説明

摺動部材

【課題】耐摩耗性・低摩擦性能、耐摩耗性、耐食性に優れた硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供する。
【解決手段】酸化アルミニウム層で覆われているアルミニウム合金を基材とし、前記基材の外側に前記基材側から順に、導電層、前記基材との密着性を向上させ、前記基材の硬度を補うためのバッファー層、及びダイヤモンドライクカーボン層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)は、一般的に、高硬度で表面が平滑であり、耐摩擦性に優れ、その固体潤滑性から低摩擦係数で優れた低摩擦性能を有している。そして、無潤滑環境下において、通常の平滑な鋼材表面の摩擦係数は0.5以上であり、従来の表面処理材であるニッケル−リンめっき(Ni−Pめっき)、クロムめっき(Crめっき)、窒化チタン被膜(TiNコーティング)、窒化クロム被膜(CrNコーティング)等の表面の摩擦係数は約0.4である。これに対して、DLC膜の摩擦係数は約0.1である。
【0003】
現在、これらの優れた特性を活かして、ドリル刃をはじめとする切削工具、研削工具等の加工治具、塑性加工用金型、バルブコックやキャプスタンローラのような無潤滑環境下で使用される摺動部材等への応用が図られている。一方、エネルギー消費や環境の面から可能な限りの機械的損失の低減が望まれている内燃機関などの機械部品においては、現在、潤滑油での摺動が主流となっている。
【0004】
これに対して、無潤滑環境下で、これらの固体潤滑性を有するDLC膜により低摩擦化を図ることができれば、摺動部材において潤滑油が枯渇した場合にも、機械部品への負荷が低減できるため好ましい。また、将来的には潤滑油の削減が可能となるため、地球環境への配慮に対しても好ましい。
【0005】
また、自動車では環境への配慮から高効率化が求められ、そのため構成部品の軽量化が必要となる。例えば、自動車用摺動部品にもアルミニウム合金(Al合金)等の軽金属合金が有効であり、軽金属合金製摺動部品の性能向上が必須である。軽金属合金上に低摩擦性、耐摩耗性、及び耐食性に優れたDLC膜を形成することができれば、高効率の自動車を実現できるため、地球環境への配慮に対し好ましい。
【0006】
特許文献1には、保護膜としてDLC膜を用いた磁気ヘッドが開示されている。
【0007】
特許文献2には、アルミニウム合金を基材として、この基材の上に下地層を介してダイヤモンドライクカーボン皮膜が形成され、この下地層が、炭素と窒素と遷移金属から構成される組成の異なる複数の化合物層からなり、前記ダイヤモンドライクカーボン皮膜からなる最上層から基材へかけて硬度が順次低下するように積層した摺動部材が開示されている。
【0008】
特許文献3には、最表面層にDLC被膜が形成された転がり軸受用保持器が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開2005−108355号公報
【特許文献2】特開2001−107860号公報
【特許文献3】特開2006−300294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、従来、例えば自動車用摺動部材として鉄鋼材を用いた場合、重量が大きくなるため、摺動部材に硬質炭素被膜を形成して摺動部の負荷低減を図っても、自動車全体として高効率化が困難であるという課題があった。また、表面がアルミナ層で覆われたアルミニウム合金基材に鉄鋼基材用硬質炭素被膜を形成(アルミナ層の上に直接、ボンド層及びダイヤモンドライクカーボン層を形成)する場合、アルミナ層が電気絶縁層であるため、硬質炭素被膜の形成にあたりバイアス電圧を印加することができない。そのため、硬質炭素被膜の基材との密着性が得られず、その結果、摺動部の負荷低減が図れないという課題があった。
【0011】
本発明の目的は、環境への配慮のため、自動車等のように軽量化が求められる産業機器において、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性に富んだ硬質炭素被膜を有するAl合金基材を用いた摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の摺動部材は、酸化アルミニウム層で覆われているアルミニウム合金を基材とし、前記基材の外側に前記基材側から順に、導電層、前記基材との密着性を向上させ、前記基材の硬度を補うためのバッファー層、及びダイヤモンドライクカーボン層を形成したことを特徴とする。
