説明

エピタキシャル基板、半導体素子、エピタキシャル基板の製造方法、およびIII族窒化物結晶における転位偏在化方法

【課題】結晶品質の良好なIII族窒化物結晶の生成に好適なエピタキシャル基板を提供する。
【解決手段】オフ角が与えられてなるサファイア基材の上にIII族窒化物からなる上部層2を形成したうえで、1500℃以上で、好ましくは1650℃以上で加熱処理を施すことにより、上部層2の結晶品質を向上させるとともに該上部層2の表面に数原子層高さよりも大きな繰り返し段差を与えたエピタキシャル基板10を、III族窒化物結晶層3の成長用下地基板として用いる。III族窒化物結晶は段差部分からステップフロー成長するので、上部層2からの貫通転位はこれに伴い屈曲させられ、その後の結晶成長につれて偏在化する。得られるIII族窒化物結晶層3は良好な表面平坦性を有し、かつ、表面近傍の大部分は転移密度が1×107/cm2程度の低転位領域RE2となる。すなわち、エピタキシャル基板10は結晶品質のよいIII族窒化物結晶形成に好適であるといえる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶品質の良好なIII族窒化物結晶の生成に好適なエピタキシャル基板の作製技術に関する。
【背景技術】
【0002】
III族窒化物結晶は、フォトニックデバイス及び電子デバイスなどの半導体素子を構成する材料として用いられており、近年においては、携帯電話などに用いられる高速ICチップなどを構成する半導体材料としても注目を浴びている。特に、AlN膜はフィ−ルドエミッタへの応用材料として注目されている。
【0003】
こうしたデバイス応用のためには、III族窒化物結晶は自立した状態で供されることが理想的である。しかし、現状のところ、結晶品質や製造コストなどの問題から、所定の単結晶基材の上に、III族窒化物結晶をせいぜい10μm程度に(熱膨張率差に起因したそりの生じない程度に)エピタキシャル形成した、いわゆるエピタキシャル基板として供給される態様が一般的である。その形成方法としては、一般にMOCVD法(有機金属化学的気相成長法)、MBE法(分子線エピタキシ−法)といった薄膜形成方法が用いられる。
【0004】
ただし、このような構成を有するエピタキシャル基板においては、基材とIII族窒化物結晶との間に格子定数に差があり、係る格子ミスマッチに起因した転位が両者の界面にて発生する。係る転位は、デバイス機能層であるIII族窒化物膜に貫通し、そのほとんどが表面にまで伝搬する。良好なデバイス特性の実現のためには、このデバイス機能層にまで貫通する転位を、できるだけ抑制することが必要となる。
【0005】
係る基材とIII族窒化物結晶との間の格子ミスマッチに起因した結晶品質の改善方法として、ELO法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。これは、転位密度の低減に、マスク等を用いた選択横方向成長技術を利用するものである。
【0006】
また、下地層表面を研磨して、原子オーダーの段差を形成したうえでGaN層を成長させることで該GaN層の低転位化を実現する技術も公知である(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
【非特許文献1】酒井 朗,碓井 彰,「GaN選択横方向成長による転位密度の低減」, 「応用物理」,応用物理学会,第68巻,第7号,P.774〜779 (1999)
【特許文献1】特許3427047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
機能デバイスとして作用させるべくIII族窒化物結晶を基材上に形成する際、該機能デバイスの性能を向上させるためには、結晶品質をできるだけ改善する必要がある。例えば、転位密度をできるだけ小さくすることが必要である。転位密度を小さくすることにより、例えば、発光デバイスであれば発光効率の向上が、受光デバイスであれば暗電流の低減が、さらには、電子デバイスであれば移動度の向上を見込むことができる。
【0009】
しかし、非特許文献1に開示された技術は、III族窒化物結晶の転位を低減することは可能であるものの、マスク形成のための工程が必要であるという問題があった。
【0010】
