説明

減衰力可変ダンパの制御装置

【課題】 定常円旋回走行時等における乗り心地の向上を実現した減衰力可変ダンパの制御装置を提供する。
【解決手段】 ロール減衰力ベース値Drbとストローク速度Ssとが逆符号となり、ステップS12の判定がNoになると、ロール演算制御部56は、ステップS14でロール減衰力ベース値Drbが縮み側に設定されているか否かを判定する。そして、ロール演算制御部56は、ステップS14の判定がYesであれば、ステップS15でストローク速度Ssに縮み側係数K1を乗じて減衰力補正値Dcを算出し、ステップS14の判定がNoであれば、ステップS16でストローク速度Ssに伸び側係数K2を乗じて減衰力補正値Dcを算出する。減衰力補正値Dcを算出すると、ロール演算制御部56は、ステップS17で、ロール減衰力ベース値Drbから減衰力補正値Dcを減じることによりロール減衰力目標値Drを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減衰力可変ダンパの制御装置に係り、詳しくは、定常円旋回走行時等における乗り心地の向上を実現する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のサスペンションに用いられる筒型ダンパでは、乗り心地や操縦安定性の向上を図るべく、減衰力を段階的あるいは無段階に可変制御できる減衰力可変型のものが種々開発されている。減衰力可変ダンパ(以下、単にダンパと記す)を装着した車両では、車両の走行状態に応じてダンパの減衰力を可変制御することにより、操縦安定性や乗り心地の向上が図られている。例えば、車両の旋回走行時には横方向運動に伴う慣性力(横加速度)によって車体が左右方向にロールするが、この際における車体の過大なロールを抑制すべく、横Gセンサによって検出された横加速度の微分値に応じてダンパの目標減衰力を高くするようにしている。(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−69527号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1の減衰力制御方法では、車体のロール角が変化しない(すなわち、横加速度の微分値が0近傍となる)定常円旋回走行時等においても、横Gセンサにノイズが重畳すると目標減衰力が小刻みに増大してしまうことがあった。この場合、路面に小さな凹凸が存在してもダンパがテレスコピック動し難くなり、ストローク速度に応じた減衰力の低減(すなわち、突き上げのいなし)が殆ど行われなくなり、乗り心地の悪化等が生じる問題があった。
【0004】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、定常円旋回走行時等における乗り心地の向上を実現した減衰力可変ダンパの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
第1の発明は、車体と車輪との相対振動の減衰に供される減衰力可変ダンパを駆動制御する制御装置であって、前記車体の運動状態量に基づいて目標減衰力を設定する目標減衰力設定手段と、前記減衰力可変ダンパのストローク方向が前記目標減衰力の発生方向と異なる場合に、当該減衰力可変ダンパのストローク速度に応じて前記目標減衰力を補正する目標減衰力補正手段とを備えたことを特徴とする。
【0006】
また、第2の発明は、第1の発明に係る減衰力可変ダンパの制御装置において、前記目標減衰力補正手段は、前記補正にあたり、前記ストローク速度に所定の係数を乗じた値を前記目標減衰力から減じることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
第1の発明によれば、横Gセンサの出力にノイズが重畳されることで、減衰力可変ダンパが伸び側にストロークしているにも拘わらず、横加速度の微分値に基づいて縮み側に目標減衰力が設定された場合においても、ストローク速度に応じて目標減衰力が補正されることによって過剰な減衰力による乗り心地の悪化が抑制される。また、第2の発明によれば、比較的簡単な演算によって目標減衰力の補正が行えるため、演算制御回路等の簡略化や製造コストの低減が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を4輪自動車に適用した一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。図1は実施形態に係る4輪自動車の概略構成図であり、図2は実施形態に係るダンパの縦断面図であり、図3は実施形態に係る減衰力制御装置の概略構成を示すブロック図であり、図4はロール制御部の概略構成を示すブロック図である。
