説明

車両用ブレーキ装置および車両用ブレーキ装置の制御方法

【課題】 BBW式のブレーキ装置において、単一の液圧室を備える簡単な構造のスレーブシリンダを採用しながら、二つのブレーキ系統の一方の系統が失陥したときのバックアップを可能にする。
【解決手段】 マスタカットバルブ32を閉弁して連通制御バルブ41を開弁し、第1、第2液路Pb,Qbを共にスレーブシリンダ42に接続することで、タンデム式のスレーブシリンダが不要になって構造の簡素化が可能になる。また電源の失陥時には、マスタカットバルブ32を開弁して連通制御バルブ41を閉弁することで、マスタシリンダ11の第1、第2液圧室17,19が発生したブレーキ液圧でそれぞれ第1、第2系統のホイールシリンダ26,27;30,31を作動させる。その際に第1、第2液路Pb,Qbの相互の連通が遮断されているので、第1、第2系統の一方の系統が液漏れ失陥しても、他方の系統の作動を可能にして制動力を確保することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によるブレーキペダルの操作を電気信号に変換し、その電気信号に基づいて制御されるスレーブシリンダが発生するブレーキ液圧でホイールシリンダを作動させる、いわゆるBBW(ブレーキ・バイ・ワイヤ)式の車両用ブレーキ装置と、その制御方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
かかるBBW式の車両用ブレーキ装置において、タンデム式のマスタシリンダと、タンデム式のスレーブシリンダと、第1系統のホイールシリンダと、第2系統のホイールシリンダとを備え、マスタシリンダの第1液圧室をスレーブシリンダの第1液圧室を介して第1系統のホイールシリンダに接続するとともに、マスタシリンダの第2液圧室をスレーブシリンダの第2液圧室を介して第1系統のホイールシリンダに接続し、システムの正常時にはスレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で第1、第2系統のホイールシリンダを作動させ、システムの異常時にはマスタシリンダが発生するブレーキ液圧で第1、第2系統のホイールシリンダを作動させるものが、下記特許文献1により公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−161130号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来のものは、第1系統のホイールシリンダおよび第2系統のホイールシリンダに対応してスレーブシリンダが第1、第2液圧室を備える必要があるため、スレーブシリンダの構造が複雑化するという問題がある。これを解消するために、単一の液圧室を備えるスレーブシリンダから第1、第2系統のホイールシリンダにブレーキ液圧を供給するように構成すると、スレーブシリンダが失陥してマスタシリンダが発生するブレーキ液圧でホイールシリンダを作動させる場合に、第1、第2系統の一方の系統のホイールシリンダに液漏れ等の失陥が発生すると、第1、第2系統の両方のホイールシリンダの制動力が失われてしまう可能性がある。
【0005】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、BBW式のブレーキ装置において、単一の液圧室を備える簡単な構造のスレーブシリンダを採用しながら、二つのブレーキ系統の一方の系統が失陥したときのバックアップを可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、ブレーキペダルにより作動して2系統のブレーキ液圧を発生するマスタシリンダと、前記ブレーキペダルおよび前記マスタシリンダ間に配置されて踏力により弾性変形可能なストロークシミュレータと、前記マスタシリンダの第1液圧室と第1系統のホイールシリンダとを接続する第1液路と、前記マスタシリンダの第2液圧室と第2系統のホイールシリンダとを接続する第2液路と、前記第1液路に設けられて前記第1液圧室および前記第1系統のホイールシリンダ間の連通を遮断可能なマスタカットバルブと、前記第2液路に接続されてアクチュエータの駆動力でブレーキ液圧を発生するスレーブシリンダと、前記マスタカットバルブおよび前記スレーブシリンダよりも下流側で前記第1、第2液路を連通させる第3液路と、前記第3液路を遮断可能な連通制御バルブとを備えることを特徴とする車両用ブレーキ装置が提案される。
