説明

車両の駆動力制御装置

【課題】アクセル操作に伴う目標加速度をエンジン出力制御と変速制御とで達成するに当たり、複数の変速が行われる違和感を回避する。
【解決手段】演算部41で車両の目標加速度tACCを求め、演算部42でtACCを達成する目標駆動力tFを求め、このtFを、制御対象モデルGe(s)の逆系{1/ Ge(s)}と、規範応答モデルGre(s)との組み合わせになる伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}を持った位相補償器431に通してエンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENGを求める。演算部52では力tFおよび実車速aVSPから目標変速段を求める。tFに対し位相補償を施して要求駆動力demFENGとなし、エンジントルク指令値cTEは位相補償後の要求駆動力demFENGに基づき決定するが、目標変速段tSHIFTは位相補償前の目標駆動力tFに基づき決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクセルペダルによる運転者のアクセル操作など車両の運転状態に応じた目標加速度を実現するよう、エンジンの出力制御および自動変速機の変速制御を介して車両の駆動力を制御するための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
かかる車両の駆動力制御装置としては、従来、例えば特許文献1に記載されたようなものが知られている。
この文献に記載の駆動力制御装置は、アクセルペダル踏み込み量および実車速から車両の目標加速度を求め、次いで、この目標加速度を達成するための駆動力フィードフォワード制御量を求め、更に、目標加速度を積分して得られた目標車速と実車速との間における車速偏差をなくすための駆動力フィードバック補償量だけ上記の駆動力フィードフォワード制御量を補正して目標駆動力となし、エンジンの出力制御および自動変速機の変速制御により車両の駆動力をこの目標駆動力に一致させるものである。
【0003】
ところで、実際には制御対象が制御指令値に対し所定の応答遅れをもって動作するにもかかわらず、上記の駆動力フィードフォワード制御量を求めるフィードフォワード制御系には、制御上不可避な上記の応答遅れが考慮されておらず、狙い通りの作用効果を達成することができないという問題を有する。
【0004】
かかる応答遅れを考慮する制御技術して従来、特許文献2に記載のようなものが知られている。
この技術は、ブレーキペダル踏力および制動操作直前における減速度から目標減速度を求め、次に、この目標減速度を達成するための制動力フィードフォワード制御量を求め、更に、目標減速度と実減速度との間における減速度偏差をなくすための制動力フィードバック補償量だけ上記の制動力フィードフォワード制御量を補正して目標制動力となし、車両の制動力をこの目標制動力に一致させるものを前提とし、
制動力フィードフォワード制御量を求めるフィードフォワード制御系に、制御対象の応答を規範応答特性(自車両の理想的な応答)に一致させるべく、制御対象の応答モデルGe(s)の逆系{1/ Ge(s)}と、規範応答モデルGre(s)との組み合わせになる伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}を持った位相補償器を設け、
この位相補償器により目標制動力を位相補償した後の要求制動力に車両の制動力が一致するよう制動力制御を行うというものである。
【0005】
かように位相補償を施す場合、制御対象の不可避な応答遅れにもかかわらず、規範応答モデルGre(s)により規定した理想的な応答特性で上記の制動力制御を行うことができ、目標減速度を狙い通りに実現することができる。
【0006】
そこで、特許文献1に記載の駆動力制御装置が抱える問題、つまり、制御対象の前記応答遅れに起因して狙い通りの駆動力制御を行い得ないという問題を解消するために、特許文献1に記載の駆動力制御装置に特許文献2に記載の位相補償の技術を適用し、
特許文献1における駆動力フィードフォワード制御量を求めるためのフィードフォワード制御系に、特許文献2に記載の位相補償技術と同様の考え方に基づく位相補償器を設けることが考えられる。
【0007】
この考え方に基づく駆動力制御装置のフィードフォワード制御系は、図15に示すごときものとなる。
つまり、目標加速度演算部において、アクセルペダル踏み込み量(アクセル開度APO)および実車速aVSPから車両の目標加速度tACCを求め、
