説明

車両の発進摩擦要素制御装置

【課題】車両停止中に車両発進の可能性に応じてクリープトルクを発生させることができる車両の発進クラッチ制御装置を提供すること。
【解決手段】前進クラッチ20を制御するトランスミッションコントローラ40において、車両停止中に前進クラッチ20の締結トルクを解放し、車両停止中にブレーキストロークが減少したときに車両発進の可能性が高いと推定して、前進クラッチ20の締結トルクを増加させて、クリープトルクを発生させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンから駆動輪に至る動力伝達経路中に設けられた発進摩擦要素を動作させて、クリープトルクを発生させることが可能な車両の発進摩擦要素制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の技術としては、ブレーキが操作され車両が停止している場合に、クラッチ保護および燃費低減のためにクラッチトルクを弱める。この場合、車両停止してから短時間内に再発進する時の発進レスポンスが悪化するのを避けるため、車両が停止してから所定時間内はクリープトルクを発生させて、所定時間を超えると更にクラッチトルクを弱めてクリープトルクを発生させるものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2001−116067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記従来技術にあっては、車両が実際に発進する、発進しないに関わらず、車両停止後のクリープトルク発生時間が固定した所定時間に設定されている。よって、車両が実際に発進しない場合では、不必要なクリープトルクの発生により、燃費の悪化、クラッチ耐力の悪化を引起し、また車両が実際に発進する場合では、車両停止時間が所定時間を経過すると、十分なクリープトルクが発生せず、再発進のレスポンスが悪くなる、という欠点があった。
【0004】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、その目的とするところは、車両停止中に車両発進の可能性に応じてクリープトルクを発生させることができる車両の発進クラッチ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するため、本発明では、車両に搭載されエンジンと変速機構との間に配置された発進摩擦要素をスリップ状態にしてクリープトルクを発生するように制御する車両の発進摩擦要素制御装置において、車両停止中にクリープトルクを減少させるクリープトルク減少手段と、車両停止中に短時間内に車両発進の可能性が高いことを推定する発進可能性推定手段と、前記発進可能性推定手段により車両発進の可能性が高いと推定された場合には、車両停車中にクリープトルクを増大するクリープトルク増大手段と、を備えた。
【発明の効果】
【0006】
本発明では、発進摩擦要素を制御する発進摩擦要素制御装置において、短時間内に車両発進する可能性を推定して、車両発進の可能性が高いと推定されたときにはクリープトルクを増大する。
【0007】
よって、短時間内の車両発進の可能性が低い場合には、不必要なクリープトルクの発生を減少でき、燃費の向上、クラッチ耐力の向上ができる。また短時間内の車両発進の可能性が高い場合には、再発進時にクリープトルクが得られ、良好な発進レスポンスを確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の車両の発進摩擦要素制御装置を実施するための最良の形態を、図面に基づき説明する。
【実施例1】
【0009】
まず、本実施例の車両の発進摩擦要素制御装置の構成を説明する。
【0010】
図1は、本実施例の発進摩擦要素制御装置を備えたベルト式無段変速機搭載車の駆動系と制御系との構成を示す全体システム図である。
【0011】
ベルト式無段変速機搭載車は、エンジン1と、エンジン1の振動を低減するトーショナルダンパ3と、発進クラッチを有する前後進切換機構6と、入出力間で無段変速するベルト式無段変速機19と、この出力を減速する出力ギヤ12およびドライブギヤ13と、ディファレンシャルギヤ14および左右のドライブシャフト15、16を介して駆動される左右の駆動輪17、18と、を備えている。
【0012】
エンジン1は、このエンジン出力軸2がトーショナルダンパ3の入力部に連結されている。