【0007】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、前記第3液路よりも下流側の前記第1、第2液路の少なくとも一方に設けられ、前記スレーブシリンダからのブレーキ液圧を遮断可能な副カットバルブと、前記副カットバルブよりも下流側において前記ホイールシリンダ毎に設けられ、前記スレーブシリンダからのブレーキ液圧をリザーバに解放可能な減圧バルブとを備えることを特徴とする車両用ブレーキ装置が提案される。
【0008】
また請求項3に記載された発明によれば、請求項1または請求項2の構成に加えて、前記マスタカットバルブよりも上流側の前記第1液路に設けられた第1液圧センサと、前記マスタカットバルブよりも下流側の前記第1液路に設けられた第2液圧センサと、前記スレーブシリンダよりも下流側の前記第2液路に設けられた第3液圧センサとを備えることを特徴とする車両用ブレーキ装置が提案される。
【0009】
また請求項4に記載された発明によれば、請求項1〜請求項3の何れか1項の構成に加えて、前記アクチュエータに接続されたピストンの前進に伴い、前記マスタシリンダの前記第2液圧室と前記第2系統のホイールシリンダとの連通が遮断されることを特徴とする車両用ブレーキ装置が提案される。
【0010】
また請求項5に記載された発明によれば、請求項2に記載の車両用ブレーキ装置の作動を制御する車両用ブレーキ装置の制御方法であって、前記連通制御バルブを開弁し、前記マスタカットバルブを閉弁した状態で前記スレーブシリンダを作動させて第1ブレーキ液圧を発生する工程と、前記減圧バルブを開弁して前記第1、第2系統の少なくとも一方の系統のホイールシリンダのブレーキ液圧を前記第1ブレーキ液圧よりも低い第2ブレーキ液圧に減圧する工程と含むことを特徴とする車両用ブレーキ装置の制御方法が提案される。
【0011】
また請求項6に記載された発明によれば、請求項1に記載の車両用ブレーキ装置の作動を制御する車両用ブレーキ装置の制御方法であって、前記連通制御バルブを閉弁し、前記マスタカットバルブを開弁した状態で、前記マスタシリンダの前記第1液圧室が発生するブレーキ液圧を前記第1系統のホイールシリンダに伝達するとともに、前記スレーブシリンダが発生するブレーキ液圧を前記第2系統のホイールシリンダに伝達する工程を含むことを特徴とする車両用ブレーキ装置の制御方法が提案される。
【0012】
尚、実施の形態のインバルブ52は本発明の副カットバルブに対応し、実施の形態のアウトバルブ54は本発明の減圧バルブに対応する。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の構成によれば、正常時には、マスタカットバルブを閉弁した状態でストロークシミュレータによりブレーキペダルのストロークを可能にしながら、連通制御バルブの開弁により第3液路を介して相互に接続された第1、第2液路を共にスレーブシリンダに接続することで、スレーブシリンダが発生するブレーキ液圧で第1、第2系統のホイールシリンダを作動させることができ、これによりタンデム式のスレーブシリンダが不要になって構造の簡素化が可能になる。また電源の失陥時には、マスタカットバルブを開弁して連通制御バルブを閉弁することで、マスタシリンダの第1、第2液圧室が発生したブレーキ液圧でそれぞれ第1、第2液路を介して第1、第2系統のホイールシリンダを作動させることができる。その際に第3液路に設けた連通制御バルブが閉弁して第1、第2液路の相互の連通が遮断されているので、第1、第2系統の一方の系統のホイールシリンダが液漏れ失陥しても、他方の系統のホイールシリンダの作動を可能にして制動力を確保することができる。
【0014】
また請求項2の構成によれば、第3液路よりも下流側の第1、第2液路の少なくとも一方の液路にスレーブシリンダからのブレーキ液圧を遮断可能な副カットバルブを設け、副カットバルブよりも下流側において、スレーブシリンダからのブレーキ液圧をリザーバに解放可能な減圧バルブを各ホイールシリンダ毎に設けたので、スレーブシリンダが発生する任意のブレーキ液圧を個別に減圧して各ホイールシリンダに伝達することができ、これにより各スレーブシリンダに作用するブレーキ液圧を独立に制御してABS作用やVSA作用を得ることができる。
【0015】
