説明

電動車両のブレーキ制御装置

【課題】回生制動力が不足する制動シーンにおいて、ポンプモータの作動を必要最小限に抑えることで、ポンプモータの耐久信頼性の向上を達成すること。
【解決手段】電動車両のブレーキ制御装置は、ブレーキ液圧発生装置1とVDCブレーキ液圧ユニット2とモータコントローラ8と統合コントローラ9を備えた。ブレーキ液圧発生装置1は、ブレーキ操作に応じた基本液圧を発生する。VDCブレーキ液圧ユニット2は、ポンプモータ21と液圧ポンプ22を有し、基本液圧の増圧・保持・減圧を制御する。モータコントローラ8は、走行用電動モータ5により発生する回生制動力を制御する。統合コントローラ9は、制動操作時、ドライバーが要求する減速度を基本液圧分と回生分の総和で達成し、不足する回生分を基本液圧の加圧分により補償する制御を行うと共に、基本液圧の加圧分による補償制御中、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じてポンプモータ21のオン・オフ制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドライバーが要求する減速度を基本液圧分と回生分の総和で達成し、不足する回生分を基本液圧の加圧分により補償する回生協調ブレーキ制御を行う電動車両のブレーキ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ドライバーによるブレーキ操作に応じた液圧を発生するブースタおよびマスタシリンダと、走行用電動モータにより発生する回生制動力を制御するハイブリッド制御ECUと、基本液圧に対して差圧(加圧分)を付加する液圧制動力制御装置と、を備える。制動操作時、ドライバーが要求する減速度を基本液圧分と回生分の和で達成する。そして、高車速域または停止前の低車速域などの回生制動力が不足するシーンにおいては、液圧制動力制御装置による加圧分で不足制動力を補償する車両用ブレーキ制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−168460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の車両用ブレーキ制御装置にあっては、制動時、回生制動力が不足するシーンにおいて、液圧制動力制御装置による加圧分で不足制動力を補償するように、常時、ポンプモータが作動する。このため、液圧制動力制御装置のポンプモータの作動時間が長くなると共に作動頻度が高くなり、例えば、ブラシモータを採用した場合は早期にブラシが摩耗する等、ポンプモータの耐久信頼性が低下する、という問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、回生制動力が不足する制動シーンにおいて、ポンプモータの作動を必要最小限に抑えることで、ポンプモータの耐久信頼性の向上を達成することができる電動車両のブレーキ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の電動車両のブレーキ制御装置は、基本液圧発生手段と、ブレーキ液圧アクチュエータと、回生制動力制御手段と、回生協調ブレーキ制御手段と、を備えた手段とした。
前記基本液圧発生手段は、ドライバーによるブレーキ操作に応じた基本液圧を発生する。
前記ブレーキ液圧アクチュエータは、前記基本液圧発生手段と各輪のキャリパとの間に介装され、ポンプモータにより駆動する液圧ポンプを有し、前記基本液圧の増圧・保持・減圧を制御する。
前記回生制動力制御手段は、駆動輪に連結された走行用電動モータに接続され、前記走行用電動モータにより発生する回生制動力を制御する。
前記回生協調ブレーキ制御手段は、制動操作時、ドライバーが要求する減速度を前記基本液圧分と前記回生分の総和で達成し、不足する回生分を前記基本液圧の加圧分により補償する制御を行うと共に、前記基本液圧の加圧分による補償制御中、前記回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じて前記ポンプモータのオン・オフ制御を行う。
【発明の効果】
【0007】
よって、制動操作時、回生協調ブレーキ制御手段において、ドライバーが要求する減速度を基本液圧分と回生分の総和で達成し、不足する回生分を基本液圧の加圧分により補償する制御が行われる。そして、基本液圧の加圧分による補償制御中、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じてポンプモータのオン・オフ制御が行われる。