【0013】
トーショナルダンパ3は、エンジン出力軸2に連結された入力部と変速機入力軸5に連結された出力部とが、トーショナルスプリングを介して相対回転可能に連結されるように構成されている。なお、その出力部には、これと一体回転するフライホイール4が固定されている。
【0014】
前後進切換機構6は、回転方向やギヤ比が切り換え可能な単純遊星歯車22と、前進時に締結し本発明の発進摩擦要素を構成する前進クラッチ20と、後退時に締結し同じく本発明の発進摩擦要素としての後退ブレーキ21と、を備えている。
【0015】
単純遊星歯車22は、プライマリプーリ軸7と同心上で回転するサンギヤ22sと、このサンギヤ22sの外周でこれと噛み合う複数のピニオン22pと、ピニオン22pに噛み合うリングギヤ22rと、ピニオンを回転自在に支持するキャリア22cと、を備えている。サンギヤ22sは前進クラッチ20のドリブン側部分およびプライマリプーリ軸7に、またキャリア22cは後退ブレーキ21の被固定側部分に、またリングギヤ22rは前進クラッチ20のドライブ側部分にそれぞれ連結されている。
【0016】
前進クラッチ20は、変速機入力軸5に連結されたドライブ側部分とプライマリプーリ軸7に連結されたドリブン側部分との間に、複数のプレートが介在する構成となっている。図示しないピストンにクラッチ油圧を作用させることによりプレートを押圧して入出力間で動力伝達可能な締結状態と、ピストンに作用するクラッチ油圧を排出することにより出力側部分の動力伝達を遮断する解放状態と、に切り換え可能に構成される。
【0017】
後退ブレーキ21は、変速機ケース23の内側固定部分とキャリア22cに連結された被固定側部分との間に、複数のプレートが介在する構成となっている。図示しないピストンにブレーキ油圧を作用させることによりプレートを押圧して被固定側部分に一体のキャリア22cを回転不能に固定する締結状態と、ピストンに作用するブレーキ油圧を排出することにより被固定側部分およびキャリア22cを回転可能にする解放状態と、に切り換え可能に構成される。
【0018】
なお、上記の前進クラッチ20及び後退ブレーキ21は本発明の発進摩擦要素に相当する。
【0019】
ベルト式無段変速機19は、この入出力軸間の変速比を無段で変更するものである。このベルト式無段変速機19はプライマリプーリ軸7に連結されたプライマリプーリ8と、セカンダリプーリ軸11に連結されたセカンダリプーリ10と、プライマリプーリ8およびセカンダリプーリ10間に掛け渡されたCVTベルト9と、を備えている。
【0020】
プライマリプーリ8およびセカンダリプーリ10は、それぞれ固定シーブ8a、10aやこの固定シーブ8a、10aに対し接近、離反する可動シーブ8b、10b等を有する。また、プライマリプーリ8の可動シーブ8bの背面にはプライマリプーリ油室33が設けられている。
【0021】
このプライマリプーリ油室33へ供給する油圧を油圧コントロールユニット32にて制御することにより、可動シーブ8bを固定シーブ8aに対して接近、離反させるように相対移動させることで変速する構成としてある。なお、オイルタンク30が設けられ、このオイルタンク30から油をオイルポンプ31が吸引して得た圧油が油圧コントロールユニット32へ供給されるようにしてある。
【0022】
次に、本実施例1のベルト式無段変速機搭載車の制御系につき、図1に基づき説明する。
【0023】
この制御系は、前後進切換機構6やベルト式無段変速機19の油圧コントロールユニット32を制御するトランスミッションコントローラ40と、トランスミッションコントローラ40に接続されたセンサ類と、を備えている。
【0024】
トランスミッションコントローラ40には、ブレーキストローク量を検知するブレーキストロークセンサ41と、自車両と先行車両との車間距離を検出する車間距離検出装置42と、車速を検出する車速センサ43とが接続されている。これらからブレーキストローク量情報、車間距離情報および車速情報が入力される。なお、このブレーキストロークセンサ41は、本発明のブレーキ戻し検出手段に相当する。
【0025】
また、トランスミッションコントローラ40には、前進クラッチ20への供給油圧を制御する前進クラッチソレノイド44と、後退ブレーキ21への供給油圧を制御する後退ブレーキソレノイド45とが接続されている。
【0026】
