説明

車両制御装置及び車両制御方法

【課題】車両の安定性を確保することができる車両制御装置及び車両制御方法を提供する。
【解決手段】目標ヨーレートφ´tと目標横速度Vytとに基づいて算出される目標前輪舵角θt及び目標後輪舵角δtに基づいて、前輪操舵アクチュエータ7及び後輪操舵アクチュエータ8を駆動制御して前輪操舵機構12及び後輪操舵機構15を駆動する。また、目標後輪舵角δtが最大転舵角より小さい転舵角閾値δS以上であるとき、目標後輪舵角δtを減少補正し、補正前の目標後輪舵角δtと補正後の目標後輪舵角δ´tとの差分に基づいて、各輪に付与する制動力を制御する。これにより、後輪転舵角が最大転舵角に達する前にブレーキ制御を作動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者による前輪への操舵入力時に、前輪および後輪に補助舵角を与える車両制御装置及び車両制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、所謂4WS機能を備える車両は、運転者の操舵角に基づいて目標ヨーレートや目標横加速度を設定し、設定した目標ヨーレートや目標横加速度に基づいて前輪と後輪とをそれぞれ転舵する。このような車両においては、通常、後輪が転舵可能な転舵角(以下、最大転舵角という)は前輪と比べて小さい。
特許文献1に記載の車両制御装置は、目標ヨーレートと実際のヨーレートとの偏差(ヨーレート誤差)および目標横加速度と実際の横加速度との偏差(横加速度誤差)の何れか一方が所定値以上となったときに、ブレーキ液圧調整手段を制御する。これにより、左右輪のブレーキ液圧に偏差を発生させるブレーキ制御を介入し、車両の特性をニュートラルステアに近づける。
【特許文献1】特開平2−283555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記特許文献1に記載の車両制御装置にあっては、後輪転舵角が最大転舵角となり(後輪転舵角が飽和し)、ヨーレート誤差や横加速度誤差が発生したことを検出してからブレーキ制御を介入させる構成である。そのため、目標ヨーレート又は目標横加速度に対し、センサで検出された実ヨーレート又は実横加速度に遅れが生じると、後輪転舵角が飽和してからブレーキ制御が介入するまでの時間が長くなる(ブレーキ制御の介入に遅れが生じる)。その結果、車両の安定性が損なわれるおそれがある。
そこで、本発明は、車両の安定性を確保することができる車両制御装置及び車両制御方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するために、本発明に係る車両制御装置は、前輪の目標転舵角と後輪の目標転舵角とに基づいて、前輪操舵機構を駆動する前輪操舵アクチュエータ及び後輪操舵機構を駆動する後輪操舵アクチュエータを駆動制御する。また、後輪の転舵角が、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角より小さい転舵角閾値以上で、車両左右輪に制動力差を発生させて車両挙動を安定化するブレーキ制御を行う。
【発明の効果】
【0005】
本発明に係る車両制御装置によれば、後輪転舵角が最大転舵角に達する前にブレーキ制御を介入させる。したがって、従来方式のように、後輪転舵角が最大転舵角に達してヨーレート誤差又は横加速度誤差が所定値以上となってからブレーキ制御を行うのと比較して、遅れなくブレーキ制御を行うことができ、車両の安定性を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
《第1の実施の形態》
《構成》
図1は、本発明に係る車両制御装置の実施形態を示す全体構成図である。
この図1に示すように、コラムシャフト13は、ステアリングホイール10と、前輪11L,11Rを操舵させる前輪操舵機構12とを連結する。そして、そのコラムシャフト13に操舵角センサ1と前輪操舵アクチュエータ7とを設ける。
【0007】
前輪操舵アクチュエータ7は、例えば、モータと減速機等を備える。そして、コラムシャフト13に、減速機を介してモータの出力軸を連結する。この前輪操舵アクチュエータ7は、前輪操舵コントローラ4からの舵角指令値により、コラムシャフト13を介して入力される回転を可変ギア比により減速又は増速して前輪操舵機構12のステアリングギアへ出力するものである。これにより、前輪11L,11Rの舵角(転舵角)に対するステアリングホイール10の操舵角の比であるステアリングギア比を可変に制御する。
【0008】
後輪操舵アクチュエータ8は、前輪操舵アクチュエータ7と同様に、モータと減速機等を備える。そして、後輪14L,14Rを転舵させる後輪操舵機構15のラック軸に、減速機を介してモータの出力軸を連結している。この後輪操舵アクチュエータ8は、後輪操舵コントローラ5からの舵角指令値により、後輪14L,14Rの舵角(転舵角)を可変に制御する。
【0009】
前輪操舵コントローラ4は、操舵制御コントローラ3で生成した目標前輪舵角と、前輪転舵角センサ16で検出した実際の前輪転舵角との偏差を無くすような舵角指令値を算出し、算出した舵角指令値を前輪操舵アクチュエータ7に出力する。
後輪操舵コントローラ5は、操舵制御コントローラ3で生成した目標後輪舵角と、後輪転舵角センサ17で検出した実際の後輪転舵角との偏差を無くすような舵角指令値を算出し、算出した舵角指令値を後輪操舵アクチュエータ8に出力する。
【0010】
操舵角センサ1は、コラムシャフト13に設けられ、コラムシャフト13の回転角を検出するパルスエンコーダ等を用いて、ステアリングホイール10の操舵角を検出し、車速センサ2は、各車輪に設けられた車輪速センサ(不図示)で検出された各車輪速の平均値等から車体速を検出する。また、路面μセンサ18は、車両走行車線の路面摩擦係数を検出する。
【0011】
なお、路面μセンサ18による路面摩擦係数の検出に代えて、前輪11L,11Rの舵角と車体速とから推定される横加速度(車体幅方向の加速度)と、加速度センサ(不図示)で検出された実際の横加速度とを比較して路面摩擦係数を検出したり、駆動輪の車輪速と従動輪の車輪速との差に基づいて車両の駆動力を生じている車輪(駆動輪)と従動状態の車輪(従動輪)との路面に対する滑り率の差を求め、求めたすべり率の差と駆動力とに基づいて路面摩擦係数を検出したりすることもできる。
【0012】