すなわち、回生制動力が増加方向である場合、ブレーキ液圧アクチュエータは減圧動作だけになるため、ポンプモータにより液圧ポンプを駆動する必要がない。一方、回生制動力が減少方向である場合、ブレーキ液圧アクチュエータは増圧動作だけになるため、ポンプモータにより液圧ポンプを駆動する必要がある。したがって、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかを監視することによって、ポンプモータの作動要・作動不要を見極めることができ、ポンプモータの作動不要のシーンにおいて、ポンプモータを停止することで、無駄にポンプモータを作動することを防止できる。
このように、回生制動力が不足する制動シーンにおいて、ポンプモータの作動を必要最小限に抑えることで、ポンプモータの耐久信頼性の向上を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1のブレーキ制御装置を適用した後輪駆動による電気自動車(電動車両の一例)の構成を示すブレーキシステム図である。
【図2】実施例1のブレーキ制御装置におけるVDCブレーキ液圧ユニット(ブレーキ液圧アクチュエータの一例)を示すブレーキ液圧回路図である。
【図3】実施例1のブレーキ制御装置における統合コントローラで実行される回生協調ブレーキ制御処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】図3の回生協調ブレーキ制御処理における早期モータ起動処理の流れを示すフローチャートである。
【図5】制動操作時に負圧ブースタによりドライバー要求の減速度を得る場合のドライバー入力に対する減速度の関係を示す減速度特性図である。
【図6】制動操作時に負圧ブースタにより基本液圧を発生するようにドライバー要求の減速度からのオフセットギャップを設定した場合のドライバー入力に対する減速度の関係を示す減速度特性図である。
【図7】制動操作時にドライバー要求の減速度を負圧ブースタと回生ブレーキにより補償する最大回生トルク発生時のドライバー入力に対する減速度の関係を示す減速度特性図である。
【図8】制動操作時にドライバー要求の減速度を負圧ブースタと回生ブレーキとVDCブレーキ液圧ユニットにより補償する回生協調時のドライバー入力に対する減速度の関係を示す減速度特性図である。
【図9】実施例1のブレーキ制御装置における車速に対する走行用電動モータで発生する回生制動力による発生減速度の相関関係を示す図である。
【図10】実施例1のブレーキ制御装置における車速に対する目標減速度と各制動装置での発生減速度の相関関係を示す図である。
【図11】制動操作開始から停車するまでの車速・比較例でのポンプモータのON/OFF・実施例1でのポンプモータのON/OFFの各特性を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の電動車両のブレーキ制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1のブレーキ制御装置を適用した後輪駆動による電気自動車(電動車両の一例)の構成を示すブレーキシステム図である。図2は、実施例1のブレーキ制御装置におけるVDCブレーキ液圧ユニット(ブレーキ液圧アクチュエータの一例)を示すブレーキ液圧回路図である。以下、図1および図2に基づきブレーキシステム構成を説明する。
【0011】
実施例1のブレーキ制御装置のブレーキ減速度発生系は、図1に示すように、ブレーキ液圧発生装置1(基本液圧発生手段)と、VDCブレーキ液圧ユニット2(ブレーキ液圧アクチュエータ)と、ストロークセンサ3と、左前輪キャリパ4FLと、右前輪キャリパ4FRと、左後輪キャリパ4RLと、右後輪キャリパ4RRと、走行用電動モータ5と、を備えている。
【0012】
実施例1のブレーキ減速度発生系は、実車(エンジン車)に搭載されている既存のVDCシステム(VDCは、「Vehicle Dynamics Control」の略)を利用した構成による回生協調ブレーキシステムである。VDCシステムは、車両姿勢等をセンサによって感知し、オーバーステアと判断するとコーナー外側の前輪にブレーキをかけ、逆にアンダーステアと判断すると駆動パワーを落とすとともに後輪のコーナー内側のタイヤにブレーキをかける。これらのコントロールを、運転状況に応じて自動的に制御するVDC制御は、高速でのコーナー進入や急激なハンドル操作などによって車両姿勢が乱れた際に、横滑りを防ぎ、優れた走行安定性を発揮する。
【0013】
前記ブレーキ液圧発生装置1は、ドライバーによるブレーキ操作に応じた基本液圧を発生する基本液圧発生手段である。このブレーキ液圧発生装置1は、図1および図2に示すように、ブレーキペダル11と、負圧ブースタ12と、マスタシリンダ13と、リザーブタンク14と、を有する。つまり、ブレーキペダル11に加えられたドライバーのブレーキ踏力を、負圧ブースタ12により倍力し、マスタシリンダ13で基本液圧によるプライマリ液圧とセカンダリ液圧を作り出す。このとき、基本液圧で発生する減速度が、ドライバーの要求減速度より小さくなるように設計する。