トランスミッションコントローラ40は、上記各センサ類からの情報に基づき、前進クラッチ20、後退ブレーキ21をそれぞれ完全締結状態、スリップ状態、解放状態に切り換えるように前進クラッチソレノイド44および後退ブレーキソレノイド45を制御する。なお、トランスミッションコントローラ40は、さらに油圧コントロールユニット32内に設けた図示しないソレノイドバルブにてプライマリプーリ油室33への供給油圧を制御する。
【0027】
ベルト式無段変速機19のセカンダリプーリ10側のセカンダリプーリ軸11の端部には出力ギヤ12が固定され、この出力ギヤ12より大径のドライブギヤ13に噛み合わされる。
【0028】
ドライブギヤ13には、ディファレンシャルギヤ14の2個のピニオンが固定され、これらのピニオンに左右からそれぞれサイドギヤが噛み合わされる。各サイドギヤには、ドライブシャフト15、16が連結されて左右の駆動輪17、18を駆動するように構成してある。
【0029】
次に、作用を説明する。
【0030】
エンジン1が稼動しているときは、オイルポンプ31が駆動されて圧油を油圧コントロールユニット32へ供給している。
【0031】
車両停止時であって、図示しないセレクトレバーがP(パーク)位置やN(ニュートラル)位置といった非走行位置に選択されているときは、クリープトルクの発生を中止する。また、車両停止時であって、セレクトレバーがD(ドライブ)位置やR(リバース)位置といった走行位置に選択されているときには、クリープトルクの発生と中止とを条件により制御する。
【0032】
[非走行位置選択時の車両停止]
図示しないセレクトレバーが非走行位置にあるときは、トランスミッションコントローラ40は、前進クラッチ20および後退ブレーキ21へ圧油を供給せず、これらを解放状態にし続ける制御を行う。したがって、変速機入力軸5の駆動力はプライマリプーリ軸7には伝わらず、ベルト式無段変速機19が回転されることはない。この結果、駆動輪17、18には、駆動力が作用しない。
【0033】
[走行位置選択時の車両停止]
一方、車両停止中であって、セレクトレバーが走行位置である場合、車両の再発進の際の良好なレスポンスを確保するためには、クリープトルクが発生していることが望ましい。しかしながら、クリープトルク発生時には、前進クラッチ20又は後退ブレーキ21に油を供給して、完全締結圧より低い油圧で前進クラッチ20又は後退ブレーキ21をスリップ状態とするので、クラッチ耐力や燃費等が悪化するという欠点がある。
【0034】
そこで、本実施例では、車両停車中であって、セレクトレバーが走行位置にある場合、トランスミッションコントローラ40は、前進クラッチ20および後退ブレーキ21へ圧油を供給せず、これらを解放してクリープトルクの発生を中止する。
【0035】
しかし、短時間内に車両発進の可能性が高いと推定できた際には、車両の再発進の際の良好なレスポンスを確保するために、トランスミッションコントローラ40は前進クラッチ20および後退ブレーキ21へ圧油を供給する。そして完全締結圧より低い油圧で前進クラッチ20又は後退ブレーキ21をスリップ状態としてクリープトルクを発生させる。
【0036】
本実施例では、短時間内の車両発進の可能性を次の3つの条件を基に推定している。
【0037】
まず、セレクトレバーを走行位置にして車両を停止している場合、運転者は再び車両を発進させる場合が多い。よって、車両停止からある程度時間が経過すると車両発進の可能性が高いと推定できる。
【0038】
次に、前方車両が発進すると車両を発進させる場合が多い。例えば、信号待ちのように前方車両の後ろの自車両が停止した場合、前方車両が発進すると自車両も発進する可能性は高いと推定できる。
【0039】
最後に、運転者が車両を発進させる際ブレーキを緩めるので、ブレーキストローク量が減少するブレーキ戻しが検出された場合、車両発進の可能性は高いと推定できる。
【0040】
しかし、上記の3つの条件により車両発進の可能性が高いとしてクリープトルクを発生させても、実際には車両が発進しないこともある。例えば、前方車両が発進しても運転者はそのまま停止を続ける場合もある。車両停止が続く状態でクリープトルクを発生させ続けると、前進クラッチ20又は後退ブレーキ21をスリップ状態が続くので、クラッチ耐力や燃費等が悪化する。
【0041】
そこで、本実施例ではクリープトルクが発生してある程度時間が経過しても、車両が発進していない場合はクリープトルク発生を中止する。
【0042】
以下、車両停車中であって、セレクトレバーが走行位置にある場合のトランスミッションコントローラ40による前進クラッチ20及び後退ブレーキ21の制御について説明する。