また、前輪11L,11R及び後輪14L,14Rには、夫々制動力を発生する例えばディスクブレーキで構成したブレーキアクチュエータ9を設ける。そして、これらブレーキアクチュエータ9の制動油圧は、ブレーキコントローラ6によって制御する。
ブレーキコントローラ6は、操舵制御コントローラ3で生成した目標ブレーキ液圧(目標W/C液圧)と、各輪のブレーキ液圧とが一致するような液圧指令値をブレーキアクチュエータ9に出力する。
【0013】
操舵制御コントローラ3は、操舵角センサ1で検出した操舵角と、車速センサ2で検出した車体速とに応じて、目標前輪舵角(前輪の目標転舵角)と目標後輪舵角(後輪の目標転舵角)とを生成する。そして、操舵制御コントローラ3は、目標前輪舵角を前輪操舵コントローラ4へ出力し、目標後輪舵角を後輪操舵コントローラ5へ出力する。さらに、操舵制御コントローラ3は、目標前輪舵角と目標後輪舵角と後述する車両挙動目標値である目標ヨーレート及び目標横速度とに応じて、目標ブレーキ液圧を生成し、これをブレーキコントローラ6へ出力する。
【0014】
次に、操舵制御コントローラ3の構成について説明する。
図2は、操舵制御コントローラ3の制御ブロック図である。
操舵制御コントローラ3は、目標値生成部31と、走行状態判断部32と、操舵目標出力値演算部33と、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34と、ブレーキ液圧目標出力値演算部35と、を備えている。
【0015】
目標値生成部31は、操舵角センサ1からの操舵角θと車速センサ2からの車体速Vとに基づいて、2輪モデルを用いて車両パラメータを演算し、車両の目標ヨーレートφ´tと目標横速度Vytとを生成する。生成した目標ヨーレートφ´tと目標横速度Vytとは、操舵目標出力値演算部33及びブレーキ液圧目標出力値演算部35へ出力する。
以下、車両パラメータ、目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytの算出方法について、具体的に説明する。
【0016】
(車両パラメータの算出)
一般に、2輪モデルを仮定すると、車両のヨー角加速度φ″と横加速度Vy´とは、下記(1)式および(2)式で表される。
φ″=a11φ´+a12y+bf1θ+br1δ ………(1)
y´=a21φ´+a22y+bf2θ+br2δ ………(2)
【0017】
以上の式において、a11、a12、a21、a22、bf1、bf2は次のように表される。
11=−2(Kf・Lf2+Kr・Lr2)/(Iz・Vx),
12=−2(Kf・Lf−Kr・Lr)/(Iz・Vx),
21={−M・Vx2−2(Kf・Lf−Kr・Lr)}/(M・Vx),
22=−2(Kf+Kr)/(M・Vx) ………(3)
f1=2Kf・Lf/(Iz・N),
f2=2Kf/M・N,
r1=−2Kr・Lr/Iz
r2=2Kr/M ………(4)
【0018】
ここで、各記号は、以下のパラメータを表している。
φ´:ヨーレート,
y:横速度,
x:前後速度,
θ:前輪操舵角(運転者操舵角),
δ:後輪操舵角,
z:車両慣性モーメント
M:車両重量
f:前軸〜重心点距離,
r:重心点〜後軸距離,
N:ギア比,
f:前輪コーナリングパワー,
r:後輪コーナリングパワー
【0019】
状態方程式より前輪操舵に対するヨーレート、横速度の伝達関数を求めると、下記(5)式および(6)式となる。
φ´(s)/θ(s)=Hf(s)/G(s)
={bf1・s+(a12・bf2−a22・bf1)}/G(s) ………(5)
y(s)/θ(s)={bf2・s+(a21・bf1−a11・bf2)}/G(s) ………(6)
【0020】
上記(5)式において、G(s)=s2−(a11+a22)s+(a11・a22−a12・a21)とすると、上記(5)式で示すヨーレート伝達関数は下記(7)式のように表される。
φ´(s)={ωφ´(V)2 ・(Tφ´(V)s+gφ´(V))}・θ(s)
/{s2+2ζφ´(V)・ωφ´(V)・s+ωφ´(V)2} ………(7)
ここで、
gφ´(V)=(a12・bf2−a22・bf1)/(a11・a22−a12・a21),
ωφ´(V)2=a11・a22−a12・a21
2ζφ´(V)・ωφ´(V)=−a11−a22
Tφ´(V)=bf1/(a11・a22−a12・a21
である。
【0021】
また、同様に上記(6)式で示す横速度伝達関数は下記(8)式のように表される。
V(s)={ωVy(V)2 ・(TVy(V)s+gVy(V))}・θ(s)
/{s2+2ζVy(V)・ωVy(V)・s+ωVy(V)2} ………(8)
ここで、
gVy(V)=(a21・bf1−a11・bf2)/(a11・a22−a12・a21),
ωVy(V)2=a11・a22−a12・a21
2ζVy(V)・ωVy(V)=−a11−a22
TVy(V)=bf2/(a11・a22−a12・a21
である。
以上から、車両パラメータgφ´(V)、ζφ´(V)、ωφ´(V)、Tφ´(V)、gVy(V)、ζVy(V)、ωVy(V)、TVy(V)が求められる。
【0022】
(目標ヨーレートの算出)
次に、目標ヨーレートの算出方法について具体的に説明する。なお、以下の説明において、「t」の添え字はパラメータが目標値であることを示すものである。
上記(7)式より、目標ヨー角加速度φ″t(s)は次式で表される。
φ″t(s)=−2ζφ´t(V)・ωφ´t(V)・φ´t(s)
+ωφ´t(V)2・Tφ´(V)・θ(s)
+(1/s)ωφ´t(V)2・(gφ´t(V)・θ(s)−φ´t(s)) ………(9)
【0023】
ここで、目標ヨーレートのパラメータ、gφ´t(V)、ωφ´t(V)、ζφ´t(V)、Tφ´(V)は、下記(10)式により表される。
gφ´t(V)=gφ´(V)×yrate_gain_map,
ωφ´t(V)=ωφ´(V)×yrate_omegn_map,
ζφ´t(V)=ζφ´(V)×yrate_zeta_map,
Tφ´t(V)=Tφ´(V)×yrate_zero_map ………(10)
但し、yrate_gain_map,yrate_omegn_map,yrate_zeta_map,yrate_zero_mapは、チューニングパラメータである。
以上の結果から、目標ヨーレートφ´t(s)は、次式で表される。
φ´t(s)=(1/s)・φ″t(s) ………(11)
【0024】
(目標横速度の算出)
次に、目標横速度の算出方法について具体的に説明する。
上記(8)式より、目標横加速度Vy´t(s)は次式で表される。
