説明

搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロール

【課題】鋼板の通板時に問題となるスリップ、蛇行、ゴミ付き、ビルドアップを同時に解決することができる搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロールを提供する。
【解決手段】表面に溶射被膜を有する鋼板製造用搬送ロールであって、前記溶射被膜がセラミック成分含有率80vol%以下のサーメットまたは耐熱合金からなり、該溶射被膜上に、溶射金属、Cr、Si、Zr、Alのいずれか1種類または2種類以上からなる酸化物層を有し、該酸化物層の表面をJISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータRと、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′が4以上であることを特徴とする搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロール。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射被膜を表面に設け、通板時の金属板材のスリップ、蛇行、ロール表面へのゴミ付き、ビルドアップを抑制した搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロールに関する。
【背景技術】
【0002】
金属板材の製造設備、特に製鉄プロセスラインにおいて、搬送ロールを高速回転させて鋼板を通板する際には、鋼板のスリップ、蛇行、搬送ロール表面へのゴミ付き、ビルドアップ等の現象が発生する。通板時に、鋼板のスリップが発生すると鋼板の表面にスリップ疵が付いて表面品質を損ない、蛇行が発生すると通板速度が低下して生産性が低下する。
【0003】
また、搬送ロールの表面にゴミ付き、ビルドアップが発生すると、ゴミ、異物の形状が鋼板の表面に転写されて表面品質を損ない、鋼板のグレードが格落ちとなるだけでなく、更に搬送ロールの表面に付着した異物を取り除く手入れが必要となり、生産性が低下する。
このような問題は、特に、高温雰囲気内を通板する連続焼鈍炉用のハースロールでは顕著である。
【0004】
鋼板のスリップ、蛇行は、鋼板とロールとの摩擦力不足に起因して発生するものである。したがって、スリップ、蛇行を防止するためには搬送ロールの表面粗度を大きくして摩擦係数を高め、摩擦力を確保して鋼板の浮き上がりを抑制することが必要である。一方、搬送ロールの表面へのゴミ付きは鋼板表面の鉄粉、スラッジ等の異物が搬送ロールの表面に付着する現象であり、ビルドアップは鋼板の表面の鉄、マンガン酸化物等が搬送ロール表面に付着して堆積する現象である。
【0005】
これらを防止するには、ゴミ付きの原因となる鉄粉、スラッジおよび鋼板表面の異物等、並びに、ビルドアップ源である鉄およびマンガン酸化物等の付着または噛み込みの抑制が有効であり、搬送ロールの表面粗度を小さくすることが必要である。即ち、搬送ロールの表面粗度の調整によって鋼板のスリップ・蛇行の防止と、ゴミ付き・ビルドアップの抑制を両立させようとすると、対策が相反しているため最適化は困難である。
【0006】
鋼板のスリップ、蛇行、ロールの表面へのゴミ付き、ビルドアップを抑制する対策として、ロールの表面に、溶射被膜を形成した後にダル加工を施す方法(例えば、下記特許文献1)、ダル加工を施した後に溶射被膜を形成する方法(例えば、下記特許文献2、3)、溶射被膜を形成した後に研磨を施す方法(例えば、下記特許文献4、5)、ダル加工を施した後に溶射被膜を形成し、更に研磨を施す方法(例えば、下記特許文献6〜9)が提案されている。しかし、何れの方法によっても鋼板のスリップ、蛇行の防止と、ロールの表面へのゴミ付き、ビルドアップ防止との両立は困難であった。
【0007】
即ち、特許文献1に提案された方法では、レーザー加工により穿孔した孔の側壁が急峻となるため、ゴミ詰まりが生じ易くなる。また、レーザー加工部には、微細クラックが発生するため表面粗度が大きくなり、ゴミ付き、ビルドアップが発生し易くなる。また、特許文献2、3に提案された方法では、溶射被膜の表面が溶射ままの粗い表面となり、ゴミ付き、ビルドアップが発生し易い。また、特許文献4、5に提案された方法では、表面粗さRaが小さくなり、鋼板のスリップ、蛇行が発生し易くなる。更に特許文献6〜8に提案された方法は、溶射被膜表面に生じている突起部のみの表面粗度を低くするものであり、高温で軟化した鋼板を搬送する場合には突起周辺の傾斜部が鋼板に接触し、ロールにビルドアップが発生し易いという問題があった。
