説明

DLC膜を備えた摺動部材

【課題】ダイヤモンドライクカーボン膜を備えた摺動部材において、せん断に対するダイヤモンドライクカーボン膜の密着性(耐引っ掻き性)を向上することで摺動部材の耐摩耗性の向上および長寿命化が可能な摺動部材を提供する。
【解決手段】基材の上に、第一層を含むDLC膜を配置した摺動部材であって、前記基材が、V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含む合金鋼であり、前記第一層がV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含み、前記基材から第一層に向けて同一の結晶構造が連続することを特徴とする摺動部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)を備えた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン膜は、一般的に、高硬度で表面が平滑であり、耐摩擦性に優れ、その固体潤滑性から低摩擦係数で優れた低摩擦性能を有している。そして、無潤滑環境下において、通常の平滑な鋼材表面の摩擦係数が0.5以上であり、従来の表面処理材であるNi−PめっきやCrめっき、TiNコーティングやCrNコーティング等の表面の摩擦係数が約0.4である。これに対して、ダイヤモンドライクカーボン膜の摩擦係数は約0.1である。
【0003】
現在、これらの優れた特性を活かして、ドリル刃をはじめとする切削工具,研削工具等の加工治具や塑性加工用金型、バルブコックやキャプスタンローラのような無潤滑環境下で使用される摺動部材等への応用が図られている。一方、エネルギー消費や環境の面から可能な限りの機械的損失の低減が望まれている内燃機関などの機械部品においては、現在、潤滑油存在下での摺動が主流となっている。
【0004】
樹脂被覆ケーブル製造工程では、芯線に樹脂を押出しながら被覆する押出金型の出口で樹脂のカスが発生し、そのカスが樹脂被覆後のケーブル表面に付着することで樹脂被覆ケーブルの製品歩留の低下を招くことが長期にわたる課題となっている。合金鋼の押出金型の出口付近にアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法(UBMS法)によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成したところ、樹脂のカスの発生量が激減した。しかし、押出金型の製造コストを抑えるためにクロム元素を含まない炭素鋼からなる押出金型にダイヤモンドライクカーボン膜を形成したところ、ダイヤモンドライクカーボン膜の密着力が低下することが判った。
【0005】
押出金型の出口付近に密着力の高いダイヤモンドライクカーボン膜を形成することができれば、樹脂被覆ケーブル製造工程において製品歩留の向上,高効率化が達成でき、更には信頼性の高い樹脂被覆ケーブルを提供できる。樹脂被覆ケーブル製造工程に限らず、各種産業機器の摺動部品に密着力の高いダイヤモンドライクカーボン膜を形成することができれば、高効率及び高信頼性の産業機器を提供できる。
【0006】
特許文献1には、鋼やアルミ合金,銅合金等の表面に硬質皮膜を形成してなる樹脂あるいはゴム用金型及び樹脂あるいはゴム成形装置部品において、硬質皮膜の少なくとも最表面が弗素を1〜20原子%含むダイヤモンド状炭素膜あるいは硬質カーボン膜であることを特徴とする樹脂あるいはゴム用金型が開示されている。
【0007】
特許文献2には、基材の上に形成した膜厚0.5nm〜200nmの無水素炭素膜と、無水素炭素膜の上に形成した水素含有率が5at.%〜25at.%であり、膜厚が無水素炭素膜の2倍〜1000倍である含水素炭素膜よりなることを特徴とする非晶質炭素被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−169459号公報
【特許文献2】特開2003−26414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、アルミ合金や銅合金を基材とした場合、基材が軟質でありしかも基材にクロム元素をほとんど含まないため、これらを基材としてその上に金属クロム層,硬質カーボン層からなるダイヤモンドライクカーボン膜を成膜しても密着性が得られないという課題があった。また、アルミ合金,銅合金を基材とし、基材表面に湿式法により硬質クロムめっき等の硬質金属膜を施した場合、あるいは乾式法による窒化クロム等の硬質セラミック膜を施した場合、基材と硬質金属膜、硬質セラミック膜との間に金属元素からなる結晶が成長しないため、ダイヤモンドライクカーボン膜全体としての密着性が得られないという課題があった。また、基材が硬質材料であっても、窒化アルミニウムや酸化アルミニウムなど絶縁体の場合、基材にバイアス電圧を印加することができないため被膜を形成することができないという課題があった。また、中間層(金属層)の形成に真空アーク蒸着法を用いた場合、マクロパーティクルが多く発生するため形成後の被膜は平滑性に乏しく、更にその表面に被膜を積層することで表面粗度はトレースまたは増幅されるため、平滑性に富んだ被膜が得られず、その結果摺動部材の表面に用いた場合、ダイヤモンドライクカーボン膜の割れや剥離が発生しやすいという課題があった。
