説明

電動車両における電動モータの制御装置

【課題】電動モータトルクの嵩上げにより駆動力を増大させるトルクブーストをモータロックの判定時に禁止して、パワー素子の熱破壊を伴う急な温度上昇を防止する。
【解決手段】補償器401は、レスポンス向上補償トルクTm*1を求める。リミッタ402は、Tm*1が負値である場合Tm*1=0に制限して、リミット補償トルクTm*2を算出する。判定部403は、実測モータ回転数Nmと、パワー素子の温度Tjと、基本目標トルク指令値Tm*とに応じ、トルクブースト禁止判定処理を実施し、モータロック判定時にブースト許可係数Kbstを0にする。乗算器404は、Tm*2×Kbstによりトルクブースト禁止判定後トルクTm*3を算出し、加算器405は、Tm*+Tm*3により、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'を算出する。モータロック判定時は、Kbst=0により、Tm*'=Tm*となって、トルクブーストを禁止し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動モータからの動力で電気走行するのみの電気自動車や、エンジンからの動力だけでなく電動モータからの動力によっても走行可能なハイブリッド車両などの電動車両における電動モータの制御装置、特に発進加速を含む加速時における電動モータのトルクブースト制御技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動車両としては、駆動力の少なくとも一部を電動モータで賄うことにより目標駆動力での走行が可能であるほか、同じ目標駆動力の基でも電動モータの駆動トルクの嵩上げにより駆動力を増大させるトルクブーストも可能なものが、例えば特許文献1に記載のように知られている。
【0003】
この特許文献1に記載の電動車両は、アクセル開度や車速などから算出される電動モータの駆動トルク要求値に対し、電動モータ制御用パワー素子(パワー半導体素子:例えばIGBT等のスイッチング素子)の温度上昇時定数と同じか、それよりも小さい時定数を持った位相進み補償を施して、電動モータの上記駆動トルク要求値よりも大きな駆動トルク目標値を算出し(所謂トルクブーストを行い)、この増大した駆動トルク目標値に電動モータの出力トルクが一致するようモータ駆動電流を制御するものである。
【0004】
かかるトルクブーストが可能な電動車両にあっては、加速要求操作による駆動トルク要求値の増加時に、上記の位相進み補償で一時的にこの駆動トルク要求値よりも大きくされた駆動トルク目標値に基づき電動モータが制御されることとなって、
電動モータの出力トルクが一時的に嵩上げされるトルクブーストにより、車両の加速レスポンスと加速性能を向上させることができる。
【0005】
更に、上記位相進み補償器の時定数を電動モータ制御用パワー素子の温度上昇時定数以下にすることで、
パワー素子のジャンクション温度が、位相進み補償を施さない場合に定常で飽和する温度を超えることのないようにすることができる。
特に、パワー素子が耐熱温度(最大ジャンクション温度Tjmax)を超えることのないようにしつつ、過渡的に定格以上のモータトルクを出力させることで、車両の加速性能を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−044871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで電動車両の電動モータとしては、インバータ駆動の多相電動モータを用いるのが一般的である。
しかしこの種の電動モータにあっては、モータ回転数が0rpm付近となるモータロック時に、インバータおよび電動モータの特定の1相のみに電流が流れ続けることになり、
所定速度で回転していて各相に周期的に電流が振り分けられる非モータロック状態である場合に比べ、パワー素子のジャンクション温度が著しく上昇し、熱破壊に至る可能性が高い。
【0008】
かように電動モータの回転数がモータロック領域の回転数である時に上記した特許文献1所載のトルクブーストを行うと、パワー素子のジャンクション温度の上昇が更に加速され、耐熱温度を超えて熱破壊に至る虞が高くなったり、早期に熱破壊に至るという問題を生ずる。
しかし従来は、電動モータがモータロック領域の回転数である時におけるトルクブーストについて何らの問題提起をしておらず、
電動モータがモータロック領域の回転数である時に電動モータをトルクブーストすることがあり、上記問題の発生を避けられない。
【0009】
本発明は、電動モータがモータロック状態である時、電動モータのトルクブーストを行わせないようにすることにより、この間のトルクブーストでパワー素子のジャンクション温度の上昇が加速されるのを防止し、パワー素子が耐熱温度を超えて熱破壊に至る虞を緩和したり、パワー素子が早期に熱破壊に至るという問題を緩和し得るようにした、電動車両における電動モータの制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的のため、本発明による電動車両における電動モータの制御装置は、以下のごとくにこれを構成する。
先ず、本発明の前提となる電動車両を説明するに、これは、
駆動力の少なくとも一部を電動モータで賄うことにより目標駆動力での走行が可能であると共に、同じ目標駆動力の基でも上記電動モータの駆動トルクの嵩上げにより駆動力を増大させるトルクブーストも可能なものである。
【0011】
本発明は、かかる電動車両に対し、
上記電動モータのモータロック状態を判定するためのモータロック判定手段と、
この手段によりモータロック状態であると判定されるとき上記のトルクブーストを禁止するトルクブースト禁止手段と
を設けた電動モータの制御装置に特徴づけられる。
【発明の効果】
【0012】
かかる本発明による電動モータの制御装置によれば、電動モータがモータロック状態である時は、電動モータのトルクブーストを禁止するため、
電動モータがモータロック状態である時、電動モータのトルクブーストを行わせないこととなり、この間のトルクブーストで電動モータ制御用パワー素子のジャンクション温度の上昇が加速されるのを防止することができ、
パワー素子が耐熱温度を超えて熱破壊に至る虞を緩和したり、パワー素子が早期に熱破壊に至るという問題を緩和し得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例になる電動モータの制御装置を具えた電動車両の駆動系およびその制御系を示す概略系統図である。
【図2】図1における電動モータコントローラが実行する電動モータ駆動制御プログラムのメインルーチンを示すフローチャートである。
【図3】図2において基本目標トルクを算出するときに用いる、電動モータの駆動力特性線図である。
【図4】図2においてレスポンス向上補償後・トルク指令値を求めるときの機能別ブロック線図である。
【図5】図4におけるトルクブースト禁止判定部に係わる機能別ブロック線図である。
【図6】図5におけるトルクブースト許可係数算出部が実行する制御プログラムのフローチャートである。
【図7】図5におけるモータロック対応ブースト許可係数算出部に係わる機能別ブロック線図である。
【図8】図7におけるモータロック対応ブースト許可係数算出部の演算処理に係わる動作説明図で、 (a)は、モータロック対応ブースト許可係数の算出に関する第1の演算要領を示す動作説明図、 (b)は、モータロック対応ブースト許可係数の算出に関する第1の演算要領の変形例を示す動作説明図である。
【図9】図7におけるモータロック対応ブースト許可係数算出部の演算処理に係わる動作説明図で、 (a)は、モータロック対応ブースト許可係数の算出に関する第2の演算要領を示す動作説明図、 (b)は、モータロック対応ブースト許可係数の算出に関する第2の演算要領の変形例を示す動作説明図である。
【図10】図7におけるトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部が実行する制御プログラムのフローチャートである。
【図11】図10によるトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出時に用いる遅れフィルタの時定数に係わる変化特性図である。
【図12】図7におけるトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部が、図10とは別の要領でトルクブースト禁止判定用モータ回転数を算出する時のプロセスを示すブロック線図である。
