説明

面発光レーザ

【課題】高速動作が可能であって、かつ、信頼性に優れる面発光レーザの提供。
【解決手段】本発明に係る面発光レーザは、半導体基板101と、半導体基板101上に形成された第1の反射鏡102と、第1の反射鏡102上に形成された活性層103と、活性層103上に形成されたトンネル接合層105と、トンネル接合層105を覆う第1導電型の半導体スペーサ層107と、半導体スペーサ層107上であって、トンネル接合層105の直上領域に形成された第2の反射鏡108と、半導体スペーサ層107上であって、第2の反射鏡108の周辺に形成された第1の電極110と、活性層103よりも下の層と電気的に接続された第2の電極111とを備える。トンネル接合層105の直上領域における第1導電型の半導体スペーサ層107の厚さが、第1の電極110の直下領域における第1導電型の半導体スペーサ層107の厚さよりも薄い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面発光レーザに関し、特に、トンネル接合型面発光レーザ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光通信用の光源として、高速、小型、低消費電力、低コストなどの長所を備える垂直共振器面発光レーザ(VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting Laser)の開発が盛んである。既に、1〜10Gbps(ギガビット毎秒)程度の高速変調可能な素子も実用化されている。
【0003】
面発光レーザで最も一般的な構成は、GaAs基板をベースとした酸化狭窄型と呼ばれるものである。この酸化狭窄型は、活性層及びその上下に位置する半導体ブラッグ反射鏡(DBR:Distributed Bragg reflector)が、GaAs基板上にエピタキシャル成長によって一体に形成された積層構造を有する。また、水蒸気酸化工程により形成された電流狭窄構造を有する。このような素子では、上下DBRを半導体で形成し、DBRを介して活性層へ電流注入を行う構造が一般的である。また、水蒸気酸化による電流狭窄構造の形成において、埋め込み再成長が不要であるなど、製造プロセスが簡易であるという特長を有する。
【0004】
一方、面発光レーザの中でも、電流狭窄構造としてトンネル接合を用いたトンネル接合型は、低抵抗化により、高速化・低消費電力化することができる。このトンネル接合型は典型的には非特許文献1に報告されている構造を有し、従来InP基板ベースであり、テレコム用途向けに発振波長1.3μm帯、もしくは1.55μm帯などの長波長帯用の面発光レーザに用いられる。
【0005】
発明者らは、主に酸化狭窄型に用いられるGaAs基板をベースとし、活性層には利得特性に優れるInGaAsを井戸層とする歪量子井戸を用い、電流狭窄構造としてトンネル接合構造を用いたトンネル接合型面発光レーザを開発し、酸化狭窄型面発光レーザを上回る24GHzの3dB変調帯域を達成することができた。このトンネル接合型面発光レーザの素子構造は、非特許文献2の図1に開示されている。
【0006】
非特許文献2に記載のトンネル接合型面発光レーザの素子構造について、図6を用いて説明する。図6の面発光レーザは、n型GaAsからなる半導体基板101上に、下部DBR102、量子井戸構造の活性層103、p型スペーサ層104、トンネル接合層105及びn型スペーサ層107が形成された半導体積層構造を有する。n型半導体基板101上の各層は、エピタキシャル成長により、順次形成される。また、トンネル接合層105は、高濃度p型InGaAs層と高濃度n型GaAsSb層とからなる。
【0007】
トンネル接合層105は、基板平面内において、最終的に発光部となる領域以外の周辺領域をエッチングにより除去した後、全体をn型スペーサ層107により埋め込まれた構造となっている。また、素子を高速動作させるために、n型スペーサ層107を形成する前に、電流注入領域A1の周辺に、イオン注入により高抵抗化部106を形成する。これにより、素子容量を低減することができる。上記半導体積層構造上には、上部DBR108、プラス電極110、マイナス電極111及びポリイミド層109が形成されている。プラス電極110及びマイナス電極111を介し、活性層103へ電流が注入され、レーザ発振及び高速変調動作する。
【0008】
非特許文献2に記載のトンネル接合型面発光レーザは、高速かつ低コスト・低消費電力である光源として極めて有望であるが、信頼性において課題を有していた。図7は、上記トンネル接合型面発光レーザの加速信頼性試験データである。図7(a)は、温度150℃、10mAの定電流駆動にて通電加速試験を行った場合の光出力変動の推移を示している。試験素子数は9個である。各素子とも所定時間経過後に突発的に光出力が減少している。