【0013】
さらに、本発明の摺動部材の製造方法は、酸化アルミニウム層で覆われているアルミニウム合金を基材とし、この基材の表面にスパッタリング或いはイオンプレーティングにより導電層を形成する工程と、前記基材にバイアス電圧を印加した状態で、前記導電層の上に前記基材との密着性を向上させ、前記基材の硬度を補うためのバッファー層を形成し、このバッファー層の上に傾斜層を形成し、この傾斜層の上に、アルミニウムを含むダイヤモンドライクカーボン層を形成する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、アルミニウム合金を基材とし、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性に優れた硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、低摩擦、耐摩耗性、耐食性に優れた硬質炭素被膜を有する摺動部材に関する。
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明するが、本発明は、以下に示す実施形態に限定されるものではない。本実施形態で示す硬質炭素被膜は、無潤滑環境下で使用される機械部品等の摺動部材(Al合金基材)に適用可能である。硬質炭素被膜(以下、「被膜」と呼称する)は、基材の上に、アンバランスト・マグネトロン・スパッタリング(UBM)法を用いることにより形成できる。
【0017】
UBM法とは、ターゲットの背面側に配置される磁極のバランスをターゲットの中心部と周縁部とで意図的に崩し、非平衡とすることでターゲットの周縁部の磁極からの磁力線の一部を基材まで伸ばし、ターゲットの近傍に収束していたプラズマが磁力線に沿って基材の近傍まで拡散し易くすることにより、被膜の形成中に基材に照射されるイオン量を増やすことができ、結果として、基材に緻密な被膜を形成することができることを特徴とした成膜方法である。
【0018】
なお、詳細は実施例を用いて説明するが、ダイヤモンドライクカーボン層は、アルミニウムを含み、その含有量は0.5〜4.5at%であることが好ましい。ここで、at%は、原子パーセント(原子百分率)であり、材料中における(この場合、ダイヤモンドライクカーボン層における)組成元素の原子数基準での百分率である。
【0019】
また、ダイヤモンドライクカーボン層に含まれるアルミニウムの状態が、金属、硼化物、炭化物、窒化物、酸化物又は水酸化物のいずれか1つの状態であることが好ましい。なお、ダイヤモンドライクカーボン層に、sp結合炭素とsp結合炭素とが混在することが好ましい。
【0020】
導電層は、アルミニウム(Al)、クロム(Cr)及びチタン(Ti)から選ばれる1種類の元素を含むことが好ましい。
【0021】
バッファー層は、クロム窒化物及びチタン窒化物から選ばれる1種類の窒化物を含むことが好ましい。バッファー層とダイヤモンドライクカーボン層との間には、傾斜層を設けてもよい。
【0022】
傾斜層を設ける場合には、傾斜層が、炭素及び金属の混合物又は金属の炭化物であり、前記傾斜層に含まれる金属の含有量が、前記基材側から前記最表面層側に向かって減少し、前記傾斜層に含まれる炭素の含有量が、前記基材側から前記最表面層側に向かって増加することが好ましい。前記金属は、アルミニウム、クロム及びチタンから選ばれる1種類の元素であることが好ましい。
【0023】
また、別の傾斜層を設ける場合には、傾斜層が、炭素及び金属の混合物又は金属の炭化物であり、前記傾斜層に含まれる第一の金属の含有量が、前記基材側から外側に向かって減少し、前記傾斜層に含まれる第二の金属及び炭素の含有量が、前記基材側から前記外側に向かって増加することが好ましい。前記第一の金属は、アルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属であり、前記第二の金属は、アルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属であり、かつ前記第一の金属とは異なる金属であることが好ましい。
【0024】
また、上記の摺動部材は、一例として、自動車用ブレーキピストンに用いられることが好ましい。
【0025】
以下、実施例を用いて説明する。
【実施例1】
【0026】
図1は、本発明による実施例を示す摺動部材の断面図である。
【0027】
本図において、摺動部材は、アルミニウム合金101の表面を陽極酸化被膜3で覆った基材2の上に、基板2側より外側に向かって、導電層4、バッファー層5、傾斜層6及びダイヤモンドライクカーボン層7で構成された被膜1を具備している。
