説明

変速機付き圧縮機

【課題】製造コストの低廉化と低騒音とを実現可能な変速機付き圧縮機を提供する。
【解決手段】圧縮機の変速機構30は、サンローラ14、複数個の遊星ローラ32、キャリヤ9及びリングローラ33を有する遊星ローラ機構である。リングローラ33は、第1リング部331と、第2リング部332とを有する。第1リング部331は第2リング部332に対して径方向で変形可能に連結されている。第1リング部331及び第2リング部332は、リングローラ33を固定する第2リング部332の移動により第1リング部331、各遊星ローラ32及びサンローラ14の締代が大きくなり、リングローラ33の固定を解除する第2リング部332の移動により締代が小さくなるようにテーパ状に形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は変速機付き圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に従来の変速機付き圧縮機が開示されている。この変速機付き圧縮機は、ハウジングと、ハウジング内に構成されて冷媒を圧縮可能な圧縮機構と、外部からハウジング内に延在し、軸芯回りに回転可能に支持された入力軸と、ハウジング内に延在し、軸芯回りに回転可能に支持されて圧縮機構を駆動可能な出力軸と、ハウジング内で入力軸と出力軸との間に設けられ、入力軸のトルクを出力軸に伝達しつつ入力軸の回転速度を増減して出力軸に伝達することにより圧縮機構を変速して駆動可能な変速機構と、変速機構を制御する制御機構とを備えている。
【0003】
変速機構は、軸芯方向の前方(入力軸側)に設けられた第1遊星歯車機構と、軸芯方向の後方(出力軸側)に設けられた第2遊星歯車機構とにより構成されている。第1、2遊星歯車機構はそれぞれ、サンギヤ、複数個の遊星ギヤ、各遊星ギヤを回転可能に保持するキャリヤ及び各遊星ギヤと噛合するリングギヤを有する。各リングギヤとハウジングとの間にはスラストベアリング及びラジアルベアリングが配設されており、各リングギヤは、ハウジングに対して固定と回動とが選択可能となっている。
【0004】
制御機構は、第1遊星歯車機構のリングギヤとハウジングとの間に設けられた第1ワンウェイクラッチと、第1遊星歯車機構のリングギヤとキャリヤとの間に設けられた第1クラッチと、第2遊星歯車機構のリングギヤとキャリヤとの間に設けられた第2ワンウェイクラッチと、第2遊星歯車機構のリングギヤとハウジングとの間に設けられた第2クラッチとを有している。第1、2クラッチは、それぞれ前方向又は後方向に変位することにより、各リングギヤをキャリヤ又はハウジングに対して固定するように構成されている。
【0005】
このような構成である従来の圧縮機では、第1、2クラッチが個別に又は同時に各リングギヤを上記固定状態にしたり、上記固定状態を解除したりする。そうすると、第1、2ワンウェイクラッチが各リングギヤと、ハウジング又はキャリヤとの間の相対回転を許容又は規制する。これにより、変速手段は、圧縮機構を段階的に変速して駆動可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−107412号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記従来の変速機付き圧縮機は、構造が複雑であることから製造コストの高騰化を生じるとともに、振動による騒音が大きいという問題がある。
【0008】
本発明は、製造コストの低廉化と低騒音とを実現可能な変速機付き圧縮機を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の変速機付き圧縮機は、ハウジングと、前記ハウジング内に構成されて冷媒を圧縮可能な圧縮機構と、外部から前記ハウジング内に延在し、軸芯回りに回転可能に支持された入力軸と、前記ハウジング内に延在し、前記軸芯回りに回転可能に支持されて前記圧縮機構を駆動可能な出力軸と、前記ハウジング内で前記入力軸と前記出力軸との間に設けられ、前記入力軸のトルクを前記出力軸に伝達しつつ前記入力軸の回転速度を等速のまま又は増速して前記出力軸に伝達することにより前記圧縮機構を2段階に変速して駆動可能な変速機構と、前記変速機構を制御する制御機構とを備え、
前記変速機構は、サンローラ、複数個の遊星ローラ、キャリヤ及びリングローラを有する遊星ローラ機構であり、
前記キャリヤは、前記各遊星ローラを回転可能に保持しつつ前記入力軸と一体回転可能であり、
前記サンローラは、前記各遊星ローラと当接しつつ前記出力軸と一体回転可能であり、