【0009】
図7(b)は、図7(a)の試験素子の故障時間(Time to Failure:TTF=故障に至るまでの動作時間)と、素子構造との関係を示したグラフである。各素子の故障時間は、トンネル接合層105の開口端(電流注入領域の端部)とプラス電極110との距離すなわち図6におけるLELECと明確な相関があり、LELECが長いほど故障時間が長くなっている。
【0010】
故障素子を調査したところ、プラス電極110のアロイフロントが、n型スペーサ層107を突き抜けて活性層103まで達していることが分かった。なお、非特許文献2に記載のトンネル接合型面発光レーザでは、n型スペーサ層107の厚さは0.23μm、活性層103とプラス電極110の間の距離(D1=D2)は0.29μm程度である。また、このプラス電極110は、真空蒸着及びアロイ工程により形成したAuGe/AuGeNiで構成されている。プラス電極110のアロイ工程により活性層103に導入された格子欠陥は、通電により次第に電流注入領域A1の方に延伸していき、これに達した時に、突発的に光出力が減少することが分かった。
【0011】
上記故障を防止するには、LELECを十分に長くすることが考えられるが、LELECを長くすると、プラス電極110からトンネル接合層105に至る直列抵抗が増大する。そのため、現実的には、LELECは5μm以下程度に制限される。したがってLELECを長くすることは上記故障の本質的な改善手段とはならない。
また、プラス電極110のアロイフロントが活性層103に到達しないように、n型スペーサ層107をあらかじめ十分に厚くしておくことも有効であると考えられる。しかしながら、単純にn型スペーサ層107を厚くすると、上下DBR間距離LCAVITYが長くなる。従って、実効共振器長が長くなり、高速性が損なわれるという問題がある。
【0012】
以上に述べたトンネル接合型面発光レーザにおける課題は、これまで認識されていなかった。一般的な酸化狭窄型面発光レーザでは、上部DBR層はp型半導体で構成し、上部電極はノンアロイのTi/Auなどで形成する。このため、通電によるアロイの進行を考慮する必要がない。また、仮にアロイの進行がある場合、もしくは上部DBR層がn型半導体で構成され、上部電極としてアロイ電極が使用される場合でも、上部電極と活性層103の間には厚さ3〜4μm程度のp型DBR層があるため、活性層103に欠陥をもたらすことはない。
【0013】
他方、上部DBRが誘電体/半導体などで形成され、トンネル接合を有する長波長帯用の面発光レーザでも、以下に述べる3つの理由によって本課題は認識されていなかった。第1の理由は、InPベースの長波長帯面発光レーザではn電極材料として、ノンアロイのTi/Auなどを用いてもよいため、アロイフロントの進行による信頼性への影響を考慮する必要がない。
【0014】
第2の理由は、半導体材料に起因する。長波長帯面発光レーザでは、上部n電極と電気的なコンタクトが行われる半導体層としてバンドギャップの小さなInGaAsを用いることができる。また、n型スペーサ層にはInPが用いられる。Inを含む半導体中では結晶欠陥の増殖が抑制されるため、たとえ上部n電極を起点とした結晶欠陥が存在する場合でも、活性層への欠陥の延伸が抑制され、素子の信頼性に対して影響をもたらしにくい。
【0015】
第3の理由は、長波長帯面発光レーザでは、10Gbpsを上回る高速動作を実現するための検討は十分に行われていなことに起因する。これは、長波長帯面発光レーザでは材料の特性上素子利得が十分でなく、元々10Gbpsを上回る高速性が見込みにくいためである。10Gbps以下の変調速度であれば、LCAVITYを十分に短くする必要性がそもそも存在しないため、上記課題は認識され得ない。なお、非特許文献3については後述する。
【非特許文献1】Markus Ortsiefer他、「2.5-mW Single-Mode Operation of 1.55-μm Buried Tunnel Junction VCSELs」、IEEE PHOTONICS TECHNOLOGY LETTERS, VOL. 17, NO. 8、2005年8月
【非特許文献2】Yashiki他、「1.1 μm-range tunnel junction VCSELs with 27-GHz relaxation oscillation frequency」、Proceedings of optical fiber communication conference 2007、OMK1、2007年