【0043】
図2はセレクトレバーが走行位置にある場合のトランスミッションコントローラ40による前進クラッチ20及び後退ブレーキ21の制御の流れを示すフローチャートである。
【0044】
ステップS1では、車速センサ43からの車速情報による車両が停止しているか否かを判定して、車両が停止している場合にはステップS2へ移行し、車両が停止していない場合にはステップS1の判定を繰り返す。
【0045】
ステップS2では、前進クラッチ20および後退ブレーキ21への圧油の供給を止め、これらを解放してクリープトルクの発生を中止する。なお、このステップS2の制御は本発明クリープトルク減少手段に相当する。
【0046】
ステップS3では、車両停止から時間t1より経過したかを判定する。車両停止から時間t1を経過すると、車両発進の可能性が高いと推定してステップS6へ移行し、車両停止から時間t1が経過していなければステップS4へ移行する。
【0047】
この時間t1は車両停止から車両発進までの時間の傾向により、車両発進の可能性が高い時間を実験若しくは計算により算出したものである。なお、時間t1は本発明の第1の所定時間に相当する。
【0048】
ステップS4では、車間距離検出装置42により自車両と前方車両との車間距離が変化したかを判定する。前方車両との距離が変化した場合は、車両発進の可能性は高いと推定してステップS6へ移行し、前方車両との車間距離が変化していない場合は、ステップS5へ移行する。
【0049】
ステップS5では、ブレーキストロークセンサ41によりブレーキストローク量が減少するブレーキ戻しが検出されたかを判定する。ブレーキ戻しが検出されると車両発進の可能性は高いと推定してステップS6へ移行し、ブレーキ戻しが検出されなければステップS3へ戻る。なお、ブレーキ戻しは図示しないブレーキ液圧センサによってブレーキ液圧が減少したときにブレーキ戻しを検出しても良いし、図示しないブレーキ踏力センサによってブレーキ踏力が減少したときにブレーキ戻しを検出しても良い。
【0050】
なお、上記のステップS3からステップS5の制御は、本発明の発進可能性推定手段に相当する。
【0051】
ステップS6では、前進クラッチ20又は後退ブレーキ21のうちセレクトレバーのセレクト位置に対応する発進摩擦要素へ圧油を供給する。この油圧の大きさはこの発進摩擦要素の完全締結圧より低い油圧で発進摩擦要素がスリップ状態となって車両にクリープトルクを発生させる。なお、このステップS6の制御は、本発明のクリープトルク増大手段に相当する。
【0052】
ステップS7では、車両の発進を判定して、車両が発進していなければステップS8へ移行し、車両が発進していればステップS10へ移行して後述する車両発進時のクラッチトルク制御を行う。
【0053】
ステップS8では、クリープトルクが発生してから時間t2より経過したかを判定する。クリープトルクが発生して時間t2を超えても車両が発進しない場合は、ステップS9へ移行して、クリープトルクの発生を中止する。また、クリープトルクが発生して時間t2以下の場合は、ステップS7へ戻る。
【0054】
この時間t2はクラッチの耐久性等を考慮して実験若しくは計算により求めたものである。なお、この時間t2は本発明の第2の所定値に相当する。
【0055】
図3は、ブレーキ操作、車速、及びクラッチトルクの間の関係を、従来技術によるものと本実施例によるものとを比較して示すタイムチャートであり、以下にそれぞれについて説明する。なお、図3(a)は従来技術によるクリープトルク制御のタイムチャートを示す。また図3(b)は本実施例によるクリープトルク制御のタイムチャートであって、クリープトルク発生から時間t2以前に車両が発進した場合、及びクリープトルク発生から時間t2以降も車両停止した場合の制御のタイムチャートを示している。なお、同図中、車速やクラッチトルクの大きさは実際の大きさではなく、それらの変化の傾向を模式的に示すものである。
【0056】
従来技術でのクリープトルク制御は、ブレーキ操作を行うと、車速及びクラッチトルクが減少していく。車速がゼロとなって車両が停止すると、セレクトレバーが走行位置にセレクトされたままの状態であれば、車両発進の可能性の有無に関わらずクリープトルク制御が開始される。
【0057】