【0028】
ここで、アルミニウム合金101は、Al−Mg−Si系合金A6061−T6材である。また、被膜1は、UBM法を用いて形成されている。
【0029】
具体的には、図4に示す条件(プロセス時間vsターゲット投入電力)で被膜1を形成する。
【0030】
まず、不活性ガスを導入しながら、バイアス電圧を印加せずにクロム(Cr)を主成分とする導電層4を形成する。
【0031】
その後、不活性ガス及び窒素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら窒化クロム(CrN)を主成分とするバッファー層5を形成する。
【0032】
更に、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入し、バイアス電圧を印加しながら傾斜層6を形成する。
【0033】
傾斜層6の形成においては、まず、クロム炭化物層(炭化クロム層)を形成し、その後クロムターゲット電力が徐々に減少し、かつカーボンターゲット電力が徐々に増加するように制御する。ここで、クロム炭化物層を構成する炭化クロムには、Cr、Cr、Cr23などの種類があるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
最後に、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら、アルミニウム(Al)の含有量が1.88at%となるようにダイヤモンドライクカーボン層7を形成する。
【0035】
これにより、まず、電気絶縁的な基材2の表面を導電性に変化させることができるため、バッファー層5、傾斜層6及びダイヤモンドライクカーボン層7の形成が可能となる。
【0036】
硬質炭素被膜は、一般に、基材2等の下地が高硬度であるほど密着性が良好となる。ここで、被膜1とは、導電層4、バッファー層5、傾斜層6、ダイヤモンドライクカーボン層7を含む積層被膜を指す。
【0037】
また、バッファー層5とは、本実施例のような軟質のAl合金で形成された基材2上に被膜1を形成する際、ダイヤモンドライクカーボン層7と基材2との密着性を向上させ、基材2の硬度を補うための層を指す。バッファー層5は、基材2よりも高硬度で、ダイヤモンドライクカーボン層7よりも低硬度若しくは同程度の硬度であることが好ましい。本実施例では、CrNを含むバッファー層5により軟質のAl合金からなる基材2の硬さを補うことができるため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性が良好となる。
【0038】
また、バッファー層5とダイヤモンドライクカーボン層7との間に傾斜層6が存在するため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性をさらに向上させることができる。
【0039】
さらに、ダイヤモンドライクカーボン層7は、適切な量のAl元素を含有しているため、無潤滑環境下で摩擦係数を低減できる。さらにまた、基材2の表面の陽極酸化被膜3におけるピンホールを被膜1で塞ぐことができるため、基材2が剥き出しの場合に比べて耐食性が向上する。
【0040】
上記のように、本発明によれば、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性に優れた摺動部材を提供することができる。また、本発明の摺動部材を自動車に適用した場合、基材2にAl合金基材を用いているため、自動車全体として軽量化が実現でき、その結果、更に高効率の自動車を提供することができる。
【0041】
なお、本実施例では、導電層4をCr、バッファー層5をCrN、傾斜層6をCr炭化物としたが、これらに限定されず、導電層4をTi又はAl、バッファー層5をTiN、傾斜層6をチタン炭化物としても同様の効果が得られる。さらに、バッファー層5をチタン炭化物又はクロム炭化物(Cr、Cr、Cr23等)で形成してもよい。
【0042】
本実施例におけるダイヤモンドライクカーボン層7には、グラファイトに代表される炭素結合であるsp結合炭素とダイヤモンドに代表される炭素結合であるsp結合炭素とが混在する。これにより、低摩擦性、耐摩耗性、耐食性を兼ね備えた被膜1を提供することができる。一般に、DLC膜とは、アモルファス状の炭素又は水素化炭素で形成された膜であり、アモルファスカーボン又は水素化アモルファスカーボン(a−C:H)などとも呼ばれる。DLC膜の形成には、炭化水素ガスをプラズマ分解して成膜するプラズマCVD法、炭素・炭化水素イオンを用いるイオンビーム蒸着法等の気相合成法、グラファイト等をアーク放電により蒸発させて成膜するイオンプレーティング法、不活性ガス雰囲気下でターゲットをスパッタリングすることによって成膜するスパッタリング法などが用いられる。
