説明

無段変速機の転がり軸受固定構造および転がり軸受

【課題】 ベルト式無断変速機をはじめとする、境界潤滑状態で動作するトルク伝達部を備えた無断変速機における転がり軸受とその固定相手部材の摩耗を抑制し、しかもトルク伝達部の摩擦係数を低下させて滑りが生じることのない無断変速機における転がり軸受の固定構造を提供する。
【解決手段】 転がり軸受5の少なくとも固定側の軌道輪52の固定相手部材9に対する被固定面と、その被固定面が当接する当該固定相手部材9の面の間に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜10を介在させることにより、クリープ等の発生時にこれら両部材の異常摩耗の発生を防止し、しかも、固体潤滑剤皮膜10の摩耗粉によりプライマリプーリ1とベルト6間、およびセカンダリプーリ3とベルト6間の摩擦係数を低下させないようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばベルト式無段変速機やチェーン式無段変速機など、境界潤滑状態で動作するトルク伝達機構を備えた無段変速機における転がり軸受の固定構造と、このような無段変速機に用いられる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に用いられるベルト式無段変速機においては、一般に、プライマリプーリが装着された入力軸と、セカンダリプーリが装着された出力軸とを互いに平行にそれぞれ転がり軸受によって回転自在に配置するとともに、これらの各プーリ間に金属製のベルトを掛け回した構造を採る。プライマリプーリおよびセカンダリプーリは、それぞれが2枚のプーリ板によって構成され、そのうちの一方のプーリ板が軸方向に可動に支持されているとともに、油圧サーボアクチュエータ等により変位が与えられ、これによって各プーリの溝幅が変化する。この各プーリの溝幅変化により、ベルトの各プーリに対する掛かり位置が変化し、入力軸の回転数を無段階に変速して出力軸に伝達する。
【0003】
入力軸には、例えば電磁粉クラッチ等を介してエンジンの動力が伝達され、その動力はプライマリプーリとベルトおよびセカンダリプーリにより変速されたうえで出力軸に伝達され、この出力軸は減速歯車列およびデファレンシャルギアを介して駆動輪に伝達されるようになっている(例えば特許文献1,2参照)。
【0004】
また、入力軸に上記と同様の溝幅寸法が可変のプーリを装着するとともに、出力軸側にはスプロケットを装着して、幅方向の端面が上記したベルトと同様に斜面となったチェーンを入力軸側のプーリに掛けまわすとともに、そのチェーンを出力軸側のスプロケットに掛け回した構造の、チェーン式の無段変速機も知られている。
【0005】
以上のようなベルト式あるいはチェーン式の無段変速機においては、ベルトもしくはチェーンとプーリの接触面(動力伝達面)間には潤滑油が供給されるが、基本的には摩擦伝導であるため、これら両者間は境界潤滑状態でトルクを伝達する。
【特許文献1】特公平8−30526号公報
【特許文献2】特開2004−116661号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、以上のような無段変速機においては、入力軸および出力軸を支持する転がり軸受に高い負荷が作用し、主として固定輪(外輪)がこれを固定している固定部材(例えばハウジング)に対して回転する、いわゆるクリープ現象が生じたり、あるいは、回転輪(内輪)がこれを固定している回転体(軸)に対して相対的に回転する現象が生じる場合もある。
【0007】
このような固定輪のクリープ現象や回転輪の回転体に対する相対回転が生じると、軌道輪とその相手部材の間に異常な摩耗が発生してこれらの部材が損傷し、ひいては無段変速機の性能を損なってしまう。
【0008】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたもので、ベルト式やチェーン式などの、境界潤滑状態で動作する無段変速機における転がり軸受の軌道輪もしくはこれを固定する相手部材の異常摩耗の発生を防止し、無段変速機としての性能を長期にわたって維持することのできる無段変速機における転がり軸受の固定構造および無段変速機用転がり軸受の提供をその課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するため、本発明の無段変速機の転がり軸受の固定構造は、境界潤滑状態で動作するトルク伝達機構を備えた無段変速機における転がり軸受の固定構造であって、転がり軸受の内・外輪のうち、少なくとも固定側の軌道輪の無段変速機の構成要素に対する被固定面と、その被固定面が当接する当該構成要素の面の間に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が介在していることによって特徴づけられる(請求項1)。
【0010】