【非特許文献3】Ye Zhou他、「Novel Surface Emitting Laser using High-Contrast Subwavelength Grating」、Conference Digest of Semiconductor Laser Conference 2006、WB4、2006年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、以上のような問題点を解決するためになされたものであり、高速動作が可能であって、かつ、信頼性に優れる面発光レーザを提供すること目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る面発光レーザは、半導体基板と、前記半導体基板上に形成された第1の反射鏡と、前記第1の反射鏡上に形成された活性層と、前記活性層上に形成されたトンネル接合層と、前記トンネル接合層を覆う第1導電型の半導体スペーサ層と、前記第1導電型の半導体スペーサ層上であって、前記トンネル接合層の直上領域に形成された第2の反射鏡と、前記第1導電型の半導体スペーサ層上であって、前記第2の反射鏡の周辺に形成された第1の電極と、前記活性層よりも下の層と電気的に接続された第2の電極とを備える面発光レーザであって、前記トンネル接合層の直上領域における前記第1導電型の半導体スペーサ層の厚さが、前記第1の電極の直下領域における前記第1導電型の半導体スペーサ層の厚さよりも薄いことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高速動作が可能であって、かつ、信頼性に優れる面発光レーザを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。ただし、本発明が以下の実施の形態に限定される訳ではない。また、説明を明確にするため、以下の記載及び図面は、適宜、簡略化されている。
【0020】
第1の実施の形態
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る面発光レーザ素子の断面図である。本実施の形態に係る面発光レーザは、n型GaAsからなる半導体基板101上に、下部DBR102、量子井戸構造の活性層103、p型スペーサ層104、トンネル接合層105及びn型スペーサ層107が形成された半導体積層構造を有する。n型半導体基板101上の各層は、エピタキシャル成長により、順次形成される。また、トンネル接合層105は、高濃度p型InGaAs層と高濃度n型GaAsSb層とからなる。
【0021】
下部DBR102は、例えば、Siドープ(濃度8×1017cm−3)n型AlAsからなる低屈折率層とSiドープ(濃度8×1017cm−3)n型GaAsからなる高屈折率層とが順に積層された構造を有する。具体的には、各々光学膜厚λ/4の低屈折率層と高屈折率層とを、40.5ペア積層した周期構造とすることができる。
【0022】
活性層103は、例えば、In0.3Ga0.7As/GaAsを井戸層、GaAsを障壁層とする量子井戸層(発光スペクトルのピークは1.07μm)及びその両端に配置されたn型SCH層及びp型SCH層を備えている。活性層103全体の光学膜厚は1λ(媒質内波長の1波長分)とするのが好ましい。
また、p型スペーサ層104は、例えば、Cドープ(濃度8×1017cm−3)p型GaAsからなる。その光学膜厚はλ/4程度とするのが好ましい。
ここで、InGaAsを井戸層に用いた歪量子井戸構造活性層において、高速変調動作を実現する上で好適なレーザ発振波長の範囲は、GaAs基板上に活性層を形成する場合、1.0〜1.2μm程度の範囲である。発振波長が1.0μm未満の場合、歪量子井戸構造による利得向上のメリットが得られにくい。一方、発振波長が1.2μmを超える場合、結晶歪量が多すぎるため信頼性悪化が懸念される。ただし、基板として、GaAsよりも格子定数の大きなInGaAs3元基板を使用可能な場合、高信頼性を維持したまま、発振波長を1.34μm程度まで長波長にすることが可能である。しかし、発振波長をさらに長くした場合には、後で詳述する面発光レーザの実効共振器長も長くなるため、高速動作のためにはデメリットとなる。
【0023】
トンネル接合層105は、高濃度p型InGaAs層と高濃度n型GaAsSb層とを備える。例えば、Cドープ(濃度1×1020cm−3)p型GaAsからなる厚さ15nm程度の高濃度p型層及びSiドープ(濃度2×1019cm−3)n型GaAsからなる厚さ15nm程度の高濃度n型層を用いることができる。
【0024】
また、トンネル接合層105は基板平面内において、最終的に電流注入領域A1となる部分のみを残して周囲はエッチングで除去されている。また、素子の高速動作のために、電流注入領域A1の周辺部はイオン注入によって形成された高抵抗化部106によって素子容量の低減を図っている。トンネル接合層105及び高抵抗化部106が形成された半導体積層構造の表面全体は、n型スペーサ層107で埋め込まれている。
