込むと共に、冷却水温センサ25で検出した冷却水温を読み込む。
【0027】
この後、ステップ102に進み、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下であるか否かによって、噴射燃料が気化し難い領域であるか否かを判定する。尚、冷却水温を判定する所定温度を、燃料のアルコール濃度に応じて変化させるようにしても良い。
【0028】
このステップ102で、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下である(噴射燃料が気化し難い領域である)と判定された場合には、ステップ103に進み、圧縮行程噴射フラグをオンにセットした後、図3の燃料噴射時期設定用のマップを参照して、燃料のアルコール濃度と冷却水温とに応じた燃料噴射時期を設定する。
【0029】
ここで、図3の燃料噴射時期設定用のマップは、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の領域(つまり噴射燃料が気化し難い領域)が、燃料のアルコール濃度と冷却水温に応じて2つの領域A,Bに区分されている。
【0030】
領域A(アルコール濃度が非常に高い領域)では、燃料噴射量の増加量が多くなって噴射時間が長くなるため、燃料噴射開始時期が吸気行程になり、燃料噴射終了時期が圧縮行程になるように燃料噴射時期を設定して、吸気行程から圧縮行程で燃料を噴射する吸気・圧縮行程噴射を行うように設定する。
【0031】
領域B(領域Aよりもアルコール濃度が低い領域)では、燃料噴射開始時期と燃料噴射終了時期が両方とも圧縮行程になるように燃料噴射時期を設定して、圧縮行程で燃料を噴射する圧縮行程噴射を行うように設定する。この場合、燃料のアルコール濃度が高くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けると共に、冷却水温が低くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けるように設定する。
【0032】
この後、ステップ104に進み、昇圧始動制御フラグをオンにセットした後、図4の始動時目標燃圧のマップを参照して、燃料のアルコール濃度と冷却水温とに応じた始動時目標燃圧を設定する。
【0033】
ここで、図4の始動時目標燃圧のマップは、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の領域(つまり噴射燃料が気化し難い領域)が、燃料のアルコール濃度と冷却水温に応じて複数の領域C〜Eに区分され、各領域C〜E毎に始動時目標燃圧が設定されることで、燃料のアルコール濃度が高くなるほど始動時目標燃圧を高くすると共に、冷却水温が低くなるほど始動時目標燃圧を高くするように設定されている。例えば、図4の領域Eでは始動時目標燃圧が8MPaに設定され、領域Dでは始動時目標燃圧が12MPaに設定され、領域Cでは始動時目標燃圧が16MPaに設定される。このステップ104の処理が特許請求の範囲でいう始動時目標燃圧設定手段としての役割を果たす。
【0034】
一方、上記ステップ102で、燃料のアルコール濃度が所定濃度よりも低いか又は冷却水温が所定温度よりも高いと判定された場合には、噴射燃料が気化し易いと判断して、ステップ105に進み、圧縮行程噴射フラグをオフにリセットした後、燃料噴射開始時期と燃料噴射終了時期が両方とも吸気行程になるように燃料噴射時期を設定して、吸気行程で燃料を噴射する吸気行程噴射を行うように設定する。尚、燃料噴射量が多い領域では、吸気行程で燃料を噴射した後に圧縮行程で燃料を噴射するように設定しても良い。この後、ステップ106に進み、昇圧始動制御フラグをオフにリセットする。
【0035】
この後、ステップ107に進み、エンジン始動中(クランキング中)又はエンジン始動後所定時間内(エンジン始動完了からの経過時間が所定時間以内)であるか否かを判定する。ここで、所定時間は、エンジン11の暖機完了までに要する時間よりも短い時間に設定されている。
【0036】
このステップ107で、エンジン始動中又はエンジン始動後所定時間内であると判定されれば、ステップ108に進み、昇圧始動制御フラグがオンであるか否かを判定する。このステップ108で、昇圧始動制御フラグがオンであると判定された場合には、ステップ109に進み、燃圧センサ33で検出した実燃圧を読み込んだ後、ステップ110に進み、始動時目標燃圧と実燃圧との差が所定値よりも小さいか否かを判定し、始動時目標燃圧と実燃圧との差が所定値以上であると判定されれば、実燃圧が始動時目標燃圧付近まで上昇していないと判断して、ステップ111に進み、燃料噴射を禁止する。このステップ111の処理が特許請求の範囲でいう噴射禁止手段としての役割を果たす。
【0037】
その後、上記ステップ110で、始動時目標燃圧と実燃圧との差が所定値よりも小さいと判定された時点で、実燃圧が始動時目標燃圧付近まで上昇したと判断して、ステップ112に進み、圧縮行程噴射フラグがオンであるか否かを判定し、圧縮行程噴射フラグがオンであると判定されれば、ステップ113に進み、圧縮行程で燃料を噴射する圧縮行程噴射を実行する(又は吸気行程から圧縮行程で燃料を噴射する吸気・圧縮行程噴射を行う)。尚、上記ステップ112で、圧縮行程噴射フラグがオフであると判定された場合には、ステップ114に進み、吸気行程噴射を実行する。