また、本発明の無段変速機用転がり軸受は、境界潤滑状態で動作するトルク伝達機構を備えた無段変速機に用いられる転がり軸受であって、内輪と外輪のうち、少なくもと固定側の軌道輪の無段変速機要素に対する被固定面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が形成されていることによって特徴づけられる(請求項2)。
【0011】
請求項3に係る発明の無段変速機用転がり軸受は、ベルトまたはチェーンとプーリの動力伝達面に潤滑剤を供給してトルク伝達する無段変速機に用いられる転がり軸受であって、内輪と外輪のうち、少なくもと固定側の軌道輪の無段変速機要素に対する被固定面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が形成されていることによって特徴づけられる。
【0012】
ここで、請求項1、2および3における固体潤滑剤皮膜としては、その潤滑成分をフッ素をフッ素とすること(請求項4)が好ましい。
【0013】
本発明は、固定輪のクリープないしは回転輪の回転体に対する相対回転が生じたとき、固定輪ないしは回転輪とこれらが固定される相手部材との間の摩擦係数を低減して、両者間の摩耗の進行を防止すると同時に、その摩擦係数を低減するために用いる潤滑剤が、境界潤滑状態でトルク伝達を行う要素間、つまりベルトないしはチェーンとプーリ間のトルク伝達機能を損なわすことがないようにすることで、所期の目的を達成しようとするものである。
【0014】
すなわち、請求項1に係る発明においては、無段変速機に用いられている転がり軸受の内・外輪のうちの少なくとも固定側の軌道輪と固定相手部材との当接面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤を介在させる。また、請求項2に係る発明においては、内輪と外輪のうち、少なくとも固定側の軌道輪の無段変速機要素に対する被固定面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜を形成する。この構成により、固体潤滑剤の介在により、軌道輪と固定相手部材との間でクリープないしは相対回転が生じても、異常摩耗が生じることがないと同時に、固体潤滑剤の摩耗粉が、境界潤滑状態で動作するトルク伝達部、つまりベルトもしくはチェーンとプーリの接触部に侵入したとしてもこれらの間の摩擦係数を低下させて滑りを生じさせることがなく、無段変速機の効率を低下させることがない。
【0015】
すなわち、固体潤滑剤として多用されている二硫化モリブデンをはじめとして、モリブデンがベルトもしくはチェーンとプーリの間を潤滑する潤滑油に混入すると、これらの接触面間の摩擦係数を低下させ、滑りの発生に起因して伝達効率を低下させることが判明している。本発明では、モリブデンを含まない固体潤滑剤を用いているため、このような不具合は生じない。
【0016】
そして、本発明において用いるモリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜としては、請求項4に係る発明のように、フッ素を潤滑成分とするものが、適していることが判明している。この場合は、モリブデンを含まなくとも、十分な摩耗抑制効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ベルト式無段変速機をはじめとして、境界潤滑状態で動作するトルク伝達部を備えた無段変速機における転がり軸受の軌道輪とその固定相手部材との間でクリープもしくは相対回転が生じても異常摩耗が生じることがなく、長期にわたって無段変速機の性能を維持することができ、しかも、転がり軸受の軌道輪と固定相手部材との間の固体潤滑剤皮膜が摩耗してその摩耗粉が無段変速機の潤滑油に混入しても、トルク伝達部における摩擦係数を低下させることがないため、滑りに起因する伝達効率低下も生じることがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明を適用したベルト式無段変速機の要部構成を示す部分断面図であり、図2はその転がり軸受の軸平行拡大断面図である。
【0019】
プライマリプーリ1が装着された入力軸2と、セカンダリプーリ3が装着された出力軸4は互いに平行に、それぞれ転がり軸受5によって回転自在に支持されており、プライマリプーリ1とセカンダリプーリ3に金属製のベルト6が掛け回されている。
【0020】
プライマリプーリ1およびセカンダリプーリ3は、それぞれ2枚のプーリ板1a,1bおよび3a,3bにより構成され、それぞれの一方のプーリ板1aおよび3bは軸方向に移動自在で、それぞれ油圧サーボアクチュエータ7,8の駆動により軸方向に移動する。この各プーリ板1aおよび3bの移動によりプライマリプーリ1とセカンダリプーリ3の溝幅が変化し、これによってベルト6の各プーリ1,3に対する掛かり位置がそれぞれ変化し、入力軸2の回転数を無段階に変速して出力軸4に伝達する。
【0021】