【0025】
ここで、トンネル接合層105の形成領域である電流注入領域A1ではトンネル接合層105を介して活性層103への電流注入が行われる。一方、トンネル接合のない領域では、n型スペーサ層107とp型スペーサ層104が隣接するため、通常の逆バイアスのp/n接合となるため電流がブロックされる。この電流狭窄構造によって、発光は電流注入領域A1近傍の活性層103で生じる。
【0026】
n型スペーサ層107は、例えば、Siドープ(濃度2×1019cm−3)n型GaAsからなる。n型スペーサ層107には、電流注入領域A1及びその近傍の直上部に、凹部112が形成されている。この凹部112の存在により、電流注入領域A1の近傍では、光共振器方向におけるn型スペーサ層107の上面と活性層103の中心面との間の距離を、図1中にD1で示すように、短くすることができる。一方、プラス電極110の直下では、この距離を図1中にD2で示すように、厚くすることができる。
【0027】
具体的には、電流注入領域A1においては、距離D1は光学膜厚1λ相当とし、上下DBR間距離LCAVITYは、光学膜厚3λ/2相当とするのが好ましい。これによって、電流注入領域A1及びその近傍では、面発光レーザの高速動作に必要な短いLCAVITYが実現できる。なお、10Gbpsを超える高速変調を実現するためのLCAVITYの光学厚さは、5λ/2以下程度であることが好ましい。また、トンネル接合層105の形成領域すなわち電流注入領域A1におけるn型スペーサ層107の厚さのばらつきは、光学膜厚λ/10以下であることが好ましい。
【0028】
また、電流注入領域A1よりも外側の領域では、n型スペーサ層107がエッチングされていないため、プラス電極110と活性層103の中心面との間の距離D2は1.0μm以上の厚さとするのが好ましい。これによって、プラス電極110におけるアロイのフロントが活性層103に到達しえない構造が実現できるため、非特許文献1に記載のトンネル接合型面発光レーザにおける信頼性上の問題を解決できる。以上述べたように、本発明によって、トンネル接合型面発光レーザの20Gbpsを上回る高速変調動作と、高い素子信頼性を両立することができる。
【0029】
凹部112形成後の半導体積層構造上には、上部DBR108、プラス電極110、マイナス電極111、ポリイミド層109が形成され、プラス電極110及びマイナス電極111を通じた活性層103への電流注入によってレーザ発振及び高速変調動作が行われる。ここで、プラス電極110及びマイナス電極111はいずれもn電極であって、Au/Ge/Niからなるアロイ電極である。
【0030】
上部DBR108は、好適には、光学膜厚λ/4のSiO低屈折率層(厚さ181.2nm)及び光学膜厚λ/4のSi高屈折率層(厚さ71.5nm)からなる3周期の層構造とすることができる。なお、高屈折率層の材料としては、Si、Sb、ZnSe、CdS、ZnS、TiOなどが考えられる。また、低屈折率層の材料としては、SiO、SiN、MgO、CaF、MgF、Alなどが考えられる。発振波長を考慮して適切な透明な材料が選択される。
【0031】
なお、半導体積層構造を構成する元素としては、窒素、リン、Teなども用いてもよく、半導体基板101もGaAsに限らず、InP、InGaAs、GaNなどを用いてもよい。
【0032】
次に、本発明に係るトンネル接合型面発光レーザの酸化狭窄型面発光レーザに対する特徴について説明する。主に2つの特徴がある。第1の特徴は、電流狭窄構造としてトンネル接合層105が用いられている点である。トンネル接合は、高濃度pn接合からなる。これに逆バイアスを印加すると、トンネル効果により、電子電流を正孔電流に変換することができる。このトンネル接合を、活性層103近傍のp型半導体層に形成することにより、半導体層の最表層をn型半導体とすることが可能となる。これにより、素子抵抗や吸収損失の低減、不均一注入の抑制などが期待できる。第2の特徴は、上部DBR108が高屈折率差いわゆる高ΔのSi/SiO多層膜から形成されている点である。高ΔのDBRを用いると、VCSELの実効的な共振器長が短くなるため、変調帯域を改善することができる。
【0033】