前記リングローラは、前記各遊星ローラと当接しつつ前記ハウジングに対して前記軸芯と平行な方向に移動することによって該ハウジングに対して固定と回動とが選択可能に構成され、
前記制御機構は、前記キャリヤと前記リングローラとの間に設けられ、前記キャリヤと前記リングローラとの一方向の相対回転を許容しつつ他方向の相対回転を規制するワンウェイクラッチと、前記ハウジングと前記リングローラとの間に設けられ、係合によって前記リングローラの前記回動を規制するクラッチとを有し、
前記クラッチは、前記ハウジングと前記リングローラとの間に設けられ、前記リングローラの移動により前記ハウジングに対して前記リングローラを固定する摩擦層と、前記リングローラに向かって前記ハウジングに形成された制御室と、前記制御室内に移動可能に収納された制御ピストンと、前記制御ピストンと前記リングローラとの間に設けられたスラストベアリングと、前記制御室内に制御圧力を供給して前記制御ピストンを移動させる圧力調整手段とからなり、
前記リングローラは、前記各遊星ローラと当接するとともに前記摩擦層が設けられた第1リング部と、前記第1リング部とともに回転可能かつ前記軸芯と平行な方向に移動可能であり、前記ワンウェイクラッチを支持する第2リング部とを有し、
前記第1リング部は前記第2リング部に対して径方向で変形可能に連結され、
前記第1リング部及び前記第2リング部は、前記リングローラを固定する前記第2リング部の移動により前記第1リング部、前記各遊星ローラ及び前記サンローラの締代が大きくなり、前記リングローラの固定を解除する前記第2リング部の移動により前記締代が小さくなるようにテーパ状に形成されていることを特徴とする(請求項1)。
【0010】
本発明の変速機付き圧縮機(以下、単に「圧縮機」という。)では、変速機構として、遊星ローラ機構を採用している。このため、変速機構として、各遊星ギヤの歯とサンギヤの歯とが衝突することによる振動と、各遊星ギヤの歯とリングギヤの歯とが衝突する遊星歯車機構を採用している場合と異なり、振動を生じ難い。このため、この圧縮機では、低騒音が実現される。
【0011】
また、この圧縮機においては、トルクの伝達のためにサンローラと各遊星ローラとの間及び各遊星ローラとリングローラとの間に接触荷重が必要であり、そのためにこれらの部品間に締代を与える必要がある。そのため、リングローラがサンローラ及び各遊星ローラによって変形し易い。一方、この圧縮機においては、等速と増速とを切り替えるためにキャリヤとリングローラとの間にワンウェイクラッチを設けており、キャリヤがワンウェイクラッチの内輪となり、リングローラがワンウェイクラッチの外輪となる。ワンウェイクラッチを正しく機能させるためには、内輪及び外輪は寸法、円筒度等に高い精度が要求されることから、リングローラの変形はワンウェイクラッチの機能を損ねてしまうこととなる。その場合には、圧縮機構を2段階に変速し難いこととなる。
【0012】
この点、本発明の圧縮機では、ハウジングに対して軸芯と平行な方向に移動可能なリングローラが第1リング部と第2リング部とを有する。第1リング部は、各遊星ローラと当接するとともに摩擦層が設けられ、第2リング部に対して径方向で変形可能に連結されている。このため、第1リング部は、サンローラと各遊星ローラとの間及び各遊星ローラとリングローラとの間に与える締代により、径方向に変形する。また、第2リング部は、第1リング部の径方向の変位に影響されずに第1リング部とともに回転可能かつ軸芯と平行な方向に移動可能であり、ワンウェイクラッチを支持する。このため、第1リング部が径方向に変位していても、第2リング部は寸法、円筒度等の高い精度が維持され、ワンウェイクラッチの機能は損なわない。
【0013】
そして、この圧縮機では、第1リング部及び第2リング部がテーパ状に形成されている。このため、第2リング部がリングローラを固定するように移動すれば、第1リング部、各遊星ローラ及びサンローラの締代が大きくなる。この際、キャリヤと第2リング部とは制御機構のワンウェイクラッチによって一方向の相対回転が許容され、出力軸は入力軸に対して回転速度が増速された増速回転状態となる。
【0014】
また、第2リング部がリングローラの固定を解除するように移動すれば、第1リング部、各遊星ローラ及びサンローラの締代は小さくなる。この際、キャリヤと第2リング部とは制御機構のワンウェイクラッチによって他方向の相対回転が規制され、出力軸は入力軸に対して回転速度が等速のままの等速回転状態となる。
【0015】
このため、この圧縮機は、圧縮機構を2段階に変速可能でありながら、構造が簡素化されているため、製造コストの低廉化を実現可能である。
【0016】
したがって、本発明の変速機付き圧縮機は、製造コストの低廉化と低騒音とを実現可能である。
