説明

建設機械のアーム駆動用制御装置

【課題】
ショベルカーのアームの旋回制御において、小型で強力な電動機が出現したことで、電動機駆動が実用され始めたが、操作レバーによる左右旋回制御では、加速、減速状態時とも応答速度は同じであるため、作業性が悪く、同時に安全性にも問題があった。
【解決手段】
旋回速度の加速時と減速時の応答速度を個別に設定できるように、操作レバーによる速度指令信号から加速状態か減速状態かを判断し、インバータへの速度指令の前段に設けられたフィルタの時定数を、加速状態時には加速状態時用の時定数を、減速状態時には減速状態時用時定数を選択して設定することで、加減速時の応答速度を各別に設定できるようにした。加速減速状態の判断では、レバーの機械的振動によるノイズを除去し、さらに、急な加減速でもスムーズな切替えを実現し、作業性、安全性の向上を実現した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アームを有する建設用機械で、アームを動かす動力として電動機を用い、この電動機を駆動するのにインバータを用いるシステムにおいて、このアームを動かす速度制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、アームを有する建設用機械、例えばショベルカーのアームを左右旋回方向に動かす動力は油圧モータで、このモータはディーゼルエンジンと油圧ポンプにより発生させる高圧、大量の油で駆動する。旋回方向、速度制御は油圧ポンプと油圧モータの間に設けられたコントロールバルブにより、方向、流量を調整して行う。欠点としては、効率が悪く、高圧、大量の油を使用するため、油漏れ、火災など環境性と安全性を配慮したメンテナンスが必要となることである。これらの事項を解決するため、近年、小型で効率が高く、強力な電動機の出現と、これらの電動機を駆動するインバータが小型、高性能化されたことで、アームを旋回方向に動かす動力に、電動機とインバータの組合せが使用され始めた。
この電動機で駆動するアームの操作方法は、図9に示すように、操作レバー1が中央にいる状態を0とし、右に傾けたときをプラス信号、左に傾けたときをマイナス信号として旋回速度信号が出力される。このように、操作レバー1を倒すことで、旋回方向、速度調整を行うが、中央部付近では無感帯領域として遊びを設け、旋回方向の指令は操作レバー1を左右に倒す方向で指令し、旋回速度の度合いはレバーの傾きで調整する。
アーム制御用インバータの構成図を図10に示す。操作者が意図する動きを操作レバー1で実現できるように操作して、操作レバー1からの指令信号を、フィルタ部4に出力するが、このフィルタ部は建設機械自身の振動が操作レバー1を揺らすことにより発生する機械的振動によるノイズ除去と応答速度を調整するために必要であり、フィルタ部4の出力10はインバータで実現しようとする旋回方向と速度の指令信号でインバータの制御部5に出力し、この指令値に応じてインバータ7がアーム用電動機6を駆動しアームを動かす。このフィルタは加速時も減速時のどちらにも使用するので、加速時も減速時も応答速度は同じとなる。
なお、建設用機械のアーム制御としては特許文献1が公知となっているが、この特許文献1では、電動機を制御するためにインバータを用い、このインバータのコントローラにレバーからの制御信号を入力して電動機を制御することが記載されているが、図10で示すようなフィルタ部については、記載されてない。
【特許文献1】特開2001−226077
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
安全性、作業性、環境性を考慮し、かつ人間工学的にも良いとされるアーム旋回速度は、加速時はゆっくりとした応答で、減速時は速い応答で、かつ急激な加減速をしないことである。現状では、加速時、減速時とも同じ応答速度で、応答速度は減速時に合わせて速く設定することが多いため、微加速で動かすべき動作のところを速く動かしてしまう可能性が高く、安全性の低下と、作業性が悪いという課題はある。他に、急加速から急減速した場合は速度の時間微分による過大な力がアームにかかり、振動、騒音が発生して環境条件を悪化させるという課題がある。
【0004】
本発明が目的とするところは、アームを有する建設用機械で、アームを動かす動力として電動機を用い、この電動機を駆動するのにインバータを用いるシステムにおいて、作業性、安全性、環境性を向上させるためにアーム動作の加速時、減速時の応答速度を、各時別々に調整をできるようにし、さらに急加速から急減速の指令でも急激な速度変化を抑制するインバータ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の請求項1は、アーム動作の応答速度を加速状態と減速状態で別々に設定するため、アーム動作の速度指令が加速状態か減速状態かを、加減速判断処理部で判断し、フィルタ時定数として加速時には加速時用時定数、減速時には減速時用時定数のどちらかを選択して設定し、このフィルタ出力をもってインバータへの速度指令となることを特徴としたものである。
【0006】
本発明の請求項2は、加速か減速かの判断は、操作レバーからの速度指令を一定時間毎にサンプリングし、前回の指令値を基準に今回の指令値との差を計算し、設定された判定値以上に増加していれば加速、反対にこの判定値以上の減少であれば減速と判断していることを特徴としたものである。
本発明の請求項3は、この判定値の設定値で、実運用上、建設機械自体がかなりの振動状態となるためレバー自体にも連動して振動にさらされるので、この振動幅によるノイズ除去を考慮して設定した判定値であることを特徴としたものである。