y´t(s)=−2ζVyt(V)・ωVyt(V)・Vyt(s)
+ωVyt(V)2・TVy(V)・θ(s)
+(1/s)ωVyt(V)2・(gVyt(V)・θ(s)−Vyt(s)) ………(12)
【0025】
ここで、目標横速度のパラメータ、gVyt(V)、ωVyt(V)、ζVyt(V)、TVy(V)は、下記(13)式により表される。
gVyt(V)=gVy(V)×vy_gain_map,
ωVyt(V)=ωVy(V)×vy_omegn_map,
ζVyt(V)=ζVy(V)×vy_zeta_map,
TVyt(V)=TVy(V)×vy_zero_map ………(13)
但し、vy_gain_map,vy_omegn_map,vy_zeta_map,vy_zero_mapは、チューニングパラメータである。
以上の結果から、目標横速度Vyt(s)は、次式で表される。
yt(s)=(1/s)・Vy´t(s) ………(14)
【0026】
図2に戻って、走行状態判断部32は、操舵角センサ1からの操舵角θと、車速センサ2からの車速Vと、路面μセンサ18からの路面摩擦係数とを入力し、走行状態判定値Svを生成する。
走行状態判断部32は、先ず、操舵量θ及び操舵速度θ´に基づいて、運転者による操舵の緊急度を算出する。ここで、操舵緊急度は、操舵角θが所定角度より大きく且つ操舵速度θ´が所定速度より速いとき、操舵緊急度が高いと判断する。このとき、操舵角θが大きいほど操舵緊急度を高く算出すると共に、操舵速度θ´が速いほど操舵緊急度を高く算出する。
【0027】
なお、ここでは操舵量θ及び操舵速度θ´を用いて操舵緊急度を算出する場合について説明したが、操舵量θや操舵速度θ´に代えて、操舵角加速度や操舵トルクを用いて操舵緊急度を算出することもできる。また、運転者による操舵状態以外にも、自車両と前方障害物との車間距離や、前方障害物に対する車間時間等を用い、上記車間距離が小さいほど操舵緊急度を高く算出したり、上記車間時間が短いほど操舵緊急度を高く算出したりすることもできる。
【0028】
次に、走行状態判断部32は、操舵角θに基づいてステアリングの操舵状態度を算出する。ここでは、操舵角θが所定時間以上一定であるときに保舵状態であると判断する。このとき、ステアリングの保舵時間が長いほど操舵状態度を低く算出する。また、保舵後の切り増し操舵の場合は、通常操舵時と比較して操舵状態度を低く算出する。
そして、走行状態判断部32は、このようにして算出した操舵緊急度、操舵状態(保舵状態)、及び路面摩擦係数(路面μ)を走行状態判定値Svとしてブレーキ演算用後輪指令角補正部34に出力する。
【0029】
操舵目標出力値演算部33は、目標値生成部31で出力した目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytを入力し、目標前輪舵角θt及び後輪目標舵角δtを演算する。
上記(1)式及び(2)式より、目標ヨー角加速度φ″tと目標横加速度Vy´tとは、下記(15)式および(16)式で表される。
φ″t=a11φ´t+a12yt+bf1θt+br1δt ………(15)
Vy´t=a21φ´t+a22yt+bf2θt+br2δt ………(16)
【0030】
これらより、目標前輪舵角θtは下記(17)式、目標後輪舵角δtは下記(18)式により求められる。
θt=(br2(φ″t−(a11φ´t+a12yt))−br1(Vy´t−(a21φ´t+a22yt)))/(bf1・br2−bf2・br1) ………(17)
δt=(bf2(φ″t−(a11φ´t+a12yt))−bf1(Vy´t−(a21φ´t+a22yt)))/(bf1・br2−bf2・br1) ………(18)
ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、操舵目標出力値演算部33で出力した目標後輪舵角δtと、走行状態判断部32で出力した走行状態判定値Svとを入力し、目標後輪舵角δtを、走行状態判定値Svをもとに補正した結果を、補正後の目標後輪舵角δ´tとして出力する。
【0031】
以下、目標後輪舵角δtの補正方法について具体的に説明する。
図3は、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34の構成を示すブロック図である。
この図3に示すように、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、操舵速度による後輪舵角補正部(操舵緊急度依存ゲイン算出部)341と、路面μによる後輪舵角補正部(路面μ依存ゲイン算出部)342と、その他状態判定による後輪舵角補正部(保舵状態依存ゲイン算出部)343と、後輪舵角飽和補正部344とを備えている。
【0032】
操舵速度による後輪舵角補正部341は、走行状態判断部32から入力した操舵緊急度に基づいて、図4に示す操舵緊急度依存の補正マップを参照し、操舵緊急度依存ゲインkδstを算出する。ここで、操舵緊急度依存の補正マップは、横軸が操舵緊急度、縦軸が操舵緊急度依存ゲインkδstである。当該マップは、操舵緊急度が所定値STHまでの範囲では操舵緊急度依存ゲインkδstを“1”に算出し、操舵緊急度が所定値STH以上の範囲では操舵緊急度が高いほど操舵緊急度依存ゲインkδstを“1”から比例的に大きく算出するように設定する。
【0033】
路面μによる後輪舵角補正部342は、走行状態判断部32から入力した路面μに基づいて、図5に示す路面μ依存の補正マップを参照し、路面μ依存ゲインkδμtを算出する。ここで、路面μ依存の補正マップは、横軸が路面μ、縦軸が路面μ依存ゲインkδμtである。当該マップは、路面μが所定値μTH2より高い高μ範囲では路面μ依存ゲインkδμtを“1”に算出し、路面μが所定値μTH1より低い低μ範囲では路面μ依存ゲインkδμtを“1”より小さい一定値に算出するように設定する。さらに、当該マップは、路面μが所定値μTH1以上μTH2以下の範囲では路面μが低いほど路面μ依存ゲインkδμtを“1”から上記一定値まで比例的に小さく算出するように設定する。
【0034】
