説明

ダイヤモンド膜の形成方法

【課題】酸素または水素雰囲気中でのレーザーアブレーションにより金属などの異種基板に対して良好なダイヤモンド膜を形成できる方法を提供する。
【解決手段】酸素または水素雰囲気中で、グラファイト、アモルファスカーボン、グラッシーカーボン、またはダイヤモンドからなる炭素ターゲットに、50ns以下のパルス幅でレーザー光を照射し、レーザーアブレーションによって前記ターゲットから炭素粒子を飛散させて基板上に堆積させ、パルス毎に堆積粒子の過飽和状態を形成して前記基板上にダイヤモンド膜を形成する方法において、前記基板に負バイアスを印加した状態で前記レーザー光を照射する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子デバイス、ヒートシンク、表面弾性波素子、X線窓、光学材料、およびハードコーティング材等に適したダイヤモンド膜をレーザーアブレーション法により形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは物質中で最高の硬度と熱伝導度を有し、透光性、化学的安定性に優れていることから、さまざまな産業分野への応用が期待されている。また、最近ではワイドバンドギャップを有する新しい半導体材料として認識され始め、電子デバイスとしての応用観点からも注目が集まっている。これらを実用化するにあたり、低コストでダイヤモンド膜を形成することが重要となっている。
【0003】
ダイヤモンドは高温高圧相であり従来、高圧合成が主であったが、近年μ波プラズマや直流プラズマ、熱フィラメントなどの励起方法により、水素で1%程度に希釈した炭化水素ガス(メタン等)を分解し、1000℃前後の温度に保持された基板にダイヤモンドを蒸着する化学気相蒸着法(CVD)が盛んに研究され、比較的容易にダイヤモンド膜を得ることができるようになってきた。
【0004】
一方、物理気相成長(PVD)であるレーザーアブレーション法によってもダイヤモンド膜を形成することができる。レーザーアブレーション法は、ターゲット材料に対しエキシマレーザーまたはYAGレーザーを用いて1010W/cm程度のパワー密度でパルスレーザーを照射することにより、瞬間的にターゲット材料を飛散させ、基板へ堆積させる方法であり、近年、酸化物や化合物半導体などの様々な材料に適用され、高品質な膜が比較的低温で得られることにより注目を集めている。
【0005】
レーザーアブレーション法の特徴としては、(1)飛散する粒子のエネルギーが高く、CVD法と比べて低温成長が可能である、(2)準安定相や非平衡相を生成することができる、(3)ターゲットからの組成ズレが少なく、不純物混入も原理的には無いため、高品質な膜形成が可能である、(4)装置構成が簡素である、などが挙げられる。これらの特徴はダイヤモンド膜の作成に好ましく、特にCVD法と比べて低温プロセスとなる点から、低融点材料やプラスチック材料など、CVD法の高温プロセスに適用できない材料にダイヤモンド膜を形成できる可能性を有している。
【0006】
レーザーアブレーション法によってダイヤモンド膜を形成する例として、特許文献1には、酸素雰囲気下において所望の粒径のダイヤモンド膜を得る方法が開示されている。それによれば、酸素70mTorrの雰囲気下においてレーザーをグラファイトターゲットに照射し、基板温度を400℃〜650℃とすることで、ダイヤモンド基板上にダイヤモンド膜を得ており、レーザーパルスの繰り返し周波数(0.1〜50Hz)の設定により、ダイヤモンド膜の粒径を調整することが記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、水素雰囲気下において超平坦なダイヤモンド膜を得る方法が開示されている。それによれば、水素4Torrの雰囲気下、基板温度450℃〜650℃の範囲において、ダイヤモンド基板上に平均粗さ2.2nmの微結晶ダイヤモンド薄膜を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−91250号公報
【特許文献2】特開2005−15325号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
レーザーアブレーション法によるダイヤモンド膜の形成おいて、酸素または水素雰囲気は膜質を決定するうえで重要な役割を担っている。炭素の熱力学的安定相はグラファイトであるため、通常はレーザーアブレーション法によって堆積する膜質もグラファイト成分(sp2結合成分)が主となる。しかし、酸素または水素雰囲気とすることで、アブレーションした炭素粒子とガス分子との衝突により酸素または水素が活性化され、基板に堆積した膜と反応する。ダイヤモンド成分に比べてグラファイト成分は反応しやすいため、選択的なエッチングが生じ、結果としてダイヤモンド成分が基板上に堆積することになる。
【0010】