【0043】
本実施例において形成した被膜1は、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性を有し、摺動部材に付与することができる。結果として、無潤滑環境下、並びに水、有機溶剤、燃料又は油による潤滑環境下において負荷を低減できる摺動部材を提供できる。また、通常、潤滑油中で摺動する機械部品においても、潤滑油が枯渇した時であっても信頼性を維持することができ、潤滑油の削減を図ることもできる。
【0044】
本実施例では、基材2としてA6061−T6材を用いているが、時効硬化温度は約160〜180℃であるため、被膜1の形成中の温度が時効硬化温度以下とし、基材2の軟化を抑制するように温度条件を設定する必要がある。
【0045】
本発明の被膜1の形成においては、CrNを含むバッファー層5及び基材2の表面の陽極酸化被膜3が形成されている。基材2とバッファー層5との密着性を高めるために、基材2(陽極酸化被膜3)とバッファー層5との間に導電層4を形成することが好ましい。
【0046】
また、バッファー層5とダイヤモンドライクカーボン層7との間に形成される傾斜層6においては、まず、Cr炭化物層を形成し、その後、バッファー層5側からダイヤモンドライクカーボン層7側へ向かって、Cr濃度が連続的に減少し、かつ、C濃度が連続的に増加することが好ましい。また、傾斜層6を構成する物質であるCr炭化物をCrで表した場合、xとyとの比率を少しずつ変化させることで、組成がバッファー層5側からダイヤモンドライクカーボン層7側へ向かって少しずつ変化させることが好ましい。
【0047】
以上のように、基材2からダイヤモンドライクカーボン層7までの構造を上記のように設計することにより、密着性が良好な被膜1を提供できる。
【0048】
被膜1は、スパッタリング又はイオンプレーティングにより形成されるのがよい。また、この被膜1は、ダイヤモンドライクカーボン層7にAl元素を含むものである。その含有量は0.5〜4.5at%、好ましくは0.6〜1.9at%である。なお、ダイヤモンドライクカーボン層に含まれるアルミニウムの状態は、金属、硼化物、炭化物、窒化物、酸化物及び水酸化物の群から選ばれる1つの状態であるが、酸化物及び/又は水酸化物の状態で含まれていることが好ましい。これにより、耐摩耗性及び低摩擦性を兼ね備えた被膜1を提供することができる。本実施例により形成した被膜1は、高密着性、耐摩耗性及び低摩擦性を有し、摺動部材に付与することができる。この結果として、無潤滑環境下並びに水、有機溶剤、燃料又は油による潤滑環境下において負荷を低減できる摺動部材を提供し、また、通常、潤滑油中で摺動する機械部品において潤滑油が枯渇した時であっても、信頼性を維持することができ、潤滑油の削減を図ることもできる。
【0049】
被膜1の表面に露出したAl元素は、大気中の酸素や水と反応をして、Al酸化物やAl水酸化物となるため、被膜1に金属の状態で含ませた場合であっても、電気的特性として安定した誘電体被膜を提供することも可能である。また、被膜1は、Al元素を含有しているため、特に、被膜1の表面のAl元素は、Al酸化物及び/又はAl水酸化物として存在する。つまり、被膜1の表面(特に、ダイヤモンドライクカーボン層7の表面)は、親水性であり、水存在下における摺動で、低摩擦化が実現可能である。さらに、水と同じOH基を有する液体や蒸気(例えば、アルコール類や油中の添加剤)存在下における摺動でも低摩擦化が実現可能である。
【0050】
なお、本実施例は、被膜1にAl元素が存在することにより、被膜1の内部応力が低下するため、ダイヤモンドライクカーボン層7の傾斜層6との密着性が向上し、結果として、被膜1が基材2から剥離しにくくなるという点で非常に望ましいものである。
【0051】
ただし、ダイヤモンドライクカーボン層7のAl元素の含有量が、0.5at%未満の場合は、ダイヤモンドライクカーボン層7において親水性の由来となるAl酸化物及び/又はAl水酸化物が微量となるため、摩擦低減効果が期待できない。
【0052】
一方、ダイヤモンドライクカーボン層7の表面や内部のAl元素の含有量が5at%を超える場合は、X線光電子分光法(XPS)分析の結果、Al炭化物生成の進行の可能性があることがわかった。つまり、ダイヤモンドライクカーボン層7のAl元素の含有量が5at%を超える場合、生成されるAl炭化物の量が多くなるため、Al炭化物の脆化によりダイヤモンドライクカーボン層7が割れやすくなり、好ましくない。