【0014】
前記VDCブレーキ液圧ユニット2は、ブレーキ液圧発生装置1と各輪のキャリパ4FL,4FR,4RL,4RRとの間に介装され、ポンプモータ21により駆動する液圧ポンプ22を有し、基本液圧の増圧・保持・減圧を制御するブレーキ液圧アクチュエータである。そして、VDCブレーキ液圧ユニット2とブレーキ液圧発生装置1とは、プライマリ液圧管61とセカンダリ液圧管62により接続されている。VDCブレーキ液圧ユニット2と各輪のキャリパ4FL,4FR,4RL,4RRとは、左前輪液圧管63と右前輪液圧管64と左後輪液圧管65と右後輪液圧管66により接続されている。つまり、制動操作時、ブレーキ液圧発生装置1により発生した基本液圧を、VDCブレーキ液圧ユニット2により加圧(増圧・保持・減圧)し、各輪のキャリパ4FL,4FR,4RL,4RRに内蔵されているホイールシリンダに加えることで、液圧制動力を得るようにしている。
【0015】
前記VDCブレーキ液圧ユニット2は、図2に示すように、ポンプモータ21と、液圧ポンプ22と、リザーバー23,24と、圧力センサ25と、増圧・保持・減圧の各動作を制御するソレノイドバルブ類26と、を有する。このソレノイドバルブ類26としては、アウトレットバルブ26aと、インレットバルブ26bと、カットバルブ26cと、チェックバルブ26dと、サクションバルブ26eと、インレットソレノイドバルブ26fと、リターンチェックバルブ26gと、アウトレットソレノイドバルブ26hと、を有する。
【0016】
前記ストロークセンサ3は、ドライバーによるペダルストローク量を検出する手段である。このストロークセンサ3は、回生協調ブレーキ制御での必要情報である要求減速度を検出する構成として、既存のVDCシステムに対して追加された部品である。
【0017】
前記各キャリパ4FL,4FR,4RL,4RRは、前後各輪のブレーキディスクに設定され、VDCブレーキ液圧ユニット2からの液圧が内蔵されているホイールシリンダへ印加される。そして、ホイールシリンダへの液圧印加時、ブレーキパットによりブレーキディスクを挟圧することにより、前後輪に液圧制動力を付与する。
【0018】
前記走行用電動モータ5は、左右駆動輪の走行用駆動源として設けられ、駆動モータ機能と発電ジェネレータ機能を持つ。この走行用電動モータ5は、力行時、バッテリ電力を消費しながらのモータ駆動により、左右駆動輪へ駆動力を伝達する。そして、回生時、左右後輪の回転駆動に負荷を与えることで電気エネルギーに変換し、発電分をバッテリへ充電する。つまり、左右後輪の回転駆動に与える負荷が、回生制動力となる。
【0019】
実施例1のブレーキ制御装置のブレーキ減速度制御系は、図1に示すように、ブレーキコントローラ7と、モータコントローラ8(回生制動力制御手段)と、統合コントローラ9と、を備えている。
【0020】
前記ブレーキコントローラ7は、回生協調ブレーキ制御時、統合コントローラ9からの制御指令とVDCブレーキ液圧ユニット2の圧力センサ25からの圧力情報を入力する。そして、所定の制御則にしたがって、VDCブレーキ液圧ユニット2のポンプモータ21とソレノイドバルブ類26に対し駆動指令を出力する。このブレーキコントローラ7では、回生協調ブレーキ制御以外に、上記VDC制御やTCS制御やABS制御、等を行う。
【0021】
前記モータコントローラ8は、駆動輪である左右後輪に連結された走行用電動モータ5に接続され、走行用電動モータ5により発生する回生制動力を制御する回生制動力制御手段である。このモータコントローラ8は、走行時、走行状態や車両状態に応じて走行用電動モータ5により発生するモータトルクやモータ回転数を制御する機能も併せ持つ。
【0022】
前記統合コントローラ9は、制動操作時、ドライバーが要求する減速度を基本液圧分と回生分の総和で達成し、不足する回生分を基本液圧の加圧分により補償する回生協調ブレーキ制御を行う。そして、この回生協調ブレーキ制御と共に、基本液圧の加圧分による補償制御中、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じてポンプモータ21のオン・オフ制御を行う。この統合コントローラ9には、バッテリコントローラ91からのバッテリ充電容量情報や車速センサ92からの車速情報やブレーキスイッチ93からのブレーキ操作情報、等が入力される。
【0023】
図3は、実施例1のブレーキ制御装置における統合コントローラ8で実行される回生協調ブレーキ制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、図3の各ステップについて説明する。
【0024】
ステップS1では、ブレーキスイッチ93からのスイッチ信号に基づき、制動操作中であるか否かを判断する。YES(制動操作中)の場合はステップS2へ進み、NO(非制動操作中)の場合はリターンへ進む。