以下に高ΔのDBRによる高速特性の改善効果について説明する。直接変調型レーザの変調帯域は、素子抵抗(R)と寄生容量(C)の律速によって定まる帯域(fCR)と、電流注入素子の利得特性によって定まる帯域(fr:緩和振動周波数)の兼ね合いで決定される。酸化狭窄型VCSELにおいては、fCR帯域については、エピタキシャル成長による半導体層構造の最適化によるRの低減や、ポリイミド埋め込みやイオン注入構造によるCの低減などの適切な手段を講ずることで20GHz以上にすることが可能である。一方、frについては、16GHz程度に留まっており、酸化狭窄型VCSELにおいては20Gbps以上の高速動作を実現する上での主たる律速要因はfrである。frは次式で示される。
【数1】

ここで、dg/dnは微分利得、Vpはレーザ発振光のモード体積である。式(1)よりVpが小さいほど、frが改善されることが分かる。なお、第1の特徴であるトンネル接合構造による素子抵抗や吸収損失の低減などの効果は、素子の自己発熱の抑制につながるため、本式におけるdg/dnの項の改善効果として現れる。
【0034】
本発明に係るトンネル接合型面発光レーザでは、高Δの上部DBRによってモード体積Vpにおける光共振器方向成分が短縮されたためにfrが改善されたことが分かった。以下に、図2を用いてこれを説明する。図2(a)、図2(b)はそれぞれ、上下DBR間距離(LCAVITY)として1λの光学膜厚を有する酸化狭窄型VCSELと、LCAVITYが3λ/2のトンネル接合(TJ)型VCSELにおける共振器方向の光フィールドの強度分布を示している。横軸が厚さ方向の位置、縦軸が相対光強度を示す。横軸のプラス側が基板側である。光フィールドおよびその包絡線はそれぞれ実線及び波線で示している。両構造とも活性層103を挟んだ上下のDBRによって定在波状の光フィールドが形成されている。
【0035】
ここで、VCSELにおける光共振器方向のモード体積を議論するための指標としてしばしば用いられる実効共振器長(LEFF)を用いる。LEFFは相対光強度が1/e以上となる領域の幅として定義される。ここで、eは自然対数の底である。また、相対光強度が1/e以上の領域は、積層構造中において上部DBRに属する部分(図2(a)、(b)におけるL1)、活性層に属する部分(同L2)、及び下部DBRに属する部分(同L3)の和として求めている。
【0036】
図2(a)の酸化狭窄型VCSELでは上部DBRおよび下部DBR双方ともAlGaAs/GaAs系の半導体で形成されており、両領域への光フィールドの延伸幅L1とL3は467nmで同程度である。また、活性層を含み、1λの光学膜厚を有する共振器部における光フィールドの幅は308nmであり、実空間におけるLEFFは1242nm程となる。なお、ここで示した酸化狭窄型VCSELの構造は、frが16GHzで、3dB変調帯域は20GHzで、20Gbps以上での高速動作が可能な設計を施した素子のものである。
【0037】
一方、図2(b)のトンネル接合型VCSELでは、下部DBRについては酸化狭窄型VCSELと同様に、AlGaAs/GaAs系の半導体で形成されているため、この領域への光フィールドの延伸幅L3は467nm程度である。一方、上部DBR108はSi/SiOからなる高Δ多層膜が使用されているため光フィールド強度は急激に減少し、その延伸幅L1は55nm程と大幅に短くなっている。活性層、トンネル接合などを含む共振器部における光フィールドの幅L2は3λ/2の光学膜厚であるため、酸化狭窄型よりも長く、463nm程度であり、結果的に本素子におけるLEFFは実空間で984nmとなり、酸化狭窄型VCSELよりも短縮されていることが分かる。なお、ここで示したトンネル接合型VCSELの構造はトンネル接合部の開口径が5μmの素子のもので、このときfrとしては、酸化狭窄型VCSELでは到達しえない23GHzの高い周波数が得られている。また、3dB変調帯域は24GHzで、20Gbps以上での高速動作を確認している。
【0038】
両構造のLEFF比較を表1にまとめた。ここで、トンネル接合(TJ)型VCSELについては共振器長LCAVITYを2λ及び5λ/2と長くした構造のLEFFもあわせて示した。表1より、トンネル接合型VCSELの共振器長LCAVITYが5λ/2程度と長い構造でもLEFFは1293nm程度と、従来の酸化狭窄型VCSELと同等程度の長さとすることができ、fr=16GHz、変調帯域20GHz、動作速度20Gbps以上が実現可能であることが分かる。
【0039】
【表1】

【0040】
以上の通り、本発明に係るトンネル接合型面発光レーザでは、高ΔDBRによりモード体積を小さくすることができるため、酸化狭窄型VCSELと比較してfrの改善が図られる。
【0041】
次に、図1に示した面発光レーザ素子の製造方法について、図3(a)〜(d)及び図4(e)〜(g)を参照して説明する。