【0008】
また、特許文献9では、ショットブラストまたはブラシ加工により溶射被膜表面を加工し、JISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータR(Ra、Rq、Rp、Rv、Rzの何れか)と、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′を4以上とすることでビルドアップを抑制することが提案されている。しかし、この方法では溶射被膜表面の微細な凹凸を小さくできるが、ショットブラストまたはブラシ加工により溶射被膜表面に新たな変質層を形成してしまい、これが原因でゴミ付き、ビルドアップを完全に防止できないという問題があった。
【特許文献1】特公平7−57904号公報
【特許文献2】特公平7−47766号公報
【特許文献3】特開平9−157826号公報
【特許文献4】特開平10−168527号公報
【特許文献5】特開平10−168528号公報
【特許文献6】特公平7−22773号公報
【特許文献7】特開平7−1021号公報
【特許文献8】特開平7−39918号公報
【特許文献9】特開2005−105338号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、前述のような従来技術の問題点を解決し、溶射被膜上のゴミ付き、またはビルドアップ発生を解決した搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロールを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、まず、特許文献9に基づいて溶射被膜上にショットブラストまたはブラシ加工を行ってみた結果、表面の微細な(ミクロな)凹凸が小さくなり、ある程度ゴミ付き、ビルドアップ発生が抑制できることを確認した。しかし、抑制効果が十分でないため原因を種々調査した結果、ショットブラストまたはブラシ加工を溶射被膜表面に施すと、サーメット溶射被膜では溶射被膜表面に新たに金属新生面が露出し反応、付着しやすくなること、また、セラミック溶射被膜およびセラミック成分の多いサーメット溶射被膜では、溶射被膜中のセラミックスおよびその周囲にクラックが生じ、これにゴミやビルドアップ源が噛み込みやすくなるため、結果としてゴミ付き、ビルドアップ発生の原因となっていることを確認した。
【0011】
本発明者は、この問題を解決する手段として、溶射被膜成分をセラミック含有量80vol%以下とし、かつショットブラストまたはブラシ加工後に溶射被膜表面に酸化処理、クロム酸処理またはシリカ等の酸化被膜形成処理を施すことが有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明の要旨とするところは、以下の通りである。
(1)表面に溶射被膜を有する鋼板製造用搬送ロールであって、前記溶射被膜がセラミック成分含有率80vol%以下のサーメットまたは耐熱合金からなり、該溶射被膜上に、溶射金属、Cr、Si、Zr、Alのいずれか1種類または2種類以上からなる酸化物層を有し、該酸化物層の表面をJISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータRと、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′が4以上であることを特徴とする搬送ロール。
(2)前記粗さパラメータRが、算術平均粗さRa、二乗平均平方根粗さRq、粗さ曲線の最大山高さRp、粗さ曲線の最大谷深さRv、最大高さ粗さRzの何れかであることを特徴とする(1)に記載の搬送ロール。
(3)ロール母材と溶射被膜の間に耐熱合金の下地層を有することを特徴とする(1)または(2)に記載の搬送ロール。
(4)前記酸化物層の厚みが0.01μm以上10μm以下であることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれか1項に記載の搬送ロール。