【0017】
また、この圧縮機では、伝達するトルクが大きい増速時に締代が大きくなり、伝達するトルクが小さい等速時に締代が小さくなる。このため、伝達するトルクに応じて締代が変化し、動力損失も変化することから、省動力化を実現することができる。第2リング部を吐出圧によって押す構成とすれば、増速時に高い吐出圧で第2リング部を押すことができ、大きな締代でトルクを確実に伝達することが可能である。
【0018】
第2リング部は第1リング部よりも剛性が高いことが好ましい(請求項2)。換言すれば、第1リング部は第2リング部よりも剛性が低いことが好ましい。この場合、第1リング部がサンローラと各遊星ローラとの間及び各遊星ローラとリングローラとの間に締代を与え易く、またワンウェイクラッチが正しく機能し易い。
【0019】
第1リング部、各遊星ローラ及びサンローラは、リングローラを固定する第2リング部の移動により締代が大きくなり、リングローラの固定を解除する第2リング部の移動により締代が小さくなるようにテーパ状に形成されていることが好ましい(請求項3)。
【0020】
この場合、伝達するトルクが大きい増速時により締代が大きくなり、伝達するトルクが小さい等速時に締代がより小さくなる。
【0021】
ハウジングと第1リング部との間には、締代が小さくなるようにリングローラを付勢する付勢部材が設けられていることが好ましい(請求項4)。付勢部材としては、板ばね等のばねの他、弾性ゴムを採用することが可能である。
【0022】
この場合、付勢部材によって動力損失が小さくなるように構成されることから、圧縮機は増速時以外の運転状態が確実に省動力となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】実施例1の変速機付き圧縮機の縦断面図である。
【図2】実施例1の変速機付き圧縮機の要部拡大縦断面図である。
【図3】実施例1の変速機付き圧縮機の要部拡大横断面図である。
【図4】実施例2の変速機付き圧縮機の縦断面図である。
【図5】実施例2の変速機付き圧縮機の要部拡大縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を具体化した実施例1、2を図面を参照しつつ説明する。
【0025】
(実施例1)
図1に示すように、実施例1の変速機付き圧縮機(以下、単に「圧縮機」という。)は、スクロール式の圧縮機構20に変速機構30及び制御機構40を一体に組み合わせたものであり、例えば車両に搭載されて空調装置を構成する。なお、各図において、入力軸1側(紙面左側)を前側と規定し、出力軸2側(紙面右側)を後側と規定して、前後方向を表示する。
【0026】
この圧縮機は、第1ハウジング部材3、第2ハウジング部材4、第3ハウジング部材5及び第4ハウジング部材6がこの順序で一体に締結されてなるハウジング10を備えている。第1ハウジング部材3の後端面と第2ハウジング部材4の前端面とが当接され、互いに締結されることによって変速室10aが形成されている。変速室10a内にはトラクションオイルが充填されている。第1ハウジング部材3には、変速室10a内に外周域に存在するトラクションオイルを内周域に導く流路3aが形成されている。
【0027】
第3ハウジング部材5は、後述する固定スクロール21を一体に有している。第2ハウジング部材4と第3ハウジング部材5との間には、後述する可動スクロール22等が収容されている。第3ハウジング部材5及び第4ハウジング部材6が互いに締結されることにより、内部に吸入室28及び吐出室29が形成されている。
【0028】
第1ハウジング部材3のボスには、入力軸1がシール部材7及び軸受装置8を介して軸芯O1回りに回転可能に支持されている。第1ハウジング部材3と軸受装置8との間は圧入されているが、軸受装置8と入力軸1との間に間隙が確保されている。この間隙と、キー15とにより、入力軸1、キャリヤ9、ラジアル軸受31、各遊星ローラ32、サンローラ14、リングローラ33、摩擦層35、サークリップ34a及びワンウェイクラッチ34からなる組付体Sが第1ハウジング部材3に対して軸芯O1と平行な方向に移動可能になっている。
【0029】
入力軸1の後端は、変速室10a内の後方に向かって突出しており、その途中には、第1ハウジング部材3と間隔を有して対面しつつ、径外方向に円盤状に延びるキャリヤ本体9aが一体に形成されている。キャリヤ本体9aは、後で詳述する変速機構30を構成するものである。
【0030】