その他状態判定による後輪舵角補正部343は、走行状態判断部32から入力したステアリングの操舵状態(保舵状態)に基づいて、図6に示す保舵状態依存の補正マップを参照し、保舵状態依存ゲインkδEtを算出する。ここで、保舵状態依存の補正マップは、横軸が操舵状態、縦軸が保舵状態依存ゲインkδEtである。当該マップは、操舵状態度が所定値μTH1より低い保舵状態では保舵状態依存ゲインkδEtを“1”に算出し、操舵状態度が所定値μTH2より高い操舵状態では保舵状態依存ゲインkδEtを“1”より小さい一定値に算出するように設定する。さらに、当該マップは、操舵状態度が所定値μTH1以上μTH2以下の範囲では操舵状態度が低いほど(保舵状態に近いほど)保舵依存ゲインkδEtを上記一定値から“1”まで比例的に大きく算出するように設定する。
【0035】
後輪舵角飽和補正部344は、先ず、操舵緊急度依存ゲインkδst、路面μ依存ゲインkδμtおよび保舵状態依存ゲインkδEtに基づいて、図7に示す後輪舵角飽和補正マップを設定する。
後輪舵角飽和補正マップは、操舵目標出力値演算部33から入力した目標後輪舵角δtを補正して補正後の目標後輪舵角δ´tを算出するためのものである。この後輪舵角飽和補正マップは、図7に示すように、補正前の目標後輪舵角δtを、所定の補正開始舵角(転舵角閾値)δS以上で後輪舵角補正量(傾き)δAに応じて減少補正するように設定する。すなわち、後輪舵角飽和補正部344は、目標後輪舵角δtを、補正開始舵角δS以上であるとき、当該目標後輪舵角δtが大きいほど大きく減少補正するようになっている。
【0036】
後輪舵角補正量δAは、予め設定された後輪舵角基準補正量δA1に、操舵緊急度依存ゲインkδstを乗算したものである。
δA=δA1×kδst ………(19)
また、補正開始舵角δSは、予め設定された補正開始基準舵角δS1に、路面μ依存ゲインkδμtおよび保舵状態依存ゲインkδEtを乗算したものである。
δS=δS1×kδμt×kδEt ………(20)
ここで、補正開始舵角δSは、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角より小さい値に設定する。
【0037】
すなわち、本実施形態では、操舵緊急度に応じて目標後輪舵角δtの減少補正量を設定すると共に、路面μ及び保舵状態に応じて目標後輪舵角δtの補正開始舵角を設定するようになっている。
例えば、操舵緊急度が比較的高く、図4に示す操舵緊急度依存の補正マップをもとに“1”より大きい操舵緊急度依存ゲインdδstを算出した場合には、図8(a)に示すように、後輪舵角補正量δAが後輪舵角基準補正量δA1より大きいδA2となり、目標後輪舵角δtが大きくなるにつれて補正後の目標後輪舵角δ´tをより小さく算出するように後輪舵角飽和補正マップを変更する。これにより、δA=δA1であるときと比較して目標後輪舵角δtをより大きく減少補正することになる。
【0038】
また、例えば、路面μが比較的低く、図5に示す路面μ依存の補正マップをもとに“1”より小さい路面μ依存ゲインkδμtを算出した場合には、図8(b)に示すように、補正開始舵角δSが補正開始基準舵角δS1より小さいδS2となる。このため、δS=δS1であるときと比較してより小さい時点から目標後輪舵角δtの減少補正を行うことになる。
【0039】
そして、後輪舵角飽和補正部344は、このようにして設定した後輪舵角飽和補正マップをもとに、補正後の目標後輪舵角δ´tを算出し、これを図2のブレーキ液圧目標出力値演算部35に出力する。
ブレーキ液圧目標出力値演算部35は、目標値生成部31が出力した目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytと、操舵目標出力値演算部33が出力した目標前輪舵角θtと、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34が出力した補正後目標後輪舵角δ´tとを入力し、これらに基づいて各輪の目標ブレーキ液圧Pbrtを算出する。
【0040】
本実施形態では、目標ヨー角加速度φ″tと目標ヨー角加速度φ″limtとの差分Δφ″t(=φ″t−φ″limt)を補正するために、4輪のブレーキを使用する。ここで、目標ヨー角加速度φ″limtは、補正後目標後輪舵角δ´tを前提に計算した、制限した目標ヨー角速度である。
前記(15)式より、
φ″limt=a11φ´t+a12yt+bf1θt+br1δ´t ………(21)
であるため、差分Δφ″tは下記(22)式で表される。
Δφ″t=φ″t−(a11φ´t+a12yt+bf1θt+br1δ´t) ………(22)
【0041】
そして、左右輪の制動力差を発生させることにより、上記ヨー角加速度の差分Δφ″tに相当するヨー角加速度を発生させるようにする。
すなわち、後輪の舵角が補正後目標後輪舵角δ´tとなった場合に発生するヨー角加速度として目標ヨー角加速度φ″limtを推定し、目標後輪舵角を減少させたことによって発生するヨー角加速度の差分Δφ″tを算出し、左右輪に制動力差を発生させてヨー角加速度を発生させることによってヨー角加速度の差分Δφ″tを補償する。
【0042】
ここで、ヨーレートの微分値がヨー角加速度であるので、ヨー角加速度の差分Δφ″tを補償するということはヨーレートを補償することとなる。したがって、上記のようにヨー角加速度を補償するということは、後輪の舵角が補正後目標後輪舵角δ´tとなった場合に発生するヨーレート(推定車両挙動)を推定し、推定したヨーレートと目標ヨーレート(車両挙動目標値)との差分を、左右輪に制動力差を発生させて補償することになる。
【0043】
前左右輪の目標ブレーキ液圧差Pbrft、及び後左右輪の目標ブレーキ液圧差Pbrrtは、左右ブレーキ液圧差により発生させるヨー角加速度Δφ″tから、
brft=Wf・Δφ″t/(Wf+Wr)・bpf,
brrt=Wr・Δφ″t/(Wf+Wr)・bpr ………(23)
となる。
【0044】
そして、前輪の左右輪のブレーキ液圧差が算出した目標ブレーキ液圧差Pbrftとなるように、及び後輪の左右輪の液圧差が算出した目標ブレーキ液圧差Pbrrtとなるように、各輪の目標ブレーキ液圧Pbrtを制御する。
ここで、
bpf=μpadf・Swcf・rf・Tf/IZ・Rf
bpr=μpadr・Swcr・rr・Tr/IZ・Rr ………(24)
である。また、各記号は以下のパラメータを表している。
μpadf:前輪ブレーキパッド摩擦係数,
μpadr:後輪ブレーキパッド摩擦係数,
wcf:前輪ブレーキホイールシリンダ面積,
wcr:後輪ブレーキホイールシリンダ面積,
f:前輪ブレーキ有効半径,
r:後輪ブレーキ有効半径,
f:前輪タイヤ動半径,
r:後輪タイヤ動半径,
f:前軸トレッド,
r:後軸トレッド,
f:前軸荷重,
r:後軸荷重
【0045】