なお、この判断では、バッテリコントローラ91からのバッテリ充電容量により、回生協調ブレーキ制御可能(バッテリ充電余裕有り)であるかどうかも併せて判断する。
【0025】
ステップS2では、ステップS1での制動操作中であるとの判断に続き、車速センサ92から車速Vを読み込み、ステップS3へ進む。
【0026】
ステップS3では、ステップS2での車速Vの読み込みに続き、車速Vが、V=0(停車中)であるか否かを判断する。YES(V=0)の場合はステップS4へ進み、NO(V≠0)の場合はステップS5へ進む。
【0027】
ステップS4では、ステップS3でのV=0であるとの判断に続き、ポンプモータ21を停止し、リターンへ進む。
【0028】
ステップS5では、ステップS3でのV≠0であるとの判断に続き、車速Vが、0<V≦V1であるか否かを判断する。YES(0<V≦V1)の場合はステップS6へ進み、NO(V>V1)の場合はステップS7へ進む。
ここで、第1設定車速V1とは、回生制動力による発生減速度が最大回生域から低下を開始する停止域開始車速しきい値である(図9参照)。
【0029】
ステップS6では、ステップS5での0<V≦V1(回生制動力減少方向の車速範囲)であるとの判断に続き、ポンプモータ21を起動し、リターンへ進む。
【0030】
ステップS7では、ステップS5でのV>V1であるとの判断に続き、車速Vが、V1<V≦V2であるか否かを判断する。YES(V1<V≦V2)の場合はステップS8へ進み、NO(V>V2)の場合はステップS9へ進む。
ここで、第2設定車速V2とは、回生制動力による発生減速度の上昇により回生分のみでの補償可能な最大回生域開始車速しきい値である(図9参照)。
【0031】
ステップS8では、ステップS7でのV1<V≦V2(最大回生域車速範囲)であるとの判断に続き、図4に示す早期モータ起動処理のフローチャートへ進み、ステップS11へ進む。
【0032】
ステップS9では、ステップS7でのV>V2(回生制動力増加方向の車速範囲)であるとの判断に続き、回生量増加中であるか否かを判断する。YES(回生量増加中)の場合はステップS10へ進み、NO(回生量維持・減少中)の場合はステップS11へ進む。
【0033】
ステップS10では、ステップS9での回生量増加中であるとの判断に続き、ポンプモータ21を停止し、リターンへ進む。
【0034】
ステップS11では、ステップS8での早期モータ起動処理、あるいは、ステップS9での回生量維持・減少中であるとの判断に続き、ポンプモータ21を起動し、リターンへ進む。
【0035】
図4は、図3の回生協調ブレーキ制御処理における早期モータ起動処理(ステップS8)の流れを示すフローチャートである。以下、図4の各ステップについて説明する。
【0036】
ステップS81では、ポンプモータ21が停止中であるか否かを判断する。YES(モータ停止中)の場合はステップS82へ進み、NO(モータ起動中)の場合はリターンへ進む。
【0037】
ステップS82では、ステップS81でのモータ停止中であるとの判断に続き、すり替え車速である第1設定車速V1を読み込み、ステップS83へ進む。
【0038】
ステップS83では、ステップS82でのすり替え車速“V1”の読み込みに続き、現在の車速Vを算出し、ステップS84へ進む。
【0039】
ステップS84では、ステップS83での現在の車速Vの算出に続き、現在の減速度Gを算出し、ステップS85へ進む。
現在の減速度Gは、算出処理周期Δtでの前回の車速V(n-1)から現在の車速V(n)の差により算出する。
【0040】
ステップS85では、ステップS84での現在の減速度Gの算出に続き、すり替え車速“V1”までの到達予測時間tを算出し、ステップS86へ進む。
到達予測時間tは、
t=(V−V1)/G
の式により算出する。
【0041】
ステップS86では、ステップS85での到達予測時間tの算出に続き、ポンプモータ21に対し再起動指令を出してから液圧ポンプ22からブレーキ液の吐出を開始するまでの遅れ時間であるモータ応答時定数Tを読み込み、ステップS87へ進む。
【0042】
ステップS87では、ステップS86でのモータ応答時定数Tを読み込みに続き、到達予測時間tがモータ応答時定数T以下になったか否かを判断する。YES(t≦T)の場合はステップS11(モータ起動)へ進み、NO(t>T)の場合はリターンへ進む。
【0043】
次に、作用を説明する。
まず、「VDCを利用した回生協調ブレーキシステムについて」の説明を行う。続いて、実施例1の電気自動車のブレーキ制御装置における作用を、「車速条件に基づくVDC利用の回生協調ブレーキ制御作用」、「回生制動力の増減方向によるポンプモータのオン・オフ制御作用」、「回生制動力減少時におけるポンプモータの早期起動制御作用」に分けて説明する。