【図13】車輪駆動系に係わる駆動ねじり振動系の運動方程式を示す説明用の図で、 (a)は、車両上方から見て示す説明図、 (b)は、車両の側方から見て示す説明図である。
【図14】図5におけるねじり振動に基づくブースト許可判定部の機能別ブロック線図である。
【図15】図14におけるねじり振動推定値演算部の機能別ブロック線図である。
【図16】電動モータのモータロック判定に用いるモータ回転数が違う場合のレスポンス向上補償後・トルク指令値の時系列変化を示すタイムチャートで、 (a)は、実測モータ回転数をそのままモータロック判定に用いた場合のレスポンス向上補償後・トルク指令値の時系列変化を示すタイムチャート、 (b)は、実測モータ回転数の遅れフィルタ処理値をモータロック判定に用いた場合のレスポンス向上補償後・トルク指令値の時系列変化を示すタイムチャート、 (c)は、実測モータ回転数のノッチフィルタ処理値をモータロック判定に用いた場合のレスポンス向上補償後・トルク指令値の時系列変化を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
<電動車両の駆動系およびその制御系>
図1は、本発明を適用可能な電動車両の駆動系およびその制御系を示し、1L,1Rはそれぞれ左右駆動輪である。
図1の電動車両は、これら左右駆動輪1L,1Rを電動モータ2により減速機(ディファレンシャルギヤ装置を含む)3を介して駆動することで走行可能なものとする。
【0015】
電動モータ2の駆動制御に際しては、電動モータコントローラ4が、電源であるバッテリ5の電力をインバータ6により直流−交流変換して、またこの交流電力をインバータ6による制御下で電動モータ2へ供給することで、電動モータ2のトルクを電動モータコントローラ4での演算結果(目標モータトルク)に一致させるよう、当該電動モータ2の制御を行うものとする。
【0016】
なお、電動モータコントローラ4での演算結果(目標モータトルク)が、電動モータ2に回生制動作用を要求する負極性のものである場合、電動モータコントローラ4はインバータ6を介し電動モータ2に発電負荷を与え、
このとき電動モータ2が回生制動作用により発電した電力を、インバータ6により交流−直流変換してバッテリ5に充電するものとする。
【0017】
電動モータコントローラ4には、上記の目標モータトルクを演算するための情報として、
電動車両の対地速度である車速V、運転操作に応じたアクセル開度θ、回転センサ(レゾルバやエンコーダ)7で検出した電動モータ2の回転子位相α、電流センサ8で検出した電動モータ2の電流(図1ではU相、V相、W相よりなる三相交流であるから電流iu,iv,iw)などの各種車両変数信号をデジタル信号化して入力する。
【0018】
電動モータコントローラ4は、これら入力情報に応じて電動モータ2を制御するPWM信号を生成し、このPWM信号に応じドライブ回路を通じてインバータ6の駆動信号を生成する。
インバータ6は、例えば各相ごとに2個のスイッチング素子(例えばIGBT等のパワー半導体素子)からなり、駆動信号に応じてスイッチング素子をON/OFFすることにより、バッテリ5から供給される直流の電流を交流に変換・逆変換し、電動モータ2に所望の電流を供給する。
【0019】
電動モータ2は、インバータ6より供給される交流電流により駆動力を発生し、減速機3を通して左右駆動輪1L,1Rに駆動力を伝達する。
また車両走行中、電動モータ2が左右駆動輪1L,1Rに連れ回される所謂逆駆動時は、電動モータ2に発電負荷を与えて電動モータ2が回生制動作用を行わせることで、車両の運動エネルギーを回生してバッテリ5に蓄電する。
【0020】
<電動モータの駆動制御>
電動モータコントローラ4は、図2に示す制御プログラム(メインルーチン)を実行して、電動モータ2の駆動制御を以下のごとくに行う。
ステップS201においては、このステップ以降における制御演算に必要な信号を、各種センサからの入力情報として、または他のコントローラから通信により取得する。
【0021】
なお電流センサ8から取得した電動モータ2の三相電流iu、iv、iwは、三者の合計が0になることから、例えばiwはセンサ入力せず、iuとivの値から計算で求めても良い。
回転センサ7から取得した電動モータ2の回転子位相α(電気角)[rad]は、これを微分することで、電動モータ2の回転子角速度ω(電気角)[rad/s]を求めるのに用い得る。
【0022】
また、この回転子角速度ω(電気角)を電動モータ2の極対数で割り、電動モータ2の機械的な角速度である回転子機械角速度ωm[rad/s]を求めた後、[rad/s]から[rpm]への単位変換係数(60/2π)を掛けることによりモータ回転数Nm[rpm]を求める。
【0023】
車速V[km/h]は、スピードメータや、ブレーキコントローラ等の他のコントローラより通信にて取得するか、回転子機械角速度ωmにタイヤ動半径Rを掛け、ファイナルギヤ比で割ることにより車両速度v[m/s]を求め、[m/s]から[km/h]への単位変換係数(3600/1000)を施すことで求める。
【0024】
アクセル開度θ[%]は、図示せざるアクセル開度センサにより直接取得する。
直流電圧値Vdc[V]は、直流電源ラインに備え付けられた電圧センサ、またはバッテリコントローラより送信される電源電圧値により求める。
【0025】
ステップS202においては、電動モータ2の基本的な目標トルクを算出する処理を行う。
この基本目標トルク算出処理では、アクセル開度θおよび車速V(回転数)に基づき、図3に示す予定のアクセル開度-トルクテーブルより、第1のトルク指令値である基本目標トルク指令値Tm*を設定する。
【0026】
ステップS203においては、加速レスポンス向上補償用に電動モータ2のトルクブーストを行う。
このトルクブースト処理は、上記の基本目標トルク指令値Tm*に対し、加速レスポンスを向上させるための補償演算を行い、第2のトルク指令値であるレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'を算出するものである。
しかし本実施例においては、このトルクブースト処理に対し、回転子角速度ωまたはモータ回転数Nmを用いて、モータロック時の対策をも行うため、本トルクブースト処理については後で詳述する。
【0027】
ステップS204においては、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'に対する車輪駆動系のねじり振動による影響を抑制する制振制御を行う。
この制振制御では、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'と回転子角速度ωとを入力し、駆動軸トルク(車両前後加速度)の応答を犠牲にすることなく、車輪駆動系のねじり振動による影響を抑制した第3のトルク指令値である制振制御後・トルク指令値Tm*"を算出する。
制振制御の詳細説明は、特許文献1に記載されていると同様なものであることから、省略する。
【0028】
ステップS205においては、電動モータ2への電流指令値を算出する。
この電流指令値算出処理では、ステップS204で算出した制振制御後・トルク指令値Tm*"と、電動モータ2の回転子速度ωおよび直流電圧値Vdcから、dq軸電流目標値id*、iq*をテーブルより検索して求める。
【0029】
ステップS206においては、電動モータ2への電流を制御する。
この電流制御では、まず三相電流値iu、iv、iwと、電動モータ2の回転子位相αとからdq軸電流値id、iqを演算する。
次に、ステップS205で算出したdq軸電流目標値id*、iq*と、dq軸電流id、iqとの偏差からdq軸電圧指令値vd、vqを演算する。
なお、この部分には非干渉制御を加えることもできる。
【0030】
その後、dq軸電圧指令値vd、vqと、電動モータ2の回転子位相αとから三相電圧指令値vu、vv、vwを演算する。
この三相電圧指令値vu、vv、vwと、直流電圧VdcとからPWM信号(on duty)tu[%]、tv[%]、tw[%]を演算する。
このようにして求めたPWM信号によりインバータ6のスイッチング素子を開閉制御することにより、電動モータ2をトルク指令値で指示された所望のトルクで駆動させることができる。
【0031】
<トルクブースト制御>
図2のメインルーチンにおけるステップS203で行うレスポンス向上補償(トルクブースト処理)を以下に詳述する。
このレスポンス向上補償(トルクブースト処理)は、車両の加速時に所定時間中、電動モータ2のトルク指令値を嵩上げしてモータ駆動電流を増大させる処理で、例えば図4に機能別ブロック線図で示すごとくに当該処理を遂行する。
【0032】
レスポンス向上補償器401は、図2のステップS202で求めた基本目標トルク指令値Tm*に対するレスポンス向上分を算出するため、