なお、上記においては、後輪舵角補正後のヨーレートを目標ヨーレートに一致させるように左左右輪に制動力差を発生させる場合を示した。しかしながら、これに限らず、後輪舵角補正後の横速度を目標横速度に一致させるように左左右輪に制動力差を発生させることもできる。すなわち、左左右輪に制動力差を発生させてヨーレートを補償するか横速度を補償するかは適宜選択可能である。
また、上記においては、ブレーキ液圧差を前後輪の左右輪で発生させているが、これに限らず、例えば前輪の左右輪のみ、若しくは後輪の左右輪のみでブレーキ液圧差を発生させることもできる。
【0046】
《動作》
次に、本発明における実施形態の動作について説明する。
図9は、操舵制御コントローラ3で実行する処理手順を示すフローチャートである。
今、運転者がステアリング操作を行って、車両がカーブを旋回走行しているものとする。このとき、操舵角センサ1で検出した操舵角θおよび車速センサ2で検出した車体速Vを図2の目標値生成部31に入力すると共に、操舵角θ、車体速Vおよび路面μセンサ18で検出した路面μを走行状態判断部32に入力する(ステップS1)。
【0047】
目標値生成部31は、操舵角θ及び車体速Vに基づいて、目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytを算出し(ステップS2)、これら目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytを操舵目標出力値演算部33に入力する。操舵目標出力値演算部33は、目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytに基づいて、目標前輪舵角θt及び目標後輪舵角δtを算出する(ステップS3)。また、目標前輪舵角θt及び目標後輪舵角δtは、それぞれ前輪操舵コントローラ4及び後輪操舵コントローラ5に出力する(ステップS4)。
【0048】
そして、前輪操舵コントローラ4は、操舵目標出力値演算部33で算出した目標前輪舵角θtと実際の前輪転舵角との偏差を無くすような舵角指令値を前輪操舵アクチュエータ7に出力する。後輪操舵コントローラ5は、操舵目標出力値演算部33で算出した目標後輪舵角δtと実際の後輪転舵角との偏差を無くすような舵角指令値を後輪操舵アクチュエータ8に出力する。これにより、前後輪に補助舵角を与えることができる。
【0049】
また、走行状態判断部32は、操舵角θ、車体速V及び路面μに基づいて、走行状態判定値Sv(操舵緊急度、保舵状態、路面μ)を算出する(ステップS5)。
そして、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34にて、走行状態判定値Svをもとに操舵目標出力値演算部33で算出した目標後輪舵角δtに対する補正処理を行うことになる(ステップS6)。このとき、目標後輪舵角δtが図7の補正開始舵角δSより小さいものとすると、目標後輪舵角δtの減少補正は行わず、補正後目標後輪舵角δ´tは補正前の目標後輪舵角δtと等しいままとなる。
【0050】
次に、ブレーキ液圧目標出力値演算部35で、目標前輪舵角θt、補正後目標後輪舵角δ´t、目標ヨーレートφ´t及び目標横速度Vytに基づいて、目標ヨー角加速度φ″tと、補正後目標後輪舵角δ´tを前提に計算される目標ヨー角加速度φ″limtとの差分Δφ″tを補正するために必要な目標ブレーキ液圧Pbrtを算出する(ステップS7)。ここで、上述したように補正後目標後輪舵角δ´tは補正前の目標後輪舵角δtと等しいため、目標ヨー角加速度φ″tと目標ヨー角加速度φ″limtとは等しくなり、差分Δφ″t=0となるため、前記(23)式より目標ブレーキ液圧Pbrt=0となる。したがって、目標ブレーキ液圧Pbrtをブレーキコントローラ6に出力しても(ステップS8)、ブレーキ制御は介入せず、上記操舵制御のみを行うことになる。
【0051】
一方、操舵目標出力値演算部33で、補正開始舵角δS以上となる目標後輪舵角δtを算出した場合には、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34にて、図7の後輪舵角飽和補正マップに基づいて、目標後輪舵角δtが大きいほど目標後輪舵角δtを大きく減少補正する(ステップS6)。そのため、ブレーキ液圧目標出力値演算部35は、補正前の目標後輪舵角δtと補正後の目標後輪舵角δ´tとの差分に応じて決定される差分Δφ″tに基づく目標ブレーキ液圧Pbrtを算出する(ステップS7)。そして、ブレーキ液圧目標出力値演算部35は、この目標ブレーキ液圧Pbrtをブレーキコントローラ6に出力する(ステップS8)。
【0052】
これにより、ブレーキコントローラ6は、目標ブレーキ液圧Pbrtと実際のブレーキ液圧との偏差を無くすような液圧指令値をブレーキアクチュエータ9に出力し、各輪の制動力を制御する。
このとき、操舵目標出力値演算部33で算出した目標後輪舵角δt(補正前の目標後輪舵角)は、そのまま後輪操舵コントローラ5へ入力するため、補正前の目標後輪舵角δtと実際の後輪転舵角との偏差を無くすような後輪操舵制御と、目標後輪舵角δtの補正分(δt−δ´t)に応じたブレーキ制御とが併用されることになる。
このように、本実施形態では、目標後輪舵角δtが後輪の最大転舵角より小さい補正開始舵角δS以上であるときにブレーキ制御が作動する。そして、このとき各輪に付与される制動力は、目標後輪舵角δtが大きいほど(上記最大転舵角に近いほど)大きく設定される。
【0053】
ところで、運転者操舵角に基づいて目標ヨーレートや目標横速度を設定し、設定した目標ヨーレートや目標横加速度に基づいて前輪と後輪とをそれぞれ転舵する、所謂4WS機能を備えた車両は、通常、後輪の最大転舵角が前輪と比べて小さい。そのため、単に目標ヨーレートや目標横加速度に基づいて前後輪の目標転舵角を算出し、算出した目標転舵角に基づいて前後輪を転舵すると、後輪の転舵角が最大転舵角に達してしまう場合がある。すると、一時的に実際の車両のヨーレートや横加速度が目標ヨーレートや目標横加速度を満足できなくなるという現象が生じる。
【0054】
そこで、目標ヨーレートと実際のヨーレートとの偏差(ヨーレート誤差)または目標横加速度と実際の横加速度との偏差(横加速度誤差)が所定値以上となったときにブレーキ制御を介入させることで、車両の特性をニュートラルステアに近づけるというものがある。