また、特許文献1に開示された技術を利用してデバイス形成を行う場合、下地層に大きなオフ角度を与えるほど、つまりは大きな段差を与えるほどその上に形成するデバイス層(具体的にはGaN)の結晶性は向上するものの、該デバイス層の上面においても係る段差に起因した段差が存在し、デバイス特性の劣化を生じさせ、好ましくないことがある。また、AlNを含むデバイス層を形成する場合には、該デバイス層の表面にピットが発生しやすいという問題もある。
【0011】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、結晶品質の良好なIII族窒化物結晶の生成に好適なエピタキシャル基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、請求項1の発明は、エピタキシャル基板であって、主面に所定のオフ角が与えられてなる基材と、前記主面上にエピタキシャル形成された第1のIII族窒化物結晶からなる上部層と、を備え、前記上部層の形成温度よりも高い加熱温度で加熱処理されてなる、ことを特徴とする。
【0013】
また、請求項2の発明は、請求項1に記載のエピタキシャル基板であって、前記第1のIII族窒化物結晶の主面の結晶方位が実質的に(0001)面である、ことを特徴とする。
【0014】
また、請求項3の発明は、請求項1または請求項2に記載のエピタキシャル基板であって、前記第1のIII族窒化物結晶において全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である、ことを特徴とする。
【0015】
また、請求項4の発明は、請求項3に記載のエピタキシャル基板であって、前記第1のIII族窒化物結晶がAlNである、ことを特徴とする。
【0016】
また、請求項5の発明は、請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のエピタキシャル基板であって、前記加熱温度が1500℃以上である、ことを特徴とする。
【0017】
また、請求項6の発明は、半導体素子であって、請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のエピタキシャル基板の上に第2のIII族窒化物からなる機能層がエピタキシャル形成されてなる、ことを特徴とする。
【0018】
また、請求項7の発明は、エピタキシャル基板の製造方法であって、主面に所定のオフ角が与えられてなる基材の該主面上に、所定の形成温度で第1のIII族窒化物結晶からなる上部層をエピタキシャル形成する形成工程と、前記形成温度よりも高い加熱温度で加熱する加熱工程と、を備えることを特徴とする。
【0019】
また、請求項8の発明は、請求項7に記載の製造方法であって、前記加熱温度が1500℃以上である、ことを特徴とする。
【0020】
また、請求項9の発明は、III族窒化物結晶において転位を偏在化させる方法であって、主面に所定のオフ角が与えられてなる基材の該主面上に、第1のIII族窒化物結晶からなる上部層を所定の形成温度でエピタキシャル形成してなるエピタキシャル基板を、前記形成温度よりも高い加熱温度で加熱したうえで、前記エピタキシャル基板の上に第2のIII族窒化物によって前記III族窒化物結晶をエピタキシャル形成させる、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
請求項1ないし請求項5、請求項7、および請求項8の発明によれば、加熱処理を行うことにより、上部層の結晶品質が向上されてなるとともに、該上部層の表面に数原子層高さ以上の大きな繰り返し段差を有するエピタキシャル基板が得られる。該エピタキシャル基板を、III族窒化物結晶層の成長用下地基板として用いると、良好な表面平坦性を有し、かつ、表面近傍の大部分が低転位領域となるIII族窒化物結晶層が得られる。すなわち、該エピタキシャル基板は結晶品質のよいIII族窒化物結晶の形成に好適な基板といえる。
【0022】
特に、請求項3または請求項4の発明によれば、エピタキシャル基板上にAlを含むIII族窒化物結晶層を成長させる際のクラックの発生を抑制することができる。発光デバイスを形成する場合であれば、短波長領域までの透明性を確保することができる。
【0023】