【0053】
ダイヤモンドライクカーボン層7に使用されるAl元素が、特に、Al酸化物やAl水酸化物として存在する場合は、OH基を有する液体や蒸気との親和性が高いため、低摩擦化が実現可能である。
【0054】
本実施例では、スパッタリング又はイオンプレーティングを用いて被膜1を形成するため、Alターゲットを用いることにより、ダイヤモンドライクカーボン層7にAlを添加することができる。また、本実施例がターゲットとしている用途は、軽量化が要求されている自動車用部品で、低摩擦性、耐摩耗性、耐食性が要求される、例えば、ブレーキピストンのような部品等である。表面が陽極酸化被膜3で覆われているAl合金で形成されている基材2の上に導電層4を形成することにより、バッファー層5、傾斜層6及びダイヤモンドライクカーボン層7の形成時にバイアス電圧を印加することができるようになるため、被膜1全体として基材2との密着性が良好となる。また、バッファー層5は、CrNを含み、Al合金で形成されている軟質の基材2の上にダイヤモンドライクカーボン層7を形成する場合に、基材2の硬度を補う層として機能するため、ダイヤモンドライクカーボン層7の基材2との密着性が向上できる。
【0055】
さらに、傾斜層6において、バッファー層5側からダイヤモンドライクカーボン層7側へ向かって、クロム濃度(Cr濃度)を減少させ、炭素濃度(C濃度)を増加させ、また、ダイヤモンドライクカーボン層7にAl元素を含有させることにより、被膜1全体として基材2との高密着性を実現することができる。そして、無潤滑環境下のみならず、水、有機溶剤、燃料、又は油による潤滑環境下においても使用可能である。
【実施例2】
【0056】
Al−Mg−Si系合金のA6061−T6材の表面が陽極酸化被膜3で覆われた基材2上に、UBM法を用いて図1に示す被膜1を形成する。
【0057】
具体的には、図5に示す条件(プロセス時間vsターゲット投入電力)で被膜1を形成する。まず、不活性ガスを導入しながら、バイアス電圧を印加せずにAlを含む導電層4を形成する。その後、不活性ガス及び窒素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら、TiNを含むバッファー層5を形成する。さらに、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら傾斜層6を形成する。傾斜層6の形成においては、まず、Al炭化物層を形成し、その後、Alターゲット電力がダイヤモンドライクカーボン層7におけるAlターゲット電力まで徐々に減少し、かつカーボンターゲット電力が徐々に増加するように制御する。最後に、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入しバイアス電圧を印加しながら、Al元素の含有量が1.88at%となるようにダイヤモンドライクカーボン層7を形成する。
【0058】
これにより、まず、電気絶縁的な基材2の表面を導電性に変化させることができるため、バッファー層5、傾斜層6及びダイヤモンドライクカーボン層7の形成が可能となる。バッファー層5は、基材2よりも高硬度で、ダイヤモンドライクカーボン層7よりも低硬度若しくは同程度の硬度であることが好ましい。本実施例では、TiNを含むバッファー層5により軟質なAl合金で形成された基材2の硬さを補うことができるため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性が良好となる。また、バッファー層5とダイヤモンドライクカーボン層7との間に傾斜層6が存在するため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性を更に向上させることができる。さらに、ダイヤモンドライクカーボン層7には、適切な量のAl元素が含まれているため、無潤滑環境下で摩擦係数を低減できる。さらに、基材2の表面の陽極酸化被膜3におけるピンホールを被膜1で塞ぐことができるため、基材2が剥き出しの場合に比べて耐食性が向上する。
【0059】
以上より、本発明によれば、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性に優れた摺動部材を提供することができる。また、本発明の摺動部材を自動車に適用した場合、基材2にAl合金を用いているため、自動車全体として軽量化が実現でき、その結果、更に高効率の自動車を提供することができる。