(5)(1)乃至(4)のいずれか1項に記載の搬送ロールを用いた連続焼鈍炉用ハースロールであって、カットオフ値を2.5mmに設定して測定した外周のストレート部の粗さパラメータRaが2μm以上であることを特徴とする連続焼鈍炉用ハースロール。
(6)外周の軸方向中央部分にストレート部を有し、前記ストレート部の両側にテーパ部を設け、カットオフ値を0.8mmに設定して測定した前記テーパ部の粗さパラメータRaが0.1〜2μmであることを特徴とする(5)に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、鋼板の通板時に問題となるスリップ、蛇行、ゴミ付き、ビルドアップを同時に解決することができる搬送ロール、特に連続焼鈍炉用ハースロールの提供が可能になり、搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロールに起因する鋼板疵を防止して鋼板品質の向上を図ることができ、かつ、高速で安定した通板が可能になり、生産性を向上させることができるなど、産業上有用な著しい効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者は、鋼板のスリップ、蛇行、ゴミ付き、ビルドアップを解決するため、まず、溶射被膜表面にショットブラスト加工およびブラシ加工を施した搬送ロールを作製し評価した。その結果、両加工後被膜表面は、共に微細な(ミクロな)凹凸が少なくなっており、かつ、高さが数μm〜数十μmで、ピッチが数十〜数百μmのマクロな凹凸が保持できていることを確認した。
【0014】
これらの搬送ロール表面の形状を定量的に評価するために粗さパラメータを測定した。溶射ままの被膜では、カットオフ値2.5mmのRaは5.6μm、カットオフ値0.25mmのRa′は2.1μmであったのに対し、ショット加工被膜では、カットオフ値2.5mmのRaは5.4μm、カットオフ値0.25mmのRa′は0.9μm、ブラシ加工被膜では、カットオフ値2.5mmのRaは5.5μm、カットオフ値0.25mmのRa′は0.9μmであった。溶射ままの被膜、ショット被膜およびブラシ被膜では、粗さパラメータの比Ra/Ra′はそれぞれ、2.7、6.0および6.1であり、粗さパラメータの比R/R′が4以上であるショット加工被膜およびブラシ加工被膜は、鋼板のスリップ、蛇行が防止でき、かつゴミ付き、ビルドアップ発生がある程度抑制されることが確認できた。
【0015】
しかし、ショットブラスト加工またはブラシ加工のみではゴミ付、ビルドアップ発生は抑制できているものの十分ではなく、この原因について種々調査した。
【0016】
その結果、これには主に2つの原因があることを見出した。
【0017】
第一に、サーメット溶射被膜では、ショットブラスト加工またはブラシ加工を溶射被膜表面に施すと、表面に新たに金属新生面が露出し付着、反応しやすくなるため、そこへゴミ付き、ビルドアップ発生が起きていた。第二に、セラミック溶射被膜およびセラミック成分の多いサーメット溶射被膜では、溶射被膜中のセラミックスおよびその周辺に、ショットブラスト加工またはブラシ加工によりクラックが生じ、これにゴミやビルドアップ源が噛み込みやすくなるため、そこへゴミ付き、ビルドアップ発生が起きていた。
【0018】
本発明者は、この問題を解決する手段として以下2点を見出した。
【0019】
第一に、ショットブラスト加工またはブラシ加工後に表面に溶射金属、Cr、Si、Zr、Alのいずれか1種類または2種類以上からなる酸化物層を形成させることである。すなわち、溶射金属の酸化処理、クロム酸処理またはシリカ、ジルコニア、アルミナのいずれか1種類もしくは2種類以上からなる酸化被膜形成処理を施すことである。これにより、ショットブラスト加工またはブラシ加工後に新たに露出した金属新生面が酸化物被膜で覆われるため、ゴミ付き、ビルドアップ発生が起きない。
【0020】
第二に、サーメット溶射被膜のセラミック成分を80vol%以下とすることである。これにより、ショットブラスト加工またはブラシ加工により被膜中の金属成分が塑性変形することで被膜の変形を吸収し、被膜中のセラミックスおよびその周囲にクラックが発生することを防止できる。
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0022】