第2ハウジング部材4のボス内には、出力軸2がシール部材11及びラジアル軸受12を介して軸芯O1回りに回転可能に支持されている。出力軸2の前端は入力軸1のキャリヤ本体9a内に位置し、キャリヤ本体9aと出力軸2との間にもラジアル軸受13が設けられている。入力軸1には、第1ハウジング部材3に形成された流路3aと連通し、ラジアル軸受13まで延びる流路1aが形成されている。出力軸2には、キャリヤ本体9aの後方に位置するサンローラ14が設けられている。出力軸2とサンローラ14との間には、サンローラ14を出力軸2と一体回転可能に構成しながら、出力軸2に対して軸芯O1と平行な方向に移動可能に構成するキー15が設けられている。サンローラ14も、後で詳述する変速機構30を構成するものである。出力軸2の後端は、可動スクロール22に向かうように後方に延びている。
【0031】
次に圧縮機構20について説明する。第2ハウジング部材4と第3ハウジング部材5との間には、バランサと一体の駆動ブッシュ23と可動スクロール22とが収容されている。
【0032】
駆動ブッシュ23は、出力軸2の後端に偏心された状態で固定され、出力軸2と一体回転可能とされている。駆動ブッシュ23の外周面にはラジアル軸受24が配設されている。
【0033】
可動スクロール22は、ラジアル軸受24を介して駆動ブッシュ23に回転可能に支持されるボス22aと、このボス22aと一体をなし、径方向に延びる円板状の可動側板22bと、この可動側板22bから後方に向けて軸芯O1と平行に突出する渦巻状の可動渦巻部22cとからなる。
【0034】
第2ハウジング部材4の後面には、3本以上の固定ピン25aが軸芯O1と平行に固定されている。また、可動スクロール22の可動側板22bには、固定ピン25aと同数の可動ピン25bが軸芯O1と平行に固定されている。さらに、第2ハウジング部材4と可動側板22bとの間には、固定ピン25a及び可動ピン25bと同数の可動リング25cが配設されている。可動リング25cには貫通孔25dが形成されており、その貫通孔25d内には、対をなす固定ピン25a及び可動ピン25bが各々の軸芯間を可動スクロール22の公転距離とした状態で収納されている。これら固定ピン25a、可動ピン25b及び可動リング25cにより、可動スクロール22の自転を防止する自転防止手段25が構成されている。
【0035】
第3ハウジング部材5は固定スクロール21を一体に有している。固定スクロール21は、径方向に延びる円板状の固定側板21bと、この固定側板21bから前方に向けて軸芯O1と平行に突出する渦巻状の固定渦巻部21cとからなる。
【0036】
固定スクロール21の固定渦巻部21c及び可動スクロール22の可動渦巻部22cは軸芯O1方向の突出長さが等しく設定されている。そして、固定スクロール21の固定渦巻部21cが可動スクロール22の可動側板22bと摺動し、可動スクロール22の可動渦巻部22cが固定スクロール21の固定側板21bと摺動するようになっている。
【0037】
固定側板21bの中心部分には、吐出室29と連通可能に吐出口29aが貫設されている。また、吐出室29内には、吐出口29aを塞ぐように吐出弁26及びリテーナ27が固定側板21bに固定されている。さらに、固定側板21bの外周部分には、吸入室28と連通する吸入口28aが貫設されている。
【0038】
以上の第2〜4ハウジング部材4、5、6、出力軸2、駆動ブッシュ23、可動スクロール22、自転防止手段25及び固定スクロール21等によってスクロール式の圧縮機構20が構成されている。
【0039】
吐出室29は配管41を介して凝縮器42に接続され、凝縮器42は配管43によって膨張弁44を介して蒸発器45に接続され、蒸発器45は配管46を介して吸入室28に接続されている。吐出室29には、後述する流路切替電磁弁61に対して、吐出室29内の吐出圧Pdを供給する吐出圧供給通路(図1に示す経路Pd−Pd)が設けられている。また、吸入室28には、流路切替電磁弁61に対して、吸入室28内の吸入圧Psを供給する吸入圧供給通路(図1に示す経路Ps−Ps)が設けられている。さらに、図示は省略するが、吸入室28と変速室10aとを連通させて、変速室10a内の圧力を吸入圧Psに保持する連通路が第2、3ハウジング部材4、5間に設けられている。
【0040】
次に変速機構30について説明する。変速室10a内において、キャリヤ本体9aの後面の外周側に仮想される軸芯O1を中心とする円周上には、後方に向けて4本の支持軸9bが突設されている。各支持軸9bは円柱軸体である。各支持軸9aには、ラジアル軸受31を介して、遊星ローラ32が1個ずつ回転可能に支持されている。4個の遊星ローラ32の外周面はそれぞれサンローラ14の外周面と締代を有して当接している。各遊星ローラ32の外周面及びサンローラ14の外周面には相対すべりを防止するためのコーティングも施されている。