【0007】
本発明の請求項4は、作業性から、加速状態時は遅めの応答とし、減速状態時では早い応答とすることを特徴としたものである。
本発明の請求項5は、上記方式において、速度指令が急加速から急減速の時に、インバータ制御部への速度指令値に急変を生じる場合があるので、上記の判断条件の他、追加の条件として操作レバーからの速度指令値と、インバータ制御部への速度指令値の差分を、加速状態から減速状態への切替え条件とすることを特徴としたものである。
本発明の請求項6は、上記、操作レバーからの速度指令値と、インバータ制御部への速度指令値の差分が同じになった時に、加速から減速になったと判断することで、インバータ制御部への速度指令の変化を抑制し、この結果スムーズな加速から減速への切替えができ、アームに過大な力がかからないようにすることを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0008】
以上のとおり、本発明によれば、アームを有する建設用機械で、アームを動かす動力として電動機を用い、この電動機を駆動するのにインバータを用いるシステムにおいて、実現しようとするアーム動作速度の、加速状態、減速状態の応答速度を、別々に調整できるようになり、作業性、安全性が大幅に向上する効果があると共に、操作上での速度指令で、急加速から急減速する時でも、インバータへの速度指令は急激な変化を抑制させスムーズな動作を実現し、その結果アームにかかる力も小さくなり、振動、騒音の低減ができるので環境性も改善される効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本願発明は、アームの動作を電動機とインバータで駆動、制御する方式において、安全性、作業性、環境性を向上するため、加速時と減速時に各々専用のフィルタ定数を使用して、応答性を別々に調節するものである。以下、実施例に基づき詳述する。
【実施例1】
【0010】
図1は、本発明の旋回方向での実施例を示す構成図である。1はアームの操作レバーで、旋回方向と速度指令の2条件の設定を行う。2は加減速判断処理部で、操作レバー1からの信号を受け、加速状態の指令か減速状態の指令かの判断を行う。3は加速状態時用時定数、減速状態時用時定数の選択部で各時の時定数が記憶され、加減速判断処理部2からの指令に基き、どちらかの時定数を選択して4のフィルタ部の定数設定を行う。フィルタ部の定数設定は2と3から構成される定数設定部8により行われる。5はインバータの制御部であり、フィルタ部4から送出される旋回方向と速度指示の出力でインバータ7を制御する。6はアーム駆動用電動機で、インバータ7で駆動される。インバータ7は2から5の構成要素からなる。以上のように構成されたものにおいて、その動作を説明する。
【0011】
アームの速度指令が加速状態か減速状態かの判断は、操作レバーの指令値の変化量から判断するため、操作レバー1からの旋回方向と速度指令値の2条件を含んだ信号を定期的にサンプリングし、2の加速減速判断処理部で速度指令値のみ取出すため、旋回方向を指示する正負の極性を絶対値演算で除去した後、変化量を式(1)で計算する。
【0012】
変化量=|今回の指令値|−|前回の指令値| … (1)
操作レバー1から発する指令値には、操作レバー自身が受ける械的振動により生じる振動幅が含まれるため誤差を含んでいるので、この式(1)の変化量による加速、減速の判断を確実にするため、判定値としては振動幅の1.5倍から2倍程度の式(2)で設定する値を用いる。
【0013】
判定値=(レバーの機械的振動によるノイズ)×1.5〜2程度 …(2)
この判定値を用いた、加速状態の判断は式(3)で、減速状態の判断は式(4)で行い、
加速状態の判断 |変化量|>判定値 かつ 変化量>0 … (3)
減速状態の判断 |変化量|>判定値 かつ 変化量<0 … (4)
定常状態 |変化量|≦判定値 … (5)
式(5)の時は、加速でもなく減速でもない、定常状態と判断する。加減速状態の判断フローを図2示す。加減速判断処理部2で判断が決定した後、3の加速状態時用時定数、減速状態時用時定数の選択部は、各時の時定数、定常状態では直前まで使用していた時定数を選択して、フィルタ部4の時定数を設定する。
フィルタ部4の出力はインバータの制御部5に旋回方向と速度信号として入力されて、加速状態時と減速状態時の応答速度を別々に調節できる制御が実現でき、作業性、安全性が向上する。フィルタが一次遅れで加速時定数が減速時定数より大きい時の、操作レバーの指令値とフィルタ部4の入出力関係図を図3に示す。
図3で明らかなように、実現しようとするアーム動作速度の、加速状態、減速状態の応答速度を、別々に調整できるようになり、作業性、安全性が大幅に向上するものである。
【実施例2】
【0014】
図4は、本発明の他の実施例を示す構成図で、図1と同じ部分若しくは相当する部位に同符号を付してその説明を省略する。実施例1の場合、加速、減速の定常時での応答速度は円滑に実行できるが、図3で示すように、加速状態から減速状態に移行する過渡時において、速度指令として急加速から急減速が発せられる場合がある。実施例2は、急加速変化を抑制して更に安全性の向上を図ったものである。
【0015】
図4において、図1と相違する点は、操作レバーからの速度指令信号からインバータへの速度指令であるフィルタ出力の差分を求める演算部9が追加されたもので、この演算結果は、加減速判断処理部に出力され、加速状態から減速状態への切替えの追加の条件とし、その動作を説明する。