【0010】
本発明の目的は、ダイヤモンドライクカーボン膜を備えた摺動部材において、せん断に対するダイヤモンドライクカーボン膜の密着性(耐引っ掻き性)を向上することで長期にわたり信頼性の高い摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の摺動部材は、基材の上に、第一層を含むDLC膜を配置した摺動部材であって、前記基材が、V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含む合金鋼であり、前記第一層がV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含み、前記基材から第一層に向けて同一の結晶構造が連続することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、基材と第一層との密着性が向上するため、摺動部材に用いた場合、長期にわたり信頼性の高い摺動部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例における基材および硬質炭素被膜の断面構造を示す図である。
【図2】実施例における基材および硬質炭素被膜のTEM分析による断面構造を示す図である。
【図3】比較例における基材および硬質炭素被膜の断面構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、せん断に対するダイヤモンドライクカーボン膜の密着性(耐引っ掻き性)の向上により長期にわたり信頼性の高い、ダイヤモンドライクカーボン膜を有する摺動部材に関する。
【0015】
本実施形態で示すダイヤモンドライクカーボン膜は、各種産業用機械部品等の摺動部材(鉄鋼基材)に適用可能である。
【0016】
ダイヤモンドライクカーボン膜(以下、「DLC膜」と呼称する)2は、基材1上にアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング(UBMS)法を用いることにより形成できる。
【0017】
一般的に、DLC膜とは、アモルファス状の炭素又は水素化炭素で形成された膜であり、アモルファスカーボン又は水素化アモルファスカーボン(a−C:H)などとも呼ばれる。DLC膜の形成には、炭化水素ガスをプラズマ分解して成膜するプラズマCVD法,炭素・炭化水素イオンを用いるイオンビーム蒸着法等の気相合成法,グラファイト等をアーク放電により蒸発させて成膜するイオンプレーティング法,不活性ガス雰囲気下でターゲットをスパッタリングすることによって成膜するスパッタリング法などが用いられる。
【0018】
このように多種多様なDLC膜の製法の中で、UBMS法とは、ターゲットの背面側に配置される磁極のバランスをターゲットの中心部と周縁部とで意図的に崩し、非平衡とすることでターゲットの周縁部の磁極からの磁力線の一部を基材まで伸ばし、ターゲットの近傍に収束していたプラズマが磁力線に沿って基材の近傍まで拡散し易くすることにより、DLC膜2の形成中に基材1に照射されるイオン量を増やすことができ、結果として、基材1の上面側に緻密なDLC膜2を形成することができ、更には、イオン照射によりDLC膜2の構造や膜質を制御できることを特徴とする成膜方法である。
【0019】
なお、詳細は実施例を用いて説明する。
【0020】
本発明の摺動部材は、図1に示すように、基材1の上面に前記基材1から順に、第一層21、前記第一層21と硬質カーボン層23の密着性を向上させるための第二層22、及び硬質カーボン層23を形成することが好ましい。
【0021】
基材1は、常温常圧下での結晶構造が体心立方格子であるV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金鋼であることが好ましい。基材1中で金属炭化物12を形成するため、基材1を高硬度化でき、その結果、基材1上に形成したDLC膜2の密着性が良好となる。
【0022】
第一層21は、常温常圧下での結晶構造が体心立方格子構造であるV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素を含むことが好ましい。更には、第一層21には、基材1に含まれるFeおよびV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素の結晶格子定数に近い結晶格子定数をもつ元素を含むことが好ましい。基材1に含まれるFeおよびV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素の結晶格子定数に近い結晶格子定数をもつ元素を含むことで、基材1から第一層21に向けて同一の結晶構造が連続し易くなるため、基材1上に形成したDLC膜2の密着性が良好となる。