まず、図3(a)に示すように、n型半導体基板101上に、第1の反射鏡である下部DBR102からトンネル接合層105までの半導体積層構造を、有機金属気相化学堆積法(MOVPE:Metal-Organic Vapor Phase Epitaxy)により形成する。この積層構造は、少なくとも下部DBR102、活性層103、p型スペーサ層104及びトンネル接合層105を備える。素子特性向上のため、傾斜組成層などの付加的半導体層を適宜挿入してもよい。
【0042】
次に、図3(b)に示すように、フォトリソグラフィーによりレジストパターンを形成し、電流注入領域A1以外のトンネル接合層105を公知のエッチング手段で除去する。このとき、エッチング深さは30nm程度とするのが好ましい。また、電流注入領域A1の平面形状は、特に限定されないが、例えば、直径3〜10μm程度の円形とすることができる。エッチング工程の後、電流注入領域A1の周辺部に酸素イオン注入により高抵抗化部106を形成する。ここで、高抵抗化部106は、電流注入領域A1の中央を中心として、直径12μmよりも外側の領域とするのが好ましい。
【0043】
次に、図3(c)に示すように、2回目の結晶成長工程により、Siドープn型GaAsからなるn型スペーサ層107を厚さ0.94μmにて形成する。n型スペーサ層107の形成によって、埋め込みトンネル接合型の電流ブロック構造が形成される。なお、このn型スペーサ層107の厚さは、プラス電極110の形成、アロイ工程によってアロイフロントに発生した結晶欠陥が活性層103に到達しない範囲で必要最小限の厚さとすることが望ましい。我々の検討では活性層103からプラス電極110までの距離D2がおよそ1.0μm以上とすることで十分な信頼性が確保できることを確認した。このときGaAsからなるn型スペーサ層107の厚さは0.94μm程度となる。なお、このn型スペーサ層107の材料を、GaAsではなく、微量のInを添加したInGaAs、InGaP、InGaAsPなどの、より結晶欠陥の増殖しにくい材料に変更することで、このn型スペーサ層107の所要とする厚さを薄くすることが可能である。
【0044】
次に、図3(d)に示すように、電流注入領域A1及びその周辺におけるn型スペーサ層107に、公知のエッチング手段を用いて凹部112を形成した。このエッチング工程によって、電流注入領域A1及びその周辺部直上ではn型スペーサ層107の厚さはλ/4の光学膜厚とするのが好ましい。なお、この凹部112の底面領域A2は、レーザ発振光に含まれる全ての発振モードがこの凹部112に接触しないように、電流注入領域A1の直径よりも0.5μmから6μm程度大きくなるように形成するのが好ましい。
【0045】
次に、図4(e)に示すように、n型スペーサ層107の表面に第2の反射鏡である上部DBR108をスパッタリング法により形成したのち、フォトリソ工程と公知のエッチング手段を用いてプラス電極110の内径領域A3を残し、それよりも外周領域の上部DBR108を除した。さらに、フォトリソ工程と公知のエッチング手段を用いて、下部DBR102に達する深さまで外周部の半導体積層構造を除去することでメサを形成した。ここで、メサ形成領域A4の直径は、例えば、22μmとすることができる。
【0046】
その後、図4(f)に示すように、高速動作時に必要となるプラス電極110のパッド容量を低減するための構造であるポリイミド層109を、フォトリソ工程によって形成する。
【0047】
最後に、図4(g)に示すように、Au/Ge/Niからなるプラス電極110及びマイナス電極111を形成した後、電極アロイを行うことにより、図1に示す本実施の形態に係る面発光レーザ素子が完成する。電極アロイは、例えば、温度375℃、時間10秒の条件で、行うことができる。
【0048】
なお、本発明にて使用される半導体材料や製造方法は、本実施の形態に限定されるものではない。上部DBR108の成膜には、RFスパッタリング法や反応性スパッタリング法などのスパッタリング法、電子ビーム蒸着法、CVD法(Chemical Vapor Deposition)、イオンビームアシスト堆積法、MOVPE、分子線エピタクシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)などの方法を用いても良い。
【0049】
下部DBR102も本実施の形態の形態に限定されるものではなく、半導体DBR以外に、半導体基板101のエッチングによる除去と堆積によって、上部DBR108と同様に半導体/誘電体からなる多層膜が用いられても良い。また、水蒸気酸化プロセスを用いて、半導体/水蒸気酸化膜からなるDBRが形成されてもよいし、この水蒸気酸化プロセスを用いて形成した半導体/水蒸気酸化膜からなるDBRに対して、水蒸気酸化膜のみを選択的にエッチングする工程を施して形成した半導体/空隙からなるDBRが用いられていてもよい。また、金属の蒸着などによって、DBR以外の反射鏡が用いられてもよい。