【0041】
各支持軸9bの後端には、後部キャリヤ9dが固定されている。後部キャリヤ9dは後方に延びる略円筒形状とされている。キャリヤ本体9aと、各支持軸9bと、後部キャリヤ9dとにより、4個の遊星ローラ32を回転可能に支持しつつ入力軸1と一体回転可能なキャリヤ9が構成されている。
【0042】
各遊星ローラ32と第1、2ハウジング部材3、4との間には、ハウジング10に対して軸芯O1と平行な方向に移動可能なリングローラ33が配設されている。リングローラ33は、図2に示すように、円筒状の第1リング部331と、円筒状の第2リング部332とを有する。
【0043】
第1リング部331は、比較的剛性の低い材料からなり、図3に示すように、径方向の変位が許容されている。このため、第1リング部331は、サンローラ14と各遊星ローラ32との間及び各遊星ローラ32とリングローラ33との間に与える締代により、径方向に変位し得る。第1リング部331の内周面にも相対すべりを防止するためのコーティングが施されている。
【0044】
第1リング部331の後端には、図2に示すように、内周側に位置する第1後端面331aと、外周側に位置する第2後端面331bとが形成されている。第1後端面331aは、内周面側が小径となり、外周面側が大径となるテーパ状に形成されている。第2後端面331bは軸芯O1と垂直に形成されている。第1リング部331は第1後端面331aよりも第2後端面331bが後方に突出するように段部331cを有している。段部331cには径方向に延びるピン穴331dが貫設されている。
【0045】
第2リング部332は比較的剛性の高い材料からなる。このため、図1に示すように、ワンウェイクラッチ34の外周面は第2リング部332の内周面と当接している。
【0046】
また、第2リング部332の前端には、図2に示すように、内周側に位置する第1前端面332aと、外周側に位置する第2前端面332bとが形成されている。第1前端面332aは、内周面側が小径となり、外周面側が大径となるテーパ状に形成され、第1後端面331aと整合している。第2前端面332bは軸芯O1と垂直に形成されている。第2リング部332は第2前端面332bよりも第1前端面332aが前方に突出するように段部332cを有している。段部332cには径方向に延びるピン穴332dが貫設されている。
【0047】
第1リング部331のピン穴331dと第2リング部332のピン穴332dとには、段付きのピン333が嵌めこまれている。ピン333の頭部はピン穴331dに圧入され、ピン333の軸部はピン穴332dに遊嵌されている。この状態において、第1リング部331の第1後端面331aと第2リング部332の第1前端面332aとは当接している。第1リング部331の第2後端面331bと第2リング部332の第2前端面332bとの間には間隙が存在している。
【0048】
このため、第2リング部332は、ワンウェイクラッチ34を支持し、第1リング部331の径方向の変位に影響されずに第1リング部331とともに回転可能かつ軸芯O1と平行な方向に移動可能である。このため、第1リング部331が径方向に変位していても、第2リング部332は寸法、円筒度等の高い精度が維持され、ワンウェイクラッチ34の機能は損なわない。
【0049】
図1に示すように、サンローラ14、各遊星ローラ32、リングローラ33及びキャリヤ9によって、遊星ローラ機構である変速機構30が構成されている。
【0050】
後部キャリヤ9dの外周面にはサークリップ34aによってワンウェイクラッチ34が固定されている。ワンウェイクラッチ34は、周知の汎用品であり、キャリヤ9に対するリングローラ33の一方向の相対回転を許容しつつ他方向の相対回転を規制するようになっている。本実施例では、入力軸1及びキャリヤ9が軸芯O1周りに回転する方向は、圧縮機を前方から見て、時計方向に設定されている。そして、ワンウェイクラッチ34は、キャリヤ9に対してリングローラ33が反時計方向に相対回転することを許容する一方、キャリヤ9に対してリングローラ33が時計方向に相対回転することを規制するように配設されている。
【0051】
リングローラ33の前面には、第1ハウジング部材3の後面に向かって摩擦層35が設けられている。摩擦層35は摺動性の低い材料からなる円環状の平板である。後述するように、リングローラ33が前方向に移動すると、摩擦層35が第1ハウジング部材3の後面に当接する。
【0052】
第2ハウジング部材4には、リングローラ33の後面と対向する位置に制御室36が凹設されている。制御室36内には、円環状の制御ピストン37が前後方向(軸芯O1方向)に移動可能に収納されている。制御ピストン37の内周面と外周面とには、制御ピストン37と制御室36との間をシールするゴム製のOリング38a、38bが装着されている。