【0038】
一方、上記ステップ108で、昇圧始動制御フラグがオフであると判定された場合には、ステップ115に進み、圧縮行程噴射フラグがオンであるか否かを判定し、圧縮行程噴射フラグがオフであると判定されれば、ステップ116に進み、吸気行程で燃料を噴射する吸気行程噴射を実行する。尚、上記ステップ115で、圧縮行程噴射フラグがオンであると判定された場合には、ステップ117に進み、圧縮行程噴射を実行する。
【0039】
以上説明した本実施例の始動噴射制御の実行例を図5及び図6のタイムチャートを用いて説明する。
図5に示すように、燃料のアルコール濃度が所定濃度よりも低い場合には、冷却水温が所定温度以下の低温始動時でも、噴射燃料が気化し易いと判断して、エンジン11のクランキング開始後に、実燃圧がエンジン運転中の目標燃圧に上昇する前の時点t1 (例えば気筒判別が終了した時点)で、燃料噴射を許可して、吸気行程噴射を実行する。
【0040】
一方、図6に示すように、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上の場合には、冷却水温が所定温度以下の低温始動時に、噴射燃料が気化し難いと判断して、エンジン11のクランキング開始後に、始動時目標燃圧と実燃圧との差が所定値以下になるまで燃料噴射を禁止する。その後、始動時目標燃圧と実燃圧との差が所定値よりも小さいと判定された時点t2 で、実燃圧が始動時目標燃圧付近まで上昇したと判断して、燃料噴射を許可して、圧縮行程噴射を実行する。
【0041】
その際、本実施例では、燃料のアルコール濃度と冷却水温(エンジン温度の情報)に応じて始動時目標燃圧を設定するようにしたので、燃料のアルコール濃度やエンジン温度によって燃料の気化特性が変化して始動に適した燃圧が変化するのに対応して、始動時目標燃圧を適正値に設定することができる。これにより、アルコール燃料(アルコールやアルコール混合燃料)を使用した場合でも、噴射燃料を十分に微粒化して気化を促進することができ、低温始動性を向上させることができる。
【0042】
更に、本実施例では、燃料のアルコール濃度が高くなるほど始動時目標燃圧を高くすると共に、冷却水温が低くなるほど始動時目標燃圧を高くするようにしたので、燃料が気化し難くなる条件になるほど、始動時目標燃圧を高くして、噴射燃料を更に微粒化することができ、噴射燃料の気化促進効果を高めることができる。
【0043】
また、本実施例では、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の場合には、噴射燃料が気化し難いと判断して、エンジン始動中及びエンジン始動後所定時間が経過するまで、圧縮行程噴射を行うようにしたので、吸気行程噴射に比べて、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くして、多くの噴射燃料が筒内壁面やピストン等に付着する前に燃焼を開始して噴射燃料の気化を促進させることができる。これにより、アルコール燃料を使用した場合でも、筒内壁面やピストン等に付着するウエット燃料を減少させることができ、低温始動性を向上させることができると共に、ウエット燃料が筒内壁面とピストンの隙間からオイルパンに流れ落ちる量を減少させることができて、エンジンオイルの稀釈化を少なくすることができる。しかも、噴射燃料を加熱するヒータ等を設ける必要がないため、近年の重要な技術的課題である低コスト化の要求を満たすことができる。
【0044】
更に、本実施例では、燃料のアルコール濃度が高くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けると共に、冷却水温が低くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けるようにしたので、燃料が気化し難くなる条件になるほど、燃料噴射時期を圧縮上死点(つまり点火時期付近)に近付けて、燃料が噴射されてから燃焼が開始されるまでの時間を短くすることができ、ウエット燃料の低減効果を高めることができる。
【0045】
尚、上記実施例では、燃料のアルコール濃度が所定濃度以上で且つ冷却水温が所定温度以下の場合に、エンジン始動中及びエンジン始動後の所定期間(エンジン始動完了から所定時間が経過するまでの期間)に圧縮行程噴射を行うようにしたが、エンジン始動中のみに圧縮行程噴射を行うようにしたり、或は、エンジン始動後の所定期間のみに圧縮行程噴射を行うようにしても良い。
【0046】
また、上記実施例では、燃料のアルコール濃度が高くなるほど始動時目標燃圧を高くすると共に、冷却水温が低くなるほど始動時目標燃圧を高くするようにしたが、燃料のアルコール濃度が高くなるほど又は冷却水温が低くなるほど始動時目標燃圧を高くするようにしても良い。
【0047】