【0050】
また、上部DBR108及び下部DBR102を半導体で構成する場合には、電流を注入しやすくし、素子抵抗を低減するために、バンドギャップの大きな低屈折率層とバンドギャップの小さな高屈折率層との間に、バンド不連続を緩和するための中間バンドギャップを有する障壁緩和層を導入しても良い。
【0051】
第2の実施の形態
図5は、本発明の第2の実施の形態の面発光レーザ素子の断面図である。本実施の形態の素子構造の特徴は、上部反射鏡としてDBRではなく、サブ波長回折格子113が用いられている点にある。サブ波長回折格子113は、半導体/誘電体などからなり、レーザ発振波長よりも短い周期の周期的平面構造を備える。サブ波長回折格子を上部反射鏡として具備した面発光レーザの報告例としては、例えば、非特許文献3が挙げられる。本文献の面発光レーザはAlGaAsと空隙で構成され、レーザの発振波長以下の周期的なストライプ状の平面構造を有するサブ波長回折格子が、活性層上部の半導体層構造中に具備され、さらにその上下層も空隙で構成されている。本報告では、サブ波長回折格子の使用によって、偏光制御された単一モードレーザ発振が得られている。
【0052】
本実施の形態の構造は、上部反射鏡としてDBRの変わりにサブ波長回折格子113が用いられている点以外は第1の実施の形態と同一である。本実施の形態では、第1の実施形態において説明した図4(e)工程としてサブ波長回折格子113が形成される。即ち、図4(d)凹部112形成後の半導体層の表面に、スパッタによって厚さ180nmのSiO及び厚さ80nmのSiからなる層を積層する。その後電子ビーム露光とドライエッチングによって、ストライブ状周期構造からなるサブ波長回折格子113を形成した。このとき、ストライプ状周期構造は幅80nmのSiがピッチ260nmで並んだ構造となっている。本工程によって形成されたSiのストライプ状周期構造は、さらにスパッタリング工程によって厚さ360nmのSiOで埋め込まれることで完成する。その他の工程は第1の実施の形態と同一である。
【0053】
なお、高速動作の観点からは、このサブ波長回折格子113を用いた反射鏡は、99%以上の反射率を有するため、DBRを用いた反射鏡よりも膜厚を薄くすることができる。これにより、面発光レーザの実効共振器長LEFFが短縮され、frの増大による高速変調特性のさらなる向上が期待できる。
【0054】
また、素子抵抗及び放熱性の観点での本発明の特長を述べる。サブ波長回折格子を上部反射鏡に用いた関連技術の面発光レーザは、上部電極がp型半導体上に形成されており、周辺の上部p電極から活性層103への電流注入は薄いp型スペーサ層104を介して横方向より行っていたため、キャリア不均一注入による空間的ホールバーニングが生じやすいという問題があった。また、素子抵抗の増大も大きな問題となる。さらに、素子抵抗の増大によって発熱量も増大するが、サブ波長回折格子は通常熱抵抗が大きく放熱性の悪い誘電体や空気などを構造中に具備するため、廃熱が効率的に行えないことが問題となる。この放熱性の悪さによって活性層温度が上昇し、素子利得の低下をもたらす。以上の問題のために、サブ波長回折格子と上部p電極を有する関連技術の電流注入型の面発光レーザでは、本質的に20Gbpsを越える高速動作を実現することは極めて困難である。本実施の形態では、トンネル接合層105によるキャリアの変換によって、素子抵抗が低く、キャリア不均一注入も発生しにくいn型スペーサ層107の上にサブ波長回折格子113を形成することで、サブ波長回折格子113の形成に起因する素子抵抗、熱抵抗の増大の問題を回避することが可能である。
【0055】
以上述べたとおり、本実施の形態に係るトンネル接合型面発光レーザによれば、DBRを用いたトンネル接合型面発光レーザに比べ、さらなる高速特性が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の面発光レーザ素子は、例えば、超高速計算機などの光インターコネクションに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】第1の実施の形態に係る面発光レーザ素子の構造を模式的に示した部分断面図である。
【図2】第1の実施の形態に係る面発光レーザ素子及び酸化狭窄型面発光レーザにおける光共振器方向の光フィールド分布を示すグラフである。
【図3】第1の実施の形態に係る面発光レーザ素子の製造工程を模式的に示した部分断面図である。
【図4】第1の実施の形態に係る面発光レーザ素子の製造工程を模式的に示した部分断面図である。
【図5】第2の実施の形態に係る面発光レーザ素子の構造を模式的に示した部分断面図である。