また、請求項6の発明によれば、結晶品質のよいIII族窒化物結晶を機能層とするので、デバイス特性の良好な半導体素子が実現できる。
【0024】
また、請求項9の発明によれば、エピタキシャル基板の上部層からの貫通転位を局所的に偏在させることができ、III族窒化物結晶の表面の大部分を低転位領域とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
図1は、本発明の実施の形態に係るエピタキシャル基板10の断面模式図である。また、図2は、図1において点線にて囲んだ部分Pに係るエピタキシャル基板10の拡大模式図である。なお、図示の都合上、図1および図2における各層の厚みの比率および縦横の比率は、実際の比率を反映したものではない。エピタキシャル基板10は、主として基材1と上部層2とから構成される。エピタキシャル基板10は、主として、III族窒化物半導体による種々の電子デバイス作製の際の下地基板として用いられるものである。
【0026】
基材1は、その上に形成する上部層2の組成や構造、あるいはさらにその上に形成される層を含む各層の形成手法に応じて適宜に選択される。例えば、SiC(炭化ケイ素)やサファイアなどの基板を用いる。あるいは、ZnO、LiAlO2、LiGaO2、MgAl24、(LaSr)(AlTa)O3、NdGaO3、MgOといった各種酸化物材料、Si、Geといった各種IV族単結晶、SiGeといった各種IV−IV族化合物、GaAs、AlN、GaN、AlGaNといった各種III−V族化合物およびZrB2といった各種ホウ化物の単結晶から適宜選択して用いてもよい。このうち、(0001)面を主面とするIII族窒化物結晶を上部層2として得る場合には、例えば(0001)面SiCあるいは(11−20)面及び(0001)面サファイアを基材1として用いることができる。また、(11−20)面を主面とするIII族窒化物結晶を上部層2として得る場合には、例えば(11−20)面SiCあるいは(10−12)面サファイアを基材1として用いることができる。基材1の厚みには特段の材質上の制限はないが、取り扱いの便宜上、数百μm〜数mmの厚みのものが好適である。
【0027】
上部層2は、該III族窒化物結晶とは異なる組成の単結晶材料からなる基材1の上に形成されてなる。上部層2は、例えばMOCVD法、MBE法、HVPE法(ハイドライドを用いた気相エピタキシャル成長法)、スパッタ法などの公知の成膜手法によって形成された、III族窒化物結晶からなるエピタキシャル膜である。MOCVD法には、PALE法(パルス原子層エピタキシ法;Pulsed Atomic Layer Epitaxy)、プラズマアシスト法やレーザーアシスト法などが併用できる。MBE法に関しても、同様の技術を併用可能である。MOCVD法あるいはMBE法といった成長方法は、製造条件を高精度に制御することができるので、高品質な結晶を成長させることに適している。一方、HVPE法は、原料を一時に多量に供給できるため、短時間で厚膜を成長させることに適している。上部層2を形成する際に、これらの方法を組み合わせて形成することも可能である。
【0028】
上部層2は、一般的には1×109/cm2程度ないしはそれ以上の転位を含んでいる。III族窒化物結晶においては、らせん転位および刃状転位という二種類の転位が存在しうるが、上部層2においては刃状転位が主に存在する。図1においては、点線にて転位dを模式的に示している。III族窒化物結晶とは、BxAlyGazIn1-x-y-zN(x,y,z≧0)の組成で表され、ウルツ鉱構造あるいは閃亜鉛鉱構造を有する結晶をいう。特に、ウルツ鉱構造であるIII族窒化物結晶であることが望ましい。安定相であるウルツ鉱構造とすれば、後述する高温での加熱処理による相変態に関わる問題が発生しないからである。III族窒化物結晶においては、らせん転位および刃状転位という二種類の転位が存在しうるが、上部層2においては刃状転位が主に存在する。
【0029】