( τ2-1 ) s / ( τ1s + 1 ) ・・・(1)
で表される、一次遅れ特性と一次進み特性とを有したフィルタを用いて、レスポンス向上補償トルクTm*1を求める。
ここで上式における(τ2-1)は、(τ2−τ1)を省略した表記であり、正確に表記すると式(1)は次式のように表される。
( τ2 - τ1 ) s / ( τ1s + 1 ) ・・・(2)
なお、τ2およびτ1の値は特許文献1に記載されている通りのもので、τはトルク指令値の減衰特性を決める時定数、τは、トルク指令値の立上りを決める時定数である。
【0033】
リミッタ402は、レスポンス向上補償トルクTm*1に対し、これが正の値である場合は制限を行わず、これが負の値である場合のみTm*1=0に制限するリミッタ処理を施して、リミット補償トルクTm*2を算出する。
【0034】
トルクブースト禁止判定部403は、電動モータ回転数Nmと、パワー素子の温度Tjと、基本目標トルク指令値Tm*とに応じて、後で詳述するトルクブースト禁止判定処理を実施し、ブースト許可係数Kbstを算出する。
ブースト許可係数Kbstは、トルクブースト処理を許可する際は1、トルクブースト処理を禁止する際は0になるものとし、更にトルクブースト処理を部分的に許可する場合は、0〜1の間の値になるものとする。
【0035】
乗算器404は、リミッタ402からのリミット補償トルクTm*2と、トルクブースト禁止判定部403からのブースト許可係数Kbstとを掛け合わせることにより、トルクブースト禁止判定後トルクTm*3を算出する。
従って、当該トルクブースト禁止判定後トルクTm*3(=Kbst×Tm*2 )は、トルクブースト禁止時は0となり、トルクブースト許可時はTm*2となる。
【0036】
加算器405は、基本目標トルク指令値Tm*に、乗算器404からのトルクブースト禁止判定後トルクTm*3を加算することにより、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'を算出する。
【0037】
図4の機能別ブロック線図につき上述したようにして求めたレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'は、加速時に、パワー素子の熱上昇を限界温度未満に抑えつつ、電動モータ2の出力トルクを過渡的に上昇させ得て、加速レスポンスと加速性能を向上させることができる。
【0038】
図4におけるトルクブースト禁止判定部403を、図5の機能別ブロック線図に基づき以下に詳述する。
モータロック対応トルクブースト許可係数算出部501は、詳細を後述するが、電動モータ2がモータロック状態である時にトルクブーストを禁止するためのモータロック対応トルクブースト許可係数Klockを算出する。
【0039】
ねじり振動に基づくブースト許可判定部502は、詳細を後述するが、実測した電動モータ2の回転数Nmを基に車輪ドライブシャフトのねじり振動の有無を判定し、ドライブシャフトのねじり振動の有無に応じてトルクブーストを禁止するか否かを決定すべく、ねじり振動によるブースト許可フラグf1を、
ねじり振動非検知の場合、f1 = 0 (トルクブースト禁止)
ねじり振動検知の場合、 f1 = 1 (トルクブースト許可)
のように設定する。
【0040】
パワー素子温度に基づくブースト許可判定部503は、パワー素子の温度Tjと設定温度Tj_thとの比較結果に応じて、パワー素子温度によるブースト許可フラグf2を、
Tj ≧ Tj_thの場合、f2 = 0 (トルクブースト禁止)
Tj < Tj_thの場合、f2 = 1 (トルクブースト許可)
のように設定する。
なお上記の設定温度Tj_thは、パワー素子の温度が熱破壊に至る限界温度、または熱制限を施す限界温度まで、容易に達することのない程度に低い温度とする。
よってパワー素子温度に基づくブースト許可判定部503は、本発明におけるパワー素子温度判定手段に相当する。
【0041】
トルク指令値に基づくブースト許可判定部504は、基本目標トルク指令値Tm*と、トルク設定値Tm0との比較結果に応じて、トルク指令値によるブースト許可フラグf3を、
Tm* ≧ Tm0の場合、f3 = 0 (トルクブースト禁止)
Tm* < Tm0の場合、f3 = 1 (トルクブースト許可)
のように設定する。
なお上記のトルク設定値Tm0は、パワー素子の温度が熱破壊に至る限界温度、または熱制限を施す限界温度まで、容易に達することのない程度に低いトルク指令値とする。
従ってトルク指令値に基づくブースト許可判定部504は、本発明における要求モータトルク判定手段に相当する。
【0042】
トルクブースト許可係数算出部505は、算出部501からのモータロック対応トルクブースト許可係数Klockと、判定部502からのねじり振動によるブースト許可フラグf1と、判定部503からのパワー素子温度によるブースト許可フラグf2と、判定部504からのトルク指令値によるブースト許可フラグf3とを基に、図6の制御プログラムを実行してトルクブースト許可係数Kbstを算出する。
【0043】
図6のステップS601においては、ねじり振動によるブースト許可フラグf1と、パワー素子温度によるブースト許可フラグf2と、トルク指令値によるブースト許可フラグf3とのAND演算を行い、
フラグf1、f2、f3のいずれか1つでも0である場合は、トルクブースト許可フラグfbstをfbst=0(トルクブースト禁止を含む制限)とし、フラグf1、f2、f3の全てが1である場合に限り、トルクブースト許可フラグfbstをfbst=1(トルクブースト許可)にする。
【0044】
ステップS602においては、ステップS601で上記のごとくに定められたトルクブースト許可フラグfbstに応じ、fbst=1であれば、トルクブースト許可であるから、制御をステップS603に進めてトルクブースト許可係数Kbstを1とし、fbst=0であれば、トルクブースト禁止(制限)であるから、制御をステップS604に進めてトルクブースト許可係数Kbstに、図5のモータロック対応トルクブースト許可係数算出部501で求めたKlockをセットする。
【0045】
<モータロック対応トルクブースト許可係数の演算>
図5のモータロック対応トルクブースト許可係数算出部501でモータロック対応トルクブースト許可係数Klockを求める要領を以下に説明する。
本実施例では、図7の機能別ブロック線図に基づき、モータロック対応トルクブースト許可係数Klockを以下のように求める。
トルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701は、後で詳述するが車輪駆動系の振動に伴う問題を解消するため、実測した電動モータ回転数Nmから車輪駆動系の振動による影響を排除したトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を算出する。
モータロック対応トルクブースト許可係数算出部702は、算出部701で求めたトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を用いて、モータロック対応トルクブースト許可係数Klockを算出する。
【0046】
モータロック対応トルクブースト許可係数算出部702がトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'からモータロック対応トルクブースト許可係数Klockを算出する要領は、例えば図8(a)に示すごときものである。
【0047】
つまり、モータロック対応トルクブースト許可係数算出部702はトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'をモータ回転数として用い、
このモータ回転数Nm'が図8(a)における所定回転数N1以下である時をもって電動モータ2がモータロック状態であるとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=0に設定することによりトルクブーストを禁止して、モータロックによる急な温度上昇を抑制するようにし、
モータ回転数Nm'が図8(a)における所定回転数N1を越えている時をもって電動モータ2がモータロック状態でないとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=1に設定することによりトルクブーストを禁止せず、これを許可する。
【0048】
従ってモータロック対応トルクブースト許可係数算出部702は、本発明におけるモータロック判定手段およびトルクブースト禁止手段に相当する。