目標駆動力演算部において、この目標加速度tACCおよび車両重量から、目標加速度tACCを達成するための目標駆動力tF(駆動力フィードフォワード制御量)を求める。
そしてこの目標駆動力tFを、制御対象の応答モデルGe(s)の逆系{1/ Ge(s)}と、規範応答モデルGre(s)との組み合わせになる伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}を持った位相補償器に通して、目標駆動力tFを規範応答(自車両の理想的な応答)で実現するための要求駆動力ffFを求める。
エンジントルク指令値演算部において、要求駆動力ffFおよび実変速比aRATIOからエンジントルク指令値cTEを求め、
目標変速段演算部において、要求駆動力ffFおよび実車速aVSPから自動変速機の目標変速段を求め、
これらエンジントルク指令値cTEおよび目標変速段を実現するよう行われるエンジンの出力制御および自動変速機の変速制御により、車両の駆動力を上記の要求駆動力ffFに一致させる。
【特許文献1】特開2003−170759号公報
【特許文献2】特開2003−170823号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、特許文献1に記載の駆動力制御装置に、特許文献2に記載の位相補償技術を適用した上記駆動力制御装置の場合、自動変速機の変速段を切り替える変速時において位相補償器が以下のような問題を生じさせる。
【0009】
図16に示すごとく、瞬時t1にアクセル開度APOをステップ的に増大させたことで、目標駆動力tFがこれに呼応して図示のごとくに急増した場合につき説明するに、
伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}の位相補償器が、目標駆動力tFに対し進み補償を施すものである場合、位相補償器の出力側における要求駆動力ffFは図示のごとく、入力側における目標駆動力tFよりも一時的に大きくなる。
【0010】
ところで、図15のごとく要求駆動力ffFに応じて目標変速段tSHIFTを決定することから、そして、一時的に大きくなった要求駆動力ffFが4速域から3速域を経て2速域に至り、最終的に3速域に落ち着くため、目標変速段tSHIFTが4速から3速を経て2速に至り、最終的に3速となる。
このため、要求駆動力ffFの上記オーバーシュートが短期間のうちに、2度のダウンシフト(4→3、3→2)および1度のアップシフト(2→3)、合計3度の違和感のある変速を生じさせると共に、変速の度に実駆動力aFのA1,A2,A3における変化から明らかなように変速ショックを生じるという懸念がある。
【0011】
本発明は、上記の問題が自動変速機の変速制御指令値である目標変速段を、位相補償器の出力側における要求駆動力に基づき決定するためであるとの認識に基づき、
変速制御指令値については、これを、位相補償前における目標駆動力に基づき決定するようにして、要求駆動力のオーバーシュートによるダウンシフトおよびアップシフトの繰り返し現象が発生することのないようにした車両の駆動力制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的のため、本発明による車両の駆動力制御装置は、請求項1に記載のごとく、
車両の運転状態に応じた目標加速度が達成されるよう、エンジンの出力制御および自動変速機の変速制御により車両の駆動力を、前記目標加速度のための目標駆動力となす駆動力制御装置において、
前記目標駆動力に対し位相補償を施して要求駆動力となす位相補償器を設け、
前記エンジン出力制御のための指令値は、該位相補償器の出力側における前記要求駆動力に基づき決定し、前記変速制御のための指令値は、前記位相補償器の入力側における前記目標駆動力に基づき決定するよう構成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
かかる本発明の構成によれば、目標駆動力に対し位相補償を施して要求駆動力となし、エンジン出力制御のための指令値は位相補償後の要求駆動力に基づき決定し、変速制御のための指令値は位相補償前の目標駆動力に基づき決定するため、
エンジン出力制御は、制御対象の不可避な応答遅れを考慮して、これによる問題を回避しながらの制御となり、また、
自動変速機の変速制御は、位相補償による要求駆動力のオーバーシュートの影響を排除しながら制御となる。
【0014】