【0060】
なお、本実施例では、導電層4をAl、バッファー層5をTiNとしたが、これらに限定されず、導電層4をCr又はTi、バッファー層5をCrNとしても同様の効果が得られる。
【実施例3】
【0061】
Al−Mg−Si系合金のA6061−T6材の表面が陽極酸化被膜3で覆われた基材2上に、UBM法を用いて図1に示す被膜1を形成する。具体的には、図6に示す条件(プロセス時間vsターゲット投入電力)で被膜1を形成する。まず、不活性ガスを導入しながら、バイアス電圧を印加せずにAlを含む導電層4を形成する。その後、不活性ガス及び窒素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながらTiNを含むバッファー層5を形成する。さらに、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら傾斜層6を形成する。
【0062】
傾斜層6の形成においては、まず、Ti炭化物層を形成し、その後、Tiターゲット電力が徐々に減少し、かつカーボンターゲット電力及びAlターゲット電力が徐々に増加するように制御する。最後に、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入し、バイアス電圧を印加しながら、Al元素の含有量が1.88at%となるようにダイヤモンドライクカーボン層7を形成する。
【0063】
これにより、まず、電気絶縁的な基材2の表面を導電性に変化させることができるため、バッファー層5、傾斜層6、ダイヤモンドライクカーボン層7の形成が可能となる。
【0064】
バッファー層5は、基材2よりも高硬度で、ダイヤモンドライクカーボン層7よりも低硬度若しくは同程度の硬度であることが好ましい。本実施例では、TiNを含むバッファー層5により軟質なAl合金を含む基材2の硬さを補うことができるため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性が良好となる。また、バッファー層5とダイヤモンドライクカーボン層7との間に傾斜層6が存在するため、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性を更に向上させることができる。さらに、ダイヤモンドライクカーボン層7には、適切な量のAl元素が含まれるため、無潤滑環境下で摩擦係数を低減できる。さらに、基材2の表面の陽極酸化被膜3におけるピンホールを被膜1で塞ぐことができるため、基材2が剥き出しの場合に比べて耐食性が向上する。
【0065】
図8は、本発明による実施例を示す自動車用ブレーキピストンの断面図である。
【0066】
本図におけるブレーキピストンは、二輪車用のものであり、車輪と同軸で回転するディスクロータ22を、2段のブレーキパッド24、26のうち内側のブレーキパッド26で左右から挟むことによりブレーキが作動し、車輪の回転が止まるものである。本図は、車輪及びディスクロータ22の回転方向に平行な方向から見た縦断面図であり、ディスクロータ22の回転方向は紙面に対して垂直な方向である。
【0067】
本図において、シリンダボア21の内部に、ピストン23、ブレーキパッド24、26及びシール25が収納されている。シール25は、シリンダボア21とピストン23との間に設置され、シリンダボア21内部に封入された油202が漏れ出さないようにしている。左右のピストン23に油202の油圧が加わることにより、左右のピストン23が内側に移動し、ブレーキパッド26とディスクロータ22とを接触させるようになっている。
【0068】
本発明の摺動部材はピストン23であり、ピストン23とシール25とが接触する面に本発明の被膜201を設けてある。この被膜201により、ピストン23とシール25との間の摩擦を低減し、摩耗を抑制し、耐食性を向上させることができる。
【0069】
ここで、被膜201としては、上記の実施例1〜3の摺動部材におけるいずれの被膜も適用することができる。さらに、自動車用ブレーキピストンに適用する被膜は、実施例1〜3に限定されることはなく、本発明の摺動部材の構成要件を満たすものであれば、いかなる被膜でも適用することができる。
【0070】
以上のように、本発明によれば、低摩擦性、耐摩耗性及び耐食性に優れた摺動部材を提供することができる。また、これを自動車用摺動部材(自動車用ブレーキピストン)に適用した場合、基材2にAl合金基材を用いているため、自動車全体として軽量化が実現でき、その結果、更に高効率の自動車を提供することができる。
【0071】