また請求項3の構成によれば、マスタカットバルブよりも上流側の第1液路に第1液圧センサを設け、マスタカットバルブよりも下流側の第1液路に第2液圧センサを設け、スレーブシリンダよりも下流側の第2液路に第3液圧センサを設けたので、第1〜第3液圧センサの出力を比較することで、マスタカットバルブ、連通制御バルブあるいはスレーブシリンダの異常を判定することができる。
【0016】
また請求項4の構成によれば、ピストンが前進した位置でスレーブシリンダがマスタシリンダの第2液圧室と第2系統のホイールシリンダとの連通を遮断するので、別途制御弁や逆止弁を設けてマスタシリンダの第2液圧室と第2系統のホイールシリンダとの連通を遮断制御する必要なしに、スレーブシリンダの作動時にスレーブシリンダ側からマスタシリンダ側にブレーキ液圧が伝達されるのを阻止することができるだけでなく、マスタシリンダの第2液圧室のブレーキ液圧に対して相対的にスレーブシリンダ側のブレーキ液圧が低い場合には、スレーブシリンダのカップシールをブレーキ液が乗り越えることにより、マスタシリンダの第2液圧室と第2系統のホイールシリンダとを連通させてバックアップを支障なく行うことができる。
【0017】
また請求項5の構成によれば、連通制御バルブを開弁してマスタカットバルブを閉弁した状態で、スレーブシリンダを作動させて第1ブレーキ液圧を発生し、減圧バルブを開弁して第1、第2系統の少なくとも一方の系統のホイールシリンダのブレーキ液圧を第1ブレーキ液圧よりも低い第2ブレーキ液圧に減圧するので、各ホイールシリンダに各々異なるブレーキ液圧を伝達して各車輪の制動力を個別に制御することができる。
【0018】
また請求項6の構成によれば、連通制御バルブを閉弁してマスタカットバルブを開弁した状態で、マスタシリンダの第1液圧室が発生するブレーキ液圧を第1系統のホイールシリンダに伝達するとともに、スレーブシリンダが発生するブレーキ液圧を第2系統のホイールシリンダに伝達するので、第1、第2系統の一方の系統のホイールシリンダに液漏れ等の失陥が発生した場合には、他方の系統のホイールシリンダに制動力を発生させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】車両用ブレーキ装置の液圧回路図(電源OFF時)。
【図2】通常制動時の作用説明図(ブレーキペダルの小ストローク時)。
【図3】通常制動時の作用説明図(ブレーキペダルの中・大ストローク時)。
【図4】ABS制御時の作用説明図。
【図5】VSA制御時の作用説明図。
【図6】液路の失陥時の作用説明図。
【図7】電源失陥時の作用説明図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図1〜図7に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
【0021】
図1に示すように、タンデム式のマスタシリンダ11は、運転者が操作するブレーキペダル12にプッシュロッド13を介して接続された第1ピストン14と、その前方に配置された第2ピストン15とを備えており、第1ピストン14および第2ピストン15間にリターンスプリング16が収納された第1液圧室17が区画され、第2ピストン15の前方にリターンスプリング18が収納された第2液圧室19が区画される。プッシュロッド13の中間位置には、スプリングよりなるストロークシミュレータ34が配置される。
【0022】
リザーバ20に連通可能な第1液圧室17および第2液圧室19はそれぞれ第1出力ポート21および第2出力ポート22を備えており、第1出力ポート21は液路Pa、常開型電磁弁であるマスタカットバルブ32、液路Pb、液圧モジュレータ23および液路Pc,Pdを介して、例えば左右の前輪のディスクブレーキ装置24,25のホイールシリンダ26,27(第1系統)に接続されるとともに、第2出力ポート22は液路Qa、スレーブシリンダ42、液路Qb、液圧モジュレータ23および液路Qc,Qdを介して、例えば左右の後輪のディスクブレーキ装置28,29のホイールシリンダ30,31(第2系統)に接続される。マスタカットバルブ32には、液路Pa側から液路Pb側へのブレーキ液の流通のみを許容するチェックバルブ33が並列に接続される。
【0023】
またマスタカットバルブ32およびスレーブシリンダ42の下流側の液路Pbおよび液路Qbを相互に接続する第3液路Raに、常閉型電磁弁である連通制御バルブ41が配置される。
【0024】