本発明は、セラミック成分含有率が80vol%以下のサーメットまたは耐熱合金の溶射被膜上に、溶射金属、Cr、Si、Zr、Alのいずれか1種類または2種類以上からなる酸化物層を有し、その表面をJISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータRと、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′が4以上であることを特徴とする搬送ロール、特に連続焼鈍炉用ハースロールである。
【0023】
溶射被膜中のセラミック成分含有率は、事前に金属とセラミックスの割合を調整した原料粉末を用いて溶射施工することで80vol%以下にできるし、金属とセラミックスの2種類の粉末を供給量を調整しながら溶射施工することでも80vol%以下にできる。また、溶射施工後の被膜断面組織を、例えばSEMにより観察することでセラミック成分含有率を確認することができる。
【0024】
ここで、溶射被膜中のセラミック成分含有率は高いほど高強度であり、低いほど高靭性となる。そこで本発明は、サーメット溶射被膜のセラミック成分を80vol%以下とすることにより、ショットブラスト加工またはブラシ加工により被膜中の金属成分が塑性変形することで被膜の変形を吸収し、被膜中のセラミックスおよびその周囲にクラックが発生することを防止できる。また、マトリックスとなる耐熱金属の高温強度が使用上十分であれば、溶射被膜中のセラミックス成分含有率を0vol%として、溶射被膜はこの耐熱合金のみとなってもよい。
【0025】
溶射ままでは溶射被膜の表面には微細な(ミクロな)凹凸が残るため、例えば、溶射被膜の表面に直径10〜5000μmの金属またはセラミック球を投射しショットブラスト加工するか、セラミックまたはセラミック砥粒入り樹脂ブラシのディスクを表面に当ててブラシ加工する。
【0026】
ショットブラスト加工またはブラシ加工後には溶射金属の酸化物層を得る酸化処理、クロム酸化物層を得るクロム酸処理、または、シリカ、ジルコニア、アルミナのいずれか1種類もしくは2種類以上からなる酸化物層を得る酸化被膜形成処理を施す。
【0027】
クロム酸処理またはシリカ、ジルコニア、アルミナのいずれか1種類もしくは2種類以上からなる酸化被膜形成処理では、金属新生面の露出部を酸化物で覆うとともに、表面の極微細な気孔・クラックを充填することで平滑性が著しく向上する効果もあり、ゴミ付き、ビルドアップ発生を抑制することができる。ただし、クロム酸処理またはシリカ、ジルコニア、アルミナのいずれか1種類もしくは2種類以上からなる酸化被膜形成処理による被膜の厚みが必要以上に厚くなると、ゴミ付き、ビルドアップ発生の原因となる成分、例えばFe、Mnおよびその酸化物との反応が促進されるため、10μm以下の薄膜とすることが必要である。また、被膜厚みは0.01μm以上あればゴミ付き、ビルドアップ発生が防止できる。
【0028】
酸化処理は、大気中にて300℃〜600℃の高温に10minから10hr程度の時間保持することで実施できる。この処理で0.01〜10μmの厚さの溶射金属酸化物層が得られる。
【0029】
クロム酸処理は、クロム酸を5〜90vol%含む水溶液に浸漬、塗布、またはスプレーした後に、350℃〜550℃で焼成する。これを繰り返すことによって、処理被膜の膜厚を変化させることができるが、回数を増す毎に被膜が厚くなるので、3回以内程度の処理で終了させることが好ましい。この処理で0.01〜10μmの厚さのクロム酸化物層が得られる。
【0030】
シリカ、ジルコニア、アルミナのいずれか1種類もしくは2種類以上からなる酸化被膜形成処理は、例えばシリコン、ジルコニウム、アルミニウムのアルコキシドのいずれか1種類もしくは2種類以上を5から90vol%含むアルコール水溶液に浸漬、塗布、またはスプレーした後に、100℃〜500℃で焼成する。これを繰り返すことによって、処理被膜の膜厚を変化させることができるが、この場合も回数を増す毎に被膜が厚くなるので、10回以内程度の処理で終了させることが好ましい。この処理で0.01〜10μmの厚さのシリカ、ジルコニア、アルミナ等の酸化物層が得られる。
【0031】
粗さパラメータについては、JISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータRと、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′を用いる。表面粗度の測定において、カットオフ値の初期値は、粗さパラメータの数値に応じて、JISB0633に準拠して決定するものとし、例えば、Raが2〜10μmの範囲の場合、カットオフ値の初期値を2.5mmに設定すれば良い。