【0044】
[VDCを利用した回生協調ブレーキシステムについて]
VDCを利用した回生協調ブレーキ制御は、ドライバーの要求減速度に対し、基本液圧分と回生分だけでは補償しきれないシーンが発生すると、VDCによって補償しきれない分の液圧を加圧し、ドライバーの要求減速度を達成する制御である。
この回生協調ブレーキ制御を行うためのVDCを利用した回生協調ブレーキシステムについて、図5〜図8に基づいて説明する。
【0045】
まず、既存のコンベンショナルVDCの場合、図5に示すように、制動操作時に負圧ブースタによりドライバー要求の減速度を得るようにしている。これに対し、図6に示すように、制動操作時に負圧ブースタにより基本液圧を発生するように、ドライバー要求の減速度からオフセットし、減速度のギャップを設定する。これによって、減速度のギャップ分がドライバー要求の減速度に対して不足することになる。そこで、図7に示すように、最大回生トルク発生時には、ドライバー要求の減速度を、負圧ブースタ(基本液圧分)と回生ブレーキ(回生分)により補償する。しかし、例えば、車速条件やバッテリ充電容量条件、等により、ドライバー要求の減速度に対し、不足する減速度を回生分だけでは補償することができない場合がある。そこで、図8に示すように、ドライバー要求の減速度を負圧ブースタ(基本液圧分)と回生ブレーキ(回生分)とVDCブレーキ液圧ユニット(加圧分)により補償する。
【0046】
したがって、既存のコンベンショナルVDCに対し、負圧ブースタの特性変更と、VDCブレーキ液圧ユニットの特性変更と、ストロークセンサの追加を行うだけで、VDCを利用した廉価な回生協調ブレーキシステムを構成することができる。つまり、コンベンショナルVDCの安全機能を拡張(安全機能+回生協調機能)することになる。しかし、この機能拡張の跳ね返りとして、VDCブレーキ液圧ユニットのポンプモータの作動頻度の高まりや作動時間の長時間化により、ポンプモータの耐久信頼性の低下という課題が新たに生じ、この対策が必要になる。
【0047】
[車速条件に基づくVDC利用の回生協調ブレーキ制御作用]
まず、走行用電動モータを回生モータとして使うとき、走行用電動モータによる回生制動力で発生する減速度を、図9に示す。通常、走行用電動モータは、高速域で回生トルクを発生できないため、高速域から第2設定車速V2に向けて車速が低下すると、車速低下にしたがって回生制動力で発生する減速度が増加する。そして、第2設定車速V2〜第1設定車速V1の車速域では、回生制動力が最大状態となる。一方、車両停止状態においても回生制動力は発生できないため、第1設定車速V1から車速0km/hにかけては、車速低下にしたがって徐々に回生制動力で発生する減速度が減少する。
【0048】
以上のように、回生制動力は、車速Vによって変化するため、例えば、車速Vが、V1<V≦V2の最大回生域車速範囲にある場合は、図10に示すように、基本液圧分の発生減速度を、回生分の発生減速度により補償する回生協調制御により、目標減速度(=要求減速度)を達成できる。しかし、車速Vが、V>V2の回生制動力増加方向の車速範囲のシーン、あるいは、0<V≦V1の回生制動力減少方向の車速範囲のシーンでは、図10に示すように、基本液圧分の発生減速度を、回生分の発生減速度だけでは補償できない。そこで、ドライバーの要求減速度に対し、基本液圧分と回生分では補償しきれないシーンが発生すると、VDCブレーキ液圧ユニット2により補償しきれない分の液圧を加圧し、ドライバーの要求減速度を達成する。
【0049】
このように、車速条件に基づくVDC利用の回生協調ブレーキ制御を行うことで、制動操作時、(基本液圧分+回生分)あるいは(基本液圧分+回生分+加圧分)によって、減速による車速変化にかかわらず、目標減速度(=要求減速度)を達成することができる。
【0050】
[回生制動力の増減方向によるポンプモータのオン・オフ制御作用]
上記のように、VDCを利用した回生協調ブレーキシステムの場合、ポンプモータの耐久信頼性の向上を図ることが重要である。以下、これを反映する回生制動力の増減方向によるポンプモータのオン・オフ制御作用を説明する。
【0051】
車速Vが第2設定車速V2を超えている走行状況で制動操作を開始すると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS5→ステップS7→ステップS9→ステップS11へと進む流れが繰り返される。このステップS11にて、ポンプモータ21が起動される。
【0052】