よって、エンジン出力制御の応答遅れに起因して狙い通りに目標加速度を発生させることができないという問題を回避し得ると共に、
自動変速機の変速が、位相補償後の要求駆動力のオーバーシュートによる影響を受けて繰り返しダウンシフトおよびアップシフトを行うものになるという問題を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施例を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施例になる駆動力制御装置を具えた車両のパワートレーンと、その制御系を示し、該パワートレーンをエンジン1と有段式自動変速機2とで構成する。
エンジン1はガソリンエンジンであるが、そのスロットルバルブ3を運転者が操作するアクセルペダル4とは機械的に連結させず、これらから切り離してスロットルアクチュエータ5によりスロットルバルブ3の開度を電子制御するようになす。
【0016】
スロットルアクチュエータ5は、エンジンコントローラ6が後述するエンジントルク指令値cTEに対応して出力した目標スロットル開度tTVOに応じ動作することで、スロットルバルブ3の開度を当該目標スロットル開度tTVOに一致させ、エンジン1の出力を、基本的にはアクセルペダル4の操作に応じた値となるように制御するが、エンジントルク指令値cTEの与え方によっては、アクセルペダル操作以外の因子によっても制御可能とする。
【0017】
自動変速機2は周知の遊星歯車組式自動変速機とし、入力軸に図示せざるトルクコンバータを介してエンジン1を結合し、出力軸に図示せざるディファレンシャルギヤ装置を介して車輪駆動系を結合する。
自動変速機2は、変速制御用のコントロールバルブボディー7を具え、このコントロールバルブボディー7は、変速機コントローラ8が後述する目標変速段tSHIFTに対応して出力したシフトソレノイド信号に応動することで、自動変速機2を現在の選択変速段から目標変速段tSHIFTに向けて変速させるものとする。
【0018】
エンジンコントローラ6へのエンジントルク指令値cTE、および変速機コントローラ8への目標変速段tSHIFTはそれぞれ、駆動力制御用コントローラ11が後述する演算により求めることとする。
そのため駆動力制御用コントローラ11には、アクセルペダル4の踏み込み量(アクセル開度)APOを検出するアクセル開度センサ12からの信号と、
左右駆動車輪の回転周速Vw1,Vw2をそれぞれ検出する駆動輪速センサ13からの信号と、
ブレーキペダル(図示せず)を踏み込む制動時にONとなるブレーキスイッチ14からの信号と、
変速機コントローラ8からの選択変速段aSHIFTに関する信号と、
運転者が、本発明による駆動力制御を希望した時に押してON状態にするための駆動力制御スイッチ15からの信号とをそれぞれ入力する。
【0019】
駆動力制御用コントローラ11は定時割り込みにより一定の制御周期毎にこれら入力情報を読み込み、これらの入力情報を基に、図2に機能別ブロック線図で示す処理を実行して、以下のようにエンジンコントローラ6へのエンジントルク指令値cTEおよび変速機コントローラ8への目標変速段tSHIFTを求める。
エンジンコントローラ6および変速機コントローラ8はそれぞれ、これらエンジントルク指令値cTEおよび目標変速段tSHIFTをもとにエンジン1のスロットル開度(出力)制御および自動変速機2の変速制御を行い、本発明が狙いとする車両の駆動力制御を遂行する。
【0020】
駆動力制御用コントローラ11は図2に示すように、駆動力制御可否判定部20、実車速演算部30、要求駆動力演算部40、および、駆動力分配部50により構成し、以下にこれらの詳細を順次説明する。
【0021】
駆動力制御可否判定部20は、図3に示す制御プログラムを実行して、駆動力制御を行うべきか否かを判定し、その結果を駆動力制御実行フラグfSTARTの1または0により設定する。
図3のステップS1においては、駆動力制御スイッチ15がON,OFFのいずれであるかをチェックし、次いでステップS2においてブレーキスイッチ14がON,OFFのいずれであるかをチェックする。
【0022】
ステップS1で駆動力制御スイッチ15がON(運転者が駆動力制御を希望している)と判定し、かつ、ステップS2でブレーキスイッチ14がOFF(非制動中)と判定する間は、運転者が駆動力制御を希望しており、また当該制御を行っても差し支えない非制動中であるから、ステップS3において、駆動力制御を行うべきであると判断して駆動力制御実行フラグfSTARTを1にセットする。