【0009】
<自動車の概略構成>
先ず、図1を参照して、実施形態に係る自動車の概略構成について説明する。説明にあたり、4本の車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやサスペンション等については、それぞれ数字の符号に前後左右を示す添字を付して、例えば、車輪3fl(左前)、車輪3fr(右前)、車輪3rl(左後)、車輪3rr(右後)と記すとともに、総称する場合には、例えば、車輪3と記す。
【0010】
図1に示すように、自動車(車両)Vの車体1にはタイヤ2が装着された車輪3が前後左右に設置されており、これら各車輪3がサスペンションアーム4や、スプリング5、減衰力可変式ダンパ(以下、単にダンパと記す)6等からなるサスペンション7によって車体1に懸架されている。自動車Vには、各種の制御に供されるECU(Electronic Control Unit)8の他、車速センサ9や横Gセンサ10、前後Gセンサ11、ヨーレイトセンサ12等が車体1の適所に設置されている。また、自動車Vには、上下Gセンサ(ばね上加速度検出手段)13と、ストロークセンサ(状態量検出手段)14とが各車輪3fl〜3rrごとに設置されている。
【0011】
ECU8は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、通信回線(本実施形態では、CAN(Controller Area Network))を介して、各車輪3のダンパ6や各センサ9〜14と接続されている。
【0012】
<ダンパ>
図2に示すように、本実施形態のダンパ6は、モノチューブ式(ド・カルボン式)であり、MRF(Magneto-Rheological Fluid:磁気粘性流体)が充填された円筒状のシリンダ22と、このシリンダ22に対して軸方向に摺動するピストンロッド23と、ピストンロッド23の先端に装着されてシリンダ22内を上部油室24と下部油室25とに区画するピストン26と、シリンダ22の下部に高圧ガス室27を画成するフリーピストン28と、ピストンロッド23等への塵埃の付着を防ぐカバー29と、フルバウンド時における緩衝を行うバンプストップ30とを主要構成要素としている。
【0013】
シリンダ22は、下端のアイピース22aに嵌挿されたボルト31を介して、車輪側部材であるサスペンションアーム4の上面に連結されている。また、ピストンロッド23は、上下一対のラバーブッシュ32とナット33とを介して、その上端のスタッド23aが車体側部材であるダンパベース(ホイールハウス上部)34に連結されている。
【0014】
ピストン26には、上部油室24と下部油室25とを連通する連通路41と、この連通路41の内側に位置するMLVコイル42とが設けられている。ECU8からMLVコイル42に電流が供給されると、連通路41を流通するMRFに磁界が印可されて強磁性微粒子が鎖状のクラスタを形成する。これにより、連通路41を通過するMRFの見かけ上の粘度(以下、単に粘度と記す)が上昇し、ダンパ6の減衰力が増大する。
【0015】
<減衰力制御装置の概略構成>
図3に示すように、ECU8には、ダンパ6の制御を行う減衰力制御装置50が内装されている。減衰力制御装置50は、上述した各センサ9〜14が接続する入力インタフェース51と、各センサ9〜13の検出信号から得られたロールモーメントやピッチモーメント、ばね上速度等に基づき各ダンパ6の目標減衰力を設定する減衰力設定部52と、減衰力設定部52から入力した目標減衰力とストロークセンサ14から入力したストローク速度Ssとに応じて各ダンパ6(MLVコイル42)への駆動電流を生成する駆動電流生成部53と、駆動電流生成部53が生成した駆動電流を各ダンパ6に出力する出力インタフェース54とから構成されている。なお、減衰力設定部52には、スカイフック制御に供されるスカイフック演算制御部55や、ロール制御に供されるロール演算制御部56、ピッチ制御に供されるピッチ演算制御部57等が収容されている。
【0016】
<ロール演算制御部>