そして、ポンプモータ21の起動による増圧動作(ポンプアップ)により制動操作初期の加圧分が確保され、起動回生量増加中になると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS5→ステップS7→ステップS9→ステップS10へと進む流れが繰り返される。このステップS10にて、ポンプモータ21の起動が停止され、起動回生量増加中である限り、ポンプモータ21の停止状態が維持される。
【0053】
そして、車速Vが第2設定車速V2以下になると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS5→ステップS7→ステップS8へと進む。ステップS8では、図4のフローチャートに基づき、車速Vが第1設定車速V1の直前のタイミングまではポンプモータ21の停止状態が維持される。そして、所定のタイミングに達すると、ステップS8からステップS11へと進み、ポンプモータ21が起動される。
【0054】
そして、車速Vが第1設定車速V1以下になると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS5→ステップS6へと進む流れが繰り返される。このステップS6にて、ポンプモータ21の起動状態が維持される。
【0055】
そして、車両が停止し、車速VがV=0になると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4へと進む流れが繰り返される。このステップS4にて、ポンプモータ21の停止状態が維持される。
【0056】
ここで、加圧分の補償が必要なシーンでポンプモータを作動するものを比較例とする。この比較例の場合、図11における比較例のポンプモータON/OFF特性に示すように、制動操作を開始する時刻t0から第2設定車速V2となる時刻t1まではポンプモータが起動される。そして、第2設定車速V2となる時刻t1から第2設定車速V1となる時刻t3まではポンプモータが停止され、第2設定車速V1となる時刻t3から車両が停止する時刻t4まではポンプモータが再起動される。
【0057】
これに対し、実施例1の場合、図11における実施例1のポンプモータON/OFF特性に示すように、制動操作を開始する時刻t0からポンプアップにより制動操作初期の加圧分を確保する時刻t0'までの一瞬はポンプモータ21が起動されるが、時刻t0'から第2設定車速V1の直前である時刻t2まではポンプモータ21の停止状態が維持される。そして、時刻t2から車両が停止する時刻t4まではポンプモータ21が再起動され、時刻t4以降は再びポンプモータ21が停止される。
【0058】
すなわち、図10に示すように、第2設定車速V2以上の高車速域で回生分が増加方向である場合、加圧分は第2設定車速V2に近づくにしたがって徐々に低下してゆく。このため、制動操作開始初期は、ポンプモータ21の起動によるポンプアップにて制動操作開始時の加圧分を確保するが、その後、各キャリパ4FL,4FR,4RL,4RRのブレーキ液を徐々に抜くことで加圧分を低下させる。このように、回生分が増加方向である場合、VDCブレーキ液圧ユニット2は、各キャリパ4FL,4FR,4RL,4RRからブレーキ液を徐々に抜く減圧動作だけになるため、ポンプモータ21の起動により液圧ポンプ22にて加圧するポンプアップを行う必要がない。
【0059】
一方、図10に示すように、第1設定車速V1以下の停止域で回生分が減少方向である場合、VDCブレーキ液圧ユニット2は、各キャリパ4FL,4FR,4RL,4RRのブレーキ液を供給する増圧動作だけになるため、ポンプモータ21を起動することにより液圧ポンプ22にて加圧するポンプアップを行う必要がある。
【0060】
したがって、回生分(回生制動力による減速度分)が増加方向であるか減少方向であるかを監視することによって、ポンプモータ21の作動要・作動不要を見極めることができる。つまり、ポンプモータ21の作動が不要である第2設定車速V2以上の高車速域のシーンにおいて、制動操作開始初期を除き、ポンプモータ21を停止することで、無駄にポンプモータ21を作動することを防止できる。
【0061】
以上説明したように、実施例1は、回生分が増加方向であるか減少方向であるかを監視し、最大回生域を含んで回生分が増加方向である場合はポンプモータ21を停止する構成を採用した。
このため、回生分が不足する制動シーンにおいて、ポンプモータ21の作動を必要最小限に抑えることになり、ポンプモータ21の耐久信頼性の向上を達成することができる。
【0062】
[回生制動力減少時におけるポンプモータの早期起動制御作用]
上記比較例の場合、第2設定車速V1となる時刻t3からポンプモータを再起動するようにしている。しかし、この場合、ポンプモータの再起動タイミングと同時に液圧ポンプによって加圧されるのではなく、モータ再起動タイミングより加圧タイミングに遅れが生じる。そして、加圧タイミングに遅れが生じると、停止域でドライバーの要求減速度より発生減速度が低くなり、ドライバーに違和感を与えると共に制動停止距離が伸びてしまう。