好ましくは、上部層2を構成するIII族窒化物結晶の全III族元素のうち80モル%以上がAlである。より好ましくは、該III族窒化物結晶はAlNである。III族窒化物がAlNの場合、組成揺らぎ等のばらつきの問題が無いので、品質管理上はこの場合が最も望ましいが、全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上であれば、AlNの場合と同じ温度の加熱処理において、同様の結晶品質の改善効果が確認され、加熱処理前の上部層2の品質もAlNの場合とほぼ同程度の品質が得られる。全III族元素におけるAlの割合が80%未満の場合、AlNの場合と同じ温度で加熱処理を行うと、他のIII族元素、例えばGa成分の蒸発によるピットの発生が問題となり、表面平坦性が損なわれる場合がある。
【0030】
また、上部層2に対して、III族窒化物結晶を成長させる際、上部層に対して、III族窒化物結晶の主面内の格子定数が大きい場合、III族窒化物結晶を成長させる際のクラックの発生を抑制できるという利点がある。特に、上部層2をAlNにて構成すると、エピタキシャル基板10上に全組成のIII族窒化物結晶を成長させる際のクラックの発生を抑制することができる。また、発光デバイスを形成する場合に短波長領域までの透明性を確保することができる。上部層2を構成するIII族窒化物結晶の全III族元素のうち80モル%以上がAlである場合にも、同様の効果を実効的に得ることができる。
【0031】
上部層2の厚みは、後述する加熱処理の効果を得るのに十分であれば、特には限定されず、最終的に利用されるデバイス構造あるいは使用形態に最適な膜厚が選択可能である。例えば、数nm〜数mm程度の膜厚が想定される。このうち、後述する加熱処理の効果に係る略周期的な段差を形成するには、加熱前において、上部層2の表面に原子ステップが明瞭に観察される程度に、上部層2の厚みが確保されていることが望ましい。この場合、基材1の種類によってその厚みの下限値は異なるが、0.1μm以上の膜厚は必要であることが想定される。また、上部層2の組成は、平均組成を示しており、全体として均一である必要はなく、例えば、傾斜組成にしたり、異なる組成の応力緩和層を挿入したりすることも可能である。
【0032】
また、上部層2内には、上部層2を形成する際に不可避的に含まれてしまうH、C、O、Si、遷移金属等の不純物が存在する場合もあるし、導電率制御のために意図的に導入される、Si、Ge、Be、Mg、Zn、Cdといった不純物を含むこともできる。
【0033】
また、(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を上部層2として用いる場合、熱処理前の上部層2については、X線ロッキングカーブ測定(ωスキャン)による(0002)面の半値幅が200秒以下、より好ましくは100秒以下であることが好ましい。また、X線ロッキングカーブ測定(ωスキャン)による(0002)面の半値幅の下限値は、特に定めるものではないが、材料及び結晶構造から計算される理論値(〜10秒)を下回るものではない。係る半値幅が実現されるということは、上部層2の表面において、成長方位に揺らぎが少なく、C面が揃い、らせん成分の転位が少ない状態が実現されているということになり、このことは上部層2上に結晶品質の良い第2のIII族窒化物結晶を形成する上でより好適だからである。上記X線ロッキングカーブの半値幅を実現するためには、基材1上に、いわゆる低温緩衝層を挿入することは望ましくないが、結晶品質を悪化させない程度の薄い低温緩衝層を挿入することは可能である。
【0034】
また、(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を上部層2として用いる場合、熱処理前の上部層2内の刃状転位密度は、AlNエピタキシャル膜としては低い数値である、5×1010/cm2以下であることが望ましい。なお、本実施の形態において、転位密度は、平面TEMを用いて評価している。基材1の表面に窒化層を形成しておくことで、熱処理前のAlNの転位密度を上記のように低く抑えることができる。熱処理前の転位密度を低減しておくことにより、熱処理による結晶品質の改善をより短時間でかつより効果的に実現することができるからである。なお、条件設定によっては、熱処理前の上部層2の転位密度を1×109/cm2の程度にまで低減しておくことが可能である。
【0035】