【0032】
ここで、粗さパラメータRは、JISB0601に記載された算術平均粗さRa、二乗平均平方根粗さRq、粗さ曲線の最大山高さRp、粗さ曲線の最大谷深さRv、最大高さ粗さRzの何れでも良い。この中で、ロールの設計に使用される最も一般的な粗さパラメータはRaであり、例えば、連続焼鈍炉用ハースロールについては、粗さパラメータとして、Raを採用することが好ましい。
【0033】
ショットブラスト加工またはブラシ加工を行うと表面のミクロな凹凸が滑らかになるが、マクロな凹凸が残る。これにより、粗さパラメータRが変化しないが、粗さパラメータR′が小さくなり、ショットブラスト加工またはブラシ加工を行うことで、R/R′が4以上となるため、鋼板のスリップ、蛇行が防止でき、かつゴミ付き、ビルドアップ発生を抑制することができる。なお、R/R′の上限は特に規定しないが、R′の小さくなる現実的な限界から通常、10以下が好ましい。
【0034】
また、連続焼鈍炉用ハースロールではカットオフ値を2.5mmに設定して測定した粗さパラメータRaは、2μmよりも小さいと鋼板がスリップ、蛇行しやすいため2μm以上であることが好ましく、マクロな凹凸が大きいとロール表面の凹凸が鋼板に転写されて鋼板の表面品質を損なうことがあるため、上限は30μm以下にすることが好ましい。
【0035】
粗さパラメータの測定は、溶射後の搬送ロールまたは連続焼鈍炉用ハースロールの表面で直接行っても良く、小片を採取して行っても良いが、これらの素材から切り出した小片または同一素材の鋼板、鋳鋼の小片に、同一の条件で溶射した試料を用いて行っても良い。また、搬送ロールまたは連続焼鈍炉用ハースロールの表面に、溶射被膜の密着性向上および粗さ付与のためグリッドブラスト等の前処理を行う場合には、粗さ測定用試料の表面にも同様の前処理を行うことが好ましい。
【0036】
酸化処理、クロム酸処理および酸化被膜形成処理のうち、いずれの処理のあとでもマクロにもミクロにも表面粗度はほとんど変化しない。
【0037】
また、溶射被膜厚みはその下地層を含めて、通常、20〜300μmの範囲である。
【0038】
連続焼鈍炉用ハースロールでは、軸方向中央部分の500〜1000mmはフラットとし、両端に半径減少量/テーパ部長さの比で0.1/1000から10/1000程度に傾斜したテーパ部を設けて、クラウンを付与する。この場合に、テーパ部の粗さパラメータはカットオフ値0.8mmのRaを0.1〜2μmとすることが好ましい。これは、テーパ部の粗さパラメータRaが0.1μmよりも小さいと鋼板のスリップが増加し、2μmよりも大きいと鋼板の中央部で絞り現象による座屈が発生し易くなるためである。
【0039】
次に、本発明の搬送ロールおよび焼鈍炉用ハースロールの製造方法について説明する。
【0040】
まず、ロール母材としてはステンレス系耐熱鋳鋼が用いられ、特にSCH22が最適である。
【0041】
本発明の搬送ロールおよび焼鈍炉用ハースロールの表面への溶射被膜またはその下地層の形成は、密着性向上および粗さ付与のためグリッドブラストを行った後に高速フレーム溶射、高速ガス溶射(High Velocity Oxygen−Fuel Thermal Spraying Process、HVOFという)、爆発溶射(Detonation Gun Process、D−gunという)、プラズマ溶射等により通常の溶射条件で行えば良い。
【0042】
これにより、JISB0633に準拠してカットオフ値を2.5mmとして測定した表面粗さパラメータRaが2〜30μmのマクロな凹凸を有する溶射被膜を得ることができる。
【0043】
HVOFによって溶射する場合には、燃料ガスをケロシン、C38、C22、C36の何れかとし、燃料ガスの圧力を0.1〜1MPa、燃料ガスの流量を10〜500l/minとし、酸素ガスの圧力を0.1〜1MPa、酸素ガスの流量を100〜1000l/minとすることが好ましい。
【0044】
また、プラズマ溶射の場合は、作動ガスをAr−H2、Heの何れかとし、作動ガスの流量を100〜300l/min、出力を10〜200kWとすることが好ましい。
【0045】
これらの溶射被膜の原料粉体の粒度は、10〜50μmとすることが好ましい。
【0046】