なお、本実施例では、導電層4をAl、バッファー層5をTiNとしたが、これらに限定されるものではなく、導電層4をCr又はTi、バッファー層5をCrNとしても同様の効果が得られる。
(比較例1)
Fe、Cr、Moを含む合金(クロムモリブデン鋼材)の基材12の上に、UBM法を用いて、図2に示す被膜11を形成する。
【0072】
具体的には、図7に示す条件(プロセス時間vsターゲット投入電力)で被膜11を形成する。
【0073】
まず、不活性ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながらCrを含むボンド層18を形成する。その後、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら傾斜層6を形成する。
【0074】
傾斜層6の形成においては、まずCr炭化物層を形成し、その後Crターゲット電力が徐々に減少し、かつカーボンターゲット電力が徐々に増加するように制御する。最後に、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら、Al元素の含有量が1.88at%となるようにダイヤモンドライクカーボン層7を形成する。
【0075】
ここで、ボンド層18とは、主に基材12と傾斜層6との密着性を向上させるために導入する層である。ボンド層18及び傾斜層6により、ダイヤモンドライクカーボン層7の密着性を向上させることができる。さらに、ダイヤモンドライクカーボン層7には、適切な量のAl元素が含まれているため、無潤滑環境下で摩擦係数を低減できる。これを摺動部材に適用した場合、低摩擦性、耐摩耗性に優れた摺動部材を提供することができる。しかし、これを自動車用摺動部材に用いた場合、基材12に鉄鋼材を用いているため、自動車全体として軽量化が実現できず、その結果、高効率の自動車を提供することができない。
(比較例2)
アルミニウム合金101(Al−Mg−Si系合金)A6061−T6材の表面が陽極酸化被膜3で覆われた基材2の上に、UBM法を用いて、図3に示す被膜11を形成する。
【0076】
具体的には、図7に示す条件(プロセス時間vsターゲット投入電力)で被膜11を形成する。
【0077】
まず、不活性ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながらCrを含むボンド層18を形成する。その後、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら傾斜層6を形成する。
【0078】
傾斜層6の形成においては、まず、Cr炭化物層を形成し、その後、Crターゲット電力が徐々に減少し、かつカーボンターゲット電力が徐々に増加するように制御する。最後に、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら、Al元素の含有量が1.88at%となるようにダイヤモンドライクカーボン層7を形成する。しかし、ボンド層18の成膜時においてバイアス電圧が適切に印加されないため、ボンド層18が適切に形成されず、その結果、傾斜層6及びダイヤモンドライクカーボン層7の密着性が低下する。したがって、無潤滑環境下で摩擦係数を低減できず、これを摺動部材に適用しても、低摩擦性及び耐摩耗性に優れた摺動部材を提供することができない。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、低摩擦、耐摩耗性及び耐食性に優れた硬質炭素被膜を有する摺動部材に関するものであって、特に、無潤滑環境下においてゴムとの摺動で使用されるブレーキ用ピストン、油潤滑環境下で使用されるエンジン部品などの自動車用部品に利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明による実施例を示す摺動部材の模式断面図である。
【図2】比較例1を示す基材及び硬質炭素被膜の模式断面図である。
【図3】比較例2を示す基材及び硬質炭素被膜の模式断面図である。
【図4】本発明による実施例1における成膜条件を示すグラフである。
【図5】本発明による実施例2における成膜条件を示すグラフである。
【図6】本発明による実施例3における成膜条件を示すグラフである。
【図7】比較例における成膜条件を示すグラフである。
【図8】本発明による実施例を示す自動車用ブレーキピストンの断面図である。
【符号の説明】
【0081】