【0053】
制御室36には、流路36aを介して圧力調整手段としての流路切替電磁弁61が接続されている。流路切替電磁弁61は、制御室36を吐出圧供給通路(図1に示す経路Pd−Pd)又は吸入圧供給通路(図1に示す経路Ps−Ps)に切り替えて接続するようになっている。上述した通り、制御ピストン37が臨む変速室10a内の圧力は、吸入圧Psに保持されている。制御ピストン37の前部にはスラストベアリング39が収納されている。
【0054】
摩擦層35、制御室36、制御ピストン37、流路36a及び流路切替電磁弁61等により、第1ハウジング部材3に対してリングローラ33を固定又は回動させるクラッチ60が構成されている。クラッチ60、ワンウェイクラッチ34、流路切替電磁弁61及び流路36a等によって、制御機構40が構成されている。
【0055】
入力軸1の前端には電磁クラッチ50が連結されている。電磁クラッチ50は、入力軸1の前端に一体回転可能に固定された円盤状のハブ51と、ハブ51に板ばね52によって繋がれたアーマチュア53と、第1ハウジング部材3の前面に固定されたコイル54とを有している。第1ハウジング部材3のボスには、ラジアル軸受55を介してプーリ56が回転可能に支持されている。プーリ56には、外部駆動源としてのエンジン等と接続された図示しないベルトが巻き掛けられている。コイル54はプーリ56内に位置するように配設されている。
【0056】
以上のように構成された実施例の圧縮機においては、電磁クラッチ50のコイル54に通電が行われた場合、アーマチュア53が板ばね52の弾性力に抗してプーリ56に磁着され、入力軸1がプーリ56と一体回転し、入力軸1にトルクが付与される。入力軸1が軸芯O1回りに回転駆動されれば、入力軸1の回転が変速機構30により等速のまま又は増速されて出力軸2に伝達される。
【0057】
その一方、コイル54への通電が停止された場合、アーマチュア53が板ばね52の弾性力によってプーリ56から離れ、入力軸1へのトルクの付与が遮断される。こうして、入力軸1は、電磁クラッチ50によって外部からの駆動力が断接される。
【0058】
そして、圧縮機構20においては、出力軸2が回転駆動されることにより、駆動ブッシュ23が自己の軸芯に偏心して回転し、可動スクロール22が自転防止手段25によって自転が規制された状態で公転する。これにより、固定スクロール21と可動スクロール22との間に形成される圧縮室は、外周側から中心部分に向かって容積が縮小される。このため、吸入室28内の冷媒が圧縮室で圧縮され、吐出室29に吐出される。吐出室29内の冷媒は凝縮器42に供給され、蒸発器45によって車両の冷房が実現される。
【0059】
この間、制御室36内に吐出圧Pdが付加されると、制御室36内の圧力が変速室10a内の圧力より高くなり、制御ピストン37が前方向に移動する。そうすると、制御ピストン37が第2リング部332を前方向に移動させ、第2リング部332が第1リング部331を前方向に移動させ、第1ハウジング部材3に対して第1リング部331を押し付ける。そして、制御ピストン37がリングローラ33を介して組付体Sを前方向に一体的に押す。このため、摩擦層35と第1ハウジング部材3との間に摩擦力が作用するので、第1ハウジング部材3に対してリングローラ33が固定される。
【0060】
この際、この圧縮機では、第2リング部332の第1前端面332aが第1リング部331の第1後端面331aを軸芯O1側に付勢するため、第1リング部331と各遊星ローラ32との間及び各遊星ローラ32とサンローラ14との間の締代が大きくなる。
【0061】
そして、ワンウェイクラッチ34は、キャリヤ9に対してリングローラ33が一方向に相対回転すること(圧縮機1を前方から見て、キャリヤ9に対してリングローラ33が反時計方向に相対回転すること)を許容する。このため、入力軸1、キャリヤ9の回転に伴って軸芯O1周りに時計方向に公転する各遊星ローラ32は、第1リング部331との締代により、各支持軸9b周りに反時計方向に自転する。その結果、各遊星ローラ32と当接するサンローラ14及びサンローラ14と一体回転する出力軸2は、入力軸1の回転が増速されて伝達される増速回転状態となる。
【0062】
一方、制御室36内に吸入圧Psが付加されると、制御室36内の圧力が変速室10a内の圧力と等しくなり、制御ピストン37が第1ハウジング部材3に対してリングローラ33を押し付けなくなる。制御ピストン37はリングローラ33を介して組付体Sを前方向に押さなくなる。そうすると、摩擦層35と第1ハウジング部材3とが離反して、双方の間に摩擦力が作用しなくなり、第1ハウジング部材3に対してリングローラ33が回動可能となる。この状態では、リングローラ33はスラストベアリング39で転動する。