ところが、上記のようなガス雰囲気下では、アブレーションした炭素粒子とガス分子との衝突によって、レーザーアブレーション法の特徴の一つである高エネルギー性が損なわれるという新たな問題が生じた。基板に到達する炭素粒子のエネルギーが低下すると、成長初期におけるダイヤモンド核生成確率が低下する。そのため、ダイヤモンド基板に対しての成膜は可能であっても、異種基板を用いた場合にはダイヤモンドの核発生が起こり難くなり、ダイヤモンド膜が形成されないか、形成されたとしても初期の核密度が低く、連続膜となり難い問題がある。
【0011】
本発明は、上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、酸素または水素雰囲気中でのレーザーアブレーションによりグラファイト成分を排除しながらも金属などの異種基板に対して良好なダイヤモンド膜を形成できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明は、酸素または水素雰囲気中で、グラファイト、アモルファスカーボン、グラッシーカーボン、またはダイヤモンドからなる炭素ターゲットに、50ns以下のパルス幅でレーザー光を照射し、レーザーアブレーションによって前記ターゲットから炭素粒子を飛散させて基板上に堆積させ、パルス毎に堆積粒子の過飽和状態を形成して前記基板上にダイヤモンド膜を形成する方法において、前記基板に負バイアスを印加した状態で前記レーザー光を照射することを特徴とする。
【0013】
レーザーアブレーションによって炭素ターゲットから飛散する粒子の大半は、正に帯電したイオンであるので、基板に負バイアスを印加することにより、炭素イオンが基板に衝突する際に加速される。これにより、酸素あるいは水素雰囲気下でのガス分子との衝突によって失われたエネルギーが補填され、sp2成分の生成を抑制しつつも、炭素粒子を高エネルギーで基板に到達させることが可能となる。
【0014】
レーザー光を50ns以下のパルス幅でターゲットに入射することにより、瞬間的にターゲット材がアブレーションされ、基板上に到達するが、このとき、堆積する粒子は過飽和な状態となる。また、上記の基板バイアスにより、高エネルギー粒子が基板に到達するため、基板上のカーボン粒子は擬似的に高温高圧状態となる。よって、通常では熱力学的に非安定相であったダイヤモンドの核形成が促進されることになる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るダイヤモンド膜の形成方法は、上述の通り、基板に負バイアスを印加した状態で炭素材料からなるターゲットにレーザー光を照射することにより、異種基板上でダイヤモンド核を有効に発生させることができ、様々な材料上に高品質なダイヤモンド膜を形成することが可能となる。また、擬似的に高温高圧状態を形成するのみであるため、従来、高温プロセスであるCVD法が適用できなかった材料に対してもダイヤモンド膜を形成することができ、ダイヤモンド応用に多大な貢献をなすことができる。
【0016】
また、本発明において、前記基板に金属製基板を用いるか、または、前記基板に導電性被覆を施した絶縁性基板または非金属の導電性基板を用いることが好適であり、これらの基板に対しても負バイアスを印加することができ、良好なダイヤモンド膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明方法を実施する成膜装置を示す概略構成図である。
【図2】本発明方法によって得られた膜のラマンスペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1において、成膜装置を構成する真空チャンバー1は、ゲートバルブ2を介して真空ポンプに接続され、内部の排気を行うことができる。真空チャンバー1には、開閉弁3を備えたガス導入パイプ4が接続されており、開閉弁3を開くことでガス導入パイプ4を通じて成膜時の雰囲気ガスを真空チャンバー1内に供給できるように構成されている。
【0019】
真空チャンバー1内の一側には、ターゲット50を保持するためのターゲットホルダ5が配設されている。ダイヤモンド膜を形成するためのターゲット50としては、グラファイト、アモルファスカーボン、グラッシーカーボン、ダイヤモンドなどの炭素材料を用いることができる。
【0020】
真空チャンバー1の他側には、ターゲット50に対してレーザー光60を照射するためのレーザー光学系6が付設されている。レーザー光学系6は、レーザー光源61から発生させたレーザー光60をミラー62、集光レンズ63、レーザー導入窓64を介して真空チャンバー1内に導入し、ターゲット50に対して斜め(図示例では45度)に入射させかつターゲット50上で集光させることにより、ターゲット50に対してレーザーアブレーションを実施するものである。レーザー光源61としては、例えば、ArFエキシマレーザー、KrFエキシマレーザー、YAGレーザーなどを用いることができる。
【0021】