【0023】
第二層22は、炭素及び金属の混合物又は金属の炭化物であり、前記第二層22に含まれる金属の含有量が、前記基材1側から硬質カーボン層23側に向かって減少し、前記第二層22に含まれる炭素の含有量が、前記基材1側から前記硬質カーボン層23側に向かって増加することが好ましい。前記金属は、常温常圧下での結晶構造が体心立方格子でありかつ炭化物を形成し易い、V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素であることが好ましく、更には、第二層22には、第一層21に含まれるV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素の結晶格子定数に近い結晶格子定数をもつ元素を含むことが好ましい。第一層21に含まれるV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素の結晶格子定数に近い結晶格子定数をもつ元素を含むことで、第一層21から第二層22に向けて同一の結晶構造211が連続し易くなるため、基材1上に形成したDLC膜2の密着性が良好となる。また、第二層22の中でV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素が炭化物を形成するため、第二層22の上に形成される硬質カーボン層23の密着性が良好となる。
【0024】
更には、基材1に含まれるV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wの群から選ばれる少なくとも1種の元素の結晶格子定数に近い結晶格子定数をもつ元素が第一層21および第二層22に含まれることで、基材1から第二層22に向けて同一の結晶構造211が連続し易くなるため、基材1上に形成したDLC膜2の密着性が良好となる。
【0025】
また、硬質カーボン層23には、sp2結合炭素とsp3結合炭素とを混在することが好ましい。
【0026】
DLC膜2を形成した後、DLC膜2の表面をナノインデンテーション法(ISO14577)によりDLC膜2の硬さ評価を行った。また、DLC膜2にロックウェルダイヤモンド圧子を押込むことにより、DLC膜2の剥離の有無による密着性評価を行った。また、DLC膜2のせん断による密着力の評価としてスクラッチ試験を行った。更にDLC膜2の断面の透過型電子顕微鏡(TEM)による観察と制限視野電子線回折像による結晶状態の解析を行った。
【0027】
ロックウェルダイヤモンド圧子の押込試験による密着性評価では、先端径200μmの円錐形のロックウェルダイヤモンド圧子を1471N(150kgf)の試験力で押込み、この押込みによりできた圧痕周辺のDLC膜2の割れや剥離の状態を光学顕微鏡で観察した。
【0028】
スクラッチ試験による密着力の評価は、先端径200μmの円錐型ダイヤモンド圧子を用いて、垂直荷重範囲0〜100N,荷重負荷速度100N/min,走査速度10mm/minの条件でDLC膜2の表面を走査して行い、試験後のスクラッチ痕の光学顕微鏡観察を行い、スクラッチ痕内部のDLC膜に繰り返される局所剥離や連続的な剥離が開始する箇所での垂直荷重値をDLC膜2のせん断による密着力と定めた。DLC膜2の密着力は、全体の走査距離に対する剥離開始箇所までの走査距離の割合と、最大荷重100Nとの積により算出した。
【0029】
ナノインデンテーション法(ISO14577)による評価は、対稜角115度のベルコビッチ三角錐圧子をDLC膜2の表面に10秒間かけて最大荷重3mNまで押し込み、最大荷重で1秒間保持し、その後10秒間かけて除荷する条件で行った。
【0030】
DLC膜2の断面のTEMによる観察および解析用の試験片は、イオンシニング装置で薄片化して作製した。
【0031】
上記の摺動部材は、各種産業機器用摺動部材に用いられることが好ましい。
【0032】
以下、実施例を用いて説明する。
【0033】
〔実施例〕
図1は、本発明による実施例を示す摺動部材の断面図である。
【0034】
図1において、摺動部材は基材1の上に、基材1側より第一層21,第二層22,硬質カーボン層23で構成されたDLC膜2を具備している。
【0035】
ここで、基材1には、Cr元素を4at.%含む高速度工具鋼JIS SKH51材、Cr元素を1at.%含むCrMo鋼JIS SCM415材、Cr元素を11at.%含むダイス鋼JIS SKD11材を用い、またそれぞれの基材1の表面粗度Raが0.05μmとなるように仕上げた。その後、DLC膜2をUBMS法で形成した。
【0036】
まず、不活性ガスを導入しながら、バイアス電圧を印加しながらクロム(Cr)元素からなる第一層21を形成した。
【0037】
その後、不活性ガスと炭化水素ガスとを導入し、バイアス電圧を印加しながら第二層22を形成した。
【0038】