【0063】
この際、この圧縮機では、第1リング部331の第1後端面331aが径外方向に膨らむことを第2リング部332の第1前端面332aが許容するため、第1リング部331と各遊星ローラ32との間及び各遊星ローラ32とサンローラ14との間の締代が小さくなる。
【0064】
そして、この圧縮機では、リングローラ33が入力軸1の回転につられて軸芯O1周りに時計方向に回転しようとする。サンローラ14と当接する各遊星ローラ32が時計方向に自転することにより、リングローラ33が入力軸1を相対的に時計方向に追い越そうとする。そして、ワンウェイクラッチ34は、キャリヤ9に対してリングローラ33が他方向に相対回転すること(圧縮機を前方から見て、キャリヤ9に対してリングローラ33が時計方向に相対回転すること)を規制する。スラストベアリング39は制御ピストン37に対するリングローラ33の引き摺りを防止する。その結果、入力軸1、キャリヤ9、各遊星ローラ32、サンローラ14、リングローラ33及び出力軸2が一体回転することとなり、入力軸1の回転が出力軸2に等速のまま伝達される等速回転状態となる。
【0065】
こうして、この圧縮機では、遊星ローラ機構からなる変速機構30を採用しているため、振動を生じ難く、低騒音が実現される。また、この圧縮機は、圧縮機構20を2段階に変速可能でありながら、構造が簡素化されているため、製造コストの低廉化を実現可能である。
【0066】
したがって、この圧縮機は、製造コストの低廉化と低騒音とを実現可能である。
【0067】
また、この圧縮機では、伝達するトルクが大きい増速時に締代が大きくなり、伝達するトルクが小さい等速時に締代が小さくなる。このため、伝達するトルクに応じて締代が変化し、動力損失も変化することから、省動力化を実現することができる。また、第2リング部332を吐出圧Pdによって押していることから、増速時に高い吐出圧Pdで第2リング部332を押すことができ、大きな締代でトルクを確実に伝達することが可能である。
【0068】
(実施例2)
実施例2の圧縮機では、図4及び図5に示すように、リングローラ72が第1リング部721、第2リング部332及びピン333からなる。
【0069】
図5に示すように、第1リング部721の内周面721eは前方が大径、後方が小径のテーパ状に形成されている。第1リング部721の後端には、内周側に位置する第1後端面721aと、外周側に位置する第2後端面721bとが形成されている。第1後端面721aは、内周面側が小径となり、外周面側が大径となるテーパ状に形成されている。第2リング部332の第1前端面332aは第1後端面721aと整合している。
【0070】
また、各遊星ローラ71の外周面71aは前方が大径、後方が小径のテーパ状に形成されている。そして、サンローラ73の外周面73aは前方が小径、後方が大径のテーパ状に形成されている。
【0071】
また、第1リング部721の前端には径外方向に延びる外フランジ721fが形成されており、第1ハウジング部材3と外フランジ721fとの間には、リングローラ72を後方に付勢する板ばね74が設けられている。板ばね74が付勢部材である。第1ハウジング部材3には、板ばね74と対面する位置に摩擦層75が設けられている。第1ハウジング部材3に形成された流路3aは摩擦層75内まで延びている。他の構成は実施例1と同様であり、同様の構成については同一符号を付して詳細な説明を省略する。
【0072】
この圧縮機では、制御ピストン36が吐出圧Pdによって第2リング部332を前方へ押せば、第1リング部721、各遊星ローラ71及びサンローラ73間の締代がより大きくなる。つまり、伝達するトルクが大きい増速時に締代が大きくなる。
【0073】
逆に、第2リング部332が後方へ移動すれば、第1リング部721、各遊星ローラ71及びサンローラ73間の締代がより小さくなる。つまり、伝達するトルクが小さい等速時に締代が小さくなる。
【0074】
また、この圧縮機では、板ばね74によって動力損失が小さくなるように構成されることから、増速時以外の運転状態が確実に省動力となる。他の作用効果は実施例1と同様である。
【0075】
以上において、本発明を実施例1、2に即して説明したが、本発明は上記実施例1、2に制限されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【0076】