このような結晶品質を持つ(0001)面を主面とするAlNエピタキシャル膜を上部層2として形成するには、形成速度がせいぜい数μm/hr程度であるMOCVD法あるいはMBE法が、その手法として好適であるといえる。この場合、形成時間等の効率から考えて、膜厚は10μm以下、好ましくは3μm以下とするのが好適である。特に、上記のような上部層2を、トリメチルアルミニウムとアンモニアを用いてMOCVD法によって形成する場合、基板自体の温度を1100℃以上とすることが望ましい。形成速度を低く抑え基板自体の温度を上げることにより、より平衡状態に近くすることができるからである。また、形成時圧力を1Torr以上の減圧雰囲気、好ましくは100Torr以下、さらに好ましくは20Torr以下とし、トリメチルアルミニウムとアンモニアの供給比を1:500以下、より好ましくは1:200以下とするのが望ましい。気相中での原料の反応を効率的に抑制できるからである。
【0036】
なお、上述のように上部層2を構成するウルツ鉱型構造をとるAlNは、結晶構造が対象中心を有さず、Al原子と窒素原子とが入れ換わると、結晶の向きが反転することになる。すなわち、結晶が原子配列に応じた極性を有しているといえる。仮に、上部層2の表面において互いに極性の異なる領域である反位区が併存する場合には、反位区の境界(反位境界)は 一種の面欠陥となってしまう。この場合、熱処理後においても、この面欠陥に起因した欠陥が生じてしまうおそれがあり、好ましくない。よって、上部層2は、その表面の極性が全体に揃っていることが好ましい。
【0037】
また、本実施の形態においては、このようにエピタキシャル基板10を構成するにあたり、図2に示すように主面1Sにいわゆるオフ角θを与えた状態の基材1を用いる。例えば、主面1Sにおいて基材1の(0001)面がオフ角θだけ傾斜した状態がこれにあたる。より詳細にいえば、係る状態の基材1は、主面1Sに平均間隔が約0.1μm、高さがおおよそ2〜10Å程度(図2においては2〜5Å程度の場合を例示)の、理想的には概ね3原子層高さ程度までの微小な段差BP1が繰り返し形成されてなるものである。このオフ角により、上部層2の主面2Sにおいても、図2に示すように基材1の主面1Sにおける段差BP1とほぼ同程度の微小な段差BP2が略周期的に繰り返し形成されてなる。ただし、オフ角θが小さい場合は、オフ角θがない場合に主面を構成する結晶面を、実質的には上部層2の主面2Sであるとみなすことができる。例えば、基材1の主面1Sが、(0001)面がオフ角θだけ傾斜した状態であれば、上部層2の主面2Sも実質的には(0001)面であるということができる。
【0038】
なお、上部層2を形成するに先立って基材1に施される処理の内容によっては、オフ角θを与えているにも関わらず段差BP1が明瞭に観察されない場合があるが、この場合も上記と同様に、上部層2の主面2Sにおいては微小な段差BP2が形成される。
【0039】
さらに、本実施の形態においては、該エピタキシャル基板10をそのままIII族窒化物結晶による種々のデバイス層の形成に供するのではなく、これに先だって、該エピタキシャル基板10に対していったん所定の熱処理を行う。具体的には、所定の熱処理装置によって、少なくとも1500℃以上に、好ましくは1600℃以上で加熱する。熱処理装置による加熱温度の上限については、特に定めるものではないが、加熱温度を高くした場合、基材1と上部層2の組み合わせによっては、基材1と上部層2が反応して結晶品質を大幅に劣化させることがある。よって、基材1と上部層2の過度な反応が起こらない範囲で上限温度を設定することが望ましい。なお、加熱時間は、用いる熱処理装置その他の要因に基づいて適宜に定められるが、例えば、数十時間程度である。
【0040】
図3は、このような加熱処理を施した後のエピタキシャル基板10を下地基板として用いて、III族窒化物結晶を成長させた場合の成長過程を示す断面模式図である。III族窒化物結晶は、上部層2と同様に、例えばMOCVD法、MBE法、HVPE法、スパッタ法などの公知の成膜手法によって形成される。
【0041】
まず、図3(a)は、結晶成長前の状態、つまりは、加熱処理を施した後のエピタキシャル基板10を示す図である。加熱処理を行うことで、上部層2の主面2Sにおいては、図3(a)に示すように、平均間隔が約5μm、高さが3原子層高さ以上の、好ましくは20Å以上(図3においては約50Åの場合を例示)の、処理前に比して著しく大きな段差BP3が形成される。特に、加熱処理前に上部層2の主面2Sにおいて原子ステップが明瞭に観察されるような場合、段差BP3は略周期的に繰り返し形成される。このことは、いわば、加熱処理によって段差が成長したとみることもできる。なお、この加熱処理は一種のアニール処理であるので、上部層2における結晶性の向上や転位d1の低減といった結晶品質の改善も併せて実現される。