また、上記実施例では、燃料のアルコール濃度が高くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けると共に、冷却水温が低くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けるようにしたが、燃料のアルコール濃度が高くなるほど又は冷却水温が低くなるほど燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けるようにしても良い。
【0048】
また、上記実施例では、エンジン温度の情報として、冷却水温センサ25で検出した冷却水温を用いるようにしたが、冷却水温に代えて、油温、吸気温等を用いるようにしても良い。或は、冷却水温、油温、吸気温等のうちの1つ又は2つ以上に基づいてエンジン温度を推定するようにしても良い。
【0049】
また、上記実施例では、アルコール濃度センサ36で燃料のアルコール濃度を検出するようにしたが、アルコール濃度センサ36を備えていないシステムの場合には、例えば、空燃比フィードバック補正量、空燃比のずれ量、燃焼安定性(エンジン回転変動)、エンジントルク、高温始動時の燃圧上昇速度等の少なくとも1つに基づいて燃料のアルコール濃度を推定するようにしても良い。
【0050】
その他、本発明は、図1に示すような筒内噴射式エンジンに限定されず、吸気ポート噴射用の燃料噴射弁と筒内噴射用の燃料噴射弁の両方を備えたデュアル噴射式のエンジンにも適用して実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施例におけるエンジン制御システム全体の概略構成図である。
【図2】始動噴射制御ルーチンの処理の流れを説明するフローチャートである。
【図3】燃料噴射時期設定用のマップの一例を概念的に示す図である。
【図4】始動時目標燃圧のマップの一例を概念的に示す図である。
【図5】燃料のアルコール濃度が低い場合の始動噴射制御の実行例を説明するタイムチャートである。
【図6】燃料のアルコール濃度が高い場合の始動噴射制御の実行例を説明するタイムチャートである。
【符号の説明】
【0052】
11…エンジン(内燃機関)、12…吸気管、15…スロットルバルブ、21…燃料噴射弁、22…点火プラグ、23…排気管、25…冷却水温センサ(機関温度判定手段)、28…燃料タンク、29…低圧ポンプ、31…高圧ポンプ、33…燃圧センサ(燃圧検出手段)、36…アルコール濃度センサ(アルコール濃度判定手段)、37…ECU(始動噴射制御手段,始動時目標燃圧設定手段,噴射禁止手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒内噴射用の燃料噴射弁を備えた内燃機関の燃料噴射制御装置において、
前記燃料噴射弁に供給される燃料のアルコール濃度を検出又は推定するアルコール濃度判定手段と、
内燃機関の温度又はこれに関連性のある情報(以下これらを「機関温度等」という)を検出又は推定する機関温度判定手段と、
前記燃料のアルコール濃度が所定値以上で且つ前記機関温度等が所定値以下の場合に内燃機関の始動中及び/又は始動後の所定期間に前記燃料噴射弁の燃料噴射終了時期を圧縮行程に設定する始動噴射制御手段と
を備えていることを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。
【請求項2】
前記始動噴射制御手段は、前記燃料のアルコール濃度が高くなるほど及び/又は前記機関温度等が低くなるほど前記燃料噴射弁の燃料噴射終了時期を圧縮上死点に近付けることを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の燃料噴射制御装置。
【請求項3】
高圧ポンプで燃料を高圧にして筒内噴射用の燃料噴射弁に供給する内燃機関の燃料噴射制御装置において、
前記燃料噴射弁に供給される燃料のアルコール濃度を検出又は推定するアルコール濃度判定手段と、
内燃機関の温度又はこれに関連性のある情報(以下これらを「機関温度等」という)を検出又は推定する機関温度判定手段と、
前記燃料噴射弁に供給される燃料の圧力(以下「燃圧」という)を検出する燃圧検出手段と、
前記燃料のアルコール濃度と前記機関温度等に応じて始動時目標燃圧を設定する始動時目標燃圧設定手段と、
内燃機関を始動する際に前記始動時目標燃圧と前記燃圧検出手段で検出した燃圧との差が所定値以下になるまで前記燃料噴射弁の燃料噴射を禁止する噴射禁止手段と
を備えていることを特徴とする内燃機関の燃料噴射制御装置。
【請求項4】
前記始動時目標燃圧設定手段は、前記燃料のアルコール濃度が高くなるほど及び/又は前記機関温度等が低くなるほど前記始動時目標燃圧を高くすることを特徴とする請求項3に記載の内燃機関の燃料噴射制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−37968(P2010−37968A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−199102(P2008−199102)
【出願日】平成20年8月1日(2008.8.1)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】