尚、本明細書で、第1液路Pa〜Pdおよび第2液路Qa〜Qdの上流側とはマスタシリンダ11側を意味し、下流側とはホイールシリンダ26,27;30,31側を意味するものとする。
【0025】
スレーブシリンダ42を作動させるアクチュエータ43は、電動モータ44の回転をギヤ列45を介してボールねじ機構46に伝達する。スレーブシリンダ42のシリンダ本体47に摺動自在に嵌合するピストン48は、リターンスプリング49で後退方向に付勢されており、アクチュエータ43のボールねじ機構46でリターンスプリング49の弾発力に抗して前進方向に駆動される。スレーブシリンダ42の液圧室50は出力ポート51を介して液路Qbに接続され、また液圧室50は入力ポート35および背室36を介して液路Qaに接続される。ピストン48の前進に伴い、液路Qaからブレーキ液が背室36に流入して容積が拡張し、それによりピストン48のカップシールが入力ポート35を通過すると液圧室50にブレーキ液圧が発生し、そのブレーキ液圧は出力ポート51から液路Qbに出力される。これにより、マスタシリンダ11の第2ピストン15が前進可能となる。
【0026】
ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)およびVSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)の機能を備えた液圧モジュレータ23の構造は周知のもので、左右の前輪のディスクブレーキ装置24,25の系統と、左右の後輪のディスクブレーキ装置28,29の系統とに同じ構造のものが設けられる。その代表として左右の前輪のディスクブレーキ装置24,25の系統について説明すると、液路Pbと液路Pc,Pdとの間に一対の常開型電磁弁よりなるインバルブ52,52が配置され、インバルブ52,52の下流側の液路Pc,Pdとリザーバ53との間に常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ54,54が配置される。リザーバ53と液路Pbとの間に液圧ポンプ55が配置されており、この液圧ポンプ55は電動モータ56により駆動される。
【0027】
各液圧ポンプ55の吸入側および吐出側には、リザーバ53側から液路Pb,Qb側へのブレーキ液の流通のみを許容するチェックバルブ57,58が配置される。また各インバルブ62には、液路Pc,Pd;Qc,Qd側から液路Pb,Qb側へのブレーキ液の流通のみを許容するチェックバルブ59…が並列に接続される。
【0028】
液路Paには、その液圧を検出する第1液圧センサSaが接続され、液路Pbには、その液圧を検出する第2液圧センサSbが接続され、液路Qbには、その液圧を検出する第3液圧センサScが接続される。マスタカットバルブ32、連通制御バルブ41、スレーブシリンダ42および液圧モジュレータ23に接続された不図示の電子制御ユニットには、前記第1液圧センサSaと、前記第2液圧センサSbと、前記第3液圧センサScと、各車輪の車輪速を検出する車輪速センサSd…と、ブレーキペダル12のストロークを検出するストロークセンサSeとが接続される。が接続される。
【0029】
次に、上記構成を備えた本発明の実施の形態の作用について説明する。
【0030】
先ず、図2に基づいて正常時における通常の制動作用(ブレーキペダル12の小ストローク時)について説明する。
【0031】
システムの正常時において、運転者がブレーキペダル12を小ストロークで操作した場合には、マスタシリンダ11のリターンスプリング16,18よりもばね定数が小さいプッシュロッド13のストロークシミュレータ34のスプリングが圧縮されてブレーキペダル12のストロークを許容するが、マスタシリンダ11の第1、第2ピストン14,15がストロークしないためにブレーキ液圧を発生することはない。
【0032】
ストロークセンサSeが運転者によるブレーキペダル12の踏み込みを検出すると、常開型電磁弁よりなるマスタカットバルブ32が励磁されて閉弁し、常閉型電磁弁よりなる連通制御バルブ41が励磁されて開弁する。これと同時にスレーブシリンダ42のアクチュエータ43が作動してピストン48が前進することで、液圧室50にブレーキ液圧が発生する。このとき、常閉型電磁弁よりなる連通制御バルブ41は励磁されて開弁しているため、スレーブシリンダ42が発生したブレーキ液圧は液路Pbと、その液路Pbに第3液路Rcを介して接続された液路Qbとに伝達され、両液路Pb,Qbから液圧モジュレータ23の開弁したインバルブ52…を介してディスクブレーキ装置24,25;28,29のホイールシリンダ26,27;30,31に伝達されて各車輪を制動する。