しかしながら、この場合、後輪転舵角が最大転舵角となり(後輪転舵角が飽和し)、ヨーレート誤差や横加速度誤差が発生したことを検出してからブレーキ制御を介入する構成である。このため、目標ヨーレート又は目標横加速度に対してセンサで検出された実ヨーレート又は実横加速度に遅れが生じると、後輪転舵角が飽和してからブレーキ制御が介入するまでの時間が長くなり、車両の安定性が損なわれるおそれがある。
【0055】
これに対して、本実施形態では、後輪転舵角が最大転舵角に達する前に確実にブレーキ制御を介入することができるので、上述したようなブレーキ制御介入の遅れを抑制することができ、車両の安定性を向上させることができる。
また、運転者が緊急回避操作などの急な操舵を行った場合には、走行状態判断部32で操舵緊急度が高いと判断し、走行状態判断部32は、操舵緊急度=高を示す走行状態判定値Svをブレーキ演算用後輪指令角補正部34に出力する。そのため、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、図4の操舵緊急度依存の補正マップをもとに操舵緊急度依存ゲインkδstを“1”より大きく算出する。したがって、後輪舵角飽和補正マップは、図8(a)に示すようになる。すなわち、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、後輪舵角補正量δAを大きくなる方向に補正して、目標後輪舵角δtをより小さくなる方向に補正することになる。
【0056】
このように、運転者による操舵量が所定量より大きく且つ操舵速度が所定速度より速い場合、目標後輪舵角δtの減少補正量を大きくする方向に変更する。これにより、上記のように急な操舵を行った場合など、車両が不安定になる可能性が高いと判断される状況下において、各輪に大きな制動力を付与して車両の安定性を高めることができる。
さらに、車両が低μ路を走行している場合には、走行状態判断部32は、低μ路を示す走行状態判定値Svをブレーキ演算用後輪指令角補正部34に出力する。そのため、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、図5の路面μ依存の補正マップをもとに路面μ依存ゲインkδμtを“1”より小さく算出する。したがって、後輪舵角飽和補正マップは、図8(b)に示すようになる。すなわち、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、補正開始舵角δSを小さくなる方向に補正して、早いタイミングで目標後輪舵角δtの補正を開始することになる。
【0057】
路面μが低い場合には車両挙動が不安定になりやすく、後輪操舵による安定性向上の効果が、路面μが高い場合に比べて相対的に低い。このように、車両の横加速度が比較的小さい領域から車両が不安定になる可能性が高いと判断される状況下においては、より早くブレーキ制御を介入することができるため、車両の安定性を高めることができる。
また、運転者が一定時間以上の保舵を行っている場合には、走行状態判断部32は、保舵状態を示す走行状態判定値Svをブレーキ演算用後輪指令角補正部34に出力する。そのため、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34は、図6の保舵状態依存の補正マップをもとに保舵状態依存ゲインkδEtを最大値“1”に算出する。したがって、後輪舵角飽和補正マップの補正開始舵角δSは最大値を維持することになる。
【0058】
このように、車両の安定性がある程度確保されているような状況下においては、目標後輪舵角δtの補正開始タイミングが遅くなるように設定する。これにより、ブレーキ制御が介入されることに起因する運転者の違和感を低減することができる。
なお、本実施形態においては、目標値生成部31(ステップS2)が車両挙動目標値設定手段を構成し、操舵目標出力値演算部33(ステップS3)が転舵角設定手段を構成し、前輪操舵コントローラ4及び後輪操舵コントローラ5が転舵制御手段を構成している。
【0059】
また、ブレーキ演算用後輪指令角補正部34(ステップS6)が後輪転舵角補正手段を構成し、ブレーキ液圧目標出力値演算部35(ステップS7)が制動力差算出手段を構成し、ブレーキコントローラ6及びブレーキアクチュエータ9がブレーキ制御手段を構成している。さらに、走行状態判断部32(ステップS5)が走行状態検出手段を構成している。
【0060】
《効果》
(1)車両挙動目標値設定手段は、運転者によって操舵されるステアリングの操舵角および車両の速度に基づいて、車両挙動の目標値である車両挙動目標値を設定する。転舵角設定手段は、車両挙動目標値設定手段によって設定された車両挙動目標値に基づいて、車両前輪の目標転舵角と車両後輪の目標転舵角とをそれぞれ設定する。転舵制御手段は、転舵角設定手段によって設定された車両前輪の目標転舵角と車両後輪の目標転舵角とに基づいて、前輪操舵アクチュエータ及び後輪操舵アクチュエータを駆動制御する。
【0061】
後輪転舵角補正手段は、後輪の転舵角が、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角より小さい予め設定された所定の転舵角閾値以上となった場合に、転舵角設定手段で設定される後輪の目標転舵角を減少補正する。制動力差算出手段は、後輪転舵角補正手段によって後輪転舵角の減少補正を行った際の車両挙動である推定車両挙動を推定し、車両挙動目標値と推定車両挙動との偏差に基づいて、車両左右輪に発生させる制動力差を算出する。ブレーキ制御手段は、制動力差算出手段によって算出された車両左右輪の制動力差に基づいて各輪を制動する制動力を制御する。
【0062】
したがって、後輪転舵角が最大転舵角に達する前にブレーキ制御を介入させることができる。その結果、従来方式のように後輪転舵角が最大転舵角に達してヨーレート誤差又は横加速度誤差が所定値以上となってからブレーキ制御を行うのと比較して、遅れなくブレーキ制御を行うことができ、車両の安定性を確保することができる。
このとき、目標後輪舵角の補正分をブレーキ制御にて車両安定側に補正することができるので、適正に車両の安定性を確保することができる。
また、後輪転舵角が最大転舵角に達した状態では車両挙動が不安定になり易いが、ブレーキ制御と前輪操舵制御とを併用して行うことができるので、車両の安定性を確保することができる。
【0063】
(2)車両挙動は、ヨーレート及び横速度の少なくとも一方である。したがって、車両挙動目標値と推定車両挙動との偏差に基づいて、車両左右輪に制動力差を発生させるブレーキ制御を行うことで、適正に車両挙動を安定化させることができる。