【0049】
但し図8(a)では、モータ回転数Nm'が検出ノイズや路面状況により所定回転数N1の近辺で振動する場合、トルクブースト禁止判定が禁止・許可を繰り返すハンチング現象を生じて制御が不安定になる。
これを防止するために図8(b)に示すごとくヒステリシスを設定し、モータ回転数Nm'が所定回転数N1を越えている時をもって電動モータ2がモータロック状態でないとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=1に設定し、
モータ回転数Nm'が所定回転数N2(<N1)以下である時をもって電動モータ2がモータロック状態であるとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=0に設定するのがよい。
【0050】
なお図8(a),(b)における所定回転数N1の決定に際しては、所定のモータトルクとなるよう電動モータ2を制御した場合のパワー素子のジャンクション温度の上昇度合いを、モータ回転数ごとに計測し、
パワー素子のジャンクション温度が問題となるほど急な上昇を呈することのないモータ回転数を所定回転数N1と定める。
かように所定回転数N1を定めることで、問題となるほど急な温度上昇を起こすモータ回転領域では、確実にトルクブーストを禁止して、当該急な温度上昇が発生するのを防止することができる。
【0051】
また図8(a),(b)における所定回転数N1の決定に際しては、以下のように当該決定を行ってもよい。
つまり、平坦路で停車状態からアクセルペダルの踏み込により電動モータトルクを発生させて行う発進加速において、図8(a),(b)のトルクブースト禁止処理を行った場合と、このトルクブースト禁止処理を行わず従来通りトルクブーストを行った場合とで、車両前後加速度の立ち上がりの差が設定加速度差ΔG1以内の範囲となるモータ回転数を所定回転数N1と定めてもよい。
ここで設定加速度差ΔG1は、実験により一般的な運転者がショックとして感じない加速度変動差とし、例えば0.02G等に設定する。
【0052】
図8(a),(b)における所定回転数N1の決定に際しては更に、以下のように当該決定を行ってもよい。
つまり、平坦路での発進加速において、電動モータ要求負荷であるアクセル開度が0%の場合は、モータ回転数が第1設定時間t1以内に設定回転数N1に達し、アクセル開度が全開の100%の場合は、モータ回転数が第2設定時間t2内に設定回転数N1に達するようなモータ回転数を設定回転数N1と定めてもよい。
ここで第1設定時間t1および第2設定時間t2は、一般的な運転者がショックとして感じない時間とし、例えばt1=0.8s、t2=0.1s等に設定する。
【0053】
以上のように所定回転数N1を決定することで、トルクブースト禁止処理の有無に関わらず、発進加速時の加速感に運転者が明確な差を感じることがないため、違和感なしにトルクブーストによる所望の加速レスポンスと加速性能を実現することができる。
【0054】
図7のモータロック対応トルクブースト許可係数算出部702は、図8に代わる図9の要領で、モータ回転数Nm'からモータロック対応トルクブースト許可係数Klockを算出するようにしてもよい。
図9(a)は、図8(a)のようにトルクブースト許可係数Klockを、0=禁止と、1=許可との二者択一の値のみにするのではなく、モータ回転数Nm'の変化に応じトルクブースト許可係数Klockに、0〜1の中間値をも設定し得るようにし、これによりトルクブーストを部分的に許可することができるようにしたものである。
【0055】
つまり図9(a)に示すごとく、モータ回転数Nm'が所定回転数N3(前記したN1と同様な趣旨により定める)以下である時をもって電動モータ2がモータロック状態であるとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=0に設定することによりトルクブーストを禁止して、モータロックによる急な温度上昇を抑制するようにし、
モータ回転数Nm'が所定回転数N4(>N3)を越えている時をもって電動モータ2がモータロック状態でないとし、トルクブースト許可係数KlockをKlock=1に設定することによりトルクブーストを禁止せず、これを許可する。
そして、モータ回転数Nm'が所定回転数N3〜N3の値である時は、モータ回転数Nm'の上昇につれてトルクブースト許可係数Klockを0から1まで連続的に増大させ、これによりトルクブーストを禁止状態から部分的に許可しつつ徐々にトルクブースト完全許可状態に移行するようになす。
【0056】
図9(a)に示すトルクブースト許可係数Klockの決定要領によれば、以下の効果が奏し得られる。
図8(a)に示すトルクブースト許可係数Klockの決定要領では、トルクブースト禁止から許可に切り替わった場合に、トルクブースト許可係数Klockが0から1へとステップ的に変化するため、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'がステップ的に増大し、大きなトルク変動によるショックや前後加速度変化を生ずる。
しかし図9(a)に示すトルクブースト許可係数Klockの決定要領では、トルクブースト禁止から許可に切り替わる時におけるトルクブースト許可係数Klockの変化が、モータ回転数Nm'の上昇割合に応じて滑らかに0から1へと徐々に変化するため、レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'の増大も滑らかで、大きなトルク変動によるショックや前後加速度変化を生ずることがない。
【0057】
但し図9(a)でも、モータ回転数Nm'が検出ノイズや路面状況により振動する場合、図8(a)につき前述した制御のハンチングを生じて制御が不安定になる。
これを防止するために図9(b)に示すごとくヒステリシスを設定し、モータ回転数Nm'がN4よりも低い所定回転数N5まで低下した時から、N3よりも低い所定回転数N6まで低下する間、トルクブースト許可係数Klockを、モータ回転数Nm'の低下につれ徐々に1から0へと低下させるようにするのがよい。
【0058】
次に、図7のトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701が、車輪駆動系の振動に伴う問題を解消するため、実測した電動モータ回転数Nmから車輪駆動系の振動による影響を排除してトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を算出する要領を説明する。
実測した電動モータ回転数Nmをそのまま電動モータ2のトルクブースト制御に用いると、これが車輪駆動系の振動による影響を受けて制御を不正確にすることから、トルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701による上記の処理が必要である。
【0059】
先ず、図1のごとく電動モータ2の動力が減速機3や、これから左右方向へ延在するドライブシャフトを介して駆動輪1L,1Rへ伝達される車両において、実測した電動モータ回転数Nmをそのまま電動モータ2のトルクブースト制御に用いた場合における、車輪駆動系の振動による影響を説明する。
【0060】
上記車両の停車状態からの発進加速では、図2の電動モータ駆動制御により電動モータ2のトルクが、アクセルペダルの踏み込み量に応じて立ち上がる。
このとき電動モータ2のトルクの立ち上がりに伴い、減速機3内のギヤやドライブシャフトを含む車輪1L,1Rの駆動系が、ギヤのバックラッシュやドライブシャフトの捩れに起因してねじり振動を生ずる。
そのため、回転センサにより計測した電動モータ2の回転数Nmは、図16(a)の発進加速(スロットル開度θの立ち上がり)瞬時t1の直後に見られるように、一旦上昇することになる。
【0061】
そしてギヤが噛み合い、ドライブシャフトが捩れきった段階で、電動モータ2の実測回転数Nmは、図16(a)の発進加速瞬時t1以降における経時変化をたどって、車速相当の値に落ち着くよう低下する。
その後モータ実測回転数Nmは、車速の上昇に比例して図16(a)に例示するごとくに上昇する。
【0062】
仮に図7のモータロック対応トルクブースト許可係数算出部702が、かように経時変化する実測した電動モータ回転数Nmをそのまま用い、図8,9に示す要領でトルクブースト許可係数Klockを算出すると、モータ回転数の閾値N1〜N6の設定次第でトルクブースト許可係数Klockが、0(トルクブースト禁止)および1(トルクブースト許可)間で頻繁に切り替わったり、大きな段差を持って急変する。