【0033】
そして液路Qbに設けた第3液圧センサSc(あるいは液路Pbに設けた第2液圧センサSb)で検出したスレーブシリンダ42によるブレーキ液圧が、ストロークセンサSeで検出したブレーキペダル12のストロークに応じた大きさになるように、スレーブシリンダ42のアクチュエータ43の作動を制御することで、運転者がブレーキペダル12に入力する操作量に応じた制動力をディスクブレーキ装置24,25;28,29に発生させることができる。
【0034】
また第1系統(前輪)のホイールシリンダ26,27に伝達されるブレーキ液圧と、第2系統(後輪)のホイールシリンダ30,31に伝達されるブレーキ液圧とを過渡的に異ならせたい場合には、可変開度の連通制御バルブ41を任意の中間開度に開弁することで、前輪の制動力を後輪の制動力よりも低くすることができる。
【0035】
また、例えば前輪がモータ・ジェネレータで駆動されるハイブリッド車両の場合には、車両の減速時にモータ・ジェネレータを回生制動することにより発生する制動力の分だけ、モータ・ジェネレータに接続された前輪の液圧制動力を低減してトータルの制動力を目標値に一致させる制御が行われる。このような場合に、上述したように、連通制御バルブ41を所定の中間開度に制御することにより、前輪の液圧制動力を過渡的に低減制御することができる。
【0036】
次に、図3に基づいて正常時における通常の制動作用(ブレーキペダル12の中・大ストローク時)について説明する。
【0037】
運転者がブレーキペダル12を中・大ストロークで操作した場合には、プッシュロッド13のストロークシミュレータ34のスプリングおよびマスタシリンダ11のリターンスプリング16,18が共に圧縮されてブレーキペダル12のストロークを許容し、容積が減少する第2液圧室19から押し出されたブレーキ液は、スレーブシリンダ42の背室36を経てピストン48の背部の容積が拡大する空間に吸収される。
【0038】
スレーブシリンダ42の作動による制動作用は、上述したブレーキペダル12を小ストロークで操作した場合と実質的に同じである。
【0039】
次に、図4に基づいて正常時におけるABS制御の作用について説明する。
【0040】
上述した正常時にブレーキペダル12を中・大ストロークで操作した場合に、車輪速センサSd…の出力に基づいて何れかの車輪のスリップ率が増加してロック傾向になったことが検出されると、スレーブシリンダ42を作動状態に維持し、この状態で液圧モジュレータ23を作動させて車輪のロックを防止する。
【0041】
即ち、所定の車輪がロック傾向になると、その車輪のディスクブレーキ装置のホイールシリンダに連なるインバルブ52を閉弁してスレーブシリンダ42からのブレーキ液圧の伝達を遮断した状態で、アウトバルブ54を開弁してホイールシリンダのブレーキ液圧をリザーバ53に逃がす減圧作用と、それに続いてアウトバルブ54を閉弁してホイールシリンダのブレーキ液圧を保持する保持作用とを行うことで、車輪がロックしないように制動力を低下させる。
【0042】
その結果、車輪速度が回復してスリップ率が低下すると、インバルブ52を開弁してホイールシリンダのブレーキ液圧が増加させる増圧作用を行うことで、車輪の制動力を増加させる。この増圧作用により車輪が再びロック傾向になると、前記減圧、保持、増圧を再び実行し、その繰り返しにより車輪のロックを抑制しながら最大限の制動力を発生させることができる。その間にリザーバ53に流入したブレーキ液は、液圧ポンプ55により上流側の液路Pb,Qbに戻される。
【0043】
スレーブシリンダ42が作動してピストン48のカップシールが入力ポート35を閉塞すると、マスタシリンダ11の第2液圧室19が発生したブレーキ液圧は遮断され、スレーブシリンダ42の液圧室50に伝達されることはない。
【0044】
図4には、左前輪のホイールシリンダ26のブレーキ液圧が保持され、右前輪のホイールシリンダ27のブレーキ液圧が減圧され、左後輪のホイールシリンダ30のブレーキ液圧が増圧され、右後輪のホイールシリンダ31のブレーキ液圧が減圧される状態が示される。
【0045】
次に、図5に基づいて正常時におけるVSA制御の作用について説明する。
【0046】