図4に示すように、ロール演算制御部56は、車速センサ9から入力した車速信号v、横Gセンサ10から入力した横加速度信号Gy、ヨーレイトセンサ12から入力したヨーレイト信号γ等に基づいてロール減衰力ベース値Drbを設定するロール減衰力ベース値設定部(目標減衰力設定手段)61と、ロール減衰力ベース値Drbの符号とストロークセンサ14から入力したストローク速度Ssの符号とを比較する符号比較部62と、符号比較部62の比較結果とストローク速度Ssとに基づき減衰力補正値Dcを算出する補正値算出部(目標減衰力補正手段)63と、ロール減衰力ベース値Drbと減衰力補正値Dcとに基づいてロール減衰力目標値Drを設定するロール目標値設定部(目標減衰力補正手段)64とを各車輪3ごとに備えている。
【0017】
≪実施形態の作用≫
<減衰力制御>
自動車が走行を開始すると、減衰力制御装置50は、所定の処理インターバル(例えば、10ms)をもって、図5のフローチャートにその手順を示す減衰力制御を実行する。減衰力制御を開始すると、減衰力制御装置50は、図5のステップS1で、横Gセンサ10、前後Gセンサ11、および上下Gセンサ13から得られた車体1の加速度や、車速センサ(図示せず)から入力した車体速度、操舵角センサ(図示せず)から入力した操舵速度等に基づき自動車Vの運動状態(各車輪におけるばね上速度等)を判定する。次に、減衰力制御装置50は、自動車Vの運動状態に基づき、ステップS2で各ダンパ6のスカイフック減衰力目標値Dshを算出し、ステップS3で各ダンパ6のロール減衰力目標値Drを算出し、ステップS4で各ダンパ6のピッチ減衰力目標値Dpを算出する。
【0018】
次に、減衰力制御装置50は、ステップS5で各ダンパ6のストローク速度Ssが正の値であるか否かを判定し、この判定がYesであった場合(すなわち、ダンパ6が伸び側に作動している場合)、ステップS6で3つの減衰力目標値Dsh,Dr,Dpのうち値が最も大きいものを目標減衰力Dtgtに設定する。また、減衰力制御装置50は、ステップS5の判定がNoであった場合(すなわち、ダンパ6が縮み側に作動している場合)、ステップS7で3つの減衰力目標値Dsh,Dr,Dpのうち値が最も小さいものを目標減衰力tgtに設定する。
【0019】
ステップS6またはステップS7で目標減衰力Dtgtを設定すると、減衰力制御装置50は、ステップS8で図6の目標電流マップから目標電流を検索/設定する。次に、減衰力制御装置50は、ステップS8で設定された目標電流に基づき、ステップS9で各ダンパ6のMLVコイル42に駆動電流を出力する。
【0020】
<ロール目標値設定処理>
上述した減衰力制御と並行して、減衰力制御装置50内のロール演算制御部56は、所定の処理インターバルをもって、図7のフローチャートにその手順を示すロール目標値設定処理を行う。ロール目標値設定処理を開始すると、ロール演算制御部56は、図7のステップS11で、車体1の運動状態量(車速信号v、横加速度信号Gy、ヨーレイト信号γ)に基づいてロール減衰力ベース値Drbを設定する。次に、ロール演算制御部56は、ステップS12でロール減衰力ベース値Drbの発生方向(符号)とストローク速度Ssの方向(符号)とが同一であるか否かを判定し、この判定がYesであればステップS13でロール減衰力ベース値Drbをそのままロール減衰力目標値Drとする。
【0021】
一方、横Gセンサ10からの横加速度信号Gyにノイズが重畳してロール減衰力ベース値Drbとストローク速度Ssとが逆符号となり、ステップS12の判定がNoになると、ロール演算制御部56は、ステップS14でロール減衰力ベース値Drbが縮み側に設定されているか否かを判定する。そして、ロール演算制御部56は、ステップS14の判定がYesであれば、ステップS15でストローク速度Ssに縮み側係数K1を乗じて減衰力補正値Dcを算出し、ステップS14の判定がNoであれば、ステップS16でストローク速度Ssに伸び側係数K2を乗じて減衰力補正値Dcを算出する。なお、本実施形態の縮み側係数K1,K2はともに負の値である。また、縮み側のロール制御ゲインが伸び側のロール制御ゲインより大きく設定されている(すなわち、ロール減衰力ベース値Drbは、縮み側が伸び側よりも相対的に大きい)ことに対応すべく、縮み側係数K1は伸び側係数K2に対してその絶対値が有意に大きく設定されている。
【0022】