(3)後輪転舵角補正手段は、走行状態検出手段で検出した走行状態に応じて、前記転舵角閾値を補正する。したがって、例えば、車両が不安定になる可能性が高い状況下では、ブレーキ制御をより早く介入させて車両の安定性を高めたり、車両の安定性が確保されている状況下では、ブレーキ制御の介入を抑制してブレーキ作動による違和感を低減したりすることができる。このように、車両の走行状態に応じたブレーキ制御を行うことができる。
【0064】
(4)走行状態検出手段は、運転者による操舵の緊急度を検出する。後輪転舵角補正手段は、操舵の緊急度が高いほど後輪の目標転舵角を大きく減少補正する。したがって、運転者による操舵量が所定量より大きく且つ操舵速度が所定速度より速い場合など操舵緊急度が高い場合には、車両が不安定になる可能性が高いと判断して各輪に大きな制動力を付与することができる。その結果、車両の安定性を高めることができる。
【0065】
(5)走行状態検出手段は、路面摩擦係数を検出する。後輪転舵角補正手段は、路面摩擦係数が低いほど転舵角閾値を小さく設定する。したがって、路面μが低い場合には車両の横加速度が小さい領域から不安定になる可能性が高いと判断して、ブレーキ制御をより早く作動させることができる。その結果、車両の安定性を高めることができる。
【0066】
(6)走行状態検出手段は、ステアリングの保舵状態を検出する。後輪転舵角補正手段は、保舵状態が所定時間以上継続しているとき、及び保舵状態からステアリングの切り増し操作へ移行したときの何れかであるとき、通常操舵時と比較して転舵角閾値を大きく設定する。
したがって、車両の安定性がある程度確保されているような状況下や、ブレーキ制御が介入されることによる運転者の違和感を低減した方が良い状況下において、ブレーキ制御を介入するタイミングを遅らせることができる。その結果、ブレーキ制御が介入されることに起因する運転者の違和感を低減することができる。
【0067】
(7)後輪転舵角補正手段は、後輪の転舵角が転舵角閾値以上であるとき、当該後輪の転舵角が大きいほど減少補正を大きく設定する。したがって、後輪転舵角が最大転舵角に近づくほど各輪に付与する制動力を大きく設定することができ、車両の安定性を高めることができる。
【0068】
(8)前輪の目標転舵角と後輪の目標転舵角とに基づいて、前輪操舵アクチュエータ及び後輪操舵アクチュエータを駆動制御して前輪操舵機構及び後輪操舵機構を駆動し、後輪の転舵角が、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角に達する前に、車両左右輪に制動力差を発生させて車両挙動を安定化するブレーキ制御を行う。
したがって、従来方式のように後輪転舵角が最大転舵角に達してヨーレート誤差又は横加速度誤差が所定値以上となってからブレーキ制御を行うのと比較して、遅れなくブレーキ制御を行うことができ、車両の安定性を確保することができる。
【0069】
《変形例》
(1)上記実施形態においては、操舵緊急度が高いほど操舵緊急度依存ゲインkδstを大きく算出することで後輪舵角補正量δAを大きく設定し、ブレーキ制御により各輪に付与する制動力を大きく設定する場合について説明したが、操舵緊急度が高いほど補正開始舵角δSを小さく設定することもできる。
これにより、運転者による操舵量が所定量より大きく且つ操舵速度が所定速度より速い場合など操舵緊急度が高い場合には、車両が不安定になる可能性が高く、早期に車両の安定性を高めることが望ましいと判断してブレーキ制御をより早く作動させることができる。その結果、より車両の安定性を高めることができる。
【0070】
(2)上記実施形態においては、路面μが低いほど路面μ依存ゲインkδμtを小さく算出することで補正開始舵角δSを小さく設定し、ブレーキ制御の介入を早める場合について説明したが、路面μが低いほど後輪舵角補正量δAを大きく設定することもできる。
これにより、路面μが低い場合には車両が不安定になる可能性が高いと判断して、各輪に大きな制動力を付与することができ、より車両の安定性を高めることができる。
【0071】
(3)上記実施形態においては、操舵状態度が低いほど(保舵状態に近いほど)保舵状態依存ゲインkδEtを大きく算出することで補正開始舵角δSを大きく設定し、ブレーキ制御の介入を遅らせる場合について説明したが、操舵状態度が低いほど(保舵状態に近いほど)後輪舵角補正量δAを小さく設定することもできる。
これにより、各輪に付与される制動力を小さく設定することができ、ブレーキ制御介入による運転者の違和感を低減することができる。
【0072】
(4)上記実施形態においては、図7に示すように、目標後輪舵角δtが補正開始舵角δS以上であるときの後輪舵角飽和補正マップを線形とする場合について説明したが、これを非線形とすることもできる。これにより、後輪転舵角が最大転舵角に近づくにつれて各輪により大きな制動力を付与することができるなど、車両の安定性をより高めることができる。
【0073】
(5)上記実施形態においては、走行状態判定値Svとして、操舵緊急度、路面μ及びステアリングの保舵状態を適用する場合について説明したが、車両の安定性向上が必要か否か、及びブレーキ制御介入を抑制すべき状況下であるか否かの少なくとも一方を判断できるパラメータであれば走行状態判定値Svとして適用可能である。これにより、車両安定性の向上とブレーキ制御作動による違和感の低減とを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明における車両制御装置の実施形態を示す全体構成図である。
【図2】操舵制御コントローラの制御ブロック図である。
【図3】ブレーキ演算用後輪指令角補正部の構成を示すブロック図である。
【図4】操舵緊急度依存の補正マップである。
【図5】路面μ依存の補正マップである。
【図6】保舵状態依存の補正マップである。
【図7】後輪舵角飽和補正マップである。
【図8】後輪舵角飽和補正マップの設定方法を説明するための図である。
【図9】操舵制御コントローラで実行される処理手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0075】
1 操舵角センサ
2 車速センサ
3 操舵制御コントローラ
4 前輪操舵コントローラ
5 後輪操舵コントローラ
6 ブレーキコントローラ
7 前輪操舵アクチュエータ
8 後輪操舵アクチュエータ