1:硬質炭素被膜、2:基材、3:陽極酸化被膜、4:導電層、5:バッファー層、6:傾斜層、7:ダイヤモンドライクカーボン層、11:硬質炭素被膜、12:基材、18:ボンド層、21:シリンダボア、22:ディスクロータ、23:ピストン、24:ブレーキパッド、25:シール、26:ブレーキパッド、101:アルミニウム合金、201:被膜、202:油

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化アルミニウム層で覆われているアルミニウム合金を基材とし、前記基材の外側に前記基材側から順に、導電層、前記基材との密着性を向上させ、前記基材の硬度を補うためのバッファー層、及びダイヤモンドライクカーボン層を形成したことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記ダイヤモンドライクカーボン層がアルミニウムを含むことを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記導電層がアルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記バッファー層がクロム窒化物及びチタン窒化物の群から選ばれる1種類の窒化物を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記バッファー層がクロム炭化物及びチタン炭化物の群から選ばれる1種類の炭化物を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記バッファー層と前記ダイヤモンドライクカーボン層との間に、傾斜層を設けることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記傾斜層が、炭素及び金属の混合物又は金属の炭化物であり、前記傾斜層に含まれる金属の含有量が、前記基材側から外側に向かって減少し、前記傾斜層に含まれる炭素の含有量が、前記基材側から前記外側に向かって増加し、前記金属がアルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属であることを特徴とする請求項6記載の摺動部材。
【請求項8】
前記傾斜層が、炭素及び金属の混合物又は金属の炭化物であり、前記傾斜層に含まれる第一の金属の含有量が、前記基材側から外側に向かって減少し、前記傾斜層に含まれる第二の金属及び炭素の含有量が、前記基材側から前記外側に向かって増加し、前記第一の金属は、アルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属であり、前記第二の金属は、アルミニウム、クロム及びチタンの群から選ばれる1種類の金属であり、かつ前記第一の金属とは異なる金属であることを特徴とする請求項6記載の摺動部材。
【請求項9】
前記ダイヤモンドライクカーボン層に含まれるアルミニウムの含有量が、0.5〜4.5at%であることを特徴とする請求項2〜8のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項10】
前記ダイヤモンドライクカーボン層に含まれるアルミニウムの状態が、金属、硼化物、炭化物、窒化物、酸化物及び水酸化物の群から選ばれる1つの状態であることを特徴とする請求項2〜9のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項11】
前記ダイヤモンドライクカーボン層に、sp結合炭素とsp結合炭素とが混在することを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか一項に記載の摺動部材で構成したことを特徴とする自動車用ブレーキピストン。
【請求項13】
酸化アルミニウム層で覆われているアルミニウム合金を基材とし、この基材の表面にスパッタリング或いはイオンプレーティングにより導電層を形成する工程と、前記基材にバイアス電圧を印加した状態で、前記導電層の上に前記基材との密着性を向上させ、前記基材の硬度を補うためのバッファー層を形成し、このバッファー層の上に傾斜層を形成し、この傾斜層の上に、アルミニウムを含むダイヤモンドライクカーボン層を形成する工程と、を含むことを特徴とする摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−150641(P2010−150641A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−333078(P2008−333078)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】