従って、このトルクブースト許可係数Klockにより前記のごとくに決定されるレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'が、図16(a)の発進加速瞬時t1の直後に見られるように振動的となり、ショックや、違和感のある前後加速度変動を発生させるという問題がある。
【0063】
そこで図7のトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701は、実測モータ回転数Nmに代えトルクブースト禁止判定に用いるトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を、以下の第1の要領、または第2の要領により求めて、同図の算出部702で求めるトルクブースト許可係数Klockの演算(トルクブースト禁止判定)に資する。
【0064】
[第1の要領]
図7のトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701が第1の要領でトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を演算するに際しては、図10に示す制御プログラムを実行して、実測モータ回転数Nmに対し、その値が低下している時にのみ遅れフィルタ処理を施すことにより、トルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を演算する。
先ずステップS1001において、実測モータ回転数Nmに対し、その値が低下している時にのみ有効な遅れフィルタを用いたフィルタ処理により、遅れフィルタ演算モータ回転数NmLを求める。
【0065】
この遅れフィルタ処理は、例えば下式で表される遅れフィルタ演算を実施することで求める。
NmL=T0×(Nm+Nm_z)/(2τ3+T0)+(2τ3−T0)×(NmL_z)/(2τ3+T0) ・・・(3)
但し、
T0:制御サンプリング時間[s]
τ3:遅れフィルタの時定数[s]
Nm_z:実測モータ回転数Nmの1サンプル前の値
NmL_z:遅れフィルタ演算モータ回転数NmLの1サンプル前の値
であるが、Nm_z、NmL_zは共に、後述のステップS1004またはステップS1006において設定する。
【0066】
次のステップS1002においては、実測モータ回転数Nmと、ステップS1001で求めた遅れフィルタ演算モータ回転数NmLとの差分diffNを求める。
diffN = Nm − NmL ・・・(4)
この差分diffNは、実測モータ回転数Nmの上昇時は上記の遅れフィルタ処理を行わず、減少時にのみ上記の遅れフィルタを施して遅れフィルタ演算モータ回転数NmLを求めるために算出する。
なお差分diffNの演算に当たっては、実測モータ回転数Nmの上昇・減少を確実に検出するため、遅れフィルタ演算モータ回転数NmLの代わりに、1サンプル前の値NmL_zを用いても良く、次式の演算により差分diffNを求めてもよい。
diffN = Nm − NmL_z ・・・(5)
【0067】
次のステップS1003においては、ステップS1002で算出した差分diffNを基に、実測モータ回転数Nmの上昇・減少を判定する。
ステップS1003でdiffN≧0であると判定する場合は、Nm≧NmLであって、少なくとも実測モータ回転数Nmが減少していないことから、上記の遅れフィルタ処理を行わせないで、トルクブースト禁止判定用電動モータ回転数Nm'を電動モータ回転数Nmに一致させる必要があるため、制御を順次ステップS1004およびステップS1005に進める。
【0068】
上記の必要に鑑みステップS1004においては、式(3)の演算に用いる、実測モータ回転数Nmの1サンプル前の値Nm_z、および遅れフィルタ演算モータ回転数NmLの1サンプル前の値NmL_zをそれぞれ、次式で示すごとくNmに一致させてリセットする。
Nm_z = Nm ・・・(6)
NmL_z = Nm ・・・(6)
またステップS1005においては、トルクブースト禁止判定用電動モータ回転数Nm'に次式で表されるように実測モータ回転数Nmをセットする。
Nm'= Nm ・・・(7)
【0069】
ステップS1003でdiffN<0であると判定する場合は、Nm<NmLであって、実測モータ回転数Nmが減少していることから、上記の遅れフィルタ処理を行わせて、トルクブースト禁止判定用電動モータ回転数Nm'を、実測モータ回転数Nmの遅れフィルタ処理値に一致させる必要があるため、制御を順次ステップS1006およびステップS1007に進める。
【0070】
上記の必要に鑑みステップS1006においては、式(3)の演算に用いる、実測モータ回転数Nmの1サンプル前の値Nm_z、および遅れフィルタ演算モータ回転数NmLの1サンプル前の値NmL_zをそれぞれ、次式で示すごとく現在演算した値Nm,NmLで更新する。
Nm_z = Nm ・・・(8)
NmL_z = NmL ・・・(8)
またステップS1007においては、トルクブースト禁止判定用電動モータ回転数Nm'に次式で表されるように、実測モータ回転数Nmの遅れフィルタ処理値である遅れフィルタ演算モータ回転数NmLをセットする。
Nm'= NmL ・・・(9)
【0071】
図7のトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701が図10による上記した第1の要領でトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmL)を演算し、このトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmL)を、同図の算出部702で求めるトルクブースト許可係数Klockの演算(トルクブースト禁止判定)に資する場合は、
図16(a)と同じ条件でのタイムチャートである図16(b)に示すように、トルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmL)が車輪駆動系の振動による影響を排除されて滑らかになる。
【0072】
従って、このトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmL)から求めたトルクブースト許可係数Klockにより決定されるレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も、図16(b)に実線で示すごとく車輪駆動系の振動による影響を排除され、図16(a)の場合と同じトルク波形である破線波形より滑らかなものとなり、
レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*' が、振動的となってショックや、違和感のある前後加速度変動を発生させるという問題を回避することができる。
【0073】
なお、前記(3)式による遅れフィルタ演算モータ回転数NmLの演算に際して用いる遅れフィルタの時定数τ3は、パワー素子の温度Tjに応じて図11に示すごとくに変化するものとする。
図11に示した遅れフィルタの時定数τ3は、予め計測しておいたパワー素子の熱時定数よりも小さな時定数に設定する。このようにすることで、例えば停車状態から一度発進した後に、傾斜変化等で再度停車した際のモータロックに対しても、急激な熱上昇の前にトルクブースト処理を禁止することができ、熱上昇を確実に防止することができる。
【0074】
一方で遅れフィルタの時定数τ3は、図11に示すごとく、パワー素子の温度Tjが低い領域では大きな値とし、パワー素子の温度Tjが高い温度領域では小さな値となるように設定する。
このようにすることで、パワー素子の温度Tjが高い領域では、トルクを抑える時間を速くすることができ、急激な熱上昇をより速く緩和することができ、臨界温度までの到達時間を少しでも稼ぐことができる。
【0075】
[第2の要領]
図7のトルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部701は、上記した第1の要領に代えて以下のような第2の要領でトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を演算することもできる。
第2の要領では、実測モータ回転数Nmを図12に示すようなノッチフィルタに通してフィルタ処理を行うことにより得られたノッチフィルタ演算モータ回転数NmNを、トルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'となす。