しかし、ステップS1で駆動力制御スイッチ15がOFF(運転者が駆動力制御を希望していない)と判定したり、または、ステップS2でブレーキスイッチ14がON(制動中)と判定する間は、運転者が駆動力制御を希望していなかったり、希望していても制動中のため駆動力制御が有効に機能しないことから、ステップS4において、駆動力制御を行うべきでないと判断して駆動力制御実行フラグfSTARTを0にリセットする。
【0023】
ここで、ブレーキスイッチ14がON(制動中)の間は駆動力制御を行わないこととした理由は、制動中の場合、本発明によるエンジン出力制御および変速制御を行ったとしても、狙い通りの駆動力制御を達成することができず、制御そのものが無駄になるからである。
なお、運転者の意志によらずに本発明による駆動力制御を常に行うようにする場合には、駆動力制御スイッチ15は必ずしも必要でなく、ブレーキスイッチ14のON(制動中),OFF(非制動中)のみに応じて駆動力制御実行フラグfSTARTのセット、リセットを行えばよい。
上記のようにして設定された駆動力制御実行フラグfSTARTは、要求駆動力演算部40へ供給するほか、図1にも示すようにエンジンコントローラ6および変速機コントローラ8へも供給する。
【0024】
エンジンコントローラ6および変速機コントローラ8は、駆動力制御実行フラグfSTARTが1の間、駆動力制御用コントローラ11からのエンジントルク指令値cTEおよび目標変速段tSHIFTに基づき、これらが達成されるように、スロットルアクチュエータ5への目標スロットル開度tTVOおよびコントロールバルブボディー7へのシフトソレノイド指令を決定して、本発明による駆動力制御を遂行する。
しかし駆動力制御実行フラグfSTARTが0の間は、上記した本発明による駆動力制御に代えて通常通り、アクセル開度APOのみに応じたにエンジン1のスロットル開度制御、および、アクセル開度APOおよび車速に応じた自動変速機2の変速制御を行うものとする。
【0025】
図2における実車速演算部30は、左右駆動輪速Vw1,Vw2の平均値を求め、これを実車速aVSPとして要求駆動力演算部40および駆動力分配部50へ入力する。
【0026】
要求駆動力演算部40は図4に示すように、目標加速度演算部41と、目標駆動力演算部42と、フィードフォワード補償部43と、フィードバック補償部44と、加算器45,46とで構成し、
アクセル開度APOおよび実車速aVSPからエンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENGおよび目標変速段演算用要求駆動力demFATを演算する。
【0027】
目標加速度演算部41は、図5に例示する予定のマップをもとにアクセル開度APOおよび実車速aVSPから車両の目標加速度tACCを求める。
この目標加速度tACCは図5から明らかなように、アクセル開度APOが大きいほど大きく、実車速aVSPの上昇につれて低下する。
目標駆動力演算部42は、上記の目標加速度tACCに車両重量を乗算して、目標加速度tACCを実現するのに必要な目標駆動力tFを求める。
【0028】
フィードフォワード補償部43は図6に示すごときもので、目標駆動力tFおよび実車速aVSPから、エンジントルク指令値演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFENGおよび目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFATを求めるために、位相補償器431と、規範応答モデル時定数演算部432と、目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値選択スイッチ433とを具える。
【0029】
位相補償器431は、制御対象の加速度応答(エンジントルク応答特性)を理想的な応答特性の規範応答モデルGre(s)に一致させるよう目標駆動力tFに対し位相補償を施して、位相補償後の要求駆動力フィードフォワード補償値ffFを求めるもので、
これがため、制御対象の応答モデルGe(s)の逆系{1/ Ge(s)}と、規範応答モデルGre(s)との組み合わせになる伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}を持つ。
なおフィードフォワード補償部43は、位相補償器431から要求駆動力フィードフォワード補償値ffFをそのままエンジントルク指令値演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFENGとして出力する。