車両停止から時間T1までの間はクリープトルクが発生するように、完全締結圧よりも若干減圧した圧油が発進クラッチに供給される。時間T1を越えると自動的に発進クラッチに供給している圧油をさらに減圧して弱クリープトルクが発生し続けるようにしている。この結果、運転者に発進要求がない場合でも、クリープトルクを発生し続け、燃費の悪化やクラッチの耐久性劣化を招くばかりでなく、クリープで再発進しようとしても時間T1を過ぎていれば弱いクリープトルクしか得られないことになる。
【0058】
これに対し、本実施例のクリープトルク制御では、ブレーキ操作を行い、車速及びクラッチトルクが減少し車速がゼロになって車両が停止すると、セレクトレバーが走行位置にセレクトされたままの状態であっても、クリープトルク制御を一旦中止する。
【0059】
時間tにおいて、車両が停止して時間t1が経過した、又は自車両と前方車両との距離が変化した、又はブレーキ戻しを検出した、といった車両発進の可能性が高いと推定された場合にはクリープトルクを発生させる。
【0060】
クリープトルク発生から時間t2が経過する前の時間t3において車両が発進した際は、クリープトルクを増加させる後述の車両発進時の制御を行う。クリープトルク発生から時間t2経過時に車両がまだ停止中であればクラッチトルク発生を中止する。
【0061】
これにより、車両停止時には車両発進の可能性が高い場合のみクラッチトルクを発生させ、またクラッチトルクを発生させても車両の発進が行われないときにはクラッチトルクの発生を中止する。よって、車両の発進応答性を確保しながらもクラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0062】
[車両発進時]
エンジン1が稼動状態にあって、セレクトレバーが非走行位置から前進走行位置に移動させられたとき、または車両の停車中にセレクトレバーが前進走行位置にあってもクリープトルク発生中止中に車両を発進させた際には、次の制御を行う。
【0063】
トランスミッションコントローラ40は、油圧コントロールユニット32内の図示しないバルブを切り換えて、既に油が排出されている前進クラッチ20へ圧油を新たに供給し始める。このとき、前進クラッチ20へ供給される油圧の大きさは、当初、所定時間経過するまでは完全締結圧より低い油圧とされ、前進クラッチ20をスリップ状態とする。これにより、前進クラッチ20が高圧で急激に締結されることにより生じる締結ショックを回避できる。
【0064】
一方、エンジン1が稼動状態にあり、セレクトレバーが前進走行位置にしたまま停止した場合であって、クリープトルク発生中の際には、停止時にもかかわらず前進クラッチ20には減圧した油圧が供給され既にスリップ状態に保たれている。よって車両は直ちにクリープで前進走行可能であり、その分、再発進のレスポンスが向上する。
【0065】
このようにして前進クラッチ20を介してプライマリプーリ軸7へ伝えられた動力は、上記いずれの場合にあっても、さらにベルト式無段変速機19へ伝達される。ここで減速されてセカンダリプーリ軸11へ出力され、次いで出力ギヤ12、ドライブギヤ13、ディファレンシャルギヤ14、ドライブシャフト15、16の順にこれらを介して駆動輪17、18へ伝わる。この結果、車両は発進し、前進していく。
【0066】
上記スリップ制御による発進を開始してから設定時間が経過した後、トランスミッションコントローラ40は、前進クラッチ20に供給される油圧を徐々に立ち上げる。そして、最終的にスリップしない大きさ、すなわちエンジントルク以上のクラッチ締結トルクとなる完全締結状態となるように前進クラッチ20へ供給する油圧を制御する。
【0067】
なお、この前進走行位置では、後退ブレーキ21へは圧油が供給されず、後退ブレーキ21は解放状態となっている。
【0068】
セレクトレバーの後退走行位置選択時にも前進走行位置選択時と同様な制御を行う。セレクトレバーが非走行位置から後退走行位置へ移動されたとき、または車両の停車中にセレクトレバーが後退走行位置にあっても、クリープトルク発生中止中に車両を発進させた際には、既に油が排出された後退ブレーキ21に新たにクリープ走行に必要な大きさの圧油を供給する。
【0069】
一方、セレクトレバーを後退走行位置にしたまま停車し、クリープトルク発生中の際には、既にクリープ可能な大きさの圧油が後退ブレーキ21に供給され保持されている。よって車両は直ちにクリープで後退走行可能であり、その分、再発進のレスポンスが向上する。なお、これらの場合、前進クラッチ20は、油が排出されている。
[発進後の車両走行時]