溶射被膜は、搬送ロールおよび連続焼鈍炉用ハースロールのビルドアップを抑制するためには、CrB2、ZrB2、Cr32、ZrO2、Al23、Cr23、Y23、またはそれらの複合酸化物からなるセラミックス、および、CoNiCrAlY、CoCrAlY、NiCoCrAlY等の耐熱合金からなるサーメットを選択することが好ましい。また、溶射被膜として用いる耐熱合金または溶射被膜の下地層に用いる耐熱合金は前記のCoNiCrAlY、CoCrAlY、NiCoCrAlY等のいずれかであることが好ましい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【0048】
材質として図1に示すSCH−22を用いた母材ロール1の表面に、図2に示すようにアルミナグリッドブラスト加工を施した。このときのロール母材表面2の表面粗さはカットオフ値2.5mmの表面粗さパラメータRaで2〜10μmの範囲とする。場合によっては、図3に示すように母材ロール表面に前記耐熱合金の下地層3を施す。この母材上または下地層上に、図4に示すように耐熱合金またはセラミックスからなるサーメット溶射被膜4を、50〜300μmの厚みになるようにHVOF、D−gun、プラズマ溶射によって溶射し、各種溶射サンプルを作成した。なお、溶射条件は通常の範囲とした。母材ロール1としては直径1mのフラットロールを用いたが、一部、端部の直径を中央部の直径よりも2mm程度小さくし、軸方向中央部分の700mmはフラットとし、両端に傾斜したテーパ部のあるクラウンロールも用いた。
【0049】
次に、サンプル表面に、直径10〜5000μmの金属またはセラミック球を投射するブラスト加工、セラミックブラシまたはセラミック砥粒入り樹脂ブラシによるブラシ加工の何れか(表面加工)を行った。この溶射被膜のRa、Rzをカットオフ値2.5mmとカットオフ値を0.25mmとして測定した。この時点で表面粗さを測定し、少なくともR/R′が4以上となっていることを確認した。すなわち、この時点でのロール表面はミクロには滑らかにマクロには凹凸のある状況であるが、図5に示すように微細クラック8や新生面7がわずかに露出していた。この状態でロールを使用すると、微細クラック8や新生面7にビルドアップ源が付着することがあり得た。
【0050】
酸化処理は、大気中400℃で実施した。この処理で0.1μm程度の厚さの溶射金属酸化物層が得られる。
【0051】
クロム酸処理は、60%クロム酸水溶液をスプレーした後に550℃で5hr焼成を行い、これを2回繰り返した。この処理で0.1μm程度の厚さのクロム酸化物層が得られる。シリカ、ジルコニア、アルミナの酸化被膜形成処理は、シリコン、ジルコニア、アルミナの10%金属アルコキシドアルコール水溶液をスプレーした後に200℃の焼成を2回行った。この処理で1μm程度の厚さの酸化物層が得られた。
【0052】
これらの酸化処理、クロム酸処理および酸化被膜形成処理のいずれかの処理(加工後処理)により、図6に示すように微細クラック8や金属新生面7のロール表面への露出をなくすことができた。これにより、例えばビルドアップ源10がロール表面9に衝突してもビルドアップ源10が付着することがない。
【0053】
上記条件で作製した溶射被膜のRa、Rzをカットオフ値2.5mmとカットオフ値を0.25mmとして再度測定し最終的に評価した。
【0054】
本発明被膜を実機連続焼鈍炉の均熱帯のハースロール(ロール:φ1m、雰囲気:温度850℃、窒素−水素3%、露点−30℃、鋼板:張力10MPa、鋼板平均厚み1mmt、速度300mpm、鋼種ハイテン)にて1年使用した結果を表1にまとめた。
【0055】
発明例1〜9は、溶射被膜の成分を変えて上記の一連の製造方法で製造された搬送ロールである。これらは、鋼板の搬送中にいずれもスリップが生じにくく、これによりウォークが生じず、結果的に通板性が良かった。また、1年使用してもビルドアップが発生せず、良好な通板性は1年間の最初から最後まで保たれた。
【0056】
発明例10は発明例1の溶射被膜層の下に下地層を施したものであるが、発明例1と同様に1年の使用後でも通板性と耐ビルドアップ性が保たれていた。この下地層は溶射被膜に比べて延性および靭性が高いことにより、下地層がない溶射被膜に比べて疲労強度が高く、寿命が長い。
【0057】
発明例11は発明例4と同じであるが、クラウンロールを用いている。ロール形状が異なるが、発明例4と同様に1年の使用後でも通板性と耐ビルドアップ性が保たれていた。