【0042】
この転位d1の低減は、上部層2内の表面部分のみで見出されるものではなく、基材1と上部層2界面の近傍0.01μm程度の範囲においても、表面部分と同程度に見出されることが特徴的である。これは、熱処理することにより、基板との界面近傍においても複数の刃状転位の合体消失が起こっていることによる。これは、本実施の形態における改善方法を用いない場合、AlNエピタキシャル膜からなる上部層2の転位密度が、膜厚が厚くなるのに従い、漸次転位が減少していくのと対照的である。
【0043】
なお、加熱温度を少なくとも1500℃以上とするのは、現実的な加熱時間で段差BPを形成することができるからである。1500℃より低い温度では、数十時間程度の加熱処理では、表面に段差BPが形成できなかった。
【0044】
また、1600℃以上とするのは、上部層2内の転位密度をより低減できるからである。
【0045】
すなわち、本実施の形態においては、このように加熱処理によって結晶品質を改善されつつも上部層2の表面に著しく大きな段差を有するエピタキシャル基板10を、III族窒化物結晶層3の成長用下地基板として用いることになる。
【0046】
図3(b)は、係るIII族窒化物結晶層3の成長初期段階の様子を模式的に示す図である。係る段階において、III族窒化物結晶3bは、個々の段差BP3の部分を起点に矢印AR1に示す略水平方向へと主として成長しつつ、垂直方向へも成長する。すなわち、係る段階では、いわゆるステップフロー成長による水平方向への選択的な成長が起こっていることになる。このとき、上部層2に存在していた転位d1はIII族窒化物結晶3bへと貫通するが、III族窒化物結晶3bにおいてこの貫通転位d2はIII族窒化物結晶3bの略水平方向への成長に伴って屈曲し、同じく略水平方向へと伸びていくことになる。
【0047】
図3(c)は、成長中期段階の様子を模式的に示す図である。この段階では、垂直方向についてみれば個々の段差BP3を越えてIII族窒化物結晶3cが形成されており、矢印A2に示すように略水平双方向へ主として成長するようになっている。これにより、図示した状態では独立して成長している個々のIII族窒化物結晶3cが、やがては互いに接触することになる。なお、この段階では、転位d2は屈曲したままの状態で伸長している。すなわち、結晶の選択的成長によって垂直方向への貫通転位d2の伸長が阻害され、III族窒化物結晶3cの上方には貫通転位が存在しない低転位領域REが形成されていくことになる。
【0048】
図3(d)は、結晶同士の接触が起こった後の段階である、成長後期段階の様子を模式的に示す図である。この段階になると、III族窒化物結晶3dはもはや水平方向へは成長できないので、矢印AR3に示すように垂直方向へと成長していくことになる。その結果、III族窒化物結晶3dは層状になり、名実ともにIII族窒化物結晶層3を構成することになる。(0001)面に対して所定のオフ角θを与えたサファイアを基材1とした場合、このとき、もともと略水平方向へと伸長していた該貫通転位d2は、相異なる段差BP3を起点とするIII族窒化物結晶3c同士が接触する部分に集中し、該部分において再び垂直方向へと伸長していくことになる。あるいは、その過程において貫通転位d2同士の合体消失が起こることもある。
【0049】
その結果、III族窒化物結晶層3においては、転位が多く存在する偏在領域RE1と、低転位領域RE2とが形成されることになる。偏在領域RE1は、その形成のプロセス上、エピタキシャル基板10に存在する段差と同程度の間隔にて存在すると考えられ、III族窒化物結晶層3の表面を占める割合は低転位領域RE2に比して十分に小さい、ということができる。よって、低転位領域RE2の転移密度がIII族窒化物結晶層3全体の転移密度を代表するとみることができる。低転位領域においては、1×107/cm2程度の低転位が実現されるので、III族窒化物結晶層3は、全体としてみれば十分な低転位が実現された結晶層として得られることになる。