上述のように、前進走行位置又は後退走行位置で発進した後、設定時間が経過すると、トランスミッションコントローラ40が油圧コントロールユニット32のバルブを制御して前進クラッチ20又は後退ブレーキ21への供給油圧を高めていく。そして、最終的に前進クラッチ20での締結トルクがエンジントルク以上となって滑りがない完全締結状態となるようにする。
【0070】
この場合、前進走行時では、前後進切換機構6のサンギヤ22sがリングギヤ22rと同じ回転数となるので、キャリア22cを含めこれらが一体となって回転する。したがって、プライマリプーリ軸7は、変速機入力軸5と同一方向かつ同一回転数で回転することとなり、エンジン1の動力は、そのままベルト式無段変速機19に入力される。
【0071】
これに対し、後退走行時は、キャリア22cが後退ブレーキ21により回転不能とされるので、サンギヤ22sは、増速逆転する。したがって、プライマリプーリ軸7は、変速機入力軸5と逆方向かつ増速された回転数で回転することとなり、エンジン1の動力は、逆転した状態でベルト式無段変速機19に入力される。
【0072】
これらの走行中、ベルト式無段変速機19は、トランスミッションコントローラ40によりその変速比が制御される。すなわち、トランスミッションコントローラ40にて車速センサ43から得た車速情報、図示しないエンジンコントローラから得たスロットル開度情報やエンジン回転数情報等に基づいて目標変速比が決定される。
【0073】
この目標変速比となるようにプライマリプーリ油室33へ供給する油圧が調整されて、プライマリプーリ8およびセカンダリプーリ10の可動シーブ8b、10bが変位させられる。この変速比に応じて得られたベルト式無段変速機19の出力は、出力ギヤ12、ドライブギヤ13、ディファレンシャルギヤ14、およびドライブシャフト15、16を介して左右の駆動輪17、18に伝わる。上記の作用により駆動輪17、18を駆動して車両を前進走行又は後退走行させる。
【0074】
次に本実施例の効果を説明する。
【0075】
(1)セレクトレバーが走行位置にあるときに、車両が停止するとクリープトルク発生を中止し、短時間内に車両発進の可能性が高いと推定されたときにクリープトルクを発生させるようにした。よって、車両の良好な発進レスポンスを確保しながらもクラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0076】
(2)セレクトレバーを走行位置にして車両を停止している場合、運転者は再び車両を発進させる場合が多い。よって、車両停止からある程度の時間が経過すると車両発進の可能性は高い。そこで、車両停止から時間t1が経過すると短時間内に車両発進の可能性は高いと推定して、クリープトルクを発生させるようにした。よって、短時間内に車両発進の可能性が高い場合にのみクリープトルクを発生させることができ、車両の良好な発進レスポンスを確保しながらもクラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0077】
(3)運転者が車両を発進させる際ブレーキを緩めるので、ブレーキストロークセンサ41等によりブレーキ戻しが検出された場合、短時間内に車両発進の可能性が高いと推定するようにした。よって、車両発進の可能性が高い場合にのみクリープトルクを発生させることができ、車両の良好な発進レスポンスを確保しながらもクラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0078】
(4)停車中の前方車両が発進すると、自車両の運転者も発進しようとする可能性が高いので、車間距離検出装置42により、車両停車中に自車両と前方車両との車間距離の変化を検出すると短時間内に車両発進の可能性と推定するようにした。よって、車両発進の可能性が高い場合にのみクリープトルクを発生させることができ、車両の良好な発進レスポンスを確保しながらもクラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0079】
(5)短時間内に車両発進の可能性が高いと推定し、クリープトルクを発生させてから時間t2が経過するとクリープトルクの発生を中止するようにした。よって、車両停車中のクリープトルク発生の長期化を避け、クラッチの耐久性や燃費を向上できる。
【0080】
以上、本発明の車両の発進クラッチ制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加は許容される。