圧縮機構はスクロール式に限定されず、一般的な圧縮機構を採用できる。また、クラッチは、例えば、複数の可動部材が組み合わされたリンク機構等を有し得る。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は車両用空調装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0078】
10…ハウジング
20…圧縮機構(スクロール式圧縮機構)
O1…軸芯
1…入力軸
2…出力軸
30…変速機構(遊星ローラ機構)
40…制御機構
14、73…サンローラ
32、71…遊星ローラ
9…キャリヤ
33、72…リングローラ
34…ワンウェイクラッチ
60…クラッチ
331、721…第1リング部
332…第2リング部
35、75…摩擦層
36…制御室
37…制御ピストン
39…スラストベアリング
61…圧力調整手段(流路切替電磁弁)
74…板ばね(付勢部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、前記ハウジング内に構成されて冷媒を圧縮可能な圧縮機構と、外部から前記ハウジング内に延在し、軸芯回りに回転可能に支持された入力軸と、前記ハウジング内に延在し、前記軸芯回りに回転可能に支持されて前記圧縮機構を駆動可能な出力軸と、前記ハウジング内で前記入力軸と前記出力軸との間に設けられ、前記入力軸のトルクを前記出力軸に伝達しつつ前記入力軸の回転速度を等速のまま又は増速して前記出力軸に伝達することにより前記圧縮機構を2段階に変速して駆動可能な変速機構と、前記変速機構を制御する制御機構とを備え、
前記変速機構は、サンローラ、複数個の遊星ローラ、キャリヤ及びリングローラを有する遊星ローラ機構であり、
前記キャリヤは、前記各遊星ローラを回転可能に保持しつつ前記入力軸と一体回転可能であり、
前記サンローラは、前記各遊星ローラと当接しつつ前記出力軸と一体回転可能であり、
前記リングローラは、前記各遊星ローラと当接しつつ前記ハウジングに対して前記軸芯と平行な方向に移動することによって該ハウジングに対して固定と回動とが選択可能に構成され、
前記制御機構は、前記キャリヤと前記リングローラとの間に設けられ、前記キャリヤと前記リングローラとの一方向の相対回転を許容しつつ他方向の相対回転を規制するワンウェイクラッチと、前記ハウジングと前記リングローラとの間に設けられ、係合によって前記リングローラの前記回動を規制するクラッチとを有し、
前記クラッチは、前記ハウジングと前記リングローラとの間に設けられ、前記リングローラの移動により前記ハウジングに対して前記リングローラを固定する摩擦層と、前記リングローラに向かって前記ハウジングに形成された制御室と、前記制御室内に移動可能に収納された制御ピストンと、前記制御ピストンと前記リングローラとの間に設けられたスラストベアリングと、前記制御室内に制御圧力を供給して前記制御ピストンを移動させる圧力調整手段とからなり、
前記リングローラは、前記各遊星ローラと当接するとともに前記摩擦層が設けられた第1リング部と、前記第1リング部とともに回転可能かつ前記軸芯と平行な方向に移動可能であり、前記ワンウェイクラッチを支持する第2リング部とを有し、
前記第1リング部は前記第2リング部に対して径方向で変形可能に連結され、
前記第1リング部及び前記第2リング部は、前記リングローラを固定する前記第2リング部の移動により前記第1リング部、前記各遊星ローラ及び前記サンローラの締代が大きくなり、前記リングローラの固定を解除する前記第2リング部の移動により前記締代が小さくなるようにテーパ状に形成されていることを特徴とする変速機付き圧縮機。
【請求項2】
前記第2リング部は前記第1リング部よりも剛性が高い請求項1記載の変速機付き圧縮機。
【請求項3】
前記第1リング部、前記各遊星ローラ及び前記サンローラは、前記リングローラを固定する前記第2リング部の移動により締代が大きくなり、前記リングローラの固定を解除する前記第2リング部の移動により締代が小さくなるようにテーパ状に形成されている請求項1又は2記載の変速機付き圧縮機。
【請求項4】
前記ハウジングと前記第1リング部との間には、締代が小さくなるように前記リングローラを付勢する付勢部材が設けられている請求項3記載の変速機付き圧縮機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−214426(P2011−214426A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80570(P2010−80570)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】