各転がり軸受5は、内輪51と外輪52、これらの双方に対して転動自在の複数の転動体53、これらの各転動体53を周方向に一定のピッチで保持する保持器54、および内・外輪の51,52の両端部分を封止するシールド板55によって構成されており、入力軸2および出力軸4は、それぞれ内輪51の内周面に嵌合固定される。また、外輪52はその外周面がハウジング9に形成されている孔91に嵌合固定され、その少なくとも一端側がハウジング9に設けられている内フランジ部92に当接している。
【0022】
さて、この実施の形態の特徴は、各転がり軸受5の外輪52の外周面および両端面にフッ素を潤滑成分とし、モリブデンを含有しない固体潤滑剤皮膜10が形成されている点である。この固体潤滑剤皮膜10としては、例えばその概略成分を[表1]に示すようなものを用いることができる。
【0023】
【表1】

【0024】
以上のような固体潤滑剤皮膜10を外輪52の外周面および両端面に形成することにより、外輪52のハウジング9に対する当接面が全て固体潤滑剤皮膜10で覆われることになり、高負荷が作用して外輪52がハウジング9に対して回転するクリープ現象が発生した場合でも、外輪52およびハウジング9が異常摩耗を生じることがない。また、例え少量の摩耗が発生しても、固体潤滑剤10にモリブデンが含まれていないため、その固体潤滑剤10の摩耗粉が、プライマリプーリ1およびセカンダリプーリ3とベルト6との接触面(動力伝達面)間に供給される潤滑油内に混入しても、これらの間の摩擦係数を低下させて滑りを増大させるような不具合は生じない。
【0025】
ここで、以上の実施の形態においては、外輪52の外周面と端面に固体潤滑剤皮膜10を形成した例を示したが、内輪51と入力軸2または出力軸4との間が相対回転する可能性がある場合には、内輪51はその内周面が入力軸2,出力軸4と当接し、かつ、その両端面が各軸2,4の段部やスリーブと当接するため、内輪51の内周面および両端面に上記と同様の固体潤滑剤皮膜10を形成すればよい。
【0026】
更に、以上の説明においては、転がり軸受5の軌道輪51,52側に固体潤滑剤皮膜10を形成する場合について述べたが、これらの固定相手部材側の当接面、つまり外輪52についてはハウジング9の孔91の内周面とフランジ部92の内側の面、内輪51については入力軸2および出力軸4の外周面および段部並びにスリーブの端面に固体潤滑剤皮膜10を形成しても、同等の作用効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明を適用したベルト式無段変速機の要部構成を示す部分断面図である。
【図2】図1における各転がり軸受5の軸平行拡大断面図である。
【符号の説明】
【0028】
1 プライマリプーリ
2 入力軸
3 セカンダリプーリ
4 出力軸
5 転がり軸受
51 内輪
52 外輪
53 転動体
54 保持器
9 ハウジング
91 孔
92 フランジ部
10 固体潤滑剤皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
境界潤滑状態で動作するトルク伝達機構を備えた無段変速機における転がり軸受の固定構造であって、
転がり軸受の内・外輪のうち、少なくとも固定側の軌道輪の無段変速機の構成要素に対する被固定面と、その被固定面が当接する当該構成要素の面の間に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が介在していることを特徴とする無段変速機の転がり軸受固定構造。
【請求項2】
境界潤滑状態で動作するトルク伝達機構を備えた無段変速機に用いられる転がり軸受であって、
内輪と外輪のうち、少なくもと固定側の軌道輪の無段変速機要素に対する被固定面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が形成されていることを特徴とする無段変速機用転がり軸受。
【請求項3】
ベルトまたはチェーンとプーリの動力伝達面に潤滑剤を供給してトルク伝達する無段変速機に用いられる転がり軸受であって、
内輪と外輪のうち、少なくもと固定側の軌道輪の無段変速機要素に対する被固定面に、モリブデンを含まない固体潤滑剤皮膜が形成されていることを特徴とする無段変速機用転がり軸受。
【請求項4】
上記固体潤滑剤皮膜の潤滑成分がフッ素であることを特徴とする請求項1に記載の無段変速機の転がり軸受固定構造もしくは請求項2または3に記載の無段変速機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−17278(P2006−17278A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−198123(P2004−198123)
【出願日】平成16年7月5日(2004.7.5)
【出願人】(000001247)光洋精工株式会社 (7,053)
【Fターム(参考)】