【図6】本発明に関連する面発光レーザ素子の構造を模式的に示した部分断面図である。
【図7】本発明に関連する素子の信頼性について示す実験データである。
【符号の説明】
【0058】
101 半導体基板
102 下部DBR
103 活性層
104 p型スペーサ層
105 トンネル接合層
106 高抵抗化部
107 n型スペーサ層
108 上部DBR
109 ポリイミド層
110 プラス電極
111 マイナス電極
112 凹部
113 サブ波長回折格子
A1 電流注入領域
A2 凹部底面領域
A3 プラス電極内径領域
A4 メサ形成領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板と、
前記半導体基板上に形成された第1の反射鏡と、
前記第1の反射鏡上に形成された活性層と、
前記活性層上に形成されたトンネル接合層と、
前記トンネル接合層を覆う第1導電型の半導体スペーサ層と、
前記第1導電型の半導体スペーサ層上であって、前記トンネル接合層の直上領域に形成された第2の反射鏡と、
前記第1導電型の半導体スペーサ層上であって、前記第2の反射鏡の周辺に形成された第1の電極と、
前記活性層よりも下の層と電気的に接続された第2の電極とを備える面発光レーザであって、
前記トンネル接合層の直上領域における前記第1導電型の半導体スペーサ層の厚さが、前記第1の電極の直下領域における前記第1導電型の半導体スペーサ層の厚さよりも薄いことを特徴とする面発光レーザ。
【請求項2】
前記第1導電型の半導体スペーサ層が、前記トンネル接合層の直上領域において、当該トンネル接合層側に窪んだ凹形状であることを特徴とする請求項1に記載の面発光レーザ。
【請求項3】
前記第1の電極がアロイ電極であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の面発光レーザ。
【請求項4】
前記第1の電極と前記活性層の中心面との間の、前記半導体基板に垂直な方向の距離が、少なくとも1.0μm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項5】
前記トンネル接合層の形成領域における前記第1及び第2反射鏡間の距離が、光学膜厚5λ/2(ただし、λはレーザ発振波長)以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項6】
前記トンネル接合層の形成領域における前記第1導電型の半導体スペーサ層の厚さのばらつきが、光学膜厚λ/10(ただし、λはレーザ発振波長)以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項7】
前記第1及び第2の反射鏡のうちの少なくとも一方に、半導体層と誘電体層との積層構造又は半導体層中に空隙の周期構造を備える分布ブラッグ反射鏡を用いたことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項8】
前記第1及び第2の反射鏡のうちの少なくとも一方に、サブ波長回折格子を用いたことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項9】
前記活性層と前記トンネル接合層との間に第2導電型の半導体スペーサ層を備えることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項10】
前記半導体基板がGaとAsを含む化合物半導体混晶基板であることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項11】
前記第1導電型の半導体スペーサ層の少なくとも一部にInを含む半導体層が含まれることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項12】
前記活性層を構成する半導体量子井戸構造の井戸層がInGaAs半導体混晶であることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の面発光レーザ。
【請求項13】
発振波長が1.0μmから1.34μmであることを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載の面発光レーザ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−81230(P2009−81230A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248565(P2007−248565)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】