【0058】
一方、本発明に比べて酸化処理等の加工後処理を施さなかった比較例1〜3では、1年間通板性が保たれたものの、1年の使用後にビルドアップが生じた。これは表面にわずかに露出していた微細クラックや新生面が起点となっていた。
【0059】
さらに、ショットブラスト等の表面加工と加工後処理との両方を施さなかった比較例4ではビルドアップが激しく発生した上に、ウォークが発生し、通板性まで劣っていた。
【0060】
したがって、表1のように本発明の溶射被膜は通板性が高く、かつ耐ビルドアップ性が非常に優れることが判り、本発明の効果が確認された。
【0061】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、母材ロールを示す図である。
【図2】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、アルミナグリッドブラスト加工を示す図である。
【図3】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、耐熱合金の下地層を示す図である。
【図4】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、サーメット溶射皮膜を示す図である。
【図5】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、ロール表面の微細クラックや新生面を示す図である。
【図6】本発明の搬送ロールの製作手順を表す概略図であり、ロール表面を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
1 ロール母材
2 粗化したロール母材表面
3 下地層
4 溶射層
5 溶射ままの溶射層の表面
6 ブラスト加工した溶射層の表面
7 露出した金属新生面
8 微細クラック
9 酸化処理した表面
10 ビルドアップ源
11 ロール表面のうち本願発明の溶射被膜を有する領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に溶射被膜を有する鋼板製造用搬送ロールであって、前記溶射被膜がセラミック成分含有率80vol%以下のサーメットまたは耐熱合金からなり、該溶射被膜上に、溶射金属、Cr、Si、Zr、Alのいずれか1種類または2種類以上からなる酸化物層を有し、該酸化物層の表面をJISB0633に準拠してカットオフ値を初期値に設定して測定した粗さパラメータRと、カットオフ値を前記初期値の1/10に設定して測定した粗さパラメータR′との比R/R′が4以上であることを特徴とする搬送ロール。
【請求項2】
前記粗さパラメータRが、算術平均粗さRa、二乗平均平方根粗さRq、粗さ曲線の最大山高さRp、粗さ曲線の最大谷深さRv、最大高さ粗さRzの何れかであることを特徴とする請求項1に記載の搬送ロール。
【請求項3】
ロール母材と溶射被膜の間に耐熱合金の下地層を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の搬送ロール。
【請求項4】
前記酸化物層の厚みが0.01μm以上10μm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の搬送ロール。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の搬送ロールを用いた連続焼鈍炉用ハースロールであって、カットオフ値を2.5mmに設定して測定した外周のストレート部の粗さパラメータRaが2μm以上であることを特徴とする連続焼鈍炉用ハースロール。
【請求項6】
外周の軸方向中央部分にストレート部を有し、前記ストレート部の両側にテーパ部を設け、カットオフ値を0.8mmに設定して測定した前記テーパ部の粗さパラメータRaが0.1〜2μmであることを特徴とする請求項5に記載の連続焼鈍炉用ハースロール。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−1927(P2008−1927A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−170981(P2006−170981)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】