第二層22の形成においては、まず、クロム炭化物層(炭化クロム層)を形成し、その後、クロムターゲット投入電力が徐々に減少し、かつカーボンターゲット投入電力が徐々に増加するように制御した。ここで、クロム炭化物層を構成する炭化クロムには、Cr32,Cr73,Cr236などの種類があるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
最後に、不活性ガス及び炭化水素ガスを導入し、バイアス電圧を印加しながら硬質カーボン層23を形成した。
【0040】
DLC膜2は、一般的に基材1等の下地が高硬度であるほど密着性が良好となる。ここで、DLC膜2とは、第一層21,第二層22,硬質カーボン層23を含む積層被膜を指す。
【0041】
上記の構成で形成した本実施例のDLC膜2の諸特性を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
上記の構成で形成した本実施例のDLC膜2の膜厚は1.2μm、表面粗度Raは0.08μm、ナノインデンテーション法によるDLC膜2の硬度は32GPaであった。
【0044】
ロックウェルダイヤモンド圧子押込による密着性評価の結果、圧痕周辺のDLC膜2の剥離は見られず、基材1とDLC膜2の密着性は良好であった。
【0045】
スクラッチ試験による密着力評価の結果、本実施例のDLC膜の密着力はJIS SKH51材で65N、JIS SCM415材で58N、JIS SKD11材で53Nと高い値を示した。
図2にDLC膜2の断面のTEM像を示す。
【0046】
観察および解析の結果、JIS SKH51基材を用いた場合、体心立方格子結晶構造をとる基材1の表面のFe元素からなる結晶上に体心立方格子結晶構造をとる第一層21のCr元素からなる結晶がエピタキシャル成長していることが判った。さらに、体心立方格子構造のFe元素の格子定数は2.8664Åであり、一方、体心立方格子構造のCr元素の格子定数は2.8839Åと、両者の格子定数がほぼ等しいことがエピタキシャル成長の原因である。このように、基材1の表面から第一層21に向けて同一の結晶構造211が連続することで、ロックウェルダイヤモンド圧子押込によるDLC膜2の密着性およびスクラッチ試験によるDLC膜2のせん断による密着力を高めることができる。基材にJIS SCM415材,JIS SKD11材を用いた場合も同様である。
【0047】
本実施例によれば、上記のように密着力の高いDLC膜2を提供できるため、長期にわたり信頼性の高い摺動部材を提供できる。また、本発明の摺動部材を各種産業機器に適用した場合、長期にわたり高密着力であり最表面の硬質カーボン層23が低摩擦効果を生むため、低負荷で高効率な産業機器を提供することができる。
【0048】
なお、本実施例では、第一層21をクロム元素からなる層、第二層22をクロム炭化物層としたが、これらに限定されない。基材1をV,Nb,Mo,Ta,Wのうちの少なくとも1種の元素を含む合金鋼、第一層21をV,Nb,Mo,Ta,Wのうちの少なくとも1種の元素を含む層、第二層22をV,Nb,Mo,Ta,Wのうちの少なくとも1種の元素とC元素からなる層とし、さらに基材1および各層に含まれる元素の結晶格子構造が同一であれば同様の効果が得られる。また、基材1および各層に含まれる元素が構成する結晶格子の格子定数が近い組み合わせであれば基材1の表面と第一層21との間、第一層21と第二層22との間、あるいは基材1の表面と第一層21と第二層22との間にエピタキシャル成長が起こり易く、更に良好な効果が得られる。
【0049】
本実施例における硬質カーボン層23には、グラファイトに代表される炭素結合であるsp2結合炭素とダイヤモンドに代表される炭素結合であるsp3結合炭素とが混在する。これにより摩擦係数の低いDLC膜2を提供することができる。
【0050】
以上の組み合わせにより、本実施例において形成したDLC膜2は、基材1との密着性が高く、摺動部材に低摩擦性を付与する。結果として、長期にわたり低負荷で高効率であり信頼性の高い摺動部材を提供することができる。
【0051】
本実施例において、基材に焼戻温度の低いJIS SCM415材(焼戻温度:約170℃)を用いた場合には、DLC膜2の形成中の温度を焼戻温度(170℃)以下とし、基材1の軟化を抑制するように温度条件を設定した。
【0052】
また、第一層21と硬質カーボン層23との間に形成される第二層22においては、まず、Cr炭化物層を形成し、その後、基材1側から硬質カーボン層23側へ向かって、Cr濃度が連続的に減少し、かつ、C濃度が連続的に増加することが好ましい。また、第二層22を構成する物質であるCr炭化物をCrxyで表した場合、xとyとの比率を少しずつ変化させることで、組成が基材1側から硬質カーボン層23側へ向かって少しずつ変化させることが好ましい。
【0053】
UBMS法では基材1の表面のクリーニング、第一層21から硬質カーボン層23までの形成を全て同一チャンバの中で真空を破ることなく実施することができる。また、イオン照射によりDLC膜2の膜質や構造を制御できる。この利点を活かし、本実施例ではDLC膜2の形成にUBMS法を用い、またUBMS法を用いることが好ましいが、同様な利点や効果のある製法であれば、UBMS法に限定されるものではない。