加速状態から減速状態に切替えるタイミングを、操作レバーからの速度指令値とインバータへの速度指令値であるフィルタ出力との差(以下、フィルタ差分という)を式(6)により9の演算部で算出する。
【0016】
フィルタ差分=|指令値|−|フィルタ出力| … (6)
算出されたフィルタ差分は加減速判断処理部2に出力され、2ではフィルタ差分の条件を追加して、加速状態の判断は式(7)、減速状態の判断は式(8)、で行い、その他の条件では、定常状態と判断する。
加速状態の判断 |変化量|>判定値かつ変化量>0かつフィルタ差分>0 …(7)
減速状態の判断 |変化量|>判定値かつ変化量<0かつフィルタ差分<0 …(8)
図5に示すように、フィルタ差分が正から負に変わる時に、加速状態から減速状態と判断することで、インバータ制御部への速度指令として大きな変化がなく、これによってスムーズな切替えが実現できる。加減速状態の判断フローを図6に示す。加減速判断処理部2で判断が決定した後、3の加速状態時用時定数、減速状態時用時定数の選択部は、各時の時定数、定常状態では直前まで使用していた時定数を選択して、フィルタ部4の時定数を設定する。フィルタの出力はインバータの制御部5に旋回方向と速度信号として入力されて、加速状態時と減速状態時の応答速度を別々に調節できる制御が実現でき、作業性、安全性が向上する。
図7と図8は、図6の手法による実際のフィルタの入出力動作図で、加速時定数500ms、減速字定数50msとしたときの指令値(実線)とフィルタ出力(点線)で、フィルタ出力が指令値に追いついた時点で時定数の切換が実行され、より安全な制御の実行が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態を示す構成図
【図2】加速減速状態の判断フロー図
【図3】フィルタ入出力波形図
【図4】本発明の他の実施形態を示す構成図
【図5】フィルタ出力を考慮したフィルタ入出力波形図
【図6】フィルタ出力を考慮した加速減速状態の判断フロー図
【図7】フィルタ動作図1
【図8】フィルタ動作図2
【図9】操作レバー実態図と入出力関係図
【図10】インバータ構成図
【符号の説明】
【0018】
1… 操作レバー
2… 加減速判断処理部
3… 加速状態時用時定数、減速状態時用時定数の選択部
4… フィルタ部
5… 制御部
6… アーム駆動用電動機
7… インバータ
8… フィルタ時定数設定部
9… フィルタ差分演算部
10…旋回方向指令と速度指令

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アームを有する建設用機械で、アームを動かす動力として電動機を用い、この電動機を制御するインバータであって、このインバータの制御信号はアームを操作する操作レバーの操作量がフィルタ部を通して入力されるものにおいて、
前記操作レバーの操作量を入力して加減速を判断する加減速判断処理部と、加速
状態時用の時定数と減速状態時用の時定数が各別に設定され、前記加減速判断処理部の判断処理信号に応じて加速か減速かの時定数を選択する加速状態時用時定数、減速状態時用時定数の選択部を設け、選択された時定数信号を前記フィルタ部に出力するよう構成したことを特徴とした建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。
【請求項2】
前記選択部は、前記操作レバーの操作による変化量の絶対値が予め設定された判定値より大のとき変化量>0かを判断し、0より大のとき加速時定数を選択し、0より小のときに減速時定数を選択すると共に、変化量の絶対値が予め設定された判定値より小のときに現在の時定数を選択することを特徴とした請求項1記載の建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。
【請求項3】
前記判定値は、操作レバーの機械的振動によるノイズの1.5〜2.0倍の範囲であることを特徴とした請求項1又は2記載の建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。
【請求項4】
前記時定数は、加速時の応答速度を減速時の応答速度より遅く設定することを特徴とした請求項1乃至3記載の何れかの建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。
【請求項5】
前記操作レバーの操作量信号とフィルタ部の出力信号を演算部に入力してフィルタ差分を求め、このフィルタ差分を前記加減速判断処理部に入力して時定数切換時の判断に利用することを特徴とした請求項1乃至4記載の何れかである建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。
【請求項6】
前記選択部は、前記操作レバーの操作による変化量の絶対値が予め設定された判定値より大のとき変化量>0で且つフィルタ差分>0のとき加速時定数を選択し、変化量及びフィルタ差分が0より小のときに減速時定数を選択することを特徴とした請求項2乃至5記載の建設機器のアーム駆動用電動機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−68245(P2009−68245A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−237472(P2007−237472)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】