ステップS15またはステップS16で減衰力補正値Dcの算出を終えると、ロール演算制御部56は、ステップS17で、ロール減衰力ベース値Drbから減衰力補正値Dcを減じることによりロール減衰力目標値Drを求める。ステップS13またはステップS17でロール減衰力目標値Drを求めると、ロール減衰力ベース値Drbは、ステップS18で減衰力設定部52内の図示しない目標減衰力設定部にロール減衰力目標値Drを出力する。
【0023】
本実施形態では、このような構成を採ったことにより、図8(旋回外側の車輪3における横加速度Gyと目標減衰力Dtgtとの時間変化を示すグラフ)に示すように、横Gセンサ10の検出信号へのノイズの重畳によってロール減衰力ベース値Drb(破線で示す)が小刻みに増大しても、目標減衰力Dtgt(ロール減衰力目標値Dr)の増大が極めて効果的に抑制され、定常円旋回走行時における乗り心地の向上を実現することができる。なお、図8は、本発明者等が行った走行試験の結果を旋回外側の車輪3について示すものである。
【0024】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様は上記実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では伸び側係数に対して縮み側係数の絶対値を大きく設定したが、伸び側のロール制御ゲインが縮み側のロール制御ゲインより大きく設定されている場合には、縮み側係数に対して伸び側係数の絶対値を大きく設定するようにすればよい。また、上記実施形態では縮み側係数や伸び側係数を定数としたが、ストローク速度をパラメータとするマップを用いて設定するようにしてもよい。また、上記実施形態はロール制御に本発明を適用したものであるが、本発明はピッチ制御等にも当然に適用可能である。その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば、自動車や制御装置の具体的構成、制御の具体的手順等について適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施形態に係る4輪自動車の概略構成図である。
【図2】実施形態に係るダンパの縦断面図である。
【図3】実施形態に係る減衰力制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【図4】実施形態に係るロール制御部の概略構成を示すブロック図である。
【図5】実施形態に係る減衰力制御の手順を示すフローチャートである。
【図6】実施形態に係る目標電流マップである。
【図7】実施形態に係るロール目標値設定処理の手順を示すフローチャートである。
【図8】旋回外側の車輪における横加速度と目標減衰力との時間変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0026】
1 車体
3 車輪
6 ダンパ
10 横Gセンサ
14 ストロークセンサ
50 減衰力制御装置
52 減衰力設定部
56 ロール演算制御部
61 ロール減衰力ベース値設定部(目標減衰力設定手段)
62 符号比較部
63 補正値算出部(目標減衰力補正手段)
64 ロール目標値設定部(目標減衰力補正手段)
V 自動車

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と車輪との相対振動の減衰に供される減衰力可変ダンパを駆動制御する制御装置であって、
前記車体の運動状態量に基づいて目標減衰力を設定する目標減衰力設定手段と、
前記減衰力可変ダンパのストローク方向が前記目標減衰力の発生方向と異なる場合に、当該減衰力可変ダンパのストローク速度に応じて前記目標減衰力を補正する目標減衰力補正手段と
を備えたことを特徴とする減衰力可変ダンパの制御装置。
【請求項2】
前記目標減衰力補正手段は、前記補正にあたり、前記ストローク速度に所定の係数を乗じた値を前記目標減衰力から減じることを特徴とする、請求項1に記載の減衰力可変ダンパの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−137343(P2009−137343A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−313405(P2007−313405)
【出願日】平成19年12月4日(2007.12.4)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】