【0050】
特に、図3(b)〜(d)のIII族窒化物結晶層3の成長様式は、Al含有量の少ないIII族窒化物結晶、特にGaNを成長する場合の典型例である。Alの含有量が多くなればなるほど、段差BP3の中間部であるテラス部に核発生する確率が増え、テラス部において転位が貫通する確率も増大する。従って、Alの含有量が多くなるほど、転位低減の効果は小さくなるものの、段差近傍での転位低減の効果は依然として残る。この際、段差近傍に空隙ができることもある。
【0051】
また、III族窒化物結晶層3を少なくとも3μm以上の厚みに成長させた場合、その主面3Sは連続膜となる。また、III族窒化物結晶層3がAlを含む場合であっても、主面3Sにおいてピットが発生することもなく、AFMで測定される5μm□のra値が、5Å以下になる程度な平坦性が実現される。これにより、該III族窒化物結晶層3を機能層とする各種半導体デバイスのデバイス特性が向上することになる。
【0052】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、オフ角が与えられてなる基材の上に、III族窒化物からなる、好ましくはAlNにて上部層を形成したうえで、1500℃以上で、好ましくは1600℃以上で加熱処理を施すことにより、該上部層の表面に数原子層よりも大きな繰り返し段差を与えたエピタキシャル基板を、III族窒化物結晶層の成長用下地基板として用いる。これにより、結晶品質の良好なIII族窒化物結晶を得ることができる。さらには、結晶品質のよいIII族窒化物結晶を機能層とする、デバイス特性の良好な半導体素子が実現できる。
【実施例】
【0053】
以下に、上述の実施の形態について、実施例および比較例を示す。
【0054】
(実施例1)
本実施例においては、(0001)面に対し0.1°のオフ角θを与えたサファイアを基材1とし、MOCVD法によって、減圧雰囲気下1200℃で、上部層2としてAlN層を膜厚1μmで形成することにより、エピタキシャル基板10を得た。本AlN層と基材の間には、基材窒化層が挿入されている。AlN層の結晶性を評価したところ、X線ロッキングカ−ブの(0002)面の半値幅が60秒、(10−12)面の半値幅が1200秒であった。転位密度は、2×1010/cm2であった。なお、X線ロッキングカーブ測定は、オープンスリットを用い、ωスキャン法により行い、(0002)面を用いた場合は、AlNのc軸方向からの結晶ゆらぎの傾き成分を、(10−12)面を用いた場合は、AlNのc軸を中心とした結晶揺らぎの主に回転成分を測定するものである。AFMにより計測された5μm□の表面粗さ(ra)は3Å以下であり、AFM像においては、原子レベルの段差が観察された。
【0055】
次に、エピタキシャル基板10を熱処理炉の反応室内の所定位置に配置して、1気圧に保持しつつ窒素ガスを供給し、加熱処理を行った。加熱処理は、基材1の温度を1650℃として20時間行った。
【0056】
上記の熱処理の後、AlN層の結晶品質を評価したところ、X線ロッキングカ−ブの(0002)面の半値幅が110秒、(10−12)面の半値幅が600秒であった。転位密度は、2×109/cm2であった。AFM像においては、平均高さ40Åで平均周期が5μmの段差が明瞭に観察された。
【0057】
さらに、このように得られたエピタキシャル基板10に対して、MOCVD法によって、大気圧雰囲気下1050℃で、GaN層を膜厚5μmで形成した。係るGaN層については、転位の偏在領域と低転位領域が確認された。後者における転位密度は、1×107/cm2であった。また、AFM像においては、GaN層の表面には段差は観察されなかった。
【0058】
(実施例2)
実施例1と同様に得られたエピタキシャル基板10に対して、MOCVD法によって、大気圧雰囲気下1100℃で、Al0.2Ga0.8N層を膜厚5μmで形成した。係るAl0.2Ga0.8N層については、転位の偏在領域と低転位領域が確認された。後者における転位密度は、2×108/cm2であった。また、AFM像においては、GaN層の表面には段差は観察されなかった。
【0059】
(比較例)