真空チャンバー1内のターゲット50(ターゲットホルダ5)と対向する位置には、ダイヤモンド膜を形成する基板70を保持するための基板ホルダ7が配設されている。基板ホルダ7の内部には、該基板ホルダ7と電気的に絶縁された図示しないヒーターが設置されており、該ヒーターにより基板70を所定温度に加熱することができる。基板ホルダ7は、その軸部71において絶縁材72を介して真空チャンバー1に支持されており、真空チャンバー1に対して電気的に絶縁されている。さらに、基板ホルダ7の軸部71は、真空チャンバー1の外部において可変電圧源73と接続され、基板ホルダ7に所望の負バイアスを印加できるように構成されている。
【0022】
次に、上記成膜装置を用いて本発明に係るダイヤモンド膜の形成方法を実施した実施例について説明する。
【0023】
(実施例1)
レーザー光源(61)としてKrFレーザーを用い、グラファイトからなるターゲット(50)の表面に約2mmで集光するように、パルス幅20nsのレーザーを繰り返し周波数5Hzで入射し、レーザーエネルギーの大きさは200mJとした。
【0024】
基板(70)としてNb:STO基板を用い、ターゲット(50)から50mmの距離に設置し、基板バイアスとして、可変電圧源73を用いて基板ホルダ7に150Vの負電圧を印加した。Nb:STO基板は、基板ホルダ7と電気的に接続されているため、Nb:STO基板にも同様に負バイアスが印加される。基板(70)の温度は、基板ホルダ7内のヒーターを用いて600℃に制御した。
【0025】
真空ポンプ(ターボ分子ポンプ)を用いて真空チャンバー1の内部を10−7Torr以下まで排気した後、酸素を雰囲気ガスとして20mTorr導入した状態で、上述した条件によりレーザーを照射して成膜を行った。図2は、得られた多結晶ダイヤモンド膜について励起波長514nmで測定したラマンスペクトルを示している。sp2成分を示すDピーク(1300cm−1付近)やGピーク(1600cm−1付近)は観測されず、ダイヤモンドを示す1332cm−1にシャープなピークが観測された。
【0026】
(実施例2)
次に、雰囲気ガスを水素1Torrとし、その他の条件は実施例1と同じにして成膜を行った。得られた多結晶ダイヤモンド膜について実施例1と同条件でラマンスペクトルを測定したところ、実施例1と同様、1332cm−1にシャープなダイヤモンドピークのみが得られた。
【0027】
(比較例1)
また、比較例1として、実施例の条件において、基板バイアスを印加しない状態で成膜を行ったところ、膜は得られなかった。これは、基板に入射するカーボン粒子がエネルギーを失っているためダイヤモンドの核発生が起こり難く、代わりに生成されるsp2成分は、酸素雰囲気下でエッチングされたことによる。
【0028】
(比較例2)
さらに、比較例2として、実施例2の条件において、基板バイアスを印加しない状態で成膜を行ったところ、比較例1と同様に膜が得られなかった。この場合にも、比較例1と同様にsp2成分が水素雰囲気下でエッチングされたものと思われる。
【0029】
なお、上記実施例では、レーザー光のパルス幅を20nsとしたが、他の条件次第では堆積粒子が過飽和状態となるために50ns程度のパルス幅まで設定できる。しかし、パルス幅を50nsより大きくしても、ダイヤモンド膜の形成に寄与しないばかりか、ターゲットの消耗やエネルギー消費量が多くなる。
【0030】
以上、本発明の実施形態につき述べたが、本発明方法は上記実施形態に限定されるものではなく、上記以外にも本発明の技術的思想に基づいてさらに各種の変形および変更が可能である。
【符号の説明】
【0031】
1 真空チャンバー
2 ゲートバルブ
3 開閉弁
4 ガス導入パイプ
5 ターゲットホルダ
50 ターゲット
6 レーザー光学系
60 レーザー光
61 レーザー光源
62 ミラー
63 集光レンズ
64 レーザー導入窓
7 基板ホルダ
70 基板
71 軸部
72 絶縁材
73 可変電圧源



【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素または水素雰囲気中で、グラファイト、アモルファスカーボン、グラッシーカーボン、またはダイヤモンドからなる炭素ターゲットに、50ns以下のパルス幅でレーザー光を照射し、レーザーアブレーションによって前記ターゲットから炭素粒子を飛散させて基板上に堆積させ、パルス毎に堆積粒子の過飽和状態を形成して前記基板上にダイヤモンド膜を形成する方法において、前記基板に負バイアスを印加した状態で前記レーザー光を照射することを特徴とするダイヤモンド膜の形成方法。
【請求項2】
前記基板に金属製基板を用いることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド膜の形成方法。
【請求項3】
前記基板に導電性被覆を施した絶縁性基板または非金属の導電性基板を用いることを特徴とする請求項1に記載のダイヤモンド膜の形成方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−99137(P2011−99137A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−253803(P2009−253803)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】