【0081】
例えば、実施例1では車両が停止するとクリープトルクの発生を中止し、運転者に発進要求があると推定されるとクリープトルクを発生させる。さらにクリープトルク発生から時間t2が経過するとクリープトルクの発生を再び中止させている。これをクリープトルク発生を中止するのではなく、通常のクリープトルクより減少した弱クリープトルクを発生させるようにしても良い。
【0082】
また、図2のステップS3、ステップS4、ステップS5の3つの条件を用いて短時間内の車両発進の可能性を判定しているが、何れか1つ又は2つの条件を用いても良いし、他の条件を加えても良い。
【産業上の利用可能性】
【0083】
実施例1では、発進クラッチ制御装置をベルト式無段変速機搭載車の前進クラッチと後退ブレーキの締結制御に適用する例を示したが、有段自動変速機搭載車やトロイダル式無段変速機搭載車や自動MT搭載車やハイブリッド車や電気自動車等、要するに発進時に締結し駆動源からの入力トルクを伝達するクラッチを有する様々な車両に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】実施例1に係る、発進摩擦要素制御装置が適用されたベルト式無段変速機搭載車の駆動系と制御系を示す全体システム図である。
【図2】実施例1に係る、トランスミッションコントローラにて実行される発進摩擦要素制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図3】従来技術の発進摩擦要素制御、及び実施例1に係る発進クラッチ制御のタイムチャートある。
【符号の説明】
【0085】
20 前進クラッチ
21 後退ブレーキ
40 トランスミッションコントローラ
41 ブレーキストロークセンサ
42 車間距離検出装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されエンジンと変速機構との間に配置された発進摩擦要素をスリップ状態にしてクリープトルクを発生するように制御する車両の発進摩擦要素制御装置において、
車両停止中にクリープトルクを減少させるクリープトルク減少手段と、
車両停止中に短時間内に車両発進の可能性が高いことを推定する発進可能性推定手段と、
前記発進可能性推定手段により車両発進の可能性が高いと推定された場合には、車両停車中にクリープトルクを増大するクリープトルク増大手段と、
を備えることを特徴とする車両の発進摩擦要素制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の発進摩擦要素制御装置において、
前記発進可能性推定手段は、車両停止から第1の所定時間が経過すると前記車両発進の可能性が高いと推定することを特徴とする車両の発進摩擦要素制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載の車両の発進摩擦要素制御装置において、
運転者がブレーキを緩めるブレーキ戻しを検出するブレーキ戻し検出手段を有し、
前記発進可能性推定手段は、前記ブレーキ戻しが検出されたときに前記車両発進の可能性が高いと推定することを特徴とする車両の発進摩擦要素制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載の車両の発進摩擦要素制御装置において、
自車両と前方車両との車間距離を計測する車間距離計測手段を備え、
前記発進可能性推定手段は、前記車間距離計測手段により前記車間距離が変化したときに前記車両発進の可能性が高いと推定することを特徴とする車両の発進摩擦要素制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の車両の発進摩擦要素制御装置において、
前記クリープトルク増大手段は、車両が発進せずにクリープ増大開始から第2の所定時間が経過するとクリープトルク増大を終了することを特徴とする車両の発進摩擦要素制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−132674(P2006−132674A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−322888(P2004−322888)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】