【0030】
ここでは、上記の規範応答モデルGre(s)およびエンジントルク応答特性Ge(s)を共に、規範応答モデルの時定数Treおよびエンジントルク特性の時定数Teを用いた一次の伝達関数で表されるものとし、従って位相補償器431の伝達関数Ga(s)は次式により示す通りである。
Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}
={(Te・s+1)/ (Tre・s+1)}
なお実際には、タスティン近似などで離散化して得られた漸化式を用いて位相補償器431の伝達関数Ga(s)を演算する。
【0031】
規範応答モデル時定数演算部432は、図7に例示するマップをもとに実車速aVSPから規範応答モデルGre(s)の時定数Treを決定し、ここで決定した時定数Treを用いて位相補償器431の伝達関数Ga(s)を上式により演算する。
なお図7に例示するマップでは、実車速aVSPがVSP1未満の間、位相補償器431の伝達関数Ga(s)が目標駆動力tFに対し進み方向の位相補償を施し、実車速aVSPがVSP1以上の間、位相補償器431の伝達関数Ga(s)が目標駆動力tFに対し遅れ方向の位相補償を施すものとする。
ところで上記においては、時定数Treを実車速aVSPに応じ変化させて位相補償器431の伝達関数Ga(s)を操作する場合について述べたが、位相補償器431の伝達関数Ga(s)はこれに限られることなく、車両の運転環境や運転者の癖などに応じて決定することもできる。
【0032】
目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値選択スイッチ433は、「遅」入力に位相補償器431の出力側における位相補償後の要求駆動力フィードフォワード補償値ffFを供給され、「進」入力に位相補償前の目標駆動力tFを供給されており、
位相補償器431の伝達関数Ga(s)が目標駆動力tFに対し遅れ方向の位相補償を施す間(実車速aVSPがVSP1以上の間)、位相補償後の要求駆動力フィードフォワード補償値ffFを目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFATとして出力し、
位相補償器431の伝達関数Ga(s)が目標駆動力tFに対し進み方向の位相補償を施す間(実車速aVSPがVSP1未満の間)、位相補償前の目標駆動力tFを目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFATとして出力する。
【0033】
なお図6では、目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値選択スイッチ433の「進」入力に位相補償前の目標駆動力tFをそのまま供給したが、この代わりに必要に応じて、目標駆動力tFを規範応答モデルGre(s)や、その他の遅れ特性を有する補償器に通過させた後、スイッチ433の「進」入力に供給してもよい。
【0034】
図2におけるフィードバック補償部44は図8に示すごときもので、目標加速度tACCおよび実車速aVSPから、要求駆動力フィードバック補償値fbFを求めるために、エンジンモデル441と、規範応答モデル時定数演算部442と、加速度演算部443と、減算器444と、フィードバック補償器445とを具える。
【0035】
エンジンモデル441は、規範応答モデルGre(s)と、制御対象と同じ無駄時間Tdとで設定された伝達関数Gb(s)=Gre(s)・e-Lsを有し、目標加速度tACCを無駄時間処理して出力する。
かかるエンジンモデル441の伝達関数Gb(s)は、フィードフォワード補償部43内における規範応答モデルGre(s)と同様に、規範応答モデル時定数演算部442(図6における演算部432と同じもの)で求めた規範応答モデル時定数Treに応じ異なるものとする。
加速度演算部443は、実車速aVSPに対し近似微分処理を施して実加速度aACCを演算するもので、実際には次式で表される伝達関数Ghpf(s)を持った一次のハイパスフィルタに実車速aVSPを通過させて実加速度aACCを求める。
Ghpf(s)=s/(Ta・s+1)
但し、Ta:ハイパスフィルタの時定数
【0036】
減算器444は、エンジンモデル441で無駄時間処理された目標加速度tACCと、実加速度aACCとの間における加速度偏差ΔACC=tACC−aACCを求め、