図12におけるノッチフィルタは、実測モータ回転数Nmから車輪駆動系のねじり振動成分を除去してノッチフィルタ演算モータ回転数NmNを求め、これをトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'とするもので、以下のように設定されたものとする。
【0076】
先ず、車両の駆動トルク入力と、駆動モータ回転速度の伝達特性のモデルGp(s)について説明する。
図13(a),(b)はそれぞれ、車輪駆動系に係わる駆動ねじり振動系の運動方程式を示す説明用の図であって、図13(a)は車両上方から見て示す平面図、図13(b)は車両の側方から見て示す側面図であり、これら図における各符号は、以下のことを意味するものとする。
Jm :電動モータのイナーシャ
Jw :駆動輪のイナーシャ
M :車両の質量
KD :駆動系のねじり剛性
KT :タイヤと路面の摩擦に関する係数
N :オーバーオールギヤ比
r :タイヤの荷重半径
ωm :電動モータの角速度
Tm :電動モータのトルク
TD :駆動輪のトルク
F :車両に加えられる力
V :車速
ωw :駆動輪の角速度
【0077】
そして図13より、駆動ねじり振動系の運動方程式を以下のように導くことができる。
Jm・ωm=Tm−TD/N ・・・(10)
2Jw・ωw=TD−rF ・・・(11)
MV=F ・・・(12)
TD=KD∫(ωm/N−ωw)dt ・・・(13)
F=KT(rωw−V) ・・・(14)
なお、符号の右上に付されている「*」は、時間微分を表す。
上記の運動方程式(10)〜(14)に基づいて、電動モータトルクから電動モータ回転数までの伝達特性Gp(s)を求めると、以下の式(15)〜(23)に示すごときものとなる。
Gp(s)=(b+b+bs+b)/s(a+a+as+a
・・・(15)
=2Jm・Jw・M ・・・(16)
=Jm(2Jw+Mr)KT ・・・(17) ・・・ 式(17)
=(Jm+2Jw/N)M・KD ・・・(18) ・・・ 式(18)
=(Jm+2Jw/N+Mr/N)KD・KT ・・・(19) ・・・ 式(19)
=2Jw・M ・・・(20)
=(2Jw+Mr)KT ・・・(21)
=M・KD ・・・(22)
=KD・KT ・・・(23)
【0078】
上記(6)式に示す伝達関数の極と零点を調べると、1つの極と1つの零点は極めて近い値を示す。
これは、次式(24)のαとβが極めて近い値を示すことに相当する。
Gp(s)=(s+β)(b′s+b′s+b′)
/s(s+α)(a′s+a′s+a′) ・・・(24)
従って、式(24)における極零相殺(α=βと近似する)を行うことにより、次式(25)に示す如き(2次)/(3次)の伝達特性Gp(s)を構成することができる。
Gp(s)=(b′s+b′s+b′)/s(a′s+a′s+a′)
・・・(25)
ここで、車両の駆動トルク入力と駆動モータ回転速度との伝達特性のモデルGp(s)である式(25)の分母の係数a′とa3′とを用いると、ねじり共振角速度ωnは次式で表される。
ωn=(a′/a′)1/2 ・・・(26)
【0079】
第2の要領では、上記したねじり共振角速度ωnなる周波数成分を電動モータ回転数Nmから除去あるいは低減させため、ノッチフィルタを用いる。
ノッチフィルタの伝達特性は次式で表されるようなものである。次式におけるζは、除去すべき周波数成分の幅を設定するためのパラメータである。
notch(s)=(s+ωn)/(s+2ζωns+ωn) ・・・(27)
この式で表されるノッチフィルタを実測モータ回転数Nmに通して、トルクブースト禁止判定用電動モータ回転数Nm'を、以下のように求める。
NmN = Gnotch(s)・Nm ・・・(28)
Nm'= NmN ・・・(29)
【0080】
このように構成することで、実測モータ回転数Nmからドライブシャフトのねじり振動成分が除去されるため、図16(a)と同じ条件でのタイムチャートである図16(c)に示すように、トルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmN)が車輪駆動系の振動による影響を排除されて滑らかになる。
従って、このトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'(=NmN)から求めたトルクブースト許可係数Klockにより決定されるレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も、図16(c)に実線で示すごとく車輪駆動系の振動による影響を排除され、図16(a)の場合と同じトルク波形である破線波形より滑らかなものとなり、
レスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*' が、振動的となってショックや、違和感のある前後加速度変動を発生させるという問題を回避することができる。
【0081】
図5のねじり振動に基づくブースト許可判定部502では前述したごとく、ドライブシャフトのねじり振動の有無に応じてトルクブーストを禁止するか否かを決定すべく、ねじり振動によるブースト許可フラグf1を設定するが、
ドライブシャフトのねじり振動の有無の判定、およびこの判定結果に基づくブースト許可フラグf1の設定を、図14,15に従って以下のように行う。
【0082】
図14のねじり振動推定値演算部1401では、図15に示すようにして、ドライブシャフトのねじり振動がどの程度発生しているかを示すねじり振動推定値Ntorsを算出する。
図15では、電動モータ2の実測回転数Nm中における、ドライブシャフトのねじり振動周波数以上の周波数成分を通過させるハイパスフィルタを用い、このハイパスフィルタに実測モータ回転数Nmを通して、フィルタ通過成分の大きさを検出するという処理により、ねじり振動推定値Ntorsを求める。
従って、このねじり振動推定値Ntorsは、ねじり振動による回転変化量を表す。
【0083】
図15での処理を説明するに、1501は、ドライブシャフトのねじり振動周波数以上の周波数成分を通過させるハイパスフィルタで、このハイパスフィルタ1501に実測モータ回転数Nmを通過させて、ハイパスフィルタ演算モータ回転数NmHを算出する。
絶対値演算部1502では、上記ハイパスフィルタ演算モータ回転数NmH の極性を除いた絶対値|NmHA|を求める。
【0084】
ハイパスフィルタ演算モータ回転数NmH の絶対値|NmHA|を、時定数τ4の遅れフィルタ1503に通して、ドライブシャフトのねじり振動がどの程度発生しているかを示すねじり振動推定値Ntorsを求める。
この遅れフィルタ1503は、図10につき前述したと同様なもの、つまりハイパスフィルタ演算モータ回転数NmH の絶対値|NmHA|が減少する時にのみ有効な遅れフィルタであってもよい。
【0085】
図14のねじり振動に基づくブースト許可判定部1402においては、演算部1401(図15に示す要領)で求めたねじり振動推定値Ntorsを基に、ねじり振動によるトルクブースト許可フラグf1を以下のごとくに設定する。
この設定に際してはねじり振動推定値Ntorsを、実車ベースで予め実験などにより定めておいたねじり振動判定用の設定値Ntors_th と比較し、
Ntors≧Ntors_thであれば、ねじり振動発生と見なして、トルクブースト許可フラグf1を1 (トルクブースト許可)とし、
Ntors <Ntors_thであれば、ねじり振動が発生していないと見なして、トルクブースト許可フラグf1を0(トルクブースト禁止)とする。
つまり、トルクブースト許可フラグf1を、
Ntors < Ntors_th(ねじり振動非発生)の場合、 f1 = 0 (トルクブースト禁止)
Ntors ≧ Ntors_th(ねじり振動発生)の場合、 f1 = 1 (トルクブースト許可)
に設定する。
従って、ねじり振動推定値演算部1401およびブースト許可判定部1402は、本発明におけるねじり振動検出手段に相当する。
【0086】
<実施例の作用効果>
上記した図示の実施例においては、電動モータ2の回転数(実施例では、実測回転数Nmではなく、図7の算出部701で車輪駆動系の振動による影響を排除したトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm')がモータロック状態を示す低回転域となった電動モータ2のモータロック状態では、トルクブースト許可係数Kbstを0にして、レスポンス向上補償用に行う電動モータ2のトルクブーストを禁止する。
【0087】
このため図示の実施例によれば、電動モータ2がモータロック状態である時、電動モータ2のトルクブーストを行わせないこととなり、この間のトルクブーストで電動モータ制御用パワー素子のジャンクション温度の上昇が加速されるのを防止することができ、