【0054】
以上のように、基材1から硬質カーボン層23までの構造を上記のように設計することにより、せん断による密着力が良好なDLC膜2を提供できる。
【0055】
(比較例)
図3は、本発明の比較例を示す摺動部材の断面図である。
【0056】
本図において、摺動部材は基材3の上に、基材3側より第一層21,第二層22,硬質カーボン層23で構成されたDLC膜2を具備している。
【0057】
ここで基材3には、炭素鋼JIS S50C材を用い、基材3の表面粗度Raが0.05μmとなるように仕上げた。その後、DLC膜2をUBMS法で実施例と同様な方法で形成した。
【0058】
DLC膜2の形成後、DLC膜2は自然剥離したため、DLC膜2の膜厚,表面粗度Ra,硬度の評価はできなかった。ロックウェルダイヤモンド圧子押込による密着性評価、スクラッチ試験による密着力の評価もできなかったが、ロックウェルダイヤモンド圧子押込による密着性評価では圧痕周囲全周剥離、スクラッチ試験による密着力は0Nであると推測できる。
【0059】
一部DLC膜2が残存した部分のDLC膜2の断面のTEMによる観察の結果、基材3の表面にセメンタイト組織32が存在し、セメンタイト組織32が基材3の表面からDLC膜2に向けての結晶成長を阻害したため、密着性・密着力が得られなかったことが判った。
【0060】
本比較例によれば、上記のように密着力の低いDLC膜2の提供になりDLC膜2がすぐに剥離してしまうため、最表面の硬質カーボン層23による低摩擦効果を持続できない。そのため、本比較例のDLC膜2を各種産業機器の摺動部材に適用した場合、低負荷で高効率な産業機器を提供することができない。
【符号の説明】
【0061】
1 基材(実施例)
2 ダイヤモンドライクカーボン膜
3 基材(比較例)
11 合金鋼
12 金属炭化物
21 第一層
22 第二層
23 硬質カーボン層
31 炭素鋼
32 セメンタイト組織
211 連続した結晶構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の上に、第一層を含むDLC膜を配置した摺動部材であって、
前記基材が、V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含む合金鋼であり、
前記第一層がV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含み、
前記基材から第一層に向けて同一の結晶構造が連続することを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
請求項1において、前記DLC膜が、基材側から順に第一層,第二層,硬質カーボン層を含み、
前記第二層が、V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種とC元素からなり、
第一層から第二層に向けて連続した結晶を有することを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
請求項2において、前記基材から第二層に向けて同一の結晶構造が連続することを特徴とする摺動部材。
【請求項4】
請求項2において、前記第二層は、基材側から硬質カーボン層側へ向かってV,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種の濃度が低くなり、C元素の濃度が高くなることを特徴とする請求項2または3に記載の摺動部材。
【請求項5】
請求項1または2において、前記基材と前記第一層に含まれる元素の結晶格子構造が同一であることを特徴とする摺動部材。
【請求項6】
請求項2において、前記第一層と前記第二層に含まれる元素の結晶格子構造が同一であることを特徴とする摺動部材。
【請求項7】
請求項2において、前記基材と前記第一層と前記第二層に含まれる元素の結晶格子構造が同一であることを特徴とする摺動部材。
【請求項8】
請求項2において、前記硬質カーボン層は、sp2結合炭素とsp3結合炭素とが混在することを特徴とする摺動部材。
【請求項9】
V,Cr,Nb,Mo,Ta,Wから選ばれる少なくとも1種を含む合金鋼からなる基材上に、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法で、第一層,第二層,硬質カーボン層の順に積層してDLC膜を形成することを特徴とする摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−224043(P2012−224043A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95636(P2011−95636)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】