フィードバック補償器445は、加速度偏差ΔACCを無くして実加速度aACCを無駄時間処理後の目標加速度tACCに一致させるための要求駆動力フィードバック補償値fbFを求める。
この要求駆動力フィードバック補償値fbF は、外乱やモデル化誤差による影響を抑制するためのものである。
フィードバック補償器445としては、ここでは比例ゲインKpと、積分ゲインKiと、微分ゲインKdとからなるPID補償器を用いる。
フィードバック補償器445の伝達関数Gfb(s)は次式で与えられる。
Gfb(s)=Kp+(Ki/s)+s・Kd
【0037】
図2における加算器45,46のうち、加算器45は、エンジントルク指令値演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFENGと、要求駆動力フィードバック補償値fbFとを加算し、両者の和値をエンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENGとして出力し、加算器46は、目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFATと、要求駆動力フィードバック補償値fbFとを加算し、両者の和値を目標変速段演算用要求駆動力demFATとして出力する。
【0038】
図2における駆動力分配部50は図9に示すごときもので、実車速aVSP、実変速比aRATIO、エンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENG、および目標変速段演算用要求駆動力demFATから、エンジントルク指令値cTEおよび目標変速段tSHIFTを演算するために、エンジントルク指令値演算部51および目標変速段演算部52を具える。
【0039】
エンジントルク指令値演算部51は、エンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENGおよび実変速比aRATIOと、タイヤ有効半径rTIREと、終減速比Gfとを用いた次式の演算により、エンジントルク指令値cTEを演算する。
cTE=(demFENG×rTIRE)/(Gf×aRATIO)
目標変速段演算部52は、図10に例示する変速マップを基に実車速aVSPおよび目標変速段演算用要求駆動力demFATから、実車速aVSPのもとで要求駆動力demFATを達成するための目標変速段tSHIFT(第1速〜第5速)を求める。
【0040】
上記のように求めたエンジントルク指令値cTEおよび目標変速段tSHIFTはそれぞれ、図2に示すようにエンジンコントローラ6および変速機コントローラ8へ指令され、これらコントローラ6,8は駆動力制御実行フラグfSTARTが1である間、エンジントルク指令値cTEおよび目標変速段tSHIFTをもとにエンジン1のスロットル開度(出力)制御および自動変速機2の変速制御を行い、本発明が狙いとする車両の駆動力制御を遂行する。
【0041】
この駆動力制御を以下に要約説明する。
実車速aVSPが図7のVSP1未満であって、図6における位相補償器431の伝達関数Ga(s)が目標駆動力tFに対し進み方向の位相補償を施しており、これに呼応して同図のスイッチ433が破線位置により位相補償前の目標駆動力tFを目標変速段演算用要求駆動力フィードフォワード補償値ffFATとして出力し、これを基に目標変速段tSHIFTを求める場合の駆動力制御を図11に示す。
【0042】
つまり、先ず目標加速度演算部41(図4参照)において、アクセル開度APOおよび実車速aVSPから車両の目標加速度tACCを求める。
次の目標駆動力演算部42(図4参照)において、この目標加速度tACCおよび車両重量の乗算により、目標加速度tACCを達成するための目標駆動力tFを求め、
この目標駆動力tFを、制御対象の応答モデルGe(s)の逆系{1/ Ge(s)}と、規範応答モデルGre(s)との組み合わせになる伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}を持った位相補償器431(図6参照)に通して、目標駆動力tFを規範応答(自車両の理想的な応答)で実現するためのエンジントルク指令値演算用要求駆動力demFENGを求める。
エンジントルク指令値演算部51(図9参照)においては、要求駆動力demFENGおよび実変速比aRATIOからエンジントルク指令値cTEを求め、これが達成されるようスロットル開度を電子制御する。
【0043】
目標変速段演算部52(図9参照)においては、図6のスイッチ433を経て上記のごとく入力される目標駆動力tFおよび実車速aVSPから自動変速機の目標変速段を求め、