パワー素子が耐熱温度を超えて熱破壊に至る虞を緩和したり、パワー素子が早期に熱破壊に至るという問題を緩和することができる。
【0088】
また図示例によれば、電動モータ2がモータロック状態であるのを判定するに際し図7の算出部702で、電動モータ2の回転数が、図8につき前述したごとく、電動モータ制御用パワー素子を問題となるほど急速に温度上昇させるような回転数領域である時をもって、当該モータロック状態であると判定するため、
完全にモータ回転数が0rpmにならなくても、トルクブーストの禁止によりパワー素子の急激な熱上昇を抑えることができ、上記の作用効果を一層顕著なものにすることができる。
【0089】
更に図示例によれば、電動モータ2がモータロック状態であるのを判定するに際し図7の算出部702で、以下のように当該判定を行う。
つまり平坦路発進加速において、上記のトルクブースト禁止処理を行った場合と、この禁止を行わずにトルクブーストを強行した場合とで、車両前後加速度の立ち上がりの差が、図8につき前述した設定加速度差ΔG1以内の範囲となる設定回転数N1以下のモータ回転数である時をもって、モータロック状態であると判定し、
或いは、平坦路発進加速において、運転者による電動モータ要求負荷であるアクセル開度が0%の場合は、モータ回転数が第1設定時間t1以内に上記の設定回転数N1に達し、アクセル開度が全開の100%の場合は、モータ回転数が第2設定時間t2内に上記の設定回転数N1に達するようなモータ回転数である時をもって、モータロック状態であると判定する。
【0090】
そのため、上記したごとくパワー素子の急激な温度上昇を回避できるモータ回転数領域をモータロック状態と判定しつつ、運転者がトルクブーストの禁止措置の有無を感じないモータ回転数領域をモータロック状態と判定することとなり、
運転者にトルクブーストの禁止措置の有無を感じない態様で、パワー素子温度の急上昇を抑えながら、運転者に加速性能の向上を体感させることができる。
【0091】
図示例によれば更に、電動モータ2がモータロック状態であるのを判定するに際し図7の算出部702で、モータ回転数が図8(a)における所定回転数N1以下である時をもってモータロック状態であると判定するため、この判定を一層簡単に行うことができる。
【0092】
また、図9につき前述した要領でモータ回転数からモータロック対応トルクブースト許可係数Klock(トルクブースト許可係数Kbst)を算出し、このモータロック対応トルクブースト許可係数Klock(トルクブースト許可係数Kbst)が、モータ回転数の変化に応じ0〜1の中間値にも設定され得るようにしたため、
トルクブーストの禁止を解除するとき、電動モータ2の駆動トルクの嵩上げによる駆動力増大を、所定の時間変化勾配で徐々に行わせ得ることとなり、車両の前後加速度変化を滑らかにしてショックを抑制することができる。
【0093】
また図示例では、モータロック状態の判定に用いるモータ回転数として、実測モータ回転数Nmをそのまま用いず、図7の算出部701が図10に示す制御プログラムの実行により求めたトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を、つまり実測モータ回転数Nmに対し、その低下時にのみ有効な遅れフィルタ処理を施して得られたモータ回転数Nm'(=NmL)を用いるようにしたため、以下の作用効果を奏し得る。
【0094】
つまり図16(b)に基づき前述したごとく、発進加速瞬時t1の直後は車輪駆動系の振動による影響を受けて実測モータ回転数Nmが破線で示すごとくに振動的になり、トルクレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も破線で示すごとく振動的になるところながら、遅れフィルタ処理を施して得られたモータ回転数Nm'(=NmL)は、実線で示すごとく車輪駆動系の振動による影響を排除された滑らかなものとなり、トルクレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も実線で示すごとく滑らかなものとなる。
【0095】
このため、モータロック状態の判定に実測モータ回転数Nmをそのまま用いる場合に生ずる、図16(a)につき前述した問題、つまり実測モータ回転数Nmの振動によりトルクブーストの禁止・許可を繰り返すハンチング現象の問題を回避することができ、かかるハンチングに起因してショックが発生したり、大きな車両前後加速度変動が発生するという問題を回避することができる。
また、電動モータ2が一旦は回転したものの、路面傾斜変化等でモータ回転数=0の停止状態になる場合、モータ回転数の減少時にのみ有効な遅れフィルタ処理を施したモータ回転数Nm'(=NmL)は速やかに減少して、トルクブーストの禁止を速やかに行わせることができ、これによりパワー素子の急な温度上昇を抑制することができる。
【0096】
なお、上記したモータ回転数の減少時にのみ有効な遅れフィルタの時定数τを、本実施例においては図11に示すごとく、電動モータ制御用パワー素子の熱時定数よりも小さな時定数としたため、
車両が一度走り出した後に、路面傾斜変化等で再度停車した際における電動モータ2の停止時に、パワー素子が急に温度上昇する前から、トルクブーストの禁止行わせることができ、これによりパワー素子の急な温度上昇を抑制することができる。
【0097】
上記したモータ回転数の減少時にのみ有効な遅れフィルタの時定数τを、本実施例においては、パワー素子の温度Tjに応じて図11に示すごとくに変化するものとし、パワー素子の温度Tjが低温域にあるときは遅れフィルタの時定数τを大きな時定数とし、パワー素子の温度Tjが高温域にあるときは遅れフィルタの時定数τを小さな時定数としたため、
パワー素子の温度がTjが高くてパワー素子が耐熱温度に達し易いときに、小さな時定数でトルクを抑制する時間を速くし得て、パワー素子の急な温度上昇を一層速やかに緩和することができる。
【0098】
なお前記したごとく、モータロック状態の判定に用いるモータ回転数として、実測モータ回転数Nmをそのまま用いず、図7の算出部701が図12のつき前述したごとくに求めたトルクブースト禁止判定用モータ回転数Nm'を、つまり実測モータ回転数Nmに対し、車輪駆動系におけるねじり振動の固有振動成分を除去するノッチフィルタ処理を施して得られたモータ回転数Nm'(=NmN)を用いるようにしたため、以下の作用効果を奏し得る。
【0099】
つまり図16(c)に基づき前述したごとく、発進加速瞬時t1の直後は車輪駆動系の振動による影響を受けて実測モータ回転数Nmが破線で示すごとくに振動的になり、トルクレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も破線で示すごとく振動的になるところながら、ノッチフィルタ処理を施して得られたモータ回転数Nm'(=NmN)は、実線で示すごとく車輪駆動系の振動による影響を排除された滑らかなものとなり、トルクレスポンス向上補償後・トルク指令値Tm*'も実線で示すごとく滑らかなものとなる。
【0100】
このため、モータロック状態の判定に実測モータ回転数Nmをそのまま用いる場合に生ずる、図16(a)につき前述した問題、つまり実測モータ回転数Nmの振動によりトルクブーストの禁止・許可を繰り返すハンチング現象の問題を回避することができ、かかるハンチングに起因してショックが発生したり、大きな車両前後加速度変動が発生するという問題を回避することができる。
また、電動モータ2が一旦は回転したものの、路面傾斜変化等でモータ回転数=0の停止状態になる場合、モータ回転数の減少に伴い、上記ノッチフィルタ処理を施したモータ回転数Nm'(=NmN)も速やかに減少して、トルクブーストの禁止を速やかに行わせることができ、これによりパワー素子の急な温度上昇を抑制することができる。
【0101】
ところで本実施例においては、図5の判定部502が図14,15に従って、車輪駆動系のねじり振動がどの程度発生しているかを示すねじり振動推定値Ntorsを算出すると共に、このねじり振動推定値Ntorsから車輪駆動系におけるねじり振動の有無を判定し、ねじり振動が検出される場合、トルクブースト許可フラグf1を1 (トルクブースト許可)にして、トルクブーストの禁止を行わないようにしたため、以下の作用効果を奏し得る。
【0102】
つまり上記によれば、ねじり振動によるモータ回転の変動がある場合は、このモータ回転数に応じたトルクブーストの禁止が行われないこととなり、この間にトルクブーストの禁止を強行した場合における問題、つまりねじり振動によるモータ回転変動でトルクブーストの禁止・許可が繰り返され、かかるトルクブースト禁止・許可の繰り返しに起因してショックが発生したり、大きな車両前後加速度変動が発生するという問題を回避することができる。