VSA制御は、旋回内輪の制動力と旋回外輪の制動力とを異ならせることでヨーモーメントを発生させ、このヨーモーメントで車両の横滑りを防止して挙動の安定を図るものである。前記ABS制御が制動時に限って行われるのに対し、VSA制御は車両の旋回時であれば制動を伴わない場合にも行われる点で異なっている。個々の車輪のホイールシリンダ26,27;30,31に伝達されるブレーキ液圧の減圧、保持、増圧の作用は上述したABS制御の場合と同様であるが、通常のVSA制御に対し、スレーブシリンダ42の駆動量を制御することにより調圧が可能となるため、液圧ポンプ55,55は加圧機能を省略でき、還流のみを機能とすることができる。
【0047】
図5には、左前輪のホイールシリンダ26のブレーキ液圧が保持され、右前輪のホイールシリンダ27のブレーキ液圧が減圧され、左後輪のホイールシリンダ30のブレーキ液圧が増圧され、右後輪のホイールシリンダ31のブレーキ液圧が減圧される状態が示される。
【0048】
尚、本実施の形態においては、四輪に対して独立に加圧・減圧制御を実施する態様としてVSA制御を例示したが、四輪に対して独立に加圧・減圧制御を実施する態様はVSA制御に限られるものではない。
【0049】
次に、図6に基づいて第1系統のホイールシリンダ26,27または第2系統のホイールシリンダ30,31に液漏れ等の失陥が発生した場合の作用について説明する。
【0050】
システムの正常時に左右の4個のホイールシリンダ26,27;30,31の何れか1個に漏れ等の失陥が発生した場合、単一の液圧室50しか持たないスレーブシリンダ42で第1、第2系統の全てのホイールシリンダ26,27;30,31を作動させるものでは、前記液漏れによって制動力が完全に失われてしまう可能性がある。
【0051】
そこで本実施の形態では、マスタカットバルブ32を開弁するとともに、連通制御バルブ41を閉弁して第1系統のホイールシリンダ26,27および第2系統のホイールシリンダ30,31間の連通を遮断する。これにより、液路Pbにはマスタシリンダ11の第1液圧室17からのブレーキ液圧が独立に作用し、液路Qbにはスレーブシリンダ42からのブレーキ液圧が独立に作用するようになり、第1系統のホイールシリンダ26,27および第2系統のホイールシリンダ30,31をの何れか一方が失陥しても、他方を支障なく作動させて制動力を確保することができる。
【0052】
次に、図7に基づいて電源の失陥等によりスレーブシリンダ42が作動不能になった場合の作用について説明する。
【0053】
電源が失陥すると、常開型電磁弁よりなるマスタカットバルブ32は自動的に開弁し、常閉型電磁弁よりなる連通制御バルブ41は自動的に閉弁し、常開型電磁弁よりなるインバルブ52…は自動的に開弁し、常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ54…は自動的に閉弁する。この状態では、マスタシリンダ11の第1液圧室17に発生したブレーキ液圧はマスタカットバルブ32およびインバルブ52…を通過して前輪のディスクブレーキ装置24,25のホイールシリンダ26,27を作動させ、またマスタシリンダ11の第2液圧室19に発生したブレーキ液圧はスレーブシリンダ42およびインバルブ52…を通過して後輪のディスクブレーキ装置30,31のホイールシリンダ30,31を作動させることで、支障なく制動力を発生させることができる。
【0054】
また電源の失陥時には連通制御バルブ41が閉弁して第1系統の液路Pa〜Pdと第2系統の液路Qa〜Qdとが完全に分離されるため、一方の系統の液路が液漏れ失陥しても他方の系統の制動力を維持することができる。
【0055】
次に、液路Paに設けた第1液圧センサSa、液路Pbに設けた第2液圧センサSbおよび液路Qbに設けた第3液圧センサScの作用を説明する。
【0056】
マスタカットバルブ32を開弁指示し、連通制御バルブ41を開弁指示した状態でスレーブシリンダ42を作動させたとき、第2液圧センサSbの出力が変動し、第1液圧センサSaの出力が変動しなければ、マスタカットバルブ32が閉固着したと判定することができる。
【0057】
同じくマスタカットバルブ32を開弁指示し、連通制御バルブ41を開弁指示した状態でスレーブシリンダ42を作動させたとき、ストロークセンサSeがブレーキペダル12のストロークを検出し、第1液圧センサSaの出力が変動し、第2液圧センサSbの出力が変動しなければ、マスタカットバルブ32が閉固着したと判定することができる。