この目標変速段tSHIFTを実現するよう自動変速機の変速制御を行うことで、上記のエンジントルク制御と相まって車両の駆動力を上記の目標駆動力tFに一致させる。
【0044】
ところで本実施例によれば図11から明らかなように、目標駆動力tFに対し位相補償を施して要求駆動力demFENGとなし、エンジントルク指令値cTEは位相補償後の要求駆動力demFENGに基づき決定し、変速制御のための指令値(目標変速段tSHIFT)は位相補償前の目標駆動力tFに基づき決定するため、
エンジン出力制御は、位相補償器431の設置により制御対象の不可避な応答遅れを考慮して、これによる問題を回避しながらの制御となすことができ、また、
自動変速機の変速制御は、位相補償による要求駆動力のオーバーシュートの影響を排除しながら制御となすことができる。
【0045】
よって、エンジントルク制御の応答遅れに起因して狙い通りに目標加速度を発生させることができないという問題を回避し得ると共に、
自動変速機の変速が、位相補償後の要求駆動力のオーバーシュートによる影響を受けて繰り返しダウンシフトおよびアップシフトを行うものになるという問題を回避することができる。
【0046】
後者の作用効果を、図16におけると同じ条件での動作タイムチャートである図12により付言する。
瞬時t1にアクセル開度APOをステップ的に増大させたことで、目標駆動力tFがこれに呼応して図示のごとくに急増した場合、伝達関数Ga(s)={Gre(s)/ Ge(s)}の位相補償器431が上記のごとく目標駆動力tFに対し進み補償を施すものであるため、位相補償器431の出力側における要求駆動力demFENGは図示のごとく、入力側における目標駆動力tFよりも一時的に大きくなって(オーバーシュートして)、図16につき前述したごとき多数回の違和感のある変速を生じさせると共に、多数回の変速ショックを生じるという懸念がある。
【0047】
ところで本実施例においては、図11から明らかなように目標変速段tSHIFTを位相補償前の目標駆動力tFに基づき決定するため、そして、この目標駆動力tFが図12に示すごとくアクセル開度APOの変化に対応したレベルを超えることがなく、4速域から3速域に移行した後2速域までオーバーシュートするようなことはない。
従って、4速から3速へのダウンシフトが1回行われるだけであり、変速ショックも目立ったものになることがない。
【0048】
なお図6につき前述したごとく、演算部432で求めた規範応答モデルの時定数Treにより、位相補償器431の伝達関数Ga(s)を進み補償特性と遅れ補償特性との間で切り替えるようにし、この切り替えに応動するスイッチ433により、進み補償の場合は目標変速段tSHIFTの演算に際し位相補償器431の入力側における目標駆動力tFを用い、遅れ補償の場合は目標変速段tSHIFTの演算に際し位相補償器431の出力側における要求駆動力demFENGを用いるようにした駆動力制御の概要を図13に示す。
【0049】
位相補償器431の伝達関数Ga(s)が進み補償を行う場合は、位相補償器431の入力側における目標駆動力tFを目標変速段tSHIFTの演算に資することから、図11及び図12につき上述したと同様な作用効果が得られる。
位相補償器431の伝達関数Ga(s)が遅れ補償を行う場合は、位相補償器431の出力側における要求駆動力demFENGを目標変速段tSHIFTの演算に資することから、以下の作用効果が奏し得られる。
【0050】
位相補償器431の伝達関数Ga(s)が遅れ補償を行う場合は、位相補償器431の出力側における要求駆動力demFENGが、図12と同条件でのタイムチャートを示す図14から明らかなように緩やかに上昇して前記のオーバーシュートを生ないため、この要求駆動力demFENGに基づき目標変速段tSHIFTを演算しても、図16につき前述したごとき多数回の違和感のある変速に関する問題や、多数回の変速ショックに関する問題を生ずることがない。
そこで、位相補償器431の伝達関数Ga(s)が遅れ補償を行う場合は、上記のごとく位相補償器431の出力側における要求駆動力demFENGを目標変速段tSHIFTの演算に資することとするが、
これによれば、アクセル開度APOの増大に伴うダウンシフトを図14のアクセル踏み込み瞬時t1から瞬時t2へと遅らせ、ハイ側変速段の選択時間を長くすることができ、エンジン回転数の低下や、フリクションロスの低下により燃費を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施例になる駆動力制御装置を具えた車両パワートレーンを、その制御システムと共に示す概略系統図である。