【0103】
また本実施例においては、図5の判定部503がパワー素子の温度Tjと、前記のように定めた設定温度Tj_thとを比較し、Tj ≧ Tj_thである場合、パワー素子温度によるブースト許可フラグf2を0にしてトルクブースト禁止制御を実行させ、Tj < Tj_thである場合、パワー素子温度によるブースト許可フラグf2を1にしてトルクブーストを許可するようにしたため、以下の作用効果を奏し得る。
【0104】
つまり上記によれば、パワー素子の温度Tjが設定温度Tj_th未満である場合、トルクブーストの禁止を行わせないこととなり、
パワー素子の温度Tjが熱破壊を生ずる耐熱温度に至る可能性が少なく、トルクブースト処理を禁止する必要がない、設定温度Tj_th未満の低温域で、トルクブーストが無駄に禁止されて、トルクブーストによるレスポンス向上補償効果を享受できなくなるという問題を回避することができる。
他方、パワー素子の温度Tjが耐熱温度に至る可能性の高い設定温度Tj_th以上の高温域では、トルクブーストの禁止を行わせることとなり、
かかるトルクブーストの禁止により、パワー素子の温度Tjが耐熱温度に至って熱破壊を生じさせる事態を回避することができる。
【0105】
更に本実施例においては、図5の判定部504が基本目標トルク指令値Tm*と、前記のごとくに定めたトルク設定値Tm0とを比較し、Tm* ≧ Tm0であるの場合、トルク指令値によるブースト許可フラグf3を0にしてトルクブースト禁止制御を実行させ、Tm* < Tm0であるの場合、トルク指令値によるブースト許可フラグf3を1にしてトルクブーストを許可するようにしたため、以下の作用効果を奏し得る。
【0106】
つまり上記によれば、基本目標トルク指令値Tm*が設定トルクTm0未満である場合、トルクブーストの禁止を行わないこととなり、
パワー素子が熱破壊を生ずる耐熱温度に至る可能性が少なく、トルクブースト処理を禁止する必要がない、Tm*<Tm0の低負荷域で、トルクブーストが無駄に禁止されて、トルクブーストによるレスポンス向上補償効果を享受できなくなるという問題を回避することができる。
他方、パワー素子が耐熱温度に至る可能性の高いTm*≧Tm0の高負荷域では、トルクブーストの禁止を行わせることとなり、
かかるトルクブーストの禁止により、パワー素子が耐熱温度に至って熱破壊を生じさせる事態を回避することができる。
【符号の説明】
【0107】
1L,1R 左右駆動輪
2 電動モータ
3 減速機
4 電動モータコントローラ
5 バッテリ
6 インバータ
7 回転センサ
8 電流センサ
401 レスポンス向上補償器
402 リミッタ
403 トルクブースト禁止判定部
404 乗算器
405 加算器
501 モータロック対応トルクブースト許可係数算出部
502 ねじり振動に基づくブースト許可判定部
503 パワー素子温度に基づくブースト許可判定部
504 トルク指令値に基づくブースト許可判定部
505 トルクブースト許可係数算出部
701 トルクブースト禁止判定用モータ回転数算出部
702 モータロック対応トルクブースト許可係数算出部
1401 ねじり振動推定値演算部
1402 ブースト許可判定部
1501 ハイパスフィルタ
1502 絶対値演算部
1503 遅れフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動力の少なくとも一部を電動モータで賄うことにより目標駆動力での走行が可能であると共に、同じ目標駆動力の基でも前記電動モータの駆動トルクの嵩上げにより駆動力を増大させるトルクブーストも可能な電動車両において、
前記電動モータのモータロック状態を判定するためのモータロック判定手段と、
該手段によりモータロック状態であると判定されるとき前記トルクブーストを禁止するトルクブースト禁止手段とを具備してなることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記モータロック判定手段は、前記電動モータの回転数が、電動モータ制御用パワー素子を問題となるほど急速に温度上昇させるような回転数領域である時をもって、前記モータロック状態であると判定するものであることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記モータロック判定手段は、平坦路での発進加速において、前記トルクブーストの禁止を行わない場合と、該トルクブーストの禁止を行った場合とで、車両前後加速度の立ち上がりの加速度差が設定加速度差以下となる設定回転数以下の電動モータ回転数である時をもって、
または平坦路での発進加速において、運転者による電動モータ要求負荷が0%の場合は、前記電動モータの回転数が第1設定時間内に前記設定回転数に達し、電動モータ要求負荷が100%の場合は、前記電動モータの回転数が第2設定時間内に前記設定回転数に達するような電動モータ回転数である時をもって、前記モータロック状態であると判定するものであることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記モータロック判定手段は、前記電動モータの回転数が所定回転数以下である時をもって、前記モータロック状態であると判定するものであることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記トルクブースト禁止手段は、前記トルクブーストの禁止を解除するとき、前記電動モータの駆動トルクの嵩上げによる駆動力増大を、所定の時間変化勾配で徐々に行わせるものであることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記モータロック状態の判定に用いる前記電動モータ回転数の検出値に対し、該電動モータ回転数の低下時にのみ有効な遅れフィルタ処理を施し、該フィルタ処理した電動モータ回転数検出値を前記モータロック状態の判定に資するよう構成したことを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記遅れフィルタの時定数が、前記電動モータ制御用パワー素子の熱時定数よりも小さな時定数であることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記遅れフィルタの時定数が、前記電動モータ制御用パワー素子の低温度域では大きな時定数であり、高温度域では小さな時定数であることを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記モータロック状態の判定に用いる前記電動モータ回転数の検出値に対し、電動モータから駆動車輪に至る伝動系のねじり振動の固有振動成分を除去するノッチフィルタ処理を施し、該フィルタ処理した電動モータ回転数検出値を前記モータロック状態の判定に資するよう構成したことを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
前記電動モータから駆動車輪に至る伝動系のねじり振動を検出するねじり振動検出手段を設け、
該手段により前記伝動系のねじり振動が検出される場合、前記トルクブースト禁止手段が前記トルクブーストの禁止を行わないよう構成したことを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
電動モータ制御用パワー素子の温度が設定温度未満であるのを判定するパワー素子温度判定手段を設け、
該手段により前記電動モータ制御用パワー素子の温度が設定温度未満であると判定される場合、前記トルクブースト禁止手段が前記トルクブーストの禁止を行わないよう構成したことを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載された電動車両における電動モータの制御装置において、
車両運転状態に応じた電動モータのモータトルク要求値が設定トルク未満であるのを判定する要求モータトルク判定手段を設け、
該手段により前記モータトルク要求値が設定トルク未満であると判定される場合、前記トルクブースト禁止手段が前記トルクブーストの禁止を行わないよう構成したことを特徴とする電動車両における電動モータの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−229326(P2011−229326A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98649(P2010−98649)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】