【0063】
したがって、ドライバーの要求減速度を維持し、ドライバーが意図する停止位置に車両を停止させるには、加圧タイミングの遅れを解消することが必要である。以下、これを反映する回生制動力減少時におけるポンプモータの早期起動制御作用を説明する。
【0064】
制動操作時、車速Vが第2設定車速V2以下になると、図3のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS5→ステップS7→ステップS8へと進む。そして、ステップS8へと進み、到達予測時間tがモータ応答時定数Tを超えていると、図4のフローチャートにおいて、ステップS81→ステップS82→ステップS83→ステップS84→ステップS85→ステップS86→ステップS87→リターンへと進む流れが繰り返される。つまり、ポンプモータ21の停止状態が維持される。そして、到達予測時間tがモータ応答時定数T以下になると、図4のフローチャートにおいて、ステップS81→ステップS82→ステップS83→ステップS84→ステップS85→ステップS86→ステップS87→ステップS11へと進む。つまり、図11に示すように、車速Vが第1設定車速V1になる時刻t3の直前の時刻t2に達すると、ポンプモータ21が起動される。
【0065】
このように、ポンプモータ21の早期起動によって、車速Vが第1設定車速V1になる時刻t3において、液圧ポンプ22によりポンプアップすることができるというように、ポンプアップのタイミング遅れを解消することができる。この結果、ポンプモータ21を停止から起動するとき、ドライバーの要求減速度が維持され、ドライバーが意図する停止位置に車両を停止させることができる。
【0066】
次に、効果を説明する。
実施例1の電気自動車のブレーキ制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0067】
(1) ドライバーによるブレーキ操作に応じた基本液圧を発生する基本液圧発生手段(ブレーキ液圧発生装置1)と、
前記基本液圧発生手段(ブレーキ液圧発生装置1)と各輪のキャリパ4FL,4FR,4RL,4RRとの間に介装され、ポンプモータ21により駆動する液圧ポンプ22を有し、前記基本液圧の増圧・保持・減圧を制御するブレーキ液圧アクチュエータ(VDCブレーキ液圧ユニット2)と、
駆動輪に連結された走行用電動モータ5に接続され、前記走行用電動モータ5により発生する回生制動力を制御する回生制動力制御手段(モータコントローラ8)と、
制動操作時、ドライバーが要求する減速度を前記基本液圧分と前記回生分の総和で達成し、不足する回生分を前記基本液圧の加圧分により補償する制御を行うと共に、前記基本液圧の加圧分による補償制御中、前記回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じて前記ポンプモータ21のオン・オフ制御を行う回生協調ブレーキ制御手段(統合コントローラ9、図3)と、
を備えた。
このため、回生制動力が不足する制動シーンにおいて、ポンプモータ21の作動を必要最小限に抑えることで、ポンプモータ21の耐久信頼性の向上を達成することができる。
【0068】
(2) 前記回生協調ブレーキ制御手段(統合コントローラ9、図3)は、前記回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかの判定を、車速Vに基づいて行う。
このため、(1)の効果に加え、回生制動力による発生減速度が車速Vに依存(図9)することに対応し、制動操作時に回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかを精度良く判定することができる。
【0069】
(3) 前記回生協調ブレーキ制御手段(統合コントローラ9、図3)は、前記回生制動力制御手段(モータコントローラ8)からの回生制動力指令が増加する場合、前記ポンプモータ21の作動を停止する。
このため、(1)または(2)の効果に加え、ドライバーの要求減速度を維持しながら、ポンプモータ21の耐久信頼性をさらに向上させることができる。
すなわち、回生分の増加に伴って加圧分が減少するときには、ポンプモータ21の作動を要しないブレーキ液圧アクチュエータ(VDCブレーキ液圧ユニット2)の減圧動作により対応できることによる。
【0070】
(4) 前記回生協調ブレーキ制御手段(統合コントローラ9、図3)は、前記ポンプモータ21が作動停止中、前記回生制動力制御手段(モータコントローラ8)からの回生制動力指令が減少する場合、回生制動力指令の減少開始時間を予測し、減少開始予測時間に達すると前記ポンプモータ21を再起動する(図4)。