【図2】図1の制御システムにおける駆動力制御用コントローラが実行する、自動変速機の変速制御およびエンジンスロットル開度制御を介した駆動力制御の機能別ブロック線図である。
【図3】図2における駆動力制御可否判定部が実行して、本発明による駆動力制御を行うべきか否かを判定するための制御プログラムを示すフローチャートである。
【図4】図2における要求駆動力演算部の詳細を示すブロック線図である。
【図5】図4における目標加速度演算部が目標加速度を演算する時に用いる予定のマップ図である。
【図6】図4におけるフィードフォワード補償部の詳細ブロック線図である。
【図7】規範応答モデル応答時定数の変化特性図である。
【図8】図4に置けるフィードバック補償部の詳細ブロック線図である。
【図9】図1における駆動力配分部の詳細ブロック線図である。
【図10】図9における目標変速段演算部が目標変速段を求める時に用いる変速マップ図である。
【図11】図1〜10に示した実施例による駆動力制御装置の位相補償器が進み補償を行う場合の概念図である。
【図12】同実施例による駆動力制御装置の位相補償器が進み補償を行う場合の動作タイムチャートである。
【図13】図1〜10に示した実施例による駆動力制御装置の概念図である。
【図14】同実施例による駆動力制御装置の位相補償器が遅れ補償を行う場合の動作タイムチャートである。
【図15】従来の駆動力制御装置を示すブロック線図である。
【図16】同駆動力制御装置の動作タイムチャートである。
【符号の説明】
【0052】
1 エンジン
2 無段変速機
3 アクセルペダル
4 スロットルアクチュエータ
5 スロットルバルブ
6 トルクコンバータ
7 プライマリプーリ
8 セカンダリプーリ
9 Vベルト
10 ファイナルドライブギヤ組
11 ディファレンシャルギヤ装置
12 変速制御油圧回路
13 ステップモータ
14 エンジンコントローラ
15 変速機コントローラ
16 駆動力制御用コントローラ
17 アクセル開度センサ
18 エンジン回転センサ
19 車速センサ
20 ブレーキスイッチ
21 駆動力制御スイッチ
30 駆動力制御可否判定部
40 目標車速算出部
41 目標加速度決定部
42 積分処理部
50 目標駆動力算出部
51 位相補償器
52 規範モデル
53 フィードバック補償器
54 駆動トルク変換部
55 車両モデル
60 実変速比算出部
70 駆動力分配部
71 変速比指令値設定部
72 エンジントルク指令値算出部
80 目標車速オフセット判定部
81 アクセルペダル操作速度算出部
82 アクセルペダル操作加速度算出部
83 車速オフセット量算出部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の運転状態に応じた目標加速度が達成されるよう、エンジンの出力制御および自動変速機の変速制御により車両の駆動力を、前記目標加速度のための目標駆動力となす駆動力制御装置において、
前記目標駆動力に対し位相補償を施して要求駆動力となす位相補償器を設け、
前記エンジン出力制御のための指令値は、該位相補償器の出力側における前記要求駆動力に基づき決定し、前記変速制御のための指令値は、前記位相補償器の入力側における前記目標駆動力に基づき決定するよう構成したことを特徴とする車両の駆動力制御装置。
【請求項2】
前記位相補償器が補償特性を変更可能なものである、請求項1に記載の駆動力制御装置において、
前記位相補償器が前記目標駆動力に対し進み補償を施して要求駆動力となす場合は、前記変速制御のための指令値を、前記位相補償器の入力側における前記目標駆動力に基づき決定し、前記位相補償器が前記目標駆動力に対し遅れ補償を施して要求駆動力となす場合は、前記変速制御のための指令値を、前記位相補償器の出力側における前記要求駆動力に基づき決定するよう構成したことを特徴とする車両の駆動力制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2008−1131(P2008−1131A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−170060(P2006−170060)
【出願日】平成18年6月20日(2006.6.20)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】