【0058】
マスタカットバルブ32を開弁指示し、連通制御バルブ41を閉弁指示した状態でスレーブシリンダ42を作動させたとき、第1液圧センサSaおよび第2液圧センサSbの少なくとも一方の出力が変動すれば、連通制御バルブ41が開固着したと判定することができる。
【0059】
マスタカットバルブ32を閉弁指示し、連通制御バルブ41を開弁指示した状態でスレーブシリンダ42を作動させたとき、第1液圧センサSaの出力が変動すれば、マスタカットバルブ32が開固着したと判定することができる。
【0060】
第1液圧センサSaおよびマスタカットバルブ32が正常であり、マスタカットバルブ32を開弁指示し、連通制御バルブ41を開弁指示した状態でスレーブシリンダ42を作動させたとき、第1液圧センサSaの出力および第2液圧センサSbの出力が共に変動しなければ、連通制御バルブ41が閉固着したと判定することができる。
【0061】
スレーブシリンダ42を作動指示したときに、第3液圧センサScの出力が変動しなければ、スレーブシリンダ42が異常であると判定することができる。
【0062】
以上のように、本実施の形態によれば、マスタカットバルブ32を閉弁した状態でストロークシミュレータ34によりブレーキペダル12のストロークを可能にしながら、開弁した連通制御バルブ41および第3液路Raを介して相互に接続された第1、第2液路Pb,Qbを共にスレーブシリンダ42に接続することで、スレーブシリンダ42が発生するブレーキ液圧で第1、第2系統のホイールシリンダ26,27;30,31を作動させることができるため、タンデム式のスレーブシリンダが不要になって構造の簡素化が可能になる。
【0063】
またスレーブシリンダ42が作動不能になった場合には、マスタカットバルブ32を開弁して連通制御バルブ41を閉弁することで、マスタシリンダ11の第1、第2液圧室17,19が発生したブレーキ液圧でそれぞれ第1、第2液路Pa〜Pd,Qa〜Qdを介して第1、第2系統のホイールシリンダ26,27;30,31を作動させることができる。その際に第3液路Raに設けた連通制御バルブ41が閉弁して第1、第2液路Pb,Qbの相互の連通が遮断されているので、第1、第2系統の一方の系統のホイールシリンダが液漏れ失陥しても、他方の系統のホイールシリンダの作動を可能にして制動力を確保することができる。
【0064】
またマスタシリンダが送出するブレーキ液を吸収してブレーキペダルのストロークを許容する液圧式のストロークシミュレータを採用すると、その構造が複雑になるだけでなく、マスタシリンダおよびストロークシミュレータ間に踏力遮断弁を配置することが必要になって更に部品点数が増加してしまう。しかしながら、本実施の形態のストロークシミュレータ34はコイルスプリングで構成されているため、その構造が簡素化されて部品点数の削減が可能になる。
【0065】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0066】
例えば、実施の形態のブレーキ装置は液圧モジュレータ23を備えているが、本発明は液圧モジュレータ23を備えていないブレーキ装置に対しても適用することができる。
【0067】
また実施の形態では左右の前輪のホイールシリンダ26,27を第1系統とし、左右の後輪のホイールシリンダ30,31を第2系統としているが、左前輪のホイールシリンダ26および右後輪のホイールシリンダ31を第1系統とし、右前輪のホイールシリンダ27および左後輪のホイールシリンダ30を第2系統としても良く、左右の後輪のホイールシリンダ30,31を第1系統とし、左右の前輪のホイールシリンダ26,27を第2系統としても良い。
【符号の説明】
【0068】
11 マスタシリンダ
12 ブレーキペダル
17 第1液圧室
19 第2液圧室
26,27 第1系統のホイールシリンダ
30,31 第2系統のホイールシリンダ
32 マスタカットバルブ
34 ストロークシミュレータ
41 連通制御バルブ
42 スレーブシリンダ
43 アクチュエータ
50 液圧室
52 インバルブ(副カットバルブ)
53 リザーバ
54 アウトバルブ(減圧バルブ)
Pa〜Pd 第1液路
Qa〜Qd 第2液路
Rc 第3液路
Sa 第1液圧センサ
Sb 第2液圧センサ