このため、(3)の効果に加え、ポンプモータ21を停止から起動するとき、液圧ポンプ22によるポンプアップのタイミング遅れが解消され、ドライバーが意図する停止位置に車両を停止させるように、ドライバーの要求減速度を維持することができる。
【0071】
以上、本発明の電動車両のブレーキ制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0072】
実施例1では、ブレーキ液圧アクチュエータとして、VDCブレーキ液圧ユニット2を利用する例を示した。しかし、ブレーキ液圧アクチュエータとしては、ポンプモータにより駆動する液圧ポンプを有し、ドライバー操作により発生した液圧の増圧・保持・減圧を制御することができるものであれば、VDCブレーキ液圧ユニット2以外のブレーキ液圧アクチュエータを用いる例としても良い。
【0073】
実施例1では、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかの判定を、車速に基づいて行う例を示した。しかし、回生制動力の取り方を、車速情報を含む複数の情報により設定している場合、あるいは、車速情報以外の情報により設定している場合、回生制動力の設定情報に応じて、回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかの判定をする例としても良い。
【0074】
実施例1では、後輪駆動の電気自動車への適用例を示した。しかし、前輪駆動の電気自動車、インホイールモータによる電気自動車、ハイブリッド車、燃料電池車、等の電動車両であれば、本発明のブレーキ制御装置を適用できる。
【符号の説明】
【0075】
1 ブレーキ液圧発生装置(基本液圧発生手段)
2 VDCブレーキ液圧ユニット(ブレーキ液圧アクチュエータ)
3 ストロークセンサ
4FL 左前輪キャリパ
4FR 右前輪キャリパ
4RL 左後輪キャリパ
4RR 右後輪キャリパ
5 走行用電動モータ
61 プライマリ液圧管
62 セカンダリ液圧管
63 左前輪液圧管
64 右前輪液圧管
65 左後輪液圧管
66 右後輪液圧管
7 ブレーキコントローラ
8 モータコントローラ(回生制動力制御手段)
9 統合コントローラ
91 バッテリコントローラ
92 車速センサ
93 ブレーキスイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドライバーによるブレーキ操作に応じた基本液圧を発生する基本液圧発生手段と、
前記基本液圧発生手段と各輪のキャリパとの間に介装され、ポンプモータにより駆動する液圧ポンプを有し、前記基本液圧の増圧・保持・減圧を制御するブレーキ液圧アクチュエータと、
駆動輪に連結された走行用電動モータに接続され、前記走行用電動モータにより発生する回生制動力を制御する回生制動力制御手段と、
制動操作時、ドライバーが要求する減速度を前記基本液圧分と前記回生分の総和で達成し、不足する回生分を前記基本液圧の加圧分により補償する制御を行うと共に、前記基本液圧の加圧分による補償制御中、前記回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかに応じて前記ポンプモータのオン・オフ制御を行う回生協調ブレーキ制御手段と、
を備えたことを特徴とする電動車両のブレーキ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された電動車両のブレーキ制御装置において、
前記回生協調ブレーキ制御手段は、前記回生制動力が増加方向であるか減少方向であるかの判定を、車速に基づいて行うことを特徴とする電動車両のブレーキ制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された電動車両のブレーキ制御装置において、
前記回生協調ブレーキ制御手段は、前記回生制動力制御手段からの回生制動力指令が増加する場合、前記ポンプモータの作動を停止することを特徴とする電動車両のブレーキ制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載された電動車両のブレーキ制御装置において、
前記回生協調ブレーキ制御手段は、前記ポンプモータが作動停止中、前記回生制動力制御手段からの回生制動力指令が減少する場合、回生制動力指令の減少開始時間を予測し、減少開始予測時間に達すると前記ポンプモータを再起動することを特徴とする電動車両のブレーキ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−30731(P2012−30731A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173292(P2010−173292)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】