上部層2を形成した後の加熱処理を省略した以外は、実施例1と同様の処理を行った。得られたGaN層には、実施例の場合と同様に転位の偏在領域と低転位領域が確認されたが、後者における転位密度は、5×107/cm2であった。
【0060】
すなわち、実施例のように、あらかじめ加熱処理を行っておいたエピタキシャル基板に対してGaN層を形成する方が、加熱処理を行わない場合に比して転位が低減される、ということがいえる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】エピタキシャル基板10の断面模式図である。
【図2】部分Pに係るエピタキシャル基板10の拡大模式図である。
【図3】III族窒化物結晶の成長過程を示す断面模式図である。
【符号の説明】
【0062】
1 基材
1S (基材1の)主面
2 上部層
2S (上部層2の)主面
3 III族窒化物結晶層
3S (III族窒化物結晶層3の)主面
10 エピタキシャル基板
BP1〜BP3 段差
RE、RE2 低転位領域
RE1 (転位の)偏在領域
RE2 低転位領域
d、d1 転位
d2 貫通転位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エピタキシャル基板であって、
主面に所定のオフ角が与えられてなる基材と、
前記主面上にエピタキシャル形成された第1のIII族窒化物結晶からなる上部層と、
を備え、
前記上部層の形成温度よりも高い加熱温度で加熱処理されてなる、
ことを特徴とするエピタキシャル基板。
【請求項2】
請求項1に記載のエピタキシャル基板であって、
前記第1のIII族窒化物結晶の主面の結晶方位が実質的に(0001)面である、
ことを特徴とするエピタキシャル基板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のエピタキシャル基板であって、
前記第1のIII族窒化物結晶において全III族元素におけるAlの割合が80モル%以上である、
ことを特徴とするエピタキシャル基板。
【請求項4】
請求項3に記載のエピタキシャル基板であって、
前記第1のIII族窒化物結晶がAlNである、
ことを特徴とするエピタキシャル基板。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のエピタキシャル基板であって、
前記加熱温度が1500℃以上である、
ことを特徴とするエピタキシャル基板。
【請求項6】
半導体素子であって、
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のエピタキシャル基板の上に第2のIII族窒化物からなる機能層がエピタキシャル形成されてなる、
ことを特徴とする半導体素子。
【請求項7】
エピタキシャル基板の製造方法であって、
主面に所定のオフ角が与えられてなる基材の該主面上に、所定の形成温度で第1のIII族窒化物結晶からなる上部層をエピタキシャル形成する形成工程と、
前記形成温度よりも高い加熱温度で加熱する加熱工程と、
を備えることを特徴とするエピタキシャル基板の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載の製造方法であって、
前記加熱温度が1500℃以上である、
ことを特徴とするエピタキシャル基板の製造方法。
【請求項9】
III族窒化物結晶において転位を偏在化させる方法であって、
主面に所定のオフ角が与えられてなる基材の該主面上に、第1のIII族窒化物結晶からなる上部層を所定の形成温度でエピタキシャル形成してなるエピタキシャル基板を、前記形成温度よりも高い加熱温度で加熱したうえで、前記エピタキシャル基板の上に第2のIII族窒化物によって前記III族窒化物結晶をエピタキシャル形成させる、
ことを特徴とするIII族窒化物結晶における転位偏在化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−319107(P2006−319107A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−139769(P2005−139769)
【出願日】平成17年5月12日(2005.5.12)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】