9 ブレーキアクチュエータ
10 ステアリングホイール
11 前輪
12 前輪操舵機構
14 後輪
15 後輪操舵機構
18 路面μセンサ
31 目標値生成部
32 走行状態判断部
33 操舵目標出力値演算部
34 ブレーキ演算用後輪指令角補正部
35 ブレーキ液圧目標出力値演算部
341 操舵速度による後輪舵角補正部(操舵速度依存ゲイン算出部)
342 路面μによる後輪舵角補正部(路面μ依存ゲイン算出部)
343 その他状態判定による後輪舵角補正部(保舵状態依存ゲイン算出部)
344 後輪舵角飽和補正部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者によって操舵されるステアリングの操舵角および車両の速度に基づいて、車両挙動の目標値である車両挙動目標値を設定する車両挙動目標値設定手段と、
前記車両挙動目標値設定手段によって設定された車両挙動目標値に基づいて、車両前輪の目標転舵角と車両後輪の目標転舵角とをそれぞれ設定する転舵角設定手段と、
前輪操舵機構を駆動する前輪操舵アクチュエータと、
後輪操舵機構を駆動する後輪操舵アクチュエータと、
前記転舵角設定手段によって設定された車両前輪の目標転舵角と車両後輪の目標転舵角とに基づいて、前記前輪操舵アクチュエータ及び前記後輪操舵アクチュエータを駆動制御する転舵制御手段と、
後輪の転舵角が、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角より小さい予め設定された所定の転舵角閾値以上となった場合に、前記転舵角設定手段で設定される後輪の目標転舵角を減少補正する後輪転舵角補正手段と、
前記後輪転舵角補正手段によって後輪転舵角の減少補正を行った際の車両挙動である推定車両挙動を推定し、前記車両挙動目標値と推定車両挙動との偏差に基づいて、車両左右輪に発生させる制動力差を算出する制動力差算出手段と、
前記制動力差算出手段によって算出された車両左右輪の制動力差に基づいて各輪を制動する制動力を制御するブレーキ制御手段と、を備えることを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記車両挙動は、ヨーレート及び横速度の少なくとも一方であることを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
車両の走行状態を検出する走行状態検出手段を有し、
前記後輪転舵角補正手段は、前記走行状態検出手段で検出した走行状態に応じて、前記転舵角閾値を補正することを特徴とする請求項1又は2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記走行状態検出手段は、運転者による操舵の緊急度を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記操舵の緊急度が高いほど前記転舵角閾値を小さく設定することを特徴とする請求項3に記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記走行状態検出手段は、運転者による操舵の緊急度を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記操舵の緊急度が高いほど前記後輪の目標転舵角を大きく減少補正することを特徴とする請求項3又は4に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記走行状態検出手段は、路面摩擦係数を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記路面摩擦係数が低いほど前記転舵角閾値を小さく設定することを特徴とする請求項3〜5の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項7】
前記走行状態検出手段は、路面摩擦係数を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記路面摩擦係数が低いほど前記後輪の目標転舵角を大きく減少補正することを特徴とする請求項3〜6の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項8】
前記走行状態検出手段は、ステアリングの保舵状態を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記保舵状態が所定時間以上継続しているとき、及び前記保舵状態からステアリングの切り増し操作へ移行したときの何れかであるとき、通常操舵時と比較して前記転舵角閾値を大きく設定することを特徴とする請求項3〜7の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項9】
前記走行状態検出手段は、ステアリングの保舵状態を検出するものであって、
前記後輪転舵角補正手段は、前記保舵状態が所定時間以上継続しているとき、及び前記保舵状態からステアリングの切り増し操作へ移行したときの何れかであるとき、通常操舵時と比較して前記後輪の目標転舵角の減少補正を抑制することを特徴とする請求項3〜8の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項10】
前記後輪転舵角補正手段は、後輪の転舵角が前記転舵角閾値以上であるとき、当該後輪の転舵角が大きいほど減少補正量を大きく設定することを特徴とする請求項1〜9の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項11】
前輪の目標転舵角と後輪の目標転舵角とに基づいて、前輪操舵アクチュエータ及び後輪操舵アクチュエータを駆動制御して前輪操舵機構及び後輪操舵機構を駆動し、
後輪の転舵角が、後輪が転舵可能な転舵角である最大転舵角に達する前に、車両左右輪に制動力差を発生させて車両挙動を安定化するブレーキ制御を行うことを特徴とする車両制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−155562(P2010−155562A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−335460(P2008−335460)
【出願日】平成20年12月27日(2008.12.27)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】