Sc 第3液圧センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキペダル(12)により作動して2系統のブレーキ液圧を発生するマスタシリンダ(11)と、
前記ブレーキペダル(12)および前記マスタシリンダ(11)間に配置されて踏力により弾性変形可能なストロークシミュレータ(34)と、
前記マスタシリンダ(11)の第1液圧室(17)と第1系統のホイールシリンダ(26,27)とを接続する第1液路(Pa〜Pd)と、
前記マスタシリンダ(11)の第2液圧室(19)と第2系統のホイールシリンダ(30,31)とを接続する第2液路(Qa〜Qd)と、
前記第1液路(Pa〜Pd)に設けられて前記第1液圧室(17)および前記第1系統のホイールシリンダ(26,27)間の連通を遮断可能なマスタカットバルブ(32)と、
前記第2液路(Qa〜Qd)に接続されてアクチュエータ(43)の駆動力でブレーキ液圧を発生するスレーブシリンダ(42)と、
前記マスタカットバルブ(32)および前記スレーブシリンダ(42)よりも下流側で前記第1、第2液路(Pa〜Pd,Qa〜Qd)を連通させる第3液路(Ra)と、
前記第3液路(Ra)を遮断可能な連通制御バルブ(41)と.
を備えることを特徴とする車両用ブレーキ装置。
【請求項2】
前記第3液路(Ra)よりも下流側の前記第1、第2液路(Pa〜Pd,Qa〜Qd)の少なくとも一方に設けられ、前記スレーブシリンダ(42)からのブレーキ液圧を遮断可能な副カットバルブ(52)と、前記副カットバルブ(52)よりも下流側において前記ホイールシリンダ(26,27;30,31)毎に設けられ、前記スレーブシリンダ(42)からのブレーキ液圧をリザーバ(53)に解放可能な減圧バルブ(54)とを備えることを特徴とする、請求項1に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項3】
前記マスタカットバルブ(32)よりも上流側の前記第1液路(Pa)に設けられた第1液圧センサ(Sa)と、前記マスタカットバルブ(32)よりも下流側の前記第1液路(Pb)に設けられた第2液圧センサ(Sb)と、前記スレーブシリンダ(42)よりも下流側の前記第2液路(Qb)に設けられた第3液圧センサ(Sc)とを備えることを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項4】
前記アクチュエータ(43)に接続されたピストン(48)の前進に伴い、前記スレーブシリンダ(42)は前記マスタシリンダ(11)の前記第2液圧室(19)と前記第2系統のホイールシリンダ(30,31)との連通を遮断することを特徴とする、前記1〜請求項3の何れか1項に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項5】
請求項2に記載の車両用ブレーキ装置の作動を制御する車両用ブレーキ装置の制御方法であって、
前記連通制御バルブ(41)を開弁し、前記マスタカットバルブ(33)を閉弁した状態で前記スレーブシリンダ(42)を作動させて第1ブレーキ液圧を発生する工程と、
前記減圧バルブ(54)を開弁して前記第1、第2系統の少なくとも一方の系統のホイールシリンダ(26,27;30,31)のブレーキ液圧を前記第1ブレーキ液圧よりも低い第2ブレーキ液圧に減圧する工程と、
を含むことを特徴とする車両用ブレーキ装置の制御方法。
【請求項6】
請求項1に記載の車両用ブレーキ装置の作動を制御する車両用ブレーキ装置の制御方法であって、
前記連通制御バルブ(41)を閉弁し、前記マスタカットバルブ(33)を開弁した状態で、前記マスタシリンダ(11)の前記第1液圧室(17)が発生するブレーキ液圧を前記第1系統のホイールシリンダ(26,27)に伝達するとともに、前記スレーブシリンダ(42)が発生するブレーキ液圧を前記第2系統のホイールシリンダ(30,31)に伝達する工程を含むことを特徴とする車両用ブレーキ装置の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−218839(P2011−218839A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86731(P2010−86731)
【出願日】平成22年4月5日(2010.4.5)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】